フランチャイズ事件 グラント警部 |
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作家 | ジョセフィン・テイ |
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出版日 | 1954年09月 |
平均点 | 6.67点 |
書評数 | 6人 |
No.6 | 7点 | 弾十六 | |
(2025/05/01 23:28登録) 1948年2月出版。テイ名義第3作。グラント警部シリーズ第3作。国会図書館デジタルコレクションNDLdc(元本HPB)で読みました。翻訳チェックは第二章途中までですが、数行大きく抜いてる部分もたまにあり(ちょっと脇にそれた無駄口や固有名詞関連が多そう)、誤りも結構ありました。まあなんとか物語の趣旨は分かりますが、ニュアンスずれはかなりありそう。新訳希望です。 肝心の話はテイさんの丁寧でユーモアたっぷりの物語。ロンドンの演劇サークルに身を置きながらも、故郷のインヴァネスで病身で高齢の父(1950年死亡)を介護していたテイさん。そんな生活と母娘の二人暮らしが、本書を読んでいて重なりました。 ミステリ的には地味すぎる話。派手な展開もない。でもじっくり読ませる。非常に良い小説ですが、私には飛び抜けた高得点は無理でした。最後までちゃんと翻訳チェックをすればもっと点数が上がるかもです… 本作で初めてダストカバーにTey=Daviotと明記。18世紀の有名事件を現代に置き換えた、ということもダストカバーに書いています。元ネタはリリアン・デラトーレ『消えたエリザベス』(1945; これもNDLdcで読めます。良い時代ですね!)で取り上げられてるElizabeth Canning事件(1753)。 正直、なぜこの題材?と思ったのです。でも毎日、老いる親をみていると不安だったのかな、と思いました。その感じを伝えるのに格好な題材だったのでしょう。あと映画化も狙っていたのでは?と思いました。フォトジェニックなところが色々ありますよね。 映画(1951)もなんとYouTubeで見られるのです!冒頭20分ほど見ましたが、グラント警部が出てきます。ヒッチコックはカットしたので映画初登場ですね。これも見終わったら感想を書きますよ。 Affairがタイトルなので、英国ミステリ三大Affairを考えました。 ・The Mysterious Affair at Styles by Agatha Christie (1920) ・The End of the Affair by Graham Greene (1951) 『スタイルズ』はaffairという語では軽すぎる気がします… 以下トリビア。 p7 今頃ゴルフ友達はどこかでやっていることだろう(His golfing cronies would by now be somewhere between the fourteenth and the sixteenth hole) p7 ミルフォードでは晩餐の招待は今でも手紙で書いて郵送されることになっている(in Milford invitations to dinner are still written by hand and sent through the post) p7 バターを入れないビスケット(biscuits; petit-beurre)… たっぷりバターを入れたビスケット(digestive) p8 有名な辯護士(a respectable solicitor) p8 大戦中に… 雇われ(war-time product)… 約四分の一世紀の後(nearly a quarter of a century later)◆ 第一次大戦の人手不足で初めて女性を雇って、それから約25年後が現在、ということらしいので、少なくとも1914+25= 1939以降。作中現在は第二次大戦後と思われるので1946年で良いか。(2025-05-02追記) p8 法律事務所は… うまく戦争を切り抜けた(But the firm had survived the revolution)◆ このrevolutionは女性を法律事務所で雇用する、という「革命」 p8 タフ嬢がこの事務所の人気者になった(Miss Tuff had ever been a sensation)◆ 誤魔化し訳。タフ嬢が最初の女性として弁護士事務所に雇われた時のセンセーションは、遠い昔のものとなった、という趣旨。 p10 奥の部屋に住んでいた。彼は別にこれという仕事もなく(was occupying the back room at this moment. Occupying was the operative word, since it was very unlikely that he was doing any work)◆ 試訳「この時も奥の部屋を使っていた。「部屋を使っていた」というのは適切だろう。彼が仕事をしている可能性はほとんどなかったからだ」 p10 アン・ボールウィンの評判(Ann Boleyn’s reputation)◆ 試訳「アン・ブーリンの名声」 p11 彼は足を早めて家に着いた(He had gathered his feet under him preparatory to getting up)◆ ここは明白に誤訳。