メルカトルさんの登録情報 | |
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平均点:6.04点 | 書評数:1835件 |
No.715 | 5点 | 狐の密室 高木彬光 |
(2017/02/23 21:42登録) 高木彬光の持ちキャラ二人の探偵が、宗教絡みの雪密室の謎に挑戦する晩年の作品です。法医学者神津恭介と私立探偵大前田英策の二大探偵が共演するわけですが、これは筆力の衰えが見え始めた高木氏のファンに対するせめてものサービスと私には感じられます。 ストーリー、密室トリック、プロットなど見るべきものはほとんどなく、まさに平凡を絵に描いたような作品に出来上がってしまって、残念な限りです。また、二人の探偵は対決するわけではなく、あくまで共演ですので、その意味でもあまり萌える要素はありませんね。燃えているのは大前田のみで、神津は相変わらず冷静そのもの。それぞれの個性が相殺し合っての最初で最後の共演は、淋しいものになりました。 甘目の採点で5点でしょうか。 |
No.714 | 7点 | ABC殺人事件 アガサ・クリスティー |
(2017/02/22 22:25登録) これは一種のミッシングリンクものですね、しかも当時はニュータイプだったのではないでしょうか。Aから始まる土地でAから始まる名前の人間が殺される。次はB、そしてC。一体犯人の目的は何なのか?読んだ当時、私はまだ中学生だったので作者の目論見は全く見当もつかず、まんまと騙されました。騙されたというより、翻弄されたとでも言いましょうか。正直なるほどなと感心しました、唸りました。 クリスティーという人は、トリックそのものもよりも、そのアイディアの斬新さが抜きんでており、先駆者として女王の名をほしいままにしていますね。本作にもそれは言えることで、単純な構造の中に劇場型の連続殺人事件を取り入れて、真犯人の意図をうまく隠ぺいすることに成功しています。 現在では類似する作品を書けば「ああ、例のあれね」ってことになるのでしょうが、このタイプを究極まで完成形に近づけたのは、やはりクリスティーが最初だったと思います。その意味でも私は本作を評価します。予備知識なしに読め、まだ擦れていなかった頃に本書に出会えて私は幸せでした。 |
No.713 | 7点 | 十二人の死にたい子どもたち 冲方丁 |
(2017/02/21 22:17登録) 本書を読むにあたって私が最も危惧していたのは、十二人もの登場人物をしっかり把握できるのか、誰が誰だか分からなくなるのではないか、ということでしたが、それは杞憂に終わりました。それぞれの少年少女が違った個性を持っており、異なる役割を果たしているので、混乱したり混同したりすることはないと思います。 またミステリとしてはどうなのか、ごく普通の文芸作品に近いのではないかとも懸念していましたが、意外にも本格ミステリとしての骨格がしっかりしており、安心して読むことができました。 十二人の少年少女たちの自殺願望の理由は様々ですが、いたって単純なものもあり、ややもすれば短絡的とも思えるため、説得力がなかったりします。しかし、若さゆえの直線的な純真さをもって真剣に死にたいと望んでいるのは理解できないでもないのです。 彼らは実行するか、議論するのかで内心は常に揺れ動いているはずなのですが、その辺りの人情の機微が描かれることはありません。なので、ややドライな印象を受けてしまいますが、そこに重点を置いてはいないようですね。 【ネタバレ】 結末は予定調和的であり、意外性はありません。 おそらくは誰もが予想するものではありますが、結論が出た後の少年少女の肩の力が抜けた姿がなんともほほえましく、これで良かったのだと安堵できることで、読後感が格段に良くなっていると思います。 |
No.712 | 5点 | 殺人鬼 綾辻行人 |
