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弾十六さん
平均点: 6.10点 書評数: 446件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.226 6点 運のいい敗北者- E・S・ガードナー 2020/01/25 08:28
ペリーファン評価★★★★☆
ペリー メイスン第52話。1957年1月出版。ハヤカワ文庫で読了。(なお、以下はAmazon書評をちょっと手直しした再録です。)
Saturday Evening Post連載(1956-9-1〜10-20)ポスト誌集中連載時代(10年間に14作)の5作目。メイスンは匿名の依頼人から裁判を傍聴する役目で雇われます。轢き逃げ裁判で他の弁護士の反対尋問を見物。妥協せず戦うことの価値を説く、被告の叔父。人身保護に関する審理でメイスンは重要な争点を指摘し、陪審裁判では偽装を破れず追い詰められますが、閃きの一撃で鮮やかに解決します。遂にメイスンに勝てると見込んでわざわざ法廷に駆けつけたバーガー、真実が明らかになってもグズグズとメイスンの非行を非難する姿が哀れです。銃は.22口径の自動拳銃が登場、メーカー等詳細不明。なおThe Perry Mason Bookによると第12章に出てくる判例中の「クルーパ」はジャズドラマーのジーン クルーパだそうです。
(2017年5月3日記載)

No.225 5点 マリー・ロジェの謎- エドガー・アラン・ポー 2020/01/24 03:41
初出Ladies’ Companion 1842-11, 12, 1843-2(三回分載)。創元文庫の『ポオ小説全集3』(丸谷 才一 訳)と青空文庫(佐々木直次郎訳)で読了。丸谷訳は相変わらずデュパンのセリフが急に丁寧になったりして変テコ。文章もこなれてない感じで流れが悪く読みにくい。直次郎訳の方が『モルグ街』同様、安定していて読みやすいです。
金欠のポオが当時話題のMary Cecilia Rogers殺人事件(Wiki「メアリー・ロジャース」参照)をネタにして稼ごう、という趣旨で『ポオ書簡集』を読むと雑誌発表前1842-6-4の手紙で、編集者たちに売り込んでいます。(100ドルの価値があるけど…と吹っかけておいて、グレアムズ誌に50ドル=17万円、ボルチモアの編集者に40ドル=14万円を提示。米国消費者物価指数基準1842/2020で31.34倍により換算) その手紙の中では「デュパンが謎を解く」unravelled the mysteryとあります。原型ではちゃんと解決までいってた?
作品の発表時と単行本版には作者の原注にあるように異同があり、私の興味は、①この作品と実在の事件の違いはどの程度?と②ポオはどのくらい書き直したのか?というものでした。ネットに雑誌発表版と単行本版(Tales 1845)を収めた便利なサイトThe Edgar Allan Poe Society of Baltimore(www.eapoe.org/works/info/pt040.htm)があったので、斜め読みしたところ、注釈以外は大きな変動はない様子。どうやら現実の事件で1842年11月ごろ重大告白(Mrs. Loss)の発表があり、連載中に原稿をいじったらしく、そのため連載三回目が一か月延期になったようです。(オリジナル原稿は残っていないらしい。) 多分連載三回目の分に多くの修正が入っているはず。2回目の始まりは(以下、創元文庫のページ数)p170「そこで、すぐ判るだろうけれど…」(YOU will see at once that...)、3回目の始まりはp193「話をさきに進める前に…」(BEFORE proceeding farther...)です。
小説では、途中までデュパンがある人物に疑いを振っているのですが、最後は腰砕け。ラストは、パリの事件とニューヨークの事件との類似はあくまで超偶然なので、デュパンの方法を現実に当てはめちゃダメよ、という情けない終わり方。(これは訴訟対策なのか?) ジャーナリズムと探偵小説の深い関係が印象に残りますが、デュパンの推理が驚きに満ちたものでもないので、特別面白いとは言えません。
以下、トリビア。翻訳及びページ数は創元文庫。原文は上記サイトの単行本版テキスト。
作中時間は『モルグ街』の「約二年後」(p149)、「18**年6月22日、日曜日」(p153)が手がかり。日付と曜日が一致するのは、作品発表時1842年の直近は1834年。閏年の飛びを無視して曜日が1年に1日ずつずれるとして遡及計算すれば『マリー・ロジェ』1839年、『モルグ街』1837年となり『モルグ街』の設定にも一致して良い感じ。(ポオは閏年の曜日の飛びを充分理解してなかったのでしょう。)
現在価値は、手持ちのが仏消費者物価指数は1902以降有効だったので、金基準1839/1902(0.98倍)&仏消費者物価指数基準1902/2019(2630倍)で合計2577倍、1フラン=3.93ユーロ=475円で換算。
p146 注釈: バツの悪い感じの書き方。ポオは「失敗」を自覚しています。
p147 二人の人物の告白(confessions of two persons): 一人はFrederica Lossだが、二人目は誰のこと?Andersonの秘密は1891年まで公になっていなかったはずだが…
p150 五か月(about five months): 最初の失踪から次の失踪までの期間。現実の事件では1838-10と1841-7で約2年9月。
p151 一千フラン: 47万5000円。当初の懸賞金。確かに安い。
p151 二万フラン: 950万円。
p152 二人の全精神を集中せねばならぬほどの、ある研究に従事(Engaged in researches which had absorbed our whole attention): 『モルグ街』と同様、二人は謎の研究にかかりきり。
p153 率直でかつ気前のよいある申し出(a direct, and certainly a liberal proposition): この表現だと大金を積んだ、ということか。
p153 緑色のレンズの底(beneath their green glasses): サングラスか。
p156 女結び(レデイズ・ノット)ではなく、引き結び(スリップ)すなわち水夫結び(セイラーズ・ノット)(a lady’s, but a slip or sailor’s knot): 『モルグ街』と似たような手がかり。slip knotは見つかったが、lady’s knotがWeb検索や辞書で見当たらない。イメージとしては蝶結びだが… (ここではボンネットの紐の結び目)
p158 死体に向けて大砲を射った(a cannon is fired over a corpse): ここは丸谷訳の明白な誤り。直次郎訳では「死骸の上で大砲を発射」川の付近で大砲を撃つと、衝撃で引っかかりが外れ、底に沈んでいた死体が浮き上がることがある、という意味だと思います。
p166 センセイショナリズム: いまも変わらぬマスコミの本質ですね。
p167 文学の場合でも推理の場合でも、最も直接に、そして最も広く理解されるのは警句(エピグラム)(In ratiocination, not less than in literature, it is the epigram which is the most immediately and the most universally appreciated): ratiocinationは1843年John Stuart Millの用例あり。当時の流行語だったのか。
p174 足跡(trace): 丸谷訳は限定し過ぎでは? 直次郎訳では「形跡」
p176 発見されたガーターの止め金は小さくするために逆に動かしてあった(the clasp on the garter found, had been set back to take it in): どうして知人(男)がガーターの設定を知ってたのか?ガーターって見せびらかすものなのか。実際の事件では母親がそのことに気づいたようだ。(詳しく確認してません。) 直次郎訳では「靴下留めを縮めるためにその釦金(とめがね)がずらしてあった」
p183 最近ハンカチは、悪党にとって必要不可欠なもの(absolutely indispensable, of late years, to the thorough blackguard, has become the pocket-handkerchief): そーゆーものですか。
p188『ディリジャンス』6月26日(原注ニューヨーク・スタンダード): この記事(第六の切り抜き)だけ実在せず、ポオの創作か?と疑われたが、注釈の書き間違いでNew York Times and Evening Star紙に該当記事があった。
p190 他人には知らせない或る目的(for certain other purposes known only to myself): ここは単行本での追加。ここら辺、雑誌発表時には「駆落」限定のように書かれており、他にもニュアンスを変える追加があります。(p191「少なくとも数週間は--あるいは隠れ家がみつかるまでは帰らないつもりなのだから」)
p212 オール六(sixes): 欧米ではクラップスのような二つのサイコロを使うゲームが一般的なような気がする。オール六だとチンチロリンみたいな感じ。直次郎訳では「六の目」、試訳「六が揃う」

ついでにマリア・モンテス主演の映画(MYSTERY OF MARIE ROGET 1942)[英語版、字幕なし]を見ました。作中年代は1889年でモンテスはミュージカルスター。デュパンは警察の研究所に勤める医師?という設定。モルグ街に死体安置所があったりします。原作とはほとんど関係ない筋。大砲を撃って死体を浮かばせようとするシーンが面白かった。まーお気楽・安易な探偵ものなので評価4点程度です。

No.224 6点 メッキした百合- E・S・ガードナー 2020/01/20 01:54
ペリーファン評価★★★★☆
ペリー メイスン第51話。1956年11月出版。HPBで読了。(なお、以下はAmazon書評をちょっと手直しした再録です。)
恐喝と美女、犯罪が起きた後でメイスン登場、第5章からです。
「ごゆっくりモテル」はStaylonger Motelの翻訳。刑事連は友好的なトラッグ(ただし「ペリー」とは呼ばない)と強引なホルコム。大陪審経由なので検察側のネタ不明状態で陪審裁判に臨むメイスン、更にバーガーは手の内を隠すため、冒頭弁論を棄権(先例の無い行為、と自ら言う) 被告に無能扱いされるメイスンですが、鮮やかな逆転劇を演出し事件を解決します。(性懲りもなく騙されちゃうのがバーガーです) 「犯罪に乾杯」が出てきますが、メイスンのセリフではありません。
銃は被告が5年ほど前に買った0.38口径のコルト六連発廻転拳銃、青っぽい鋼鉄製、シリアル740818が登場。シリアルからOfficial Police 1948年製かOfficer's Model Special 1950年製が該当。(よく似たシリアル704818のコルト製38口径リボルバーが登場するのは「怒った会葬者」、メイスンものには拳銃のシリアルの使い回しが結構あります)
(2017年5月3日記載)

No.223 6点 とりすました被告- E・S・ガードナー 2020/01/20 01:43
ペリーファン評価★★★★☆
ペリー メイスン第50話。1956年5月出版。HPBで読了。(なお、以下はAmazon書評をちょっと手直しした再録です。)
Saturday Evening Post連載(1955-12-10〜1956-1-28)ポスト誌集中連載時代(10年間に14作)の4作目。連載中のタイトルはThe Case of the Missing Poison。眠る女と医師の不気味な実験室から始まる物語、メイスン登場は第2章から。5ドルで子供たちを手なずけるメイスン。メイスンの乾杯は「健康を祝して」トラッグ久々の顔出し、嬉々として新聞発表をする「ホーカム」巡査部長はお馴染みホルコムのことですね。チョコレート・サンデーに抵抗できず肥りかけた20代の半ばすぎのガーティ。裁判の予想は10対1でメイスンの不利、バーガーは嵩にかかって攻め立てますが、メイスンの鋭い指摘でヘナヘナとなります。解決は鮮やかですが検察側が間抜け過ぎです。
銃は登場しませんが、レミントン製UMC16番と刻印された16ゲージの猟銃の弾が登場、散弾ですね。
(2017年5月1日記載)

No.222 6点 怯えるタイピスト- E・S・ガードナー 2020/01/20 01:37
ペリーファン評価★★★★☆
ペリー メイスン第49話。1956年1月出版。ハヤカワ文庫で読了。(なお、以下はAmazon書評をちょっと手直しした再録です。)
フランス、イギリス、南アフリカ -- 国際色豊かな事件。完璧なタイピスト、消えた女、古風な手紙、宝石密輸事件が道具立てです。ロボトミー手術を受けた男が出てきたり、綱引き(7月4日に田舎町でやっているらしい)のコツが語られます。今回は被告側が反対尋問出来ない起訴陪審(grand jury「大陪審」と訳されることが多い)経由なので、何が出てくるか五里霧中で陪審裁判を迎えます。いやに自信たっぷりなバーガー、メイスンは焦りますが… ラストはちょっとどうかなあ、というややスッキリしない感じ。
ジャクソンとトラッグは名前だけ登場、二人ともしばらくご無沙汰です。
文庫版には「があどなあ・ほうだん/5」が付属、弁護士の秘密交通権についての解説があります。
(2017年4月30日記載)

No.221 6点 小鬼の市- ヘレン・マクロイ 2020/01/18 23:18
1943年出版。ウィリング第6作。本作もDellのMapbackになってて、サンタ・テレサ島の全体が見渡せます。同じDellの表紙に「小鬼」も描かれています。
肝心の内省が省かれてて、いつもの最後はコレジャナイ感。でも今回はストーリーとマッチして結構心地良いラスト。
あらためてマクロイさんは素直な人だな〜、と感じました。今まで読んだ本格ものの筋もよじれてないし、本作のように陰謀を描いてもストレート過ぎです。このさばさばしたあっさり味が、今はとても気に入って続けて読んでいます。全然、胃もたれしません。(探偵ウィリングのキャラも推理もあっさりしてますね。)
ところでカリブ海といえばヴードゥーかな?と思ったのですが、出てきません。そーゆーどことなくちゃんとしてるところがマクロイさんらしくて良いですね。
本作はスパイ冒険もの。格闘シーンも頑張ってます。(理屈優先過ぎですが…) 女性記者のキャラが良い。(もしかしてマクロイさんの自画像?根拠はありません…)
以下トリビア。
作中時間は1943年1月4日(p15)と明記。
現在価値は米国消費者物価指数基準1943/2020で14.85倍、1ドル=1620円で換算。
p39 あるフランス人女性は断頭台へ向かうとき「誰でも最後の一歩は絶対に踏みはずしたくないものです」(One would not wish one’s last step to be a faux pas): 調べつかず。
p48 生年月日1906年7月5日: とすると主人公フィリップ・スタークは現在36歳ということになる。ウィリングはWWIにも参加(『家蠅とカナリア』)、45歳くらいか。
p63 バートレット引用句辞典…ロジェ類語辞典: Bartlett's Familiar Quotations(初版1855)、米国人John Bartlett(1820-1905)編集。Roget's Thesaurus(初版1852)、英国人Peter Mark Roget(1779–1869)編集。
p69 ジョニー・ウォーカー: Johnnie Walker(このブランド名は1909から)、Kilmarnockのスコッチ・ウィスキー。 「ジョニ黒」という語は何か懐かしい。
p85 最近ニューヨークでホールドアップと呼ばれている路上強盗(casual muggers, as hold up men were now called in NewYork): この頃の言葉だったのか。
p86 幻という強い絆があれば、死者と生者はともに暮らしていけるのです(By the strong bond of illusion, the dead and the living are bound together): 訳注で「牡丹灯籠」より、とあるがラフカディオ・ハーンのA Passional Karma(In Ghostly Japan(1899)収録)には該当なし。調べつかず。
p90 五百エスクード: Escudo、架空の国サンタ・テレサの通貨単位。ポルトガル・エスクード換算だと金基準1943/1956で1.23倍、ポルトガル消費者物価指数基準1956/2020で100.62倍(=0.5ユーロ)なので合計123.76倍(=0.615ユーロ)、500エスクードは37144円。
p101 ラヴェルの曲: p232ではロマ音楽と言われています。Tzigane(1924)か。
p118 ホイッスラーの言う“マントルピースの上にある見苦しい興ざめな物”(Whistler's “something awful on the mantelpiece that gives the whole show away”): Symphony in White, No. 2: The Little White Girl(1864)のこと?調べつかず。
p124 キップリング… “新聞の威力”: 調べつかず。ジャーナリスト賛歌ですね。
ローマ教皇は禁止令を発令できる/大英帝国の命令も絶対である/しかし泡は必ずつつかれ、はじける/われわれのような者たちの手で
p132 トロイのの要塞と馬の頭(walls of Troy and the head of a horse): Who’s Calling?(1942)より。若干のネタバレ。
p133 五十ドル: 81000円。精神科医への謝礼。
p140 ペトラルカの手書き文字をもとに考案されたとされる優雅なイタリック体(the elegant italic script said to have been first copied from the handwriting of the poet Petrarch): 調べつかず。「ペトラルカ (1304-74) がCarolingian minusculeを真似て使い出したfere-humanisticaと呼ばれる書体」(国会図書館HP)というのがあったが、そちらはローマン体のようだ。
p154 百エスクード: ポルトガル・エスクード換算なら7428円。一ヶ月の生計費らしいので、サンタ・テレサのエスクードはポルトガル・エスクードより高い?(物価を考えると同じくらいなのかも。)
p155 コントラクト・ブリッジのお相手も出来ます(I can even play contract bridge): いろいろ役に立ちますよ、ということで、何か深い意味があるわけじゃない…と思う。
p160 通貨単位がエスクードじゃなくてドルだったら、払えなかった(If he'd had to pay in dollars instead of escudos, he couldn't have done it): ということはエスクードはドルより結構安いようだ。
p176 千ドル: 162万円。
p176 メキシコ・ドル: 8レアル銀貨(規定量目27.073グラム、規定品位90.28%)のことらしい。当時もメキシコの貨幣単位はpeso。1943年の銀価格は0.45ドル/オンスなので、1メキシコ・ドル=0.43ドル。
p178 半年間の給料が1000ドルにも満たない雑用係: 年収324万円以下。
p180 こちらとニューヨークは… 経度は同じ: サンタ・テレサの地理的な設定。ニューヨーク(74.0059)はカリブ海のハイチ(ポルトー・プランス72.3074)とジャマイカ(キングストン76.8099)の間。
p184 三百エスクード: p9の三週間分の下宿代(a board bill overdue for three weeks)、正確には294エスクード(p198)、ポルトガル・エスクード換算だと21840円、月額31548円。
p210 ホイッスラーが描いたフリュネーの裸体: Purple and Gold: Phryne the Superb! - Builder of Temples(1901) by James Abbott McNeill Whistlerのことか。
p228 イギリスでは“野生の蜂蜜”として知られる地元産の奇妙な果物… 見た目はカラーの花とパイナップルを合わせたような感じで、ラテン語名には“おいしい怪物”という意味がある(the odd native fruit known as “wild honey” in English—something between a calla lily and a pineapple with a Latin name meaning “delicious monster.”): 調べつかず。架空のものか。
p232 ロマ音楽(Gypsy music): 「ジプシー音楽」と訳せば良いような気がします。
p268 アメリカ人用の朝食、すなわちコーンフレーク、ポスト・トースティーズ、グレープナッツ、シュレッデッド・ホイートなどのシリアル類: Henry PerkyのShredded Wheatは1890年、KelloggのCorn Flakesは1894年、PostのGrape-Nutsは1897年、Post Toastiesは1904年。wikiのList of breakfast cereals参照。
p270 “記者は眠らない”(Newspaper correspondents seldom die and never sleep): We Never Sleepはピンカートン社のキャッチフレーズ。翻訳ではseldom dieが抜けてます。
p272 満州族による南京陥落: 清の曾国藩が1864年に太平天国の首都天京(南京)で行った大虐殺。
p272 ノルマン朝によるベリック占領: 1069-1070のWilliam's Harrying of the Northのことか。
p277 コルトの38口径のリヴォルヴァー: 当時ならOfficial Police、Detective Specialなど候補は豊富。Official Policeの戦時手抜きバージョンCommandoが適当か。
p280 カメラをぶら下げた能天気な観光客: 私も大嫌いです。
p313 A・E・W・メースンの小説: 連想からややネタバレ物件かも。読んだことがないので私には不明。
p352 スコットランドの東海岸: 珍しく次作The One That Got Away(1945)の予告か。

