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ミステリの祭典

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平均点:6.00点 書評数:1859件

プロフィール| 書評

No.1619 5点 ホワイトラビット
伊坂幸太郎
(2020/11/29 18:20登録)
”伊坂幸太郎20th”か・・・もう二十年になるんだねぇー
個人的にかなりの伊坂作品を読み込んだつもりだが、今回はどんなマジックか? どんな目くるめく展開なのか?
2017年の発表。

~兎田孝則は焦っていた。新妻が誘拐され、今にも殺されそうで、だから銃を持った。母子は怯えていた。眼前に銃を突き付けられ、自由を奪われ、さらに家族には秘密があった。連鎖は止まらない。ある男は夜空のオリオン座の神秘を語り、警察は特殊部隊SATを突入させる。軽やかに、鮮やかに。「白兎事件」は加速する。誰も知らない結末に向けて。驚きとスリルに満ちた、伊坂マジックの最先端~

今回は「兎」と「オリオン座」と「ジャン・ヴァル・ジャン」である。
そして久しぶりの登場となる、新潮社の伊坂作品にはお馴染みの、愛すべき泥棒キャラ「黒澤」。
つまりは、「黒澤」が「兎」と「オリオン座」と「ジャン・ヴァル・ジャン」をうまいこと使って立てこもり事件、そしてその裏に隠された誘拐事件をうまいこと解決する・・・そんな話。
なんのこっちゃ、って思う?

そう。今回も伊坂の腕で何となくうまく丸め込まれた感じ。
本作は、今までにない書き方というか、物語の全体を俯瞰している「神」のような視点が、まるで作品を支配するように、時間軸を行ったり来たりさせる。
コイツが曲者。読者は最初に目にするシーンが、実は裏側はこういうことでした、というのを後で「神」から告げられることになる。
ただ、これが旨く嵌まっているかどうかは正直微妙なところ。ウルサイと感じる読者も結構いそうだ。

個人的には、あくまでこれまでの作者の佳作との比較でいうなら、一枚も二枚も落ちる印象。
作品のテイストでいれば「ゴールデンスランバー」が似ているんだけど、もうひとつ突き抜ける爽快感というか、ヤラレタ感がなかったなぁー。(オリオン座の話もイマイチだし)
前評判は高いと聞いてたので、やや看板倒れに思えた。
まあ良い。次読む作品に期待しよう。


No.1618 5点 疑惑の影
ジョン・ディクスン・カー
(2020/11/29 18:19登録)
フェル博士を探偵役とするシリーズで十八番目の作品。
ただし、本作の主人公は若き気鋭の弁護士パトリック・バトラー。
原題は”Below Suspicion”。1949年の発表。

~”偉大なる弁護士”バトラーが弁護を引き受けた娘ジョイスは、テイラー夫人を殺した容疑で捕らわれていた。夫人はジョイスと二人きりの邸内で、薬とすり替えられた毒を飲んで悶死したらしい。不利な状況のなか、バトラーは舌鋒鋭い弁護で無罪評決を勝ち得た。が、その直後夫人の甥が毒殺されたのだ。しかも当地に滞在中のフェル博士によれば、近辺では毒殺事件が多発していた。バトラーとフェル・・・ふたりの名探偵が突き止めた血の香漂う事件の真相は?~

道具立ては実にカーらしい作品。
悪魔崇拝や頻発する毒殺事件、そして毒殺魔などなど・・・
不気味な雰囲気が作品中に漂っていて、佳作をどしどし発表していた頃のカーなら、アッと驚くようなトリックが出てきたのかもしれない。

本作でそれを期待してはいけない。どちらかというと本格ミステリーというよりは、冒険スリラー寄り。
それもこれも本作の主人公バトラーのせい。
力が有り余っているのか知らんが、敵の用心棒的人物の向こうを張って殴り合いするやら、最終的には火事まで引き起こすや、いやもうやり過ぎだろ!
しかも決め台詞は「オレは決して間違わない・・・」って、どっかの地上波ドラマの女医みたいだし・・・

他の方も書かれてるけど、毒殺トリックにしてもアリバイトリックにしても、ちょっと無理矢理というか乱暴。
最終的に判明する真犯人(=悪魔崇拝教団のボス)もサプライズ感はあるけど、かなり既視感が強い。
とここまでかなり辛口の評価なんだけど、全然面白くない!というわけでもない。
カーらしい雰囲気を味わいながら読み進めることができる。それだけで一定の満足感は得られる(多分)。
ということは、やっぱりカー好きなんだろうな。
でも評価はこんなもんだろう。
(ただ今回、フェル博士がどうにも冴えないのがどうもねぇ・・・。最後くらい締めて欲しかったのだが)


No.1617 6点 淋しい狩人
宮部みゆき
(2020/11/29 18:16登録)
~東京下町、荒川土手下にある小さな共同ビルの一階に店を構える田辺書店。店主のイワさんと孫の稔で切り盛りするごくありふれた古書店だ。しかし、この本屋を舞台に様々な事件が繰り広げられる・・・~
という連作短編集。
1993年の発表。

①「六月は名ばかりの月」=今でいうストーカーのような男に付け狙われた女性の姉が死体で発見される。生前妹に告げた言葉が「歯と爪」・・・。当然バリンジャーのあの名作が連想されるんだけど、結末は割とどんでん返し。
②「黙って逝った」=意味深なタイトル。寡黙だった父親が遺したのは、二十数冊の全く同じ本。いったいなぜ?ということなんだけど、その真相はあまり現実的でないと思うが・・・。こんなことするかな?
③「詫びない年月」=かなり地味めな一編。でも作者らしいといえばそうかも。いかにも下町って感じだしな。
④「うそつき喇叭」=タイトルは体を痣だらけにした少年が田辺書店から万引きしようとした児童書のこと。店主は親のDVを疑うが真相は・・・というもの。
⑤「歪んだ鏡」=営業目的で本の中に自分の名刺を忍び込ませる・・・。そんなことしても無駄だと思うけどなぁー。ラストは因果応報。
⑥「淋しい狩人」=本格ミステリー不遇の時代にひとり踏ん張っていた小説家が残した未完の小説が「淋しい狩人」。この未完の小説を完成させたという男が現れ・・・ひと悶着。