(2017/02/20 21:50登録) いわゆるスプラッターで、腕や首が飛び、内臓が抉り出されたりします。まあかなりグロイので、注意が必要です。心臓の弱い人にはお薦めしません。それでも『2』よりはましですね。 綾辻氏はこういうのを書くのは相当体力、気力が必要で、友成さんなどはよくこんなのばかり書いてるなあ、みたいな事をおっしゃっていました。しかしさすがにただのスプラッターで終わらないのが作者の強みで、ある大きな仕掛けが施されています。私などは勿論これに騙されたわけですが、ミステリでは騙されるのは本望なので、なにも問題ありません。ただただ読後唖然としたというのが正直なところではあります。 私的には本作は綾辻氏の黒歴史のひとつ、もっと言えば「汚点」に近いと思っています。続編が描かれたわけですからそれなりに売れたのでしょうが、それは作者のネームバリューによるものではないですかね。『2』はさらなる汚点ですよ。 でも、柄にもない作品を物にしたという意味では、ある種特異点とも言えるかもしれません。ただ、こういうのが好きな人には堪えられないのではないでしょうか。 |
No.711 | 5点 | 猿の惑星 ピエール・ブール |
(2017/02/19 22:06登録) 1963年に刊行された、フランス人作家によるSF。のちにハリウッドで映画化されたが、こちらの方が遥かに有名になってしまった作品ですね。最初のシリーズは5作目まであったでしょうか。元々映像向きだったのか、原作の方は映画に比べると若干淡白な感じがします。勿論、風刺的な意味合いもあったのでしょうし、当時としては斬新な発想が評価されたのではないかと思います。 ケープ・ケネディから打ち上げられた宇宙船が、1年半後オリオン星座に属するある惑星に着陸する。地球時間では2000年後になる計算である。そこはゴリラ、オランウータン、チンパンジーが支配する世界であり、人間は奴隷扱いされていた・・・。 といったストーリーですが、衝撃のラストはあまりにも有名です。映画の方ですがね。 【ネタバレ】 映画では「その惑星」は実は地球であり、ラストシーンで砂浜に埋もれた自由の女神像が唐突に現れます。 原作は、猿の惑星を無事脱出し地球へ帰還したところ、地球も猿に支配されていたというラストです。 衝撃度としては映画の方に軍配が上がる気もしますが、原作もなかなか味がありミステリ的趣向と言えると思います。 |
No.710 | 7点 | 火車 宮部みゆき |
(2017/02/18 21:47登録) 世間的には宮部氏の代表作の一つに挙げられる作品として有名。社会派のお手本のような傑作ですね。ただ、個人的にはやや面白みに欠けるのかなという印象を受けます。優等生的な作風だけどどこか説教臭いのが鼻につきます。まあその辺りも高評価の一因と言えると思いますけどね。 カードローンや自己破産などがかなり詳しく書かれており、勉強になります。そうした社会問題を取り上げているものの、ストーリー・テリングをおろそかにしてはいません。ワクワク感とか高揚感とは無縁なのが残念ではありますが。 借金問題に苦しみ、人生を転げ落ちていく様を、蛇の脱皮になぞらえた文章がとても印象に残ります。なぜ蛇は命がけで脱皮するのかと問われての回答が以下の文章。 「一生懸命、何度も何度も脱皮していくうちに、いつか足が生えてくるって信じてるからなんですってさ。今度こそ、今度こそ、ってね」。 蛇だって足があったほうが幸せだと思っているそうです。切ないですね。 |
No.709 | 7点 | 踊る手なが猿 島田荘司 |
(2017/02/17 22:10登録) 再読です。 吉敷刑事シリーズ?が2篇。ノンシリーズが2篇の短編集。 『踊る手なが猿』はケーキ屋に飾られた手なが猿の人形の赤いリボンが、たまに位置を変えられているのはなぜかという日常の謎を扱った作品ですが、それほど複雑な事件ではありません。しかし、東京という土地柄を踏まえた謎解きはなかなか面白いです。 『Y字路』は玉の輿に乗れそうな状況の女の部屋に、忽然と現れた男の死体の謎というありがちな設定です。普通の感覚なら当然即警察に連絡するだろうという歯がゆさを感じるものの、女の切羽詰まった境遇には同情を禁じ得ないです。 『赤と白の殺意』幻想味を多分に含んだ、封印していた過去の出来事とは何かを探るサスペンス。やや小ぶりな感は否めませんが。 『暗闇団子』島田流恋愛小説。しかも純愛小説ですよ。江戸時代にタイムスリップしたような、妙な感覚に陥ります。それだけの筆力で読ませる島荘、さすがです。 全体的に小ぢんまりした作品を集めたような感じはしますが、随所に「らしさ」が出た佳作が揃っていると思います。特に『暗闇団子』はとても純情な二人の恋物語で好感が持てますね。 |