No.220 6点 あなたは誰?- ヘレン・マクロイ 2020/01/13 06:37
1942年出版。ウィリング第4作。例によってDellのMapbackがあります。翻訳は情景描写の癖がちょっと気になる感じですが、まあ好みの問題?私は駒月ファンです。
冒頭から不気味な電話… 素晴らしい!でも解決篇はコレジャナイ… マクロイさんのラストには、いつもこんな感じが付きまとうのですが、ようやく正体がわかりました。マクロイさんは、登場人物それぞれの内省たっぷりな記述スタイルで、それが臨場感を生み出してるのですが、真相とそれまでの内省が一致しないのです。一種の叙述トリック。読み返してみると、ギリギリ違反ではなく、上手くすり抜けてて感心しますが、でも当然の内省がワザとはぶかれてる感じ。なので、真相でいきなり裏設定を明かされても、ナンカ違うんじゃない?という落差を感じてしまうのでしょう。
ところで心ならずも三流小説で稼ぐ女流作家が登場するんだけど、マクロイさん自身のこと?…ではないと思いたいなあ。
以下トリビア。
献辞は「R・C・Mに」調べつかず。
作中時間は、冒頭から「十月三日金曜日」で1941年が該当。登場するヒトラーねたが他人事のようなのは米国参戦前だからなんですね。
現在価値は、米国消費者物価指数基準1941/2020で17.50倍、1ドル=1909円で換算。
p11 ニューオリンズのパテの高騰(the high price of putty in New Orleans): 具体的な何かがあったのかな?と思ったけど調べつかず。
p13 長距離電話(long-distance call): 交換手を通さない長距離電話が可能となったのは1951年以降、とのこと。(wiki: Long-distance calling)
p19 二十五ドル: 第一次大戦直後の25ドルなので、米国消費者物価指数基準1918/2020(17.03倍)で計算すると46450円。1000語の風刺短篇の原稿料(1語2.5セント) 。もしかしてマクロイさんの初原稿料なのか?
p19 年数千ドル(several thousands a year): 2000なら382万、3000なら573万円。
p24 ター・ベビー(Tar Baby): Joel Chandler Harris(1848-1908)のUncle Remusシリーズ(1881-1907)に出てくる、ウサギどん捕獲目的で作られた、もの言わぬタール人形。真っ黒な犬なんでしょうね。まとわりつく感じからの連想か?
p25 クロード・ロランの風景画: Claude Lorrain(c.1600-1682)、フランスの画家。
p27 フルバック: ランニングバック(RB)の道を開けるブロッカー。頑強で足の速い男。昔は(大学では今でも)ボールを持つプレーが多かったらしいので、そちらのイメージか。
p57 足の速いブガッティ: 当時ならBugatti Type 57(1934-1940)か。
p57 白ネクタイ… 黒ネクタイ: ドレスコードはよく知らないのですが、Wiki “Formal wear”を参照するとwhite tie (dress coat) after 6 p.m.かevening black tie (dinner suit/tuxedo)のどちらか、ということ? 後段(p103)で、燕尾服を持ってない若者たちも来るから黒タイにした、とか「ワシントンなら、たしなみのある男が女性も参加する夕食会に黒ネクタイで来るなんて考えられない」という発言あり。
p68 月光ソナタ: Moonlight Sonata(1801)、Beethoven作曲、Piano Sonata No. 14 in C♯ minor "Quasi una fantasia", Op. 27, No. 2
p73 メレディス: George Meredith(1828-1909) 英国作家。コナン・ドイルの時代にやたら尊敬されてた作家、との印象あり。
p82 家に鍵をかける者はいない: 田舎はそーゆー感じですよね。なので「密室殺人」は都市化でお互いが信用できない時代の産物だと思うのです。
p84 人前でラブシーンを演じるような婚約カップル: 米国でも当時は珍しかったのか。
p91 チョコレート: 飲用のチョコレートのレシピあり。ポアロが飲んでたのも、こーゆーのか。
p122 ベルグソンの生命論: élan vitalですね。p243にも『笑い』(1900)が出てきます。Henri-Louis Bergson(1859-1941)はフランスの哲学者。
p131 “花形”の古い定義: 落語に出てくる長唄のお師匠さんを思い出しました。
p151 A&Pのスーパーマーケットもありません。郵便局と教会が一つずつあるだけ: 田舎の風景。The Great Atlantic & Pacific Tea Companyは1940年代がピーク。全米10%のgroceryシェアがあった。
p153 年額2万5000ドル: 4773万円。
p161 短銃身のリボルバー… ルガー: ボディーガードがヨーロッパ(イタリア?)から持ち込んだもの。Lugerピストル(正式名称Pistole Parabellum P08)はリボルバーではなくオートマチックだが…。通常は3.9インチ銃身だが短銃身版も作成されている。
p192 アーティマス・ウォード: 米国のユーモア作家Charles Farrar Browne(1834-1867)の変名。米国初のスタンダップ・コメディアンと目されているらしい。作中の引用はArtemus Ward His Book (1862)の中のOne of Mr. Ward’s Business Lettersより。
p194 金枝篇: James George Frazer(1854-1941)著、The Golden Bough(初版1890) ベルグソン同様1941年死去。死亡記事で思い出してる?
p211 しゃべる男と聞く女は馬が合う(カタカナから復元すればVille qui parle et femme qui ecoute se rendreか?): 検索するとVille qui parlemente est à demi renduë. Façon de parler proverbiale, pour dire qu' une fille ou une femme qui écoute des propositions n'est pas éloignée de les accepter & de se rendre.が見つかりました。(「砦が交渉を始めたら降伏も同然」女性が話を聴いてるってことは断る姿勢ではない、という諺。)
p220 幹線道路では時速30マイル: 48km。速度制限。
p220 フランスの75ミリ砲より大きな野砲: 75ミリ砲(Canon de 75 modèle 1897)はフランス軍が開発した大砲の革命。世界で初めて液気圧式駐退復座機を搭載し、飛躍的に連射速度が向上した。当時の米国でそれより大きな野砲なら90–mm Gun M1(1940)か。
p235 スティルマンの訴訟事件: James A. Stillman(1873-1944)、president(1919-1921) of National City Bank of New York。
p235 ホール=ミルズ殺人事件: Hall–Mills murder case。1922年9月14日にSomerset, New JerseyでEleanor Reinhardt Mills(34)とRev. Edward Wheeler Hall(41)が32口径のピストルで射殺された事件。
p239 ひげそりも歯ブラシも電動式: ちゃんと動くelectric razorはドイツ人Johann Brueckerの発明(1915)、米人Jacob Schickは最初のelectric razorパテントを1930に取得、Remington Randはelectric razorを1937に製造した。Philips(Alexandre Horowitz)の回転式刃の米国上陸はWWII後らしい。電動歯ブラシの方は1954年の発明らしいが…(Broxodent, Switzerland)
p250 六千ドル: 1145万円。
p263 道化者は真の世界市民: 有名な文句?
p314 一着20ドルもした下着: 38180円。女性の高級下着。

No.219 7点 暗い鏡の中に- ヘレン・マクロイ 2020/01/12 03:20
同題の短篇版(初出EQMM1948-9、年間コンテスト第二席)を元に[New York] Daily News紙に連載(1949-11-6〜1950-1-15、日曜版?とすると11回分載)、出版1950年。ウィリング第8作。本作もDellのMapbackになっています。
冒頭からの謎が良い。女子校の幽霊話… 興味深い女子内輪ネタが垣間見れられるか… と思ったら、マクロイさんは結構男っぽいので、そーゆー点が薄いのが残念。
発端の謎、中盤の怪奇現象の盛り上げ、過去の因縁話などはJDC/CD風味。若い頃のフランス体験、というのも共通点。ちょいエロ風味はそこから来てるのかも。JDCはマクロイさんをどう評価してたのでしょう。(Webでは拾えませんでした…)
全体的には、事件の解明シーンまで素晴らしかったのですが、最後の最後でコレジャナイ感がありました。最後をあーゆー形にしたいのなら、もっと上手にやって欲しいところ。だいたい殺意の出所が弱い気がするんです…
ところでウィリングは何をグズグズしてたんでしょう。1940年から長いことギゼラをほっといてます。戦争があったから仕方ないのか。
以下、トリビア。原文は入手してません。(2022-8-21追記: 原文入手しました!)
作中時間は、十一月十七日木曜日(p138)と明記。直近は1949年。
現在価値は米国消費者物価指数基準(1949/2020)で10.81倍、1ドル=1179円で換算。
タイトルは『コリント人への第1の手紙』13:12から。
献辞は一人娘クロエに。「春に顔を出す小さな緑の新芽」というのが可愛いですね。(2022-8-21追記: 原文は“For Chloe / ‘Little green shoot that came up in the Spring”)
p91 エミリー・サジェ(Emilie Sagee)◆ 何故か日本語版以外のWikiに項目なし。怪しいなあ…
p108 石鹸会社が人々に気にさせようとさかんに広告で強調している体臭◆ 当時からすでにそう言うやり口だったのですね。
p121 整形手術で頰のたるみを取った◆ お金持ちのご婦人。当時から行われてたのですね。
p122 ラジオで<ギャングバスターズ>を聴いている◆ Gang Busters, 放送1936-1-15〜1957-11-27の警察が活躍する犯罪実話もの。
p124 少女パレアナ◆ Eleanor Hodgman Porter(1868-1920)作の小説Pollyanna(1913)&Pollyanna Grows Up(1915)、後者は「大幅にギャグ要素が追加された恋愛小説」とwikiにある。Pollyannaは、当時米国中の店やホテルの名前になる等のブームとなった。1920年メアリー・ピックフォード主演で映画化。
p124 あしながおじさん◆ Daddy-Long-Legs(1912)、Jean Webster(1876-1916)著。こちらも1919年メアリー・ピックフォード主演で映画化。
p173 世界最古の職業と初めて呼んだのはキプリング◆ wiki “Oldest profession (phrase)”によるとKiplingの短篇On the City Wall (January 1889)のLalun is a member of the most ancient profession in the world. という一節が最初か。(2021-8-21追記: it was Mr Kipling who first called it the “oldest profession in the world”)
p178 二、三万ドル◆ 2300万〜3500万円。
p187 イギリスでいえばローディーン校◆ Roedean Schoolは1885年創設の女子校。
p196 フランスの風変わりな道化芝居◆ これは強烈、そしてとってもフランスらしい。
p205 ディケンズの小説にも“ギャンプ夫人に生き写しの姿”◆ the “very fetch and image of Mrs Gamp”, Martin Chuzzlewit(Chapter XIX)からの引用。
p208 昔の諺… これもまた過ぎゆくものなり◆ 調べつかず。Sic transit gloria mundi (Thus passes the glory of the world)が思い浮かびましたが… (2022-8-21追記: 原文は“old sayings: This, too, will pass . . .”、調べるとWiki ”This too shall pass“ に詳細あり。へえー!)
p215 ロッテルダムやコヴェントリーやヒロシマで◆ German bombing of Rotterdam(1940-5-14)、Coventry Blitz(1940-11-14)、Atomic bombings of Hiroshima(1945-8-6)
p228 三人は1940年からのつきあいなのだ◆ フォイルとギゼラとウィリング『月明かりの男』事件のこと。
p229 コーラ・パール◆ Cora Pearl(1835?-1886) 本名Emma Elizabeth Crouch、英国生まれ。パリで活躍。
p237 ルトゥール・ドートウイユ◆ Retour d'Auteuil? 帽子の名前らしいが調べつかず。(2022-8-21追記: オートゥイユ競馬場からの帰り道、という意味ですね。ここら辺の原文は“a black hat with the uncurled ostrich feathers that were called retour d’Auteuil because women returning from the races in open carriages were once caught in a summer rain… ”)
p238 アンドリュー・マーヴェルの詩◆ Andrew Marvell(1621-1678)、The grave’s a fine and private place, /But none, I think, do there embrace. は1681年出版の詩To His Coy Mistressから。
p238 チップは10セントしか(only… a ten-cent tip)◆ 118円。タクシーの運転手に。
p262 快適に暮らすには最低でも月に1000ドルは必要◆ 118万円。
p263 九千五百ドル◆ 1120万円。
p269 霊媒スラッジ氏◆ Mr. Sludge, “The Medium”、Robert Browningの詩集Dramatis Personae(1864)より。

No.218 8点 毒入りチョコレート事件- アントニイ・バークリー 2020/01/03 19:07
1929年6月出版。創元推理文庫(高橋 泰邦 訳、1994年21版)で読みました。この長篇と短篇『偶然の審判』The Avenging Chance(初出Pearson’s Magazine1929年9月号, 表紙絵はこの短篇の一場面。チョコレートの裏側の穴を拡大鏡で観察する二人の男の顔)との関係については、藤原編集室WEBサイト『本棚の中の骸骨』の「書斎の死体」コーナーに真田啓介さんの素晴らしい論考「The Avenging Chance の謎」があり、そこで言及されてる中篇The Avenging Chance(生前未発表)はThe Avenging Chance and Other Mysteries From Roger Sheringham's Casebook(Crippen & Landru 2019)に収録されkindle版も入手可能です。
本作は、新聞で読んだ事件を無責任にあれこれ論評するような楽しさ。各登場人物ならではの独自の見方が反映された説になってれば、なお良いのですが(アジモフ『黒後家蜘蛛』はどうだったっけ?) 残念ながらイマイチです。最初の著名弁護士は自分の指摘した「犯人」から弁護を依頼される可能性を全く考えてなかったり、女性作家が二人もいるのに女性的視点を思わせるところが薄かったり(バークリーだから仕方ない?)… 最大の難点はチタウィックの紹介が漠然としてるので「意外にも冴えない男が…」という趣向が生かされてないところ。(この点はアジモフのが良いアイディア)
ミステリとしては、どの説も純粋な「推理」を堪能させる考察として物足りないので、そこが皆さんの評価が低い原因なのでしょう。でも本作は非常に上手く出来てると思います。各人の説は次の語り手によって否定されるのですが、らせんを描くように次々と事実が積みあがってゆき、そして結末に至る構成は素晴らしい。特に後半、登場人物のモラルがどんどん崩れてゆく流れが好き。(証言がアンフェアという意見がありますが、警察じゃないただの素人の質問には、あーゆー返しも当然あり得ると思います。)
ところで短篇『偶然の審判』を読んでピアスン編集部はどう思ったんだろう。既に出版されてたこの長篇にほぼ全部内容が含まれてるのですが… (原稿の使い回しと受けとられても仕方がないですね。) でも、まあ両方とも作品として成立させちゃうところが、この作家の凄いところかも知れません。
以下トリビア。参照した原文はMartin Edwards監修British Library 2016(付録のChristina Brandによる「新解決」はまだ読んでいません) 犯罪者たちの略歴は“殺人博物館”madisons.jp/murder/murder.htm, murderpedia.org, Wikiを参照しました。
作中時間は「11月15日金曜日(p19)」が事件発生の日、直近は1929年。(その前だと1918年) 1929年11月だと出版月から見て未来なんですがでもバークリーは日付誤りが多いらしいので問題なし?発表時、その年のカレンダーを見て曜日を決めたのかも (短篇及び中篇Avenging Chanceも同じ日付と曜日になっており、もし1928年発表なら、この曜日にする可能性は低い気がする。これ短篇が1929年初出説の傍証になる?ピアスン誌がカヴァーストーリーにしてるのは初出だからこそなのでは?)
現在価値は英国消費者物価指数基準1929/2020で63.95倍、1ポンド=9016円で換算。
献辞To S. H. J. COX BECAUSE FOR ONCE HE DID NOT GUESS IT (何故か私が参照した原文には掲載なし) S・H・J・コックスは身内じゃなくて出版社の編集者とのこと。
p7 犯罪研究会(Crimes Circle): まるで翌年設立のDetective Clubのような仕組み。
p8 パリ警視庁(Sûreté in Paris): 相変わらず評価が高い。
p14 英国の海水浴場の名前(the name of an English watering-place): が名前に入ってると何故か米国人に受ける、というのは実在の作家への言及か?と思ってList of seaside resorts in the United Kingdom(wiki)を眺めたのですが、思い当たる作家名なし。でもそのリストにSheringham(Norfolk)があり、自分自身(シェリンガム)のことを言ってるということ?
p18 探偵たちの回想録(the reminiscences of a hundred ex-detectives): 18シリング6ペンス=8340円もする分厚い本(普通の単行本は大抵7シリング6ペンス=3381円、本書も同じ。) だが売れ残ってすぐに18ペンス=676円になるという。そんなに回想録あった?調べるとBow Street Runner(1827)、Vidocq(1828)、William RussellのRecollectionシリーズ(1849, 1852, 1856)、Note-Book of a New York Detective(1865)、Allan Pinkerton(1874)が見つかりました。結構ありますね。「眉毛を剃る」(shaves his eyebrows)は、すぐに「つのだじろう」を思い出しちゃいます…
p19 ピカデリー通りのクラブ<レインボー>(Rainbow): 1734年創設で元はコーヒーハウスという設定。List of gentlemen's clubs in London(wiki)には載ってない。たぶん架空。
p20 下世話なコーラスガール(a blasted chorus-girl): blastはdamnの婉曲語。中篇Avenging Chanceではblastedではなくblast。(短篇は未確認) chorus-girlは歌って踊るラインダンサーが一番近いイメージか… 英国ではミュージカルIn Town(1892)が初登場、続くGaiety Girls(1893)が大ヒットしたらしい。フレンチカンカンは1830年ごろの発祥なのでフランスだねか。(wiki)
p23 五十万ポンド近くの持参金: 45億円。
p25 百点まで玉突き(played a hundred up at billiards): English Billiardsでは普通300点が勝利ラインらしいので「早々と切り上げた」という意味か。100点ぎめのゲームも普通だったのか。
p37 国訛りで(in his native tongue): セリフを拾うとGet out o’ ma office、Ye know as well as I do that that letter was never sent out from ’ere、The devil ’e ’as! など。単語冒頭のH落ちはコックニーに限らず下層出身の習いらしい。maとかyeはアイルランド英語?
p40 自分免許の探偵(would-be detective): 自称〜、〜志望の意味。「自分免許」は人情本・花の志満台(1836‐38)の用例あり。(日本国語大辞典)
p43 ハーウッド事件(Horwood case): Brigadier-General Sir William Thomas Francis Horwood, GBE, KCB, DSO (1868-1943)は1920から1928まで警視総監 Commissioner of Police of the Metropolis, head of London's Metropolitan Police(Wiki) 精神を病んだWalter Frank TatamがHorwoodに1922-11-9(誕生日)に砒素入りチョコの箱を送ったが、一つ食べてすぐ苦しくなり、近所の医者の迅速な手当で助かった。
p50 委員会(committees): 社会改良的な活動か。
p55 十八ヶ月前、ラドマスでは(eighteen months ago at Ludmouth): Roger Sheringham and the Vane Mystery(1927年2月出版)のことと思われるが、モレスビーにやられたのがギリギリ出版直前と仮定しても18ヶ月後は1928年8月。となると事件発生月(11月)にも届かない。(この会話の時期については遅くとも12月。下記参照) なので残念ながらこのくだりは年月の確定には役立たないようです。
p57 延長された聴聞会(the adjourned inquest): Crimes Circle初会合(月曜日)と同じ日に開催されている。inquestは死亡者の身元と死因が確定したら、あまり間を置かずに開かれると思うので初会合は11月中か遅くとも12月初頭か。短篇では冒頭シェリンガムとモレスビーの会話が事件の約一週間後(11/22頃)として設定されていました。
p61 ミルサム=ファウラー殺人事件(The Milsom and Fowler murder): 1896-2-14にAlbert Milsome(1862-1896)とHenry Fowler(1864-1896)がHenry Smith(79)をロンドンの自宅で殴り殺した。古典的なcut-throat事件(互いに相手が犯人と罪をなすりつけ合う)で、二人は1896-6-9同時に絞首刑となった。(絞首台上で争うのを防ぐために、間に一人死刑囚を挟んで三人同時に吊るしたらしい。)
p61 年間ずっと3万ポンドの収入(His income of roughly thirty thousand pounds a year): 2億7千万円。「ざっと」の誤植?
p63 一千ギニー: 947万円。1ギニーは1ポンド1シリング(=1.05ポンド)。ほとんど1ポンドと同じとして使われてる場面を読んだことあり。(謝礼や報酬に使われる単位らしい。ちょっと色をつけた、という感じなのか。)
p79 マリー・ラファージュ事件(Marie Lafarge case): Marie-Fortunée Lafarge (1816-1852)は夫を1840年に砒素で毒殺した疑いで逮捕され有罪となった。フランスで大々的に新聞報道された最初の例。
p80 メントン(Mentone): 仏語マントン。イタリア語ならメントーネ。
p81『三匹の熊』(The Three Bears): "Goldilocks and the Three Bears" (originally titled "The Story of the Three Bears") is a British fairy tale、Robert Southeyが匿名で1837年に発表。(wiki)
p82 英国で今年すでに六カ月滞在… もう一歩でも英国に足を踏み入れれば、英国で所得税を払わなければならない: 海外に本拠があっても英国滞在が6カ月を超えたら、英国に所得税徴税権が発生する、という仕組み?調べてません。
p88 肌着(combinations): このコンビネーションについて“I don’t wear the things. Never have done, since I was an infant.”と作家が言う。上下繋がったつなぎっぽい下着のことか。作家が否定してるのは古臭いイメージでダサいから?
p96 陰の女(chercher la femme):「女を探せ、犯罪の陰に女あり」大デュマの小説『パリのモヒカン族』(Les Mohicans de Paris,1854-1859)でパリ警視庁長官ジャッカル氏の口癖として何度も繰り返されるらしい。これがこの有名なセリフの初出だという。(wiki)
p97 メアリー・アンセル事件(Mary Ansell case): Mary Ann Ansell(1877-1899)は1899年に妹Carolineをリンで毒殺したとして逮捕され、絞首刑となった。
p97 ニューヨークで起こったモリノー事件(Molineux case in New York): ブルックリンのRoland Burnham Molineux(1866-1917)は、1898年に恋敵の住居に毒入りの鉱泉水を贈り、うっかりそれを使った下宿の家主Katherine Adamsを毒殺したとされ裁判にかけられ、かなり不利だったが、1901年に無罪となった。
p113 ハミルトン社製(Hamilton machine): このタイプライターは「ハミルトンの四型(Hamilton No. 4)」(p158)とある。文章から受ける感じではポータブルではなく、デスクトップっぽい。Hamilton製Automatic Typewriter(1890ごろ?)というのがWeb検索で見つかったけど旧式すぎる。たぶん架空ブランド。当時の有名ブランドはUnderwood、Corona、Remington、Imperial、Royalなど。
p132 戦時中… タクシー運転手(taxi-drivers)… 面白い習慣(interesting habits): 文脈からすると「誰も二度と乗りたくなくなるような不愉快なやり口」だったらしい。ワザと遠回りして料金をボッタくるのかな。
p138 昔の諺(old saying)… 音なし川は深い(still waters run deep): wikiによるとQuintus Rufus Curtius(1世紀ごろの人)作『アレクサンダー大王伝』にaltissima quaeque flumina minimo sono labi (the deepest rivers flow with least sound)と記され、バクトリア起源という。英語文献では1400年ごろの使用例ありとのこと。
p154 ペイパー・ゲーム(paper-games): 紙を小さく裂いた程度の大きさで遊ぶらしいが、どういう遊びかよくわからない。
p157 彼女の思い出した限りでは『運命の炎』という映画(film called, so far as she could recall, Fires of Fate): 当然架空、と思ったら、意外にも該当あり。Fires of Fate is a 1923 British-American silent adventure film directed by Tom Terriss and starring Wanda Hawley, Nigel Barrie and Pedro de Cordoba. なんと原作はArthur Conan Doyle!小説The Tragedy of the Korosko(1898)を自身で劇化したFires of Fateに基づくもの。
p158 ハーフィールド万年筆インク(Harfield’s Fountain-Pen Ink): 調べつかず。たぶん架空。当時の広告などからメーカーを拾うとPelikan(万年筆用は1886年ごろから販売), Carter, Sanford, Signet, Gimborn, Loma など。
p164 グレゴリー風の詠唱(Gregorian chant): 正しくは「グレゴリオ聖歌」
p164 『輝く瞳』(A Pair of Sparkling Eyes): Gilbert&Sullivan作のコミックオペラThe Gondoliers(1889) Act Two no. 30: Take A Pair Of Sparkling Eyesのこと。
p164 ちょうど20年前にフィラデルフィアで起こったウィルスン博士殺人事件(The murder of Dr. Wilson, at Philadelphia, just twenty years ago): 青酸カリ入りビールによる殺人で、迷宮入り事件だという。色々探したが全然ヒットしない。多分架空。(2021-4-25追記: 最近、ふと気になって再度ググったら、ニューヨーク・タイムズの過去版の記事がヒットした。150年前までの全記事が読めるサービスに登録して読んだら、まさにこの事件の概要にぴったり。1908年6月26日、Dr. William H. Wilsonが送られてきたaleを飲んで死んだ事件。ということは毒チョコは1927年か1928年の事件、ということか。絹靴下事件の私の書評も参照願います。)
p166 確率: かなり誤りの多い計算のような気がする…(でも具体的に何が間違いなのかはパスしときます…)
p167 オニックス万年筆(Onyx fountain-pen):調べつかず。たぶん架空。当時の広告などからメーカー名を拾うとWaterman(1884年に万年筆の特許), Sheaffer, Parker, Onoto, Wahl, Conklin, Dunn, Swan など。値段はもちろんピンキリですが安くて2.5ドル(約4000円)くらいか。
p173 レオブとレオポルド事件: Richard Albert Loeb(1905-1936)とNathan Freudenthal Leopold, Jr.(1904-1971)が実業家の子Bobby Franks(16歳)を1924-5-21に誘拐し撲殺。逮捕され二人とも終身刑となった。
p180 クリスチナ・エドマンズ: Christina Edmunds(1828-1907) 1871年にストリキニーネ入りチョコやケーキをばら撒きSidney Albert Barker(4歳)が死亡、他にも中毒の被害あり。逮捕され死刑を宣告されたが精神異常の疑いで終身刑に。
p202 コンスタンス・ケント: Constance Kent(1844-1944) 1860年に義弟(4歳)Francis "Saville" Kentの喉を切り裂き殺害。1865年に犯行を告白し、死刑を宣告された(のちに終身刑に減刑)
p202 リッツィー・ボーデン: Lizzie Andrew Borden(1860-1927)は1892-8-4に父と義母を斧で殺害したとして逮捕されたが、裁判で無罪となった。
p202 アデレイド・バートレット事件(Adelaide Bartlett case): 1886年に死んだThomas Edwin Bartlettの胃から多量のクロロホルムが見つかり、殺害の疑いで妻Adelaide Blanche Bartlett(1855-?)が逮捕されたが、食道の損傷無しで多量のクロロホルムを投与できる方法がわからず、裁判で無罪となった。
p206 近頃、話が完結するのは流行らない(Stories (...) simply weren’t done nowadays.):「(ダラダラ長くて)最近は単純に小説が終わらない(のでウンザリ)」という意味かな?
p222 カーライル・ハリス事件(Carlyle Harris case): Carlyle Harris(1868-1893)は1891年に妻をモルヒネで殺害、シンシン刑務所の電気椅子送りとなった。
p242 八ポンド: 72126円。中古タイプライターの値段。新品だと1920年にはCoronaが110ドル(約18万円)、1938年にはRoyalが40ドル(約8万円)くらいという情報が見つかりました。(製品グレードは不明)
p261 ジョン・トーウェル(John Tawell): John Tawell(1784–1845)は愛人Sarah Hartを1845年に青酸で殺害、電報による史上初の逮捕という記録を残したが、絞首刑となった。

