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ミステリの祭典

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平均点:6.00点 書評数:1868件

プロフィール| 書評

No.1028 6点 ロシア紅茶の謎
有栖川有栖
(2014/07/05 09:47登録)
1994年発表の作品集。
スウェーデン、ブラジル、ペルシャ・・・と続く国名シリーズの第一弾に当たる作品。
W杯記念なら「ブラジル蝶・・・」を書評すべきだが、既読のため未読の本作をセレクトした次第。

①「動物園の暗号」=決して嫌いではない。かつて時刻表フリークだった私にとっては・・・。でもまぁ普通の人には分からないだろうねぇ。鰐○や象○なんて・・・
②「屋根裏の散歩者」=当然ながら乱歩の有名作をオマージュした作品。現代建築において広大な「屋根裏部屋」なんて存在するのだろうか? 犯人当てそのものは至極単純。
③「赤い稲妻」=これは「よくある手筋」なのだが、こういう発想こそミステリーの原点だと感じさせる。そういう意味では非常に好感が持てるが、悪く言えば「ザ・推理クイズ」と言えなくもない。
④「ルーンの導き」=神秘の言葉「ルーン文字」を使った一種のダイイング・メッセージが本編のテーマ。なのだが、かなり強引な解法に思える。これも犯人当て自体は単純、というか単調。
⑤「ロシア紅茶の謎」=別に「ロシア紅茶」でなくても「セイロン紅茶」でも「烏龍茶」でもよかったわけだな・・・。でもまぁいくら実験を重ねてきたといっても、ここまでリスクを犯す益が犯人にあったのかどうか? でも、好きは好き。
⑥「八角形の罠」=ある企画から生まれた作品。「八角館の殺人」なんてフザけてるとしか思えないが・・・トリックもあまり褒められたレベルではない。

以上6編。
火村&アリスの超お馴染みコンビによる、超お馴染みの短編シリーズ。
本シリーズについては、「ロジックに拘りすぎて単調に感じる」ということで、これまで高い評価をしてこなかったのだが・・・
本作に関しては比較的好感を持てたというのが実感。

他の方も書評しているが、軽いし、某推理系アニメと同水準と言えなくもないのだけど、何ていうか、これぞ「パズラー」というエッセンスが凝縮されている感はある。(褒めすぎか?)
きっと作者も楽しんで書いたに違いない・・・(違うか?)
シリーズ第一作目っていうのは、やはり作者の新鮮な「思い」や「熱意」というのが感じられるのだろうと思う。
(抜けてる作品はないが、個人的には③⑤辺りが好み)


No.1027 5点 顔に降りかかる雨
桐野夏生
(2014/07/05 09:46登録)
1993年。第三十九回の江戸川乱歩賞受賞作が本作。
女性をハードボイルドの主役に据えるという斬新なプロットが話題となった作品。

~親友のノンフィクションライター・宇佐川燿子が一億円を持って消えた。大金を預けた成瀬時男は、暴力団上層部につながる暗い過去を持っている。あらぬ疑いを受けた私(村野ミロ)は、成瀬と協力して事件の解明に乗り出す。二転三転する事件の真相は? 女流ハードボイルド作家誕生の乱歩賞受賞作品~

確かに処女長編としてはよくできているし、旨さを感じる。
突然事件に巻き込まれる序盤から、事件解明を進めていく中盤、そして事件のウラやカラクリが判明していく後半・終盤・・・というわけで、ミステリーとして実に真っ当な体裁を整えているといっていい。
次々と登場する“性倒錯者”も本作に華を添えている存在だろう。
(ちょっと気持ち悪いけど・・・)

ただ、やっぱりミステリーとしては平板な印象は拭えなかった。
先程は褒めたプロットも、裏を返せば「紋切り型」で「ありふれた」ものという方も多いだろう。
“主人公を男性から女性に置き換えてみました”・・・では、さすがに途中で飽きてくる。
謎解き要素もあるにはあるけど、最初からミエミエでは仕方ない。

ということで、厳しい評価をしているが、デビュー作としては十分及第点という水準ではないか。
本作以降、「OUT」や「東京島」など、話題作を次々に発表した作者だし、ここは単なる通過点ということだろう。
評点としては・・・こんなもんかな。


No.1026 7点 悪女パズル
パトリック・クェンティン
(2014/06/23 22:24登録)
ピーターとアイリスのダルース夫妻が活躍するパズルシリーズの四作目がコレ。
シリーズ三作目までは創元推理文庫で最近新訳版が出ているが、本作は扶桑社で2005年に発刊されたものを読了。

~大富豪ロレーヌの邸宅に招待された。離婚の危機を抱える三組の夫婦。仲直りを促すロレーヌの意図とは裏腹に、屋敷には険悪な雰囲気が立ち込める。翌日、三人の妻のひとりが謎の突然死を遂げたのを皮切りに、ひとりまたひとりと女たちは命を落としていく・・・。素人探偵ダルース夫妻は影なき殺人者の正体を暴くことができるのか?~

なかなかの佳作だと思う。
何よりミステリーらしいプロットが「さすが」と思わせる。
離婚寸前の三組の夫婦が一堂に会するという不穏な舞台設定、間髪入れず起こる連続殺人事件・・・
スピード感のある展開に読者は否応なく巻き込まれてしまう。
章立てをひとりひとりの女性としているのも構成上当たっていると思う。

終盤も押し迫ってからは怒涛のような真相解明に突入。
ピーターの推理は完全な前座扱いでしかなく、主役は妻のアイリスが務める。
「三組の怪しげな夫婦関係」というミスリードがきれいに嵌っているし、そのための伏線の回収もまずは見事と言えるだろう。
他の方も指摘されていたけど、第二・第三の殺人についてはちょっと必然性に欠けるし、その動機にしては舞台設定が複雑すぎるというというところが気にはなった。

