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平均点:6.01点 | 書評数:1812件 |
No.1192 | 5点 | 不安な産声 土屋隆夫 |
(2016/01/09 12:58登録) 前作「盲目の鴉」以降、九年間の沈黙を破って発表された長編。 千草検事シリーズの五作目であると同時に最終作であり、作者特有の文学的雰囲気を纏った作品。 1989年発表。 ~大手薬品メーカー社長宅の庭で、お手伝いの女性が強姦・殺害された。容疑者として医大教授の久保伸也の名があがり、犯行を自供する。名誉も地位もある男がなぜ? しかも久保にはアリバイがあり殺害動機もなければ証拠もない。担当検事・千草が見た理解を超える事件の裏に隠された衝撃の真相とは?~ 例えは悪いけど、「なんだか地上波の昼メロみたいな話だな・・・」って思ってしまった。 (フジTVで13:30からやってる奴ね) 過去に犯してしまった事件が回り回って、現在の自分に降りかかってくる運命。 運命を振りほどこうと更なる犯罪に手を染めてしまう主人公。 しかしそれは大いなる欺瞞だったのだ!!! ってプロット。昼メロっぽいでしょう? そう言ってしまうと何だか安っぽく思えてしまうのだけど、他の方が評価しているほどのめり込めなかったというのが本音。 確かにラストにはサプライズも用意されているし、全編中の2/3が主人公から千草検事への手紙という形式も斬新。 倒叙というスタイルを取ったことで、主人公の心情とシンクロし、サスペンス感を盛り上げることにも成功している。 「人工受精」というテーマもミステリーにはマッチしているだろうと思える。 でもねぇ・・・ 巻末解説者も触れているけど、1989年といえば新本格ムーブメントも一服してきた時期。 それを勘案するとどうしてもプロットの古臭さが目に付く。 もちろん本作が「動機」に拘った作品なのは分かるのだが、格調だけでは高評価しにくいのも事実。 千草検事が引退したのも・・・致し方ない感じだ。 |
No.1191 | 6点 | 十四の嘘と真実 ジェフリー・アーチャー |
(2016/01/09 12:57登録) 作者の十八番・・・といえばポリティカルスリラーとツイストの効いた短編集。 ということで、これまでも数作よんできましたが、十一や十五のつぎは“十四”を読了。 2000年発表。 ①「専門家証人」=互いに無二の親友である検事と証人。しかも「専門家証人」(!)である。法廷劇も当然出来レースということになるのだろう・・・ ②「終盤戦」=チェスになぞらえたタイトルで本作中最も長い一編。富豪となった男が最も自身のことを考えてくれている者を相続人とするのだが・・・というプロット。欲に目のくらんだ兄弟と欲のない○○、っていうようなこと。 ④「犯罪は引き合う」=獄中であらゆる法律の条文を学習する男は、出所後ある犯罪に手を染める。しかも、条文を絶妙に利用した方法で・・・ということで犯罪は“引き合う”のか? ⑤「似て非なるもの」=これは皮肉の効いたなかなかの秀作。絵の才能があり母親が可愛くて仕方のない次男と、ただ只管真面目に生きてきた兄。順調に出世した兄に依存しつづけた弟に最後に強烈な一撃が打ち下ろされる!! (ざまあみろ!!) ⑥「心(臓)変わり」=南アフリカを舞台に白人と黒人の間の人種差別が巻き起こす一幕。 ⑦「偶然が多すぎる」=これも実に作者らしい一編(これも実話らしいが)。愛に溺れた女性ってやっぱり目が曇っているということかな。まぁ男も一緒だけど・・・。詐欺師ってうまいよね。 ⑨「挟み撃ち」=アイルランドとイギリス(アイルランド島北部ね)の国境にまたがって建つ家。家主はふたつの国の法律をうまく使って金儲けをしていたのだが・・・警察はそれに対して! さて! ⑩「忘れがたい週末」=結局この女性はこの男性が好きだったのか? 単なる当て馬だったのか? まあそっちだろうね。 ⑪「欲の代償」=このラストは・・・救いがないねぇ・・・。詐欺にあうくらいなら笑い話の範囲内だが、こういう結末では笑えない。でも好きな一編。 ⑭「隣の芝は・・・」=タイトルどおりで、要は他人を妬んではいけないという話。その人にはその人の本分があるということ。 以上14編。(4編は未書評) さすがにこういう短編集を書かせたら旨い! 作品ごとのレベル差はあるけど、どれもツイスト感を効かせたいかにも短篇という作りになっている。 14編中9編は実話に基づくというのも興味深い。 人間の欲や罪というのは洋の東西を問わず同じということかな。 無難といえば無難だが、やはり水準以上の評価はできる。 (個人的な好みでいえば⑤>⑦>②あたりかな。) |
No.1190 | 9点 | さらば長き眠り 原尞 |
(2016/01/09 12:56登録) 皆さま明けましておめでとうございます。(遅くなりましたが・・・) 2016年(平成28年)最初の書評はどうしようかなと熟考した結果・・・手にしたのがなぜか本作。 私立探偵沢崎シリーズの四作目にして最長の本作。 ~400日ぶりに東京に帰ってきた私立探偵沢崎を待っていたのは浮浪者の男だった。男の導きで、沢崎は元高校野球選手の魚住からの調査を請け負う。十一年前、魚住に八百長試合の誘いがあったのが発端で、彼の義姉が自殺した事件の真相を突き止めて欲しいというのだ。調査を開始した沢崎は、やがて八百長事件の背後にある驚愕の事実に突き当たる・・・。沢崎シリーズ第一期完結の渾身の大作!~ これは・・・スゴイ。 文庫版で600頁弱の大作。完成まで五年以上の歳月がかかったというのが頷ける中味。 