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ミステリの祭典

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臣さんの登録情報
平均点:5.91点 書評数:667件

プロフィール| 書評

No.107 5点 赤い風
レイモンド・チャンドラー
(2010/03/11 10:34登録)
中短編4編が収められている。さらに、巻頭にはチャンドラー自身による序文もある。なお、私の読んだのはちょっと古めの積読本で、カバーのイラストがロバート・ミッチャム(ハンフリー・ボガードではない)のマーロウだった。

写実的で心理描写がほとんどないハードボイルド文体は、やはり読解困難だなと改めて実感した。ヘミングウェイが作り出したハードボイルド文体を、ハメットやチャンドラーがミステリーに適用させて、ミステリーを深みのある文学にし、かつ謎解きをより高度にした功績にはいまさらながら頭が下がる。しかし、行間の読みにくい文章を複雑なプロットに絡ませると、私のような凡人は頭がパンクしてしまう。とはいってもじっくりゆっくり読めば、自身で謎を解けないまでもストーリーにはなんとかついてゆけ、真相に納得したり感心したりできる。そしてうまくいけば、じっくり読んだ分、余韻がこころに刻まれる。

本書についてもこのように臨み、じっくり読んだ結果、フィリップ・マーロウ物である表題作と『金魚』にはそれなりに満足した。処女中編である『脅迫者は射たない』については、著者が渾身の力を込めて書いたという印象は受けたがプロットが複雑すぎて、ついてゆけなかった。また最後の『山には犯罪なし』は不完全燃焼に終わった。結果的にマーロウ物2編が非マーロウ物より好く感じたが、主人公のキャラクタ的には大差はない。

経験にもとづけば、チャンドラー作品に対する読み手の問題として、隙間時間で読むと絶対に失敗するということがよくわかった。一方、製作時期が離れた4作を集めたわりに構成が似ている印象を受けたのは書き手の問題なのか(負け惜しみかも)。
いままで数少ないが内外のハードボイルド長編を読んできて、ハードボイルドに対する苦手意識はある程度克服したつもりだったが、短編に当たると、まだ不十分だと感じる。なお、元祖ヘミングウェイのほうが謎解きが絡まない分、読解容易な気がする。

(余談)
チャンドラー作品などにはユニークで大げさな比喩がよく出てくる。海外物なのでまだ許せるが、国内物で長ったらしくて嫌らしい比喩を連発されると辟易し、途中で投げだしたくなる。ある芥川賞作家の作品には1ページに1回は独特の比喩が登場し、そんな作品を2,3作続けて読むと、本当に嫌気がさして、もう二度と読むものかと思ってしまう。日本には日本独特の小説文化があるのに、欧米型の比喩表現を真似ることはないと思う。


No.106 7点 葬儀を終えて
アガサ・クリスティー
(2010/02/24 12:52登録)
リチャード・アバネシーの葬儀の終えた後から、すべての物語が始まります。遺言公開の席上でのリチャードの妹のとんでもない発言、そしてその翌日の殺人、さらに数日後の怪事件と、アパネシー家を中心とした事件が次々に発生します。
前半は被害者の近辺やその他アパネシーの一族への聞き込みを中心とした展開、中盤からはポアロが家族たちをリチャード宅に集めての長い大団円の展開と、やや単調なストーリーですが、その分を差し引いても十分に評価できる作品だと思います。

(以下、ネタバレ風)
典型的な意外な犯人モノなのかもしれません。私はなんとなく直感で気付いてしまいましたが、もちろん何の根拠もありません。仕掛けも全く見破ることはできなかったので、そのトリックや真相を知ったときはあ然としました。とにかくミスリーディングについては秀逸ですね。単調なストーリーにもわけがあったような気がします。どちらかというと、意外な犯人に驚かされたというよりも、ミスディレクションに翻弄されて楽しめたという印象が強いですね。トリックの実現可能性については疑問が残りますが、よく考えたものだなと感心もしています。この犯人、知恵もさることながら度胸もありますね。


No.105 6点 王将たちの謝肉祭
内田康夫
(2010/02/24 12:30登録)
内田氏は囲碁では『本因坊殺人事件』、将棋では本書を書いています。どっちも好きなんだろうなと想像できます。本書はミステリー度がかなり低いし、ミステリーではないともいわれていますが、私はあくまでもミステリーと認識しています。たしかにミステリーとしては上質とはいえず、むしろラストの名人戦での柾田圭三9段の迫力満点の死闘を見どころとした、どちらかというと心打たせる作品の仕上がりとなっています。そう考えるとやはり、ミステリーとして評価するのには無理があるかもしれませんが、前半から中盤にかけて、謎の言葉を記した封書、謎の死、連続殺人など様々な謎がミッシングリンク的に提起されて、ミステリとして引き込まれることはまちがいありません。
また、羽生善治は実名で、升田幸三や大山康晴は名前を変えて登場するところも興味深いですね。本書の発刊当時、羽生善治は無名(すくなくとも7冠前)だったのではないかと思うのですが。。。


