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ROM大臣さん
平均点: 6.07点 書評数: 149件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.149 7点 マークスの山- 高村薫 2024/09/03 13:47
昭和五十一年に北岳で起こった事件が十六年後、東京での連続殺人事件を呼んだ。狂気に支配された残虐な殺人鬼マークス。刑事の合田は、上層部の圧力を不審に思いながらも、マークスに近づいていった。
合田のみならず、個々の登場人物に濃密な背景と性格が与えられている。特に三年ごとに「暗い山」と「明るい山」が交互に精神に現れるという殺人者マークスと、彼を庇護する女性看護師の描写は圧巻。
もう一つの魅力は、功名争いや政治的圧力など、警察組織に巣くう暗部を徹底的に描いた点だ。焦り、嫉妬、奸計、怒りが得難い迫力を生んでいる。

No.148 6点 湿地- アーナルデュル・インドリダソン 2024/09/03 13:40
アイスランドの首都・レイキャヴィクの一角にある集合住宅で老人が殺された。現場に残されたメッセージや、引き出しの奥から発見された写真を手掛かりに、犯罪捜査官・エーレンデュルが仲間とともに真相を追う。
一見、勤勉で優しい人々の穏やかな暮らしは、この殺人事件によって人間関係が、アイスランドの特徴を帯びて浮き彫りになる。アイスランドの歴史、文化、そして人々の悩み苦しむ表情が見事に見せてくれる。

No.147 6点 デカルトの密室- 瀬名秀明 2024/09/03 13:36
「私を思考する私」を人間の究極の条件とした哲学者に倣って、自己意識を閉じ込める脳をデカルトの密室と呼ぶ。意識はこの密室を出ることができるのか。これが本書の根本のテーマである。
物語は、あるロボットが天才女性科学者を殺した事件から始まる。高度化されたロボットが、プログラムによらず自分の意志で人間を殺したとしたら、それこそ意識がデカルトの密室を脱出するチャンスではないか。真犯人は誰かという謎とともに、人間とは何か、機械に意識はありうるかという問題に踏み込んでいく。
ロボット工学の実践的最前線と、意識をめぐる抽象的な思弁がダイレクトに結びついた刺激的な作品。

No.146 6点 Self-Reference ENGINE- 円城塔 2024/07/29 14:27
イベントを境に時間の進みは乱雑になり、因果律は乱れ、もはや世界となってしまった巨大知生体たちは互いに演算戦争を繰り広げる。ものすごい速度と密度で披露されるアイデアとギャグに圧倒される。本作の難解さは、膨大な情報量によるところも大きいが、大質的には原理的な理解不可能性に立脚している。そして理解できないことこそが、本作を理解するための糸口にもなっている。
いかに緻密に構成しようとも、そこに含まれないものが存在する。つまり、「全ての可能な文字列」に含まれない文字列が必ず存在する。「私は存在していない」と主張する存在、これがSREである。

No.145 7点 未来からの脱出- 小林泰三 2024/07/29 14:19
主人公のサブロウは、ある施設でいつからか暮らしている百歳ぐらいの老人。その施設には彼と同じような老人が大勢入居しており、職員たちはなぜか、どこの国のものでもない言語をしゃべる。数日前の出来事が思い出せないほど記憶力が覚束ない状態のサブロウは、自身の日記帳に何者かの奇妙なメッセージを発見する。それは、施設からの脱出を唆すような内容だった。
サブロウは施設の入居者の中から、情報収集担当のエリザ、戦略担当のドック、技術担当のミッチという仲間を集め、職員たちに悟られぬよう用心深く脱走計画を練る。といっても、サブロウの記憶力が不確かである以上、仲間とのコミュニケーション自体が一苦労。
物語は思ったよりもスピーディーに進行し、まさかのタイミングで起こる密室殺人、終盤の目まぐるしいどんでん返しなど、ミステリとしての読みどころが多い一冊となっている。

