皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
していません。ご注意を!
Tetchyさん |
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平均点: 6.73点 | 書評数: 1602件 |
No.49 | 7点 | 東野圭吾公式ガイド 作家生活35周年ver.- 事典・ガイド | 2024/07/24 00:24 |
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本書は2012年に東野圭吾25周年祭りというイベントの一環で刊行されたガイドブックの増補改訂版である。
前回よりもマイナーチェンジしたのが読者投票による人気ランキングの記事だ。これが25周年記念の時の再録で、しかも前回が20位までの紹介とそれ以降のランキングが載っていたのに対し、今回は10位までの紹介に留まっているのが残念だ。正直前回から10年経っていることを考えると読者層も広がっているだろうから、再度読者投票のイベントをした方がよかったのではないだろうか。ただコロナ禍でそのような大々的なイベントが出来なかったのかもしれないが。 このように内容としては前作に若干デコレーションが施されたようなものだが、それでも今回加わった記事の中には興味深いものもあった。 まずはなんといっても東野氏がマスカレードシリーズの続編を考えていることが判ったことが大きい。一流ホテルへの潜入捜査という限られたシチュエーションのこのシリーズだが、その制約の大きさゆえに『マスカレード・ナイト』までが限界だろうと思われたが、東野氏は『~ナイト』を経たことでシリーズとしての今後の可能性が見えてきたとのこと。 あと『素敵な日本人』は私が推測したように当初は季節ごとの短編ミステリを書くことにしていたのが、別の注文として受けたSF短編が評判が良かったため、結局企画が破綻してしまったとのこと。多分触れられているのは「レンタルベビー」のことだと思うが、私は逆にそれで良かったように思う。 あとは本書で私がこれまでの作品で気付いていたミッシングリンクについても触れられていたのは残念だ。そのリンクについては敢えてここでは触れないでおこう。 あとやはり巻末に据えられたロングインタビューは非常に興味深く読めた。 なぜこれほどまでに出せば売れる作家になったのかについてその前と後の違いが聞けているのが素晴らしい。スノボで自身の大会を開くまでになっていたことやスノボを通じて様々なジャンルの人々と出会い、ネットだけでは築けなかったであろう人間関係についても触れられており、共感を持てるところもあった。 またベストセラーを次から次へ生み出す東野氏が生まれる萌芽となったきっかけが1997年に空白期間を敢えて設けたことが明かされている。 それまで年間5,6冊ぐらい出版していた作者が敢えてここで白紙に戻したのは出版しないことで自らの存在感を読者に抱かせるための戦略だったと明かされる件はかなり驚いた。 東野氏が今なおベストセラー作家であるのは、彼が人と交流し、そして関心を常に外に向けているからだ。彼は自作が売れることで出版社が潤い、そして他の売れない作家たちの作品の出した損失を補填していることを十分理解している。だからこそ彼は使命感を持って臨んでいるのだろう。 しばらく東野圭吾氏はトップの座を譲りそうにない。本書を読んでその思いを強くした。 |
No.48 | 7点 | 本格力 本棚探偵のミステリ・ブックガイド- 事典・ガイド | 2024/06/12 00:38 |
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ミステリ誌『メフィスト』で足掛けなんと9年掛けて連載されたブックガイドであり、なんと「第17回本格ミステリ大賞(評論・研究部門)」まで受賞したのが本書。
私の意見は授賞に値するブックガイドであり、評論であったと素直に認めよう。 まえがきによれば今の本格ミステリ好きな読者はいわゆる乱歩の影響を受けて海外の本格ミステリに触れて、自身で本格ミステリを書き始めた、いわゆる新本格と呼ばれるミステリ作家たち、乱歩チルドレンの紡いだ作品に触れるのみで、海外の古典と出会うチャンスが減っているのではないかと思い、そんな〈新しい古典の読者〉のために古典ミステリを紹介したいとの意図で書かれたもので、興味を惹くために単なる古典ミステリのガイドブック的な紹介に留まらず、全てが統一されているわけではないが、一応5つのコーナーで手を変え品を変え、面白おかしく書かれている。 鉛筆でなぞる本をパロッた 「エンピツでなぞる美しいミステリ」、相田みつをの詩集をパロッた「ほんかくだもの」、あと自分が気に入ったミステリ作品の一シーンをイラストにした「勝手に挿絵」(これも北上次郎氏の『勝手に文庫解説』のパロディかもしれない)、本格ミステリの研究家坂東善博士と女子高生のりこが本格ミステリについて語り合う「H-1グランプリ」と最後は妻国樹由香氏が語る夫喜国氏について語る「本棚探偵の日常」である。 本書のメインであるH-1グランプリは、それまでの他のコーナー同様、タイトルはM-1~、R-1~のパクリだと思われるが、坂東善博士と女子高生りこの冗談も交えながらの対談形式で進められているが、内容的にはそれまでのガイドブックや評論では見られなかった観点からの鋭い指摘もあり、なかなか骨太である。 俎上に挙げられる作品は有名どころから無名な作品、もしくは現在入手困難なものまで多岐に渡っており、しかも女子高生のりこに与える本も喜国氏の蔵書からなので、例えば新訳が出ているものでも旧訳版、もしくは既に倒産している出版社のものだったりと、恐らく古書マニアにとっては堪らないアイテムが登場する―現代教養文庫の『ミステリ・ボックス』シリーズまで登場する―。 このコーナーではミステリ初心者である女子高生のりこに先入観なく世評高い古典ミステリの傑作とされる作品を読んで率直な感想を忌憚なく語ってもらう趣向になっており、その内容はその趣旨を一切違えることなく、本当に遠慮のない感想が書かれているのが面白い。 例えばクロフツの『樽』はさほどでもなく、クリスティーの『そして誰もいなくなった』はあっさりしすぎと酷評である。りことクリスティーの相性は悪いようで、『オリエント急行の殺人』では登場人物が多すぎて頭に入らないとこれまた酷評。 