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Tetchyさん
平均点: 6.73点 書評数: 1601件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.47 7点 ゲームの名は誘拐- 東野圭吾 2013/05/15 20:28
シチュエーションの妙とそれを実現させるためのキャスティングの冴え。狂言誘拐を成立させるためにヘッドハンティングされた凄腕のプランナーを犯人としたところに東野圭吾の着想の素晴らしさがある。
その主人公佐久間駿介の人物像を最初のわずか4ページで一人称叙述で読者の心に自然と理解させる東野氏の上手さには全く舌を巻く。

さらにこの小説がすごいのは狂言誘拐が成功裏に終わった後からだ。東野氏は予想不可能な展開で読者の鼻づらをグルングルンと引っ張りまわす。255ページ以降はまさにそのような感覚だった。

誘拐物の傑作、例えば『大誘拐』に代表されるように犯人の意図が解らずに捜査陣と読者が翻弄されるという展開があるが、本書は逆に犯人側が被害者側に翻弄されるという実に面白い反転がなされる。よくもまあこんなことを思いつくなぁと作者の着想の素晴らしさに今回も感嘆してしまった。

No.46 6点 トキオ- 東野圭吾 2013/04/02 23:51
まさに若き命を喪おうとする息子が過去にタイムスリップして若き日の父をある運命へと導くお話だ。

しかしなんだかいつもの東野作品のような淀みのない展開ではなく、読んでいてとても居心地の悪い思いがした。恐らくそれは主人公の宮本拓実、つまりトキオの父親の性格にあるのだろう。

物語の冒頭で語られる時生の誕生までの物語はなんとも重い話で、子供を産んでもそれが息子ならば20代になる前に死んでしまう奇病に侵されてしまうという明らかに不幸な道のりがあるのに、あえて茨の道を進む父親の決意と息子に対する思いやりや献身が語られるのだが、タイムスリップしてトキオが対面する若き宮本拓実は短気ですぐに暴力を振るい、しかも何事も長続きせず、しかも原因が自分の性格にあるのに環境や他人のせいにしてわが身を省みないという何とも器の小さい男として語られる。この現在と過去のイメージギャップがなんともすわりの悪さを感じさせるし、まず主人公として共感できない男であることが大きな原因だろう。

そんな宮本拓実が失踪した元恋人の早瀬千鶴の跡を追うのだが、それが行き当たりばったりで、しかもトキオのアドバイスを聞かずに進めようとする。この流れに淀みを感じて、強引に力業で物語を進めているように感じられるのだ。

今回はどこか東野が“泣ける物語”を狙ったのが露骨すぎてあまり愉しめなかった。

No.45 7点 レイクサイド- 東野圭吾 2013/03/06 21:36
人を殺そうが子供の受験の方が大事、そのためならば死体の処分なぞ何のその、と子供の将来を思う気持ちが強いばかりに生まれる歪んだエゴが渦巻く物語となった。
そのエゴを引き立てるのは、それぞれの夫妻が何がしかの陰湿な感情を持っている点だ。他人の妻に色目を使う夫やみんなで私立中学への合格を目指そうといいながら、塾講師の言葉に過敏に反応し、人の息子より自分の息子の合格を願う本音、中学受験を疑問視する親を危険視し、詭弁を弄して説得を重ねる者など東野特有の人間の嫌らしさが物語には横溢する。

同じ年の子供を持つ親といっても年齢は30代から40代後半までと幅広く、その中には妻への愛情は薄れ、人妻に明らさまな興味の目を向ける者がいるなど、どこか淫靡な香りが漂う。
その淫靡さは実は物語の謎の中心だったことが最後には判明する。
子供のために、という旗印の下で何が正常で何が異常なのかわからなくなっていく夫婦たち。

