皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
していません。ご注意を!
人並由真さん |
|
---|---|
平均点: 6.35点 | 書評数: 2262件 |
No.202 | 7点 | 月長石- ウィルキー・コリンズ | 2017/09/12 16:13 |
---|---|---|---|
(ネタバレなし)
ああ、読んだ。読んだ。ミステリ史における本作の重要度をはじめて意識してからウン十年目についに読んだ(笑)。創元文庫版で本文およそ760ページ(しかも同じ創元文庫のほかのいくつかの作品に比して活字の級数は小さめで、そのぶん一ページの字組はぎっしり)。思い立って手に取ってから、読了までにほぼ一週間かかった。 感想としては、古式で冗長な小説作法と、時代を超えた古典ロマンミステリの面白さが拮抗。21世紀のいま読んでも十分に楽しめるけれど、あまりに丁寧な叙述は人を選ぶかもしれないな、という感じである。 とまれ物語の中身はキーアイテムであるタイトルロールの月長石の盗難事件と同時に、主要登場人物の群像劇(その主体は錯綜するラブロマンス)にも重点が置かれている。さらに物語の語り手が交代する趣向が(登場人物によって担当パートの長短の差はある)ストーリーの起伏感をうまく加速させている。 最初の記述を担当するのは、好人物ながら『ロビンソン・クルーソー』への偏愛ぶりがちょっと奇人っぽい老執事ベタレッジ。このキャラクターも良いが、一番笑ったのは二番目の語り手となる貧乏なオールドミスで、キリスト教の狂信者でもあるクラック嬢。誰もがいらないという入信のパンフレットを十数冊持ち込み、屋敷の部屋部屋のなかに、念のため念のためと一冊ずつ置いていくくだりは、ほとんど高橋留美子のギャグコメディキャラである(中島河太郎の解説によると、語り手のなかではこのクラック嬢がいちばん当時の人気があったそうで、さもありなん)。 逆にいちばん胸打たれたのは、後半で事件の深層に迫っていく医学者のエズラ・ジェニングス(劇中、五人目の語り手を担当する)。容姿の悪さと不遇な半生ゆえに世間からつまはじきにされた彼が、ある人物へのほとんど片思いの友情のため、自分が培ってきた医療技術を全力で傾けるあたりは、その後の去就ともあいまって、夜中に読んでいて大泣きさせられた。 たぶん作者コリンズが一番感情移入していたのはこのジェニングスか、あるいは前半の重要なサブヒロインのロザンナだろうな。まあいかにもディッケンズの薫陶を受けた著者らしい、古典ロマン的な叙述であった(どちらも外見こそ醜いが、その分、とても人間らしいという共通項がある)。 んでもって肝心のミステリとしては、なんか時代があまりにも早すぎるアンチ・ミステリを書いちゃったという感じ。しかしその一方で最後の<意外な犯人>(第5~6話)にも余念がなく、作者は当時にあっても、とてもお行儀のいい推理小説の作法も忘れなかった。そんなソツのない作り。 少なくともこういう作品が150年前にすでに書かれていた興味もふくめて、海外ミステリファンなら一度は読んでおいた方がいいです。俺はウン十年かかったが。 先のジェニングスのくだりなど、もっと若いうちに読んでいたら、彼のことは、さらにさらに思い入れできるミステリ分野でのマイ・フェイバリット・キャラになったかと思う。 |
No.201 | 7点 | スターヴェルの悲劇- F・W・クロフツ | 2017/09/12 15:31 |
---|---|---|---|
(ネタバレなし)