パズルシリーズは本作で三作読了したが、本作が一番面白かった。
世評的には「俳優パズル」の方が高いのかもしれないが、探偵役としてもレンズ博士よりはこの夫婦コンビの方がベターだし、作者の良さが前面に出た作品だろう。
他のシリーズ未読作も順に読んでいきたい。
(「悪女」というタイトルは正しいような、正しくないような気が・・・)


No.1025 6点 メルカトルかく語りき
麻耶雄嵩
(2014/06/23 22:23登録)
お馴染み“メルカトル鮎”と“美袋”コンビによるシリーズ。
「本格ミステリーとは何か?」と問いかけるような、なんとも挑戦的な作品が並ぶ作品集。

①「死人を起こす」=現場見取り図なども挿入され、ロジック重視の端正な本格ミステリーかと思いきや・・・。「何じゃこりゃ!この結末は!」と思うこと請け合いのラスト。“列車の音”の件は本当にそうなのだろうかという疑問が湧いたし、「アゲハ蝶」もなぁ・・・分からんでもないけど・・・
②「九州旅行」=てっきりトラベルミステリーもどきの話かと思いきや・・・。美袋に小説のネタを提供するために、自ら偶然(?)にも殺人現場へ突入するメルカトル。途中はホームズばりに物証から推理を行う展開も見せたが・・・結果は突然の「終了」。
③「収束」=冒頭に登場する謎の三場面。終盤になってやっとその意味が分かるのだが、ここでも明快な回答は示されない。そして、殺人を止めようとする美袋に対するメルカトルの何とも皮肉の効いた台詞・・・これはキャラの勝利だな。
④「答えのない絵本」=高校の校舎で起こる教師殺人事件。袋小路の部屋で起こった準密室殺人に対する容疑者は何と20人(!)。しかも全て高校生。それを消去法で大胆に減らしていくメルカトルなのだが、ラストは凡そ本格ミステリーとは思えないようなもの! これは・・・ある意味スゴイ真相だ。
⑤「密室荘」=ある意味これが最もブッ飛んだ作品になるだろう。なにしろ、メルカトルが○○そのものをなかったことにしようとしているのだから・・・ここまで挑戦的いや挑発的なミステリーもないだろう。

以上5編。
いやぁーこれはかなりスゴイことになっている。
いずれも舞台設定は本格ミステリーそのものなのに、用意された仕掛け、プロットは本格ミステリーを根底からひっくり返すようなものなのだ。
こういう作品をそこら辺の凡庸な作家が書くとこっぴどく批判されそうだが、作者が書くとそれなりに意味のある深い作品に思えてくるから不思議なもの。

こういう作品が好きかと聞かれると困るのだが、メルカトルという特異なキャラを有する作者ならではの作品なのかもしれない。
例えていうなら、「ゴールマウスを大きく越えると思わせて、グイっと落ちてくるブレ球のフリーキック」というところか。
(分かりにくい例え・・・)


No.1024 6点 流れ星と遊んだころ
連城三紀彦
(2014/06/23 22:22登録)
2003年発表の長編作品。
作者の最終長編となった「造花の蜜」のひとつ前に発表された作品という位置付けとなる。
『巨星墜つ』という帯の惹句が寂しさをそそる・・・

~傲岸不遜な大スター「花ジン」こと花村陣四郎に隷属させられているマネージャーの北上梁一はある夜、ひと組の男女と出会う。秋場という男の放つ危険な魅力に惚れ込んだ梁一は彼をスターにすることを決意。その恋人である鈴子も巻き込み、花ジンから大作映画の主役を奪い取ろうと画策する。芸能界の裏側を掻い潜りながら着実に階段を上る三人だが、やがてそれぞれの思惑と愛憎が絡み合い、事態は思わぬ展開を見せる・・・。虚々実々の駆け引きと二十三重の嘘、二転三転のどんでん返しがめくるめく騙しの迷宮に読者を誘う技巧派ミステリーの傑作!~

これはもう反転につぐ反転だ!
冒頭からしばらくは、「これって本当にミステリーなのだろうか?」という展開が続き、正直戸惑いながら読み進めることになる。
連城らしい粘っこい台詞回しこそあるものの、これといったミステリー的な趣向はないままなのだ。
それが、双葉文庫版のちょうど250頁目で一転することになる!

いやぁーこれには「やられた」。
さすが連城というほかない。
まさかこういう「仕掛け」が施されているとは予想していなかった。
確かに冒頭から一人称と三人称が入り混じって書かれていて、「これは何かある」という思いこそあったけどなぁ・・・
もう、本作はこのトリックを味わわせてもらっただけで満足という感じだ。

それ以外は他の佳作に比べるとインパクトに欠けることは否めないし、特に終盤はもうひと捻り欲しかったなというのが正直な感想。
ということで評価はそれほど高くはないけど、連城ファンなら読んで損はない作品だろう。
しかし、返す返すも早すぎる死が惜しまれる・・・後は未読の作品を大事に読んでいきたい。
前にも書いたけど、こんな作品書ける作家は現れないだろうなぁ・・・


No.1023 5点 不変の神の事件
ルーファス・キング
(2014/06/15 14:19登録)
1936年発表。順番で言えば、作者11番目の作品に当たる(とのこと)。
作者については本作が初読でもあり、予備知識ゼロで読み始めたのだが、さて・・・
(この書評を書き始めたときに、ちょうど日本がコートジボアールに敗戦・・・)

