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ミステリの祭典

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りゅうさんの登録情報
平均点:6.53点 書評数:163件

プロフィール| 書評

No.123 7点 本陣殺人事件
横溝正史
(2011/08/28 12:12登録)
 横溝正史の作品は以前にかなり読んでいますが、有名どころでは「犬神家の一族」とこの作品だけが未読でした。映像作品を見ており、特に感銘を受けなかったためで、密室トリックの概要は覚えていましたが、それ以外の真相は忘れていました。読んでみると、なかなか面白かったです。作中で、金田一耕助が「この事件のほんとうの恐ろしさは、いかにしてああいうことが行なわれたかという事より、なぜああいうことが行なわれなければならなかったかという事にある」と語っているように、密室トリックの方法についてはこの作品の枝葉に過ぎないと思います。三本指の男の登場、指紋の謎、猫の墓、三本指の男のメッセージや日記の燃え残りやアルバムの写真の謎、二通の手紙などよく考えられたプロットだと思います。殺人動機は現代では理解しがたいものですが、個人的には納得でき、それを示唆する伏線も張られており、この作品の肝に当たる部分だと思います。この真相であれば密室でない方が自然なのに、なぜわざわざ密室にしたのかというのが最大の疑問でした。一応、この点に関しても金田一耕助から説明がありますが、すっきりと納得できるような説明ではありませんでした。

(完全にネタバレをしています。要注意!)
 真相で不自然だと思ったのは、犯人が偶然発見した三本指の男の死体を使って、密室トリックの予行演習を行なったこと。複雑な仕掛けなので予行演習は必要だとしても、死体をわざわざ使う必要はないと思います。また、金田一耕助の推理にはちょっと超人的だと思う箇所がありました。金田一耕助は、糸子刀自の紋付きの袂に琴柱が入っていることを推理していますが、どうしてわかったのでしょうか。


No.122 6点
麻耶雄嵩
(2011/08/27 11:52登録)
 読者が推理でもってこの真相にたどり着けるはずはなく、本格作品ではありませんが、アイデアとしては面白いと思います。情景描写などは文学的で、個々の文を見るとうまいと思うのですが、全体としては読みにくい、不思議な文章です。会話部分が多く、ストーリーは単調で、これだけのページ数になっているのが不思議でもあり、ミステリとしてみると冗長に感じます。謎に魅力がなく、読んでいる最中はミステリという感じがしませんでした。
 最後に、珂允とメルカトルの二人の推理が示され、メルカトルの推理が真相なのですが、珂允の推理の方に論理性を感じました。村人にとっては見えない犯人、殺人を犯しても痣が浮かび上がることを恐れない人物、鬼子の意味、血で汚れた手の跡と手が拭き取られていた理由、遠臣が殺された時に式服を着ていた理由などの推理にはなるほどと思いました。最後のメルカトルの登場は演出効果抜群ですが、どうやってあの場に居合わせることが出来たのでしょうか。

(完全にネタバレをしています。要注意!)
 叙述トリックには読後も全く気が付かず、ネタバレ解説サイトの説明を見てようやく理解しましたが、感心するほどの内容でもありませんでした。最後のメルカトルの推理が真相だとすると、庚を演じていたのは珂允ということになりますが、「庚=珂允」であることに村の人は誰も気が付かなかったのでしょうか。この作品の一番の問題点は、事件の記述者が精神に異常をきたしており、嘘の記述が随所にあることです。


No.121 7点 厭魅の如き憑くもの
三津田信三
(2011/08/20 16:55登録)
 憑き物などの因習に縛られた僻村における連続殺人、複雑で怪しげな人間関係、臨場感のあるホラー場面の描写など、作品世界の作り込みは素晴らしいと思いました。一方、ミステリとしてみるとこの作品は本格とは言えないと思います。刀城が真相説明をした時点では、読者に与えられた情報から唯一つの真相を導き出すことが出来ないと思います。この作者はどんでん返しの連続が作風のようですが、このような趣向は、色々な推理が示されて面白いとも言えますが、真相の必然性が失われてしまいがちです。この作品では3つの推理が示されるのですが、前の2つの推理が明確に否定されておらず、どの真相でも良いように感じました。私は一つ目の推理とほぼ同じような推測をしていました。また、刀城、紗霧、漣三郎以外の作者視点のような記述があることには気付いていましたが、それが最後の推理の補強に持ち出されるとは思っていませんでした。


