皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
していません。ご注意を!
YMYさん |
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平均点: 5.88点 | 書評数: 370件 |
No.210 | 6点 | サナトリウム- サラ・ピアース | 2022/07/07 23:24 |
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アルプスのリゾート地に立つ豪華ホテル。古いサナトリウムを改装した建物だ。エリンは弟の婚約祝いのため、恋人とともにホテルを訪れた。だが、弟の婚約者が失踪。さらに大雪で外部との交通が遮断される中、ゴムマスクをかぶせられた女性の遺体が発見された。
主人公のエリンは休職中の警察官。仕事でのつまづきに加えて、母の死、弟とのぎくしゃくした関係など、心に多くの不安を抱えている。雪による外部との遮断も、閉ざされた空間によるサスペンスの醸成によりも、エリンの閉塞した心理と呼応するところが大きい。 ホテルとして改装される前のサナトリウムにも、いわくつきの過去がある。こちらもエリンの心理と響きあい、事件の真相にもつながっていく。 ぎこちないところもあるけれど、不安を軸に展開する緊密なサスペンスを堪能できる。 |
No.209 | 5点 | 身の上話- 佐藤正午 | 2022/07/07 23:17 |
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夫と思しき人が語る、妻「ミチル」の来歴は、次第に不穏な様相を見始める。とはいえ、彼女は何の悪だくみも下心もなく、「なんとなく」行動している。恋人ではない既婚の営業マンと何となく東京に生き、なんとなく帰れなくなる。
ミチルには一時間でも二時間でもじっと動かず放心できる癖があると語り手は告げる。それ自体は、さほど変わったことには思えないのだが、彼女の空白が運命を思いもよらない方向へと転がしてしまう。 何か物事が起きた時、停止して空白に陥る。そこには罪も作為も悪意すらない。それなのに事態はどんどん悪い方向へ転がっていく。誰もがミチルになりうると思えるところが怖い。 |
No.208 | 7点 | 死刑判決- スコット・トゥロー | 2022/06/24 23:15 |
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十年前の三人惨殺事件で死刑が確定し、執行目前の男が、獄中から「無罪」を訴える。証拠上は絶望的だが、意外な人物が犯人だと名乗り出て、過去と現在が交錯しつつ物語が展開する。何よりも人物造形が巧み。公選弁護人として関わる、誠実だが風采のあがらぬ弁護士と、男の死刑判決を書き、その後麻薬で人生を棒に振った美貌の元女性判事との不器用な愛。かつて男を逮捕し、自白させたやり手の刑事と長く愛人関係を続けた野心家の女性検事。
二組四人が織りなす陰影のある人間ドラマはずしりと読みごたえがある。 |
No.207 | 6点 | 獣たちの葬列- スチュアート・マクブライド | 2022/06/24 23:08 |
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スコットランド東部で犯行を重ねた猟奇殺人鬼が再び動き出した。かつて殺人鬼を逮捕目前まで追い詰めた獄中の元刑事アッシュは、仮釈放と引き換えに外部有識者チームに加わる。だが、アッシュには隠れた目的があった。彼にぬれぎぬを着せて刑務所に放り込んだ人物への復讐だ。捜査と復習に挑むアッシュを、数々の苦難が襲う。
主人公を筆頭に、癖の強い登場人物たちがそろっている。その個性の強さはユーモアを漂わせることもあれば、読者を打ちのめすこともある。 主人公の境遇からもうかがえるとおり、作者は思い切った展開で揺さぶってくる。アッシュ自身も、彼を取り巻く環境も凶暴。 波乱に富んだ展開と、登場人物の個性、そして殺伐さとユーモアの同居する独特の雰囲気で一気に読ませる。 |
No.206 | 7点 | TOKYO REDUX 下山迷宮- デイヴィッド・ピース | 2022/06/03 22:18 |
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GHQ占領下の東京を描く3部作の完結編。小平事件、帝銀事件を扱った2作に続く本書の主題は下山事件。
1949年。国鉄の下山定則総裁が失踪し、やがて列車に轢断された死体として発見される。GHQ捜査官は総裁の死の真相を探るが、やがてそのGHQや謀略機関の影が浮かび上がる。 さらに64年、五輪直前の東京で失踪した作家の行方を探る探偵の物語。88年暮れ、天皇の病で自粛に包まれた東京に暮らす元CIA工作員の物語が続く。 史実の未解決事件を何かに憑かれたような文体で語る。警察小説、スパイ小説、さらに幻想小説の色合いも交えて、事件を包む闇を描き出す。陰謀論の沼に身を侵しながら、展開には理性を貫き通す。特異な語りを通じて提示される、緻密な迷宮に圧倒される。 |
No.205 | 7点 | 彼と彼女の衝撃の瞬間- アリス・フィーニー | 2022/06/03 22:08 |
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舞台はロンドン近くの小さな町。殺人事件の真相を追う女性記者と男性刑事それぞれの視点からの語りに、殺人者と思われる人物の独白が挿入される。
二人の過去、この町での過去が徐々に明かされて、やがて予想外の展開を経て、皮肉で忘れがたい結末へと着地する。意外な展開に説得力を持たせつつ、巧妙な演出で読ませる。 |
No.204 | 8点 | 報復の海- ハモンド・イネス | 2022/05/18 23:05 |
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読みどころは、嵐に翻弄されるうえ陸用舟艇を始め、荒れ狂う北大西洋の描写。ほかに、死んだはずの主人公の兄が生きていて、軍の作戦を指揮しているなど、謎めいた行動に関する興味もあって最後まで惹きつけられた。 |
No.203 | 9点 | 失われた男- ジム・トンプスン | 2022/05/18 23:02 |
