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人並由真さん
平均点: 6.33点 書評数: 2106件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.46 7点 厚かましいアリバイ- C・デイリー・キング 2016/07/06 08:02
(ネタバレなし)
 洪水で混乱する町、ややこしい設計の館での殺人劇、館の亡き主人の遺産の古代エジプトの文化資産、密室、そして主要人物を一覧表で検証する各人のアリバイ……と絢爛たる幕の内弁当のようなクラシックパズラー。
 さらには話に立体的なケレン味を託すためか、ちょっと黎明期ハードボイルド風味での政界の黒幕の顔出し&そのライバルの地方検事とのやりとりなんて糠味噌サービスまで盛り込まれ、とにかく読者を饗応しようとする作者のエンターテイナーぶりに本気で感動した。
 解決が「まぁそっちの方向でのトリックだろうな(でも普通の読者にはわからんよ)」とアレな感じなのは、前作『意外な遺骸』と同様。でもおそらくは、当時の作者が目に付いたか見知ったばかりのネタを、うぉぉおおと猛然と作中に取り込んだような感じが実にほほえましい。(密室の謎の方の真相は、単純にしょぼいけど。)
 個人的には、全体の完成度がどうとか、魅力的な謎の提示に比べてこの解決かぁという、ありきたりの不満はあんまり無い。どんなに勉強してもなかなか優等生になれない学生の、とにかくぎっしりと書き込んだテストの筆述答案が放つようなある種の熱量というか男らしさがこの作品にはある。
 こういうミステリは嫌いになれないよな。

No.45 6点 無実- ジョン・コラピント 2016/07/05 03:20
(ネタバレなし)
 元弁護士ながら十代後半の女性にしか欲望を覚えないという悪癖のため、社会的な立場を失った31歳のラッセル・デゾリット(デズ)は、教師稼業時代の教え子で恋人のクロエ・ドワイトと同棲していた。デズはクロエの亡き母ホリーが、時の人のベストセラー作家であるジャスパー・ウルリクソンと一時期つきあっていた事実に着目。ある奸計を思いついた……。

 450ページ以上の大部をほぼ一気読みさせてしまう、よくできたサスペンス&クライムスリラー。主要登場人物のメンツは少ないが、それぞれの立ち位置が明確かつ役どころをうまく絡ませ合っているため、実際にはシンプルなお話をなかなかの読み応えで楽しませてしまう。
 とはいえいわゆるミステリ的なトキメキは薄く、筆力のある作家が上梓したお楽しみ本…という以上の感興もあんまし湧いてこない。そこが残念といえば残念。
(完全な善人でも悪人でもない何人かのキャラクターは、よく書けているとは思うけれど。)
 キングやクーンツの一流半クラスの長編から、もうちょっと作家の個性や、おのずと筆致ににじんでくるそれぞれの独特のクセを消したらこうなるんじゃないかしら、という感触だった。

No.44 6点 亡者の金- J・S・フレッチャー 2016/07/02 08:38
(ネタバレなし)
 実力派の中年弁護士リンゼーの事務所で事務員として働く「僕」ことヒュー・マネーローズ青年は、幼馴染みのメイシーと2年前に婚約。いつか弁護士になる夢があった。そんななか、自宅を下宿にするヒューの母・マネーローズ夫人と契約した間借り人の老人ギルバースウェイトが、具合が悪いので知人と代りに会ってくれとヒューに頼んだ。大枚の礼金に心動かされて指示された場所に赴くヒューだが、そこには死体が転がり、その直後、ギルバースウェイトは病死する。だがヒューは殺人が起きた現場の周辺で、ある不審な人物を目撃していたのだった。

 1920年とほぼ一世紀前に上梓された、半ば巻き込まれ型のサスペンススリラー。作中で一番のサプライズは現在の読者ならまず事前に見当がつくだろうが、作者も当時からそれだけじゃ作品にならないと分かってたのか、大ネタは半ばでカードを表にひっくり返し、あとは小技のツイストの連続で攻めてくる。その辺はさすがにこの手のクラシックミステリの大御所という感じで、今の眼で読んでもなかなか楽しめる。
 
 まぁ一部、あとあとでそういう展開にするんなら、先にもうちょっと伏線を張っておいてよ、というところもないわけじゃないんだけど。
(あと物語のほぼ全編は、のちのちの時制からの回想形式で語られるのだが、事件時に<2年前に19歳で婚約した>と言っているヒュー~つまり当時21歳が<もう5年も弁護士事務所で経理を全部任されている~P96>というのはあまりにヘン。お前は昭和の中卒就職者の金のタマゴか!)

