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ミステリの祭典

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空さんの登録情報
平均点:6.12点 書評数:1505件

プロフィール| 書評

No.465 4点 黒魔術の女
森村誠一
(2011/11/11 21:36登録)
森村誠一と黒魔術オカルティズム。これほどミスマッチな取り合わせ実例もめったにないのではないかと思われるほどです。
実際、黒魔術に関する部分は必要なかったのではないかというのが、再読してみての正直な感想でした。アメリカでの黒ミサのシーンにはサスペンスもありましたが、本筋の殺人事件とは無関係なのです。その黒魔術も冒頭から明示されてしまっているので、不気味な雰囲気とかは感じられません。
最初に起こる女性の惨殺事件から、密室殺人、さらにもう一つの殺人と、一連の事件全体の構造は見当がつくにしても、悪くないと思いますし、最後に明かされる悲しい秘密には納得させられます。しかし、描き方には疑問があります。章によって視点が変わったりするのですが、なんだかバラバラな印象を受けるのです。密室殺人の計画も、作中で刑事たちが疑問視していたとおり不自然すぎます。密室トリックは、途中で示されるアイディアの方が真相よりおもしろかったかな。


No.464 6点 逃げるアヒル
ポーラ・ゴズリング
(2011/11/07 21:25登録)
ゴズリングのデビュー作。ハヤカワ文庫のカバー紹介文には「傑作サスペンス」としてありますが、これはどう見てもアクション・スリラーでしょう。謎めいたところも心理的恐怖もありません。広告会社に勤めるヒロインに対する2度目の襲撃は爆弾で派手にやってくれますし、最後の何人もの警官に護衛されている彼女を襲うところなんて、さらに大げさ。ロマンスをからめたところもあわせて、いかにも映画化向きです。解説で褒められているクライマックス部分だけは間抜けな感じがしますが。
ヒロインを護衛する警部補はベトナム戦争で狙撃兵だった経歴の持ち主だということで、スタローン主演の『ランボー』(特に第1作)と重なるところもあります。そんなわけで、悪評ばかりの映画化『コブラ』はもっと原作に忠実な脚本にしていれば、スタローンも役にはまっていたのではと思ってしまいました。2度目の映画化『フェア・ゲーム』は未見ですが、粗筋を読むとやはり原作からはずいぶん離れてしまってますしねえ。


No.463 5点 メグレと口の固い証人たち
ジョルジュ・シムノン
(2011/11/04 20:51登録)
証人たちは、原題を直訳すれば口が堅いというより反抗的ということなのですが、内容的にも本当にそうです。館の中で死体が発見され、初期捜査での聞き込みにあたってさえ、弁護士を呼ぶという家族たち。老女中も妙にメグレに対して攻撃的です。
一方、若い予審判事はやたらに事件捜査の指揮をとりたがって、最後の方では夢にまで見るほどメグレをわずらわせます。前作『メグレと火曜の朝の訪問者』ではメグレにあまりにあっさり事件を片付けられてしまって少々不満だったコメリオ判事も、本作ではもう引退してしまっているという設定です。
本当ならば時代の要求に応じられず、もっと前につぶれていたはずの老舗ビスケット工場をなんとかそれまで存続させていたのは何か、そしてその存続が危機に瀕した時に一家に何が起こったか、というところが本作のテーマです。最後の尋問場面(直接的には予審判事による)ではその家族全員の身勝手さと不安の主題を盛り上げてくれました。


No.462 6点
笠井潔
(2011/11/01 20:46登録)
「ジェルソミーナ」というサブタイトルの付いた『道』というと、もちろんイタリア映画の巨匠フェリーニ監督による1954年の名作のことで、本作を読んでみたのも、このタイトルに惹かれたからなのです。しかし、短編か中編か微妙な長さの4編が収録された本作、表題作の中にジェルソミーナという宝石店が出てくるだけで、フェリーニ監督の哀感たっぷりの上質なセンチメンタリズムとは関係ありませんでした。
いや、全編に漂う暗い雰囲気はなかなかいいのです。『硝子の指輪』『晩年』『銀の海馬』の3編は明らかにロス・マクドナルドからの影響を感じさせる家庭の悲劇を描いた作品です。表題作はそうでもありませんが、やはりロス・マク系のパズラー的な要素がかなりあるハードボイルド。
アメリカ帰りの私立探偵飛鳥井のシリーズで、すべて彼の視点から描かれているのですが、一人称形式とは断定できないところがあります。飛鳥井を示す一人称代名詞(私、俺など)を一切使っていないのです。