りこのこの一気にたくさんの登場人物が出てくる作品は苦手という傾向はこのH-1グランプリでは終始一貫して変わらないため、世の傑作で同様の作品は押しなべて評価が低い。個人的にはセイヤーズで一番好きな『学寮際の夜』も同様の理由で酷評だったのにはガックリきたし、一方で私としてはさほどでもない『ナイン・テイラーズ』を高く評価しているところに驚かされた。あの難解な鳴鍾術をよく理解できたな、と。しかしカーの特集では個人的ベストである『曲がった蝶番』が全てが好みであると評価したのは素直に嬉しい。 一方でエラリー・クイーンの1932年の奇跡の傑作4作については全てにおいて評価が高いのはさすがというべきか。 また回を重ねるごとにりこの本読みとしてのスキルが伸びていくのが判るのも面白い。視点の話や有名なカーの『三つの棺』に収録されている密室講義の分類が今読むと甘い、『薔薇の名前』を一番面白いと思う―映画を観ていたことが助けになったとはあるが―、などなど。 あと意外とミステリの豆知識が放り込まれているのも思わぬ収穫だった。 リレー小説の『大統領のミステリ』では当時の大統領ルーズベルトが自分の考案したミステリのネタの解答が思いつかないことから世のミステリ作家に解決してもらおうと発端で、しかもそのプロットが前もってあっただけに一番面白く読めたこと―リレー小説の回はとにかく散々な結果でベスト選出はなかった。私は昔からリレー小説に懐疑的であったが本書でその判断が正しいことを確認した―などがそれにあたる。 またりこが読書量が増すにつれ、りこがそれまでのガイドブックや評論家が気付かなかった見方を示してくる。これが実に意外であり、さらには全く新しい着眼点であることに気付かされるのだ。 例えば『エジプト十字架の秘密』はエラリーがいなくとも解決できた作品だったとか、『三つの棺』の密室講義が実は密室が主眼でないことを隠すために書かれたミスリードだったとの慧眼を示したり、ブランドの『暗闇の薔薇』の図に隠された騙しのテクニックを見出したりと次から次へと新説を開陳するのだ。 坂東善博士は喜国氏そのものと思ってはいたものの、女子高生のりこは最初は喜国氏が対談形式のミステリ評論をするために生み出した架空の存在だと思っていたのだが、読み進めるうちに斬新な切り口でミステリを語るので実は本当に女子高生に読ませて感想を云わせているのではと思ったくらいだ。 実際どうなのだろう。 例えばカーの『火よ燃えろ!』の警視が惚れる女が女のイやな部分だけを誇張したようで鬱陶しいとか『ビロードの悪魔』の主人公の恋の鞘当て行動が気に入らないとか―個人的には『ビロードの悪魔』はカー作品の中でもベスト5に入る傑作なのだが―。 またガイドブックでありながら課題図書を全て読み切れずに途中で断念しているものもあるのもこの作家の特徴か。 カーの『エドマンド・ゴドフリー卿殺害事件』とルブランの『813』の訳が気に食わないと云って『続813』は未読と案外自由奔放だ―ところでハヤカワ文庫がルブラン全集を出すと云って数冊で終わっていることに触れているのは小気味よかった―。 あとは歴史に残る作家は全てが平均点を出す作家よりも傑作と凡作が混在する作家の方が記憶に残るといった意見やピーター卿シリーズであった、登場人物に関心がないとシリーズを追うごとに発展していく2人の関係性などは全くどうでもいいなども考えさせられた。 ここに1人の本格ミステリ好きがミステリをこよなく愛して色々な試みをして、存分に楽しんでいることを見ると一ミステリ読者としては喜国氏のバカバカしくも楽しい企画を後押ししたくなる。私もやはり若いミステリ読者は歴史を学ぶように古典ミステリは読むべきだと思うし、また出版社も古典ミステリを絶やしてはいけないと思うからだ。 確かに古典ミステリを読むことは現代ミステリのリーダビリティと比べると華やかさや読書のけん引力に欠け、いわゆるお勉強と云われるような苦難を強いられるかもしれない。 しかしその中には確かに現代まで評価される何かが潜んでいるのだ。しかし正直世評ほど面白いかどうかは各人の好みによるだろう。本書においても私が好きな作品が酷評された機会が案外あった。 本書は確かにこれから読む古典ミステリの中で面白いものを選ぶ指針にはなろうが、本書の評価が全てではない。 これから古典ミステリを読まれる読者は読むときに自分の感想と本書の内容を比較してみてはどうだろうか? 貴方は自分の評価はりこと同じかどうか、比べてみるとそれもまた楽しいではないか。 それを可能とするためにも出版各社は翻訳本の存続を続けてほしいと切に願う次第である。 いやあそういう意味では本書が「本格ミステリ大賞(評論・研究部門)」を受賞したのは意義があったのだ。 天晴! |
No.47 | 8点 | ミステリ十二か月- 事典・ガイド | 2019/06/02 23:16 |
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本書は北村薫版『夜明けの睡魔』とも云うべきガイドブックだ。あくまでミステリの初心者、特にミステリを読んだことのない子供たちがミステリに触れることを想定して書かれたガイドブックであるのが特徴的だ。
本書の構成は全部で4部構成となっている。 まず1年間読売新聞に掲載された毎週1編のミステリを紹介するエッセイが載せられており、それが第1部で次にその選定の裏側を語ったのが第2部、そして第3部では挿絵を担当した版画家の大野隆司氏との対談。最後に北村氏の朋友の1人、有栖川有栖氏との今回ピックアップした作品に関して存分に語る対談となっている。 つまり新聞掲載のエッセイを俎上に挙げて存分にミステリについて語ったエッセイであり、それがゆえに私は本書を北村薫版『夜明けの睡魔』と呼ぶのである。 さてまず第1部だが、ミステリの初心者への紹介ということであれば、巷間に流布する数多のガイドブック同様に江戸川乱歩氏の少年探偵団シリーズ、アルセーヌ・ルパンシリーズ、シャーロック・ホームズシリーズ、エラリー・クイーンにヴァン・ダイン、ルルーの『黄色い部屋の謎』―私はいまだにこの作品を名作として必ず紹介されるのが腑に落ちないでいるのだが―、カーに、クリスティーにアイリッシュに、と定番の、お約束の作品が紹介されているのは同様だが、随所に北村氏らしさが挿入されているのがミソ。 それは一番最初に絵本の『きょうはなんのひ?』を挙げられていることからも解る。子供たちが一番最初に触れる本とは即ち絵本だ。それならばその時点でミステリ風味の絵本を紹介したらどうだろうかという発想から選ばれている。 