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ミステリの祭典

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空さんの登録情報
平均点:6.12点 書評数:1521件

プロフィール| 書評

No.1201 5点 スパイ・ストーリー
レン・デイトン
(2020/08/09 18:40登録)
レン・デイトン初読ですが、このような作品が多いのなら、あまり好きにはなれない作家だと思いました。基本リアリティのある作風にもかかわらず、miniさんが『ベルリンの葬送』評で「100%全て説明されないと気が済まないタイプの読者には最も嫌われる類」と書かれているとおりのものだったからです。
いや、アンブラーの『インターコムの陰謀』みたいにわざと不明瞭にして不気味さを出しているなら、全く問題ないのです。しかし本作では、KGBが主役パットの家に押し入ってきた理由、パットがあえて恋人マージョリーを伴ったまま家宅侵入を敢行した理由、クライマックスで敵方があえて素手で攻撃を加えてきた理由など、説明のつかないことだらけなのです。途中、クリスティーの本が数ページストーブの焚き付けにされるシーンがありますが、これはそのような論理的整合性を重視する小説に対する揶揄にも思えました。


No.1200 7点 駅路
松本清張
(2020/08/05 23:33登録)
表題作等10編の内、『ある小官僚の抹殺』はカッパ・ノベルズ版『黒地の絵』で読んだことがあります。この作品はドキュメンタリー・タッチで描かれた、タイトルからも推察できるようにいかにも社会派な作品です。あと倒叙もの『捜査圏外の条件』も、疑われないための段取りや、その企みが崩れるきっかけは覚えているのですが、どこで読んだのだったか。
他の方も指摘されているとおり、謎解き要素の特に強いのが『巻頭句の女』と『薄化粧の男』。後者はクリスティーの得意とするあの手ですね。表題作は、『巻頭句の女』や『白い闇』と共通するところがありますが、3つの中では最も印象が薄く、これを表題作にするのかなと思えました。
まあ『万葉翡翠』と『陸行水行』という歴史の謎を探るという意味での歴史ミステリを2作揃えたところが、本書の目玉でしょうか。後者の中では、ジョゼフィン・テイの『時の娘』も言及されています。


No.1199 5点 鮮血の日の出
ミッキー・スピレイン
(2020/08/01 13:23登録)
タイガー・マンのシリーズ第2作。前作で出会ったエディスと結婚して諜報機関を退職しようとしていたまさにその日に舞い込んできた新たな指令は、アメリカに亡命してきた共産圏の情報部局長をめぐる事件に関するものでした。
プロット自体は、なかなかおもしろくできていて、アクションもふんだんに盛り込まれています。冒頭の、タイガーが以前に助けたことのある男の話も、当然どこかでつながってくるんだろうなと予測はできますが、クライマックスにうまく結びつけています。タイガーが機関の研究者から渡される秘密兵器も、期待どおり最後には有効活用されることになります(それにしても破壊力がありすぎ)。
しかし一方で、作者の安っぽい反共産主義的思想の大盤振る舞いはどうでもいいやという感じですし、エディスをロンディーンと呼んだりする恋愛側面の甘ったるさには辟易させられるところもありました。


No.1198 7点 アウトローのO
スー・グラフトン
(2020/07/28 23:21登録)
キンジーの最初の夫ミッキー・マグルーダーが撃たれて瀕死の重傷を負う事件の顛末が描かれた作品です。ミッキーについては、以前の作品では全くと言っていいほど語られなかったそうですが、その彼が最後どうなるのかというとろころも、見どころの一つとなっていて、ラストの味わいがなかなかいいのです。彼女がミッキーと別れる原因となった過去の事件の究明ということで、作者も気合が入っている感じです。未読の作品の書誌データを調べてみたところ、分量的にもこれまでで最も長いものになっています。
謎解き的には特にどうと言うこともありませんが、それなりの意外性はあると言っていいでしょう。
ところで、PIと呼ばれるものを今まで "Private Eye" だと思っていたのですが、本作では "Private Investigator" の頭文字としていました。なるほど、それなら厳密に実際の頭文字です。