結局、一同協力して犯罪を隠蔽しようとしたことが異常な心理ではなかったことがたった1つの事実で納得がいく。異常から正常への見事な反転。

さほどボリュームのある作品ではないが、最後は子を持つ親として考えさせられるところがあった。

No.44 8点 超・殺人事件―推理作家の苦悩- 東野圭吾 2013/01/06 19:26
各編には「作家はつらいよ」と云わんばかりのアイロニーに満ちている。「推理作家の苦悩」と副題にあるように本書を読めば文筆業に携わる方々の苦労が偲ばれる。物語を生みだし、創作するということがいかに大変か、そして日夜いかに苦しんでいるかが本書を読めば解る。本書の内容はかなりユーモアに満ちているがその8割は作家が日常に孕んでいる苦労や苦悩であるに違いない。

つまりこれらには実際の作家たち、評論家たち、編集者たちの生の声が収められている業界裏話でもある。そして作家たちの心からの悲痛な叫びであろう。恐らく一般読者は面白く読めたが、作家たちの多くは身につまされるエピソードや共感し、快哉を挙げた話が多く、単純に笑って済まされない物語が多いに違いない。
果たしてこれは東野氏からの作家を目指す全ての作家予備軍たちに対する警鐘の書ではないだろうか?該当する方々にとって本書は必読の書と云えよう。

一番笑ったのは「超長編~」。特に本筋とは全く関係のない情報を織り込んで水増ししているのを作中作で過剰に実践しているところは笑いが止まらなかった。また本作では実作家の名前や作品名のパロディが多いのも特徴的だ。

しかし「超税金対策~」を書くことで実際に作者がハワイ旅行とか経費で落としていたら、スゴイな…。

No.43 7点 片想い- 東野圭吾 2012/12/02 18:35
男と女。
二つの性があるからこそ愛が生まれ、またお互いの考え方が違い、文化が生まれる。男には男の、女には女の世界があり、価値観がある。
だからこそ世界は面白いのだが、一方でその狭間で苦しむ人間たちもいる。
男の身体に宿る女の心を持つ者。女の身体に男の心を宿す者。遺伝子は女なのに両方の生殖器を持つ者。
そんな彼ら彼女らに男と女の定義は空しい限りだ。しかしその定義が彼ら彼女らの世界を縛り付けている。それ故彼ら彼女らは過去を消し去り、新たな自分を、真になりたかった自分の人生を生きようとする。
物語に幾度となく登場する、知らない方がいい、そっとしておいてやれ、という言葉はまさに本来取るべき方法だろう。
しかし本書はミステリ。謎は解かれなければならない。読んでいる最中、行き着く結末は決してカタルシスをもたらすものではなく、寧ろやはり知るべきではなかったという思いが去来する結末に向かうだろうことは予想できた。毎回東野作品の結末は何とも云えない切なさを感じてしまうが本書もまたそうだった。

そして男だからこうだとか、女だからこうだとか、また男の心を持っているから女を好きになるだとか、その逆もまたそうだとか、単純に二元化できないのも事実。男が男らしさに憧れ、理想に近い同性に惚れるように性同一性障害の人々もまたそうなのだ。本書で男と思っていたら実は女だった、または女だと思っていたら実は男だったというジェンダーが反転する趣向が繰り返されるにつれ、一体男とは女とは何なのだろうと思わざるを得ない。
さらに東野が上手いのはこの男と女の話を、すれ違いを繰り返して夫婦生活が冷え切った主人公西脇夫妻のサイドストーリーと絡めていることだ。

最後まで読むに至り、この物語は帝都大アメフト部たちの物語なのだと解る。だからこそこの物語は始まりも終わりもOBたちの飲み会なのだ。
得た物の代償として喪った物は大きく、そして喪っただけの者もいる。男と女の幸せとは一体何なのだろうか?そんな他愛もないことを読後考えてしまった。

No.42 7点 予知夢- 東野圭吾 2012/10/24 21:07
お馴染みガリレオこと物理学者湯川学が活躍する短編集第2弾。
本書に収められている不思議は予知夢、虫の報せ、ポルターガイスト現象、予知視といったオカルト風味の不可解な現象であるのが特徴的だ。
そんな謎に湯川学は少ない証拠から閃いて真相を推理する。その様子はシャーロック・ホームズやブラウン神父といった古典本格ミステリ時代の探偵諸氏を髣髴させる。現代ならば東野版御手洗潔というのが妥当か。
今気付いたが、湯川学も御手洗潔も両方とも大学教授である。しかも御手洗シリーズの作者島田荘司も吉敷竹史という刑事のシリーズがあり、東野圭吾も刑事加賀恭一郎のシリーズがある。しかも両者に共通するのは刑事物とは思えないほど本格ミステリ風味に満ちているところだ。なんだか合わせ鏡のような両者だ。