No.217 7点 箱の中の書類- ドロシー・L・セイヤーズ 2020/01/02 20:12
1930年出版。By Dorothy L. Sayers & Robert Eustace. Ernest Benn初版の副題はScientific Murder(その後、他社の版にこの副題は登場せず。) 翻訳はとても読みやすかったです。
全篇手紙など手記で構成されてるし、ピーター卿が登場しないので(レギュラー・キャラではサー・ジェイムズ・ラボックが登場)ちょっと読むのに時間がかかるかな?と思ったらあっと言う間に読んじゃいました。1930年代の英国好きならとても楽しい読書になるはず。作者お馴染みの女性と男性、新潮流と伝統、などの対立が裏テーマ。副題にたがわず科学の話題も豊富(アインシュタイン、宇宙論、エントロピー、生命の謎、などなど)で、ここら辺は理系人間の存在を感じさせます。(手記52の会話とか研究室の描写など特に)
構成は上出来で、手記の書き手によって登場人物の印象が変わるところが上手に表現されています。そして、まさかの大ネタ!(子供の頃、夢中になってMGの『1964年の名著(ネタバレ自粛)』を読んだものです… もしかしたらあの本には本書への言及があったかも。本が見当たらず未調査。)
Letters of Dorothy L. Sayers(ed. by Barbara Reynolds)を読むと、当時、セヤーズさんはウイルキー・コリンズ伝(結局未完)を書くため色々調べていて、1928-11-19付けの手紙に、今度の作品は「一人称語りの集成 a la Wilkie Collinsでやってみる」と書いています。
共作となった経緯は、1928年3月ごろロバート・ユースタス 本名Eustace Robert Barton(1854–1943)と何かのきっかけで知り合い、90年代のL・T・ミード夫人との共作みたいなのも良いですね、ピーター卿じゃなくて新しいキャラで、でも変てこな特徴を持つ探偵たちがすでに沢山いるので新基軸を思いつくのは大変!とか言ってるうちに、ユースタスが毒キノコと大ネタを提供し、セヤーズさんがそのアイディアを気に入り長篇となったようです。(上記書簡集より)
その後もセヤーズさんはユースタスに医学的アドヴァイスを求めStrong Poisonの考証を依頼したりしてます。
以下トリビア。(訳注が行き届いているので、ほとんど訳注ネタを広げてるだけ…) 本作への注釈のWebページを見つけました。www.dandrake.com/wimsey/docu.html 当時の科学知識について詳しい様子。(その内容はよく読んでません) そこからのネタは[DAND]と表示。
作中時間は1928年9月から1930年11月まで。
現在価値は英国消費者物価基準1928/2020で63.24倍、1ポンド=8916円で換算。
p9 第1部 統合(Synthesis): ヘーゲルのthesis, antithesis, synthesisではなくて「第2部 分析」(p161)Analysisの対義語として使っているのでしょう。
p11 安静療法… 夢や潜在意識: この家政婦は精神分析医(p74)にかかっている。米国人の金持ちの道楽かと思ってたが、結構一般的だったのか。
p12 今この国に女性が200万人もよけいにいる(two million extra women in this country): 大戦による若者の戦死が原因。今更気づいたのですが、セヤーズさんが繰り返しテーマにしてる女性の社会進出ってそーゆーことですね。
p15 ストーム・ジェイムスン(Storm Jameson): Margaret Storm Jameson(1891-1986) ジャーナリスト、小説家。
p22 一足10シリング… 商店で同じ品質のものを買ったら、安くても15シリング: 10シリングは4958円。15シリングは6687円。靴下1足としてはかなり高価な気がする。自己評価が過大ということか。靴下の広告(Wilson Brothers製、土曜夕刊ポスト誌1928)を見ると高くても1足1ドル=1600円ほど。
p24 バンジー(Bungie): このニックネームの由来は何? リーダース英和では、チーズとかバンジー(ジャンプ)のコードとか…
p25 トッテナム・コート・ロードで買ってきたような、芸術品まがいのもの(all arty stuff from Tottenham Court Road): 大英博物館が近い。
p25 家には“お手伝いさん”がいる— あの夫婦なら当然だよな(They keep a ‘lady-help’ — they would!): 当時の「家政婦」の上品な言い方かな?後ろのthey wouldはその言い方を馬鹿にしてるんだと思います。家の主人の手紙の中ではcompanion(アガサ姉さんの作品に出てくるやつだ) 確かにこの人、夫婦の会話に割り込んできたりして違和感があった。maidじゃないんですね… (だとすると、登場人物紹介で「家政婦」というのはちょっと… 「話し相手(コンパニオン)兼家政婦」くらいでどう?)
p28 マイケル・アーレンの最新作(the latest Michael Arlen): Michael Arlen(1895-1956) 作者の別の作品にも登場する当時の流行作家。当時の最新作はYoung Men in Love(1927)
p28 腺だよ、腺が問題なんだ、とバリーなら言うところ(Glands, my child, glands are the thing, as Barrie would say): J. M. Barry(1860-1937)作Dear Brutus(1917初演)Act IIのセリフFame is rot; daughters are the thingのもじりか。
p29 ニコルソンが『英国伝記文学の発達』(Nicholson’s book on The Development of English Biography)の中で主張… “純粋な”伝記(‘pure’ biography)の時代はもう終わり、これからは“科学的伝記”(‘scientific biography’)の時代になる: Sir Harold George Nicolson(1886-1968)の著作(1928) コリンズ伝は‘pure’ biographyとする予定だったのでしょう。
p29 フランスの金言のとおり、すべてを理解すればすべてを許せる: トルストイ「戦争と平和」が元と思われるTout comprendre, c'est tout pardonner.のことですね。
p30 署名、ジャッコ、ほとんど人間に近い猿(Signed Jacko, the almost-human Ape): Gus Mager作の名探偵パロディ漫画Sherlocko the Monk(1910-1913)「お猿のシャーロッコー」を思い出しました… (この漫画、ドイルの抗議で有名ですが、全篇Arthur Conan Doyle Encyclopediaで無料公開されてます。)
p31 “結婚式の客”のように話を聞く…: Coleridge作Ancient Marrinerより。The Wedding-Guest stood still, /And listens like a three years' child: (…) The Wedding-Guest sat on a stone: /He cannot choose but hear; (…)
p32 ぼくは平和を愛する(I'm a man of peace, I am): [DAND] John Masefieldの小説Captain Margaret(1908)の第1章THE "BROKEN HEART"から
p33 チェスタトンがどこかで、偉大なるヴィクトリア朝の妥協について語っていた(Chesterton speaks somewhere of the great Victorian compromise): The Victorian Age in Literature(1913)第1章 The Victorian Compromise and Its Enemiesのことかな?
p34 リバティーの花柄カーテン: Liberty百貨店か。
p36 ホルマン・ハント(Holman Hunt): William Holman Hunt(1827-1910) ラファエル前派の画家。
p39 クーエ療法: この小説によると毎日、朝20回「わたしは冷静、強い、自信がある」、夜20回「わたしは満足し、安らかだ」と唱える精神療法らしい。薬剤師Émile Coué(1857-1926)が1910年に創始した自己暗示法。ナポレオン・ヒルなど米国人に影響を与えた。
p39 熊氏(the Bear): 家の主人George Harrisonが何故コンパニオンから手紙の中で「熊」と呼ばれているのか?It was always the dream of my childhood to sit upon an iceberg with a bear.と語っていた熊好きの宗教・神話学者Jane Ellen Harrison(1850-1928)と関係あり?
p42 J・D・べレスフォード『声に出して書く』(Writing Aloud): John D. Beresford(1873-1947)作の小説(1928)
p43『貞淑な乙女』(The Constant Nymph): Margaret Kennedy(1896-1967)作の小説(1924)
p43『甘唐辛子』(Sweet Pepper): 訳注なし。調べつかず。原文はShe thought Sweet Pepper was powerful, but nevertheless there was something about it that redeemed it. 作品名ではなく、実は食べ物の「ししとう」のことを言ってる?
p44『冬が来れば』(If Winter Comes): A. S. M. Hutchinson(1879-1971)作の小説(1921)
p54 少額ながら、小切手を同封します。時や国を問わず、つねにふさわしい贈り物だと思う(I enclose a little cheque, as an offering which is always suitable in every season and country): 禿同。
p55 下水設備: アウトドア生活でトイレは大きな問題ですよね。特に女性にとっては。
p59 ギルバート・フランコーの新しい本: チェスタトンにすら訳注がついてるのに、ここには無し。Gilbert Frankau(1884-1952) 英国作家。作品はSo much good: A novel in a new manner(1928)のことか。(内容は調べつかず。コンパニオンが読んだ本という設定だが…)
p71 前渡金100ポンド、五百部まで10パーセント、千部まで15パーセント、以後20パーセント、それに次の二作は前作の最高レートから始める(£100 advance, 10%, to 500, 15% to 1,000 and 20% thereafter, with a firm offer for the next two beginning at top previous rate): 前渡金89万円。多分かなり割のよい契約。著者印税って常に一割だと思っていました。
p72 新しいタイトル: セヤーズさん(かユースタス)が当初考えてた本作のタイトルはThe Death Cap。Capはキノコの傘、Black Cap(死刑宣告時に裁判長がかぶる帽子)のイメージも喚起。
p81 印刷所は理由があってわたしを迫害する(Printers have persecuted me with a cause): KJVの一部の版(1612)のミスプリをもじった。詩篇119:161 「もろもろの侯はゆゑなくして我をせむ」(Princes have persecuted me without a cause)の冒頭をPrintersとしていた。("Printers Bible", Wiki: Bible errataより)
p84 ハルパガスの饗宴… 茹でた赤ん坊(Harpagus-feast of boiled baby):「メディアのハルパゴス」(wiki)参照。ずいぶん酷い話だけど、比べると我が国の「菅原伝授手習鑑 寺子屋の段」は異常。これに感情移入してしまうメンタリティは昔から社畜傾向が強いということか。
p85 イースターまでは動けない。家賃を四半期分払っている(but I must stay on till Easter, because the rent is paid up to the quarter): 1月から3月まで支払い済みということか。1929年の復活祭は3月31日。家賃は四半期払いが通例だったのかな?英国小説で敷金・礼金は読んだことはないが…
p87 七シリング六ペンス: 3343円。当時の新刊ハードカヴァーの定額。
p87 無意識… 一夫一婦制… 女は真実を語れるか?、妻は本を出すべきか、子供を産むべきか?(Should Wives Produce Books or Babies?)… 今日の伯母のどこがおかしい?(What is wrong with the Modern Aunt?): 当時の週刊誌ネタ。最後のは意味がよくわかりません…
p100 ウィンチェスター校のネクタイ: そーゆーもので出身校を表明するって、あざとい風習ですけどわかりやすいですね。英国の私立大学においてはスクールタイと呼ばれ、大学を示すためのネクタイは19世紀頃から広く普及、とのこと。Regimental Stripeデザイン(幅広の斜めストライプ)のネクタイは、意味がある場合があるので避けた方が無難なようです。
p100 パン焼き用フォーク(toasting-forks): パンを火に炙ってトーストにする時に使う柄の長いやつらしい。
p102 クリッペン… バイウォーターズ… 死んだ妻を浴槽に隠し… 蓋の上で食事していた男: セヤーズさんが大好きな犯罪実話より。Hawley Harvey Crippen(1862-1910)、Frederick Edward Francis Bywaters(1902-1923)、最後のはGeorge Joseph Smith(1872-1915)でしょうね。
p106 ヒチェンズやド・ヴィア・スタックプール: Robert Hichens(1864-1950)、Henry De Vere Stacpoole(1863-1951) 恋愛小説家の代表として挙げられている。
p118 ローラ・ナイト: Laura Knight(1877-1970) 女流画家の先駆け的存在。Self Portrait with Nude(1913)などで物議を醸し出してたようです。
p120 ペトラ(Petra)… ロロ(Lolo): Francesco Petrarca(1303-1374)とLauraのこと。p126参照。
p137『聖なる炎』(The Sacred Flame): サマセット・モーム作の戯曲(1928)
p144 特急は… 定刻どおり9時15分にニュートン・アボットに到着した(The express... reached Newton Abbot dead on time at 9.15): やはり昔の英国鉄道は時間に正確だったのか。(そーでないとクロフツの作品が成立しない。)
p145『ジャマイカの烈風』(High Wind in Jamaica): Richard Hughes(1900-1976)作の小説(1929)、海賊のくだりが良くないようです。
p145 ローカル線… ようやく20分遅れで… 着いた(the local... we were turned
out, twenty minutes late, on the platform): 昔の英国鉄道は「概ね」時間に正確ということか。
p148 スコットランドでは“バット・アンド・ベン”と呼ばれるもの: But and ben (or butt and ben) Wikiによるとouter room(リビングやキッチン)がbutで、inner room(寝室)がbenらしい。
p152 コンデンス・ミルク: 新鮮なミルクが得られないので日持ちする牛乳の缶詰ということ。冷蔵庫がない時代の工夫。
p154 アナトール・フランスの言うとおり、人はつねに、いや少なくともたいていは、具体的な言葉を用いてものを考える: Anatole Franceのこの引用は調べつかず。
p159 つい最近、着ている服にガソリンをかけて火をつけ、自殺した男がいた: 実際の事件が何かあったのか。なおBlack Thursday(1929-10-24)に多数が自殺、というのは当時の統計を分析するとデマ(か自虐ジョークの誤伝)らしい。
p164 特別な神慮のように(like a special providence): 訳注はthere's a special providence in the fall of a sparrow. (Hamlet Act5 Scene2)の引用としている。
p164 自分がはまり込む穴を掘っていた… 聖書に出てくる邪悪な男みたいに(he was digging a pit for himself to fall into, like the wicked man in the Bible): 伝道の書より。Ecclesiastes 10:8 He that diggeth a pit shall fall into it (KJV)
p164 ラテン語で、神は破壊しようとする人間をまず狂わせる(something in Latin about when God wishes to destroy anybody He first makes him mad): “Whom the gods would destroy”(wiki)によると17世紀にthe neo-Latin form "Quem Iuppiter vult perdere, dementat prius" (Whom Jupiter would ruin, he first makes mad)という例あり。
p167 検死審理: Inquestの定訳はまだないのだろうか?
p167 ジョージ・ハリソン(五十六)(George Harrison, aged 56): [DAND]息子は1928年10月で36歳。父は20歳で結婚(p52)とある。父が死亡時(1929年10月)に56歳なら息子は結婚前に仕込まれたのでは?
p190 私立学校(パブリック・スクール)で教育を受けた人がやらないこと: 同窓生を裏切ることを意味しているようだ。
p191 舌は疲れを知らない器官(An unruly member)… 聖書にはそうある:「ヤコブの手紙」より。James 3:5 Even so the tongue is a little member(...) 3:8 But the tongue can no man tame; it is an unruly evil (KJV) 3:5 斯くのごとく舌もまた小きものなれど(...) 3:8 されど誰も舌を制すること能はず、舌は動きて止まぬ惡にして(文語訳)
p195 五ポンド札一枚賭ける: 44580円。当時の流通紙幣5ポンド以上はBank of England発行のWhite Note(白地に黒文字、絵なし。裏は白紙)。5ポンド紙幣は195x120mm。
p197 ニューズ・オヴ・ザ・ワールド: セヤーズ作品お馴染みの煽情週刊誌。実はモータージャーナリストの夫が寄稿してた週刊誌なので、楽屋落ちなんですね。妙に車やバイクの描写が詳しい(ダイムラー・ツイン・シックスとか)と思ったら付き合ってる男の影響だったのか。
p208 ベヴァリー・ニコルズやロバート・グレイヴズといった青年たち: Beverley Nichols(1898-1983)、Robert Graves(1895-1985) 家庭内の出来事を書き散らす代表として挙げられている。
p238『ロッサムの万能ロボット』(Rossum's Universal Robots) : チェコ人チャペックの戯曲(1921)、英語訳Paul Selver、英国初演1923年。
p241 卑しい虫けらになったように感じる: セヤーズ作品では終盤いつもこうなります。私が日本作品をあまり読まないのは、邦人が登場するとフィクションの犯罪でもなんだかとても生っぽい感じがして楽しめないからなのです。
p243 陰気なアランデル画が何枚も(a series of melancholy Arundel prints): 訳注 美術の普及を推進するアランデル協会発行の複製画。Arundel Society(1849-1897) 美術保存の啓蒙のため、過去のイタリア絵画、特にフレスコ画を印刷した。1904年創設のArundel Clubが意を継ぎ、重要な絵画の複製を普及させている。(現在は活動してないのかな?)
p243 牛肉、おしゃべり、教会、無作法、ビール(Beef, noise, the Church, vulgarity, and beer): オックスフォードの誰かが1920年代にこう言ってたらしい。Five things these Chestertonian youths revere: Beef, noise, the Church, vulgarity and beer! (One Sword at Least: G. K. Chesterton(1874-1936) by Anthony Cooney(1998)の冒頭から)
p245 シロアムの塔の下敷きになった18人(eight on whom the tower of Siloam fell): ルカ伝 13:4 Or those eighteen, upon whom the tower in Siloam fell, and slew them(KJV) 原文の誤り(eight)を翻訳ではこっそり直してます。でも登場人物が誤って覚えてた設定なのかも。
p246 みんな、たがいの体の一部: エペソ人への手紙 4:4-16のあたり
p246 “猿と虎”先祖説(ape-and-tiger ancestry): 調べつかず。
p254 クリッペンと無線(Crippen and the wireless): その逮捕にはwireless telegramが役に立った。
p256 ハイドンの『天地創造』… ティンパニーが静かに、容赦なく、同じ音程で鳴る、あの部分…「そして神の魂は、水の面を動き… 光あれ、そして光が」: 第一楽章の序曲から合唱が静かに入り「光」のところで衝撃的に盛り上がるところ。
p259『月長石』でいつ爆発が起きるのかと尋ねる、あの善良な婦人: Fourth Narrativeの中程の場面、Mrs. Merridewの可愛いセリフ。