りゅうぐうのつかいさんのレビューがとても的確で、あまり付け加えることはないのだが、私的にとりわけ印象的だったのは、事件の関係者たちが情報を語り、そのなかである者(たち)は事情から真実を隠そうとする、そのパーツを埋めていくフレンチの手際。これが丁寧な筆致で語られていて、まったく退屈しなかったこと。 後半のある場面での(フレンチが痛手を受ける意味での)逆転劇も地味にショッキングで、これは捜査陣(名探偵)の介入まで予期した犯人側の見事な工作だよね。この辺も面白い。たしかに手掛かりの少なさや真相発覚前の情報の撒き方などを考えると、パズラーというより、フレンチと彼を支える上司・仲間たちの警察小説であるのだが。 あと本書前半での不遇なゴシックロマンのヒロイン風のルースが後半ほとんど物語の表に登場しなくなり、フレンチの捜査主体になるのに若干の違和感も覚えたが、これは自分がクロフツの作品をバラバラな順番で読んでるからだろうな。 たとえば後年の『船から消えた男』あたりとかは、クロフツ自身も違ったこと(フレンチとは別に、その作品オンリーのメインキャラクターをちゃんと最後まで動かす)をやってみたくなったのかと思う。 ちなみに本作はポケミス版(井上良夫のたぶん抄訳版)も番町書房のイフノベルズ版(たぶん本邦初の完訳)も持ってるのだが、例によってブックオフで(税込み105円当時に)買った創元文庫版でついこないだ初めて読んだ(苦笑)。 そしてその創元文庫版の巻末の座談会は圧巻の読み応えだけど、瀬戸川猛資さんが言っていたという「クロフツは好きなので老後の楽しみにとっておく」というお言葉に感無量。少しでも多く生前に楽しんでくださったことを心から願う。 |
No.200 | 6点 | 追尾の連繫- 山村直樹 | 2017/09/12 14:57 |
---|---|---|---|
(ネタバレなし)
<チャンネル1> 国文学者・書道家・写真家など多才な顔を持ち「日本のダ・ヴィンチ」と呼ばれる大学教授・妹尾耕作(63歳)。その妹尾が行方を断った。妹尾は、旧知の友であるアマチュア書道家・浅岡(61歳)と対面した直後だったが、その後、彼は川の側で変死体で見つかる。妹尾の担当編集者だった青年・田方直哉は、故人の足取りを追うが。 <チャンネル2> F電機の社員・井沢守を夫に持ち、出産を控えた若妻・抄子(27歳)。だが彼女が留守の間に自宅は全焼。自宅にいた守は死体となって見つかった。だがその死には不審な点があり、さらに彼の遺体の下にはダイイングメッセージと思われる見た目で囲碁の碁石が並べられていた。抄子は身重の体で夫の関係者を訪ねて回り、事件の真実に迫ろうとするが……。 1972年11月(奥付より)に<双葉社推理小説シリーズ>の一冊として刊行された長編パズラー。帯に鮎川哲也が本作の推薦と作者への今後の期待を寄せている。 鮎川の著した帯のコメントと、作者のあとがきや著者紹介などの情報をまとめると、作者・山村直樹は1959年に「宝石」新人賞を受賞したのち、その10年後に自作『破門の記』で「オール読物新人賞」を受賞(鮎川はこの時点から話題にしている)。 さらに本作の部分的な原型にあたる作品『死者の経路』ほかの短編(中編?)作品を発表したのち、この長編を上梓。そのまま文壇から去ってしまった。 (webでの情報を拝見するに、本書刊行以降~2017年現在は、書道家として活動されているようである。) 鮎川が推挙した幻の作家の幻の作品ということで、後年も一部のマニアの注目を受けた本書。たしかどこかの<国産ミステリ幻の名作>的なリストにも加えられたような記憶がある。 さらに刊行当時、1972~73年のミステリマガジンでは「かつてB・S・バリンジャーという(2つの物語を並行させる)作家がいたが、本作はそれを思わせる」という主旨の書評(国産ミステリの月評)も掲載されており、これもまた当時にしては異彩を放った趣向の、本書の印象を深めた。 とまれ今では二つの物語を並行させるスタイルの作品など氾濫しているし、72年当時に過去の作家扱いされたバリンジャー(ヴァリンジャー)の方が、比較された山村直紀などよりはるかにミステリファン全般にもメジャーであろう。まさに歴史は巡る風車(かざぐるま)なのだが。 