皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
していません。ご注意を!
弾十六さん |
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平均点: 6.13点 | 書評数: 459件 |
No.27 | 6点 | 死が二人をわかつまで- ジョン・ディクスン・カー | 2022/01/02 22:10 |
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1944年8月出版。フェル博士#15。私は昔、国書刊行会で買ったのですが、書庫のどっかに埋もれてて、あらためてグーテンベルグ電子版を入手して読みました。翻訳は仁賀先生なので国書刊行会やハヤカワ文庫と同じもののはず。
ダグラスグリーンの伝記によるとJDC作品として良く売れた(1944年末で12829部)とのこと。同時期の『皇帝の嗅ぎタバコ入れ』は六千部ほどだったらしい… さて、プロットは素晴らしいのですが、小説が追いついていかないJDCのガッカリパターン。だって主人公とヒロインの感情的な行き違いが見事なほどに描かれないんですよ!さすがアンチノヴェリスト!と言いたいですね。本当はハラハラドキドキのサスペンス小説になるはずなのに!とあらゆる小説読みが思うネタだと思います。サブヒロインの絡み方も無茶苦茶。JDCの感情ってマトモなんでしょうか?と心配されてもおかしくない作品の作り方だと思いました。 ミステリとしては、中期の傑作らしい捻りを加えた作り。ちょっと説明が難しいネタなので効果が下がってますが、JDC/CDの今までの密室ものを知ってるとさらに感慨深い、良いトリックだと思います。いつものように後半が行き当たりばったり、まあこれはJDCの手癖なので諦めて、ああ、またやってるね、と楽しむのが正しい。 ダグラスグリーンとかは当時のJDCの不倫をダブルヒロインに読み込んでいるようですが、こーゆーシチュエーションって、この作家に珍しくないのはファンならよく知ってるはず。『夜歩く』にだってダブルヒロインだ。本作のヒロインたちとの関係に特別な切実さも感じないしね。 以下、トリビア。 時代設定は「ヒトラーの戦争がはじまる一年ほど前」と冒頭にあり、「六月十日木曜(p436)」は1937年が該当。なお本作はCBSラジオドラマ "Will You Walk into My Parlor" (1943-2-23放送)をBBCラジオ用に書き直した "Vampire Tower" (1944-5-11放送)を長篇に発展させたもの。 p56/3169 ココナッツ落としから金魚すくいまで(From the coconut-shy to the so-called 'pond' where you fished for bottles)♣️バザーの出し物。“pond”がどんな仕組みなのか気になる。 p108 六発で半クラウン(Six shots for half a crown)♣️=2.5シリング。ライフル射的の値段。チャリティなので高め。英国消費者物価指数基準1937/2022(72.58倍)で£1=11325円。半クラウンは1416円。 p108 ウィンチェスター61、撃鉄を尾筒におさめた型(Winchester 61 hammerless)♣️「撃鉄内蔵式」が良いかなあ。Winchester Model 61, Hammerless Slide-Action Repeater(1932-1963) 銃身24インチで全長104cm、重さ2.5kg。撃鉄が撃っても動かないので狙撃視線を邪魔せず、22口径ライフルなので反動が非常に軽くて撃ちやすいと思います。 p379 コイン投入式電気メーター(shilling-in-the slot electric meter)♣️shilling slot meter vintageで検索すると良い感じのが見られます。英国ではガスや電気がこういう仕掛けで供給されるのがよくあったようです。コインを入れ丸いのを回転させるとコインが落ちる仕組み。コインが溜まったのに集金人が来なくて次のコインが落ちず、寒さに凍えた、という話を読んだことがあります。また戦時中は金属不足で、こういう生活必需品のコインを集めるのが大変だった、という話もありました。 p497 落とし錠(bolted)♣️こういう錠前関係の訳語が最近気になっています。密室ものだとかなり重要な要素なのでは? p526 二つの掛け金(two-bolt)♣️同上。上もここもボルトで良いと思う。 p767 審問(inquest)♣️完全公開の制度(つい最近、テロ関係でようやく例外が設けられたらしい)なので、場合によってはマスコミも大々的に報道する。 p790 ウッドハウスの小説に出てくるようなよぼ老人(dodderingly futile)♣️ウッドハウス用語なんだろうか?私が参照したのはPenguin 1953だが米版では dodderingly Wodehouse となってるのかも。(そういうふうに書いてるブログがあった) p960 ふつうのサッシ窓で、内側には金属の掛け金(ordinary sash-windows, fastening with metal catches on the inside)♣️これも錠前用語が気になる。「差し錠」あたりでどうか。 p960 ドアには鍵はかかっておらず、部分的な掛け金だけ(door… unlocked and only partly on the latch)♣️同上。試訳: ドアは…ロックされておらず、ラッチが中途半端に掛かっていた。 p979 鍵がかかっており、小さいが頑丈な掛け金はしっかりと内部に固定されていた(The key was turned in the lock, and a small tight-fitting bolt was solidly pushed fast on the inside)♣️同上。こうしてみると「掛け金」が多用されすぎ。ここはボルトとしたい。 p1293 アントニー・イーデン帽(Anthony Eden hat)♣️公務員と外交官の間で流行、とのこと。 p1364 アメリカ製品で網戸… イギリスにはない(an American thing called "screens". We don't have 'em in England)♣️ちょっと意外な情報。 p1379 [銀行の]支店の警備厳重な部屋の金庫に大事なものを入れて(keeping valuables for them in a sealed box in our strong-room)♣️貸金庫が無い代わりに金庫室に貴重品を入れる仕組み。 p1404 絵入り新聞(illustrated papers)♣️もう絵の時代では無い。「新聞の写真で」 p1580 切手自動販売機(stamp-machine)♣️GPO Stamp Vending Machines - Colne Valley Postal History Museumという凄いWebページあり。英国では1907年から導入されたようだ。 p1741 フィービ・ホッグ… ミセス・パーシー(Mrs Pearcey… Phoebe Hogg)♣️Wiki “Mary Pearcey”参照。1890年の殺人事件。 p1774 緑色フェルト張りのドア(the green-baize door)♣️開け閉めの音がしないように工夫した使用人が出入りするためドア。ブログJane Austin Worldの記事The Green Baize Door: Dividing Line Between Servant and Master参照。 p1792 派手ばでしい(gaudy) p1871 フロリダ・ブルドッグ製金庫(Florida Bulldog safe)♣️架空ブランドのようだ。 p2014 なんてこった!わうわうわう!(Archons of Athens! Wow, wow, wow!)♣️ファンならお馴染みのセリフ回しなので忠実に訳して欲しいなあ。 p2102 掛け金付きの… ドア(door with a latch)♣️ここも「掛け金」latchはスライド式ボルトっぽい形状のものを指すようだ。ボルトとの違いは外から鍵でも開けられる、ということだろうか。 p2248 ウイリアム・ハズリット(William Hazlitt) p2534 同じホテルの回転ドアを外と内から押しつづけ永遠に逢えなかった恋人ふたりの悪夢の物語(a nightmare story of two lovers for ever condemned to push through the revolving doors of the same hotel)♣️何のネタだろうか。 |
No.26 | 9点 | 三つの棺- ジョン・ディクスン・カー | 2021/08/09 21:34 |
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1935年出版。フェル博士第6作。私の妄想では1933年出版予定だったジェフ・マール第6作&バンコラン最後の事件(第5作)。早川文庫の新訳で読了。翻訳について、ハドリーのフェルに対するセリフは、もっとタメ口で良いのでは?という感じ以外は文句なし。
さて、冒頭を読んで確信しました。我が妄想を裏付けるような記述が堂々と。 これってJDCの『黄色い部屋』本歌取りだ!完全密室プラス通路での消失トリック、というのは、間違いなく『黄色い部屋』の大ネタを意識している。じゃあ『黄色い部屋』のラストの大ネタ、犯人像は?と考えると、JDCの初期構想では『黄色い部屋』を超えるものを用意していたはず。まさにバンコラン最後の事件が相応しい。 あんまり詳しく書くと多方面でのネタバレになるのでやめておくが、私の妄想の中ではグリモー=バンコラン、ミルズ=ジェフ・マール(これなら証言が確実であることを文章内で保証する必要は無い)で決まり。バンコランの謎の過去が暴かれ、素晴らしい血みどろのフィナーレ… まあこれ以上は私の正気が疑われるので書きません。 実際の本作に関しては、小説中にも出て来るが、非常によく出来たマジックの種明かしを読んでる感じで、やっぱりこれが探偵小説の醍醐味だろう。ある部分、がっかり感もあるが、でも素晴らしい力技だよね(空間をねじ曲げる重力場じみたパワー)。そしてがっかりが当たり前なんだよ、嫌な奴は探偵小説なんか読むな!という後年の自作に対する評価への先回りの言い訳と思われるようなフェル博士のセリフが微笑ましい。(p289の「密室講義」冒頭の堂々たる(異常な)宣言は、40年ほど前に初めて読んだ時、物凄い衝撃を受けたものです…) さて『毒のたわむれ』にちょっと書いたフリードリヒ・ハルム『マルチパンのリーゼ婆さん』(Die Marzipanliese 1856)の紹介(水野光二1990明治大学)だが、そこに書かれてるあらすじ(梗概)を読んだらさらにびっくり!これ絶対JDCが本書のネタにしてる。というわけで是非Webにある論文を読んでいただきたい。登場人物の名前ホルヴァート(Horvath)だけでない類似が見つかるはず。(HalmのほうはHorváth) トリビアは銃に関するものだけをあげておこう。 「銃身の長い三八口径のコルトのリボルバーで、30年前の型(a long - barrelled .38 Colt revolver, of a pattern thirty years out of date)」が出てくる。本作の年代は「2月9日土曜」とあることから1935年。約30年前の38口径コルト製リボルバーならNew Army and Navyと呼ばれた原型が1892年製のものだろう(マイナーモデルチェンジがあって他に1894, 1896, 1901,及び 1903の各モデルがある)。これらは38 Long Colt弾を使用するモデルだが1908年以降はお馴染み38 Special弾対応のThe Colt Army Special(海軍用はNavy Specialと呼ばれたようだが同じもの)が製造されている。本書の銃は後者の38 Special用だと思う。(原文のout of dateを「時代遅れになった」と捉えると前者New ArmyモデルがArmy Specialに切り替わったこととまさに合致するから、New Army説が良いのかなあ。私はp389の説明から38 Special説としたのだが…)(追記: 『ピストル弾薬事典』で確認したら38 Long Colt弾でもp389の話と矛盾しないことがわかったので、Colt New Armyで間違いなし!) (追記2021-8-13) 上記を書いた後で、他の方の書評を読んで、特におっさんさまご指摘の新訳の誤訳が気になりました。おっさんさまが具体的に指摘している箇所とは別に、私も一件、ちょっと大事な部分の誤訳をお知らせしたいと思います。(他にはどんな誤訳があるのだろう…) プロローグ、グリモーVSフレイのシーン。何やってんの?と思った場面です。 p18 [フレイは]手袋をした両手でグリモーのコートの襟を引き下げ(his gloved hands twitching down the collar of his coat)♠️最初のhisと次のhisは同一人物です。フレイは自分の顔をグリモーだけに見せる目的で近寄って、コートの襟元をちょっと下げた、という場面。「(自分の)コート」が正しい翻訳。(Webサイト「黄金の羊毛亭」さんちで教えていただきました) だいたい飲食店でくつろいでるグリモーがコートを着てるわけがないよね。 クリスティ再読さまは「改め」という用語で、本作品の本質をズバリ!流石です。 |
No.25 | 6点 | 毒のたわむれ- ジョン・ディクスン・カー | 2021/08/09 09:09 |
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1932年出版。ジェフ・マールもの第5弾。JDCはマール語り手のバンコラン探偵ものを4作続けた後、語り手はそのままに、何故か探偵だけを変えた本作を発表。まあ私の妄想(『四つの凶器』をご覧ください)では、次作でこの探偵VSバンコランをやるつもりだったJDCならば当然の布石なんだが… (この構想が何故ポシャったのかは1933年に超有名シリーズ最終作が発表され、JDCが先をこされちゃったから… というのが私の妄想。同時期に似たような構想を思いついちゃうってあるよね。EQが1939年『そして誰も…』の連載を読んでガーン!となったのは有名な話)
