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ミステリの祭典

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平均点:6.01点 書評数:1812件

プロフィール| 書評

No.1172 7点 シャーロック・ホームズの叡智
アーサー・コナン・ドイル
(2015/11/01 16:52登録)
本サイトを御覧の皆さんには言うまでもないことですが、シャーロック・ホームズものの短編は「冒険」「帰還」「思い出」「事件簿」の四作だけ。
ただし、延原謙訳の新潮文庫では、本の尺の関係上、一部の作品を掲載しなかったため、最後に漏れた作品を集録することになったのがこの「叡智」というわけである。(今さら説明するなという内容ですが・・・)
ということで邪道ではありますが、いずれも未書評ということで敢えて別立てで登録させていただきました。

①「技師の親指」=これは有名作のひとつ。ホームズものの典型的なプロットだと思うのだが、不思議な体験をした依頼人の話を聞いたホームズが、物証や証言などから事件の裏の構図に気付くというやつ。これが見事に嵌った佳作。
②「緑柱石の宝冠」=一見して明らかな容疑者なのだが、ホームズが事件を別の角度から光を当てる・・・というやつ。足跡からホームズが推理するという“いかにも”という場面があるのだが、今読むと相当強引な推理だな・・・
③「ライゲートの大地主」=結構粗めのプロットなのだが、こういう活劇風の作品もよく目にする。登場人物が少ないから自然に真犯人は判明していまうのが玉に瑕か? 
④「ノーウッドの建築士」=“大地主”の次は“建築士”なのだが、プロットは結構相似形(!?)。突然大金持ちから相続人に指定された青年に降りかかる災厄を救うホームズというわけなのだが、動機が結構スゴイ。(そこまで恨むのか?)
⑤「三人の学生」=テストの解答を盗んだのは誰か・・・っていう何だか「日常の謎系」のような一編。三人の学生のうち誰が盗んだのかということなのだが、割とよくできていると思う。
⑥「スリー・クォーターの失踪」=学生ラグビーの花形選手が失踪する事件を扱った一編。ワールドカップを持ち出すまでもなく、イングランドといえばラグビー発症の地ということで・・・って本筋は? うーんwww
⑦「ショスコム荘」=短い作品なのだが、どうもプロットが錯綜していてよく分からない感じになっている。今までの作品の劣化版焼き直しという気がする。
⑧「隠居絵具屋」=これも焼き直しプロットなのだが、なぜ「絵具屋」なのかというのが最後に納得できるのが旨い。でもそれだけかな・・・

以上8編。
久々にホームズ譚を読んでみると、やっぱり「これぞ短篇だな」という気にさせられた。
確かに同系統のプロットや旧作の焼き直しが多いのだが、ミステリーとしての必要十分条件が短い作品の中に詰まっているのがよく分かる。
さすがに時代を超えて読み継がれるミステリーということなのだろう。
(因みに①②が「冒険」から。③が「思い出」から。④~⑥が「帰還」から。⑦~⑨が「事件簿」からです。)


No.1171 7点 致死量未満の殺人
三沢陽一
(2015/11/01 16:49登録)
2013年発表。作者の処女長編。
第三回アガサ・クリスティ賞受賞という評判作。

~雪に閉ざされた山荘で女子大生・弥生が毒殺された。容疑者は同泊のゼミ仲間四人。外界から切り離された密室状況で、犯人はどうやって彼女だけに毒を飲ませたのか? 容疑者の四人は推理合戦を始めるが・・・。そして事件未解決のまま時効が迫った十五年後、容疑者のひとりが唐突に告げた。「弥生を殺したのは俺だよ」・・・。推理とドンデン返しの果てに明かされる驚愕の真実とは? アガサ・クリスティ賞に輝く正統派本格ミステリー~

このプロットを思い付いたことをまずは評価したい。
「雪に閉ざされた山荘」や「互いに隠された悪意を抱いた仲間が集う」、「繰り返される推理合戦」などなど、これまで幾度もなく目にしてきた本格ミステリーのガジェットが盛り込まれた本作。
いったい、従来の作品とどこに“違い”を付けるのか?
これこそがミステリー作家の頭の悩ませ所になる。

そこで本作のプロットなのだが・・・
まさにタイトルどおり「致死量」がプロットの鍵となっている。
人間の体のことだし、ここまで計算どおりにいくのかや、薬学的な知識は合っているのかなどの疑問はあるものの、真相解明の場面では久々に「へぇー」と唸らされた。
その後も二転三転、或いは二重三重とでも言うべきドンデン返しが待ち受けているのだ。
ここまで畳み掛けれれれば「おっと・・・」と仰け反らざるを得ない。
巻末解説で有栖川氏も触れているけど、クローズドサークルで制約の多い設定のなか、ここまでの技巧を発揮できれば十二分に及第点、それ以上の評価を与えていいだろう。

まぁ敢えて突っ込むなら、他の方も書いているとおり、人物描写の不足ということになる。
分量を敢えて増やさないことにしたためかもしれないけど、確かに人物が書けていないのは事実。
それが気になってしまう読者がいるのは仕方ないかな。
とにかく次作以降も期待したい。
(本格ミステリーもまだまだ可能性があるのだなと感じさせられたことが大きい)


No.1170 5点 呪い!
アーロン・エルキンズ
(2015/10/18 20:58登録)
スケルトン探偵ことギデオン・オリヴァー教授シリーズの長編第五作。
世界の観光地紹介も兼ねている(?)本シリーズ。今回の舞台は古のマヤ文明の聖地、メキシコはユカタン半島。
1989年発表。

~マヤ遺跡発掘に協力するため、ギデオンはメキシコへ飛んだ。遺跡から人骨が見つかり、人類学者の彼が鑑定を依頼されたのだった。だが仕事は鑑定だけではすまなかった。骨と同時に発見された古文書に記された呪いが隊員たちを襲いはじめ、ついに殺人へと発展したのだ! ジャングルの呪われた遺跡でスケルトン探偵が推理の冴えを見せる本作の香り高い作品~

