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ミステリの祭典

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nukkamさんの登録情報
平均点:5.44点 書評数:2810件

プロフィール| 書評

No.2390 4点 「五つの鐘と貝殻骨」亭の奇縁
マーサ・グライムズ
(2021/06/21 15:38登録)
(ネタバレなしです) 1987年発表のリチャード・ジュリーシリーズ第9作の本格派推理小説です。シリーズ前作の「『独り残った先駆け馬丁』亭の密会」(1986年)でも謎解き説明に曖昧な部分がありましたが、本書はそれ以上に(私の理解力では)わかりにくかったです。殺された女性の素性は結局どっちだったのか、犯人が最後まで否定したままなので何ともすっきりしませんでした。人物描写には定評ある作者ですが本書に関しては書き込み不足に感じられ、ドラマとしても盛り上がりを欠いています。米国では本書が初のベストセラー入りしたシリーズ作品と紹介されていますが、こういうもやもやした作品の方が読者受けするんでしょうか?


No.2389 5点 M8の殺意
長井彬
(2021/06/17 08:22登録)
(ネタバレなしです) 1983年発表の長編第3作ですがデビュー作の「原子炉の蟹」(1981年)よりも書かれたのは早く、「M8以前」というタイトルで1980年にミステリー賞に応募して受賞を逃したのが原型だそうです。探偵役の曽我明は本書では部長に昇進しており、何となく風格が出たように感じます。地震予知会議のメンバーである教授の周辺で次々と事件が起きるというプロットですが、どこか不自然に感じられるところも真相を知るとなるほどと納得できるように仕組んであって巧妙な作品だと思います。とはいえ動機に関しては微妙で、丁寧に説明してはいますが被害者側の立場にたつとこれで殺人は到底納得できないと思う読者もいるかと思います。社会派推理小説要素が強いですが、一方で不可能としか思えない人間消失が3回もあるなど本格派推理小説も意識しています。なお長井にとって社会派スタイルの作品は本書が最後で、以降はより本格派スタイルの作品が書かれるようになります。


No.2388 4点 抱き人形殺人事件
井口泰子
(2021/06/14 11:11登録)
(ネタバレなしです) 1981年発表のラジオ番組キャスター・草深真子シリーズ第1作で、「キャスタードライバー事件簿」というサブタイトルがついています。真子の1人称形式で語られますが、取材を約束した老婦人の死体と腹を裂かれた抱き人形を発見する羽目になり、その直前に被害者の家から出てきた男と少年を目撃したことから事件捜査に乗り出すことになります。キャスター仲間や真子の妹や弟、弟のガールフレンドらも協力し、刑事との情報共有もばっちりととんとん拍子の展開で進みます。現場から失踪した2人の追跡にページの大半を費やしており、殺人犯の正体と人形を殺した理由については最終章で完全な後出しで説明されるだけなので本格派推理小説として評価しようとすると大幅減点です(なので個人的にはスリラー小説に分類しました)。この作者がこういう肩の力を抜いたユーモア豊かな作品を書いていたとは知りませんでしたが、それにしても抜きすぎな気がします。


No.2387 6点 裁きの鱗
ナイオ・マーシュ
(2021/06/13 22:34登録)
(ネタバレなしです) 1955年発表のアレン主任警部シリーズ第18作です。複雑な人間関係に加えて犬猫そして魚まで動員され、動機、アリバイ(地図はほしかったですね)、凶器、ダイイングメッセージと謎解きは多岐に渡り、多くの証拠と多くの証言が揃います。派手な展開こそありませんがじわじわと容疑が絞られる終盤はそれなりに劇的です。論創社版の巻末解説によれば作中の記載に矛盾があるそうですが、私は気づかぬまま王道の本格派推理小説の雰囲気を存分に楽しめました。


No.2386 5点 ヒポクラテスの初恋処方箋
小峰元
(2021/06/12 23:14登録)
(ネタバレなしです) 1978年発表の本書は本格派推理小説ではなく冒険スリラーだと思います。登場人物はそれほど多くはないのですが同じ人物が苗字、名前、あだ名で呼ばれたりするので登場人物リストを作って整理した方がいいかもしれません。ユーモア豊かな展開で軽快な筋運びですが秘宝の盗難、失踪、そして怪死事件の関係が漠とし過ぎていてミステリープロットとして微妙に読みにくいです。私の読んだ講談社文庫版ではイラストが(誰の作画だろう?)挿入されているのはいいのですが、作中場面と合っていないページに掲載しているのは問題だと思います。作中人物が「機動力のない探偵は、推理力のない探偵より劣る」と述べているように行動で(時に危機を招きますが)解決しており、推理もしてますが論理性がなくて空想にしか感じられません。