No.461 6点 ニコラス・クインの静かな世界
コリン・デクスター
(2011/10/29 10:50登録)
例によって仮説を組み上げては、新たな情報の入手により最初から組み直していくプロットを予想していたら、それは最後の80ページほどに圧縮されてしまっていました。今回は、モース警部はルイス部長刑事相手に思いついた推理をすぐ述べ立てるのではなく、むしろポアロ風に秘密めかしているところさえあります。
デクスターの経歴を見ると、彼自身が熟知していたに違いない試験作成委員会という、関係者が最初から限られたかなりクローズドな世界での殺人事件です。そのことが、普通のフーダニットに近くなった原因なのでしょうか。
最終的な解決のきっかけについては、最初の方に伏線があったので、ここで使ってきたかと納得したのですが、そのひねりのため、かえって某登場人物の最後の方のある行動が不自然になってしまっているのは残念です。また、本作での意味あり気な証人視点シーンの挿入は、前2作ほどには成功していないように思えます。


No.460 7点 黄色いアイリス
アガサ・クリスティー
(2011/10/25 20:54登録)
全9編中ポアロが5編ですが、そのうち3編が、訳者あとがきにも書いてあるように他作品の原型(前後がはっきりしないものもありますが)です。『二度目のゴング』には中編版(別題)がありますし、表題作はノン・シリーズ長編の原型として知られています。『バグダッドの大櫃の謎』は、倍ぐらいの長さにした『スペイン櫃の秘密』というほとんど同じ話があります。いずれにせよ、他の2編も含め、佳作ぞろいという感じ。
パーカー・パインの2編は、宝石盗難事件解明の仕事を依頼され、旅行中に人間関係の悩み相談を受けるという、『パーカー・パイン登場』収録作とは逆パターンになっています。
短い『ミス・マープルの思い出話』は蓋然性のツメが甘いところが気になりました。
ホラー系の『仄暗い鏡の中に』はパズラー作家らしい鏡像利用アイディアや伏線もいいのですが、特に決着のつけ方が気に入りました。


No.459 7点 緑色の犯罪
甲賀三郎
(2011/10/22 12:01登録)
甲賀三郎と言えば、戦前の本格探偵小説擁護者として有名です。それは間違いないのですが、問題は「本格探偵小説」という言葉の意味です。
実際にこの短編集を読んでみると、ルブランを思わせる作品が何編かあるのです。怪盗が出てきたり、スリラー風な展開だったり。実際作者自身、ポー、ドイルを別格とすれば、ルパンものが好きだと語ったこともあるくらいです。ではルパンは「本格」かというと、甲賀三郎の定義ではそうなのです。甲賀流「本格探偵小説」とは、現代の「ミステリ」とほとんど同義と言っていいでしょう。
もう一つ、作者の傾向として挙げられるのが科学利用トリックで、実際『ニッケルの文鎮』『緑色の犯罪』『誰が裁いたか』等で使われています。『妖光殺人事件』になると、実現可能ではあっても、ほとんどSF的と言えるくらい。これが意外に楽しめました。一方、倒叙の『音声フィルム』では当時最新技術のトーキー映画の録音原理を利用していますが、それより少し前に書かれた英国超有名作を考えると、ちょっと遅れているといわざるを得ません。


No.458 6点 メグレと火曜の朝の訪問者
ジョルジュ・シムノン
(2011/10/19 21:23登録)
火曜日の朝メグレを訪ねてきた男は、妻に殺されそうだと告げます。しかしこの訪問者、本当に正常なのか疑問があるのです。
事件が起こってからの捜査の話ではなく、事件が起こる前に関係者たちについて捜査を進めるということで、メグレも慎重な対応を迫られます。最終的にはその男の家で事件が起こることになるのですが、どんな事件になるのかが見どころと言えるでしょう。意外に謎解き的興味がある作品です。で、事件が発生してしまうと、そこから解決まではあっという間。コメリオ判事が事件現場に行っている間にメグレは関係者の尋問を済ませ、逮捕にまで至ってしまいます。
メグレは訪問者の妻に対して不快感を示していますが、個人的にはそれほどいやな人物とも思えません。この人物関係では、結局こうならざるを得なかったかなあと、とりあえず納得できる結末でした。
ミステリと関係ない部分では、メグレ夫人の体調を警視が気に掛けるところがちょっとした味付けになっています。