No.144 7点 祈りも涙も忘れていた- 伊兼源太郎 2024/07/29 14:07
V県警に赴任した若手キャリア警察官の甲斐は、ベテラン刑事たちに翻弄されながらも、管理官としての主導権を確立していく。一方、次々と発生する凄惨な殺人の背後には、県内の政財界を揺るがす大物が関わっていた。
一昔前のハードボイルド小説を思わせる主人公の語りも、日本語の日常会話にしては気が利きすぎている台詞も心地よい。若手キャリアとして海千山千のベテランたちと向き合う、主人公の成長と変容も本書の魅力だ。
個々の登場人物も記憶に残る。その言動が伏線として働き、後に驚きをもたらす構造も、そして喪失と苦味に満ちた読後の余韻も忘れ難い。

No.143 5点 あさとほ- 新名智 2024/07/01 15:22
指導教授の突然の失踪に動揺する女子学生は、以前にも同様の事件が起こっていたことを知る。二つの事件の共通点を探るうち「あさとほ」と呼ばれる、怪しい経緯で写本が発見された平家物語の存在が浮かび上がる。
伝播してきた物語が読む者、関わる者に怪事を引き起こすという、いかにも怪談らしい展開はSF的ともいえる「生態」に転じ、物語と世界の関係を提示する。
謎を追う主人公の動機に切実性を与える設定から生まれるドラマは、いささか型通りだが実はその型通りであること自体に意味あるという企みをはらんだ物語。

No.142 6点 錬金術師の密室- 紺野天龍 2024/07/01 15:13
秘術である錬金術と、よりポピュラーな変成術が存在する架空世界を舞台にしたファンタジーミステリ。
アスタルト王国の軍人エミリアは、軍務省錬金術対策室室長で自らも錬金術のテレサ・パラケルススに従って水上蒸気都市トリスメギストスへと赴いた。世界に七人しかいない錬金術師のうちの一人である。フェルディナント三世が、前人未到の不老不死を実現したというのだ。だが公開式の前夜、三重密室の中で惨劇が起き、テレサに嫌疑がかかってしまう。
傍若無人にもほどがあるテレサと生真面目なエミリアという互いに反りが合わない二人が、反感をぶつけ合いながらも、協力して事件解決に挑むプロセスがコミカルな風味を醸し出している。重要容疑者とされたテレサの処刑までのわずかな時間の間に真犯人を挙げなければならないというタイムリミット・サスペンスの要素あり、冒険小説テイストありで盛りだくさんな展開。肝心の密室トリックは、大体見当がつくものの、それだけにはとどまらないどんでん返しが用意されており、最後まで楽しませてくれる。

No.141 5点 詐欺師は天使の顔をして- 斜線堂有紀 2024/07/01 15:04
イカサマ霊能力者の子規冴昼が、突然失踪してから三年がたった。彼と組んで霊能詐欺をプロデュースしていた呉塚要は、ある電話ボックスから出た瞬間に、今まで住んでいた世界と似て非なる異界に紛れ込んでしまう。その世界で、冴昼は殺人の冤罪を着せられていた。
作中の二つのエピソードの舞台となるのは、皆がサイコキネシスを使えるのが当たり前の世界と、死んだ人間が幽霊になって蘇る世界。特殊設定ならではの動機やトリック、都合のいい決着をつけるための詭弁的推理と、いかにも現代本格らしい要素のてんこ盛り状態だが、特に作者の本領発揮なのは、異界を転々とするかつての相棒・冴昼を追い続ける要の異様なまでの執心。両者が互いに向けたいびつで純粋な感情が浮かび上がるエピローグが印象的。

No.140 5点 猿神- 太田忠司 2024/05/28 12:47
作者の実体験をもとに、バブル期の闇とその背後に見え隠れする怪異を描く。
生産ラインの停止という強迫観念に囚われるあまり異常な状況もごく当たり前に受け入れ、破局に向かって進んでいく心象風景は、日本社会が今に至るまで繰り返してきた、きわめて現実的な恐怖だが、そこに古よりの忌地に潜む正体不明の存在が二重映しになることで、出て行きたくても出て行けない幽霊屋敷譚の変種へと昇華される。ホラーが現実を歪めて映し出し、現実がホラーにリアリティを与える社会派ホラーの異色作。