話が逸れたが、本書では謎の強さで云えば、冒頭の「夢想る」が強烈。なんせ女子高生の許へ家宅侵入した27歳の男がその娘が生まれる前からの小学生の頃から運命の人だと名前まで触れ回っていたという謎だ。これを東野氏は危ういながらも論理的に解き明かす。非常にアクロバティックだが一応納得はできる。
逆にシンプルながらも余韻が残るのが最後の「予知る」だ。隣の自殺を3日前に見たという娘の謎が逆に単純だと思われた事件の真相を明らかにするという、今までの構成とは逆のパターンを取っているのが面白い。しかし何よりもラストの余韻が抜群だろう。

ここから『容疑者Xの献身』に繋がり、今の東野人気のきっかけとなるとは、当時は誰も思わなかったからなぁ。

No.41 7点 嘘をもうひとつだけ- 東野圭吾 2012/10/13 19:45
現時点で唯一の加賀恭一郎シリーズの短編集。
執念深い捜査が持ち味の加賀の切れ味鋭い捜査が味わえる。

加賀刑事は現場や関係者の言動から違和感を掴み取り、そこから推理を組み上げ、被疑者が自己崩壊するように誘導する。これが実にネチッこく、読んでいるこちらでさえ「ああ、また来たの、この刑事・・・」とため息つかせるほどうんざりするのに、なぜか加賀シリーズとなると「待ってました!」と思ってしまうのが不思議。

個人的ベストは「狂った計算」。夫婦仲がしっくりいかない者同士の計画的犯行を扱ったものと内容としてはオーソドックスなのだが、東野圭吾ならではの実にトリッキーな計画である。小説が文字で表現される物語であることを最大限に利用した内容である。さらにすごいのはそのトリッキーな計画のさらに上を行く真相が用意されていることだ。計画的な犯行が偶然によって瓦解することの皮肉が上手く語られている。

またみなさんおっしゃるように加賀の活躍は倒叙物ではないが刑事コロンボを彷彿とさせる。読者があらかじめ犯人が誰かわかっているわけではないのに、味わいは倒叙物のよう。これはもしかして半倒叙物とでも呼ぶべき新しい叙述形式なのだろうか?

No.40 9点 白夜行- 東野圭吾 2012/09/16 20:45
白夜行。なんと悲痛なタイトルか。明るくてもそれは日の光ではない。かといって安らかに眠るにはなんとも明るすぎる、中途半端な黄昏。決して無垢な光ではなく闇を孕んだ光の下で生きてきた桐原と雪穂の人生をまさに象徴している。

物語はこの2人の生い立ちを、小学校、中学校、高校とそれぞれの点描を語りながら進む。そしてお互いの人生に間接的のそれぞれの翳を滲ませながら。
それらの進行は実に訥々としている。その時2人の周囲に起こった大なり小なりの事件は決して解決されることはない。しかし断片的に語られる事件には過去に起きた事件に対するある手がかりがさりげなく溶け込まされている。このあたりの配し方が東野は実に上手い。特に252ページの雪穂の章の最後の一行には鳥肌が立ったほどだ。そんなさりげない文章で東野は桐原亮司と唐沢雪穂という二人の男女の暗黒と恐ろしさを淡々と描いていく。

母子家庭の貧民街からのし上がっていく唐沢雪穂の物語は一面を捉えれば、『マイ・フェア・レディ』ばりのサクセス・ストーリー、立身出世物語だろう。一見輝かしい人生には心を失くしたゆえの冷酷さが隠れ、彼女をいいようのしれない恐ろしい何かに変貌させた。

