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ミステリの祭典

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平均点:6.01点 書評数:1812件

プロフィール| 書評

No.1572 6点 君よ憤怒の河を渉れ
西村寿行
(2020/03/08 21:08登録)
作者の最高傑作(?)との呼び声も高い本作。
なぜか最近になって福山雅治主演で映画化というオマケ付き。とにかく読んでみるか・・・
1980年の発表。

~東京地検のエリート検事・杜丘冬人は、新宿の雑踏で突然女性から強盗強姦犯人だと指弾される。濡れ衣を着せられたその日から、地獄の逃亡生活が始まった。警視庁捜査一課・矢村警部の追跡は執拗だった。無実を明らかにするため杜丘は真相を求めて能登から北海道へ。自分を罠に陥れたものは誰なのか。怒りだけが彼の心の支えだった。長編ハードバイオレンスロマンの最高傑作~

いやいや、スゲエ奴! 主人公の杜丘検事。とにかく不死身なのだ。
北海道では人食い(!)羆と決闘し、経験もないのに北海道から東京までセスナで夜間飛行、一旦入ったが最後誰も出ることができない精神病院から脱出、最後はタイガーシャーク=人食い(!)鮫がうようよ泳ぐ海からの生還!!
普通の人間ですよ! 検事ですから!
とにかくもう不屈の精神であらゆる困難、苦難を乗り越えた末にたどり着いた真相。
それは・・・うーん。よくある政財界の癒着という奴だった。

作者あとがきによると、本作は作者が生島治郎氏に「冒険小説を書いたらどうか」という提案を受けて世に出されたというエピソードが披露されている。
確かにこれは「冒険」だ。いや、冒険以外の何ものでもない。
謎解き要素もあるにはあるけど、読んでるうちにそんなことはどうでもよくなった。
いくら罠に陥ったといってもねぇー もっとやりようはあるでしょと突っ込まずにはおれなかった。
まぁでもこれこそが寿行イズム。決して折れない男のロマンなのだ。
杜丘検事とライバル関係にある矢村警部の存在、これまた男のロマン。当初は完全に敵味方に分かれていた両者が運命のいたずらのように邂逅する終盤。なかなか読ませるシーンだろう。

寿行ファンなら決して落とせない作品なのは確か。
行間から溢れ出る熱量は作者ならでは。
それで、もうひとつの大事な要素ですが・・・ほぼノンエロスです。ひたすら汗臭い(たまに糞尿臭い)男たちの物語。残念無念! 


No.1571 4点 勝利
ディック・フランシス
(2020/03/08 21:07登録)
競馬シリーズ第39作目となる長編。
原題は“Shattered”ということで、主人公ローガンの職業であるガラス細工職人と掛けている模様。
2001年の発表。

~真冬の寒い日、レース場で起きた惨劇に観客たちは凍り付いた。目の前で騎手が落馬し、馬に押しつぶされて死亡したのだ。親友の突然の死に哀しみにくれるガラス職人のローガンだったが、間もなく彼のもとに一本のビデオテープが届く。それは親友が命を賭して彼に遺したものだった。だが、中身を確かめる間もなく、押し入った何者かにより、テープが強奪されてしまう。謎を秘めたテープを巡る熾烈な争奪戦が今始まる!~

紹介文のとおり、“テープを巡る争奪戦”というのが本作を貫くプロットとなる。
なぜテープを狙うのか、謎が謎を呼ぶ序盤から中盤。
なのだが、テープの中身が凡そ判明した終盤以降、盛り上がりは急速に衰えていく・・・
そして、本シリーズのお約束ともいえる、主人公の大ピンチを経て、ハッピーエンドのラストを迎える。

久々に本シリーズを手に取ったわけだけど、やっぱりこのマンネリズムは辛い。
テープの中身や襲撃犯の正体だけでこの長編を引っ張るのは無理があるように思う。
刑事の彼女がいながら単独で正体を探ろうとする主人公も主人公だし、全体的にどうも登場人物の動き方もギクシャクしている感が強い。(妻の蛮行を止められないどころか加担する夫とか・・・)
2000年代というと作者最晩年の作品だろうし、作者も寄る年波には勝てなかったということかな。

ローズのキャラもなかなかスゲエな・・・
水道の蛇口を凶器にする女性なんて、そんな奴今までいたかぁ?
ローガンをはじめ、みんながローズを恐れるんだけど、こんな奴こそ早めに警察に通報してた方が良かったろうに。
こういうところも、どうもご都合主義が強すぎて、違和感を感じてしまった。
ところで「勝利」って、何に対する「勝利」なんだろ。漠然としすぎててよく分からんタイトルになってる。
どうにも褒めるところが見つからなかったな・・・


No.1570 4点 くたばれPTA
筒井康隆
(2020/03/08 21:05登録)
~風刺、SFからホラーまで、黒い笑いが全開のショート・ショート24編~
ということで、これぞ筒井康隆!って感じの作品に仕上がってます。
1985年の発表。

1.「秘密兵器」=この時代だと水原勇気当たりが影響してるのかな? 何回投げてもテキサスヒットって嫌だろうな
6.「酔いどれの帰宅」=何かおかしい?って思ってたら、そういうことなのね、という簡単なサプライズ。
9.「落語 伝票あらそい」=がめつい主婦ふたりが会話すれば、こういう結果を招きかねない・・・っていう教訓?
11.「2001年公害の旅」=「公害」と「郊外」を掛けてる? 非常に時代性を感じるなぁ・・・
14.「カラス」=医者はたいがいガメツイ!
15.「かゆみの限界」=もう! かゆいよ!
18.「猛烈社員無頼控」=もう死後だね、モーレツ社員なんて
20.「女権国家の繁栄と崩壊」=近い将来、こういう国家ができるんじゃないだろうか? 怖い!
21.「くたばれPTA」=作者って、こういう女大嫌いなんだろうな・・・
22.「レモンのような二人」 23.「200000トンの精液」=まあまあ下ネタです・・・

以上、ショートショートが23編。
1970年代に雑誌等に掲載されたショートショートをまとめたもの。
作者らしい皮肉の効いた作品が並んでる。
特に表題作には期待してたんだけど、どうもイマイチ・・・っていう感覚。

