皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
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人並由真さん |
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平均点: 6.34点 | 書評数: 2190件 |
No.130 | 5点 | 白バイガール- 佐藤青南 | 2017/02/21 10:54 |
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(ネタバレなし)
島根県出身の本田木乃美は、少女時代に見た箱根駅伝を先導する白バイの凛々しさに魅せられて白バイ警官になった、23歳の娘。神奈川県警に入庁した彼女は交番勤務を経て、ようやく待望の第一交通機動隊のA分隊に配属された。だが白バイに本気で憧れるものの運転技術は今ひとつで、ノルマとして違反者のキップを切り、ドライバーたちに憎まれる日々の仕事も辛かった。そんな木乃美を、入庁では後輩だが同性の白バイ警官としては先輩の同僚・川崎潤が冷ややかに見つめる。一方、県内では、不審な強盗事件が続発していた。 文庫書下ろしの2016年の新作長篇。amazonのレビューで書評数を集めながら総じてなかなか評価がよく、さらに内容紹介の惹句にも「隊員同志の友情、迫力満点の追走劇、加速度的に深まる謎、三拍子揃った青春お仕事小説の誕生!」とあるので読んでみた。 感想は、良い意味でフツーのキャラクターものの警察小説。ストーリーの展開はなめらかで、木乃美と潤の関係の変遷もお約束の感じながら、それを踏まえた上で登場人物たちはおおむねくっきり描けている(木乃美の仲間のA分隊の面々もさながら、木乃美と警察学校の同期の巨漢刑事で、あくまで彼女には異性の友人として接する坂巻透のキャラが結構いい)。 まったく読んだことはないからあまり無責任なことを言っちゃいけないんだけど、昭和の春陽堂文庫の非ミステリの大衆小説路線のよくできたものって、こんな感じかな、というイメージである。 クライマックスの疾走感もなかなか、最後のクロージングも温かい王道で、数時間楽しめるエンターテインメントにはなってるんじゃないかと。 (とはいえ売りの三つのポイントのうち「加速度的に深まる謎」というのはそんなに大したものでなく、純粋にミステリとして読むとアレではあろう。悪役キャラの意外性も予想の範疇だし。まあ、そのいやらしい憎たらしい書き方は良かったが)。 なお中盤でいかにもそれっぽく出てくるキャラは、作者の別シリーズ「女性消防士・高柳蘭」の主人公とその相棒なんだな。なんか春日光弘の初期作『I LOVE あやめ』に顔を出すダーティ・リョーコみたいだった(と言っても何人わかるか知らんが~笑~)。 最後に。319ページ、潤の運転するバイクにタンデムで木乃美が搭乗する場面があり、そこで「(潤が)木乃美の腰をしっかりと抱き締める」とあるが、これじゃバイクがこけちゃうよね。再版の際には「木乃美が(潤の)腰をしっかりと抱き締める」か、あるいは「(木乃美が)潤の腰をしっかりと抱き締める」に、しっかりと直しておいてください。 |
No.129 | 6点 | 誰もがポオを読んでいた- アメリア・レイノルズ・ロング | 2017/02/20 15:57 |
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(ネタバレなし)
1940年代のペンシルバニア州。地元のフィラデルフィア大学の大学院に通う「ピーター」こと「私」=キャサリン・パイパーは学生ながらミステリ作家でもあり、すでにいくつかの現実の事件にも携わっていた。E・A・ポオの愛読者でもあるピーターは、ポオ研究家として高名なパトリック・ルアク教授の講義を受けるが、そんななか、先だって大学が購入したポオの直筆原稿が偽物ではないかという噂が流れる。さらにそれと前後してポオの短編『アモンティラードの酒樽』を想起させる状況で殺人が発生。やがて事件は、ポオの諸作に見立てた怪異な連続殺人劇に発展していく。 amazonの分類では2017年刊行扱いだが、実際には2016年の歳末に書店に並んだ、同年の論創海外クラシック路線をシメる一冊。 まあ<ポオ作品に見立てた連続殺人>というケレン味自体はとても素敵なものの、解説にもある通り登場人物がそろって無個性なキャラクターなので、せっかくのこの趣向が、次に殺される者は? 肝心の真犯人は? などのゾクゾク味にあまり繋がっていない感じもして、そこは残念。ルアク教授とライバル格っぽい、ポオが嫌いなもうひとりの文学教授オストランダー先生なんか描きようによっては、もっともっと美味しいキャラになったんじゃないかと思うんだけど。 連続殺人が続いて無事な関係者が減っていき、推理が循環する結果、犯人の意外性がどうしても生じにくくなってるのも弱点。それでも見立て連続殺人の進行を意識した劇中人物が、次はどのポオ作品に由来する殺人が起こるかと前もって考えるあたりなど、ちょっとだけブラックな愉快さも感じさせる(笑)。 とまれ真相の説明で特に心の琴線に響いたの、はさりげなく? 張ってあったいくつかの伏線で、その中には、ああ、なるほどと感心したものもちらほら。そういう部分はE・D・ホックの短編みたいで、確かによく出来ている。 総体的には、nukkamさんのおっしゃるとおり、とても端正な連続殺人劇の謎解きパズラーが楽しめた。このレベルなら1~2年に1冊ずつくらいは紹介してほしい気もするので、今後も邦訳をお願いします。 |