更に北村氏のオリジナリティを感じさせるのが新書の『白菜のなぞ』。これはノンフィクションであるのだが、この誰もが口にしている白菜の歴史には壮大な謎が隠されいたというものらしい。これも俄然興味が沸いた。 そして第2部ではこのエッセイの舞台裏が語られる。北村氏がこのエッセイの依頼を受け、引き受けた契機となったこと、連載終了後にこのエッセイを1冊の本にどうやってまとめるか、その構成などが語られる。この第2部は選書の経緯が存分に語られており、本当はこれを紹介したかったが、初心者対象ということで泣く泣く落とした。他にあれもあればこれもあるとアンソロジストの楽しくも取捨選択の苦しみが存分に書かれている。逆にディープなミステリ読者はこの第2部の方が本編よりも愉しめるかもしれない。つまり第1部からページを読み進むにつれて北村氏のミステリ愛は濃くなっていくのである。 私は第3部が意外だった。挿絵を担当した大野氏との対談は逆にこのエッセイ自体がミステリの仕掛けに満ちていることを教えてくれたからだ。この大野氏、なんと茶目っ気のある人物だろうか。まさか各編に付せられた挿絵に隠れメッセージが潜んでいたとは。この第3部ではそのネタバレが開陳されているが、それを読みながらまた第1部に後戻りして読み、新たな発見が出来るのである。いやあ、これには参ったし、楽しませてくれた。 そして最後の第4部は西のミステリの雄有栖川有栖氏との対談だ。お互いの読書歴とミステリの知識を総動員しているかの如く、次々とそれぞれのお気に入りの作品、ミステリ観が語られるこの対談が実に熱い!そして面白い! 特にエッセイで取り上げた作品について有栖川氏があの作家ならば私はこの作品を挙げるなあと云えば、それについて同意しながらも北村氏は自論を展開する。また北村氏がこき下ろす作品を有栖川氏は褒め、それぞれのミステリ観の違いを示唆する。 しかし毎回思うが北村氏の読書量には恐れ入る。なんせ小学生の高学年から文庫本に手を出したという早熟ぶりだ。 そしてその北村氏と対等に話の出来る有栖川氏の読書量と記憶力もまた並大抵のものではない。そしてこの2人だからこそ辿り着ける境地もある。紙面では読み取れない次元で彼ら2人が我々市井のミステリ読者の想像の上を行く領域でミステリに耽溺し、語らう悦楽を貪っているかと思うと羨ましくも嫉妬に駆られる自分がいる。 私もこれからどれくらい本が読めるか解らないが、これからも本は読み続けていこうという決意を新たにした。この2人の博識ぶりには到底敵わないが、本は絶対読むのを止めずに読んでいこう。死ぬまで読書を信条に。 |
No.46 | 10点 | 新・冒険スパイ小説ハンドブック- 事典・ガイド | 2017/03/27 23:53 |
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これぞガイドブックと褒め称えたい。納得のヴォリュームと内容充実度である。そして何より編集に携わった人々の冒険・スパイ小説に対する愛に満ちている。
まず他のハンドブックと一線を画すのはガイドブックに載せるお勧めの作品を選出するのに、架空の冒険・スパイ小説全集全二十巻をつくる企画としているところにある。この内容が座談会形式で実に40ページに亘って掲載されているのだが、これが実に面白い。それぞれの選者の好みと拘りがぶつかり合い、時に敵に、時に味方につけて選考が白熱していく模様が描かれている。まさに冒険・スパイ小説好き、いや本好きには堪らない座談会であり、選者のそれぞれが至福の時を過ごしているのが行間から滲み出ている、ではなく、ドクドクと脈打つように流れ出ている。 選者は北上次郎氏を筆頭に霜月蒼氏、関口苑生氏、古山裕樹氏、吉野仁氏といずれも豊富な読書量を誇る冒険・スパイ小説好きで、その知識に裏打ちされた論理展開、時に北上氏の声の大きい好みの押し付けもありながら、どんどん全集が出来上がっていく様は実に面白い。他のハンドブックに見られなかった選考作を愉しみながら選ぶ様が描かれ、読んでいて実に心地よい。翻って他のハンドブックでは早川書房が自社の作品を選考したウェイトが大きかったため、実に恣意的な選び方だとWEB読者の声も多かったし、私も正直その感じは否めなかったが、本書においてはそれは皆無。今後ガイドブックを作る時は本書の形式を踏襲して、透明性のある選考を行ってほしいものだ。 そんな目利きの選者たちの選んだ逸品たちは恐らく前回のガイドブックにも挙げられたであろう定番中の定番もあれば、他のガイドブックでは見られない作品もふんだんに盛り込まれていてまさに百花繚乱。 更に後半は冒険小説好きの作家によるエッセイと作家論が220ページも占める充実ぶり。内容は各作品の解説の転用がほとんどであったが、それでもその作家自身の作品を俯瞰するのに実にいい資料となっている。 いやあ、やはりガイドブックはこうあるべきである。片手間で作るガイドブックには編者の愛が感じられず、そのようなガイドブックで読者層を広げようと思っている出版社こそが読者を呼び込む努力を怠ったがための現在の出版危機の諸悪の根源だと思われても仕方がなかったが、本書のように編者の愛情と血が通ったガイドブックが編まれていたことでその懸念はやや解消された。 前にも書いたがこれからのガイドブックは本書をお手本にして編んでほしいものだ。それが読み手の食指をそそり、色んな作品に手を伸ばしていこうとする意欲に繋がるのだから。 |
No.45 | 5点 | 海外ミステリ・ハンドブック- 事典・ガイド | 2016/09/25 23:23 |
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1991年に早川書房にて編まれた『ミステリ・ハンドブック』は今でも私の必携の書である。その『ミステリ・ハンドブック』を21世紀になった今、新たな1冊を作ろうと企画され編まれたのが本書。実に25年ぶりの刷新である。
