空さんの登録情報 | |
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平均点:6.12点 | 書評数:1518件 |
No.378 | 6点 | 死の蒸発 ジョー・ゴアズ |
(2011/02/08 21:04登録) 「ダシール・ハメット以来正真正銘の私立探偵が制作の世界に飛び込んだ数少ない作家の一人」(バウチャー)と言われもし、さらにそのものずばりのタイトル作『ハメット』も書いているだけに、その直系のように思い込むと、少なくとも本作に関する限り違和感を覚えるのではないでしょうか。 確かに私立探偵小説、つまりホームズやポアロみたいなのではなくリアルな私立探偵を描いた小説であることは間違いありません。しかし、犯人の可能性がある人間たちを絞り込み、さらに一人ひとりについてしらみつぶしに検討していくじっくり捜査の過程、真相が明らかになるクライマックスのサスペンスなど、むしろパズラー寄りの警察小説に近い印象を受けました。 三人称形式であるだけでなく、一つのシーンで複数の登場人物の視点を混在させ、それぞれの感情まで描いているところなども、ハードボイルドっぽくない感じがします。 |
No.377 | 6点 | 死んだギャレ氏 ジョルジュ・シムノン |
(2011/02/04 22:05登録) シリーズ第2作ですが、初期メグレもののパターンが確立された作品と言っていいでしょう。11~13章ぐらいに分かれていて、分量的にもほぼ一定。メグレが地方で起こった事件の捜査に赴くという構成です。第1期の19冊中、パリ市内が中心舞台と言えるのは3作だけです。まあ今回はパリと地方を行ったり来たりしますが。メグレ警視についての風貌描写もほとんどなく、おなじみの名警視といった扱いになっています。 しかし、一方でミステリのスタイルという点では、まだ迷っていたのかもしれません。メグレものとしては非常に珍しい(たぶん唯一)タイプのトリックが使われています。さらに真相解明直前に、こんな手も考えられていたのだと指摘されるのは、ホームズ中の有名トリックです。 それでも、メグレによって最後に明らかにされていく死んだギャレ氏の人物像、それともう一人の人物との関係は、やはりシムノンらしい味があります。 |
No.376 | 7点 | 影の告発 土屋隆夫 |
(2011/02/01 21:00登録) 章の見出しがすべて「○の○○」で、最終章がタイトルと同じ「影の告発」という、こだわりを持った作品です。その各章の最初に少女の視点による幻想的な短い断片を置いているのは、『危険な童話』の童話と同じパターンですが、今作では半ばぐらいまでで本筋との関連の見当がつくようになっています。 実は、写真を使ったアリバイ・トリックだけが記憶に残っていました。ほぼ同じ頃書かれた清張の『時間の習俗』と似てはいるものの、清張作ほど完璧主義的な凝ったトリックではありません。その点に不満があったのですが、読み直してみると、前半は犯人の嘘への疑念や、被害者の側からの追及で明らかになってくる動機などに費やされ、なかなかおもしろい筋立てになっていました。 ごく早い段階で重要な手がかりの存在を堂々と宣言していたりして、フェアプレイへの配慮もあり、評価を改めた作品です。 |
No.375 | 8点 | 罰金 ディック・フランシス |
(2011/01/29 09:27登録) アメリカ探偵作家クラブ賞受賞作。今回の語り手=主役は新聞の競馬担当記者です。弱音を吐きながらも、人気馬の出走取消にからむ不正を暴き、馬を守ろうとする彼が熱い。その主役の奥さんの設定が、本作の核になっています。この夫婦の関係、奥さんへの愛情が実にいいのです。さらにいい女、いい友人といった人物の描き方もさすがですし、終盤のサスペンス、アクションも緊迫感十分。ラスト2行だけは、なかった方がいいように思えましたが。 一方、謎解き的要素は全くないといっていいほどです。悪役については、常識の通用しないこだわりはまあいいとしても、問題は記事を書くかどうかではなく、記事が掲載されるかどうかだというあたりまえのことに気づかないらしいのでは、知的なおもしろさは最初から放棄しているということでしょう。 ところで、Forfeitという原題、確かに辞書では「罰金」の意味が最初に出てくるのですが、それでは内容に合いません。むしろ没収・剥奪の意味なのかもしれません。 |
No.374 | 7点 | 死が最後にやってくる アガサ・クリスティー |