No.128 | 6点 | 裏切りの晩餐- オレン・スタインハウアー | 2017/02/18 11:53 |
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2012年のカリフォルニア。以前にCIAウィーン支局の辣腕エージェントだったシーリア・ハリソンは現在は引退し、二児の母となっていた。そこにかつての同僚で恋人でもあったCIA局員ヘンリー・ぺラムが現れ、彼女を夕飯に誘う。やがてヘンリーの話題は、かつて2006年にウィーン国際空港で生じた、ウィーン支局にとっても痛恨の惨劇であった、ハイジャック事件に及んでいく…。
久々に現代のエスピオナージュを読みたくなって、手に取った一冊。作者スタインハウアーはすでに連作スパイ小説「ツーリスト」シリーズ(ハヤカワNV文庫)などでの邦訳もあるようだが、自分は今回が初めての出会いだった。ちなみに本書はノンシリーズの単発編。 2006年のウィーン空港で起きた、中東系のテロリスト一味によるハイジャック事件。そこで結果的に百人以上の被害が生じた現実が語られたのち、細かい部分で、そして表面的な事態の裏で、何があったのか? のホワットダニットの興味に物語はなだれ込んで行く。 リアルタイムではわずか数時間の、一場面ものの舞台劇的な物語。しかし二人の主人公ヘンリーとシーリアが章ごとに語り手として交代する内容は、事件以前の、さらにはつい最近の時制の、さまざまな回想へと自在に及び、ストーリーの枠組みを広げていく。 読み終えて見ると存外シンプルな物語という印象もあるが、裏の世界に生きる者のしたたかさと切なさ、個人と組織の相関(本書の場合は組織というより、惨劇となった事態の方か)などはしっかり語られており、小味ながらちょっと心に残るエスピオナージュの佳作~秀作には出会えたという気分。 一カ所だけ不満は、本書の序盤である作中人物にレイ・デントンなど古くてわかりやすいという、それは違うでしょ、という主旨の感想を言わせていることかな(苦笑)。いやまあ、ある種の諧謔かもしれないけれど。 |
No.127 | 6点 | ネロ・ウルフの事件簿 アーチー・グッドウィン少佐編- レックス・スタウト | 2017/02/17 14:34 |
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(ネタバレなし)
ネロ・ウルフものの、第二次世界大戦中の期間に生じた4つの事件をまとめた中編集。一本一本がほぼ100ページ前後と綺麗な紙幅で配列されている。書名は、おなじみの「ぼく」ことアーチー・グッドウィンが徴兵されて軍人となった時期の事件という意味。実際に全4編のうち最初の3編ではアーチーが、ワシントンとウルフ探偵事務所のあるニューヨークを何度も往復。政府からの<高名な名探偵の協力を仰げ>という指示を、当人と縁故の深い軍人という立場で承っている(なお第4話のみアーチー=少佐の設定は希薄だが、食料統制のなかで食材の肉を渇望するウルフの図など、いかにもこの時代ならではの描写が見られる)。 日本にも熱心な読者の少なくないウルフ&アーチーものだが、筆者はそれなり程度のファン(邦訳された長編はほぼ持っているはずだが、まだまだ未読も多い)で、どちらかというとこのシリーズは、長編より日本版EQMMやHMMとかに訳載された中短編の方が好み(あえて自己分析するなら、アーチーのポップな一人称の地の文が、長編より中短編の方で、より付き合いやすいからだろうと思う)。 。 それで本書の中身は、第1話が長編『シーザーの埋葬』のヒロイン、リリー・ローワンが再登場し、一方でウルフを軍の相談役にスカウトしたいワシントンの意向もからむ中での殺人事件、第2話が軍需産業関係の汚職を背景にした手榴弾による爆殺事件、第3話が謎の脅迫者がウルフに殺人予告を送る中、影武者を仕立てて対抗を図る事件、そして第4話が裏社会の大物の隠し子(美人の娘)にからむ殺人事件…とバラエティに富んでいる。どれもウルフ&アーチーファンにはたまらなそうな内容だが、個人的にも全体に楽しく、特に第3話は娯楽ミステリとして絶品だった(たぶんそう来るかな…というとこも、あったけど)。次点は第4話。 なお翻訳者の鬼頭玲子氏は素でウルフシリーズの大ファンみたいで、作品解説も兼ねたあとがきは愛情に満ちていて、さらに内容も充実しており、読んでいると本当に気持ちがいい。 ただ第1~3話は共通する登場人物も多く(ワシントンの軍人勢のライダー大佐やフィフ准将など)たぶん初出は同じ雑誌だったんじゃないかなと思うので、その辺の書誌的な言及が欲しかった。 あと巻末のウルフシリーズ一覧だけど、さすがに日本に翻訳された長編は、邦訳題名の記載が欲しいよね。こういうもので邦訳名をいっさい載せない作品リストって、もしかしたら初めて見たかもしれん(苦笑)。 |