さすがに安定感十分のシリーズだ。
足掛け三十年続いている超ロングランのシリーズにも拘らず、経年劣化(?)の兆しもなく、初期作品だからといって古臭さもない。
ギデオンとジュリーは三十年間ずっとイチャイチャしているし、骨を前にするとウキウキする姿も不変。
こんなシリーズはミステリーの世界ではなかなかないだろう。

さて本作の評価なのだが・・・
「可もなく不可もなく」というのが正直な感想。
最初から不穏な空気は漂っているものの、なかなか事件らしい事件は起こらず、ややまだるっこしい展開。
預言書に従って事件が起こるというプロットは、まるで国産ミステリーによくある「見立て」殺人を思わせる。
そのあたりは本格ファンの心をくすぐる道具立てなのだ。

ただフーダニットが中途半端というか盛り上がりに欠けすぎる。
ある種のクローズドサークルなわけで、もう少し容疑者ひとりひとりにスポットライトを当て、ダミーの容疑者を仕立ててミスリード!
というのが王道のプロットだろうけど、そこの辺ひと押しの工夫があるべきだった。

ということで、シリーズ他作品との比較上からも水準級の評価となる。
マヤ文明の蘊蓄ももう少しあっても良かったかな・・・(あくまで個人的な思いですけど)。


No.1169 6点 縛り首の塔の館
加賀美雅之
(2015/10/18 20:57登録)
2011年発表。
パリ警視庁予審判事シャルル・ベルトランを探偵役とするシリーズ初の短篇集。
(まさか初にして最後になるとは・・・合掌)

①「縛り首の塔の館」=タイトル作品に相応しい一編。二人の男がまるで空間を越えて殺し合ったかのように見えるダブル殺人事件という飛びっきりの不可能状況がテーマ。J.Dカーと二階堂黎人の作品をもろに彷彿させるトリックなのだが、本格好きにはそれでも堪えられない作品世界だろう。解法も“それしかない”っていう奴。
②「人狼の影」=カーの「夜歩く」をもろに彷彿させる「人狼」。おどろおどろしい設定なのだが、真相はまずまず下世話なもの。女性ってやっぱり怖いわー
③「白魔の囁き」=いわゆる「雪密室」がテーマで、周囲に全く足跡がないにも拘らず死体だけが置き去りにされている、しかも死因は墜落死という不可能状況! こうなったら出てくるトリックは当然○り○の原理を使ったやつだ・・・って島荘や二階堂を読みなれた読者なら気付くはず。
④「吸血鬼の塔」=被害者以外誰も入れたはずのない塔から突き落とされた死体・・・という不可能状況。他の方も書いているとおり、かなり強引なトリック&解法でこじつけに近い。吸血鬼の謎についても、それならそれで不自然だろうって思うのだが・・・
⑤「妖女の島」=このトリックってここまで大掛かりなやつをやる意味あるの?って思わざるを得ない。まさにトリックのためのトリックの典型だし、ちょっとネタ不足だったのかな・・・

以上5編。
本シリーズの特徴である大時代的なプロット&トリックが短編でも全開。
②以降は「人狼」や「白魔(ヴェンディゴ)」、「吸血鬼」など欧米に伝わる伝説の怪物の影が事件にちらつくという共通項。
当然ながら最後はベルトランが現実的な解決を示すのだが、作品を下るごとにこじつけのような感じになってくるのがやや残念。

まっでも本格好きなら一読の価値はある。こんなコテコテの本格にはなかなか出会えないだろうから・・・
返す返すも早すぎる逝去が惜しい!
(ベストは間違いなく①。もう少し膨らませれば立派な長編が出来上がりそうなんだけどなぁー)


No.1168 7点 黒猫の三角
森博嗣
(2015/10/18 20:57登録)
1999年発表。
S&Mシリーズに続くVシリーズの一作目が本作。
保呂草潤平、小鳥遊練無、香具山紫子、瀬在丸紅子の四人が織り成すハーモニー(!?)

~一年に一度、決まったルールの元で起こる殺人事件。今年のターゲットなのか、六月六日、四十四歳になる小田原静香に脅迫めいた手紙が届いた。探偵・保呂草は依頼を受け「阿漕荘」に住む面々と桜鳴六画邸(おうめいろっかくてい)を監視するが、衆人環視の密室で静江は殺されてしまう。森博嗣の新境地を拓くVシリーズ第一作!~

「そうきたか・・・」っていうのがまずは読了後の感想。
密室などとにかく本格ミステリーのガジェットに拘ったS&Mシリーズも、作品を重ねるごとにやや変化球気味になっていた矢先。
「さすがにもう本格へのアプローチも限界なのか?」という思いもしていた。
そんななか始まった新シリーズ。

ある意味衝撃の結末(?)が襲う本作。
いきなり(シリーズ一作目で)コレ? って騙される読者も多いことだろう。
でも、一筋縄ではいかない森ミステリー。
当然ながら作者の「企み」がそこには隠されている・・・

密室については腑に落ちない読者も多いことだろう。
前シリーズとは比べ物にならないほどデフォルメされた密室トリック。正直にいえば、かなり「適当」なのだ。
ただ、そこは作者の「拘り」ではない。
作品全体に仕掛けられた「欺瞞」こそが本作の真骨頂。
そういう意味では、前シリーズで培われた作者の力量がさらに昇華されたのが本シリーズとも言える。

ってことは決して低い評価はできないな・・・と考える次第。
(動機については敢えて触れない)


