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ミステリの祭典

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メルカトルさんの登録情報
平均点:6.04点 書評数:1835件

プロフィール| 書評

No.1415 6点 ドウエル教授の首
アレクサンドル・ロマノヴィチ・ ベリャーエフ
(2022/02/28 22:55登録)
パリのケルン教授の助手に雇われたマリイは、実験室内の恐ろしい秘密を目の当たりにする。人間の首──それも胴体から切り離された生首が、瞬きしながらじっとこちらを見つめているではないか! それはつい最近死亡した、高名な外科医ドウエル教授の首だった。おりしもパリ市内では不可解な事件が続発していた……。“ロシアのジュール・ヴェルヌ"と呼ばれる著者の傑作長編。訳者あとがき=原卓也
Amazon内容紹介より。

SF、ホラー、スリラー、冒険小説等色んな要素が入り混じってジャンル分けが難しい作品です。思っていたよりも怪奇色が薄く、全く怖くはありません。だからこそジュブナイルとしても翻訳されている訳で、それでも子供の頃に読んだらちょっとしたトラウマになったかも知れません。しかし、本作は1926年に発表されたもの、やはりその時代に書かれた作品としては相当センセーショナルなものだったと言わざるを得ません。その後のソ連の実験を鑑みるに付け、先見の明があったのは間違いないでしょう。その辺りは訳者あとがきに詳しいです。

意外にもストーリー性が豊かで、医学の最先端の技術を基に物語は様々な色を見せます。まあ荒唐無稽というか無茶苦茶な面も多い気がしますが、書かれている事柄はあながち法螺話と決めつける事が出来ない可能性を秘めているのも確かだと思います。一旦死んだ人間の首から上だけを生かし続けるという、神をも恐れぬ行為をどう捉えるかで評価が分かれそうな気がしますね。


No.1414 6点 跫音
山田風太郎
(2022/02/26 23:30登録)
10篇の短編からなるホラー作品集。とは言え、色んなタイプの小説が並び一口にホラーとは決めつけられません。
個人的には『双頭の人』『黒檜姉妹』がツートップですね。それに続くのが『最後の晩餐』『呪恋の女』辺り。こうして見るとやはり自分は異形の物語が好きなんだとつくづく思い知らされます。他もまずまずの出来で、一定の水準はクリアしていると思います。トップ2作品はまさかの展開に驚愕を覚えます。オチが凄いですよ。

菊地秀行の解説にあるように、1995年時点で他の作品集と重複はないとの事で安心して楽しめます。風太郎はどれに何が入っているのか把握しづらいですから、これは嬉しいですね。流石に文体は古さを感じさせますが、それが又一つの味わいになっていて良い意味でその時代の風合いに浸れます。


No.1413 7点 閉ざされた城の中で語る英吉利人
ピエール・モリオン
(2022/02/23 23:26登録)
文学的ポルノの傑作としてつとに名高い、匿名のフランス人作家が発表した地下出版物の完全無削除版。閉ざされた城という密閉された実験空間の中で、性の絶対君主が繰り広げる酒池肉林の諸場景を通してエロスの「黒い」本質に迫る。
『BOOK』データベースより。

「エロスは黒い神だ」とは帯の惹句。まさにその通りだと思いました。事細かに性描写をしている上に放送禁止用語の連発、なのに文学的であるのは作者の力量でしょうね。ただ後半城の主が語る自身の過去の談になると、一文が長いのに加えてややこしい言い回しが多いため、非常に読み難いです。主人と客以外の登場人物の個性など無視して、色々なタイプの女達を手を変え品を変え様々な方法で凌辱していく様は圧巻で、奇書と呼ぶに相応しい作品だと思います。

尚、本作は1953年に発刊された地下出版物であり、ピエール・モリオンと云う作家自体も正体不明だったようです。それが実はアンドレ・ピエール・ド・マンディアルグの仮名で、後に『城の中のイギリス人』のタイトルで正式に発表される事になった訳です。
いずれにしても、個人で楽しむのは良いですが決して他人に薦めてはいけません。友達を失うことになりますからね。そして、エロ耐性のある人は面白く読めるかもしれませんが、そうでない人はご遠慮願いたい代物です。とは言え、私が思っていた程刺激が強いとは言い難く、気分を害するようなことはありませんでしたねえ。やはり『ソドムの百二十日』や『家畜人ヤプー』には遠く及ばないってことですか。勿論両作とも積読状態です、いつか読みますよ。