No.126 | 5点 | レジまでの推理 本屋さんの名探偵- 似鳥鶏 | 2017/02/16 16:39 |
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(ネタバレなし)
西船橋にあるその書店の女性店長は、個性的で印象的な販促ポップを作るのが得意で大好き。彼女がポップを作って推薦した本は常に完売し、そのためこの店長は「西船橋のポップ姫」の勇名で斯界に知られていた。だがその業務は一見するとマイペースのきわみで、それゆえバイト大学生の青井が同期や後輩のバイト仲間をまとめ、彼の方がともすれば店長に見えるほどだった。だがそんな書店の周辺では、時たま奇妙な事件が生じ……。 21世紀現代の市井の書店を舞台にした、お仕事もの&日常の謎系の、計4本の連作中編集。第1話が、恋人から送られてきた一見無節操な本の組み合わせから、そこに隠されたメッセージを探るもの、第2話が貴重なサイン本の消失事件、第3話が一種の密室状況での店内のポスター落書き事件、…というもの。それなりにバラエティ感のある内容が「日常のもの」分野としては、それぞれなかなかトリッキィな手際で楽しめる。作品の設定にちなんで書物や作家全般や書店の内情についての言及があり、さらに、青井の職場仲間の一部愉快な変人っぽいキャラで笑わせるのもいい。 それで最後の第4話。本書の連作の通底にある現実的メッセージをここでいっきにシビアに語り、しかしある大仕掛けのもと、そんな物語の流れの上で、きちんと読者を饗応するエンターテインメントに最後の最後には切り返す。 これぞ大人の芸! …ではあるのだが、それでもどうしてもこの最終話だけは異物感が強いんだよね。いや、この最後の一本で作品全体を格上げし、テーマ的にも整合させてあるのはわかるんだけど、なんつーか、甘いお菓子(口当たりのいい日常ミステリ)のなかにニンジンやピーマン(リアルな問題テーマ)を刻んで忍ばせるテクニックを見事やりとげたクッキングママさんのドヤ顔的な、作者のニコニコスマイルが優先的に目に浮かんでくるようで。 まあツイッターとかを見ると、素でこの最終編で感銘している人も多いみたいだし、オレの場合は、こういう感想もあるんだな、という感じで読んでください。 あとがきに註釈に、と作者らしいいつもの饒舌は楽しめた。 |
No.125 | 5点 | 零(ゼロ)の記憶- 風島ゆう | 2017/02/15 16:42 |
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(ネタバレなし)
都立清涼高校1年D組に在籍する如月零は、ひと昔前のヤンキー少女のように金髪に染め、度の無い黒縁眼鏡で武装する「おれっ娘」。校内に友人もいない。そんな零には、裸眼の状態で<常人には見えないもの>が見えてしまうというひそかな秘密があった。その零のもとにある日、中学時代の親友だった小堺咲智の訃報メールが届く。表向きは自殺と見做された咲智の死だが、零は自分の秘めた能力で何か不審を感じ取る。零の担任教師であり、彼女と妙な行きがかりのあった24歳の青年・鈴宮一貴は、事件を追う零を見守り続けるが。 うーん…悪く…は…ない。不器用で不遇な女子高校生ヒロインとやさぐれた王子様ポジションの美青年教師との恋愛一歩手前を語る少女漫画的ノベルとしては、これはこれで丁寧に組み立てられている。その主人公2人の描写には行きすぎない範囲での作者の熱い思い入れも感じられるし、零の義理の弟・晃や、一貴のセックスフレンドの早苗、さらに中盤から登場する男女の刑事コンビなんかも、それぞれ脇役としてのキャラは(そこそこ~なかなか)立っている。終盤に明かされるある登場人物の内面の叙述も、そのタイミングで開陳したかった送り手の心情はよく分かる……ような気がする。 問題は21世紀の現代ミステリとしての奥行きがあまり感じられず、真犯人の類推も登場人物のキャラクターシフトから早めに付いちゃうこと。 でもそれでも作者は中盤で数回のツイストを設け、長編ミステリとしての緩急に気は使っている。意外な? 伏線も張っていて、終盤の謎解きのための工夫もしている。零の特殊能力も、ドラマの中でちゃんと機能する描かれ方をしている。だから、そういうソツの無さは認めなきゃいけない。 まとめると(リフレインになるが)悪くはない、むしろ好ましい面もある、ちょっと変化球の青春ミステリなんだけど、作品の長所は(ミステリの定石を踏まえつつ)そのミステリ要素とは違う部分に置かれた感じ。 …まあ、あえて作劇に文句を付けるなら、終盤に明かされるある登場人物の背後事情は、もうちょっと前半で小出しに伏線を用意しておいてほしかったこと、かな。 それと読者によっては、この物語世界中の登場人物の大半が<零に対して、繊細でやさしすぎる>ことに摩擦感を抱くかもしれん。王道の少女漫画的な設定の青春ミステリが好きで、いま言った種類の感覚が気にならない人なら、楽しめるかもしれない。 |