はたして内容に関しては上記(バリンジャー風)のとおり、一見なんの接点もない二つの物語が、テレビの<チャンネル>の切り替えになぞらえた形で並行して語られ、やがてある経緯で関わり合っていく。その上でそれぞれの物語の流れにフーダニットやアリバイ崩し、ダイイングメッセージの謎解きなどの興味が用意されている。こんな構成のなかで一方の物語が、もう一方のストーリーに斬り込んで事件の大きな謎を崩していく作劇がなかなかで、この辺は作者の狙いがうまくいった感じだ。 (まあ両方の物語を連結する重要人物が作品の中盤で判明してしまうのはちょっと早い印象があり、近年の技巧派ミステリならもう少し上手な隠しようがあった気もするが。) 一方で一番のメイントリックは印象的なものが設けられ、終盤のドラマのまとめ方も好感がもてる。複数の趣向を鑑みて、全体としては佳作~秀作の一冊。 もし作者がもう少し創作を続けていれば、さらに面白いものが書けたかもしれない。そんな無いものねだりの可能性を感じさせる部分もあった。 |
No.199 | 6点 | ホロー荘の殺人- アガサ・クリスティー | 2017/08/27 11:52 |
---|---|---|---|
(ネタバレなし)
登場人物の書き込みが妙に執拗で、クリスティーの中ではなかなか骨太な作品…と思ったけれど、nukkamさんのレビューを読んでとても納得しました。作者にしても意識的に文芸性を狙った一冊だったんですな。 ただし訳者・中村能三の巻末解説(あとがき)の中の余計な一言もあって、犯人は途中で普通に気づいちゃいました。そういう趣向も加味してるのなら、この人物だろうと思ってまんま正解。これから読む人は解説は見ない方がいいです。 あと凶器関係のトリックに関して、その思考ロジックはおかしいでしょ、というツッコミも多少。 さらに言うならこの時代、まだ硝煙反応の鑑識技術は無かったんだろうか。あれば一発だよね。webで調べたけど、二十世紀の何年ごろ確立した技術かはわからない。 ご存知の方がいれば掲示板などでご教示願えますと幸いです。 |
No.198 | 6点 | 旅人の首- ニコラス・ブレイク | 2017/08/27 11:39 |
---|---|---|---|
(ネタバレなし)
死体の首がないという残虐な事件なれど、おぞましい感じはかなり希薄。被害者が関係者の多くから敬遠・嫌悪されていたらしい人物という設定も機能して、ふだんは平穏でヒマな田舎の地方に起きた、ちょっと悪趣味なお祭り騒ぎのようなニュアンスも感じられる。 謎解きミステリとして鬼面人を脅かすような大トリックなどは無いが、登場人物たちの心理の綾が終盤の決め手になっていくあたりは流石ブレイク。 ほかの話題としては、ナイジェルの先妻ジョージアの戦時中の死亡の状況がようやくわかりました。 あと、作中に被害者の持ち物としてチェイスの『ミス・ブランディッシュの蘭』が登場したのがちょと印象的(ポケミスの翻訳では「ブランディッシ夫人にささげるランの花はない」と表記。まあ創元から翻訳が出る前だしね)。 作者がちゃんと周辺のミステリ事情を見ていることの、さりげないアピールかもしれない。 |
No.197 | 6点 | アメリカ銃の秘密- エラリイ・クイーン | 2017/08/27 11:23 |
---|---|---|---|
十年単位での再読。拳銃関係の隠し場所トリックは覚えていたが、ほかの情報はほぼ失念。その意味では、初読に近い感じで楽しめた(せっかくだから今回は角川の新訳版で読んでます)。
改めて真犯人の正体は意外だが、みなさんのご指摘の通り、施条痕の解析の徹底ぶりに比べて、警察捜査陣の被害者の鑑識が、そして周囲の反応があまりにルーズでは? クリスティーの某長編も似たような事例で無理を感じたが、あちらは事象の間に経年があった分だけ、ぎりぎりには小説の枠組み内の説得力がある。 動機の最後の問題が、とってつけたような仮説で終わるのも息切れ感を抱くし。 それでも良い意味での軽快さと謎解きミステリの面白さは一定以上に感じられたのでこの評点。 |
