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ROM大臣さん
平均点: 6.07点 書評数: 135件

プロフィール高評価と近い人 | 書評 | おすすめ

No.135 9点 テスカトリポカ- 佐藤究 2024/03/25 13:33
やくざの父とメキシコ人の母との間に生まれたコシモと、メキシコで麻薬カルテルの抗争に敗れ臓器密売で再起を図るバルミロ。二人の運命は日本で交わる。
資本主義の裏側に張り付く暗黒を抉る筆致が容赦ない。犯罪者が利用するシステムの狭間、そこに堕ちた人間の心理、それを救い上げる組織など、闇の構造を執拗に描く。そして何より印象的なのが、全編に吹くアステカの風。登場人物たちに吹き込まれた古代の神々の息吹が、本作を闇の神話へと押し上げている。

No.134 5点 桃色東京塔- 柴田よしき 2024/03/25 13:24
各編が独立した物語だが、全体として警察庁の刑事・黒田岳彦と、ある過疎村の女性刑事・小倉日菜子の微妙な交情が通奏低音を奏でる。この二人が、ある事件をきっかけに知り合い、互いに惹かれていく過程が、ゆったりとしたペースで描かれる。
活劇シーンやラブシーンひとつない淡々とした筆運びなのに、二人が登場する場面は情感豊かで胸にしみてくる。これは警察小説の形を借りた、二人の男女の自己再生の物語ともいえる。

No.133 7点 制服捜査- 佐々木譲 2024/03/25 13:18
舞台は北海道内に設定された架空の田舎町、志茂別町。主人公は、機構改革による強制異動で、札幌から駐在所の制服勤務へ転任させられた、元私服刑事の川久保篤巡査部長。
失踪、傷害、殺人と、小さな町にしてはいろいろ事件が起こるが、町の人間から犯罪者を出すのを嫌がる閉鎖的な有力者たちが、川久保の前に立ち塞がる。それを脅したりすかしたりしながら、事件解決に向けて努力する川久保の姿には、他の警察小説にない独特の味わいがある。特に十三年前の幼児失踪事件を扱った「仮装祭」が、サスペンスと謎に満ちた力作である。

No.132 6点 放課後の嘘つきたち- 酒井田寛太郎 2024/02/19 13:11
文武両道の英印高校には、部活間のもめごとの解決を担う「部活連絡会」が存在する。そこに集まったメンバーが学園内で起こる事件を解決するのが共通パターン。「不正と憂鬱」では部活動連絡会の役員は、まだ生物学研究会の真琴のみしかいない。演劇部が絡んだと目される、テストのカンニング行為を調査すべく真琴は幼馴染でボクシング部に所属する蔵元に助けを求める。
発想の転換による真相の解明に、さらにもう一捻りを加えて作品に深い苦みをにじませる構成がいい。少年少女が世界は決して優しくは出来ていないことを知る物語は青春小説の定番であるが、それをミステリの形でうまく描いている。
本作の主要人物は、心に傷を持った人間として造形されている。彼ら自身の物語の進展もまた、作品に厚みを与える重要な要素となっている。

No.131 6点 地獄への近道- 逢坂剛 2024/02/19 12:59
バーから姿を消した女を負った斉木と梢田が薬物取引と思われる現場を目撃する「影のない女」、二人がラーメン屋とタウン誌の広告出稿に絡んだ争いに介入する「天使の夜」、街中で梢田に声をかけてきた見知らぬ少女の思惑に迫る「少女M」、上映作品が当日まで明かされない会員制ミニシアターの秘密が明らかになる表題作。
斉木と梢田の関係に象徴されるように、どこか戯画化された世界観が本シリーズを支えている。逢坂が様々な作品で舞台にしている神保町でもここで描かれる街の姿は、ちょっとした非現実感を伴って作中に現れるのだ。各話の真相は、それ自体が不可思議なもので、とりわけ表題作は強烈な印象を残すホワイダニっトになっている。

No.130 6点 風よ僕らの前髪を- 弥生小夜子 2024/02/19 12:52
探偵の経験のある主人公・悠紀が伯母の高子から奇妙な依頼を受ける。散歩中に殺害された夫を殺したのが、養子の志史ではないと証明してほしいと高子は請うのである。その矢先、志史の実の父・斉木が死んだとの報せが高子からもたらされる。斉木の死を追ううちに悠紀は、志史と関係の深い理都という青年の存在に行き当たり、彼の周辺で不審死が相次いでいることを知る。
二人の人物が中心となって構成される複雑で異様な人間関係。絡み合う因果の中で暗く輝く二つの星が浮かび上がった時点で、真相を導く構造に思い当たる人もいるだろう。だが、それで興趣が削がれることはない。動機に繋がるであろう謎が次々と浮かび上がってくるからだ。人間を多角的に造形する流麗な筆致で容疑者たちの心模様が描かれるなかに、鮮やかにちりばめられている。