~「これは殺人じゃないわ。処刑よ」・・・リディアは宣言した。姉を自殺に追い込んだ憎むべき恐喝者が、今、残された家族の前で息絶えたのだ。一同は法の手を逃れようと画策するが、死体を運んでいるところを通行人に見られてしまい、事件は早々に警察の知るところとなる。目撃者からの通報を受けたNY市警のヴァルクール警部は着実に手掛かりを集め、逃走した彼らを後を追う。逃亡と追跡、この二つの物語は徐々に思いもよらぬ展開を見せていくのだった!~

ちょっと「予想外」というのが率直な感想になるだろうか。
冒頭にも書いたとおり、作者に対する予備知識が全くなく、紹介文からすると重めのサスペンスタッチの作品かなという予想だったのだが・・・
実際には、結構テンポよく読ませ、程よく「笑い」の要素もあって、割とサクサク読了することができた。
ジャンル的にもサスペンスというよりはフーダニットをメインテーマとした「本格ミステリー」。
(確かに追う側と追われる側という視点で捉えればサスペンスなのかもしれないが、この辺はあまり心に響かない)
ラスト約30頁は船上にて警部の真相解明の場面が続き、なかなか気の利いたサプライズも用意されている。

不満点と挙げるとするなら、序盤の分かりにくさ。
最初は何が起こっているのかよく分からない状況が続き、数章を経た段階でやっと展開が腹に落ちてきた。
この辺りは訳のせいかもしれないけど、短めの作品だけにやや残念に思えた。

創元推理文庫版のあとがきは森英俊氏が書かれており、作者について詳しく紹介されている。
ヴァルクール警部ものもまだ数編あるようなので、読めればいいのだが、未訳が多そうで難しいのかもしれない。
評点としてはこんなものだが、印象としては決して悪くはない。
(それならもう少し高い点つけろよ、って感じだが・・・)


No.1022 7点 時鐘館の殺人
今邑彩
(2014/06/15 14:17登録)
1993年に発表された作者の第一作品集がコレ。
タイトルからしてオマージュのような作品やややホラーよりの作品などバラエティーに富んだ構成。

①「生ける屍の殺人」=タイトルからして山口雅也氏の有名作を思わせるが、それほど似通った内容ではない(と思う)。ラストの捻りのやり方はいかにも作者らしくて、背筋に冷たい風が・・・的なやつ。
②「黒白の反転」=タイトルは作中に登場するオセロゲームからのもの。ある登場人物に関する身体的特徴が事件解決の鍵となるのだが、伏線の張り方にウマさを感じる。ラストはもう少しブラックでもよかったような・・・
③「隣の殺人」=隣の夫婦が言い争う声が聞こえ、それから片方の姿が見えなくなった・・・短編でよくお目にかかるプロット。ラストのオチは最初からミエミエなのが玉に瑕。これももう少しブラックでも良かった。
④「あの子はだあれ」=これは「ちょっといい話」的な一編。SF作家を登場人物に配し、パラレルワールドの要素も取り入れるなど作者の懐の深さが垣間見える。
⑤「恋人よ」=これはラストの2~3行がなければ完全なホラー作品だった。そういう意味ではラストで「救われた」ということになるのかもしれないが、はっきり言って「蛇足」だな。あれがなければ本作中ベストでも良かった。
⑥「時鐘館の殺人」=今邑女史がある雑誌の「犯人当て懸賞小説」を依頼されて・・・という設定の本編。懸賞小説の中身は全くパッとしないのだが、本編のプロットはそんなところにあるのではない。でも、この「仕掛け」はなかなか気付けないわ。因みに綾辻氏の某作とのつながりはほぼなし(すべての時計が狂っている、という部分が唯一のオマージュなのだろうか?)

以上6編。
それぞれ注文をつけたいところはあるのだが、全体的にみれば十分水準以上の作品集に仕上がっている。
なにより、どの作品も手抜きなく細かな「仕掛け」が施されているのが高評価につながる。
本作ではホラー風味が中途半端だったのは初期の作品だからなのか、そこはやや残念。
でも今まで読んだ氏の作品集ではベスト。
(やっぱり表題作がベストかな。⑤は前述のとおりでラストが×)


No.1021 4点 クラスルーム
折原一
(2014/06/15 14:16登録)
理論社のミステリーYAシリーズとして発表され、前作「タイムカプセル」の姉妹作品的位置付け。
「タイムカプセル」は埼玉県立栗橋北中学三年A組の物語で、本作は三年B組の物語。
相変わらずの折原ワールド全開の長編作品。

~栗橋北中三年B組は恐怖に支配されていた。竹刀を手放さない暴力教師・桜木慎二。優等生とワルとが手を組んで、夏の夜、桜木を懲らしめようと呼び出した同じ教室で、十年後、夜のクラス会が開かれるという。だが案内状の差出人・長谷川達彦を知る者はいない。苦い思い出の校舎で明かされる驚くべき真相とは!?~

これは・・・今まで何度も読んできた「折原作品」だ。
日本推理作家協会賞受賞作で作者の代表作とも言える「沈黙の教室」。そしてその姉妹作が「暗闇の教室」。
今回はそのジュブナイル版的位置付けとして、「タイムカプセル」と本作「クラスルーム」が発表されたというわけ。

確かに本作のキープロットとして登場する「肝試し」は、「暗闇の教室」でも重要な設定として出てきていたし、前作「タイムカプセル」の登場人物も一部登場するなど、同じ作品世界を共有している(らしい)。
まぁそんなことはいいのだが、いかんせんプロットに捻りがないのが致命傷。
一応、ラストには常識的な解決が用意されているのだけど、それがあまりにも「とってつけた」ような感じがして肩透かし。
せっかく「肝試し」を出してきて、ホラー要素を加えていたのに、この真相では「お笑い系」にしか思えないのだ。

