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人並由真さん
平均点: 6.35点 書評数: 2262件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.182 5点 思い通りにエンドマーク- 斎藤肇 2017/08/03 08:50
(ネタバレなし)
うーん……。なんというか、みなさんのツッコミや不満はわかるんだけど、良い意味ですんごく可愛げがあり、嫌いになれない作品だった。
嬉し恥ずかしのミステリギミック的な茶目っ気のつるべ打ちも、世間にこれが大きく評価されていたら怒ってしまうんだろうけど、近代国産新本格の草創期? に書かれて時代のなかに消えていった短期シリーズの一冊と思えば許せてしまう。
特に後半の真・名探偵が、事件の構造に不審を抱くあたりの説得力は個人的にツボ(どっかで似たようなのを読んだような気もするが)。
シリーズの残りもそのうち読んでみようと思います。

No.181 6点 蝙蝠は夕方に飛ぶ- A・A・フェア 2017/08/03 08:25
(ネタバレなし)
第二次大戦中、せっかく共同経営者に据えたドナルド・ラムが出征したため、バーサ・クールは秘書のエルシー・ブランドとともに探偵事務所を切り回していた。そんななか、街頭で物売りをする盲目の老人ラドニイ・カズリングから調査の依頼がある。相手が意外に金を持ってると認めたバーサはこれに応じるが、その内容はカズリングに日頃、親しくしてくれる若い娘ジョセフィン・テルが交通事故にあい、その後なにかトラブルに巻き込まれているらしいので力になってほしいというものだった。ラムの不在のなか、みずから巨体を揺らして調査に赴くバーサだが、やがて事態は思わぬ殺人事件へと。

久々にフェアでも…と思いきや、これは大昔に読んだことのあるなと途中で気づくが、まあいいやと思ってそのまま最後まで付き合っちゃう。
シリーズもののなかでもほぼラム不在(とはいえ、バーサを手紙などで陰から支援するが)、完全にバーサを主役にして叙述も三人称という異色の設定。
本来はもうちょっと、シリーズ内でも普通の設定の初読の作品を読むつもりだったが、再読ながらこれはこれで面白かったので、良しとしよう。
錯綜する事件の謎、金持ちの遺産を狙う悪人たちのあるトリック、ミステリ的な興味もふんだんで、ギャグユーモアの方も随所で効いている(特に初読以来覚えていた、後半での留置場でのバーサの描写がケッサク)。
まあ最大の大ネタは察しがつくけど、それを補う多様な興味で充分に元がとれる一冊。ちなみに本書はシリーズのレギュラーとなるフランク・セラーズ部長刑事のデビュー編でもあった(らしい)。

No.180 6点 魔犬の復讐- マイケル・ハードウィック 2017/08/03 07:41
(ネタバレなし)
1902年の英国。ワトスンが27歳のアメリカ女性コーラル・アトキンスと婚約するのと前後して 、ロンドンから少し離れたハムステッド・ヒースに、あの魔犬が復活した? らしき怪事が起きる。レストレードの請願で調査に向かうホームズだが、そんな彼のもとには即位を直前に控えたエドワード7世からの依頼など並行していくつもの事件が飛び込んでくるのだった。

英国有数のシャーロッキアンとして著名で、以前はワイルダー監督のホームズ映画 のノベライズも担当した作者による正統派系のパスティーシュ。
タイトルの魔犬事件、新国王の過去の醜聞事件 、クロムウェルの遺骨にから陰謀、さらには船上の怪死と、複数の事件が矢継ぎ早に語られ、やがてそれらのいくつかが有機的に組み合わさっていくなかなか凝った構成。
一方で抱える物語要素の興味が互いに相殺しあった面もないではないが、そこは聖典世界に通じてリスペクトを欠かさない書き手の素養もあって、全体的には面白く読める。ハメの外し方の間合いを心得たマイクロフトの扱いなど、ラストもちょっと印象的。評価はほんのちょっとおまけしてこの点数。

No.179 6点 日時計- クリストファー・ランドン 2017/08/01 15:59
(ネタバレなし)
創元の旧クライムクラブの一冊で、文庫版でも細く長く? 刊行されてきた作品。それだけに稀覯本としての重要度や希少性の面で、ともすれば軽く見られ 意外に読んでる人は少ないかも。