本書はランキング形式を排し、カテゴリ別で作品をチョイする形式になっている。いわゆる目利きによるガイドブックだ。 私はこれはこれでいいとは思う。なぜなら最近行われた週刊文春のオールタイムベスト選出も27年前のランキングと上位はほとんど変わらなかったからだ。やはり初期の読書の黄金体験というのはそれぞれの脳裏に鮮烈に印象に残すからいわゆる名作からミステリの世界に入るとその驚きと面白さが常に煌びやかな原初体験として残るからだ。従って今回の早川書房の編集方針には感心したのだが、開巻してすぐに紹介されたのが『シャーロック・ホームズの冒険』であったのにはガクリとするとともに苦笑してしまった。 さて本書ではカテゴリ別にミステリが紹介されていると述べたが、その内容は以下の通り。 「キャラ立ち」、「クラシック」、「ヒーローorアンチ・ヒーロー」、「楽しい殺人」、「相棒物」、「北欧ミステリ」、「英米圏以外」、「エンタメ・スリラー」、「イヤミス」、「新世代」。 上掲の中でやはり特筆すべきは「北欧ミステリ」のカテゴリだろう。昨今の北欧系諸国の作品紹介は実に活発になり、しかもそのほとんどがレベルが高く、年間ベストランキング上位に選出されているが、とうとうガイドブックで一ジャンルを築くまでにもなった。数年前ならば「英米圏以外」で一括りにされていたであろうが、やはり既に認知されてきたということか。しかもそのきっかけを作った『ミレニアム三部作』は「キャラ立ち」にカテゴライズされており、それを除いてもカテゴリーを埋めることが出来るほど成熟していることだろう。 また「イヤミス」がカテゴリーとして別に掲げられていることも興味深い。昔は悪女物とかファム・ファタール物、奇妙な味、鬼畜系などと表現を変えて紹介されてきた作品がこのカテゴリーで集約されている。このジャンルが以後何年続くのか解らないが、数年後にまた紐解いてみて死語となっているか否かを確認するのも一興かもしれない。 ただ今回はカテゴリー別にしたことでH書房作品ばかりが挙げられたのは実に恣意的に感じた。特に多いのがアガサ・クリスティ。4作も収録されている。kanamoriさんもおっしゃっているように3割が他者の作品であることを多いとみるか少ないとみるかは読者次第であろう。私はやはり少ないと感じる。老舗ミステリ出版社であるからその歴史ゆえに出版点数は多いのは解っているが、やはり4割は割くべきだろう。またウィンズロウがニック・ケアリーシリーズや『犬の力』でなくなぜ『ボビーZ~』なのかとかキングがなぜ『グリーン・マイル』なのかとか色々気になるところはあるのだが。 この作品紹介以外にはエッセイが2編と評論が7編続く。しかしそのうち本書のための書下ろしは有栖川氏のエッセイ1編のみで他は全てミステリマガジンで収録されたものの採録であり、瀬戸川氏のジェイムズ評論は『ミステリ・ハンドブック』からの再録である。新たなハンドブックを作ろうと意気込んだ割にはなんとも竜頭蛇尾のガイドブックかと落胆するのもおかしくないだろう。 特別座談会、ジャンル別評論、零れた名作、復刊希望の名作・傑作などもっとミステリを活性化するような企画はあるだろうに、自社の作品を主に紹介し、自社の雑誌の掲載記事を載せて自画自賛している手前味噌感が実に下らなく感じた。 『海外SFハンドブック』の感想にも書いたが、最近の出版社には本当に読みたくなるガイドブックの作り方を知らないのではないだろうか。特にH書房は自社の売上向上のためにやらされているような感じを受けてしまう。本書の約2倍の分量がある『新・冒険スパイ小説ハンドブック』に充実ぶりを期待しよう。 |
No.44 | 4点 | 海外SFハンドブック- 事典・ガイド | 2016/05/19 23:58 |
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昨今縁あってボツボツとSF作品を読むようになってきたため、純粋に初心者の立場からSFに触れようと本書を手に取ってみた。
正直本書に収録されている作家たちは名のみぞ知れ、まったく馴染みがないため、作品に対する興味はミステリよりも沸かなかった。むしろSFというジャンルはやはり小難しいという思いを強くした。 残念なのが代表的な作家を取り上げ、彼ら彼女らの代表作の解説が延々と続いていることだ。 ランキングは記されているものの、単なる順位紹介に留まっており、門戸が開かれていない感は否めない。 また延々と続く作家の紹介の後は日本人作家の座談会が少々と作家たちのオールタイムベストの紹介、そしてSF史を綴ったコラムが続く。しかし内容としてはそれだけである。残り140ページは索引ばかりとなんとも呆気にとられてしまった。 最近の編集者たちはガイドブックの作り方を知らないのだろうか?ランキングもしくは主だった作家たちの作品の紹介をして、少しばかりコラムを載せればガイドブックが1つ出来上がる、そんな風に思っていないだろうか。 確かにそのような作りのガイドブックも昔からあったのだが、書かれていた内容はもっとディープで筆者の熱を感じるものばかり。もしくは新たな物語の見方を示す、まさに読み巧者の鋭い目利きといった内容がコラムには含まれていた。 本書を含め、最近のガイドブックは書影とタイトルでページ半分を費やし、残り半分の限られたスペースで作品に関する内容と作品が書かれた時代背景などを紹介するものだから浅薄に思えてならない。またコラムも作家名と作品名の羅列に過ぎないものが多く、門外漢にしてみれば、「だから何なんだ?」と思わず云いたくなる代物ばかりだ。 もっと1つの作品もしくは作家を突き詰めていろんな書評家がディープに論じてほしい。それこそが読者を知らない世界へ導く有効な道標となりうるのである。 もし本書に収められている作品を読んだ後に振り返って本書を紐解いたとき、本当の価値が解るのではないか。そう期待して本書は傍らにとっておこうと思う。 |
No.43 | 7点 | 読み出したら止まらない!女子ミステリーマストリード100- 事典・ガイド | 2016/02/09 00:30 |
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日経文芸文庫から出ているミステリガイドブックのマストリード100シリーズ。正直海外編と国内編で打ち止めだと思い、あと考えられるのは本格とかハードボイルド・警察小説といったジャンル分けでの、もっとディープな方向に行くと思ったが、予想に反してなんと女子ミステリーとは。
