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ミステリの祭典

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nukkamさんの登録情報
平均点:5.44点 書評数:2901件

プロフィール| 書評

No.2881 6点 未亡記事
佐野洋
(2025/08/23 19:55登録)
(ネタバレなしです) 「新聞社殺人事件」のサブタイトルを持つ1961年発表の本格派推理小説で、この作者らしく派手な展開はありませんが第9章以降の謎解き推理はなかなか力が入っています。新聞社の政治部長が急死したと家族から電話連絡が入ります。ところがその後の確認で家族はそんな連絡はしていないことがわかります。単なるいたずらかと思いきや、政治部長は線路で轢死体となって発見されます。遺体は頭部が頭蓋骨を粉砕され、手も潰されて指紋を確認できない状態でした。そして事件前に政治部長と会っていた男が失踪していることもわかります。主人公の新聞記者が探偵役ですが、社内の人間関係のもつれもあって「誰が犯人であってもいい」と何度も投げやり気味になるのが印象的です。幕切れも鮮やかです。


No.2880 4点 マギル卿最後の旅
F・W・クロフツ
(2025/08/23 01:30登録)
(ネタバレなしです) 1930年発表のフレンチシリーズ第6作の本格派推理小説です。北アイルランドで財を成したジョン・マギル卿は事業を息子のマルコムに譲ってロンドンに隠遁します。そのマギル卿から7年ぶりにベルファーストへ行くとマルコムへ連絡がありますがその後行方不明になってしまい、安否が気遣われます。警察が足取りを追跡するとマギル卿は鉄道、船、そして何と最後は徒歩で移動していたらしいことがわかります。事件はやがて殺人事件に発展し、フレンチが何度もイングランドと北アイルランドを往復しますのでこちらも冒頭の地図を何度も確認しました。某英国作家の1920年代の本格派に使われたトリックをもっと複雑にしたようなトリックが使われています。上手く扱えばミスリーディングとして効果的だったと思いますがクロフツらしく捜査描写が細か過ぎて謎解きのサスペンスは皆無に近く、自分で真相を当てようとする気にはなれません。真相が複雑過ぎるのも両刃の剣で、個人的には面白くない謎解きでした。


No.2879 3点 緑一色は殺しのサイン
藤村正太
(2025/08/21 19:16登録)
(ネタバレなしです) 藤村正太(1924-1977)の亡くなった1977年に発表された「麻雀推理」の第4短編集です。7作が収められていますが、不動産会社勤務ながら情報集めでジャン荘に出入りする内にそちらの稼ぎの方が多くなった江守史郎が全作品の主人公です。どの作品でも女性雀士との対決が描かれており、エロ場面も豊富です。「伊豆路に散った嵌三索」は毒殺(未遂)事件があって本書で唯一一般的な謎解きをしていますが、それ以外は麻雀のいかさまトリックの謎解きに終始していて麻雀を理解していない読者だと全く楽しめません。「緑一色は殺しのサイン」も殺人はあるものの麻雀勝負の後日談的に発生しているだけの単なる添え物でした。


No.2878 6点 五人目のブルネット
E・S・ガードナー
(2025/08/21 18:44登録)
(ネタバレなしです) 1946年発表のペリー・メイスンシリーズ第28作の本格派推理小説です。ビジネス街と住宅街の間に伸びているアダムス街で車を走らせているメイスンは街角ごとに一様に黒っぽい服を着て首に毛皮を巻いているブルネットの女性たちが人待ち顔で立っているのに気づきます。夜の女の客引きではありませんよ(笑)。メイスンが尋ねると「冒険的な仕事」の求人広告に応募したと説明されます。陰謀の匂いがしますが全貌が明らかにならない内に殺人が発生します。めったに法廷に顔を出さないが地方検事局きっての切れ者と評価されるハリイ・ガリングがメイスンの敵役となります。求人広告の謎解きと殺人事件の謎解きが複雑に絡み合い、被告の危機だけでなくメイスンも事後従犯で告発されかねないという充実のプロットです。陪審長がメイスンを信頼していたのには随分と助けられましたね。


