空さんの登録情報
平均点:6.12点 書評数:1515件

プロフィール| 書評

No.455 5点 藍の悲劇
太田忠司
(2011/10/09 09:56登録)
太田忠司の作品を読んだのはこれが初めてですが。
いやあ、都市名シリーズと悲劇シリーズを同じ探偵役で書いているなんて、とんでもない図々しさです。まあ、それなりに楽しめたから、別に文句はないんですけれど。
本作はタイトルからして、あの名作の語呂合わせ。そのダジャレ感覚からしても、いくら悩める名探偵(むしろライツヴィルっぽいですね)だからといって、テイストはかなり軽め、浅めです。
事件自体は、日時がぴったり重なる偶然がさすがに気になりました。鍋が持ち去られた理由には最も感心したのですが、これは途中で明かされてしまいます。犯人指摘のロジックについては、もしその人物が「犯人なら、すべての辻褄が合う」というだけなので、これでは、このシリーズ・タイトルとしてはちょっと弱すぎます。
ラストについては、あの悲劇よりもむしろ国名シリーズに入れるかどうか議論のある作品を連想してしまいました。


No.454 6点 章の終り
ニコラス・ブレイク
(2011/10/05 22:19登録)
ブレイクの作品は、ずいぶん前に例の『野獣死すべし』を読んだことがあるだけだったのですが、本作はそのような構成の工夫はない、普通のフーダニットです。
ノンフィクションを中心とした出版社が舞台ということで、目次は「組み始め」から始まり、「初校」だの「戻す」だのがあって「校了」で締めるという印刷業の言葉を集めているのですが、読んでみると内容が小見出しとうまくからんでいるというほどではありませんでした。
途中ストレンジウェイズとライト警部の間で交わされる推理は、ああも考えられる、こうも考えられるとやりあっていて、真相がどちらなのか、あるいは他に可能性はないのか、不明瞭なままに読者を放置します。犯人は一列に並んだ容疑者のうちの一人ということで、特に強烈なミスディレクションもないので、誰が犯人であってもさほど意外性はありません。それでも、捜査の展開はうまく、最後まで楽しませてくれました。最後の犯人に対する罠の意味も、さわやかにまとまっています。


No.453 5点 メグレとかわいい伯爵夫人
ジョルジュ・シムノン
(2011/10/02 15:28登録)
訳者あとがきの最初に、原題直訳は「メグレ旅をする」であって、実際にメグレが重要証人を追って飛行機で飛び回ることが説明されています。だったら、邦題もそのままでよかったのにと思ってしまいました。
そのメグレが追う重要証人が、「かわいい伯爵夫人」なわけです。しかし話の中心はこの伯爵夫人をめぐるものではありません。最後はメグレが殺人のあったパリの高級ホテルの中をうろつき回って、犯人が誰か知ることになります。単に富豪というだけでない上流階級の人々の世界に居心地の悪い思いをするメグレの心境も、ミステリとしての全体構成の中にうまくはまっていると思います。ただし、小品であることを考慮しても、なんとなく物足らない感じがしてしまう結末なのも確かです。
ところで、メグレがニースからジュネーヴに一番早く行く方法について、まずローマに飛んで乗り換えればいいというアドバイスを受けるところには、これは日本のアリバイ崩しミステリの常套手段じゃないか、と思ってしまいました。


No.452 4点 終着駅殺人事件
西村京太郎
(2011/09/30 21:38登録)
東北新幹線の開通(まずは盛岡までですが)に向けて準備が進んでいた1980年の作品。上野駅(当時の)が持つ終着駅らしさ、東北の香が語られるトラベル・ミステリです。地方から東京に出てきた人たちの思いは、なかなか熱く語られていて、そこが読みどころになっている作品だと思います。
しかし、謎解き面ではどうも不満です。密室は最初から添え物程度の扱いですが、列車利用のアリバイの方も、他の方も書かれているように、西村作品中でもレベルは低い方でしょう。特にアリバイ成立の元になった経緯にはがっかりです。亀井刑事の行動予測はあまりに不確実ですし、だいたい列車利用トリック解明で、まず時刻表を調べてみないなんて、考えられません。
他にもトイレ密室(というほどでもありませんが)議論の行方、散髪の理由(普通に簡単な変装をすればいいことじゃないかと思えます)など、論理がこれだけいいかげんでは、切れ味も何もあったものではありません。まあ評価できるのは、ダイイング・メッセージの意味ぐらいのものでしょうか。


