home

ミステリの祭典

login
E-BANKERさんの登録情報
平均点:6.00点 書評数:1859件

プロフィール| 書評

No.1019 7点 ラスト・コヨーテ
マイクル・コナリー
(2014/06/06 22:18登録)
ハリウッド警察署のハミ出し刑事、ハリー・ボッシュシリーズの長編四作目。
大地震の余波が残るLA市内。官僚主義の上司を殴り、刑事の職を奪われたボッシュはフリーランスで過去のある事件に単身取り組むこととなったが・・・
今回も終盤に読者を驚かせるドンデン返しが待ち構えているのか?

~LAを襲った大地震は、ボッシュの生活にも多大な影響を与えた。住んでいた家は半壊し、恋人のシルビア・ムーアとも自然に別れてしまう。そんななか、ある事件の重要参考人の扱いをめぐるトラブルから、上司のバウンズ警部補につかみかかってしまったボッシュは強制休職処分を受ける。復職の条件である精神分析医とのカウンセリングを続ける彼は、ずっと心の片隅に残っていた自分の母親マージョリー・ロウ殺害事件の謎に取り組むことに~

相変わらずシビレるシリーズだ。
どの作品でも、危険なスタンドプレーに走り、大ピンチに陥るボッシュだが、今回も中盤大きな罠に嵌まることになる。
今までは、多少なりともいた仲間(エドガーとか)ですら今回は存在しない。
巨大な警察機構を敵に回し、そんな逆境のなかでも己の意思を貫くボッシュの生き様こそが本作一番の読み所だろう。

本作でボッシュが挑むのは、自身が子供の頃に殺された母親の事件の謎を解き明かすこと。
二十年以上前の事件に関する捜査は難航を極めるのだが、自身の出生にも関連する謎にボッシュは異常な程の執念で取り組む。
本作では、LAのほか、ラスベガス更にはフロリダまでも足を伸ばし、過去の事件を知る人物との対話を重ねていく・・・
大方の謎が明らかになり、これ以上の「深い闇」があるのだろうかと訝しんでいる読者に、更なるドンデン返しが待ち受けている。
(この辺りは予定調和的ではあるのだが)

とにかくいつにも増して、ボッシュの「情熱」或いは「熱量」に圧倒される本作。
ハードボイルドの主人公は星の数ほどいるが、彼ほど熱く、強く、そして寂しいキャラクターはいないだろう・・・
それほどの存在感と魅力溢れる存在。
筆を重ねるごとに肉付けされ、人間「ハリー・ボッシュ」が完成されていくのだということを深く感じさせられた次第。
シリーズ他作品と比べて傑作というわけではないが、過去四作品のなかでは個人的には本作がベスト。
(タイトルにもなっている“コヨーテ”・・・やはりボッシュと重ね合わせているのだろうか・・・?)


No.1018 5点 クラリネット症候群
乾くるみ
(2014/06/06 22:17登録)
「マリオネット症候群」「クラリネット症候群」の中編二編で構成された作品集。
作者らしい「企み」に満ちた作品に仕上がっている(かどうか・・・)。

①「マリオネット症候群」=朝、目覚めてみると、なぜか自分の体に他人が乗り移っていた(!)、そしてその様子を「神の視点」で見つめる本当の自分がいる・・・という訳の分からない特殊設定。しかも、乗り移ったのは何と憧れの男性で、その男は実際には殺されていた(!)、って書いてると何が何だか分からないように思えてくる。特に、この特殊設定が入り乱れる終盤は混乱の極み!
設定は西澤保彦の「人格転移の殺人」を彷彿させるけど、こちらの方が「イタイ」ように思えた。くだらないと言えばくだらないけど、こんなことを真剣に書いてる作者は何だか好きだ。

②「クラリネット症候群」=“ドレミ・・・の音が聞こえない? 巨乳で童顔、憧れの先輩であるエリちゃんの前でクラリネットが壊れた直後から、僕の耳はおかしくなった。しかも怪事件に巻き込まれ・・・”
「ドレミファソラシド」抜きの文章を読むのがなかなかつらかった。メインテーマは作者得意の「暗号」なのだが、これは相当無理やり感のある解法だし、プロットもかなり安直に思えた。作者の「遊び心」は分かるけど、小説としては体をなさないのがダメだろう。
まぁ広い心を持って読むことをお勧めします。

以上2編。
「リピート」や「スリープ」につながる“特殊設定下”のミステリー。
この作品世界を楽しめるかどうかで違うのだろうが、前出の二作に比べ、プロットを煮詰めないまま出しました的な雰囲気がありあり。
サクサク読めるのが救いかな。
(①はまずまず好き。②はちょっとヒドイ。)


No.1017 5点 カリオストロ伯爵夫人
モーリス・ルブラン
(2014/05/26 23:09登録)
1924年に発表された長編作品。
ルパン三世「カリオストロの城」のモチーフとなった作品というのは有名で、もはや説明不要だろう。
ルパンの若かりし頃の冒険譚なのだが、発表年でいうと作者後期の作品ということになる。

~世紀の怪人物の末裔と称し、絶世の美貌で男たちを魅了するカリオストロ伯爵夫人ことジョジーヌ。彼女は権謀術数を駆使する怪人・ボーマニャンを相手に、普仏戦争のどさくさで失われた秘宝を巡る争奪戦にしのぎを削っていた。その闘争の最前線にひとりの若者が割り込む。その名はラウール・ダンドレジー。彼こそは、のちの怪盗紳士アルセーヌ・ルパンその人だった。妖艶なる強敵を相手にした若きルパン、縦横無尽の大活躍!~

ネームバリューほどの作品ではなかったなぁ・・・という感じ。
冒頭に触れたとおり、ルパン三世の劇場版で親しんだ方も多いであろう本作。
(もちろん筋書きはかなり違うのだが・・・)
しかも、ルパンがまだまだ血気盛んな20歳という設定。美少女クラリスとの逢引(表現が古いな!)シーンから始まる本作。
しかし、序盤早々にカリオストロ伯爵夫人と遭遇するや、その美貌の虜になり、早速男女の仲となる・・・
やっぱり、ルパンは昔からルパンだったということ。
ただし、その後ルパンはこの二人の女性の間で行ったり来たりすることになる・・・
(浮気性だねぇ・・・)

普通の作品なら、当然秘宝を巡る争奪戦が本筋ということになるのだが、本作ではそれが霞んでしまっている。
何よりカリオストロ伯爵夫人のキャラクターが強烈すぎるのが理由なんだろうけど、そこがどうも気に食わない感じだ。
ラブストーリーもいいのだが、やっぱりルパン対好敵手のワクワクするような冒険譚というのが求める作品になるので、他の有名作と比べると評価は下げざるを得ないだろう。

まぁルパンものを読み続けている方にとっては外せない作品ということにはなる。
(カリオストロ伯爵自体は実在の人物とのこと・・・知らなかった!)