No.139 6点 ほねがらみ- 芦花公園 2024/05/28 12:41
投稿サイト発の厭な伝播系ホラー。
呪いや祟りにまつわる蒐集成果の各種テキストは実話タッチ、民族モチーフで読ませるが、それらが組み合わさって巨大な恐怖が次第に構築されていく。
実話系やネット怪談があらかじめ原理的に内包する虚構性に対して、きわめて自覚的な、というより興味の在処が虚構にこそあるメタ志向。だから恐怖の行方もまた、虚構だからこその捻じれた伝奇的地点に到達する。

No.138 7点 少女たちは夜歩く- 宇佐美まこと 2024/05/28 12:34
作者の故郷・松山をモデルにした、中心に城山がそびえる城下町を舞台に様々な人物、事件、そして怪異が時系列の下で交錯していく。
情痴譚や夫婦の破綻、あるいは親子の葛藤、DVDといった日常の出来事から絵画怪談、凶暴なイマジナリーフレンド、死者が見える女、昆虫奇譚まで、人為と怪異は各エピソードごとどころか、それぞれのエピソードの内ですら、しばしば併存し絡み合う。
そしてそれらが錯綜することで形作られていく物語の全体像はしかし、細部の部分的関係性がくっきりするだけで、明確な輪郭を一向に持たない。そこに築かれるのはまさに、中心に不可解な暗闇を堪えて、さまざまな人間が随所で交錯しながらランダムに生きている街そのもの。ミステリなら絵をきれいにまとめ上げるところを、まとまらずに開いていくのがホラーの醍醐味である。

No.137 6点 営繕かるかや怪異譚その弐- 小野不由美 2024/05/28 12:25
住人を悩ます家に発生する怪異を営繕によって鎮めるシリーズの第二弾。
魅入られた者を死へと誘う芸者の死霊や、幼い息子の許を夜な夜な訪れて死んだはずの猫、背後から次第に近づいてくる溺死した幼馴染み、古民家に暮らす女の神経を苛む古道具の障り、屋根裏に棲み憑くグロテスクな死者の霊など、恐怖から哀切さやノスタルジーまで、さまざまな怪異のバリエーションとその真相が捻りを利かせた巧みなプロットによって語られる。その中で、営繕という行為が異界との間に開いた裂け目を修復するのみならず、当事者の心の綻びまでをも繕っていくという展開が秀逸。

No.136 5点 そこに無い家に呼ばれる- 三津田信三 2024/05/28 12:15
怪異マニアの遺した膨大な資料から興味深い事例をピックアップする幽霊屋敷シリーズの第三弾。
新興住宅地の一軒家に住むことになった青年は、近隣から忌まれる隣の空き地にある夜、無いはずの家が建っているのを目撃する。
無作為に集められた怪異群が次第に連関していく関係妄想的な恐怖と、にもかかわらずその中心にあるものの実体は不明であるという底無しの不気味さ。そしてテキスト外の現実、ひいては読者まで巻き込んでいくメタ趣向が今回も駆使されているが、一見そのメタを放棄したのかと思わされるほどに手の込んだ悪意が横溢する業の深い一編。

No.135 9点 テスカトリポカ- 佐藤究 2024/03/25 13:33
やくざの父とメキシコ人の母との間に生まれたコシモと、メキシコで麻薬カルテルの抗争に敗れ臓器密売で再起を図るバルミロ。二人の運命は日本で交わる。
資本主義の裏側に張り付く暗黒を抉る筆致が容赦ない。犯罪者が利用するシステムの狭間、そこに堕ちた人間の心理、それを救い上げる組織など、闇の構造を執拗に描く。そして何より印象的なのが、全編に吹くアステカの風。登場人物たちに吹き込まれた古代の神々の息吹が、本作を闇の神話へと押し上げている。