No.451 6点 ダンシング・ベア
ジェイムズ・クラムリー
(2011/09/26 22:05登録)
期待して読み始めたクラムリーのハードボイルド・ミステリ第3作だったのですが。
クラムリー節は相変わらずで、自分も含め、好きな人はどっぷり嵌まる文章です。西部劇的な世界を意識していることは、依頼人の家での会話からも明らかで、ブルージーなギターでも合いそうなやるせない雰囲気はため息もの。冒頭に出てきてミロと殴り合いをする郵便配達人にしても、途中や最後にちょっとだけ顔を出して、事件とは無関係なのですが、小説としての楽しみを増すのに貢献しています。「踊る熊」ならぬ熊の毛皮の最終扱いなど、映画にしたら圧倒的な叙情派映像美を演出できそうです。
そのあたりはさすがなのですが、正直言って解説で誉めている女性陣は、今回それほどいいとは思えませんでした。事件への関係の仕方が理由の一部でもあるのでしょうが、プロットに沿って考察すると、多すぎる気がします。インディアンのタンテ・マリーも、存在感はいまひとつ。テーマとなっているエコロジーが、変に社会派的な主張になっているのも、この作家の雰囲気には合わないと思います。
評価の難しい作品ですが、とりあえず…


No.450 7点 ガーデン殺人事件
S・S・ヴァン・ダイン
(2011/09/23 10:23登録)
ヴァン・ダインの6冊限度説なんて、クリスティーやカーを引き合いに出すまでもなくいいかげんなもので、実際本人自身の作品でも、7作目以降そんなに急激に質が落ちているとは個人的には思いません。ちょうど6作目の『ケンネル』の出来がよかったので、以後と比較してしまうのかもしれませんが。ただし、衒学趣味についてだけならその『ケンネル』から底が浅くなってきていますので、教養講座を楽しみたい人には不満でしょうか。
その後半6作の中でも、一般的に最も評判のいいのがこの9作目です。事件の契機となるのが競馬なので、馬の名前はいろいろ並べても、学術的な薀蓄を述べ立てるわけにもいかなかったのでしょう。あらすじに書かれている放射性ナトリウムの方は、どうということはありません。それよりシンプルなフーダニットとしての明晰さに徹した作品になっていて、好感が持てます。自殺に見せかけるトリックは事件発生後すぐに明かされてしまいますし、それ以外には大したアイディアもないのですが、ミスディレクションの扱いは、初期より明らかに上達していると思います。


No.449 8点 乱れからくり
泡坂妻夫
(2011/09/21 22:04登録)
最初から最後まで(目次も含め)、まさにからくり尽くし。
この薀蓄披露は再読してみると、記憶にあったあいまいな印象よりもかなり楽しめました。第6章では、機械人形に関して「ジョン・ファンリー卿殺害事件」なんて言葉もさりげなく出てきたりして。これはカーを読んでいないと、何のことだかわかりませんが。それだけでなく、再読で全体的に前回より評価の上がった作品です。
発端の隕石が車を直撃する事故は、嘘っぽい偶然の介入を嫌う人は否定するでしょうが、最後まで読んでみると、なかなか意味深です。泡坂妻夫らしく、いたるところに暗示的な伏線が張り巡らされているところにも、感心させられます。事件関係者のほとんどが死んでしまって、それでも犯人がなかなかわからないだけでなく、終盤になって読者に考え込ませる余地を与えないスピーディーな展開にするという技も、見事なものです。
それにしてもこんな凝った作りのパズラーが直木賞候補になったというのも、珍しいでしょう。


No.448 6点 メグレ推理を楽しむ
ジョルジュ・シムノン
(2011/09/17 09:16登録)
メグレだけでなく、読者にもなかなか楽しい思いをさせてくれる(渋い味わいとかではなく)作品です。
バカンスと言えば、現住所から離れたどこかへ出かけていくもの、という常識を覆して、地方へ行ったふりをして、誰にも知らせずパリでバカンスを過ごすメグレ夫妻という設定がまず愉快です。メグレの他、最古参刑事のリュカも休暇中のため、初めて難事件捜査の指揮をとることになったジャンヴィエ刑事。この人『男の首』等初期には新米だったのですが、いつのまにかベテランになってしまいました。
医師の診察室で発見された全裸の医師夫人の死体、犯人は容疑者二人のうちどちらか、というのが問題です。メグレは新聞記事を毎日丹念に読んで、推理を楽しみます。最後は夜、メグレの部屋の窓の中でジャンヴィエたちが容疑者を追い詰める尋問をしているのを、メグレは近くの酒場から眺めていて、あるメモを届けさせるのです。
ただ、現場や関係者が直接描かれていないため、多少不鮮明に感じられるところはありました。