ジュブナイルだから・・・といえばそれまでだけど、もうそろそろネタ切れなのかも・・・
本作は登場人物のキャラも中途半端で印象に残らないのがなおイケない。
ということで、批判ばかりになってしまったけれど、折原ファンであれば「お付き合い」程度でも一読はしなければ・・・(なんて寛容!)
最近低調な作品が続いているので、そろそろ新機軸のプロットを一発披露して欲しい
(前作との比較なら、まだ「タイムカプセル」の方が読める感じ・・・)


No.1020 6点 時間の習俗
松本清張
(2014/06/06 22:19登録)
昭和36年、雑誌「旅」に連載され後に発表された長編作品。
「点と線」の三原警部補=鳥飼刑事コンビが再び関東~九州間の鉄壁のアリバイに挑む本作。
つい最近地上波でドラマ化もされたのだが・・・(見てないけど)

~神奈川県の相模湖畔で交通関係の業界紙の社長が殺された。関係者の一人だが容疑者としては一番無色なタクシー会社の専務は、殺害の数時間後、遠く九州の和布刈神社で行われた新年の神事を見物し、カメラに収めていたという完璧すぎるアリバイに不審を持たれる・・・。『点と線』の名コンビが試行錯誤を繰り返しながら巧妙なトリックを解明していく本格長編推理~

見事なまで“アリバイ崩し”テーマの作品に仕上がってる。
「点と線」ではさんざんもったいぶった後、航空機が登場してきたが、本作では最初からメインの交通機関として航空機が登場する。
羽田~伊丹~福岡間で航空機がアリバイトリックの肝として登場し、三原警部補は翻弄されることに・・・
それだけでも「点と線」から数段進歩したと言えそう。

で、肝心のアリバイトリックなのだが、本作でも小道具として「写真」が登場してくる。
鮎川哲也や土屋隆夫の作品のなかでも写真をアリバイトリックに使った作品が数編あるが、巧妙さや納得感でいえば本作が最も優れているように思えた。
「アリバイトリック」においては、「それが崩れた瞬間」というのが作品中のハイライトだろうけど、本作では三原警部補がさんざん苦労してきただけに、読者としても思わず「よかったねぇ」と声をかけたくなってきた。

ただし、本作はアリバイ崩しにあまりにも偏重したため、他の要素はほぼ響かなかったのが残念。
特にフーダニットについては、最初からある容疑者一辺倒で進んできており、そこに面白みを仕掛けられなかったのはちょっと疑問符がつく。
全体的な評価としてはどうかなぁ・・・ミステリー作家としてかなり熟れてきたという気はするが、「点と線」ほどのダイナミズムには欠けるという気がして、評点はこんなもんだろう。
(この時代の航空機の「乗り方」が解説されていて、興味深く拝読させていただいた・・・)


No.1019 7点 ラスト・コヨーテ
マイクル・コナリー
(2014/06/06 22:18登録)
ハリウッド警察署のハミ出し刑事、ハリー・ボッシュシリーズの長編四作目。
大地震の余波が残るLA市内。官僚主義の上司を殴り、刑事の職を奪われたボッシュはフリーランスで過去のある事件に単身取り組むこととなったが・・・
今回も終盤に読者を驚かせるドンデン返しが待ち構えているのか?

~LAを襲った大地震は、ボッシュの生活にも多大な影響を与えた。住んでいた家は半壊し、恋人のシルビア・ムーアとも自然に別れてしまう。そんななか、ある事件の重要参考人の扱いをめぐるトラブルから、上司のバウンズ警部補につかみかかってしまったボッシュは強制休職処分を受ける。復職の条件である精神分析医とのカウンセリングを続ける彼は、ずっと心の片隅に残っていた自分の母親マージョリー・ロウ殺害事件の謎に取り組むことに~

相変わらずシビレるシリーズだ。
どの作品でも、危険なスタンドプレーに走り、大ピンチに陥るボッシュだが、今回も中盤大きな罠に嵌まることになる。
今までは、多少なりともいた仲間(エドガーとか)ですら今回は存在しない。
巨大な警察機構を敵に回し、そんな逆境のなかでも己の意思を貫くボッシュの生き様こそが本作一番の読み所だろう。

本作でボッシュが挑むのは、自身が子供の頃に殺された母親の事件の謎を解き明かすこと。
二十年以上前の事件に関する捜査は難航を極めるのだが、自身の出生にも関連する謎にボッシュは異常な程の執念で取り組む。
本作では、LAのほか、ラスベガス更にはフロリダまでも足を伸ばし、過去の事件を知る人物との対話を重ねていく・・・
大方の謎が明らかになり、これ以上の「深い闇」があるのだろうかと訝しんでいる読者に、更なるドンデン返しが待ち受けている。
(この辺りは予定調和的ではあるのだが)

とにかくいつにも増して、ボッシュの「情熱」或いは「熱量」に圧倒される本作。
ハードボイルドの主人公は星の数ほどいるが、彼ほど熱く、強く、そして寂しいキャラクターはいないだろう・・・
それほどの存在感と魅力溢れる存在。
筆を重ねるごとに肉付けされ、人間「ハリー・ボッシュ」が完成されていくのだということを深く感じさせられた次第。
シリーズ他作品と比べて傑作というわけではないが、過去四作品のなかでは個人的には本作がベスト。
(タイトルにもなっている“コヨーテ”・・・やはりボッシュと重ね合わせているのだろうか・・・?)