事件の発端は十年前以上の事件なのだが、沢崎が事件に関わった途端、まるで現在進行形の事件であるかのように彼の周りに大きな“うねり”が発生する。 自殺として解決したはずの事件の裏には、複数の人間・組織の悪意や保身が隠されていた。 沢崎の孤独な調査が目眩く謎をひとつひとつ紐解いていく・・・ ひとりひとりの登場人物が実に魅力的だし、欲や保身、見栄のために犯罪に手を染めてしまうのがいかにも人間臭い。 もちろん本格ではないので、読者が謎解きを楽しむというプロットではないけれど、何重にも重ねられた事件の構造や意外性のあるラストなど、ミステリーファンにとっても十二分に満足できるストーリーだと思う。 今回は沢崎が探偵業に手を染めることになった渡辺の消息がひとつのサイドストーリーとなっている。 シリーズ当初より沢崎に付きまとう錦織刑事、そしてヤクザたち・・・彼らとの関係にも一定の結末が得られるなど、シリーズの分岐点としても重要な作品。 世評としては直木賞受賞作「私を殺した少女」の方が上なのだろうが、個人的には本作の方に魅力を感じる。 とにかく、新年から手応えのある作品に出会えたことに感謝したい。そんな気持ち。 よって、久々にこの点数。 |
No.1189 | 7点 | 下町ロケット2 ガウディ計画 池井戸潤 |
(2015/12/31 00:14登録) 2015年、そして平成27年の締めくくりは、今や“超売れっ子作家”になられた作者の最新作で。 阿部寛主演の地上波の好評も耳に新しい本作。 前作は直木賞まで受賞した代表作だけに、失敗のできない続編だが・・・ ~ロケットエンジンのバルブシステム開発により倒産の危機を乗り越えてから数年・・・。大田区の町工場・佃製作所はまたしてもピンチに陥っていた。量産を約束したはずの取引は試作品段階で打ち切られ、ロケットエンジンの開発ではNASA出身の社長が率いるライバル企業とのコンペ話が持ち上がる。そんなとき、社長佃航平の元にかつての部下から、ある医療機器の開発依頼が持ち込まれた。「ガウディ」と呼ばれるその医療機器が完成すれば、多くの心臓病患者を救うことができるという。しかし、実用化までの長い時間と多大なコストを要する医療機器の開発は、中小企業である佃製作所にとってあまりにリスクが大きい。苦悩の末、佃が出した決断は・・・?~ やはり今回も読み手の目頭を熱くさせる物語だった。 もはやストーリーなど紹介する必要もないのかもしれない。 いつもどおりの勧善懲悪・・・ 今回も佃航平をはじめとして佃製作所の社員たちは企業人として、熱くそしてプライドを持って仕事を全うしたし、貴船教授や日本クライン、そして佃のライバルとして登場するサヤマは見事なまでに悪人としての役割を果たしている。 あ~あ。またもやお涙頂戴の型にはまった“いい話”か・・・ って思う人も多いことだろう。 それでも引き込まれて読んでしまう。 なぜ作者の作品がつぎつぎとドラマ化され、高視聴率を稼ぎ出すのか? やっぱり、それは人の心に深く突き刺さる物語だからだろう。 特に、日頃悩んだり苦しんだり、時々いいことがあり・・・そんな小市民的な暮らしを営んでいる多くのサラリーマンたちにとっては、自分自身とシンクロするところもあるし、「そんなうまいことないよなあ」って思う気持ちもあるし・・・ とにかく、やっぱりうまい具合に引き込まれてしまう、ってことかな。 そうはいっても、違う展開や違うプロットの作品も出していかないとそろそろマズイのではないか? もはや全くミステリーとは呼べない作品ばかりになっているだけに、そろそろ初心に帰ってはどうか、っていう気もする。 でも、ついついまた手にとってしまうんだろうね。 (結局、今回のドラマも一回も見ないまま終了・・・) |
No.1188 | 6点 | 炎に絵を 陳舜臣 |
(2015/12/27 20:05登録) 直木賞作家にして歴史小説の大家でもある作者の傑作ミステリー。 前々から読もう読もうと思っていた作品。 1966年発表。 ~会社の神戸支店に転勤することになった葉村省吾は兄夫婦にある調査を依頼された。彼の父親は、辛亥革命の際に革命資金を略奪したとされているが、その汚名をはらして欲しいというのである。父親の記憶がほとんどない省吾はあまり気乗りがしなかったが、病床の兄のたっての頼みとあって事件の調査を開始する。怪しい影に命を狙われながら二転三転の末ようやくたどり着いた驚愕の真相とは? 風光明媚な港町・神戸を舞台に展開する謎また謎・・・~ なるほど、さすがに評判どおり端正に練られたミステリー・・・ そんな読後感。 典型的な「巻き込まれ型」探偵である主人公・省吾を軸として展開するミステリアスな事件の数々。 本筋である父親の汚名はらしに纏わる事件のほかに、自身の命が狙われる事件、自社の新製品に係る産業スパイなど複数の脇筋が複雑に絡み合う。 どのように一本に合流していくのか、と思いながら読み進めていた。 終盤はそれまでの若干まだるっこしい展開が一変。 激流に巻き込まれるようにスピードアップし、サプライズ感のある真相まで一直線に進んでいく。 2015年現在の目線で見ると、もちろん既視感はあるし、まぁ予想の範囲内ということにはなるのだが、発表当時はかなり衝撃的だったに違いない。 何よりもタイトルにもなっている「炎に絵を」だ。 ある人物が死の間際に放つ言葉なのだが、その意味が明らかにされるとき、人間の悪意があからさまにされる刹那! これこそが本作一番の読みどころになる。 巻末解説を読んでると、本作は作者のミステリーとしては本流ではないとのこと。 乱歩賞受賞作をはじめ、他にも食指の動く作品もありそうなので、折を見て手にとっていきたい。 さすがに名作と言われるだけのことはあるね。 (やっぱり女って怖いということが改めて再認識されるよなぁー・・・) |
