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ミステリの祭典

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kanamoriさんの登録情報
平均点:5.89点 書評数:2426件

プロフィール| 書評

No.2326 8点 血の咆哮
ウィリアム・ケント・クルーガー
(2016/01/16 11:29登録)
ミネソタ州の北部森林地帯で家族と暮らす元保安官のオコナーは、心臓の病で倒れた旧知の老インディアン・メルーから、いまだ会ったことのない息子を探してほしいと頼まれる。その息子は、大鉱山会社を起こした伝説の人物で、今はカナダのスペリオル湖に浮かぶ島で、世捨て人のように暮らしていることが判る---------。

元保安官コーコラン・オコナーを主人公とするシリーズの一冊。
本作では、シリーズ初めてオコナーの一人称小説になっており、主人公の人物像や家族に対する心情が細やかに語られるので、シリーズ7作目ですが、最高傑作といわれる本作から読むのもアリかなと思います。
しかし、今作の本当の主役はオジブア族の90歳の呪い師ヘンリー・メルーです。
二人が夜の湖畔に座り、メルーによって70年以上前の過去が語られる第2部が、大自然を舞台にした冒険小説、かつ恋愛小説として出色の出来栄え。虐げられたひとりのインディアン少年の成長の物語でもあります。
第3部の、カナダ森林地帯を背景にしたオコナー達の活劇シーンにも見せ場はありますが、やはりメルーの存在感の前にちょっと霞んでしまっていますね。
エドガー賞を受賞した非シリーズもの「ありふれた祈り」(昨年の”このミス”3位)も感銘をうけましたが、アメリカ文学っぽいのはちょっと....という人には、エンタテイメント性も高い本書をお薦めします。


No.2325 6点 大道将棋殺人事件
山村正夫
(2016/01/14 18:02登録)
大道将棋を生業とする”詰め将棋屋”の風早仙吉が、放浪先の地方で出くわした数々の事件の謎を解いていく連作本格ミステリ。

プロ棋士としての将来を嘱望されながらも、奇策・ハメ手を得意とする棋風を嫌われ、師匠のもとを飛び出してテキ屋稼業に身を持ち崩したアウトローの主人公というのが、本格ミステリの探偵役としては非常にユニークで、魅力的です。ノワールな雰囲気があるところは、ちょっとだけ木枯し紋次郎を思わせますね。
これで、本格ミステリの部分も秀でていれば文句はないのですが、いずれも使い古された古典的なトリックが多用されていて、総体的にトリックに斬新さが見られないのが残念なところです。
そんななかで印象に残ったのは、寺のお堂での偽装無理心中を扱った「国東心中」。密室状況の心中なのに凶器が見当たらないという設定が、某国内古典名作を連想させるじゃないですか。
謎解きミステリとしては5点相当ですが、物語の雰囲気が好みなのでこの評価にしておきます。


No.2324 7点 彼女のいない飛行機
ミシェル・ビュッシ
(2016/01/13 20:24登録)
1980年冬、イスタンブール発パリ行きのエアバスがスイス国境近くの雪山に墜落、炎上する。旅客らの生存は絶望と思われたが、捜索隊が雪の上に産衣で包まれた赤ん坊を発見。しかし、旅客機には該当する赤ん坊が2人機乗しており、遺された両家の祖父母はともに自分の孫娘だと主張する事態に--------。

なかなか面白く読んだ。翻訳が絶妙でフランス産のミステリにしては非常に読みやすい。ただ、600ページを超えるヴォリュームはさすがに長大すぎで、内容的にも、もう少しコンパクトに出来るのではと思います。
リリーと名付けられた”奇跡の子”は、大富豪カルヴィル家の孫リズ=ローズなのか、それとも屋台販売で生計をたてるヴィトラル家の孫エミリーなのか、という謎を中軸に置いて、富豪側に雇われた私立探偵の18年にわたる調査記録と、18年後の現代(といっても1998年ですが)に於けるエミリーの”兄”を主人公にした追求パートが交互に描かれます。
私立探偵の記録が、読者を焦らすようなもったいぶった書き方で、なかなか核心に触れないのがイラっときますが、複数の殺人事件の真犯人に関わる仕掛けの部分には意表を突かれました。また、”事故当時は分からないものが、18年後に事故当日の新聞を見て初めて真相が判る”という謎々の設定とその解答がおしゃれです。