ふだんショートショートなんて読まないから、どうも感性が合わないというか、ふーーんという感想で終わった感が強い。こんなもんなのかな?
まぁ、作者が忍び笑いしながら書いてる様子が想像できて、その辺りは面白かったが・・・
時代性もあるかもしれないが、ちょっと肩透かしかな。


No.1569 6点 暗く聖なる夜
マイクル・コナリー
(2020/02/14 23:27登録)
ハリー・ボッシュシリーズもこれで九作目に突入。
しかも、今回から「刑事」ハリー・ボッシュではなく、「私立探偵」ハリー・ボッシュとなる。
まぁ刑事だろうが、私立探偵だろうが、ボッシュはボッシュなんだろうな・・・
2003年の発表。

~ハリウッド署の刑事を退職し、私立探偵となったハリー・ボッシュには、どうしても心残りな未解決事件があった。ある若い女性の殺人事件とその捜査中に目の前で映画のロケ現場から奪われた200万ドル強盗。独自に捜査することを決心した途端にかかる大きな圧力、妨害・・・事件の裏にはいったい何が隠されているのか?~

いろいろあって、なぜが刑事から私立探偵へ転職したボッシュ。
ただ、むしろ私立探偵の方が合っているんじゃないか? 公務員や組織としての縛りがなくなって、さらにパワーアップした印象だ。
もちろん、刑事の時には与えられていた捜査権限はなくなったんだけど、そこは何だかんだうまくやって捜査は進んでいく・・・

事件は過去に発生した未解決事件。
ボッシュの琴線に触れたまま事件は葬られるはずだったのだが・・・
捜査を進めるボッシュの前に立ちふさがるFBI。いつもの展開だ!
そして事件が意外な展開を見せる中盤以降、物語は急激にスピードアップしていくのだ。
うーん。
この辺りは本シリーズでの予定調和という面もある。サプライズ感では従来よりやや薄味かな。
プロットとしてもそれほど複雑なものではない。そして、やっぱりラストはド派手な銃撃戦。
ボッシュもなぁー、あんなことしたらそりゃ銃撃されるだろ!

本作一番の白眉は邦題かもしれない。
作中にも登場するルイ・アームストロングの名曲「暗く聖なる夜」。
いい詩だねぇ・・・。ひとり夜聞けば、心に深く染み入ること間違いなし。
ということで、新章に突入した感のある本シリーズ。どちらかと言うと、本作は序章という雰囲気なので、次作以降さらなるドラマが待ち構えている・・・はず。


No.1568 4点 探偵さえいなければ
東川篤哉
(2020/02/14 23:26登録)
「はやく名探偵になりたい」「私の嫌いな探偵」に続く烏賊川市シリーズの短編集第三弾。
収録作は「宝石ザ・ミステリー」誌に2013年から断続的に掲載されたもの。
本作は2017年の発表。

①「倉持和哉の二つのアリバイ」=「ローレックス」ですか・・・。いやいや、昔は中国や韓国へ旅行するとこういうバッタものをよく売ってましたな。烏賊川市ではまだこういう商品が流通しているということか・・・
②「ゆるキャラはなぜ殺される」=出た! 烏賊のゆるキャラ、剣崎マイカ! 再登場を望んでたんだよー。でも、今回は他のゆるキャラも相当ウザイ。で、本筋は? まぁどうでもいいじゃないですか・・・
③「博士とロボットの不在証明」=苦労に苦労を重ねて(?)ロボットとともにこしらえたアリバイ! そんなアリバイが朱美の思い付きで一瞬にして崩される刹那。ご愁傷さまです。設定は一番面白くてツボだった。
④「とある密室の始まりと終わり」=これは・・・無理だろ! すぐ気付かれるだろ!って、なかなか気付かなかった鵜飼いと流平。
⑤「被害者によく似た男」=要はアリバイトリックなんだけど、最後は「そこかよ!」っていうオチが来る。

以上5編。
いやー緩い。もう相当緩い。ゆるゆるだ。
これだと読む方も畏まって読んでなんていられない。もう、だらしない格好で何も考えずに読むしかない。そんな感じだ。
作者の作品、最近とみに「質」よりも「量」っていう傾向が強い。
そりゃー質も落ちるよなぁーこれだけ乱発すれば・・・
短編だとワンアイデア勝負で済むからいいんだけど、これでは腰の据わった長編は当面無理かもね。
そう思わずにはいられなかった。

まぁこういう手のミステリーがお好きな方もいるとは思うので、一定のニーズはあるのかもしれない。
次回は是非プロットを十分煮詰めた長編を期待してます。
(ベストは③。博士とロボットの会話は秀逸。AIの時代に二足歩行ロボットだもんなぁ・・・)


No.1567 5点 使用人探偵シズカ 横濱異人館殺人事件
月原渉
(2020/02/14 23:24登録)
何事も万能な使用人? メイド?のシズカか探偵役を務めるシリーズ一作目。
時は明治の文明開化華やかなりし頃、所は横浜の外国人居留地というのが、シズカのキャラクターと相俟って無国籍間を漂わせる。
2017年の発表。

~嵐に閉ざされた異人館で、「名残の会」と称する奇妙な宴が始まった。館の主は謎めいた絵を所蔵する氷神公一。招かれたのは画家に縁のある六人の男女・・・。つぎつぎと殺されていく招待者たち。絵の下層には、なぜか死んだ者が描かれていた。縊られた姿もそのままに。絵は死を予言しているのか。絵画見立てデスゲームの真相とは。使用人探偵ツユリシズカの推理が冴える本格ミステリー~

先にシリーズ二作目「首無館の殺人」を読んでからの本作読了となった。
「首無館」のときも感じたけど、うーん。この薄っぺらさはどうしようもないなぁ・・・
(このレーベルは)尺的に大容量の長編にはできないという制限があるんだろうから、やむを得ずなのかな。
とにかく、殺人事件は休む間もなく起こるし、探偵役の推理も休む間もなく行われる・・・展開。
これって、よく言えば「時短」で「効率的」なのかもしれんが、本格ミステリーはゆっくりした序盤+急展開を継げる中盤から終盤という「緩急」が重要だと思ってる私からすると、どうしても「平板」さが目に付いてしまう。