No.129 6点 ファイナルガール・サポート・グループ- グレイディ・ヘンドリクス 2023/11/30 13:44
八〇年代を中心に流行した殺人鬼映画群が、現実の事件を映画化しているというパラレルワールド的なメタ趣向。
「悪魔のいけにえ」や「13日の金曜日」など人気シリーズと、それに対するマニアの耽溺が人生を破壊された被害者の現実と重ね合わされることで、そこには暴力が蔓延し、連鎖していくアメリカ、ひいては現代社会の歪みが映し出されるのみならず、物語の中で無造作に消費される死へのアンチテーゼもまた一個の人間であるという問題意識も浮かび上がる。それは翻って現実の犯罪消費へと向けられるものである。

No.128 8点 星の牢獄- 谺健二 2023/11/30 13:38
流星の鑑賞のために天文台に集まった人々が、次々に殺されていく謎を追う特殊設定ミステリ。
この小説の特殊設定は、状況ではなく探偵にある。というのも、この小説の探偵役は地球を調査しにやってきた宇宙人なのだ。宇宙人なのでサイコメトリーで過去のことがわかるし、瞬間移動で密室を破れるという、探偵としてかなり理想的な能力を持っている。
だが所々で宇宙人であるが故の感性の違いや、アクシデントによってその能力は生かされない。探偵に超常的な能力を持たせた上で、ミステリを成立させる理想的な塩梅がこの小説にはある。この物語特有の大胆なトリックも魅力的で忘れられない。

No.127 5点 昏い部屋- ミネット・ウォルターズ 2023/11/30 13:32
ヒロインのジンクスは、車が激突する寸前に車外に投げ出され、奇跡的に一命を取り留める。過去数日間の記憶を失い、彼女が病室で目を覚ましたところから物語は始まる。
ジンクスは誇り高く聡明で自分自身を頼みにし、人生に強い愛着を持っているが孤独だ。義理の母親たちと弟たちに対するもつれた感情、友人たちの間に横たわる溝、父親たちとの緊張感をはらんだ関係。裏切られ、傷つけられ、再び痛手を受けることを恐れている。それでもジンクスは彼女の独特のやり方で、周囲の人々に愛を注ぎ続けているのがよく分かる。
閉ざされた記憶、疑惑の渦、窺い知れない人間の心、つまりは「昏い部屋」の中に一筋輝くものが見える。

No.126 5点 月の裏側- 恩田陸 2023/11/30 13:24
九州のとある水郷都市へやってきた塚本多門が、遭遇する異常体験。一旦行方不明になった人々は、その記憶のないまま戻ってきて普通の生活に戻っている。
ある日、猫が人間の耳の形をした異物を咥えて多門の前に現れる。弟夫妻が同様の失踪と復帰を経験した元大学教授の三隅協一郎は、ここでは「人間もどき」が作られていると言って多門を驚かせる。
ジャック・フィニィの「盗まれた街」に触発されて書かれたという作品で、水郷の街という日本的な陰影に富んだサスペンスとモダンホラーを絡ませ、ファンタジーの世界へ導いていくれる。ただ、胸のすくような解決はない。それを良しとするかしないかで、評価は分かれるだろう。

No.125 5点 煙で描いた肖像画- ビル・S・バリンジャー 2023/11/30 13:17
主人公はシカゴに住む取り立て代行業者の青年。彼は祖父の遺産を元にある取り立て代理店を買収するが、引き継いだ未収金のファイルの中に気になる女を見つける。ファイルには女が美人コンテストに優勝した時の新聞の記事の切り抜きがあって、その写真を見た時、彼は驚いた。それは彼がハイティーンの頃、一目惚れした美少女だったのだ。
舞台は第二次大戦後のシカゴ。一つはその後の彼女を時間ごとに追っていく青年のストーリー、もう一つは男を利用して上流階級へと階段をのぼっていく女のストーリー。交互に語られる二つのストーリーが最後に合流した時、思いもよらぬ結末が待っていた。時代設定ほど古臭く感じないし、ほどほどにレトロな雰囲気が好ましい。