実はジェフ・マールものは舞台が国際的なシリーズで、第一作パリ、第二作ロンドン、第三作ライン川、第四作はパリに戻っちゃったが、第五作は満を持してJDCの生まれ故郷米国ペンシルヴァニア州ユニオンタウン(名指しはされていないが「青年ワシントンがネセシティ砦で最初の一戦をまじえ(p18)」とかで明白)。JDCとしては米国が舞台の小説はこれが初めてだ。 それで第一印象は、登場する陰気な旧家の感じがJDCが嫌になって飛び出した米国の田舎名家っぽい雰囲気の反映なのか?と思ったが、あとから、仲の良かった叔父さん夫婦やいとこを小説に登場させた悪趣味な内輪ネタがなんじゃ無いか、と考え直したりした。「わしが被害者役か、ガッハッハ」とか「もっと私に良い役を振って頂戴よ」みたいな感じ。(ここはまたまた根拠のない私の妄想) さて発表の1932年はWikiによるとJDCが英国女性Clarice Cleavesと結婚した年。ということは花嫁候補を連れて久し振りに里帰りしたJDCの姿も浮かぶ。小説の中で町一番の美女の名前はクラリッサ(Clarissa)だし… (だがその扱いはフィアンセに割り振る役としては最悪の部類。ここでも作者の悪趣味が発揮されている。JDCの役はクラリッサの夫、ツイルズだろうから自分も軽く笑い者にしてバランスをとっていると言えるか…) マールの回想で12年前の若い頃の思い出が語られる。JDCの実年齢なら当時14歳。マールはもうちょっと歳上のイメージだが、ほんのちょっとだけ描かれる、往時の高校生、大学生のほろ苦い回想が本作では一番印象的だった。 ミステリ的には、探偵に魅力が薄く(細身の長身はJDCでは流行らない)、ストーリー展開もごたついた印象でメリハリに欠けている。強烈な謎も無いし、恐怖感もコレジャナイ風味。村崎さんの翻訳は実は悪くなくて、かなり堅実。でもバンコラン新訳四部作を完成させた創元さんにはぜひ新しい翻訳をお願いしたい。 さて、これで『三つの棺』を読む準備は完了。JDCがバンコランにどんな最後を用意してたのか(しつこいようですが妄想です)とても楽しみだ。 以下、トリビア。 p9 提琴軒(The Old Fiddle)♣️何故冒頭がウィーンなのか。JDCの新婚旅行はウィーンだったもかも。そして幻の『バンコラン最後の事件』(ur三つの棺)はウィーンを経てトランシルヴァニアを舞台にするつもりだった?(またしても根拠のない妄想です…) p9 キュンメル酒(kummel) p14 十二年前(a dozen years ago)…ダンスオーケストラ(あの頃はていねいな言葉が使われていた)が「ささやき」や「ダルダネラ」を演奏した(A dance orchestra—the polite term was then employed—played "Whispering" and "Dardanella.")♣️今なら「ジャズバンド」という無粋な言い方だが… という趣旨か。登場する二曲はいずれもYouTubeにオリジナルと思われる音源あり。翻訳には便利な世の中になったものですなあ。 Whispering: 1920年の流行歌。Malvin Schonberger詞、John Schonberger曲。録音Paul Whiteman(1920-8)、11週全米No.1ヒット。シングル盤のリズム指定はFox Trot。(昔のレコードにはリズム指定の表記が大抵付いていた。ダンスの伴奏音楽として捉えられていたのだろう) Dardanella: 1919年の流行歌。Fred Fisher詞、Felix Bernard & Johnny S. Black曲。録音Ben Selvin(1919-11)、13週全米No.1ヒット。シングル盤のリズム指定はFox Trot。 p30 外国人の不思議な物の考え方と切り放すわけにはいかない—フランスのコーヒーやドイツの巻煙草と同じようなもの…(like the coffee of France or the cigarettes of Germany — inseparable from the weird minds of foreigners)♣️仏国コーヒーはファイロ・ヴァンスも大いにクサしていた(『スカラベ殺人事件』1930)が、ドイツ煙草というのはイメージに無かった。嫌な匂いなのか? p32 一八七○のシェルラクのシェリー酒(Ferlac cherry, 1870)♣️ググっても出てこない。架空? p36 ドービル(Deauville)でバンコランと一緒にテリア事件(the Tellier case)で働いたときに彼にもらった… ジッと見つめている目と「パリ警視庁」という文字が書いてある有名な三色のバッジ(the famous tricoloured badge, with the staring eye, and the words Prefecture de Police)♣️これは「語られざる事件」なのだろう。言及されてるバッヂを探したが合致するデザインが見当たらない。架空のもの? p37 あの十一月の気味の悪い晩に、ロンドンのブリムストン・クラブでバンコランとぼくが… ジャック・ケッチと自称する悪党を見張っていた(in that weird November night at the Brimstone Club in London when Bencolin and I watched with Scotland Yard to trap a criminal who called himself Jack Ketch)♣️これはバンコランもの第2作『絞首台の謎』の一シーン。 p42 ゴルフもやれないし、ブリッジもできないが、それをとほうもなくよろこんでいます— それにダンスもできません(I can't play golf, and I can't play bridge, and I'm damn glad of it—oh, and I don't dance, either)♣️当時の社交の代表。作者も嫌いだったろう。 p45 ローゼンバーグ服とフランク靴(wore Rosenberg suits and Frank shoes)♣️服は1898年New Haven創業、1920年代New Yorkで知られていた男性服飾店Arthur M. Rosenberg Co.のものか。靴は1865年創業のFrank Brothers(Fifth Avenue in New York)か。老舗の衣装に身を包んだ、やや古めかしいキャラという感じ? p58 フットボールのスター(football star)♣️サッカーではなくアメフトの方。大学フットボール対抗戦は1869-11-6 Rutgers対Princetonが最初。Webを探すとHaverford High Schoolのアメフト記録が1887年からあった。 p58 ベランダの蓄音機(ビクトローラ)が「だれも嘘などつきやしない」をうたっていた(A Victrola on the veranda was playing "Nobody Lied.")♣️ Nobody Lied (When They Said That I Cried Over You)は1922年の流行歌。Karyl Norman & Hyatt Berry詞、Edwin J. Weber曲。レコードはMarion Harrisの歌(1922-6-7録音Columbia)、Ross Gorman指揮The Virginiansのインスト”Fox Trot”(1922-6-2録音Victor)が見つかった。歌の方はWebに音源あり。 p64 子供の時分からいつだって白髪のおじいさんみたいだった(always the little white-haired boy)♣️お気に入り、という意味。 p71 電気椅子に送られる(send you to the electric chair)♣️ペンシルヴァニアでは1913年採用。1915〜1962に350人が電気椅子送りになった(うち二人だけが女性)。”Capital punishment in Pennsylvania”(Wiki)より。こーゆー項目があるのがWikiの凄いところだと思う。 p73 サイホン(syphon)… 炭酸水(soda-water)… 空き瓶を返すと戻りがある(You get a rebate on the ones you return)♣️瓶売りの炭酸水は1920から30年代に流行った、という。”Soda siphon”(Wiki)より。空き瓶を店に持って行くと小銭がもらえるシステムを実際に体験した人は減ってるんだろうなあ。 p80 まるであの殺人ごっこというゲームみたい(It’s like that game called Murder)… 誰かに『きみは有罪か?』ときく(say to somebody, 'Are you guilty?')… その人が『ハイ、そうです』と言って、そこでゲームがおしまいになる(the person will say, 'Yes,' and then the game will be over)♣️私が最近気になってる「殺人ゲーム」の起源、良いネタを拾ったので、いずれまとめを書きます。 p82 受取りに走り書きしてから、[メッセンジャー・]ボーイに1ドル(scribbled on the receipt and gave the boy a dollar)♣️米国消費者物価指数基準1931/2021(17.87倍)で$1=1970円。当時の1ドル銀貨はPeace Dollar、0.9 silver、重さ26.73g、直径38.1mm。チップとしてはちょっと多めに感じる。料金着払い? p83 二つの心が一つになって鳴り響く(Two hearts that beat as one)♣️「訳注 19世紀べリングハウゼンの劇詩中の一句」とあるが、Webで調べるとU2の曲ばかり出てくるなかに、引用元無しでJohn Keatsの詩’Two souls with but a single thought, Two hearts that beat as one’からとしているのがある。正しくは独詩人、劇作家Eligius Franz Joseph von Münch-Bellinghausen(1808-1871、ペンネームFriedrich Halmで知られている)の劇“Der Sohn der Wildnis”(1842) Act 2から’Zwei Seelen und ein Gedanke, Zwei Herzen und ein Schlag’(英訳はMaria Lovell “Ingomar the Barbarian” (1870c)、グリフィスが1908年に映画化している)がオリジナル。この一節は”Bartlett's Familiar Quotations” 10th ed. (1919)に出てくるらしいので、結構有名な文句だったようだ。このタイトルの流行歌も二曲見つかった。1890年頃シカゴ出版、Harry B. Smith詞、J. E. Hartel曲。1901年シカゴ出版、Adam Craig詞、W. C. Powell曲、Jolly May La Reno歌。残念ながら音源データは見つからず。 ところでフリードリヒ・ハルムって日本で有名なのかな?と調べたら、作品『マルチパンのリーゼ婆さん』(Die Marzipanliese 1856)の紹介(水野光二1990明治大学)を見てびっくり。ハンガリーが舞台で主要登場人物がホルヴァートというのだ!そしてこの中篇小説はドイツ語による最初の犯罪フィクションとされているらしい… これで本作と『三つの棺』のつながりが見えた!というのは重度の妄想ですね。 p87 陰気なウィーン風の『おはよう』をとりかわし…『ピンク・レディ』から取ったあの歌を(exchange that doleful Viennese 'Guten morgen'… that song out of The Pink Lady)♣️”The Pink Lady”は1911年のブロードウェイ喜劇(312回公演)。台本・詞C. M. S. McLellan、作曲Ivan Caryll、フランス喜劇Le satyre(1907 Georges Berr & Marcel Guillemaud作)の翻案。このSatyre(仏Wikiに記載無し)はTheatre Royale, Parisで250回の公演を記録し、ベルリンとペテルスブルグでは公演が未だ続いている(NYTimes 1911-2-11記事)とあった。 p87「きれいなご婦人」♣️ “(My) Beautiful Lady”は上述のミュージカル第三幕の歌。オリジナルに近いYouTube音源あり。Gems from “The Pink Lady,” Victor Light Opera Co (1912)の2:00以降。インスト版は”The Pink Lady Waltz”のタイトルで新しい録音も多数ある有名曲。本作のBGMとして是非聴いて欲しい。 p93 きれいなご婦人、あなたにわたしは目を上げる(To thee, beautiful lady, I raise my eyes…)♣️上述の曲のリフレイン。 p108 探偵小説では、いつも本を取りに下へ行く(They always go downstairs for a book in the detective stories)♣️探偵小説への(メタ的な)言及は黄金時代の特徴。 p108 『アフロデイト(Aphrodite)』♣️古代アレキサンドリアを舞台にしたPierre Louÿs(1870-1925)の官能小説(1896)、英訳はAncient Manners(1900)、スキャンダルとなりVanity Fair1920年1月号に載ったDorothy Parkerの書評によると「入手がとても難しい本」だったようだ。 p125 昨夜の日附(Next appeared the date of last night)、一九三一年十月十二日(12/10/31)♣️後の方で、約二週間前が「11月28日金曜日(p137)」とあるので、ここは明白な誤り。本書の作中年月日は1931年12月10日。 p125 ラムベルトとグラーフシュタインを(Lambert, Grafenstein)♣️調べつかず。 p125 わたしを船でどこかスエズの東に送ってくれ(Ship me somewhere east of Suez)♣️キプリングの詩Mandalay(1890)の一節。 p135 ブランビリエ公爵(Marquise de Branvilliers)♣️原文では正しく「公爵夫人」、続くセリフに合わせた翻訳。 p149 ラフカディオ・ハーンから抜け出したような姿(You’re like something out of Lafcadio Hearn)♣️ Kwaidan: Stories and Studies of Strange Things(1904 Houghton Mifflin) p149 音楽コップ(musical-glasses)♣️グラス・ハープのこと。