(2011/01/27 21:37登録) 歴史(時代劇)ミステリを書く作家はかなりいます。しかし、古代エジプトが舞台のフーダニットとなると、考古学者マローワン教授の夫人であるこの人をおいて他にないでしょう。冒頭に置かれた「作者のことば」の中で、古代エジプトの農事歴を説明したりして、本格的に時代考証しています。ただ"兄"、"妹"という言葉の意味についての説明は、ひょっとして叙述トリックで混乱させるつもりかと思っていたら、そうではありませんでした。 それにしても、全体の1/3ぐらい過ぎてやっと殺人が起こったと思ったら、後は次から次へと立て続けの連続殺人。登場人物はあっという間に減っていきます。犯人の設定はいかにもクリスティーらしいので、意外性があると言うべきかないと言うべきか迷うところです。ただ、家族全体を襲う悲惨な事件に、これでどう最後をまとめるのかと思っていたら、これもこの作者らしい恋愛感情をからめて、ラスト2~3ページはうまく決着をつけてくれていました。 ポアロの時代だったら通用しないトリックや無理のある殺意も使われていますが、古代なら問題ありません。 |
No.373 | 7点 | 悪魔が来りて笛を吹く 横溝正史 |
(2011/01/23 10:30登録) 謎解きの面から見れば、犯人やトリックの意外性は、この作者の他の有名作品に比べるとたいしたことはありません。他の方も指摘しているように、最初の殺人を密室にする必要も感じません。密室になる段取はまあ納得できますが、血の火焔太鼓なんてややこしいことをし過ぎです。しかもごく早い段階で、紐を使えばなんとか密室にできると言ってしまっているのですから、不可能興味はありません。 ある人物が嘘をついていることは、『本陣殺人事件』や『獄門島』事件を手がけた金田一耕助なら気づいて当然ですが、少なくとも発表当時は一般的でない知識がないとわからないので、フェアとは言えません。 などと悪口を書いてはいますが、小説としての構成はさすがです。晩年の数作を除くと、作者の最も長い作品のひとつですが、冗長さは全く感じられません。最後の殺人も、結局こうならざるを得なかったのだろうなと思えます。 映画やドラマ版は見ていないのですが、実際に作曲されたタイトル曲の演奏を視聴すれば、ラスト・シーンはよりインパクトがあるでしょうね。 |
No.372 | 7点 | メグレ警視と生死不明の男 ジョルジュ・シムノン |
(2011/01/20 21:27登録) メグレものの中でも、今回は相手がアメリカの殺し屋たちということで、解説にもいつにないスピードとアクションのことが書かれています。確かにそうなのですが、それでも作者の独特な語り口のせいでしょうか、やはりいかにもメグレらしいところが感じられます。 メグレが何人もの人から、アメリカの殺し屋に比べるとフランスの犯罪者はアマチュアに過ぎないと言われ、不機嫌にぶつくさ言っているようなところも楽しめます。「無愛想な刑事」ロニョンの活躍と愚痴もいい感じです。 ただし後から考えてみると、プロの殺し屋にしては、基本的なところに不手際があるのが少々気になりました。また最後は完全にすっきり解決とまでならないのが、このシリーズでは時々あることなので特に不満というわけでもないのですが、今回のような派手なタイプの場合にはどうなのかな、と思えます。 なお、メグレがアメリカに行ったことがある話を『メグレ、ニューヨークへ行く』だと注釈してありますが(p.60)、これは間違いで、メグレがアメリカに研修旅行に行くのは『メグレ保安官になる』です。 |
No.371 | 7点 | 証拠死体 パトリシア・コーンウェル |
(2011/01/18 21:27登録) コーンウェル初読。いわゆるベスト・セラーというのは、こういうのを言うんでしょうか。スティーヴン・キングさえ、映画はずいぶん見ていますが原作を全く読んでいない自分としては…でも、共通点はありそうな感じです。様々な要素を詰め込んで盛りだくさんにし、小説の長大化を図っているのはあまり好みではないのですが、それはまあいいでしょう。 最後までサスペンスを持続させるためのご都合主義的なごまかしがちょっと気になるところはありました。しかし、殺人犯の正体に近づいていく過程はなかなかよくできていますし、現場で採取された繊維と、被害者の作家がなぜ犯人を家に入れたのかの謎、さらに過去の大事件との奇妙な関連など、最後にうまく結び付けてくれています。 単独の作品としてはおもしろかったのですが、同じ主人公で毎回似たようなことをやられては、という懸念も持ってしまいました。検死官が何度もこんな目にあうのだとしたらね。 |