No.196 | 6点 | 霧に包まれた恋人- ビクトリア・ホルト | 2017/08/27 10:31 |
---|---|---|---|
(ネタバレなし)
19世紀後半。イギリス人の父とドイツ人の母リリーの娘で、英国国籍のヘレナ・トラントは十代後半にドイツに赴き、母の母校で過ごした。18歳のヘレナは森に迷いこみ、高貴な美青年「ジークフリート」に救われる。わずかな時間のなかで思いを寄せ合う二人だが、ヘレナはそのまま彼と再会することなく帰国。以来、ヘレナは彼を忘れられなかった。やがて成人したヘレナは、母リリーの親戚として現れた令夫人イルゼ・クライベルの招待で数年ぶりにドイツに向かい、想い出の地でかの美青年との再会を果たした。ジークフリートは自分の正体がロケンブルク伯爵マクシミリアンだと語り、互いを想い続けていた二人は結婚式を瞬く間に済ませる。急な展開に驚きながらも幸せの絶頂のヘレナ。ところが結婚して五日目の朝、ヘレナはイルゼの家で目覚めた。イルゼは、森の中で何者かに凌辱され、六日間も眠り続けていたと言う。伯爵と結婚したと訴えるヘレナを、誰も信じない。証拠となる住まいも廃墟であり、医者はヘレナの記憶は薬の副作用の妄想だと診断した。あの結婚はすべて夢だったのか? 愛する夫はどこへ!? 20世紀後半の英国ゴシックロマンの巨匠で、日本でも多くのファンがいるらしいヴィクトリア(ビクトリア)・ホルトの1972年作品。ホルトは日本初紹介の『流砂』がSRの会のその年のベスト集計で上位に入ったこともあり、いわゆる<よくできた大衆小説的なパワフルさ(シドニイ・シェルドンの諸作あたりに近いかも)>も含めて、ミステリファンにも魅惑的な面白さを発揮する。 物語の中盤からは失意のヘレナがさらに二十代後半に成長。みたび渡ったドイツで貴族の家庭教師の地位に就きながら、秘められた運命の深層に迫っていく。 ゴシックロマンの王道として、古城を舞台に起伏ある展開を披露し、もちろん細部のネタバレは控えるが、終盤のクライマックスに至るテンションもたまらない。キャラクター面でもヘレナにも物語にも重要な人物となる老婦人ミセス・クラーベルなどの、善良なのか、悪意に満ちた心根なのか、妙な厚みを感じさせるのも作品の印象を深める。 最後の決着にいたる部分でちょっと無理があるのでは? 先に書いた設定が忘れられたのでは? という疑問もあるが、まずは期待通りによく出来た娯楽作品。何より前半の大技の謎が読み手には蠱惑的。 |
No.195 | 7点 | フラッド- アンドリュー・ヴァクス | 2017/08/12 15:19 |
---|---|---|---|
(ネタバレなし)
ヴァクスはこれまで『バットマン 究極の悪』(傑作)しか読んでなかったので、本シリーズも今回が初読。 確かにプロットはシンプル(凶悪犯を狩り出すだけ)ながら、そこに至るまでの筋立てに独特の迫力と臨場感があって堪能した。 重く辛い事件の題材なれど、良い意味でどっか陽性に軽妙によませる文体は強力で 、なるほどこれは日本でも人気が出たわけである。 (近年、シリーズの翻訳は中座しているみたいだけど。) 続編も少しずつ読んでいこうと思います。 |
No.194 | 7点 | 天空の蜂- 東野圭吾 | 2017/08/12 14:52 |
---|---|---|---|
(ネタバレなし)