No.1412 7点 魔眼の匣の殺人
今村昌弘
(2022/02/22 23:32登録)
その日、“魔眼の匣"を九人が訪れた。人里離れた施設の孤独な主は予言者と恐れられる老女だ。彼女は葉村譲と剣崎比留子をはじめとする来訪者に「あと二日のうちに、この地で四人死ぬ」と告げた。外界と唯一繋がる橋が燃え落ちた直後、予言が成就するがごとく一人が死に、閉じ込められた葉村たちを混乱と恐怖が襲う。さらに客の一人である女子高生も予知能力を持つと告白し――。ミステリ界を席巻した『屍人荘の殺人』シリーズ第二弾。
Amazon内容紹介より。

流石に前作と比べるとワンランク落ちる印象は拭えません。今回は予言と言うか千里眼が背景にあり、それ程突飛な設定ではありません。過去に何度も使い古されたテーマなので新鮮味はないですね。それをどう料理するか、例えば普通の作家なら二つくらいプロローグを用いたりするのではないでしょうか。その方がオカルトチックになり得ますしね。しかし敢えてそうしなかったのは本格の旗手としての自負があったからかも知れません。

真相は若干後出しな面もありますが、一応筋の通った理路整然とした推理が見られます、特に行動心理学的見地から納得の行く解決を導き出していると思います。様々な要素を取り込んでいる割りには全体的に地味な気もしますが、なかなかの力作ではないでしょうか。後半へ進むほど面白くなってきます。動機も確りとした下地がありなるほどと思いました。
まあでも、あの人がいないのはやはり寂しいものがありますね。


No.1411 7点 卵の中の刺殺体 世界最小の密室
門前典之
(2022/02/18 22:43登録)
龍神の卵の中身は白骨死体!
解体され人間テーブルにされた若者!
奇抜な現象連発の“B級本格ミステリー"
宮村は店舗設計を任されているコルバカフェのオーナー神谷から龍神池近くの別荘にコルバカフェの社員たちと共に招待される。しかし、道路に繋がる吊り橋が斜面の崩落によって落ちてしまう。山道を迂回すれば戻ることが出来ることから落ち着いていた一同だが、深夜密室状態の部屋で神谷が殺されていた。
Amazon内容紹介より。

作者はB級本格ミステリを標榜しているという。奇怪な殺人事件、交錯するプロット、繰り返される推理と想像を超える真相等、確かに氏の目指すガジェットが詰め込まれた作品に仕上がっています。まず冒頭に提示される世界最小の卵の密室は意表を突くもので、明らかに『屍の命題』を意識している様に思われます。そしてドリルキラーによる猟奇殺人と本筋となるコルバ館が錯綜し、物語全体を織り成します。これらの独立する三つの事件は果たしてどう関わっているのか、いないのか?それを想像するだけでも楽しめますね。

名探偵蜘蛛手不在の中、建築事務所の共同経営者宮村が一人奮闘する姿が健気で、思わず応援したくなります。更に本作から探偵事務所に勤めることになった公佳も、蜘蛛手とタメ口を聞くなど無謀なところありつつも、なかなか鋭い面も見せる頼もしい仲間が加わり、次作も楽しみです。ただ、『屍の命題』のような衝撃がなかったのだけは残念ではありましたが。


No.1410 5点 私と悪魔の100の問答
上遠野浩平
(2022/02/16 23:02登録)
「いや吾輩は君には全然興味がないけど、世の中の正義にはもっと興味がないから」どん底だった私に、あいつはそう言った。親の事業が失敗して、マスコミに叩かれ、世界のすべてが敵に回っていたときに。助けてもらう代わりに、私はそいつと契約することになった。それは100の質問に答えろっていう意味のわからないもので―追い詰められた少女と、尻尾の掴めない男が出逢うときに生まれる、奇妙で不思議な対話の先に待つものは…。
『BOOK』データベースより。

腹話術の人形?が雑学から心理学、普遍的な物まで色々質問し、主人公の女子高生紅葉がそれに答える、そして更に人形が突っ込むみたいなものの繰り返し。しかし、厳密に答える訳でもなく、スルーと云うか、「分からない」「知らない」で終わったりもします。もっと哲学的な感じかと思いきや、そうでもなく何となく流れで済まされてしまい、あまり深堀されていないのが大いに不満です。
文章が故意にいい加減に書かれているのかと疑いたくなるくらいで、平明なのに逆に読みづらい印象を受けました。真面に書けるのは地の文で明らかなのに、なぜ態々そっちの方向に持って行くかなという気持ちになります。