以上6編。
古書を巡って起こる事件を店主が解決していく・・・
アレ! まさに「ビブリア古書堂の事件手帖」の先行事例?って思った。(あっちの主人公は巨乳美女で、こっちの主人公は老人だが・・・)
いかにも作者らしいというか、多少の毒はあっても最終的には柔らかでふんわりした読後感に浸れる作品だった。逆に言えば、少々食い足りないということも言えるんだけど、まぁそこは言わぬが花かな。

もう少しプロットを煮詰めた方がいいものの混じってるけど、まずは安心して手に取れる短編集でしょう。
(作者の短編集はあまりハズレがないように思う。)


No.1616 5点 ワトソン力
大山誠一郎
(2020/11/18 15:35登録)
~目立った手柄もないのになぜか警視庁捜査第一課に所属する和戸栄志。行く先々で起きる難事件はいつも居合わせた人々が真相を解き明かす。それは和戸が謎に直面すると、そばにいる人間の推理力を飛躍的に向上させる特殊能力「ワトソン力」のお陰だった!~
ということで連作短編集。2020年発表。

①「赤い十字架」=いわゆるダイイングメッセージものだが、安易な解法なのはやむを得ないかな・・・十字架とアレを間違うかな?
②「暗黒室の殺人」=地面の陥没で停電なんて、最近の事件(調布のやつ)を思い出してしまった。まぁ死んだのは偶然というのはいいとしても、ちょっと強引かな。
③「求婚者と毒殺者」=これも・・・安易な解法なのは間違いない。こんなCCでやらなくても・・・
④「雪の日の魔術」=「雪」といえばいわゆる”雪密室”ということなのだが、これはちょっと現場が分かりにくい。「魔術」というのは明らかに言い過ぎ。
⑤「雲の上の死」=航空機の中で起こる殺人事件といえば、A.クリスティの某名作が思い浮かぶけど、これはかなりブッ飛んだ解法。というか普通やらないだろう、こんなこと。
⑥「探偵台本」=残された焼け跡の残るミステリー劇の台本をめぐり、役者たちが推理合戦を行う・・・どこかで見たようなプロットだな。軽くても面白さはある。
⑦「不運な犯人」=航空機ではなく今度は長距離バスが舞台。しかもバスジャックが起きた車中で起こる殺人事件。で、何が不運かということが鍵。

以上7編。
単なる短編集ではなく、和戸が①~⑦の事件関係者の誰かに監禁されてしまうという謎も加わる。(こちらは大したことはない添え物のようなものだが)
で、本作もいわゆる特殊設定もの。
よくもまぁ、こんな特殊設定考えるよなぁ・・・ でも割と面白くはあった。
短編の1つ1つは実に大したことはないのだが、読み物としては上手い具合にまとまってはある。(地上波のドラマでやりそうな感じ)
作者が器用なのは分かったので、次はもう少し骨太な本格長編を期待したいところ。
続編もあるかな・・・


No.1615 6点 殺人犯はわが子なり
レックス・スタウト
(2020/11/18 15:33登録)
巨漢で美食家の探偵ネロ・ウルフシリーズの十九作目(ウィキペディア調べ)に当たる長編。
このシリーズを読むのも久しぶりなのだが、これまでパッとした印象がないんだよなぁ・・・
ということで、1956年の発表。

~はるばるネブラスカからマンハッタンのウルフの住居を訪ねてきた老資産家の依頼は、11年前に勘当した息子を探してほしいというものだった。ウルフは助手のアーチーに命じ、早速新聞に情報提供を呼び掛ける広告を打つ。ところが応じてきたのは、警察や新聞記者、弁護士といった連中ばかり。どうやら今話題となっている殺人事件の被告がくだんの息子と同じイニシャルらしい。公判に出向いたアーチーは、その被告こそが問題の息子だと確信するのだが・・・~

2020年11月初旬。TVは某アメリカ大統領選一色である。
日本人から見ると、到底信じられない選挙戦が繰り広げられる民主主義の先進国。そして、やはり主役はあの男、そう、トランプ大統領その人。
個人的には、あの方を見てると、「典型的なアメリカ人」というか、「日本人が頭の中で思い描くアメリカ人」に一番近いのではないかといつも思ってしまう(とにかく体がデカくて、大声でまくし立てて、押しが強いetc)。
まぁ、選挙戦の結果はおいおい判明するだろうけど、文化の違いって大きいんだなって思わずにはいられない。

いやいや、大統領選の話はどうでもよかった・・・(ただ、ネロ・ウルフって、どうも私の頭の中でトランプ大統領の姿と被ってしまうんだよねぇ・・)
で、本作なんだけど、まず最初に言ってしまうと、面白いか面白くないかがよく分からない作品、だった。
長きに亘って続くシリーズらしく、ウルフやアーチーをはじめとするシリーズキャラクターは今回も生き生きと動き回ってくれる。ストーリーもテンポよく進んで、ラストは関係者一同を集めてウルフが真犯人を指名するなんて場面まで用意されている。
こう書くと面白いに違いないはず・・・なんだけど、うーん、どうもね。
シリーズを読み込んでいる読者でもないし、ただウルフの経験則に基づいた推理が徐々に開陳されるのを待つのみ、というプロットがどうも合わないのかもしれない。
一編の読み物としては十分に面白さは兼ね備えてる、ということは言えるので、まぁそこそこの評価ということに落ち着くのかな。


No.1614 5点 よろずのことに気をつけよ
川瀬七緒
(2020/11/18 15:31登録)
2011年の第57回江戸川乱歩賞受賞作にして、(当然)作者のデビュー長編。
この年は本作のほか、玖村まゆみ「完盗オンサイト」が同時受賞の栄誉に輝いている。
で、2011年の発表。(2回書かなくても・・・)

~都内に住む老人が自宅で惨殺された。奇妙なことに、遺体は舌を切断され、心臓をズタズタに抉られていた。さらに縁の下からは、「不離懇願、あたご様、五郎子」と記された呪術符が見つかる。なぜ老人はかくも強い怨念を受けたのか? 日本の因習に絡む、恐るべき真相が眼前に広がる! 第57回江戸川乱歩賞受賞作~

確かに龍頭蛇尾なところはある。
出だしの展開、謎は紹介文のとおりで、なかなかに魅力的なのだ。
得体の知れない土着的な風習なのか、宗教めいた話なのか、はたまたまるでアニメの世界のような呪術師が出てくるのかetc

物語の中盤。事件のベクトルが殺された老人の隠された過去に集約されていく。
いったいどんな凄まじい過去、事実が待ち受けているのか? それがどのように現代の事件に繋がっていくのか?
第二の殺人が起きるに及び、読者(=私)の期待はピークへ!