No.2323 6点 江ノ島西浦写真館
三上延
(2016/01/12 20:30登録)
江ノ島の路地裏にある古い写真館。店主だった祖母が亡くなり、閉館の整理のため久しぶりに写真館を訪れた孫娘の桂木繭は、遺品の中に「未渡しの写真」を見つける------閉館する写真館に残された複数の写真にまつわる秘密を解いていく連作ミステリ。

たしかに”古書”を”古い写真”に置き換えた「ビブリア古書堂」風の日常の謎ミステリという側面もありますが、写真家を目指していながら、自らの過失によって大切な人物が離れていってしまい挫折したという、ヒロインの抱える過去のトラウマが作品全体を暗いトーンで覆っているので、味わいは若干違う感じを受けます。それが、いいか悪いかは読者の嗜好によると思いますが。
ミステリ部分の面白さという点では、各話ともモヤモヤしたものが残り、謎が解けたときのカタルシス感は希薄です。ただ、エピローグの思わぬ方向から来るサプライズが効いていて、最後はきれいにまとめています。
今では「ビブリア古書堂」のイメージが強すぎて、他にどういったものを書いても違和感を持たれてしまうということもあるかもしれませんね。


No.2322 6点 出口のない農場
サイモン・ベケット
(2016/01/11 14:16登録)
ある秘密を抱えて逃亡中の英国青年ショーンは、フランス片田舎の森の中で、仕掛けられた狩猟用の罠で大怪我を負い意識を失う。彼が目覚めた居場所は、父親と2人の娘が社会と隔絶して暮らす不穏な雰囲気に満ちた農場だった---------。

法人類学者デイヴィッド・ハンターシリーズで知られる作者による単発ものサスペンス。昨年出版された新・3大〈農場ミステリ〉の一冊ですw(ちなみに残りの2冊は「悪魔の羽根」と「薔薇の輪」)。
本作は”監禁もののサスペンス”とも紹介されていますが、けっして強制されたものではなく、父親の農場主は当初ショーンを追い出そうとします。逃亡者という主人公側の事情で農場に隠れとどまるわけですが、やがて農場主一家のほうにも何やら隠された秘密があることが分かってきて....という展開です。
強権的な父親、幼子を抱えた長女と消えた夫、ショーンに色目を使う次女。主人公を含め主要な登場人物だれもが秘密を抱え、思わせぶりな謎を小出しにして物語を引っ張っていきますが、じらされた末に明かされる真相は、まあだいたい予想の範疇でした。(ある家畜が出てきた段階でイヤな予感がしていたw )それでも陰惨な真相のわりに、ラストのエピソードがあって読後感はそう悪くはないです。


No.2321 5点 泥棒たちの昼休み
結城昌治
(2016/01/10 11:22登録)
刑務所内の木工作業場に毎日昼休みに集まる囚人たち。それぞれが、自らの悔恨の過去を回想し、仲間たちにその経緯を語り始める---------軽めのクライム小説8編を収めた連作短編集。

本書は、連載中に作者が亡くなったため連作短編集としては未完です(遺品の愛用ワープロの中に9話目の冒頭部分が書かれた”原稿”が残っていたそうです)。とはいえ、各話は独立しており、読了するのにとくに問題はありません。
タイトルは「泥棒たち」となっているものの、根っからのプロの犯罪者はわりと少なく、ごく普通の生活を送っていた男たちが、魔がさして横領や詐欺に手を染め、塀の中に転落する様が多く語られます。犯行のきっかけは、やはりバクチと女が多いです。(そのへんは皆さんも充分に気をつけてくださいね)。
ミステリとしての出来栄えという点では、各話ともヒネリやオチにあまり見るべきところがなく、予想していたクライム・コメディのような方向にも向かわないので、作者の初期短編と比べると物足りないですが、語り口は相変わらず職人芸の域です。


