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ミステリの祭典

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平均点:6.00点 書評数:1848件

プロフィール| 書評

No.1228 7点 依頼人は死んだ
若竹七海
(2016/05/05 21:55登録)
2000年発表の連作短篇集。
最近久しぶりに続編が発表された、女探偵「葉村晶シリーズ」の第一作目が本作。

①「濃紺の悪魔」=辞めたはずの探偵事務所から再雇用の話が・・・。結局フリーの立場で契約を結んだ晶が巻き込まれる事件。ある女性の警護が仕事なのだが、謎の人物にしてやられることに・・・
②「詩人の死」=夫に自殺された友人と共同生活をおくることになった晶。その夫は現代には珍しく“詩集の売れる”詩人だったのだが・・・。そこにはある事情が隠されていたわけです。
③「たぶん暑かったから」=これはもう、最後の一行が強烈なインパクトを残す一編と言うしかない! いやぁーこれはなかなか・・・
④「鉄格子の女」=ある作家&画家の書誌を作成する仕事を引き受けた晶が巻き込まれる事件。途中、ある一枚の不思議な絵が登場し、その絵に纏わる謎が本作の鍵となる。
⑤「アヴェ・マリア」=晶ではなく、同僚の探偵・水谷の視点で語られるのが異質な本編。なぜこういう設定となったのかは、終盤に判明するのだが・・・。何となく途中から察してはいたけど、まずまず旨いプロット。
⑥「依頼人は死んだ」=表題作となってはいるけど、それほど佳作というわけではない。
⑦「女探偵の夏休み」=②でも登場した友人みのりとともに三浦半島のリゾートホテルで夏休みを過ごすこととなった晶。で、やっぱり事件に遭遇する(?)というか、知らないうちに事件は解決していた(?) 作者の技が光る作品。
⑧「わたしの調査に手加減はない」=夢の理由を調べて欲しいという無理難題が今回の仕事。なのだが・・・ちょっと分かりにくいかな。
⑨「都合のいい地獄」=本作のみ単行本化に当たって書き下ろされた模様。①で登場した謎の人物が再び晶の前に現れる。しかも、周りの人物は彼のために・・・となってしまう! 結局そのからくりは謎のままでフェードアウト・・・。最後の一行は???

以上9編。
これは想定外。予想以上に面白かった!
連作短篇としてもまとまってるし、一編ごとも短編らしいプロットや切れ味を感じる作品が多くて読み応えも十分。
晶のキャラクターもなかなか。
さすがに十年超えてシリーズ化していくだけのものはあると感じた。

敢えていうならハードボイルドになるかもしれないけど、ちょっと分類しにくい作品。
でもまぁこれなら続編も絶対読むだろう。
(個人的ベストは断然③で次点は⑤かな)


No.1227 5点 飛越
ディック・フランシス
(2016/05/05 21:54登録)
「本命」「度胸」「興奮」「大穴」のつぎは「飛越」・・・
というわけで、1966年に発表された長編五作目がコレ。
「飛越」とは、競馬の障害レースで馬が障害物を飛ぶことを言います。(念のため)

~競走馬の空輸請負業者の馬丁頭に身をやつしたヘンリイ伯爵は、奇妙なことに気付いた。前任者がふたりとも行方不明になり、空輸中の馬が時に異様な興奮を示す・・・。競走馬空輸をめぐり何か恐るべき企みが遂行されている! かくして絶対的に不利な状況のままヘンリイはひとり敢然と調査に乗り出した。しかし、行く手に待つのは、見えざる敵の非情な銃弾に他ならなかった!~

やや一本調子なプロットかなという印象。
紹介文のとおりで、競走馬の空輸業務に携わっていた主人公が、業務を遂行しているうちに違和感を覚え、独自の調査をしているうちに敵の反撃に遭う・・・
というのがかなり大まかな粗筋。
要はいつものD.フランシス作品ということなのだ。

終盤に入る前にあらかたの謎は解明され、それ以降は敵の手に落ちた主人公が命からがら逃げ出すまでの冒険譚が描かれる。
これもまぁー
終盤必ず主人公がピンチに陥って、読者はハラハラさせられるが、結局何とか助かる・・・
っていう作者お約束のプロットなわけです。
(でも今回のピンチはなかなかハードですが・・・)

本作が特別酷いプロットとは思わないけど、ちょっと粗いかなというところは気になった。
空輸の謎も結局100%解明されないままラストを迎えているし、いつにもまして冒険スリラー要素が濃かったと思う。
飛行機にえらく詳しいことについては、作者の経歴とのことで納得。
その代わり、本作は競馬場のシーンがほとんど登場しなかったのだが・・・
評価はうーん。高くはできないかな・・・
(イギリス人がいきなり一撃でイタリア人と恋に落ちるということはありえるのか?)