全ての真相を描くのがミステリだろうが、あえて書かずに読者に補完させるのもまたミステリ。一から十まで説明をする書き方もあろうが、東野氏は描写でもって読者に考えさせる(感じさせる)書き方を選んだ。行間を読むことを敢えて読者に強いたわけだ。納得がいかない、呆気ない、訳がわからないとは、本を読んで思うこと、感じること、考えることを放棄して全て作者に説明を求める幼稚な読み方でしかない。

確かに唐突に閉じられた結末ゆえに気持ちに整理の付かない自分がいる。しかしこの作品は東野氏が追求してきた人の心こそミステリの到達点の一つだろう。
そしてその後の東野氏の活躍を知る人々にとってこれがまだ通過点に過ぎなかったというのが驚きだ。恐るべし、東野。

No.39 7点 私が彼を殺した- 東野圭吾 2012/06/25 20:49
本書のメインの事件の被害者穂高誠という脚本家はこれまでの東野作品の中でも一、二を争う卑劣漢だ。この穂高誠の設定を読んで思い出したのは『悪意』に出てくる小説家日高邦彦だ。しかし日高がいわば作られた偶像だったのに対し、穂高は真性の自己中心男である。
つまり読者の共感を覚えるのには極北に位置する人物であり、私も含め読者の大半は彼が殺されたことに快哉を挙げたことだろう。そんな死んで当然の男を殺したのは誰かというのが今回の謎だ。

そして今回も惨敗。ただし今回の真相はウェブ上の推理を読んでもいささか歯切れが悪い所があるようだ。
本当の真相は作者のみぞ知るのだろうが、これを是とするか否とするかは読者次第なのだろう。謎は解かれるからこそミステリと考える読者はもやもや感が残るだろうし、逆に謎は謎のままだからこそまたいいのだと考える読者は是とするだろう。私は『秘密』の後に書かれた(発表された)作品として本書を捉えると真相は一つでなくてもいいのではないかという作者の声を感じてしまう。

No.38 10点 秘密- 東野圭吾 2012/06/03 01:14
東野圭吾の第一のブームを生み出すことになった本書。実に素晴らしい作品だ。
人格の入れ替わりという使い古された設定を使ってこれほど共感できる作品を著すとは素晴らしいとしかいいようがない。
このサイトの感想で驚いたのは「直子が得をした」、「平介が可哀想すぎる」といった意見が多かったことだ。
私はこれしかないという結末だったと思う。
妻の心が宿った娘と暮らす。これは男親として幸せでありながら性生活では制約を受ける一方である。平介の異常な行動はこういった欲求不満が積もりに積もったことによることだろう。
そんなどんづまりの状況を打破するために取ったのが最後の結末なのだ。
あの行為で平介は解放されたのだ。だから私は東野氏は実にうまいなぁと感服した。

しかし一方で物語の真相こそが作者が最後まで取っておく読者に対する秘密だと思いたい。秘密であっていいこともある。本書の秘密もまたそんな秘密の1つだ。

No.37 7点 探偵ガリレオ- 東野圭吾 2012/04/30 00:26
天下一大五郎シリーズ『名探偵の掟』、『名探偵の呪縛』の後に刊行されたのが本書。その内容はバリバリの理系本格ミステリ。前述の作品で本格ミステリへの訣別宣言とも取れる文章を書きながら、直後に発表された。
つまり『~呪縛』で書かれた作者自身と思われる主人公の発言は本格ミステリからの訣別ではなく、もう1段上を目指した本格ミステリを書くという宣言だったのかもしれない。

そして書かれた本格ミステリとはバリバリの本格作品。人智を超えた事象を科学の知識を使って人智の域へといざなう。
そのせいか、犯人の動機はいささか当たり前に過ぎた。
とはいえここから『容疑者Xへの献身』へとつながる大事な作品。次の『予知夢』も読むことにしよう。

No.36 7点 名探偵の呪縛- 東野圭吾 2012/04/08 02:01
作者東野氏自身と思われる作家が図書館に迷い込むうちに自分が天下一になってしまうというファンタジーな設定になっている。そのためか実に内容はメタフィクショナルだ。
常に読者の目を意識した天下一の言動は前作『~の掟』を踏襲した本格ミステリの約束事を意識的に揶揄したものだし、またその言葉は作者東野圭吾氏の生の声でもある。