過去に弱みのある小市民が3歳の娘を誘拐されて悪事を強要され 、相談を受けた若いおしどり夫婦 の探偵(『NかMか』時分のトミイとタペンスみたいな)が、ちょっと個性的な友人を 巻き込んで 、手掛かりの写真から少女を救出に行く話。

うん、これは確かにガーヴ流の英国スリラーですな。キャラクター もテンポも一部淀みなさすぎる軽さはあるけど、そういう弱点とのトレードオフで、 なかなか面白かった。
旧クライムクラブ版の解説を読むと、同じ作者のほかの諸作も手堅く良さげだけど、特にシリーズキャラクターがいるわけでもなさそうだし、未訳の発掘とかは難しいだろうな。

No.178 8点 ガラスの鍵- ダシール・ハメット 2017/07/25 21:02
(ネタバレなし)
世評は高めながらスペードもオプもチャールズ夫妻も出ない単発編ということで、ずっと放っておいた一冊。ようやく小鷹訳の新版で読んでみた。

いやこれは期待以上の読み応え。あえて内面描写を切り捨てた文体はそれゆえにこそ独特の情感にあふれ、最後まで魂を惹きつけられる思いで一気に読み終えた。
ハメットがこういう音色で詩情を語れる作家だったことを改めて実感した次第だ。
『マルタの鷹』とは 微妙に違う距離感で心に刻まれる一冊です。

No.177 6点 道の果て- アンドリュウ・ガーヴ 2017/07/25 20:38
(ネタバレなし)

紙幅も少なめで一気に読める家庭内サスペンスの佳作。
ページ数コストパフォーマンスを考えるなら十二分に面白い作品だけど、この作者だから最後は××××××にならないよね、という安心感がかえって緊張を削ぐ一面も…。

まあ読み手はそこに至るまでの送り手の筆の冴えを堪能すればいいんですが。

No.176 5点 ようこそ地球さん- 星新一 2017/07/25 20:27
( ネタバレなし)
およそ一年前に『ボッコちゃん』を読んだときは初期のど傑作短篇に再会する喜びも込めて「時代を超える星新一すごい」だったのだが、現行の定本二冊目といえる本書収録作では、ショートショートの作り方に慣れて来た作者の余裕が悪い意味で感じられるようで今一つ。
もちろんよくできた作品もあるんだけどね。

No.175 5点 雷神- カーター・ブラウン 2017/07/25 20:07
(ネタバレなし)
コンピュータ開発の大手企業社長デイン・ガローが行方をくらました。彼は秘書で愛人 の美女リタ・ブレアとの関係を何者かに脅迫され、6万ドルに及ぶ会社の資産を横領していた疑惑がある。ガローは美人の妻セルマの宝石も現金にかえたらしく、ウィーラーは手掛かりを追って宝石商ギルバート・ウルフを訪ねるが、そこで殺人強盗事件に遭遇。同時に街で暗躍する金庫破りのハーブ・マンデルたち悪人トリオの存在を知った。二つの事件はどう結びつくのか。

ポケミスで最後に刊行された作者の邦訳作品。
大昔にカーター・ブラウンの作品はかなり読んだが本当に久しぶりに本書を手に取った。
B級クラスのミステリとして意外な展開(ただし最後のどんでん返しを早々と察する人もいると思う)、軽妙でお色気に満ちたストーリー運びといつもの作者の一冊だが、今回は後半、法廷ものの興味が強くなり、いつもはやかましいオヤジのレイヴァーズ保安官が意外にカッコいいのが印象的。
なおその保安官の秘書でウィーラーといつもはツンデレ的な掛け合いをするアナベル・ジャクスンは、本作の数冊前の『死のおどり』でほぼ恋人関係までいったんだけど、また二人の間柄は初期化されてるね。
まあその方が楽しいんだけど。

No.174 7点 フレンチ警部最大の事件- F・W・クロフツ 2017/07/24 15:03
(ネタバレなし)
フーダニットとも純粋なアリバイ崩しでもないのだが、警察捜査小説の中に多様な興味を盛り込んだ実に読み応えある一冊だった。
終盤、ようやく犯人像が絞り込まれてくると暗号まで登場し、立体的な興味で読者を飽きさせない作りは初期作ならではの気迫を感じさせる。