No.1226 5点 男たちは北へ
風間一輝
(2016/05/05 21:53登録)
1989年に発表された作者のデビュー長編。
風間氏は数冊の作品を出した後、1999年に没した“知る人ぞ知る”的な作家(なんだろう)。

~東京から青森まで・・・。緑まぶしい五月の国道四号線を完全装備の自転車でツーリングする中年グラフィック・デザイナー、桐沢風太郎。ひょんなことから自衛隊の陰謀騒ぎに巻き込まれ、特別隊に追跡されるはめになった! 道中で出会ったヒッチハイクの家出少年、桐沢、自衛隊の尾形三佐・・・。追う者と追われる者の対決、冒険とサスペンスをはらみつつ、男たちは北へ! 男たちのロマンを爽やかに描く傑作ロードノヴェル~

無骨で汗臭い男たちの物語。
本作をひとことで言い表すとしたらそんな感じか?
主人公である桐沢が東京を出発し国道四号線を北上、ゴールの青森駅を目指す行程がひたすら描かれるストーリー。
とにかく旅行記さながらに途中の街町の風景や名物までも織り込まれている。

いったいどういうジャンル?
ラストには何かミステリーっぽい仕掛けでもあるのか? などと考えていたのだが・・・
そんなことは考えてはいけないのだ!
とにかく男たちは北へ向かうのだ!
中年も少年も自衛隊員も、ひとりの男として成長するのだ!
読んでくうちに、何だかこっちの太ももも自転車のこぎ過ぎで痛くなってきたような気分(嘘です)。

自衛隊の陰謀云々はいったい何だったのか?
まるでコントのように茶々を入れるだけに終わったし、桐沢本人が言っているように、「最初から素直に返してって言えばいいのに・・・」ということに尽きるだろ!

自転車好きの方ならこういう冒険譚に心躍るんだろうなぁー
最近ならロードバイクっていうんですか、昔と違って坂道を登るのもだいぶ楽になってきてるっていいますし・・・
でも無理だなぁ。野宿なんてイヤだし・・・


No.1225 7点 共犯者
松本清張
(2016/04/29 14:05登録)
新潮社より数冊出されている作者の短編集のひとつ。
ミステリー色の濃いものから薄いものまでバラエティに富んだ作品が並んだ印象だが・・・

①「共犯者」=表題作だけあってなかなかの良作。過去の罪が暴かれることを恐れた主人公が、共犯者の存在に怯えて取った行動から思わぬ破綻が生じる・・・。名短編「顔」などとも共通するプロット。
②「恐喝者」=共犯者の次は恐喝者ということで・・・。これも人間の醜さというか、エゴイズムがラストに因果応報という形で清算されるというプロット。余韻をひく佳作。
③「愛と空白の共謀」=愛する夫を亡くした妻の陥穽とそれに取り入るひとりの男。地上波の二時間サスペンスのようなミステリー・ロマンス風なのだが、やっぱり冷静になるのは最後には女性なんだね。
④「発作」=何というか、うまくいかなくなると、とことんうまくいかなくなる・・・ということか。会社での閑職というのは男のプライドには響くんだろうな・・・。こういう「発作」を起こさないように気を付けよう!
⑤「青春の彷徨」=心中しようと阿蘇山中に入って思いとどまり、次は耶馬溪に入って思いとどまり・・・。旧題の「死神」の方がいいと思うのだが。
⑥「点」=「点と線」ではなく単に「点」。暗く貧しい時代に心まで貧しくなる・・・ということかな。他の短編でも似たようなテイストの作品をよく見かける。
⑦「潜在光景」=う~ん。結構重いけど、実に旨い作品だと思う。特にラストの反転というか切り返しは名人芸だろう。子供の目を気にしながら愛を重ね合う二人・・・そこに潜在光景を思い浮かべる男。何とも言えない余韻が残る。
⑧「剥製」=動物の鳴き真似名人と過去の栄光を忘れられない文豪。「剥製」はもちろんシンボライズとしての存在。
⑨「典雅な姉弟」=今ひとつ主題がよく分からなかった。アリバイトリックはかなり小粒だが・・・
⑩「距離の女囚」=父親の横暴で愛する夫と引き離された妻は・・・。

以上10編。
さすがの筆力を感じる作品が並ぶ好短篇集。
巻末解説で権田萬治氏が「松本清張の短編の魅力は何よりも人生の一断面を切り取る鮮やかな小説技法にある・・・」と指摘されてますが、まさにそのとおりでしょう。
知らず知らずのうちに、読者は作品世界に飲み込まれてしまい、主人公たちの人生の一場面に立ち会っているかのような錯覚を覚える・・・。
大げさにいえば、そんな感覚になる。
いずれにしても低い評価はできないと思う。
(①⑤は評判どおり。②や③もなかなか)


No.1224 5点 予告殺人
アガサ・クリスティー
(2016/04/29 14:04登録)
1950年発表の長編。
ミス・マープルものの長編としては、「動く指」に続いて五作目に当たる作品。
原題は“A Murder is Announced”ということで、「予告(または発表)された殺人」という方がピンとくる(と思う)。

~その朝、新聞の広告欄を目にした町の人々は驚きの声をあげた。「・・・殺人お知らせ申し上げます。12月29日金曜日、午後6時30分より・・・」 いたずらなのか? 悪ふざけなのか? しかし、それは正真正銘の殺人予告だった。時計の針が予告された午後6時30分を指したとき、銃声が響きわたる! 大胆不敵な殺人事件にミス・マープルが挑む~

やっぱりマープルものとは相性が悪い・・・
そう再認識させられた本作。
タイトルや紹介文からすると、かなり派手で大掛かり且つドラマティック、っていうイメージを持ってしまうし、そこに期待感を抱く。
でもそこはマープルものですから・・・
今回はいつものセント・メアリーミードからは離れているけど、相変わらず田園風景広がる英国の田舎町が舞台なわけです。

最初の銃撃事件こそ目を引くものの、その後は尻つぼみ気味。
これはやっぱり「龍頭蛇尾」と書かれても致し方ないだろう。
フーダニットについてもクリスティの典型ともいえる奴で、かなり分かりやすい部類。
ということで、高い評価はつけられないという感じになる。