No.2877 5点 大聖堂の殺人 ~The Books~
周木律
(2025/08/18 09:33登録)
(ネタバレなしです) 2019年発表の堂シリーズ第7作の本格派推理小説です。シリーズ最終作として書かれたためか講談社文庫版で600ページ近い大作です。北海道沖の本ヶ島で四重殺人事件が発生します。ある容疑者が自分が犯人だと自供し、人証と物証いずれも犯行状況と一致していて逮捕されます。しかし容疑者が鉄壁のアリバイを持っていることが発覚して無罪放免となります。そして事件発生から24年の歳月が流れた2002年、本ヶ島で再び惨劇が繰り返されるプロットです。このシリーズは数学に関する知識が散りばめられており、本書でも容疑者・被害者に数学者が揃っていますが数学的というより哲学的な印象を受けました。アリバイ崩しと殺害方法に関するトリックの謎解きを重視しています。トリックはとてつもなく大掛かりで、私の乏しい想像力では手に負えません。謎解きが一段落した後に冒険小説風な展開になるのが意外でした。makomakoさんのご講評で指摘されているように、犯行に使われたトリックを応用すればあの危機からの脱出はもっと容易だったのではと思いました。最終作としての演出は読者の好き嫌いが分かれそうで、個人的にはある人物の扱いに不満があります。


No.2876 6点 ミセス・ワンのティーハウスと謎の死体
ジェス・Q・スタント
(2025/08/17 23:23登録)
(ネタバレなしです) インドネシアの女性作家ジェス・Q・スタントが2023年に発表したコージー派の本格派推理小説で、舞台はサンフランシスコのチャイナタウンです。英語原題は「Vera Wong's Unsolicited Advice For Murderers」でこちらの方がハヤカワ文庫版の日本語タイトルよりも内容にふさわしいと思います。主人公のヴェラ・ワンが営むティーハウスで死体が発見され、警察の捜査に不満のヴェラがアマチュア探偵として殺人犯探しに乗り出します。ヴェラの推理と捜査はかなり強引で、容疑者たちを一堂に集めて「あなたたちのだれがマーシャル(被害者)を殺したの?」とずけずけと問い詰める始末です。ところが世話好きな(おせっかいでもある)彼女の性格はいつの間にか容疑者たちと良好な関係を築き上げていき、容疑者たちも読者が同情しやすいキャラクターとして丁寧に描かれていて、どのように解決するのかと読者をやきもきさせます。楽しさと哀しさを巧みにブレンドした物語はどこかクレイグ・ライスを彷彿させます。


No.2875 5点 浜中刑事の妄想と檄運
小島正樹
(2025/08/07 06:22登録)
(ネタバレなしです) 海老原浩一シリーズの「龍の寺の晒し首」(2011年)で脇役だった浜中康平を主人公にした本格派推理小説の中編「浜中刑事の強運」と「浜中刑事の悲運」の2作を収めて2015年に発表された中編集です。海老原は登場せずシリーズ番外編かと思ってましたが新たなシリーズとして本書以降も作品が発表されています。浜中はとてもお人好しで出世志向など全くなく、のんびりした駐在所勤務に憧れていますが幸運(本人には不運)で次々に手柄をたててしまい、若くして県警本部の刑事に抜擢されています。「浜中刑事の強運」は最初から犯人を明かしている倒叙本格派、「浜中刑事の悲運」は家族を殺された男の復讐計画から始まる半倒叙本格派です。幸運での解決といっても何もしないで棚ぼたがあるわけではなく、ちゃんと捜査と推理もしています。読者側はある程度真相をわかっているのですが、そうでない浜中の推理は時に飛躍過ぎではと感じるところがありました。ほほえましい場面もありますけど「浜中刑事の悲運」の第3章の悲劇描写はとても沈痛でした。