村崎さんお馴染みの直訳責め。 p149 サミットホテルのお雇い探偵(house detective at the Summit)♣️ ユニオンタウンの実在のホテル。Webに当時物の絵葉書あり。UNIONTOWN PA Summit Hotel & Golf Country Club Aerial view 1930's p173 空気鉄砲(popgun)♣️原文では、おもちゃの鉄砲、の意味。 p177 黒い選挙バッジのような器具からかなり長い針金を巻き戻して取り出したふちなし眼鏡を手さぐりしながら、やっとそれを鼻にのせた(had unreeled a length of wire from an apparatus like a black campaign button, and fumbled with the rimless glasses until she got them on her)♣️状況がよくわからないが、ワイヤーが眼鏡についてて、使用するときに引っ張り出す仕組みなのかも。 p182 われわれは二度と♣️ここら辺の書き方は全然感心しないなあ。 p184 時計の向こうを一目見ることが出来たら♣️同上。 p184 誰でもよく知っている古いことわざ(a certain well-known Latin proverb)♣️酔っ払いの相手をする気になったのだから「酒に真実あり(In vino veritas)」か。 p197 ごまかし(eyewash)♣️ここは「出鱈目、駄法螺」という意味だろう。見当違いなだけで、誤魔化す意図は無いはずだ。 p190 週5ドル(five dollars a week)♣️月給4万3千円。あくせく働いてこれだけ、ということは凄い低賃金だ。 p212 クリーブランド♣️ふと思いついて調べると、この地に当時有名だった精神病院が見つかった。The Cleveland State Hospital(1852-1975)、最初はNorthern Ohio Lunatic Asylumという名称で、後にNewburgh State Hospitalとして知られた。 p241 ひねくれジャネット(Thrawn Janet)♣️R. L. スティーヴンスンの作品(1881)。 p241 五本の指のある野獣(The Beast With Five Fingers)♣️ W. F. Harvey(1885-1937)の短篇小説(1919) p247 ブキャナン、アームストロング、ホッホ、ルイズ・バーミリア、バワーズ、ウエイト、バーサ・ギフォード、アーチャー夫人(Buchanan, Armstrong, Hoch, Louise Vermilya, Bowers, Waite, Bertha Gifford, Mrs. Archer)♣️有名な毒殺者たちのリストだが、調べるのが面倒なので参考まで原綴を書いておく。 p248 クラフト・エービング… わたし自身は、あの大将のたわ言を読むくらいなら、ヒマシ油を飲むほうがましだが(Krafft-Ebing. I'd sooner drink castor oil than read the chap's stuff, myself)♣️JDCの感想だろう。 p248アラゲニイの天使と呼ばれた陽気な貴婦人(the cheerful lady they called The Angel of Allegheny)♣️毒殺者らしいが調べつかず。 |
No.24 | 6点 | 四つの兇器- ジョン・ディクスン・カー | 2021/04/16 04:50 |
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バンコラン第五作。創元の新訳で読了、安定した良訳です。
シリーズ前作が1932年出版で、本作は間に数作を挟んで1937年。この間にフェル博士やHM卿も登場している。 作中年代は「五月十四日金曜日(p86)」該当は1937年。引退したバンコランの枯れぶりが何故そんな設定にした?と思うくらい。昔のギラギラやアクがすっかり抜けてしまった感じ。まーそこで私の妄想が爆発。 以下は全く根拠のない珍説です! 実はJDCは当初からバンコラン・シリーズを「最後の事件」(多分ネタは「バンコランで書く予定だった」と伝えられる『三つの棺』1935)で締める予定だった。でも他の作家のあの作品(1933)が先にそのネタをやっちゃったので、ガッカリして構想を放棄。残念だなあ、この構想が実現してれば、結構、衝撃的だったと思う。 珍説はここまで。 作品としてはジェフ・マールも登場しないし、引退試合としては、なんかパッとしない。冒頭の謎が小ぶりなんだよね。上述の妄想のバンコラン最後の事件が読みたいなあ!(『三つの棺』を読むのが億劫で放置してるのだが、この観点なら興味深く読めるかも。題して「UR-三つの棺を再構成する!」) さて、愚言はほっとこう。トリビアは軽め。 p14 赤ん坊と一緒に塔へ幽閉♣️これはLife of Samuel Johnson(1856) by Thomas Babington Macaulayからのネタ。ボズウェルは蠅のように付き纏い、愚問を連発してジョンソン博士をウンザリさせてたのでは?という見解。その例として挙げられている愚問の例が"What would you do, sir, if you were locked up in a tower with a baby?"、でもスコットランド贔屓のJDCとしては、いやいや、この一見愚問に見えるのにも大きな意味があるんだよ、と弁護している。 p21 ワインレッドの新型タクシー♣️Renault Type KZ 11 Taxi G.7 de 1933のことだろう。フランスではWWIの前からRenault Type AGがタクシーとして活躍していたが、1933年から新型が使われはじめている。 p133 愚痴るな、言い訳するな(Never complain, never explain)♣️ディズレーリの言葉らしい。 p134 ハーロック・ショームズ(Herlock Sholmes)♣️本作はフランスが舞台なので総合月刊誌Je sais tout誌1906年12月15日号初出のこの名前。コナン・ドイルの抗議で捻り出した著作権対策。(編集長ラフィットの発案か。詳しくは近日中に書く予定の『怪盗紳士ルパン』及び『ルパン対ホームズ』参照。最初、臆面もなくSherlock Holmesを使ってたJe sais tout誌が、どの時点でSholmesに変えたのか、雑誌のファクシミリ版を丹念に探索して初出を見つけました!) ※なお、ずっと前に読んでた本作の評を今頃書く気になったのは、Tetchyさまの文章のおかげです。ありがとうございました。 |
No.23 | 7点 | 皇帝のかぎ煙草入れ- ジョン・ディクスン・カー | 2019/10/16 00:20 |
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JDC/CDファン評価★★★★☆
1942年出版。創元文庫の新訳で読了。読みやすい訳で文句なしです。(井上一夫さんの旧創元文庫をチラ見したら、こっちも負けてないですね。さすが井上先生。) 四十数年前に読んでて、全く内容は忘れてた筈(傑作という印象も特に無かったのですが、ここの評価点が高いので期待してました。)…なんですが、途中で解決の見当がついちゃったんですよ。無意識に憶えてたんでしょうかね。印象的な手口ですから。なので驚きは半減。JDCのアクロバットをニヤニヤして見てました。 でもやっぱりJDCって盛り上げベタです。話の展開はこの上なく上質で「これどーなっちゃうの?」と何度もドキドキさせるのに、女の心理戦の見せ場が、ことごとくあっさり流れて不発に近いじゃないですか。いやこれ作家が惚れるわけだなあ、と思った次第。(俺ならもっと上手く描ける!このプロット俺にくれよ!と言いたくなりますよね。) 私には異常人物と異常状況が薄いのでJDCの作としては物足りません。探偵小説としては素晴らしいプロット。p290で明かされる証拠を「誰かが故意にやった」風に装える状況を作っておいたら完璧だったと思います。貴重な「かぎ煙草入れ」をぶっ壊した理由についても、ちょっと不満ですが良い赤鰊と思えば… 以下トリビア。 作中時間は問題ありです。 事件の「ちょうど1週間後が9月1日月曜日」と明記されてるので簡単、と思ったら、出版直近の該当年が1941年。でも、戦時中な感じが全然しないし、フランス北部は1940年6月からドイツの支配下なので1941 年は有り得ない。となるとそれ以前の直近で該当する1930年?は遠いなあ。1月か2月ならば1941年と1936年の日付と曜日は一致。(JDCは1月のカレンダーを見て曜日を確認したのか?) 1936年ならまだ戦争の影は遠かった。従って作者が執筆時に思い描いていた日は1936年9月1日(実際は火曜日)、事件発生は8月25日と考えて良さそうです。(作者は『猫と鼠の殺人』(1941)でも同じような間違いをしてますね。) 現在価値は仏国消費者物価指数基準(1936/2019)で490.9倍、当時の1フラン=0.75ユーロ=89円。 p7 ラ・バンドレット(La Bandelette): 架空地名。「戦前の平和な時代には(in those days of peace)」フランスでも有数のにぎやかな避暑地(fashionable watering-place in France)。英国人や米国人がよく来る観光地で、カジノがあるという設定。ピカルディー海岸にある。マーチ大佐ものの短篇『銀色のカーテン』(1939-8)の舞台。ゴロン警察署長はこの短篇にも登場。短篇をラジオドラマ化した『死の四方位』(1944)にもゴロン署長は登場し、その時は自ら事件を解決します。 ピカルディー近くで海に面しててカジノがあって…という条件で探したらメール=レ=バン(Mers-les-Bains, 「海水浴場の海」というような意味か。)という町が見つかりました。仏wikiに戦前の写真あり。町が作った紹介ビデオも見つけました。www.merslesbains.fr/video-de-presentation アールヌーボー風建物が数多く残る町です。これがモデル? p8 ヴァンドーム広場でルベックが扮した妖婦キルケー(a figure which Lebec of the Place Vendôme tricked out into that of Circe): 調べつかず。 p19 ソーン・スミスのユーモア小説(Thorne Smith): 本名James Thorne Smith, Jr. (1892-1934) He is best known today for the two Topper novels, comic fantasy fiction involving sex, much drinking and supernatural transformations.(wiki) p41 ジョージ・バーナード・ショーの劇って、けっこうお茶目なのね(I think Shaw is rather sweet): 劇のタイトルは後で出てきますが、この場面ではぼかされてるので読んでのお楽しみ。謎ありの話なので「ミステリの祭典」に登録しようかな… p55 火かき棒(poker):『まだらの紐』でロイロット博士とシャーロックが力比べするアレですね。 p70 スプリング錠(spring lock): ドアを閉めると鍵がかかる構造らしい。a type of lock having a spring-loaded bolt, a key being required only to unlock it. p82 黒っぽい目… 目と同じ色の髪…(dark eyes. There was still no gray in the thick dark hair): キンロス博士の描写。目の色の記述が髪の色より先に来てますね。 p83 まわりからトビイと呼ばれているホレイショー・ローズ(they call him Tobee[Toby], but his name is Horatio): なぜTobyなのか説明無し。あだ名? p95 一軒の鍵があればほかの家のドアも全部開けられる(The keys of one will fit the doors of all the others): 同じ業者が建てた四軒の家の鍵が同一… のんびりした時代ですなぁ。 p97 五フラン硬貨をテーブルに放って(threw a five-franc piece on the table): 447円。カフェテラスでのカクテル代。1933年発行の6gニッケル貨(直径23.7mm、顔右向き)か1933年以降の12gニッケル貨(31mm、顔左向き)か。 p148 血液型(blood-group): 「O型」は原文ではGroup Four。この時代、血液型はわかるが血液から個人を特定出来なかったのか?Forensic Science blood identity historyでざっと調べるとDevelopment of the absorption-inhibition ABO blood typing technique in 1931.という記載(New York StateのPolice Laboのページ)がありました。詳しく掘ってませんが、調べると面白そうですね。(まだ硝煙反応の宿題が残ってるぞ!という声が聞こえるような…) p159『ジョン・ブラウンの死体』(John Brown’s Body): 米国南北戦争時に北軍で流行った曲。曲は「ヨドバシカメラ」でお馴染み。(wiki「リパブリック賛歌」参照。) p162 メリーランド煙草(yellow Maryland cigarettes): 架空ブランド。1944年発売のルクセンブルクの煙草ブランドはありましたが… p179 前に一度、パリで殺人事件の裁判を傍聴(attended a trial for murder once, at Paris): フランスの裁判は怒号が激しく飛び交い、判事たちが被告を怒鳴りつけるらしい。 p183 メーター・ランプの弱い光(the dim glow of the meter-lamp): vintage taxi meter-lampで画像あり。どーゆー仕組みなんだろう。 p184 八フラン四十サンチーム(eight francs forty): 751円。タクシー代。 p190 七十五万フラン(seven hundred and fifty thousand francs): 6703万円。