ここからの展開が今ひとつなのは、やはり処女作の所以なのかな。
事件の中心点となる〇〇県の山中へわざわざ飛び込んでいく主人公の男女2人。そこで、動機やら過去の顛末やらが明かされるのだが・・・うーん。ちょっと尻つぼみ。
割と”よくある”過去の過ちではないか!
言葉は悪いが、こんなことで舌を切断され、心臓をズタズタに抉られるなんて!
呪術師こえーよ。
ただ期待値からいうと、真犯人=もっと不穏で得体の知れない感半端ない奴という予想からするとねぇ・・・

でもまぁこの頃の乱歩賞受賞のコードは踏まえてる作品だろう。
巻末の選評を読んでると、総じて本作=まとまりがよい、というような評価だった模様。
まぁそれは首肯する。


No.1613 6点 船から消えた男
F・W・クロフツ
(2020/11/02 21:48登録)
フレンチ警部登場作としては、数えて十五作目に当たる本作。
舞台はこれまでも度々登場した北アイルランド(大英帝国の一部だね)。今回もフレンチの地道な捜査行は実を結ぶのか?
1936年の発表。原題は”Man overboard!”(飛び降りた男?)

~北アイルランドの小さな町で平穏な毎日を送っていたパミラと婚約者ジャックが、ある化学上の発見の実用化計画に参加することとなった。発見とはガソリンの引火性をなくし、危険性のない燃料にできるというものだった。実用化されれば巨万の富を得るのは間違いない。計画は進み、ロンドンのある化学会社と契約成立も間近というとき、その化学会社の社員が失踪した。ロンドンへ向かう船から姿を消したのだ。数日後彼は死体となって発見された・・・~

紹介文を見る限りは、いつものクロフツ、いつものフレンチ警部だろうと思ってた。
確かにいつものクロフツ、いつものフレンチ警部と言っても過言ではない(クドい!)部分が殆ど。前半は主人公役の素人が犯罪に巻き込まれるまでの顛末が語られ、中盤になってフレンチ警部が登場。靴底をすり減らしながら捜査を進めるものの、なかなか光明が見いだせない。「まだかよー」って思ってるさなか、終盤になって唐突に「光明が!」。そして解決。めでたしめでたし・・・というのがお決まりのパターン。

ただし、本作は若干異なる。
フレンチも捜査は行うものの、フレンチよりはベルファスト署のマクラング部長刑事の捜査の方が主。(マクラングは初期の名作「マギル卿最後の旅」でもフレンチに協力してくれた盟友)
そして、終盤は不幸なことに逮捕されてしまった婚約者ジャックをめぐる法廷シーンが延々と描かれることとなる。
この法廷シーンがかなり念入り。検察側と弁護側のやり取り、応酬がかなり頁を割いて続くことになる。
読者としては、「フレンチはどうした?!」と言いたくなるなか、ラスト近くになってやっと再登場ということになるのだが、これが問題。
中盤最後のフレンチの独白シーンで、この時点でフレンチは凡その真相に気付いたと書かれているのだ。それなのに・・・そこから延々捜査が行われるのを見て見ぬふりをしたというのか! いくら北アイルランドの管轄外の事件とは言え、それはないだろうという気にさせられた。結局、最後はフレンチの見込みどおり、真犯人は逮捕され事件は終結ということになる。
私がマクラングなら、「もっと早く言ってよ!」って思わずにはいられないだろうな。スコットランドヤードも日本の警察と同様、縄張り意識が強いということなのかな。
ただし、作品の出来そのものはまずまず。シリーズらしい安定感のある作品ではある。


No.1612 6点 模像殺人事件
佐々木俊介
(2020/11/02 21:47登録)
「創元クライム・クラブ」として配本された作品。
作者は本作のほか、デビュー作となる「繭の夏」の2作品しか発表していない模様・・・
2004年の発表。

~木乃家の長男・秋人が八年ぶりに帰郷を果たした。大怪我を負ったという顔は一面包帯で覆われている。その二日後、全く同じ外見をした包帯男が到着。我こそは秋人なりと主張する。二人のいずれが本物ならんという騒動の渦中に飛び込んだ大川戸孝平は、車のトラブルで足止めを食い、数日を木乃家で過ごすこととなった。日頃は人跡稀な山中の邸に続発する椿事。ついには死体の処理を手伝いさえした大川戸は一連の出来事を手記に綴る。後日この手記を読んだ進藤啓作は、不可解な要素の組み合わせを説明づける真相を求めてひとり北辺の邸に赴く~

何とも不思議な感覚に陥った。そんな感じ。
作品そのものが纏っている雰囲気が実に曖昧模糊としているのだ。
探偵役となる進藤啓作が物語の中盤、「その屋敷(木乃家)でいったい何が起こったのか?」という疑問を呈するに及び、本作のメインテーマが「What done it」だということが判明する。

確かに。関係者が残した「手記」をもとに推理するという形式からは、単純なWho done itということではなく、読者に隠された“大いなる欺瞞”を暴くことこそがプロットの主軸となることはもはや自明の理だろう。
そして、この“大いなる欺瞞”が問題。
「犬神家」を彷彿させる二人の包帯男を登場させた段階で、もはや人物の入れ〇〇りは想定されてしまう。しかし、本作のスゴ味は、この欺瞞をかなり大きなスケールでやってしまったこと。
もちろんこれには無理が生じる。普通なら気付かれるリスクが半端ない。で、それを現実的にさせる仕掛けが人里離れ、隔離された旧家という舞台なわけだ。
そしてもうひとつが、幻想的ともいえる筆致。(筆致だけなら、綾辻の「霧越邸」を何となく思い出した)
先に「曖昧模糊」と表現したけど、霧の中をさまよいながら読書しているという感覚に陥ってしまった。

なんか、とりとめもない書評になってますが、これまであまり接したことのない作品だったのは事実。横溝や三津田などの作風は想起させるけど、こういう独特な作品が二作だけなんて実にもったいない。作者はその後どうしちゃったんだろうか?