No.104 7点 厨子家の悪霊
山田風太郎
(2010/02/15 12:36登録)
このサイトに登録済みの本格篇「眼中の悪魔」(光文社)と一部作品がだぶっているのですが、他の作品が併録してあるし、タイトルが『厨子家の悪霊』となっているので本書も新たに登録しました。

巻末の有栖川氏の解説によれば、山風作品の特徴を「奇想」、つまり奇想天外なプロット、奇抜なトリック、不思議なロジック、意外な(恐ろしい、ゆがんだ、幻想的な、爆笑の)結末、と表現していましたが、まさに言いえて妙です。

(以下、ネタバレになるかも)
表題作には連なるどんでん返しに息を呑み、ラストのセリフには落語のオチのようで笑えてしまいました。『殺人喜劇MW』は、O・ヘンリーの『賢者の贈り物』的なラストの発想に仰天し(くわえて笑え)、『眼中の悪魔』にはフーダニットよりも展開の良さに引き込まれました。その他4編、すべて奇想な本格短編です。それに、くそまじめで固すぎる文体は、初めは作風に合っているのか合っていないのかわからなかったのですが(実はちょっと読みにくさがありました)、読み進むうちに物語とのアンマッチ感に笑えてしまい、結果的には文体にも満足しました。


No.103 4点 禁じられた恋の殺人
斎藤栄
(2010/02/15 11:25登録)
著者作品では江戸川乱歩賞作品である『殺人の棋譜』があまりにも有名。多作作家であり、『棋譜』の他には『タロット日美子シリーズ』『魔法陣シリーズ』など、今では知る人ぞ知るといった程度の作品が多い。読みやすく手ごろなミステリという感じだ。
本書は誘拐推理モノで、終盤まで犯人の本当の狙いが読めないように引っ張ってくれた点は良かったのだが、犯人の登場があまりにも遅すぎて、そのため後半部や幕切れには不満が残った。
なお本書は、単体のものは出版年月がかなり古く、名作でも代表作でもないので当然絶版。書店サイトで調べると『禁断の誘拐殺人 斎藤栄ベスト・コレクション8』に『誘拐霊園』と併録されているようなので、これはなんとか入手できそう。


No.102 6点 平家伝説殺人事件
内田康夫
(2010/02/05 17:06登録)
2時間ドラマ的作品ではあるが(何度か映像化されているはず)、それほど安っぽくなく、仕掛けやトリックはたっぷりあって十分に本格ミステリを構成している。トリックが単純であることは否めないが、論理的なフーダニット展開はお見事。それに、物語の起点であるプロローグの伊勢湾台風の回想シーンも決まっている。あまりにもミステリアスで、ここに謎がありますよと言わんばかりだが、だからこそ、読者をひきつけて離さないぞという意気込みが伝わってくる。私もそれだけで夢中になってしまった(単純すぎますね)(笑)。もちろん旅情もたっぷりあるのも良かった。


No.101 3点 四神金赤館銀青館不可能殺人
倉阪鬼一郎
(2010/02/05 14:31登録)
作者の情報としては本屋の平積みで時代小説家であることしか知りませんでしたが、調べてみるとバカミスでは有名なようです。しかも本作品のような変なミステリを書いているとは驚きです。
本書は金赤館、銀青館や奇妙な登場人物など舞台設定はよくできていて、それなりに雰囲気を出そうとしているところは好印象です。が、プロットなり、文章・文体なり、もうすこし読者をひきつけてくれるものがないと、たとえ驚愕の仕掛けや多数の伏線があってもマニア以外には空回りに終わってしまうでしょう。その程度の作品だと思います。まあバカミスですから、特定読者にだけわかってもらえればいいのかもしれませんね。
私もこういった作品がそれほど嫌いではありませんが(むしろ好きかも)、一般読者に対することを前提とすれば採点はこの程度が妥当でしょう。
それにしても、最後に明かされた仕掛けには疲れましたね(作者も読者も)。


No.100 5点 本因坊殺人事件
内田康夫
(2010/02/02 10:10登録)
内田康夫氏の「死者の木霊」につづくデビュー2作目(だったはずです)。浅見光彦はまだ登場していません。囲碁戦を扱った暗号ミステリ作品で、氏らしからぬ謎解き要素が盛り込まれています。とはいっても本格ミステリ部分は比較的少なく、むしろ、その後の内田氏の片鱗をうかがわせるような、サスペンスフルなストーリー展開と、旅情とを楽しめる作品でした。