一応ストーリーらしきものはあります。私としてはそんなものなくても良いから、真面目に討論して欲しかったし、そう云う小説だと信じていたのに裏切られた感を強くしました。
終盤で何やら謎の組織が関係しているのがぼんやりと見えてきますが、それも曖昧なまま終わってしまい、結局何がしたかったのかさっぱり分かりませんでした。
Amazonでは結構な高評価で、それも俄かには信じがたいものであり、何かの間違いであってほしいと願っていたりします。この現実をどう受け止めたら良いのやら、世の中不思議に満ちているなと言うしかありません。


No.1409 7点 墓頭
真藤順丈
(2022/02/14 22:51登録)
双子の兄弟のなきがらが埋まったこぶを頭に持つ彼を、人々は“墓頭”と呼んだ。数奇な運命に導かれて異能の子どもが集まる施設に入ったボズは、改革運動の吹き荒れる中国、混迷を極める香港九龍城、インド洋孤島の無差別殺人事件に現われ、戦後アジアの暗黒史で語られる存在になっていく。自分に関わった者はかならず命を落とす、そんな宿命を背負った男の有為転変の冒険譚。唯一無二のピカレスクロマンがいま開幕する―。
『BOOK』データベースより。

まずは作者の語彙力の高さに圧倒されました。ボキャブラリーが豊富であるだけではなく、使い処が的確なのです。トーンは飽くまで暗く、その重さはとてつもなくへヴィです。
ストーリーとしては比喩ではなく頭の中にバラバラ死体を宿した墓頭と呼ばれた男の一代記であり、壮大な大河小説でもあります。謎の探偵が探し出した養蚕家が語る異様過ぎる物語。その中で墓頭に関わる脇役達を含め、それぞれのキャラが立っており、ある種の群像劇を繰り広げます。

その中には毛沢東らも含まれていて、アジアの裏歴史とも言える壮大な法螺話がとても魅力的に思えました。ただ、私が最も注目していた案件が最後まで果たされることなく暈かされたのは残念でした。又、いくつかのミステリ的手法を駆使して読者を惑乱する技も披露されており、真藤順丈の底力を見せつけます。これぞ氏の本領発揮と言えましょう。『宝島』の直木賞受賞は伊達ではないという事ですね。


No.1408 6点 隣の家の少女
ジャック・ケッチャム
(2022/02/09 23:03登録)
1958年の夏。当時、12歳のわたし(デイヴィッド)は、隣の家に引っ越して来た美しい少女メグと出会い、一瞬にして、心を奪われる。メグと妹のスーザンは両親を交通事故で亡くし、隣のルース・チャンドラーに引き取られて来たのだった。隣家の少女に心躍らせるわたしはある日、ルースが姉妹を折檻している場面に出会いショックを受けるが、ただ傍観しているだけだった。ルースの虐待は日に日にひどくなり、やがてメグは地下室に監禁されさらに残酷な暴行を―。キングが絶賛する伝説の名作。
『BOOK』データベースより。

非常に繊細に筆致で描かれるボーイミーツガールの物語。そのともすれば壊れそうな世界に、私は思春期独特の心の揺らぎを見ました。美しいとさえ思える文章に引き込まれ、これからどんな冒険が始まるのかと密かに期待しながら読みました、途中までは。そしてそこからは地獄でした。デイヴィッドの隣の家の中年の離婚した女性ルースが、何故メグとスーザンに過酷な運命を課すのか理解に苦しみますが、兎に角残酷の一言に尽きます。読者の一部はここで本を置くかも知れませんし、そうでなくても多大な嫌悪感を持つ人が多いと思います。

正直私も、この4人の親子や粗暴なエディ全員が立ち上がれなくなるまでこの拳を顔面に叩き込んでやりたいと、本気で思ったほどです。怒りと吐き気や苛立ちを抑えることは困難でした。それだけ作品ののめり込んでしまったのは、やはり作者の手腕でしょうね。
最後の最後でやっとスッキリ出来ましたが、デイヴッドがもっと早く勇気を持って事を起こせばと思わずにはいられませんでした。それにしても、主人公の心情は非常に丹念に描かれており、物の善悪すら区別が付かなくなる程心が揺れる過程は、本作の一番の読みどころではないかと思います。