確かに海外ミステリ活性化のために立ち上げられた翻訳ミステリー大賞シンジケートのHPでも金の女子ミスや腐女子系ミステリと云った、「女子」を前面に押し出したコラムが目立つのは確か。しかしそれよりもこのような女子限定のミステリガイドブックが編まれる一番大きいな要因は各地で行われる読書会の参加者が圧倒的に女性の比率が高いからに起因しているからではないだろうか? さて翻訳ミステリー大賞シンジケートでもひときわ目立つ存在が本書の編者大矢博子氏。そんな彼女が選ぶ女子ミステリーは今までのガイドブックでは決して選ばれないだろう作品がずらりと並ぶ。 詳細のラインナップは実際に本書を当たられたいが、正直食指が伸びるようなミステリ趣味に満ちた作品のように思えず、異性である私にとってはいささか没入度の低いラインナップとなっている。 しかし好みに合わないといって一蹴するのは本読みとしては失格である。百の選者がいれば百のラインナップがあり、千の選者がいれば千のラインナップがあるのが当然だからだ。本書は―是非はあるにせよ―女子ミステリーというテーマに特化した実にオリジナリティに溢れたガイドブックと云えよう。 |
No.42 | 7点 | 本格ミステリ・クロニクル300- 事典・ガイド | 2015/11/01 20:41 |
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2000年代の10年間の本格ミステリシーンを振り返ったガイドブック『本格ミステリ・ディケイド300』の前身となったのが本書。1987年から2002年の足掛け16年間の本格ミステリシーンを振り返っている。この中途半端な年代の意味はいわゆる新本格という新たな本格ミステリのムーヴメントが生まれた年、即ち綾辻行人が『十角館の殺人』でデビューした1987年から15周年経ったことを示している。綾辻以後の本格ミステリの発展と変容をつぶさに追っており、資料的にも実に興味深い内容となっている。
綾辻登場から新本格1期生と云われる法月綸太郎、歌野晶午、我孫子武丸に東京創元社からデビューしたもう1つの新本格の書き手、有栖川有栖と日常の謎という新たなジャンルをもたらした北村薫の登場、後を追うかの如く登場した二階堂黎人に京極夏彦と森博嗣の鮮烈なデビュー、そして巻末の評論に笠井潔に「脱格系」と称された佐藤友哉に浦賀和宏、西尾維新と作家の名前を挙げるだけで本格ミステリがその15年で辿った変容が解るのが興味深い。それらの激しい変容はまるでそれまでになかった新製品が世に出て急激に発展していくような右肩上がりの進化を見ているようだ。例えばテレビが発売され、白黒からカラーになり、そしてブラウン管から液晶へ、さらにアナログ放送からデジタル放送へと急激に変わっていったように。 そしてそれらのムーヴメントでは必ず多くの才能が結集するのだが、中には急激に大量化した作家群、作品群の中に一定のレベルにありながらもあまりにも迅い流れに追いつけず、埋没していった作家たちも数多いる。本書でもそれらの作家の作品が挙がっており、実に感慨深いものを感じた。 本書の内容は私の読書遍歴と当時のミステリシーンを追想するような形で読んだ。まず浮かんだ正直な感想は、「非常に懐かしい」だった。昔読んだ作品を改めてその存在意義と本格ミステリにおける価値を批評的に読むことで新たな知見を得ることもしばしばであった。 本書が刊行されたのは2002年で今なお文庫化されていない。このようなガイドブックは歴史的資料として非常に価値があるだけに、絶版化されることが運命づけられている単行本でしか刊行されていないのは非常にもったいない。そして刊行から13年経った今なお読んでもその内容には時代錯誤的な認識がなく、今に続く本格ミステリに通ずる源流を読み取ることができる(笠井氏の脱格・破格の名称はさすがに死語だと思ったが)。 早川書房から24年ぶりに海外ミステリ・ハンドブックやSFハンドブック、スパイ・冒険小説ハンドブックが新たに刊行されたり、マストリード100シリーズとして色んな趣向でミステリのガイドブックが刊行されたりとなぜか最近はガイドブック刊行が喧しい。そんな今だからこそ本書もまた文庫化されてはいかがだろうか。 しかし1990年の時点で既に積読本があることにショックを受けてしまった。ホント私の積読本は死ぬまでに捌けきれるのだろうか。それが一番の問題だ。 |
No.41 | 7点 | 東野圭吾公式ガイド- 事典・ガイド | 2015/09/12 23:19 |
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目玉は読者1万人による東野作品の人気投票ランキング結果だが、なんとこれはたった40ページ弱で纏められてしまい、21位以下の下位作品はタイトルと無差別に選出されたコメントが付されただけという、何とも期待外れな内容だった。
正直これだけならば壁本だったのだが、その後全ての作品についての東野圭吾が各所で語った自作コメントが付けられていたことで思わず振りかざした手を下すことが出来た。 ランキングについてここで詳細に語ることは避けるが、3位にあの作品が入っていることはかなり驚いた。やはりメディアの力は強いと云う事か。 本書のメインは第2部とも云える作者自身による全作品解説だ。とは云っても書き下ろしではなく、各所で語られた物を集めたものだが、それでも最近の作品では解説はおろか、あとがきもないため、この解説は当時の制作状況や作者の意図が解って実に有意義な内容だった。このガイドブックで挙げられている作品の中には未読作もあるので、ここに書かれた内容を頭において読むのもまた一興だろう。 ところでようやく2015年になって彼の隠れた傑作『天空の蜂』が映画化され、今公開中である。そんな「今」を知ってこのガイドに書かれた同作のコメントを読むと非常に感慨深いものを感じる。 しかし作家生活25周年記念でこのようなガイドブックが文庫版で編まれることが現在の東野人気の凄さを物語っている。彼の場合、ぽっと出のベストセラー作家ではなく、質の高い作品を書きながらもミステリファンにおいては高評価を得ながらも巷間では知られていなかった長い下積み生活を経てのブレイクだけに作家としての基盤がしっかりしており、簡単には揺らがない強さがある。実際出す作品の質は高いし、シリーズ物はどんどん深みを増している。 数十年後改訂版として再びガイドブックが編まれた時、ランキングがガラッと変わるような傑作が出される可能性が高いだけに今後の東野圭吾の作品に注目していきたい。 |
No.40 | 7点 | 泡坂妻夫 からくりを愛した男- 事典・ガイド | 2015/06/28 00:04 |