今回のテーマは紹介文のとおり「見立て殺人」。
絵の下層に隠された「縊られた死体」どおりに連続殺人は起こる。
雰囲気としては、綾辻(「館」といえばねっ)というよりも、横溝正史の劣化版という方がしっくりくる。
終盤に判明するトリックは、いかにも「横溝」って感じだしね。
もうこれはクローズドサークルの連続殺人としては定番中の定番。それだけ工夫が足りないと言える。、
死体を〇〇する、っていうのも使い古された趣向。

こういう手の本格ミステリーはド・ストライクなんだけど、これはちょっと稚拙すぎた。
「首無館」はもうちょっとましだっただけに、今後徐々に改善されていくのかも。
できれば、違う出版社でもっとじっくりした本格ミステリーを書いてほしいかな。本当の評価はそのときまで持ち越し。


No.1566 6点 赤緑黒白
森博嗣
(2020/01/18 14:58登録)
長かったvシリーズもついに完結!
保呂草や紅子たち阿漕荘のメンバーともこれでお別れかと思うと寂しさが募る・・・
2002年の発表。

~鮮やかな赤に塗装された死体が、深夜マンションの駐車場で発見された。死んでいた男は「赤井」。彼の恋人だったという女性が「犯人が誰かは分かっている。それを証明して欲しい」と保呂草に依頼してきた。そして発生した第二の事件では、死者は緑色に塗られていた・・・。シリーズ完結編にして、新たなる始動を告げる傑作~

いろいろと「示唆」に富んだ作品である。それはおいおい語るとして、
まずは本筋の殺人事件。「赤井」さんは赤く塗られ、「美登里」さんは緑色に塗られ・・・という展開。最初はABCパターンなのだろうかという想像だったのだが、「ミッシング・リンク」ではなく明らかな「リンク」が判明し予想は早々に裏切られる。
矢継ぎ早に起こる四つの殺人事件。終盤、紅子が暴く真犯人については、恐らく想定内という方が多いだろう。
(アナグラムには気づかなかったけど・・・)
珍しくド派手な銃撃戦もシリーズの掉尾を飾る作品としては相応しいのかもしれない。

そして今回いつも以上にフォーカスされるのが「動機」。もちろんここでいう「動機」とは、例えば社会派ミステリーなどに登場する「動機」とは全く趣を異にする。文庫版335頁で保呂草が、『・・・彼等を殺人へと駆り立てたものとは、結局のところ(強烈な憎悪や欲望)ではなく、目の前にあった越えられない柵が、一瞬消えただけのことなのだ。ふと手を伸ばしてみたら、あるはずのガラスがなかった・・・』と語っている。
今回の真犯人の動機については、我々市井の人間からは想像もできないものだ。その分、リアリティは薄いと言えるのかもしれないけど、作者は別次元の解を用意している。
紅子の「まず殺人があって、それからそのための設定」という指摘も衝撃的だった。

これで謎に満ちたvシリーズも終結。怪しい魅力を振り撒いていた保呂草の謎も分かったような、分かりきれてないような・・・
そして、ついに今回ネタバレサイトを閲覧することに・・・
『衝撃!』のひとこと。まさか、あの人物があの人物で・・・、えっーそれだと年代が合わなくないか?などという疑問が噴出。
いやいや、これはスゴイわ。海堂氏の「桜宮サーガ」もスゴイけど、それに負けず劣らず。いったいどんな頭の構造してんだ?
ということで、次シリーズも当然読み継いでいくことになりそうだ。
(でも、「捩れ屋敷の利鈍」の設定だけはどうにも無理があると思うんだけどなぁー。再読してみようか・・・)


No.1565 5点 駅路
松本清張
(2020/01/18 14:56登録)
新潮文庫で編まれた清張短編集の第6集。
主に昭和30年代の日本。良く言えばノスタルジック、悪く言えば貧乏で暗い・・・そんな時代背景。
初版発行は1965年。

①「白い闇」=青森で女をつくり家を出奔したと思われた男。残された妻は甥を頼りにしているうちに・・・。物語はふたりの東北旅行中で思わぬ展開に。そして十和田湖の白い闇から現れたのは!
②「捜査圏外の条件」=ある男を殺すために7年も待った男。清張の作品の中でよく目にする展開なのだが、7年も待った挙句にこの結末とは・・・ご愁傷さまでした。
③「ある小官僚の抹殺」=「抹殺」である。単なる殺害でなく「抹殺」・・・。話の筋としては昔政界の事件などでよく耳にした疑獄事件。ロッキードなどでもそうだけど、トカゲのしっぽのように切られるのが“小官僚”なのだ。悲しい・・・
④「巻頭句の女」=胃癌で余命いくばくもない女。俳句の才能を買っていた男が、女の死に疑問を持つ・・・。本作のなかでは珍しくミステリー色が濃い作品。
⑤「駅路」=刑事が最後に放つセリフ。『まぁ一概には言えないが、家庭というものは、男にとって忍耐のしどうしの場所だからね』(!)
そのとおりですな。プロットとしては④と被る印象。
⑥「誤差」=死亡推定時刻の「誤差」のことなのだが、結局それだけかよ!って思うのは私だけ?
⑦「万葉翡翠」=万葉集に登場する和歌の解釈の話かと思いきや、途中から一転殺人事件が発生。種が芽吹いて事件が表面化するところは島田荘司の「出雲伝説7/8の殺人」を思い出した。
⑧「薄化粧の男」=中年オヤジのくせに若い女性にモテると勘違いしている男。そいつは太ぇ野郎だなぁ・・・というわけで殺されます。しかしながら死亡推定時刻には本妻と愛人は取っ組み合いのケンカ中だった。女ってやっぱり恐ろしい・・・。気を付けよう!
⑨「偶数」=自分の出世の邪魔になる嫌な上司。そいつを謀略のうえ罪に陥れた男なのだが、清張作品ではこういう輩はたいがい自ら墓穴を掘ることになるのだった・・・。ご愁傷さまです。
⑩「陸行水行」=“邪馬台国はどこにあったか”という古くからあるテーマ。要は魏志倭人伝の解釈次第ということなのだが、本作はそんな邪馬台国の謎に取り憑かれた男のある種悲しい物語。

以上10編。
清張の短編もかなり読み込んできた。するとどうしても似通ったプロット、テイストが目に付くようになる。
それはまぁ仕方ないのだが、本作収録作にも既視感のあるものが多かった印象。
もちろん手堅い面白さはあるし、特に余韻を引くラストはさすがというものも多い。
というわけで、トータルでは水準級という評価に落ち着く。
(個人的ベストは④or⑧。⑩はどうかな?)


