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ミステリの祭典

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nukkamさんの登録情報
平均点:5.44点 書評数:2900件

プロフィール| 書評

No.2480 4点 見えない敵
F・W・クロフツ
(2022/02/11 20:07登録)
(ネタバレなしです) 1945年発表のフレンチシリーズ第25作の本格派推理小説で、創元推理文庫版(1960年初版)では肩書が警視と表記されていますが空さんのご講評で指摘されている通り本書の時点ではまだ警視に昇進していないはずです。第二次世界大戦中の作品であることを強く感じさせるのが殺害方法で、何と爆殺です。ドイツ軍の機雷か演習用の機雷かはたまた盗まれた手榴弾か、どの凶器がどのように使われたのかを巡って推理が重ねられますがなかなか明らかにならない上に理系要素が強いので私には難解な作品です。動機と機会についても丹念に捜査されますがこちらも大苦戦で、容疑が濃くなるどころか誰もが犯人らしくなくなる非常にじりじりした展開です。細かく考え抜かれてはいますが、細か過ぎて爆殺以外がまるで記憶に残りません。現場見取り図も欲しかったです。


No.2479 6点 密室黄金時代の殺人 雪の館と六つのトリック
鴨崎暖炉
(2022/02/08 22:04登録)
(ネタバレなしです) 鴨崎暖炉(1985年生まれ)のデビュー作の本格派推理小説で、2021年のミステリー賞に金平糖のペンネームと「館と密室」というタイトルで応募した作品を改訂して2022年に単行本出版されました。ジョン・ディクスン・カー(またはカーター・ディクスン)の某作品で密室を構築する理由の一つに密室の謎が解けないと犯行の証明ができないからという説得力の微妙な理由が挙げられていた記憶がありますが、本書では裁判でまさかの無罪判決が出た影響で殺人事件の三割が密室殺人になり、密室探偵や密室鑑定業者や密室代行業者までが存在するという無茶苦茶な社会設定です。「雪の館と六つのトリック」というサブタイトル通り密室殺人が次々に起き、ライトノベル風のユーモア混じりの軽い雰囲気ながら謎解きは非常にまともに構築されており、トリックはバラエティーに富んでいます。まだ学生の探偵役が父親殺し(未解決の密室殺人)の犯人らしいという重い過去があっても雰囲気が暗くならないのが違和感ありますが、リアリティーを度外視した作品と割り切れば十分楽しめます。逆に割り切れない読者はかなりの低評価になるでしょう。


No.2478 4点 天井の足跡
クレイトン・ロースン
(2022/02/06 00:16登録)
(ネタバレなしです) 1939年発表のマーリニシリーズ第2作の本格派推理小説です。空さんや虫暮部さんのご講評でもごちゃごちゃしていると評価されていますが、詰込み過ぎの上に整理ができていないのでとにかく読みにくく謎解き説明も難解です。いつの間にか起こった第2の殺人の巧妙なトリックなど優れたところもあるのですけど(アーロン・エルキンズの某作品でも採用されてましたね)。シリーズ前作の「帽子から飛び出した死」(1938年)の容疑者を再登場させたのも犯人当てに挑戦する読者に余計な偏見を抱かせかねず、感心できません。タイトルに使われている天井の足跡という魅力的な謎も印象に残らない真相でした。第18章で他作家の名探偵たちを(間接的ながら)登場させているお遊びにはにやりとしましたが。あと国書刊行会版の巻末解説のマーリニシリーズ作品紹介はとても充実していて、4作書かれた長編の代表作を本書と「首のない女」(1940年)と評価してますけど個人的には他2作の方が好みです。


No.2477 5点 「乗ってきた馬」亭の再会
マーサ・グライムズ
(2022/02/05 22:34登録)
(ネタバレなしです) 海外本格派推理小説のガイドブックとしては私にとっての聖書である、森英俊編著による「海外ミステリ作家事典[本格派篇]」(1998年)で「戦後紹介された本格物のなかでも最悪の出来ばえである」とケチョンケチョンに酷評された1993年発表のリチャード・ジュリーシリーズ第12作です。まあ酷評の理由にはごもっともと賛同できるところもあり、ジュリーが米国で起こった殺人事件の謎解きのためにフィラデルフィアへ飛ぶことになるのですが、(文春文庫版で)渡米前の100ページは過去作品の登場人物たちの同窓会風な場面が延々と続きます。謎解きにほとんど無関係の人たちがぞろぞろなので(登場人物リストにも載ってません)、シリーズに馴染みのない読者だとこれはとても辛いでしょう。ミステリーの始祖のポーの(偽作の疑いありの)原稿、メルローズ・プラントが執筆中の原稿、エレン・テイラーが執筆中の原稿と作中作が入り乱れますがどれも断片的のため非常に読みにくいプロットになっています。ということで問題点の多い作品ではあるのですが面白いアイデアもあります。私はシリル・ヘアーの「英国風の殺人」(1951年)を連想しましたが、英国の事件ならありそうな動機を米国の事件にぶちこんできたのに驚きました。個人的に傑作とまでは思いませんけど最悪級のレッテル貼りは免除かな。