80年代に石上三登志が提唱したネオ・エンターテイメントの系譜に属する国産ミステリだけど、ただ面白いだけではなく最終的に作者らしい持ち味にまとめてあるところはさすが。核テロに対して国策的なポリティカルフィクションと警察捜査もものの興味が並行して進行するあたりは、まんまラピエール&コリンズの『第五の騎手』だけど。 それにしても3.11以降、これほど一冊の価値が変わった国産ミステリは他にそうないだろうという皆さんの意見には、深く同意。 執筆刊行時期を思いやると、作者の先見性と取材力、構成力にうならされる。 あえて細部で不満を言うなら、共犯者格の女性がいきなり登場するところくらいかな。それらしい伏線とミスディレクションを用意して、軽いフーダニットっぽくしても良かったのではとも思うんだけど。 |
No.193 | 5点 | 善良な男- ディーン・クーンツ | 2017/08/09 17:09 |
---|---|---|---|
(ネタバレなし)
面白かったけど、良くも悪くもフツーに面白いだけだった(汗)。 個人的にクーンツは最後の観念の一押しがポイントで、その意味ではクライマックスに主人公の切ないあのー一言が用意された『バッド・プレース』か、すべての構図が見えてからなんとも言えない壮大な展望が心に染みてくる『ストレンジャーズ』が今のところのマイベスト。 主人公の過去に関しては蟷螂の斧さんの言うとおり、最後までヒロインや読者に秘匿しないでもいいのではないかと思う。そりゃ当人が自分から述懐するのもアレだが、相棒の刑事ピートあたりがその辛い昔日を主人公本人にかわって語ってやっても良かったのじゃないかと。 まあ最後の最後の勧善懲悪の大技は、良い意味のホラ話めいて悪くはない。 |
No.192 | 7点 | 死体置場で会おう- ロス・マクドナルド | 2017/08/08 18:20 |
---|---|---|---|
(ネタバレなし)
リュウ・アーチャーものが一皮剥ける少し前の時期に書かれたノンシリーズだが、最後まで読んでひときわ際立ってくるそれぞれの登場人物の陰影と、その一方であくまでハイテンポに進むストーリーの弾み。これは隠れた秀作ではないだろうか。 のちのロスマク作品の全面に開花する人間関係の錯綜ぶりや、その核となる内面のコンプレックスなどは本書でも地味に重要な要素となるが、ミステリとしてはこのくらいの弁えた扱いでも良いのかな 、という気もちょっと。そういう意味でバランス感も良い。 法の正義と過ちを犯した人間 、その双方の間に立つ身を自認する主人公ハワード・クロスにはアーチャーとまた一味違う魅力があり、彼の主役編をもう何冊か読みたかったな。まあ本書のラストの完結感、決着感は頗る心地よいものなんだけど。 |
No.191 | 6点 | 死のジョーカー- ニコラス・ブレイク | 2017/08/08 17:53 |
---|---|---|---|
(ネタバレなし)
隠遁した61歳の老教授ジョン・ウォーターソンは、36歳の若い後妻ジェニーとともに片田舎のネザープラッシュで余生を送ろうと考える。だが村の人々とは次第に親しくなる一方、奇妙な怪事が続発。やがて中傷文を書き添えたトランプのジョーカーカードが村のあちこちに送られてくる。 ひとことで言えば自由奔放な一冊で、ブレイクの話術の妙味も実感させる長編。レギュラー の名探偵ナイジェルもの自体が相応にバラエティ感豊富だが、本作はさらに英国ミステリの定型を外した印象が強い。 主人公が老齢、村に潜む悪意などの設定や主題から、読む前は暗めの内容を予期していたが、実際にページを捲ると意外に軽妙にどことなくユーモラスに ストーリーが進むのも嬉しい驚きではあった。 なお後半4分の1の物語の捩れ具合は正に本作のキモで異様な迫力に満ちているが、 謎解きパズラーとしては登場人物の少なさから、どうしても意外性を欠くのが弱点。キーアイテムのジョーカーのカードの説明不足もどうかと思う。全体的には面白かったけどね。 |
No.190 | 7点 | ナヴァロンの要塞- アリステア・マクリーン | 2017/08/08 17:24 |
---|---|---|---|
(ネタバレなし)