そして読み進むにつれ、これは東野氏の本格ミステリからの訣別宣言を表した書だということが解る。かつて江戸川乱歩賞でデビューした作者はその後もトリックを駆使した密室殺人をいくつも著していたが、もはやそんな物に興味を失ってしまったと吐露する。
しかしその後も探偵ガリレオシリーズなども書き継いでいることから、初期作品からブラッシュアップされた本格ミステリを書くことを心掛けているのが解る。訣別しようと思いながらも本格ミステリが持つ独特の魔力に抗えない、そんな心情を東野氏はこの作品で見事に表している。つまり本書は小説の形を借りながら東野氏の本格ミステリへの思いを綴ったエッセイであると云えるだろう。

ただやはり本書はある程度本格ミステリを読んでからにしてほしい。そうでないと解らない面白味に溢れているのだから。

No.35 10点 悪意- 東野圭吾 2012/02/28 23:10
これはすごい傑作ではないか!なぜ当時ほとんど巷間で話題にならなかったのかが不思議でならないくらい、ミステリとしても読み物としてもすごいレベルに達した作品である。

東野氏が本当に書きたかった悪意は最後の最後に示される。悪意が恐ろしいのはそれが当事者にはそれが悪意だと気づかずに行動の原動力となってしまうことだ。いやもしくは悪意、それと気付いていながらもその悪意の持つ悦楽のような物に酔わされ、止められない蠱惑的な魅力を備えていることだ。しかしここに書かれた悪意はもうどうしようもない。読後私はなんともやるせない気持ちになった。

このようにストーリーは読み応え抜群でしかも深い余韻を残す結末でありながらさらに本書がすごいのはミステリの技巧として優れていることだ。いや文学の技巧としても優れているといった方が正しいかもしれない。
小説の技法をトリックに使用して読者に直接的に叙述トリックを仕掛けているのだ。数ある叙述トリックを読んできたがこんな手法は初めてだ。数々の本格ミステリ作家が痛罵されてきた「人間が描けていない」こととはどういうことなのかを指南しながらその実それがトリックだったという高度な技術。さらに読後すごく考えさせられるテーマ。一つの到達点ともいうべき作品と云っても過言ではないだろう。

No.34 7点 毒笑小説- 東野圭吾 2012/02/23 23:35
東野氏の裏ライフワークと呼ばれている(?)ブラックユーモア短編集『~笑小説』シリーズの第2弾。
発表されたのは1996年。その頃の世相を反映していることもあってかネタ的には古さを感じる物もあった。
子供の「お受験」対策の過熱化する多くの習い事や社宅族にある上司の奥さんとの付き合いやマニュアル社会や母親の過保護のせいでロボット化するマザコン息子など。テーマとなった社会現象や当時のドラマが目に浮かぶようだ。女流作家が題材となった作品は宮部みゆき氏や髙村薫氏ら女性作家の台頭や海外の女性ミステリ作家、いわゆる4Fブームが反映されているのだろうか。

なんだか子供じみたネタまで躊躇せずに開陳するところがすごい。日常でありそうな事象を実に皮肉に、時に淡々と語る筆致はB級ギャグの応酬ともいえる。特にAVを観るために留守番を買って出るおじいさんなどは話としては脚色されているが、実際こんなジイサンいそうだな。かように慎ましく生きている庶民に訪れたある変化を面白おかしく綴っている。

決して名作とか傑作とか評されることのない短編集だが、こういうのがあってもいいではないか。これもやはり東野圭吾なのだから。

No.33 8点 どちらかが彼女を殺した- 東野圭吾 2011/12/27 21:43
あえて犯人が誰かを書かない本格ミステリという野心的な作品である本書は発表当時非常に話題になったものだ。これは『名探偵の掟』にも登場人物の口から語られていた
「本当に推理しながらミステリを読む読者なんているのか?」
という疑問を解き明かす為に東野氏が読者に挑んだ作品なのだ。