No.708 | 8点 | ゴッドファーザー マリオ・プーヅォ |
(2017/02/16 22:22登録) 文庫本上下巻で約900ページの大作です。 フランシス・フォード・コッポラ監督の名作映画として有名ですが、原作も負けないくらいの名作だと思います。ただ、こちらは性描写や暴力描写が散見されるため、娯楽作品として認知されがちですが、一大叙事詩としても十分な価値を見出すことができます。 映画との一番の相違点は『PARTⅡ』で描かれた、のちにマフィアのドンとなるヴィトー・コルレオーネ(幼少期はアンドリーニ)や相棒のクレメンツァやテッシオの若き日が描かれていることでしょう。 多彩な人物が登場する本作ですが、個人的に気に入っているのはファミリーのコンシリエーリ(顧問弁護士)であるトム・ヘイゲンですかね。彼はドイツ系アイルランド人でイタリア人ではありません。少年時代にヴィトーに拾われて養子になった人物です。己のかかわる家業を十分認識したうえで、冷静な判断と常識的な行いのできる人間で、三男マイケルが家業にいかなる形にせよ参加することに反対したり、長男ソニーの暴走を諫めたりと、家族全員に気を配る優しい性格でもあります。そして、この小説の語り手に最も近いのが彼だと私は思います。 この長い物語をここで要約することはできませんが、映画『ゴッドファーザー』が好きな人は本作を読んでみる価値は十分あると思います。原作を読めば、改めて映画が観たくなるでしょう。 【ネタバレ】 ドン・ヴィトー・コルレオーネの後継者、三男のマイケルは最後に大虐殺を実行しますが、これはヴィトーが生前計画を練ったもので、彼は死ぬまで「操られる人間ではなく、操る側の人間になる」という信条を貫いた、信念の人だったんですね。 |
No.707 | 7点 | 絶対正義 秋吉理香子 |
(2017/02/15 22:13登録) これぞイヤミスです。キング・オブ・イヤミスですね。イライラします、凄く腹立ちます。その意味では作者の狙いは見事に的を射ていると思います。しかし、読み手によってはあまりの嫌悪感に、読後不快な思いをするかもしれません。つまりは、作者の罠に見事に嵌っているということになりますが。 女子四人が仲良く過ごす高校生活。転校生高規範子がそのグループに仲間入りするが、彼女は正義の味方であり、間違ったことは些細なことでも絶対許さない信念の持ち主であった。四人の女子は卒業後それぞれ範子に救われるが、その強すぎる正義感のせいで、逆に絶体絶命のピンチに追い込まれることになる。そして迎える終局はいったい・・・。 範子は正義の味方というより、法律の味方とかルールの味方と言ったほうが正しいのかもしれません。清濁合わせ飲むような社会的常識を持たない彼女は、会社の同僚がJリーグの勝敗で500円を賭けているのを目撃し、即110番通報しようとしたり、制限速度をわずかにオーバーする運転手を厳しく注意するなど、誰も容赦しません。 まあ、ある種のモンスターなのでしょう。何事も度が過ぎると嫌われますよ、命さえ危険にさらすことになりますよ、ということをひしひしと感じます。 今やイヤミスの女王といっても過言でない秋吉氏、相変わらずの安定感を見せてくれます。エピローグも彼女らしい、いい味出していると思いますね。 |
No.706 | 6点 | 鳥―デュ・モーリア傑作集 ダフネ・デュ・モーリア |