こんなものもまだ読んでませんでした、の一冊。 思えばマクリーンは初期作を何冊か堪能して、後期作もそれなりに読んだけど、『ユリシーズ』を初めとして未読の大物もまだ何冊も残ってる。 ちなみに映画『ナバロンの要塞』も、基本的に映像化作品は先に原作ミステリを読んでから、のヒトなのでまだ観ていません。 つーわけでかなり新鮮な気分で読み進めましたが、いや、いま読んでも十分に面白かったですな。 まあ正直、島に辿り着くまでの前半3分の1だけでも、描写が濃厚すぎてゲッソリしちゃう部分もあったけど、中盤の山場となる登坂の件からもう食いつくように一気読み。 特に最も若手のメンバー、スティーブンズが己の秘めた恐怖心と懸命に対峙するくだりは他のメディアではなかなか得にくい小説ならではの緊張感と迫力に満ちており、のちの80年代に北上次郎が冒険小説の重要なポイントとした内面の恐怖への克己がここでもきちんと押さえられている。 後半の展開や登場人物の配置も起伏や工夫に富む一方、あくまで焦点を主人公チームから外さない構成もスキがなく、満腹感いっぱいの一冊でした。 あえて不満を言うなら、逆説的に、長編第二作としては成熟しすぎてる感じかな。まあ、序盤から投げた渾身の豪速球的な魅力ともいえるんだけど。 |
No.189 | 7点 | 女王陛下の騎士ー007を創造した男- 伝記・評伝 | 2017/08/06 19:49 |
---|---|---|---|
ドキュメント風フィクション『ジェイムズ・ ボンド(ジェイムズ・ボンド伝)』でも知られる作者ジョン・ピアーソン(ピアースン)が、同作に先駆けて厖大な取材を積み重ねて綴った、イアン・フレミングの伝記。
本書が刊行されたのが1965年で半世紀以上前。21世紀の現在ではすでに別の資料やwebで参照できる情報も少なくないとはおもうが、007神話の黎明期を語り綴ったまとまった評伝としてやはり面白い。 たとえば第二次大戦中 、ナチスのルドルフ・ヘスのオカルト衒学趣味に着目したフレミングが、かのアレイスター・クロウリーのカリスマを利用して懐柔を考えたという逸話など、実に興味深い(ル・シッフルのモデルの一人がそのクロウリーだということも本書を読んで初めて知った)。 フレミングの若すぎる晩年、007神話の立役者がすでに創造者からショーン・コネリー に完全に切り替わっていた事実も、ある種のドライな趣を込めて綴られ、その辺も感慨深い。 惜しむらくは007の原作小説シリーズ後半についてフレミングがどのような意識で取り組んだかの記述が、シリーズ前半に比して駆け足すぎること。 特にあの『わたしを愛したスパイ 』 のような異色編をフレミングがどういう心境のなかで著したかの観測は、ぜひとも読みたかった。 無い物ねだりは山ほどあるが、007ファン、フレミング小説世界に魅せられた者なら一度は目を通しておくべき一冊。 |
No.188 | 6点 | さよならの値打ちもない- 笹沢左保 | 2017/08/06 17:39 |
---|---|---|---|
(ネタバレなし)
丸甲毛織の営業部長で社長令嬢・澄江の夫・ 五味川大作。体調不良の彼は欧州への営業周りの役職をその澄江に任せたが、彼女はスペインで毒による変死を遂げた。死の直前、妻から送られてきた絵葉書には、旧友・ 野添美沙子にスペインで会った旨の記述があり、五味川は情報を求めて福島の美沙子をたずねる。だが彼がそこで認めたのは、美沙子がすでに2年前 に死んでいるという驚愕の事実だった。そんな彼は、自分の運命を変える美貌の人妻・井石麻衣子と出会い……。 死んでるはずの人間の目撃、という佐野洋の「砂の階段」を思わせる導入部で始まり 、大小のトリックを組み合わせて、物語はかなり思わぬ方に流れていく。作者のファンには本書を最高傑作とするものもいるらしく、確かに密度感は相応のもの。一読後には、ひとつひとつのパーツはシンプルながら、それらを自在縦横に組み上げた作者の手際に唸らされた。 一方で中盤からサブヒロインの一人となる会社OLの描写など、ああ、兎にも角にもいつもの笹沢節だな、という独特の味付けを感じさせて。 |