No.1197 5点 寝台特急18時間56分の死角
津村秀介
(2020/07/22 23:27登録)
予想どおりに話が展開していく作品でした。作者もそれは当然わかった上で筆を進めているものでしょう。ただ一つ意外だったのが、冒頭、長崎県大村市で起こる殺人事件で、ハンドバッグの中身がなくなっていた件でした。犯人が誰であるかは、読者には容易に想像できるように書かれています。作中の警察やルポライター浦上がその人物が怪しいと気づくのは半分近くなってからですが。また神奈川県藤沢市で起こる殺人事件がつながりを持ってくることも、当然と言えるでしょう。二人の被害者のつながりは、見当はつけやすいものの、悪くないと思いました。
そして後半はアリバイ崩しになってくるわけですが、これはどうということもありません。藤沢・名古屋間の経路は、時刻表を普通に確認すればわかるはずのものである上、その時刻表を作中に掲載していないのでは、アンフェアです。それでも全体の印象はまあまあといったところでしょうか。


No.1196 6点 ハード・トレード
アーサー・ライアンズ
(2020/07/19 23:14登録)
ジェイコブ・アッシュ・シリーズの第6作ですが、この作家を読むのは初めて。というか、本作が河出書房のアメリカン・ハードボイルドのシリーズに入っていたので名前だけはかろうじて知っていたという程度だったのです。アッシュは(ライアンズ自身も)ユダヤ人だそうですが、本作ではそのことには触れられていません。
婚約者の素行を調べてほしいという女からの依頼で始まるのですが、その調査はかなり簡単に成果を上げて終わった後、その依頼人からの、とんでもないことに巻き込まれたので相談に乗ってほしいという電話があります。待ち合わせの場所に赴いたアッシュの目の前で、女は殺されてしまい、そこから政治的な大事件へと発展していくという、社会派的なプロットが展開していきます。
事件の全貌も推測に過ぎないまま終わらせる決着の付け方に、政治の世界へのやりきれないような思いを込めた作品になっています。


No.1195 7点 喪失のブルース
シーナ・カマル
(2020/07/15 22:55登録)
ハードボイルドの探偵は違法行為も辞さない場合がかなりありますが、それでも暴行とか住居侵入がほとんどです。しかし本作で初登場したノラ・ワッツは平気で自動車を盗んだり(無断借用とも言えるかも)、人の誤解に付け込んで金を巻き上げたりと、窃盗をやりたい放題です。しかしそれも、彼女の生い立ちを考えれば納得できないこともありません。
この主人公は私立探偵と言うわけではなく、私立探偵とジャーナリストの調査助手をしているのですが、忘れてしまいたい自分の過去と正面から向き合わざるを得ない事件について独自に調査を始めることになります。
かなりご都合主義なところも見受けられるのですが、暗く重い雰囲気のせいか、それほど気になりません。昔はブルース系の歌手でもあった彼女が歌うシーンが2回。この最後の方の2回目は、実際にあったことを元にしているのではという気もしますが、迫力があります。


No.1194 5点 猿の証言
北川歩実
(2020/07/09 22:54登録)
医学というより細胞学、遺伝学等の生命科学を駆使する覆面作家の長編第4作は、チンパンジーの知能、さらに半ば近くになって浮上するヒトとチンパンジーの雑種をテーマにしています。作中ではチンパースンと名付けられたこの雑種は、人工的な生殖技術を使えば可能とする説が、正しいのかどうかはわかりませんが。ただ、この作者はSF的な解決を持ち出してくることはない(少なくともこれまで読んだ3冊では)ので、常識的な科学の範囲でどう決着をつけるのかが興味の中心です。
最後の方で次から次へと意外な展開になり、真相がどうなっているのか掴みにくいのですが、本作ではその意外性のほとんどが、登場人物がそれまで隠していたことを語り出すことによって起こっているのが、不満なところです。結末は少々後味の悪いものになっていますが、だからこの後どうなるの、という気もしてしまいました。