No.124 5点 モダンタイムス- 伊坂幸太郎 2023/10/18 15:55
時は二十一世紀半ば。システムエンジニアである主人公は、特定のキーワードで検索をかけた者たちが、何者かに監視され襲撃されている事実を知り、解明に乗り出した結果、追いつ追われつの大活劇に巻き込まれる。
ついに黒幕と思しきカリスマ的人物に迫ったところで謎は明かされる。それは国家がらみの陰謀なのだが、そこで展開される国家論が本作の読みどころの一つだ。
本作は「魔王」の続編である。カリスマを熱狂的に求める社会の空気を描いた「魔王」では、支配されたがる一般の人々と、強権で支配するカリスマとの、共犯関係に焦点が当てられた。ところが本作では、カリスマもそれを支配する民も、国家というシステムの部品にすぎない。この変化が個人の持つ特権を自ら国家に委ねてしまった結果、現れたものと映った。
だが、クライマックスでは一度は無力感に打ちのめされそうになった主人公たちが、無駄に終わることを覚悟で陰謀に反撃を加える。足掻くという意思こそが、個人を守る鍵なのだと伝わってくる。

No.123 5点 がん消滅の罠 暗殺腫瘍- 岩木一麻 2023/10/18 15:41
デビュー作「がん消滅の罠 完全寛解の謎」の続編。ある日夏目は、高校時代からの友人である森川雄一から奇妙な話を聞かされた。森川の勤める生命保険会社で契約を締結してからまだ日が浅い複数の顧客が、相次いで同じ種類の皮膚癌だと診断されたというのである。
人工的に癌を発症させることが果たして出来るのか、という謎がまず提示される。それを追求していく過程で浮き彫りにされるのが、癌患者など救いを求める人を喰い物にする代替医療の実態である。弱みに付け込んで金をむしり取るだけではなく、適切な医療処置を受けることを怠らせて、救える命を失わせているのだとしたら、それは殺人行為と呼ぶ者もいるだろう。
ある殺人事件を軸にしながら、作者は代替医療をめぐる人間模様を描き出していく。スリラー的展開は読みごたえがあり、不正に対する強い怒りも感じられる作品である。

No.122 7点 死まで139歩- ポール・アルテ 2023/10/18 15:31
一九四〇年代末、法学士のネヴィルは、謎の女と嗄れ声の人物が暗号めいた会話を交わしているのを耳にした。また、ロンドン警視庁のハースト警部と犯罪学者ツイスト博士のもとに現れたパクストンという男は、嗄れ声の人物によって毎日封筒を運ぶ仕事のために雇われたが、その中身は白紙だったと語る。やがてパクストンが殺害され、現場には六足の靴が並べられていた。一方、ロンドンは無数の靴だらけの屋敷で、五年前に死んだ男の遺体が発見されたが、現場は完全な密室であるのみならず、床には埃が積もっていて、遺体を運び込むことは不可能だった。
現場に犯人が近づいた痕跡がない「足跡のない死体」というシチュエーションを、作者は異様な執着すら感じさせるほど好んでいるが、本書ほど奇抜なシチュエーションが提示された例はないだろう。本当に解けるのか不安になるくらい不可解な謎は、ツイスト博士の推理によって確かに解き明かされる。だが、そこに説得力を覚えるかどうかは意見が割れるだろう。

No.121 5点 アフター・サイレンス- 本多孝好 2023/10/18 15:22
刑事事件の被害者やその家族と面談するカウンセラー・高階唯子が主人公。彼女の仕事はクライエントが胸に秘めた思いの「傾聴者」となり、「語るべき言葉」を引き出すことで回復の礎を作ること。
全五編中の白眉は、「迷い子の足跡」。未成年誘拐の被害者である高校生の少女が警察に語った犯人像は、信憑性に欠けるものだった。存在の尻尾すら掴めない、いわば「幻の男」だったのだ。唯子は、実母も含めた他の大人たちがみな疑う証言を信じ、少女の人間性を深く理解することで事件の真相に近づいていく。
記憶とは、唯一絶対のものではない。自他の心理の介入によって、たやすく書き換えられてしまう。だから傷つきもするが、だからこそ救われることもある。ミステリとしては座り心地の悪い結末となっているが、そこにメッセージは宿る。