No.2874 5点 失踪者
ヒラリー・ウォー
(2025/07/29 20:44登録)
(ネタバレなしです) 1964年発表のフェローズ警察署長シリーズ第8作の警察小説です。インディアナ湖の湖畔で女性の絞殺死体が発見されます。被害者の生前の行動と身許を調べていく展開になりますがこれが大変な難作業で、フェローズ得意の粘りの捜査も26章では「絶対に確実なはずの推理もあてがはずれたし、これこそと思った有望な手がかりも、いい結果は出なかった。内心で負けたと思いながら敗北は認めたくなかった」と読者はじりじりさせられます。まあこれがシリーズの個性ではあるのですけど。30章でフェローズが突然スカンクに畑を荒らされた百姓のたとえ話をしてから一気に捜査は進展し、最後は意外とあっけなく締め括られます。


No.2873 5点 多摩湖山荘殺人事件
藤原宰太郎
(2025/07/28 17:47登録)
(ネタバレなしです) 1994年発表の久我京介シリーズ第5作の本格派推理小説です。久我は亡き妻の妹夫妻が事故死したことを知らされます。状況には謎めいた不自然さがありますが久我が病気入院中ということもあってすぐに謎解きという展開にはなりません。中盤になって新たな事件が起きてこちらがメインの謎解きになります。分厚いカーテン越しで見えないはずの被害者をどうやって正確に射殺(厳密には2発撃たれて1発が命中)したのかという銃殺トリックに挑戦しており、ジョン・ディクスン・カーの「震えない男」(別題「幽霊屋敷」)(1940年)のトリックがネタバレされていますのでまだ未読の方はご注意下さい。犯人当てとしては平凡な出来栄えですが、トリックについては細かいところまでフォローした推理説明になっています。光文社文庫版の巻末では「久我がライフワークの『トリック百科事典』の完成もほぼメドがついたので(中略)アマチュア探偵として活躍しますので、いっそうの声援をお願いします」とまだまだ創作意欲があるようにコメントしていますが、結果的に本書が藤原宰太郎(1932-2019)の小説最終作となりました。


No.2872 4点 地中海クルーズにうってつけの謎解き
ドーン・ブルックス
(2025/07/28 17:24登録)
(ネタバレなしです) 英国のドーン・ブルックスは40年近く看護師や助産婦として活動してから作家に転身していて、回想記や児童書も書いています。2018年発表の本書は英語原題が「A Cruise to Murder」で、主人公は婚約者から別れを告げられて傷心状態の警察官レイチェル・プリンスです。豪華客船(3500人の乗客と1800人の乗務員がいます)で看護師をしている友人のサラに誘われて地中海クルーズに参加して事件に巻き込まれます。創元推理文庫版では「親友同士の女性たちが謎に挑むコージーミステリ・シリーズ」と紹介されているので本格派推理小説系かと思いましたがこれはサスペンス小説系ですね。冒頭の登場人物リストに正体不明の殺し屋が載っており、この殺し屋が船客の1人を狙っていることが何度か描かれています。殺人も起こりますが犯人当て要素はなく、犯行阻止(護衛)を目的とするプロットでした。300ページに満たない短さに平明な文章で読みやすいところは確かにコージーミステリーですがメリハリがないのでサスペンスはあまり盛り上がらず、人物描写もそれほど個性を感じません。トラベル・ミステリーとしても物足りません。