 それでも最後の最後まで広義のフーダニットの謎を持ち込み、読者の求心力を煽るあたりなるほど上手いねぇ、とは思う。その真相と決着の付け方も、あぁそう来るかとちょっと感心させられた。
 評点は7点にかなり近い6点ということで。フレッチャーはほかにも掴みの面白い作品とかあるなら、もっと紹介してもらいたい。
 あと巻末の横井氏の解説も今回はなかなか。小栗虫太郎のフレッチャー評なんかよく見つけてきたと思う(それとも割合知られているものなのだろうか)。フレッチャーの作風の現代視点での観測なんかも興味深い。

No.43 8点 現代詩人探偵- 紅玉いづき 2016/07/02 03:55
(ネタバレなし)
 プロの文筆家やアマチュアで構成される「現代詩人卵の会」。昔日の会合から10年の時を経った。現在も詩の創作に葛藤している「僕」は会のメンバー9人のうち4人が自殺したらしいと今も健在な会のメンバーから聞かされた。かつての自作の詩に由来して「探偵」との呼称を授かった僕は、他界したメンバーの死の状況をひとつずつ確かめて回るが…。

 ラノベ分野を主体に活躍、すでに相応の実績のある作者らしいが、筆者は本書が初めての出会い。 
 詩の創作で食ってはいけない、でもある種の人間にとってはそれでも書かずにいられないんだ、という世智辛く切なくそして真摯なテーマを物語のすぐ脇に置きながら、話そのものは良い意味で昭和の青春ハードボイルド風に展開。
 短編連作を積み重ねていくような長編の構成ぶりも、ミステリでの捜査・調査というものを主題にしたメタ的な趣を強く打ち出していていく。なかなか味があるねぇ…と思いながら読んでいたら……!
 んー、これもあんまり書かない方がいいね。××××のジグソーが終盤でいったんバラバラになり、同時にきれいにハマっていく良く出来たミステリならではの快感がある。いまのところの今年の国産マイベストワン。

No.42 5点 先生、大事なものが盗まれました- 北山猛邦 2016/07/01 15:23
(ネタバレなし)
 島民が約4万人の島・凪島。そこに三つある高校の一つ・灯台守高校の新入生「わたし」こと神灯雪子は入学式の朝、遅刻しかけたところをひとりの青年に救われる。彼の名はヨサリメグル。雪子とヨサリが運命的な出会いをするのと前後して、彼女は島で20年前から伝説となっていた謎の怪盗・フェレスの情報に触れた。超常的な盗みの能力を持ち、何かを盗んだのは確かだが、その盗んだ標的の正体を気づかせない盗賊の出現に際し、雪子は幼馴染みである2人の男子、「探偵高校」こと美盾高校の学生・千歳圭、「怪盗高校」こと黒印高校の在校生・小舟獅子丸と連携を取るが。

 若者向けキャラクターもの新作書下ろしミステリの叢書「タイガ文庫」の一冊で、おなじみ北山先生の新シリーズ。ラノベ風のケレン味豊かな設定の中に非日常的な物語要素を導入したやや変化球の謎解き青春ミステリ連作で、今回は全3本の中編を収録。

「何を盗んだかわからない怪盗」という謳い文句から事前には、アシモフのブラックウィドワーズクラブかホックの怪盗ニック、それぞれのシリーズでの某初期編みたいな内容を想起したが、実際の本作はもっとぶっとんだ、良く言えば自在な、悪く言えば「なんでもありすぎる」中身のものだった。
 その設定にとりあえず付き合うなら、それぞれの3編、それなりにバラエティ感があってまぁまぁ面白く、特に2話の作中人物と読者が「何を盗まれたか」を探り合う内容は今後のこのシリーズのスタンダードっぽい感じだ(ちょっとフレドリック・ブラウンの某作品を思わせる部分もある~こういっても絶対にネタバレにならないだろうし、双方読んでる人には筆者の言いたいことが何となく通じてもらえると思うけれど)。

 ちなみにまだまだ今回の一冊のみでは特殊な物語の場の舞台設定も多彩な文芸の登場人物たちも使い切っていない感は強いので、今後に期待。本数が増えていけば秀作が飛び出してくる可能性はあるシリーズかとも思える。 