No.1407 5点 空を飛ぶための三つの動機
汀こるもの
(2022/02/06 22:48登録)
“死神”と呼ばれる少年・立花美樹が双子の弟・真樹や御守り役の刑事とともに紀伊山中で遭難した。森を彷徨い、辿りついた先は10人の子供と4人の大人が暮らす謎の施設。だがそこは安寧の地に非ず。次々に周りで人が死ぬ“死神”体質少年の出現は、案の定、不可解な死の連鎖を呼び起こす。デスゲームを操るのは誰?閉ざされた館での推理と攻防!そして凄絶な結末。
『BOOK』データベースより。

結局最後まで何がやりたいのか理解できませんでした。文章にキレと抑揚がないため、一向に盛り上がりません。クローズドサークルの事件とそれをテキストとして、二人の刑事が真相を解明していく二層構造になっていますが、どちらも同じような文体で、何処で場面変換が行われたのかと思うこともしばしばあったりして、何となく小手先だけで書いたような印象を受けました。「これはバトルロワイアルだからまだまだ死者が出る」とか湊が言っているのに、大して殺人が起こりません。しかも殺人事件の謎もなおざりにされた感があり、あれ?いつの間にか解決したことになっているのか、と思わざるを得ない面もありましたね。

そして面白かったのは、ミステリ以外の相変わらずの魚に関する薀蓄だったのは皮肉と言うしかありません。施設に預けられている子供達がニックネームで書かれているので、余計にややこしくなっていて、話が拗れてしまっています。何故もっと事件をクローズアップしなかったのか、これがこの人の限界なのかと感じられて仕方ありません。


No.1406 6点 狂乱家族日記 六さつめ
日日日
(2022/02/03 22:42登録)
人類完全獣化現象から逃れて、雷蝶と共に鳥哭島に避難した凶華たち乱崎家一行は、連行したDr.ゲボックと共に中和剤の製造にとりかかった。一方、獣化現象で混沌とする帝都では、狂気にかられて人間を襲い始めた動物たちを抑えるため、マダラが褐色皇帝の血族の「力」を発動させる。「従え!俺が王だ!」マダラの悲痛な叫びが帝都に響きわたる―。「来るべき災厄」を目前に、馬鹿馬鹿しくも温かい愛と絆と狂乱の物語は佳境を迎えますますヒートアップ。
『BOOK』データベースより。

ちょっと間が空くとすぐ忘れるなあ、ダメですね。まあ本作、助走が長い分、その間に徐々に前作(前篇に当たる)を思い出せたので良しとしますか。ほぼ半分程が帝架とマダラの物語に重点を置き、それに乱崎一家の各キャラ達を絡めるという、本シリーズ全般に準ずる構成になっています。物語が動き出すのが鳴りを潜めていた凶華の一言。やはり個性豊かなキャラの中でも主役級の言動は一味違います、良い意味でどうかしています。

そこからは俄然面白くなり、漸く本領を発揮してきたなと思いました。その凶華のアイディアにより、物語がヒートアップするだけではなく、二頭のライオン帝架とマダラの間に新たな関係性が生まれ、本筋に変容が出てきます。そして本件が落着したかと思いきや、又しても次巻に繋がる不穏な前兆が・・・。
良くもまあ次から次へと色んな事件、変節が思い付くなと感心しますね。しかし、これくらい変化に富んだストーリーなくしては、このような長いシリーズを保たせるのは難しいかも知れませんね。


No.1405 8点 四元館の殺人―探偵AIのリアル・ディープラーニング
早坂吝
(2022/02/02 22:34登録)
今度の舞台は雪山の館。驚天動地の犯人、爆誕⁉
「犯罪オークションへようこそ! 」 犯人のAI・以相(いあ)が電脳空間で開催した闇オークション、落札したのは、従姉を何者かに殺され、復讐のための殺人を叶えたいというひとりの少女だった!?以相による殺意の連鎖を食い止めるべく、探偵のAI・相以(あい)と助手の輔(たすく)がわずかな手がかりを元に辿り着いたのは――雪山に佇む奇怪な館「四元館(よんげんかん)」だった。そこに住まう奇妙な四元(よつもと)一族と、次々巻き起こる不可思議な変死事件……人工知能の推理が解き明かす前代未聞の「犯人」とは!? 本格ミステリの奇才が“館ミステリ"の新たなる地平を鮮烈に切り開く、傑作長編。
Amazon内容紹介より。