No.1193 5点 死を歌う孤島
アンナ・ヤンソン
(2020/07/06 23:00登録)
島に集まった人々が次々に殺されていくプロットなので、当然『そして誰もいなくなった』を思い浮かべる人が多いようです。確かにそのとおりで、そこはおもしろいのですが、かなり別の要素が入ってきている作品です。で、実はそこが本作の問題点と思われるのです。
この作家は初めて読むのですが、スウェーデンのゴットランド島の捜査官マリア・ヴェーンを主役とした作品が中心なようで、本作もその一つ。同僚ペールとの恋愛問題(ペールにとっては不倫)に悩む状況は、地道な捜査を描く警察小説なら、いい味付けになるでしょうが、近くの小さな無人島でのマリアを含むセラピー・キャンプ内で起こる連続殺人の場合には、サスペンスを殺ぐことにしかならないと思うのです。マリアがキャンプに参加する理由となったギャング関係の事件も、本筋とは無関係に進行します。2作に分け、シリーズ外(スピンオフ)作品としてシンプルな構成した方がよかったのではないでしょうか。


No.1192 5点 一ドル銀貨の遺言
ローレンス・ブロック
(2020/07/02 22:04登録)
原題 "Time to Murder and Create" は何のことかよくわかりませんが、邦題の方は、マットへの依頼のことです。一ドル銀貨(直径4cm近くもある重いコインで、現在実用性は奇術道具としてぐらいでしょう)を回す癖のある、マットと馴染みのタレコミ屋が、死後開封してくれと置いて行った封書。
しかし、マットがその遺言に応えるために採った方法は、論理的に非常な問題点を含んでいることが、最初から気になっていたのです。さらにある事件発生後の彼の思い込みには、なぜそう断定できるのか不思議でした。
結局マットの読みはことごとくはずれ、油断している時に命を狙われますし、3人の容疑者のうちタレコミ屋殺害犯人でない2人にも、遺言に反して多大な迷惑をかけることになります。遺言を実現しようする行為が遺言に添わない結果を招くという、皮肉な作品としては誉めることもできますが、間抜けな感じがすることは否定できません。


No.1191 6点 薔薇海溝
水上勉
(2020/06/29 23:07登録)
水上勉については「社会派」より「人生派」と呼ぶのがふさわしいという意見は時折目にしますし、本作(カッパノベルズ版)のカバーにも書かれています。確かにそういうところはあるのですが、『飢餓海峡』と同時期に別の雑誌に連載されていた本作は、この作者にしてはかなり謎解き要素の高いものになっていました。
主役の若い歴史学者は、1年前に両親と共に姿を消した彼の恋人が自殺したとの連絡を友人から受け、伊豆の現場に急行しますが、自殺者は全くの別人だったという、謎めいた発端です。珍しい苗字なので、同姓同名の偶然とは考えられません。途中で、過去の似た事件のことが言及されるのですが、これは実際にあった事件かもしれません。犯人の計画がそのような結果を生み出した経緯は、意外というほどでもありませんが、すっきりできています。ただし、タイトルの意味は何のことだかわかりません。


No.1190 6点 血の栄光
ジョン・エヴァンズ
(2020/06/23 22:32登録)
ポール・パイン・シリーズの第1作。だいたいチャンドラーとほぼ同世代(生年はかなり離れていますが)の正統派ハードボイルドの一人とされることが多いジョン・エヴァンズですが、これで2冊読んだところでは、個人的にはむしろハメットとスピレインの中間的存在という感じがしました。スピレインみたいな通俗的派手さはありませんが、ハメットほど文学的とも思えません。多用される比喩はわざとらしいものが多いと感じました、論理的な謎解き的要素を重視するという点では、ハメットに近いでしょう。
本作では、12人もの牧師により執り行われる身元不明者の葬式という奇妙な謎に始まり、その理由付けだけでなくさらに二重の意外性を用意しています。最初の意外性には、この手だったのかとかなり驚かされたのですが、伏線が不十分だと思いました。二つ目の意外性の方は、伏線はありますが、まあこれはね…