No.1018 5点 クラリネット症候群
乾くるみ
(2014/06/06 22:17登録)
「マリオネット症候群」「クラリネット症候群」の中編二編で構成された作品集。
作者らしい「企み」に満ちた作品に仕上がっている(かどうか・・・)。

①「マリオネット症候群」=朝、目覚めてみると、なぜか自分の体に他人が乗り移っていた(!)、そしてその様子を「神の視点」で見つめる本当の自分がいる・・・という訳の分からない特殊設定。しかも、乗り移ったのは何と憧れの男性で、その男は実際には殺されていた(!)、って書いてると何が何だか分からないように思えてくる。特に、この特殊設定が入り乱れる終盤は混乱の極み!
設定は西澤保彦の「人格転移の殺人」を彷彿させるけど、こちらの方が「イタイ」ように思えた。くだらないと言えばくだらないけど、こんなことを真剣に書いてる作者は何だか好きだ。

②「クラリネット症候群」=“ドレミ・・・の音が聞こえない? 巨乳で童顔、憧れの先輩であるエリちゃんの前でクラリネットが壊れた直後から、僕の耳はおかしくなった。しかも怪事件に巻き込まれ・・・”
「ドレミファソラシド」抜きの文章を読むのがなかなかつらかった。メインテーマは作者得意の「暗号」なのだが、これは相当無理やり感のある解法だし、プロットもかなり安直に思えた。作者の「遊び心」は分かるけど、小説としては体をなさないのがダメだろう。
まぁ広い心を持って読むことをお勧めします。

以上2編。
「リピート」や「スリープ」につながる“特殊設定下”のミステリー。
この作品世界を楽しめるかどうかで違うのだろうが、前出の二作に比べ、プロットを煮詰めないまま出しました的な雰囲気がありあり。
サクサク読めるのが救いかな。
(①はまずまず好き。②はちょっとヒドイ。)


No.1017 5点 カリオストロ伯爵夫人
モーリス・ルブラン
(2014/05/26 23:09登録)
1924年に発表された長編作品。
ルパン三世「カリオストロの城」のモチーフとなった作品というのは有名で、もはや説明不要だろう。
ルパンの若かりし頃の冒険譚なのだが、発表年でいうと作者後期の作品ということになる。

~世紀の怪人物の末裔と称し、絶世の美貌で男たちを魅了するカリオストロ伯爵夫人ことジョジーヌ。彼女は権謀術数を駆使する怪人・ボーマニャンを相手に、普仏戦争のどさくさで失われた秘宝を巡る争奪戦にしのぎを削っていた。その闘争の最前線にひとりの若者が割り込む。その名はラウール・ダンドレジー。彼こそは、のちの怪盗紳士アルセーヌ・ルパンその人だった。妖艶なる強敵を相手にした若きルパン、縦横無尽の大活躍!~

ネームバリューほどの作品ではなかったなぁ・・・という感じ。
冒頭に触れたとおり、ルパン三世の劇場版で親しんだ方も多いであろう本作。
(もちろん筋書きはかなり違うのだが・・・)
しかも、ルパンがまだまだ血気盛んな20歳という設定。美少女クラリスとの逢引(表現が古いな!)シーンから始まる本作。
しかし、序盤早々にカリオストロ伯爵夫人と遭遇するや、その美貌の虜になり、早速男女の仲となる・・・
やっぱり、ルパンは昔からルパンだったということ。
ただし、その後ルパンはこの二人の女性の間で行ったり来たりすることになる・・・
(浮気性だねぇ・・・)

普通の作品なら、当然秘宝を巡る争奪戦が本筋ということになるのだが、本作ではそれが霞んでしまっている。
何よりカリオストロ伯爵夫人のキャラクターが強烈すぎるのが理由なんだろうけど、そこがどうも気に食わない感じだ。
ラブストーリーもいいのだが、やっぱりルパン対好敵手のワクワクするような冒険譚というのが求める作品になるので、他の有名作と比べると評価は下げざるを得ないだろう。

まぁルパンものを読み続けている方にとっては外せない作品ということにはなる。
(カリオストロ伯爵自体は実在の人物とのこと・・・知らなかった!)


No.1016 6点 どんでん返し
笹沢左保
(2014/05/26 23:07登録)
1981年に発表された短篇集だが、なぜか最近書店で平積みにされていた本作。
全編会話だけで構成された異色の短編六つを集録。

①「影の訪問者」=夜中、突然やって来た元恋人の女。男は女が殺人を行った後にやって来たのだと推理したのだが・・・。ラストに主客入れ替わるところがミソ。
②「酒乱」=過去、人殺しという過ちを犯した女性。その女性を許し、夫婦として生活してきた夫。平和な生活を送っている今、過去の犯罪の真の姿が明らかになる。
③「霧」=またもや男と女の化かし合いがテーマの作品。ラストには皮肉な結果(?)が待ち受けている。よくあるパターンではあるが・・・
④「父子の対話」=②と同ベクトルのストーリーだが、本作では男女ではなく父子関係が背景。過去に起こった不幸な火災で妻(母親)を喪った夫と息子。その火災には隠された秘密があった・・・っていうパターン。でもなかなか衝撃的。
⑤「演技者」=これが一番ツイストの効いた作品。アリバイを演出しようとした女優が、ある皮肉な事実により罪に陥れられてしまう・・・。これはナカナカ。
⑥「皮肉紳士」=ダイニングメッセージをテーマとした一編。ある大学教授に事件解決の協力を依頼した警察。自宅から成田空港までの二時間で事件を解決できるのか、という趣向。ラストの一行にニヤッとさせられる。

以上6編。
タイトルどおり、全作品ともラストにドンデン返しが待ち受ける・・・というミステリー好きには堪らない趣向。
のはずなのだが、そこまでのインパクトのある作品はごく僅か。
全編会話だけで構成というのは、さすがに作者の腕前を感じさせるし、そこそこ読ませる作品には仕上がってる。

まぁ水準級という評価に落ち着く。
(個人的ベストは⑤で次点は④。あとは同レベル。)


No.1015 5点 カタコンベ
神山裕右
(2014/05/26 23:05登録)
記念すべき第五十回(2004年)江戸川乱歩賞受賞作。
まさかこれが初めての書評とは・・・。あまり人気なかったのね。