No.99 6点 煙か土か食い物
舞城王太郎
(2010/02/01 11:14登録)
芥川賞候補作家と聞いてそのデビュー作を読んでみることにした。
文体は強烈。パワーとスピード感のある文章の波が押し寄せてきて、はじめはそれに圧倒されるが、しだいにそれにも慣れて乗せられ読まされてしまう。暴力シーンも嫌な感じはせず、なぜか懐かしの「花の応援団」を思い出して笑えてしまった。著者の芥川賞候補作品は「こけおどし」とも評されているようだが、本作から想像すると、なんとなくわかるような気がする(笑)。こんな文体の作家を高く評価したメフィスト賞ってさすがだな。全く受け付けないという作家たちがいると聞くが、こういう作家を認めて、もっともっとミステリ界、文学界を改革すればいいのになとも思う。
内容についてふれてなかったけど、ミステリとしてはちょっとばかばかしいって感じ。家族愛の物語としてはけっこう良かったんだけどね。
とにかく本書は文体に尽きる。ハードボイルド文体が合わないという読者にはおススメかも。


No.98 7点 五番目のコード
D・M・ディヴァイン
(2010/01/22 11:38登録)
典型的なミッシングリンクもの。この種のテーマとしてはかなりの良作だと思う。
主人公のジェレミーは、過去を引きずった歪んだ性格の不良中年記者(中年というほどでもないが)で、彼を取り巻く女性たちもなかなか個性的だ。とにかく中心的な人物が概ね魅力的に描かれている。
一方、ミステリとしては真相(フーダニット)の意外性は低いし、サスペンスもことのほか少ない。この2つがこんな調子だったら評価は低くなるはずなんだけど、ミスディレクションや仕掛けがしっかりしているし、なんといってもプロット、ストーリーテリング、キャラが抜群なので思いのほか楽しめてしまった。映画化すればヒットしそうだ。ジェレミー役は不良記者が似合いそうな、30年前のエリオット・グールドかな。

ディヴァインは本格派作家として著名だが、彼の作品は本格ミステリの枠を超えているように思う。というか、本格も好きなくせに、本格ファンのマニアックな雰囲気を嫌う私の性格が、無意識のうちに好みの作風であるディヴァインを本格という枠組みから外そうとしているのかもしれない(笑)。


No.97 8点 兄の殺人者
D・M・ディヴァイン
(2010/01/14 09:52登録)
プロットが秀逸です。ていねいに練られているという印象を受けます。しかも海外ミステリにしては人物造形がよくできていて、まるで国内物のように登場人物を頭の中に描きながら物語に浸れるのも良かったです。そんなわけで、すくない登場人物にもかかわらず簡単にだまされてしまいました。
それから、被害者の弟であるサイモンが仕事そっちのけで事件に首を突っ込んでいくストーリーの自然な流れも気に入っています。素人探偵が必死で謎解きに執心する、こういったスタイルは結構好きですね。
密室もなく、凝ったトリックもなく、連続殺人もなく、キャラの濃い探偵の登場もありません。だから、ケレン味を期待すると肩透かしを食いますが、渋くて味のある本格ミステリをお好みの読者には絶対におススメです。


No.96 4点 月光ゲーム
有栖川有栖
(2010/01/03 10:34登録)
著者は謎解きの論理性に定評があり、和製クイーンと呼ばれているようです。たしかに本書についても謎解きはロジカルだとは思いますが、物語の幼稚さと、現実感のなさとで満足できませんでした。まだ短編集を2冊しか読んいないのでなんともいえませんが、おそらくデビュー後徐々に良くなっていくタイプの作家なのでしょう。つぎに読む作品に期待します。

(同年3月追記)
評価は低いですが、私は青春ミステリが好きなので、たんに好きか嫌いかで判断すれば、けっこう好みだったりします。


No.95 8点 イニシエーションラブ
乾くるみ
(2010/01/01 02:01登録)
アイデア勝ち!実にすばらしい出来ばえです。
仕掛けが抜群にうまい。特に時制のほうは文句なしです。伏線もばっちりで、これを解説の用語辞典や分析(ネタバレ)サイトで復習すれば、点数を上げざるを得ません。まさかコンテンツのサイドA、サイドBまでがヒントになっているとは。。。「国電」と「JR」も良かったですね。それから、当時(80年代)のテレビ番組名や流行語など歴史的事象で当時を懐かしむのも一興ですね。作者と同世代なら、まちがいなく青春小説としても楽しめます。


