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ミステリの祭典

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人生の阿呆
志賀博士

作家 木々高太郎
出版日1956年01月
平均点5.50点
書評数6人

No.6 6点 人並由真
(2023/09/07 21:37登録)
(ネタバレなし)
 昭和10年前後の東京。その年の10月、製菓を主とした食品産業で莫大な財を成した大実業家・比良良三の屋敷では、とある騒ぎが起きていた。良三の26歳の三男で、祖母に大事に可愛がられて成長した遊民・良吉が、住み込みの女中・敏や(としや)を妊娠させたのではないかとの疑いが生じていたのだ。実は良吉には身のおぼえなどないことだったが、半ばこんな事態を愉快がった彼は、成り行きから家を離れて海外に向かうことになる。だが良吉が家を出るのと前後して、市井では比良ブランドの、毒入りの菓子を食べた市民が死んだらしい事件が起きる。そしてさらに今度は、比良家の屋敷の周辺で死体が見つかった。

 こんなもんもまだ読んでませんでした、シリーズ。

 言わずとしれた木々高太郎の処女長編だが、なかなか手頃な版に出会う機会がなく、昨日の古書市で「現代推理小説大系」の3巻(小栗の『黒死館』などとの混載)を安く入手。自宅に帰ってその日のうちに読む。

 ……なんつーか、犯人当てミステリもやりたい、社会派ものもやりたい、外地のエキゾチシズムも語りたい、暗号もやりたい、十八番の医療トリビアも語りたい、あげくの果ては読者への挑戦までやりたい! という正にキメラみたいな作品。

 なるほど、事実上、存在を忘れ去られる被害者とか(某・乱歩賞受賞作品みたいだ)、暗号になってない暗号とか、まとまったものの仕上がりは、決して褒められたもんじゃない。だけど、このおもちゃ箱をひっくり返して、ちらばった玩具を慌てて集めて詰め込んだ中身はなかなかイケる。

 しかも犯人の正体はかなりトンデモで(ちょっと口がムズムズするが)、かなりウケた。
 高い評点はあげられないが、楽しめたという意味では十分すぎるほど。
 7点はむずかしいけど、6点ならオッケーということね。

 なお探偵役コンビの小山田博士と志賀博士、特に後者の方はすでに短編でお会いしているが、長編ではこれが初。
 くだんの志賀博士はマジメで地味の印象の学者探偵だと思っていたら、途中で、かなり天然なブラックジョークを披露し、えー、あなたこんなキャラだったんですか、といささか面食らわせられた。

 いろいろとキライではないです。この作品。

No.5 4点 虫暮部
(2021/07/06 11:42登録)
 弁護士殺害だけにスポットが当たって、他にも何人も死んでいるのにそれらはもののついでみたいな扱いだ。毒物の使用者には何の葛藤も無さそうだし(寧ろそれがリアル?)、自殺はとても説明的。
 物語が繰り返し明後日の方へ展開するのには面食らった。個々のパートはそこそこ読み応えがあり、悪いことではない。しかし結末がこんなにグダグダでは元も子もないのであって、読者への挑戦などしている場合ではないだろう。
 可笑しな言動や地の文があちこちに差し挟まれていて、10回くらい爆笑した。ネタなのか作者の天然なのか。

No.4 4点 蟷螂の斧
(2015/06/14 13:15登録)
物語は主人公の人生(祖母の溺愛から脱出し、元恋人との愛の挫折を乗り越えて・・・)と事件(毒入り・射殺)を組み合わせたものですが、どちらも中途半端な感じを受けました。恋愛小説風部分も物足りないし、事件も淡々と語られるだけで盛り上がりに欠けるものでした。犯人像は意外かも?。自序における著者の探偵小説に対する意気込みだけは強いものを感じましたが・・・。

No.3 8点 斎藤警部
(2015/04/27 11:58登録)
内田有紀の3rdアルバム『愛のバカ』を彷彿とさせるタイトルだが、木々高太郎の『人生の阿呆』は昭和十一(1936)年に発表された古典的推理小説、但し実際読まれた事のある人はかなり少ないと思われます。

よく「簡単に犯人が分かってしまう」と言われるらしいのですが、私は探偵役の青年が警察に捕らえられ『獄中推理』なる思索を行う、もう終盤もいい所まで行ってやっと「え!まさかあの人が!」とひらめいたのでした。 際立って純文学的な文体や雰囲気が当時犯人当て勝率9割6分だった私の目を曇らせたのでしょう。 ストーリーが単調という人もいる様だけど、私にとっては非常に記憶に鮮明に残る作品でした。 感動します。 あと、これ言っちゃぅと微妙にネタバレになるかも知れないけど 。。 「犯人の●●が●●●●●●●い」ってのは初めて見た! 斬新だ!! 

後から考えると小説として色々アンバランスな所が目立ってたかもなあ。 

No.2 5点 nukkam
(2015/02/27 22:36登録)
(ネタバレなしです) 木々高太郎(きぎたかたろう)(1897-1969)はミステリー芸術論を提唱し、松本清張の文壇登場を後押ししたことでも知られ、ミステリー文学派の代表として本格派に対しては批判的な態度をとったとされています。こういった経歴からその作品は本格派とは距離を置いていると私はずっと思っていましたが、1936年発表の長編ミステリー第1作である本書は何と「読者への挑戦状」が挿入されているではありませんか。あのエラリー・クイーンの「中途の家」と同年の発表です。もしかしたら国内初の「読者への挑戦状」付きミステリーかもしれません。とはいえ本格派推理小説として過度に期待してはいけないと思います。多くの謎の中のほんの一部しか挑戦状は「読者が解ける」と告知しておらず、全ての謎が論理的に説明されているわけではありません。また良吉の海外旅行のエピソードが謎解きプロットと上手く融合できておらず物語構成的にばらばらの印象を受けます。とはいえクイーンのコピー商品ではない、独自の作風を追求した姿勢は評価すべきでしょう。

No.1 6点
(2011/03/19 18:59登録)
松本清張以後だとミステリ作家の直木賞候補や受賞も珍しくありませんが、それよりはるか前、昭和12年に直木賞を受賞した作品です。
久々に再読してみて、最も感心したというか驚かされたのが、文章です。乱歩や横溝の耽美的な感じを与える文章とは対極に位置する、清張をも思わせるほど抑制された筆致なのです。死体発見シーンなどあまりに地味であっけないほど。
その文章で、良吉がロシアを列車で横断していくのが描写されるあたりは、最も記憶に残っていたところでした。この部分は全然ミステリでないわけで、そこが印象深いような作品です。ただ、タイトルの「人生の阿呆」という言葉が書かれた手紙に関する部分は、あまり説得力がないかな(文学的意味で)と思えました。
「読者への挑戦」が入っていたことはすっかり忘れていました。真犯人がわかりやすいとの論評もありますが、真相はかなり複雑な上、伏線も完全でなく、全体を見通す(暗号の理由も含め)ことは不可能でしょう。

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