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ミステリの祭典

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私立探偵飛鳥井シリーズ

作家 笠井潔
出版日1996年10月
平均点6.00点
書評数2人

No.2 6点
(2021/05/22 08:32登録)
 男はなぜ死んだのか? 四億七千万円とともに消えた女は何者だったのか? 誰が殺し誰が殺されたのか――
 一人称のない私立探偵が探る現代日本社会の病理。本格ミステリ連作短篇集。
 平成八(1996)年刊。「小説すばる」誌に平成五(1993)年五月号~平成八(1996)年二月増刊号にかけてほぼ年一作ペースで掲載された、短篇とも中篇ともつかない長さの小説を収めている。収録は 硝子の指輪/晩年/銀の海馬/道 <ジェルソミーナ> の全四本。
 シリーズとしては『三匹の猿』に続く二作目ということになるが、巻頭の「硝子の指輪」だけはこれに先行するらしい。そのせいか高校卒業時に渡米し、二十年以上の歳月をロサンジェルスで探偵技術を叩きこまれて過ごした事、現地で娶った妻ジュリアをHIVウイルス感染(エイズ)で喪った事、飲んだくれ状態から更生するためロスの自宅を処分し、当時のボスの紹介で、国際事件に対応できる後継者を探していた四谷の巽探偵事務所に転がり込んだ事など、飛鳥井自身のプロフィールが簡潔に記載されている。
 そのエイズキャリアを題材に採った主人公再生篇「硝子の指輪」は一作目ゆえそこまでではないが、脳溢血の老女のメッセージと操りテーマを扱う「晩年」からは尻上がりに良くなってくる。閑職に追いやられDVの果てに家出しホームレスに転落した男の、凍死事件に秘められた作為を暴く「銀の海馬」も凝っていて、一応手掛かりはあるものの「飛鳥井頭いいな!」となる。四篇いずれも悪意が噴き出すような話なので後味は良くないが、後半二本は近年の矢吹駆シリーズよりよほど面白い。
 ピカイチはトリの表題作。冒頭で言及される『三銃士』〈王妃の房飾り〉のエピソードが、連城三紀彦や泡坂妻夫を髣髴させる鮮やかな詐欺トリックに結びついていく。ただしこれも読後感は最悪。一作くらい軽妙に纏めてもいいように思うのだが、この人が書くと過剰な批評性もあって決してそうはならない。作品集でもいつもの重苦しいタッチで、採点はその辺の不器用さをさっぴいて6.5点。

No.1 6点
(2011/11/01 20:46登録)
「ジェルソミーナ」というサブタイトルの付いた『道』というと、もちろんイタリア映画の巨匠フェリーニ監督による1954年の名作のことで、本作を読んでみたのも、このタイトルに惹かれたからなのです。しかし、短編か中編か微妙な長さの4編が収録された本作、表題作の中にジェルソミーナという宝石店が出てくるだけで、フェリーニ監督の哀感たっぷりの上質なセンチメンタリズムとは関係ありませんでした。
いや、全編に漂う暗い雰囲気はなかなかいいのです。『硝子の指輪』『晩年』『銀の海馬』の3編は明らかにロス・マクドナルドからの影響を感じさせる家庭の悲劇を描いた作品です。表題作はそうでもありませんが、やはりロス・マク系のパズラー的な要素がかなりあるハードボイルド。
アメリカ帰りの私立探偵飛鳥井のシリーズで、すべて彼の視点から描かれているのですが、一人称形式とは断定できないところがあります。飛鳥井を示す一人称代名詞(私、俺など)を一切使っていないのです。

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