貴重なかぎ煙草入れの値段。 p197 いんちき男!(Blaah!): blah(くだらない)かblaa(羊のメー)か。又は明確な意味のないブーイングの親戚みたいな音か? 井上訳では「ペテン師!」 p197 ユーライア・ヒープ顔負けね!(you canting Uriah Heep!): Charles Dickens作David Copperfield(1850)の主要登場人物。 p215 小説に出てくる名探偵を気取って(like the great detective): 黄金時代の特徴。 p241 ラ・バンドレットの市庁舎(The town hall at La Bandelette): 「黄色っぽい石で造られた背高のっぽの建物… 時計台をそなえ…」残念ながらここに書かれてる特徴は上述のMers-les-Bainsの現存する市庁舎(1904年から)とは一致しないようです。でも隣町Treportの灯台が市庁舎まで距離約2km。市庁舎の南西側にあるので最上階西側の窓から灯台は見えるはず。(強烈な光は無理かなあ。) Google MapでMayor of Mers-les-BainsとLe Tréport Lighthouseの位置関係などを確認できます。便利な世の中ですね。 p267 十万フランの価値(worth a hundred thousand francs): 894万円。ネックレスの値段。 p280 ウィリアム・ラッセル卿(the case of Lord William Russell, at London in 1840): 本文の通り。wiki参照。 p284 パトリック・マホーンみたいなやつ(A Patrick-Mahon sort of fellow): 訳注の通り。wiki“Crumbles murders”参照。 p299 ジャンピング・ジャック(jumping-jack): jumping jack toyで検索すると見られます。Rolling StonesのJumpin‘ Jack Flashはこれのことではないらしい。 p308 目もあやな大輪の花(zizipompom): p147でゴロン署長が二度言う「危険」も原文ではzizipompom。井上訳ではいずれも「打ち上げ花火(みたいな女)」。こっちの方が原意に近いのかな? 仏語辞書をちょっと探してみるとziziはありましたがpompomは該当なし。 (2019-10-16追記) ベルギーでも1915年から採用されていたポンポン砲(37mm Vickers-Maxim pom-pom 1903/13)のことをすっかり忘れてました。とすると「ziziがポンポンするような」美女、という意味か?(下品ですみません。) |
No.22 | 6点 | 妖魔の森の家- ジョン・ディクスン・カー | 2019/08/07 20:54 |
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JDC/CDファン評価★★★★☆
私が読んだのは1978年4月の16版。『カー短編集2』はカー名義の短篇集The Third Bullet(1954)から4作に『軽率だった野盗』をプラス。ストランド誌1940年初出の3篇と『妖魔の森の家』、それとダネイが20%ほど刈り込んだ中篇『第三の銃弾』の全5篇。 以下、初出は『カー短編全集5』の著作リストをFictionMags Index(FMI)で補足。原文はGoblin Woodだけ入手出来ました。 ⑴ The House in Goblin Wood (英初出The Strand 1947-11 挿絵Steven Spurrier; 米初出Carter Dickson名義, EQMM 1947-11) : 評価7点 H.M.卿もの。ストランド誌は何故かJ.D. カー名義、EQMMではC. ディクスン名義になってます。この作品は特に挿絵が見たいなぁ。(画家Steven SpurrierをWeb検索するとIllustrated London Newsの挿絵が結構出てきました。描線が太めです。) この作品、読み返すのをとても楽しみにしてました。「堂々たる語り口」と巧みなストーリー回しが素晴らしい作品。でももっと大傑作な記憶が残ってたんだけど… (メイントリックが現代ではもう心にさざなみすら残さない程度になってしまった、ということなのかも。) 最後のセリフが駄目押し。(何であろうと同じだと思うけど読者に生々しく想像させる手です。) p10 大戦に先立つこと三年(three years before the war): 1936年ごろの設定か。H.M.の年齢(当時65歳)を考慮したのでしょう。 p12 バナナの皮(a banana skin): banana peel-slipping jokes date to at least 1854 (wiki) p21 ジェイムズ バリー『メリー ローズ』(Barrie's Mary Rose): 初演1920年4月Haymarket Theatre, London。ヒッチコックが若い頃観て心に残り1964年に映画化を試みたという。 (2019-8-7記載) ⑵ A Guest in the House (The Strand 1940-10 挿絵M.B. Critchlow) 別題: The Incautious Burglar : 評価4点 フェル博士もの。気の抜けたシャンパンのような話。ずさんな企みですよね… p59 三万ポンド: 英国消費者物価指数基準(1940/2019)で55.52倍、現在価値2億2千万円。レンブラント2枚とヴァン ダイク1枚の価値。 (2019-8-7記載) ⑶ The Locked Room (The Strand 1940-7 挿絵M.B. Critchlow) : 評価5点 フェル博士もの。掛け合いは足りませんがハドリーが出てくるとなんだか安心。なかなか上手なトリック。でも手がかりがよくわかりません。 p94 三千ポンド: 現在価値2243万円。 (2019-8-5記載) ⑷ The Clue of the Red Wig (The Strand 1940-12 挿絵Jack M. Faulks) : 評価6点 意外と面白い作品。女探偵もの?と思ったら… でも、ここで使われてるトリック(?)は「いーかげんにしろ」(バシッ!)とJDCにツッコミたくなりますね。 懐中電灯ネタ(p173)は今となっては解説が必要かも。もちろん雑誌発表時1940年11月の英国人には自明のことです。(私の『猫と鼠の殺人』の書評参照。) (2019-8-7記載) ⑸ The Third Bullet (Carter Dickson名義, Hodder & Stoughton 1937; 短縮版[こちらを翻訳] John Dickson Carr名義, EQMM 1948-1) : 評価7点 非常に上手く構成された作品。なのでハヤカワ文庫の[完全版]をさっそく発注してしまいました。評価詳細はカーター ディクスン『第三の銃弾』を参照願います。 (2019-7-28記載) |
No.21 | 5点 | 蠟人形館の殺人- ジョン・ディクスン・カー | 2019/08/04 11:37 |
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JDC/CDファン評価★★★☆☆
バンコラン第4話。出版1932年。よく考えたら、ポケミスは入手してなくて初読。ずっと『爬虫類館』と間違えてて、読んだものと誤解してました。創元文庫の新訳で読了。 冒頭から謎が次々登場してあっと言う間に頭が痛くなります。蝋人形館の見取り図もないので混乱に拍車がかかるのはいつものJDC。でも敵役が登場したら一気にわかりやすくなるので安心してください。その後は推理というより、ちょいエロ香る冒険物語。忠実な助手マール君がバンコランの手のひらで踊ります。(かなり杜撰な計画ですが… ) 解決後、ヘンテコな終幕。何の意図なのか、さっぱりわかりません。 以下、トリビア。原文は入手出来ず。 作中時間は、発端が「1930年10月19日(p160)」と明記。舞台はパリ。 p9 タンゴ: この作品のバックグラウンドミュージックはタンゴ、でも具体的な曲名はありません。フランスでは1910年代に流行、とのこと。 銃は「10年前…ピストルに消音装置をつけて…」「消音装置つきの四四口径」(こちらは現在)が登場。Maxim Silencers社は1912年設立。ライフル用の消音器の会社でセオドア ローズベルトが気に入って早朝の狩用に使ってたらしい。調べてみると1920年くらいから犯罪にサイレンサーが使われだして問題視されMaximは1930年に販売を中止。ただし「四四口径」だと回転式拳銃なので、消音効果は低いはず。 p11「(米国人なら)複雑な心境とでも呼ぶもの」: 原文が知りたいですね。 p30 病的なものに健全な興味がわかなくなったら死人も同然… というのがフランス人なのだ: 見習いたい態度です。ミステリ好きは間違いなく「生きてる」ってことですね! p36「(婚約)してます」: マール君のセリフ。相手はあの女? p60 百万フラン: 仏国消費者物価指数基準(1930/2019)で388.5倍、当時の1フラン=現在の0.59ユーロとのこと。100万フランの現在価値は7136万円。 p75 バンコランの大型ヴォアザン: Avions-Voisin。堂々たる大型車。座席の天井が低いのが特徴か。 p107 (アンヴァリッドの)礼拝堂…オルガンの音: Eglise Saint-Louis-des-Invalides à ParisのオルガンはAlexandre Thierry製(1686)、現在オリジナル部分がどのくらい残ってるかは調べてません。このオルガンが聴けるCDあり。 以下の曲目はオデットが好きだったと言う曲。キャラづけ成功してるかな。 p120 月の光(Claire de lune): ドビュッシーSuite bergamasque(1905)の第3曲。 p120 わたしのそばなら(Auprès de ma blonde): 17世紀の軍隊行進曲Le Prisonnier de Hollandeが発祥。「僕のブロンド娘」が「わたし」になってる訳題はいただけないなあ。(よく調べると歌詞は男のセリフと女のセリフがごたまぜになってるのですね…) p120 マダム、あなたの可愛いお手にキスを(Ce n’est que votre main, madame): Rotter Fritz, Erwin Ralph作のIch küsse ihre Hand, Madame(1928)にAndré Mauprey, Pierre Delanoëが仏語の歌詞をつけたもの。1929発表。日本語版「奥様お手をどうぞ」はディック ミネや菅原洋一が歌ってます。 p120 蛍の光(Auld lung syne): お馴染みのスコットランド民謡。 p137 徽章からするとあなたはフリーメーソンの会員: バンコランはメイソンだった! p186 懺悔: いつも尊大なバンコランが珍しく弱音を吐いています。JDC/CDの本音でもあるのか。 p197 絹ネクタイ… 5フラン: 大道商人が売る品。現在価値357円。 p201 盗聴器: 当時は大掛かりな細工が必要。ポータブル式録音機の普及は米国でも1953年。(ペリー メイスン調べ) p202 黒人ジャズバンド… シンバル、バスドラム、ブラスが主体… ホットな音楽: Louis Armstrong and his Hot Fiveは1925年から。ジャンゴとグラッペリのQuintette du Hot Club de Franceは1934年から。フランスのJazz Hot誌は1935年創刊。 p204 ミスタンゲット… ラケル メレ(訳注: スペインの歌手、女優): Raquel Meller(1888-1962)のことは知りませんでした。某TunesStoreで試してみたら声質はミスタンゲット(『天井桟敷』でお馴染み)に似ています。歌はメレさんの方がずっと上手い。 |
No.20 | 5点 | パリから来た紳士- ジョン・ディクスン・カー | 2019/08/02 22:16 |
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JDC/CDファン評価★★★☆☆
私が読んだのは1975年10月の4版。『カー短編集3』は短篇集The Third Bullet(1954)から3作、The Men Who Explained Miracles(1963)から6作という構成。 まだ全部読み終わっていないのですが中間報告。 以下、初出は『カー短編全集5』の著作リストをFictionMags Index(FMI)で補足。 ⑴The Gentleman from Paris (EQMM 1950-4) : 評価5点 独特の迫力がある歴史もの。舞台は1849年4月のニューヨーク。でも謎の解明が何だかすっきりしない…と一度書評に書いたのですが、よく考えると晴雨計って将来の天気を予報するもの。それなら、近いうちに『雨と寒気』が来るよ、という意味は明白。残念ながら翻訳はニュアンスを伝えきれていない感じです。 ついでに本作の映画化The Man with a Cloak(1951)を見ました。当時の雰囲気が視覚化されていて満足。でも英語版なのでほとんどセリフが聞き取れず。登場人物の設定など結構変更されてましたが、目配せと晴雨計(かなりデカイ)はきちんと登場してました。 (2019-8-7記載; 2019-8-8追記) ⑶The Proverbial Murder (初出不明 1941以前) : 評価5点 フェル博士もの。初出が1941年以前と推定されているのは、戦時色が強い内容(プロパガンダっぽいセリフあり)だから、ということと、見つかってる一番早い掲載のEQMM 1943-7でhere published for the first time in the United Statesとなってるためらしい。内容は、ことわざの必然性が感じられない話。でもグロスってそんなにポピュラーだったのか。(ドイツ系科学者の家には必ず一部あるはず!) p103 軍用ライフル銃…256口径: .256インチ(=6.5mm)と表示していた当時のライフル弾は見あたらず。弾丸径.257インチの.25 Remingtonや弾丸径.258インチのWCF(Winchester Center Fire, .25-35 Winchester)のことか?6.5ミリ表示ならイタリア軍用の6.5×52mm Carcano、オーストリア軍用の6.5×54mm Mannlicher–Schönauerなどがあります。