No.2476 6点 予知夢
東野圭吾
(2022/02/04 07:09登録)
(ネタバレなしです) 1998年から2000年の間に雑誌発表されたガリレオシリーズ短編を5作集めて2000年に出版されたシリーズ第2短編集で、なぜか(長編作品と思わせる意図があるのか)全5章構成にしているところは第1短編集の「探偵ガリレオ」(1998年)と共通しています。別に連作短編集の要素はないので読む順番はどこからでも影響ありません。どの作品も不思議な現象が絡んでおり、いかに合理的な解決を用意するかの興味で読ませる本格派推理小説です。私は理系トリックに依存しない方が合っているので「霊視る」(1999年)や「夢想る」(1998年)あたりが楽しめましたが、理系トリックに期待する読者は他の作品の方が気に入るかもしれません。


No.2475 5点 マーチン・ヒューイットの冒険
アーサー・モリスン
(2022/02/02 09:55登録)
(ネタバレなしです) 1896年に雑誌掲載された6作を収めて同年に出版されたマーチン・ヒューイットシリーズ第3短編集です。過去の短編集にはなかった、女性が依頼人になる作品が3作も収められています。「ゲルダート氏の駆け落ち事件」の女性依頼人の強引さと行動力は印象的で、面白い作品になりそうな予感がしましたが中盤以降の展開が残念。ある意味意外な展開なのですけどこの結末はどうもすっきりしませんでした。「セットン夫人の子どもの事件」は女性依頼人の個性はあまり感じませんが事件の動機が印象に残る作品です。全般的に謎解き推理に冴えが感じられず、過去の短編集と比べると個性が弱いように思います。


No.2474 4点 背徳の詩集
森村誠一
(2022/01/31 23:23登録)
(ネタバレなしです) 1989年発表の本書は長編本格ミステリーと紹介した文献もあったように記憶していたので読んだのですが、ハルキ文庫版の巻末解説で社会派ミステリーとして評価していた通りの作品だと思います。ガチの本格派を書く作家ではないことはこれまでの読書で経験していたので、社会派だったことに今さら驚きませんでしたが。似たようなタイトルで「殺人の詩集」(1993年)がありますが別作品です。本書の主人公は2人の女性を手玉にとって出世していく若者で(後には3人目の女性も登場)、全員独身なので不倫の関係ではないしマンション殺人の犯人でないことも明白に提示されていますが、女性にもてた経験のない私の反感を買うには十分なキャラクターで(笑)、警察がなかなか主人公を容疑者として絞り上げない展開に不満です(笑)。複数の事件が複雑に絡み合いますが、あまりにも好都合に見つかる証拠を大胆な推理で強引に結び付けての芋づる式解決も面白くありませんでした。山中でのあの証拠品発見もそうだし、同じタクシーの運転手が2つの事件の証人になるなんて途方もない偶然の発生確率はミクロレベルではないでしょうか。笹沢佐保のタクシードライバー夜明日出夫シリーズじゃあるまいし(爆)。


No.2473 4点 ハイビスカス・ティーと幽霊屋敷
ローラ・チャイルズ
(2022/01/28 11:40登録)
(ネタバレなしです) 2021年発表のお茶と探偵シリーズ第22作のコージー派ミステリーです。幽霊屋敷イベントの最中に起きた殺人事件ということで「ジャスミン・ティーは幽霊と」(2004年)を連想される読者がいるかもしれません。テーマパークの幽霊屋敷と同じような雰囲気なのでホラー要素は全くありませんが。これまでのシリーズ作品でもヘリテッジ協会(とティモシー・ネヴィル会長)が時々登場していますが、本書では容疑者の大半が協会関係者というのが作品個性になっています。(警察の警告をまたも無視して)いつも以上に気合の入っているセオドシアがいくつかの手掛かりを発掘しては警察と共有しつつ、警察からも引き換えに情報を入手とアマチュア探偵としては上出来の捜査だと思います。とはいえ犯人はこの人と確信するところまでは至らず推理による解決ではないし、誰も真相についてきちんと説明してくれないのでこちらは消化不良です。