~水没するまでのタイムリミットは約五時間あまり。それまでに洞窟に閉じ込められた調査隊を助け出さなければ・・・。「もう同じ過ちは繰り返さない」。強い決意を秘めたケイプダイバー・東馬亮は、単身救出に向かう。大きな闇に包まれた洞窟には、五年前の事件の真相と殺人犯が潜んでいた!~

どこかで見たような、読んだようなプロット・・・ていう気がした。
水没する洞窟からの脱出劇、ヒロインがまさに死の直前という段になって颯爽と救助に現れる主人公、刻々と残り時間が過ぎていくなか、さあどうする(?)というタイムリミットサスペンス・・・
そう、この展開はまさに劇場版「海猿」そのものだ。
(舞台設定が海か洞窟かという違いはあるが・・・)

サスペンスの中にフーダニットを取り込み、本格ミステリーっぽいつくりにしているのはマズマズ。
ただし、この真犯人ではあまりに紋切り型で、最後まで引っ張ったほどのインパクトには欠ける。
ダミーの犯人役についても、あまりに読者をミスリードしようという魂胆が見え見えなのが頂けないのだ。

作者は若干24歳、当時史上最年少で乱歩賞を受賞した俊英。
この年齢から勘案すれば、この水準のミステリーを書けること自体驚異的だが、やっぱり若書きという事実は如何ともしがたい。
三人称多視点という書き方も成功しているとは言えないかな。

まぁでもそれなりに楽しめるエンタメ小説には仕上がっている。
他の受賞作との比較では「中の上」程度の評価。
(「カタコンベ」=地下墓地。タイトルは言い得て妙。)


No.1014 8点 麒麟の翼
東野圭吾
(2014/05/20 21:54登録)
「新参者」に続く加賀恭一郎シリーズの長編。
前作で日本橋署へ異動になった加賀が、構図が複雑に絡み合った殺人事件の謎を紐解いていく。

~「わたしたち、お父さんのこと何も知らない」。胸を刺された男性が日本橋の上で息絶えた。瀕死の状態でそこまで移動した理由を探る加賀恭一郎は、被害者が「七福神めぐり」をしていたことを突き止める。家族はその目的に心当たりがない。だが刑事のひとことで、ある人物の心に変化が生まれる・・・。父の命懸けの決意とは?~

うーん。さすがだ。
読み終えて、そういう感想しか浮かばなかった。

本シリーズについては、「卒業~雪月花ゲーム」からのファンであるが、加賀恭一郎は作者が30年近くかけ熟成してきたキャラクターとして、今や作品中で圧倒的な存在感を放っている。(当たり前かもしれないが・・・)
本作のテーマは「父と子の絆」というものだろうし、これは前々作の「赤い指」辺りから繰り返し語られてきたテーマだ。
被害者親子、巻き添えをくい死亡してしまった男性と新たな命を宿したばかりの子供、そして加賀刑事と亡くなった父・・・本作にも複数の親子が登場し、テーマに相応しい人間ドラマを見せてくれるが、それよりも、やはり本作では何より加賀恭一郎の鋭すぎる観察眼と推理力に驚かされることになる。

前作(「新参者」)でも、日本橋・人形町という町に溶け込み、町の人々の証言と自身の慧眼を組み合わせていった加賀。本作でも日本橋界隈を縦横無尽に歩き回り、相棒・松宮刑事を呆れさせるような鋭さを発揮し続けることになる。
ここまでいくと、あまりにもスーパーマンすぎてどうかという気にもなったが、モラルが崩れ、人間関係がどんどん希薄になっていく現代において、加賀のようなヒーロー像を作者は求めているのかもしれない。

他の多くの方が指摘しているとおり、ミステリー的観点からすると、本作はやや食い足りないということになる。
事件の鍵となるある過去の事件が完全に後出しだし、ある人物の行動についても読者がそれを推理できる伏線は感じられなかった。
そこに焦点を当てれば、本格ミステリーとしては評価を下げざるを得ないのだろうけど、個人的にそこは気にならなかった。
作者が表現したかったのは、そのような瑣末なことではない。
心の襞、苦悩、運命・・・そして人としての“生き方”こそ、本作で表したかったことなのだろう。

やはりスゴイ作品、スゴイシリーズだ。最新作の方も楽しみ。
(昔、日本橋界隈で勤務してたことがあり、出てくる地名や建物をついつい懐かしく思い出してしまった。だいぶ変わってるけどね)


No.1013 7点 初陣
今野敏
(2014/05/20 21:53登録)
地上波でドラマ化され、今や大人気となった『隠蔽捜査』シリーズ。
「隠蔽捜査3.5」というサブタイトルが付された本作は、竜崎のライバルであり同級生の伊丹(警視庁刑事部長)を主役に据えた作品集。いわゆるスピン・オフっていうやつね。