No.41 5点 屋上の道化たち- 島田荘司 2016/07/01 03:41
(ネタバレなし)
 およそありえない連続怪死事件(自殺? 殺人? 事故死?)という魅力的な謎を提示。やがて種々の多様な伏線の果てに、バカミス的な大技で真相を豪快に割り切ってしまう流れは、なかなか好ましい(まぁ短編ネタのトリックを、むりやり長編化しているという批判もうなずけないでもないのだが)。

 しかし一方、本作の主要登場人物と言えるメインゲストキャラ複数の叙述があまりにくどく、その割には該当の連中にほとんど感情移入の類もできない。そういう部分で、一冊の作品としての評価が下がってしまうのも正直なところ。
 まぁ作者がそういった種類の作劇に込めた狙いは<最後にキーパーソンとして浮上してくるある劇中人物>にも、きっとメインキャラの彼らと似たようなシンドく生臭い事情があったんですよ、と暗に感じさせるためなのだとは思うんだけれど。

 ところで本書は、タイトルロールにある「道化」のキーワードがあまり意味を持ってないよね? なんか計算違いがあったんでしょうか。  

 新人か、まだ新鋭と呼べる領域の作家がこれを書いていたのなら、評価はもう1点上がるんだけれど、ベテランなら、まぁ良くも悪くも期待の範疇・・・ということでこの評点。 

No.40 6点 女學生奇譚- 川瀬七緒 2016/06/30 03:09
(ネタバレなし)
 34歳のフリーライター・八坂駿は、都市伝説ものを看板とする弱小出版社の編集長・火野正夫から次の仕事の相談を受ける。それは、読んだ人が破滅するという主旨の紙片が挟まれた一冊の古びた書籍「女學生奇譚」の呪いについて、その真偽を確かめるものだった。相棒である27歳の体育会系女性カメラマン・篠宮由香里とともに依頼を受けた八坂は、本の所有者だったが行方を断ったという青年の妹・竹里あやめに対面。あやめを含めた3人はそのまま書籍にまつわる怪異の謎に踏み込んでいくが、やがて浮かび上がるのは書物の内容に呼応した昔日の戦慄の事実だった…。

 書籍「女學生奇譚」の本文を随所に織り込みながら、現実の主人公トリオの動向を叙述。手慣れた筆致でリーダビリティは申し分ないが、物語後半に明かされる大ネタのひとつは、多分大方の読者には察しがつくだろう。
 たださすがにそれだけじゃ21世紀の新作ミステリにはならないとして、終盤にさらに複数の仕掛けを設けてあるのは一応の評価の対象。一息に楽しめる、変化球系の佳作。

No.39 7点 僕のアバターが斬殺(や)ったのか- 松本英哉 2016/06/30 02:27
(ネタバレなし)
 仮想世界と現実空間がリンクするアプリゲーム「ジロウパ」。そこにアバター「クロム」として参加する高校生アキラこと日向明は、ある日とある過去の因縁からゲーム内で口論となった別のアバター「セルパン」を、正当防衛のような流れで倒してしまう。だがそのゲーム内の戦いの場とリンクする現実の空間で、セルパンの実体と思われる死体が見つかった! しかも現場は密室? 仮想世界「ジロウパ」のゲーム内の行動が現実に影響したのか!? アキラは同じ学校に在籍する高校生名探偵として名を馳せる美少年・御影雫に、事件の真相究明のための協力を求める。

 第8回ばらのまち福山ミステリー文学新人賞優秀作。
 もはや珍しくも無くなった電脳世界ものの犯人捜しパズラーだが、ゲーム側から現実への事象の投影の流れはちょっと面白いかも。文体はほとんどラノベのように平明、しかも登場人物も本当に衒いのない筆致で描かれる。良くも悪くもこってりした作品が少なくない昨今の国産ミステリシーンにあっては、逆にそこらへんが良い意味でフツーで好ましかった。
 密室や犯人捜しの謎は小味な創意を組み合わせた感じでそれほどのインパクトはないが、ミステリとしてのパーツは総じて丁寧にまとめあげられている(個人的には、最後に明かされる、ある犯行場面のビジュアルイメージが印象に残る)。
 ただし作中での登場人物の配置や役回りの割り当てを読み取っていくと、真犯人は途中でおおむね推察がつくだろうし、実際に自分もそれで当てた。
 とまれ今後シリーズキャラクターとして活躍するであろう御影の肖像(過去の事件簿の存在など)もラノベかコミック風に入念に描き込まれているし、そういう直球的な作風もなかなか微笑ましい。
 主人公のアキラが思いのほか等身大の高校生キャラクターなのもいいし(警察沙汰になって心配する両親にきちんと罪悪感を覚える)、評点はメインヒロインの漫画チックな可愛らしさも踏まえて1点おまけ。