No.1016 6点 どんでん返し
笹沢左保
(2014/05/26 23:07登録)
1981年に発表された短篇集だが、なぜか最近書店で平積みにされていた本作。
全編会話だけで構成された異色の短編六つを集録。

①「影の訪問者」=夜中、突然やって来た元恋人の女。男は女が殺人を行った後にやって来たのだと推理したのだが・・・。ラストに主客入れ替わるところがミソ。
②「酒乱」=過去、人殺しという過ちを犯した女性。その女性を許し、夫婦として生活してきた夫。平和な生活を送っている今、過去の犯罪の真の姿が明らかになる。
③「霧」=またもや男と女の化かし合いがテーマの作品。ラストには皮肉な結果(?)が待ち受けている。よくあるパターンではあるが・・・
④「父子の対話」=②と同ベクトルのストーリーだが、本作では男女ではなく父子関係が背景。過去に起こった不幸な火災で妻(母親)を喪った夫と息子。その火災には隠された秘密があった・・・っていうパターン。でもなかなか衝撃的。
⑤「演技者」=これが一番ツイストの効いた作品。アリバイを演出しようとした女優が、ある皮肉な事実により罪に陥れられてしまう・・・。これはナカナカ。
⑥「皮肉紳士」=ダイニングメッセージをテーマとした一編。ある大学教授に事件解決の協力を依頼した警察。自宅から成田空港までの二時間で事件を解決できるのか、という趣向。ラストの一行にニヤッとさせられる。

以上6編。
タイトルどおり、全作品ともラストにドンデン返しが待ち受ける・・・というミステリー好きには堪らない趣向。
のはずなのだが、そこまでのインパクトのある作品はごく僅か。
全編会話だけで構成というのは、さすがに作者の腕前を感じさせるし、そこそこ読ませる作品には仕上がってる。

まぁ水準級という評価に落ち着く。
(個人的ベストは⑤で次点は④。あとは同レベル。)


No.1015 5点 カタコンベ
神山裕右
(2014/05/26 23:05登録)
記念すべき第五十回(2004年)江戸川乱歩賞受賞作。
まさかこれが初めての書評とは・・・。あまり人気なかったのね。

~水没するまでのタイムリミットは約五時間あまり。それまでに洞窟に閉じ込められた調査隊を助け出さなければ・・・。「もう同じ過ちは繰り返さない」。強い決意を秘めたケイプダイバー・東馬亮は、単身救出に向かう。大きな闇に包まれた洞窟には、五年前の事件の真相と殺人犯が潜んでいた!~

どこかで見たような、読んだようなプロット・・・ていう気がした。
水没する洞窟からの脱出劇、ヒロインがまさに死の直前という段になって颯爽と救助に現れる主人公、刻々と残り時間が過ぎていくなか、さあどうする(?)というタイムリミットサスペンス・・・
そう、この展開はまさに劇場版「海猿」そのものだ。
(舞台設定が海か洞窟かという違いはあるが・・・)

サスペンスの中にフーダニットを取り込み、本格ミステリーっぽいつくりにしているのはマズマズ。
ただし、この真犯人ではあまりに紋切り型で、最後まで引っ張ったほどのインパクトには欠ける。
ダミーの犯人役についても、あまりに読者をミスリードしようという魂胆が見え見えなのが頂けないのだ。

作者は若干24歳、当時史上最年少で乱歩賞を受賞した俊英。
この年齢から勘案すれば、この水準のミステリーを書けること自体驚異的だが、やっぱり若書きという事実は如何ともしがたい。
三人称多視点という書き方も成功しているとは言えないかな。

まぁでもそれなりに楽しめるエンタメ小説には仕上がっている。
他の受賞作との比較では「中の上」程度の評価。
(「カタコンベ」=地下墓地。タイトルは言い得て妙。)


No.1014 8点 麒麟の翼
東野圭吾
(2014/05/20 21:54登録)
「新参者」に続く加賀恭一郎シリーズの長編。
前作で日本橋署へ異動になった加賀が、構図が複雑に絡み合った殺人事件の謎を紐解いていく。

~「わたしたち、お父さんのこと何も知らない」。胸を刺された男性が日本橋の上で息絶えた。瀕死の状態でそこまで移動した理由を探る加賀恭一郎は、被害者が「七福神めぐり」をしていたことを突き止める。家族はその目的に心当たりがない。だが刑事のひとことで、ある人物の心に変化が生まれる・・・。父の命懸けの決意とは?~

うーん。さすがだ。
読み終えて、そういう感想しか浮かばなかった。

本シリーズについては、「卒業~雪月花ゲーム」からのファンであるが、加賀恭一郎は作者が30年近くかけ熟成してきたキャラクターとして、今や作品中で圧倒的な存在感を放っている。(当たり前かもしれないが・・・)
本作のテーマは「父と子の絆」というものだろうし、これは前々作の「赤い指」辺りから繰り返し語られてきたテーマだ。
被害者親子、巻き添えをくい死亡してしまった男性と新たな命を宿したばかりの子供、そして加賀刑事と亡くなった父・・・本作にも複数の親子が登場し、テーマに相応しい人間ドラマを見せてくれるが、それよりも、やはり本作では何より加賀恭一郎の鋭すぎる観察眼と推理力に驚かされることになる。