No.94 3点 凍える森
アンドレア・M・シェンケル
(2009/12/25 16:12登録)
2007年のドイツ・ミステリー大賞らしい。帯の児玉清さんの評にひかれて読んでみました。それと、1920年代に起こった実話(6人惨殺事件)にもとづいているところにも、興味が引かれました。
しかし、どこが評価されたのでしょうか。私は肌に合いませんでした。謎めいてはいるけど謎解きするほどではなく、スリル・サスペンスもわずかで、ただ重苦しく薄気味悪いだけです。ドイツではベストセラー首位独走だったらしいですし、国内未公開ですが映画化もされているようです。ドイツってミステリ後進国なのでしょうか?
ページ数が少ないのでさっと読めますが、登場人物(事件の証言者)が意外に多く、シーン割りがひんぱんで、視点がコロコロ変わるので理解しにくいですね。洋画に多くありそうな展開です。もっとページ数を増やして人物描写をしっかりやれば、日本人にも受け入れられるのにと思いました。訳者のあとがきによれば、新しい手法により臨場感があるということだけど、関係者ごとの証言による章立て手法は、国内の「吉原手引草」でも経験ずみなので新しさは感じられなかったし、臨場感も最後の10ページぐらいにサスペンスがあった程度です。
ところで、近くの本屋ではクリスマス・コーナーに平積みされていたけど、なぜ?


No.93 6点 名探偵の掟
東野圭吾
(2009/12/24 15:10登録)
本格ミステリの書き手、読み手に通じる暗黙のルールを示すことが本書の趣旨だとすれば、すべてに納得でき、その結果楽しめました。しかも、パロディで茶化して笑わせてくれるので二度美味しいです。
本書が出た当初、すぐに購入し、その後何度も読み始めるのですが、そのたびに、あまりのばかばかしさと、メタミステリの構成とに嫌気がさして途中で投げ出していました。今回趣旨がわかって、やっと読了できました。ミステリとしての出来はともかくとして、これだけ楽しめればある程度の評価はできますね。

(余談ですが)本書や、メタミステリの一種とされる読者への挑戦(特にクイーン)など、あからさまに読者へ問いかけるものは、物語に入り込むタイプの私にとって、興醒めし読む気が失せてしまうので好きになれませんでしたが、ミステリファンなら、こだわりなくなんでも読むべきですね。歳とともに、何でもOKのミステリ嗜好にもなってきましたし(笑)。


No.92 8点 向日葵の咲かない夏
道尾秀介
(2009/12/14 14:31登録)
衝撃のミステリです! (全体としてネタバレっぽいです)
本書は気味の悪い幻想ミステリですが、道理に適った本格ミステリでもあります。本作を読む限り道尾氏は、私の求めるところの文章テクニックにすぐれた天才叙述作家だと思います。とにかく、計算しつくされた叙述には脱帽します(やりすぎの感もあるが)。物語としてはラストがショッキングすぎて救いがありませんが、うますぎるテクニックがカタルシスを与えてくれ、余韻が残りました。
なお、駅員との会話は他の方が指摘されているとおりですし、ミカに関する自由作文の箇所なども無理があるように思いましたが、読み方によっては大目にみてもいいかもしれません。

初めて読む道尾作品なのに「天才」は言いすぎかもしれませんね。ただ、これからも絶対に読み続けたい作家にはちがいありません。こうさんとは、まるで逆みたいです(笑)。採点は、自分の「高評価と近い人」と比較しながら考えたところ、9点には届きませんでした。


No.91 6点 ミステリが読みたい! 2010年版
雑誌、年間ベスト、定期刊行物
(2009/12/09 15:06登録)
立ち読みで済まそうと思っていたが、内容に引かれて衝動買い。ガイド本で高い支払いはいやだから、今シーズンは、『このミス』『本ミス』は立ち読みか、図書館か、あるいは古本にするつもり。

本書の良い点は、先日読んだ『新海外ミステリ・ガイド』と同様、ジャンル別のランク付けがあること。以前から思っていたが、ランク付けや書評を、ミステリという1つのくくりでするのはどう考えてもナンセンス。このような売り物のガイド本のランキングや書評は、作品をジャンル別、目的別にじっくりと吟味できるように分けるのがベストだと思う。こういうランキング方式をもっと浸透させてほしいですね。
その他の特徴点としては、ランク付けにストーリー、サプライズ、キャラクター、ナラティヴという4つの基準をもうけて採点しているところ。私の基準としてはストーリー、サプライズ、キャラクター。ナラティヴ(文体)も気になるが、好みが分かれるので点数は参考にしない。
それに、作品紹介と解説に徹底しているのも良い。『このミス』の座談会とか隠し玉などの企画物は工夫が感じられるし、それなりに楽しめるので捨てがたいが、すこしでも多くの作品情報を得たいと思っている読者には本書のほうが向いている。
また、『ベスト100 for ビギナーズ』は、ちょっとした事典代わりになるのが良い。
細部の話だが、今年のベスト100の中にドストエフスキーの『罪と罰』があったのは驚きだった。この小説をミステリとして扱ってくれたのは、ファンとしてうれしい。