No.38 6点 放課後スプリング・トレイン- 吉野泉 2016/06/28 15:12
(ネタバレなし)
 福岡の女子高校生「私」こと吉野は、親友の朝名から年上の彼氏・上原先生を紹介され、さらにその友人で大食漢のハンサム・大学院生の飛本とも知り合う。やがて私は母校の周辺でさまざまな謎や疑問に遭遇するが、そんな私に絶妙なアドバイスを授けるのは、年上のボーイフレンドとなった好青年の飛本だった。

 4編の連作中編を収録する、作者の初の著作。内容は「日常の謎」系のスタンダードのような結構だが、登場人物・ストーリーテリングともにかなりレベルは高い。第1話の電車の中での奇妙な女性の謎のエピソードから、藤子・F・不二雄先生の『エスパー魔美』の出来の良い回に通じる絶妙な掴みと完成度を感じさせる。

 4編全部が「色彩」というモチーフを通じて一貫性が図られる端正さも良いが、この作者の最強の武器はその文章の滑らかさと情景や心象の叙述力だろう。別の地方在住の筆者にとって福岡はまだ未踏の場だが、快感ともいえるテンポと疑似的な臨場感で、物語の舞台となる市街や学び舎の情景が頭の中に広がっていく。そのレベルは後期の熟成した清張の筆力にも通じるかと思えた。
 
 なお謎の中身はこういう路線ものゆえ、あまり鬼面人を嚇すようなものはないが、全4話という分母を考えるならほどよいバラエティ感に富んでいて、その辺も良い。4編どれもなかなかの出来だったが、個人的には学園祭での舞台劇の衣装の消失の謎を主題にした第2話がベスト。解決はホックのシリーズものにありそうな感じで、真相に至るまでの細部にもニヤリとさせられる。

No.37 3点 たまらなくグッドバイ- 大津光央 2016/06/28 14:49
(ネタバレなし)
 下手投げサブマリンタイプの投手として活躍しながらも、八百長疑惑のなかで逆境に転落。1988年に34歳の若さで他界したプロ野球選手K・M。彼と懇意だった作家・芹澤真一郎の遺志を継ぐ立場となった34歳の文筆家「あたし」は、21世紀の現在、K・Mの生前の軌跡を改めて追うが…。

 2016年第14回『このミステリーがすごい!』大賞優秀賞受賞作。
 時勢のザッピング、視点の転換と多様な交錯…正直言って非常に読みづらい。メモを取りながら読み進めつつも、何度も読了を断念しかけた。こんなことはこの数年、数百冊のミステリを読んでいてそうあることではない。

 それでもこのややこしい構造や仕様には何らかのミステリ的な仕掛けがあるんだろうと思いきや、この叙述形式そのものには、その手のギミックは希薄で終わる。

 なお第4章で唐突に国産作家Yとかが大昔から使っていたあの手が使われるが、散発的でここでこの小技を繰り出す必然も意義も見えない。大筋の組み立てと最後に明らかになる意外な人間関係の真相くらいはさすがに当初から構想があったとは思うが、かなりの部分がノープランで書かれたんじゃないかという印象すら受けた。 

No.36 5点 301号室の聖者- 織守きょうや 2016/06/25 04:58
(ネタバレなし)
 新進弁護士の木村は、医療過誤にからむ案件で依頼主の笹川病院を訪ねる。同病院で木村は、東棟301号室の病室で数ヶ月に及ぶ闘病生活を送る中学生の少女・早川由紀乃と知り合った。由紀乃の独特の雰囲気に心を動かされていく木村だが、彼は笹川病院でさらに多様な入院患者や見舞客に出会う。やがて木村は、西棟の方の病室301号室で、不審な死亡が相次いでいることを意識する…。