前作(「新参者」)でも、日本橋・人形町という町に溶け込み、町の人々の証言と自身の慧眼を組み合わせていった加賀。本作でも日本橋界隈を縦横無尽に歩き回り、相棒・松宮刑事を呆れさせるような鋭さを発揮し続けることになる。
ここまでいくと、あまりにもスーパーマンすぎてどうかという気にもなったが、モラルが崩れ、人間関係がどんどん希薄になっていく現代において、加賀のようなヒーロー像を作者は求めているのかもしれない。

他の多くの方が指摘しているとおり、ミステリー的観点からすると、本作はやや食い足りないということになる。
事件の鍵となるある過去の事件が完全に後出しだし、ある人物の行動についても読者がそれを推理できる伏線は感じられなかった。
そこに焦点を当てれば、本格ミステリーとしては評価を下げざるを得ないのだろうけど、個人的にそこは気にならなかった。
作者が表現したかったのは、そのような瑣末なことではない。
心の襞、苦悩、運命・・・そして人としての“生き方”こそ、本作で表したかったことなのだろう。

やはりスゴイ作品、スゴイシリーズだ。最新作の方も楽しみ。
(昔、日本橋界隈で勤務してたことがあり、出てくる地名や建物をついつい懐かしく思い出してしまった。だいぶ変わってるけどね)


No.1013 7点 初陣
今野敏
(2014/05/20 21:53登録)
地上波でドラマ化され、今や大人気となった『隠蔽捜査』シリーズ。
「隠蔽捜査3.5」というサブタイトルが付された本作は、竜崎のライバルであり同級生の伊丹(警視庁刑事部長)を主役に据えた作品集。いわゆるスピン・オフっていうやつね。

①「指揮」=伊丹が警視庁へ赴任する前、福島県警配属時代について書かれた本編。警視庁へ異動が決まり、後任者への引き継ぎを行おうとした矢先、殺人事件が管轄内で発生する。常々「現場主義」を謳っている伊丹の行動は?
②「初陣」=捜査費用に関する不正事件が明るみに出た警察。不正事件に対する答弁を用意する竜崎は伊丹に連絡をとる。その内容に伊丹は苦悩することになるのだが・・・。伊丹の(よく言えば)“人間臭さ”が明かされる一編。
③「休暇」=長年の夢(?)を叶え、休暇で伊香保への温泉旅行を企てる伊丹。しかし、こういう時に限って、管内で殺人事件が発生する。竜崎のスゴさが分かる一編。(ここから竜崎は大森署長へ異動になっている)
④「懲戒」=以前の部下が事件に巻き込まれ、人事処分の対象になっている矢先、渦中の国会議員に食事に誘われることになった伊丹。人事的判断を委ねられ、苦悩する伊丹は今回も竜崎の助言を頼ることに・・・
⑤「病欠」=インフルエンザに罹ってしまった伊丹。刑事部長として指揮を取ることに拘る伊丹は病身をおして、所轄に詰めるこっとになったが、なにぶん体が・・・。冷え切っていた伊丹夫婦のやり取りがなかなか良い。(病気の時って家族のありがたさがよく分かるよね)
⑥「冤罪」=怪しい容疑者が二人。捜査陣は片方の男を犯人として逮捕するが、ある古参の刑事はもうひとりの男を真犯人と指摘し続ける。竜崎のことばは今回も原理原則を貫き、清々しいほど。
⑦「試練」=これは「疑心(隠蔽捜査3)」につながる前日譚という位置付け。「疑心」で竜崎を虜にする女性警官・畠山美奈子は伊丹の心も捉えていた! こんな女性近くにいないものかねぇ・・・
⑧「静観」=竜崎がある事件の捜査不備を指摘されていることを知った伊丹。心配して(?)竜崎を訪ねる伊丹だが、結局は竜崎のスゴさを思い知ることになる・・・

以上8編。
これまでのシリーズ作品はすべて竜崎側の視点で書かれていて、そこでは竜崎が困ったときに助言(?)を与える役ドコロとして登場していた伊丹。しかし、本作で伊丹は困りっぱなしだ。そのたびに竜崎へ連絡し、竜崎の原理原則を貫いたことばを聞き、自身の取るべき行動を決断していく・・・
そう、本作では竜崎はまるで神のように、あらゆるものに対して一刀両断。すべて的確な判断を行っていくのだ。

視点を変えただけで、物語がこんなに面白くなるのかと痛感した本作。
プロットに特別拘ったものはないのだが、さすがの手腕と唸らされた。
単純にいえば「面白かった」ということに尽きる。


No.1012 6点 フレンチ警部の多忙な休暇
F・W・クロフツ
(2014/05/20 21:52登録)
1939年発表の長編。原題“Fatal Venture”(運命の冒険?)
アイルランドやスコットランドを含めたイギリス全土を舞台に、フレンチ警部が大活躍するクロフツ好きには堪えられない(?)一冊。

~旅行者に勤めていたモリソンは、ふとしたことで知り合った男からイギリス列島を巡航する観光船の計画を聞かされ、その事業に協力することになった。やがて賭博室を設けた観光船エレニーク号が完成し、アイルランド沿岸の名所巡りを開始する。第一部では来るべき事件の前奏曲が、そして巧みに仕組まれた殺人が描かれ、第二部では船に乗り合わせたフレンチ警部の執拗な捜査が開始される!~

これも典型的なクロフツのフレンチ警部もの。
紹介文のとおり、本作は二部構成で、前半はモリソンの視点で殺人事件が起こり捜査が始まるまでが描かれ、後半は一転してフレンチ警部が登場し、事件を快刀乱麻のごとく解決する。
これも「フレンチ警部と・・・」というタイトル作品ではいつものパターンといえる。
前半は確かに冗長で、本筋とは結局関連してこない事業の詳細が紹介され、読者はそれにも付き合わされることになる。
「製材所の謎」などでも、前半は製材所の商売の謎が争点になり、事件発生の経緯が長々と書かれていたが、製材所の謎がメインの殺人事件と有機的に絡み合っていたのに比べ、本作では賭博船の商売そのものはあまり本筋には関係してこない。
(あまり書くとネタバレだが、「動機」には関わってくる・・・)
その辺がプロットとしては不満点。