雪の密室、奇矯な建築家が設計した、人里離れた山中の館、そこに住まう怪し過ぎる人々、そして連続殺人。如何にもな館ミステリの王道を往くのかと思いきや・・・。
古色蒼然とした本格物でありながら、新しい要素を取り入れることにより、これまでのミステリと一線を画す作品になっていると思います。本シリーズでは勿論お得意のエロは封印されており、真面目なミステリとしての、又新たな試みに挑戦し続ける作者の矜持の様なものがひしひしと感じられます。

そして究極のフーダニットとして私は評価したいと思います。伏線はそこここに張られており、決してアンフェアとは言えないでしょう。一人でも多くの人に読んで欲しいですね。でもくれぐれも壁に叩き付けない様にね。


No.1404 7点 葬列
小川勝己
(2022/01/31 22:40登録)
不幸のどん底で喘ぐ中年主婦・明日美としのぶ。気が弱い半端なヤクザ・史郎。そして、現実を感じることのできない孤独な女・渚。社会にもてあそばれ、運命に見放された三人の女と一人の男が、逆転不可能な状況のなかで、とっておきの作戦を実行した―。果てない欲望と本能だけを頼りに、負け犬たちの戦争がはじまる!戦慄と驚愕の超一級品のクライム・アクション!第二十回横溝正史賞正賞受賞作。
『BOOK』データベースより。

全体的に途中でダレル事もなく、最後まで楽しめるのは間違いないと思います。主役はラブホテルで働く主婦明日美とやくざの史郎です。二つのストーリーが並行して進行し、何処で如何繋がるのかと興味深く読めます。寄る辺のない人々の描写がややハードに続き、あまり犯罪小説らしい所はなかなか見せないのですが、リーダビリティに優れている為、飽きません。
ふたりの主人公やその関係者たちには、個人的に全く感情移入の余地がないと感じました。それはそれぞれの人物の感情があまりに剥き出しに描かれている故だと思います。良くも悪くも人間の醜さや弱さが克明に晒されているので、嫌悪感を抱く読者も多いかも知れませんね。

横溝正史賞の選考委員の一人、北村薫が選評で書いているように、途中から参戦する渚が最も魅力的なキャラであり、彼女を出し惜しみせずに主役に据えた物語にすればもっと面白い小説が出来上がったかも知れません、そこがやや残念かも。
それでも終盤に何とも言えないミステリっぽい意外性を発揮して、驚かせてくれます。そのサービス精神と言い、細かい枝葉まで神経が行き届いている点と言い、受賞作として相応しいものと思います。


No.1403 6点 消滅世界
村田沙耶香
(2022/01/27 22:54登録)
セックスではなく人工授精で、子どもを産むことが定着した世界。そこでは、夫婦間の性行為は「近親相姦」とタブー視され、「両親が愛し合った末」に生まれた雨音は、母親に嫌悪を抱いていた。清潔な結婚生活を送り、夫以外のヒトやキャラクターと恋愛を重ねる雨音。だがその“正常”な日々は、夫と移住した実験都市・楽園で一変する…日本の未来を予言する傑作長篇。
『BOOK』データベースより。

この作者の持ち味が常識の外にあるぶっ飛んだ世界観だとすれば、本作ではそれが存分に発揮されています。夫婦の間での性交渉があり得ない世界、その代わり家の外で恋人を作るのが当たり前、男も妊娠でき女は人工受精によって子孫を残す。つまり人間の本能である性欲を持たない、未来の人間像が描かれている訳です。それでもやはり、性欲は溜まるものであるから、それをクリーンアップするための施設も用意されているという、とんでもない未来の日本社会。

最初は何考えて書いているんだろう、そんなのある訳ないじゃないかと云った、至って常識的な観点から、どうしても話に付いて行けず気持ち悪さが先に立ってしまう部分はありました。平然と異常な世界が描かれて、一体何のための夫婦なのかよく理解できず、凄く居心地の悪さを感じながら読んでいました。それが「子供ちゃん」が登場してから俄かに面白くなり、正常と異常の線引きを超えたところに新たな未来があるんだなと、何となくではありますが思えてきました。作中の人々も何かの宗教に洗脳されたが如く、それを当たり前だとして生きている姿に、違和感と不信感を覚えながらも、それを小説にしてしまう村田紗耶香という人に特殊な才能を垣間見た私なのです。