ところでこの時点でのフレンチには戦死した息子がいたんですな。この設定はのちの作品でもいきてるんだろうか。

No.173 5点 陽気なギャングが地球を回す- 伊坂幸太郎 2017/07/24 14:44
(ネタバレなし)

器用で才能のある作家が読者を饗応させるエンターテイメント。
読んでるあいだは面白かったけど、伏線の回収の手際良さもふくめて、ああ優等生の作品だなという印象で引っかかる部分が少ない。

No.172 7点 ガラスの村- エラリイ・クイーン 2017/07/24 14:17
(ネタバレなし)
地方の街での群像劇とフーダニットものの興味が渾然となった秀作。事件のカギとなるキーアイテムのあつかいも自然でよく出来たヒューマンドラマミステリである。
ポケミスでの初刊当時、日本版ヒッチコックマガジンの書評ではクイーンのそれまでの作中、もっとも美しいラストシーンと評価された記憶があるが、その言葉にウソはないね。
原書の刊行直後、一流のスタッフ、キャストでこれを一時間枠のワンクールものの白黒テレビシリーズにしてほしかったなあ。

No.171 5点 三つ首塔- 横溝正史 2017/07/24 13:56
(ネタバレなし)
作者との対談で栗本薫がしきりに「この作品は××が出るんですね」と驚嘆していたのを読んだ記憶があり、どんな風にその趣向を使うのかなという興味も踏まえて読んでみた。
全体的な内容はなるほど豪速球の通俗スリラーで面白いといえば面白いが、ラストの犯人の正体は苦笑せざるを得ない。どうやって真犯人は多数の被害者の住所や居場所を把握したのだろう。
のちの金田一ものの某長編はこのリベンジかね。

あと男性主人公の身持ちの固さを最後に語る「実はそれまで〜」というのもなあ…。××喪失が×××なんて、榊一郎の「イコノクラスト」か。

No.170 6点 一本の鉛- 佐野洋 2017/07/24 10:47
(ネタバレなし)
当時としてはかなり垢抜けた作風 の一冊で、作者と読者の一種の暗黙の了解を逆手に取った大技もなかなか。
のちの『十角舘』あたりにも影響を与えているのではと思う。

No.169 7点 遠い悲鳴- フレドリック・ブラウン 2017/06/23 09:47
(ネタバレなし)
 不動産屋で失敗し、同時に仕事で心身をすり減らした三十代後半のジョージ・ウィーヴァ。一度、店を畳んだ彼はサナトリウム生活を経てニュー・メキシコ州の田舎町アロセ・ヨーコで、再出発の準備を図る。愛する2人の娘エレンとベティ、それに愛情がさめていく太った知性の足りない妻ヴィを自宅に遺して現地に来た彼は、旧友の文筆家でこれからハリウッドに向かうリューク・アシュレーと再会。彼からある依頼を受けた。それは今度、ウィーヴァが借りることになった郊外の一軒家に関するもので、そこでは8年前に若い女性ジェニー・エームズが当時の同家の家主だった素人画家の青年チャールス・ネルソンに殺害されたという。ジェニーの婚約者とおぼしきネルソンはそのまま逃亡。今もその行方は不明である。リュークは今後の創作のネタのため、ウィーヴァが滞在予定の夏期の三か月の間、彼に改めてこの事件の真実を再調査してほしいと願うが……。

 1961年に原書が刊行された作者のノンシリーズ編。邦訳は、この作者としては珍しくポケミスに収録された数少ないものの一つ。
 場面転換の早く、流れるように進むストーリーテリングの妙、さらには半世紀を経た翻訳者・川口正吉の訳文もおおむね平明かつハイテンポで、あっという間に読んでしまった。まあ総ページ数も220弱と、そんなに多くはない一冊だが。
 主人公ウィーヴァが健在な証人を訪ねてまわるうちに当時の事件の概要が少しずつ見えてくる一方、殺される直前に初めて現地に来たらしい肝心のジェニーの素性はなかなか明らかにならない。その意味では<被害者もの>のジャンルにも分類される内容だが、その煽り方はブラウンの筆が冴えた感じで実に面白かった。
 さらに終盤数十ページの話のまとめ方、クロージングの衝撃などは同じ作者のあの力技ミステリ『3、1、2とノックせよ』を彷彿させる鮮烈な印象度(もちろんミステリとしてはまったく別のことをやっているが)で、夜中に読んでいてすっかり目が醒めてしまった(笑)。まあ人によっては……かもしれない。
 ちなみに題名の意味は、物語の舞台となる山際の田舎町に響くコヨーテの遠吠えと、事件を洗い直すうちにウィーヴァの心象に聞こえてくるような、殺害される際のジェニーの絶叫、その双方を掛けたもの。邦題だとちょっとそのニュアンスがすぐに伝わらないのは惜しいね。