No.1564 5点 運命のチェスボード
ルース・レンデル
(2020/01/18 14:54登録)
作者の主要シリーズのひとつ、「ウェックスフォード警部シリーズ」の長編三作目。
原題は“Wolf to the slaughter”(屠殺場への狼?)なのだが、なぜ邦題はこうなったのか?
1967年の発表。

~アンという女が殺された。犯人の名前は“ジェフ・スミス”だ。そんな匿名の手紙が、ある日キングスマーカム署に届いた。よくあるいたずらだ。屑籠行きになりかけた手紙だが、時を同じくして妹のアンが失踪したと付近に住む画家が申し出るに及んで、事態は一変する。捜査に乗り出したウェックスフォード首席警部たちの前に、次々と明らかになる新事実。しかしそのどれもが、関係者の偽装と中傷を誘い出し、事件は藪の中の様相を呈していくのだった~

うーん、何ていうか、非常にモヤモヤしたストーリーだった。
事件は若く美しい女性の失踪事件。ある場所から大量の血痕が発見されるに及び、殺人事件ではないかという疑念が持ち上がる。しかし、事件の正体がなかなか定まらないままページが進んでいき終盤へ突入してしまう。
もちろん、最終的には解決が付くんだけど、これじゃ最初の謎は何だったんだ!などと思ってしまう。

小さな町で発生した事件だし、関係者もごく狭いコミュニティの中の人物ばっかり。
それなのに、誰もが少しづつ嘘を付いているため、全体像がかなり歪んでしまった・・・ということかな。
目撃者の証言や残された物証も、事件を解決に導くというよりは、誤解を招き事件を混迷させてしまうのだから始末が悪い。
そもそも「スミス」なんていかにも偽名くさいしな・・・

で、もうひとつはドレイトン刑事の災厄。
刑事だって立派な男性なんだし、こういうことになるのも致し方ないって思ってたけど、最後に非常に苦い薬を飲むことになってしまう。かわいそうに・・・
全体的にはどうかなぁ。確かにプロットは十分練られているのかもしれないけど、どうにも煮え切らない感想になってしまう分、評価は割り引きたい。
(結局、チェスボードはなにも関係なかったような気が・・・)


No.1563 7点 暗約領域 新宿鮫XI
大沢在昌
(2020/01/05 10:42登録)
2020年、令和2年、皆さま明けましておめでとうございます。
毎年、新年の一発目で何を読もうか考えるわけですが、今回は迷うこと一切なし!
“国内ハードボイルドの金字塔”新宿鮫シリーズの最新作で。サブタイトルは『暗約領域』(なせ『暗躍』ではなく『暗約』なのか?)
2019年の発表。

~信頼する上司・桃井が死に、恋人・晶と別れた新宿署生活安全課の刑事・鮫島は孤独のなか、捜査に没入していた。北新宿のヤミ民泊で男の銃殺死体を発見した鮫島に新上司・阿坂景子は、単独捜査をやめ新人刑事・矢崎と組むことを命じる。一方、国際的犯罪者・陸永昌は、友人の死を知って来日する。友人とはヤミ民泊で殺された男だった・・・。冒頭から一気に引き込む展開、脇役まで魅力的なキャラクター造形、痺れるセリフ、感動的なエピソードを注ぎ込んだ八年ぶりのシリーズ最新作・・・~

紹介文を読んで初めて気付いた。「八年ぶりだったんだな・・・」と。そんなに経ってたんだ・・・。八年ぶりだよ。八年前って言えば、自分もまだ〇〇歳だったんだよなぁーなどとどうでもいいことを思ったりした。
もはや新宿鮫シリーズに対しては書評すら必要ないと思う。よって終了! というのも新年一発目としては寂しいので雑感だけ。

シリーズ11作目となった本作。一番の注目点はやはり新上司と相棒の登場だろうか。
新上司となる阿坂景子。ノンキャリアそして女性警察官の期待の星という存在。警察官としての原理原則、そしてルールを何よりも大切にする。当然鮫島と衝突すると思ったのだが、実際は・・・。もちろん桃井とは正反対の人物。しかし終盤読者の鼻の奥をツンとさせる。
そして相棒となる矢崎。何となく「相棒シリーズ」のような展開かと想像したのだが、そこはやはり新宿鮫だった・・・
(ただ、正直なところ、この二人、まだまだシリーズに馴染めていない感が強い。今後どうなるのか?)

作者が本作でのプロットの出発点として考えたのが「宝探し」・・・ということがネットの特設サイトに出ていた。
そう。今回、鮫島、田島組、公安、そして外国人犯罪組織の四者がこの「宝」を探し回ることになる。
いったいこの「宝」とはなにか?(〇〇〇〇と分かったときは若干拍子抜けしたけど・・・。ちょっと時代がズレてる)
なかなかこの宝の正体が判明せず、いつもの鮫島vs犯罪者たちという濃密な人間ドラマというよりは、捜査・推理の過程が重視されている感がした。
もしかしたら、これまでのシリーズ作品と比べて、この辺りを淡白と捉える読者もいるかもしれない。
実はかくいう私もそう。特に気になったのは最終盤。いつもなら、作品内に溜め込んだエネルギーのすべてを放出するかのような臨界点が描かれるのだが、今回はやや冷えていたように思う。
これは本作が新たな展開への序章だからなのか、それとも経年劣化なのか・・・若干気になるところ。

でも、トータルで評すれば十分に面白い。正月の静かな空間で、少しずつ、味わうように読ませていただきました。
まさに、作者からのクリスマスプレゼント、いやお年玉・・・かな。
(結局『暗約』の意図ははっきり分からず・・・)


No.1562 8点 聖女の救済
東野圭吾
(2019/12/30 23:46登録)
ガリレオシリーズの長編としては「容疑者Xの献身」に続いて発表された作品。
「オール読物」誌に連載後、2008年に単行本として発表。