No.2385 5点 無軌道な人形
E・S・ガードナー
(2021/06/11 06:51登録)
(ネタバレなしです) ペリイ・メイスンシリーズに「瓜二つの娘」(「The Case of the Duplicate Daughter」)(1960年)というタイトルの作品がありますが、1963年発表のシリーズ第69作の本書はDaughterの代わりにWomanを付けた「瓜二つの女」というタイトルでもよかったような本格派推理小説です(紛らわしくなるのでそうもいかんでしょうけど)。「無軌道な人形」というタイトルも的外れではありませんが「無軌道な」という邦訳がちょっとぎごちないですね。これまでの作品でも怪しい依頼人、無礼な依頼人、不注意な依頼人、身勝手な依頼人などメイスンを困らせる依頼人は数多く登場してますがそれでもしっかりフォローするのがメイスンです。しかし本書の第9章での対応は結構意外でした。あと依頼人に包み隠さず全てを話すように説得するのが普通なのに本書では真逆の行動に走ったのも意外です(もちろん理由はあったのですが)。思い切ったどんでん返しの真相にも意表を突かれましたが、犯人の証言はまあ「嘘」で片付くけど他の証言はどうなんだろと釈然としませんでした。依頼人の不思議かつ複雑な行動は無用に大芝居過ぎないかとこちらも釈然としません。被害者の扱いも随分と雑な気がします。


No.2384 6点 屋上の名探偵
市川哲也
(2021/06/09 01:54登録)
(ネタバレなしです) 2017年発表の蜜柑花子シリーズ第1短編集で、本書での蜜柑は高校2年生から3年生、「名探偵の証明」三部作よりも作中時代は前の設定です。中短編が4作収められてますがいずれも凶悪犯罪のない謎解きで、気軽に読める本格派推理小説です。「みずぎロジック」はタイトル通り論理的な推理が光る好短編です。中編「ダイイング・メッセージみたいなメッセージのパズル」は活発な謎解き議論が楽しいです。メッセージ分類は霧舎巧の「ラグナロク洞」(2000年)のメッセージ講義に比べれば随分とシンプルなものですが中編ならこの程度が丁度いいでしょう。トリッキーな「人体バニッシュ」はトリックの無理矢理感が、「卒業間際のセンチメンタル」は偶然の要素が重なり過ぎの真相が気になりました。評価は2勝2敗ということで6点です。


No.2383 5点 エイプリル・ロビン殺人事件
クレイグ・ライス&エド・マクベイン
(2021/06/06 23:05登録)
(ネタバレなしです) 街頭写真師ハンサム&ビンゴシリーズ第3作の本格派推理小説として着手されながらクレイグ・ライス(1908-1957)の急死によって未完に終わり、警察小説の巨匠エド・マクベイン(1926-2005)が遺稿を完成させて1958年に出版されました。どこまでがライスの筆によるものなのかわかりませんが、17章でビンゴがある人物に寄せる同情心や19章のファッション描写などはライスらしさを感じさせます。誰もが知っていると言いながら謎に包まれている女優エイプリル・ロビン、生きているのか死んでいるのかわからない行方不明者、複数の名前を持つ人物たちが織り成す複雑な人間関係で読者を翻弄するのもライスらしいですね。ハンサムの驚異的な記憶力も冴え渡っています。しかし伏線の回収もほとんどなく唐突な解決に終わってしまっているのが残念です。他人の未完成品の完成をいきなり頼まれてマクベインがやっつけ仕事になったとしても同情の余地はあると思いますが、短編集「被告人、ウィザーズ&マローン」(1963年)でライスと共作関係だったスチュアート・パーマー(1905-1968)にこの仕事をやってもらっていたらどうなんだろうと思わないでもありません。