No.1167 7点 ジェゼベルの死
クリスチアナ・ブランド
(2015/10/12 18:08登録)
1949年発表の作品。
「緑は危険」「自宅にて急逝」などの代表作に続く作者の第五長編作品に当たる。

~『おまえは殺されるのだ!』。素人演劇の公演を前に、三人の出演者に不気味な死の予告が届く。これは単なる嫌がらせか? やがて舞台をライトが照らし出し、塔のバルコニーに出演者のひとり、豊満な肉体を誇る悪女ジェゼベルが進み出る。その体が前にのめり、異常なほどゆっくりと落下した。演者の騎士たちが見守る“密室状態”のなかで・・・。現場にいたコックリル警部は謎を解けるのか? 本格推理の限界を突破する圧巻のミステリー~

さすが作者の代表作と言っても差し支えないプロットの出来栄えではある。
何より「設定」が魅力的だ。
衆人環視の劇場が舞台、多くの目が見守るなかで発生する殺人事件。誰も被害者に近付けなかったという不可能状態。そして続けて起こった殺人、しかも首切り死体・・・
うーん。実にクラシカルで、本格の見本のような事件設定。

他の方も評しているとおり、ラストの畳み掛け方が圧巻。
ようやく解決に光が差し込んだと思われた矢先、容疑者が次々と自白していくという異常事態。
さしものコックリルも右往左往させられるなか、最後に炸裂するドンデン返し!
なるほど・・・これはプロットの勝利だ。
密室にしても、首切りにしても、典型というかまるで教科書のようなトリック。
新本格の作家なんかが書いてそうなトリックというと価値が下がりそうだけど、まぁそんな感じはする。

ここまで褒めてきたけど、敢えていうなら「表現ベタ」かな。
登場人物の造形も今ひとつピンとこないし、ラストの解決場面もトリックやプロットの切れ味に比して、どうも頭にスッと入ってこないというもどかしさは感じた。
(まぁそれは「緑は危険」の際も感じたことだが・・・)
でも、作者の代表作という位置付けには賛成。
読み継がれるべき佳作だと思う。


No.1166 6点 静おばあちゃんにおまかせ
中山七里
(2015/10/12 18:08登録)
~警視庁捜査一課の刑事・葛城公彦は平凡な青年。天才的な閃きにも鋭い洞察にも無縁だが、ガールフレンドの高遠寺円に助けられ今日も難事件に立ち向かう。法律家を志望する円のブレーンは元裁判官の静おばあちゃん~
2012年発表の連作短篇集。

①「静おばあちゃんの知恵」=神奈川県警の刑事が銃殺される事件が発生。容疑者は被害者と犬猿の仲の刑事で、線状痕も合致してしまう・・・。トリックは相当強引な気はするのだが、一応ロジックも嵌っていて冒頭の一編としては及第点。そういえば、こういう犯人像って今まであまりお目にかからなかったように思う。
②「静おばあちゃんの童心」=憎まれ役の祖母が殺され、子供や孫が容疑者とされるのだが、全員に鉄壁のアリバイが立ち塞がる・・・という展開。アリバイトリックは陳腐なのだが、これも真犯人がやや意外。
③「静おばあちゃんの不信」=新興宗教に纏わる殺人事件が舞台となる一編。密室から消えた死体がメインの謎となるのだが、そのトリックが凄まじい。
④「静おばあちゃんの醜聞」=建築中の東京スカイツリー(らしき建築物)の屋上が密室殺人の舞台となる一編。とにかく高くて揺れて、とてもではないが被害者を殺しに行けない(?)なかで、真犯人はどうやって殺害したのか? これも変形の密室殺人なのだが、解法そのものはそう褒められたものではない。でもまぁ舞台設定の勝利かな。
⑤「静おばあちゃんの秘密」=円の両親がひき逃げにあった事件についても同時進行する第五話。メインの事件は厳重に監視されたホテルの部屋で起こる密室殺人事件。堅牢な密室なのだが、トリックについてはうーんっていう感じ。それよりも静おばあちゃんの「秘密」にびっくりしたんだけど、これってあまり意味がないような気がして・・・

以上5編。
各タイトルからお分かりのとおり、ブラウン神父の作品集をモチーフとした作品なのだが、特別プロットが似ているというわけでもない。
(そういえばシャーロック・ホームズの作品集をモチーフとした作品もあったよな・・・「要介護探偵の事件簿」)
作者らしくどの作品にも不可能状況や密室など本格ミステリーのガジェットが盛り込まれ、最終話となる⑤では、連作作品集らしいサプライズも用意されている。
そういう意味では“痒いところに手の届く”水準に仕上がっている、或いはそのように仕上げようとした作品。

ただし、手放しで褒めるというレベルではなく、悪く言えば「ありきたり」の連作短篇集と評する方も多いかもしれないかな。
でも私個人は決して嫌いではない。(円のキャラクターを含め・・・)
(個人的順位は③⇒①で後は同レベルって感じ)


No.1165 7点 潜伏者
折原一
(2015/10/12 18:07登録)
「~者」シリーズも重ねてもう・・・第何作目だ!?
正直なとこ、何作目か分からないほど続いている本シリーズ。大いなるワンパターンなのか、はたまた作者のライフワークと言えるシリーズに育ったのか?(どちらか分からん??)
2012年発表。今回は1979年から90年にかけ北関東で発生した四件の幼女誘拐殺人事件がモチーフとなっている。

~若手のルポライター・笹尾時彦は、新人賞の下読みのバイトで奇妙な原稿に遭遇した。「堀田守男氏の手」と題された原稿は、どうやら北関東でつぎつぎに起きた少女失踪事件を題材にしているようなのだ。興味をそそられた笹尾は、パートナーの百合子とともに調査に乗り出した。容疑者、被害者家族、そして謎の小説家の思惑が交錯するとき、新たな悲劇の幕が開く!~