(2020-2-2修正)
Bank of Englandに紙幣のサイズを明記したページWithdrawn banknotesがあったので修正しました。

No.216 6点 まだ死んでいる- ロナルド・A・ノックス 2019/12/26 01:05
1934年出版。HPB(1958)で読了。橋本さんの訳は読みやすかったです。
ブリードン(この訳では「ブレダン」)探偵の第4話。ちゃちゃを入れる妻とスコットランドに旅行します。(ちっちゃい子供がいるのに躊躇なく夫婦揃って出かける感覚が欧米か?) 時間がゆったりと流れ、冒頭の謎は強烈とまではいかないけど結構不思議な状況。いったい何が起こったの?という感じ。間の小ネタも程々… なんですが、大ネタがうーん、そーするか?という仕上がり。作者は手がかりの散りばめを解決パートでいちいちページ数まで明示しており、フェアには見えますけど… 読後感はJDC/CDに似た感じ。(JDC/CDと言ってもピンキリですが)
ところどころに「わたし」(p18、p62、p72など)が出てきて、誰?と思ったら、著者ノックスがいきなり顔を出してるんですね。(最初はブリードンの一人称なのかと思いました。)
以下トリビア。
タイトルは後書きで都築さんが「Still aliveの逆」としています。Still Life(静物、静物画)の反対語としてもいけますか?その場合、Stillは形容詞「じっと動かない」という意味ですね。
作中時間は日付と曜日(2月11日土曜日など)から出版直近では1933年が該当。
現在価値は英消費者物価指数基準1933/2019で70.98倍、1ポンド=10009円で換算。
献辞「ロバート・ハヴァート博士」(To Dr Robert Havard)は死亡推定時間関係の助言者かな?(ここがちゃんとしてないと本作は成立しない。)
p15 小さな下水汚物利用農場(a miniature sewage-farm): 糞尿などを含む下水を利用する農法か。Haber–Bosch processによる人工の窒素肥料はWWII以降。
p15 氷室(ice-house): 毎冬荷車で氷が積み込まれ、夏に使われる。氷枕(ice-pack)の氷を得るため魚屋(fishmonger)に行く(p35)との話題で、ならうちの氷室からどうぞ、とある。電気冷蔵庫普及前の話。1948年で英国一般家庭の普及率2%!(1959年でも13%) とするとJDC/CDのあの作品(1938)は結構早い例。米国ではペリー・メイスン『空っぽの罐』(1941)ではまあまあ普及してるような感じ。
p16 限定相続(entail): 辞書には「限嗣不動産相続」とある。本作によると、嫁いだ娘には(不動産の)相続権がないらしい。
p16 ちゃんとした私立学校(a good public school): 「そこそこ、普通」という感じか。goodは褒め言葉じゃない印象。二流のパブリック・スクール(ピーター卿「イートンとハロウ」以外はpublic schoolじゃない… やな感じ。)からオックスフォードに進んだものか。
p17 安っぽい社会主義論(cheap Socialist sentiments): この時代、英国の若者に流行った潮流。
p17 資産は残るが... 他人に相続(the property would survive [...] in the hands of strangers): 他人と言っても血縁者ですが、妻には(多分、ここでは不動産の)相続権がないらしい。だが遺言という方法ではダメなのか?(土地がむやみに分割されてしまうのを防ぐのが「限嗣不動産相続」の趣旨ならば、遺言という抜け道を認めないのでしょうね。)
p19 トニイ・ランプキン(Tony Lumpkin): Oliver Goldsmithの劇She Stoops to Conquer(1773)に登場する有名なキャラ。(wiki)
p19 スコットランド人の飲み方: イングランドとの比較が語られています。
p21 マロックにおけるオウジルヴィ青年(like young Ogilvie at Malloch): 訳注なし。カトリックに転向したスコットランド人の聖人John Ogilvie(1579-1615)のこと?Mallochとの関連は調べつかず。(グラスゴーにMalloch Streetはあるが…) Ogilvie MallochでWeb検索したら他にスコットランドの文人Hugh MacDiarmidが引っかかりました。(こちらは多分違う)
p21 彼もローマに行っている(he had gone over to Rome): "Gone over to Rome" in British English means "converted to Roman Catholicism" ノックス神父もカトリック転向組。改宗前のチェスタトンの考え方に影響を受け転向(1917)、逆にチェスタトンの改宗(1922)に影響を与えたという。
p21 時代遅れな頬髭(a little behind the times in continuing to wear side-whiskers): 英国でヒゲが第一次大戦以降廃れたのはガスマスクを付けるのに邪魔だったからという説あり。
p22 新しく買ったスポーツ車(new sports car): 車種は不明。
p23 最近このあたりでは交通事故が多かった(there have been so many accidents round here lately): 出版時の英国での年間死亡者数は約7500人。毎年、ぐんぐん上昇していた。(Wiki: Reported Road Casualties Great Britain)
p27 レン氏の著書(the works of Mr. Wren): P.C. Wren(1875-1941) 小説Beau Gest(1924)は映画化(1926 無声映画)され評判となった。
p39『知れる者、望める者に、不正はなされず』(Scienti et volenti non fit injuria): 原文ラテン語。『ブラクトン』(13世紀の書『イングランド王国の法と慣習』)起源とされてきた法格言「知りそして望む者に不法は生じない」(Bract, fol. 20. An injury is not done to one who knows and wills it.)
p40『各自、分に応じて』(Jus suum cuique): "Suum cuique" or "Unicuique suum", is a Latin phrase often translated as "to each his own" or "may all get their due"
p40 山岳地方… 低地(Highland… Lowland): 訳は「高地」と「低地」で良くない?ここではイングランド人のスコットランド偏見あるあるを紹介。
p42 あさ黒い顔の女(a dark woman): 髪と目の色のことだと思うけど、ここでは農作業などで色黒になってる、という可能性もあるか?でもdarkの一般的なイメージは「黒髪の女」ではないか。
p49 心霊研究会(Psychical Research): コナン・ドイルは1930年にインチキ判定の基準が厳しすぎるとしてSociety for Psychical Research(SPR)を脱退したらしい。
p63 父は… 電話をつけようとはしなかった… 結婚の贈り物として… この家に電話をつけさせた: 電話が普及してない時代です。親戚は未だに電話をつけないでいると愚痴っています。
p82 一番いい時期でも二十ポンドの値うちもなかった(not worth twenty pounds at the best of times): 20万円。積みわら(rick)の値段。値段じゃない可能性もあり?重さなら9kg
p89 例の『時間についての実験』という書物をお読みでしたか?(Ever read that book, “An Experiment with Time?”): 予知夢と時間についてのJ. W. Dunneの著作(1927)で当時よく読まれたという。カーター・ディクスン『かくして殺人へ』(1940)に登場するMr. Dunne’s theoryは多分これのこと。
p92 チェスを闘ってる二人の脳波のブンブンという音が聞こえるような(you could almost hear the brain-waves of the two chess-players): 脳波は「ブンブン」いうのかな?と思って原文を見たら何も書いてない…
p93 青年の持ってた雑多な本の一覧。このうちClubfoot the Avenger(1924)はValentine Williams著のClubfoot(Dr. Adolph Grundt)シリーズ第三作で諜報員Desmond Okewoodが活躍するスパイスリラー。Dulac’s Arabian NightsはEdmund Dulac挿絵のStories from the Arabian Nights. Retold by Laurence Housman(1907)。Angel Pavement(1930)はJ. B. Priestley著、大不況直前の会社員を描いた小説。Walsham How(1823-1897)は英国教会の主教。The Mysterious Universe(1930)は英国天文学者Sir James Jeansの啓蒙科学書。『ボートの三人男』があるのがなんか良い。
p93『さまようウイリイ』の歌曲に合わせて書かれいる詩(the one [poem] written to the air of Wandering Willie): 続く引用3箇所はスティーヴンスン作“Home no more home to me, whither must I wander?(To the Tune of Wandering Willie)”(1888)、詩集Songs of Travel and Other Verses(1896)のXVI番。曲はWebで聴けます。Wandering WillieはRobert Burnsが好きだったスコットランドの古いメロディに詩をつけたもの(1793)。
p94 わたしの死ぬるときには… (Be it granted me to behold you again in dying, Hills of home, and to hear again the call——): ステーヴンスン作To S. R. Crockett、詩集Songs of TravelのXLIII番。
p95 わたしの墓石には…(This be the verse you grave for me, Here he lies where he longed to be; Home is the sailor, home from sea And the hunter home from the hill.): ステーヴンスン作Requiem(1880)より。
p99 ゴルフのクラブくらいを動かすのをためらう(be squeamish about mislaying the golf-clubs): 唐突にゴルフクラブが出てきますが、慣用句なのかな?
p110 洞窟(caves): 洞窟の例をCyclops, Ali Baba, Cacus, pirates, brigands, smugglers, Jacobites or Covenantersと列挙してます。
p115 数シリングの銀貨(a few shillings in silver): 当時のシリング単位の銀貨はジョージ五世、1920年以降は純銀製から.500 Silver製に変更。クラウン、半クラウン、フローリン、シリングの4種類。
p115 一ぺニイ包みのパイプ掃除具(a penny packet of pipe-cleaners): 1ペニーは42円。
p135 ワーカーズ・アーミー・カット(Worker’s Army Cut): パイプ煙草の銘柄。The Viaduct Murderにも登場してるが架空のものか。「国民の半数が吸っている(p137)」銘柄という設定。
p136 一ポンド十シリング(One pound ten): 15014円。巻煙草入れ(cigarette-case)の中に入っていた金額。
p142 十六ペンスを無駄にとばして(burning away sixpences): 667円。懐中電灯の値段。原文では「6ペンス貨幣(複数)」なので値段は不明。(1枚250円)
p158 どのホテルにも十三号室という部屋はない(All sorts of hotels you’ll find which don’t keep a room number thirteen): いつからそういう習慣なのか。
p159 近頃ではカン詰や箱詰の食料品を買う習慣がついてしまった… この荘園でも自分のうちでパンをやく女なんかほとんどいない…(the habit of buying stuff in tins and boxes is growing up in these days. Very few of the women on the estate ever take the trouble to bake a scone): 冷蔵庫が普及してなかったので1947年の調査でもかなりの缶詰製品(canned fish, condensed milk, baked beans, peas)が出回っていた。多分WWIの兵隊食がこーゆー食料品を一般に広めたのでは?「パン」はscone、ここではお菓子の方を意図してる様な気がする。(お菓子を手作りする女すらほとんどいない…)
p160 スコットランド人の職業心: スコットランド人は自分の仕事を愛してるが、イングランド人は遊ぶことだけが好き、という国民性を紹介。
p167 ローマカトリック教徒: 「干渉しない」ので宗教として一番良い、と控えめな賞賛。
p167 孔雀の羽根(peacock’s feathers): 「屋内に持ち込む」のがタブーらしい。ここでは女中(housemaid)がうっかり家に持ち込んでいる。すでに時代遅れになっていた迷信なのか。
p182 飛車の頭で猫を撫でて(scratching the cat with the top of the King’s rook): 良く分からない。王様側のルーク(香車)?深い意味など無くのんびりしてる描写なのか。
p189 ミュッセの詩… いかがなりや/マントノンのごきげんは?(that haunting poem of de Musset’s in which every verse ends with the refrain : Qu’est ce que c’est que le tong Maintenong?): 調べつかず。マントノン夫人ならMaintenonだが…
p204 事後従犯(an accessory after the fact):「スコットランドの法律には事後従犯なんて無い」JDC『連続殺人事件』より。
p209 マンテーニャ流の顔(Mantegna face): アンドレア・マンテーニャ(Andrea Mantegna, 1431-1506) イタリアの画家。厳しい感じの顔か。
p209 いい子だから、胸当てでもつけてきたまえ(Put the chest-protector on, like a dear): 攻撃に備えよ、という意味か。chest protectorはフェンシングの防具?
p235 戯れ歌「わが家はたのし、わが家こそは/たのしい小さな家、それはわが家!」(Ours is a nice house, ours is; What a nice little house ours is!):ミュージックホールのコメディアンAlfred Lester(1872-1925)の曲OUR'S IS A NICE 'OUSE, OUR'S IS(Rule & Holt作詞作曲)、レコード録音1922年頃。某Tubeで聴けます。