まだ事務所を出ていない。試訳「立ちあがろうとして、足を寄せた」 p11 外出したと(was departing for the day)◆ 試訳「本日は帰宅しましたと」 p11 みんな単に月並みな興味をそそるだけものだった(would have had only academic interest for him)◆ 試訳「彼にとっては単なる理論上の興味に終わったことだろう」 p11 四十がらみの背の高いやせた色の浅黒い女(A tall, lean, dark woman of forty or so)◆ 「黒髪の」 p12 ホイスラーの母親(Whistler’s mother)◆ ホイッスラーが描いた母親の肖像画Arrangement in Grey and Black No. 1 (1871)の通称。 p12 この前に警視庁にいったのは地方警部とゴルフをした時だった(The nearest he had ever come to Scotland Yard was to play golf with the local Inspector)◆ 試訳「警視庁関連での一番近い体験は、地元の警部とゴルフをしたことだった」 p14 そんな馬鹿なことってございませんわ(I am sorry... That was silly)◆ ここは、前の会話で興奮して思わず悪口を言ったことを反省して、謝っている。翻訳はI am sorryを飛ばしている。試訳「ごめんなさい… 馬鹿なことを言いました」 p14 ほんとうかいとロバートは思った(“Wasn’t it, indeed,” thought Robert)◆ ここは半畳を入れてるのではなく、「本当にそうじゃないんですよ」と訴えるようなロバートの内心。 p15 ハリス・ウィルシェナーの事件(Harris and Wilshere)◆ Harris and Wilshere's Criminal Lawという刑法の解説書のようだ。 p15 貸馬屋(livery stable) p15 三台の古びた貸馬車(three tired hacks)◆ 貸馬屋とちゃんと訳してるのになぜ馬車にする? 試訳「三匹の疲れきった貸馬」 p15 フランチャイズ家という有名な家(the house known as The Franchise)◆ ここは英国人がよくやる屋敷にニックネームをつけるやつ。試訳「フランチャイズ荘という屋敷」 (以下追記2025-05-02) p18 本庁(Headquarters) p22 はっぱの入っていないサンドウィッチ(Sandwiches without tops)… スモガスボード(Smorgasbord)◆ 上のパン(tops)がないサンドウィッチ。パンの上に色々食材を載せて食べる。 p22 車附きベッド(a truckle bed)◆ 使わない時には高いベッドの下に押し込める低いベッド。キャスターが付いていて動くのだろう。ここでは低いベッドだけ臨時用に置いているのかも。 p24 もしその娘がずっと屋根裏部屋にいたとしますれば…(If she ever was in an attic)◆ 翻訳では途中で途切れたようになっているが、前文を受けたセリフ。試訳「もし彼女が本当に屋根裏部屋にいたならね」 p25 さっき塀と門を見た際に彼女はああこの家だと思ったに相違ありません(When the girl saw the wall and the gate today she was sure that this was the place)◆ あやふやではない。試訳「… ここがその場所だ、と彼女は断言しました」 p25 法廷証人(legal witness)◆ 試訳「法律家の立会い」 p26 無論、普通の人間ならそんなことは誰だって出来やしません(No normal person, of course)◆ 長々しい。試訳「もちろん、まともな人ならやりません」 p26 グラントは、ロバートがマリオンの方を見ないように彼の視線をロバートの目の上に注いで(Grant... keeping his eye steadily fixed on Robert’s so that it had no tendency to slide over to Marion Sharpe)◆ 意味不明の文章。試訳「グラントはロバートの目をじっと見ており、その視線はマリオン・シャープの方には向かなかった」 p26 三月二十八日(the 28th of March) p26 私の家は世間とのつきあいってものがないもんですから… (The Franchise is so isolated)◆ 試訳「フランチャイズ荘はどこからも遠くて不便なんです」 p27 貧しい子供としてアイルスベリー教区へひきわたされた(She was evacuated to the Aylesbury district as a small child)◆ 「貧しい」はどこから? 