本筋の謎はアリバイトリックがメイン。
ただし、同じようにイギリス全土を舞台としていた「マギル卿最後の旅」のような大掛かりなトリックではなく、○○を使ったもの。
これ自体は国産ミステリーでも割とよく目にする手のものだし、「ふーん」程度の感想。他の佳作に比べても正直小品かなという気にさせられる。(ありていに言えば、マンネリということになる)

まぁでもクロフツらしいと言えば、実にクロフツらしい作品。
登場人物のすべてが生真面目で、プロットも生真面目、トリックも生真面目・・・
クロフツ作品に親しんでいれば、結末はある程度予想できるところが玉に瑕だが、それなりに楽しめる作品には仕上がっている。
(アイルランドの観光地がいろいろと紹介されてるところもGood)


No.1011 7点 なんでも屋大蔵でございます
岡嶋二人
(2014/05/11 20:54登録)
鋭い勘と名推理で難事件を次々と解決する便利屋・釘丸大蔵が活躍する作品集。
名作「チョコレートゲーム」の次作として発表されたのが本作ということになる。

①「浮気の合い間に殺人を」=浮気調査を請け負っていた私立探偵が事故死(?)した。ひょんなことから事件に巻き込まれた大蔵が事件の裏に仕組まれたカラクリを暴く・・・粗筋を書くとこういうことになるのだが・・・
②「白雪姫がさらわれた」=“白雪姫”とは、大蔵の事務所の近所に住む通称・猫ババアが飼っている白い猫。その猫は町にある大木の上で袋詰めにされているのが見つかったのだが、なぜ猫がそんなめに?という謎。
③「パンク・ロックで阿波踊り」=大蔵の事務所に突然やって来た記憶喪失の若者。なぜか彼は大蔵の名刺を持っていた・・・。リアリティは感じないけど、ラストに謎がスルスルと解けていく感覚は好みの一編。
④「尾行されて、殺されて」=依頼人の留守宅へ行く途中、自分が尾行されていると知った大蔵。尾行者は出張中であるはずの依頼人だった。しかも僅かの間に彼は殺害されてしまう!? ということでなかなか魅力的な謎が呈示される本編。ロジックは甘いのだが、こういうプロットは好き。
⑤「そんなに急いでどこへ行く」=いつも変わった依頼を受ける大蔵なのだが、今回は依頼内容すら分からず呼び出されてしまうハメに。そして訪問した先にはまたもや死者が!? というわけなのだが、ちょっと無理やり感のあるストーリー&プロット。

以上5編。
どの作品も基本的プロットは一緒で、訳の分からないまま事件に巻き込まれてしまう大蔵が、物証や証言などちょっとしたことからの着想をきっかけに事件のウラのカラクリを解明するというもの。
(雰囲気やプロットは大倉崇裕の「白戸修シリーズ」に近い)
若干無理やり感はあるものの、短編向きのプロットだし、さすがに岡島二人というレベルの高さは感じさせる。
軽く読めるし、重い作品を読んだ後の気分転換にちょうどよい。
(個人的ベストは③④辺り。後もマズマズ)


No.1010 6点 犬はどこだ
米澤穂信
(2014/05/11 20:52登録)
2005年に発表された作者六番目の長編作品。
「氷菓」「愚者のエンドロール」など「古典部シリーズ」、そしてライトノベル風味以外では初の作品という位置付けとなる。

~何か自営業を始めようと決めたとき、最初に思い付いたのはお好み焼き屋だった。しかしお好み焼き屋は支障があって叶わなかった。そこで探偵事務所を開いた。この事務所<紺屋S&R>が想定している業務内容は、ただひとつ「犬」だ。犬捜しをするのだ・・・。それなのに開業するや否や舞い込んだ依頼は、失踪人捜しと古文書の解読。しかもこの二つは調査過程で微妙にクロスしてきて・・・。いったいこの事件の全体像とは?~

作者の“筆達者”振りを感じられる作品だろう。
冒頭に触れたとおり、それまでのラノベ風味ミステリーから、軽タッチのハードボイルド作品に挑戦した本作。
この挑戦はまずまず成功を収めたということになるかな。

探偵事務所開業早々、妙な依頼を引き受けることになった主人公・紺屋。しかも二つも・・・。
序盤から中盤にかけては、紺屋と助手の二人の捜査過程が順に語られることになる。
調査は徐々に進むものの、なかなか事件の全体像が掴めないまま終盤に突入。
(どなたかも指摘していたが、二人が互いに情報交換しないことが事件の解明が進まない原因となっている)
そして、ラストにはそれまでの調査結果を反転させる結果が待ち受けている・・・
心に傷を負い故郷に帰省せざるをえなくなった主人公・紺屋の造形もなかなか嵌っていて良い。

ということでここまで褒めてきたけど、全体的にはもうワンパンチ欲しかったなぁというのが本音。
これまで読んだ他作品(例えば「インシテミル」や「追想五段章」など)でもそうだったけど、作者のやりたいこと、描きたいプロットというのは十分に理解できるし、それなりの評価に値する水準なのだけど、どこかもうひとつ足りないような気にさせられるのだ。
未読の作品(「折れた竜骨」「満願」など)には満足のいくものがあるのかもしれないが、まだまだ伸びしろの期待できる年齢&キャリアだし、今後に期待したい。
(などと、エラそうなことを書いてみたりする・・・)

まぁ本作で一番のお気に入りは、ラストの一行で決まりだろう。(これがタイトルの意味なのかな?)