No.1402 8点 黒牢城
米澤穂信
(2022/01/26 23:00登録)
本能寺の変より四年前、天正六年の冬。織田信長に叛旗を翻して有岡城に立て籠った荒木村重は、城内で起きる難事件に翻弄される。動揺する人心を落ち着かせるため、村重は、土牢の囚人にして織田方の智将・黒田官兵衛に謎を解くよう求めた。事件の裏には何が潜むのか。戦と推理の果てに村重は、官兵衛は何を企む。デビュー20周年の集大成。『満願』『王とサーカス』の著者が辿り着いた、ミステリの精髄と歴史小説の王道。
Amazon内容紹介より。

昨年の12月初旬の事。本サイトの広告欄でAmazonがしきりに薦めてくるし、評判も良さそうなので購入しようかどうしようか案じていました。そんな時行きつけの書店で単行本の新刊コーナーの隣の棚に、比較的新しい中古本が30%OFFで販売しており、その中に新品同様の本書を見つけ、数瞬ののち購入を決めました。その時はまさか、ミステリランキング4冠制覇を成し遂げるなどとは露とも思わず、又直木賞、山田風太郎賞をダブル受賞するとは夢にも思いませんでした。

初っ端から圧倒的な重厚感と静謐さを兼ね備えた村重と官兵衛の対決に、心を持って行かれそうになりました。終始これが米澤穂信の手になる小説なのかという、一種の畏怖を持ちながら読みました。本作は正に時代小説の手練れが書いたものにしか思えず、その見事なまでの描きっぷりには只管平伏するしかありませんでした。この人は一体どれだけの引き出しをを持っているのか、想像も付きません。
ただ言えるのは、間違いなく本作は『折れた竜骨』と並ぶ米澤の代表作となるであろうということであります。戦国の世に生まれた男たちの生き様と本格ミステリの見事なまでの融合などは、どんな読書の達人をも唸らせるに十分なポテンシャルを持った、堂々たる歴史ミステリの結晶であると言えるでしょう。
畢竟、評判通りの傑作だったと思います。


No.1401 6点 蜃気楼・13の殺人
山田正紀
(2022/01/22 22:57登録)
栗谷村の村おこしマラソン大会の最中、忽然とランナー十三人が消えた!戦国時代の山城・十三曲坂を使った十キロのコースは、途中で抜け出ることのできない、いわば大密室…。後日、消えたランナーの一人が、木に突き刺さった無惨な姿で発見された。奇妙なことに、この一連の出来事が、百五十年前の古文書に書かれていた!?奇才が挑んだ空前のトリック。
『BOOK』データベースより。

山田正紀ってこんなに読み易かったっけ?というのが第一印象。でも最後に読んだ『阿弥陀』もそんなに難解じゃなかったなあとも思い直しました。
非常に残念な事に最初に登場する風水林太郎が探偵役として事件を解決するものだと思って読んでいたのに、終わりかけにちょっと顔を出すだけだったのでがっかりでした。何でもノベルス版では林太郎の記述はなかったそうで、それなら致し方ないと無理やり自分を納得させることに。一応東京から村に引っ越してきた家族の父親と、元刑事の義父がそれぞれ違う角度から調査をしていきますが、結局解決に導くまでには至りません。

事件としては非常に奇妙なもので、一体どんなトリックを使うのか期待しましたが、かなりの肩透かしを喰らいました。第一の事件、つまりランナー13人の失踪はもしかしてと思った通りでしたし、木の枝の死体串刺し事件は・・・だし、トラクターが空を飛ぶ?事件はこれまたショボいトリック。
謎が妙に惹きつけられるものがあっただけに、真相は期待外れでした。しかし、雰囲気としては三津田信三の某作品に似たものがあり、嫌いではありません。まあオマケで6点としましたが、作品のバランスはちょっとどうかなって感じがしましたね。新保教授の解説は秀逸でしたが。


No.1400 5点 ココロ・ファインダ
相沢沙呼
(2022/01/19 22:45登録)
高校の写真部に在籍する四人の少女、ミラ、カオリ、秋穂、シズ。それぞれの目線=ファインダーで世界を覗く彼女たちには、心の奥に隠した悩みや葛藤があった。相手のファインダーから自分はどう見えるの?写真には本当の姿が写るの?―繊細な思いに惑う彼女たちの前に、写真に纏わる四つの謎が現れる。謎を解くことで成長する少女たちの青春を、瑞々しく描く。
『BOOK』データベースより。