No.2871 5点 放課後の名探偵
市川哲也
(2025/07/22 15:13登録)
(ネタバレなしです) 蜜柑花子シリーズを4作集めた2018年発表の第2短編集で、作中時代的には「屋上の名探偵」(2017年)の後、「名探偵の証明」(2013年)の前に当たります。「ルサンチマンの行方」は倒叙本格派推理小説で、追いつめられる主人公(犯人)の焦りが上手く描写されてまずまずの出来栄え。「オレのダイイング・メッセージ」は推理ゲームでメッセージを書ける状況を作り出すために怪我をしたいと(でも痛いのは嫌だ)奮闘する主人公の描写が謎解きよりも楽しめました。「誰がGを入れたのか」はシリーズ番外編で、蜜柑はほとんど登場しません。いたずらの仕掛けを自分自身に仕掛けられてしまった主人公が犯人を探すための推理が暴走します。「屋上の奇跡」は自殺しようとする主人公とそれを止めようとする蜜柑が描かれており、蜜柑が自殺願望に気づいたのは推理力ではないところが本格派としては拍子抜けですが青春小説としては読ませます。「屋上の名探偵」と比べて気軽に読めない雰囲気の作品が増えたのは好き嫌いが分かれるかもしれません。


No.2870 6点 『高慢と偏見』殺人事件
クローディア・グレイ
(2025/07/21 23:12登録)
(ネタバレなしです) 英国のP・D・ジェイムズにジェイン・オースティンの「高慢と偏見」(1813年)の後日談にミステリー要素を絡めた「高慢と偏見、そして殺人」(2011年)という作品がありますが米国のクローディア・グレイ(1970年生まれ)は殺される被害者の設定に不満があったそうで、それが2022年発表の本書の執筆動機だそうです。「高慢と偏見」だけでなく「分別と多感」(1811年)、「マンスフィールド・パーク」(1814年)、「エマ」(1815年)、「ノーサンガー・アビー」(1817年)、「説得」(1818年)の全主要作品の結婚カップルを登場させています。但し「ノーサンガー・アビー」のカップルは序盤の顔出しだけで、舞台となる屋敷には来ないのがオールスター出演としては画竜点睛を欠いた感もありますけど。嵐の山荘状態の屋敷で夜中に殺人が置き、容疑者たちのアリバイがあやふやという設定はジェイムズ・アンダースンの「血染めのエッグ・コージイ事件」(1975年)を連想します。本格派推理小説の謎解きの密度ではアンダースンに劣り、ジェイムズに勝ると思います。事件の影響による疑心暗鬼や不安を丁寧に描いて人間ドラマを重視しているところはもしかしたらオースティンの作風を意識しているかもしれませんが、私はオースティン作品を読んでいないのでパスティーシュとしてよくできているかは評価できません。オースティンのファン読者にこそお勧めしたいところですが、大好きなキャラクターが殺人容疑者になっている設定に抵抗を感じる読者もいるかもしれません。


No.2869 6点 夜と霧の誘拐
笠井潔
(2025/07/09 05:45登録)
(ネタバレなしです) 矢吹駆シリーズ第8作となる本格派推理小説で、雑誌連載は2010年でしたが前作の「煉獄の時」(2022年)と同じように改訂作業に時間をたっぷりかけ、単行本出版は2025年になりました。「哲学者の密室」(1992年)のダッソー家が再登場し、誘拐事件と殺人事件の2つが絡み合います(作中で「哲学者の密室」がネタバレされていますのでまだ未読の読者はご注意下さい)。前半のカケルは謎解きよりも哲学議論の方で目立っていますが、それでも中盤でのアドバイスで謎解きが大きく前進します。7つの疑問点を列挙しているところは「バイバイ、エンジェル」(1979年)を連想させます。哲学議論は私には難解過ぎですがシリーズ作品中では控え目な方で、読みやすいということはさんのご講評に賛同します。といっても大作なので読書時間はそれなりに求められますが。某米国作家の1930年代の本格派推理小説をもっと複雑で緻密にしたような真相が印象的です。最後の数行の哀愁漂う演出も巧みで、こちらについてはクリフォード・ウィッティングの「知られたくなかった男」(1939年)が頭に浮かびました。