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最近電子書籍では再現できない紙書籍だからこそ成し得る仕掛け本『しあわせの書 迷探偵ヨギ ガンジーの心霊術』が話題になり、さらには造本する製本会社が倒産したために長らく復刊を切望されながらも実現されなかった幻の仕掛け本『生者と死者 酩探偵ヨギ ガンジーの透視術』をも復刊されることになり、泡坂再評価の気運が高まっている背景がこのようなムックの発行を後押ししたことは確かだろうが、それでも作者没後6年目にしてこのようなムックが作られたことはこの作家がいかに特異でミステリファンにとって忘れられない作家であったことかを物語っている。
泡坂妻夫が他のミステリ作家と一線を画すのはやはりその特異な経歴であることは論を俟たないだろう。 紋章上絵師という職人でありながら、マジシャン厚川昌男としても活躍し、マジック関係の書物も刊行しており、さらに今なお高い評価を維持し続けている亜愛一郎シリーズを代表とする本格ミステリの書き手でありながら、幻想的な男女の機微を扱ったミステリに江戸情緒溢れる時代物も書き、そして直木賞作家でもあるというまさに天は二物だけでなく三物も四物も与えた才能に溢れた人物であった。 とにかく泡坂愛に溢れたムックである。冒頭の北村薫氏×法月綸太郎氏の対談から一気に泡坂妻夫作品についてどっぷりつかって回想に耽ることができ、そこから各作家のエッセイに、著名人たちの泡坂作品ベスト3の選出と、恐らく一ファンなら誰もが理想とする読み物が目白押しだ。ダメ押しなのは幻影城に掲載されていた権田氏をインタビュワーにした赤川次郎氏と故栗本薫氏との座談会が掲載されていることだ。当時新人作家だったお三方が斯界の権威としてしゃちほこばってなく、初々しい素の姿で思う存分それぞれのミステリに対する思考や嗜好について語っているのだ。これを読めるだけでこのムックの価値はあるほどの充実した、そして貴重な内容だった。 ミステリファン、特にミステリ通に好まれた作家であった。従って決して万人に受けた作家ではなかったが、その作品群には珠玉の物や実験的な物や挑戦的な物が多かった。個人的には氏の古き日本文化への愛着と日本人の持つ粋という気質が色濃く反映されて日本情緒溢れる『ゆきなだれ』や『蔭桔梗』といった短編集が多くの人に読まれて欲しいと思う。今なお絶版であるのが悔しまれる。 |
No.39 | 7点 | 読み出したら止まらない!国内ミステリーマストリード100- 事典・ガイド | 2014/12/07 00:06 |
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本書に挙げる書物を挙げるにあたり、選者の千街氏はいくつかの縛りを設けている。
それまでのアンケート方式で綴られたオールタイムベストのガイドブック50位以内に選ばれた作品は殿堂入り作品として取り扱わない、毎年行われるランキング本で選ばれる作品の内、上位5位までの作品は対象外とする、しかも現在でも入手可能な作品とする、というこの3つの縛りに基づいて選ばれている。 確かにこれまでこの手のガイドブックは数多出版されているので、それらと一線を画すためにこのようなルールを設けるのは面白い趣向だと思う。 しかしそれが故にどこか選ばれた作品に閉塞感を覚えてしまうのも事実で、なぜこの作家のこの作品?と云うのがところどころあったのは否めない。 例えば綾辻作品で『迷路館の殺人』が選ばれているが、これは『時計館の殺人』だろう、とか髙村薫の作品がなぜ『李歐』?とか、真保作品は『震源』よりも他にあるだろう、とか東野圭吾で『天空の蜂』もいいが、世評では『悪意』だろう、などと個人的に思うことは多々あった。 また一方で千街氏ならではの選書もあり、例えば野阿梓氏の『兇天使』や高野史緒氏の『ムジカ・マキーナ』などは彼でないと選ばない作品だろう。 そういう意味ではかなり選者の好みが出たガイドブックである。ただ冠に「マストリード」とあるにしては、ちょっとその言葉の強さに比べて選ばれた作品の価値が等価であるかどうかは首を傾げてしまう所があると正直に云っておこう。また杉江氏同様、挙げられなかった作品を補完して紹介する第Ⅱ部の方がその筆致が熱いのには思わず苦笑してしまったが。 |
No.38 | 8点 | 読み出したら止まらない! 海外ミステリー マストリード100 - 事典・ガイド | 2014/08/20 00:12 |
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みなさんおっしゃられているように、本書は今までの海外ミステリのガイドブックに挙げられている名作とは異なり、絶版の多い海外ミステリの中でも今読者が手に入れることのできる作品を選出しているのが特徴的だ。
またさらに選者は配慮して海外ミステリに疎い、または抵抗のある読者に対して比較的読みやすい作品を選んでいる。そのため、作家のいわゆる代表作が挙げられているわけではない。それが本書の功罪であるのだが、私のように海外ミステリを長い間読んできた者にとっては逆に典型的に陥らず、実に新鮮であった。 しかし惜しむらくは各作品紹介における選者の“熱”が希薄であることだ。恐らく杉江氏はもっと語りたかったのであろう。それは歴戦の読者であり評論家である作者の素性を知っていれば当然の理解だ。しかし敢えて各作品について深く語ることをしなかった。これは海外ミステリ初心者に対する配慮ゆえだろうが、逆に海外ミステリ好きにとっては浅薄な印象を受けた。8点はこれに起因する。 恐らく杉江氏自身もその辺のさじ加減にフラストレーションを感じていたのでだろう。このようなガイドブックでは異色の第2部と称して、挙げられなかった、もしくは敢えて挙げなかった作品や作家についてかなりの筆を費やして語っている。しかしそれは逆に想いが強すぎてよく評論家が陥る作品と作家の列記に陥っているのは否めない。 しかし本書の意義は非常に深い。かつて海外ミステリに追いつけ、追い越せとばかりに日本のミステリ作家は切磋琢磨してきた。そして海外ミステリの新作がハードカバーで出版され、それらが売れていた時代があったのだ。しかし昨今は日本の読みやすいミステリのみを読んで育ってきたミステリ読者が非常に多く、海外ミステリを読んだことのないミステリ読者が蔓延しており、もはや海外ミステリの新作は文庫版でしかも1冊1,000円以上は当たり前と云った状況が続いている。この単価の高さは即ち海外ミステリの売れ行きの低さの表れなのだ。そんな絶望的な状況を打破すべく、前述のサイトを立ち上げ、さらに海外ミステリの読者層を拡げんがための本書なのだ。 ここでは敢えて本書に挙げられた作品については触れない。海外ミステリを長く読んできた者にとってはあまり目新しさを感じないガイドブックであることも正直にここに宣言しよう。しかし本書を読むことで海外ミステリに手を出してみようかなと1人でも思えば幸いである。 |
