皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
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ALFAさん |
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平均点: 6.67点 | 書評数: 190件 |
No.15 | 8点 | 日本の黒い霧- 松本清張 | 2024/03/21 09:00 |
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小説ではない清張の代表作。
アメリカ占領下の日本で現実に起きた12の怪事件が主題。膨大な資料を読み込んで緻密に推理するという作法はミステリーに通じるものがある。 こんな作品を締め切りに追われる連載で書くのだから、やはり清張ただ者ではない。載ったのが文藝春秋というのも何だか今日の「文春砲」を思い起こさせて愉快。 最も読み応えのあるのは「下山国鉄総裁謀殺論」。ここにはミステリーのすべてが揃っている。 重厚なクライムストーリーだがラスボスの闇は「けものみち」や「点と線」の比ではない。 |
No.14 | 8点 | けものみち- 松本清張 | 2022/04/07 15:00 |
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数十年ぶりに再読した。
重厚なクライムノベルで謎解き要素はあまりない。 善人は一人もいないから何が起きても安心して楽しめる。 「社会派」の代表作だが、知られる通りこの「社会派」という区分は清張人気の高まりに伴ってあとから作られたもの。だから清張自身はそんなことは意識せず、単に人間社会の生々しい実態をモチーフにしてリアリティを出そうとしたのだろう。一方、清張以降の作家は既存の「社会派」なるレッテルを否応なく意識しながら書くことになる。そのため時にはプロパガンダのような異形の社会派ミステリーが出てきたりする。私はカードローンをモチーフにした有名ミステリーの巻末に、多重債務者救済窓口が案内されているような実態に非常に違和感を覚える。 海外作品には存在しない「本格」「社会派」などという区分けはそろそろやめたほうが日本のミステリー界のためにもいいと思うのだが。 起伏に富んだストーリーなので何回かドラマ化されている。民子は池内淳子も名取裕子もアリだが、小滝は一流ホテルの支配人で、洗練されたエゴイストというなら池部良しかないだろう。髭を生やした山崎努や佐藤浩市ではマンマ悪党だよ。 近年のドラマは昭和の匂いがないからノーコメント。 |
No.13 | 5点 | 渡された場面- 松本清張 | 2022/02/14 10:41 |
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完全犯罪だったはずが、別の事件と小さなつながりを持ってしまったために破綻するという構成。
倒叙なので清張の心理描写が冴える。地方文壇の人間模様や風景描写も楽しい。それでも若干「木に竹を継いだ」感が残るのは・・・ 以下ネタバレします 二つの事件のをつなぐためにあまりにも多くの偶然や無理を重ねているから。 その1.作家が第二の事件現場を小説の原稿に残すという偶然。 その2.その原稿を全く別の旅先で廃棄するという不自然さ。 その3.素人作家が盗用したわずか6ページの部分が中央の文芸誌で注目され、掲載されるというという不自然さ。 その4.第二の事件の捜査担当者がその文芸誌を目にするという偶然。 並みの作家なら破綻しかねない偶然や無理を、筆の力技で「楽しめるサスペンス」レベルにまで高めているのはさすが。 |
No.12 | 8点 | 球形の荒野- 松本清張 | 2022/02/04 10:01 |
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物語は西ノ京の古寺巡礼から始まる。薬師寺から唐招提寺への情景描写はまことに美しい。これもまた清張作品の大きな魅力である。ここでのある出来事で、作者は物語の大まかな構図を見せてしまう。あとの展開は速からず遅からず、清張節を味わいながら長い尺を読み進めることとなる。