No.2868 3点 ワタリガラスはやかまし屋
クリスティン・ゴフ
(2025/07/08 15:47登録)
(ネタバレなしです) ノンフィクション・ライターであった米国のクリスティン・ゴフのミステリーデビュー作が2000年発表の本書で、バードウォッチャー・ミステリー第1作です。シリーズ作品ではありますが主人公が作品によって異なる場合があるようです。本書の主人公はニューヨークの広告会社に勤めるレイチェル・スタンホープで、農場主で野鳥保護運動家の叔母ミリアムからの依頼で野鳥の会の例会で代理のホスト役を引き受けます。ところがバードウォッチの際中にミリアムにつきまとっていた雑誌記者の死体を発見します。警察から容疑者扱いされたミリアムの失踪事件まで発生し、レイチェルは事件解決しようと奮闘します。コージー派ミステリーと紹介されていますが後半になるとスリラー色が濃くなってサスペンスは盛り上がりますけど、本格派推理小説の謎解きを期待するとがっかりすると思います。環境活動に関する説明も難解でした。


No.2867 6点 京都「時代祭り」殺人事件
高柳芳夫
(2025/07/08 15:29登録)
(ネタバレなしです) 高柳芳夫(1931-2023)は1990年に朝見大介シリーズ第3作の本格派推理小説である本書とスパイ・スリラーの「マルタの鷹を撃て」を発表したのを最後に作家活動をやめてしまいます。出版社との関係が悪化したのが原因と言われているようです。京都の時代祭りで巴御前役の女子大生が突然落馬して、手当の甲斐なく死んでしまします。その後青酸カリによる毒死であることがわかりますがどのように毒殺されたかの謎が朝見を悩ませます。被害者の友人も殺されますが、今度は死体が歩いたかのような謎が突き付けられます。毒殺トリックは某海外ミステリーの古典的トリックと見せかけて捻りを入れています。その捻りも古典的ではあるのですが。第2の殺人の真相は偶然の要素を織り込んでいるのが評価の分かれ目になりそうです。終章のどんでん返しが実に大胆なのも印象的ですが、それまで築き上げた重苦しい雰囲気を唐突にすっきりさわやかにして幕引きさせたのにはそれ以上に驚きました。


No.2866 5点 木曜殺人クラブ 二度死んだ男
リチャード・オスマン
(2025/07/02 00:34登録)
(ネタバレなしです) 2021年発表の木曜殺人クラブシリーズ第2作です。ハヤカワポケットミステリーブック版では「傑作謎解きミステリ」と紹介されている一方で「スパイとマフィアが絡む大事件に、老人探偵たちが挑む!」とも記載されています。シリーズ第1作の「木曜殺人クラブ」(2020年)はアマチュア探偵たちが謎解きする伝統的な本格派推理小説でありましたが、本書では元諜報員(MI5出身)であったエリザベスへの元同僚からの連絡をきっかけにMI5、警察、犯罪者(組織も個人もあり)が入り乱れるスリラー小説的な展開となります。巻末解説で「二作目で物語の幅が一気に広がった」と誉めていますが、現役時代は凄腕と評価されてたとはいえ76歳のエリザベスが捜査の中心になるストーリーはかなりの違和感を感じました。ダイヤモンドの隠し場所を巡る推理などはよくできていると思いますが、本格派推理小説を期待している私にはこの作風の変化はちょっと馴染めなかったです。前作より派手になったのは間違いないので、楽しめた読者も多いとは思いますが。


No.2865 5点 桃源亭へようこそ
陳舜臣
(2025/06/20 21:24登録)
(ネタバレなしです) 陶展文シリーズの短編は全部で6作書かれましたが1冊の単行本に全部まとめられたのは作者の生誕100周年の2024年に出版された徳間文庫版の本書が初めてです。なお本書には陶展文の料理人としての活動が描かれていないという理由で「幻の百花双瞳」(1969年)という幻の点心メニューを巡っての人間ドラマを描いた短編がおまけで付いていますが、非ミステリー作品なので個人的には蛇足の感があります(レシピの謎解きミステリーと解釈される読者の方もいるかもしれませんが)。もっとも陶展文シリーズの短編も本格派推理小説としては他愛もない謎解きが多いですけど。その中ではちょっとした不自然さを鋭くとがめた「くたびれた縄」(1962年)とほのぼのとした締めくくりの「王直の財宝」(1984年)が個人的には好みです。