No.457 6点 血統
ディック・フランシス
(2011/10/16 08:06登録)
本作の主人公は英国諜報部員ということで、フランシスには珍しく、捜査の専門家です。休暇中に上司の友人から依頼された事件とはいえ、巻き込まれ型ではありません。アメリカを舞台に、盗聴器などを駆使して、敵に迫っていきます。
有名な種馬の失踪事件ですが、犯人としては自分の持っているのがその名馬であることが人に知られては困るわけですから、金に換えることができない。となると、動機は何か、というのが第1の謎です。もうひとつの謎は、馬を盗まれた依頼人を殺そうとまでした理由は何か、とういうこと。どちらもきれいに解決はしているのですが、まあたいしたことはありません。
ではアクションの方はというと、偶然を利用してラストで盛り上げてくれてはいますが、今までに読んだフランシスの他の作品と比べると、さらにもう一山あってよさそうなところです。
主人公のキャラクターを始めとした登場人物の描き方はさすがですが、点数は少し低めで。


No.456 8点 待っている
レイモンド・チャンドラー
(2011/10/12 21:21登録)
5編中、マーロウの出てくるのは最初に収められた一番長い『ベイ・シティ・ブルース』だけですが、続く2編も一人称形式の、いかにもハードボイルドらしい作品。『真珠は困りもの』の「私」は私立探偵ではありませんが、恋人に頼まれて探偵仕事をすることになります。この作品は、特に語り口にユーモアが感じられます。『犬が好きだった男』の探偵はカーマディという名前になっていますが、内容は『さらば愛しき人よ』の病院から賭博船にかけたあたりの部分の元ネタです。本作の方が、ストーリーとしては首尾一貫していて、おもしろく仕上がっています。ちなみに大鹿マロイに相当する人物は出てきません。
『ビンゴ教授の嗅ぎ薬』は気楽な作品ですが、こんなに長かったっけ(80ページぐらい)、と思いました。ブリテンの『ジョン・ディクスン・カーを読んだ男』ほどのおとぼけではありませんが、似たような発想がありますね。最後の短い『待っている』は、この中短編集の中でも特に雰囲気のいい作品で、最も気に入っています。チャンドラー自身はこの作品に否定的らしいのですが。


No.455 5点 藍の悲劇
太田忠司
(2011/10/09 09:56登録)
太田忠司の作品を読んだのはこれが初めてですが。
いやあ、都市名シリーズと悲劇シリーズを同じ探偵役で書いているなんて、とんでもない図々しさです。まあ、それなりに楽しめたから、別に文句はないんですけれど。
本作はタイトルからして、あの名作の語呂合わせ。そのダジャレ感覚からしても、いくら悩める名探偵(むしろライツヴィルっぽいですね)だからといって、テイストはかなり軽め、浅めです。
事件自体は、日時がぴったり重なる偶然がさすがに気になりました。鍋が持ち去られた理由には最も感心したのですが、これは途中で明かされてしまいます。犯人指摘のロジックについては、もしその人物が「犯人なら、すべての辻褄が合う」というだけなので、これでは、このシリーズ・タイトルとしてはちょっと弱すぎます。
ラストについては、あの悲劇よりもむしろ国名シリーズに入れるかどうか議論のある作品を連想してしまいました。


No.454 6点 章の終り
ニコラス・ブレイク
(2011/10/05 22:19登録)
ブレイクの作品は、ずいぶん前に例の『野獣死すべし』を読んだことがあるだけだったのですが、本作はそのような構成の工夫はない、普通のフーダニットです。
ノンフィクションを中心とした出版社が舞台ということで、目次は「組み始め」から始まり、「初校」だの「戻す」だのがあって「校了」で締めるという印刷業の言葉を集めているのですが、読んでみると内容が小見出しとうまくからんでいるというほどではありませんでした。
途中ストレンジウェイズとライト警部の間で交わされる推理は、ああも考えられる、こうも考えられるとやりあっていて、真相がどちらなのか、あるいは他に可能性はないのか、不明瞭なままに読者を放置します。犯人は一列に並んだ容疑者のうちの一人ということで、特に強烈なミスディレクションもないので、誰が犯人であってもさほど意外性はありません。それでも、捜査の展開はうまく、最後まで楽しませてくれました。最後の犯人に対する罠の意味も、さわやかにまとまっています。