No.2472 5点 怯えるタイピスト
E・S・ガードナー
(2022/01/26 01:07登録)
(ネタバレなしです) 1956年発表のペリイ・メイスンシリーズ第49作の本格派推理小説で、シリーズ屈指の怪作だと思います。弁護依頼を受けたのが逮捕後と後手に回っているだけでなく非協力的な態度の依頼人、失踪中の容疑者は捕まらない、別の容疑者の尾行は失敗とまともな準備もできずに法廷場面に突入です。この法廷場面の第18章で他のシリーズ作品にはなかった展開に驚かされます(他のシリーズ作品をいくつか先に読んでおくことを勧めます)。もちろんメイスンならではの逆転劇は用意されているのですが、複雑な真相説明にもう一歩丁寧さが欲しかったですね。ハミルトン・バーガー地方検事の「弁護人は争点を混乱させようと計っているのです」というコメントは他の作品でもあったような気がしますが今回は共感しました。ある人物が(身を滅ぼしかねないのに)最後まで偽りを続けた理由が私にはわからず、釈然としませんでした。


No.2471 4点 九つの離婚
佐野洋
(2022/01/24 04:14登録)
(ネタバレなしです) 1988年から1990年にかけて雑誌発表された9つの短編を収めて1990年に出版された短編集で、タイトル通りどの作品も離婚が絡んでいます。作品間に共通して登場する人物はいません。テーマがテーマだけに心理ドラマ要素が強く、離婚に至る物語、離婚後から始まる物語、夫婦関係改善のために離婚をほのめかす物語など意外とヴァラエティーに富んでいますが、ミステリーとは言えないのではというプロットの作品が少なからずあるのは評価が分かれそうです。その中では離婚の原因をずけずけと問い詰める展開に息を呑む「好きなように」が印象的でした。


No.2470 5点 ピーター卿の遺体検分記
ドロシー・L・セイヤーズ
(2022/01/22 23:13登録)
(ネタバレなしです) セイヤーズの生前に発表された短編集は3冊あり、1928年発表の本書はピーター・ウィムジー卿シリーズの短編12作を収めた第1短編集ですと紹介したいところですけどあれ、論創社版は「アリババの呪文」を欠いて11作しかありません。というのは同じ論創社が独自編集で先に出版した短編集「モンタギュー・エッグ氏の事件簿」の方に「アリババの呪文」を収めたためです。独自編集を否定するつもりは毛頭ありませんけどこのために本書は微妙に中途半端になってしまったし、「モンタギュー・エッグ氏の事件簿」の方は全11作書かれたモンタギュー・エッグシリーズを6作しか収めておらず(他は「アリババの呪文」と非シリーズ6作)、一体どういう編集方針なんでしょうね?さて本書の感想ですが短編であってもピーター卿の饒舌ぶりはしっかり描かれており、時に謎解きから脇道にそれ気味なのは同時代のアガサ・クリスティーの無駄の少ない謎解きプロットとは対照的な個性ですね。本格派推理小説というよりスリラーの作品もあります。個人的に好きなのは頭のない御者と頭のない馬が音もたてずに走らせる馬車が幻想的効果を生み出す中編「不和の種をめぐる卑しき泣き笑い劇」とピーター卿を名乗る2人のどちらが本物なのかの人物鑑定がユーモラスで楽しい「嗜好の問題をめぐる酒飲み相手の一件」です。


No.2469 5点 ダミー・プロット
山沢晴雄
(2022/01/21 07:57登録)
(ネタバレなしです) 力作中編の「離れた家」(1963年)が酷評され、第1長編である「悪の扉」(1964年に完成)が出版を拒否された山沢はミステリー作家としての道をあきらめて公務員として働きますが定年退職した1982年頃から作家の虫がうずきだして再び筆を執るようになります。当初は「砧自身の事件」のタイトルだった本書はこの時期(1983年頃)に書かれた砧順之助シリーズ第2作の本格派推理小説です。犯行が起きる前に容疑者たちの陰謀が紹介されるという変わったプロットで、トリックも色々ありますがタイトル通りこれはプロットで勝負した作品でしょう。終盤には作者による【陰の声】が挿入され、いかに読者に対してフェアプレーで臨んでいるかを説明してますがこれだけ複雑でしかも偶然に頼った部分も多いのでは読者が完全正解するのは無理な気もします。「砧自身の」という当初タイトルの割には「砧の登場が遅く、少ない」という天城一の指摘もごもっともと思います。しかしとにかく作家活動を再開したというだけでもファン読者は喜ぶべきでしょう。ちなみに本書もすぐには陽の目を見ず、ようやく「悪の扉」(1999年)に続いて2000年に同人誌での出版の運びとなり、単行本は2022年の創元推理文庫版まで待たなくてはなりませんでした。