No.1611 5点 合理的にあり得ない
柚月裕子
(2020/11/02 21:45登録)
過去、仕組まれた事件で弁護士資格を剥奪された探偵・上水流涼子。彼女は頭脳明晰な助手・貴山とともに探偵エージェンシーを設立。金と欲にまみれた人たちの難題を知略と美貌を武器に解決に導く・・・
という連作短編集。単行本は2017年の発表。

①「確率的にありえない」=“未来が見える”という男。彼は、目の前ですべての競艇レースの着順を当てるという離れ業を演じて見せる・・・。もちろんトリックがあるのだが、そんなうまくいくかねぇー、面前だし。
②「合理的にありえない」=今度は“未来が予測できる女”が登場するのだが、実はこの女の正体は上水流涼子自身。身勝手な依頼人をギャフン(死語)と言わせて、報酬はしっかり頂く。でも、このトリックは身も蓋もないだろ!
③「戦術的にありえない」=ヤクザ同士の賭け将棋。イカサマがあるんじゃないかという依頼が上水流の元へ。そうか「鬼殺し」か・・・。使ったことないな。でも、このブロックサインは気付かれるんじゃないの?
④「心情的にありえない」=かつて上水流を嵌め、弁護士資格を失わせるきっかけを作った男。その男からの依頼に応じることが=心情的にありえない、ということ。作品のプロットは平板。
⑤「心理的にありえない」=最後の舞台はなぜか大阪。それもミナミのコテコテの大阪・・・。筋金入りの阪神ファンに対して野球賭博で嵌めようとした男が逆に・・・という展開。

以上5編。
今回、作者の初読みなのだが、こんな作家だったけ?
最近だと「孤狼の血」なんかの影響で、ハードで重めの作風だと思ってたけど、これは・・・軽いね。
それに探偵事務所が舞台で、舞い込んだ奇妙な依頼を紆余曲折の末、解決していくというプロット。最近よくお目にかかるような気がするのは気のせい? 単なる偶然?

まぁそれは置いといても、あまり感心する出来栄えではなかった。
上水流のキャラも最初は神秘的な美女という設定だったのに、徐々に崩れて、むしろ助手の方が目立つことに。(狙いか?)
ひとことで表現するなら「安易」ということになるんだけど、「探偵事務所」なんていう使い古された設定で、何とかして目新しさを出そうとしてうまくいかなかったということかな。
評価としてはまぁこんなものでしょう。
(結局は①が比較的ましかな)


No.1610 5点 善意の殺人
リチャード・ハル
(2020/10/13 22:42登録)
今のところ、邦訳されている作者の作品は本作のほか「伯母殺人事件」「他言は無用」の全三作。
普通は一番著名な「伯母殺人事件」から読むよなぁーって思いつつ、たまたま図書館に並んであった本作を手に取ってしまった。
1938年の発表。原題は”Excellent Intentions”

~嫌味な嫌われ者の富豪が、列車の中で、かぎ煙草に仕込まれていた毒で殺された。誰がどのタイミングで疑われずに、毒を仕込めたのか。数々の証言によって「被告」の前で明らかにされていく。果たして「被告」は真犯人なのか。ところが「被告」の名前は最後まで明かされない。関係者の中のひとりであるには間違いないのだが・・・。「伯母殺人事件」をも凌ぐ、奇才ならではの技巧に満ちた傑作~

紹介文を読むと、まるで「被告当て」がメインテーマの本格ミステリーのように見える。でも、前の書評者の方も触れられてるとおり、どうもそれは的外れのようだ。
確かに終盤まで「被告」の名前は隠されてるし、判明する「被告」の正体は関係者の中のひとり・・・ではある。
でも、そこにサプライズが仕掛けられているのかというと、特段そういうわけでもない。
うーん。中途半端。

前半は探偵役(真の探偵役は別にいるのだが)のフェンビー警部の、アリバイを中心とした丹念な捜査行が描かれる。容疑者がひとりひとり俎上に上げられては消えていく・・・そう、実にまだるっこしい展開。
まだるっこしいながらも、徐々に絞り込まれてきたか!という刹那、次の場面ではあっさりと「被告」の名前は読者の前に明らかにされてしまう。
「えっ!」「ここでバラすの!?」と思わずにはいられない。
ただ、作者は更なる仕掛けを用意している。ただし、これもどうもピンとこない。何となく狙いは分かるんだけど、どうも手ごたえがないというか、不完全燃焼とでも表現したい気持ち。

あと、邦題の「善意の殺人」の意味。最初は嫌われ者の富豪を殺すこと自体が「善意」なのかと思っていたけど、それほど短絡的な意味ではなかったんだね。なるほど。良く言えば「深い」のかもしれない。
でも、正直なところ、本来の面白さ(それがあるのなら)の半分も味わえてない気がする。
確かに不思議な感覚の作品だった。


No.1609 5点 ボッコちゃん
星新一
(2020/10/13 22:38登録)
もはや伝説的となった作家・星新一。残念ながらその功績や略歴など詳しくはないのだが、個人的には星新一=SFまたはショート・ショートの大家というイメージが強い。
ということで、一度は読んでみようかということで本作を手に取った次第。
自選短編集として新潮社から1971年に発表された作品。

以下、印象に残ったものをピックアップしてみる。
1.「悪魔」=初っ端の作品がいきなり「悪魔」とは・・・。作者も人が悪い。
2.「ボッコちゃん」=そして表題作。ラストは結構ブラック。だけどどことないユーモア(死語)あり。
4.「殺し屋ですのよ」=これは成程。オチも決まって、ショート・ショートのお手本?
5.「来訪者」=これは皮肉が効いてる。本当にこんなことがあるかも・・・って思わせる(わけないだろ!)
14.「生活維持者」=これは世界観が何とも・・・良い。ブラックだけどね。
20.「鏡」=ここにも「悪魔」が登場。で、ラストは因果応報的
21.「誘拐」=なかなか上手い方法・・・なのか?!
23.「マネー・エイジ」=何でもかんでも金、カネ、かねという架空の世界の話。いやっ、現代世界も似たようなものか・・・
26.「ゆきとどいた生活」=何事も「ゆきとどき過ぎる」とダメってこと。
28.「気前のいい家」=アハハハ・・・。これはいいシステムかもしれない。
47.「白い記憶」=アハハハ・・・。こんなこと本当にあったら笑うなぁ。いや、逆に笑えんかもしれない。
50.「最後の地球人」=ラストの一編は実に訓示的で余韻が残る。アダムとイブかと思ったけど違う?