No.124 | 6点 | 砕け散るところを見せてあげる- 竹宮ゆゆこ | 2017/02/14 10:32 |
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(ネタバレなし)
「俺」こと高三の受験生・濱田清澄は、ある日、級友たちから集団いじめに遭う一年生の後輩・蔵元玻璃を助ける。しかし当の玻璃から返ってきたのは「あああああああああああああああ」という絶叫と、彼女を救った清澄への理不尽なあらがいだった。重度のコミュニケーション障害かと思われた玻璃だが、だがそんな彼女は改めての再会の場で、たどたどしい言葉ながら清澄に感謝の念を伝えようとした。これを機に、以前から胸中にヒーロー願望を秘めていた清澄はその後もこまめに玻璃の面倒を見るようになり「ヒマセン(暇な先輩)」のあだ名まで被るが、その玻璃の視界には、彼女の日常をおびやかす「UFO」が存在していた。 半年前から手に取り、気にしながらもずっと放っておいた一冊。作者があの『とらドラ!』『ゴールデンタイム』の竹宮ゆゆこであり、裏表紙に「小説の新たな煌めきを示す、記念碑的傑作。」などとあるので、どっか身構えてしまっていた。 それでようやく一念発起(笑)して読んでみると、それほどに破格な内容ではない。苦みと優しさにあふれた青春小説がミステリの領域に接近する流れもそんなに際立ったものではなかった。全体の評価としては色んな情感を刺激される、広義の青春ミステリの佳作くらいか(ただし少なくない数の人にとって、これはかなり心に残る一冊になるとは思う)。 小説の仕掛けは、もしそれが無ければ、ずっとシンプルな作品になってしまうところを底上げしていると同時に、本書の主題となるヒューマニズムテーマにも直結。 とはいえ実は、この作品の構造は、数年前の別の国産ミステリでほぼまんま同じものを読んでいる。これは後追いの形になった竹宮先生が真似したとかインスパイアされたとかではなく、たまたま同じ着地点を踏んだという感じなんだろうけどね。 |
No.123 | 6点 | ジャッジメント- 小林由香 | 2017/02/13 17:48 |
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(ネタバレなし)
西暦20××年の日本。凶悪犯罪の増加を背景に、新しい法律「復讐法」が制定される。謀殺や無差別殺人などの重罪犯罪者には、旧法による従来通りの裁きと、さらに新法「復讐法」による裁き=実際に殺された被害者と同様または近似の手段での復讐(殺傷)、双方の処罰の可能性があり、その決裁は被害者の遺族や関係者「法の選択権利者」に委ねられることになる。哀しみと憎しみの中で多くの遺族や関係者が法のもとに復讐を行うが、実行の段になって命を奪う行為に葛藤を覚える者も、そして隠されていた事件の真実を暴かれる者も、少なくはなかった。法的に認可された復讐を監督する「私」こと「応報監察官A8916」鳥谷文乃は、今日も復讐者のそばに立つ…。 近未来SF的な(ちょっとだけディストピアものっぽい?)世界観で綴られる、全5編の異色・連作ミステリ。なんかどっかの青年コミック誌とかにありそうな設定で、もしかすると旧世紀の山上たつひこか、藤子A先生の漫画みたいな不条理作品みたいなのか…とも予期したが、そこまではハチャメチャまたはクレイジーにはならず、連作に関わる女性主人公・鳥谷文乃の苦悩や葛藤も交えたお仕事もの的な感触も強い。(ぶっちゃけ『ブラックジャック』とか『ザ・シェフ』とか『ギャラリー・フェイク』とかの専門分野プロフェッショナルものの感じでもある。) 最初のエピソード「サイレン」が世界観のベースを語ったのち、残りの続く4編がなかなかバラエティ感に富み、特に四つ目の「フェイク」は特殊な要素を持ち込んだミステリとしても予想以上に面白い。一方で人間ドラマとしてのまとまりでは三つ目の「アンカー」がマイ・ベストだった。 (ちなみに作者は本作がミステリとしてはデビューらしいが、すでにシナリオ作家としては実績のある人らしく、テクニカルな筆致で読者を引き込もうとするあざとさも感じないでもない。先に私的ベストとした「アンカー」なんかその「泣かせ」が微妙なところもあるんだけど、まあ少なくとも良くできている、いっきに読ませる、とは思う。) この設定、深夜23時頃から演出的に規制の少ない放送局で、オリジナル編もふくめてワンクールものの、一話完結の1時間ドラマでやったら面白そうではある。 ちなみに本書は連作として<かの復讐法のこういう場合のときの対処は?>とか、<こういうケースの時はどうなるか?>という読者側の疑問にもそれなりに先回りしてよく応えてあるけど、まだツッコミ所はあるよね。 たとえば快楽殺人者が、「復讐法」が適用されない身寄りのない人物を恣意的に狙った場合、どう裁定するのか? とか。いつか、本書と同じ世界観の作品で、その辺にも応えてほしい気もする。 |
No.122 | 6点 | 黒い騎士殺人事件- 永田文哉 | 2017/02/11 16:59 |