 昨年の新刊で作者の初の著書『黒野葉月は鳥籠で眠らない』に続く、木村弁護士と彼の先輩である高塚弁護士が主役の新作。シリーズ2冊目は初の長編となった。ただし活字は大きくページは少ない(220ページ強)のでそれほど時間はかからずに読めてしまう。
 それで前作『黒野葉月』の時も思ったことだが、現役の弁護士でもある作者はさすがに興味深い法律関係のネタは用意してある。今回もその手の趣向は複数にわたって盛り込まれ、へぇそういうもんですか、面白い(あるいは悲しい、切ない、または恐ろしい)と、シロートのこちらは感嘆することしきり。
 ただまぁそれがいまひとつ<ミステリとしての妙味・鮮やかさ>につながらないのは、持ち出してきた法律ネタをそのまま原液の形で出し過ぎてる印象があるからで。悪く言えばこの人の作品は、読んでもミステリらしいトキメキは希薄で、法律面のトリヴィアが増えていくだけじゃないかと。
 これは、最後の真相を見極めた際の木村のリアクションが総じてフツーなのも影響してるような。実質的な探偵役は兄貴分の高塚であるにしても、木村が読者の目線そのままに驚くだけの役回りっていうのもなんだかなぁ、である。一部のミステリファンには前作『黒野葉月』の評価は高いようだったが、自分の採点がやや低めだったのは同じ理由だ。
 繰り返すけどネタそのものはさすがプロ弁護士の先生らしくそそられるものもあるので、仕上がりの演出がもっと上手くなればさらに面白くなっていくんじゃないかな、とも実感。

No.35 6点 銀髪少女は音を視る- 天祢涼 2016/06/25 04:25
(ネタバレなし)
 X県警の塩原署にひそかに開設された捜査本部。それは警察に挑戦する謎の犯罪者「ジェネシス」に対して設置された場だった。ジェネシスのため犠牲になった元女性捜査官・小野寺を「おばちゃん」と呼んで慕っていた若手巡査・道明寺一路。そんな彼の前に現れたのは、銀髪の超美少女・音宮美夜。彼女こそは警察の上層部がひそかに高い評価を傾ける共感覚の名探偵「ニュクス」だった。だがそんなニュクスに挑戦するジェネシスの計画は次の段階に進み…。

 待望の「キョウカンカク」の美少女探偵・音宮美夜の5年ぶりの復活、シリーズ3作目の登場である! あぁ嬉しい(と言いつつ、シリーズ第2作『闇ツキチルドレン』はある理由から、あえて手も触れず読んでもいないんだけど~笑~)。
 それで内容は『キョウカンカク』以上に、犯人捜しというより「名探偵対怪人」路線の方に針が振れており、なんか乱歩の通俗長編『蜘蛛男』とかP・マクドナルドの『ゲスリン最後の事件』みたい。
 いや、ちゃんとフーダニット、ホワイダニットの興味は十全に抑えてはあるんだけど、叢書レーベルが変わったせいかフツーのラノベなみのリーダビリティと紙幅のボリュームの軽さ(活字が大きめで約250ページの文庫)ということもあって、あっという間に読み終えてしまう。
 名探偵としての美夜のキャラクターの個性&特性(音感を視覚に変換する共感覚)から、そんな彼女の扱う事件簿がある程度特化したものになっていくのは仕方がないんだけれど、少なくとも『キョウカンカク』を読んだ時には、もっともっと変化球パズラーとしての今後の可能性を感じたんだけどね。
 今回の新作を読むと、良くも悪くも意識的にシリーズ化への欲が出た感じで、内容の方もキャラクターとビジュアルイメージ、物語の躍動感を重視した、ワンクールものの深夜アニメの原作用みたいではある。
 まぁ実際、映像化したらそれなりに面白くなりそうではあるが、単体の作品としての『キョウカンカク』とは、別の方向に行きつつある感触。

No.34 7点 ブラッド・アンド・チョコレート- 菅原和也 2016/06/25 03:56
(ネタバレなし)
 19歳のフリーター「ぼく」は、自称ジャーナリスト=26歳の従兄・ダイ兄ちゃんとともに、山間の施設を訪れる。そこは超能力の実在を信じて研究を進める集団「知性の窓」の拠点だった。そしてそこにいるのは、「ぼく」の幼なじみだった少女・未来。現在の彼女は「知性の窓」の中核的な立場にあった。「ぼく」はそんな彼女との再会を求めて従兄とともに現地に来たのだが、そこで待っていたのは、凄惨な殺人現場だった・・・。