No.168 6点 黄色の間- M・R・ラインハート 2017/06/17 19:56
(ネタバレなし)
 終戦の兆しも見えない太平洋戦争中のアメリカ。名門スペンサー家の令嬢キャロル(24歳)は、一年前に婚約者ドナルド(ダン)・リチャードソンが戦死した心の傷みからようやく癒えようとしていた。そんなキャロルは、メーン州にある実家の別荘に赴き、家族との避暑の準備を始めようとしたが、その別荘の二階<黄色の間>で無惨に焼かれた、素性不明の若い女性の死体を見つける。しかもこれと前後して別荘では下働きの女性ルーシー・ノートンが何者かに襲われたらしい形跡もあった。近隣に住む傷痍の青年軍人ジェリー・デイン少佐とともに、キャロルは怪事件の謎に関わっていくが、そんな彼らの周辺では矢継ぎ早に予想外の事態が…。

 HIBK派の巨匠ラインハート(1876~1958)が1945年に著した長編。日本ではHMMの2001年5~9月号に発掘翻訳=連載されたのち、ポケミスに収録された。
 メインの素人探偵役はデイン少佐で、彼がキャロルを伴いながら怪事件に踏みこみ、同時に両人の恋模様も進んでいく。
 仕様としてはラブロマンスサスペンスの趣だが、それ以上になかなかこってりした謎解き(犯人捜し)パズラーの要素も強く、特に謎の被害者の正体とそれに関わる人間関係が見えてきてからは読み手を飽きさせないまま、興味を牽引していく。
 それにしても直接は戦場の描写のない作品ながら、一般市民に関わる戦時下のもろもろの厳しさが見え隠れする一冊であり、こういう時代の少し先にマクロイの『逃げる幻』(ほぼ終戦直後のリアルタイムの事件)などもあったと思うと、なんとなく感慨深い。
 真相はほど良いバランスで込み入っており、理解が追いつく程度に意外性もなかなか。作家歴を重ねた晩年の作者としての力作だったのだろうと窺い知れる。

No.167 7点 わたしとそっくりの顔をした男- サミュエル・W・テイラー 2017/05/27 12:00
(ネタバレなし)
 第二次大戦の終結から数年。「わたし」こと会計事務所経営のチャールズ(チック)・ブルース・グラハムは、自宅で自分とそっくり、自分こそ<チャールズ・グラハム>だと称する男と出会う。さらに妻のコーラ、その兄で「わたし」の仕事のパートナーでもあるバスター・コックス、そしてバスターの妻エセリーンまでが口を揃えてもう一人の方こそ本物のグラハムだと認めた。警察も呼ばれるが、愛犬ジッグスがもう一人の方になつき、さらには指紋での照応まで何故か「わたし」の主張を裏切った! 家を追われた「わたし」は近所の食堂で、自分そっくりの銀行員アルバート・ランドが強盗殺人を行い、逃走中というニュースを見る。「わたし」は救いを求め、かつての恋人マリー・デービスとその兄ウォルトに連絡を取るが…。

 1949年のアメリカ作品。旧作の発掘に意欲的だった二十世紀末の新樹社が原書の刊行からほぼ半世紀経って邦訳してくれた一冊で(当時の新樹社は素晴らしかったねえ)、突拍子もない設定の導入部、容赦なく主人公を追いこむ先の読めない展開、加えて本来はイノセントなはずの動物や客観的証拠の指紋までがなぜ自分を裏切る? というサスペンスフルな謎などなど…実に面白い。
 特に中盤、「わたし」の説明を聞いて一応の事情を信じたウォルトが語る疑問<もし悪人たちの奸計でチャールズ・グラハムのすり替えが進行しているのだとしたら、それなら一味はさっさと本人(きみ)を殺して入れ替わってしまえばいい。なぜきみを生かしているのか?>は、読者の方もまさにそのへんのタイミングで感じていた強烈なホワイダニットであり、この辺のミステリ的な興味も実にいい。