「出された茶碗のふちに秋の日が鈍く当たっている。畳の上に一匹、糠のように小さな虫が這っていた。」たった二文で、田舎の雑貨屋の侘しさと訪問者のなんとも落ち着かない心象を描き出している。こういう文章に触れると、いかに巧妙なトリックがあろうと単なるパズルミステリなどは読めなくなってしまうのだ。 (以下ネタバレしますよ) ウィンストン・チャーチルに聞いてみるんだね・・・という外務官僚らしい皮肉が、実は重要な伏線になっている。 第二次大戦末期、スイスを舞台にした日本の終戦工作、いわゆるダレス工作を下敷きにしたこの作品は、一言でいうとミステリーを内包した悲劇である。 で、その悲劇だが、過去にドラマ化された際も「大戦末期、国際政治の渦に巻き込まれた男の悲劇」などとと紹介されているが、果たしてそれで終わるのだろうか。 確かに大戦末期の事情は悲劇的ではある。しかしそれは本人の意思もあってのことだろう。そして今、男には美しく思慮深い妻がいる。パスポートも発行されているのだからおそらくフランス国籍は確保されている。状況が全く変わってしまった今でも、かつての部下は誠実である。それも命の危険をも顧みず。 真に悲劇的なのは元妻の孝子だろう。やむを得ない事情とはいえ結果的には夫に裏切られたことになる。そしてこの物語が閉じたあと、娘夫妻が沈黙を守れば孝子は二重に裏切られることになるし、もし真相を明かせば(おそらくこのほうが可能性は高い)そこから新たな悲劇が始まることになる。 感傷に任せた今回の男の帰国はまことに罪深いといえないだろうか。 孝子が不自由なくゆったりと暮らしているのが救いである。 連載ものにありがちな瑕疵はある。まずは画家の死を何とか着地させてほしかった。あとは徹底抗戦派の残党の「説明」に小さな矛盾があるが探してみてください。 とても読み応えのある構えの大きい作品です。 |
No.11 | 7点 | 黒い樹海- 松本清張 | 2019/10/31 13:18 |
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ネタばれアリ
清張にしては珍しく、古典的なミステリの骨格を持った作品。怪しい人物が複数提示され、次第にある人物にフォーカスされていく。大きなどんでん返しはなく、少しずつ疑惑が深まっていき、最後は調書による謎解きとなる。 個人的には、複数の犯罪(犯人)の組み合わせは好まないが、ここでは話の整合性はとれている。 むしろ味わい深いのは清張節ともいうべき、突然身内を失った喪失感や山峡の情景、そして昭和中期(30年代)の風俗の描写だろう。 それにしても飲酒運転がこれほど当たり前だったとは・・・ |
No.10 | 7点 | 西郷札- 松本清張 | 2018/12/10 13:58 |
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戦国から江戸、幕末、明治までを舞台にした12編からなる短編集。ミステリーではない。清張のことだから綿密に資料を駆使して書いたのだろう。
清張節で読みやすいが中には史実をそのまま肉付けした「だから何?」と感じるものもある。 表題作より巻末の「白梅の香」がフェイバリット。薄味だがミステリ風味で読後感もすっきり。 |
No.9 | 5点 | 点と線- 松本清張 | 2018/12/01 13:28 |
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ネタバレしますよ。
普通に考えればこれほど大きな瑕疵を二つも持った作品が名作足りうるわけはないのだが、60年もの長きにわたって幾度もドラマ化され読み継がれているのはなぜか。 あえて瑕に目をつぶればお話としては起伏があり面白いこと。簡潔にして読みやすい文体。今でも劣化していない、社会派的なモチーフ。ということか。 瑕はほとんどの方が指摘しているとおり、く飛行機と4分間の目撃タイム。 いくら一般的ではないにしても、現にその航路があり犯人はチケットを買って利用しているのだから。ここはあえて清張が読者のレベルをその程度と見切ったということだろう。 4分間のトリックは思い付きのすばらしさに強引にプロットにねじ込んだか。よほどの工夫というか工作がない限り、目撃者と目撃されるものがその4分に居合わせることはあり得ない。 というわけで謎解きミステリとしては評価できないが、刑事もの冒険小説としては楽しめるかも。 |
No.8 | 7点 | ゼロの焦点- 松本清張 | 2018/11/30 17:58 |
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洗練された文体で読ませる物語としては最高。人間関係や情景の描写も簡潔かつ抒情的。
一方ミステリとしては、犯人は文句なしだが被害者の造形が物足りない。つまり犯人側の動機はあるが、被害者はそうまでして殺されなければならない人物となっていない。主人公の謎の解明にも飛躍がある。 というわけで清張節を堪能するにはいい作品だと思う。 |
No.7 | 8点 | 或る「小倉日記」伝- 松本清張 | 2018/11/30 16:24 |
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表題作をはじめとする12編からなる短編集。
いわゆる本格謎解きミステリは一つもない。清張短編の真骨頂は謎解きではなく、ここにあるようなサスペンス風味の心理小説やダークな人情噺だろう。 中では表題作がやはり抜きんでている。とても50ぺージの短編とは思えない。長編を読み終わったようなずっしりした感慨が残る。 他のフェイバリットは「青のある断層」。清張お得意の贋作モチーフの変奏だが、ほろ苦くも穏やかなエンディングがいい。 傍流研究者の僻み根性や豊かさと貧しさの対比など、いささか類型的かつ通俗的なところもあるがそれも清張節。 |