今回は感心した!
いきなりこう書くと、「いったい何だ!?」と思われそうだが、読了後そう思ってしまった。
ノンフィクションライターの主人公が事件を追っていくうちに、登場人物たちの泥沼の人間関係に翻弄され、いつの間にか叙述トリックの術中に嵌っている・・・
「~者」シリーズを超簡単に説明するとこんな基本プロットなのだが、ここまでシリーズが続いていく中で、読者を飽きさせない新機軸というか、新たな“見せ方”を提供している。
(ではどこが新機軸かと問われると困るのだが・・・)

しかしまぁ、このシリーズの登場人物たちは・・・
特に本作では、途中からもう、『勝手にひとりひとりが動き出して、しっちゃかめっちゃかに暴れだす・・・』という表現がピッタリ。
ここまで複雑に入り組んだプロットもそうないだろう。
(一人二役ではなく、○人○役なのが本作の白眉か?)
「潜伏者」の正体が実は・・・というプロットもさすがに旨い!

今回拘ったであろうフーダニットについては「どうかなぁ??」という気がしないでもないが(確かに分かりやすいしね)、全般的には作者の円熟した“腕前”が十分に味わえる良作だと感じた。
縛りのあるプロットのなかで、何とか工夫していこうとする作者の「拘り」に今後も期待したい。
どうも判官びいきのような評価になってしまったけど、やっぱり「折原好き」なんだなと感じた次第。
きっと次作も北関東で事件は起こるんだろうな・・・


No.1164 6点 モース警部、最大の事件
コリン・デクスター
(2015/09/23 17:43登録)
十五年間に渡り、雑誌等の媒体にランダムに発表された短編をまとめた作品集。
巻末解説者によると、作者の短編集は他に発表されることはないだろう、とのことだが・・・

①「信頼できる警察」=モース警部もので中編と呼べる分量の一編。タイトルからして皮肉な雰囲気だが、実際のストーリーも皮肉orツイストの効いている。短編でもモース警部=ルイス部長刑事のコンビは不変。
②「モース警部、最大の事件」=タイトルからすると「フレンチ警部最大の事件」を意識しているのかと思いきや、この分量の短さは何だ!? 『最大』の意味がイマイチ伝わってこなかったのだが・・・
③「エヴァンス、初級ドイツ語を試みる」=囚人であるエヴァンスがドイツ語の検定を受けることに・・・。で、やっぱり途中で大事件が発生することになる。これは非モース警部もの。
④「ドードーは死んだ」=巻末解説者もお勧めの一編。確かにこれが一番短篇っぽいプロットかも。
⑤「世間の奴らは騙されやすい」=これも非モースもの。カジノを舞台にして、ブラックジャック(だよね)での単純なイカサマを巡る虚々実々の駆け引きが描かれる・・・と思いきやアッというラストが用意されている。
⑥「近所の見張り」=再びモースもの。これは短篇ぽくって個人的に好きなプロット。道化師役を演じさせられるモース警部が哀れだが、その姿が実に映像的に頭に思い浮かんでしまった。これって詐欺なんかの典型的手法だよね・・・
⑦「花婿は消えた!」=シャーロック・ホームズの名短編「花婿失踪事件」(「シャーロック・ホームズの冒険」収録)を下敷きとしたパスティーシュ作品。ホームズの実兄・マイクロフトも登場するのだが、兄弟間の皮肉の効いた応酬もさること、ツイスト効かせまくりのラストがさすがに旨い!
⑧「内幕の物語」=①と並び中編レベルの一編。いわゆる“作中作”のプロットを採用しているが、日本の新本格みたいに叙述系トリックが用意されているわけではない。
⑨「モンティの拳銃」=職場の上司に妻を寝取られた夫が、上司の男に向かって銃口を向ける、のだが・・・。結局、女性の方が一枚も二枚も上ということだろう。
⑩「偽物」=模範囚⇒脱獄、を繰り返す囚人。今回も監視員の目を盗んで脱獄したのだが、やはり途中で捕まってしまう。でも、これは本物or偽物?
⑪「最後の電話」=毒殺された男に最後に電話をかけたのは妻or愛人? というわけなのだが、ラストはちょっとよく分からなかった。

以上11編。
実にバラエティに富んだ作品集。モース警部ものがメインだが、非モースものにむしろ佳作が多い感じ。
ちょっと分かりにくい表現も多くて、100%面白さが理解できているかというと微妙なところがやや残念。
まっでも、デクスターファンなら必読。それ以外の方でも十分楽しめる水準ではあった。
ただ、モース警部ものならやっぱり長編だな。
(個人的ベストは⑦のパスティーシュ。④⑥の非モースものが次点って感じ・・・)


No.1163 8点 神様ゲーム
麻耶雄嵩
(2015/09/23 17:42登録)
2005年、講談社「ミステリーランド」シリーズの一冊として発表された長編。
昨年、続編の「さよなら神様」が刊行されたことでも話題となった作品。
いかにも作者らしい『企み』に満ちた・・・作品(!)

~神降市(かみふりし)に勃発した連続“猫”殺し事件。芳雄憧れの同級生ミチルの愛猫も殺された。町が騒然とするなか、謎の転校生・鈴木太郎が犯人を瞬時に言い当てる。鈴木は自称「神様」で、世の中のことはすべてお見通しだというのだ。鈴木の予言通り起こる殺人事件。芳雄は転校生を信じるべきか、疑うべきか。神様シリーズ第一作~

これは・・・決して子供向けじゃないな。
っていうか、逆にこの終章は子供に読ませてはいけない!
えげつないほどの「世間の不条理」や「大人の事情」が明らかとなる真相に、読者はサプライズ感を味わうこと必至。
こんな強烈なプロットを本シリーズにぶつけてくる作者って・・・やっぱり尋常じゃない!