No.1189 7点 大尉のいのしし狩り
デイヴィッド・イーリイ
(2020/06/20 07:58登録)
『いつもお家に』を本全体のタイトルにした第2短編集からの7編に、単行本未収録の8編を加えた、日本オリジナル短編集です。巻末解説には、この第2短編集には、普通小説的な作品が相当数混じっているから、このような編集にしたことが書かれていますが、それでも純粋にミステリと言える作品、つまり犯罪小説あるいは謎解き小説はごくわずかです。
表題作では、大尉があえてあの二人を連れていのしし狩りに行くかという点が、ひっかかりましたが、こんな幕切れになるとは。大尉も二人も、それぞれの意味で極端な人物ですが、収録作の多くは極端な人物や状況設定によるプロットになっています。『グルメ・ハント』の失踪した公爵なんて典型例ですし、MWA賞候補になった『昔に帰れ』にしても、扱われた社会的問題点はある程度実際にあるにしても、その傾向を極限まで突き詰めることによって起こる不快な結末になっています。


No.1188 5点 マラッカの海に消えた
山村美紗
(2020/06/16 22:58登録)
久々に再読した、山村美紗の最初に出版された長編。最初期の他の2作『黒の環状線』『花の棺』のような謎解きを期待して読むと、がっかりするかもしれません。マレーシアのペナン島に単身赴任した夫が殺人犯ではないかと疑う妻亜木子の視点から描かれた章と、白石警部の捜査の章とを交互に組み合わせた構成で、サスペンス色が強い作品です。特に最終章は、サスペンス小説らしい幕切れになっています。ただ、その結末の原因の伏線を早い段階で提示しているのは、基本的に謎解き系の作者らしいと言えるでしょうか。密室殺人もありますが、これはまあおまけのようなものでしょう。ペナン島に出張してきた白石警部が即座に見破れないのが不思議です。
しかし最終章に至ってみると、犯人の計画としては、そもそもそんな面倒くさいアリバイ・トリックなど用意する必要があったのかと思えるのが、不満なところです。


No.1187 5点 ノーラとの一夜
ブレット・ハリデイ
(2020/06/13 23:01登録)
今まで読んだマイケル・シェーンのシリーズ中でも、開幕部分に最も意外性のある作品です。タイトル通りのことが起こり、さらに殺人事件へとつながっていくところは、かなり期待させられます。さらにルーシイ・ハミルトンが逮捕されてしまったり(ジェントリイ捜査課長が困惑して、疲れたような声で彼女の留置を命じるのが笑えます)、シェーン自身は撃ち殺されそうになったりと、なかなか楽しませてくれる展開です。
しかし最終的な真相には、ちょっと無理があります。根本的な発想そのものはいいと思うのですが、そのために偶然を多用しすぎているのです。シェーンの名を騙った人物の正体については、肩すかしですし。ハリデイは結末の意外性よりも論理的整合性を重視した作家だと思っていたのですが、本作は魅力的な謎の提出の方に重点が傾きすぎて、解決が今一つすっきりしなくなってしまいました。


No.1186 5点 情婦
ドロシー・ユーナック
(2020/06/07 23:15登録)
前作『目撃』がおもしろかったので、期待していたのですが、これは少々残念な感じでした。
プロット自体は、パズラー系の派手な意外性でも期待しない限り悪くありません。邦題と、原題の意味する「台帳」両方が、読んでいくとなるほどねと納得させられるものになっています。台帳に関するミステリ的なアイディアには原理的には有名作の前例がありますが、まあいいでしょう。ちょっと気の利いた伏線でもあれば(過去のエピソードという形をとれば、充分可能だったと思われます)、もっと効果的だったのにと思われます。
あまり低い点数は付けられない筋立てなのですが、オパラ刑事とリアダン検事との、男女としてと同時に社会人としてのなんとなくうまくかみ合わない感情描写が、うんざりさせられるのです。特にリアダン検事がオパラ刑事に自宅休養を命じるところなんて、何を感情的になってるんだと思えてしまいました。