だから探偵の解決にカタルシスを感じる方なのでダメだったとか犯人が書いてないなんて、どうして!とか論じている人は本書を発表した意図を十分に汲み取っていない。

私は推理をしながら読む方なので本書を十分に愉しんだ。色々な証拠や伏線を加賀や和泉に解き明かせて犯人を絞り込むある一点だけに読者に推理させるようにしているのは東野氏が読者が推理できるように配慮してくれたように解釈した。

推理小説は「推理する小説」。こういう試みは大歓迎。
単にパズラーに徹していなく、刑事対警官という構図でサスペンスを煽った東野氏の技巧を素直に誉めたい。

No.32 8点 名探偵の掟- 東野圭吾 2011/12/04 20:44
とにかく普通の短編集ではない。登場人物が小説世界にいながらにして途中でメタの存在となり、自らの置かされている状況について色々不満を述べ、時には作者を貶したりする。事件も通常のストーリーのようには展開せず、ミステリにありがちな手続きに関しては省略されるし、時には事件に直接関わりあいのない人物は男性Aだの女性Bだのと簡略化される。そう、本書で語られるのは物語ではなく、本格ミステリという作り物の世界が抱える非現実的な設定や内容に対する揶揄や疑問のオンパレードなのだ。

しかしそれでも一応トリックはあるし、それなりにオリジナリティも感じられる。自分の知っている限り、他の作家のトリックをそのまま転用した物は見当たらなかった。もともと東野氏はトリックを創出することに苦労はしないと云っているから、これは東野氏の数あるトリックネタの棚卸しなのでもあろう。

これは東野氏の本格ミステリからの訣別の書なのか?いやいや逆に本格ミステリを愛するが故の提言と理解しよう。なぜならこの後、東野氏は敢えて最後に犯人を明かさずに読者に推理をさせる実験的小説『どちらかが彼女を殺した』や『私が彼を殺した』といった野心的な本格ミステリを続けて書いているし、科学とトリックを融合させたガリレオシリーズも書いているからだ。逆に云えば、ここには本格ミステリが抱える不自然さを敢えてこき下ろすことでその後の自作については決してそんな違和感を抱かせないぞと、ハードルを挙げているような感じさえ取れる。

そしてこの作品を読んで「ああ、面白かった」で済ませてはならないだろう。これは東野氏が今までのミステリではもうダメだと明言しているのだから、今の本格ミステリ作家、これから本格ミステリを書く人たちは本書に書かれた示唆を踏まえてミステリを書かなければならない。本書が刊行されたのが1996年6月。既に15年以上が経過しているが、果たして本格ミステリは変わっているだろうか?

No.31 9点 天空の蜂- 東野圭吾 2011/10/30 21:14
映像化作品が多い東野作品の作品の中でも抜群のサスペンスを誇る作品だが、なぜ映像化しないのか、その理由が本書を読んで判ったような気がした。この作品は3.11以前に読むのと以後とでは全く読後感は違ったものになっただろう。
3.11で原発への不安が叫ばれている今、なんともタイムリーすぎて背筋に寒気を覚えた(ちなみに10/22に私は渋谷で原発反対のデモ行進を目の当たりにした)。この内容は現在デリケートすぎて確かに映像化できない。原発反対派に強硬手段の一つのヒントを与えるようなものだ。逆に発表後四半世紀経った今でも絶版にならないことが不思議だと云える。

本書に書かれているエピソードの1つ1つが今年我々の身に起きた東日本大地震による原発停止による節電生活を筆頭にした社会問題をそのまま表しており、フィクションとして読めなくなってくる。とても16年前の作品とは思えないリアルさだ。東野氏の取材力と想像力の凄さに恐れ入る。

3.11の東日本大震災から連日メディアで喧しく報道されている放射能物質拡散の脅威と反原発運動、そして放射能汚染の恐怖。この原子力発電は現代の社会に咲いた仇花なのだ。もう無関心でいる時期は終わった。1995年に著された作品だが、現在起こっていることが既に本書には予想として挙げられている。これらの事態と原発に関する知識をさらに深く得るためにも、そしてその存在意義を考えるためにも今この書を読むことをお勧めする。