No.2320 6点 レモン色の戦慄
ジョン・D・マクドナルド
(2016/01/08 18:38登録)
フロリダの海に浮かべたハウスボートを住居とする”揉め事処理屋”または”取戻し屋”の、トラヴィス・マッギーを主人公にしたシリーズの16作目。’60~’70年代に21冊も書かれた当時の人気シリーズの後期作品です。

このシリーズを初めて読みましたが、作風はまさに、”ザ・ペイパーバック・スリラー”という感じ。
トラヴィス・マッギー(通称トラヴ)は、海と賭博を愛するプレイボーイで、無免許の私立探偵として、トラヴルに巻き込まれた女性のために体を張る、というのがシリーズの定番のプロットのようですが、本作では、依頼女性のミリガンは謎の大金をトラヴに預けたまま早々に死んでしまいます。過分な保管料を貰っていたトラヴは、ミリガンの不審死の真相を探るため、相棒のマイヤーとともにハウスボートで現地へ赴く------というのがあらすじ。
事件背景は中盤まででほぼ明らかになるものの、その後も謎の連続殺人あり、お約束のラブシーンあり、スリリングな活劇あり、さらにはトラヴの船が爆破されるなど見どころが満載で、読者サービス精神に溢れています。この辺が人気を博した要因の一つかと思いますが、キャラクター的にはあまり深みがないため、読み終わると後には何も残らず、という感もありますね。


No.2319 7点 真実の10メートル手前
米澤穂信
(2016/01/06 18:34登録)
『王とサーカス』のフリー記者・太刀洗万智を探偵役に据えた連作短編集。”真実を暴き、それを報道することの意味”が連作に通底するテーマになっていることから、ベルーフシリーズともいわれているらしい。

太刀洗の鋭い洞察力による快刀乱麻を断つ推理がいずれも魅力的ですが、同時にテーマを見据えた主人公の行為・言動が重く心に残ります。
最初に置かれた表題作「真実の10メートル手前」は、太刀洗の新聞記者時代の話で、編中で唯一、彼女の一人称で語られる。録音で残されたわずかな会話から”真相”を導き出すという趣向はケメルマンの「九マイル~」を思わせるが、結末は暗くて苦い。ミステリとしての仕掛けの部分で一番面白いと思ったのは、高校生の心中事件の裏側を暴く「恋累心中」。嫌われ者の老人の孤独死を扱った「名を刻む死」は、意外な真相もさることながら、”彼”に対する太刀洗のラストの言動が印象深い。アンソロジー『蝦蟇倉市事件』で既読だった「ナイフを失われた~」は、『さよなら妖精』とリンクする後日譚のような話ですが、改稿された今回の作品もいまいち面白さが分からなかった。最後の「綱渡りの成功例」は、あんなことが”罪悪”か?という疑問があるものの、些細な一点から隠された秘密を暴くロジックの切れ味が素晴らしい。


No.2318 6点 ネロ・ウルフの事件簿 ようこそ、死のパーティへ
レックス・スタウト
(2016/01/04 18:35登録)
巨漢の美食探偵ネロ・ウルフ登場の中編集。『黒い蘭』につづく論創海外ミステリ叢書の第2弾で、今回も各話100ページ前後の中篇が3作品収録されています。

グルメ目的と蘭の展覧会以外は原則外出しないというシリーズのお約束どおり、ウルフは終始安楽椅子探偵で、もっぱら語り手の”ぼく”こと助手のアーチーが探偵活動を行うという、3作品ともこのシリーズでは非常にスタンダードなプロットといえます。また、いずれも容疑者を5~6人に限定したフーダニットになっており、終盤に関係者一同をウルフの探偵事務所に集めて犯人を指摘するという構成も同じです。それでも読んでいてマンネリを感じないのは、アーチーのウィットに富む一人語りや、ウルフとの掛け合いが毎回愉快なのと、容疑者たちの人物造形が上手く(とくにスタウトは、存在感のある魅力的な女性を描くのが巧い)、彼らとの駆け引きにコンゲーム的な面白さがあるからでしょう。
収録作のなかでは、現場にあったはずの拳銃が消えたり現れたりする「翼の生えた銃」が個人的ベスト、犯人特定のロジックにキレがあります。哀切な余韻を残すラストシーンが印象的な表題作も捨てがたい。