もちろん本作の肝は「神様」=鈴木太郎の存在ではある。
ただし、神様の推理、ではなく何て言えばいいのか・・・「真理」か?
まぁいいや。とにかく神様の言葉は、途中の過程を一切省いて、結論のみ。
猫殺しについてはうやむやに終わったが、それは単なる前菜に過ぎなかった。

途中で発生する同級生殺し。
これこそがまさに「悪意の塊」とも言うべき犯罪なのだ。
実行犯は大凡予想が付いていたんだけど、黒幕までは気付かなかったなぁ・・・
って思ってたら、それにこのラストはなんだ?
いやぁー参った!参った!
やっぱりマトモじゃないな。作者は!
(芳雄君のその後の人生が実に心配だ)


No.1162 6点 超高層ホテル殺人事件
森村誠一
(2015/09/23 17:41登録)
1971年発表の長編。
作者の“古巣”であるホテルを舞台に、密室とアリバイが複雑に交差する難事件が発生する。
角川文庫の復刊シリーズにて読了。

~超高層ホテルの開館記念イベント。満楼に競う光が東京の夜を彩る巨大な十字架となって立ち上がったとき、ひとりの男が転落した。死亡したのはホテルの総支配人。墜落した窓のある部屋は、出入り不可能な密室だった。謎が解けぬまま、捜査陣は動機の線から犯人を追うが、容疑者には鉄壁のアリバイがあった・・・。愛憎渦巻く人間模様、難攻不落の密室、緻密なアリバイトリック。謎解きの醍醐味が凝縮された本格ミステリーの金字塔~

いかにも「森村誠一っぽい」本格ミステリー(当たり前だが・・・)。
本格ミステリーの二大トリックというべき、「密室トリック」と「アリバイトリック」が本作の主題。
①「密室」
三番目の殺人事件での密室がメイン。チェーンロックが掛かった完璧な密室なのだが、その解法はかなり強引なもの。割とあっさりと書いてあるけど、果たしてこれって「跡」は残らないのだろうかという疑問が残る。最初の殺人の密室は結局うやむやに終わったような気もするし・・・
②「アリバイ」
東京~大阪間という古き良きアリバイトリックが立ち塞がる。ただし、鉄道ではなく航空機と自動車がその対象。刑事が踏切でのある出来事からトリックに気付くくだりがいかにもこの時期のミステリーっぽい。
最初の事件のトリックもかなり大掛かり。「遠目」という条件が付くしリスクは大きいのだが、発想としては面白い。

という感じかな・・・
作者の作品で舞台がホテルというと、デビュー長編の「高層の死角」が思い浮かぶが、個人的には「高層の・・・」の方が上。
財界やホテル業界の“生き馬の目を抜く”競争やドロドロした姻戚関係もあまり本筋には関連してこない。
でもまぁ、それが作者の「味」なのかな。
評点はこんなもんだろう。


No.1161 5点 刑事の誇り
マイクル・Z・リューイン
(2015/09/20 19:23登録)
1982年発表の長編。
私立探偵アルバート・サムスンと並んで作者のメインキャラクターとなっているパウダー警部補を主役とするシリーズ。
「夜勤刑事」に続くシリーズ二作目。

~万年夜勤刑事だったパウダー警部補は失踪人課の長になった。だが正規の部下は車椅子の女性刑事ただひとりという小さな部署。ぼやきながらの初仕事は、自殺未遂者の身元調べだった。その女は全裸で発見されたうえ、一切の記憶がないという。さらに家出した妻、行方不明の姪など捜索依頼が次々と舞い込む。折しも彼は息子が犯罪に関わっている気配に気付いた。公私に山積する難題に立ち向かう辣腕刑事、シリーズ第二弾~

ネオ・ハードボイルドの旗手たる作者らしい作品。
アルバート・サムスンと同様、本作の主人公リーロイ・パウダー警部補も格好いいキャラクターでは全くない。
むしろ、閑職に追いやられ、日々雑務に追われるという体たらく・・・
そういう意味では、少なくとも「ハード」ボイルドという言葉には違和感がある。

本作では唯一の部下として登場する美貌の車椅子刑事・フリートウッドとの絡みが大きな鍵となる。
当初は満足に動けない彼女に対し、不満を隠そうとしなかったパウダーだが、相棒として仕事&時間を重ねていくうちに信頼関係が生まれ、ついには・・・
(その辺りはハードボイルドっぽいのだ)

数々と発生する失踪事件については、最終的につながったりするのかな、などとミステリーっぽい仕掛けを予想していたのだけど、そこはさすがに無理だったのだろう。
そういう意味では息子の事件もパウダーの心労を増やす役割でしかなかったのかなと思ってしまう。

まぁ書きたかったのは、タイトルどおり「刑事の誇り」だったのだろう。
こういうキャラクターに親近感、シンパシーを感じる読者も多いのではないか?
生粋のハードボイルドファンにとっては“食い足りない”のかもしれないが・・・


No.1160 6点 帝都探偵 謎解け乙女
伽古屋圭市
(2015/09/20 19:22登録)
~シャロック・ホウムズ(シャーロック・ホームズ)に憧れ、名探偵になることを宣言した女学生の菜富令嬢。お抱え車夫の寛太は彼女の願いを叶えるべく、菜富の家庭教師をしている小早川と協力するが・・・~
「このミステリーがすごい!」大賞受賞の作者が贈る連作短篇集。

①「死者からの手紙」=最初の探偵譚は、女学生時代のエス(=レズ?)で夭折した女性から届いた手紙の謎。本当に死者からの手紙なのか? 早速菜富お嬢様の勘違い(?)推理とそれをフォローする寛太という図式が明らかになる。
②「密室から消えた西郷隆盛」=“西郷隆盛”とは当然本人ではなく、彼の「銅像」のこと。足跡のない密室から忽然と消えた銅像の謎なのだが、密室の解法そのものは肩透かしレベル。
③「未来より来る男」=未来からやって来たという男の正体は、という謎がメイン。いかにもそれらしく振舞う男なのだが、真相そのものはよくある手。
④「魔炎の悪意」=火事で死んだはずの前夫が生きている姿を見てしまった美しい未亡人。本当に夫は生きているのか調査を依頼された二人。事件は予想以上の広がりを見せるのだが、これも③と同じようなプロット。
⑤「名探偵の誕生」=連作の最終譚は当然今まで隠された「構図」が明らかに・・・ということになるのだが、本作でも大掛かりな仕掛けが施されていた! 