No.37 | 7点 | 本格ミステリ・ディケイド300- 事典・ガイド | 2013/12/07 01:55 |
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2001年から2010年の10年間に刊行された本格ミステリを俯瞰するという本書はいわゆる“ゼロ年代”の本格ミステリとはどんなものだったのかを振り返るのに最適の書である。特に感じたのはそれぞれの年で取り上げられている作品数が異なることだ。これはつまり頭数を揃えて無理矢理に標準作やちょっと毛色の変わった物を取り上げることをせずに、その年で語られるべき作品のみを取り上げるという意思の表れであろう。
全て読み終わった感想は、もう少し掘り下げが欲しかったというものだ。 1ページに2作を掲載するという構成ではどうしても語りたい内容に届くまでに終わってしまう感があり、充実感に一歩届かなかった。本書ではその年の最も重要な1作と思える作品について1ページを割いて語っているが、私の個人的な感想を云えば、最低各作品1ページを割き、重要な作品については見開き2ページで存分に語る、『本格ミステリ・ベスト10』方式にしてほしかったのが本音。 今までガイドブックの類を読めば、読みたいと思った作家が増えていったのだが―それが今の私の積読の山を築いているのだが―本書ではそれがなかったのが正直寂しい。これは私の読書範囲が狭小になりつつあるのか保守的になりつつあるのか。いやそうではなく、やはりこれは食指が伸びるほどの作品がなかったのだと思いたい。 もっと刺激的かつ読書意欲をそそるガイドブックを探偵小説研究会には期待したい。 |
No.36 | 7点 | 東西ミステリーベスト100(死ぬまで使えるブックガイド)- 事典・ガイド | 2013/08/08 22:51 |
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意外にもアンケート結果は前回から大幅に異なることにならなかった。
国内に至っては1,2位は前回と同じだ。3位に島田荘司の『占星術殺人事件』がランクインしたのは快挙だし、このアンケートの意義を感じさせる。海外はクリスティが1位を獲得。前回1位の『Yの悲劇』は2位に甘んじた。 その他詳しいランキングについては本書に付されている座談会に詳しいのでそちらに譲るが基本的に27年経っても読者の嗜好は変わらないのだということを再認識した次第だ。確かに現在は本格ミステリの勢いがあり、前作のランキングに多く見られたハードボイルドや冒険小説の類はほとんど鳴りを潜めている。とはいえこの結果はつぶさにランキングを見ないとなかなかに気づかない。それほど両者のランキングは似通っている。 即ち読者がミステリを読み始めた頃に得た驚きや愉悦の記憶、即ち黄金体験はなかなかぬぐえないほど鉄板なのだということだろう。 これはやはりミステリ読者が一生のうちに2,3回体験できるか解らないお祭りなのだ。そしてその結果はその時代性を語る上でも貴重な資料になり得る。 本書を手にしてぜひともミステリの森を散策してもらいたい。そしてミステリ愛読者ならばなぜその作品が選ばれたのかミステリとしての意義をぜひとも読み取ってもらいたい。ただ単純に面白いとだけで選ばれた作品ではない。本書のランキングに収められた作品はミステリの歴史に道標を築いたエポックメイキングな試みや大胆な発想が込められているからだ。 とはいえ勉強のための読書も面白くない。これからミステリを読もうという人は本書をきっかけにミステリ愛読者への一歩を踏み出して、数年後再びアンケートが行われた時に参加し、あるいはその結果を見て読書の思い出に浸り、誰かと語り合うようになれれば実に素敵ではないだろうか。 あとは各出版社のみなさんにここに収められているミステリ作品を歴史に遺すべく古典として絶版せぬよう文化の命脈を絶たないでほしい。本書にはそんなミステリの血道を繋ぐ大きな架け橋であると私は信じている。 さて次行われるのは何十年後だろうか。その時の結果もぜひ読みたいものだ。 |
No.35 | 7点 | この警察小説がすごい!ALL THE BEST- 事典・ガイド | 2013/02/10 22:09 |
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古今の警察小説について言及されており、古くは山田風太郎氏から近年では今話題の誉田哲也までランキングされているのが特徴的。オール・タイム・ベストの選出とはえてして各選出者の初期体験が脳内で美化されがちなため、昔の傑作が挙げられがちだが今回のベスト選出では横山秀夫氏の作品が多く選出されることになった。これは横山氏の作品がいかにエポックメイキングだったかを証明している。
しかし警察小説と云っても選者の価値観によってその定義は様々。先に述べた横山氏のD県警シリーズに代表される警察機構の泥臭い人間劇から本格ミステリ作家が刑事を主人公にしたシリーズ物まで幅広く語られている。確かに一概に警察小説と云ってもその定義は原則的に主人公を警察官もしくは刑事に設定した小説という曖昧さを備えているから、その解釈は千差万別だろう。 さらに巻末には警察組織と捜査本部の構成など、実際の警察小説の構成が一目で解るガイドが添えられている。これはミステリ、警察小説を書く作家志望の方々には実に有益な資料となることだろう。 しかし国内警察小説だけに触れられているのはいささか解せない。やはり海外警察小説についても均等に語られるべきであろう。もし次があるならばぜひとも海外作品についてもオール・タイム・ベストを選出してほしいものだ。 |
No.34 | 4点 | エラリー・クイーン Perfect Guide- 事典・ガイド | 2012/07/09 21:26 |
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エラリー・クイーン・ファンクラブが編んだエラリー・クイーン・ファンの、ファンによるガイドブック。つまりこれはクイーン礼賛の書であり、正しい意味でガイドブックではない。