(2017/02/13 21:46登録) 何と言いますか、大変評価が難しい作品ですね。バラエティに富んだ短編集ですが、それぞれ違った味わいがあって面白いし、翻訳物なのに読ませるんですよ。ただ、新本格などの作風に慣れた私はやや物足りなさを覚えます。単純なストーリーなもの然り、気の利いた捻りがなく拍子抜けするもの然り。『鳥』はヒッチコックの映画で有名ですが、映画よりずいぶんあっさりしていますし。鳥の執拗な攻撃はよく描かれているとしてもですね。 おそらく本作品集はそういった観点から評価するべきではなく、例えば行間を読むとか、それぞれの作品世界に浸ればよろしいとか、そういったタイプの珍しい短編集なのではないかと思います。 誰もが認める白眉であろう『モンテ・ヴェリタ』などは、その一風変わった物語に引きずり込まれ、まるで自分が主人公になったような錯覚さえ覚えます。その臨場感溢れる描写力は凄まじく、そうそうお目にかかれない珍品と言えそうです。 【ネタバレ】 まさかこのような年代物の作品に、叙述トリックが仕掛けられたものが紛れ込んでいようとは夢にも思いませんでした。 |
No.705 | 6点 | 209号室には知らない子供がいる 櫛木理宇 |
(2017/02/09 22:14登録) 舞台はマンション『サンクレール』で、209号室に住むらしい葵という男の子に関わったばかりに次第に箍が外れて、坂を転げるように堕ちていく女の姿を描いたホラー連作短編集。 葵の不思議な魅力に惹かれてまるで子供に還ったような夫と、葵に夢中な子供。孫がいないため葵を勝手に家に連れ帰ってしまった、若く美しいがどこか普通でない姑、チョコレート中毒が高じて常軌を逸していく女性などが日常的な恐怖とともに描かれています。 そして最終話で葵の謎が明らかになりますが、これがまた粘着質で背筋が凍るような恐怖感と衝撃を読者に容赦なく与えます。怖いです、マジで。それまでの4話を読む限りそれ程でもないかなーなどと思っていると、きっちりやられます。大げさに言えばこの作者のホラーはもう読みたくないとか思えるほどです。でもやっぱり読みたいという矛盾した心境になります。 連作だけにそれぞれの話が最終的に僅かでも繋がってきますが、無理やり感がなくうまく纏め上げた印象が強いですし、思ったよりも根が深く複雑です。 |
No.704 | 7点 | あなたのための誘拐 知念実希人 |
(2017/02/07 22:11登録) Amazonでは何故か異様に高評価の本作。ですが、私にはそれ程までとは思えませんでした。確かに力作でしょうし、テンポもいいですが、特に秀でている点も見られませんし、トリックも小振りな感は否めませんね。尚、ネタバレ気味のレビューがありますので、読む前にAmazonで下調べをするのはやめたほうが賢明だと思います。 4年前、身代金を背負った特殊班の刑事上原真悟はわずか12秒指定の場所に間に合わなかったために、誘拐された少女を殺害されるという煮え湯を飲まされていた。誘拐犯の名はゲームマスター。そして今、またしてもゲームマスターからの指名により刑事を辞めた真悟が身代金の運搬役として駆り出されることになる・・・。 第一章ではゲームマスターが出す「クイズ」により東京中を引きずり回される真悟の姿が描かれており、誘拐物特有の緊張感がよく伝わってきます。 第二章はゲームマスターの正体に迫る真悟の活躍が描かれます。 単純に誘拐を扱っただけの作品ではなく、様々な要素が物語を彩り、辿り着きそうで辿り着けない真犯人は果たして誰なのかが主題となります。小物の使い方も上手く、何気ない描写がのちのちに生きてきたりしますので、油断できません。 【ネタバレ】 ゲームマスターの正体は、ミステリを読み慣れた本サイトのみなさんには簡単に見破られると思います。しかしながら、本作の面白さはそれだけには留まらないので、一読の価値はあろうかと思います。 |
No.703 | 7点 | 虹を待つ彼女 逸木裕 |