以上。すべてショート・ショートで50編。
さすがに途中からツラくなってきた。テイストの似通った作品も多いし、作者の考え方や思想も途中からだいだい察してきただけに、「またか・・・」という思いもよぎってくる。

でも、確かにこれは日本のショート・ショート界(そんな界ある?)を代表する作品ではあるだろう。
作品自体はごく短いものだけど、奥には底知れぬ世界が広がっている。そんな気にはさせられた。
さすが星新一。恐れ入りました。


No.1608 6点 下町ロケット ヤタガラス
池井戸潤
(2020/10/13 22:35登録)
前編的位置付けの「下町ロケット ゴースト」に続いての完結編となる本作。
佃製作所VSダイダロス+ギアゴースト、ついでに重田+伊丹VS的場の戦いにも終止符が訪れる・・・はず。
単行本は2018年の発表。

~宇宙(そら)から大地へ・・・。準天頂衛星「ヤタガラス」が導く、壮大な物語の結末は?~

「ゴースト」の書評の際に、『もはや池井戸作品に対してはあれこれ書評しない・・・』などと書いてしまった。
ということで終了。

・・・
いやいや。さすがにそれでは気がすまん。ということで、くだらない感想だけは書き記すこととする。
Amazonの書評を拝見すると、これがもう予想以上に高評価だらけ。中には、「文学性が高い」などと書かれている方までいらっしゃる。
うーーん。個人的には「やや安直」というのが読了後の感想。
読者の方も、もはや物語の展開などは自明の上で、それでもその自明の結末を待ち構えている。
これって・・・そうか、それが歌舞伎との共通項?
歌舞伎だって、ストーリーはほぼ自明。それでも観客は歌舞伎自体の様式美や俳優の熱のこもった名演を期待している。どうりで・・・歌舞伎俳優が嵌まるわけだ。

などと否定的な感想を書いてますが、やっぱり読ませる力は本作も健在。
的場取締役が失脚する場面なんて、個人的にも拍手喝采。「ざまあみろ!」って思わず叫びそうになった。(大げさ)
本作のテーマである農業。担い手の殆どが60歳超の高齢者ということで、このままいけば日本の農業は壊滅してしまうという・・・。でもこれって、地方なら他の産業も同様。建設業だって、高齢者の比率は相当高い。
今から十分に備えておかないと、その時になって慌ててもどうしようもない。そんなことを考えさせられる作品。
作者の目の付け所、取材力に関しては敬意を表します。
が、そろそろ原点回帰。ミステリー度の濃い作品を期待してます。


No.1607 6点 下町ロケット ゴースト
池井戸潤
(2020/09/27 19:41登録)
「下町ロケット」のシリーズ作品の第三弾。皆さんご存じのとおり、すでにTBSの地上波で放映され、大人気を博した作品。まっ、かくいう私はチラ見くらいしかしてないので、新鮮な気持ちで読了したわけですが・・・
単行本は書下ろしで2018年の発表。

~宇宙から人体へ。次なる舞台は「大地」。佃製作所の新たな戦いが始まる。倒産の危機や幾多の困難を社長の佃航平や社員たちの熱き思いと諦めない姿勢で切り抜けてきた大田区の町工場「佃製作所」。高い技術に支えられ、経営は安定したかに思えたが、主力のエンジン用バルブシステムの納入先である帝国重工の業績悪化、大口取引先からの非情な通告、そして番頭・殿村の父が倒れ、一気に危機に直面する。ある日、父の代わりに栃木で農作業をする殿村のもとを訪れた佃は、その光景を眺めているうちに一つの秘策を見出す・・・~

今日、2020年9月27日、日曜日。いよいよ地上波ドラマ「半沢直樹」の最終回の日。
ネットニュースは最終回の展開予想で大騒ぎ。今回は歌舞伎俳優たちが大活躍。得意の「顔芸」で濃い演技を見せたり、予想もつかない展開の連続で巷の話題をさらってる状況・・・のようだ。(新聞によると、中国でも大人気になってるそうだ・・・スゴイ)
でも、あれ見てると、銀行員ってなんなんだ! ってどうしても思ってしまう。もちろん極大的に戯画化していることは理解するが、政府にたてつく一介の銀行員なんて・・・。(現実に当てはめると、そこら辺の銀行員があの二階幹事長に面と向かって非難するんだからな・・・ありえん!)

いやいや、「半沢直樹」の書評じゃなかった。「下町ロケット ゴースト」である。
ドラマをご覧になった方はお分かりのとおり、本作は「佃製作所VSダイダロス+ギアゴースト」の前編的位置づけの作品。テーマは、「トランスミッション」であり「農業」である。
こんなことをいうと元も子もないけど、もはや池井戸作品にあれこれ書評する気はない。
とにかく、どうぞ、頭を真っ白にして、作品世界に没頭してください。今回も、佃航平は熱い男だし、殿村や佃製作所の社員はとにかく一生懸命に頑張ります。悪役たちも一生懸命悪役を全うしています。
とにかく、一生懸命なんです。「臭い」と言われようが、現実離れしていると言われようが、真っ直ぐな人間や言葉はいつの時代も心に刺さるのでしょう。じゃなかったら、池井戸作品がここまで受け入れられることはないはず。