(いずれも弾丸径.26インチほど) p106 三◯三口径の軍隊用ライフル銃: .303 British(=7.7×56mmR)は大英帝国の軍用ライフル弾(1889-1950s)。 p110 旧型の16内径の散弾銃: 16 boreですね。米国のgaugeと同じ。口径16.83mm(=0.66インチ) 日本では「16番」という表記です。 p113 人種が違う: チュートン系の男がルドヴィッヒ マイエル(Ludwig Meyer)博士に対して言うセリフ。87分署のマイヤー マイヤー(Meyer Meyer)ってユダヤ系でしたよね… (2019-8-2記載) ⑷The Wrong Problem (The Evening Standard 1936-8-14) : 評価7点 フェル博士もの。1901年以降の話。チェスタトン風の冒頭。ストーリーの雰囲気もGKC流。ある状況が語られるのですが、ポイントとなる情報が隠されてるので良くわからない話になっています。p160の地名がヒント。翻訳も微妙なところが伝わってこない表現になっています。私の想像が合ってるなら、よく出来た話。(当時はそーゆーのを考慮して判決が下ったのか) せっかくハドリー登場なのにコンビネタが乏しいのは残念。ちゃんとニュアンスが伝わるように翻訳し直すべきだと思いました。 p141 次男が父親と同じ名前でジュニアと呼ばれていました。: 今まで意識したことがなかったのですが、普通、長男にジュニアと名付けるものだと思ってました。実際はどうなのでしょうか。 p145 ジェロームの小説『ボートの三人男』: ここに登場することに何か意味はあるのかな? (2019-8-2記載) ⑸Strictly Diplomatic (Carter Dickson名義, The Strand 1939-12 挿絵H.A. Seabright) : 評価6点 語り口が見事な小品。FMIでは誤ってマーチ大佐ものとして計上されてました。 p166 過労に女や冒険を勧める医者: 実に素晴らしい。とは言え現実にこんなのがいたら嫌ですね。 p187 千フラン紙幣: これがフランスフランなら金基準(1939)で1フラン=0.0057ポンド。英国消費者物価指数基準(1939/2019)で64.82倍、1000フランの現在価値は49751円。フランスの千フラン札は茶色に青主体でセレスとマーキュリーのデザイン。 ベルギーフランの場合は金基準(1939)で1フラン=0.00766ポンド、1000フランの現在価値は66856円。ベルギーの千フラン(二百ベルガ)札は緑主体でアルバート王とエリザベス女王の肖像。 (2019-8-4記載) ⑹William Wilson’s Racket (Carter Dickson名義, The Strand 1941-2 挿絵Jack M. Faulks) : 評価5点 マーチ大佐第9話。(最終話) このタイトルでアラン ドロンを思い出す人が結構いるのでは?あのオムニバス映画の雰囲気でJDC/CDを映像化してくれたら嬉しいなぁ。(ハマープロ風味の方が適切か。) この作品自体は小ネタ。確かに無駄な行事って多いです。 (2019-8-7記載) ⑺The Empty Flat (Carter Dickson名義, The Strand 1939-5 挿絵H.A. Seabright) : 評価5点 マーチ大佐第6話。なかなか魅力的な導入。JDC/CDを読み慣れた人ならイニシャルでその後の展開がわかりますよね… 解決は手がかりの提示が不十分なので消化不良。 p222 二千ポンド: 上述の換算で、現在価値1746万円。 p223 電気メーターに料金を入れる: 通常は個々のメーターに料金を入れる電気供給システムだったのか?この小説のモダンなアパートではその心配がないようなので、集中管理方式もあったのでしょう。 p242 紙幣で8ポンド、銀貨と銅貨が10シリングと9ペンス: 現在価値74517円。当時の5ポンド以下の流通紙幣は5ポンド、1ポンド、10シリングの三種類。10シリング以下の流通コインは当時なら肖像がジョージ五世(1911-1936)のものとジョージ六世(1937以降)のものが混雑してると思われ、種類が豊富なので省略。 (2019-8-4記載) ⑻The Black Cabinet (Twenty Great Tales of Murder 1951, ed. Helen McCloy & Brett Halliday) : 評価5点 なかなか読ませる歴史もの。ナポレオン三世時代のフランスが舞台。情熱的な美女が主人公。でも幕切れが全く意味不明。(知識のない私だけ?) 銃はデリンジャー拳銃(リムファイア式Remington Double Derringer1866ではない、パーカッション式のやつ。有名なのはHenry Deringer作フィラデルフィア デリンジャー1852)が登場。「大型の銃弾と火薬と詰め綿が元込めにしてあったが」は多分「装填してあった」の誤り。(詰め綿を使うのは先込め銃)「撃発栓に雷管」はnippleとcapですね。 (2019-8-7記載) |
No.19 | 5点 | 不可能犯罪捜査課- ジョン・ディクスン・カー | 2019/07/28 18:51 |
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JDC/CDファン評価★★★☆☆
昔は『カー短編集』1〜3という表記だったけど、今や全6巻の堂々たる短篇全集に昇格。私が読んだのは1977年6月の24版。『カー短編集1』はカーター ディクスン名義で出版されたThe Department of Queer Complaints(1940)の翻訳です。(「見知らぬ部屋の犯罪」だけ収録されず。) マーチ大佐もの(シリーズ全10作中6篇収録)が中心、最後の3作はいずれもクリスマス特集号が初出。 以下、初出は『カー短編全集5』の著作リストをFictionMags Indexで補足。ストランド誌初出時の挿絵画家Seabrightの絵がひとつだけWebで見つかりましたがソリッドな感じ。(SF小説の挿絵だから?) 誰かこーゆー雑誌の挿絵を発掘して見せてくれないかなぁ。原文はSilver Curtain以外、入手出来ませんでした。 ⑴ The New Invisible Man (The Strand 1938-4, Carter Dickson名義, 挿絵H. A. Seabright) : 評価5点 マーチ大佐が雑誌に初登場した作品。室内の描写が頭に入りにくいのでパッとしない感じ。雑誌掲載時には、挿絵で補ってる可能性ありか? 銃は「大型のオートマチック ピストル、三八口径」が登場。英国なので9mmパラのハイパワー(1935, 全長197mm)あたり?米国なら38スーパー仕様のコルトM1911(全長216mm)が有力候補か。ところでMorrow初版(New York 1940)のカバー絵を見ると、空っぽの手袋に握られてるのはレヴォルヴァです。(ウェブリー拳銃のようだが、38口径ならエンフィールド拳銃か) オートマチックと異なりレヴォルヴァなら××(p36)の細工が不要なので、実はカバー絵の方が正解かも。 ⑵ Clue in the Snow (The Strand 1940-1, Carter Dickson名義, 挿絵H. A. Seabright) 別題: The Footprint in the Sky : 評価5点 マーチ大佐第8話。夢遊病ネタって今は流行らないですね… ワンアイディアストーリー。靴のサイズは英国、米国、EUで違うということを今回調べてみて初めて知りました。UKサイズの4号は22.5cm、9号は26.8cm、10号は27.8cmとのこと。 p65 ソヴェリン金貨… 1500ポンド: 当時のジョージ6世Sovereign金貨は8g, 直径22mm。英国消費者物価指数基準(1940/2019)で55.52倍、1500ポンドは現在価値1121万円。 ⑶ The Hiding Place (The Strand 1939-2, Carter Dickson名義, 挿絵H. A. Seabright) 別題: Hot Money : 評価5点 マーチ大佐第4話。「四五口径のレヴォルヴァ、消音装置つき」が登場するのですが、回転式拳銃の場合、銃口以外からも発射音が出てしまうことから、効果的な消音装置は無いはず。JDC/CDはデリンジャー(回転式弾倉なし)をレヴォルヴァと書いた前科ありなので、ここは自動拳銃(オートマチック)のつもり?(WebにSuppressed M1911A1 from WWIIという記事[写真付き]あり。亜音速の45ACP弾だと消音効果が高いようです。) 23000ポンドは英国消費者物価指数基準(1939/2019)で64.82倍、現在価値約2億円。「額面5ポンド以上の紙幣番号は勿論わかっている」ということは、銀行にはそういう記録制度があったのか。(1939年当時の最高額面紙幣は1000ポンド札。当時の英国高額紙幣は結構でかい211x133mmで、白地に文字だけのシンプルなデザインです。) マーチ大佐は「オーギュスト デュパンの≪盗まれた手紙≫以来の最上の事件」と喜んでいます。偽装××(p94)が出回ってたというのはちょっと驚き。 ⑷ Death in the Dressing-Room (The Strand 1939-3, Carter Dickson名義, 挿絵H. A. Seabright) : 評価5点 マーチ大佐第5話。ナイトクラブが舞台。「未来派スタイル」とマーチが賞賛する新しい犯罪の手口がやや面白いが、単純な話。映像化すると割と良くなるかも。 p106 バイ バイ ブラックバード: Bye Bye Blackbird(1926) 曲Ray Henderson、詞Mort Dixon。 p109 五十ポンド紙幣: 上述の通り、白地に文字だけのデザイン。White-note-50-poundsで検索すると見られます。現在価値43万6千円。 ⑸ The Silver Curtain (The Strand 1939-8, Carter Dickson名義, 挿絵H. A. Seabright) : 評価5点 マーチ大佐第7話。不可能犯罪なんですが、あまり構成が上手くない。ラジオ向けに脚色した「死の四方位」(1944)の方が出来が良い感じ。イギリス海峡に面したラ・バンドレット(La Bandelette)は架空地名?主人公がやったギャンブルはバカラ。 p130 六千フラン: 仏国消費者物価指数基準(1939/2019)で319.16倍、ユーロ換算で1(旧)フラン=0.49ユーロ、6000フランは現在価値355583円。 p132 アルマニャック ブランディを注文して、最後の100フランをカウンターの上においた。: 原文では「100フラン札」(hundred-franc note) 上記の換算で現在価値5926円。当時の100フラン札は182x112mm、多色刷り、表にミネルヴァの絵、裏は鍛冶屋と豊穣の女神?(1937〜1939発行) p132 一週間分の部屋代(His hotel-bill for a week)は四千〜六千フラン: 上記の換算で23万5千円〜35万6千円。原文の感じでは飲食費なども込みか?値段は結構高い感じです。賭博街だからでしょうか。 ⑹ Error at Daybreak (The Strand 1938-7, Carter Dickson名義, 挿絵H. A. Seabright) : 評価5点 マーチ大佐第3話。「ライオンの手」(The Lion’s Paw)の地形はどこかに実在しそう。全体的にゆるい感じの話。大佐は「よく使う手」(p183)と言うのですが、現実にそーゆー事件が沢山あったとは信じがたいです… ⑺ The Other Hangman (『探偵小説の世紀』1935) : 評価7点 切れ味の良い作品。もっと犯人がシャーシャーとしてても成立しそう。 舞台は1892,3年のペンシルヴァニア。電気椅子による米国最初の処刑はニューヨーク州1890年。 p193 ホテル代は週ぎめで2ドル: 米国消費者物価指数基準(1893/2019)で28.46倍、現在価値6131円。 p204 ジョン リーの故事: 絞首刑執行時(1885-2-23)、三度吊るされても死ななかったJohn "Babbacombe" Lee(c1864–1945)のこと。(原因は絞首台の不良らしい) p219 日当50ドル: 上記の換算で現在価値153283円。 ⑻ New Murders for Old (The Illustrated London News 1939 Christmas number, 挿絵画家不明) : 評価5点 読者には正体があかされない相手に語り手が物語って行く、という構成が良い。(途中で台無しにするんですが。) 主人公がなに考えてるのか全然共感出来ない無理筋なプロット。 銃は「自動拳銃、ベルギー製 38口径ブローニング」が登場。候補は小型のFNブローニングM1910か大型のブローニングハイパワー(1935)。尻のポケットに入れて身につけていた、という描写があるのでFN1910(全長153mm, 重さ約700g)の方か。 p233 ヨコハマ: 税官吏が銃を没収しようとした… ⑼ Persons or Things Unknown (The Sketch 1938 Christmas number) : 評価5点 JDCが大好きな王政復古時代、事件発生は1660年11月26日、金曜日と明記。なんだかコレじゃない感がするイマイチな話。(過去話に現代感覚を接ぎ木したような感じが変。) p267 五百ポンドの年金: チャールズ2世時代の20シリング金貨は9gなので、金基準(1960)で5310円。英国消費者物価指数基準(1960/2019)で22.84倍、500ポンドは現在価値6064万円。 ⑽ Blind Man’s Hood (The Sketch 1937 Christmas number) : 評価5点 クリスマス ストーリー。1870年の昔話が語られる。雰囲気は良いのですが、ちょっとピント外れな感じがJDC風味。 p301 大道の影絵師が6ペンスで切る細工物: 英国消費者物価指数基準(1870/2019)で118.04倍、現在価値397円。 Colonel March of Scotland Yard(1954-1956)というボリス カーロフ主演の英テレビシリーズがあり、某Tubeでep17: Silver Curtain(殺しの位置関係がわかりやすい)とep18: Error at the Daybreak(舞台が「ライオンの手」じゃないのが残念)が見られます。英語が得意でないのでチラッと見ただけですが、片目が眼帯のマーチ大佐でちょっとコミカルな感じ。(探すと他の動画サイトでep25: New Invisible Man[Margali’s Mysteryシリーズの一作になってます]があり、無料で見ることができました。銃はやっぱりレヴォルヴァでした…) |