No.370 | 7点 | レーン最後の事件 エラリイ・クイーン |
(2011/01/14 22:08登録) 初志貫徹作品(シリーズを順番に読んでいけば意味はわかります)。 好評につき急遽入れたという説もあるらしい『Zの悲劇』の後、すなわち本来この作品が『Zの悲劇』と命名される予定だったということかもしれませんが、まさにシリーズの幕を引く作品です。その『Zの悲劇』からの連続性はよく指摘されますが、「そう言えば『Yの悲劇』でもやはり…」と思わせるところもあります。 確かに、まず殺人が起こる普通の「本格派」ミステリを期待して読み始めると戸惑うでしょう。しかし、老名優ドルリー・レーンが最後に扱うにふさわしい、シェイクスピア関係の古書を巡る奇妙な事件です。今回久々に再読してみて、最終章では直接には指摘しないままにあらかじめ読者に犯人を悟らせた上で、その根拠となる推理を披露、しかもその推理の中でも犯人を名指ししないという技巧が使われていることに気づきました。 奇妙な文字列の原因が『ギリシャ棺』での凡ミスを訂正するものだというのも興味深い点です。 |
No.369 | 5点 | 鉄鎖殺人事件 浜尾四郎 |
(2011/01/11 21:33登録) ヴァン・ダインからの影響が大きく、戦前には珍しく厳格な謎解きに徹した作家として知られる浜尾四郎で、本作では『ケンネル殺人事件』がコスモポリタン誌に連載され始めたなんて記述が出てきます。しかし、内容的にはそれほどヴァン・ダインを感じさせるものではなくなっています。事件は東京だけでなく、逗子の方の田舎でも起こり、地域的な広がりがあります。 犯人の見当だけなら、小説構造上かなり早い段階でついてしまうでしょう。ただし犯人の名前以外の謎はそう簡単には解けないでしょうから、問題はありません。真相にはヴァン・ダインの20則的な意味では多少不満がありますし、真犯人指摘のタイミングもいまひとつですが、やはり構造はしっかりできています。昔『殺人鬼』を読んだ時には気づかなかったのですが、名探偵藤枝真太郎の設定にも元検事である作者らしい配慮が伺われます。 ただ、乱歩や横正のような文章の巧みさが感じられませんし、漢字の使い方も、これをひらがなで書く?と思えるようなところもあって、文学的な意味では評価を下げざるを得ません。 |
No.368 | 6点 | 義眼殺人事件 E・S・ガードナー |
(2011/01/09 12:21登録) 例によってご都合主義的な偶然が重なって依頼人が窮地に陥るパターンですが、これくらいならまあいいでしょう。義眼と消えた証人とに焦点を絞って、なかなか好ましい印象を与えてくれる佳作です。ただ、片目の依頼人がメイスンのところにやって来た理由がいいかげんなのが少々不満ではあります。 普通なら簡単に解決のつく事件のはずが、ある人物の行動によってややこしいことになってしまうのです。メイスンもそれで苦境に立たされますが、バーガー検事(本作が初登場です)の出方を予測してのメイスンの思い切った策略が最後には功を奏します。 ところで、本作には昔から何種類もの翻訳がありますが、そのほとんどのタイトルに「殺人事件」がついているというのは、ガードナーにしては非常に珍しいですね。 |
No.367 | 7点 | ブーベ氏の埋葬 ジョルジュ・シムノン |
(2011/01/07 21:35登録) メグレものではありませんし、冒頭でのブーベ氏の死は単なる病死です。 しかし、そのブーベ氏の隠された過去の秘密を少しずつ明らかにしていくストーリーということでは、かなりミステリ的な作品です。しかも最後には犯罪がらみになってきます。メグレの部下たちの中でも最古参のリュカ刑事は、メグレもの以外にも『汽車を見送る男』等にちょい役で出演していますが、本作ではほとんど主役の一人と言っていいくらいの活躍ぶりです。ブーベ氏の過去を探るもう一人は、地道な聞き込みに歩き回る冴えないボーペール刑事(彼はたぶん新顔)。 以前『自由酒場』評で、セレブな生活からの逃避という主題は作者の純文学系作品にも出てくることを書きましたが、その時意識していた作品の一つが本作です。 ブーベ氏の過去が明らかになった後、短い最終章で描かれる埋葬が、しみじみとした余韻を残します。 |
No.366 | 6点 | 模造人格 北川歩実 |