No.1187 | 7点 | クリスマス・プレゼント ジェフリー・ディーヴァー |
(2015/12/27 20:05登録) 皆さまMerry Christmas!(ちょっと遅かった・・・)ということで、この時期に合わせてチョイスした本作。 作者初の短篇集という触れ込みの作品なのだが、短篇とはいえ、ディーヴァーらしい切れ味鋭い「捻り」を期待してしまう。 原題もそのものずばり“Twissted” ①「ジョナサンがいない」=不倫の男女の逢引(古い!)現場かと思いきや、妻が殺し屋に夫殺しを依頼する現場だった・・・。 ③「サービス料として」=精神に異常を感じた女性が通う精神科、そしてセラピスト。やがて起こるその女性による夫殺しなのだが・・・真相は?? ④「ビューティフル」=すべての男性を虜にするほどの美貌を持つスーパーモデル。その女性の悩みは「美しすぎること」。ストーカー被害に悩まされる彼女がとった意外すぎる撃退法とは? ⑤「身代わり」=不倫に興じている夫の殺害を通りすがりのたくましい男に依頼する妻。その肉体の虜になった男は夫殺しを引き受けるのだが、意外な結末が・・・って基本的なプロットは結構似てる。 ⑥「見解」=刑事と犯罪者。この関係もディーヴァーにかかると意外な結末に持っていかれる! まっでも普通かな。 ⑦「三角関係」=これは見事に騙された。他の方も高評価を与えているとおりの良作。後から読んでみると、確かにはっきり書いてないよなぁ・・・ ⑨「釣り日和」=これはなかなかブラック。無邪気な子供とブラックさがいいコントラストになっている。 ⑩「ノクターン」=これは“いい話”系の一編。甘いような気はするが・・・ ⑪「被包含犯罪」=法廷もの。これも最後のツイスト勝負の一編。ちょっと分かりにくいけど・・・ ⑫「宛名のないカード」=超猜疑心の強い夫が織り成す“悲劇”。こんな捻れた男がやたら登場するなぁ・・・ ⑬「クリスマス・プレゼント」=本作唯一の作者の大看板“リンカーン・ライム”もの。娘の取り越し苦労で終わったかに思えた失踪事件が意外な展開に・・・。短編でもサプライズを味わわせてくれる。 ⑮「パインクリークの未亡人」=これも短篇らしく、「実は・・・でした」というツイスト感溢れる一編。 ⑯「ひざまずく兵士」=ストーカー被害に悩まされる父娘。父親はついに相手の男を殺してしまうのだが、実は・・・っていうやつ。 以上16編。 短編でもディーヴァーはディーヴァーだったということ。 原題どおりにツイスト感を十二分に味わうことができる作品が目白押し。 是非第二短編集も手に取りたい・・・そう思わせる作品集に仕上がっている。 ある意味短編のお手本かもしれない。 (個人的ベストは⑦かな。⑤や⑥、⑬なども高評価。短評してない作品はちょっと感心しない) |
No.1186 | 6点 | Y列車の悲劇 阿井渉介 |
(2015/12/27 20:03登録) 1991年発表の長編。 警視庁捜査一課・牛深警部を主人公とする「列車シリーズ」の第四作。 “不可能犯罪”てんこ盛りがウリのシリーズ作品。 ~上り寝台特急「はやぶさ」のA寝台車の個室で、女性の惨殺死体が発見され、残りの乗客全員は走行中の列車から消えた。そして有名俳優の声を使った脅迫電話と呼応してつぎつぎと姿を現すのは乗客の死体! 不可解な事件が女流脚本家のシナリオのとおりに動いていることが判明したとき、謎はさらに混迷の度を深める!~ 相変わらず重い雰囲気を纏った・・・っていうか重苦しい雰囲気を纏った作品。 本作はTVドラマのシナリオどおりに殺人事件が行われるという、一種の「見立て殺人」のガジェットが取り入れられているのだが、その昔「特捜最前線」(懐かしい!)のシナリオも書いていたという、いかにも作者らしいプロット。 (「Y列車」もいったいなに?と思ってたけど、そういうことね・・・) 今回の最大の「不可能」は寝台特急の個室車両から六人の乗客が忽然と消えたという謎。 身元が判明した二人は殺害された姿で発見されるのだが、残りの乗客はなかなか発見されない・・・ まぁこのトリックに関しては・・・実に現実的! 島荘的な豪腕トリックではなく、現実的に考えればこうだろうという解放に落ち着いている。 (牛深が最初からこれを思い付かないということが問題ではあるが・・・) フーダニットについてはもったいぶりすぎ!! 本シリーズを読んでいる読者なら中途で気付くはず! この登場人物が犯人に違いないと!! もともとフーダニットにはあまり重きを置いていないシリーズなのだが、これはちょっとヒントありすぎだろう。 トリック重視の本格ミステリーと警察小説のハイブリッド、という意味では先進的ともいえる本シリーズ。 人間として、日本人として考えさせられる動機や背景・・・ もう少し評判になっても良かったのではと思うのだが・・・。 ただ本作はちょっと落ちるかな。 |
No.1185 | 5点 | 舞田ひとみ14歳、放課後ときどき探偵 歌野晶午 |