 ほぼ隔離された超能力研究施設で起こる、殺人事件。作中の人物にとってはある意味で明確な事態なのだが、「ぼく」はさる事情から、さらに事件に踏み込み、関係者の前で納得のゆく真相を明らかにしなければならない…。「ぼく」が相棒の従兄・ダイ兄ちゃんとともに関係者の証言を聞き回っていくと、次々と事件の真相についての新たな仮説が浮かび上がっていく。そんな流れも含めてなかなか丁寧なパズラー、ちゃんと超能力にからむ設定も活かしてある…と思いつつ読み進めて行くと…。
 うーん、これ以上はあまり書かない方がいいね。ムニャムニャ。
 謎解きの興味に加えて、(中略)な青春小説としても印象に残ったとだけ言っておく。今のところ今年の国産ミステリの新刊の中では、個人的に上位の方。

No.33 5点 残照 アリスの国の墓誌- 辻真先 2016/06/22 02:11
(ネタバレなし)
 無数の文筆家や映像作家、漫画家、編集者そのほかが集まり、時には不可解な殺人の謎について推理をめぐらした新宿のバー「蟻巣」。その閉店の日、店の主人と常連客たちは、ある話題に興じる。それはかつてその店の常連で今は他界した漫画家・那珂一平の半生に時をおいて生じた、2つの怪異な殺人事件に関するものだった。

 作者の代表作の一つとなった『アリスの国の殺人』に始まるバー・蟻巣を舞台とする路線の最終作で、同時に作者のほかの路線のシリーズキャラクターが参集してくる半ばオールスターもの。高齢で今年84歳になる作者は、これまで自分が読み手として遭遇した物語の多くが未完に終わったのを悼み、本書をもって、一つのミステリの世界観を自分の生前に決着させたという。

 劇中で語られるのは、終戦直後に起きた<旧家の二階の部屋で、老婆がいきなり大きな墓石に圧殺される怪事件>と、それから約二十年後に起きた<密室の中での奇妙な無理心中事件>の2つ。ケレン味豊かでトリッキィな不可能犯罪としては前者の方が興味深いが、真相の大枠(特に墓石のメイントリック)はすぐ読めてしまう。その意味では、二段構えでホワイダニットの謎を秘めた後者の事件の方が面白いだろう。

 ちなみに本書の別の部分の妙味は、老境に入った劇中人物たちが回想する昭和の漫画やアニメについての見識で、このへんは作者が書き残しておきたいという積極的な熱意が感じられて胸を打たれた。特に後半で言及される藤子・F・不二雄の某SF短編については、世評の高さの割に個人的には昔から今ひとつ、同じシリーズの中にもっといい短編はいっぱいあるよ、と思っていたが、実際に戦中派だった作者の解題(劇中人物の口を借りて語られる)を聞いて、改めて感じるものも多かった。まちがいなく辻先生は人生の最後まで、理不尽な現実の戦争への憎しみと嫌悪を忘れないだろう。

No.32 7点 武蔵野アンダーワールド・セブン ー意地悪な幽霊ー- 長沢樹 2016/06/22 01:27
(ネタバレなし)
現実とは異なる歴史を歩んだもう一つの日本。東創女子大の一角にある施設「13シアター」の周辺では、何年もの間、階段や高所からの不可解な転落事故が多発。そこにいる者にあだなす「意地悪な幽霊」の都市伝説が囁かれていた。やがてシアターを利用する学内の演劇表現サークル「ビッチ・バッコス」の中から新たな被害者が生じて……。

 2年前に書かれた長編『武蔵野アンダーワールド・セブンー多重迷宮』と同一の世界観での新作。ただし物語の設定は前作の2年前に戻り、それ自体はいいのだが、劇中の時間軸を意識して万が一こちらから先に読むと、大変なことになる(『多重迷宮』の方の大ネタがこっちでいきなり明かされるので)。したがって本シリーズに興味のある人は、必ず刊行順に読むことをお勧めする。

 さて内容だが、歳月を置いて頻発する謎の転落事件~やがて殺人に…という流れは、まるでカーの『連続殺人事件』プラス『赤後家の殺人』という感じで、提出される謎のケレン味も豊か。世界観や登場人物の設定こそアクの強い作品ではあるのだが、ミステリ的な興味を絞り込んでいくならば、存外に芯の通ったフーダニットとハウダニット、そしてホワイダニットの妙味が語られている。