作中での殿村の放つ科白『サラリーマンは安定なんかしてない。意に沿わない仕事を命じられ、理不尽に罵られ、嫌われて疎ましがられても、やめることができないのがサラリーマンだ。経済的な安定と引き換えに心の安定や人生の価値を犠牲にして戦っている・・・』 うーーん。染みる言葉だ。


No.1606 5点 冬を怖れた女
ローレンス・ブロック
(2020/09/27 19:36登録)
「過去からの弔鐘」に続いて発表された、マッド・スカダーシリーズの第二作。
発表順ではなくランダムに読み進めてきた本シリーズ。今さら過去へ遡るかのように一作目⇒二作目を手に取ったのだが・・・
1976年の発表。原題は”In the midest of the death”

~ニューヨーク市警の刑事ブロードフィールドは警察内部の腐敗を暴露し、同僚たちの憎悪の的となった。折しも、ひとりの娼婦が彼を恐喝罪で告訴。身の潔白を主張する彼は、スカダーに調査を依頼した。だが、問題の娼婦が殺害され、容疑はブロードフィールドに! 彼の苦境に警官たちが溜飲を下げるなか、スカダーは単身、真相の究明に乗り出す~

いきなりネタバレっぽいが、本作の裏テーマはずばり”SM”である。もちろん“SM”ってあの“SM”のことです。

物語の始まりは紹介文のとおり、嫌われ者の警官=ブロードフィールドからスカダーが調査の依頼を受けたところから始まる。ただし、今回の事件はシリーズ中でも指折りのジミさ。いや、渋さというべきか・・・
いつも通り、スカダーは事件の関係者ひとりひとりと会い、話を聞く中で事件の真相に気付くことになる。
なるのだが、この過程が悪く言うと平板そのもの。ふたりの男が相次いで死に至る終盤まで、これといった山もなく、静かなままで進行していくのだ。
本シリーズ作品には、いい意味での「静謐さ」を感じる作品も多いが、本作はそれとはちょっと異なる。
さすがにまだ二作目ということもあるのだろう、スカダーの造形もまだ定まりきっていなかったのかもしれない。

邦題の「冬を恐れた女」。物語には主にふたりの女性が登場する。ひとりは娼婦のカー、もうひとりは今回スカダーと恋に落ちるブロードフィールドの妻ダイアナ。実はどちらも「冬を恐れる」的な記述があるためどちらのことを指しているのかは定かでない。この当たりが逆に意味深ではある。

ということで話を戻して、”SM”である。本作で最も曖昧模糊としていたのが殺人の動機。それを詳らかにする鍵となるのが”SM”・・・。やっぱり、男は古今東西問わず、若かろうが年を取ってようが、ある種変態なんだね。
そんなことを最終的には感じてしまった。いやいや、主題はそんなことじゃないだろ!
ただ、シリーズ中では大きく見劣りする作品かなというのが正直な感想。(いよいよ残り少なくなったシリーズ未読作品。寂しさと切なさが募る・・・)


No.1605 6点 虚像の道化師
東野圭吾
(2020/09/27 19:31登録)
長編を挟んで、「探偵ガリレオ」「予知夢」、「ガリレオの苦悩」に続く、人気シリーズの短編集第四弾。
今回も福山雅治、いや湯浅学博士の名推理が炸裂・・・するか?
単行本は2012年の発表。

①「幻惑す」(まどわす)=新興宗教と本格ミステリーって相性が良いのだろうか? そこかしこで新興宗教舞台のミステリーを読んでる気がする。ガリレオシリーズのアプローチとしては、やはりこういう方向性だろうなという真相。
②「透視す」(みとおす)=犯人捜しは主題ではなく。被害者の特技=「透視術」がどのような方法で行われたのかというのがテーマ。うーん。実に面白い!ではなくって、「実にシリーズっぽい」一編。
③「心聴る」(きこえる)=今回のテーマは「幻聴」。幻聴に悩まされる男女が暴れて・・・ということなのだが、このトリックはまさに「理系ミステリー」そのもの。こんな装置がありますよ、って言われても文系人間には分かりませーん。
④「曲球る」(まがる)=これはミステリーではない。変化球を武器とするひとりのプロ野球のピッチャー再生の物語・・・。確かに変化球は科学的に解明できるんだろうけどね。
⑤「念波る」(おくる)=実にガリレオシリーズらしい一編。テレパシーは科学的に信じられないはずのガリレオ先生がテレパシーの解明に乗り出すことに。これは科学的ではなく、実に「人間的」なトリック。
⑥「偽装う」(よそおう)=大学時代の友人の結婚式で郊外のリゾートホテルへ向かうこととなった湯川と草薙。折からの大雨で帰路の道路が寸断された中で起こる殺人事件・・・というわけで、いかにもな設定の本編。事件現場は最初から偽装の匂いがプンプンしていたわけだが真相は意外な着地へ。
⑦「演技る」(えんじる)=劇団内の男女の鞘当てが背後にある殺人事件。まさにタイトルどおりに「演技」がテーマとなる。どこが演技でどこが事実なのか、さて?

以上7編。
本作、文庫版は「虚像の道化師」と「禁断の魔術」の両方が楽しめるというお得な設定。
というわけでもないけど、シリーズの原点に戻ったかのような作品集に仕上がっている。「聖女の救済」や「真夏の方程式」がシビアで辛口な長編だっただけに、ある意味能天気に楽しめた作品ではあったかな。

ただ、うーん。やはり悪い意味での「馴れ」というか、新鮮味に欠けるような作品が多いようには感じた。
もちろん平均点はクリアしてるんだけど、どうしても水準以上の期待をしてしまうからねぇ・・・。
湯川のキャラクターも今回はかなり抑え目。長編三作では人間=湯川学の面を出しすぎたからか、今回は物理学者らしい言動が目立っている。まぁそれもシリーズを続けていくのならいいんじゃないか。
あまりド派手な展開が続くと、終わりも早いような気がするから。(ベストは・・・⑥かな)


No.1604 6点 ダイアルAを回せ
ジャック・リッチー
(2020/09/12 20:34登録)
河出文庫で読んだ「カーデュラ探偵社」と「クライム・マシン」がかなり面白かった。ということで単行本の本作にも手を出したというわけで・・・ただし、一部は「カーデュラ探偵社」と被っている模様。
2007年の刊行。