(2015/12/20 17:30登録) 「・・・11歳、ダンスときどき探偵」に続く“舞田ひとみ”シリーズの第二弾。 小学生から中学生へと成長したひとみは、探偵としても成長していた・・・のか? 2010年発表の連作短篇集。 ①「白+赤=シロ」=初っ端の事件は本作のレギュラーとなる中学生三人とひとみの出会いから・・・。駅前で募金を呼びかける女性に不信を覚えた四人だったが、渦中の女性が殺害される! タイトルの白と赤はとある国の国旗に関するもの。 ②「警備員は見た!」=家政婦ではなく警備員である。女子高に不審者が侵入したのだが、三人の警備員の目を如何にして盗めたのか?ということで、つまりは「密室」テーマ。ただし、思わぬところに「抜け穴」があったことが判明する。ある意味この密室の解法は初めてのような気がする。 ③「幽霊は先生」=外国人の臨時英語教師が突然激やせして登壇する! 激やせの理由は何と幽霊を見たからというのだが・・・? 冒頭から伏線は確かに張られていたのだが、それは普通気付くんじゃないかな?? ④「電卓男」=携帯電話のある特徴を使った暗号がテーマの一編。小学生がそんな分かりにくい暗号使うなよ!!って気がするのだが・・・。 ⑤「誘拐ポリリズム」=④で登場した愛美璃の弟が誘拐された! ゆるーい作品が続いていた本作が急にシュールな展開になる一編。誘拐テーマの作品は数多いが、こういうプロットっていうか誘拐の方法は初めて読んだ。確かに誘拐事件↓、オレオレ詐欺↑は相関関係なんだろうな。 ⑥「母」=本筋の結末よりもふたりの登場人物の「母」に関する謎の方が気になる。結局答えは明示されず、次作以降につづく、ということなんだろうな。 以上6編。 前作はあくまでヒントの出し手であったひとみが今回は押しも押されぬ探偵役として主役を張っている。 とはいっても前半はユルメの展開が続いて、読み手も緩~い感じで読んでいたのだが、⑤辺りから雰囲気が急変。謎を積み残したまま続編へということに。 短編らしく、ワンアイデアの切れ味勝負という作品が並んではいるが、まぁそれほどキレキレではない。 それでもさすがに水準級の短編集にはまとめているのは作者熟練の腕だろう。 (個人的ベストはどれかな・・・敢えていえば③or⑤かな) |
No.1184 | 7点 | 死への祈り ローレンス・ブロック |
(2015/12/20 17:28登録) 2001年発表。マッド・スカダーシリーズの長編も数えて十五作目。 二十一世紀に入って初めて発表されたという意味では記念碑的作品と言える(ような気が・・・) ~ある夜、マンハッタンの邸宅に住むホランダー夫妻が帰宅直後に惨殺された。資産家を狙った強盗の仕業と思われたその事件は、数日後に犯人たちの死体が発見されたことによって決着をみた。しかし、被害者の姪から気がかりな話を聞かされたスカダーは、背後に更なる“第三の男”が存在しているのではという疑念を抱き、事件に潜む闇へと足を踏み入れていく・・・。姿なき悪意の影にスカダーが挑むシリーズ新境地!~ 「静謐」 本作を読んでいると、まさにその言葉が胸に染み入ってくる感覚だった。 無免許探偵スカダーも数えて六十四歳。すでに老境に入ったというべき年齢。エレインという理想の伴侶まで得て、充実したシニアライフを送る・・・そんな人生だったはず。 なのに、図らずも事件に巻き込まれていくスカダー。 今回巻き込まれた事件もシリアルキラーを思わせる連続殺人鬼だ。 「倒錯三部作」ではいずれも強烈なキャラクターを持つ真犯人が登場してきたので、本作でも同様の強烈な犯人が判明するものと思っていた。 しかし、終章に入っても犯人の姿は曖昧模糊として実態を現さない。 てっきり、「えっ!あいつが真犯人だったのか?!」という展開かと思っていたのだが、結局そういうサプライズは起こらない。 (ある意味ネタバレだが・・・) 「静謐」なまま、しかし何とも言えない余韻を引いたまま物語は終りを告げる。 これこそが新世紀に作者が送る新しいスカダーシリーズなのだろう。 本作ではもうひとつの物語が並行する。 それはスカダーの別れた妻とふたりの息子との絡み・・・そこには責任を果たせなかった父親としての顔があった! 父と息子というのは何となく照れくさいというか、もどかしい関係なんだなぁーと、同じくふたりの息子を持つ私も思ってしまったわけである。 とにかく本シリーズのレベルの高さは疑うべくもないし、未読の作品を読み続けていきたい。 |
No.1183 | 7点 | キングを探せ 法月綸太郎 |
(2015/12/20 17:27登録) 2011年発表。 超お馴染み『法月綸太郎父子シリーズ』の第九長編。 その年の各種ミステリーランキングでも上位を占めた作品。 ~繁華街のカラオケボックスにつどう四人の男。めいめいに殺意を抱えた彼らの、今日は結団式だった。目的はひとつ、動機から手繰られないようターゲットを取り換えること。トランプのカードが、誰が誰を殺るか定めていく。四重交換殺人を企む犯人たちと法月警視&綸太郎コンビの熾烈な頭脳戦!~ “さすが法月綸太郎!”とでも言いたくなる・・・そんな作品。 とにかく職人芸が光る。 「四重交換殺人」というのは手練のミステリー作家にとって挑みがいのあるテーマなのだろう。 冒頭から倒叙形式に準じるようにストーリーは進んでいく・・・ 読者としては「いったいどこを捻ってくるのだろう?」って考えながら読み進めていく・・・ 順に交換殺人が行われていくうちに、思わぬアクシデントが発生! いったいどういう方向へ?? ・・・って考えていくうちに、作者の企みに嵌ってしまうのだ。 (トランプもそういう意味があったのね・・・) とにかく本作を読んでると「本格ミステリーってこうやって作っていくんだなあー」っていうのがよく分かる(ような気がする)。 「交換殺人」というテーマとそれを題材とした過去の名作が作者の頭の中にあったとして、それを如何に混ぜ合わせてプロットを組み立てていくのか・・・! 最近、自作よりも解説での活躍が目立つ作者なのだが、やっぱりファンとしては本シリーズをコンスタントに出して欲しいというのが偽らざる願いだろう。 まぁ欲を言えば、もう少し爆発力があれば言うことなし! (保険調査員のキャラor存在はもう少しうまく調理する方法がなかったのだろうか?) |