No.120 4点 星降り山荘の殺人
倉知淳
(2011/08/14 15:14登録)
 あまり感心できる作品ではありませんでした。文庫本の裏表紙に「あくまでフェアに、読者に真っ向勝負を挑む本格長編推理」と書いてありましたが、「看板に偽りあり」だと思います。一応「フェア」だとは言えると思いますが、「本格」と言う部分に関しては大いに疑問ありです。ロジックで犯人を絞り込む場面があるのですが、無理があり、納得出来るものではありません。読者に与えられた条件だけでは、論理的に犯人をひとりに絞り込むことが出来ないはずです。

(ネタバレをしています。注意!)
 あらかじめ、この作品に叙述トリックが使われていることを知っていたため、叙述部分にはすぐ見当がつき、したがって犯人も予想どおりでした。この叙述部分がなかったら、ほとんどの人が真犯人に真っ先に疑いを持つのではないでしょうか。杉下の立ち聞きの真相もほぼ想定どおりでした。
 特に不満に思ったのが星園の推理で、穴だらけで全く説得力がありません(真相から言って、穴だらけなのは当然かもしれませんが)。この推理は麻子によって修正されるのですが、麻子が指摘した事項以外にも何点か穴があります(私が誤っているのかもしれませんが)。
・ 星園は、右通り・左通りと表玄関・裏玄関の位置関係、凶器のこけしが置いてあったカウンターの位置から、左通りのコテージに泊まっていた2人を除外していますが、無理があります。そもそも、犯人が殺意を持って殺害現場に向かう時に、あらかじめ凶器に何を使うかを考えずに、たまたま手近にあったものを凶器にしようとするでしょうか。左通りのコテージに泊まっていた人物であっても、あらかじめ、こけしをカウンターから持ち去っておけば犯行は可能です。消去法によって人物を除外出来るのは犯行が不可能な場合であって、犯行の可能性の高い・低いの観点から可能性の低い人物を除外するのは間違っています。
・ 犯人が糸を結び直してヤカンによる警報装置を復元した理由について、警報装置が不発であったことを強くアピールしたかったからだと星園は説明しています。それならば、復元せずに糸が切れたままで放置しておけば良かったのではないでしょうか。ヤカンの口がドアにつかえたことによる不発も、糸が切れたことによる不発も同じことです。逆に、結び目を付けることは、現場に居る時間が長くなり、犯人が仕掛けを意図的に復元したことが明白にもなり、結び目を付けることが出来ない2人が除外されるなど、マイナスにしかなりません。

 麻子には、この2点も修正してもらいたかったと思います。
 ラストに向けたストーリーの流れは面白いと思いますが、叙述部分を除くと、雪の足跡、ミステリーサークル、ヤカンによる警報装置などの道具立ては肩透かしで、ロジックも杜撰に感じられ、ミステリーとしての骨格部分が弱いと感じました。私自身が叙述トリックをあまり評価していないこともあって、低い採点となりました。
 この作品のロジックに文句をつけること自体、筋違い、ピントはずれなのでしょうけれども。