①「正義の味方」=作者らしい洒落た(?)殺し屋小説。ツイスト感は薄いけど、オチというか締めの展開はさすが。
②「政治の道は殺人へ」=これも①と似たテイストなんだけど①よりブラックで面白い。こっちの方がツイストも効いてる。でも、こんな女いそうだな・・・
③「いまから十分間」=これは思わずニヤリとさせられる。まさにツイスト感たっぷりで短編のお手本のような佳作。
④「動かぬ証拠」=これまた最後にニヤリ。追い詰めたようで、実は追い詰められてたってこと。
⑤「フェアプレイ」=またしても互いに殺したい夫婦が登場。ふたりが虚々実々の駆け引きを行った結果は・・・? 油断大敵ってことだね。
⑥「殺人はいかが」=またまた妻が自分を殺そうとしているという考えに支配されてる男が登場。そこに殺し屋が現れて・・・という展開。テイストは結構被ってる。
⑦「三階のクローゼット」=二番底かと思ったら三番底だったという展開。それだけ捻ってるということ。
⑧「カーデュラと盗癖者」、⑨「カーデュラ野球場へ行く」、⑩「カーデュラと昨日消えた男」=以上3編は「カーデュラ探偵社」で既評済。でも久々に読んでも新鮮で面白かった。カーデュラとキャラがそれだけお見事。
⑪「未決陪審」=以下の4編は、ヘンリー・S・ターンバックル部長刑事を迷(?)探偵役とするシリーズから。簡単そうな事件をこねくり回して解決しようとするターンバックル刑事。
⑫「二十三個の茶色の紙袋」=これも⑪と同様。勘、っていうか思い付きで事件を解決しているようにしか見えない。まぁ面白いけど・・・
⑬「殺し屋を探せ」=これも結構捻ってくる。短編らしい佳作。で、結局「殺し屋」は誰?
⑭「ダイヤルAを回せ」=表題作にするほどか?っていう小品。
⑮「グリッグスピー文書」=“ターンバックルシリーズ外伝”のような作品。何しろ事件が起きたのは1863年! そんな過去の事件を無理矢理解決しようとするなんて・・・無茶。

以上15編
さすが、短編の名手と呼ばれるだけある作品。本作は「カーデュラ」や「ターンバックル」など、作者の代表的シリーズの作品も含んでいて、まさにジャック・リッチーを知るための作品という位置付け。
ただ、個人的には過去読了した2作(「カーデュラ探偵社」「クライム・マシン」)の方が上という評価。
でも、十分に楽しめるし、未読作も是非手に取ってみたいと思える水準。
(管理人様に敬意を表します。「続けていくこと」が何よりも重要で大切なことだと思っています。)


No.1603 7点 棲月
今野敏
(2020/09/12 20:33登録)
「隠蔽捜査7」。ついにシリーズも15周年に突入。
そして、竜崎伸也、大森署署長最後の事件!
2018年の発表。

~鉄道のシステムがダウン。都市銀行も同様の状況に陥る。社会インフラを揺るがす事態に事件の影を感じた竜崎は、独断で署員を動かした。続いて、非行少年の暴行殺害事件が発生する。二件の解決のために指揮を執るなか、同期の伊丹刑事部長から自身の異動の噂があると聞いた彼の心は揺れ動く。見え隠れする謎めいた敵。組織内部の軋轢。警視庁第二方面大森署署長、竜崎伸也、最後の事件~

15年経っても、竜崎伸也は決して変わらず、決してブレず。まさに管理職の「鑑」だ。
『管理者がしっかりしていないと、現場の者は存分に力を発揮できない。現場をいかに効率よく動かすかが、管理者の役目であり、キャリアはそのために全力を尽くすべきだと考えていた』・・・とここまではいつもの“竜崎節”と言えるのだが、左遷され赴任した大森署で署長職を全うしているうち、『・・・少しだけニュアンスが変わってきた。現場の動きを肌で感じるようになったのだ』という心境の変化に至ることになる。
妻の冴子からも、大森署での勤務が竜崎を人間として成長させたと言われるなど、まさに署長としての総決算的な作品が本作ということになる。
毎回感じるけど、管理職として竜崎に見習うことは大。大なのだが、これを真似するのは至難の業。今話題の半〇直〇もそうなのだが、「正しいことを何のためらいもなく正しいと言う」-これができる者だけが人間を、そして時代を動かすことができるのだと思う。

で、本題なのだが、「棲月」というサブタイトル。てっきりそういう熟語があるのだと思っていたけど、そうではなくて本作に登場するある人物を指す造語のようだ。「月」に「棲む=住む」とはこれ如何に?
ネット犯罪自体は今さら感があるし、プロットとしても特段目新しさはない。
この当たりはシリーズを重ねるごとに作者の苦労が偲ばれるということなのだが、悪く言えば中盤の冗長さに繋がっているようにも思える。
まぁ謎解きがメインのシリーズでもないし、警察内部の抗争やゴタゴタを竜崎がバッタバッタとぶった切るという場面を多く入れる方がシリーズファンにとってはいいのかも。

いずれにしても、神奈川県警の刑事部長へ栄転となった次回以降の竜崎の活躍に期待だ。次回もまた、私に管理職としての心得を伝授していただきたい。よろしくお願いします!