No.447 6点 犯罪カレンダー (7月~12月)
エラリイ・クイーン
(2011/09/14 21:34登録)
クイーンの歳時記事件簿も後半になると、その月ならではというところが怪しい作品も出てきます。
7月は、夏である必要さえないような事件です。『新冒険』の某作品を連想させるところもありますが、こちらの方が自然だと思います。さらにクイーンには珍しいタイプのトリックも使われていて、まあまあの出来。
8月の宝探しは、殺人を絡めた上ひねりもあって、2月より好きです。ただしこれも8月でなくてもいいでしょう。
がっかりしたのが、9月の二番煎じ。これは上巻収録作の方が暦にちなんでいました。
10月は前半6作も含めた中で、最も気に入っている作品。クイーンらしいロジックが鮮やかです。ただし、現実的にはその状態を保っておくのは非常に困難ではないかという弱点はありますが。なおこの10月と11月は、他の作品とは違い、もったいぶった前口上がありません。
12月はやはりクリスマス。真相はすぐ見当がつきますが、怪盗による人形盗難が起こるまでの過程はなかなか楽しめました。


No.446 6点 センチメンタル・シカゴ
サラ・パレツキー
(2011/09/11 12:47登録)
パレツキーを読むのは初めてですが、それでも今まで知らなかったことに驚いたのが、タイトルです。全作カタカナの邦題はほとんどが原題の意味とは全然違っていたんですね。よく引き合いに出されるグラフトン作品が原題直訳であるのと対照的です。
内容的には、言い回しや会話の口調からして、グラフトンよりハードボイルドらしい感じを出しています。ヴィク自身何度も危険な目にあい、疲れきったとか震えが止まらなかったとかこぼしながらも、捜査を続行していくところも、精神的にタフでなければやっていけないなあと思えます。一方の優しさについては本作ではちょっと置いといて…ヴィクは特に前半、腹を立ててばかりいます。大嫌いな伯母からの依頼でいやいや株券偽造事件を引き受けて捜査を始めたものの、2日後には依頼を取り消すと言われるという、不愉快な事情ももちろんあるのですが、それ以外のところでも、かなりキレまくってます。
マフィアのドンも登場したり、派手な展開はかなり楽しめましたが、被害者に関して根本のところにある偶然がちょっと大きすぎるのは気になりました。登場人物の中では、元偽札作りのおじいさんが特にいい味を出しています。


No.445 5点 風精の棲む場所
柴田よしき
(2011/09/08 00:11登録)
風精と書いてゼフィルスと読ませています。第2章でシジミ蝶の一種をそう呼ぶのだと書かれていますが、元々ゼフュロス(ゼピュロス)とはボッティチェッリの名画「ヴィーナスの誕生」にも描かれているギリシャ神話の西風の神です。それで、話の中心となる家が西風家。
冒頭部分で、浅間寺竜之介が愛犬サスケに、「地図にない村」に行くことになったいきさつを話す部分があります。これには不自然さを感じて、地の文で説明したのではアンフェアになるところがあるからではないかと疑ってしまったのですが、思い過ごしでした。
タイトルにふさわしい幻想的な味わいを持った作品で、謎解きはこぢんまりとまとまっています。トリックの原理はすぐ見当がつきますが、トリック実行の理由や犯人の設定など、全体的には悪くありません。ただ、前半で犯人のキャラクターをある程度はっきり示しておいてもらいたかったとは思います。
しかしこのエピローグは、どうでしょうねぇ。最後2ページぐらいの雰囲気はいいのですが、それでもあまり賛成できません。


No.444 6点 犯罪カレンダー (1月~6月)
エラリイ・クイーン
(2011/09/04 23:20登録)
月ごとの記念日などにちなんだ事件をそろえた連作なのは当然ですが、ジョージ・ワシントン、カリギュラ、南北戦争など歴史的な由来などから書き起こしていて、そこにもこだわりを見せる短編集です。
最初の1月は結局ショート・ショート並みのクイズ的謎解きでがっかりでしたが、2月からの5編は少なくとも悪くありません。複雑さ難解さのみで言えば、4月がたぶん1番で、手がかりにはなるほどと納得させられます。また5月のストーリーと雰囲気、ミスディレクションはなかなかいいなという感じ。
しかし、個人的には3月が気に入っています。この作品、最後の推理はたいしたことはありません。それよりタイトルの私立探偵マイケル・マグーンについて、ボガードと比較してからかったり、事件が彼の所得税の確定申告書盗難で始まったりといったユーモアが楽しいのです。クイーン警視に、これが小説だったら誰を犯人にするかと聞かれて、エラリーがマイケルだと答えるところも、犯人を小説構成上から直感で指摘したがる読者への皮肉が感じられます。