No.119 5点 ブラジル蝶の謎
有栖川有栖
(2011/08/09 20:08登録)
 傑出した出来栄えの作品がなく、作品集としては平凡な印象を受けました。
「ブラジル蝶の謎」
 火室の真相説明は、犯人がブラジル蝶を天井にディスプレイした理由などがうまく説明されており、トリックとしても面白いのですが、もう一人、犯行が可能な人物が残されているので、考えられる解の一つに過ぎないと思いました(ただし、もう一人が犯人の場合はブラジル蝶をディスプレイした理由が説明できませんが)。
「妄想日記」
 遺体を燃やした理由は意外ですが......。暗号の真相は肩透かし気味です。
「彼女か彼か」
 この真相の一部は、伏線があからさまなので予測することができました。
「鍵」
 ちょっと時代錯誤的な真相です。肝心の鍵を当人以外が持っていたのでは役に立たないと思いますが。
「人食いの滝」
 バカミスっぽいトリックですが、面白いアイデアです。ただし、後日証拠が発見される可能性が高そうですし、気象条件が変わると全く逆効果になってしまいます。また、片瀬が新しい長靴を履いていた理由が説明されていないように思うのですが。
「蝶々がはばたく」
 人間消失に関する謎で、本来は謎として成立しないのですが、問題提示の仕方が工夫されているため、成立しています。真相も逆転の発想で面白いのですが、持ち上げるほどの作品でもありません。


No.118 6点 亜愛一郎の転倒
泡坂妻夫
(2011/08/07 09:25登録)
 相変わらず、亜愛一郎の推理は強引かつ無理矢理で、論理性や必然性は微塵もなく、思いつきで言ったようなことが真相だったという作品が多いです。そういうキャラクターの探偵だと言ってしまえばそれまでなんですが。「狼狽」の方が、作品集としては出来が良いと思います。
「砂蛾家の消失」
 家屋消失トリックは、それを成立させるための手法や伏線に工夫が見られるものの、途中で披露され破棄された方法と大同小異で、肩透かしに感じました。また、事件の真相を示唆するある事柄が、亜愛一郎は見て知っているのですが、読者には知らされていないことに不満を感じました。
「意外な遺骸」
 見立て殺人を行なった理由に説得力を感じました(特に「煮た」理由に)。個人的には、この作品集でのベスト作品です。
「病人に刃物」
 唯一、真相が山勘で当たった作品。タイトルが洒落れています。


No.117 8点 白昼の死角
高木彬光
(2011/08/01 19:17登録)
 戦後の混乱した経済情勢の中で、天才的な頭脳を持つ主人公鶴岡七郎が巧妙な手口で金融詐欺を繰り返していく話です。かなりの長編ですが、それに見合うだけの読み応えのある作品です。一般的にミステリを読むときは早くラストを知りたいと思うのですが、この作品は詐欺の手口やストーリー自体が面白く、途中の過程が楽しめる作品でした。主人公の視点で語られる倒叙形式で、大きな謎や不思議さ、ラストの意外性といったものがないので、ミステリ性はさほど感じられず、エンターテイメント性や文学性重視の作品だと感じました。
 主人公が詐欺行為を行うのは、前半で自殺する「もうひとりの天才」隅田光一の影響が大きく、既存の権力や体制に対する闘争、自分の能力を証明する「自己実現」という意味合いが強いと感じました。主人公やその他の登場人物の人物造形が優れており、主人公の物の見方や考え方は興味深いものでした。
 最終的に主人公は彼の忌み嫌う法の裁きを拒否しますが、この作品にふさわしいラストだと感じました。


No.116 5点 ぼくのミステリな日常
若竹七海
(2011/07/25 22:45登録)
 建設コンサルタント会社の社内報の編集長になった若竹七海(登場人物)が匿名作家に依頼した12篇の短編ミステリと編集後記等から構成されている作品。短編集として捉えるべき作品ではなく、全体で一つの意味を持つ長編として捉えるべき作品だと思います。12篇の短編は、ミスディレクションによる錯誤を狙ったものもありますが、解決に必要な事実が後出しであったりして、真相はことごとく拍子抜けするものでした。「消滅する希望」や「吉祥果夢」のように、ミステリとは言えない作品もあります。長編として見た場合には、この2作が重要な意味を持っています。「吉祥果夢」は、独立した作品としても味わいのある作品ではありますが。編集後記で、編集長が匿名作家に会い、12篇のミステリの内容から推理した事柄を語るのですが、着眼点として面白い部分はありますが、飛躍しすぎている部分もあって、(最終的な真相も含めて)さほど感心できるものではありませんでした。