(2017/02/03 22:18登録) 第36回横溝正史ミステリ大賞受賞作。 渋谷スクランブル交差点を見下ろすビルの屋上で、ドローンによる劇場型自殺事件を起こした晴。晴と同棲していたという謎の人物、雨。晴の過去を探るうちに次第に彼女に惹かれていく人工知能の研究者で主人公の工藤。工藤が開発した人工知能スーパーパンダとの囲碁対決に賭ける棋士目黒。これらの人物が混然一体となって織りなすファンタジックな佳作。 SF、ミステリ、ファンタジー、ハードボイルド、恋愛小説の要素を混ぜ合わせたような作品です。しかも新人とは思えない確かな筆力と構成力。大変面白く読ませていただきました。 2020年という近未来の東京が舞台だが、現在とさほど変わりはなく違和感はありません。突き詰めれば恋愛小説なのでしょうが、ラノベを愛する読者にも受け入れられそうな作風です。この人はどの方向に向かうのか未知数ではありますが、何を書かせても難なくこなせそうな気がします。まだまだ上を目指して活躍できる人材だと思います。 |
No.702 | 6点 | がん消滅の罠 完全寛解の謎 岩木一麻 |
(2017/01/31 22:08登録) 第15回『このミステリーがすごい!』大賞受賞作。 がんの成り立ちから治療法、寛解や医療全般に関する記述が多くを占め、肝心のストーリー性、ドラマ性、キャラクター造形などがおろそかになっているきらいがあります。また文章に色気が感じられず、お世辞にも上手とは言えません。「お前が言うな」というご意見は承知の上で。 正直、この作品が賞金1200万円とはねえと思います。まあ勉強にはなりますし、一応がん消滅の謎は理論的にというか、医学的に頷けるものでしょうが。 終盤の畳みかける展開はそれなりに読みごたえがあり、逆に言えばそれがなければもっと評価は下がったと思いますね。 【ネタバレ】 ラスト一行は意表を突かれました。と言うか「お前もか!」って感じでしたね。 |
No.701 | 6点 | 石黒くんに春は来ない 武田綾乃 |
(2017/01/27 22:15登録) 注意!最後にややネタバレ気味の発言があります。 いわゆる学園もので、スクールカーストやいじめの実態をリアルに描いた青春小説。ミステリかどうかは読み手の捉え方次第だが、ガチガチのミステリでないことは確かです。 まあ簡単に言えば、目には目を、歯には歯を、スマホにはスマホをという感じでしょうか。しかし、恐ろしいですねスマホ社会は。かのベ○キーの不倫騒動もこのアプリから流出したのがきっかけでした。 主人公のクラスには女王様とその取り巻きが存在しており、その女王様のいじめを受けて一人の生徒が自殺未遂?事件を起こします。その最上位のカーストに対して、誰がどのように立ち向かうのかが読みどころになります。しかし、それはいじめと言うより、女王様の身勝手な発言により狙われた生徒が次々と傷ついて不登校になるというもので、それほどハードなものではありません。そこが個人的には生ぬるいというか、いまひとつ逆襲のカタルシスが得られない要因となってはいますね。 例えば、北乃きい主演のドラマにもなったコミックス『ライフ』にも設定が似ていますが、こちらは一人の生徒を徹底していじめ抜くわけで、立場が逆転した時の爽快感は段違いです。 本作は終盤でようやくミステリとして機能します。やや意表を突かれますが、それほどのサプライズとは思いません。しかし、孤立した女王様を追い詰めるシーンは読みごたえがあります。 |
No.700 | 8点 | 葬式組曲 天祢涼 |
(2017/01/24 22:20登録) これは文句なしの8点ですね。 タイトルからの印象は、社会派?それとも日常の謎的なジャンルかなという感じですが、第一話の『父の葬式』は確かにそうでした。しかし読み進むにつれて意外にもトリッキーな連作短編集だということに気づきます。お棺の遺体消失、祖母の火葬を何とか回避しようとする喪主、まるで本物のような幻聴などを葬式というテーマを絡めながら、見事に本格ミステリとして昇華しています。 さらに最終話での見事な回収、素晴らしいです。 デビュー作の『キョウカンカク』からは考えられないほど作風を変えて、堅実な作品に仕上げており、年齢層を超越した誰もが楽しめ納得できる傑作をものにした感が強いです。 |
No.699 | 5点 | 砕け散るところを見せてあげる 竹宮ゆゆこ |