試訳「まだ小さい時にアイルスベリー教区へ疎開してきた」 p27 ほんとうに嘘をいわぬ子供(‘Transparently truthful’)◆ まあこういうのはニュアンスが難しい。試訳「目立たないがちゃんとしている」 これで正解かどうか… p28 秘密を守って貰わなくちゃ困ります(Needs re-tiling)◆ タイルの貼り直しが必要?老女の挨拶にしては変だなあ… ああ、その前のセリフで、ロバートを紹介する際に事務所の建物に言及してるので「外壁のタイルが剥がれているよ」と指摘してるのだろう。試訳「(事務所は)タイルの張り替えがいるね」 p30 ほのかな微笑を顔に浮かべた(something that was like the shadow of a smile)◆ ここはもっとデリケートに。試訳「微笑の影のようなものだった」 p30 しゃぼん玉で(with a cake of soap)◆ 試訳「固形石鹸で」 まあこのへんでやめておこう。クリスティ再読さまが怒っていらっしゃるように、最低レベルの翻訳である。ニュアンスがずたぼろ。意味の取れない適当訳も多い。日本語のセンスも無い。 本書の内容面では、改めて読み返すと、初動捜査が酷すぎる。指紋など科学捜査の軽視、面通しの不適切なやり方。第二次大戦後の物資不足の混乱期だったとしても、流石にこれは無いだろう。 |
No.5 | 5点 | nukkam | |
(2025/03/03 08:17登録) (ネタバレなしです) グラント警部シリーズ作品は「列のなかの男」(1929年)に始まり、かなり間を空けて「ロウソクのために1シリングを」(1936年)が発表され、そこからまた長い空白を経て1948年に出版された本書がシリーズ第3作ということになっていますがグラントは完全に脇役で個人的にはシリーズ番外編と思っています。シリーズ主人公が脇役になるケースは私もいくつかは知っていますが、人並由真さんがご講評で驚かれているように本書の待遇はかなりの異例だと思います。さて内容についてですがリリアン・デ・ラ・トーレが18世紀に実際に起こったエリザベス・キャニング事件を下敷きにして「消えたエリザベス」(1945年)を書いていますがそれに刺激を受けて本書は書かれたのかもしれません。トーレ作品は研究レポート風で小説としての面白さはほとんどありませんが、本書はしっかりした小説です。告発が真実なのか嘘なのかの図式は西村京太郎の「寝台特急あかつき殺人事件」(1983年)や草野唯雄の「紀ノ国殺人迷路」(1995年)を連想させ、犯人当て本格派推理小説としては楽しめません。噓のはずなのに正確過ぎる証言をどうやって捏造したのかの謎解きですが、怪作レベルのトリックが使われていて思わず笑ってしまいました。 |
No.4 | 9点 | 人並由真 | |
(2024/04/22 06:10登録) (ネタバレなし) イギリスはミルフォード州の、その年の春。15歳の少女ベティー(エリザベス)・ケーンがひと月にわたって、養父と養母のウィン夫妻のもとから消息を絶った。やがてベティーは保護されるが、顔に打撲の痕のある少女は、自分はフランチャイズ屋敷のオールドミスとその老母によって力づくで監禁され、女中仕事を強いられていたのだと訴えた。だが屋敷の住人である40歳代の女性マリオン・シャープとその母は、当の娘など会ったこともないと主張する。しかしベティーの証言で語られる屋敷の内部の景観は、実際のものとほぼ一致していた。果たして実際に誘拐と監禁の事実はあったのか? マリオンの依頼を受けた同世代の独身弁護士ロバート・プレーヤーはベティーの嘘? を暴こうとするが。 1948年の英国作品。テイの長編、第4作。 現実の騒ぎをもとにした、少女の誘拐&監禁? 事件が主題らしい、作者のシリーズキャラクターのアラン・グラント警部が一応は登場する(これが3作目)が、ほとんど脇役らしい……などの情報は、読む前から耳知識として知っていた。 それでも後者については、そのグラント警部の実作内での扱いぶりに思わずアゴが外れた(……)。ある意味で、これほど生みの親に(中略)にされた「名探偵」も少なかろう。 作者は本作の前にノンシリーズ長編を一冊書いてるので(評者はまだ未読だが)、本当はこれもノンシリーズ編として書こうとしたところ、版元か周囲の意見で、グラントの登場作品にしたんじゃないかと邪推する。それくらい、ミステリ史に名を残した名探偵キャラとしては、すんごいあしらいぶり。その件だけでも、話のネタとして読む価値はある(笑)。 果たして誘拐&監禁事件は本当にあったのか? 二極の真実を探るなかで主人公のロバートは一応はシャープ母子側の陣営として動くが、最終的に物語がどこに落着するかはわからない。 これ以上ないシンプルな構造の物語といえるが、地味なストーリーを丁寧な書き込みと英国風のドライ・ユーモアで外連味豊かに語り、最後までサスペンスフルに飽きさせない。翻訳は70年前のもの(1954年9月だから、初代ゴジラの封切り二カ月前だね)で巷で定評の悪評ながら、思っていたよりは読みやすかったのも有難い。いっきに数時間で読み終えてしまった。 いや、謎解きパズラーの要素はあまりない純然たる捜査ミステリだったが、簡素化された物語の主題が強烈な訴求力に転じて、たぶんこれまでに読んだテイ作品のなかではイチバン面白かった。 