以上5編。
実は⑤の後の終章で更なるドンデン返しが待ち受けている。
連作短篇集はこうでないと・・・やっぱり!
①~④の各編はいかにも作り物めいていて、何となくむず痒いような感じがしていたが・・・
その「感じ」そのものが作者の狙いだったわけだ。

他の方の書評を先に見ていたので、最終的に「仕掛け」があることが分かっていたのがやや残念。
ラストにもうひとつ重要なことが隠されていたのがわかるのだが、それが何とも切ない!
続編があってもいいようn気がするのだが・・・
(もちろんこれ以上大掛かりな仕掛けは難しいんだろうけど・・・)


No.1159 6点 折れた竜骨
米澤穂信
(2015/09/20 19:21登録)
2010年発表。
ミステリーとファンタジーとの大いなる融合を目指した作者の野心作。
第64回日本推理作家協会賞受賞の大作。

~ロンドンから出帆し、波高き北海を三日も進んだあたりに浮かぶソロン諸島。その領主を父に持つアミーナはある日、放浪の旅を続ける騎士ファルクと従士の少年ニコラに出会う。ファルクはアミーナの父ローレントに御身は恐るべき魔術の使い手である暗殺騎士に命を狙われている、と告げた。いずれ劣らぬ怪しげな傭兵たちが顔を揃えるなか、殺人劇の幕が上がる。魔術と剣と謎解きの巨編!~

最初は『思ったほど面白くなかったな・・・』という感想だった。
まるでひと昔前のRPGのような世界観にあまり没頭できず、中盤の冗長さにやや飽きていたせいかもしれない・・・
ただ、他の方の書評を参考にしているうちに評価はやや変わった。

確かに(相当強烈な)特殊設定だし、ついついそっちに目が行ってしまうのだけど、プロットの根幹は正当なミステリー。
ひとつの殺人事件(しかもほぼ密室状態)の容疑者をロジックをもとにひとりひとり消しながら絞り込んでいく・・・
最後のひとりまで絞り込んだところで、恒例のドンデン返し!
伏線もかなり周到に且つ細かく設定されている。
(もうひとつの密室は相当異例! 何しろ○を○○できるのだから・・・)

「特殊設定」というと、その設定の面白さそのものが鍵になると思うが、本作の場合は世界観のほか、「魔術」の扱いが問題。
「魔術」とするとどうしても『何でもあり』になってしまうのだが、それを謎解きプロットの中心点に持ってきたのが勝利要因なのだろう。
ただし、個人的にはデーン人との戦いなど、本筋とはやや関係のない脇筋の割合が多すぎるのが気になった。
(好きな人は好きなのだろうけど・・・)

ミステリーの可能性を感じさせる作品という意味では評価すべき作品なのかもしれない。
作者の場合、「インシテミル」も特殊設定ものだが、個人的にはこちら(「イン・・・」)の方が好み。
でもすごい才能だとは思う。


No.1158 7点 逃げる幻
ヘレン・マクロイ
(2015/08/23 21:08登録)
1945年発表の第九長編。
作者のメイン・キャラクターであるベイジル・ウィリング博士を探偵役とするシリーズ作品のひとつ。

~幾度も家出を繰り返していた少年が開けた荒野の真ん中から忽然と消えた・・・。ハイランド地方を訪れたアメリカの軍人ダンバー大尉が地元の貴族ネス卿の娘に聞かされたのは、そんな不可解な出来事だった。宿泊先のコテージで話に出た家出少年を偶然発見したダンバーはその目に恐怖が浮かんでいることに気付く。スコットランドを舞台に名探偵ウィリング博士が人間消失と密室殺人に挑む謎解きミステリー~

マクロイらしい“旨さ”が光る作品。
まずは舞台設定が見事。
他の方も触れてますが、スコットランドの陰鬱かつ荒涼とした大地、第二次世界大戦直後という暗い時代背景・・・それらが事件全体に影を落としている。
スコットランドの成り立ちや歴史までもが本作の謎に関わってくるのだ。
(本作を読んでると、イングランドとスコットランドは違う国なんだと改めて認識させられる)

本作のメインテーマは、紹介文のとおり「人間消失」なのだが、その真相はやや拍子抜け気味。
(消えるまでに多少のタイムラグはあるのだろうから、後ろから見ていれば気づきそうなものだが・・・)
密室についてもトリックと呼べるような水準ではない。
終章までは粛々と謎が語られ、家出少年ジョニーを探す展開が続き(密室殺人が出てくるのも何と終章なのだ!)、一体どんな結末を付けてくるのかと心配になってきた矢先にウィリング博士の口から発せられる事件の構図。

これには「成る程」と唸るほかない。
完全に作者に裏をかかれた、っていうこの感覚。
確かに伏線はあからさまだった。(特に二回も登場したあの「数式」・・・)
“旨い”よねぇ・・・
作者の技巧を堪能させていただきました。小説としてもなかなか秀逸。
ただし、インパクトという点ではイマイチかな・・・