 小説としてもなんとなく一本調子の展開になりかけたところで、序盤では単なる脇役かと思っていたサブキャラクターが物語の前に出てきて弾みをつける。読者の興味を下げないようにするストーリーテリングの緩急の付け方は、なかなかうまい感じだ。

 なお終盤に判明する真相は、昭和の某・名作特撮番組の世界に行ってしまったという印象だが、これは決して悪口ではない。むしろ、ああ、こういう発想もアリだな、と特に殺人トリックの大ネタの中身に感心した。終盤まで読者の意識のスキを狙って忍ばせておいた仕掛けも、個人的には良く出来ていると思う。
 また本作は、角度を変えて接するとちょっと切ない青春小説の趣もあり、これは手数の多さで楽しめた一冊という感じだ。
(あと、まったく余談だけどこの作者には『リップステイン』の続編の方も、ぜひとも早めにお願いしたいです。)

No.31 7点 緯度殺人事件- ルーファス・キング 2016/06/19 04:16
(ネタバレなし)
 今回の完訳・新訳版で初読。

 洋上のクローズドサークルものという大枠の中で、素性を読者に明かさないまま殺人劇を繰り返す犯人の描き方、少しずつ語られていく登場人物の前身への興味の盛り上げ方…など、ストーリーの進め方も好テンポな犯人捜しパズラーで、これはなかなか良い。特に探偵役のヴァルクール警部補が船上の客たちに順番に証言を求めると、それぞれの関係者の証言がまた次の人物にリンクしていくあたりの話の流し方など職人作家的な意味での作者のうまさを感じる。

 最後の真相はやや力技だが意外性は十分に合格点で、ヴァルクールから犯人へのある手際などにもニヤリとさせられる。それと大事なのは、舞台装置である洋上を航行する客船をちゃんとエンターテインメントとしての大道具に使っていることで、このへんの娯楽ミステリとしての上手さは好印象。ヴァルクールも特にプライベートな肖像など語られているわけでもない普通の警察官探偵なんだけど、丁寧で泰然とした捜査ぶりは地味に魅力的。ルーファス・キングはもっと紹介してもらいたい。

No.30 7点 鷲見ヶ原うぐいすの論証- 久住四季 2016/06/18 02:31
(ネタバレなし)
 ゆえあって、天才数学者・霧生賽馬の住居「麒麟館」に赴いた男子高校生の麻生丹譲とその学友の少女・鷲見ヶ原うぐいす。そこで彼らは、賽馬のある思惑のもとに参集した数名の若き女性たちと出会う。当の賽馬はとある目的のために、若者たちに「ゲーム」で挑戦しようとするが、その夜、館全体が密室となったクローズド・サークルの中で、首なし死体が見つかった! 悪魔の実在不在について自論を語るうぐいすやほかの女子とともに、譲は事件の謎を探るが…。

 2015年の『星読島に星は流れた』で、大人向けミステリ分野に進出した作者が、先だって2009年に著したラノベ仕様のミステリ。
 とまれ本書の内容そのものは「悪魔の証明」や「ゲーデルの不完全性定理」などの衒学ぶりを装いながら、割合にきちんとした? 犯人捜しミステリになっている。
 特に中盤、「絶対に嘘が見破られる」フィクション上の設定を導入したのち、クローズドサークル内に容疑者が存在しうるはずがないという状況を詰めていくあたりのケレン味はゾクゾクする。
 最終的な事件の真相はややしょぼいし、伏線なども薄弱だが、この世界観と設定を機能させていてそこらへんはマル。
 昔の作品で言うと都筑道夫の『最長不倒距離』みたいな感じかねぇ。最後の真相が明かされる手前まで~読んでいる間はかなりワクワクで、ラストはちょっと物足りないものの、全体のプラスマイナスの評価としてはなかなか…という感触の一冊。

No.29 4点 ウィルソン警視の休日- G・D・H&M・I・コール 2016/06/18 02:01
(ネタバレなし)
 一編一編から興味のポイントを探ればそれぞれ、それなりに面白い部分もある(足跡の謎、不可思議な発砲事件、地上から消えた人物の行方…などなど)が、登場人物の描写、会話偏重の話作りなどなど、全体にストーリーテリングがヘタ。クラシックミステリ連作としては、正直キツイ部類の一冊だった。