~資産家の男が自宅で毒殺された。毒物混入方法は全く不明。男から一方的に離婚を切り出されていた妻には鉄壁のアリバイがあった。難航する捜査のさなか、草薙刑事が美貌の妻に惹かれていることを察した内海刑事は、独断でガリレオこと湯川学に協力を依頼するが・・・。驚愕のトリックで世界を揺るがせた東野ミステリー屈指の傑作~

うーん。すごい作品だ。やはり並みの作家ではない、東野圭吾は。
そんな思いを強くした作品だった。

まずはこのタイトルに脱帽。てっきり『聖女』が『救済』される話だと思っていたよ・・・
まさか真逆だとは思っていなかった。
そして「虚数解」の話・・・。「理論的には考えられるが、現実的にはありえない」トリック。
個人的に、このトリックが非現実的だとか、無理があるというのはやや筋違いのように思える。
そもそも作者自身が「ありえない」と断じているのだから。
本来なら無理筋であるはずのトリックを成立させるための設定、人物造形、そして何より湯川学という比類なき探偵役。
作者が企図したすべてのプロットがこの「虚数解」を成立させたのだ。
これこそが作者の力量、作品の力と言わずして何というのか?
こんな作品、なかなかお目にかかれないと思うのは私だけだろうか。

湯川、草薙、内海、そして聖女こと真柴綾音・・四人の織り成す物語も本作の読みどころ。
もしかしたら本作は読者がどの立ち位置で感情移入できるかで感想が違ってくるのかもしれない。
特に草薙刑事。綾音の魅力に取り憑かれながらも、最後には刑事としての矜持をしっかりと示してくれた。冷静な観察眼と女性特有の鋭い勘をもつ内海刑事とのコンビは地上波ドラマ以上に魅力的だ。

ということで改めて作者のスゴさを認識させられた作品だった。
でもちょっと褒めすぎかも。動機が後出しだとか、フーダニットの面白さが全くないというのは確か。
でもまぁ、年末にいいもの読ませていただきました。
(如雨露は絶対伏線だろうなというのはミエミエだったなー。内海刑事がi-potで福山雅治を聞いてたのは作者のサービスかな?)


No.1561 5点 もう過去はいらない
ダニエル・フリードマン
(2019/12/30 23:44登録)
前作「もう年はとれない」に続く、伝説の刑事“バック・シャッツ”を主人公にしたシリーズ二作目。
齢88歳でもメンフィスの街中を舞台に大暴れ!(スゴイ・・・)
2014年の発表。

~88歳のメンフィス署の元殺人課刑事バック・シャッツ。歩行器を手放せない日常にいらだちを募らせる彼の許をアウシュヴィッツの生き残りにして銀行強盗のイライジャが訪ねてくる。何者かに命を狙われていて助けて欲しいという。彼とは現役時代に浅からぬ因縁があった・・・。犯罪計画へ誘われ、強烈に断ったことがあるのだ。イライジャは確実に何か企んでいる。88歳の伝説の刑事VS78歳の史上最強の大泥棒の対決は如何に?~

仕事がら高齢者と話をする機会が結構多い。
確かに最近は元気なお年寄りも増えてるし、88歳で全くボケもせず毎日元気に暮らしている方も割合目にする。
でも、そんなレベルではない。このバック・シャッツは!
大都会の街中で銃を撃ちまくるわ、歩行器のまま犯人のアジトへ単身潜入するわ・・・普通ならヤレヤレである。
(実際、妻のローズにしこたま怒られます)
超高齢化社会となった昨今、これはお年寄りたちに勇気を与える作品だろう。
是非介護施設や病院のロビーに置いて欲しいものだ。

いやいやそんな感想はどうでもいいんだった・・・
で、本筋なのだが、うーん前作よりはやや落ちるかなという感想。
私にしては珍しく、シリーズものをあまり間を空けず読んだのだが、ラストのオチは前作よりも更に予想しやすいと思う。
別に謎解きミステリーではないから、そんなことは二の次でいいのかもしれないけど、さりとて他に印象的な部分は見当たらない。
ということは、やっぱりバック・シャッツの活躍ぶりを楽しむための作品ということかな。

巻末解説によると続編があるとのことなので、もしかして次作は90歳のバック・シャッツが登場するのかも。
90歳になっても街中で暴れまわるのなら、ある意味それってSFかもしれない・・・違うか?
(巻き込まれた刑事がとにかくかわいそうだ・・・)


No.1560 7点 Dの殺人事件、まことに恐ろしきは
歌野晶午
(2019/12/30 23:42登録)
大作家・江戸川乱歩の著名作を現代の最先端テクノロジーでアップデートしたら・・・
という趣旨で編まれた連作短篇集。
2016年の発表。

①「椅子?人間?」=もちろん元ネタは『人間椅子』。元ネタはいかにも乱歩という耽美でエロシズムに溢れた作品だったが、アップデート(?)された本作はというと・・・なかなかシニカルでブラック。短編らしいオチも決まっている。
②「スマホと旅する男」=『押絵と旅する男』が元ネタ。路面電車に乗って長崎の街を旅する男と女・・・。で、問題はこの「女」なのだが、いかにも2019年の話だなーと思ってるうちに、背筋がスーッとさせられる。現代では幽霊もバーチャルなのかも?
③「Dの殺人事件 まことに恐ろしきは」=明智小五郎初登場の『D坂の殺人事件』が元ネタ。やはりこれがベストだろう。殺人事件の真相に驚かされてるうちに、次なるサプライズが襲う! “まことに恐ろしき”は一体誰のことなんですかねぇ・・・という仕掛け。
④「『お勢登場』を読んだ男」=『お勢登場』。これ、原作は未読なんだよな。でも全然関係ありません。こういう事件、実際に起こりそうで怖い。特に妻に日頃から虐げられている男にとっては・・・。(「バカとスマホは使いよう」ってこと?)
⑤「赤い部屋はいかにリフォームされたか?」=『赤い部屋』。もちろん都筑氏のあの作品も関係している。途中まではよくあるプロットだなぁーと思ってたけど、これを繰り返し仕掛けてくる人がいたとは。何重の仕掛け?って思ってるうちにラストのオチが来る。
⑥「陰獣幻戲」=『陰獣』(『化人幻戲』も?)。これも旨いと思う。確かにオチというか仕掛けは予想範囲内なんだけど、「なーんだ」という失望より、「やっぱり!」という興奮を覚えた。でもラストの反転までは想定外。気付かねぇーかなぁ?
⑦「人でなしの恋からはじまる物語」=『人でなしの恋』。まさか暗号ミステリーに変遷するなんてね。これは最初の展開で読者も右往左往させられる。