No.2468 5点 生首岬の殺人
阿井渉介
(2022/01/19 21:21登録)
(ネタバレなしです) 1994年発表の警視庁捜査一課事件簿シリーズ第4作の本格派推理小説です。作者は「冒頭に魅力的な謎を提出すること。そして、意外な結末」を意識しているコメントを寄せていて、ある程度それを具現化していると思いますがそれを超えることもしていないように思います。つまり中盤が間延びしているのですね。序盤で生首をくわえた犬の目撃事件と風変わりな身代金を要求する誘拐事件を発生させて謎づくりに関してはまずまずなのですがその後は盛り上がりに乏しく、第4章で「捜査が進むにつれて、さらに複雑さは増し、事件の輪郭がぼやけてきた」と表現しているように展開がぐだぐだ気味になって読む方に集中力が求められます。しかし最終章で明かされる大トリック説明で私の途切れた集中力はやっとつながりました(笑)。基本的アイデアは米国の某本格派推理小説に前例がありますが、そちらでトリックを見破られる手掛かりとして使われたものを本書では逆用してトリック成立に使っているのが工夫です。シナリオライター出身の作者ならではの、見映えするトリックといえるでしょう。


No.2467 5点 ペンバリー屋敷の闇
T・H・ホワイト
(2022/01/16 22:22登録)
(ネタバレなしです) インドに生まれギリシャで亡くなった英国のテレンス・ハンベリー・ホワイト(1906-1964)はファンタジー小説の「永遠の王」四部作の他に冒険小説、SF小説、ノンフィクションなど様々な著作がありますが、1932年発表の本書はサスペンス小説です。全体の1/3を占める第一部は大学に起こった二重死亡事件を扱った本格派推理小説で、片方がもう片方を殺して自殺したのではと思われますが第5章でのどんでん返しの末にブラー警部がトリックを見破って真犯人を名指しします。ところがこれで解決とはならないまま(犯人と指摘されても全く動じない真犯人が凄い)第二部に突入し、ペンバリー屋敷の主人があまりにも軽率な行動で真犯人に狙われることになるサスペンス小説にがらりと変貌します。もっとも(警察を退職した)ブラーも相当に軽率なことやってると思いますけど。本格派からサスペンス小説へ切り替わる展開はマージェリー・アリンガムの「幽霊の死」(1934年)を彷彿させますし、たった1人で大勢をきりきり舞いさせる神出鬼没の真犯人はフィリップ・マクドナルドの「エイドリアン・メッセンジャーのリスト」(1959年)を連想しました。


No.2466 5点 月は幽咽のデバイス
森博嗣
(2022/01/15 22:08登録)
(ネタバレなしです) 2000年発表のVシリーズ第3作の本格派推理小説です。オオカミ男が出ると噂の屋敷を舞台にしていますが、「何が根拠でそんな噂話が広まっているのか不明」という設定にしたためか怪奇色をあまり期待しない方がいいと思います。後半にはちょっとしたスリラー演出がありますけれど。あと屋敷の見取り図はほしかったですね。文章だけでは私の平凡(以下の)頭脳では理解しきれませんでした。講談社文庫版の巻末解説で「フェアと取るか、アンフェアと取るかは、読み手次第だろう」と微妙な評価ですが、まあ確かにこの密室トリックは万人受けしないでしょうね。それにエピローグで登場人物の1人に「今もなお、この疑問、根本的な謎は残る」と思わせているように、どこかすっきりしない説明に感じられました。


No.2465 5点 正直者ディーラーの秘密
フランク・グルーバー
(2022/01/12 22:00登録)
(ネタバレなしです) 1947年発表のジョニー・フレッチャー&サム・クラッグシリーズ第9作で、舞台はラスベガスです。論創社版の巻末解説によると1940年代半ばに豪華なカジノホテルが続々と誕生したと説明されていますが、本書の第10章で「三つの巨大なカジノのあいだには手つかずの砂漠が広がる」という描写があることから現在のラスベガスに比べればまだまだ発展途上だったのではと推測します。このシリーズは本格派推理小説の謎解きを楽しめる作品もありますが本書に関してはその要素は希薄でした。デスバレーで殺された男の死に際に出会ったジョニーとサムが、「ニックに届けてくれ」というダイイングメッセージと男の所持品(トランプやポーカーチップなど)の秘密を探る展開になりますがニックの正体にしろ(登場人物リストにはニックが1名いますが...)、所持品の秘密にしろ場当たり的に明らかになってジョニーの推理の出番がありません。ユーモア・ハードボイルドとしては十分に読みやすい作品ではありますけど。他のシリーズ作品と違うのはいつもは金策に苦心しているのに本書ではジョニーがカジノで稼ぎまくってます。うーん、苦労せずに金儲けしているなんてのはファン読者の期待に反しているのではないでしょうか(笑)。