No.2382 5点 疑惑のスウィング
アーロン&シャーロット・エルキンズ
(2021/06/05 22:58登録)
(ネタバレなしです) シリーズ前作の「邪悪なグリーン」(1997年)から久しぶりに書かれた2004年発表のリー・オフステッドシリーズ第4作の本格派推理小説です。「邪悪なグリーン」は1番ゴルフ・ミステリーらしくないシリーズ作品だと思いましたが、本書は1番ゴルフ・ミステリーらしい作品ではないでしょうか。英米のトップ・プロがチームで対決する大会に抽選枠で出場することになったリーの緊張ぶりが実によく伝わってきます。謎解きももちろんあるのですがゴルフの方にウエイトを置いたようなプロットで、これはこれで面白いのですがミステリーとしては「悪夢の優勝カップ」(1995年)と比べると物足りなく感じました。


No.2381 5点 鉄道回文殺人事件
関口甫四郎
(2021/06/05 16:26登録)
(ネタバレなしです) 様々な職歴を持つ関口甫四郎(1928-1993)はミステリー作家を目指して歴史本格派推理小説の「北溟の鷹」で1980年にミステリー賞を狙うも失敗し、天童一馬シリーズ短編集である「旅の事件簿」(1984年)を私家版で出版した後に天童一馬シリーズ長編第1作である本書でようやく1987年にプロ作家デビューしました。ちなみに「北溟の鷹」も1991年に単行本出版されています。本書は仲よし四人組のOLの内、1人が死亡(警察は事故死と判断)、2人が失踪するという事件を残りの1人から天童が相談される展開の本格派推理小説です。タイトルに使われている回文の謎解きがとても凝っていて、明確な理由なしに特定の文字だけ除外するとか推理に感心できない部分もありますが非常に考え抜いて構築された暗号だと思います。ただ暗号以外は高く評価しづらいですね。中町信の作風を意識したのでしょうか、プロローグで思わせぶりに「死体を運ぶ男」、「剽窃」、「脅迫者が襲撃」などが示唆されていますが、どんでん返しの連続は凄いと思わせるものの謎解き伏線の回収という点では全く不足しており、中町信に及ばないのが残念です。総合評価では4点ぐらいですが回文暗号の敢闘に1点おまけします。


No.2380 5点 殺しのVマーク
幾瀬勝彬
(2021/06/05 16:00登録)
(ネタバレなしです) 1976年発表の本格派推理小説です(後年に「殺意の墓標」と改題されましたが旧題の方がいいと思います)。新潟のおじから赤字でVと書かれただけの手紙を受け取ったと相談された周子はおじを訪問します。ところが入れ違いのようにおじは東京へ出かけてしまい、その後福井の東尋坊で死体となって発見されます。周子は夫と共にアマチュア探偵として犯人探しに乗り出しますが、警察をライバル視して突撃気味の周子を捜査に協力しつつも危険な真似をしないようと諫める夫という図式がなかなか読ませます。仮説に対する矛盾点を指摘し合いながら推理を修正していく丁寧な謎解き議論もよくできています。そして第7章では何と「読者への挑戦状」が用意されていますが、犯人やトリックや動機を見破れというのではなく、「作品の中に書いた透明な2つの『V』を探せ」というクイズです。犯罪の真相については手掛かりは色々ありますが「断片をつなぐ一本の線がないから、バラバラのまま頭の中に浮遊している」状態となって自白で補強しているのが謎解きとしては残念ですね。そして最後の最後に披露されるクイズの解答の方はというと、「こんなの当たるかいっ!」と負け惜しみ言いたいです(笑)。


No.2379 5点 尼僧のようにひそやかに
アントニア・フレイザー
(2021/06/02 21:06登録)
(ネタバレなしです) 貴族出身の英国のアントニア・フレイザー(1932年生まれ)は歴史小説や伝記や歴史研究本の作家として有名ですが、1977年発表の本書を皮切りに1990年代までジマイマ・ショアシリーズのミステリーも書いています(長編8冊と短編集1冊)。ジマイマは人気テレビ番組の花形インタビュアーで、妻のある男性と不倫の関係にあることが紹介されます。何でそんな設定にしたのか不思議ですが、フレイザー自身が最初の夫と6人もの子供をもうけながら妻のいる男性とそういう関係(1975年頃かららしい)になっていたのが影響しているのかもしれません。修道院で起きた修道女の怪死、そして「ジマイマは知っている」と書かれた紙片からジマイマは事件に巻き込まれます。死んだ修道女が実は大富豪で修道院の地主でもあったこと、消えた遺言書など謎を盛り上げるネタは十分ですが、ジマイマが修道院長から依頼されたのは修道院の中で何が行われているのか探るという漠然とした謎解きで、犯人当てのような明確なゴールでないためか本格派推理小説としては散漫な印象のプロットです。いくつかの伏線の回収はあるもののジェマイマの名推理による解決を期待すると失望すると思います(特に犯人当ては)。ゴシック風の暗く重い雰囲気づくりには成功しています。なおタイトルの「尼僧のようにひそやかに」については第7章でワーズワースの詩の引用であることがわかりますが、その訳文は「尼僧のごとく静けく」となぜか統一されていません。