No.1185 6点 病院坂の首縊りの家
横溝正史
(2020/06/04 23:09登録)
本サイトではあまり評判の良くない本作ですが、久しぶりに再読してみると、かなり楽しめました。確かに、心理的あるいは叙述系トリックならともかく、単純な物理的トリックの再使用には、がっかりさせられるだけかもしれません。それにしても、元の作品名までちゃんと明記した上で、その作品を読んだ犯人が、本当にうまくいくかどうか実験してみた上で実行しているというのが、苦笑させられます。横正先生自身も「序詞」の独白部分だけでなく、途中に一人称形式で登場して、しかも重要な証拠を見つけるというのも笑えます。
しかし。別にユーモアを重視した作品というわけではなく、全体の構成には重苦しい悲劇性があり、本作の読みどころはまさにそこでしょう。個人的には最後の金田一耕助と弥生との会見と、その後の「拾遺」での墓地での会話が、なかなか感動的だと思いました。


No.1184 5点 狼を庇う羊飼い
ベンジャミン・M・シュッツ
(2020/06/01 22:44登録)
ワシントンDCのタフな私立探偵レオ・ハガティーが活躍するシリーズの第1作です。
基本的にはハガティーの一人称形式ですが、ところどころに三人称形式で、犯人と、その犯人に5年前娘たちを誘拐された男の視点から書かれた章を入れています。久しぶりに犯人からかかってきた電話から、執念深く犯人を追いかけていく男が、最初のうちはなんだかねという感じだったのですが、だんだん説得力を持ってきて、後半の緊迫感を生み出しています。それに、ハガティーが捜査中に関わり合った強姦事件の顛末を組み合わせた構造になっています。クライマックスの海上シーンは迫力充分ですが、タイトルのテーマを掘り下げるために、むしろ逆にそのシーンの前の地味な心理サスペンスを重視した方がよかったような気もしました。
ただ文章には、「われわれは隔離された神の馬鹿な子供だ。」(第9章.)といったような気取りすぎなところがあるのが不満でした。


No.1183 6点 マンダリンの囁き
ルース・レンデル
(2020/05/29 21:34登録)
ウェクスフォード警部シリーズ第12作は、警部が甥のフォーチューン警視正のはからいで、警視庁訪中団の一員に加わり、夏の暑さと謹厳実直な案内係に辟易しながらも余暇に中国旅行を楽しんでいるシーンから始まります。実際のところ、大きく3部に分れた本作の第1部は、この中国旅行に費やされているのです。この部分で起こる出来事は、動機を除くと第2部開始部で起こる本筋の殺人事件には関係ありません。それでもただ旅行記というだけでなく、警部が見る纏足の老婦人の謎とか、船から中国人が転落して死ぬ事件とかもあります。ただ一か所、最も不思議な列車の中のミイラについては、結局レ・ファニュ頼りなんでしょうか…
タイトルのマンダリンとは本来は中国標準語、あるいは清朝高級官吏の意味ですが、本書では別の意味を持っていて、それに関連する勘違いが明らかになる部分には、真犯人の設定より感心させられました。


No.1182 5点 皆殺しの家
山田彩人
(2020/05/23 08:39登録)
6話からなる連作短編集。
女刑事亜季の一人称形式で語られる、都筑道夫の退職刑事シリーズをも思わせる、安楽椅子探偵の変形です。ただし探偵役が変わっていて、家族皆殺しで指名手配中の容疑者で、亜季の亡き兄の家に閉じ込められているという設定です。巻末解説にも書かれているように、レクター博士をも連想させますが、きわめてまともな人間に描かれています。亜季とその双子の羽瑠との3人で討論する形で、試行錯誤を繰り返していく推理過程は、むしろデクスターを思わせるところさえあります。
最初の『乱歩城』はなかなか奇抜なトリックからそれが成り立つ設定を考えたことが露骨にわかる作品です。某海外古典短編を基にした『空からの転落』とホワイダニットとしてよくできた『魔術的な芸術』が気に入りました。ただ最後の表題作の終わり方は、独り合点のままになって、現実的な決着を放棄しているとしか思えませんでした。

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