(2017/01/20 21:56登録) ラノベです、はい。定番の学園ものですね。よくあるボーイミーツガールな感じの青春小説ですかね。 作者の優しさからなのか、読者層を考慮してなのか、最も生々しいシーンや痛々しいシーンは割愛されています。それが私には少々物足りなかったりもしますが、やはりラノベなのであまり過激な描写は避けたいところでしょう。 もしミステリに置き換えるなら、さしずめイヤミスですかね。しかし、あくまで主人公の少年少女にスポットを当てているので、作者もあまりミステリに重きを置くような意識はなかったものと思われます。 ストーリーは至って単純ですが、それよりも二人のぎこちない愛情表現が初々しく、キャラも立っているので、ラノベ読者は大満足なのではないでしょうか。もう少し捻りがあっても良かった気もしますが、まあ面白かったですよ。いきなりUFOがどうこうってのは驚きましたが、特にオチはありませんので期待しないでください。 |
No.698 | 6点 | 入らずの森 宇佐美まこと |
(2017/01/18 22:13登録) 山深き過疎の町、尾峨町の尾峨中学校に勤める都会育ちの教師圭介、尾峨中学に通う数少ない生徒で、複雑な家庭の事情で東京から転校してきた金髪の少女杏奈、仕事に馴染めず逃げ出すように引っ越してきた、農業を営み始めたばかりの隆夫、認知症で入院する淳子とその娘ルリ子。彼らの人生がリンクした時何かが起こる。 森の奥深くに息づくそのものの正体とは一体・・・。 地味に怖いです。ということはあまり怖くないとも言えますが、じわじわと来ます。 平家の落ち武者伝説や、過去の惨劇なども絡んできますが、それほどの緊迫感はなく、いま一つ盛り上がらないまま物語は進行していきます。ところが途中から一気に面白くなります。これがこうなって、そこから、うむそう来ますかって感じで、妙に腑に落ちる語り口が巧妙なことを遅まきながら痛感します。よく練られた構成も作者のしっかりとした実力に裏打ちされたものだと思いますし、本作が単なるフロックでないことは読んでいただければお分かりになるでしょう。 |
No.697 | 6点 | 美人薄命 深水黎一郎 |
(2017/01/14 22:11登録) 独居老人宅に、月二回お弁当を配達するボランティアに励む大学生総司と、片目が見えない老女カエとの交流をほのぼのと描いた青春ミステリ。終盤までミステリ要素が薄く、文芸に近い作品かと思っていたら作者の企みにまんまと引っ掛かります。実は冒頭からトリックが仕掛けられており、何気ない日常が伏線になります。 ボランティア団体、ひまわり給食サービスで偶然再会したかつての同級生に何とか接近しようと試みたり、宅配先の老人たちの様子や出来事をちょっとしたユーモアで包むように描いてみたり、カエの戦時中の辛い過去がカットインされていたりと、読者を飽きさせない工夫がされています。巧みな構成で物語全体に変化をつけています。 所々、涙を誘うシーンなどもあり、ガチガチの本格ミステリで疲れた頭をほぐす意味で一読の価値ありと思います。色々考えさせられる作品でもありますね。 |
No.696 | 7点 | 神様の裏の顔 藤崎翔 |
(2017/01/12 21:53登録) 適度なお笑い要素、平易で誰にでもわかりやすい親切な文体、すんなり頭に入ってくる巧みなストーリー展開、終盤のサプライズと売れ筋ポイント満載の傑作です。 舞台は通夜での焼香、通夜ぶるまいの席、親族控室とどこか辛気臭い感じもしますが、それも含めて雰囲気は悪くありません。元教師で誰からも慕われていた坪井誠造は果たして本当に神様のような存在だったのか、をめぐって親族、店子、元同僚らが推理やディスカッションを繰り広げます。すると次第に故人の裏の顔が浮かび上がってくるという仕組みになっていますが、果たして・・・。 終盤までは各語り手が遭遇する事件が披露され、そこから二転三転、とんでもない反転が繰り返されます。最後の最後まで飽きさせることなく面白く読ませる手腕は確かなものがあり、今後の活躍が期待される新人の登場です。 |