No.115 7点 第三の時効
横山秀夫
(2011/07/23 21:00登録)
 警察小説で、読者が謎解きをするような作品ではありませんが、プロットが緻密に構成されていて、良く出来た短篇集だと思いました。「第三の時効」、「囚人のジレンマ」、「ペルソナの微笑」が個人的には面白く感じました。
「第三の時効」
 ラストのどんでん返しの連続が秀逸です。クリスティーの某作品を連想させました。どんでん返しを成立させるための仕掛けが見事で、楠見班長という冷ややかな人物の登場が重要な構成要素となっています。
「囚人のジレンマ」
 囚人のジレンマという概念が、作品中で重層的に活かされています。
「ペルソナの微笑」
 矢代の推理はちょっと強引ですが、真相は事件の表向きの様相を反転させる意外なもので、「戻り川心中」のような味わいを持っていると感じました。矢代の幼少期に植え付けられた過酷な記憶が事件の解決にうまく結びついています。


No.114 5点 ガラスの麒麟
加納朋子
(2011/07/19 19:50登録)
 6章からなる連作短編集で、登場人物が各章で微妙に交錯して、最終章で大きな謎が解き明かされる構成になっています。個々の章それぞれに小さな謎とその解決があるのですが、無理矢理なものが多いです(最初の「ガラスの麒麟」だけは、2月という月の特性を活かしたミスディレクションに感心しましたが)。特に、最終章でのまとめ方にミステリとしての不十分さを感じました。安藤麻衣子を殺した犯人がいったい誰なのか、というのが作品全体の大きな謎ですが、正直、真相が良く理解できませんでした。作者が描きたかった本当の謎は、神野先生をはじめとする登場人物の心理の方ではないでしょうか。この作品が提起している謎は、ミステリとしての謎ではなく、文学作品としての謎だと感じました。


(完全にネタバレをしています。要注意!)
 最終章を読む前までは、安藤麻衣子を殺した犯人は神野先生だと思っていました(それまでの神野先生の超人的な推理がこれでうまく説明できるので)。最終章で突如登場する犯人(名前も明示されていません)には拍子抜けしました。しかし、文学作品として考えると、神野先生が犯人というのはありえないことで、やはり、この作品は文学性を重視しているのだと思いました。犯人が安藤麻衣子を襲う前に直子を襲った理由や、犯人が由利枝を脅迫した理由の説明がないこと(もっと言えば、犯人が安藤麻衣子を殺した動機さえも明確には書かれていないこと)が、気になりました。


No.113 6点 魔法飛行
加納朋子
(2011/07/17 15:21登録)
 日常の謎を扱う、「ななつのこ」の続編。主人公の入江駒子が日常生活で経験した謎を私小説風に作品化し、それを読んだ瀬尾さんが手紙で感想を伝えるとともに謎の解決を示し、さらに正体不明の人物から謎の手紙が届くという構成。シンプルな謎で、謎の解決自体に意外性はありませんが、それだけに現実味があって無理のない解決がなされています。比喩表現が巧みな叙情性のある文体やストーリーには好印象を持ちました。読んでいる最中は、謎の手紙を送ってきた人物が誰なのかが気になりました。


(完全にネタバレをしています。要注意!)
「秋、りん・りん・りん」
 駒子の小説の中で、「井上美佐子」なる人物が「茜さん」を指しているのか、3人組の一人を指しているのかがわかりにくい部分があるのが気になりました。また、学食がセルフサービスであることを知らない人はほとんどいないのではないでしょうか。さらに、大学の講義でテキストを使わない授業は少ないので、謎の部分はテキストを持っていないことで判明してしまうと思いますが。
「クロス・ロード」
 主たる謎の部分に関しては、最近似たような話を読んでいたので、気付くことができました。
「魔法飛行」
 メッセージの伝達方法については、瀬尾さんとは違う2つの方法(釣り糸を使ってメッセージを書いた紙を釣り上げる方法、手話ないしは手旗信号による伝達)を考えていました。それよりも、野枝がペンライトを使ってやろうとした事に感心しました。
「ハロー、エンデバー」
 謎の手紙を送ってきた人物が明らかになります。
 2通目の手紙まで読んだ時点では、この人物は「茜さん」であって、さらに少年の轢き逃げ犯であると思っていましたが、3通目を読んだ時点でわからなくなりました。瀬尾さんの推理はちょっと飛躍しすぎているとは思いますが。 