No.2317 4点 老子収集狂事件
藤野恵美
(2015/12/26 15:52登録)
江角市のタウン誌「え~すみか」のアルバイト編集員・真島が遭遇する”日常の謎”を、チャイナドレス姿の謎の美女・胡蝶先生が謎解いていく連作ミステリ。「猫入りチョコレート事件」に続くシリーズの第2弾(というか、完結編)です。

表題作をはじめ、「見えないスクリーン」「金曜日ナビは故障した」「五匹の子猫」「そして江角市の鐘が鳴る」と、前作と同様に収録5編のタイトルすべてが、有名な海外ミステリのダジャレです。解説の法月氏が”パロディ”と表現していますが、内容的には元ネタを想起させる趣向はとくに見当たらず、単にタイトルのダジャレありきに留まっているのは残念な点で、そのためシチュエーション・コメディとしての側面が目立ち、謎解きミステリとしてはユルメなのはやはり高評価しずらいですね。
なお、最終話の「老子収集狂事件」でシリーズを通した数々の謎の真相が明かされるので、先に前作を読んでおいたほうが楽しめると思います。


No.2316 7点 ネメシス 復讐の女神
ジョー・ネスボ
(2015/09/12 00:02登録)
オスロ市内で発生した銀行強盗のさなか窓口係の女性が強盗犯に射殺される。ハリー・ホーレ警部は、担当部と合同でその事件を捜査していたが、今度はホーレのかつての愛人アンナがマンションで自殺を装った死体となって発見され、匿名の”目撃者”からホーレ宛に謎めいたメールが届く--------。

日本人が知っておくべき”新・三大ハリー刑事”のひとりw オスロ警察のハリー・ホーレ警部シリーズの第4作。
連続銀行強盗事件と元愛人の変死というホーレ警部が関わるメインの事件が2つあり、その捜査が並行して描かれていくうえに、前作「コマドリの賭け」で部下の女性刑事が殉死した未解決事件も絡んでくるので、プロットはかなり複雑、錯綜しています。この人物はどっちの関係者だったかなと人物関係を整理するだけでも大変です。さらには、アンナ、アウネ、アルネなど(男女の区別さえつかない)ノルウェーの同じような人名が何人も登場するのですから、上巻は読み進めるのにかなりの時間を要しました。
しかし、事件の構図が一変する下巻の途中からは圧巻の面白さ。「スノーマン」を読んだとき感じたジェットコースター級のリーダビリティには及ばないかなと思っていたら、第5部あたりからの、あれもこれも構図をひっくり返す怒涛の展開には心底びっくり。この辺の仕掛けは、マイクル・コナリーのハリー・ボッシュ刑事シリーズを連想させます。2つの事件のキーパーソンともいえるロマ(ジプシー)出身の伝説の銀行強盗ラスコルの存在感が際立っていて、刑務所の面会室でホーレに吐くあるセリフが、真相を知ると非常に暗示的に感じられます。


No.2315 4点 RPGスクール
早坂吝
(2015/09/06 18:56登録)
”俺”こと剣先が通う高校に超能力体験学習のためにやってきた女性超能力者イマワが、足跡のない運動場で死体となって発見される。すると学校が外部と遮断され、スピーカーから"魔王"と名乗る声がバトルゲームの開始を宣言、生徒たちの前に次々とモンスターが現れる---------。

RPGに関する作者の趣味嗜好が全面的に出てきたものでしょうが、前2作とはかなりテイストが異なり、個人的には微妙な出来栄えと感じました。
クローズド・サークル内の足跡のない殺人という本格ミステリど真ん中の設定で幕を開けるものの、以降は、仮想現実空間のバトルゲームと魔王の正体探しが延々と続く展開で、個人的な嗜好からは大きく外れたものになってしまった。
終盤の"壊れた眼鏡"を巡る中身の濃いロジック展開による消去法推理は、それなりに読み応えはあるのですが、超能力の範囲がいまいち把握できないこともあり、なるほどと素直に納得出来ないものでした。
超能力、バトルゲーム、ロジカルなパズラーという異質な要素を一つの作品に詰め込んだ結果として、中途半端な内容になってしまったという印象を持ちました。