・・・などと辛口の評価をしてますが、
旨いのは旨いですよ!
それは何といってもクリスティですから!
読者をミスリードさせる手腕は天下一品。
大勢の登場人物を用意し、ひとりひとりをうまい具合に配置させてるなぁーと改めて感心。

でもやっぱりクリスティはポワロものが断然面白いという結論に今回も落ち着いた次第。
(マープルの良作にはまだ出会えていない・・・)


No.1223 5点 空白の殺意
中町信
(2016/04/29 14:03登録)
1980年に「高校野球殺人事件」のタイトルで刊行されていたものを改題して出された本作。
「模倣の殺意」に始まる「~殺意」シリーズの一冊として読了。
(単なる復刊のはずが・・・うまいこと嵌りましたなぁー)

~高崎市内の川土手で私立高校にかよう女子高生の扼殺死体が発見される。その二日後、今度は同校の女性教師が謎めいた遺書を残して自殺する。そして行方不明だった野球部監督の毒殺死体が発見されるに及んで、俄然事件の背後に甲子園行を目指して熾烈な争いを繰り広げている学校同士の醜い争いがあぶり出されてくる・・・~

うーん。
いわゆる「~殺意」シリーズの中では落ちるかなという印象にはなる。
作者あとがきでも、本作がカーの「皇帝のかぎ煙草入れ」に触発されて書かれたことに触れているけど、全くピンとこなかったというのが本音。

確かに作者らしい凝ったプロットにはなっている。
事件の進展とともに徐々に混迷してくる連続殺人事件が、真の探偵役となる被害者の妹のちょっとした体験から、ドミノ倒しのようにガラガラと崩れていくカタルシス。
「裏側から舞台を見ると、事件の真の構図はこうだった!」っていう奴だ。
アリバイトリックについては後出し感があるけど、よく読んでみると細かく伏線が張られていたのが分かる。
その辺りはさすがということだろう。
(プロット倒れになる危険性もあったと思うが・・・)

動機はなぁー
正直、それでそこまでやるか? という気がしないでもない。
でもそれが親心ということだろう。
シリーズ他作品との比較で評点はこんなもの。
(作者って野球のことはあまり知らなかったんじゃないかな?)


No.1222 6点 ラスト・ワルツ
柳広司
(2016/04/19 21:28登録)
結城中佐率いるスパイ組織「D機関」の活躍を描く好評シリーズ。
「ジョーカーゲーム」「ダブルジョーカー」「パラダイス・ロスト」につづく第四弾。
なのだが、タイトルからしてこれで打ち止め・・・っていうわけじゃないようね・・・

①「ワルキューレ」=独ソ不可侵条約が締結され、日本とドイツの関係が怪しくなってきた時局が背景。ベルリンの映画撮影所内で起こるスパイゲームがテーマなのだが、いったい何重の騙し合いが演じられているのか? 現実と虚構の格差に付いていくのがやっと、っていう感じだ。
②「舞踏会の夜」=奔放に生きてきた侯爵家の三女が唯一ときめいたのは、暴漢たちから救い出してくれた礼装の紳士・・・。ということで、舞踏会ごとに男の姿を追い求める女性なんていうと主題はなに?と思ってしまうのだが、そこはやはりスパイが出てくるわけで・・・。結局礼装の紳士の正体はアノ人なんだよね。
③「パンドラ」=文庫版では書き下ろしの本作が追加編入されているのがお得。D機関とは若干のつながりしかないのだが、ロンドンで起こった密室殺人事件がテーマ。本作中では異色の本格ミステリー(?)
④「アジア・エクスプレス」=往年の鉄道ファンには垂涎の存在ともいえる満鉄の「超特急・あじあ号」を舞台に起きるスパイゲーム。久しぶりに登場した瀬戸の活躍が満喫できる一編。原点回帰したかのようなオーソドックスなスパイ小説。

以上4編。
さすがにシリーズ化、映画化までされただけのことはある。
それだけの安定感というか、劣化しない秀逸なプロットの面白さを感じる四編。
今回は、日独伊三国同盟~独ソ不可侵条約といった大戦前の緊張感高まる時代という舞台設定も効いている。

相変わらず影で存在感を見せつける結城中佐がスゴイ。
作者もいいキャラクター創ったよなぁー
シリーズは是非続けて欲しい。続編に期待!
(どれもなかなかの水準だが、敢えていえば原点回帰の④かな)


No.1221 5点 フレンチ警部と毒蛇の謎
F・W・クロフツ
(2016/04/19 21:27登録)
クロフツ最後の未訳作品として話題となった本作。
1938年発表で作者として二十二番目の長編となる作品。
原題は“Antidote to Venom”ということで日本語訳すれば『解毒剤』ということかな?

~サリッジは英国第二の動物園で園長を務めている。申し分ない地位に就いてはいるが、博打で首は回らず、夫婦仲は崩壊寸前、ふと愛人に走る始末で老い先短い叔母の財産に起死回生の望みを託す。その叔母がいよいよ他界し、遺言状の検認がすめば晴れて遺産が手に入ると思いきや・・・。目算の狂ったサリッジは、悪事に加担する道を選ぶ。良心の呵責を別にすれば事はうまく運んでいた。フレンチという主席警部が横槍を入れるまでは・・・~

作品中の殆どが動物園長を務めるサリッジの視点で書かれており、フレンチ視点の章は数えるほど。
要は倒叙形式のミステリーということなのだが・・・
中盤までは彼が犯罪に手を染めるまでの過程が順に語られるとともに、伏線めいた材料がいろいろと撒かれていく。
彼と彼を犯罪に巻き込んだ共犯者の目論見が見事にはまり、検死審問で事故死という結論が出るが、フレンチ警部が登場するや否や、あっという間に形勢逆転。ふたりの夢は泡のように消えてしまう・・・