 終盤まで息をつかせず読み終えさせるが、最後の方で捜査陣の警官のひとりが<『ここ』で現在の事態をおかしいと思った>というあるポイントを語り、その意味で倒叙ミステリ的な<悪事のほころびがいかに暴かれるかの興味>を満足させているのも本当にステキ。
 翻訳も総じて読みやすく、1940年代に書かれたとは思えない実に現代的な作品である。

 作者はあと一冊だけ、ミステリを書いたそうだけど、そっちもどっかからか紹介してくれないものか。 

No.166 6点 ニューヨークの野蛮人- ノエル・クラッド 2017/05/27 11:10
(ネタバレなし)
 時は1950年代。ネイティブ・アメリカンのショショニ族出身の青年ジョン・ランニング・トリー。彼は第二次大戦時にレインジャー部隊に所属し、部族伝来の絞殺術で多くのドイツ兵の命を奪い、銀十字勲章授与の栄誉に輝いた男だった。そんなトリーは33歳の現在、年長の白人の友人で暗黒街の大物フランク・ティーグのもとで殺し屋として働いていたが、次の標的「S・ハリス」のファーストネームがスーザン、つまり未亡人の女性と知ると二の足を踏む。暗殺者としてすでに十数人の命を奪ってきたトリーだが、女殺しだけはやったことがなかったのだ。フランクに仕事の辞退を申し出たのち、奇妙な関心からそのスーザンそして彼女の聾唖の息子ジェフと関わりあったトリーは、スーザン当人もその価値を自覚していない土地の利権事情ゆえに彼女が命を狙われているのだと察した。これと前後して交代の殺し屋コンビが到着。一方でトリーは、かつての恋人でやはりネイティブ・アメリカンの女性エリザベス・ウィンチェスターとも再会した。軍人だった夫を事故で失って以来、生と死の問題にセンシティブになるスーザン、物語上の英雄のインディアンの姿をトリ―に重ねるジェフ。そんな母子がやがて迎える運命を意識したトリーは、二人を守る闘いを決意する。

 1958年のアメリカ作品。日本では翌年の日本語版EQMMで原書を読んだ都筑道夫が熱い筆致で大絶賛し、本編そのものは64年にポケミスで訳出された(都筑のくだんの文章は名著「死体を無事に消すまで」に収録されてるから、そっちで読んだ人も多いだろうと思う)。
 今回は例によって未読のポケミスの山の中から引っ張り出して初めて読んだが、まあ途中までの大筋自体は非常にわかりやすい。設定だけ読んでもトリーがフランク(および彼に殺しを願った者)を裏切る形になり、スーザン母子のために戦うことになるのは見え見えだし、かつての恋人エリザベスがナイトクラブのダンサーとして姿を見せるあたりは、まんま往年の日活アクション風の定石である。
 とまれ小説としての賞味どころ、都筑が絶賛した魅力は、そういう定型的な大枠のなかでしっかり造形された登場人物の叙述や、独特の抒情を感じさせる文体の方にある。何より主人公のトリーには、作品のなかで少しずつ語られていくが、二十世紀のアメリカのなかで本来の矜持をすり減らしていくネイティブアメリカンの悲哀があり、その辺は英雄だったトリーの祖父トール・カイト、現実に負けて死んでいったトリーの父たちとの世代の対照でも語られる。主人公とヒロインの関係も、トリーとフランクの関係もそれぞれ一筋縄では行かず、さらには後半の事態に関わってくるジェフ少年の養護教諭である老女ミス・アダムズの思弁などもかなり印象的に綴られる。

 刊行後、半世紀の時の経過のなかでその後に続いたノワール・サスペンス系の類作に食われてしまった感じがまったくないわけでもないのだが、先に書いた独特の詩情を漂わせる文体(ウールリッチと評する人もいるようだが、個人的にはバリンジャーとかに近い印象だ)もあって色あせない魅力をもつ一冊でもある。
 