No.1009 7点 災厄の町
エラリイ・クイーン
(2014/05/11 20:51登録)
1942年発表。ライツヴィル三部作の一作目に当たるのが本作。
ロジック全開の国名シリーズから橋渡しのような数作品を経て、探偵として人間として成長したエラリーを味わえる作品。

~結婚式の前日に姿を消して三年、突然ジムは戻ってきた。ひたすら彼の帰りを待ち続けた許嫁のノーラは、何も訊かず、やがて二人は結婚して幸福な夫婦となった。そんなある日、ノーラは夫の読み止しの本の間から世にも奇怪な手紙を発見した。そこには夫の筆跡で、病状の悪化した妻の死を報せる文面が・・・。これは殺人計画なのか? こんなに愛している夫に私は殺される・・・? 美しく個性的な三人の娘を持つ旧家に起こった不思議な毒殺事件。架空の町・ライツヴィルを舞台に錯綜する謎と巧妙な奸計に挑戦するクイーンの名推理!~

さすがに読み応えあり。
ひとことで言うなら、そういう感想になる。
クイーンの作品群における本作の位置付けや意義については、今さらクドクド書くまでもないと思うが、パズラーとしてひたすら事件の謎そのものにスポットライトを当てた国名シリーズと比較すると、人間の「行動」或いは「心」の謎にスポットライトを当てているという印象が強く残った。

愛する夫との待ちわびた結婚生活、その幸福を打ち破る三通の手紙が本作のプロットの「肝」となる。
まるで未来の凶行を予言するかのような手紙を発見したノーラ、エラリー・・・。その手紙をなぞるかのように起こる奸計、そしてついに起こってしまう殺人事件。しかしながら、被害者はノーラではなかった!?
事件の謎そのものに複雑なロジックなどは仕掛けられていないのだが、その代わりに、ひとつひとつの事件を軸とした登場人物たちの動きが実に人間臭く、読者の興味を引き付けることになる・・・
ロジック&トリックのミステリーに限界を感じた作者の羅針盤は、本作という波止場を見つけた・・・という感じなのだろうか。
ミステリーでも人間の心の機微を描くことができる、という実感を得たに違いない。

初期の作品群とどちらが好きかと問われると、正直なところ「初期」と答えるのだが、本作の評価は揺るぎないものだと思う。
ということで、これ以下の評価は付けられない。
(エラリー・スミスって・・・普通気付きそうなものだが・・・)


No.1008 7点 贖罪の奏鳴曲
中山七里
(2014/05/05 21:01登録)
「このミス大賞」受賞以降、高水準の作品を連発する中山七里。
2012年に発表された本作もまた高い評価に値する作品なのかどうか・・・?

~御子柴礼司は被告に多額の報酬を要求する悪辣弁護士。彼は十四歳のとき、幼女バラバラ殺人を犯し少年院に収監されるが、名前を変え弁護士となった。三億円の保険金殺人事件を担当する御子柴は、過去を強請屋のライターに知られてしまう。彼の死体を遺棄した御子柴には、鉄壁のアリバイがあった。驚愕の逆転法廷劇!~

これもまた実に出来のいい作品だった。
このレベルの作品を出し続ける作家としての作者の力量はスゴイということになるのだろう。

本作の視点人物は主に二名。
ひとりは当然御子柴弁護士ということになるのだが、彼は保険金殺人事件の真相を追いながら、自身についても過去の犯罪のために刑事たちに追われる立場に立つという二面性を持つ。
そして、もうひとつの視点は埼玉県警の渡瀬&古手川コンビ。特に猟犬のように鋭いカンを発揮する渡瀬と御子柴の対決は本作の見所のひとつ。

序盤以降、御子柴が起こした過去の事件と現在の事件が交互に語られ、その関連性が曖昧なまま終盤の法廷劇に突入する。
そして、ここで用意されているのがドンデン返しの二乗だ。
医療器具を使ったトリックもよいが、それよりもやはり「動機」が本作最大の肝。
ある人物の悪意が明らかになるとき、なぜ作者が本作を書いたのかが鮮明になる。
これほどの「悪意」はそうそうお目にかかれない。
真実を知ったとき、読者は作者が仕掛けた大いなる欺瞞に気付くことになるのだ・・・

ということでよくできてます。
細かい部分がどうのこうのというよりも、プロットの妙を味わうべき作品。
続編も楽しみになった。


No.1007 7点 サム・ホーソーンの事件簿Ⅴ
エドワード・D・ホック
(2014/05/05 20:59登録)
不可能犯罪テーマの作品集といえばコレというべきシリーズの第五弾。
シリーズ開始当時は青年医師だったサムも気付けばすでに40代半ばのいい中年に(しかも独身)・・・。
今回は、ドイツが英仏との戦争に突入し、アメリカの片田舎ノースモントにも戦争の影が近づきつつある・・・という設定が各作品に微妙な影響を与えています。

①「消えたロードハウスの謎」=ある建物が忽然と消失してしまう謎、というとクイーンの「神の灯」あたりが有名だが、本作はそこまで凝った(?)仕掛けではない。要はどういうふうに誤認させるかという問題。
②「田舎道に立つ郵便受けの謎」=配達人が入れたにもかかわらず、その郵便物が消えてしまうといういわく付きのポスト。そして、あろうことか今度は郵便物を取ろうとした家主が爆死してしまうという不可思議な事件が! からくり自体は大したことはないのだが・・・
③「混み合った墓地の謎」=作中にクイーンの名作「ギリシア棺の謎」が引き合いに出されるなど、死者が入れるはずのない古い棺の中から発見されたという謎が本編のテーマ。謎は相当魅力的だが、果たしてこのトリックは成功するのかという疑問は生じる。
④「巨大ミミズクの謎」=胸を押し潰され圧死させられた死体と、そのそばに落ちていたミミズクの羽根。果たして、被害者は巨大なミミズクの犠牲になったのか? というのが今回の謎。当然ながら現実的な解が用意されている。
⑤「奇蹟を起こす水瓶の謎」=中東を旅していたサム医師の知人が現地で買い求めた「奇蹟の水瓶」。この水瓶は水をワインに変えることができるという・・・。しかし現実に起こったのはワインによる毒殺事件。ラストに判明するトリックは短編らしい切れ味鋭いもの。
⑥「幽霊が出るテラスの謎」=タイトルどおり幽霊に関する謎、ということで本シリーズに相応しい内容。
⑦「知られざる扉の謎」=密室ものも本シリーズでよく登場するが、本編もそのひとつ。しかも、目の前で人間が消失するというとびっきりなヤツ。ただし、トリックは肩透かし気味なのだが。
⑧「有蓋橋の第二の謎」=本シリーズの初作品「有蓋橋の謎」解決を記念した行事がとり行われることになったノースモント(なんじゃそりゃ?)。その華やかな行事の最中、またもや有蓋橋で町長が銃殺される事件が起こる。衆人環視の銃殺事件をうまく処理した良作。
⑨「案山子会議の謎」=何じゃそりゃ的なタイトルだが、第二次世界大戦の勃発で徐々に戦時の暗いムードに包まれるのを危惧した町長が発案したのがなぜか「案山子祭り」(?)・・・。プロットは本シリーズでよく出てくるものと同ベクトル。
⑩「動物病院の謎」=動物病院で起こった猫の絞殺事件(!)。同じ時期、その動物病院内にはオランウータンがいた!となると、当然「モ○○街の怪事件」がどうしても思い浮かんでしまうのだが・・・果たして真相は如何に?
⑪「園芸道具置場の謎」=本編のテーマも密室殺人。描写がやや不親切なところが玉に瑕だが、このトリックはさすがと唸らせるだけのことはある。でもまぁ短編向きだな。(ちょっと反則のような気もするけど)
⑫「黄色い壁紙の謎」=祝・エイプリル看護婦復活という本編。トリックはよくある○れ○○りの応用技だが、さすがに使い方がうまい。
⑬「レオポルド警部の密室」=ボーナストラックの一編はレオポルド警部ものの密室事件。出席した知人の結婚式で別れた妻に会う警部が密室殺人の濡れ衣を負うことに・・・。密室トリックとしての出来はまずまず水準以上。