No.1182 | 8点 | ヨハネスブルグの天使たち 宮内悠介 |
(2015/12/06 20:17登録) 2013年発表。 デビュー作として評判を呼び、直木賞候補にも押された短篇集「盤上の夜」に続く第二作品集。 本作もまた独特の雰囲気を持つ作品に仕上がっている。 ①「ヨハネスブルクの天使たち」=舞台は当然南アフリカの大都市ヨハネスブルク。近未来の時代の荒廃した都市として描かれているのが興味深い。主人公の男女二人が、見捨てられた耐久試験場で何年も落下を続ける日本製ホビーロボットDX9の捕獲に挑むのだが・・・。 ②「ロワーサイドの幽霊たち」=9.11を過去に経験したNYのツインタワー跡。時代を行きつ戻りつ、関係者たちの証言をつなぎ合わせながら進行する物語。ここでもまたDX9の落下が作品のモチーフとなるのだが・・・ ③「ジャララバードの兵士たち」=舞台は戦乱下のアフガニスタン。NYで過ごした経験を持つ日系人ルイが主人公となる本編。③以下④~⑤は世界観を共有する物語のよう・・・。 ④「ハドラマウトの道化たち」=舞台はまたしても戦乱下の国、中東はイエメン。③で登場したルイが再び姿を見せる中、日系人のアキトがDX9たちの攻撃に備えるのだが・・・ ⑤「北東京の子供たち」=“北東京”というのは解説によるとどうやら高島平のマンション群辺りを指しているらしい。ルイには弟がいて、兄ルイが帰京するのを待っているという状況の本編。 以上5編。 いやぁー独特の世界観! 何とも言えない雰囲気を纏った作品たち。 登場人物のひとりひとりに血が通っていて、作家としての力量の高さが窺える。直木賞候補となるのも十分うなずけた。 日本製ロボットDX9という共通項を持って繋がっている連作短篇。 結局作者が何を問い、何を語りたかったのか? それが十分汲み取れたかというと疑問なのだが、何とも映像的というか余韻をひくというか・・・いやいや・・・ あまりクドクドいうべきではないと思うので、未読の方は是非手にとってください。 (無国籍、荒廃とした世界・・・落下するロボット・・・やっぱ独特) |
No.1181 | 6点 | ピカデリーの殺人 アントニイ・バークリー |
(2015/12/06 20:16登録) 1929年発表。 超有名作となった「毒入りチョコレート事件」に続いて刊行された長編。 「毒入り・・・」にも登場したチタウィック氏が探偵役として大活躍する(?)作品。 ~ピカデリー・パレス・ホテルのラウンジで休んでいたチタウィック氏は、目の前で話し合っている二人連れにいつとはなしに注目していた。年配の女性と若い赤毛の男。そのうちに男の手が老婦人のカップの上で妙な動きをするのが目に入った。しばらく席を外して戻ってみると男の姿はなく、婦人はいびきをかいて眠っている。異常を感じた彼は、やがて死体の第一発見者にして殺人の目撃者となっていた!氏の証言から容疑者はただちに逮捕されるのだが・・・?~ バークリーらしい風刺や皮肉の効いた作品。 チタウィック氏が何とも小市民的で、右往左往しながら必死で探偵役を務めるのが歯がゆくもあり、らしさを感じる。 「毒入りチョコレート事件」では“多重解決”という新しいプロットを導入したわけだが、本作にはそこまでの斬新さはない。 “一見して疑いようのない事実”をどのようにしてひっくり返していくか・・・ これが本作のテーマとなる。 最初は自分の目で見た「事実」を疑いなく信じていたチタウィック氏が、容疑者一族の人々に籠絡(?)された結果、自身の目に疑問を持つようになり、逆の捜査を始めることになる。 いかにもという容疑者候補が用意されているのだが、読者としては当然それはダミーだろうと予想しながら読み進めていく。 結果判明する真犯人については、そこそこサプライズはあるのだが、今ひとつピンとこないまま終わったなぁーという感覚。 (登場人物が少ないという事情はあるのだが・・・) まっ、でも十分に面白さを備えた作品だとは思った。 バークリー好きならシェリンガムではなく、チタウィック氏が活躍する本作も見逃せないはず。 叔母に翻弄されるチタウィック氏は何ともいいキャラクターだよ。 (働かなくて良いという環境が何とも羨ましい! 一体何で生計を立てているのか?) |
No.1180 | 5点 | ルームメイト 今邑彩 |
(2015/12/06 20:15登録) 1997年発表の長編。 昔の作品ながら何故か最近映画化もされた作品。 ~「わたしは彼女のことをなにも知らなかったのか・・・?」 大学へ通うために上京してきた春海は、京都から来た麗子と出会う。お互いを干渉しない約束で始めた共同生活は快適だったが、麗子はやがて失踪、跡を追ううちに彼女の二重、三重の生活を知る。彼女は名前、化粧、嗜好までも変えていた。呆然とする春海の前に既に死体となったルームメイトが・・・~ とにかく『多重人格』というプロットをいかに膨らますかに専心した・・・という作品。 ルームメイトのひとり(麗子)が多重人格者だということはほどなく判明し、後はいったい作者がどうやって読者にサプライズを与えようとしているかということが鍵となる。 二重人格までなら作中の書き分けでもアンフェアにならないのだろうが、三重・四重・・・まで来るともはや書き分けでは無理だし、こういうプロットになるのだろうなぁーと納得した。 で、問題は、というか要は最終章となる「第三部」が本作のほぼすべてということだろう。 途中から「こうなる」ことはほぼ察しがついてはいたのが(伏線はあったしね)、なかなかサスペンスフルな展開ではある。 影の主役ともいえる工藤が真相を知って苦悩するさまも、命の危機に陥る展開も予想内とはいえ、ツボを押さえた盛り上げ方ではあるよなぁ・・・ いわくつきの「モノローグ4」は・・・どうかなあ?? (いらないと言えばいらないかなぁー) まっでも、正直小粒な印象は残った。 作者の作品も数多く読んできたけど、どれも水準以上の出来が多いのは確か。 本作も映画化に耐えうる作品だとは思った。 評点はこんなもんだろう。 |