No.2314 6点 ザ・リッパー 切り裂きジャックの秘密           
シェリー・ディクスン・カー
(2015/09/04 19:50登録)
ロンドンの祖母のもとで暮らす米国生まれの15歳の少女ケイティは、マダム・タッソー蝋人形館である展示物に触れたことで、切り裂きジャックが跋扈するヴィクトリア朝時代にタイムスリップする。祖先の女性が連続殺人鬼の最後の犠牲者だったことを知るケイティは、ジャックの正体を暴き、歴史の改変に挑むが----------。

巨匠ジョン・ディクスン・カーの孫娘(本名 ミシェル・メアリー・キャロル)のデビュー作。タイムスリップを扱った歴史冒険スリラーということで、「ビロードの悪魔」「火よ燃えろ!」「恐怖は同じ」という3冊のタイムスリップものを書いた祖父のDNAは確かに受け継がれていますねw
"ヤング・アダルト部門”の受賞作だけあって作風はライトで、1888年のロンドンを舞台に、ケイティと二人の少年達が繰り広げる探偵&冒険行が軽快に語られます。
本筋の物語と同じぐらい作者が力を入れて描いているのは、ヴィクトリア朝ロンドンの情景、文化、風俗です。現代と19世紀との違いと併せて、ヒロインがアメリカ生まれのため、英国と米国の文化、風習、言葉の言い回しの違いなどについて彼らの間で頻繁に言及されます。その都度ストーリー展開が停滞するので、文庫の上下巻で800ページを超える分量が、なお一層長く感じましたw
切り裂きジャックというテーマ自体は手垢が付いたものと言えますが、その”正体”は一応意外性があり、歴史改変に関わるタイム・パラドックスの”落としどころ”も上手く考えられており、楽しく読めました。


No.2313 4点 海外ミステリ・ハンドブック
事典・ガイド
(2015/09/04 19:08登録)
「ミステリ・ハンドブック」(1991年)の四半世紀ぶりの新版と謳っていますが、本書はそれとは全くの別物になっていて、残念ながらコンセプトや編集方針に対して疑問と不満を感じる内容でした。

10のカテゴリーを”ジャンル別”ではなく、キャラ立ち、相棒もの、イヤミス、北欧ミステリなど、かなり思い切った区分けにしたのは分からなくはありません。若い読者を中心に”翻訳ミステリ離れ”が叫ばれる昨今、トレンディな項目で目を惹こうということだと思います。しかし、この恣意的な項目の分類では、たとえ入門ガイドだといえども、十年後まで手元に置き参考にしたい読書ガイドになっているとは思えないのです。「ハンドブック」という限りは系統立てたもの想像していました。往年の翻訳ミステリ読者の嗜好とはズレた近年の〈ミステリ・マガジン〉と同種の迷走ぶりを感じます。
また、作品の選定にも疑問があります。ざっと見たところ100作品の内なんと7割が自社のH書房から出版された作品なのです。そのうちアガサ・クリスティが4作品(なにせ、H書房のドル箱作家だからw)、セイヤーズは最も入門に適さないと思われる「忙しい蜜月旅行」(なにせ、他のセイヤーズは創元だからw)、”北欧ミステリ”では、さほど話題にあがらない作家がチラホラ(なにせ、全部HM文庫だから)等々。
作品選定には杉江松恋氏ら外部の4人が関わっているようですが、それは一種のアリバイ作りだったかと勘ぐってしまう。”編集部が討議のうえ新たな作品を加え.....”というのが曲者なのです。
とはいえ、「文句を言うなら買ってから言え」ともいいますから、書店でチラ見しただけではあまり辛い点数は付けられないのですがw(⇐買ってないのかよ!)