以上13編。
さすがの安定感というしかない。
シリーズも五作目となれば、同ベクトルのプロットが目立つのは致し方ないが、それでも読者を飽きさせない工夫がそこかしこに仕掛けてあり、やはり「短編の名手」という冠名に相応しい仕上がり。
Ⅰ~Ⅳ以上という評価は難しいが、低い評点には決してならない。


No.1006 6点 生者と死者 酩探偵ヨギ ガンジーの透視術
泡坂妻夫
(2014/05/05 20:58登録)
「しあわせの書~迷探偵ヨギガンジーの心霊術」に続くシリーズ第二弾。
前作は“書籍”自体に仕掛けられた驚愕の(?)のトリックが炸裂したが、本作もまた驚きの仕掛けが施された作品。
最近新潮文庫で再版され、手に取りやすくなったのがうれしい。

~この本は絶対に立ち読みできません。はじめに袋とじのまま短編小説の「消える短編小説」をお読みください。そのあと各ページを切り開くと驚くべきことが起こります。そして謎の超能力者と怪しい奇術師、次々にトリックを見破るヨギガンジーが入り乱れる長編ミステリー「生者と死者」が姿を現すのです。史上初、前代未聞の仕掛け本!~

こんなことするのって作者くらいだろうなぁ・・・
前作(「しあわせの書」)も『何じゃこりゃ??』と思わされたけど、本作の仕掛けもかなり強烈。
本作発表の経緯については作者あとがきに詳しく書かれているので、そちらを参照するのが早いが、幻影城から出された作者の処女長編「11枚のトランプ」も袋綴じ形式(フランス装)だったのは知らなかった。
本作を発表するまでの苦悩にも触れられてるけど、確かにこれは難しい注文だったんだろうねぇ・・・

で、作品そのものの評価なのだが・・・
まず「消える短編小説」の方は、長編読了後は記憶までも消えてしまった。
内容云々ではなくて、消えること自体に意味があるんだろうけど、中身は殆どないという感じ。
長編については、サブタイトルどおり「透視術」をテーマとした作者得意の奇術ミステリー。
終盤にまるで叙述ミステリーに出てくるようなトリックが明らかにされるのだが、特段サプライズを感じるほどではない。

まぁ本作は「仕掛け」そのものを味わうための作品だろう。
「消える短編小説」がいかに消えていくのか、それを楽しめるかどうかにかかっている。
それを楽しめない方にとっては、まるで意味のない作品ということになる。
評点は作者のアイデアと努力に敬意を評して・・・。
(この「遊び心」は評価すべきなんだろうなぁ)


No.1005 2点 嘘でもいいから誘拐事件
島田荘司
(2014/04/27 20:55登録)
「嘘でもいいから殺人事件」に続き、隈能美堂巧(タック)・軽石三太郎らを主人公としたシリーズ第二弾。
島田作品とは思えないほどの軽さとギャグ・・・がウリのシリーズだが、本作は中編二作で構成。

①「嘘でもいいから誘拐事件」=胡散臭いロケで訪れた東北地方の山奥。ナレーションを担当する女性タレントがロープウェイという動く密室から忽然と姿を消した・・・って書くと、やっぱり島荘らしい大掛かりな物理トリックか?と思わせるのだが、本シリーズにそれを期待してはいけない。実に子供だましのようなトリックでしかないのだ。こんなショボイトリックにはそうそうお目にかかれない。
②「嘘でもいいから温泉ツアー」=今度の舞台は信州の山奥。またもや軽石の無茶ブリで胡散臭い温泉紹介を行うことになったロケ班が遭遇する怪事件なのだが・・・今回は謎自体がかなりショボイ。当然ながらトリックもプロットもショボイという結果になる。

以上2編。
これは読んではいけない。
特に島荘ファンであればあるほど読むべきではない。
両作ともよっぽど追い込まれて、やむにやまれず書いたのではないかとしか考えようがない。

まだ前作(「嘘でもいいから殺人事件」)には作者らしさが垣間見えていたのだが、本作ではそれが全くなくなっている。
まぁ、この頃はまだまだ出版社側の要請にどうしても応えなくてはいけなかったのだろうなぁ・・・
全然煮詰まっていないのに、締切が近づいて、「もう!えいやっ!」って感じで発表しちゃった・・・って感じかも。

ということで、評価は個人的な最低レベルとせざるを得ない。
怖いものみたさという方ならどうぞ。
(さすがにこれでは続編は出ないよなぁ・・・)


No.1004 5点 煙で描いた肖像画
ビル・S・バリンジャー
(2014/04/27 20:54登録)
1950年に発表された作者の代表作のひとつ。
同録の解説には、本作と「歯と爪」、「消された時間」が作者の三大名作と紹介されているが・・・