①「指揮」=伊丹が警視庁へ赴任する前、福島県警配属時代について書かれた本編。警視庁へ異動が決まり、後任者への引き継ぎを行おうとした矢先、殺人事件が管轄内で発生する。常々「現場主義」を謳っている伊丹の行動は?
②「初陣」=捜査費用に関する不正事件が明るみに出た警察。不正事件に対する答弁を用意する竜崎は伊丹に連絡をとる。その内容に伊丹は苦悩することになるのだが・・・。伊丹の(よく言えば)“人間臭さ”が明かされる一編。
③「休暇」=長年の夢(?)を叶え、休暇で伊香保への温泉旅行を企てる伊丹。しかし、こういう時に限って、管内で殺人事件が発生する。竜崎のスゴさが分かる一編。(ここから竜崎は大森署長へ異動になっている)
④「懲戒」=以前の部下が事件に巻き込まれ、人事処分の対象になっている矢先、渦中の国会議員に食事に誘われることになった伊丹。人事的判断を委ねられ、苦悩する伊丹は今回も竜崎の助言を頼ることに・・・
⑤「病欠」=インフルエンザに罹ってしまった伊丹。刑事部長として指揮を取ることに拘る伊丹は病身をおして、所轄に詰めるこっとになったが、なにぶん体が・・・。冷え切っていた伊丹夫婦のやり取りがなかなか良い。(病気の時って家族のありがたさがよく分かるよね)
⑥「冤罪」=怪しい容疑者が二人。捜査陣は片方の男を犯人として逮捕するが、ある古参の刑事はもうひとりの男を真犯人と指摘し続ける。竜崎のことばは今回も原理原則を貫き、清々しいほど。
⑦「試練」=これは「疑心(隠蔽捜査3)」につながる前日譚という位置付け。「疑心」で竜崎を虜にする女性警官・畠山美奈子は伊丹の心も捉えていた! こんな女性近くにいないものかねぇ・・・
⑧「静観」=竜崎がある事件の捜査不備を指摘されていることを知った伊丹。心配して(?)竜崎を訪ねる伊丹だが、結局は竜崎のスゴさを思い知ることになる・・・

以上8編。
これまでのシリーズ作品はすべて竜崎側の視点で書かれていて、そこでは竜崎が困ったときに助言(?)を与える役ドコロとして登場していた伊丹。しかし、本作で伊丹は困りっぱなしだ。そのたびに竜崎へ連絡し、竜崎の原理原則を貫いたことばを聞き、自身の取るべき行動を決断していく・・・
そう、本作では竜崎はまるで神のように、あらゆるものに対して一刀両断。すべて的確な判断を行っていくのだ。

視点を変えただけで、物語がこんなに面白くなるのかと痛感した本作。
プロットに特別拘ったものはないのだが、さすがの手腕と唸らされた。
単純にいえば「面白かった」ということに尽きる。


No.1012 6点 フレンチ警部の多忙な休暇
F・W・クロフツ
(2014/05/20 21:52登録)
1939年発表の長編。原題“Fatal Venture”(運命の冒険?)
アイルランドやスコットランドを含めたイギリス全土を舞台に、フレンチ警部が大活躍するクロフツ好きには堪えられない(?)一冊。

~旅行者に勤めていたモリソンは、ふとしたことで知り合った男からイギリス列島を巡航する観光船の計画を聞かされ、その事業に協力することになった。やがて賭博室を設けた観光船エレニーク号が完成し、アイルランド沿岸の名所巡りを開始する。第一部では来るべき事件の前奏曲が、そして巧みに仕組まれた殺人が描かれ、第二部では船に乗り合わせたフレンチ警部の執拗な捜査が開始される!~

これも典型的なクロフツのフレンチ警部もの。
紹介文のとおり、本作は二部構成で、前半はモリソンの視点で殺人事件が起こり捜査が始まるまでが描かれ、後半は一転してフレンチ警部が登場し、事件を快刀乱麻のごとく解決する。
これも「フレンチ警部と・・・」というタイトル作品ではいつものパターンといえる。
前半は確かに冗長で、本筋とは結局関連してこない事業の詳細が紹介され、読者はそれにも付き合わされることになる。
「製材所の謎」などでも、前半は製材所の商売の謎が争点になり、事件発生の経緯が長々と書かれていたが、製材所の謎がメインの殺人事件と有機的に絡み合っていたのに比べ、本作では賭博船の商売そのものはあまり本筋には関係してこない。
(あまり書くとネタバレだが、「動機」には関わってくる・・・)
その辺がプロットとしては不満点。

本筋の謎はアリバイトリックがメイン。
ただし、同じようにイギリス全土を舞台としていた「マギル卿最後の旅」のような大掛かりなトリックではなく、○○を使ったもの。
これ自体は国産ミステリーでも割とよく目にする手のものだし、「ふーん」程度の感想。他の佳作に比べても正直小品かなという気にさせられる。(ありていに言えば、マンネリということになる)

まぁでもクロフツらしいと言えば、実にクロフツらしい作品。
登場人物のすべてが生真面目で、プロットも生真面目、トリックも生真面目・・・
クロフツ作品に親しんでいれば、結末はある程度予想できるところが玉に瑕だが、それなりに楽しめる作品には仕上がっている。
(アイルランドの観光地がいろいろと紹介されてるところもGood)


No.1011 7点 なんでも屋大蔵でございます
岡嶋二人
(2014/05/11 20:54登録)
鋭い勘と名推理で難事件を次々と解決する便利屋・釘丸大蔵が活躍する作品集。
名作「チョコレートゲーム」の次作として発表されたのが本作ということになる。

①「浮気の合い間に殺人を」=浮気調査を請け負っていた私立探偵が事故死(?)した。ひょんなことから事件に巻き込まれた大蔵が事件の裏に仕組まれたカラクリを暴く・・・粗筋を書くとこういうことになるのだが・・・
②「白雪姫がさらわれた」=“白雪姫”とは、大蔵の事務所の近所に住む通称・猫ババアが飼っている白い猫。その猫は町にある大木の上で袋詰めにされているのが見つかったのだが、なぜ猫がそんなめに?という謎。
③「パンク・ロックで阿波踊り」=大蔵の事務所に突然やって来た記憶喪失の若者。なぜか彼は大蔵の名刺を持っていた・・・。リアリティは感じないけど、ラストに謎がスルスルと解けていく感覚は好みの一編。
④「尾行されて、殺されて」=依頼人の留守宅へ行く途中、自分が尾行されていると知った大蔵。尾行者は出張中であるはずの依頼人だった。しかも僅かの間に彼は殺害されてしまう!? ということでなかなか魅力的な謎が呈示される本編。ロジックは甘いのだが、こういうプロットは好き。
⑤「そんなに急いでどこへ行く」=いつも変わった依頼を受ける大蔵なのだが、今回は依頼内容すら分からず呼び出されてしまうハメに。そして訪問した先にはまたもや死者が!? というわけなのだが、ちょっと無理やり感のあるストーリー&プロット。