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(ネタバレなし)
両親を交通事故で失ったのち、妹のみどりと共に九州の祖父に引き取られた男子・月山翔。剣道をたしなむ高校生となった彼は素人探偵というもう一つの才能を発揮し、学友の協力を得ながらいくつかの殺人事件を解決に導いた。そして時は2004年の歳末。優れた剣道の技量で関東の京星大学にスポーツ推薦入学し、その2回生に進級した翔は、またも仲間たちとともに、不思議な殺人事件の謎に挑む。それは国際バレエ団の公演中に生じた、姿なき殺人者「黒騎士」による犯行だった! 名古屋の自費出版会社ブイツーソリューションから刊行された、アマチュア? 作家の青春謎解きミステリ。作者の本を読むのは今回が初めてだが、webで頒布されていない? 形式で、すでに同じ主人公・月山翔のシリーズが2作あるらしい。(2004年の『レッドサタン殺人事件』と2010年の『タランチュラ殺人事件』。) 経歴紹介で昭和28年生まれとある作者はたぶん専業作家じゃないんだろうが、本文では「大学のクラスメート」なる珍妙な言葉が普通に出て来たり(いや特例的にそういうのも存在するのは知ってるが、それなら本作内の設定でそうである旨、簡単に説明してほしい)、「却って」を「返って」と書いたり、漢字表記設定のはずの登場人物の名前がいきなり地の文でかな表記になったり、文章そのもののこなれも含めて、とにかく全般的に素人臭い。あと「看護師」を「看護婦」と書いてあるのも、これは2004年の設定の事件だから、残念ながらダメですね(公称の変更は2002年からだった)。 (ちなみにさらに、ブイツーソリューションのホームページでの紹介を見ると本書を「エッセイ・ノンフィクション」に分類してある。いや、こんな不可能犯罪、そうそう現実にあったら困るだろ…。) 内容の方も、国際級のバレエダンサーを養育する専門の学院の周辺で起きる連続殺人と、同じく続発する怪異な失踪事件という掴みはまあ良いにせよ、警察の捜査状況がほとんど~まったく描写されなかったり、ゼロ年代とはいえIT関連機器の存在が全然、語られなかったり、リアリティの欠如もすごすぎる。 まあ前者の警察の描写については、翔の友人・八田明彦の父が警察庁の幹部で便宜を図ってくれている、という最低限のイクスキューズはあるのだが、それにしても連続殺人が進行する作中に一人の刑事も出てこないってのは、強烈すぎた。 …とまあ、いかにもアマチュア作品、という弱点が全開の一冊ではあるのだが、数時間かけてイッキ読みして、この作品、そこそこ~それなり以上に楽しめた(笑)。 個人的な一番の大受けポイントは、後半の屋外の殺人のメイントリックで、わはははは……いや、これは『屍の記録』か『死の命題』『わらう後家(魔女が笑う夜)』クラスの<爆笑もののバカネタ>ではなかろうか! 前半のステージ上の殺人の方は、無理筋、昭和のバカミス、ミステリクイズ、と悪態をついてすませられる範疇のものだが(ただ、実はこっちの方もキライじゃない~笑~)、全体を通して読むと、なんか21世紀に恣意的に書かれた昭和の天然バカミスの再生! という感じで愛せてしまう。天然なワンアイデアということは承知の上で、たぶんこのトリック(大ネタ)も先に名を挙げた諸作同様、一生忘れることはないだろう。マトモなミステリマニアなら鼻も引っ掛けないような作品かもしれないし、この読者をポカーンとさせる興趣が、果たして実際に作者の本願かどうかもわからないが、とまれ自分は<こういうのも>大好きだ(笑)。 「黒騎士」の殺人予告状に関する部分とか、失踪事件の真相とか、肝心の後半の殺人の事後の処理とか、ツッコミどころは山のようにある内容だが、それでもこの一冊は<読んで良かった>と思う(笑)。 ちなみに翔の周辺の友人グループの叙述は、作者がミステリとは違う部分で熱量を掛けている気もするけど、そっちの方はまあ普通に悪くないね。 作者が全体的にプロの作家らしくなったら、もうちょっとこのキャラクターたちとも普通に付き合えるんだろうな。(いや、万が一そうなったら、この味は薄れちゃうのかしらん。) 【2021年2月18日・追記】 その後2018~19年ごろのどこかのタイミングで、月山翔シリーズの前2作『レッド・サタン殺人事件』『タランチュラ殺人事件』は、「永守琢也」というちょっと違うペンネームで執筆されて、文芸社から上梓されていると判明した。現時点で『レッド・サタン~』の方だけ読んでみたが、キャラ設定や世界観はそのまま繋がっており、作者の筆名だけが変更になったようである。ペンネームを変えた事由は、現時点で不明。 |
No.121 | 7点 | 闇と静謐- マックス・アフォード | 2017/02/10 19:46 |
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(ネタバレなし)