No.18 | 6点 | 髑髏城- ジョン・ディクスン・カー | 2019/07/25 06:27 |
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JDC/CDファン評価★★★★☆
バンコラン第3作。1931年出版。創元文庫の新訳で読みました。この訳者さん、サキの白水社版新訳の人だ!と遅ればせながら思い出しました。登場人物紹介が原著通りなのが良いですね。(英米の紹介文句はたいていこんな感じ。全部そうしてくれれば良いのに…) この作品はとても無理筋な設定&解決で不満点はたくさんあるけど、ぶっ壊れた感じがJDCらしくて良い!パズルのピースも結構上手く構成されてます。なにか異常な感じが全体を貫いていて、二大名探偵の鍔迫り合い、という子供じみた趣向もいかにもなJDC風味。でも城の構造はもっと凝りまくって欲しかったですね。あっそうそう、呑んだくれ大会が出てくるのも好きです。 以下、トリビア。原文は入手出来ませんでした。 銃は「モーゼルのごつい軍用拳銃」が登場。「ソフトポイント弾」が使われてます。当時のモーゼル軍用拳銃と言えばC96(Model 1896, 馬族の拳銃で有名)ですね。ただし弾丸「モーゼル三二五口径」は、床井先生の弾薬事典にも出てこないので、おそらく書き間違い。試験的な8.15mm Mauser弾(.320インチ)の可能性ありか?(市場に出回ってないような弾丸なので多分違う。) 通常は7.63x25mmマゥザー(.30 Mauser)弾使用。C96の連射式は1932年以降なので、ここに登場してるのは単発式です。 作中時間は1930年5月20日、火曜日と明記。前作の3年後です。 p15 現職は金で買った… 道楽が嵩じて(金の力で)仕事に直しただけだろう: バンコランの地位は自分の趣味のため買い取ったものだという。バンコランは反論してないので事実らしい。 p93 「作家なんです」: ジェフ マールは作家という設定だったっけ? p94 1909年のワールドシリーズを全試合この目で見たんだからね。ワイルド ビルがパイレーツを向こうに回して投げた年さ。: Pittsburgh Pirates対Detroit Tigers、1909年10月8日〜10月16日。Wild Bill Donovanはシリーズ1勝1敗、最終戦の負け投手。 p95 タイムズ紙のクロスワードパズル: The Times crossword first began to titillate and torment readers on February 1 1930. とタイムズ紙(ロンドン)のホームページにありました。 p100 スロットマシン… 1ペニー入れたら: 英国消費者物価指数基準(1930/2019)で64.82倍、現在価値36円。 p151 『城を戴くドラッケンフェルズの断崖絶壁、睨みおろすはうねり狂うラインの河水』: 何かの引用。 p168 『黄金の川の王様』でばらばらに飛んでった男の手足: The king of the Golden River(1851) by John Ruskin(初版挿絵Richard Doyle(!)) 英国童話。私は読んだことなし。 p193 [ポーカー] 賭けの上限は五マルクね。: 1マルク(Reichsmark)は金基準(1930)で0.049ポンド、上記の換算で64.82倍。5マルクは現在価値2138円。 p209 探偵小説は好きなの。登場人物が絶対に悪態をつかなくて、シカゴのギャングが声を張り上げて、『ああ、神よ!』とかなんとか: ここで揶揄されてるのは何でしょうね。(ハードボイルド派が出版社の自主規制で結構お上品だったことを指してるのかな?) p226 ある本のくだり「かく申す我は底なし穴の王者アパドンゆえ、たとい身は破滅しようとも他の者にかかって想念蘇り、その手にて速やかに鉄槌下しおき、炎雷導き、死神の奇々怪々たる六道までを照らしださん…」: 訳注なしなので有名作なんでしょうね。教養が無いので知らず。 p231 五ドル賭けるわ!: 米国消費者物価指数基準(1930/2019)で15.34倍、現在価値8262円。 p239 『やってしまった』(訳注: マクベス第二幕第二場、王殺しの後のマクベスのセリフ): I have done the deed. バンコランものは意外と音楽が大活躍。以下、登場する音楽関係を単純列挙。(調査が面倒くさくなりました… もし原文を入手できたら調べます。) p13 オーケストラは(…)おしとやかな“リゼット”、笑顔の“ミニョネット”、愛嬌者の“シュゼット”をそれぞれの調べにのせて… : 「訳者あとがき」によるとp60の『ラブ・パレード』の歌詞に出てくる文句だという。 p30 『ローレライの歌』 p41 メヌエットだかなんだかの『アマリリス』 p60 ミュージックホール御用達の歌謡曲『ラブ・パレード』: 調べつかず。 p76 チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲第2楽章『カンツォネッタ』 p152 『ミンストレル楽団 英国王を歌う』を合唱 p182 クリスマスキャロルでいう「名にしおうグリーンランドの山々」から「アフリカの陽光たたえたる泉水」と夢見がちに表現された場所まで、世にあまねく歌われてきた歌だ! p198 ブラームスの『ハンガリー舞曲第五番』 p217 あらしもさんざんくるだろう(訳注: 英国の童謡『行け行け船よ』Sailing, Sailing(1880)の一節) p220 「そうれ、将軍は殊勲十字賞(クロワドゲール)をもらったぜ、パーレヴー」合唱は将軍の下馬評を説き、アルマンティエール(訳注: WWI)の多芸多才なお嬢さんによる驚天動地の武勇伝を、情感こめて披露した。 p221 「美しく青きドナウ」 p222 『ラインの守り』(訳注: 戦前ドイツの準国歌) p223 ベルギー国歌『ブラバンドの歌』 p226 「ゆうべは酔っぱらっちゃった!もう飲めなければ迎え酒、今夜はとことん酔っぱらおう!」ピアノの一団が歌っている… p230 きちんと調子を取った歌…「麗しのメアリ オブ アーガイル」 p277『ユモレスク』: ドヴォルザーク作。 |
No.17 | 5点 | ヴァンパイアの塔- ジョン・ディクスン・カー | 2019/07/20 08:59 |
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JDC/CDファン評価★★★☆☆
ダグラス G. グリーン編のラジオドラマ集(The Dead Sleep Lightly 1983)に日本版ボーナス短篇「刑事の休日」をプラス。伝説のエッセイ「新カー問答」(松田 道弘 1979)も収録。私もリアルタイムでこれを読んですっかりカー熱に取り憑かれたものです。 さて収録されたラジオドラマなのですが、無駄に複雑化せず、わかりやすい筋になってるのが良いところ。単純すぎて物足りない感じですが、ラジオドラマならこのくらいじゃないと胃もたれします。JDC/CDは強烈なシチュエーションにしか興味がない人なので、実は漫画や映画がベストマッチではないか、と妄想。荒木飛呂彦先生、描いてくれないかな… (文字だけだと「ナニコレ」ってなるトリックも映像化すると案外効果的では?) 以下、初放送日は『カー短編全集5』の著作リストで確認。(なぜかDragon in the Poolが抜けてたのでWikiで補足) 原文は入手出来ませんでした。 (1)The Black Minute (BBC 1941-10-18) 高見 浩 訳: 評価6点 フェル博士もの。不気味な降霊術は映画『恐怖省』(1944)を思い出しました。舞台は1940年のロンドン。『ユーモレスク』を奏でるヴァイオリン。悪魔の仮面をつけた、日本のサムライの鎧。(ほお当てのことか?) 警察に通報する電話番号は999。 (2)The Devil's Saint (CBS Suspense 1943-1-19) 大村 美根子 訳: 評価6点 ピーターローレ主演のラジオドラマはWeb公開あり。ネタはアレかな?と思ったら違いました。舞台は1927年、聖カタリナの日(Saint Catherine's Day 11月25日)、オペラ座。曲は「死の舞踏」のなかのテンポが遅いワルツが登場。(2019-7-25修正) (3)The Dragon in the Pool (BBC Appointment with Fear 1944-2-3) 大村 美根子 訳: 評価6点 この味はJDC/CD風味。無理筋なのもいかにもJDC。 (4)The Dead Sleep Lightly (原型CBS Suspense 1943-3-30、改訂版[こちらを翻訳]BBC 1943-8-28) 大村 美根子 訳: 評価6点 フェル博士もの。雨のなか、ふと思い出すところが良い感じなんですが… 舞台は1933年のロンドン。p169の引用“その身を引き裂く/魔女や飢えた悪鬼ども(以下略)”はJDC最後の長篇(1972)の元ネタなんでしょうね。調べつかず。 (5)Death Has Four Faces (BBC Appointment with Fear 1944-10-19) 大村 美根子 訳: 評価6点 編者によるとカー短編集1収録の「銀色のカーテン」(1939)の変奏というが、私は未読。舞台は1930年代のフランス北東岸の町バンドレット。(架空地名?) 作者若き日のフランスの思い出なんでしょうね。雰囲気良し。「ぼくのブロンド娘のかたわらで」(Aupres de ma blonde)は17-18世紀に流行したフランスの歌。 (6)Vampire Tower (BBC Appointment with Fear 1944-5-18) 大村 美根子 訳: 評価6点 JDCの盛り上げ技が光ります。舞台はケント州、1930年代。慈善バザーも映画『恐怖省』の一場面のような感じ。銃は「ウィンチェスター61。22口径で撃鉄は内臓式」が登場。ポンプアクションのライフルWinchester Model 61, Hammerless Slide-Action Repeater(1932-1963)ですね。銃身24インチで全長104cm、重さ2.5kg。撃鉄内蔵だとハンマーが狙撃視線を邪魔しないので、連射時でも狙いを保持しやすい感じ。 (7)The Devil's Manuscript (BBC Appointment with Fear 1944-10-12) 大村 美根子 訳: 評価5点 舞台は1934年、英国の浜辺の町ウェイフォード。(架空地名?) バンドの演奏する「海辺へ行きたい」は英国海岸の定番曲 I do like to be beside the seaside(1907)のことか。雑誌の値段1シリングは英国消費者物価基準(1934/2019)で70.98倍、現在価値478円。当時のStrand誌が1シリングです。編者によるとビアスの短篇の翻案、元ネタは読んでません。なんだか変なねじれ感。 (8)White Tiger Passage (BBC Appointment with Fear 1955-8-2) 大村 美根子 訳: 評価5点 舞台は1954年のブライトン。JDC風味のギャグっぽい話。ミステリ味は薄口。「頰ひげウィリー」のイメージがいまいち分からず。5ポンドは英国消費者物価指数基準(1954/2019)で27.15倍、現在価値18279円。 (9)The Villa of the Damned (BBC Appointment with Fear 1955-8-30) 大村 美根子 訳: 評価4点 怪奇風味の盛り上げは良いんですが… あっさり味です。必ず定刻どおりのドゥーチェの列車がちょっと興味深い。 (10)Detective’s Day Off (初出Weekend 1957-12-25/29) 深町 真理子 訳: 評価5点 不可能犯罪っぽい話があっけなくスカされるのはJDCの特徴ですね。初出誌Weekendはデイリーミラーの土日版?クリスマスなので歌は『神には栄光、地には平和』、『きよしこの夜』 |
No.16 | 5点 | 絞首台の謎- ジョン・ディクスン・カー | 2019/06/21 07:22 |
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JDC/CDファン評価★★★☆☆
バンコラン第2作。1931年出版。創元文庫の新訳で読みました。こなれてない単語をときどき使う感じなのと、セリフの表記が少々へんてこな時がありますが他は読みやすい訳文。 前作の続編で人物再登場もあるので『夜歩く』を読んでたほうが楽しめます。 つかみは素晴らしいんですが、その後が続きません。ラストの活劇も乗れません。全体的にまとまりを欠いている印象です。ラブコメ展開も本筋と全然絡まないし… ところで、これも本筋に絡まないのですが、バンコランが読んでた『囁く家殺人事件』J.J.アクロイド著(The Murders at Whispering House by J.J. Ackroyd)ってあの超有名作(1926)と関係あり? 以下、トリビア。原文入手出来ませんでした。 銃は「スミス アンド ウェッソンのリヴォルヴァー、象牙の握りのついた四五口径、銃身の長い、ニッケルメッキ」が登場。該当銃はM1917(45ACP弾)、5-1/2インチ銃身、通常はブルーフィニッシュ、ニッケル仕上げはレアもの。 作中時間は前作の数ヶ月後、1927年。 p27 最上階には電気が来ていない: ガス灯を使っています。 p29 ミュージカルの歌めいたものを口ずさんでいる: この作品、結構、歌が豊富です。 p30 奇抜な緑の長いミネルヴァ リムジン(Minerva Limousine): ロールスロイスに迫る性能でちょっと安い高級車らしい。 p59 『アラビアン ナイト ブルース』とかいう歌に笑った: 調べつかず。 p68 タラ ラ ラ タラ ラ ラ ブーン!可愛こ娘ちゃんが街ゆけば、小鳥はみんなチュンチュンチュン: ナイトクラブでやってた歌。調べつかず。 p88 十万フラン: 豪勢なパーティ代、たった一晩の支出。仏国消費者物価指数基準1927/2029で416.53倍、416.53旧フラン=0.635ユーロ。現在価値770万円。 p107 バンコランの口を借りて短い探偵小説論が語られます。 p130 歴史探偵: 歴史の謎を解いて評価されてる男が登場。JDC/CDは後年『エドマンド ゴドフリー』(1936)を発表します。 p170 五ポンド賭けてもいい: 英国消費者物価指数基準1927/2019で46.16倍。現在価値31586円。 p206「遊ばれるのはまっぴら」話しかける相手はいない/ひとりぼっちのあたし/ともに歩く人はいない/極楽とんぼの店晒し/遊ばれるのはまっぴらさ!: 調べつかず。 p208 バグダッドのおふくろの歌を悲しい声で歌い上げた: 調べつかず。 p283 鼻歌: バンコランが楽しげに鼻歌を歌う… 何の歌なのか、とても気になります。 |