No.1179 | 7点 | ハリウッド・サーティフィケイト 島田荘司 |
(2015/11/22 21:06登録) 2001年発表の長編。 一応「御手洗潔シリーズ」に分類されるのだろうが、主役&探偵役は完全にレオナ松崎が務め、御手洗は“友情出演(?)”のみ。 ハリウッドの闇を背景に文庫版で800頁を超える超大作。 ~LAPD(ロス市警)に持ち込まれたスナッフフィルム。そこには、ハリウッドの有名女優パトリシア・クローガーが惨殺される場面が映っていた。そして発見された死体からは、子宮と背骨が奪われていた! 彼女の親友で女優のレオナ松崎が犯人探索を始めた。その過程で、女優志望のジョアンと出会う。彼女は記憶を失っており、何者かの手によってその体から子宮が摘出されているというのだ。事件との奇妙な符号を覚えるレオナ。そして第二の殺人が発生し・・・。なぜ女優の子宮は奪われたのか? 「虚構の都」ハリウッドを舞台に奇才が放つ長編本格ミステリー~ さすがに“奇才”、“豪腕”=島田荘司としかいいようのない・・・そんな作品。 やはり他の数多のミステリー作家とは規格、スケールが違う! そう思わざるを得なくさせられた本作。 今世紀に入って島田は脳科学など医学の分野に深い興味と関心を示し、積極的に自作のプロットに組み込んできた。 本作では、(恐らく)発表当時ホットなテーマだった「臓器移植」そして「クローン技術」がそれに当たる。 いずれも怪しげで眉唾な話題なのだが、アメリカそしてハリウッドといういかにも“なんでもあり”の舞台とすることでリアリティを高めている。 作中ではアメリカが国家戦略として臓器移植やクローンビジネスに乗り出していることを言及しているのだが、IT革命を引き合いに出すなど、読者に現実感を持たせることにも気を配っているのがミソ。 (ほぼ十五年ほど前の作品なのだが、ES細胞に纏わる話などはなかなか興味深い・・・) 純粋なミステリーとしての面では、不可思議な殺人事件が一番の本筋。そして作中謎の人物として登場するイアンに仕掛けられたトリックが本作の白眉だろう。 謎のまま終わるかに思われた部分についても終章の最後でようやく作者の狙いが明かされることに・・・ まぁこれも、メインプロットと比べると付け足しといえば付け足しという感じがするのがちょっと痛いところではある。 そして本作もうひとつの側面がレオナ松崎を主役としたヒロイン作品ということ。 レオナについてはその傲慢な性格からお気に召さない読者も多いとは思うが(?)、とにかく本作では八面六臂の大活躍。 自らハリウッドの象徴として、女優そしてポルノグラフィなど、アメリカのエンターテインメントの闇を照らしていくのだ。 まぁすごい作品だと思う。 島田といえば大掛かりで奇想天外なトリックの本格ミステリーを期待する方も多いし、かくいう私もそのひとりなのだが、とにかく年を経るごとにスケールアップしている作家も珍しいのではないか。 もちろんそれが読者の好みにマッチしているかと言われると疑問符なのだが、決して立ち止まらず、年々進化を重ねている作者に敬意を評したい。 でもそろそろ事件の横で右往左往する石岡君の姿なんぞを読んでみたいな・・・なんて思ったりもする。 |
No.1178 | 7点 | 髑髏の檻 ジャック・カーリイ |
(2015/11/22 21:05登録) モビール市警刑事カーソン・ライダーシリーズの第七弾。 巻末解説によると第六弾はシリーズの番外編という位置付けのため、本作の方が先に訳出されたとのことだが・・・ ~刑事カーソン・ライダーが長期休暇で赴いたケンタッキー州の山中で連続殺人事件が発生。犯人はネット上での宝探しサイトで犯行を告知し、死体はどれも奇怪な装飾を施されていた。捜査に巻き込まれたカーソンの前に現れたのは、実の兄にして逃走中の連続殺人鬼ジェレミー。ディーヴァーばりのスリルとサプライズで人気のシリーズ最新作!~ もはや安定感抜群っていうレベルに上り詰めた感もある本シリーズ。 今回もこれまでと同様に高レベルの作品だった。 前々作の「ブラッド・ブラザー」に続き、地元モビールを離れた土地での事件のため、勝手の違う捜査を強いられるカーソン。 毎回のように登場するヒロイン役は、今回は“男言葉”を使いこなす地元刑事のチェリー。 当然のように深い仲になっていく二人と、敵役として登場するFBIの女性捜査官。 とにかく本シリーズの主要登場人物はどれもキャラが立っていて、実に生き生きと動き回る。 本筋の事件は、今回もサイコパスが引き起こした連続猟奇殺人事件。 本格ミステリーでいう「見立て殺人」の如く装飾を施された死体。そして、この「見立て」の意味は終盤で明らかにされる。 中盤はやや混沌としていたのだが、ここを機に一気にスピードアップが図られ、一気に終盤になだれ込む。 本シリーズはとにかく「謎の提出」⇒「謎の深まり」⇒「ふとしたきっかけ」⇒「謎の解明」というリズムが実にいいのだ。 (本作では序盤から伏線の連続なのだが・・・) 本作ではジェレミーの存在も良いスパイスになっている。 本筋の事件と彼がどのように絡んでいるのか? なかなかはっきりしなかったのだが、いかにも彼らしい役回りを与えられている他に、本作では「弟思い」の一面も披露することになる・・・ 動機もなかなかスゴイ! この動機を見せられた後なら、タイトルの意味にも十分納得がいく。(まさに「檻」だな) ディーヴァーの後継者的に紹介される作者だが、作品としてのまとまりなら本シリーズの方が上なのではないか? それくらい高い評価をしても良いと思える作品。次作も実に楽しみ! (結局愛犬ミックスアップは彼女に“誘拐”されたってこと?) |