No.453 5点 メグレとかわいい伯爵夫人
ジョルジュ・シムノン
(2011/10/02 15:28登録)
訳者あとがきの最初に、原題直訳は「メグレ旅をする」であって、実際にメグレが重要証人を追って飛行機で飛び回ることが説明されています。だったら、邦題もそのままでよかったのにと思ってしまいました。
そのメグレが追う重要証人が、「かわいい伯爵夫人」なわけです。しかし話の中心はこの伯爵夫人をめぐるものではありません。最後はメグレが殺人のあったパリの高級ホテルの中をうろつき回って、犯人が誰か知ることになります。単に富豪というだけでない上流階級の人々の世界に居心地の悪い思いをするメグレの心境も、ミステリとしての全体構成の中にうまくはまっていると思います。ただし、小品であることを考慮しても、なんとなく物足らない感じがしてしまう結末なのも確かです。
ところで、メグレがニースからジュネーヴに一番早く行く方法について、まずローマに飛んで乗り換えればいいというアドバイスを受けるところには、これは日本のアリバイ崩しミステリの常套手段じゃないか、と思ってしまいました。


No.452 4点 終着駅殺人事件
西村京太郎
(2011/09/30 21:38登録)
東北新幹線の開通(まずは盛岡までですが)に向けて準備が進んでいた1980年の作品。上野駅(当時の)が持つ終着駅らしさ、東北の香が語られるトラベル・ミステリです。地方から東京に出てきた人たちの思いは、なかなか熱く語られていて、そこが読みどころになっている作品だと思います。
しかし、謎解き面ではどうも不満です。密室は最初から添え物程度の扱いですが、列車利用のアリバイの方も、他の方も書かれているように、西村作品中でもレベルは低い方でしょう。特にアリバイ成立の元になった経緯にはがっかりです。亀井刑事の行動予測はあまりに不確実ですし、だいたい列車利用トリック解明で、まず時刻表を調べてみないなんて、考えられません。
他にもトイレ密室(というほどでもありませんが)議論の行方、散髪の理由(普通に簡単な変装をすればいいことじゃないかと思えます)など、論理がこれだけいいかげんでは、切れ味も何もあったものではありません。まあ評価できるのは、ダイイング・メッセージの意味ぐらいのものでしょうか。


No.451 6点 ダンシング・ベア
ジェイムズ・クラムリー
(2011/09/26 22:05登録)
期待して読み始めたクラムリーのハードボイルド・ミステリ第3作だったのですが。
クラムリー節は相変わらずで、自分も含め、好きな人はどっぷり嵌まる文章です。西部劇的な世界を意識していることは、依頼人の家での会話からも明らかで、ブルージーなギターでも合いそうなやるせない雰囲気はため息もの。冒頭に出てきてミロと殴り合いをする郵便配達人にしても、途中や最後にちょっとだけ顔を出して、事件とは無関係なのですが、小説としての楽しみを増すのに貢献しています。「踊る熊」ならぬ熊の毛皮の最終扱いなど、映画にしたら圧倒的な叙情派映像美を演出できそうです。
そのあたりはさすがなのですが、正直言って解説で誉めている女性陣は、今回それほどいいとは思えませんでした。事件への関係の仕方が理由の一部でもあるのでしょうが、プロットに沿って考察すると、多すぎる気がします。インディアンのタンテ・マリーも、存在感はいまひとつ。テーマとなっているエコロジーが、変に社会派的な主張になっているのも、この作家の雰囲気には合わないと思います。
評価の難しい作品ですが、とりあえず…


No.450 7点 ガーデン殺人事件
S・S・ヴァン・ダイン
(2011/09/23 10:23登録)
ヴァン・ダインの6冊限度説なんて、クリスティーやカーを引き合いに出すまでもなくいいかげんなもので、実際本人自身の作品でも、7作目以降そんなに急激に質が落ちているとは個人的には思いません。ちょうど6作目の『ケンネル』の出来がよかったので、以後と比較してしまうのかもしれませんが。ただし、衒学趣味についてだけならその『ケンネル』から底が浅くなってきていますので、教養講座を楽しみたい人には不満でしょうか。
その後半6作の中でも、一般的に最も評判のいいのがこの9作目です。事件の契機となるのが競馬なので、馬の名前はいろいろ並べても、学術的な薀蓄を述べ立てるわけにもいかなかったのでしょう。あらすじに書かれている放射性ナトリウムの方は、どうということはありません。それよりシンプルなフーダニットとしての明晰さに徹した作品になっていて、好感が持てます。自殺に見せかけるトリックは事件発生後すぐに明かされてしまいますし、それ以外には大したアイディアもないのですが、ミスディレクションの扱いは、初期より明らかに上達していると思います。