No.2312 7点 王とサーカス
米澤穂信
(2015/08/30 20:05登録)
新聞社を辞めたばかりの太刀洗万智は、知人の雑誌編集者から受けた仕事の事前取材のためネパールにいた。現地で知り合った少年のガイドで首都カトマンズの街を取材していた矢先、王宮で国王をはじめ王族の殺害事件が勃発。そして、彼女の前に背中に英文字が刻まれた男の死体が横たわる--------。

あの「さよなら妖精」から十年、当時女子高生だった太刀洗万智が、新米のフリーライターとして再登場しますが、前作と直接の連動はありません。本作は、ネパールで2001年6月に実際に起きた王宮事件を背景に置き、”ジャーナリズムの存り方”をテーマにした骨太の作品になっています。
王宮事件の情報を得るために彼女が接触した相手が殺されたため、ジャーナリストとして、その殺人事件の真相解明に関わらざるを得ないという構成はよく出来ていると思います。ただ、カトマンズの街並みの情景描写や、王宮事件の経過説明など(情報としては非常に興味深いのですが、謎解きミステリとしてみると)その前段の背景説明部分に筆を費やしすぎていて、やや冗長に感じるところもありました。
真相開示の部分では、細かな伏線の回収に妙味はあるものの、”こんな通俗的な”と一瞬は思わせます。しかし、次の「敵の正体」の章で明らかにされる、テーマと結びつく”もうひとつの真相”が重く、心に響きます。
謎解きやトリックの面でそれほど傑出したところはないものの、作者の作風の幅広さを再認識させてくれる佳作という評価。


No.2311 6点 三十三時間
伴野朗
(2015/08/28 18:39登録)
昭和20年8月16日の朝、上海の港から日本軍の特務員4人を乗せたオンボロ機帆船が、終戦を知らない守備隊を全滅から救うため、東シナ海に浮かぶ孤島に向かった。しかし、荒れ狂う海に加え、船内では何者かによる妨害工作で次々と不測の事態が起こる---------。

タイトルにある33時間のデッドラインを設定した戦争冒険サスペンスです。
乗員のなかに紛れ込んだ敵側の工作員はだれか?というフーダニットの興味を持たせつつ、少人数の特務員たちがトラブルに見舞われながらミッションの遂行を目指すという、基本プロットはアリステア・マクリーンの一連の冒険小説を彷彿とさせます。
密室状況での殺人や、被害者の残した謎のダイイングメッセージが出てくるのが、冒険小説にもかかわらず「本格ミステリ・フラッシュバック」に採りあげられた理由だと思いますが、その辺は大したことがありません。本書の構成でユニークなところは、三人称視点だったのが、物語が本格的に動き出す第2部になって、臨時の船員である”俺”の一人称視点に切り替わることです。主人公の”俺”は謎解きをする探偵役でありながら、その正体、目的が不明という重層的に設定された謎が魅力的な作品です。その分、冒険小説としてはちょっと中途半端というか、食い足りない感もあるのですが。


No.2310 7点 新車の中の女
セバスチアン・ジャプリゾ
(2015/08/26 22:36登録)
広告代理店に勤めるダニーは、社長夫妻をオルリー空港へ送った帰りに、気まぐれに社長の新車を駆ってパリから南仏へ向かった。しかし、途中で暴漢に襲われたり、なぜか行く先々で会う人が皆、彼女を知っているという悪夢のような事態が彼女を襲う--------。

作者のミステリ作品としては、「寝台車の殺人者」「シンデレラの罠」につづく3作目。先般出版された新訳版で再読しました。
初めての土地で会う人々が彼女のことを知っていたり、ホテルやカフェなどに彼女の痕跡が残っているという不可思議な謎が魅力的ですが、まあ、想像力を働かせればある程度までは解けないこともありません。しかし、まったくの気まぐれで向かった先で、なぜ”それ”が可能だったのかという謎になると、その真相は意想外でした。ある意味では非常に皮肉的でブラックジョークのような真相です。
ヒロインの一人称で内面をきめ細かく描く章の間の第2章だけが、街道の人々の三人称視点になっていて、不可思議事象を客観的(フェア)に読者に伝えるという練られた構成は見事だと思います。
旧版から転載されている連城三紀彦氏の解説も、フランス・ミステリ通の連城らしい内容です。「私はもう一人の私である。だから私は私でない」という(連城ミステリにも通じるような)レトリックと、本書を「シンデレラの罠」の綴りかえだとする切り口の解説は一読に値します。