No.6 | 7点 | 眼の気流- 松本清張 | 2018/11/27 13:52 |
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清張の短編は、謎解きよりもミステリ風味のダークな人情噺に名作が多い。短い尺の中に犯罪に至る人間の心理やその背景、生い立ちまでが鮮やかに描かれて強い印象を残す。「天城越え」などはその代表だろう。
この短編集はいずれも謎解きの要素は薄く、中にはミステリ(犯罪)でないものもある。どれも主人公の暗い心象が描かれていて味わい深い。 表題作は本格推理小説の骨格を持った短編だが、味わうべきは犯人の暗い心象だろう。ここは「結婚式」と共通するかもしれない。ただ解決が思い付きと偶然に拠っているのが惜しい。 お気に入りは「たづたづし」。古語のタイトルと勧善懲悪に収まらないもやもやした余韻が味わい深い。 そして「影」。贋作(代筆)は清張お得意のモチーフだが、枯れたエンディングがいい。いささか通俗的ではあるが。 |
No.5 | 7点 | 黒地の絵- 松本清張 | 2017/03/09 17:21 |
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9編からなる短編集。
最も読みごたえのあるのは「真贋の森」。日本美術史界という閉じられた世界の中で、あるたくらみが緻密に構築されていくのがスリリング。エンディングはもう一方の「解」のほうが読み手のカタルシスは強いのだがなあ。それだけ読者に対する「動機」の刷り込みがうまいということ。 もう一つのフェイバリットは「拐帯行」。鮮やかな反転とどん底からの希望が見えて読後感がいい。 表題作は社会性とインパクトのあるモチーフによる復讐譚だが、尺の長さのわりにミステリとしての構造はシンプル。 「確証」は、何もこんなものをモチーフにすることはないだろうと思ってしまう。 |
No.4 | 5点 | 死の枝- 松本清張 | 2017/03/09 10:56 |
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11編からなる短編集。ほとんどが20から30ページの超短尺なので、構成は長い前振りのあと急転直下の結末となる。
犯罪のパターンも多彩なので、準ショートショートのミステリ、サスペンスとして楽しめるが、出来は玉石混交。 フェイバリットは「入江の記憶」。一方「不法建築」は描きかけの絵を見るようで、ミステリとしてもサスペンスとしても成立していないと思うが? |
No.3 | 6点 | 張込み- 松本清張 | 2017/03/08 18:11 |
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数十年ぶりに再読。
粒ぞろいの8編からなる短編集。 そのうち4編は、たくらみが小さな偶然から一気に破綻するという清張お得意のパターン。初めて読むと新鮮だが、再読すると印象が薄くなってしまう。 逆に「張込み」や「投影」のようなミステリ味の人情噺のほうが再読に耐える。 フェイバリットは最後の反転が鮮やかな「一年半待て」。 ミステリ、サスペンス、心理小説と一冊で多彩な清張ワールドが楽しめるから未読の人にはお勧めです。 |
No.2 | 8点 | 黒い画集- 松本清張 | 2017/03/08 15:18 |
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「遭難」「天城越え」という重量級の名作を含む7編からなる短編集。
評点は「遭難」10、「証言」6、天城越え」10、「寒流」6、「凶器」7、「紐」8、「坂道の家」6。 上位2作はオールタイム級の傑作だろう。 「遭難」は後半の文字通り命がけの心理戦が見事。 「天城越え」はシンプルな構造のミステリだが、30年の時を隔てた回想によって主人公の半生を俯瞰するような奥行きが出ている。突然の回想で動揺しても足元の安定は時効によって担保されている。 「凶器」も構造はシンプルだが、犯人がせっせと「凶器」を隠滅してる情景を思い浮かべるとおかしくなる。思わず証拠不十分による迷宮入りを願ってしまう。 |
No.1 | 6点 | 駅路- 松本清張 | 2017/03/08 14:47 |
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表題作を含む11編からなる短編集。
いずれも40ページほどの短尺なので、長めの前振りと急転直下の解決という構成になるのは仕方がない。 中では「巻頭句の女」が本格ミステリの骨格を持っている。できればもっと長い尺で読みたかった。 フェイバリットは「陸行水行」。厳密にはミステリではないしハッピーエンドでもないが奇妙な味わいのあるエンディングである。 |