粗筋を短くまとめるとこんな感じ。
計画がうまくいき、まとまった金が手に入ったことで、幸せをつかむはずだったはずのサリッジが、被害者となった老学者の影と罪の意識に悩まされ、徐々に追い込まれていくさま。
この辺りが本作の読みどころとなるのだろうが、印象的なラストと相俟って、作者の宗教観みたいなものが表れている。
倒叙形式というと、犯罪者たる主人公の心といかにシンクロできるかが面白さの鍵となるのだろうけど、作者はさすがにその辺りのツボは心得ている。

ただ「クロイドン」と比べると、やっぱり弱いかな。
他の方も書かれているとおり、本作の場合、主人公=実行犯ではないため、探偵役(=フレンチ)に自らが考え抜いたトリックを崩されるというカタルシスを味わえないことで、そこがどうしても弱くなっているのだと思う。
毒蛇をトリックと絡めてうまい具合に使っているのは感心したんだけど、犯罪計画を崩していく過程もちょっと安直かなと思うし、その辺のプロットがもう少し練られていたら、もう一段面白い作品になったのだろうと感じる。
評価としては可もなく不可もなくというところ。
(こういう男の心情ってイギリス人も日本人も一緒なんだなぁ・・・憐れ!)


No.1220 5点 仮面病棟
知念実希人
(2016/04/19 21:26登録)
2014年発表。
2011年の「福山ばらのまちミステリー文学新人賞」受賞の作者が贈る五作目の作品。
作者は現役の医師(よく書ける時間あるよなぁー)。

~療養型病院に強盗犯が籠城し、自らが撃った女の治療を要求した。事件に巻き込まれた外科医・速水秀悟は女を治療し、脱出を試みるうち、病院に隠された秘密を知る・・・。閉ざされた病院で繰り広げられる究極の心理戦。そして迎える衝撃の結末とは? 現役医師が描く一気読み必至の本格ミステリー×医療サスペンス~

「怒涛のドンデン返し!」という惹句を付けるほどか?
と問われると、それほどではないと答えるしかない。
新聞の欄外広告でしつこいほど宣伝されていた本作なので、とりあえず読んでみるかと手に取った次第なのだけど・・・
まぁ結果は予想通りだった。

“病院に隠された秘密”については、犯人籠城が始まった瞬間から大凡の察しはついてしまう。
でもこれは恐らく作者の「撒き餌」なのだろう。
本来のポイントはラストに判明する真実・・・のはず。
でもこれも・・・かなり予想の範疇。
他の方もご指摘のとおりなのだが、少しでもミステリー好きを名乗る方なら気付くに違いない程度のサプライズ。

書き方もまだまだ稚拙さが目立つ。
イタズラに長くするのが良いとは思わないけど、前半からあまりにもトントン拍子でことが進みすぎ!
読者はもはや見え見えの決まった道筋を辿っていくだけ・・・という感じになってしまう。
主人公の速水医師もなぁ・・・結構イタイ奴になってるし。

ということで版元がここまで大々的に宣伝するほどのものではないという評価に落ち着いてしまう。
次作に期待!
(解説の法月綸太郎が指摘しているのは、東野圭吾の「仮面○○殺人事件」の影響ってことだろうな・・・)


No.1219 6点 生ける屍の死
山口雅也
(2016/04/13 20:31登録)
1989年発表。
作者のデビュー長編であるとともに、ミステリー史上に残るエポック・メイキング的作品となった一冊。
前々から読もう読もうと思っていた作品を、今回やっと読了したのだが・・・

~米・ニューイングランドの片田舎で死者が相次いでよみがえった! この怪現象のなか、霊園経営者一族のうえに殺人者の魔の手が迫る! 死んだはずの人間が生き返ってくる状況下で展開される殺人劇の必然性とは何なのか? 自らも死者となったことを隠しつつ事件を追うパンク探偵グリンは、肉体が崩壊するまでに真相を手に入れることができるのか? 作者会心の長編第一作~

なるほど・・・こういうプロットだったのか・・・
ようやく作品が終わりに近づいたところで、作者の大いなる企みに気付かされた!
そんな感覚。

とにかく終盤までは、「(作者は)一体何が言いたいのか?」全然分からない感じだったのだ。
死んでも死なない(?)という超特殊な設定下で起こる連続殺人事件。
ましてや探偵さえも死人なのだから・・・
この冗談のような設定にも意味はあったのだ!

でもまぁよくも理屈付けできたよなぁー
あくまでも「死者が死者でない」という特殊設定だからこそのロジック&トリック。
動機もまさかそんな遠大なものだとは・・・

でも長いよなぁ・・・
正直なところ、中盤はかなりキツイ!
かなり多めの登場人物だし、似たような名前が多いし・・・途切れとぎれで読んでると、何がなんだか分からなくなってくる。
でも、特殊設定のミステリーという意味ではエポックメイクなのは間違いない。
本作にカタストロフィを味わう読者もいることだろう(いるか?)
評価はこんなもの。


No.1218 7点 ママは何でも知っている
ジェームズ・ヤッフェ
(2016/04/13 20:30登録)
1952年より《EQMM》誌に断続的に発表された作品を本邦でまとめた連作短篇集。
ユダヤ系アメリカ人の「ブロンクスのママ」を探偵役とするシリーズ。
「安楽椅子型探偵」の代表例という評価は今さらという感じですが・・・