開幕から結末まで小気味よくストーリーが進んで、退屈は全くしなかった。 その一方で肝要の謎解きミステリとしての興味(伏線・ロジック・トリック・ツイスト・サプライズ・ミスディレクション…などなど)もしっかり~あるいは良い意味で適度に盛り込まれ、おや、アフォードってこんなに面白かったのか! と見直した。 (いや、実は『百年祭』はまだ未読で『魔法人形』のみ読んで、その良く言えば丁寧で正直、悪く言えばあまりに曲のない伏線&手掛かりに際して、あんまり良い評価をしてなかったんだけれど。) 茶目っ気に富んだ名探偵ジェフリー・ブラックバーンのキャラクター(最終章の命がけの芝居ッ気には感涙~笑~)も、この物語全体がほぼ一週間の中で終わるという構成もとても良いわ。 とはいえ個人的には、解説の大山誠一郎が言うとおり、第四章の推理の方を真相にしてほしかったな。ケレン味から言えばそちらの方が、ミステリとしてのセンスを感じる。それでもある程度錯綜した作中の事実もろもろを、上質のパズラーとして構築した作者の手腕にはやっぱり感服。フーダニット、ハウダニット、ホワイダニットの醍醐味も想定値以上に満たしてくれた。もちろんkanamoriさんのおっしゃるツッコミの余地もよくわかるのですが、個人的には本作は得点評価の方で支持したい。 最後に先述の、巻末の大山誠一郎の解説はなかなかの熱筆のようだが、個人的に大昔に読んだままの国名シリーズをいくつか、いつかそのうち読み返そうと思っているので、再読としてのネタバレ回避のために、しっかりは読みこめない(汗)。 さあ、この解説をきちんと読めるのは、いつの事になるのだろう(笑)。 ※追記:どうでもいいのですが、表紙の複数の眼がどれも『バーナード嬢曰く。』の施川ユウキ先生のキャラの目に見えます。 |
No.120 | 7点 | 死者は語らずとも- フィリップ・カー | 2017/02/09 10:55 |
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(ネタバレなし)
1934年のベルリン。殺人課の刑事を10年つとめたのちにベルリン刑事警察を辞めたベルンハルト・グンターは、今は市内の名門大手宿泊所・アドロンホテルの警備役として働く。ドイツは2年後のベルリン・オリンピックを控えて賑わうが、一方でナチスの権勢が増す中、ユダヤ人への理不尽な迫害も加速化していた。そんな折、ホテルには、アメリカの躍進中の女流作家ノリーン・シャランビーディスが宿泊。ユダヤ人でリベラルなジャーナリストでもある彼女は、祖国のオリンピック委員会の会長エイヴリー・ブランデッジが現在のドイツを<人種差別もない、オリンピック開催に適したクリーンな国>と判定したことに義憤を抱き、個人的に現状視察に来たのだった。そのノリーンと親しくなったグンターは、ユダヤ人であるがゆえに警察のまともな捜査も行なわれず放置されている、殺害されたらしいボクサーの情報を彼女に与える。ノリーンを依頼人として、哀れなボクサー<フリッツ>の捜査にあたるグンターだが、ホテルではもう一人のアメリカ人の宿泊客マックス・レルズが不審な言動を見せていた……。 やがて時は経ち、舞台は1954年のキューバへと……。 <旧世紀の探偵キャラクターで21世紀での復活がもっとも嬉しかった人物・マイベストワン!>のベルンハルト・グンターもので、シリーズ通しては6冊目。シリーズ復活以降としては3冊目の作品となる。文庫版で全700ページに迫る長大な物語は1934年のベルリンを舞台にした第一部と、20年後のキューバの場で語られる第二部で構成され、前者の方が約3分の2と長い。 ちなみに第一部はこれまで作者によって公開されたグンターの経歴クロニクルのなかでも初期の方の物語になる。(なおシリーズの概要(グンターの経歴)は本文中では527ページ、さらには巻末の真山仁の解説でも触れられるが、シリーズをきちんと読み返せば、これ以前の過去時制の挿話も何かあったかもしれない。) 内容に関してはとにかく第一部が濃密で、ボリューム感も絶大。登場人物も本書の巻頭では申し訳程度に、一・二部あわせて20人ほどの一覧表が列記されているが、実際にメモを取りながら読んだら名前の出てくる人物だけで100人に迫り、少なくともその3~4割は物語上で意味のあるキャラクターだったと思う。 そういう訳で読む方もパワーの要る作品ではあったが、そこはこの傑作シリーズのこと、事件は淀みなく流れ、随所に設けられた意外性の開陳の呼吸も申し分はない。まあほかの作家だったら、この辺はもう少しコンデンスにしてもいいのでは、という箇所など(たとえば、中盤、殺されたボクサー関連の工事現場に潜入捜査に赴くくだりの一部とか)も、小説としては十全な臨場感を以て語られるのだから文句にはあたらない。作者はよっぽど稿料のいい新聞などで本作を連載して、長々と物語を綴り、しかして出来たものには確かに実がある、という感じだ。(実際の書誌的な経緯は知らないが。) 第一部の予想外のクロージングから、第二部への転調ぶりも実に効果的。しかもその第二部の方は南米の現代の裏面史を語る一方、意外性に富んだミステリとしてもよくできている(個人的には、作品の大きな二つの仕掛けのうち一方は予想がついたが、もう一つには唸らされた)。第一部と第二部の絶妙なコントラストも確実に作者の計算のなかにあったのだろうし、そのなかで大小のダーティプレイに手を染めつつも「探偵」「元警官」そして「人間」としての矜持をギリギリ守ろうとするグンターは今回もとても魅力的。 あー、まだまだ書きたいことはあるけど、今回はこれくらいに。シリーズの続きもすごく気になる。早く次の長編を出して。 |