No.215 6点 ベローナ・クラブの不愉快な事件- ドロシー・L・セイヤーズ 2019/11/25 00:08
1928年7月出版。ピーター卿第4作。安定の浅羽訳。Bill Peschelのホームページplanetpeschel.comにあるAnnotating Wimseyからのネタは[BP]で表示。
英国のクラブという不思議な場所が舞台。おっさんの居場所としては羨ましい制度だと思います。今回の主題は大戦で戦ったのに酷い境遇になったものへのやるせない想い。あとは結婚って結構良い仕組みという作者の実感。ミステリとしては推理味はあまりなく、ストーリーの流れで読ませる作品。
以下、トリビア。
作中時間は物語の冒頭が11月11日。作中に第2作目への言及があり、パーカーの地位から『不自然な死』のあとの事件であることは明白。となると1927年11月11日で確定です。
現在価値は英国物価指数基準1927/2019で62.3倍、1ポンド=8767円として換算。
p9 苔面爺さん(OLD MOSSY-FACE): 第1章の題名だけカードの主題(ブリッジか)から外れてるようなので、いろいろ調べると、かつてトランプが課税されてた時代のもしゃもしゃしたスペードのエースの図柄のことらしい。英wikiにOld Frizzleとして項目あり。
p10 戦没者記念日(remembrance-day): 11月11日。「休戦記念日(Armistice Day)」と同意で第一次大戦終了の日。別名Poppy Day。赤いヒナゲシの花(The remembrance poppy)を戦没者哀悼の印として胸に飾る。Kurt Vonnegutの誕生日で米国ではArmitish day。ヴォネガットは名称がVeterans dayに変わった(1954)ことを嘆いていました。
p16 色の黒い痩せた男(a thin, dark man): お馴染み「黒髪の」
p23 一流連隊の士官株購入(buying him a commission in a crack regiment): Purchase of commissions in the British Army(wiki)に詳細あり。英国陸軍1683-1871の慣習だったようです。(海軍にはなかったらしい。)
p28 十一月五日… 水晶宮… ハンプステッド・ヒースかホワイト・シティ: 11/5は訳注なしですがガイ・フォークス・ナイト。[BP]三つの場所はいずれも小高くなってて花火見物に適している所。
p30 二千ポンドほどの… 有価証券: 1753万円。当時年に100ポンドの利息。利率5%
p36 バッハ… パリー: [BP]で知ったのですがセヤーズさんはOxford Bach Choirのメンバーだったのですね。どうりで古楽に親しんでいるわけだ。[BP]訳注では詩篇の引用となってる「何となれば人は」はHubert Parry(1848-1918)の“Lord, Let Me Know Mine End” from “Six Songs of Farewell”(1918)
p50 ビスケー湾(Bay of Biscay): [BP]英仏海峡で一番荒れるコース。食事したの「反対」とは「吐いた」の意。
p57 誰だかの書いた話に出てくる不運な幽霊みたいに(like the unfortunate ghost in that story of somebody or other’s): 姿が見えず声も届かないので意思疎通が出来ないシチュエーション。どこかで聞いたような話ですが、調べつかず。同ネタいろいろありそう。
p71 二ポンド十シリング(two pounds ten): 約2万2千円。老紳士が外出する際に持っていたお金。
p72 Jペン(‘J’ pen): ペン先の種類。かつてはA-Zまであったらしい。今も残るのはGペン。vintage nibsで検索すると色々出てきます。
p74 わかった、スティーヴ(I get you, Steve): 訳注 当時の流行語「がんばれスティーヴ」のもじり、となっていますが [BP]によると初出はW.L. George作 The Making of an Englishman(1914)で由来不明とのこと。
p80 コッカーに則っている(according to Cocker): [BP] 英国では算数の教科書Cocker's Arithmetick(1677)が150年以上使われ、absolutely correct, according to the rulesの慣用句となった。(英wikiにより修正)
p80 八シリング十六ペンス(eight-and-six-pence): 原文はどう見ても「8シリング6ペンス」(=3726円) 簡単な化学分析1件の値段。
p81 フラットとなると店子は雑用をこなすのも手伝いを雇うのも、全て自分: 家具付き下宿(furnished apartments)だと大家がいろいろやってくれるが「フラット」だと違うらしい。
p82 二度鳴らす(rung twice): 下宿の場合、ドアベル1度だと地下の大家が出てきて、2度だと1階の住人が顔を出す仕組みのようです。(ピーター卿は世情を知らなかったと評されている。) 探すとWilkie Collinsの劇“Miss Gwilt”(1875)に表玄関のドアベルが鳴ってlodgeのメイドがOne ring for the first floor, two rings for the second, and so on up to the garretと言うシーンがありました。(このlodgeには地下室が無いので1回が1階の意味なのか)
p83 六シリング六ペンス: 2849円。多分ウィスキー1本の値段。
p87 『ロージィの週間小話』の<ジュディスおばさん>欄(Aunt Judith of Rosie’s Weekly Bits): 週刊誌?調べつかず。架空のものか。
p103 自動交換式(automatic boxes): ロンドン最初の電話ボックスは1903年。有名な赤い電話ボックス(K2)は1926年から設置。最初ダイヤルなしの電話で、必ず交換手に依頼する方式。1925年ごろからコインボックスと(AとBのボタンと)数字だけのダイヤルが付き、同じ局内なら番号だけ回せば自動で繋がるようになった。違うエリアにかけるときは交換手を呼び出す仕組み。やがて英字もダイヤルに示されるようになりWIMbledonならWIMと回せば局番違いでも繋がるようになった。この小説の時代だと数字だけのダイヤル式だと思われる。ここに出てくるチャリング・クロスとメイフェアの間は約1.8kmなので同じ局内だったのかな?
p103 地区伝言会社(A district messenger)の者が手紙を(with a note): 訳注 現在のバイク便のようなもの。英wikiにTelegram messangerとして項目あり。米国なら民間会社ですが、英国では中央郵便局(G.P.O.)がユニフォーム姿の少年たちを使って自転車で電報を配達してました。(なのでここは「配達の少年が電報を」という意味ですね。)
p112 一シリング(a shilling): 438円。タクシー運転手へのチップ。乗ったのはポートマン広場からハーリー街まで。距離0.6マイル。現代ならタクシー代は約750円。
p120 熊の見世物小屋(beargarden): 1576年から1682年までロンドンにあった見世物劇場。熊だけじゃなく馬や雄牛や犬も登場する残酷ショーが繰り広げられたらしい。英wikiに詳細あり。
p257 ジョージ・ロービイ(George Robey): ミュージックホールの喜劇スター(1869-1954) ここの引用“getting up from my warm bed and going into the cold night air”は調べつかず。
p277 オースチン・フリーマン『声なき証人』(A Silent Witness): ネタバレあり?作品を読んでないのでわかりません。
p304 腰をおろせば悲劇も喜劇になる(you could always turn a tragedy into a comedy by sittin’ down): [BP] Possibly Henri Bergson, quoting Napoleon. ベルグソン『笑い』第5章からの引用。座ると自分の肉体を思い出すので、ドラマチックな悲劇的気分が抜ける、という話らしい。
p307 一日じゅうペイシェンスをやっていました。…一番簡単な...<悪魔>…(I played patience all day... the very simplest... the demon...): ピーター卿のセリフ。米国ではCanfield。(Klondikeも別名Canfieldですが違う遊びです。) wiki「キャンフィールド」参照。iOSの無料ゲームがあったので遊んでみましたが完成が難しい。選択の余地がほとんどない運任せのソリティア。1890年代Canfield Casinoで参加料50ドル(=16万6千円)を賭け、台札1枚成立につき払い戻し5ドル、完成したら賞金500ドル。1ゲーム当たり平均5-6枚の払い戻しで胴元は大儲けだったらしい。(賭け金が高すぎるような…)
p313 女同士、はたして打ち明け話などするものだろうか: 作者の実感っぽい。
p323 牡蠣に火を通すのは主義に反する(opposed on principle to the cooking of oysters): 昔は西洋人が生で食べるのは牡蠣くらいのものだった。
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イアン・カーマイケルのBBCドラマ(1973、4回×45分)を見ました。ポピーとかスティック型の電話とかディテールがちゃんとしてます。ピーター卿も嫌味がなくて良い感じ。
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(2020-4-17追記)
The Saturday Review of Literature October 27, 1928に掲載された本作の評は、ハメットの手によるものらしい。(Don Herron主宰のWebサイト “Up and Down These Mean Streets”のHammett: Book Reviewer参照)
「かなり良い探偵小説になるはずだった作品。犯罪やそれに至る動機は相当に納得のいくものだ。[評の中盤はストーリーの要約なので省略] だが展開が遅すぎる。これが本書の問題点。展開が遅いので読者をびっくりさせられない。筋を予想する時間がたっぷりあるので、特に鋭敏でない読者にも一章分から六章分くらいの先が余裕で読めるだろう。」
ハメットが考える探偵小説のポイントとは、まともな動機と展開のスピード感と読者を驚かせることだったのか… (ストーリー要約以外は全文を翻訳しました)

No.214 6点 モルグ街の殺人- エドガー・アラン・ポー 2019/11/24 00:11
ここは短篇単独のコーナーですね。(この作品のような「重要な」短篇には単独登録がふさわしいと思います。でも重要って人それぞれですから…)
初出はGraham’s Magazine 1841年4月号。私は創元文庫の『ポオ小説全集3』(丸谷 才一 訳)で読みました。デュパンのセリフの調子がときどき変てこ。親しげな口調と丁寧な口調が入り混じって落ち着きません。青空文庫の佐々木直次郎訳も参照。(直次郎訳のほうが遥かに安定してます。)
Baudelaireがポオを絶賛し、その仏訳も仏文学界やガボリオに大きな影響を与ました。ただしフランスでの初出はla revue socialiste “La Démocratie pacifique” 1847-1-31号のIsabelle Meunier訳。ボードレールの仏訳はポオ小説集Histoires extraordinaires(Michel Lévy Frères 1856)の巻頭に収録。(仏wiki) その前に雑誌掲載あるかもですが未確認。
冒頭、分析力とは?の命題が論じられ、謎めいたデュパンが紹介されます。いきなり考えを言い当てられる「ぼく」の驚きと種明かしの描写は印象的な名場面ですね。(無理筋の推理ですけど。) 分析(=推理)について意識的に書いてるのが「推理」小説の始祖とされる所以です。
ところで私はずっと語り手「ぼく」はフランス人だと思ってましたが、今回読んでみて、異邦人(米国人?)という可能性を感じました。(自己紹介が「18**年の春、それから夏の一時期、ぼくはパリに滞在していて…」「ある目的があってパリにいた」しか書いてないのでフランス人とは限らない) Burton R. Pollinの説も英米人説ですが、初めて会った船員の挨拶good evening(仏訳bonsoir)一言だけで「ちょっぴりヌーフシャフテルなまり」があるのに気づくほどフランス語に堪能なのをみると、やっぱりフランス人という設定か。
新聞記事で事件を知る、という場面があり、やはり探偵小説は新聞の直系の子供です。デュパンの推理自体は貧弱で勘と幸運の賜物ですが、謎の設定自体は不気味さと意外性に満ちています。合理的な解決?が謎に比べて弱いのが大きな欠点ですね。(これは探偵小説の本質的な弱点か)
以下トリビア。原文はWebのPoeMuseumより。今回はフランスが舞台だし訳者がボードレールだし、ということでその仏訳(Gutenberg)も参照してみました。{ }内が仏訳です。Burton R. Pollinの評論The Ingenious Web Unravelled(1977)は調査が行き届いてて面白く、参照した箇所は[BRP]と表示。
作中時間は、センセーショナルに事件を報道する新聞記事から考えて、安売り新聞の先駆けLa Presseの発行(1836)以降の話だと思われます。(米国の安売り新聞は1833年創刊The Sun[New York]が最初。) ヴィドックへの言及があるので少なくとも1828年(回想録出版)以降は確定? ◆Mary Rogers事件は1841年だが『マリー・ロジェ』を読むと6月22日(日曜日)(Sunday June the twenty-second, 18—)という記述があり、直近は1834年。この約二年(about two years)前に「モルグ街の惨劇」なので1832年の事件?閏年の飛びを無視して計算すれば『マリー・ロジェ』1839年、『モルグ街』1837年で丁度良さげだが… (ポオは1年に曜日が1日ずつずれる事しか認識してなかったのか。)
現在価値は、手持ちのが仏消費者物価指数は1902以降有効だったので、金基準1841/1902(1.00797倍)&仏消費者物価指数基準1902/2019(2630倍)で合計2651倍、1フラン=4.042ユーロ=489円で換算。
p10 ホイスト(Whist): 2人×2チーム戦のトリック・テイキング・ゲーム。ブリッジ(1890年代以降)の前身。英国では今でも人気らしい。チーム戦のトランプゲームってやった経験がありません。プライヴェートでは個別主義を好む日本人向きじゃないですね。
p10 ホイルの法則(the rules of Hoyle): Edmond Hoyle(1672-1769) カードゲームのルールブックとして有名。according to Hoyle(=the rules)の慣用句あり。A Short Treatise on the Game of Whist(1742)が最初の教則本で後から色々付け加えてMr. Hoyle's Treatises of Whist, Quadrille, Piquet, Chess and Back-Gammon(1748)となった。そのホイスト本(1742 無料公開あり)を見ると「基本的ルール」(Laws 14条)の他に初心者などが上手にやるためのコツ(Rules 初心者用37、その他8)も書いてるのでrulesの適訳は「教え、教則」か。次の’the book’は「教則本」と訳せば良いですね。なお1862年以降はHenry Jones作Cavendish On Whistが権威となったようです。
p12 名門の出(of an illustrious family)… さまざまの不幸な事件(a variety of untoward events)… 貧苦(poverty)…: 政治体制がナポレオン帝政、復古王政、七月王政と目まぐるしく変動した19世紀前半。1830年以降はブルジョワジー支配の立憲君主制(国王ルイ=フィリップ)で貴族制の廃止、世襲制の廃止、産業革命の進行という時代。まーそれでもデュパンには働かずに食える資産が残ってるのですから上等ですね。
p13 当時ぼくはある目的があってパリにいた(Seeking in Paris the objects I then sought){Cherchant dans Paris certains objets qui faisaient mon unique étude}: the objects(定冠詞+複数形)なので前段の稀覯本探しを指してるのか。仏訳だと「(研究用の)ある物」な感じ。でもここで言ってるのは「読書範囲が広くて、想像力に富んだデュパンとの交際は役に立つ」なので本探しのことじゃないかな。試訳「当時ぼくが探していたものをパリで探すには」(直次郎訳: そのころ、私は求めるものがあってパリで捜していた。) [BRP]はsome mysteroius “objects” never explainedとしています。定冠詞でも前述を受けるとは限らないのか。
p14 腕を組み合って(arm and arm){bras dessus bras dessous}: デュパンとぼくが夜の散歩へ。(みっちょんさんのWeb「シャーロック・ホームズの世界」にこの件の詳細が既に書かれてました。)
p18◆『截石法』(ステレオトミー)('stereotomy'){stéréotomieステレオトミ}: 当然、原子(atomyアトミー){atomesアトム}を連想するって… するか? 仏訳では更に遠くなってます。 [BRP]ポオの南部方言では-otomyとatomyの発音は同じなので「当然に」連想が行くのだろう。
p19『ガゼット・デ・トリビューノー』の夕刊(an evening edition of the “Gazette des Tribunaux”){l'édition du soir de la Gazette des tribunaux}: 調べるとGazette des tribunaux - journal de jurisprudence et des débats judiciaires (1825-1955)という日刊紙が実在しWebで1851-6-30号などが見られます。副題が「判例と法的議論」なので、お堅い専門紙かな?(現物の内容までは未確認。) 小説のは「夕刊」であり普通の新聞な感じなのでポオのつもりでは「架空の新聞」でしょう。[BRP]nonexistent evening edition of a real newspaper。
p19 サン・ロック区(Quartier St. Roch): Saint-Roch教会のあたりか。◆直次郎訳も同様だがパリ20区(1859年以前は12区)と紛らわしいので「地区」が良いと思う。現実には12区を四つに分ける48 quartierの中にSt. Rochという名は存在しない。この辺りの当時のquartier名はPalais-Royal(2区に所属)。
‪p20 ナポレオン銀貨が4枚(four Napoleons){‬quatre napoléons}: 直次郎訳では「ナポレオン金貨」銀貨(1/4、1/2、1、2、5フラン)も金貨(20、40フラン)もあるけど、ただのNapoleonなら20フラン金貨の様な気が…‪ 20フラン金貨は直径21mm、6.45g、鋳造1802-1815。[BRP]では1812年から流通としています。共和暦12年(=1803年)を誤解?‬
‪p20 金貨で‬四千フラン近く(nearly four thousand francs in gold): 196万円。全部20フラン金貨なら200枚、全部40フラン金貨なら100枚で、重さはいずれも1290g。
‪p21 〔事件(アフェール)という言葉は、フランスではまだ、わが国でのような軽薄な意味になっていなかった。〕(‬[The word 'affaire' has not yet, in France, that levity of import which it conveys with us]) 仏訳ではばっさりカット。これを「ぼく」の挿入句と見るなら語り手は米国人だが… (編集者が入れた注釈のようにも見えますね) フランス語affaireに「情事」という含みは無い。[BRP]「ぼく」が挿入したとして英国人・米国人説の根拠の一つ。デュパンをフランス人(Frenchman)呼ばわりしてるのがもう一つの根拠。
‪p21 洗濯女(‬laundress){blanchisseuse}: 何となくパリっぽい。米国にもいたのかな?
‪p25 ‬犯行現場は四階、扉は内側から鍵(p19)、窓も閉まってる、煙突からの脱出も不可能。立派な密室です。ところで私室に鍵をかける習慣はいつ頃からなのだろう。The first serious attempt to improve the security of the lock was made in 1778 in England. Robert Barron patented a double-acting tumbler lock. (ThoughtCo. The History of Locksより) これ以降なんだろうか。大デュマの小説には結構、私室に鍵をかけるシーンが多い。作中時間は17世紀、これは流石になさそうに感じるけど、大デュマが書いてた時代(1840年代)には鍵のかかる私室は当たり前になってた模様。
‪p28 パリの警察は、俊敏だという評判が高いけれども(‬The Parisian police, so much extolled for acumen…): 過大評価を戒めています。
‪p28 例えばヴィドックは… (‬Vidocq, for example, was a good guesser, and a persevering man. But, without educated thought, he erred continually by the very intensity of his investigations): 無学で行き当たりばったり、と散々です。
‪p29 「…調べるのは楽しいことだろうよ」(楽しいという言葉は、こんな場合に使うのは変だと思った…)(“... ‬An inquiry will afford us amusement,” (I thought this an odd term... )){Une enquête nous procurera de l'amusement (je trouvai cette expression bizarre...)}: ゲームとしての探偵小説ですね。
‪p29 警視総監のG**(‬G--, the Prefect of Police){G..., le préfet de police}: ボードレールは警視総監(préfet de police de Paris)の在任期間が1831-10-15〜1836-9-10であったHenri Joseph Gisquet(1792-1866)のことだと受け取りました。1820-1841の間でGがつくのは他にGuy Delavau(在任期間December 20, 1821 – January 6, 1828)、Louis Gaspard Amédée Girod de l'Ain(August 1 – November 7, 1830)、Gabriel Delessert(September 10, 1836 – February 24, 1848)だけ。(wiki ”Paris Police Prefecture”)
‪p29 リシュリュー街とサン・ロック街の間:‬ Rue de Richelieu‪(1633?-1793及び1806以降)、‬Rue Saint-Roch‪(1630-1744及び1879以降) (以上仏wiki) ‬通りの名前は政変などで結構変わっており、当時サン・ロック街は正式には存在しない。でも一世紀にわたる長い歴史があるので現在のサン・ロック街(当時はrue du Dauphin)が元の名で呼ばれ続けていても不思議じゃない。Google Map(本当に便利。昔はミシュラン地図で調べるくらいしか方法がなかった…)で見ると、両通りは平行に走っており、現在、間には小路が12本程度あります。[BRP] 1836年の地図ではRue St. RochはRue Neuve St. Rochとなっている。モルグ街と思われるあたりの当時の地図をよく見ると、裏路地があり裏窓があるような建物は無い。(全て通りに面していて中庭も無い。) モルグ街の裏側はパリではなくフィラデルフィアみたいな作りだ。
‪p30 ぼくはそれをほうって置くことにしていた(ジュ・レ・メナジュエイ)---どうも英語にはぴったりした言い廻しがない(‬Fe les menageais --for this phrase there is no English equivalent){je les ménageais (car ce mot n'a pas d'équivalent en anglais)}: フランス語を交えて、それっぽく言ったつもりがスペルミス(これは誤植かも)とアクサン抜け。発音はメナジェ(仏語は二重母音なし。例外Noëlノエルなど、二つの母音を別々に発音する記号トレマ付き。) ◆[BRP]ではこの愚痴も英米人説の根拠としてるが、英訳する際につい漏らしたという解釈も可では?
‪p32 ほら、ピストルだ(‬Here are pistols){Voici des pistolets}‪: 1830年代は先込めパーカッションピストルの時代です。pistol France 1830 percussionで結構オシャレなデザインあり。複数形なので決闘用のペア・セットかも。‬
‪p32 君には、[ピストルの]使い方はよく判っているはずだ(‬we both know how to use them){nous savons tous deux à quoi ils servent}: なんで丸谷訳は「君」だけなのか。(直次郎訳: … 二人とも知っているはずだ。)
p32 ぼくは… ピストルを受け取った(I took the pistols){Je pris les pistolets}: 何故か二つとも受け取ってる。後の方でデュパンがピストルを取り出すのですが…(後述p48&50)
p35 超自然的な出来事なんて信じやしない(neither of us believe in praeternatural events): 怪奇小説と探偵小説が分化するポイント。
p35 秘密の出口(secret issues){issue secrète}: 密室殺人にはつきもの。
p36 煙突全体としては大きな猫でも通れない(chimneys... will not admit, throughout their extent, the body of a large cat): 煙突からは明らかに脱出不可能。
p36 頑丈な釘… 差込んであった(a very stout nail was found fitted therein)… 秘密のバネ(p37 A concealed spring): 窓がバネ錠で閉まるのに、さらに釘で止めてある。こういう構造は普通だったのか。(隙間風に対する病的な恐れか。)
p39 フェラード(ferrades): 仏訳も同じ語。ところがフランス語で鎧戸や窓の意味で使われる用語には見当たらないという。◆[BRP]より。
p45 キュヴィエの本(Cuvier): もちろん「野蛮きわまる残忍さ(the wild ferocity)」などという記述は実在しない。[BRP] 実物の1835年版ではa rather gentle…
p46◆『ル・モンド』(Le Monde): ここでは海運業専門の新聞とありますが、当時パリでLe Monde(日刊紙)が1836-1837の1年間(通算350号)だけ刊行されてます。内容は不明。続いて、短命だったパリの日刊紙が二つ、Le Monde - journal des faits contemporains et des intérêts matérieが1845年に5号だけ、Le Monde - revue des mœurs contemporaines : littérature, arts, sciences, types, portraits, caractères, fantaisieが1855年に2号だけ刊行。その後、1860年から1896年まで続いた日刊紙Le Monde (Paris)が刊行されています。なお現在も続く有名な高級紙Le Mondeは1944-12-19創刊。以上、フランス国立図書館gallica.bnf.frによる。(資料のデジタル化が進んでて新聞などのバックナンバーを無料公開、羨ましい!)
p47 マルタ島独特の結び方(this knot… is peculiar to the Maltese): ghoqda(マルタ語でknot)がWeb検索で引っかかりましたが、特殊な結び方かは不明。
p48 ピストルを持ちたまえ(Be ready,… with your pistols){Apprêtez-vous, … prenez vos pistolets}: 「ぼく」への指示。相変わらず複数形。ボードレール訳では二人の会話はお互いにvous(vouvoyer)。親しいtutoyerではありません。◆readyはパーカッションキャップを嵌めるなど、撃発可能な準備をしたまえ、という意味かも。(仏訳は「準備して…手に持って」)
p49 ヌーフシャフテルなまり(somewhat Neufchatelish){légèrement bâtardé de suisse}: ヌーフシャテル(丸谷訳は「フ」が余分)はスイスのフランス側の地方でフランス語圏。wiki「Swiss French」によると用語に違い(70=septanteなど)はあるが、発音はほとんど変わらないらしい。
p50 ピストルを取出すと(He then drew a pistol from his bosom){Il tira alors un pistolet de son sein}: そしてデュパンは「懐中から(直次郎訳、丸谷訳では欠)」第三のピストルを取り出した‼︎
なんスかこれ‪?と思ったけど、当時は銃身が複数ある特殊銃を除いてピストルは単発仕様。(リボルバーが大量生産されたのはColt Walkerモデル1847が初。) なのでピストル2丁あっても2発しか続けて発射できないという訳。用心のため複数のピストルを用意したのでしょう。‬