①「ママは何でも知っている」=シリーズの端緒を飾る一編。息子が持ち込んだのは、場末の二流ホテルで起こった娼婦の殺人事件。“被害者の女がルージュをひいていなかった”という事実から、ママは意外な真相を暴き出す! アリバイは結局あまり関係なし。
②「ママは賭ける」=あるレストランで起こった毒殺事件。被害者が飲んだスープに毒を入れるチャンスがあったのは、あるひとりの人物だけなのだが・・・ママは別の人物を指摘する。人の心理に基づいたひと捻りが秀逸な一編。
③「ママの春」=夫に死に別れたママに、やもめの上司を紹介しようよする息子。そんな微笑ましい光景から始まる一編なのだが、これもある人物の心理に関してのママの推理が面白い。確かにこういう「見栄」って誰もが持ってる心理なのだろう・・・
④「ママが泣いた」=父親に死なれた子供が親代わりとしたのは父親の弟。その弟が子供に突き落とされ死んでしま・・・ったかに思えた事件。事件が起こる前に子供が結んでいった父親にまつわるモノに推理のヒントが隠されていた。
⑤「ママは祈る」=最愛の妻に死なれ、大学教授の職も追われた男に掛けられた殺人の嫌疑。状況証拠は男に圧倒的に不利なのだが、ママは息子の話をもとに意外な犯人を指摘する。
⑥「ママ、アリアを唱う」=オペラマニアの男性ふたりの間で起こった殺人事件。これも②と同様、あるひとりの人物しか毒を入れることができなかったという状況がテーマの作品。こちらの方がプロットとしては上。
⑦「ママと呪いのミンクコート」=手放したくなかったミンクのコートには前の持ち主の怨念が籠っていた?としか思えない事件が起こる。当たり前として捉えている事実・事象を疑ってかかるのが本作に共通するプロット。
⑧「ママは憶えている」=ラストは死に別れたママの夫にまつわる過去の事件がテーマ。過去の事件の顛末を語るうちに、現在進行形の事件までも解決してしまう。ユダヤ教やユダヤ人に詳しければ、真相は自ずと導き出される。

以上8編。
巻末解説で法月氏が触れているとおり、本作は「隅の老人」や「黒蜘蛛後家会」など著名な安楽椅子型探偵シリーズにひけをとらない名シリーズ。
それより、個人的にはどうしても都筑氏の「退職刑事」シリーズを想起してしまう。
(子供である刑事が探偵役である親に事件の内容語るというのが丸カブりだものね)

①~⑧のいずれもこの人物しか犯人たる人はいないという状況下で、ママは警察の推理を反証し、真相を導き出すというプロット。
特別トリッキーでも切れ味が鋭いわけでもないが、とにかく安定感抜群!
動機や事件の背景をとおして、人の弱さや痛みを訴え、弱者の気持ちに寄り添うという姿勢が窺えるのもよい。
評判どおりの佳作という評価で間違いなし。
(毒殺を扱った②と⑥が個人的に双璧。①も意外によい)


No.1217 4点 ノエル: -a story of stories-
道尾秀介
(2016/04/13 20:29登録)
2012年発表のノンシリーズ長編。
三つの物語が紡ぎ出す独特の旋律・・・といった雰囲気の作品。

~孤独と暴力に耐える日々のなか、級友の弥生から絵本作りに誘われた中学生の圭介。妹の誕生に複雑な思いを抱きつつ、主人公と会話するように童話の続きを書き始める小学生の莉子。妻に先立たれ、生きる意味を見失いながらボランティアで読み聞かせをする元教師の与沢。三人が紡いだ自分だけの<物語>は、哀しい現実を飛び越えていく・・・。最高の技巧に驚愕必至、傑作長編ミステリー~

紹介文には長編とうたっているが、世界観を共有しつつ緩やかにつながった三つのストーリーから成り立っている。
いわゆる連作短篇といっても差し支えない構成。
紹介文にはミステリーとうたっているが、これは本当にミステリーなのか?
どう読んでもファンタジー小説としか取れなかったのだが・・・
(謎の提示もなく、何かを解き明かしたわけでもなく、サスペンス的な展開もないのだから・・・)

まぁそれは置いといて・・・
本作で作者は何を言いたかったのか、何を伝えたかったのか?
「生きる喜び」なのか「人生というものの素晴らしさ、不思議さ」なのか?
哀しい現実に耐えている三人の主人公が、自分が創造した物語をとおして、確かな“何か”を得ていく・・・
う~ん
どうもありきたりのような気がしてならんなぁ・・・
三人ともそれほど不幸じゃないし、最終的にはハッピーになってるし・・・
やっぱり中途半端だ。

作者のことだから、当然うまくまとめているのだけど、正直なところ消化不良気味。
もう少し捻りや奥行きのある作品かと思っていたのだが・・・
やや期待はずれ。


No.1216 5点 そして医師も死す
D・M・ディヴァイン
(2016/04/02 00:35登録)
1962年発表。
「兄の殺人者」に続いて発表された作者の第二長編。
原題は“doctor also die”とそのまんま・・・

~診療所の共同経営者ヘンダーソンが不慮の死を遂げて二か月がたった。医師のターナーは、その死が過失によるものではなく、何者かが仕組んで事故に見せかけた可能性を市長のハケットから指摘される。もし他殺であるなら、かなり緻密に練られた犯行と思われた。ヘンダーソンに恨みや嫌悪を抱く者は少なくなかったが、機会と動機を兼ね備えた者は自ずと限られてくる。未亡人ともども最有力の容疑者と目されたターナーは独自の調査を始める・・・~