以上5編。
どの作品も基本的プロットは一緒で、訳の分からないまま事件に巻き込まれてしまう大蔵が、物証や証言などちょっとしたことからの着想をきっかけに事件のウラのカラクリを解明するというもの。
(雰囲気やプロットは大倉崇裕の「白戸修シリーズ」に近い)
若干無理やり感はあるものの、短編向きのプロットだし、さすがに岡島二人というレベルの高さは感じさせる。
軽く読めるし、重い作品を読んだ後の気分転換にちょうどよい。
(個人的ベストは③④辺り。後もマズマズ)


No.1010 6点 犬はどこだ
米澤穂信
(2014/05/11 20:52登録)
2005年に発表された作者六番目の長編作品。
「氷菓」「愚者のエンドロール」など「古典部シリーズ」、そしてライトノベル風味以外では初の作品という位置付けとなる。

~何か自営業を始めようと決めたとき、最初に思い付いたのはお好み焼き屋だった。しかしお好み焼き屋は支障があって叶わなかった。そこで探偵事務所を開いた。この事務所<紺屋S&R>が想定している業務内容は、ただひとつ「犬」だ。犬捜しをするのだ・・・。それなのに開業するや否や舞い込んだ依頼は、失踪人捜しと古文書の解読。しかもこの二つは調査過程で微妙にクロスしてきて・・・。いったいこの事件の全体像とは?~

作者の“筆達者”振りを感じられる作品だろう。
冒頭に触れたとおり、それまでのラノベ風味ミステリーから、軽タッチのハードボイルド作品に挑戦した本作。
この挑戦はまずまず成功を収めたということになるかな。

探偵事務所開業早々、妙な依頼を引き受けることになった主人公・紺屋。しかも二つも・・・。
序盤から中盤にかけては、紺屋と助手の二人の捜査過程が順に語られることになる。
調査は徐々に進むものの、なかなか事件の全体像が掴めないまま終盤に突入。
(どなたかも指摘していたが、二人が互いに情報交換しないことが事件の解明が進まない原因となっている)
そして、ラストにはそれまでの調査結果を反転させる結果が待ち受けている・・・
心に傷を負い故郷に帰省せざるをえなくなった主人公・紺屋の造形もなかなか嵌っていて良い。

ということでここまで褒めてきたけど、全体的にはもうワンパンチ欲しかったなぁというのが本音。
これまで読んだ他作品(例えば「インシテミル」や「追想五段章」など)でもそうだったけど、作者のやりたいこと、描きたいプロットというのは十分に理解できるし、それなりの評価に値する水準なのだけど、どこかもうひとつ足りないような気にさせられるのだ。
未読の作品(「折れた竜骨」「満願」など)には満足のいくものがあるのかもしれないが、まだまだ伸びしろの期待できる年齢&キャリアだし、今後に期待したい。
(などと、エラそうなことを書いてみたりする・・・)

まぁ本作で一番のお気に入りは、ラストの一行で決まりだろう。(これがタイトルの意味なのかな?)


No.1009 7点 災厄の町
エラリイ・クイーン
(2014/05/11 20:51登録)
1942年発表。ライツヴィル三部作の一作目に当たるのが本作。
ロジック全開の国名シリーズから橋渡しのような数作品を経て、探偵として人間として成長したエラリーを味わえる作品。

~結婚式の前日に姿を消して三年、突然ジムは戻ってきた。ひたすら彼の帰りを待ち続けた許嫁のノーラは、何も訊かず、やがて二人は結婚して幸福な夫婦となった。そんなある日、ノーラは夫の読み止しの本の間から世にも奇怪な手紙を発見した。そこには夫の筆跡で、病状の悪化した妻の死を報せる文面が・・・。これは殺人計画なのか? こんなに愛している夫に私は殺される・・・? 美しく個性的な三人の娘を持つ旧家に起こった不思議な毒殺事件。架空の町・ライツヴィルを舞台に錯綜する謎と巧妙な奸計に挑戦するクイーンの名推理!~

さすがに読み応えあり。
ひとことで言うなら、そういう感想になる。
クイーンの作品群における本作の位置付けや意義については、今さらクドクド書くまでもないと思うが、パズラーとしてひたすら事件の謎そのものにスポットライトを当てた国名シリーズと比較すると、人間の「行動」或いは「心」の謎にスポットライトを当てているという印象が強く残った。

愛する夫との待ちわびた結婚生活、その幸福を打ち破る三通の手紙が本作のプロットの「肝」となる。
まるで未来の凶行を予言するかのような手紙を発見したノーラ、エラリー・・・。その手紙をなぞるかのように起こる奸計、そしてついに起こってしまう殺人事件。しかしながら、被害者はノーラではなかった!?
事件の謎そのものに複雑なロジックなどは仕掛けられていないのだが、その代わりに、ひとつひとつの事件を軸とした登場人物たちの動きが実に人間臭く、読者の興味を引き付けることになる・・・
ロジック&トリックのミステリーに限界を感じた作者の羅針盤は、本作という波止場を見つけた・・・という感じなのだろうか。
ミステリーでも人間の心の機微を描くことができる、という実感を得たに違いない。

初期の作品群とどちらが好きかと問われると、正直なところ「初期」と答えるのだが、本作の評価は揺るぎないものだと思う。
ということで、これ以下の評価は付けられない。
(エラリー・スミスって・・・普通気付きそうなものだが・・・)

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