 実は『国際的社会主義者』の人を食った真相なんか割と好みなんだけど、演出の悪さで損してる、という感じ。記憶に刻まれる部分だけあとあと思い返せば、そこそこ悪くなかった連作短編集といった印象が残りそうな作品集ではあっただが、実際に読むと結構シンドくて、疲れているときにページをめくると瞼が重くなってくる。

 いやミステリとしては、たしかにところどころ、宝石の原石的な魅力はあるんだけどね。『オクスフォードのミステリー』なんかも、こういうアイデアにマジメに取り組もうとしたところなんかは、悪くはなかったんだけど。

No.28 5点 自殺予定日- 秋吉理香子 2016/06/15 01:53
(ネタバレなし)
 冴えない容姿で不器用な言動の女子高校生・渡辺瑠璃は、若くて美しい継母のれい子が実業家の父・早那夫を病死に見せかけて殺害したのでは、との疑惑を抱く。だが確たる証拠を得られない瑠璃は、己の自殺という現実をもってれい子を社会的に逆境に追いやろうとする。自殺の名所として有名な山村・佐賀美野村を死に場所に選んだ彼女だが、そこで出会ったのは端正な顔立ちの幽霊少年・椎名裕章だった。瑠璃の自殺を止めた裕章は彼女の事情を聞き、一週間後の瑠璃の「自殺予定日」までの保留期間、ともに事件の真相を探求しようと申し出る。

 近作『放課後に死者は戻る』(大傑作!)、『聖母』(優秀作~傑作)と連続ホームランを打った(私見だが)作者の、今年2016年の新刊。
 ただまぁ今回は狙いすぎた主人公の文芸・性格設定、そして何よりこの作者なら…という先読みも悪い方に機能して、物語全体の仕掛けが早々とわかりすぎる。この感想サイトに参加するようなファンなら、気づかない人はまずいないだろうね。
(そう考えると、わたし××トリックを今回も使います、と言いながら、毎回それなりのものを読ませる折原一先生はホントーにスゴイ人ではあるな。)

 とまれ仕掛けに関してはムニャムニャ……的な工夫もあるし、一応の質的担保は果たしてくれていたのは救い。あと青春ドラマとして一定以上の情感を与えてくれたのも、本書の得点ではある(それでも『放課後~』の厳しい苦さ・切なさとあいまぜになった最後の強烈な人間賛歌の温かみに比べると、今回は全体的にうまく行きすぎるなぁ、という感触もあるのだが…まぁいいや。)
 まぁたまには、さすがのリカボンにもこのレベルのもあるよね、ということで。次回はまた期待している。

No.27 5点 愚者たちの棺- コリン・ワトスン 2016/06/14 14:19
(ネタバレなし)
 イギリスの地方で起こる変死、それが連続殺人の疑いに繋がる。さらには何やら町のなかで複数の人物が関わる秘密の匂いが…というそこに何が起きてるのかというホワットダニットの興味まで喚起してなかなか面白そうな(はずの)趣向を用意。

 ただそれが英国流のドライユーモアの中で語られ、ケレン味を相殺させている印象も強い。オカルト好きの家政婦ミセス・プールが物語の後半になって「××を見た」と言い出すあたりなんか、最後まで読むとなかなか楽しい伏線になっているんだけど、ほかの登場人物のリアクションも薄いから盛り上がらないわ。まぁこれは、羊飼いの狼少年的な演出の中に伏線を隠そうとする狙いだったとも、推し量りますが。

 最後の真犯人の意外性はなかなか良かったが、一方でその手前で判明する町の連中による秘密の方が存外に大したことなかったのはちょっと残念。こちらはポーターの『切断』とかケンリックの『殺人はリビエラで』みたいな<何かしらのもの>を予期していたので。まぁ1950年代、大戦後の経済的復興も進み、世の中に余裕が出来てきた本書の刊行時期には、比較的リアリティ(というかアクチュアリティ)のあったネタだったとは思うんだけれど。

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人並由真さん
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以前は別のミステリ書評サイト「ミステリタウン」さんに参加させていただいておりました。(旧ペンネームは古畑弘三です。)改めまして本サイトでは、どうぞよろしくお願いいたします。基本的にはリアルタイムで読んだ...
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