いつものディヴァイン節だが・・・
名作の誉れ高い前作(「兄の殺人者」)や後の著作に比べると、出来としてはイマイチかな、と感じた。
ごく限られた世界(いわゆるクローズド・サークルだな)で展開する物語、奇をてらったトリックや複雑なプロットは全くないシンプルな謎解き、類まれなる人物描写の技・・・etc
本作でも作者の強みはいかんなく発揮されてはいる。

されてはいるのだが、何ともまだるっこしい・・・
主人公のアラン・ターナーがこれまたとびっきりの優柔不断ぶり。
二人の美女に挟まれて、行ったり来たりしながら、事件の調査にも真剣になったり、投げ出したり・・・
と思うと、残り二十頁ほどになってようやく真相に思い当たるのだ。
確かに「論理の穴」をめぐる推理は旨いし、それなりの納得性はある。
あるのだけど・・・今さらそれに気付くか? という気がしてしまうのは私だけだろうか?

解説の大矢氏も書いているとおり、非常にトラディショナルな純英国風ミステリー。
こういう奴が好きな人には堪らないのかもしれない。
個人的にディヴァイン自体は決して嫌いではないのだが、本作はあまり評価できなかった。
(皮肉の効いたラストがやや印象に残った・・・)


No.1215 6点 玉村警部補の災難
海堂尊
(2016/04/02 00:34登録)
「ナイチンゲールの沈黙」などに登場した警察庁の“デジタル・ハウンドドック(電子猟犬)”こと加納警視正と、警視正にこき使われる哀れな中年刑事・玉村警部補のコンビが贈る連作短篇集。
要は、最近はやりの「スピンオフ」ってやつだ。
2012年発表。

①「東京都二十三区内外殺人事件」=東京都と神奈川県の境界線付近で発見された不審な死体をめぐるお話。日本においては正確に機能している監察医制度が東京二十三区にしかないという、作者が従来より主張している内容がテーマ。白鳥とふたりして○○をエッチラオッチラ運ぶ田口の姿を想像すると可笑しい・・・
②「青空迷宮」=桜宮のサクラTVの名物番組で起こった殺人事件。巨大迷路という密室の中で誰も殺せたはずのないところに死体が・・・っていうと実にまともなミステリーっぽいが、本当にミステリーなのである。ロジックで犯人を追い詰める加納が強烈。
③「四兆七千億分の一の憂鬱」=DNA鑑定がテーマの作品なのだが、この数字はDNA鑑定で同じ型が登場する可能性を表している(とのこと)。これも完璧と思えたトリックを無理矢理崩す加納と、それに付き合わされる玉村が強烈。
④「エナメルの証言」=やくざの焼死体なら、歯型さえ一致すれば解剖されない・・・という司法の悪癖を付いた問題作!っていう感じか。これも「死因不明社会」に警鐘を鳴らす作者らしい作品と言える。まるでアーティストのような“坊や”のキャラがなかなか良い。

以上4編。
何だかはしゃぎ過ぎのような作品集。
いつものように「桜宮サーガ」の登場人物たちが大暴れするのだが、今回は主に「死因」にスポットを当てた作品が並んでいる。
そして数々の事件の捜査に当たるのが、デジタル・ハウンドドック=加納警視正!
(普通警視正は直接捜査に当たらないよなぁー)

相変わらず独特のリズム感ある展開とプロットで読者をグイグイ引っ張る。
はしゃいではいるものの、時折専門的な話を出し、単なるエンタメ小説ではないことを主張する。
旨いもんです。
小粋な短篇集いっちょ上がり!!・・・っていう感じかな。
(ベストは①だろうが、④も捨て難い)


No.1214 6点 その鏡は嘘をつく
薬丸岳
(2016/04/02 00:33登録)
連作短篇集「刑事のまなざし」に登場した東池袋署・夏目刑事。
忌まわしい過去を持ちながら、刑事として人間として真正面から事件と対峙する男。
そんな夏目刑事を探偵役とした初の、そして続編としての長編作品。
2013年発表。

~鏡ばかりの部屋で発見されたエリート医師の遺体。自殺とされたその死を、切れ者と評判の検事・志藤は他殺と疑う。その頃、東池袋署の刑事・夏目は同日現場近くで起こった不可解な集団暴行事件を調べていた。事件の鍵を握るのは未来を捨てた青年と予備校の女性講師。人間の心の奥底に光を当てる、作者ならではのミステリー~

実に作者らしいテーマの作品。
デビュー作「天使のナイフ」以来、事件の背景や動機に拘った作品を上梓し続けている作者だが、本作でも重いテーマをぶつけてきた。
“医師となる宿命を背負った若者たち”の苦悩と痛み・・・これこそが本作で提示された「現実」。
他人を命を預かるという重い責任を負うのが医師という職業のはずなのだが、現実はさにあらず・・・ということなのだろう。

冒頭から複数のストーリーラインが進行していく展開。
主役である夏目のほかに、本作ではもうひとりエリート検事の志藤が登場し、ふたりの捜査が別々に触れられる。
それらがどう絡み合っていくのかがプロットの主軸。
殺人事件と暴行事件、三人の予備校生と女性講師、冤罪の痴漢事件・・・
ばらばらに見えた幾つもの事実がひとつに収斂していくとともに、目を背けたくなるような背徳の事実が浮かび上がってくるのだ。
この辺りは作者の十八番ともいえる技だろう。