以上7編。
いやいや。これはさすが歌野。質の高い作品集だと思った。
乱歩の名作オマージュということで、乱歩好きの方にとっては食い足りないんだろうなぁーと思うけど、元ネタをうまい具合に取り入れ、そこに歌野らしいスパイスを効かせました!って感じだ。
まさにアップデート!
もちろん、元ネタのクオリティの高さあってこそのオマージュなのは間違いないけど、ここまで面白ければ十分に評価できる。
短編はホント安定してる。
(上記のとおり、ベストは③。他もなかなか)


No.1559 5点 屋上の道化たち
島田荘司
(2019/12/17 20:04登録)
現代を代表する名探偵(?)御手洗潔登場50作目となる本作。
“記念碑的”作品となるはずの本作だが、文庫版の帯には「『暗闇坂』や『龍臥亭』に劣らぬ強烈な謎」という魅力的な惹句。
これは期待せずにはいられない・・・はず。文庫化に当たってなぜか「屋上」というシンプルなタイトルへ変更。
単行本は2016年の発表。

~自殺する理由がない男女が、つぎつぎと飛び降りる屋上がある。足元には植木鉢の森、周囲には目撃者の窓、頭上には朽ち果てた電飾看板。そして、どんなトリックもない。死んだ盆栽作家と悲劇の大女優の祟りか? 霊界への入口に名探偵・御手洗潔は向かう。人智を超えた謎には「読者への挑戦状」まで仕掛けられている!~

文庫版417頁にある御手洗のふたつの台詞。
『はっはっはぁ、神のいたずらだぜ石岡君、いったいどうしてこんなことが起こったんだろう・・・』
『たぶんこいつは偶然だぜ石岡君。偶然の寄せ集め、奇跡のような偶然の方程式だ・・・』
これが今回の事件、そして謎のすべてを表現していると言っていい。

そう。“神のいたずら”というレベルの話なのだ。
読者は、神の視点を通じて関係者の動きや頭の中まで詳らかにされているからいいようなものの、実際にこんな事件が起こったら、迷宮入り間違いなしだろう。
「偶然の連続」ということなら、「北の夕鶴」だって「奇想、天を動かす」だって「暗闇坂」だって間違いなく「偶然の連続」だった。
でも、それらの作品には確実にカタストロフィがあった。そんな偶然を引き起こすような登場人物たちのドラマがあった。
翻って、本作にはそんな感覚はない。
確かに、御手洗は御手洗だった。海外へ渡ってしまって、もはや人間・御手洗潔というよりは神の如き頭脳を持つ、スーパーマンのような御手洗に違和感しか感じなかった私にとって、やはり馬車道の御手洗はある種の郷愁を覚えさせてくれた。
ただ、どうにも・・・うまく表現できないのだが、作者の熱量は感じなかったなぁー
(巻末解説の乾くるみ氏は、ユーモアミステリの側面をさかんにアピールされてましたが・・・)

「荒唐無稽」でもいい、「有り得ないレベル」でもいい、とにかく読者を「これでもかっ!」とねじ伏せるくらいの熱量を持った作品が読みたいものだ。でもまあ、齢70歳を超えたレジェンドにそれを求めるのは酷なんだろうね。
何となく寂しい気がした。
(因みに、本当にあれだけの現金が銀行からなくなれば、すぐに気付かれるはずです)


No.1558 7点 帝王
フレデリック・フォーサイス
(2019/12/17 20:01登録)
~冒険、復讐、コンゲーム・・・短編の名手としても定評のある著者が“男の世界”を描き、小説の醍醐味を満喫させる、魅力の傑作集~
と紹介されている作品集。どんな「男の世界」が登場するのか? (いかにも汗臭そうだな・・・)
収録作は1972~1982年までの発表。

①「よく喋る死体」=強制退去させられた家屋から発見されたミイラ化した死体。家主の老人は完全黙秘。捜査官は状況証拠から真相に迫るが、家主の妻と目された死体は別人と分かり・・・。最後の一行で反転させられるところがミソ。
②「アイルランドに蛇はいない」=そうなんだ! で?内容はというと、ずばり「因果応報」かと思いきや、割とブラックなラスト一行、っていう感じかな。(想像すると気持ち悪い!)
③「厄日」=こちらはまさに「因果応報」。でも、最初に「厄日だ」と思った人物でなく、違う人物が「厄日だ!」と痛切に思うことになる・・・。ご愁傷さまです。
④「免責特権」=根拠のない誹謗中傷記事を書いても、大新聞社の特権に守られて素知らぬ顔の新聞記者。そんな奴に強烈なしっぺ返しを食らわせるべく、男は立ち上がった! そして図書館通い・・・。でも本当にギャフン(死語)と言わせる。
⑤「完全なる死」=よく見るプロットと言ったらそうなんだけど、最後には気分がスゥーッとする。(いわゆる勧善懲悪) 超高齢化が進む昨今、自分で自分の死後の準備をしておきたいものです。
⑥「悪魔の囁き」=これもなかなか気が利いてる。お堅い「判事さま」が徐々に賭け事に熱くなっていき、最後には・・・ということなんだけど、出来のいいコントのような一編。
⑦「ダブリンの銃声」=これが中では一番地味。いわゆる“最後の一撃”なんだと思うんだけど、これは欧米人なら分かるのだろうか・・・
⑧「帝王」=いやぁー、分かるよ! 分かるんだけど、大丈夫か? 銀行の支店長という職を捨てて島の漁師に弟子入りなんて! いくら我が儘で全く愛情のない妻と離れるためとはいえ・・・。それを決断させたのが「帝王」なのだ(何のことやら?)。

以上8編。
うん。面白い。「短編の名手」という言葉は正しい。
どれもプロットが旨いし、ラストの捻りが決まっている作品ばかり。
何より、作者の腕前を感じるのは人物造形。
みんなどこかに傷や弱みを抱えていて、こっちも読んでるうちにシンパシーを感じる仕掛けになっている。