クイーンの作品も他の作家の例に漏れず玉石混交で、必ずしもどれもが傑作、佳作ではない。もちろん凡作もあるわけだが、本書ではクイーンを愛するが故に、石も玉の如く誉める解説ばかりで正直クイーン作品を読んだ身としてみれば、鼻につくところがある。 しかし一方で私の読み方が浅かった、理解が足らなかったと気付かされる部分が案外あるのに気付かされた。未読のクイーン作品は残り少ないが、これらを今よりももっと深く読めるように気を付けていこう。 |
No.33 | 7点 | 世界ミステリ作家事典[ハードボイルド・警察小説・サスペンス篇]- 事典・ガイド | 2011/11/06 23:15 |
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前作はまさに労作という感が強かった。というのも日本未紹介作家もふんだんに紹介され、その後の論創社ミステリ叢書の刊行や国書刊行会の世界探偵小説全集の創刊に繋がる偉業となったからだ。
しかし同じシリーズでも本書においては[本格派篇]に比べるとエポックメイキング度が落ちるように感じてしまった。 まず前作が森氏一人の手によるまさに長年の労作であったのに対し、本書は複数の執筆者に依頼し、それを森氏が編集するという分業体制で作られていること。これが前作に比べるとそれぞれの作家の紹介文に個人差が見られ、温度差を感じてしまった。 またハードボイルド、警察小説、サスペンスと広範に亘っているためか、どうも紹介されていない作家がいるように気がしてならない。例えばジョナサン・ケラーマンは紹介されていてもその妻のフェイ・ケラーマンは収録されていないし、トレヴェニアンもミッチェル・スミスも入っていない。 ネルソン・デミルやデイヴィッド・マレルやブライアン・フリーマントルといった作家が無いのは作家事典シリーズで今後冒険小説・国際謀略小説篇が編まれるかもしれないが、とにかく思いつくだけでもかなり割愛されているように感じてしまう。 こういう帯に短し襷に長し的な仕事をするのであれば、3つのジャンルのうち2つに絞ってもっと掘り下げた内容で刊行してほしかったというのが本音だ。 また刊行されたのは2003年だがその後未刊行のハードボイルド、警察小説、サスペンス小説の紹介が促進されたという感触が無い。これが本書をさらに前作よりも一段劣っていると感じる所以だ。 しかし文句ばかり云ってもしょうがない。そうは云っても大変な労作であるのは間違いが無い。こういう仕事は誰かがやらなければならなかったことで、その苦労と労力を考えるとなかなか二の足を踏むような仕事である。そこに敢えて踏み込み、また旗振り役の森氏に賛同して編集に参加した執筆陣の志の高さは賞賛すべきだろう。 |
No.32 | 9点 | 本格ミステリ・フラッシュバック- 事典・ガイド | 2011/02/27 01:34 |
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清張以後=綾辻以前の期間1957年から1987年までに発表された本格ミステリの秀作を作家と共に一冊に纏めたのが本書。
新本格ムーヴメント以前のミステリ界は社会派ばかりが発表されて本格ミステリを書くこと自体が罪であり、売れない小説を書くことが出版社からも許されなかったと云われていたその期間にこれほど多くの作家と本格作品が生み出されているとは今でも思わなかった。いかに先入観を植え付けられていたかという証拠だろう。 日本のミステリ史の資料としてだけでなく、なにより洪水の如く生み出される出版物の荒波の中に葬り去られるには惜しい隠れた名作を思い出させるためにも実に貴重な1冊だ。 正に好著。ずっと手元に置き、自分に合った新たな作家の発掘に役立てよう。 |
No.31 | 7点 | もっとすごい!!『このミステリーがすごい!』 - 事典・ガイド | 2010/11/21 22:45 |
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特に驚いたのはベスト・オブ・ベストの結果が10周年記念の時の結果と大差なかったことだ。これはどういうことなのだろう?
なんせ20年を総括するベスト・オブ・ベストの選出である。自分にとって大きな感動を与えてくれた、驚きを与えてくれた、読書人生のきっかけを作ってくれた1冊を選ぶのは選者の気持ちとして当然だろう。私でも間違いなくそうする。作品としてのクオリティよりも選者の思い入れが強く入った結果と捉えるのが妥当だろう。 この20年間のミステリシーンを調べるのに最良の資料となる本書。今後の私のミステリの旅は本書を片手に続いていくだろう。そしてそれに想いを馳せるとこの上もなく幸せを感じてしまうのである。 |
No.30 | 10点 | 世界ミステリ作家事典 [本格派篇]- 事典・ガイド | 2010/11/14 21:39 |
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まさに全てのミステリファン必携の書。
こういう仕事は誰かがやらねばならなかった。日本のミステリ史の編纂でさえ、あの中島河太郎をもってしても成し遂げずに道半ばにして他界した。 しかし森氏はさらに広範な世界ミステリの作家事典を編むことを成し遂げた。しかも当時40歳という若さで。まさに驚嘆に値する。日本ミステリ界に森英俊氏を得た事は途轍もない幸運だと思うし、また至宝として扱うべきである。 恐らく本人はものすごい苦労をかけただろう。しかしそれが苦労であるとは感じなかったはずだ。半ば嬉々としながら作業をしていたはずだ。それはその続きの[ハードボイルド・警察小説・サスペンス篇]が数年後に編まれた事からも明らかだ。 本作の功績は刊行後国書刊行会が、そして8年後、論創社がミステリ叢書シリーズとしてこの森氏が掲げたまだ見ぬ傑作群を続々と訳出している事からも証明されている。そして森氏の掲げた作家にはまだまだ紹介されていない作家が山ほどいるのだ。 特に`97年当時に名前さえ知られていない作家達を積極的に物量的にもかなり多く紹介している事が世のミステリ読者の触手を動かして止まないのだ。 恐らく日本ミステリ一辺倒の方々には何の興味も持たない1冊かもしれない。しかしミステリを愛する者、特に海外ミステリをこよなく愛する者にとっては垂涎の書であるのは間違いない。なぜなら私がそうだからだ。7,000円は正直安いと思う。 正に森氏でなければ成し遂げられなかった仕事。今後この事典がせめて10年に一度は改訂される事を期待したい。そしていずれは彼の衣鉢を継ぐ者が現れんことを心の底から祈らずにいられない。 |