No.120 6点 満鉄探偵 欧亜急行の殺人- 山本巧次 2023/10/18 15:11
舞台は日中戦争前夜、昭和十一年の満州。南満州鉄道株式会社の資料課に勤める詫間は、総裁・松岡洋右の密命を受けて、社内で相次ぐ機密書類の紛失事件を調査することに。
謎の美女にソ連のスパイ、さらには陸軍特務機関に憲兵隊の思惑が絡み合う中、真相を追う詫間は、大連からハルビンへと向かう欧亜急行に乗り込む。
題名通りに欧亜急行の中で殺人事件が起きる物語だが、殺人の謎解きよりも、国家や組織に関する利害関係が生み出す謀略の渦に重点を置いた作品である。これまでも鉄道を多く描いてきた作者だけに、豪華列車の旅の描写はいたって緻密だ。鉄道に限らず、時代の描写の物語の雰囲気も、予想を裏切ることのない作品である。

No.119 6点 青に候- 志水辰夫 2023/09/07 14:07
物語は、一人の若い侍が江戸に戻ったところから幕を開ける。彼の名は神山佐平。播州の小藩に召し抱えられていたが、家中の騒動に巻き込まれ家臣の一人を斬って追われる身に。秘密を握ったまま姿を消した同僚の行方を追う佐平を、何者かがつけ狙う。
大きな企みに巻き込まれた主人公がその企みに立ち向かい、危険に遭遇しながらも自分自身の道を開く。本書では、過去への視線と未来への行動とがバランスをとって物語を支えている。佐平の冒険は、「きのう」の事件に決着をつけるだけのものではない。自分自身の「あした」をつかみ取る旅でもある。
若い佐平の青さも、武家の生まれではなく、豪農の次男坊で絵師を志していたというその生い立ちも、そして幕末という激動を予感させる時代も、すべて未来を切り開く行動に重要な意味を与えている。それだけに、「あした」へと向かう最後のページが胸を打つ。

No.118 6点 スリープウォーカー- ジョセフ・ノックス 2023/09/07 13:58
十二年前のムーア一族惨殺事件の容疑者として逮捕され、終身刑を言い渡されていた「夢遊病犯」ことマーティン・ウィックが、癌のため入院することになった。マンチェスター市警の刑事エイダン・ウェイツは、相棒のサティとともに警護にあたる。彼らは、ムーア一家のうち唯一発見されていない長女の死体の在処をウィックから聞き出すことを期待されていたのだ。ところが、病院に現れた不審な女をエイダンが追おうとした直後にウィックの病室から火の手が上がり、ウィックは死亡する。駆け付けたエイダンに「俺じゃない」と言い残して。
死期が迫ったウィックが殺されなければならなかった理由、彼が冤罪だったのか否かという謎、病院に現れた女の正体など、数多くの魅力的な謎を配置して興味を惹きつける。またクライマックスでは、古典的な本格ミステリさながら、エイダンが関係者一同を集めて謎解きをする場面もあり、そこで明かされる真実は十分な意外性を具えている。

No.117 6点 雪の階- 奥泉光 2023/09/07 13:48
昭和十年、女子学習院に通うう学生が親友の死の真相を追求する物語は、推理小説的興趣に事欠かないし、武田泰淳「貴族の階段」の本歌取りともいうべき設定で、兄と妹、女同士の関係、セクシャリティの主題、重要な場面での睡眠薬の使用など、武田作品を踏まえている。
文学的には心霊音楽協会、霊視能力などオカルト的な要素も満載して、現実と虚構の境界を著しく浸食していく点と、自由自在に視点が移動する精緻かつ濃密な語りは至高の技巧だろう。

No.116 7点 不死人(アンデッド)の検屍人ロザリア・バーネットの検屍録 骸骨城連続殺人事件- 手代木正太郎 2023/09/07 13:39
主人公のひとりクライヴと美少女のロザリアが訪れたエインズワース伯爵家の城には、祖先が吸血鬼になったという呪われた伝説が存在している。
作中の世界は、不死人などの超自然的な怪異が存在しており、作中人物たちもそのことを前提として行動している。にもかかわらず、連続殺人の謎解きは意外なほど堅実で合理的。ロザリアによる真相究明は、京極夏彦「百鬼夜行シリーズ」における「憑物落とし」を連想させる。
一旦すべてが明らかになったかに見えた後に浮上してくる真相の構図も戦慄的で、ホラーと本格ミステリの融合としてよくできている。

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