No.187 | 5点 | 豹の呼ぶ声- マイクル・Z・リューイン | 2017/08/06 17:04 |
---|---|---|---|
( ネタバレなし)
上流階級の社交パーティーの余興で名探偵役を演じたり、なりゆきからケーブルテレビでCMを流したりしたことで、仕事が入り出した私立探偵アルバート・サムスン。そんな彼のもとにとびこんできた新たな依頼は、環境保護の過激派集団「アウトロウ戦線」からのもので、仕掛けた爆弾が何者かに持ち去られた。被害を出すのは本意でないので、見つけてほしいというものだった。 アルバート・サムスンシリーズの後期でまだ未読のものがあったはず。この作品からだっけ、と思って古本で文庫版を購入して読み出したら、20数年前にリアルタイムでポケミスで読了済みと途中で気づく。チャンチャンw そもそも事件のネタ自体が、藤子・F・不二雄先生の作品みたいな感じで 、まあゆるいキャラクターものとしては楽しめるんだけど。残念ながらシリーズのたけなわはすでに去ってしまった感じ。 残る一冊もミステリ味は薄いという噂だし、そういう意味では最後の方まで一応のレベルを保った感のあるリュウ・アーチャーシリーズってやっぱ凄かったんだろうな。もちろん、作者の経歴も、それぞれのミステリ界の状況も単純に並べちゃいけないのはよくわかってますけど。 |
No.186 | 7点 | おうむの復讐- アン・オースチン | 2017/08/06 16:38 |
---|---|---|---|
(ネタバレなし)
アメリカのハミルトン市にある賄い付きの下宿屋・ローズ荘。そこの下宿人である孤独な老婦人エンマ・ホガースが、身の危険を窺わせる手紙を地元の警察に送ってきた。当局は半信半疑だが、若手の新任刑事で警察長官の甥「ボニー」ことジミー・ダンディーは関心を抱き、身元を隠したままローズ荘に入居。エンマほか住人たちとの接触を図る。だがボニーが入居するやいなや、その夜にエンマは何者かに絞殺され、あとには彼女のペットの鸚鵡「キャプン」が遺された。老婦人の死を食い止められなかった責任を感じるボニーはそのまま素姓を秘めて捜査を続けるが、やがて事態はさらなる殺人事件へと…。 1930年(1929年説もあり)のアメリカ作品で、ボニーシリーズの第一作(らしい)。 日本では乱歩が「百万長者の死」「エンジェル家の殺人」と同時期に原書で読んで両作と並ぶ良い評価を下したことから、戦後になって創元の世界推理小説全集の一冊として紹介された。 とはいえその後は創元文庫に収録されることもなく、さらに鮎川哲也などは1970年前後の創元推理コーナー(当時の販促パンフ)のエッセイのなかで「凡作」と切って捨てており、ほとんど現在では忘れられた作品。 とまれ筆者的には、実際のところどうなんだろうと気になっていた一冊で、このたび例によって一念発起して読んでみたところ、これが結構楽しめた。 青臭いともいえる若い正義感で事件にあたる主人公ボニーの奮闘が軽本格風の筆致で溌剌と語られ、適宜に広がる物語の起伏の中でローズ荘を主舞台にしながら事件の真相に迫っていく筋運びも小気味好い。犯人の正体や作中の複数のトリックも発表年代を考えれば、なかなか健闘している方だろう。 タイトルロールの鸚鵡(キャプンとは、キャプテンの意味)がいまひとつ活躍しないのはナンだけど、こういうのが近年、論創とかで発掘されたら良い意味での二線級30年代パズラーとして楽しくなってしまいそうである。 webで作者の作品(原書)を探るとボニーシリーズはその後も何冊か書かれたみたいなので、これも例によって論創で今からでも翻訳してくれないかな。 (まあ「おうむの復讐」 のアン・オースチン、60年ぶりの新訳! じゃ、商売 にならないかもしれんけど。) 【2022年6月19日】 nukkamさんが投稿くださった書評、また御教示いただいた情報を参考にさせていただいて、書誌データの箇所などを改訂いたしました。 |