すでに地上波ドラマ化もされた本シリーズ。
それはやはり夏目の魅力に負うところが大きい。
本作と同時期に連作短篇集「刑事の約束」も発表されており、そちらも手に取る予定。
出来としては正直なところ前作のほうが上だと思うが、こちらも読み応えはあり。
(被害者の行動はかなりちぐはぐで理解し難いのと思うのだが・・・)


No.1213 4点 マーチ博士の四人の息子
ブリジット・オベール
(2016/03/22 21:32登録)
1992年発表。
作者はフランスの女流作家で、本作を含めて四作の長編小説を著している。
で、本作がデビュー作に当たる(とのこと)。

~医者のマーチ博士の広壮な館に住みこむメイドのジニーは、ある日たいへんな日記を発見した。書き手は生まれながらの殺人狂で、幼い頃から快楽のための殺人を繰り返してきたと告白していた。そして自分はマーチ博士の四人の息子・・・クラーク、ジャック、マーク、スターク、の中のひとりであり、殺人の衝動は強まるばかりであると! フランスの新星オベールのトリッキーなデビュー作~

前々から気になっていた作品を読了したわけだが・・・
紹介文ほど魅力的な作品ではなかった。
そんな読後感。

全編つうじて、『殺人鬼』と称する男(=マーチ博士の四人の息子のうちのひとり)とメイドのジニーが書き付けを通してやりとりするという展開。
「書き付け」や「手紙」ベースのミステリーというと、どうしても叙述系のトリックが仕掛けられているのだろうという先入観になってしまう。
そういった目線で読みすすめたわけなのだが・・・

如何せん途中の展開がまだるっこし過ぎ!!
ふたりのやり取りを通じて徐々にサスペンス感を盛り上げてるのだろうとは思うが、ここまで重ねられるとちょっとゲンナリ。
ラストの“ひっくり返し”はなかなか綺麗に決まっているだけに、そこが惜しいという感想になる。
ただ、「帯」のコメント(「驚愕保証のサプライズ・ミステリ!!」)は煽り過ぎだろう。
正直、そこまでではない。

ということで、書店で本作を手にして買おうか迷ってるのなら・・・あまりお勧めはしません。
(でもまぁそれは個人的な感想ですから・・・。人それぞれだとは思います)


No.1212 7点 探偵ガリレオ
東野圭吾
(2016/03/22 21:31登録)
1996年より「オール讀物」誌に断続的に発表され、1998年に単行本化された連作短篇集。
などという紹介はもはや不要だろう。
「実に面白い!」という台詞をカッコ良く決める福山雅治の姿がすぐに目に浮かぶ天下の「ガリレオシリーズ」の記念すべき第一作目。
今さらながら手にとってみた次第・・・

①「燃える」=突然人間の頭が燃え上がる・・・そんな不可思議な現象を扱ったシリーズ第一作目(地上波でも第一話だったよね)。湯川と草薙の名コンビが生まれた瞬間でもあるわけで・・・。
②「転写る(うつる)」=ゴミの浮かんだ汚れた池から上がった金属製のデスマスク。いったいどうやったらこんな精巧なデスマスクができるのか? 事件の真相自体は小粒なのだが・・・
③「壊死る(くさる)」=どうやって死んだのか分からない死体が風呂場で発見される。事件の渦中にはある女性と、その女性を一心に慕う男性が・・・っていうと「容疑者X」のパイロット版だろうか、などと考えてしまう。
④「爆ぜる(=はぜる)」=湘南の海で突如として上がった火柱と別の現場で起きた殺人事件が結びつくとき・・・。爆発の原因はある化学物質なのだが、事件の背景には理系の男たちの現実があった・・・
⑤「離脱る(=ぬける)」=見えるはずのない赤い車を見た少年。夢うつつの状態だった少年は本当に幽体離脱したのか? 苦手とする子供を相手に奮闘するガリレオの姿っていうと「真夏の方程式」に通じるけど・・・

以上5編。
もはや書評するに及ばないような超有名作となった本作。
理系云々ということは作中で草薙刑事が再三言っているけど、あまりそういうことは気にならなかった。
これもまた端正な本格ミステリーと称してよいだろう。

作者の作品についてはこれまで「加賀恭一郎シリーズ」を中心に読んできたのだが、人間臭さを前面に押し出した「加賀シリーズ」ととにかく“科学的・ロジカル”に拘った本シリーズは好対照という感じだ。
どちらのシリーズもそつなくうまい具合に処理してしまう東野圭吾!
やはりさすが!としか言いようがない。
「天才」という評価に相応しい作品。
(個人的には④が好き。あとは①かな)


No.1211 5点 伊藤博文邸の怪事件
岡田秀文
(2016/03/22 21:29登録)
「本能寺六夜物語」や「太閤暗殺」など歴史小説で有名な作者が初めて著したミステリー。
月輪龍太郎を探偵役とするシリーズの一作目でもある本作。
2013年発表。

~明治十七年、伊藤博文邸の新入り書生となった杉山潤之介の手記を小説家の「私」は偶然手に入れた。そこに書かれていたのは、邸を襲った恐るべき密室殺人事件の顛末だった。奇妙な住人たちに、伊藤公のスキャンダル・・・。不穏な邸の空気に戸惑いつつも、潤之介は相部屋の書生・月輪龍太郎とともに推理を繰り広げる。本格ミステリーの傑作、シリーズ第一弾!~

確かに本格ミステリーとしての体裁は十分に整えている。
そういう読後感だった。
作者の本業とも言える歴史小説を背景に、密室殺人に終盤にアッと驚くサプライズ(○○○りトリックなのだが)など、本格ミステリーのガジェットを組み込んでいるのだ。