No.1157 7点 ジャイロスコープ
伊坂幸太郎
(2015/08/23 21:06登録)
何と、これが初の文庫オリジナルの短篇集。
デビュー以来休むことなく秀作を発表し続ける作者はとにかくスゴイのひとこと!
今回も“伊坂らしい”洒脱でどこかホッとさせられる台詞まわしを期待。

①「浜田青年ホントスカ」=創元推理文庫のアンソロジー挿入ということで、本作で一番ミステリーっぽい一編。いかにも伊坂ワールドに登場しそうな主役級二人が織り成す不思議なドラマと意外性のある展開。「稲垣さん」の放つ台詞もいかにも・・・って感じだ。「ホントスカ」が口癖という浜田青年が実は・・・(ネタバレだから言わない)
②「ギア」=作者本人が「あとがき」で「たまには起承転結のない短篇を・・・」ということで書いた作品。確かにラストは唐突に終わるのだが、要は謎の生物(「セミンゴ」)を書きたかっただけなんだろ! なんだ「セミンゴ」って??
③「二月下旬から三月上旬」=何だか歳時記のようなタイトルなのだが、SF的要素を盛り込んだ一編。時系列をいじっているので、読んでいるうちに何がなんだか分からなくなる感じが好きかどうか・・・ということだろう。
④「if」=まさにタイトルどおり。「もし(過去)・・・だったら」という作品。短い分量なのだが、読みながら「分かる分かる」って思ってしまった。
⑤「一人では無理がある」=何を書いてもネタバレになりそうな一編。最初は「いったい何の話?」って思うのだが、その謎はすぐに判明する。(「作者あとがき」を読むと、最初はラストにネタばらしをするつもりだったとのことだが・・・)
⑥「彗星さんたち」=一時マスコミでよく取り上げられた、新幹線の清掃チームを下敷きとした話。とにかく「いい話」で、読んでいるうちに何だが泣きたくなるのだが、実は“洒落た”趣向が凝らされていることが途中明らかにされる。(さすがだね)
⑦「後ろの声がうるさい」=本作発表に当たって、新たに書き下ろされた一編。要は連作短篇風な「まとめ」を意識した作品なのだが、こういうことを無難にこなしてしまうのが作者の腕という奴かな。

以上7編。
とにかく「さすが」のひと言。以上書評終わり・・・でもいいのだけど、もう少しだけ。
今回はあとがきでの「作者インタビュー」を興味深く読ませていただいた。
最後に長編と短編の違いに触れているのだが、短編の方が読者の期待に堪えるべく「面白い仕掛け」を考えているとのこと・・・
なるほどねぇ・・・

比較的短い期間でこれだけ佳作を量産できる作者って、もはやバケモノですなぁー
もう尊敬するしかないって感じ。
(一番の好みは⑥かな。①も結構面白いよ!)


No.1156 6点 呪縛の家
高木彬光
(2015/08/23 20:59登録)
名作「刺青殺人事件」、「能面殺人事件」に続く第三長編として、1949年より雑誌連載された作品。
名探偵・神津恭介シリーズ。
今回は光文社より新装版として新たに発表されたものを読了。

~「今宵、汝の娘はひとり、水に浮かびて殺されるべし・・・」。紅霊教教祖の孫娘は、湯船のなかで血まみれとなって殺され、予言は的中する。だがそれは、呪われた一族に襲い来る悲劇の序章に過ぎなかった・・・。教祖を大叔父に持つ旧友の鬼気迫る依頼で、教団本部に出向いた松下研三だったが、ついに神津恭介に救援を求めた。名探偵は恐るべき凶事の連鎖を止めることができるのか?~

これは・・・なんとまあ時代がかった作品ではないか。
戦後まだ間もないという時代背景、土地の者にも憎まれた新興宗教の教祖一族に襲いかかる魔手、密室殺人をはじめとする不可能犯罪、得体の知れない登場人物、更には二回にも及ぶ「読者への挑戦」etc
ここまでド本格ミステリーに拘り抜いた作品も珍しい。
(作者の熱意がビンビン伝わってくるようだ・・・うるさいくらいに!)

作者が拘ったであろう第一の殺人。
密室トリックが○○の産物というのはいただけないが、全体的にはうまく考えられているとは思う。
ただし、密室トリックとアリバイが有機的に絡み合っていた「刺青」と比較するとかなり劣後する。(特に「短刀」の扱いが雑すぎる気が・・・)
本作の真骨頂はもちろん意外性十分のフーダニットに行き着く。
いかにも怪しい書き方をしている人物は当然ダミーだろうという読者の予想の更に上を行くプロット。
『考えられる限りの極悪人』という作者の表現を体現する「黒幕」の存在など、ミステリー作家としての作者の武器が惜しげも無く投入されている。

ただなぁー、作者の特徴だから仕方ないけど、表現があまりにも仰々し過ぎないか?
「殺人交響曲」っていうのもあまりピンとこないし、「見立て」にも必然性が薄い。
などなど、前二作と比べると、どうしても突っ込みどころが多く感じる。(動機は・・・まぁ置いといて)

でも好きだよねぇ。本格ファンにとってはこういう「ドロドロ一族もの」は大好物。
さすがに新作でこういう手のジャンルはなかなか出ないと思うので、そういう意味でも貴重な作品。
評点はこれくらいかな・・・
(今回の神津はかなり人間的。鮮やかな推理を披露しながらも、ラストには苦悩することに・・・)


No.1155 6点 死が招く
ポール・アルテ
(2015/08/16 20:39登録)
1988年発表。「第四の扉」に続くツイスト博士シリーズの二作目。
作者自身も語っているとおり、敬愛するJ.Dカーを彷彿させる超本格ミステリーが今回も全開(!)