No.1177 | 4点 | ペルシャ猫の謎 有栖川有栖 |
(2015/11/22 21:04登録) 「ロシア」「ブラジル」「スウェーデン」「英国」に続く国名シリーズ第五弾。 お馴染みの火村准教授&作家・アリスのコンビが関西圏限定で活躍する作品集。 ①「切り裂きジャックを待ちながら」=貧乏劇団そして劇場を舞台とするミステリーは数多いが、本作もそのひとつ。初日を控えたゲネプロの舞台で発見された首吊り死体。テーマはアリバイなのだが、どうも中途半端なモヤモヤが残る一編。 ②「わらう月」=南半球オーストラリアで撮られた写真が問題となる・・・という時点で北半球⇔南半球の誤認を使ったトリックか?と思わせるのだが、それを逆手に取ってはいる。だが、何となくこれもモヤモヤ・・・ ③「暗号を撒く男」=暗号どうのこうのという話はすぐに明かされるのでどうということはない。でも京都の人でも新世界の串揚げは珍しいのだろうか?(どうでもいいのだが・・・) ④「赤い帽子」=本シリーズ中の名バイプレーヤー・森下刑事を主役とするスピンオフ作品。赤いハンチング帽をかぶった男にまつわる殺人事件に対し真摯な捜査を行う森下刑事っていうプロトタイプの一編。特にどうということはないのだが、彼がアルマーニのスーツを着る理由だけは分かった。 ⑤「悲劇的」=学生が書いた意味不明(?)な論文に対して、火村が放つ一行の文章が鮮烈・・・っていうか「だから?」という感想しか出なかった。 ⑥「ペルシャ猫の謎」=双子が出てきてアリバイトリックっていうと、作者のデビュー作「マジックミラー」が思い浮かぶけど、全く方向性は違う。オチはアレということなんだけど、さすがにひっくり返すのかって思ってると、そのまま終了・・・っていいのか? ⑦「猫と雨と助教授と」=これは雑文。 以上6編+ボーナストラック。 まぁ小品だなぁ。 シリーズもここまで来ると変化球的な作品も仕方ないかなという気もするけど、作者のファンにとっては物足りないんじゃないかな。 私? 前から書いているのだが、どうも火村シリーズは好みじゃないので、「こんなもんだろ」って思うくらい。 でもソツなく書いているし、作家としてはレベルアップしているんだろう。 その代わりに瑞々しさは失われてきているのだが・・・ (特にお勧めはないな。どれもイマイチ) |
No.1176 | 6点 | 二つの密室 F・W・クロフツ |
(2015/11/08 19:21登録) 「英仏海峡の謎」に続くフレンチ警部ものの長編作品。 1932年発表。 原題は“sudden death” ~平和な家庭には影があった。病弱な妻、愛人がいる夫、典型的な三角関係から醸し出される不気味な雰囲気。悲劇の進行は、若き家政婦アンの目を通して語られる・・・。アリバイトリックの巨匠・クロフツが趣向を変えて密室トリックを考案した。ひとつは心理的、もうひとつは物理的ともいえるトリックで、このふたつが有機的に関連する殺人事件の謎にフレンチ警部が挑戦する!~ 確かにクロフツらしくないと言えばそう頷かざるを得ない。 何しろ「密室トリック」テーマなのだから・・・ 他の方も書かれていますが、クロフツといえばイギリスはおろか、フランス・オランダなど広域にまたがるアリバイトリックとそれを丹念に捜査するフレンチ警部(初期は違いますが)・・・というのが定番。 ファンにとってはその捜査行こそが一番の楽しみ=読み所なわけです。 (それを退屈と捉える方もいるでしょうが・・・) ということで問題の密室トリックなのですが・・・ まず「物理的」と紹介された最初の密室は図解も挿入され親切なのだけど、今ひとつピンとこなかった。 昔の設備に関するトリックだからという面もあるのだけど、それ以前にそこまでして・・・というWhyの方に無理を感じた次第。 (もちろん自殺に見せかけるという理由はあるにせよ) 次の密室は「心理的」と紹介されているが、これは拍子抜けと思われても仕方ないかな。 それほど堅牢な密室だし、これはトリックそのものに拘ったというよりは、二つの密室という舞台設定に拘ったと解釈すべきだろう。 密室ものになっても、やはりフレンチはフレンチで、トリック解明のために靴底すり減らすという捜査方法は不変。その辺りのダイナミズムは本作でも十分に味わえる。 「視点」の問題は当初あまり気にならなかった(途中から視点がフレンチ警部ら捜査方に変わるというのは他作品でもよくお目にかかるので・・・)のだが、本作では結構頻繁に視点が変わっている点が斬新といえば斬新。 フーダニットについてはちょっと唐突感があったかなぁー。(動機については果たして伏線があったのだろうか?) いずれにしてもシリーズ作品としてはやや毛色の違う作品ではある。 評価はそうだなぁ・・・やや微妙。 |
No.1175 | 5点 | ケルベロスの肖像 海堂尊 |