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人間の暗い深淵を描き出すノワールでありながら、作者はミステリとしての超絶の罠を読者に仕掛ける。二つの異なった方向性を結び付けてみせる強引さに、作者のしたたかさを見た気がする。
ほのかな希望を感じさせるエンディングで、さらに読者の意表を突くあたりも憎らしい。 |
No.202 | 6点 | その犬の歩むところ- ボストン・テラン | 2022/05/03 23:43 |
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人間の善意と愛を最もよく理解する犬が、様々な人々の魂を生き返らせる物語。
孤独の闇の中にいて気付かずにいた他者の思いに触れ、忘れていた夢・新たな夢を抱かせてくれる。犬と"悲しみとさよならの川"を遡りながらも、それでも生きる喜びがあることをたっぷりと教えてくれる。 相変わらず作者の文章は詩的で力強く、読む者の心を何度も揺さぶる。 |
No.201 | 7点 | ゴーストマン 時限紙幣- ロジャー・ホッブズ | 2022/05/03 23:37 |
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48時間後に爆発する「時限紙幣」を犯罪の後始末のプロが追跡する犯罪小説。
過去と現在を並行させる巧みな展開、迫力に満ちた銃撃戦、緻密な強奪計画と実行と申し分ない。複数の陰謀が絡み合い、沸点を目指していく興趣も抜群。 スタイリッシュでクールすぎるのが鼻につくが。 |
No.200 | 5点 | 病める狐- ミネット・ウォルターズ | 2022/04/19 22:31 |
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気ままな移動生活を営み、行く先々でトラブルを起こすトラベラーを扱っている点で、社会派の視点を持つ作品だが、老婦人の死の謎を解き明かす謎解きの興味もある。
物語に明るい陽射しを投げかけるヒロインと、電話魔の陰湿な手口の好対照が印象的な作品。 |
No.199 | 6点 | 血と暴力の国- コーマック・マッカーシー | 2022/04/19 22:26 |
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殺し屋の冷たい存在感と、全篇を覆う異様に乾いた空気。
絶対悪として描かれる殺し屋の行動は、事件に関わった全員を絶望の淵へと追い込んでいく。ピューリッツァー賞作家による犯罪小説の極北。 |
No.198 | 7点 | 狂人の部屋- ポール・アルテ | 2022/04/04 22:39 |
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あり得ない謎を理詰めで解き明かす作者の手腕が存分に発揮されている。お馴染みの探偵役ツイスト博士がハースト警部を伴って登場するタイミングも絶妙。
ポーラとその男友達パトリックのエピソードも本作の大事な要素で、ロマンス小説として読んでも、辛口の面白さがある。 |
No.197 | 7点 | 復讐はお好き?- カール・ハイアセン | 2022/04/04 22:34 |
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例によって、風変わりな善人、憎めない悪人がかわるがわるに登場し、沸かせてくれる。主人公のろくでもない、夫にしっぺ返しを食らわせるお話がメインだが、ペットのニシキヘビに逃げられた刑事や、ホスピスで出会った老嬢にほだされていく悪漢など、思わずニンマリするエピソードが満載。 |
No.196 | 9点 | リオノーラの肖像- ロバート・ゴダード | 2022/03/18 23:17 |
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幾つもの謎が絡み合い、身代わりや叙述トリックなど巧緻な仕掛けも満載。加えて逃亡兵の汚名を着せられた父親の哀しみが全編を貫き、第一次大戦を背景にした戦争文学としても優れている。 |
No.195 | 7点 | ふりだしに戻る- ジャック・フィニイ | 2022/03/18 23:14 |
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過去の事物を現実に再現し、過去にいると思い込むことによって時を超えるという浪漫的な設定に加え、執拗なまでに綿密な十九世紀の描写。ミステリ的な仕掛けなど読みどころに事欠かない作品。 |
No.194 | 5点 | ハティの最期の舞台- ミンディア・メヒア | 2022/03/03 23:26 |
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「マクベス」の夫人役を演じた女子高生が殺され、それを追求するミステリ。
女子高生、教師、保安官の視点から事件の核心へと向かう。過去と現在を自在に往復して、女子生徒の多面的な性格と犯した罪の重さが静かにあぶり出されていく。 欲望と自らの裏切りという「マクベス」の主題を重ねた精緻なドラマ。 |
No.193 | 5点 | 夏の沈黙- ルネ・ナイト | 2022/03/03 23:22 |
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ミステリの形をした家族ドラマで、愛と哀しみと許しを巡るサスペンス。
二転三転させ、終盤でも驚きを与え、最後の止めの一行で物語の深さと豊かさを示す。複雑で厳しく冷然たる作品。 |
No.192 | 5点 | ママは眠りを殺す- ジェームズ・ヤッフェ | 2022/02/18 22:11 |
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本格推理小説としてみた場合、ロジックを基調とした古典的な構成をとってはいるのだが、そのロジックが薄いために説得力が弱く、解決編でもさほどのカタルシスは得られない。論理性重視という姿勢は大いに評価したいところなので、かえって残念に思える。 |
No.191 | 8点 | 死の扉- レオ・ブルース | 2022/02/18 22:08 |
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探偵コンビの掛け合い、漫才めいた謎解きがひたすら愉快。人の生き死にをパズルとして扱ってしまえるミステリならではの不謹慎な楽しみに満ちている。
丁寧な伏線や真相の意外性も好印象。 |