ついでに乱歩『D坂』での引用「君はポオの『ル・モルグ』やルルーの『黄色の部屋』などの材料になった、あのパリーの Rose Delacourt 事件を知っているでしょう」で一躍有名になったローズ・デラクール事件について。乱歩が資料にしたのはOriginality in Murder [part 1 of 2] by George R. Sims (Strand 1915-10) part 2 は翌月号に発表。実在の事件を扱ったエッセイで、最後にDelacourt事件が紹介されます。
1800年代、パリ、モンマルトルのアパルトマン最上階の一室で、ローズ・デラクールという若い女性が殺されていた。発見したのは管理人と警察。扉も窓も内側からカギがかけられ、煙突はどんなに細い人でも通り抜けることができない状況。仰向けに寝ていたローズの胸にはナイフがマットレスまで貫通しており非常に強い力によるものと思われた。
乱歩の世界(rampo-world.com)「いちかわ」さんの2009年の投稿に詳しいのですが、元ネタはどうやらWashington Post 1912-10-3の匿名記事で、ポオ『モルグ街』から思いついたものらしい。こんな魅力的な事件なのに、どこを探しても、正しい記録が出てこないのですから…
‪ ‬
‪(最後に決定打を)‬
‪これは[BRP]ネタなのですが「人間の体液」ですよね。この説明がつかないと決定的にありえない事件です… (とは言え、私も言われるまで全く気づきませんでした。)‬

‪(追記2019-11-25、上で◆以下は同日追記したもの)‬
‪1932年の映画(主演ベラ・ルゴシ)をちょっと拝見。設定は1845年で服装などがそれっぽい。見世物小屋に進化論風の絵が描かれてるけど『種の起源』(1859)はまだ。‬
‪(Wiki「ダーウィン」に次の記載を発見。「‬1838年3月に動物園で*******が初めて公開されたとき、その子どもに似た振る舞いに注目した。」これ英国の例だけど米国でも評判になったのか。)

(追記2019-12-8)
『マリー・ロジェ』の日付と曜日が正確だとすると『モルグ街』は1832年になっちゃう、と上で書きましたけど、1832年のパリでは春から夏にかけて大事件が発生してました。1万8千人(住民の2.3%!)が死んだというコレラ大流行です。なので1832年説はありえないでしょう。当時、コレラの原因は瘴気説(下水未整備だったパリでは汚水が街路を汚してた)が有力。『モルグ街』で窓を厳重に閉めてたのは悪い空気を防ぐためか?

No.213 6点 不自然な死- ドロシー・L・セイヤーズ 2019/11/09 21:29
1927年出版。ピーター卿第3作。創元文庫、浅羽さんの訳はすこぶる快調。私の参照した原文(Open Road 2012)にはドーソン家=ホイッテカー家の系図がついてました。これがあると関係を理解しやすいですね。
本作には『誰の死体?』の一行ネタバレ(p50)あり。シリーズは順番に読んでるのが当然と作者は配慮無しです。
本作でのセヤーズさん(本人の読みはイ抜き)の話題は、癌の研究、貧困問題、英国の田舎の家族の歴史、相続法など幅広く、ジャーナリスト的というより歴史家、社会改良家の眼差し。
いや〜冒頭から良い展開ですね。小ネタも結構面白い。うわさ話の描写が上手、軽薄なピーター卿のキャラも良い… と14章までは文句なかったのですが、その後モタモタ後半にはやり過ぎ感すらあり。全体的に記述が長め、もっと刈り込めます。(『五匹の赤い鰊』以降の文庫の厚さを見ると、うう、先行きが心配…)
作中で繰り返される「結婚なんてしない」モチーフは当時、女性完全参政前夜(1928年英国普選成立)で女権拡張運動が盛り上がっていたことと関係あるのかな?(作者自身は1926年4月に結婚。1924年には未婚のまま息子を出産してます。)
大ネタは皆さんおっしゃるように有名なもの。(確実性には疑問あり。危険性は大いにあるらしい。)
CarrとAgathaがほぼ同時に登場して、もしや!と思ったけど当時Carrはまだアマチュア、偶然の一致ですね。
以下、トリビア。
作中時間は問題なし。冒頭(物語の始まり)は1927年4月中旬以降。日付と曜日(27日水曜日,p85)も一致。
現在価値は英国消費者物価指数基準(1927/2019)で62.30倍、1ポンド=8420円で換算。米国消費者物価指数基準(1927/2019)は14.76倍、1ドル=1596円。
p15 癌(cancer): 1926年に疫学的基礎となる比較研究がJanet Lane-Clayponにより発表されたらしい。
p27 火葬 (crematorium): 当時は本書の記載によると何か揉めると本人の希望でも火葬の許可が降りず、後で調べるため埋葬される。調べると、英国では墓地が混み合っていたもののWWIまで火葬への反対は強く、1930年でも英国全体で火葬は5%少々とのデータあり。
p30 探偵のホークショーです(I’m Hawkshaw, the detective): 訳注では「戯曲に登場した初の探偵」となってるけど、その劇THE TICKET-OF-LEAVE MAN (1863)ではHawkshaw, the 'cutest detective in the forceで「警察の刑事」。ここは「探偵」の意味なのでシャーロック・パロディの米国新聞漫画“Hawkshaw the Detective”(1913-2-23〜1922-11-1)を指してる可能性の方が高いのでは? (1937年の映画も見ました。英語があんまり分からなくても楽しめる犯罪メロドラマ、Webで無料あり。)
p35 おめがねさん(porcupine): 原語の意味は「ヤマアラシ」。「子供の言い方を借りれば」とある。似た語を探すとconcubine(情婦、おめかけさん)か?この訳でなんとなくわかるのですが…
p41 悠々自適の女の人(a retired lady in easy circumstances)… 年収800ポンドくらいの(about £800 a year)…金持ち(wealthy)[じゃない程度で]: 800ポンドは674万円(月56万)。ピーター卿の感覚、まーこのくらいなら金持ちじゃないのか。
p41 とりあえず50ポンド: 42万円。探偵の準備にポンとお金をばら撒くピーター卿。
p42 ペニー玉は決して切らさない… ガス湯沸かし器のことがありますから… (without pennies—on account of the bathroom geyser): コインをスロットに入れるとガスが供給される自動販売システムのことですね。集配人が来る前にコインボックスが一杯になって動かなくなる悲劇とか、別のコイン(外国製の安いやつなど)で使えちゃう場合があるとか、色々不都合はあったらしい。各戸集配とか値上げの時とか大変なシステムだと思うのですが…
p45 貴族め!吊るし首だ!(Aristocrat! à la lanterne!): フランス革命期の唄Ah ! ça ira(1790年5月ごろ)より。「サ・イラ」(wiki)参照。
p45 ノッティング・デイルの女性人口(female population of Notting Dale): Notting Daleは「ウェスト・エンドの地獄」と呼ばれたこともある最貧地区。ということは売春婦のことか。
p47 週3ギニー半(3 ½ guineas weekly): 32217円。快適な寝室と居間に三食ついての料金(下宿)。月額14万円。
p48 ガイ(Guy‘s): 訳注 ロンドンの大病院。登場人物の看護師が訓練を受けたところ。Guy’s Hospitalは1721年からの歴史がある病院。英wikiにも項目あり。teaching hospital(医療従事者を訓練する病院)という位置付けらしい。
p49 赤毛の看護婦(red-headed nurse): 赤毛の看護婦は強気で警官も撃退できる、というネタ、ペリー・メイスン(『おとなしい共同経営者』1940など)に出てくるのだけど、そーゆー一般的なイメージがあったのか。
p50 ニュース・オブ・ザ・ワールド: このシリーズお馴染みの俗悪新聞。
p70 シーラ・ケイ=スミス(Sheila Kaye-Smith): 訳注 英20世紀前半の地方作家。英wikiに項目あり。The End of the House of Alard (1923)が大ベストセラーになった。著作の主な舞台はborderlands of Sussex & Kent らしい。
p73 賭け: 同時に3種の賭け(10対1、20対1、50対1)を提案するピーター卿。慎重な貧乏チャールズは半クラウン(1053円)で受けます。後段の7シリング6ペンス(3158円)はチャールズが全部負けた時の損害額。仮にピーター卿が全負けした場合は84240円の支払い。
p73 ポニー(ponies): 25ポンド。コックニー由来のようです。Cockney rhyming slang terms for money... ‘pony’ is £25, a ‘ton’ is £100 and a ‘monkey’, which equals £500. Also used regularly is a ‘score‘ which is £20, a ‘bullseye’ is £50, a ‘grand’ is £1,000 and a ‘deep sea diver’ which is £5 (a fiver).
p74 ゴール人式の発想で尋問する(apply the third-degree in the Gallic manner): 「ゴール人式」に訳注「異質なものすなわち敵とする考え方」とあるけど、単純に「フランス流に拷問する」という意味では?
p74 『詩篇』に出てくる人たちのように罠をしかける(Like the people in the Psalms, I lay traps): 訳注「詩篇69:22か」とあるように、詩篇に出てくるtrapはそこだけ(King James Version調べ)だが、内容があまり合わない感じ。全Bible(KJV)でtrapを調べると、他はJoshua 23:13、Job 18:10、Jeremiah 5:26、Romans 11:9の四箇所。なおplanetpeschel.comによると罠をしかける場面は詩篇に豊富(35:7、38:12、57:6)という。
p78 五ポンド紙幣(£5 Note): 当時の流通紙幣5ポンド以上はBank of England発行のWhite Note(白地に黒文字、絵なし。裏は白紙)。5ポンド紙幣は195x120mm。札の出どころを調査しています。White Noteの場合、銀行で番号を記録する規定があったようですね。
p82 最新のダイムラー・ツイン・シックス(The new Daimler Twin-Six): 英国ダイムラー社製のDaimler Double-Six piston engine (sleeve-valve V12)は、ロールスロイスs6と並ぶ当時の最高級エンジン。自動車は7.1-litre(Double-Six 50, 1926)と3.7-litre(Double-Six 30, 1927)あり。記述から幌付きのスポーツタイプと思われます。
p83 マードル夫人と命名(call her Mrs. Merdle): 自動車に愛称をつけるピーター卿。
p87 調理前で1ポンド当り3シリング(it costs about 3s. a pound uncooked): 高級ハム(Bradenham ham)の値段。100g当り278円。
p88 十シリング紙幣が1枚、銀貨と銅貨で7シリング8ペンス(with a 10s. Treasury note, 7s. 8d. in silver and copper): 当時の流通紙幣のうち1ポンドと10シリングはHM Treasury発行(1922-1928)。10シリング紙幣は138x78mm、緑色の印刷、表に女神ブリタニアとジョージ5世の横顔、裏は2細胞胚みたいな図案に10シリングの文字。当時の銀貨はクラウン(5シリング)から3ペニーまで種類豊富なので省略。1920年ごろから物価上昇の影響で純銀から半銀製に変わっています。(WWI前後の比較で消費者物価指数基準1914/1924だと1.9倍。)
p99 五ポンド札三枚と一ポンド札十枚(three fives and ten ones): 1ポンド紙幣はHM Treasury発行。151x84mm、茶色の印刷、表に竜を刺し殺す聖ジョージとジョージ5世の横顔、裏は国会議事堂。
p110 相当な... お熱(quite a ‘pash’): passionの短縮形から。中年女の「女学生時代の言いかた」と書かれている。
p113 オースティン7(Austin Seven): 1922-1939生産の自動車。ちっちゃな可愛らしいデザインです。
p121 どこかの老成した男が言っているが、誰でも誰か別の人間について生殺与奪の権利を握っているのさ---一人だけだがね(Some wise old buffer has said that each of us holds the life of one other person between his hands—but only one): ピーター卿のセリフ。訳注なし。調べつかず。
p122 パンジャンドラム(the Grand Panjandrum with the little round button a-top): ガルパン劇場版にも登場?する英国面を代表する兵器は1943年発明。元の詩はSamuel Foote, The Grand Panjandrum (1755) 一度見たらどんな文章でも正確に暗唱できると豪語する俳優Charles Macklinを試すために作ったnonsense prose。従って元々は出鱈目な語。マクリンは挑戦を受けなかったそうです。以下オリジナルの引用
(前略) So he died, / and she very imprudently married the Barber: / and there were present / the Picninnies, / and the Joblillies, / and the Garyulies, / and the great Panjandrum himself, / with the little round button at top; (後略)
p149 一人10シリング(ten shillings each): 4210円。女中へのご褒美。
p157 これだから検視審問は困る。隠しておきたい情報を全部暴露してしまうくせに、手に入れる価値のある証拠は何も提供してくれない: 検視官の自由裁量権がかなり強いらしい。パーシヴァル・ワイルド『検死審問―インクエスト』(1940)の前文にもそんなようなことが書いてありました。
p165 クロックフォード(Crockford): (訳注 英国国教会の聖職者名簿) Crockford's Clerical Directory、初版1858(The Clerical Directory) 1876年からは、ほぼ毎年新版が出ている。
p167 僕は危険な運転はしない(I am not a dangerous driver): 当時、危険運転ネタは面白い話だったのでしょうね。ガードナーのメイスンとか、クレイグ・ライスのヘレンとか。ピーター卿も仲間入りです。
p167 白銀の馬力は口から泡を吹いて逸り(The snow-white horsepower foams and frets): 訳注では「出典不明」。Matthew Arnold “The Forsaken Merman”(The Strayed Reveller, and Other Poems 1849)にThe wild white horses foam and fretという一節があり、ほぼこのままの形でセヤーズさんのBusman's Honeymoonにも引用されてます。原詩では荒波を暴れる白馬に例えたもの。
p176 三シリング八ペンス(Three and eightpence): 1543円。二人分のビール代(two pints of the winter ale)と思われる。
p184 戦争… 税金がたまげるほど重くなって、何もかもばか高くなって、仕事がない人がふえただけ(shocking hard taxes, and the price of everything gone up so, and so many out of work): 嘆く老女。
p191 インゴルズビー:『インゴルズビー伝説集』(Ingoldsby Legends): Richard Harris Barham作、初出1837年。セヤーズのWho’s Bodyにも出てました。JDC『火刑法廷』にも引用があってちょっとびっくり。
p228 マイケル・アーレンって大好き... 『恋する青年』はお読みですか?: 若い夫人のセリフ。Michael Arlen(1895-1956)はアルメニア出身の作家。1920年代の英国で人気。Arlen is most famous for his satirical romances set in English smart society (wiki) Young Men in Love (Hutchinson 1927)は当時の最新作。
p229 エリナー・グリン夫人(Mrs. Elinor Glyn): 1864-1943。チャンネル諸島生まれの英国作家。その恋愛小説が当時はスキャンダラスと受けとられた。クララ・ボウで有名な<イット>の生みの親。でも今やその語を知る人は少ないような…
p234 オーピントン(Orpington): Orpington is known for the "Buff", "Black" and "Speckled" chickens bred locally by William Cook in the 1890s. (wiki)
p239 女の友情: 男の友情との対比で書かれています。納得の説明。なんか実感こもってる。後半の愁嘆場(p330)も参照。
p255『ロンドン市民』(The Londoner): 何の引用なのか調べつかず。
p268 公衆電話の場合、交換手が必ずそう言う(the operator always tells one when the call is from a public box): 当時の英国ではそう言う仕組みだったようです。なので公衆電話から家電を装うのは困難。
p269 煙草カード(cigarette-card): 1926年英国で調べるとクリケット選手とか有名な脱走とか海賊&追い剥ぎとか古い建物とか面白そうなシリーズが一杯。
p283 ブランヴィリエ公爵夫人(Marquise de Brinvilliers): 『火刑法廷』でお馴染み。What! all that water for a little person like me? というセリフは怖いですね… (Madame de Sévignéの1676年7月22日の手紙によるとC’est assurément pour me noyer, car de la taille dont je suis, on ne prétend pas que je boive tout cela.)
p284『おお霊感、孤独なる子よ、生まれし野生の森の歌を囀り』(O Inspiration, solitary child, warbling thy native wood-notes wild): ミルトンの詩を元にヘンデルが作曲したオペラL'Allegro, il Penseroso ed il Moderato HWV 55(1740)のNo.31 Airより。歌詞はOr sweetest Shakespere, Fancy's child, Warble his native wood-notes wild.(以上planetpeschel.comによる)ミルトンの原詩(L’Allego 1645)もこの部分は全く同じなので、原作が元ネタかも。
p300 十シリング札一枚、六ペンス玉一枚、銅貨が二、三枚(Ten-shilling note, sixpence and a few coppers): 当時の6ペンス硬貨は.500 Silver、ジョージ5世の肖像、直径19mm、2.88グラム。
p304 『ブラック・マスク』(an American magazine—that monthly collection of mystery and sensational fiction published under the name of The Black Mask): 1927年5月以降は「The」無しの「Black Mask」に改題。英国版は1923年から刊行。当時128ページ、9ペンス(=316円)の月刊誌。米版同月号(20セント=319円)に時々1・2話を追加した造り。表紙も同じイラスト。1926年〜1927年ごろはガードナーやハメットやキャロル・ジョン・デイリーなどが活躍、表紙は西部劇っぽいイラストが多い感じ。
p319 オースティン・フリーマン(Austin Freeman): ここネタバレあり?私には具体的な作品名がわかりません。
p335 ウィルキー・コリンズが「探偵熱」と呼んだもの(Wilkie Collins calls “detective fever”): オリジナルはThe Moonstone (Third Narrative, 3. Chapter III) “I call it the detective-fever”
p338 さて顔というのは見間違え易いが、背中を見誤るのは不可能に近い(Now it is easy to be mistaken in faces, but almost impossible not to recognise a back.): これは重要な真理。見慣れた人のちょっとした仕草は正体をすぐに表すものです。進化の過程を考えると誰にでも備わってるはずの認知能力。そこに配慮してない変装等のトリックは一切信じられませんね。
p361 七ポンド六シリング(seven and six): 上述p73参照。なので「7シリング6ペンス」が正しい。
p364 醜怪な黒い旗の掲揚を告げる八点鐘(the eight strokes of the clock which announce the running-up of the black and hideous flag.): black flagは訳注で「死刑執行の旗」、調べると「死刑執行完了」を知らせる旗で、ドン・シーゲルの映画『ビッグ・ボウの殺人』(The Verdict 1946) Sidney Greenstreet, Peter Lorre出演でロンドン1890年の話、ハーディーの小説Tess of the d'Urbervilles (1891)に出てくるらしい。昔の習慣のようです。