No.449 8点 乱れからくり
泡坂妻夫
(2011/09/21 22:04登録)
最初から最後まで(目次も含め)、まさにからくり尽くし。
この薀蓄披露は再読してみると、記憶にあったあいまいな印象よりもかなり楽しめました。第6章では、機械人形に関して「ジョン・ファンリー卿殺害事件」なんて言葉もさりげなく出てきたりして。これはカーを読んでいないと、何のことだかわかりませんが。それだけでなく、再読で全体的に前回より評価の上がった作品です。
発端の隕石が車を直撃する事故は、嘘っぽい偶然の介入を嫌う人は否定するでしょうが、最後まで読んでみると、なかなか意味深です。泡坂妻夫らしく、いたるところに暗示的な伏線が張り巡らされているところにも、感心させられます。事件関係者のほとんどが死んでしまって、それでも犯人がなかなかわからないだけでなく、終盤になって読者に考え込ませる余地を与えないスピーディーな展開にするという技も、見事なものです。
それにしてもこんな凝った作りのパズラーが直木賞候補になったというのも、珍しいでしょう。


No.448 6点 メグレ推理を楽しむ
ジョルジュ・シムノン
(2011/09/17 09:16登録)
メグレだけでなく、読者にもなかなか楽しい思いをさせてくれる(渋い味わいとかではなく)作品です。
バカンスと言えば、現住所から離れたどこかへ出かけていくもの、という常識を覆して、地方へ行ったふりをして、誰にも知らせずパリでバカンスを過ごすメグレ夫妻という設定がまず愉快です。メグレの他、最古参刑事のリュカも休暇中のため、初めて難事件捜査の指揮をとることになったジャンヴィエ刑事。この人『男の首』等初期には新米だったのですが、いつのまにかベテランになってしまいました。
医師の診察室で発見された全裸の医師夫人の死体、犯人は容疑者二人のうちどちらか、というのが問題です。メグレは新聞記事を毎日丹念に読んで、推理を楽しみます。最後は夜、メグレの部屋の窓の中でジャンヴィエたちが容疑者を追い詰める尋問をしているのを、メグレは近くの酒場から眺めていて、あるメモを届けさせるのです。
ただ、現場や関係者が直接描かれていないため、多少不鮮明に感じられるところはありました。


No.447 6点 犯罪カレンダー (7月~12月)
エラリイ・クイーン
(2011/09/14 21:34登録)
クイーンの歳時記事件簿も後半になると、その月ならではというところが怪しい作品も出てきます。
7月は、夏である必要さえないような事件です。『新冒険』の某作品を連想させるところもありますが、こちらの方が自然だと思います。さらにクイーンには珍しいタイプのトリックも使われていて、まあまあの出来。
8月の宝探しは、殺人を絡めた上ひねりもあって、2月より好きです。ただしこれも8月でなくてもいいでしょう。
がっかりしたのが、9月の二番煎じ。これは上巻収録作の方が暦にちなんでいました。
10月は前半6作も含めた中で、最も気に入っている作品。クイーンらしいロジックが鮮やかです。ただし、現実的にはその状態を保っておくのは非常に困難ではないかという弱点はありますが。なおこの10月と11月は、他の作品とは違い、もったいぶった前口上がありません。
12月はやはりクリスマス。真相はすぐ見当がつきますが、怪盗による人形盗難が起こるまでの過程はなかなか楽しめました。


No.446 6点 センチメンタル・シカゴ
サラ・パレツキー
(2011/09/11 12:47登録)
パレツキーを読むのは初めてですが、それでも今まで知らなかったことに驚いたのが、タイトルです。全作カタカナの邦題はほとんどが原題の意味とは全然違っていたんですね。よく引き合いに出されるグラフトン作品が原題直訳であるのと対照的です。
内容的には、言い回しや会話の口調からして、グラフトンよりハードボイルドらしい感じを出しています。ヴィク自身何度も危険な目にあい、疲れきったとか震えが止まらなかったとかこぼしながらも、捜査を続行していくところも、精神的にタフでなければやっていけないなあと思えます。一方の優しさについては本作ではちょっと置いといて…ヴィクは特に前半、腹を立ててばかりいます。大嫌いな伯母からの依頼でいやいや株券偽造事件を引き受けて捜査を始めたものの、2日後には依頼を取り消すと言われるという、不愉快な事情ももちろんあるのですが、それ以外のところでも、かなりキレまくってます。
マフィアのドンも登場したり、派手な展開はかなり楽しめましたが、被害者に関して根本のところにある偶然がちょっと大きすぎるのは気になりました。登場人物の中では、元偽札作りのおじいさんが特にいい味を出しています。

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