(2010/12/28 11:09登録) この作者はどんでん返し連続技が評判だということですが、本作に関する限り、個人的には普通に意外な真相の結末を用意した心理サスペンスという印象を受けました。 その意外な部分が明らかになるクライマックス部分は、後から考えてみると、ある人物の参加はどう見ても余計で不自然になっているだけです。その人物の狂気には辟易するぐらいなのですが、他の登場人物たちも大部分常軌を逸したところがあります。 タイトルでも暗示される基本的なアイディア自体には感心しましたし、文章も読みやすく、二人の視点を交互に配置している点もなかなか効果をあげていると思えます。そんなわけで全体的にはおもしろかったのですが、ちょっと長すぎるかなという感じはぬぐえません。上記某登場人物の異常さを抑えた設定にした方が、無駄を省いてきれいにまとまったのではないかとも感じられます。 |
No.365 | 4点 | シャーロック・ホームズ最後の挨拶 アーサー・コナン・ドイル |
(2010/12/26 12:18登録) 『帰還』までと違い、かなり長い期間に少しずつ書かれた短編の寄せ集めで、それに『最後の挨拶』を付け加えた構成になっています。 本集の中で最も謎解きのおもしろさがあるのは『ブルース・パーティントン設計書』で、久々にマイクロフト兄さんも登場します。メインのアイディアは、ホームズが途中であっさり明かしてしまいますが。 『瀕死の探偵』も発想はなかなか楽しいですが、他の作品はどうもいまひとつといったところです。 『ボール箱』は本来だと『回想』の2番目に入るはずだった作品。当時ボツになった理由は事件背景の倫理性だったそうですが、犯人が耳を送りつける理由と経緯にあまり説得力がないことも、関係していたかもしれません。『赤い輪』は、謎の下宿人についての推理とその正体はなるほどと思えただけに、その後が冴えないのが残念です。『悪魔の足』は、後のヴァン・ダイン20則中での否定が現在も常識となっているトリック。 『最後の挨拶』は『回想』の『最後の事件』とは異なり、エピローグもちょっとミステリ(時代背景をとらえたエスピオナージュ)仕立てにしてみました、というだけでしょうね。 |
No.364 | 7点 | オックスフォード連続殺人 ギジェルモ・マルティネス |
(2010/12/23 11:09登録) アルゼンチン発というだけでなく、不思議な作品と紹介されているようですが、個人的にはペダンチックなパズラーとして普通に楽しめました。 これは解説でも似たアイディアの作品があることが書かれているとおりで、基本的なところは気づくのですが、最後の殺人に至ってなるほどこういう決着の付け方で締めくくったか、と感心させられました。確かに明瞭な伏線があったので、何かありそうだとは思っていたのですが。第1の殺人の経緯もなかなか工夫されてはいるのですが、これは何となくすっきりできないところがありました。 数学の薀蓄がたっぷり披露されていて、フェルマーの定理とかゲーゼルの不完全性定理とか、どっちも基本的な概要は知っていましたから苦になりませんでしたが、人によっては拒否反応を示すかもしれません。 話の語り手の名前は最後まで出てきませんが、途中に"ll"があることは明かされるので、作者自身(Guillermo)と考えていいのかなという気がします。 |
No.363 | 6点 | カーテン ポアロ最後の事件 アガサ・クリスティー |
(2010/12/21 20:50登録) 死後出版の予定を変更して、死の直前に発表した作者の思いはどんなものだったのでしょうか。 本作に対するユニークな論評としては、西村京太郎の『名探偵に乾杯』がありますが、西村氏も言っているように、この犯罪者はポアロ最後の対戦相手としてはそれほどと思えません。まあ、なかなか始末に困る人物ではありますが。それよりクリスティーらしい意外性ということでは、意外な人物のある何気ない行為が関与する毒殺事件の真相が最も記憶に残ります。 ラストについては、う~む、やっぱりそうなってしまうんですね。まあ、やはりこれは老いたポアロの倫理観によるけじめだろうと思います。謎解きミステリとしてのアイディアでは、西村氏も挙げている他の巨匠のあの作品の方がすぐれているでしょうけれど、『スリーピング・マーダー』みたいないつものクリスティーとは違うこところを見せてくれたこれはこれでいいと思います。 |
No.362 | 4点 | 海の葬祭 水上勉 |