(追記2019-11-10)
最後の日蝕(eclipse)について書くのを忘れてた。日蝕の記録は部分蝕を含め正確に残ってるはずなので調べたらラストシーンの日付が確定するはず… なんですが、面倒なので調べていません。上のトリビアで時々参照してるPlanetPeschelのホームページの注釈でも項目立てしてるけど答えがまだ書いてないし。
Bill Peschelさんのページにはウィムジーシリーズ各作品の注釈や写真が豊富に載ってます。第2作目まで完成してますが、それ以降は作成中。英語がもっと上手なら参戦したいなあ。(アガサさんのスタイルズと秘密組織の注釈本やシャーロック同時代のパロディ集成も出版してるようです。)

(2020-2-2修正)
Bank of Englandに紙幣のサイズを明記したページWithdrawn banknotesがあったので修正しました。

No.212 8点 第二の銃声- アントニイ・バークリー 2019/10/30 00:25
1930年出版。国書刊行会の単行本がどうしても見つからないので、創元文庫を買い直しました。
工夫に満ち満ちた物語。素晴らしい状況設定。主人公の女性観も面白い。欠点はあまりにパズルのピースが繊細に組み合わされ過ぎて人工的に感じられてしまう、というところ。ゲームとしては最高の出来です。黄金時代の一つの到達点、ただしヒネくれまくり。なので、まともな本格探偵小説をある程度読んだうえで評価すべき作品だと思いました。
私の興味は「殺人ゲーム」(p68)の実態。余興として当たり前のように実行されます。ここでは後で参加する数人のゲスト客のために、先にいるメンバー全員でアイディアを出し合って殺人芝居を作りあげる、というスタイル。探偵役のゲスト客が到着する前に、真に迫った殺人芝居をやってるので、探偵役は後で証言を聞きまくったり、現場を調べたりして真相究明をするのでしょうね。(これ以前の作品で「殺人ゲーム」への言及がある作品を探しています… 起源が知りたいのです。)
以下トリビア。原文は入手していません。
事件発生は1930年6月8日水曜日と明記。(実際は日曜日ですが…)
p7 献辞: A・D・ピーターズ(A.D. Peters)は当時バークリーのリテラリーエージェントで、その妻Helenは1932年に離婚後、バークリーの二度目の妻となった。(この作品の頃には絶賛不倫中?) バークリーは弟の妻とも関係するなど人妻大好きだったらしい。(ということは、本作のゲス男って実は…) だとすると、この献辞ってかなりの悪質物件ですね。
p17 二十二口径のライフル: 小口径ライフルとしてポピュラー。兎などの小動物や小型鳥類の狩猟用。弾は.22 long rifleが一般的。
p46 騎士パラディン: Paladin、高位の騎士の称号。人名かと思った。ラモー作曲のオペラLes Paladins(1760)も「遍歴の騎士たち」
p88 煙草と棒紅(リップスティック): 現代女性を言い表わす文句。「そういう呼び名だったと思う」とあるので不正確? 見つかりませんでした。
p136 四時半きっかりにお茶: いつもの習慣。
p149 二十番径の散弾銃: 20 bore、米国のgauge。.615インチ=15.6mm。12ゲージより小さい。
p295 四半サイズの女物の靴: 英国サイズ4.5なら日本サイズ23.5相当か。

No.211 6点 エイト・ビート- 吾妻ひでお 2019/10/21 20:16
エイト・ビート(週間チャンピオン連載1971-7-19〜1972-1-31)
吾妻 ひでお(あづま ひでお) 1950-2-6〜2019-10-13
新米の私立探偵エイト・ビート君とメチル・アルコール警部(♀)が繰り広げるドタバタギャグマンガ。
まーほとんど推理や探偵が関係ないメチャクチャな話ばかりなんですが、1970年代とは何だったか、というのが感じられるのではないでしょうか。
当時、あじまさん21歳。若いねえ。若いからイキが良い。そんな青春たっぷりのギャグマンガ。
探偵小説界に関係ありそうな単語だけ拾うと、江戸川乱走、シャーロック・ホームズ、ルパン、セイント、FBI、CIA、KGB、少年探偵団、女探偵ハニー・バスト、エラー・クイーン、マイク・ハンマー、ジェームズ・ポンド… これで大体の感じがわかるかな?

No.210 7点 皇帝のかぎ煙草入れ- ジョン・ディクスン・カー 2019/10/16 00:20
JDC/CDファン評価★★★★☆
1942年出版。創元文庫の新訳で読了。読みやすい訳で文句なしです。(井上一夫さんの旧創元文庫をチラ見したら、こっちも負けてないですね。さすが井上先生。)
四十数年前に読んでて、全く内容は忘れてた筈(傑作という印象も特に無かったのですが、ここの評価点が高いので期待してました。)…なんですが、途中で解決の見当がついちゃったんですよ。無意識に憶えてたんでしょうかね。印象的な手口ですから。なので驚きは半減。JDCのアクロバットをニヤニヤして見てました。
でもやっぱりJDCって盛り上げベタです。話の展開はこの上なく上質で「これどーなっちゃうの?」と何度もドキドキさせるのに、女の心理戦の見せ場が、ことごとくあっさり流れて不発に近いじゃないですか。いやこれ作家が惚れるわけだなあ、と思った次第。(俺ならもっと上手く描ける!このプロット俺にくれよ!と言いたくなりますよね。)
私には異常人物と異常状況が薄いのでJDCの作としては物足りません。探偵小説としては素晴らしいプロット。p290で明かされる証拠を「誰かが故意にやった」風に装える状況を作っておいたら完璧だったと思います。貴重な「かぎ煙草入れ」をぶっ壊した理由についても、ちょっと不満ですが良い赤鰊と思えば…
以下トリビア。
作中時間は問題ありです。
事件の「ちょうど1週間後が9月1日月曜日」と明記されてるので簡単、と思ったら、出版直近の該当年が1941年。でも、戦時中な感じが全然しないし、フランス北部は1940年6月からドイツの支配下なので1941 年は有り得ない。となるとそれ以前の直近で該当する1930年?は遠いなあ。1月か2月ならば1941年と1936年の日付と曜日は一致。(JDCは1月のカレンダーを見て曜日を確認したのか?) 1936年ならまだ戦争の影は遠かった。従って作者が執筆時に思い描いていた日は1936年9月1日(実際は火曜日)、事件発生は8月25日と考えて良さそうです。(作者は『猫と鼠の殺人』(1941)でも同じような間違いをしてますね。)
現在価値は仏国消費者物価指数基準(1936/2019)で490.9倍、当時の1フラン=0.75ユーロ=89円。
p7 ラ・バンドレット(La Bandelette): 架空地名。「戦前の平和な時代には(in those days of peace)」フランスでも有数のにぎやかな避暑地(fashionable watering-place in France)。英国人や米国人がよく来る観光地で、カジノがあるという設定。ピカルディー海岸にある。マーチ大佐ものの短篇『銀色のカーテン』(1939-8)の舞台。ゴロン警察署長はこの短篇にも登場。短篇をラジオドラマ化した『死の四方位』(1944)にもゴロン署長は登場し、その時は自ら事件を解決します。
ピカルディー近くで海に面しててカジノがあって…という条件で探したらメール=レ=バン(Mers-les-Bains, 「海水浴場の海」というような意味か。)という町が見つかりました。仏wikiに戦前の写真あり。町が作った紹介ビデオも見つけました。www.merslesbains.fr/video-de-presentation アールヌーボー風建物が数多く残る町です。これがモデル?
p8 ヴァンドーム広場でルベックが扮した妖婦キルケー(a figure which Lebec of the Place Vendôme tricked out into that of Circe): 調べつかず。
p19 ソーン・スミスのユーモア小説(Thorne Smith): 本名James Thorne Smith, Jr. (1892-1934) He is best known today for the two Topper novels, comic fantasy fiction involving sex, much drinking and supernatural transformations.(wiki)
p41 ジョージ・バーナード・ショーの劇って、けっこうお茶目なのね(I think Shaw is rather sweet): 劇のタイトルは後で出てきますが、この場面ではぼかされてるので読んでのお楽しみ。謎ありの話なので「ミステリの祭典」に登録しようかな…
p55 火かき棒(poker):『まだらの紐』でロイロット博士とシャーロックが力比べするアレですね。
p70 スプリング錠(spring lock): ドアを閉めると鍵がかかる構造らしい。a type of lock having a spring-loaded bolt, a key being required only to unlock it.
p82 黒っぽい目… 目と同じ色の髪…(dark eyes. There was still no gray in the thick dark hair): キンロス博士の描写。目の色の記述が髪の色より先に来てますね。
p83 まわりからトビイと呼ばれているホレイショー・ローズ(they call him Tobee[Toby], but his name is Horatio): なぜTobyなのか説明無し。あだ名?
p95 一軒の鍵があればほかの家のドアも全部開けられる(The keys of one will fit the doors of all the others): 同じ業者が建てた四軒の家の鍵が同一… のんびりした時代ですなぁ。
p97 五フラン硬貨をテーブルに放って(threw a five-franc piece on the table): 447円。カフェテラスでのカクテル代。1933年発行の6gニッケル貨(直径23.7mm、顔右向き)か1933年以降の12gニッケル貨(31mm、顔左向き)か。
p148 血液型(blood-group): 「O型」は原文ではGroup Four。この時代、血液型はわかるが血液から個人を特定出来なかったのか?Forensic Science blood identity historyでざっと調べるとDevelopment of the absorption-inhibition ABO blood typing technique in 1931.という記載(New York StateのPolice Laboのページ)がありました。詳しく掘ってませんが、調べると面白そうですね。(まだ硝煙反応の宿題が残ってるぞ!という声が聞こえるような…)
p159『ジョン・ブラウンの死体』(John Brown’s Body): 米国南北戦争時に北軍で流行った曲。曲は「ヨドバシカメラ」でお馴染み。(wiki「リパブリック賛歌」参照。)
p162 メリーランド煙草(yellow Maryland cigarettes): 架空ブランド。1944年発売のルクセンブルクの煙草ブランドはありましたが…
p179 前に一度、パリで殺人事件の裁判を傍聴(attended a trial for murder once, at Paris): フランスの裁判は怒号が激しく飛び交い、判事たちが被告を怒鳴りつけるらしい。
p183 メーター・ランプの弱い光(the dim glow of the meter-lamp): vintage taxi meter-lampで画像あり。どーゆー仕組みなんだろう。
p184 八フラン四十サンチーム(eight francs forty): 751円。タクシー代。
p190 七十五万フラン(seven hundred and fifty thousand francs): 6703万円。貴重なかぎ煙草入れの値段。
p197 いんちき男!(Blaah!): blah(くだらない)かblaa(羊のメー)か。又は明確な意味のないブーイングの親戚みたいな音か? 井上訳では「ペテン師!」
p197 ユーライア・ヒープ顔負けね!(you canting Uriah Heep!): Charles Dickens作David Copperfield(1850)の主要登場人物。
p215 小説に出てくる名探偵を気取って(like the great detective): 黄金時代の特徴。
p241 ラ・バンドレットの市庁舎(The town hall at La Bandelette): 「黄色っぽい石で造られた背高のっぽの建物… 時計台をそなえ…」残念ながらここに書かれてる特徴は上述のMers-les-Bainsの現存する市庁舎(1904年から)とは一致しないようです。でも隣町Treportの灯台が市庁舎まで距離約2km。市庁舎の南西側にあるので最上階西側の窓から灯台は見えるはず。(強烈な光は無理かなあ。) Google MapでMayor of Mers-les-BainsとLe Tréport Lighthouseの位置関係などを確認できます。便利な世の中ですね。
p267 十万フランの価値(worth a hundred thousand francs): 894万円。ネックレスの値段。
p280 ウィリアム・ラッセル卿(the case of Lord William Russell, at London in 1840): 本文の通り。wiki参照。
p284 パトリック・マホーンみたいなやつ(A Patrick-Mahon sort of fellow): 訳注の通り。wiki“Crumbles murders”参照。
p299 ジャンピング・ジャック(jumping-jack): jumping jack toyで検索すると見られます。Rolling StonesのJumpin‘ Jack Flashはこれのことではないらしい。
p308 目もあやな大輪の花(zizipompom): p147でゴロン署長が二度言う「危険」も原文ではzizipompom。井上訳ではいずれも「打ち上げ花火(みたいな女)」。こっちの方が原意に近いのかな? 仏語辞書をちょっと探してみるとziziはありましたがpompomは該当なし。
(2019-10-16追記)
ベルギーでも1915年から採用されていたポンポン砲(37mm Vickers-Maxim pom-pom 1903/13)のことをすっかり忘れてました。とすると「ziziがポンポンするような」美女、という意味か?(下品ですみません。)

No.209 6点 グレート・ギャツビー- F・スコット・フィッツジェラルド 2019/10/15 06:07
1925年出版。小川 高義 訳の光文社古典文庫(2009)で読了。原文と野崎訳と村上訳とこの訳を比較した便利な論文(吉岡泉美)がWebにあり見てみると、小川訳は語順重視の簡潔な文章。野崎訳が冗長に思えるほど。(一番長いのは大抵村上訳)
一人称は「私」。野崎・村上は「僕(ぼく)」ですが、ひとかどの男を目指す若者はそんな甘え口調を選ばないと思いました。(もちろん中身は未熟なのですが。) 実直な翻訳で読むのに邪魔になりませんが、ちょっと詩情に欠けるか。まーでも締まりのない文章よかずっとまし。(←どの口で言う?)
かつてハヤカワ文庫NV(橋本 福夫 訳、こちらも「わたし」)で読みましたが、内容は忘却の彼方。映画(1974)を見たのが先だったような。(ソフトフォーカスだけが強烈な印象。)
読んでみたら、ある意味、意外な展開の物語。おまえら頭空っぽか、と言いたくなります。そして若さ。はかなく消え去ってしまうという苦い感傷が、読後に長く残ります。
やっぱりこれはミステリじゃないけど、このムードはチャンドラーやウールリッチに通じます。なのでミステリ・ファンにもお薦め。(これ稲葉 明雄さんが訳してたらかなり良い感じだったのかも。)
歌は以下が登場。BGMにどうぞ。
Sheikh of Araby(1921) music: Ted Snyder, lyrics: Harry Smith & Francis Wheeler
The Love Nest(1920) music: Louis A. Hirsch, lyrics: Otto Harbach
Ain't We Got Fun(1921) music: Richard A. Whiting, lyrics: Raymond B. Egan & Gus Kahn
Three O’Clock in the Morning(1919) music: Julián Robledo, lyrics(1921): Theodora Morse
The Rosary(1898) music: Ethelbert Nevin, lyrics: Robert Cameron Rogers
以下トリビア。ページはKindle版によるもの。
現在価値の換算は米国消費者物価指数基準(1921/2019)で14.34倍、1ドル=1550円。
p66/3208 月80ドル: 12万4千円。古ぼけた安普請のバンガローの家賃。数人で生活可能な家。
p66 フィンランド人の家政婦: 後の章で、黒人が白人運転手でリムジンを乗りまわしてたり、ギリシャ人が軽食の店(coffee joint)をやってたり。多国籍な米国です。
p97 フットボール… 強力なエンド(one of the most powerful ends that ever played football): 古いアメフトルール(1960年代以前)では、守備も攻撃も兼務し、ラインの両端に並ぶのがエンド。現在のDE(Defensive End)とTE(Tight End)を兼ねたポジション。素早い身のこなしが出来るパワフルで大柄な男のイメージ。
p125「秘密会」(Senior Society): Yaleには6つのsenior society(Skull and Bones, Scroll and Key, Berzelius, Book and Snake, Wolf’s Head, & Elihu)があって、三年次の終わりにそれぞれ15人が入会を許される仕組みらしい。
p300 サタデー・イブニング・ポスト: 当時5セント(77円)、約100ページ。作者の短篇を掲載してたので楽屋オチですね。初掲載はTopsy Turvy(The Saturday Evening Post 1920-2-21 as “Head and Shoulders”) フィッツジェラルドなら根掘り葉掘り調べ尽くされてると思うから、私の知りたかったポスト誌の原稿料がどこかに書いてあるかも。
p438 十ドル: 15504円。子犬(エアデール)の値段。
p648 若いイギリス人: 米国人に取り入ってる姿が描かれてます。
p1023 ルイス式軽機関銃(Lewis gun): 1913年開発。第一次大戦時の持ち運べる機関銃の代表格。(飛行機用の機関銃としても活躍。) 弾丸を入れる円盤がカッコ良い。.30-06スプリングフィールド弾(英国仕様は.303 British弾)47発を連発可能。ライフル弾なのでトンプソンSMG(1919年開発)より遥かに射程が長い。ただし給弾時の故障が多かった。
p1132 一九一九年のワールドシリーズ: 有名なブラックソックス事件。
p2669 食った分が四ドル: 6202円。安食堂でお腹いっぱい食べた感じ。
p2702『ホパロング ・キャシディ』(Hopalong Cassidy): カウボーイ小説。Clarence Mulford作、1910年出版。「1906年」のメモを書くのは無理がある。
p2714 もうタバコをすわない、かまない(No more smoking or chewing): 噛みタバコ?ガムの可能性あり?この訳では何のことか分からなかった。
p2714 一日おきに入浴する(Bath every other day): 米国人には珍しくのか。