No.2309 5点 秘画・写楽の謎
石沢英太郎
(2015/08/24 20:04登録)
長崎・平戸に慰安旅行に出かけた新聞社の社会部員・野村は、旅館で葛飾北斎門下の浮世絵師作という秘画を目にするが、同行の友人・栗原の異常な感銘振りに違和感を抱く。やがて、栗原家の兄嫁が所蔵する浮世絵が引き金になって、関係者の間で連続殺人が発生する-----------。

長編「秘画・写楽の謎」のほかに、中編の「沖田総司を研究する女」が併禄されています。
表題作は、旧家に所蔵する浮世絵を巡って悪辣な蒐集家が暗躍する状況下、連続殺人が起きるという本格推理モノの本筋に、写楽=〇〇説という歴史ミステリの要素を絡めた構成になっています。次々と関係者が殺されていくけれど、文庫で160ページ程の短めの長編のため展開が早く、謎解きをじっくり味わうという風にはならないのが勿体ないような。写楽の正体に関しても、複数の説を挙げているのは興味深いが、肝心の豊国説の傍証が作者の創作だという点でテンションが下がってしまう。
併禄の中編は、沖田総司の真の人物像を調べる女子大生の話で、子母沢寛や司馬遼太郎の新撰組関連の小説の知識が前提となっているので、素養のない身には話についていくのがしんどいが、書かれた時代背景を反映した女子大生の”行動原理”は、なるほどなと思わせるところがありました。


No.2308 6点 友だち殺し
ラング・ルイス
(2015/08/22 22:34登録)
ロサンジェルスにある母校の医学部で学部長の秘書に採用されたケイトは、かつての恋人で医学部生のジョニーに再会する。彼の案内で校舎を見て回っていたケイトは、死体処置室で若い女性の死体を発見、それは行方不明になっていた前任の秘書ガーネットの遺体だった---------。

数年前に「死のバースデイ」の邦訳があるタック警部補シリーズの第1作。
原題は”Murder among Friends"となっていて、大学の医学生を中心に被害者女性の周辺人物を限られた容疑者とするカレッジ・ミステリになっています。
ヒロインのケイトの視点で友人たちの人物造形を浮き彫りにしつつ、タック警部補を中心とする捜査で、被害者の死に至る状況、動機、アリバイ調べを交互に描写する構成が効果的で、小気味いい展開が読みやすいです。ただ、途中の二度のサスペンス部分は無理やり入れ込んだような感じを受けますが。
部下の女性刑事ブリジットの鋭い仮説や、終盤にはタックによる事実関係と疑問点の整理、一覧分析が挿入されるなど、徐々に真相に迫っていく推理過程に関しては「死のバースデイ」より充実しているように思いました。
最後に明かされる真相は、かなり後味が悪く個人的には若干疑問点もあるのですが、仄かに希望が持てる未来も示唆されているのが救いです。


No.2307 6点 獏鸚(ばくおう) 名探偵帆村荘六の事件簿
海野十三
(2015/08/20 18:52登録)
戦前にSF、奇想、探偵小説を中心に作品を発表した海野十三の短編傑作選。ちくま文庫の海野十三集「三人の双生児」を底本に増補し2巻に分けた創元推理文庫版で、1巻目の本書は作者の創造した名探偵・帆村荘六もの10編が収録されています。

理科学の知識を駆使したミステリというのが帆村荘六シリーズの特徴で、それを密室トリックに活かした「ネオン横丁殺人事件」や、走る列車と弾道軌跡の問題の「省線電車の射撃手」などは、割とまともな使われ方をしているが、そのぶん物足りなさも感じます。やはり、奇想天外なバカトリックや、グロい内容の下記のような作品が印象に残りますねw
「爬虫館事件」は、失踪した動物園の園長の所在を巡る謎で、予想の斜め上を突く真相がグロい。悪魔的な犯罪計画を描いた「振動魔」もグロさでは負けていない。
「赤外線男」は、長編の『蝿男』を思わせる”名探偵VS見えない怪人”という構図のスリラーながら、伏線が効いた謎解きものとしても面白い作品。
初読の表題作「獏鸚」は、いわば”暗号ミステリ”ですが、凝りすぎていて解法にカタルシスを感じなかった。
総体的に収録作は人体(生体、死体を問わず)をアレコレする話が多いので、そういうのが苦手な人にはあまりお薦めできません。

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