No.112 6点 あなたに似た人
ロアルド・ダール
(2011/07/12 21:00登録)
 「奇妙な味」を持った15篇の短編集ですが、ミステリとは言い難い作品もあります。いずれの作品も、状況設定と展開の妙でラストへ向けて読者の興味を盛り上げていきますが、ラストに関してはひねりの素晴らしい作品もあれば、意味不明な作品(「兵隊」、「クロウドの犬」)や拍子抜けする作品(「毒」、「お願い」)もありました。評価の高い「南から来た男」、「おとなしい凶器」、「海の中へ」が私も面白いと感じました。「音響捕獲機」や「偉大なる自動文章製造機」はSF設定で、ラストはそれほどでもありませんが、アイデアとしては素晴らしく、人間の聴覚や小説の創作について、ちょっと考えさせられる内容でした。


No.111 7点 わらの女
カトリーヌ・アルレー
(2011/07/08 22:55登録)
 サスペンスミステリーの歴史的名作です。既に死亡している夫を生きているように見せかけながら車椅子で運ぶ場面など、サスペンスドラマで使い古されたパターンで、既視感はあるのですが、この作品がオリジナルなのでしょう。真相に関しては、完全正解とまではいきませんでしたが、準正解ぐらいには見抜くことが出来ました。犯行計画そのものは完全犯罪といって良いくらいに巧妙なものですが、期待どおりに進行する確実性には欠けており、これだけの手間ひまをかけて実行するだけの価値があるのかなあ、とは思いました。冷淡な犯人像や、やりきれない悲惨なラストも印象に残りました。


No.110 8点 サマー・アポカリプス
笠井潔
(2011/07/05 20:04登録)
 読みにくいですが、ミステリとしてもミステリ以外の部分でも良く出来た作品だと思います。
 日本人作家の作品ですが、舞台がフランス、登場人物は探偵役の矢吹駆以外は外国人、文章も硬質で、翻訳作品を読んでいるような感じです。おまけに、途中で西洋の中世宗教史に関する薀蓄が延々と語られ、矢吹駆とシモーヌの思想対決があるなど、気軽に読める内容でもありません。この薀蓄の部分がスラスラと読めて、完全に理解できる人は相当な知性の持ち主ではないでしょうか(私は相当苦労しましたし、十分に理解できたとは言えません)。薀蓄の部分が事件の謎と密接に関わっているので、外せない内容ではありますが。400ページくらいまでは読み進めるのに苦労したのですが、最後の謎解き部分になると、俄然面白くなります。事件全体は、黙示録(アポカリプス)に基づく見立て殺人で、見立てにしっかりとした意味があり、納得できるものです。4つ(実質的には5つ)の殺人事件が起こるのですが、特に1つ目の殺人事件が優れており、謎の設定が魅力的で、使われているトリックも秀逸です。「二度殺された死体」の謎に関する真相も納得です。途中でナディアとジャン=ポールの2人の推理も紹介され、不完全なところはあるのですが、これもなかなかのものでした。
 宗教と正義の問題、原子力と人間との関わりなど、考えどころの多い作品でもあります。また、最後に矢吹駆がシモーヌに対して行なったあることには驚かされました。


No.109 4点 スイート・ホーム殺人事件
クレイグ・ライス
(2011/06/26 11:31登録)
 三人の子供が、推理作家の母親のために、隣家で起きた殺人事件の解決に乗り出すとともに、刑事との間の恋の取持ちをする話です。女流作家の手になる、子供視点のほのぼのとした文体で、子供たちの活躍が描かれているのですが、個人的には全く引き込まれるところがありませんでした。訳が古めかしく、平易な文章の割には読みやすくもありません(14歳の女の子が「わが家の前途が危殆に瀕してるのに」なんて、言わないですよね)。読んでいて、眠気に襲われ、ページが一向に進みませんでした。肝心の謎解きの方もぱっとしません。私には、全く合わない作品でした。
(備考)
 新訳版が出ているようです。私は、旧訳(長谷川修二氏訳)の方を読みました。