No.1602 3点 白戸修の逃亡
大倉崇裕
(2020/09/12 20:31登録)
「白戸修の事件簿」「白戸修の狼狽」に続くシリーズ三作目。
前二作は短編集だったが、今回はシリーズ初の長編作品になっている。
2013年の発表。

~大型イベントに対する爆破予告の犯人、松崎に間違えられ、多くの人に追われることになった白戸修。しかし、行く先々で過去に事件でかかわった人々が救いの手を差し伸べてくれる。果たして彼は白戸修に戻れるのか? シリーズ初の長編。大人気白戸修シリーズの第三弾~

これは・・・ひとことで言って「つまらなかった」。
何が「つまらない」のかというと、とにかく白戸修が逃げまくるだけの展開が最初から延々と続くのだから。

例によって”因縁の場所”=中野に足を踏み入れた瞬間から白戸修は不幸と不運の連鎖に巻き込まれる。冒頭はいつもどおり軽快で期待は高まる。
ただ、そこからは白戸にも、読者にも一体何が起きているのか訳が分からないままの逃亡劇が続く。そこに過去の事件で関わってきた妙な人々が白戸を何度も助けに現れる展開。
現れるのだが、他の方も書いているとおり、前二作とも読了している私にしても、「こんな奴いたっけ?」っていう感じなのだ。それをいかにも「読者もご存じのとおり・・・」的に書かれてもなぁーって思ってしまった。

短編のときは結構面白かったんだけどなぁー
Amzonのレビューでも、作者は短編はいいけど長編はつまらない的なことが書かれている。
確かに、「福家警部補」シリーズ然り、本シリーズ然りで、どちらかというと短編向きの傾向が強いのかもしれない。
ただ、白戸修自体はいいキャラだと思うので、諦めずに再度チャレンジして欲しいとも思う。
まっ、これ以上書くこともないので、以上。


No.1601 5点 届け物はまだ手の中に
石持浅海
(2020/08/24 19:57登録)
ノン・シリーズの長編。
作者得意の特殊設定下のミステリーのようだが・・・
単行本は2013年の発表。

~楡井和樹は恩師の仇である江藤を殺した。しかし、裏切り者であるかつての親友・設楽宏一にこの事実を突きつけなければ、復讐は完結しない。設楽邸を訪れた楡井は、設楽の妻、妹、秘書から歓待を受ける。だが息子の誕生パーティーだというのに設楽本人は書斎に籠り、姿を見せない。書斎で何が起きているのか? 三人の美女との探り合いの果てに明らかになる驚愕の事実とは?~

これはやはり、作者の代表作「扉は閉ざされたまま」を何となく想起させるプロット。
ただ、「扉は・・・」はいわゆる倒叙ミステリーで、犯人VS探偵・碓井由佳の心理戦を主眼とするものだった。
一方、本作は「心理戦」というのは共通で、主人公の楡井VS設楽の妻+妹+秘書の三人、という構図も相似。ただし、一体何が起こっているのかが不明というところが違ってくる。(「扉は・・・」は読者には何が起こってるかが分かっている設定)
巻末解説では、”What”の謎を主眼としたミステリーと評しているけど、まぁそうかなと思う。

読者としては、何となく「こうなんじゃないかな?」という予想を立てながら読み進めることになると思うが、最終的に判明する真相。これが大問題!
これは・・・相当シュールではないか!?
殺人なんていう殺伐とした道具立てさえなければ、シュールなコントとでも表現したい気分だ。
まさか、〇〇が二つも揃うなんて・・・そもそも、〇〇を用意しなければならない理由が全くもって不明。
自宅にいた設楽はまだいいけど、〇〇をわざわざ「届け物」として持ってくる楡井の行動はあまりにも不自然だろう。

まぁそもそも特殊設定下なのだから、常識論を振りかざしてもダメなのかもしれない。
これはもう、細かすぎるほどの心理戦、そのやり取りを楽しめるかどうか、それに尽きそう。
これを嘘くさいとかリアリティの欠片もないなどと評する方には本作はクソのような作品に違いない。
私は・・・少なくともクソではなかったが、あまり感心もしなかったというところ。
評点はこんなもんかな・・・


No.1600 5点 鏡の顔
大沢在昌
(2020/08/24 19:55登録)
『傑作ハードボイルド小説集』と銘打たれた本作。
鮫島刑事やジョーカー、佐久間公など、作者が生み出したヒーロー(?)たちが共演する豪華作品集。
単行本は2009年の発表。今回は講談社文庫版で読了。

①「夜風」=短編集「鮫島の貌」の収録作であり既読。ごくごく短い作品だが、鮫島VS悪徳刑事というシリーズ中でもよくお目にかかる構図。”癒着”って嫌ねぇ・・・
②「年期」、③「Saturday」、④「Wednesday」、⑤「ひとり」=ショート・ショートというべき分量。長い物語の一部分を切り取りました、とでも言うべきか。あまり印象には残らず。洒落た読み心地ではある。
⑥「二杯目のジンフィズ」=俺も好きだよ、ジンフィズ!
⑦「空気のように」=登場する女性の「K」って、この前読了した「Kの日々」に出てくる「K」のこと? 単身極道の事務所に飛び込んだ主人公をKは救えるのかって感じ。
⑧「ゆきどまりの女」=こんな女怖ぇー。ヤリ終えた瞬間にズドン・・・だもんな。でも最後は報いを受けることに。
⑨「冬の保安官」=元敏腕刑事が別荘地の保安官に。昔の異名が”ハマのシェリフ”・・・名がダサい!
⑩「ダックのルール」=いかにも大沢ハードボイルド、っていう雰囲気の舞台設定。佐久間公とダックと呼ばれる日系ハーフの大男。彼には日本で取り返さなければならないものがあった。巻き込まれただけの佐久間は、いつの間にかダックを助けることに・・・
⑪「ジョーカーと革命」=作者の人気シリーズのひとつの主役”ジョーカー”。今回の相手はかなり手強い。だって、カクテルグラスに手榴弾入れるんだぜ! 爆発するよ、そりゃぁー
⑫「鏡の顔」=結局最後まで名前さえ語られなかった殺し屋の男。彼の「目」に魅せられたフォトグラファー沢原は彼の後を追うことに。最後は・・・切なさが残る。

以上12編。
短編だから、読者としては語られなかった行間を楽しむことが求められる。
そういう意味ではまぁ合格点かなというレベル。
作者が創造した男たちは、鮫島にしろ、ジョーカーにしろ、佐久間公にしろ、「強さ」と「優しや」そして「弱さ」を持ち合わせている。それが読者に共感や深い余韻を残させることに成功しているのだろう。

ただ、やっぱりこってりした長編の方が作者の良さがより発揮できるのは間違いない。
作者が年齢を重ねるごとに、作中の主人公たちもやや足腰が重くなっている感はあるので(やむを得ないかな)、無理かもしれないけど新鮮&鮮烈な新作が読みたいものだ。

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