No.30 7点 怪笑小説- 東野圭吾 2011/09/29 21:45
タイトルに偽りなし。まさに「快笑」ならぬ「怪笑」といわざるを得ないブラックなユーモアが詰まった短編集だ。
ここに収められている短編の登場人物はいわゆる「あなたに似た人」。我々の平凡な日常や世間にどこにでもいる、もしくはいそうなちょっと変わった滑稽な人々のお話だ。

個人的なベストはブラックユーモア色が一番濃い「しかばね台分譲住宅」で、次点で「鬱積電車」か。着想の妙では「逆転同窓会」が実際にありそうでリアルに感じた。

しかし東野氏はユーモアを書かせても上手いなぁ。というよりも関西人の彼の本領は実はここにあるのではないか?「おっかけバァサン」や「一徹おやじ」、「無人島大相撲実況中継」などはコントとして発表してもおかしくない。この前読んだ『あの頃ぼくらはアホでした』で、本当にしょーもないことばかりを面白おかしく語ってみせ、緻密で流麗で後味がほろ苦い感傷的なミステリを書く作家というイメージを覆した東野氏があのエッセイを書くことで何かが吹っ切れ、地の姿を存分に出したようだ。

No.29 9点 パラレルワールド・ラブストーリー- 東野圭吾 2011/06/30 21:43
まず冒頭の電車のシーンがツボだった。多分これからあの区間を山手線、京浜東北線に乗るたびにこの物語を思い出しそうな気がする。

殺人事件が起きずにこれほどハラハラさせられるミステリは最近読んだことがない。そう、“ラブストーリー”と題名に附されながら、これは極上のミステリだ。

何よりも本書はある一人の人物に尽きる。それは敦賀崇史の親友、三輪智彦だ。
冒頭に私は本書はラブストーリーだと銘打ちながら実は極上のミステリだと書いたが、最後にいたってこれはなんとも切ない自己犠牲愛に満ちたラブストーリーなのだと訂正する。
こんなに心に残る話は無条件で10点を献上したいところだが、『魔球』同様、犠牲を被る相手に不満が残ってしまう。特に今回は社会的弱者の立場の人間が自ら犠牲になるというのがどうしてもしこりとして残ってしまう。上にも書いたが、不遇な境遇を強いられた彼がようやく手に入れた唯一無二の幸せ。それさえも身障者という理由で諦めなければならないのだろうか?

誰もが幸せになるために選んだ道は実は誰もが不幸になる道であった。謎は解かれなければならないのがミステリだが、本書においては知らなくてもいいことがあり、それを知ってしまうことが不幸の始まりであった。
『変身』では記憶を自らの存在意義の証と訴えた東野は本書では記憶のまた別の意味を提示してくれた。次は何を彼は問いかけるのだろうか?

No.28 6点 虹を操る少年- 東野圭吾 2011/04/29 22:10
何といっても光楽という光と音楽を絡めた芸術と主人公白河光瑠の造形に尽きる。光楽が人を魅了していく過程とその光楽の真の目的が遺跡などに表現されている事象に結びついていくことは面白い。
そして天才児白河光瑠の全てを達観している姿勢と視座。全てをあるがままに受け入れながらも、将来を見据え、そのためには自分が犠牲になっても踏み台になっても構わないと思うキャラクターは正に天才だ。

本書におけるメッセージは異端児はマジョリティである一般人に淘汰される人間の愚かさに対する警鐘だ。突出した能力を持つ者は時にはもてはやされ、時代の寵児となるが、安定を求める支配層にとっては自らの地位を脅かす膿であり、排除すべき存在にしか過ぎない。しかしそれは人類の進化を停滞する愚行だと光瑠は述べる。それは深読みすれば江戸川乱歩賞作家として作家デビューしながら本格ミステリに留まらず色んなジャンルを描き、「明日のミステリ」を模索する作者自身の秘められたメッセージなのかなと思ったりした。

これだけ読ませる物語を書きながら、最後が唐突終わってしまうのが勿体無い。これ以上書くことは蛇足にしか過ぎないとする作者の潔さともいえるが、やはりいい作品だっただけにもっと余韻がほしかった。

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