 ちなみに本書の翻訳を担当した宇野輝雄氏が今年の初めに亡くなられていたことを、今月発売のミステリマガジンで初めて認めた。本書はそのことを知らないで本当に何となく手に取った。クリスティーからシェル・スコット、ハニー・ウエストまで幅広く邦訳してくれた大ベテランの業績に深く感謝。

No.165 7点 贋作- パトリシア・ハイスミス 2017/05/20 03:52
(ネタバレなし)
 6年前になりゆきから友人の御曹司ディッキー・グリーンリーフを殺害し、その財産を手中に納める完全犯罪を為した青年トム(トーマス)・P・リップリー(リプリー)。31歳になった彼は新妻エロイーズとともに、フランスの片田舎で有閑生活を営んでいた。トムの今の収入源の一つは、異才の画家フィリップ・ダーワットの絵画を売買し、また彼が監修役を務める美術機関「ダーワット画廊」によるものだが、実は数年前に当のダーワットは溺死しており、その事実を隠したトムと仲間たちは若手画家バーナード・タフツにその贋作を描かせては利益を上げていた。そんななか、ダーワットの現在の技法に違和感を覚えた素人美術愛好家のアメリカ人、トーマス・マーチソンが来仏。マーチソンに真実を見破られたトムは彼を殺害し、仲間たちを巻き込んで事態の収拾を図るが……。

 リプリー(角川文庫の訳書ではリップリー表記)を主役とするピカレスクサスペンス五部作の第二弾。今回は以前から購入してあった1973年刊行の角川文庫版で読了(現状のAmazonには登録がないが、この角川文庫が日本初訳の元版である)。
 アマチュア~セミプロの犯罪者、リップリーの独特の魅力<まちがいなく悪人・でも破滅しないでもらいたいと読み手に思わせるあの奇妙な感覚>は前作同様、今回も健在。
 文体は相応に粘着質で、最初の内こそ疾走感は希薄だが、読みなれてゆくとそのじわじわ来るサスペンス味が実にたまらなくなる。その辺はいかにもハイスミス作品。リップリーの周囲に集う面々の誰がどのように重心を変えて事件に関わってくるか、読み手の想像力を刺激するその感覚が絶妙で、後半3分の1になってついにリップリーをおびやかすキーパーソンとなる人物が定まってからは、正にイッキ読みの面白さだった。
(なお作中でははっきり語られていないが、その登場人物のさりげない独白は、過去の語られざる事件性の一端を暗示させている…んだろうね。)

 ただひとつ残念なのは、本書の最初の翻訳が出たのが73年だったんだから、できればこれはその数年内に読んでおきたかったとも思った(筆者の場合、現実的にはいろいろ無理だが)。それはラストの演出でわかる。当時、リアルタイムで読めた人が少し羨ましいですな。

No.164 7点 ずうのめ人形- 澤村伊智 2017/05/16 14:22
(ネタバレなし)
 零細雑誌「月刊ブルシット」のバイト編集者・藤間洋介は編集長の戸波の指示で、学生バイトの岩田哲人とともに、連載ライター・湯水清志の自宅に向かう。目的は、締め切りが過ぎても原稿が届かず、連絡もない湯水が気になったからだが、そこで藤間と岩田が目にしたのは両目を抉られ、顔を切り刻まれた湯水の惨殺死体だった。岩田は現場から、湯水の遺稿と思える不審な原稿を独断で持ち帰り、その複写を半ば強引に藤間にも読ませる。だがそれこそが、藤間にとりつく怪異「ずうのめ人形」の呪いの始まりだった…。

 ホラーながらミステリとしても面白いという評判を聞いて初めて作者の著作を読んでみたが…しまった! 前作『ぼぎわんが、来る』の後を受けたシリーズもの(オカルトライターの野崎昆と、その恋人の霊能力者・比嘉真琴が活躍)だった! 
 まあたぶん単品で読んでも大きな問題はなかったと思うが、そっち(『ぼぎわん』)はそっちで面白そうだったので、シリーズの順番どおりに手に取ればよかったな、とも思う。
 超自然的な怪異そのものは厳然と存在する世界観だが、その上で過去の事態をめぐるホワットダニットや、錯綜した人間関係の謎がてんこ盛り。さらにはあの手の大技も出てきて、なるほどこれはミステリとしても十分に楽しめる。
 ちなみにJホラーはそんなに詳しくないのだが、終盤の「これはありか…」という展開も含めてそれらしい湿った怖さと不愉快さは感じた。
 あと本の厚みだけみるとハードカバーで300ページくらいかなと読み始める前は思ったが、実際には斤量の低い紙を使っていて400ページ近くあった。なんかその辺もこちらのスキを突いてくるようでコワかった。