(ちょっと余談を)
書店で本書のとなりに並べてあった『本ミス』は早々にパスすることにしたが、むしろ、反対側のとなりに置いてあった、権田萬冶の『松本清張 時代の闇を見つめた作家』と、そのとなりの連城三紀彦の『造花の蜜』(本書の国内ベスト1)には、食指が動いた。結局買わなかったけどね(笑)。


No.90 7点 新海外ミステリ・ガイド
事典・ガイド
(2009/12/08 11:53登録)
タイトルどおりガイド本なのですが、一般のガイド本とちがって体系的に分類、章立てされていて、その分類されたジャンルごとに作品が順次時系列に登場します。作品ごとに区切って説明していないので、安っぽいガイド本の印象はなく、一見すると、評論のようにも見えてしまいます。このように、本格、サスペンス、ハードボイルドと分類して紹介してくれるのは、雑多なミステリ嗜好の私にとって大変うれしいです。もちろん、本格などの特定分野しか読まないという読者なら、もっと喜ばれるのではと思います。巻末のベスト100にしても、ごちゃまぜのランキングではなく、ジャンルごとなのがいいですね。それから、映画化の章もファンには垂涎の的です。残念なのは索引がないこと。だから、目当ての作品を探すのはむつかしく、結局、ミステリ事典に頼らなければいけません。


No.89 4点 鳩笛草
宮部みゆき
(2009/12/08 10:37登録)
予知能力を持つ女性の生き方を扱った3作品。著者は社会派、時代物、SF、ファンタジーとなんでも書ける器用な作家だが、本書はそのうちのファンタジー系風だろうか。既読の数作品はみなこのノンセクション系統。文章、構成ともにうまいなといつも感心している。
本書も文章がよいので、最初の作品『朽ちてゆくまで』は冒頭から中盤まではかなり惹き込まれた。しかし読み終わってみれば3作品とも、楽しめる内容ではなかった。暗めのテーマのせいというわけではなく、ミステリ的にあまりにも平板すぎるからなのかもしれない。発端の不可思議性、途中のわくわくするような展開、驚愕の結末、どの1つも満足できるものはなく、とくに結末が弱すぎる感がした。ミステリとして期待しすぎたせいかもしれない。どんな小説か最初からわかっていたら、結末にがっかりすることもなかったのだろうけど。


No.88 7点 事件
大岡昇平
(2009/12/01 10:45登録)
1978年の日本推理作家協会賞受賞作品。
映画もテレビドラマも見ていたので、いつかは原作も読みたいとハードカバー本を30年間も積読していた作品。このたび著者の生誕100年を機に読破した。

映像化作品は一級の娯楽作品だったが、小説は三人称神視点の地味な社会小説か、ノンフィクション風の退屈な裁判物かと想像していた(これが長期積読の原因)。読み始めると、たしかに神視点で描かれていて、裁判の進行方式を逐一説明する、くどさもあったが、法廷物らしい謎が提起され、圧倒的に現実感のある描写でもってその謎がロジカルに解明されていくから、知らぬ間に物語の中に入り込んでいける。事件とその裁判の内容を徹底したリアリズムで描けばベストエンターテイメントになり得ることを実感した。真相に向けて少しずつ謎が解きほぐされていく過程は、目が離せない。ほとんどが法廷シーンで、通常の法廷ドラマのラスト10分ほどの法廷弁論が全編にわたって繰り広げられているような感じだ。プロットはベストとはいえず平板な感はあるが(終始法廷シーンなので止むを得ない)、読者を飽きさせることはない。

映画では松坂慶子、渡瀬恒彦、テレビでは若山富三郎の演技が印象に残っている。実は読む前、ストーリーをほとんど思い出せなかったのだが、読み始めてすぐ、映画の真相シーンが浮かんできてしまった。これが唯一、残念なことだった。

真相に意外性はあるが、結果は小粒。どんでん返しというわけでもなく、全体として地味。ケレンミを望む読者には物足りないだろう。でも、真相はある意味、驚愕である。

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