No.108 6点 フランス白粉の秘密
エラリイ・クイーン
(2011/06/19 14:17登録)
 殺人事件は1件だけで、地味な操作過程が延々と続き、やや単調な印象は否めません。しかしながら、出入りが管理されている夜間のデパートで犯人がどのように出入りし、また、なぜ壁寝台の中に死体を隠したのか、という謎は魅力的に感じました。作中で、エラリーが「この事件には実にたくさんの枝葉があります」と語っているように、事件にまつわる数多くの証拠が示され、それが事件の解決にうまく活かされているのも好印象です。「Zの悲劇」と同様に、最後に関係者を一堂に集めて、消去法で犯人を絞り込むロジックが披露されるのですが、やはり、このロジックには必然性が欠けていて、不満に感じました。最後に、クイーン警視が「法的根拠はない。山勘があたった。」と言っているのですが、そのとおりでしょう。


(完全にネタバレをしています。要注意!)
・ エラリーは、書斎の5冊の本が入れ替わっていることに犯人が犯行当日まで気付いていないことから、過去5週間に書斎には一切入室していない人物が犯人でであると結論付けているのですが、根拠が弱いと思います。書斎の持ち主であるサイラス・フレンチ氏でさえ、本の入れ替えには気付いていなかったのですから。
・ エラリーは、いくつかの条件を挙げて犯人を特定しているのですが、この条件に当てはまるのは本当にこの人物だけでしょうか。デパートの他の探偵でもこの条件に当てはまると思うのですが。
(Tetchyさんの疑問について)
「フレンチが置いていた本は、夫人が殺されて血痕が付いたために処分されたのではなかったのか?」
 犯人は、本の処分は行なっていません。犯人は、ブック・エンドのフェルトに血痕が付いたので、フェルトの取り替えは行なっていますが、本の入れ替えは行なっていません(本には血痕が付かなかったということでしょう)。本を入れ替えたのは、秘書のウィーヴァーです。「27 6番目の本」の章の真ん中あたりで、ウィーヴァーが「ぼくは、書物が手にはいると、そのたんびに、老人のブックエンドの間にそのまますべり込ませておいたんだ。同時にまた冊数を同じにしておくために、老人の本を1冊ずつ本立からひっこ抜いては、本棚のなかのがらくた本のうしろにかくしておくようにしていた。」と言っています。
「そして腑に落ちないのは、本を麻薬取引の連絡として利用した点。(中略)百貨店の広大な本屋の中でただ曜日の頭文字と同じという手掛かりだけで1冊の本を探し出すというのはかなり骨だし、相手が見つける前に誰かがそれを買ってしまう恐れがあるだろう。」
 「28 ほぐれる糸」の章で、「スプリンジャーが閉店後に本に連絡事項を書き込み、あらかじめ決められた書棚に置いておく。次の朝、使いの者は出来るだけ早く来て本を購入すれば良い。」旨のことを、エラリーが説明しています。


No.107 5点 Zの悲劇
エラリイ・クイーン
(2011/06/14 18:50登録)
 やっぱり、X、Y、Zの中では一番見劣りがするような気がします。最後にレーンが犯人を絞り込むロジックを披露しているのですが、このロジック及び作者のヒントの提示の仕方には疑問があります。また、真相説明まではドウ以外の容疑者候補が絞られないままで、他の人物のアリバイや動機に関する議論が全くない点にも不満を感じました。