さすがフォーサイスだね。シリアスな長編もいいけど、こんな軽妙な短編も書けるんだ。
これぞ「一流」作家ということでしょう。
(個人的ベストは⑧かな・・・。痛切にシンパシーを感じてしまった)


No.1557 5点 サブマリン
伊坂幸太郎
(2019/12/17 19:59登録)
「チルドレン」(2004年)の続編。前作は連作短編形式だったが、今回は長編。
“変な男”陣内を中心に、今回も伊坂ワールドが展開される・・・のか?
2016年の発表。

~家庭裁判所調査官の武藤は貧乏くじを引くタイプ。無免許運転事故を起こした十九歳は、近親者がみな、死亡事故に遭っていたと判明。また十五歳のパソコン少年は、「ネット上の犯行予告の真偽を見破れる!」と言い出す。だが一番の問題ははた迷惑な上司・陣内の存在だった。読み終えた瞬間。今よりも世界が輝いて見える大切な物語~

『サブマリン』とは・・・①耐圧構造の船体を有し、水中で活動可能な船舶(要は潜水艦だな)、②野球における投法のひとつ(要はアンダースローだな)、とある(by ウィキペディア)
本作のタイトルは一体どういう意味なんだろう? これが読後にまず思ったこと。
ネット上にある本作の特設サイトを閲覧しても、タイトルの意味に言及した部分はなかった。
うーん。よく分からん。

本作のテーマはずばり犯罪。もっと言えば少年犯罪。
途中、陣内と武藤の会話の中にも出てくるが、やむにやまれず犯罪を犯してしまった者と悪意満載だけど、たまたま犯罪までに至らなかった者。いったいどちらが責められるべきなのか?
テーマの本質は非常に重いもの。
こんなテーマを薬丸岳なんかが書いたら、心の奥までズンと来るような重い物語を書くに違いない。
でも、そこは伊坂。筆致はフワフワしていて軽く感じるし、独特の会話や言い回しでクイクイと読まされてしまう。
特に本シリーズは、はた迷惑な男・陣内のキャラクターが大きい。
伊坂のシリーズものにはアクの強い名物キャラがよく出てくるけど、陣内もその中のひとりに昇格した感じだ。
(でも、こんな奴、本当に職場にいたら邪魔だろうな・・・)

作者が12年の歳月を超えて続編を出したくらいだから、思い入れもあるのだろう。
ただ、他の佳作に比べてどうかというと、そこは・・・あまり・・・っていう評価かな。
ちょっとフワフワし過ぎ。


No.1556 6点 滅びの笛
西村寿行
(2019/12/04 21:59登録)
比較的初期の作品。文庫帯には「長編サスペンス小説」とあるが、ウィキペディアでは「パニック小説」に分類されている。
なんと直木賞候補にもなった作品とのこと。
1976年の発表。

~南アルプス山麓を登山中のハイカーが人間の白骨死体を発見した。死体は鼠に喰われたものと推論された。70年に一度というクマザサの大量開花で、鼠が異常繁殖の兆候を見せているという。関係官庁の対策は後手に回り、犠牲者が続出、事件はただならぬ様相を深めた。数十億の鼠の大群と人間の壮絶な闘いを描く壮大なサスペンス~

とにかく「ネズミ」「ねずみ」「鼠」・・・はたまた「鼠」である。
何と20億匹を超える鼠の大群(!)。甲府市は鼠の大群で壊滅させられます。(甲府市の皆さんご愁傷様です)
鼠にあっという間に骨にされる人間。鼠が民家のガスホースを齧ったために起こる大火災で焼け死ぬ人間。そしてあろうことかペスト=黒死病までもが流行してしまう!
人知を超えた考えられない阿鼻叫喚の世界が描かれる。

鼠の大群は東へ東へ向かう・・・当然行き着く先は「東京」と思われた矢先。
政府、東京都は自衛隊のあらゆる兵器を準備して対抗しようとする。火炎放射器、重装甲車、ナパーム弾を搭載した軍用ヘリまで・・・
それでも鼠の大群は防衛網を突き破るのではないか・・・そんな悲壮感すら漂ってきた終章。
唐突な形で幕切れが訪れる。

いやいや・・・何とも言えないパワーというか熱量のこもった作品。
ありえない設定なのだが、作者の得体の知れない筆力によって、最後まで飽きることなく読まされたという感が強い。
ただ、「有り得ない」「有り得ない」と思っていたけど、よくよく考えてみれば、今年発生した台風19号による大水害も人知を超えた想定外の事件だったよなぁー。もちろん鼠と水では比べようがないけど、自然をコントロールするなんていうことは人間のエゴでしかないということなのだろう。そんなことを何十年も前に予知していたのかもしれない。

そして、寿行ファン(?)の皆さん、ご安心ください。本作、ノン・エロスではありません。
ただ、初期作品なので、あまり期待しすぎるとがっかりするかもしれないのでご留意ください。


No.1555 5点 死仮面
折原一
(2019/12/04 21:57登録)
作者の趣味嗜好が色濃く出た長編(だと思う)。
文藝春秋社で折原というと、長らく続いている「・・・者」シリーズなのだが、新しい展開なのだろうか?
2016年の発表。

~突然、死んだ夫は名前も職業もすべてが嘘だった。真実を求めて、妻の雅代は彼の遺した小説を読み進める。そこには奇妙な連続少年失踪事件が描かれていた。ストーカー化した前夫の影に怯えながらも、雅代は一軒の洋館に辿り着く。何が現実で、何が虚構か? 折原ワールド全開の長編小説~

うーん。やっぱりネタ切れなのかな、という思いを強くした作品だった。
今まで散々目にした折原作品の焼き直しと評すればいいのか、何とか面白くなるエッセンスだけは込めましたというのは分かるのだが、如何せん2019年時点では古臭さが目に付いてしまう。
(これも折原を読み過ぎのせいかもしれないが・・・)