No.443 7点 Le suspect
ジョルジュ・シムノン
(2011/09/01 20:55登録)
タイトルはもちろん「容疑者」の意味。
何の容疑者かというと、なんと爆弾テロなのです。フランスにいられなくなって、ブリュッセルに住んでいる理論的アナーキストのシャヴが主人公です。ある日旧知の「男爵」が職場を訪ねてきて、パリ近くの工場での爆弾テロが計画されていることを彼に知らせます。実行は、シャヴがかわいがっていたロベールらしいということ。
テロ行為には反対のシャヴはその計画を中止させるため、仕事を放りだして、即刻自転車で国境を越え、パリに向かいます。しかし、テロ計画をかぎつけ、「男爵」を尾行していた警察は、シャヴをテロ実行の容疑者として手配するのです。一方でパリに住むシャヴの昔の仲間たちは、シャヴが警察へ密告した裏切者だと考えていました…
というわけで、普通に考えればなんともシムノンとは縁遠いアクション・スリラーっぽいプロットです。それにもかかわらず、読んでみるとこれがシムノン作品以外の何物でもないという心理描写で綴られたエンタテインメントになっています。


No.442 5点 魔女の死んだ家
篠田真由美
(2011/08/30 20:37登録)
後に改稿されているそうですが、読んだのは講談社ミステリーランドのシリーズから出た版です。この作者を読むのは本作が初めてなのですが、最後の方になって、これはちょっと失敗したかなと思いました。いや、出来ばえそのものとは関係ない部分なのですが。
大きく3部に分かれたうち、子どもの視点から描かれた第1部は、まるで乱歩時代の作品のような雰囲気だなと思っていたら、作中でも後でその点については触れられていました。実際、そんな時代設定にしてもよかったような気がします。さらに第2部、第3部と視点を変えていて、なかなか凝った構成になっています。
結末の意外性は、「魔女の死んだ」事件の犯人と犯行方法、動機に関したものではありません。動機は説得力がありませんし、トリックは某国外古典短編の単純なヴァリエーションに過ぎません。それより第3部に入って起こってくる謎に対する解決が、想定範囲内とはいえ、まあ決まっています。
それにしても、あまり児童向けという感じはしませんでしたね。


No.441 7点 フラッド
アンドリュー・ヴァクス
(2011/08/27 08:43登録)
バーク・シリーズの第1作。
Floodというと、洪水とか満潮の意味かと思っていたら、バークの依頼人の名前でした。ストレーガやベルもそうらしいですね。フラッドは日本で修業を積んだアメリカ人の女空手家で、やたらに強い。
相当長い作品です。1ページ18行の文庫で約570ページ。しかし3分の2ぐらいまで読んで振り返ってみると、本筋の事件そのものについては、捜査はほとんど進んでいません。ハメットやパーカーならそこまで100ページかそこらで済ませてしまうのではないかと思えるほどです。本筋の事件そのものは単純で、それ以外の寄り道が多いということなのですが、その寄り道の中で、ニューヨークのはきだめの様子や、そこに生きるバークとその仲間たちの生き方が具体的に描かれていきます。で、そこが新しいハードボイルドな世界を創り出しているところがおもしろいというわけ。しかしこのアウトローな世界を描くハードさは、kanamoriさんが『赤毛のストレーガ』評で書かれている通り、1世代前のネオ・ハードボイルドへのアンチテーゼとも思えるほどです。


No.440 7点 くたばれ健康法!
アラン・グリーン
(2011/08/23 22:06登録)
バウチャーはユーモア小説でありながら本格的な謎解きになっているミステリにもなっているのは、カーの『盲目の理髪師』と本作だけだと1950年台に書いたことがあるそうです。しかし、謎解きの出来栄えということなら、本作の方がはるかに上だと思います。
密室トリックの原理だけは読む前から知っていたのですが、スリッパやパジャマに関する謎、拳銃の発射音の問題など、解決にうまく結びついています。今回読み返してみて、ミステリとは関係なさそうな恋愛話や新教祖の登場も、伏線や証拠の発見などとからめた構成になっていることに気づきました。
ただ、ユーモア小説ということでは、訳者あとがきでは「ハリウッド型ユーモア映画的な大仕掛けな笑い」としていますが、疑問を感じました。死体発見シーンの「りっぱな死体となって死んでいるのだった」といったような大げさな表現と、酔っ払いギャグの組み合わせが主な笑わせネタですが、カーのような「ばか騒ぎに終始」したもの(表現云々でなく予想外の滑稽な出来事が起こるタイプ)の方が好みですね。