No.163 6点 ミス・ブランディッシの蘭- ハドリー・チェイス 2017/05/16 07:51
(ネタバレなし)
 フランク・ライリー(37歳位)は、相棒のジョン・ベイリー(34歳)そして運転手役のサム・マッケイ(60歳位)と結託。荒事商売で糧を稼ぐギャングのトリオ。3人は、食品業界で「牛肉王」として知られる億万長者ジョン・ブランディッシの美貌の令嬢ミス・ブランディッシが身に着ける、五万ドル相当の価値の首飾りを狙う。だがライリーたちの悪事は成り行きで、首飾りの強奪から令嬢の誘拐へと発展した。4カ月後、ジョン・ブランディッシはいまだ落着しない愛娘の誘拐事件の調査のため、斯界で有名な私立探偵デイヴ・フェナーを雇うが……。

 1939年に書かれ、当時の異色の英国ハードボイルドとして大反響を呼んだチェイスの処女作(創元文庫版のあとがきで訳者の井上一夫は1938年の作品と書いてるが、現在のwebでの各種の情報を参照すると1939年の著作らしい)。ところが内容がバイオレンスに過激すぎてかのジョージ・オーウェルとかの批判を食らい、やや内容をマイルドにした改定版が1942年に刊行。創元文庫の翻訳はこちらをベースにしている。

 それで感想だが、すでに何冊か後年のチェイス作品を読み、自分のなかで最高傑作と信じる『射撃の報酬5万ドル』を頂点に、ほろ苦い文芸性が多かれ少なかれにじむ独特なノワール系の作風に楽しまされてきた身としては、ああ、本当に良くも悪くもこの手の方向としての直球勝負だな、という感じの一冊。
 後年の諸作がそれぞれひしひし感じさせる、筋運びの達者さを見せつける職人作家ぶりはいまひとつ希薄だが(それでも前半3分の1の展開など、これがほぼ80年前の英国でそれなり以上に衝撃的だったのは想像がつく)、その分、全体的に当時の作者の<この一冊で英国のミステリ界をひっかきまわしてやる>的な熱気は感じられ、そのエネルギッシュな感触は悪くない。
 ただまあ、さすがに過激さの点でも、小説技法の点でも、あまたのほかのノワール系の後続作家に抜かれてしまった感じもいくらかは覚えたが、それは仕方ない。この手の作品の新古典と思って読む心構えは必要だとは思う。

 なお本書の続編『蘭の肉体』はまだ未読だが、内容は改定版の結末を受けたこの物語の次世代編のようで、早くも本書の改定版から十年経たないうちに書かれている。設定を覗くと作中では最低でも二十年近くの時間は経っているはずで、その意味では本書を基軸とするなら一種の近未来編だね。いつかそっちも読んでみよう。
 また、中盤からもう一人の主人公的な立場となる私立探偵フェナーは、ほかにも活躍する未訳の長編があるらしい。興味があるので、いつか、本書の原型版とあわせて邦訳される日は来ないものか。切に希望。

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人並由真さん
ひとこと
以前は別のミステリ書評サイト「ミステリタウン」さんに参加させていただいておりました。(旧ペンネームは古畑弘三です。)改めまして本サイトでは、どうぞよろしくお願いいたします。基本的にはリアルタイムで読んだ...
好きな作家
新旧いっぱいいます
採点傾向
平均点: 6.35点   採点数: 2262件
採点の多い作家(TOP10)
笹沢左保(32)
カーター・ブラウン(24)
フレドリック・ブラウン(19)
アガサ・クリスティー(18)
生島治郎(17)
評論・エッセイ(16)
高木彬光(15)
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佐野洋(13)
ジョルジュ・シムノン(13)