プロットとしては紹介文のとおりで、「現実」と「虚構」を交互に描きながらも、徐々に両者の境目をボヤかしていき、やがてはどっちがどっちか分からなくさせる手法・・・とでも言えばいいのか。
まぁ、今までも作者が手を変え品を変え取り組んできた趣向ではある。
慣れていない読者だと、作品世界に酔うということもあるのかもしれない。(私は酔いませんでしたが・・・)
一応、ミステリーという体裁をとっている以上、ラストには現実的な解決を付けようとしているのだが、これがまた大変に微妙。
それほど多くない主要登場人物の配役というか、立ち位置が次から次へと変わるため、どうにも混乱してしまうのだ。
混乱させることが狙いなら、作者の企みは成功しているのかもしれないけど、そういう狙いではないだろう。

今回は雰囲気自体安っぽいホラームービーのようだった。
巻末解説では横溝正史の同名作品や「ドグラ・マグラ」などの影響という点に触れてるけど、それもネタギレゆえの苦肉の策かなと思えてしまう。
・・・どうにも辛口の評価しか出てこないなぁー。たまにはガラリと作風を変えた作品を読んでみたいという気もするけど、これはこれで折原の長所というところもあるから難しいねえ。


No.1554 6点 殺し屋ケラーの帰郷
ローレンス・ブロック
(2019/12/04 21:56登録)
~ルイジアナ州ニューオーリンズ。殺し屋を引退したケラーは結婚し、子供もできてすっかり良き市民になっていた。新しい仕事のリフォーム事業も好景気で順調だった。ところがサブプライムローン問題によってバブルがはじけ、一気に失業状態に。そんなところへ身を潜めていたドットより突然電話があり、殺しの依頼が舞い込んだ・・・~
「殺し屋ケラー」シリーズの第五弾にして(恐らく)本当の最終譚。2013年の発表。

①「ケラー・イン・ダラス」=ダラスで行われる切手オークションへ参加するケラー。その“ついで”に殺しの仕事を引き受けたのだが、久々の「殺し」はケラーにとっても緊張感ありあり。ターゲットを前にして戸惑うケラーの姿がある意味新鮮。
②「ケラーの帰郷」=かつて、長年住んでいた街NY。この大都市へ来た目的はやはり殺し。今度のターゲットは大宗教家、というわけで敵の防御体制はかなり堅固。さすがの(?)ケラーもどうやって殺せばいいのか戸惑うことに・・・。そしてやっぱり切手のオークション。
③「海辺のケラー」=今回の舞台はカリブ海を巡る豪華クルーズ船。ターゲットは絶世の美女と屈強なボディーガードを連れた老人。慣れない船旅と絶世の美女からの誘惑(?)に苦戦するケラーだったが、最終的には・・・。
④「ケラーの副業」=今回のケラーは殺し屋:切手のディーラー=1:9くらいの割合。もはや切手の話が殆どを占めている。そして、またしても美貌の未亡人からモーションをかけられることに・・・。殺し屋側の話はよく分からなかったな。
⑤「ケラーの義務」=最後は掌編。ケラーとドットに共通の殺しのルールを破るか破らないか、さあどっち?

以上5編。
前作で終わったはずのシリーズがまさかの復活。しかも、あろうことか殺し屋が結婚し、かわいい子供までいるという境遇。こんな奴にまともな殺しができるのか? ということで、予想通りかなり逡巡するのだ、もどかしいくらいに。最後は一応「お役目」を果たすものの、クール&ドライな殺し屋の姿はそこにはない。これではシリーズファンにとっては裏切られたという感情になるのかもしれない。
しかも本作、巻末解説の杉江松恋氏が「・・・殆ど切手ミステリーであると言ってもいいほどである。」と書かれてあるとおりの内容。
切手ミステリーなんていうジャンル初めて知った! 実はブロック自身がマニアらしいから、これはもう自分の趣味で書いてるとしか思えない。

ということで、本作を一言で表すなら「(シリーズにおける)蛇足」ということ。まぁ終わらすには惜しいキャラクターなのは分かるけど、無理やり引っ張り出されたケラーはちょっと可哀想という気がする。続編は書かないほうがいい。
(中では③がベストかな)


No.1553 4点 年上の女
連城三紀彦
(2019/11/19 21:30登録)
いかにも連城らしい・・・といえる作品集。
基本、非ミステリー色の強い作品が並んでいますが、そこは「連城」ですから・・・
1997年の発表。

①「ひとり夜」=昭和40年代から50年代だなぁーという感想。
②「年上の女」=「私に結婚を申込んだ男には、私より愛している女がいます。その女は男より五歳年上で、ブランド品を買い与え・・・」見知らぬ女からの身の上相談。自分には何の関係もなかったはずが、いつの間にか・・・連城マジック!
③「夜行列車」=今はなき、上野発上越線回りの青森行きの夜行列車。寝台車でもない。そこに偶然隣り合った男と女。しかも、互いに不倫の関係・・・そんな偶然フィクションでしか有り得ない。
④「男女の幾何学」=意に沿わないお見合いの席。男と女が虚々実々の駆け引きをしているかに見えて、実は・・・ラストに反転される。
でも、ここまで回りくどいことまでしなくても・・・
⑤「花裏」=これも互いに不倫している夫婦の話なのだが、読んでるうちに何が事実で何が嘘か分からなくなる。そういうのも連城っぽい。
⑥「ガラス模様」⑦「時の香り」=ショートショートのような分量。⑦の方がシャレてる。
⑧「七年の嘘」=またまた互いに不倫している夫婦の話。なのだが、何だか男の方が切ない。そしてまたまた「事実」と「嘘」の境目が分かりにくい。
⑨「花言葉」=電車の中で痴漢ではなく、ポケットの中に花一輪を忍び込ませる男。しかも毎日。なぜ?という話。
⑩「砂のあと」=これも・・・実に気だるい夫婦の話。そしてまたも互いに不倫している。最後はもはやどうでもよくなる。

以上10編。
とにかく「不倫」である。一昔前の作品だし、ちょうど某俳優が「不倫は文化だ」的発言をした時期に重なる頃なのかもしれない。
長年連れ添った40代の夫婦が互いを飽きてしまい、違う男、そして違う女に惹かれてしまう。
実によく分かる話だ。そりゃそうだ・・・

いやいや不倫についての感想はどうでもいいんだった・・・
他のミステリー作品のような捻りや独特の反転の味は薄いので、そこらへんを期待すると失望感を味わう。
よって作者のファンでもスルーでOK。不倫してる方や不倫願望のある方が読めば登場人物の心情にシンクロするかも・・・
私は・・・シンクロしました!

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