~古い資料の中から出てきた新聞の切り抜き。それは、ダニー・エイプリルの記憶を刺激した。そこに写っていたのは十年前に出会った思い出の少女だった。彼女は今どうしているのか? ちょっとした好奇心はいつしか憑かれたような思いに変わり、ダニーは僅かな手掛かりを追って彼女の足跡を辿り始める。この青年の物語と交互に語られていくのは、ある悪女の物語。二人の軌跡が交わった時、どんな運命が待ち受けているのか・・・?~

ひとことで言うなら「龍頭蛇尾」かな。
序盤から、二人の運命が交わる終盤までの盛り上げ方はさすがにウマさを感じさせる。
サスペンス性も見事で、いったいどういう結末が待ち構えているのだろうという期待感を抱かせてくれる。
その分だけ、ラストの捻りのなさが残念なのだ。
まぁ最近のドンデン返しにつぐドンデン返し・・・という作品ばかりの風潮もどうかなと思うのだが、やはりそういう手のジェットコースター・サスペンスを読み馴れた身にとっては、どうしても物足りなさが残ってしまう。

ただ、時代背景を考えれば十分だし、先駆性も勘案すべきだろう。
二つの物語を並行して描き、カットバックを多用して読者の興味を徐々に引き付ける手法もさすが。
何より、50年代のシカゴという舞台設定が魅力的。
男たちを踏み台にしながら、この大都会の中でのし上がっていく美貌の悪女と、その女を盲目的に追っていく平凡なひとりの男・・・何ともセピア色でノスタルジックな気分になる(?!)

ミステリーとしては評点はそれほど高くならないけど、読んで損する作品ではない。
何とも雰囲気のある名作という評価でもよいのではないか。


No.1003 6点 マリアビートル
伊坂幸太郎
(2014/04/27 20:53登録)
2010年発表の長編。
「グラスホッパー」の続編的位置付けの、“殺し屋”たちを主人公とした作品。

~幼い息子の仇討ちを企てる、酒浸りの元殺し屋「木村」。優等生面の裏に悪魔のような心を隠し持つ中学生「王子」。闇社会の大物から密命を受けた腕利きの二人組「蜜柑」と「檸檬」。とにかく運が悪く気弱な殺し屋「天道虫」。疾走する東北新幹線の車内で、狙う者と狙われる者が交錯する・・・。小説はついにここまでやって来た。エンタメ小説の到達点!~

結構長かったなぁ・・・
っていうのがまずは感想になるだろうか。
前作「グラスホッパー」と同様、複数の“殺し屋たち”が主人公の本作。しかも今回は東北新幹線「はやて」の車内が主な舞台となる。
この閉鎖空間のなかで、殺し屋たちが血で血を洗う抗争(?)を繰り広げるのが本作の基本プロット。
ただし、そこは伊坂幸太郎。ただでは終わらない。

本作で登場する殺し屋のうち、中心となるのが中学生の「王子」。
コイツがかなりの曲者なのだ。
人を操る術を心得ている「王子」が、大人の殺し屋たちに混じって生き残っていくのだが、最後には人生の大先輩に人としての生き様を教わることになる・・・。
あと、個人的にストライクなのは何でも機関車トーマスのキャラクターに例える殺し屋「檸檬」。
(パーシーやジェイムス、デイーゼルって・・・普通の人分かるか?)

巻末解説でも触れているが、伊坂作品によく出てくる「悪とはなんなのか?」というのが本作のテーマなのだろう。
作者の軽妙な言い回しやぶっ飛んだ展開に乗せ、一流のエンターテインメントに仕立て上げる“腕”はやはりさすがの一言。
ただ個人的には前作の方がまとまってたような気はするけどなぁ・・・
本作は途中やや冗長に思えたところでやや減点。


No.1002 5点 なぎなた
倉知淳
(2014/04/18 10:45登録)
【倉知淳ノンシリーズ作品集成第一弾】と題された短篇集。
姉妹篇である「こめぐら」とともに、作者の企みに満ちた作品世界が展開する。

①「運命の銀輪」=倒叙スタイルで書かれた作品。で、探偵役として登場するのが「死神」のようなルックスをした警部。雰囲気はかなり違うが、某福家警部補を想起させるキャラで、是非シリーズ化してもらいたい。本筋もロジックがきれいに嵌っていて爽快。
②「見られていたもの」=ちょっと懲りすぎて分かりにくいのが玉に瑕・・・って印象。最初は仕掛け自体よく分からなかった。巻末の作者あとがきで、本編を「ミステリー入門編」と称しているが、これは入門編に相応しくないだろう。
③「眠り猫、眠れ」=猫丸先輩ではないが、作者の猫好きがよく出ている一編。幼い頃離別した父親が死亡。その際、なぜか神社のしめ縄を体に巻きつけていた、というのが本編の謎。猫=父親ってことなのかな?
④「ナイフの三」=こちらはあとがきで「シリーズ化しそこなった作品」として書かれている。キャラもそうだが、作品自体が相当小粒で切れ味に大いに欠けてるのでどうしようもない。
⑤「猫と死の街」=いなくなった飼い猫を殺してしまったと主張する初老の男性。彼はなぜあっさりと罪を認めたのか・・・というのが本編の謎。まぁこんな解法になるよねぇ・・・。(またまた猫)
⑥「闇ニ笑ウ」=別に「笑ウせぇるすまん」ではないけど・・・。これはまさに“最後の衝撃”が決まった作品。確かに道尾秀介の某短編と被ってるがそれほど気にはならなかった。
⑦「幻の銃弾」=衆人環視のなかで発生した銃殺事件。しかし、死体には銃痕が残っていなかった?? と書くと魅力的なミステリーみたいだけど、それほど凝ったプロットがあるわけではない。

以上7編。
冒頭の紹介どおり、非猫丸先輩シリーズの作品集がコレ。
一番古いのは1996年ということで、実に10年以上も経って作品集に編入された作品もある。
(何しろまだ公衆電話でしか連絡できなかった時代背景ですから・・・)