マツリカシリーズの様なねちっこさもなく、あまりに軽いので読み応えがありません。そして各短編の語り手である四人の少女の個性もあまり発揮されているようにも思えませんし、写真やカメラに関するある程度の知識も必要とされる為、評価としてはこの程度にしかならないですねえ。一応日常の謎を扱った青春ミステリという事になるでしょうが、ミステリとして弱いです。何となくサクッと読み進めてしまえるので、少女達の苦悩をそれほど深刻に受け止められず、作者の力量が十全に発揮されているとも思いません。

Amazonの高評価にも首を捻らざるを得ません。うーん、やはり私の読解力が劣っているのかと思わずにはいられません。確かに所々心に響く場面もありますが、深掘りされていない点が多々あるように私には思えますね。


No.1399 8点 かにみそ
倉狩聡
(2022/01/18 23:12登録)
全てに無気力な20代無職の「私」は、ある日海岸で小さな蟹を拾う。それはなんと人の言葉を話し、体の割に何でも食べる。奇妙で楽しい暮らしの中、私は彼の食事代のため働き始めることに。しかし私は、職場でできた彼女を衝動的に殺してしまう。そしてふと思いついた。「蟹…食べるかな、これ」。すると蟹は言った。「じゃ、遠慮なく…」。捕食者と「餌」が逆転する時、生まれた恐怖と奇妙な友情とは。話題をさらった「泣けるホラー」。第20回日本ホラー小説大賞優秀賞受賞作。
『BOOK』データベースより。

これを読んでいるそこの貴方、意味不明なタイトルと安っぽい表紙画を見て、どうせ子供騙しのB級ホラーだろうと思っていませんか。それは違います。誰が何と言おうと私は本書を絶対的に支持します。1ミリも無駄のない文章なのに、一つ一つの言葉に何とも言えない情感が篭っています。それは分かる人には分かるし、分からない人には分からない感覚です。だからと言って、私が優れた読者なのではなく、偶々作者と感性が合っていたに過ぎないと思いますが。
特に、主人公の心の虚無さと蟹の愛嬌が凄く作風にマッチしていて、そこも評価できますね。

文章の素晴らしさは表題作だけではなく、併録の『百合の火葬』にも言えることで、こちらは若干地味目ではありますが、抒情を湛えた文体はとても新人とは思えません。最早ホラーと言うより文学と呼んだ方がしっくりくるくらいです。
中編の表題作『かにみそ』は日本ホラー小説大賞の優秀賞作品ですが、他の候補作と争った結果大賞の該当作なしで落ち着いたそうです。個人的には大賞にして欲しかったですね。


No.1398 7点 グミ・チョコレート・パイン パイン編
大槻ケンヂ
(2022/01/15 22:56登録)
冴えない日々を送る高校生、大橋賢三。山口美甘子に思いを寄せるも、彼女は学校を中退し、着実に女優への道を歩き始めていた。そんな美甘子に追いつこうと友人のカワボン、タクオとバンドを結成したが、美甘子は女優として鬼才を発揮しながら共演の俳優とのスキャンダルや秘められた恋を楽しんでいた…煩悩ばかりで健気な賢三と自由奔放な美甘子の青春は交錯するのか?青春大河巨編、ついに完結。
『BOOK』データべスより。

遂に完結篇。作者によると本シリーズはまだまだ続くとの事ですが、未だ書かれていない事実を鑑みるともう読めないのかも知れません。勿論、書かれたとしても外伝的な物だと思うので、美しいまま終わらせても良いのではないかという気がします。
果たして山口美甘子は天使か悪魔か、それは本作を読めば分かります。と言うか、余りにもその姿が赤裸々過ぎてちょっと引いてしまいました。しかし、登場人物の中で誰よりも自分に正直に生きているというのは、誰しも感じるところだと思います。そして彼女に翻弄される少年達の苦悩と友情はあまりに過酷で重いものであったと言えます。だからこそ面白いのであり、ドラマティックだったのです。

これは主役から端役まで全ての登場人物が血の通ったキャラクターとして生々しく描かれた、稀有な青春小説です。抜け殻の様にボロボロになりながら、死のうとしても死ねず、じーさんによる修行を行っても煩悩を捨てきれず、それでも何度も復活する賢三の姿は、まさにダメ男でありヒーローであります。
様々な金言や生きるために必要な言葉が語られる本書ですが、私の胸に最も刺さったのは解説を書いた名も知らぬ作家の「死ぬまで寝ていたい」という言葉でした。いやはや何とも・・・。