No.2864 6点 イーストレップス連続殺人
フランシス・ビーディング
(2025/06/19 17:58登録)
(ネタバレなしです) 英国のフランシス・ビーディングはジョン・レスリー・パーマー(1885-1944)とヒラリー・エイダン・セント・ジョージ・ソーンダーズ(1898-1951)のコンビ作家で、1920年代から1940年代にかけて30作を超す作品を書いていて大半はスパイ・スリラーです。英語原題が「Death Walks in Eastrepps」の1931年発表の本書はマーティン・エドワーズが2014年に「黄金時代の長編トップ10」に選んだ本格派推理小説で、この作者としては異色作のようです。もっとも扶桑社文庫版の巻末解説で「定型には従いませんでした」と紹介されているように名探偵が脚光を浴びるような本格派ではなく、かなりサスペンス小説に寄り添ったようなプロットで殺人場面、逮捕場面、法廷場面など読ませどころが一杯あります。巻末解説で無差別連続殺人の本格派が色々と紹介されていますが個人的にはD・M・ディヴァインの「五番目のコード」(1967年)を連想しました。ディヴァインほどには論理的な推理が披露されるわけではありませんがユニークな動機が印象に残ります。冒頭にイーストレップスの地図が置かれていますがなかなかショッキングな記述があったのも印象的です。


No.2863 5点 五色の殺人者
千田理緒
(2025/06/16 15:05登録)
(ネタバレなしです) 千田理緒(1986年生まれ)が「誤認五色」というタイトルで某ミステリー賞を受賞した作品を改題して2020年に出版したデビュー作の本格派推理小説です。舞台が高齢者介護施設ということで社会派推理小説要素があるのかなと思いましたがそんなことはほとんどなく、雰囲気もどちらかといえば軽快です。とはいえ作者自身が介護施設勤務を経験しているので描写にはリアリティーがあります。矛盾する証言を扱った本格派としてミステリ初心者さんがヘレン・マクロイの「月明かりの男」(1940年)を連想されていますが(レオ・ブルースの「骨と髪」(1961年)もありますね)、本書は犯人と思われる男の服装の色に関する目撃証言が「赤」「緑」「白」「黒」「青」と全く食い違うという謎が提出されます。その真相は小ネタの組み合わせで成立したという印象で、中には一般常識でない知識を求める謎解きもありました。むしろ論理的な推理によって一度は解明したと思わせてそこからのどんでん返しの工夫の方が印象に残りました。


No.2862 6点 雪山書店と愛書家殺し
アン・クレア
(2025/06/13 20:21登録)
(ネタバレなしです) 2023年発表のクリスティ書店の事件簿シリーズ第2作のコージー派の本格派推理小説です。前作の「雪山書店と嘘つきな死体」(2022年)と同じく創元推理文庫版で500ページを超す分量なので一気呵成に読めはしませんでしたが、それでも明快な文章でとても読みやすい作品です。前作同様犯人探しよりも大切な人の無実を証明しようとする方に力点が置かれているようなところもありますが、今回の重要容疑者が姉のメグのため探偵役のエリーの焦りがよく伝わってきてそれなりにサスペンスも盛り上がります。後半になるとメグの家庭問題が発生してくるので謎解きが置いてきぼりになるかと危惧しましたがちゃんと謎解きと関連づけされるような展開になっており、無駄にページが多いという印象はありません。アガサ・クリスティを悪く言う文学者にエリーが憤慨する場面は笑えました。もっと派手に論戦させても面白かったかも。

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