No.208 8点 赤い館の秘密- A・A・ミルン 2019/10/13 22:42
1922年出版。初出Everybody’s 1921-8〜12(5回分載, 題名The Red House Murder) この雑誌は英国小説を多く載せてる感じの米国誌。当時25セント、180ページ。(FictionMags Index調べ。FMIはこの頃の英国誌情報が欠けがちなので、英国誌連載が先の可能性も大いにあり。) 創元文庫の新訳で読了。翻訳は上品で良い感じ。WebにあるFolio Society “The Red House Mystery”のページには斜めで見ずらい写真ですが「赤い館」の1階平面図があります。(中央の階段があるHall左上がOffice、その下がBilliard-Room。Hall右下がLibrary、その上左側がDrawing-Room、右側がDining-Room。) 創元旧訳の「赤い館見取図」(検索条件: japaneseclass 赤い館 創元)と位置関係は概ね合っていますが、構造が微妙に違ってます。(多分、両方とも小説内の描写に基づく独自の再構成。流石にFolio Society版の方が現実の英国建築に近い印象。)
タイトルがRed Houseなので、読み始めはJimi Hendrixの傑作ブルースが脳内で炸裂してました。BGMには全く相応しくない曲ですが。
実に探偵小説らしい探偵小説。もしも素人が実際の事件に立ち合ったら… という状況にふさわしい展開をとても現実的に(そしてユーモラスに)描いています。和やかな会話が良いですね。暖かい芝生に寝転んでるような幸せな気持ち。探偵小説について私が言いたいことは作者の再版時の序文(1926, 何故か巻末に収録。)に全て書き尽くされています。
この小説を読んでいて気づいたのですがInquest(検死審問)という手続きは、随分と変死事件の「見える化」に貢献している感じです。こーゆー住民に情報公開するプロセスがあってこそ、民主主義(少数の専門家が決めるのではなく民衆が知恵を持ち寄って決定する)が健全に成りたつのだ、と珍しく真面目な感想を持ちました。
銃の詳しい描写がないことが唯一の不満。(←あんただけです。)
有名なイチャモンについては『チャンドラー短編全集4』に記載予定。(まーチャンドラーさんもこの頃[1944-1950]にはいろいろ溜まってたんでしょうね。)
以下トリビア。ページ数はkindle版のもの。
作中時間は、戦争(WWI)の影が全くなく、登場人物の話題にも(数年前の話にすら)一切のぼらないことから、戦前の話だと思われます。それと矛盾する要素も見つかりません。年代のヒントは唯一、曜日が記されてる「十二月 、水曜日(Wednesday, Decem)」(p3473/4200) これは去年のクリスマスにやった素人劇のポスター(ところどころ破れてる)に書いてあった日付。ということは前年12月25日は水曜日?戦前で探すと1912年12月25日が水曜日。ただし「去年のクリスマス(Last Christmas)」の上演がぴったり25日だったのかは不確実。(Christmastideの意味ならたっぷり12日間の可能性すらあり。) ミルン30歳(本作の探偵の年齢)は1912年。ならばこのくらいで妥当かも。以上から事件発生は1913年8月(p117)の火曜日(p3194)。なお、この日は「スタントンで市の立つ日(p3425)」と書かれてますがStantonは架空の町なので特定には役立ちません。
現在価値への換算は英国消費者物価指数基準(1913/2019)で114.43倍、1ポンド=15465円。
献辞はお父さんに。バークリー『レイトン・コート』(1925)と書きぶりが似ています。ミルンさんの本作への序文(1926)には「とある熱烈な探偵小説ファンには 、本書はほぼ理想的な探偵小説だとみなしてもらえるにちがいないと思っている… 本書を書いているあいだは絶えず、彼の願望を考慮し、それを尊重した … なのに、こうして本になっても、彼には決して読んでもらえない探偵小説なのだと思うと、じつに寂しい。」と書いていて、ああ、お父さんはこの本の出版を見ずに亡くなったんだな、と早合点したら、このファンとは「顔を合わせたことはない」と書いてあり、ミルンの父John Vine Milne(1845-1932)は出版時に存命です。この「熱心な探偵小説ファン」とは誰なんだろう… (Gillingham?序文の原文は残念ながら未入手。)
p63/4200 客間メイド(parlour-maid)、料理人兼家政婦(cook-housekeeper, p71)、台所メイド(kitchen-maid,p793)、ハウスメイド(housemaid,p812): この頃の英国小説には使用人が沢山出てくるのですが、その中にも役割分担と上下関係が決まっていて、housekeeperはmaidの総括。parlour-maid, housemaid & kitchen-maid は同格、皆19くらいの若い娘が多い。parlour-maidは屋敷の共用空間(sitting, drawing, dining room)担当。housemaidは汎用。kitchen-maidはcookの補助。(The Complete, Annotated Whose Body? ed. by Bill Peschel 2016による)
p108 郵便貯金が15ポンドある(fifteen pounds in the post-office savings’ bank): 23万円円。パーラーメイドの恋人の蓄え。
p178 ファイヴスという球技(playing fives): 詳細は英語wiki “Fives”。スカッシュ風の壁打ち球技らしい。
p205 新しい靴を買うのに、五シリングがほしくて: 3866円。パーラーメイドが欲しい額。
p308「なんと!(Good God!)」… 「失礼しました、ミセス・キャラダイン、ミス・ノリス 。すまない、ベティ (I beg your pardon, Miss Norris. Sorry, Betty.)」マークはみだりに神の名を口にしたことを詫びた: そこに男たちも居るけど、謝ったのは女性に対してだけ。エチケットは難しいですね。なお翻訳ではキャラダイン夫人も同席してるけど、私の参照した数種の版(Gutenberg含む)ではこの場に登場していない。理論上、朝食の場に居なきゃ変なので訳者が補正したのか。
p352 海軍によくあるタイプの、きれいに髭をあたった…(a clean-cut, clean-shaven face, of the type usually associated with the Navy): 英国陸軍(British Army)と海軍(Royal Navy)では髭の規則が異なり、陸軍では1916年まで口髭を伸ばすのが義務、海軍ではツルツルかfull beard(口髭から顎髭まで満遍なく覆う)のいずれかしか許されなかったらしい。
p352 年に四百ポンドの収入: 619万円(月収52万)。たいした収入です。
p406 古い赤煉瓦の建物(the old red-brick front of the house): Red Houseという名の由来。red-light(=whore house)と同じ意味かな?とずっと思ってたけど、今回、良く調べるとそーゆー意味は無いらしい。(JimiのRed Houseもそーゆー意味ではないようです。)
p825 贔屓の作家の作品が掲載されていると雑誌の表紙に謳ってあるうえに 、崖から悪党が落ちている挿絵がついていた… (a magazine... a story by her favourite author was advertised on the cover, with a picture of the villain falling over the cliff.): ミルン関係の楽屋オチでPunch?と思ったら、そんなイラストの表紙じゃないですね。1913年でこーゆー表紙の小説雑誌は、ああ、これも楽屋オチのEverybody’s誌ですね。(もちろん他にもPearson’s誌とかStory-Teller誌とかStrand誌米国版とか色々あります…)
p912 犯罪を追う猟犬 、私立探偵(our own private sleuthhound): our ownの意味が良く分かりません。ヒーローものでよく言う「ぼくらの味方」の「ぼくらの」の意味?
p1088 ギリンガムはベヴァリーの腕を取り(Antony took hold of Bill’s arm): ヴィクトリア朝風に腕を組んだのかな?
p1159 ボウリング・グリーン(bowling-green): 日本で良くやるボウリングではなくローンボウルズやクローケーをやるための芝生コート。
p1331 いっしょにやるかい、ワトスン?(Do You Follow Me, Watson?): ホームズのセリフ、と書いてますが、全く同じのは無し。シャーロック全集でホームズがワトスンにfollow meと言ってるのはこれだけ。“... at the same time, raise the cry of fire. You quite follow me?” “Entirely.” (A Scandal in Bohemia) 延原訳だと「わかったね?」です。本書のここの意味も、わかったね? わかるかい?のほうが相応しい。
p1339 階段の段数(number of steps): 17段。A Scandal in Bohemia冒頭からの引用。この作品で言及されるのはホームズとワトスンねたばかりです。
p1891「じつをいうと[彼女は]いま、あの、へんてこりんな作家にぞっこんなんだ。なんて名前だっけ…(As a matter of fact, [she] happens to be jolly keen on—what’s the beggar’s name?)」 「いや、気にしないでくれたまえ。いまの話で充分だ(Never mind his name. You have said quite enough)」: この作家って自分のこと? (追記2019-10-14: Jolly BeggarsでRobert Burnsのことか?詩人の話題だしね。)
p1899『代々の宮廷の思い出』Memories of Many Courts: なにかの本。調べつかず。
p2139 取りはずされたカラーが一本(There was one collar): シャツの襟が外せる仕組み。カラーというと学生服の詰襟のセルロイド?カラーしか経験ないなぁ。
p2623 ふつう、午前中に、殿がたが婚約者を訪なうなどということはありえません(Not in the morning, no.): エチケットは難しいですね。
p2797 ヒッポドローム演芸場(Hippodrome): The name was used for many different theatres and music halls, of which the London Hippodrome is one of only a few survivors. (...) The London Hippodrome was opened in 1900. (Wiki)
p3620 週給二ポンド(two pounds a week): 30929円(月収13万)。グラマースクールを出た“a London office”の事務員の給与。

No.207 7点 トレント最後の事件- E・C・ベントリー 2019/10/13 13:43
1913年出版。創元文庫(2017新版)で読みました。新訳ではなく1972年大久保康雄さんの訳。
約40年前に一度読んでますが、こんなのだっけ?という感想。(ぼんやり記憶してた犯人が全然違ってました。) 恋愛描写がピュアですなぁ。途中に現れる突然の段差が良いですね。探偵小説としては、いかにも王道でシンプルな筋たてですが、謎解きのピッタリ感が心地よく、とても楽しめました。
本作には本格探偵小説っぽいゲーム感覚(p59,p64など)が明快に書かれていますが、ここで強く主張されてるのは「探偵」と「警察」の犯人探しゲームで、後年に見られる「作者」と「読者」との間のフェアプレーではありません。(まー似たようなモンですが。)
以下トリビア。先に見た原文(献辞付き。献辞の前にハムレットからの引用あり、これは文庫に無し。)は途中に省略があることがわかり、色々探したら文庫の内容に一致する版がありましたが、こっちには献辞やハムレットの引用なし。もしかして英国版と米国版では中身がちょっと違うのか?(最初に見た版では最後のNワードの歌などもバッサリ削除されてました。)
作中時間は、水曜日開催の検死査問会(二日間続いたように読める)の翌日か翌々日の感じで書かれている「6月16日(p168)」、事件発覚の前日は「日曜日(p45)」、作中で言及されてる「三年前のペンシルヴァニアの炭鉱争議(p41)」はWestmoreland County coal strike of 1910–1911(1910-3-9〜1911-7-1)と思われるので年は1913年のはずだが、それだと本書の後段で事件の1年数ヶ月後の風景が描かれてることと矛盾。なので「三年前」を無視して1911年か1912年で6月の月曜日を調べると1911-6-11か1912-6-10が候補。とすると1912年6月10日(月曜日)が事件発覚日か。(1911年6月だとペン州ストが未終結。)
現在価値は英国消費者物価指数基準(1912/2019)で113.27倍、1ポンド=15308円。
銃は「精巧な小型のピストル(A small and light revolver, of beautiful workmanship)」「アメリカから渡ってきたもの(introduced from the States)」「ズボンのポケットに入れて手軽に持ち歩きできる(easily carried in the hip-pocket)」「[米国では]これを“リトル・アーサー”と呼ぶ(This is what we call out home a Little Arthur)」まず、調べた限りではLittle Arthurのニックネームを持つ拳銃は無く、上記の情報だけでは銃の特定は不可能。口径も「同じ」と言うだけで何口径と明記されていません。なので以下は推測です。
この銃は大金持ちの関係者が「今年ここへ来る少し前に買った」もので、店に勧められるまま決めたもの。最新の拳銃で値が高いやつと考えて良いでしょう。銃を知ってるらしい米国人が「ちょっと軽すぎる」と不満げなのでやや小口径の.32口径か。「銃尾を抜いて銃腔をのぞいて(opened the breech and peered into the barrel of the weapon)」は誤訳で「breechを開いて銃腔をのぞいて」が正解。この動作が自然に行えるのはtop-breakの銃に限られます。swing-out式なら光を入れるためcylinder(ある意味breech?)を振出してから、銃口を覗いて銃腔を見るという手順でしょうが、top-break式なら銃を折って銃尾(breech)を開け、そこからcylinder越しに銃腔を覗き込めます。さらに「この型(make)」は米国由来、というのは特殊な構造のことなのでは?1887年にS&Wがポケットに入れやすいHammerless型拳銃を世界で初めて登場させてますが、これのことか。(ヒップポケットに入れるやつ、とも符合します。) 当時HammerlessはIver Johnson(7ドル,20033円)やH&R(6ドル,17171円)でも売り出していた人気モデル。一番高いのはS&W(10ドル,28619円)。という訳でS&W .32 Safety Hammerless 3rd Model(1909-1937)に決定。(あくまで個人の推測です。)
献辞の前、ハムレットから引用 ”... So shall you hear/Of accidental judgments, casual slaughters/Of deaths put on by cunning, and forc'd cause,/And, in this upshot, purposes mistook/Fall'n on the inventors' heads ...” 第五幕第二場終幕近くのホレーショのセリフ。なかなか意味深です。
献辞はThe Man Who Was Thursday(1908)への返礼でG・K・チェスタトンに。「新聞などに目をくれようともしなかった時代」を懐かしんでいます。
p12 たぶん≪スペインの女たち≫の一節でも口ずさみながら(humming a stave or two of 'Spanish Ladies', perhaps, under his breath.): "Spanish Ladies" (Roud 687) is a traditional British naval song.(wiki)チェスタトン作The Garden of Smoke (1919-10)にも登場してました。
p14 ルシタニア号(Lusitania): 進水1906年6月7日〜沈没1915年5月7日。まだ悲劇の前、当時は現役です。
p27 バスター… 速力の早い車(the Buster… a very fast motor car of his): 自動車の(個人的な)ニックネームか。ブランド名ではないと思われます。
p27 釜たきで、たかれるほうでもある… 赤帽のうたう歌(I am the stoker and the stoked. I am the song the porter sings.): 調べつかず。
p48 年額数百ポンドの収入(some hundreds a year): 200ポンドでも306万円。(月収26万円) 結構な額です。
p50 三十二(At thirty-two): トレントの年齢。作中時間の推測が正しければ1880年生まれ。作者より五歳若い設定。事件の二カ月後でも「32歳」なので、事件発生以前の誕生日と仮定しました。
p51 ポオがマリー・ロジェ殺害事件でやったこと(Poe had done in the case of the murder of Mary Rogers): 正確に訳すなら「メアリ・ロジャース殺害事件」(『マリー・ロジェ』の元ネタ)ですね。でもポオは失敗してるので、例として本当は不適当。探偵小説への言及は黄金時代の特徴。(ただし本書ではここしかない。探偵小説好きも登場しない。)
p61 春信の版画が数枚(Some coloured prints of Harunobu): 「浮世絵」と訳すのが適切か。
p73 ソーダ水の新しいサイフォン: Soda syphons were popular in the 1920s and 1930s.(wiki) 金持ちなので流行先取り。最初のSparklets syphonは1896年。
p91 メンデルスゾーン イ長調 ≪無言歌≫ 第一主題(the opening movement of Mendelssohn's Lied ohne Wörter in A major): トレントが何か見つけたときの口笛。
p101 銃身を通ったときの傷: ライフリングから使用銃を特定出来る以前の事件です。弾道検査は1925年4月にゴダードらが比較顕微鏡を開発してから。
p123 検死査問会(inquest):「かつてははなやかな役割を演じた検死査問制度… 法規や判例などの制約を受けないその制度が、いかに自由で賞賛すべきものであるかを力説」制約があまりないのか… 今まで儀式っぽい制度という印象でしたが、調べると面白そうですね。
p130 マーク・トウェーンの『ハックルベリー・フィンの冒険』という小説をご存知ですか?(Do you know Huckleberry Finn?): ここは「ハックルベリー・フィンを知ってますか?」と訳さないと次のセリフがちょっと意味不明。ベントリーさんが高く評価し「アメリカ的」と考える小説。
p145 アメリカの産業界では、労働者の不満が、イギリスでは考えおよばぬほどひどい段階に達している: List of strikes(wiki)を見ると意外と米国はストライキ大国。英国労働者にはストざんまいの印象があったので… (このリストはあまり正確ではないようです。日本の国鉄ストも一行だけしか載ってないし)
p150 名探偵ホークショー(Hawkshaw the detective): 当時の米国のスラング(a hawkshaw meant a detective) from playwright Tom Taylor's use of the name for the detective in his 1863 stage play The Ticket of Leave Man. Wikiの漫画“Hawkshaw the Detective”(1913-2-23〜1922-11-1)の頁より。シャーロックのパロディ的な名前かと思ったら、由来はシャーロックより古い! この米国漫画が作者の念頭にあった可能性は出版時期を考えると低いと思います。
p185 四気筒十五馬力のノーサンバーランドという中馬力の自動車(a 15 h.p. four-cylinder Northumberland, an average medium-power car): 架空のブランドのようです。当時の四気筒十五馬力はAustin 15 hp(1908-1910), Mercedes 15/20 hp(1909-14)など。
p191 ヴァルミエラ(Valmiera): 1911年の鉄道開通で要路となり栄えた町らしい。
p243 交響曲第9番の最終楽章の主題… 楽園のとびらが開くときのようなしらべ(the theme in the last movement of the Ninth Symphony which is like the sound of the opening of the gates of Paradise): ハイドン以降をほとんど知らない私ですが、いわゆる「第九」のことで良いんですよね。マーラーの第九(初演1912年6月)は外して良い?(これ聞いたことないので楽園のとびら云々はわかりません。) (追記: リスト編曲のピアノ版ベートーヴェン交響曲全集があるのですね… 知りませんでした。)
p296 黒んぼのじいさん、脚が一本…(There was an old nigger, and he had a wooden leg. He had no tobacco, no tobacco could he beg. Another old nigger was as cunning as a fox, And he always had tobacco in his old tobacco-box.): トレントがはしゃぎ歌う古い歌。Nワードを削ったらヒットしました。There was an old soldier又はThe Old Tobacco Boxという歌。Turkey in the Straw(日本ではオクラホマ・ミキサー)の節で歌われるらしい。某Tubeの“Turkey in the Straw (first version 1942)”で歌ってるのがそれっぽい。
p305 カムデン事件(Campden Case): 1660年に英国で起きた不思議な事件。詳細は英語wikiのThe Campden Wonderを参照。John Masefieldはこの題材で二つの劇を書いた。The Campden Wonder(1907) & Mrs Harrison(1906)

(追記)
クリスティ再読さまの評に全面的に賛成。毎回、素晴らしい感性の評文で、しかも私が狙ってる本(最近ではワイルド伝)を良いタイミングでアップしてらっしゃいます。いつも「やられた!くやしい!」と歯噛みしてるんですよ… 他の方が触れてる「ベントリーがパロディとして…」は後年の評論家が推測してるのしか、今のところ見当たらず、ベントリーさん本人の文章を見てから判断したいのですが、1913年の状況から考えてパロディにしちゃ弱いような気が…

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弾十六さん
ひとこと
気になるトリヴィア中心です。ネタバレ大嫌いなので粗筋すらなるべく書かないようにしています。
採点基準は「趣好が似てる人に薦めるとしたら」で
10 殿堂入り(好きすぎて採点不能)
9 読まずに死ぬ...
好きな作家
ディクスン カー(カーター ディクスン)、E.S. ガードナー、アンソニー バーク...
採点傾向
平均点: 6.10点   採点数: 446件
採点の多い作家(TOP10)
E・S・ガードナー(95)
A・A・フェア(29)
ジョン・ディクスン・カー(27)
雑誌、年間ベスト、定期刊行物(19)
カーター・ディクスン(18)
アガサ・クリスティー(18)
アントニイ・バークリー(13)
G・K・チェスタトン(12)
F・W・クロフツ(11)
ダシール・ハメット(11)