No.2464 6点 複数の時計
アガサ・クリスティー
(2022/01/11 01:22登録)
(ネタバレなしです) 1960年代のミステリーはスパイ・スリラーの台頭がありましたが、大御所クリスティーも時流に乗ったのか1963年発表のエルキュール・ポアロシリーズ第29作の本書では秘密情報部員を登場させてポアロよりも登場場面を多くしています。それでも本格派推理小説の謎解きの方にウエイトを置いていますけど。第14章でポアロにミステリー評論めいたことをさせているのも本書の特徴ですが、紹介されている作家の約半分は架空の作家のようです。実在の作家名を出すと色々都合悪かったのでしょうか(笑)。ハードボイルドには非常に辛口ですけど、まあクリスティーの作風には合わないですよね。タイトルに使われている「時計」は死体を取り囲むかのように置かれていた時計を指すのですが、この謎解きがなーんだというレベルだったのは呆れたというより失笑ものでした。


No.2463 5点 椿姫を見ませんか
森雅裕
(2022/01/10 23:16登録)
(ネタバレなしです) 1986年発表の鮎村尋深(あゆむらひろみ)&守泉音彦シリーズ第1作です。本書では尋深が芸術大学の音楽学部の学生、音彦が美術学部の学生で友人以上恋人未満風な関係です。オペラの練習中に毒殺事件が発生し、生前の被害者から受けた相談電話を相手にしなかったことを後悔した音彦が謎解きに乗り出します。一方で意外にも尋深は謎解きにほとんど参加しませんが、容疑者たちとは複雑な関係がある模様で一時的ながら自身も容疑者になったりしていて探偵役というより事件関係者役です。主人公2人の青春小説要素が強くて時にミステリーらしさが希薄になりもしますが、終盤は本格派推理小説らしく音彦が(あまり論理的ではありませんが)推理で複雑な真相を明らかにします。しかしこれで解決ではなく、更にサスペンス溢れる展開が用意されています。


No.2462 6点 幽霊はお見通し
エミリー・ブライトウェル
(2022/01/09 22:11登録)
(ネタバレなしです) 1993年発表のジェフリーズ夫人シリーズ第3作の本格派推理小説です。作中時代は1887年1月。シリーズ前作の「消えたメイドと空家の死体」(1993年)が失踪事件に身元不明の死体とミステリーとしての展開が遅かったのとは対照的に本書はあっという間に殺人事件が起こります。ウィザースプーン警部補は強盗殺人と判断しますがジェフリーズ夫人たちは偽装強盗と疑います。ベッツィ、スミス、グッジ夫人、ウィギンズたちいつもの使用人メンバーだけでなく富豪未亡人のルティと彼女の執事ハチェットまで捜査に参加して謎解き議論が盛り上がります。第9章でジェフリーズ夫人が(当時の)社会問題について講義したい気持ちを抑えて謎解きに集中しているところも好ましく映ります(第7章では死体泥棒について蘊蓄を披露してますが)。ところで過去のシリーズ2作品を読んだ時にはこのシリーズは結末が次作の冒頭へとつながる趣向があるように思いましたが、本書の締め括りはそうではないようです。でもこの締め括り、ウイットとユーモアに溢れていてくすっと笑いたくなります。


No.2461 5点 堕天使の秤
吉田恭教
(2022/01/08 14:40登録)
(ネタバレなしです) 2014年発表の向井俊介シリーズ第3作です。交通事故に巻き込まれた偽造ナンバー車両には4人が乗っていましたが(3人死亡、1人重態)、前席の2人は医者で後席の2人は麻酔薬で眠らされていたことから誘拐事件が疑われます。一方向井俊介は本来業務でない年金不正受給調査に狩り出されます。2つの事件捜査が絡み合う展開に淀みがなく、複雑な内容ですが読みやすいです。凝ったトリックもありますし(第7章で解き明かされる理系トリックは怖いまでに印象的)、どんでん返しの謎解きもなかなかの出来栄えですが事件が明らかに組織的犯罪であることと、社会問題と必要悪について読者に考えさせる内容であることからジャンルとしては社会派推理小説かと思います。犯人たちにはある種の正義感がありますが真相に近づいた人物を殺してしまっているので共感できないという意見もあると思います。しかし正論と綺麗事だけでは解決できない問題もあることをしみじみ感じさせる作品です。

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