No.1397 7点 グミ・チョコレート・パイン チョコ編
大槻ケンヂ
(2022/01/13 22:47登録)
大橋賢三は黒所高校二年生。周囲のものたちを見返すために、友人のカワボン、タクオ、山之上らとノイズ・バンドを結成する。一方、胸も大きく黒所高校一の美人と評判の山口美甘子もまた、学校では「くだらない人たち」に合わせてふるまっているが、心の中では、自分には人とは違う何かがあるはずだと思っていた。賢三は名画座での偶然の出会いから秘かに想いをよせていたが、美甘子は映画監督の大林森にスカウトされ女優になることを決意し、学校を去ってしまう…。―賢三、カワボン、タクオ、山之上、そして美甘子。いまそれぞれが立つ、夢と希望と愛と青春の交差点!大槻ケンヂが熱く挑む、自伝的大河小説、感涙の第2弾。
『BOOK』データベースより。

前作があのような終わり方をしたので、予定を変更し本作を読む事にしました。やはり間を空けるべきではないとの考えからです。グミに比べると幾分テンション低めですが、それでも面白い。まあ次への繋ぎ役みたいな所はありますが。
今回はグミ編で賢三が美化した為か、それとも美甘子目線の描写が多いせいか、彼女の可愛げが無くなり生意気になった印象です。自分の事を山口と言っているのもあるかも知れません。どうも私的に自分を名字で語る女子があまり好きになれないのです。

それでもやはり大槻ケンヂ、ロックに対する情熱や蘊蓄は十分に発揮されています・・・。
賢三の手の届かないところに行ってしまった美甘子。当然ながら二人の接点が無くなり、微笑ましい男女の機微や関係も断ち切られることになり、其処に対する失望感は否定できません。その分、賢三と愉快な仲間たちのバンドへの希求は増すばかりで、しかも仲間三人の才能が花開こうとしている過程は読んでいてワクワクさせてくれます。
おっと、大事な事を忘れていました。最終章の狂ったような世界観が私は大好きです。


No.1396 8点 グミ・チョコレート・パイン グミ編
大槻ケンヂ
(2022/01/11 22:50登録)
大橋賢三は高校二年生。学校にも家庭にも打ち解けられず、猛烈な自慰行為とマニアックな映画やロックの世界にひたる、さえない毎日を送っている。ある日賢三は、親友のカワボン、タクオ、山之上らと「オレたちは何かができるはずだ」と、周囲のものたちを見返すためにロックバンドの結成を決意するが…。あふれる性欲と、とめどないコンプレックスと、そして純愛のあいだで揺れる“愛と青春の旅立ち”。大槻ケンヂが熱く挑む自伝的大河小説、第一弾。
『BOOK』データベースより。

この大槻ケンヂめ、遂に本性を現したな。これまで訳解らん新興宗教やホラーなんかを書いていたが、今回はコテコテの青春小説か。それも己を主人公にした様な自伝的なものだと?これは正にエロティシズムとロマンティシズムのせめぎ合いではないか。人々よ、Amazonのレビューを見よ。これが現実だ。
本書を読みながら思った事・・・そう言えばデビュー当時の中森明菜はぽっちゃりしていたな、多分太りやすい体質なんだろうと思いきや、意に反してどんどん痩せていったとか。薬師丸ひろ子の水着写真集が出版されていたのかとか。主人公の賢三の、笑うと目が無くなる片想いの相手美甘子はゴールディ・ホーンというより元乃木坂46の松村沙友里に似ているんじゃないのかとか。ELPの『聖地エルサレム』(原曲はチャールズ・パリー作曲のイギリスの聖歌)のイントロは確かにテンションが上がるなとか。ATGの映画は暗いのが多かったが、その最たるものと言えるのは高林陽一監督、金田一耕助役は中尾彬の『本陣殺人事件』じゃないのかとか等等。

まあそんな感じで、これはとても素晴らしい名作だと言っても良いと思います。思春期の悶々とした感じや切なさ遣る瀬無さが見事に表現されています。それだけにとどまらず哲学的な小説の一面も持っています。その繊細さと熱量はそのまま作者の力量として捉えることが出来るでしょう。
大いに笑わせても貰えましたし、鋭い反転の見事さも印象深いものがありました。そして青天の霹靂とも言える終盤の衝撃には頭がクラクラしましたよ、マジで。

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