(完全にネタバレをしています。要注意!)
・ レーン及びペーシェンスの推理の大前提となっているのが利き腕・利き足に関する一般原則ですが、根拠としては極めて薄弱と言えるでしょう。
・ レーンは、フォーセット上院議員の机の上に残されていた封筒の一つに、封筒表面の左右にクリップの盛り上がった痕があることから、犯人がいったん手紙を取り出して読み、戻すときに最初の入れ方と逆に突っ込んだことを推理しています。このクリップの件はどこに書かれていたのだろうと思って読み返してみると、「三番目の封筒は典獄あてのもので、両端に紙クリップの、もりあがった痕がある」との記述しかありません。読者が、この記述だけを読んでこの封筒に異常があることを見抜くのは、まず無理でしょう(手紙の両端をクリップで留めている場合もあります)。せめて、開封して、紙クリップが1箇所にしかなかったことを示すべきではなかったでしょうか。
・ 犯人がフォーセット博士からきた手紙をすり替えて、ドウの脱走日を水曜日から木曜日に変更させた件に関して、レーンは水曜日が死刑執行日であり、犯人がそれに出席する必要があったためだと決め付けています。死刑執行に出席していない刑務所職員の中に、別件により水曜日の都合が悪かった職員が存在していた可能性を見逃しています。


No.106 7点 門番の飼猫
E・S・ガードナー
(2011/06/11 06:11登録)
 相変わらず、ややこしい話で、目まぐるしく話が展開していきます。この作品の真相は相当に意外なもので、ラストの法廷場面でのメイスンの説明には意表を突かれました。二重の意外性を持っています。猫の〇〇からの推理は鮮やかと言えますが、もう一つの方は手掛かりが不足していて、読者が真相を推理することは無理だと思います。このシリーズは、相談者からの奇妙な依頼、メイスンとドレイクによる体当たりの調査、メイスンの違反すれすれの不思議な策略、法廷での丁々発止のやり取りがお約束のようであり、この作品でもメイスンの策略として、偽装ハネムーンの演出が行われています。この演出が何を意図しているのか、推測出来ず、種明かしを読んで、良くこんなに手の込んだことをするものだと思いました。設定が強引と感じる箇所、疑問点が何箇所かありました。

(完全にネタバレをしています。要注意!)
・ ピーターは犯行を察知して警戒しながらも、犯人の犯行を許しているのですが、こんなにうまくいくものでしょうか。本当に殺される危険性が高いと思います。犯罪が行われた時に死体が屋敷内に用意されていたことや、マジシャンのようにうまく入れ替わったことなど、ちょっと無理があります。 ピーター自身が屋敷に放火したとする設定の方が良かったのではないでしょうか。
・ 犯人は、キーンが猫を連れ去ったことをどうして知っていたのでしょうか。
・ 犯人は、ワッフル・キッチンから電報をどうやって打つことが出来たのでしょうか。


No.105 7点 兄の殺人者
D・M・ディヴァイン
(2011/06/06 20:41登録)
 作者のデビュー作品であるためか、ストーリーテリングがこなれておらず、わかりにくい印象を受けました。事件の背後に複数の謎が隠されており、プロットが複雑なせいもありますが。真相に関しては、ほぼ想定どおりでした。終盤で、サイモンが事務所メンバーの2人に推理を語る場面があるのですが、これが真相では平凡すぎると思い、サイモンが犯人として指摘した人物以外にも、犯行が可能で、より意外性のある人物がいることに気付きました。劇的な犯人逮捕の後、真相が語られるのですが、この真相説明は状況がきっちりと説明されていて、ロジックもしっかりしていると思いました。


No.104 6点 クロイドン発12時30分
F・W・クロフツ
(2011/06/04 22:40登録)
 倒叙ミステリの3大名作の一つですが、それほどの作品とは思いませんでした。主人公が犯行を決意する過程や実施する過程、犯行前後の心理的葛藤などが丁寧に描写されているのですが、特筆するような優れた箇所は見当たりませんでした。アイルズの「殺意」の主人公と比較すると、こちらの方が人間性はかなり上です。「殺意」の主人公はひたすら利己的で、身勝手な理由で殺人を実行し、良心の呵責に苦しむこともない悪人ですが、本作品の主人公チャールズは精神的に追い詰められた挙句に殺人を実行してしまうのであって、犯行の前後で良心の呵責に苦しんでいます。犯行計画自体は、フレンチ警部がいくつもの証拠から真相を察知しているように、完全犯罪にはほど遠い内容です。青酸カリの入手方法も安易過ぎる気がしました。

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