No.119 | 6点 | 青光の街(ブルーライト・タウン)- 柴田よしき | 2017/02/07 14:21 |
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(ネタバレなし)
「私」こと、少女小説の分野でそれなりの実績のある女流作家・草壁ユナ。彼女は、自分の育ての親の編集者・高橋信三が出版社を退職後に創設した探偵事務所「ブルーライト探偵社」の代表をしばらく前から引き続いでいた。ユナは著作業との兼業で数人の社員を使い、探偵社の業績も順調だ。そんなある日、人気ネイリストの西条悦子から、婚約者の北川省吾を身上調査してほしいとの依頼がある。かたやその直後、ユナのもとに、大学時代の友人・中村秋子から、助けて、との短信メールがあった。一方、町では不審な殺人事件が続発。被害者の周囲には、それぞれ旧式な青い光(ブルーライト)の電飾が置かれていた…。 ミステリマガジンに4年にわたって長期連載された紙幅1200枚の大長編を、書籍化の際に700枚に圧縮したそうである。連載作品を本にする際にミステリ作家が書き足して全体の分量が増える例はいくらでもあろうが、こういうケースはあまり聞かない。当然ながら本の帯でも<凝縮された面白さ>を売りにしている。 なんか『まんが道』で満賀&才野コンビが驚いた<手塚作品『来るべき世界』の逸話(もともと1000ページの原型作品を300ページに圧縮した)>の21世紀国産ミステリ版みたいだな~と、興味津々で読み始める。 ちなみに筆者は最近のミステリマガジンは定期購読してないし、そもそも連載作品を雑誌で読む習慣自体があまりないため、本作のオリジナル版についての知見は無かった(さすがにこのタイトルの作品が載っていることくらいは、知ってたが。) という訳で今回のレビュー(感想)は書籍版限定のものになるが、結論から言えばそれなり以上に面白い。 あらすじに書いた三つの事件の流れはページを捲るごとに読み手の興味を刺激するし、その合間合間に語られる主人公・ユナのキャラクターの点描も悪くない。特に彼女の最初の夫・井筒恭平のエピソードなどは、ある種の苦みを伴って印象に残る。 ただしミステリとしての完成度から言うとメインアイデアが先走った感じもあり、ある登場人物がまた別の登場人物の思惑通りに動かなかったら、どうするんだろ、この作品自体が破綻するのでは? という箇所が気になったりする。 まあ得点的には、さすがに読み所の多い一冊ではあるんだけれど。 なお、ちょっとだけでも雑誌連載版との比較をしようと、書籍版の読了後に、すぐそばにあるHMMの2014年3月号を手に取ってみる。これが本作の連載第45回目(改めてスゴイな…)。それで同号の連載分の冒頭にある<これまでのあらすじ>を読むと、あー! まったく…というか、半分くらい話が違う!! 書籍版には出てこない登場人物や舞台、設定もわんさか。なんか2~4クールもののTVアニメの内容を、強引に全二冊ぽっきりのコミカライズにした際に生じる大幅な異同みたいな感じである。 これは数年後に、上下二冊の文庫でこの雑誌版『青光の街』の方を出すのもアリだな、とも思う(まあ作者と版元の方には、すでに織り込み済みの出版予定かもしれんが)。 |
No.118 | 7点 | ぼくのミステリ・クロニクル- 評論・エッセイ | 2017/01/31 11:05 |
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東京創元社の重職だった戸川安宣の回顧録で、本文は三部構成。東京創元社への入社前が第一部、退職後が第三部、そしてキモの部分の在社時代の第二部という流れになる。
知人が始めたミステリ専門店の本屋を手伝ったり、膨大な蔵書を成蹊大学に寄贈したりの第三部、当人がミステリファンとして開花していく経緯を語る第一部ももちろん面白いのだが、やはり70年代以降の出版界・日本ミステリ界の最前線を現場から見ていた第二部が圧巻だろう。個人的には、十年単位で会ってない友人や知己が著者の下で働いていたので、彼らの名前が随所に出てくる点でも嬉しかった。 第二部と第三部を通じて、初期の創元文庫にあった分類マークが消えた経緯だとか、日本探偵小説全集の第二期が企画されながらも大岡昇平の天然な対応や松本清張の物言いでダメになったとか、読者賞における岩崎正吾の地元ファンの組織票問題だとか、知ってる人は知ってるだろうが寡聞な当方には新鮮だった話題の数々が、とにかく面白い。 中には都筑道夫の孫が耄碌?爺さん(都筑本人)の世話をやくのが面倒になって放置した件とか、中島河太郎のところへ寄贈されるはずだった乱歩の蔵書が平井家の意向でダメになったとか、その一方で河太郎の遺族も一度は寄託(寄贈ではない)した故人の蔵書をミステリ文学資料館からトラブルののちに回収してるとか、いいんかいな、こういうの書いて……という話題も続々と出てくる(笑)。 