本当の悪人か? 冤罪か? いずれにしろシャープ母娘に疑惑の目を向ける(あるいは当初から悪党と決めつけてかかる)一般市民の暴走ぶりもハイテンションで書かれ、テイが裏テーマとして特に書きたかったのは、実はその辺の衆愚さの表出だろう。牧村家を囲む悪魔狩りの市民(原作版『デビルマン』)みたいであった。 最後の真相が明らかになったのちに感じる、何とも言えない慨嘆の念も鮮烈。そのなかで某メインキャラが洩らすあの一言が、魂に響く。クロージングの余韻もいい。 何十年もなんとなく気になってはいた一冊(少年時代に買ったポケミスがまたどっかに行ったので、一年ほど前に古書をまた入手した)だが、予期していた以上に満足度は高い。 他のヒトの評価は知らないが、私の好みにはドンピシャに合致ということでこの高得点。 できるなら新訳が出て、新しい世代の人にも読んでもらいたいなあ。全員が全員、高い評価をすることはないだろうが、ハマる人はかなりハマるとは思う。 |
No.3 | 7点 | クリスティ再読 | |
(2019/08/15 09:32登録) 欧米のオールタイムベストによく入る作品なんだけど、日本での人気は「時の娘」と比較しても今一つ。たぶん本作、流し読みしただけだと掴みどころがないじゃないかな。「時の娘」もそうだけど、実にキャラ描写が的確で、ユーモアも十分、「いい小説読んだな」と思わせる小説読みに愛されるタイプの作品なのは、間違いない。 イギリスの郊外の田舎町で開業する弁護士ロバートは、町はずれの古びた邸に住むシャープ母娘から、事件に巻き込まれたので相談に乗ってほしいという依頼を受ける。この母娘は人づきあいの悪い変人と周囲から思われていた....この家に15歳の少女が1か月の間監禁されていたと告発されたのだ。少女の証言は詳細で、警察も取り上げないわけにはいかない。赤新聞がこの事件を嗅ぎつけて報道したことから、「魔女」のように思われていたシャープ母娘は、町の人々からの嫌がらせを受けるようになる。しかし、ロバートはシャープ母娘との付き合いが深くなるにつれ、どうしても少女の告発が信じられないものになってくる。ロバートは少女の告発の事実を崩すべく、調査に真剣に乗り出す。 はい、これ解説の乱歩は気がつかなかったみたいだが、有名な歴史上の事件の「消えたエリザベス」の設定を現在に持ってきたものだからね。なので本作も「時の娘」同様に「歴史ミステリ」である。まあ本作はフィクションなので、調査は難航しても最後には証人もちゃんと見つかって大団円、なんだが、ミステリとしては謎解きというよりも、やや偏屈で人づきあいが苦手なシャープ母娘、極端な体裁屋で「あまり善良すぎて却て信用出来ない。十五の娘なんてあんなに善良な筈はない」と評される被害者の少女、シャープ母娘のメイドだったけども盗みでクビになって、仕返しに「屋根裏での少女の叫び声を聞いた」と証言する少女、などとくに女性キャラの描写が深くて、これが読みどころ。ここらへんクリスティに近い味わいがある。主人公のロバートも田舎の事務弁護士の日常の繰り返しから、目覚めて立ち上がるさまなど、ロマンス小説風に読んでもいいんじゃないかな。「魔女狩り」風の嫌がらせに対して、ロバートの周囲の人々(これもキャラがしっかり)がロバートとシャープ母娘をがっちり支えるのが、なかなか感動的。 事件も監禁傷害と地味、手がかりや証人も徐々に見つかっていくだけ、といわゆる「本格」を期待したら全然ダメな作品だけど、リアルで小説的充実感バッチリなエンタメを読みたいなら、どうぞ。 (けどねえ、翻訳はサイテーの部類。こんなんでも改訳せずにポケミスを再版するんだなあ、とちょっと呆れる) |
No.2 | 7点 | 空 | |
(2013/05/24 23:53登録) ずいぶん前に1度読んだことのある作品ですが、内容はすっかり忘れていました。覚えていたのは、なんとなくよかったなという印象のみ。 事件そのものは誘拐暴行事件、それもその嫌疑をかけられた人間の無罪を証明しようと事務弁護士が奮闘するというだけの話ですから、地味にならざるを得ませんし、意外性のある真相が明かされるというわけでもありません。途中に、誘拐されたという娘の証言の一部に矛盾点があることが指摘されるところだけは謎解き的な興味がありますが、それもフェアプレイが守られているわけではありません。この作家のレギュラー、グラント警部も今回は敵役で、出番もごくわずか。それにもかかわらず、読んでいてやはり、「なんとなく」おもしろいのです。 古風な訳文表現はそれほどひどいとまでは思いませんでしたが、「調らべる」「難ずかしい」等の妙な送り仮名だけは、ちょっとねえ… |
No.1 | 5点 | kanamori | |
(2010/04/22 22:02登録) フランチャイズ家の母娘が少女を監禁暴行したと訴えられた事件。 グラント警部シリーズ第3作ですが、弁護士ロバートが当初の探偵役でもあります。 母娘に不利な証拠ばかり出てくる中、冤罪だとすれば少女はその間どこにいたのか・・・・サスペンスにユーモアもまぶせた著者の本領が発揮された佳作だと思いますが、「美の秘密」同様に訳文がひどく、出来を損ねているのが残念です。 |