「歴史小説」部分に関してはさすが。
どこまでがフィクションでどこまでが史実なのかは分からないけど、伊藤博文を中心として維新の熱気冷めやらぬ明治時代中期という魅力的な設定。明治憲法草案に係る歴史的背景など、歴史好きの私にとってもなかなか興味深く読ませていただいた。
(津田うめや川上貞奴に関してはううーん?!だけど)

問題はミステリー部分なのだが・・・
まず「密室」はまったくもっていただけない。
この程度でお茶を濁すのであれば、最初から密室、密室と煽らない方がよいと感じた。
終盤のサプライズについてはさすがに驚かされた。
シリーズ第一弾でのこの手の“仕掛け”は別作品で読んだばかりなんだけど、一定の破壊力はある。
(森博嗣のアノ作品!)

ただトータルとしてはどうかな・・・。ちょっと微妙な感じはする。
盛り上げ方が下手ということかもしれないけど、本業ではないから致し方ないかなという気もする。
要はちょっと中途半端ということなのだろう。


No.1210 5点 赤い列車の悲劇
阿井渉介
(2016/03/13 16:36登録)
1991年発表の「不可能犯罪シリーズ」七作目。
本作では牛深警部とコンビを組む“天敵”松島刑事が一切登場しない・・・というのが珍しい。

~嵐の朝、岐阜・富山両県にまたがる神岡鉄道を走る「おくひだ一号」の運転士は、あるべき場所に駅がなく、線路まで消えていることに驚く。一方、終着駅の駅員は列車が乗客とともに消失したことを知らされる。だが、駅・線路・乗客・車両の四重消失は不可解極まる事件の発端でしかなかった。犯人からはビデオテープを全国のTVで放送せとの奇妙な要求が!~

列車を舞台とした壮大なトリックと社会派的背景のミックスが特徴の本シリーズ。
走行中の列車から車両が一両だけ消えた前々作「列車消失」や、一車両の乗客が全員消えた前作「Y列車の悲劇」など、とにかく「無理だろう・・・」という不可能を可能に変えてきたシリーズなのだが・・・
本作は何と、①駅②線路③乗客④車両、の四重消失というスケールのデカさ!
何もここまでやらなくても・・・と思わざるを得ないのだけど、ミステリー好きならやはり期待してしまう設定。

でもこれはなぁ・・・
敢えて「動機」や「背景」の問題には触れないけれど、ひとことで言えばズバリ「絵空事」だ。
事件に関わった人数でいうと過去最大級ではないか?
トリックの説明は相当あっさり片付けられてるし、そもそも人間の五感ってそこまで鈍感ではないだろう。
(走行中の列車を○○して、○○するなんて、あまりにも荒唐無稽ではないか?)

「動機」には触れないって書いたけど撤回。
この動機は理解不能だし、これでは壮大なトリックの必然性がまるでないことになる。
シリーズものは回を追うごとにスケールアップしていくのかもしれないけど、リアリティも大事だよなぁー

これは本格ミステリーというよりは一種のファンタジーなのかもしれない。
最終章で牛深警部と真犯人が酒を酌み交わすシーンがあるのだが、要はこれが書きたかったのかな、作者は。
いずれにしても高い評価はできない。


No.1209 4点 カーテンの陰の死
ポール・アルテ
(2016/03/13 16:35登録)
「第四の扉」「死が招く」につづく<ツイスト博士シリーズ>の三作目。
本作でも敬愛するJ.Dカーばりの不可能犯罪がテーマ(と思われる)。
1989年発表。

~頭皮を剥いだ刺殺体が発見された。殺人現場に偶然居合わせたマージョリーは、犯人と同じ服装をした謎の人物が自分の下宿に入っていくのを目撃する。この下宿屋には曰くのありそうな人物たちが住み着いていた。変人のピアニスト、若い新聞記者、自称作家、酒浸りの老医師、盲目の元美容師・・・。続けて住人がカーテンで仕切られた密室状態の玄関で、背中にナイフを突き立てられ殺害されるに及び、ハースト警部とツイスト博士が捜査に乗り出すが、状況は七十五年前に起きた迷宮入り事件とそっくり同じだった・・・~

何かどうもバランスの悪さが目に付く作品だった。
他の方もご指摘のとおり、一作目・二作目よりも明らかに出来は劣っている。
(生憎次作以降未読のため、シリーズ通して劣後しているのかは不明だが・・・)

誰にもできたはずのない殺人や頭皮を剥がされた死体など、今回も作者らしい展開は健在。
なかでも二番目の密室殺人が本作のメインなのだろう。
しかし、この密室トリックが相当ビミョー、というかかなり適当!
見取り図入りで示された殺人現場は、誰も侵入不可能&脱出不可能という状況。
どんなトリックなのかと思いきや、まさかの○○とは!!

これって、もしかしてカーのあの有名トリックからのインスパイアなのだろうか??
確かにビジュアルで言えば似てなくもないのだけど・・・でもあまりにも出来が違いすぎる!
他の二つの殺人の動機も問題。
動機は二の次なのはいいのだけど、ここまでリアリティがないのは如何だろうか。
などなど、突っ込みどころは尽きない。

まぁよい。シリーズもの書いていれば、作品ごとの出来不出来は当然起こる。
次作以降に期待というふうに寛大に捉えておこう。
(エピローグの付け方は工夫の跡が窺える。まさに因果応報っていうことだよね・・・)

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