ただ、やっぱり猫丸先輩シリーズと比べると一枚も二枚も落ちるなぁというのが正直な感想。
短篇らしいワンアイデア勝負の作品が並んでるし、リーダビリティについては申し分ないのだが、如何せんインパクトは弱い。
その中で取り上げるならば、やはり①か⑥ということになるかな。後はそれほどでもない。
(姉妹篇「こめぐら」も一応手に取るんだろうなぁ、やっぱり・・・)


No.1001 7点 イン・ザ・ブラッド
ジャック・カーリイ
(2014/04/18 10:44登録)
「ブラッド・ブラザー」に続く、カーソン・ライダー刑事シリーズの第五長編。
前作で実兄ジェレミーとの問題に一区切りを付けたライダー刑事が、今回は地元モビールで起こる怪事件(前作はNYが舞台だった)を相棒のハリー刑事とともに解決に導く。

~刑事カーソン・ライダーが漂流するボートから救い出した赤ん坊は、謎の勢力に狙われていた。収容先の病院には怪しい男たちによる襲撃が相次いだ。一方で続発する怪事件・・・銛で腹を刺された男の死体、倒錯プレイの最中に変死した極右の説教師・・・。すべてをつなぐ衝撃の真実とは? 緻密な伏線と鮮やかなドンデン返しを仕掛けたシリーズ第五弾!~

本当にこのシリーズは面白い。抜群の安定感だ。
冒頭にも触れたとおり、兄ジェレミーがストーリー中に垣間登場する前作までが、いわばシリーズ第一期。そして、本作からはいよいよ第二期に突入といった感じ。
カーソンはジェレミーとの確執や不安が失くなった代わりに、事件を追っている渦中にも拘わらず喪失感を味わうことになる。
(ここにも作者は周到な仕掛けを用意しているのだが・・・)

今回は、紹介文のとおり、①カーソンが救い出した赤ん坊を巡る謎と、②白人絶対主義のカリスマ説教師の変死事件、この二つの謎が同時進行で語られていく。
②については、いつものシリーズ作品どおり、後半に鮮やかなドンデン返しが待ち受けている。
本シリーズでは常に特徴的な犯人役が用意されているのだが、今回もなかなかスゴイ。
(個人的には別の人物にアタリを付けていたのだが、これはダミーというか小物だった・・・)
終盤のとある登場人物の証言をきっかけに、パズルのピースがすべてカタカタ嵌っていく、そして伏線が鮮やかに回収されていく“感覚”を味わうことができる。
もうひとつの①の謎についてはかなり啓示的。
すべての謎の動機につながっているほか、本作のプロットに大きく関わっている「人種問題」についてひとつの光明を投げ掛けている。

巻末で解説者の酒井貞道氏が作者の作品を以下のように評しているのだが、これがまさに言い得て妙だろう。
“カーリイの諸作品は、最近の海外ミステリーとしては珍しく、最初に真相を設定し、そこから逆算してストーリーやプロットをかっちり堅牢に組み上げ、伏線或いはヒントを丹念に散りばめたうえでそれらを「読者が真相に感付かないように」配置する。極めて緻密な構成を採用している。・・・”

本作以降もシリーズは続いていくようなので、ますます楽しみ。
評点はシリーズ他作品との兼ね合いでこうなった。


No.1000 5点 民王
池井戸潤
(2014/04/18 10:41登録)
これが1,001冊目。(これからもマイペースで書評をアップしていきたい・・・)
本作は2010年発表の長編。
今春から「ルーズヴェルト・ゲーム」と「花咲舞が黙ってない(原作は「銀行総務特命」「不祥事」)」のニ本が地上波としてスタート。ますます絶好調の作者が贈る、政界を舞台とした痛快エンタメ小説(+薄味のミステリー風味を少々・・・という感じ)

~「お前ら、そんな仕事して恥ずかしいと思わないのか? 目をさましやがれ!」 漢字の読めない政治家、酔っぱらい大臣、揚げ足とりのマスコミ、バカ大学生が入り乱れ、巨大な陰謀をめぐる痛快劇の幕が切って落とされた。総理の父とドラ息子が見つけた真実のカケラとは? 一気読み間違いなしの政治エンタメ~

『なんで池井戸潤ってこんなに人気あるんだろう?』
デビュー作以来の古い(?)ファンとしては、最近の異常なまでの池井戸人気は全く想像がつかなかった。
「半沢直樹」は演出の過剰さとハマリ役の俳優陣がうまく噛み合った結果と原作が相乗効果を生んだという気もしていたけど、たまたま一昨日「花咲舞が・・・」を見ていて、やはり作者の作品は、日本人の特性というかセンチメンタリズムに嵌っているということなんだろうと感じさせられた。

池井戸作品のプロットの多くは、ひとことで言えば「勧善懲悪」という実に分かりやすい図式を取る。
そう、時代劇ではお馴染みの悪代官と悪徳商人のコンビを黄門様御一行や将軍吉宗が成敗する・・・という例のやつ。
それをそっくりそのまま銀行業界に置き換えたものが十八番のプロット。
そうなのだ、この“分かりやすさ”と“痛快劇”・・・これこそが人気の秘密なのだろう。多くの作家はこんなこと分かっていながら、あまりの単純さに敬遠してきたものを、作者は躊躇せず書き続けてきたのだ。
これはこれで「信念」の賜物だろう。
読者も「単純だなぁ・・・」と分かっていながら、読み終わったときにはなぜかスッキリした気持ちになった自分がいてビックリさせられる・・・そんな感覚ではないか?

ということで本作なのだが・・・(長い前フリだ)
紹介文のとおり、実際に何年か前の内閣をベースに書かれた作品で、実に分かりやすい作品に仕上がっている。
まぁ全体的には肩の力の抜けた作品という印象だし、同時期の他作品に比べて評価できるポイントは少ない。
ってことで、評点としてはこの程度。通勤中に軽く読むくらいが丁度いいかもしれない。
(これで今のところ刊行されている池井戸作品はすべて読了。次作は半沢シリーズの「銀翼のイカロス」かな?)

1859中の書評を表示しています 841 - 860