No.439 7点 継ぐのは誰か?
小松左京
(2011/08/21 08:22登録)
「チャーリイを殺す…」
7月26日に亡くなった小松左京の代表作と言えば、もちろん『日本沈没』や『果しなき流れの果に』がすぐ思い浮かびます。しかしミステリ的観点からすれば、冒頭の殺人予告メッセージで始まる本作こそ、最初に挙げられるべきでしょう。似たような予告に次ぐ不可解な殺人がすでに世界各地で起こっていることが明らかにされ、ミッシング・リンク的興味もあります。そしてついに起こる殺人事件では、ダイイング・メッセージまで出てくるのです。
時代設定は月に基地ができているぐらいの近未来で、事件の状況そのものも、その解決も完全にSF領域ですが、ミステリ的要素も充分です。といっても、犯人の正体は半分ぐらいで明かされ、殺人事件そのものは解決してしまいます。後半では事件の背景をめぐり、話は秘境探検へと発展していきます。
謎解きだけなら、アシモフに比べると不備もありますが、作者らしいテーマを持ったSFとしては、なかなか読みごたえのある作品です。


No.438 4点 メグレの失態
ジョルジュ・シムノン
(2011/08/17 14:32登録)
邦題の「失態」については、短い最終章に、「司法警察局の二重の失態」という新聞記事のことが書かれているのですが、そんな記事見出しは性急過ぎるように思います。「二重」とは、本作ではメインの殺人事件と並行して、パリ・ツアー中に失踪したイギリス夫人の事件も語られるからです。原題では"Un echec"と単数形ですが、これはやはり殺人事件の方の失敗でしょう。ただし、メグレが犯人指摘に失敗するわけではありません。
メグレが子どもの頃の知人から、命を狙う脅迫状が何通か届いているという依頼を受け、翌朝から刑事を護衛につけようとしていた矢先、夜のうちに銃殺されてしまった事件です。この被害者がいやな人物なので、メグレも護衛にそれほど気が進まなかったため、殺される結果的になったのではないか、失敗だったかな、と自問する場面もあります。
本作のテーマは被害者と彼を取り巻く人々の重苦しい生活でしょうが、主副2事件の小説テーマ的関連性があまり感じられず、いまひとつといったところでした。


No.437 8点 一瞬の敵
ロス・マクドナルド
(2011/08/15 16:38登録)
後から考えてみると、なるほどこういったところから構成を立てていったのだろうなと思える仕組みになっています。人間関係がそうとう複雑なのですが、だいたいのところは読者にも予想できるように展開を考えている感じです。ただ最終章では意外な秘密が明かされることになります。
元保安官補フライシャーの扱いが若干はっきりしないところは不満といえるでしょうか。デイヴィが結局どうなるかという点については、難しいところですね。この落ちのつけ方はショッキングではありますが。後期ロス・マクのいわゆる「家族の悲劇」ということでは、彼が結局一番の被害者なんですね。アーチャーが事件にかかわるきっかけになった、失踪したサンディの方の扱いについては、もう一つ最後に何か欲しい気もします。
テーマ性と謎解きとがきれいに噛み合っているところが、ロス・マクの手腕でしょうが、本作ではテーマ性以上に、複雑な謎解き構成の方におもしろみを感じました。


No.436 5点 殺人の詩学
アマンダ・クロス
(2011/08/11 09:44登録)
解説によると、サラ・パレツキーはケイト・ファンスラー教授を「私たちが待ち続けていたヒロイン」と呼んだそうです。しかし本作を読んでみると、ヴィクのような意味でのヒロインという感じは受けませんでした。
女流作家による女性探偵と言えば、当然ミス・マープルだってそうなんですが、中年前の魅力的な女性となると、草分け的存在なんでしょうね。しかし、本作のケイトは、そんなに名探偵ぶりを発揮するわけではありません。半分ぐらいで起こる殺人事件の真相について推理を披露するのは、むしろ彼女の婚約者アマースト検事補です。
ただ、その推理の唯一の根拠となる犯人の不用意な一言は、指摘されてもどこに書かれていたのかさっぱり覚えていませんでした。また殺人事件の扱い自体も、この小説の中での比重はかなり軽目です。それよりも大学の社会人学部が存続できるかどうかという問題の方が中心で、ケイトがたずさわっているのもその問題です。
シムノン好きな自分だけに、ミステリ度の低い作品も普通なら大いに歓迎するところですが、パズラー的な殺人だけに、かえって物足らなさを覚えてしまいました。

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