No.15 | 5点 | 夜歩く- ジョン・ディクスン・カー | 2019/06/02 11:53 |
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JDC/CDファン評価★★★☆☆
バンコラン第1作。1930年出版。創元文庫の新訳(2013)で読みました。新訳はセリフの感覚がちょっと… 持っていないので比べてませんが、多分私は創元旧版(井上 一夫)と合いそうな予感。 もちろん40年ほど前に早川文庫で読んでいますが、あらゆる場面が新鮮でした。 どうやらHarper初版はSealed Mysteryシリーズとして出版されたようで、初版は第13章以降が封印されています。(袋とじを破らなかったら返金するやつ) シリーズの他の作品がダストカバー(Webに写真あり)に載ってるのですがどれも知らない作家(Austen Allen, Mary Plum, Milton Propper, Lynn Brock)の知らない作品。 不可能状況の説明に手間取ってるのが残念。インパクトが弱まっています。それに不気味さを盛り上げるのが下手です。まーいつものオカルトの扱いが雑なJDCですね。大ネタはうっすらと記憶に残っていて驚けませんでした。そして、せっかくのダブル美女なのに書き分け出来てません。世紀末風の耽美溢れる(ちょいエロ風味の)ネタはとても良いのですが充分生かせてないんです。一番生き生きと描けているキャラはゴルトンかなあ。 もとになった中篇グランギニョール(初出: 学生誌Haverfordian 1929年3〜4月号)も読んでみたいと思いました。 ところで今更気づいたのですが、黄金時代の作品群は、探偵小説を読みすぎた者のためのメタ探偵小説なんですね。探偵小説趣味が蔓延していることが前提になっています。「小説みたいな事件が起こった」という小説です。 以下、トリビア。原文が入手出来ていないので調べは行き届いていません。 作中時間は1927年4月23日から始まる事件(p13)と明記。 現在価値への換算はフランス消費者物価指数基準1927/2019で417.81倍、417.81旧フラン=0.64ユーロで計算。 p66 ポオいうところの「対戦相手の力量を図る」: The Purloined Letter ”And the identification,” I said, “of the reasoner's intellect with that of his opponent.” p66『不思議の国のアリス』: 作者の好み全開です。あまり筋に絡まないのが残念。 p106 “春の犬や冬を狩りたて(…)”: 英語の詩らしい。教養がないので知らず。(訳注なしは常識だよね、ということか) 直前にボードレール『悪の華』が言及されている。 p108「消えておしまい、いやなしみ!(…)」: ここも訳注なし。マクベスだと思いますが… p125 ワインの正しい区別: なんか怒って主張しています。にわかワイン通って嫌ですねえ。 p136 故ルーズヴェルト氏: 勇敢な狩猟家として有名な… セオドア ローズベルト大統領(1919没)のことですね。(私は清水俊二派です) p138 二千フラン札: 現在価値15万5千円。Standard Catalog of World Paper Moneyで調べましたが、1930年に流通してる最高額面は1000フラン札のようです。過去に2000フラン札は発行されたことがない?5000フラン札は直近では1918年に発行されていますが… p140 雨が降るよ(…): Il pleut, il pleut bergere/Rentre tes blancs moutons フランス民謡。 p141 愛しマドロンよ(…): Quand Madelon vient nous servir à boire 作詞Louis Bousquet、作曲Camille Robert。コメディアンBach (Charles-Joseph Pasquier)が1914-3-19にcafé-concert l'Eldoradoで歌ったのが最初。(wiki) p165『コレラ讃』を引用(…)“先に逝く者へ手向け… あとに続く死者へ万歳!”: 調べていませんが、なんかあるのでしょう。 p165 グラスをこなごなに: ロシア流の乾杯作法ですが、先生が出してくれたグラスでやってるんですよ。いいんでしょうか。 p173 ガストン ルルーの小説を読んだんだな!: 警察の科学捜査をなめるな、とバンコランは言うのですが、後年JDCは結構、警察の無能に寄りかかった小説を書いてます… p174 アメリカでは密告と拷問: 比べてフランスでは科学捜査が… と言うバンコラン。このフランス警察優位説はどこらへんから来てるのだろう。 p180 いきなり客席に向き直って: 作中人物が直接読者に呼びかけるネタの胚芽がここにあった! p183 探偵: 語り手のジェフ マールは「自分が探偵だ」と言う。えっ?どう言う意味? p184 サックス ローマー: プレッツェル蛇のネタ。どこか別なところでも読んだ気がする… p184 エルクス慈善組織: Benevolent and Protective Order of Elksですね。私はクール&ラムで知りました。 p202 五百フラン: 緊急時の医者への謝礼。現在価値15500円。 p204 バルベー ドールヴィイの「虎の血と蜜」: Jules Barbey d'Aurevilly、作品名ではなく引用句か。 p208 ジョン ゴールズワージー: 有名作家John Galsworthy(1867-1933)のこと?バンコランの友人にされている。 p209 ユージーン オニール: 確かオニールの劇が上演されなかったシーズンにおきた(小説上の)事件がありましたよね… p212 門番(コンシエルジュ)族特有の棒読みのきんきん声: コンシエルジュはすっかり日本語になった感じです。でもこのような印象は無かったなあ。 p224 サタデー イヴニング ポストの挿絵画家ブラウン: Arthur William Brown(1881-1966) 1903-1941までポスト紙に掲載記録あり。(FictionMags Index) p280 オーケストラが“ハレルヤ”の最終音符をばんと打つ: ミュージカルHit the Deck!(1927)の挿入歌Hallelujah(作曲Youmans、作詞Robin+Grey)のことだと思います。もちろんハレルヤの歌詞を持つ曲は沢山ありますが… ところでこの作品にはジャズオーケストラの演奏がバックグラウンドに騒がしく流れてるのですが、曲調はルイ アームストロング初期(Hot Five&Hot Seven)のやつをイメージすれば良いと思います。エリントンやベイシーはまだ先ですから… Billy Cotton楽団やRay Ventura楽団が年代的にはぴったりかな。 最後の文章は意味がちょっとわかりません。(いや大体わかるんですが、折角のキメ文句なのにスパッとしてない感じを受けたんです) 早川文庫(文村潤)の方は多分誤訳。原文はどうなってるのかな。 |
No.14 | 6点 | 猫と鼠の殺人- ジョン・ディクスン・カー | 2018/11/28 22:05 |
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JDC/CDファン評価★★★★☆
フェル博士 第14作。1941年出版。創元文庫で読了。 登場人物が少ないので大丈夫かな?と思うくらいのシンプルな話。特異な性格のキャラが出てくるので良いJDC/CDです。もー少し被害者の描写を多くして、事件前の猫と鼠のいたぶり描写を肉付けしておけば、もっと傑作になったと思います。 奇天烈度がやや低いのと結末に不満(チュートハンパやなー、な感じ)があるので中傑作「弱」という評価になりました。 ところでプールの場(第14-16章)ですが、ずっと「テニスコートの謎」の一場面だと記憶していました。どーゆー狙いの一幕なのか、よくわかりません… 何か隠された深い意味があるのでしょうか? さてトリヴィアです。原文入手出来ていません。 p8 かつら: 18世紀のコスプレみたいなやつ。まだ続いてるのか、と思ったら、民事裁判では2008年廃止。 p37 年500ポンド: UK消費者物価指数の比較で約54倍(1940/2018)。現在価値は日本円にして393万円ほど。 p54 実話雑誌: 米国では1920年代〜1940年代に流行。英国版Trye Story誌は1922年からHutchinsonが出版。 p146 ナポレオンいわく。男は6時間、女は7時間、愚者は8時間眠るとな。: Six hours for a man, seven for a woman, eight for a fool. 英国の古い諺?歴史上のナポレオンとはあまり関係ないようですが、ナポレオンが引き合いに出されることも多いようです。 p188 公衆電話… 5ペンス… Aボタン: Public telephones in 1940s BritainでWEB検索すれば「A ボタン」が見られます。デザインセンスが実に英国らしいダサさで良い。 p190 水着: 詳しい描写なしです。swimsuit 1940で検索すると、すでにセパレート型が登場しているようですが、ワンピース率が高いかなぁ。 銃は「アイヴス=グラント32口径」リボルバーが登場。「銃身を折ってみると、弾丸は全部装填されて一発だけ撃たれている。」という描写があるのでWebley & Scott .32 Caliber Revolverみたいなトップブレークの拳銃なのでしょう。でもIves Grantというメーカーは全く聞いたことがありません。ニワカマニアなので、存在しない!と断言することも出来ません… この場面で作者が架空のメーカーをでっち上げる必要は無いように思うのですが… (2018-12-14追記: Iver Johnsonにも32口径トップブレークのrevolverがありました。1933年F.D. ローズヴェルト暗殺未遂事件に使われたやつです。この記憶が生々しかったので出版側が難色を示した?のかも。多分JDC/CDは気にしないタイプ。最近入手したかなり網羅的なカタログにもIves又はGrantのいずれも掲載されていなかったので、この名称は架空のものと断言しても良さそうです) p14 小型の回転拳銃の弾丸: なぜリボルバーの弾と分かるか、というと薬莢にリムがあるからですね。 ここで問題。本書の作中時間は何年でしょうか? 作品中に、4月27日金曜日(p53)、4月30日月曜日(p227)と明示されています。ですから簡単にわかるはず… しかし、この日付は矛盾しているのです。 登場人物がソドベリー クロスの毒殺事件(緑のカプセルの謎)に言及(p84)しており、作中時間はこの事件の後であることが明白です。(震えない男p85にソドベリー クロス事件は1937年10月に発生した、との記述あり) ところが「4/30月曜」の該当年は原作出版年(1941)に近い範囲(1930-1950)で1934年と1945年だけ。 ああJDC/CDがやらかしたな… 単純ミスだよ… となってしまいますよね。でも日付がもう一つ。p267に「4月30日火曜日」とあり、訳注では「原作の誤り。5月1日火曜日のはず」と指摘しているのですが「4/30火曜」の該当は1940年です。とすると、実はこれが正しく「4/30月曜」が誤りなのか! と結論に飛びついたそこのあなた。あなたは重大な歴史的事実を忘れています。 それは英国では1939年9月1日に始まった灯火管制(blackout)のことです。 この作品中の夜間の光や窓の扱い方は平時のもので、灯火管制下の世界ではありえません。 以下、解決篇です。 多分、作者は1940年「4/30火曜」で初稿を書いたのでしょう。そのあと灯火管制の開始時期を思い出し、1940-1-1は月曜日、1939-1-2は月曜日、というような事実から「日付を一つ後ろ送りすれば1年前にずらせる、それなら灯火管制前になるのでオッケー」と考え1940年「4/29月曜」→(作者のつもりでは)1939年「4/30月曜」などと修正したのだと思います。(1箇所p267は修正漏れ) なのでJDC/CDが執筆中に想定していた事件発生年は1939年だと思うのです。(実際の1939年4月30日は「日曜日」) 作者は閏年のズレ(3月以降は2つズレる)を忘れていた、というのが私の仮説です。Q.E.D. |
No.13 | 7点 | 連続殺人事件- ジョン・ディクスン・カー | 2018/11/25 08:50 |
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JDC/CDファン評価★★★★☆