(2015/11/08 19:20登録) 驚異的なスピードで版を重ねてきた「バチスタシリーズ」もついに完結! 田口&白鳥の名コンビ。そして、その他お馴染みのキャラクターともこれでお別れ(?)なのでしょうか・・・ ~『東城大学病院を破壊する』・・・。病院に届いた一通の脅迫状。高階病院長は“愚痴外来”の田口医師に犯人を突き止めるよう依頼する。厚生労働省のロジカル・モンスター白鳥の部下・姫宮からのアドバイスを得て、調査を始めた田口。警察、法医学会などさまざまな組織の思惑が交錯するなか、エーアイセンター設立の日、何かが起きる!? ~ 「ケルベロス」とは地獄への入口を警護する三つの首を有する犬のこと。 それが東城大学のエーアイセンターを指すことは中途で判明する。 世界最大級のMRI「リヴァイアサン」までがセンターへ運び込まれ、いよいよキナ臭い雰囲気が立ち込める刹那 事件の首謀者として浮かび上がったのは、過去のアノ事件で登場した美貌の姉妹の片割れ・・・ でも確かその姉妹って死んだはずでは・・・? という感じで進展するストーリー。 なのだが、正直そんなことはどうでもよいのだ。 田口&白鳥、姫宮は当然のこと、超ブッ飛んだヤンキー医師・東堂、彦根&シオン、島津、南雲などなど過去の作品を彩った一癖も二癖もある人物たちが大集結! シリーズファンにとってはもはや堪えられない(?)場面の連続というわけ。 これはもうミステリーとしての評価云々ではなくて、シリーズの大団円とファン向けのボーナストラックということなのだろう。 と言いながら続編が発表されているという当たり、まだまだ作者の構想は留まっていない。 ここまで世界観を広げてきたシリーズだからこそ、新たな世界、フィールドへの展開を期待したい。 評価はもはやどうでもよい気が・・・ (白鳥ではないけど、田口も随分成長したんだねぇと感慨に耽る・・・) 巻末の二つのボーナストラックはどんな意味があるんだ??? |
No.1174 | 5点 | 空飛ぶ馬 北村薫 |
(2015/11/08 19:19登録) 1989年発表の連作短篇集。 今さら何をという感じですが、当時覆面作家だった作者が発表し、大きな反響を得た「日常の謎系」作品。 落語家・円紫と「私」が織り成す絶妙なハーモニー。 ①「織部の霊」=円紫さんと「私」の出会いが語られるシリーズ第一の作品。恩師である加茂教授が幼い頃見た夢。見るはずのない「姿」を見たのは何故か・・・ということなのだが、円紫の推理はロジカルに解き明かす。 ②「砂糖合戦」=世評の高い一編らしいのだが、なるほど作者のアイデアが光る内容。三人組の女性がしている不思議な行動の意味を推理する・・・という「日常の謎」ミステリーの典型のような作品。でもまぁここまで手の込んだことやるか?という気がしないでもない。 ③「胡桃の中の鳥」=円紫独演会を追って山形・蔵王まで繰り出した「私」ほか女子大生三人。落語家の追っかけについてのリアリティ云々は置いといても、ミステリーとしての本筋より蔵王の観光案内の方が良かった。 ④「赤頭巾」=もちろん有名なグリム童話に引っ掛けた一編なのだが、何ていうか「謎」そのものに魅力がないような気がした。真相もあまりに紋切り型というか予想の範囲内過ぎるだろう。 ⑤「空飛ぶ馬」=これは・・・何ていうか“いい人”の話。こういう謎に対してあっという間に解答を示す円紫師匠の眼力&推理力はすごいと思うが、いかんせんこれも「謎」そのものに魅力がない。 以上5編。 今さらこの世評の高い名作を手に取ったわけだが、正直な感想を言うと「可もなく不可もなく」ということになる。 恐らく本作がその後のミステリーに大きな影響を与えたのもまた事実。 (「日常の謎」系作品は多かれ少なかれ、似たようなテイストの作品が多いからな・・・) 後はもう好みの問題だろう。 他の多くの方が触れているとおり、主人公の「私」があまりに純真無垢で血が通ってないようなところも気になった。 続編もあるが、まぁ・・・読まないかな。 (中年のおっさんが女子大生目線で書けること自体がスゴイことではあるが・・・) |
No.1173 | 7点 | 発信人は死者 西村京太郎 |
(2015/11/01 16:55登録) 1977年発表の長編。 まだ若き十津川警部が登場する作者初期の作品。 徳間文庫の復刻版にて読了。 ~アマチュア無線を楽しむカメラマン野口浩介の無線機に午前二時になると決まって弱々しい救難信号が送られてきた。調査の結果、南太平洋のトラック諸島で沈没した潜水艦・伊号五○九から発信されたものだったのだ! そして元海軍中佐の不可解な死!? この艦が積んでいた十億円の金塊の行方は? 真相を追って野口は南の島へ向かったのだが・・・。十津川警部シリーズの初期代表作~ 前々から読もう読もうとしていた作者の初期作品のひとつ。 初期作品には「消えたタンカー」や「赤い帆船」など“海”をテーマにしたものが多いが、本作もやはり「海」テーマの作品。 太平洋戦争の秘密という大きな歴史の謎を絡めて、壮大なスケールの長編に仕上げている。 紹介文のとおり十津川警部シリーズは間違いないのだが、本作で彼はあくまでも脇役。 主役は虚無的で世間に対して斜に構えた青年・野口と二人の仲間であり、何に対しても熱中できなかった彼が、徐々に金塊の謎と魅力に取り憑かれていく様子が実によく描かれている。 悲しげでありながら、微かに希望の光が見えるラストシーンも実に映像的で良い。 伊号潜水艦と殺人事件に纏わる謎については中盤を過ぎるあたりでほぼ判明する。 提示された謎が大掛かりだっただけにやや呆気ないのだが、本作はいわゆる謎解き主題の本格ミステリーではない。 サスペンスフルな終盤~ラストへ繋げていくストーリーテリングこそが本作の白眉だろう。 どこかノスタルジックな気分に浸れるはず・・・ 今までも書いてきたけど、トラベルミステリーを書く前の作者初期作品のレベルは高い。 本作もそれなりに高い評価をして良いのではないかと思わせる・・・そんな作品。 (あまり古さを感じさせないのもGood!) |