(2010/12/17 21:33登録) 水上勉は後年私小説的な作品もかなり書くようになりますが、そんなタイプの作家らしく、出身の福井県を舞台にした作品がいくつかあります。日本海沿いの村のリアリティは、作者が実際にそのような土地に育ったから出せるものなのでしょう。本作でも、冒頭三人の人物が歩いているシーンからして印象的です。 現在では、不適切と思われる表現もそのまま残しました、との注釈を入れないといけない事件です。福井県の寒村で起こったその事件は、平凡そうに見える事件から出発することの多いこの作者にしてはかなり不可解なもので、謎解きの興味が最初から感じられます。 しかし捜査小説としてはもたついた印象を受けますし、従犯者数に関して矛盾があるなど、構成は少々雑で安易です。最初の事件で自動車がどの道を通って消えたのかが問題にされていないのも疑問です。二重誘拐が別の殺人事件に結びついてくるところは悪くないと思ったのですが。 |
No.361 | 6点 | メグレとベンチの男 ジョルジュ・シムノン |
(2010/12/14 21:21登録) パリの薄暗い路地で起こった殺人事件。被害者が黄色い靴(当時は派手目なおしゃれと言えばまずこれだったらしいです)をはいていた点が注目されます。 ストーリーはごく普通の警察小説といった感じです。しかし、警察小説風ではあっても、ミステリ度はメグレものの中でも低い作品と言えるでしょう。 本作のテーマは被害者とその家族や友人の姿を描くことにあると思われます。働いていた会社が解散した後も、そのことを家族に知らせず昼間広場のベンチに座って過ごしていた被害者は、どうやって金を手に入れていたのか。どうにもやりきれないような家族の状況が明らかになってしまえば、それでもう小説としてはほとんど終わりで、犯人は誰かということなど付け足しに過ぎません。 メグレ自身第8章の最後でコニャックでも飲まないとやってられないという関係者たちの状況に対してどう感じるかで、評価も変わってきそうな作品ですが、ちゃんといやな気分にさせてくれるということで個人的にはこの点数。 [追記]↑江守さんの疑問へ:フランス語のinspecteurは英語と違い、私服刑事の意味なんです。聞き込みなんかは、ま、フィクションですからね。 |
No.360 | 8点 | 明日なき二人 ジェイムズ・クラムリー |
(2010/12/11 10:37登録) ミロがシュグルーを探しているところから始まる本作。 この二人の初共演が話題になった作品だそうですが、クラムリーを読むのは本作が初めてなので、そこは何とも言いようがありません。全体としてはミロの方が主役。しかし二人ともただ酔いどれというだけでなく、ヤクもかなりやっていますね。 チャンドラー以上にプロットを軽視したスタイルで、二人が何のために行動しているのか、その根本であるはずのところを忘れてしまうようなところがあります。さらに真相への到達は完全に偶然に頼っていたり、いつの間にか適当に判明してしまっています。ハードボイルドと言っても、ロス・マク系の理性派が好きな人には嫌われるかもしれません。個々のインパクトある場面の寄せ集めというか。文体によるこのインパクトがすごいわけです。 バイオレンス映画の巨匠サム・ペキンパー監督の西部劇『ワイルド・バンチ』のタイトルも出てきますが、砂漠地帯が主要舞台なこともあり、ひりひりするような乾いた感じは、確かに通じる雰囲気があります。 文章が凝っていて、読み進むのが意外に大変でしたが、それだけに充足感もたっぷりです。 |
No.359 | 7点 | 黒い白鳥 鮎川哲也 |
(2010/12/09 19:50登録) 読んだのは角川文庫版なので、有栖川有栖が創元版解説でどう書いているのかは知らないのですが。 どこで知ったのだか忘れたのですが、これって松本清張のあの作品と同時連載だったんですよね。作品のタイプは全く違いますが。いやあ…こりゃ確かに、書いてて困ったでしょうね。 このシリーズにしては、犯人がなかなかわからないのがちょっと珍しいところでしょうか。アリバイ崩しだけでなく犯人の目星をつけるのまで、途中参加の鬼貫警部がやってしまうのですから。そのアリバイ・トリックだけとり上げてみれば、二つともそれほどのものではありません。最初に読んだ時不満に思ったのもその点です。しかし再読してみると、写真を手がかりに容疑者を絞り込む足の捜査、視点の使い方の理由、そしてエピローグで明かされる伏線の妙などきめの細かさはさすがです。 ただし、前半のストライキや新興宗教の描き方については、社会派ではないという言い訳はあるでしょうが、ちょっともの足らないというか。 |