No.185 | 6点 | グレイ・フラノの屍衣- ヘンリー・スレッサー | 2017/08/03 10:22 |
---|---|---|---|
(ネタバレなし)
大手の広告会社ハガティ・テイト・アソシエイト。38歳の代表者補佐役デヴィッド(デイヴ、デイヴィ)・テイトは前線でばりばり職務をこなしていたが、ある日、会社の最大級の顧客であるバーク食品会社の広告ビジュアルについて疑念を抱く。それは自社が同食品会社のイメージキャラクターとして提供した実在の赤ん坊のモデルが、ひそかにすり替わっているのではというものだった。デイヴは社長の姪で同僚の美術監督でもある恋人ジャニイとともに真相に迫るが、その周囲では奇妙な変死事件が 勃発して……。 短編の名手スレッサーのミステリとしての第一長編。 以前に読んだジュリアン・シモンズの『二月三十一日』を想起させるような当時の企業風俗ミステリで、そのためか初読のはずなのに、しょっちゅう既視感を覚えた。 とまれ多数の登場人物のポジションを捌きながら物語を進めていく筆致はなかなか達者で、石川喬司などが当時のミステリマガジンの書評でスレッサーは長編もなかなかイケると語っていたのも思い出す。 最後に明かされる真犯人の意外性も作者は心得ており、全体的には佳作〜秀作といえるのではないか。 |
No.184 | 5点 | 茶色の服の男- アガサ・クリスティー | 2017/08/03 09:39 |
---|---|---|---|
(ネタバレなし)
内容の割に長い……とは思うものの、作家として小説技巧を研鑽していった時期のクリスティーが、こういうものも書きたいと思って綴った のであろう、若き日の愛すべき一冊。 クリスティー文庫版で終盤の493ページ、アンからのレイス(深町真理子訳ではレース)大佐への「あなたなら、これからもきっと素晴らしいお仕事をなさるはずです。洋々たる前途がひらけていると思います。いつかは世界有数の偉人のひとりになるでしょう」の一言がとてもジーンとくる。いやこれって、テレビドラマ版『おれは男だ!』の丹下竜子だな。 のちのクリスティー諸作のリアルタイムでの刊行時、レイス大佐に再会できて、「おお!」と思ったであろう当時のイギリス読者たちの喜んだ様が、少し羨ましい。 |
No.183 | 7点 | ひらいたトランプ- アガサ・クリスティー | 2017/08/03 09:21 |
---|---|---|---|
(ネタバレなし)
当時絶版で品切れだったポケミス版を足繁く探し回った古書店で入手したのが大昔の青春時代。 それでこの作品を愉しむなら、いつかきちんとブリッジのルールやコツを修得してからと思って手をつけずにいたものの、いつしか長い時が経ち、オヤジになったかつての少年ミステリファンは、結局ブリッジも知らぬまま本書をどっかのブックオフで買ったクリスティー文庫版で初めて読むことになりました。ダメじゃん(笑)。ちなみに当時のポケミス版は家のどっかに眠ってるはず。読まなくてゴメンね。 あだしごとはさておき、いやこれは予想以上に面白かったですな。 もともとオールスターものが好きなので、新登場のオリヴァ夫人を加えたクリスティーレギュラー陣4人と、容疑者4人の対峙という絶妙な設定。冒頭のヘイスティングスのコメントも、事件に関われなかった彼のひめた悔しさを語るようでまたニヤリです。 内容的にはクリスティーの優しさと底意地の悪さを実感するような展開も最後まで秀逸。いくつかの面で作者としての異色作? ともいえる部分もありましょうが、クリスティーの器量の広さ深さを改めて思い知らされた一冊。 |