No.2378 5点 龍王伝説殺人事件
石井敏弘
(2021/05/31 23:39登録)
(ネタバレなしです) 1992年発表の本書は隻眼の私立探偵・南虎次郎シリーズ第2作のハードボイルド小説です。作者得意のバイク疾走場面もちゃんと用意されています。ハードボイルドならではの荒々しさや卑しさの描写もたっぷりある一方で、同時刻に同じ殺害方法で離れた場所で殺されたかのような四重殺人の謎がとても印象的で本格派推理小説を意識しているところもあります。複数犯による犯行という見解に対して単独犯の仕業ではという可能性を虎次郎が模索する姿勢には、グループ犯行という陳腐な真相であってほしくない読者として応援したくなります(笑)。社会派要素や伝奇要素も織り込んだ、意外と多面的な作品でタイトルに使われている「伝説」も決して安易なお飾りではありません。真相説明が自白頼りの部分が多いためか、虎次郎の推理がそれほど論理的に感じられないのは惜しまれますが。


No.2377 6点 運命の証人
D・M・ディヴァイン
(2021/05/30 22:34登録)
(ネタバレなしです) 全13作の長編を残したD・M・ディヴァイン(1920-1980)ですが1968年発表の第7作の本書からドミニク・ディヴァインというペンネームを使うようになります(理由はわかりません)。非常に構成に凝った本格派推理小説で、主人公が2件の殺人事件の犯人として告発されている場面で始まり、第一部では6年前の第1の事件に至る人間ドラマ、第二部では現在に起きる第2の事件に至る人間ドラマ、第三部では法廷シーンが描かれ、さらに第四部へと続きます。被害者が誰なのか明かすのを遅らせたり主人公が逮捕される経緯説明を最低限にしたりと実験的な試みが見られます。これが効果的かどうかは微妙な気がしますけど。謎解きと人間ドラマの両立はこの作者ならですが、主人公に不倫の道を歩ませているところは読者の好き嫌いが大きく分かれそう。あと創元推理文庫版の日本語タイトルも悪くはありませんが、英語原題の「The Sleeping Tiger」の方がよかったような気がします。


No.2376 5点 巨匠を笑え
ジョン・L・ブリーン
(2021/05/29 00:03登録)
(ネタバレなしです) 1967年から1981年にかけて発表された20作に新作2作を加えて1982年に出版されたパロディ短編集です。ちなみにハヤカワ・ミステリ文庫版はオリジナルが日本であまり知られていないという理由で2作品がカットされてしまい20作品が収められてます。私は本格派ばかりを選り好みしている偏狭な読者で、エド・マクベインやディック・フランシスやダシール・ハメットをそもそも読んでいないのでそれらのパロディ作品がどれだけオリジナルの雰囲気に近いのか全くわかりませんでした。本格派ではエラリー・クイーン風の「リトアニア消しゴムの秘密」でタウンという人物に向かって「これは災厄(カラミティ)だ、タウン」と言わせてるのは(クイーンの某作品を知る身としては)笑えましたが。クリスティー風の「2010年のポアロ」はSF設定を謎解きに巧妙にからめてますが時代背景を原典と変えているパロディーは好き嫌いが分かれるかも。ホック風の「消えゆく町の謎」はある意味腰砕けのトリックですが、登場人物をがっかりさせる先回りのユーモアで読者を上手くはぐらかせていますね。


No.2375 4点 毛皮コートの死体-ストリッパー探偵物語
梶龍雄
(2021/05/28 06:56登録)
(ネタバレなしです) ストリッパーながら探偵の素質をもつチエカを主人公にした1985年出版の第1短編集で、1982年から1985年にかけて発表された6作品を収めています(このシリーズは長編1冊と短編集2冊が書かれています)。本書あたりから通俗趣味の作品が増えていくのは出版社の要請なのか作者のねらいなのかはわかりません。本書のあとがきで「やはり本格の知的興奮は欲しい」と本格派推理小説へのこだわりを見せているのは評価したいところですが、個人的にはベッドシーン豊富な通俗的雰囲気は好みではありませんでした。「熱海に来た女」での「おもしろい証拠」なんかはいかにもストリッパー探偵ならではの着眼点ですけど。