No.134 5点 桃色東京塔- 柴田よしき 2024/03/25 13:24
各編が独立した物語だが、全体として警察庁の刑事・黒田岳彦と、ある過疎村の女性刑事・小倉日菜子の微妙な交情が通奏低音を奏でる。この二人が、ある事件をきっかけに知り合い、互いに惹かれていく過程が、ゆったりとしたペースで描かれる。
活劇シーンやラブシーンひとつない淡々とした筆運びなのに、二人が登場する場面は情感豊かで胸にしみてくる。これは警察小説の形を借りた、二人の男女の自己再生の物語ともいえる。

No.133 7点 制服捜査- 佐々木譲 2024/03/25 13:18
舞台は北海道内に設定された架空の田舎町、志茂別町。主人公は、機構改革による強制異動で、札幌から駐在所の制服勤務へ転任させられた、元私服刑事の川久保篤巡査部長。
失踪、傷害、殺人と、小さな町にしてはいろいろ事件が起こるが、町の人間から犯罪者を出すのを嫌がる閉鎖的な有力者たちが、川久保の前に立ち塞がる。それを脅したりすかしたりしながら、事件解決に向けて努力する川久保の姿には、他の警察小説にない独特の味わいがある。特に十三年前の幼児失踪事件を扱った「仮装祭」が、サスペンスと謎に満ちた力作である。

No.132 6点 放課後の嘘つきたち- 酒井田寛太郎 2024/02/19 13:11
文武両道の英印高校には、部活間のもめごとの解決を担う「部活連絡会」が存在する。そこに集まったメンバーが学園内で起こる事件を解決するのが共通パターン。「不正と憂鬱」では部活動連絡会の役員は、まだ生物学研究会の真琴のみしかいない。演劇部が絡んだと目される、テストのカンニング行為を調査すべく真琴は幼馴染でボクシング部に所属する蔵元に助けを求める。
発想の転換による真相の解明に、さらにもう一捻りを加えて作品に深い苦みをにじませる構成がいい。少年少女が世界は決して優しくは出来ていないことを知る物語は青春小説の定番であるが、それをミステリの形でうまく描いている。
本作の主要人物は、心に傷を持った人間として造形されている。彼ら自身の物語の進展もまた、作品に厚みを与える重要な要素となっている。

No.131 6点 地獄への近道- 逢坂剛 2024/02/19 12:59
バーから姿を消した女を負った斉木と梢田が薬物取引と思われる現場を目撃する「影のない女」、二人がラーメン屋とタウン誌の広告出稿に絡んだ争いに介入する「天使の夜」、街中で梢田に声をかけてきた見知らぬ少女の思惑に迫る「少女M」、上映作品が当日まで明かされない会員制ミニシアターの秘密が明らかになる表題作。
斉木と梢田の関係に象徴されるように、どこか戯画化された世界観が本シリーズを支えている。逢坂が様々な作品で舞台にしている神保町でもここで描かれる街の姿は、ちょっとした非現実感を伴って作中に現れるのだ。各話の真相は、それ自体が不可思議なもので、とりわけ表題作は強烈な印象を残すホワイダニっトになっている。

No.130 6点 風よ僕らの前髪を- 弥生小夜子 2024/02/19 12:52
探偵の経験のある主人公・悠紀が伯母の高子から奇妙な依頼を受ける。散歩中に殺害された夫を殺したのが、養子の志史ではないと証明してほしいと高子は請うのである。その矢先、志史の実の父・斉木が死んだとの報せが高子からもたらされる。斉木の死を追ううちに悠紀は、志史と関係の深い理都という青年の存在に行き当たり、彼の周辺で不審死が相次いでいることを知る。
二人の人物が中心となって構成される複雑で異様な人間関係。絡み合う因果の中で暗く輝く二つの星が浮かび上がった時点で、真相を導く構造に思い当たる人もいるだろう。だが、それで興趣が削がれることはない。動機に繋がるであろう謎が次々と浮かび上がってくるからだ。人間を多角的に造形する流麗な筆致で容疑者たちの心模様が描かれるなかに、鮮やかにちりばめられている。

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