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ミステリの祭典

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失踪

作家 ドン・ウィンズロウ
出版日2015年12月
平均点6.50点
書評数2人

No.2 6点 kanamori
(2016/02/24 20:02登録)
ネブラスカ州の平穏な田舎町で5歳の少女ヘイリーが行方不明になる。前科のある男が捕まるも、少女の所在は依然として不明。地元警察が被害者死亡の結論に向かう状況のなか、当初から捜査を担当していた刑事フランク・デッカーは、少女の生存を信じ、職を辞して単独の捜索行に出る---------。

本国でも出版されていないウィンズロウ作品が角川文庫から2冊同時に刊行されると知ったときは、朗報というより、なにかイヤ~な予感がしたのですが、読んでみると普通に面白かった。
デッカー刑事の一人称の語り口は、他のウィンズロウ作品と比べてクセがなくオーソドックスなため、主人公の個性はさほど際立ちませんが、その分読みやすくリーダビリティもあります。
面識もない少女の失踪事件のために、職と家庭をなげうって、一年かけ米国中を捜索に駆け回るという、主人公の根本の行動原理には「なぜ、そこまでして?」という疑問がありますが、前半の重厚な警察捜査小説から、後半ニューヨークに舞台を移してからは、ハードボイルド風の展開になる構成が面白く、田舎者の元刑事が大都会の華やかなファッション写真業界や、上流階級社会に入り込み、妨害に遇いながらもワイズラックを交えて捜査で掻き回す様は、やはりハードボイルドですよね。
現代のアメリカ社会が抱える闇の部分に踏み込む重いテーマで、デッカー個人にとっても必ずしもハッピーエンドを迎えるわけでありませんが、爽快感があって余韻が残るラストで読後感はそう悪くはありません。

No.1 7点 Tetchy
(2016/02/07 22:45登録)
ウィンズロウのもう1つの最新作は『報復』とはまたガラリと趣を変えた失踪人探しの物語。誘拐された少女を追う刑事の執念深き追跡劇だ。

明確には書かれていないが、物語の構成は大きく3部に分かれる。

第1部はヘイリー・ハンセン失踪事件をフランク・デッカーがネブラスカ州警察リンカーン署の刑事として担当し、捜査を行うが第2の失踪事件の犯人が逮捕されることで事件が形式的に解決させられようとしているところを、刑事の職を辞し、妻の許を離れてアメリカ中を疾走する。

第2部は1年前にヘイリーを目撃した女性から現場に居合わせたファッション写真家を追ってニューヨークに出向き、セレブの世界へ飛び込み、探偵崩れさながら様々な妨害に遭いながらも写真家を執拗に追い詰める。

第3部は一転して第1部で容疑者として浮上したヒッピー夫婦と第2の失踪事件との犯人との接点が浮かび上がり、再びアメリカ中をヘイリー存命の希望を持ちながら駆け巡る。

さて聞くところによるとウィンズロウは一時期作家活動を休止し、ハリウッドで脚本を書いていたようだ。そして再びまた小説家の道に戻ってきたという。それで合点がいった。この短文を連ねる、無駄な描写を削ぎ落とした文体はシナリオのト書きを想起させる。リズムよく進むこの文体でストーリー展開も速く、ページの繰る手がどんどん加速する。
しかし一方でテンポよく読ませるが故に、読者の手をはたと止めさせるような心に訴える描写・警句がないのも事実。従って登場人物たちの心情が心の深いところまでなかなか届いてこないのだ。

しかしそれは第2部とも云えるニューヨーク編に入るとガラリと変わる。ゴージャスなトップモデルの登場を皮切りに、気鋭の写真家の自宅でのパーティ風景といったセレブの世界に場違いな田舎刑事が飛び込む様子や、一方でニューヨークの人身売買の地獄のようなシステム、都会の片隅で家にも帰れず社会の底のまた底で身体を売るしか生きていけない女性たちのなど社会の底辺で最低の生活を強いられる女性たちの実態が語られるなど、陰と陽が明確に対比された世界が描かれ、いきなり物語が濃密になる。

しかし一見関係のないニューヨークでの捜査が最終的には1本の輪としてつながるわけだが、私はニューヨークの件は作品に厚みを持たせるための付け足しのようにしか思えなかった。犯人に辿り着くまでが本書の主眼であり、それでは物足りないと思ったため、ニューヨーク編を追加したように思えてならない。しかしだからといって決してバランスが悪いわけではなく、寧ろその部分が最も読ませるのだから、小説とは解らないものだ。

事件が解決しても全てが解決するわけではない。デッカーと妻ローラとの仲は愛が失せていなくても、もう元の関係に戻れない。このペシミズムこそやはりウィンズロウならではだ。
フランク・デッカー、元刑事。今日もどこかで失踪人を探してアメリカ中を疾走する。そんな惹句がふと思いついた。

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