No.2374 6点 枯れゆく孤島の殺意
神郷智也
(2021/05/23 22:42登録)
(ネタバレなしです) 神郷智也(かんざとともや)(1986年生まれ)の2009年発表のデビュー作である本格派推理小説です。孤島と館の組み合わせは国内本格派推理小説においてはもはや珍しくないですが(中には食傷気味と感じる読者もいるかも)、早々と自白する犯人という設定がなかなか目新しいです(もちろんこれで解決というわけではありません)。タイトルにも使われている、島の植物が次々に枯れていくのはなぜかという謎解きもユニークで、専門用語が色々と使われますが説明は(時々回りくどくなりますが)わかりやすいです。殺人の謎解きにも凝ったどんでん返しが用意されています。島の地図や館の見取り図は付けてほしかったですね。強引で雑然としているように感じるところもありますがなかなかの力作だと思います。


No.2373 6点 第八の探偵
アレックス・パヴェージ
(2021/05/21 07:10登録)
(ネタバレなしです)英国のアレックス・パヴェージの2020年発表のデビュー作です。本格派推理小説ではありますがハヤカワ文庫版の紹介通り「破格」な作品です。奇数章が短編ミステリー、偶数章では読後の作者と編集者による会話という構成をとってます。それぞれの短編はどれも個性的ですが微妙なもやもや感、時には不条理を感じさせており、更に偶数章で作品の矛盾や不自然さが指摘されながら明快な回答を得られないまま次へ進むという展開で読ませます。千街晶之による充実の巻末解説(本書から連想されるミステリーが40作近くも紹介されています)の「フェアな謎解きよりは、作中作があるミステリだから可能な仕掛けを追求した」という評価がまさにぴったり。読者が真相当てに挑戦できるスタンダードタイプの本格派でないので不満を覚える読者もいるとは思いますが、ここまでやるのかというどんでん返しの印象が実に強烈です。個人的には「アンフェアな謎解きなのでアウト」と単純に切り捨てられなかった作品です。


No.2372 5点 ワイングラスは殺意に満ちて
黒崎緑
(2021/05/16 22:11登録)
(ネタバレなしです) 1989年に発表された、お洒落なタイトルが印象的な本書は黒崎緑(1958年生まれ)のデビュー作である本格派推理小説です。私には縁のない高級ワインや贅を尽くした料理名が散りばめられてますが、ほとんどが名前のみの登場でどれだけ美味しいのか想像をかきたてるところまでいかない描写なのは少々残念です。警察が事件の話をしているのに容疑者がワインや料理のことしか考えずに話が噛み合わない場面があるのはユーモアのつもりかもしれませんが、どちらかと言えば話の流れを悪くしているように感じました。軽い作品のようでいて謎解きが意外と丁寧なのはいいのですけど、使われているトリックを警察(と鑑識)が見抜けていなかったのは信じがたいです。あと余談ですが舞台となるレストランの名前に「フィロキセラ」(大量発生して葡萄畑を壊滅させることもある害虫)をつけているセンスも信じがたいです(まあヨーロッパでは蠅の名前を付けている高級レストランもあるのですけど)。


No.2371 5点 幸運は死者に味方する
スティーヴン・スポッツウッド
(2021/05/14 07:03登録)
(ネタバレなしです) ジャーナリストで劇作家である米国のスティーヴン・スポッツウッドの小説第1号が2020年発表のペンテコスト&パーカーシリーズの第1作である本書で、ハードボイルドと本格派推理小説のジャンルミックス型のミステリーです。作中時代は1945年、高額な依頼料を受け取り警察も一目置く探偵のミズ・ペンテコストとその助手で語り手のウィル・パーカーというコンビはどこかレックス・スタウトのネロ・ウルフとアーチー・グッドウィンを連想させます(本書のは女性探偵コンビですけど)。燃える密室内の死体という、クリスチアナ・ブランドの名作短編「ジェミニー・クリケット事件」(1968年)を彷彿させる事件の謎はとても魅力的ですが不可能犯罪の謎解きの醍醐味はほとんどないし、トリックも読者をがっかりさせるものです。推理説明も論理的でなく、誰が犯人でも代わり映えしないように思えました。探偵の成長物語としては面白い作品ですが謎解きとして弱いのが残念です。

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