~内側から錠のかかった密室状態の書斎で、ミステリー作家が煮えたぎる鍋に顔と両手を突っ込み銃を握り締めて死んでいた。傍らの料理は湯気がたっているのに、何故か遺体は死後二十四時間以上経過していた! しかも、この現場の状況は作家が構想中の小説『死が招く』の設定とそっくり同じだった。エキセントリックな作家、追い詰められた夫人、奇術師、薄気味悪い娘、双子の兄弟・・・曰く有りげな人物たちが織り成す奇怪な殺人ドラマ!~

とにかく“J.Dカー好み”のガジェットがてんこ盛り・・・という作品。
密室はもちろんのこと、舞台設定全体に漂う怪奇趣味、謎だらけの登場人物、そして双子までも出てくる・・・
もう本格ファンには堪えられない道具立て!
(時代背景まで1920年代に設定されているのだ)

細かいところを見ていくと・・・
まず「密室」については、一応納得感のある(らしき)説明はあるのだが、かなり強引。
「湯気の立った料理」との関係は、もちろんアリバイトリックとの絡みなのだが、捨て筋の方が納得感があるのがやや難。
双子や奇術師などという道具立てはもはや「雰囲気つくり」だけのためで、本筋への関連はほぼない。
そんなことより、本作の白眉はフーダニットの意外性に尽きる。
終章前にツイスト博士の放つ“ひと言”には多くの読者が唸らされるに違いない。
(「意外な犯人」の典型ではあるのだが・・・)

フーダニットの意外性の副作用で他の部分の整合性に齟齬が生じているというところはあるのだが、まぁそれは痛し痒しという奴で、作者はサプライズ感を重視したということなのだろう。
これぞ「ド本格」という感じがして、やや変化球気味だった前作(「第四の扉」)と比べるとオーソドックスなプロット。
それを好ましいととるか、物足りないととるかは読み手次第だが、個人的には分量の割にはやや詰め込みすぎという気がして、前作よりは評価を下げた。
でもまぁ今後も本シリーズは読み継いでいきたい。


No.1154 7点 宵待草夜情
連城三紀彦
(2015/08/16 20:38登録)
1987年に新潮文庫で出版された作品集。
今回ハルキ文庫で復刊されたものを読了。
やはりこれも“連城らしい”作品が並んでいる。

①「能師の妻」=能楽の老師に嫁いだ後妻。その後妻と義理の息子との師弟関係、そしてただならぬ関係・・・。義理の息子の死に隠された真実とは何か? 連城らしい“ねっとりした”筆致が夏に合わない!
②「野辺の露」=「不義の愛」、そして「不義の子供」・・・。自身の子供ではないかと信じた少年に纏わる犯罪。そして最後に判明する鮮やかな反転・・・。いかにも連城らしい短篇。
③「宵待草夜情」=時代は大正末期。その頃流行った「カフェ」とは、今で言うキャバクラって感じか? それはともかく、男女の織り成す愛情そして愛憎の物語。ラストに判明する真実って要は色○ってことか? それが大きな秘密だった時代ってことかな。
④「花虐の賦」=芝居の師弟関係にある男と女。女は前夫を捨てて師匠のもとへ走ったのだが、その末路は二人の死という結果に・・・。一見、美しい師弟愛なのだが、これまた鮮やかに反転を受ける。
⑤「未完の盛装」=これはスゴイ。連城らしい、連城にしか書けない技巧が詰まっている。過去の犯罪をネタに脅迫を受けているひと組の男女。しかし、ねじ曲がった真実が徐々に明らかになってくる・・・。ねっとりした筆致が何とも言えない。とにかく佳作。

以上5編。
何度も書くけど、こんな作品連城にしか書けない。
「戻り川心中」や「変調二人羽織」に通じる短篇集。
個人的にはどちらかというとトリッキーな本格や大胆な構図を持つ誘拐ミステリーの方が好みなのだが、こういう短篇集も十分楽しめる。

しかしすごい作家だ。
死を惜しむかのように新作が手を変え品を変え出版されているが、それだけ作品を待っている読者がいるということなのだろう。
本作も存分に味わって読むべし!
(個人的には⑤がダントツ。後は③かな。残りもまずまず。)


No.1153 5点 長い長い眠り
結城昌治
(2015/08/16 20:37登録)
1960年発表の長編。
「ひげのある男たち」に続く“郷原部長”シリーズの第二弾。

~明治神宮外苑近くの林で発見された男の死体。黒縁の眼鏡をかけ、鼻下に細いヒゲを蓄えた男の人相は一見重役風。白いワイシャツにきちんとネクタイを締めていたが、なぜか下半身はパンツ一枚であった。郷原部長刑事をはじめとする四谷署刑事課の面々は捜査を進めるが、被害者を中心とした男女の人間関係が判明するばかり。容疑者には事欠かないのに肝心の決め手に欠けるのだ。郷原部長の迷推理の行方は?~

前作(「ひげのある男たち」)と同様、何ともトボけた味わいのある作品。
今回も郷原たちは、関係者たちの複雑で乱れた男女関係に翻弄されながら捜査を進めるハメになる。
そして、本作でも最終的に真相を暴くのは郷原たちではなく、別の事件関係者・・・
という展開。

中盤ではもう容疑者は五人程度に絞られる。
ほぼ全員にアリバイがなく動機がある、ただし誰も決め手がない・・・というもどかしい状況。
終盤に差し掛かった段階で、郷原部長の推理メモという形で、真犯人探しもいよいよ佳境か? と思いきや、意外な線から事件の構図が明らかになるのだ。

ただし、これがサプライズかと問われると、“う~ん??”という感じになってしまう。
事件の鍵と思われた「パンいち姿」の理由についても、何かうやむやのまま終わったようなもどかしさ。
そう!
全体的に「もどかしさ」で溢れた作品なのだ。
タイトルの意味もラストセンテンスでやっと分かるという「もどかしさ」・・・
やっぱり前作の方が上だな。
(それほど悪いわけではないのだが・・・)

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