フェル博士 第13作。1941年出版。創元文庫で読了。 スコットランド愛が溢れた作品。子供時分に読んで、こんなに楽しいスコットランドが大好きになりました。(でも作者のスコットランド知識も登場人物のアランとどっこいどっこいじゃなかったのかな) 最近エマニュエル トッド説を知り、やはりスコットランド万歳です。 前に読んだ、といってもほぼ40年前。話の筋や犯人、トリックなど全部忘れています。呑んだくれて大騒ぎの強烈な印象が残っていただけなので再読がとても楽しみでした。(逆に三つの棺とか火刑法廷はなんだか気が重いんですよ… まだ読めていません。) constant suicidesの適訳はなんなのでしょう? 連続自殺事件でいいのかな。(A Constant Suicideという小説が出ていました。こっちは単数形なので「常に自殺」?) 冒頭は映画のラブコメ。ビリーワイルダーのセンですな。(いやワイルダーならもう一捻りあるか) ブッキッシュな作者なので歴史トリヴィアからスタートです。(ネタのクリーヴランド公爵夫人は歴史上の実在人物、肖像画を見ると「金髪の小柄」では無いようですね…) 途中の記述でトリックを思い出してしまいました。でもそんなに支障は無いです。 スコットランドヤードをスコットランドに呼ぶ、が一番面白いジョーク。 強烈な登場人物が出てくるとJDC/CDは傑作になる可能性が高いです。奇妙奇天烈な筋だから、それにキャラが釣り合っていなければ。この作品は合格です。 最初の事件に比べて、後の事件が弱いのはいつもの通り。昔読んだときは大傑作!という記憶でしたが、今回読んでみると、破天荒度が高くないので中傑作という評価です。「キャンベル家の宿命」ちょっと飲んでみたいですね。(やめておけ) さてトリヴィアコーナーですが、原文が入手出来ず、調べが行き届きませんでした。 p8 例のスコッチのダジャレ: よくわかりません。 p30 ぺピース: 現在はピープス(Pepys)でお馴染み。 p34 ロックローモンド: The Bonnie Banks O' Loch Lomond スコットランドの古謡 p38 ネクタイ1ダースで3シリング6ペンス: 0.175ポンド。当時のドル換算で70セント。現在価値は16.751ドル(食パン基準1940/2018) 随分安い… p45 セドリック ハードウィック(Cedric Hardwicke): 41歳(1934)で卿に叙された英国俳優。シュノッズル デュランテはおなじみ(じゃないかな?)Jimmy 'Schnozzle' Duranteですね。 p80 ショオの“医者のジレンマ”(The Doctor’s Dilemma): G.B.Shaw作、初演1906年。邦訳は『医師のジレンマ -バーナード・ショーの医療論』(中西勉訳、丸善名古屋出版サービスセンター1993)だけ?ショーって相変わらず人気無いですね。(「ウォレン夫人の職業」にミステリ味があったようなおぼろげな記憶が…) p119 ヒースの美酒の秘密よ/とこしえにわが胸に眠れ: 詩の引用らしいのですが、発見出来ず。 p158 文豪スティヴンソン…(中略)…アレン ブレック(アランじゃないんだから間違えないでもらいたい)… (中略)… 映画になった“誘拐”: Kidnapped(1886)にも出てくる実在のAlan Breck Stewartの発音がアランじゃないらしいです。英Wikiより(Gaelic: Ailean Breac Stiùbhart; c.1711–c.1791) 実はアイリーン? p220 スコットランドの法律には事後従犯なんて無い: これにはビックリ。調べてみると日本の刑法でも事後従犯は処罰の対象ではないらしい。(犯罪を事前に助けると「従犯(幇助犯)」です。ペリー メイスンの読みすぎで全世界共通の罪だと思いこんでいました…) p235 いとし娘は、かぼそいおぼこ…: 多分実在の唄。Alan Lomax録音のスコットランド古謡のシリーズ(Jeannie Robertson, Jimmy MacBeathなど)を持ってますが、収録されてるのかなぁ。後でじっくり聴いてみます。 銃は「軽い20口径の猟銃」(p238)が登場。20-bore「20番」ですね。延原先生は正しく訳してるのに… (井上一夫さんは弟子) 「強だま」(p255)はheavy loadのことでしょうね。 (以下2019-6-1追記) やっと原文を入手出来ました。不明の詩はあっさり判明。 p119 Here dies in my bosom/The secret of heather ale.: Robert Louis Stevenson作のHeather Ale. A Galloway Legend(1890)より。 p235 I love a lassie, a boh-ny, boh-ny las-sie –/ She’s as pure as the li-ly in the dell – ! : ミュージックホールコメディアンHarry Lauderの出世作I Love a Lassie(1905)より。Webに音源あり。 p38の現在価値を、上ではドル換算してますが、英国消費者物価指数基準1940/2019(55.52倍)で計算し直すと1360円。きちんと読むと「一本三シリング六ペンスだに」(They’re three-and-sax-pence each.)となってることに今気づきました。じゃあ普通の値段(やや安いか)ですね。 |
No.12 | 4点 | 震えない男- ジョン・ディクスン・カー | 2018/11/11 20:47 |
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JDC/CDファン評価★★★★☆
フェル博士 第12作。1940年出版。HPBで読了。 なにせエリオット三部作(曲った蝶番、緑のカプセルの謎)の一つなので、非常に期待して読んでたのですが、事件現場の目撃者の証言(p72)で、あっこれは駄目なJDCだ!とガッカリ。でも意外と持ち直すのが早くて、まともな探偵小説?と思ったら、やっぱり変てこな物語でした。動機も手段も上手くいく可能性も登場人物の心理もかなり無理があります。あまりにヒドいので誰かに読ませたくなりますね! 歌はたった一曲だけ。 p180「浜辺に坐ってみたいのよ」(I Do Like to Sit beside the Seaside): ミュージックホール由来でI do like to be beside the seasideという有名曲があります。作詞作曲John A. Glover-Kind (1907) 銃器関係では古式ピストルのコレクションが登場。 p46 車輪式引金(wheel lock): ホイールロックは回転式発火装置 p46 ナポレオン時代の騎兵用ピストル(Napoleonic cavalry pistol): フリントロック式のもの。Webに画像あり p47 雷管(percussion cap): パーカッション式は1820年頃の発明なので「ウォータールー」以前のピストルのコレクションならホイールロック式かフリントロック式ですね。 唯一の現代銃は登場人物(英国人だと思います)の所持品のa .45 army revolver(p57): 英国陸軍ならWebley拳銃(正しくは.455口径、JDCは「ウェブリー45口径」と書いたことあり)、可能性は低いが米国陸軍の45口径ならM1917。流石に骨董品のColt Single Action ArmyやRemingtonのNew Model Armyではないと思われます。 p122 毛状引金(hair-trigger): ヘアトリガーは「ほんのちょっと触れたら発射する状態の引金」のことですが「毛状引金」という訳語は初めて見ました。 ところでp146の会話はこんな感じに訳したいと思いました。 “You don’t take many chances, do you?”(運はあてにならないと思ってるんですね) “My boy, I never take any chances”(私は決して幸運をあてにしないのですよ) |
No.11 | 4点 | テニスコートの謎- ジョン・ディクスン・カー | 2018/11/11 05:10 |
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JDC/CDファン評価★★★☆☆
フェル博士第11作。1939年出版。創元新訳(2014)で読みました。 創元旧訳(1982年)文庫出版時に読んで、印象が良くなかったのですが、新訳で再読してみると結構面白い話。被害者をちゃんと描き込んでるのが良いですね。でも冒頭はもっと小説的にスリリングになる(想いを寄せる美人が、好きでもない小生意気な若造と結婚しようとする)のに、そこには興味のないアンチノヴェリストJDCです。小ネタは効いていて中盤までは非常に良いのですが最重要容疑者の態度が変で、いつもの通り2回目の犯行はテキトー路線。そして大ネタは「はぁ」という感じ。p322のタイムラインを冒頭の記述と照らし合わせると完全にアンフェア。手がかりは色々あったよ、と作者が主張しても、効果が薄い伏線では… 思いつきばかり先行して詰めを怠るJDCの悪い面ですね。 では恒例の歌のコーナーです。 p138 <鎮まれ、暴れ馬>ジーパーズ クリーパーズ: Jeepers Creepers 映画Going Places(1938年12月公開)が初出。 p228 彼はらくらくと空を漂う/空中ブランコの勇気ある若者/…: The Daring Young Man on the Flying Trapeze 原曲は1867英国ミュージックホール発祥、Walter O’Keefeが一部改変してヒット。映画「或る夜の出来事」(1934)でも歌われた。ここに出てくる歌詞はO’Keefe版。ところでp269「でも つれない彼女/おれはしがない空中ブランコ乗り…」(But I never could please her one quarter so well/As the man on the flying trapeze!) 厚木訳「しかし彼女はテコでもなびかなかった/空中ブランコの上の人のように」はいずれも間違いで、空中ブランコの男と比べると俺は全然あの娘を喜ばせられなかった、という意味だと思います。 p265 ウィリアム テル 序曲: むしろローンレンジャーのテーマとして有名かも。ラジオドラマは1933年から。 銃は45口径リヴォルヴァー(間違いなくSAA)と正体不明の22口径が登場。 |
No.10 | 8点 | 緑のカプセルの謎- ジョン・ディクスン・カー | 2018/11/10 04:00 |
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JDC/CDファン評価★★★★★
フェル博士第10作。1939年出版。新訳(2016)で再読。 記憶に残ってたのは、実験で何か書いてるシーンがあって凄い傑作だった、という印象のみ。今回、新訳で再読(といっても40年ぶり)してみたら、それ以外はすっかり忘れていて、冒頭などは今回の新訳で初めて翻訳されたんじゃないのか?と疑う始末。犯人もトリックも全く覚えていませんでした。 強烈で異常なキャラが異常な状況を作り出すJDC/CDの独壇場。実験は素晴らしいの一言。(錯覚や錯視やロフタスが大好きです) 罠の連続が実にいやらしく探偵小説としては非常に上出来、なんですが、この話、エリオットの視点だけで主観全開で語ったらもっと盛り上がると思うんですよ。小説的に良いネタをぶつ切りにしてぶん投げるアンチノヴェリストJDCらしさですね… ところで宇野先生の訳が悪いはずがない、と思って昔の文庫を見たら… セリフがとても古臭くて新訳は大正解ですね。 (これもフェル博士に歌と酒が付き物、という真理の発見前だったのでトリヴィアの記録はありません。歌が出てきた記憶もないのですが…) |
No.9 | 7点 | 曲った蝶番- ジョン・ディクスン・カー | 2018/11/05 00:20 |
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JDC/CDファン評価★★★★★
フェル博士第9作。1938年出版 創元新訳(2012)で読了。 四十年前、創元推理文庫の旧版(中村 能三さん)で読んで、あんまりパッとしない話だな〜、という印象だったのですが、たまたま古本屋で新訳を見つけ再読。うわぁ冒頭から素晴らしい! これは実は凄い傑作だったの? と思ったら中だるみでちょっとガッカリしたものの、ラストは怒涛の超展開。いや〜JDCらしい怪傑作ですね! で読んでるうちに「中二病」が浮かんだんです。だってタイタニック、自動人形、悪魔信仰ですよ。秘密めかした態度とか、不器用な恋愛描写もまさに思春期男子。 ところでノウゾーさんの訳が悪いはずがない、と思って昔の文庫を見たら… 文章やセリフがとてもぎこちないですね。(本作をキッカケにJDC/CD再読が始まりました。なのでトリヴィアコーナーはありません。歌が出てきたかなぁ) |
No.8 | 6点 | 死者はよみがえる- ジョン・ディクスン・カー | 2018/11/04 09:36 |
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JDC/CDファン評価★★★★☆
フェル博士第8作。1938年出版。創元文庫(1972)で読了。 HPBちょっと参照。 美食に飽きた金持ちが何か変わったものない?と注文して偏屈なシェフ出が出してくるようゲテモノ料理、それがJDCの諸作品なんだと思います。 結末までは本当に素晴らしいのですが、最後は唖然とさせられました。フェル博士のみっともない言い訳(p344)が作者の後ろめたさを物語っています。 主人公はJDCの分身(南アフリカ=北アメリカ)で、人生の苦労なんて無意味と主張したり、「彼は前から人間を観察していないといわれてきた男だった」とか作家にあるまじき人物像を暴露されています。名言が一つ: beware of people who make you laugh, because they’re usually up to no good.(p140) 橋本訳ではハドリー(ぼく)とフェル(きみ)の関係が近すぎる感じですが、二人の関係性を思えば、これくらいが本当は妥当なのかも。(最初、HPBで読み始めたのですが、何か読みづらくて、創元文庫に切り替え。延原信仰がちょっと揺らぎました。) フェル博士のお気に入り事件は「うつろな男」「ドリスコル殺人」「ヴィクトリア女王号」と自白。 ところでH.M.第3作「赤後家」(1935)に出てくる「ロイヤル スカーレット事件」は本作と関係あり?「ピカデリイのロイヤル スカーレット ホテルで起こった、アメリカの富豪リチャード モーリス ブランドン殺害事件…〇〇(伏字)というトリック…公刊予定…」H.M.が手こずったと明言されています。(ゆるく解釈すれば、〇〇は本作と合致します) さて恒例の歌とトリヴィアのコーナーです。 p10 パターソン夫人「いったいなんの役に立つのよ?」(Mrs. Patterson: ‘What’s the use? It’s all a pack of lies.’): 何かの引用?それとも架空のパターソン夫人? p121 「進め! 牧童」という新しい歌を披露(introduced the novel note of ‘Ride ‘em, cowboy!’): 同名の西部劇映画(1936)あり。 p122 夢中でバラッドを歌っている…(singing a ballad whose drift I need not repeat.): 口をはばかる内容らしいのですが題名が書かれていません。 p262 ジェニーはぼくにキスをした(Jenny kissed me when we met): a poem by the English essayist Leigh Hunt (1838) JDC作かと思ったら丸ごと実在の詩の引用でした。 銃器関係ではp154、12口径の散弾銃(a twelve-bore shotgun): 口径の前の数字は直径の意味となってしまうので12番・12ゲージと訳すのが正解。boreは英国表現で米国のgauge。(延原訳では12番の猟銃) |