同時に本書は期せずしてか<過行く時間の残酷さ>をサブテーマとして語っている一面もあり、中井英夫が財産を失っていった晩年だとか、以前は驚異的な潔癖症だった鮎川哲也の鎌倉の家が当人の加齢のなかでゴミ屋敷になっていく流れだとかが、先の都筑の老化の話題などとあわせて生々しく語られる。 この辺は、長い歳月をどっぷりと出版やミステリに漬かってきた著者自身の慨嘆の変奏でもあろう。 意外だったのは(いや、考えてみれば当然なのだが)、御大・戸川が意外にミステリ以外のジャンルの仕事も多くこなしていたこと。もちろんそれぞれの分野によってはこちらのまったく興味外のものもあるのだが、それでもそういった担当域の広がりのほどは、なかなか感入るものだった。 ちなみに本書を通読するうちに、東京創元社の関連で、今までノーマークだったけど面白そうな作家や作品もおのずと目に付いていった。読むのはいつになるかは知らないが、追い追い手に取っていきたいと思う。 ただし惜しいのは、一部勘違いだろうと思える記述があり(たとえば何回も本文中に名前が出てくる後輩の名編集者・松浦正人の活躍時期など)、ほかにもamazonのレビューで誤謬が指摘されている。この辺はもう少し編集側の密な対応が欲しかった。まあ実際には、数十年におよぶ膨大な情報を前に、かなり編集も奮闘したのだとは思うけれど。 最後に、願わくは、戸川氏の先代・厚木淳の方も、こうした回顧録が読みたかったな。せめて誰かこれからでも評伝を書いてくれないかな。 |
No.117 | 5点 | 盗まれた指- S=A・ステーマン | 2017/01/29 13:59 |
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(ネタバレなし)
勤務先の社長の息子を袖にして馘首された23歳の娘クレールは、ブリュッセルの古城トランブル城に引っ越してきた。両親と死別したクレールを迎え入れた城主は、彼女の伯父で寡夫のアンリ・ド・シャンクレイ。14世紀以前からの歴史を刻む城には再婚した城主が不幸に見舞われる伝説があるらしく、アンリはそれを気にしていた。クレールは有能な美貌の家政婦ガブリエル・レイモンと親しくなるが、そんなガブリエルの周囲で怪しい人物がうろつき、やがてガブリエルはクレールに、アンリについて意外な事実を語る。そんななか、クレールはドラマチックな出会いをした青年ジャン・アルマンタンと恋に落ちるが、その彼女が眼にしたのは、城の中の死体! しかも殺人事件が確定した被害者の左手からは小指が切断されていた! あー…パズラーとしても小説としても二流。カーの中期作を思わせる昭和の少女漫画風のロマンスや、随所のいかにも思わせぶりなミステリ的なフックはケレン味に富んでいるものの、最後まで読むと後者の興味なんかは『マネキン人形殺害事件』同様の、ポカーンとした印象に転じていく。せめてヴィクトリア・ホルト並みの筆力があってもう2~3割ほど紙幅を増やせたなら、少なくともゴシックロマン的なワクワク感はもっと醸し出せたんじゃないかしら。 ああそうですか、で終わる指切断の謎解きや、冒頭からの思わせぶりな駅長の伏線のくだりなんか、別の意味ですごいね。殺人事件の<意外な真相>も察しがつく。 とはいえステーマンというのはこういう作家だというのも、すでにある程度分かっているから、そんなに怒る気にもならない。探偵役のマレイズ(他の訳書ではマレーズ表記もあり)警部は、クロフツのフレンチ警部をさらにカリカチュアした感じの善良な人だしね。まあ数年に一冊くらいずつはこれからも未訳作を発掘してほしい作家であります。 |
No.116 | 6点 | 800年後に会いにいく- 河合莞爾 | 2017/01/29 07:41 |
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(ネタバレなし)
2027年のクリスマスシーズン。三流大学の四年生で就職の当てもない貧乏学生・飛田旅人(とびたたびと)は、一枚のチラシを手に奇妙な会社「エターナル・ライフ」を訪ねた。同社は企業用のITセキュリティを行うベンチャー会社で、旅人は奇矯な社長・エンゼル空野と、旅人と同年代の美人天才プログラマー・菜野マリアのもとでアルバイトとして働くことになる。新作ソフト開発を補助する雑用を指示された旅人は、同じ職場で顔を合わせるマリアに次第に惹かれていくが、ある日彼は、そのマリアに恋人がいるのを知る。そんな中、クリスマスイヴに会社でデータ視認のため留守番をしていた旅人は、800年後の世界の少女メイからの、救済を求める動画データを受け取った…。 21世紀の近未来SF枠内で書かれたジャック・フィニィ調の<時を超える恋愛譚>の中に、作中の現実を脅かす反原発派の過激テロリズムの緊張劇がからみ、それで旅人のメイとマリアへの想いも含めて物語はどこへ行くのか…で、これは……などなどと思いながら読んでいると、後半~終盤はうーむ、あらら……と唸らされた。 原稿用紙で700枚弱(そう奥付に記載)とやや長めの作品だが、名前の設定された主要登場人物はわずかひとけた。平明でリズミカルな文体も心地よく、ほとんど一気に読み終えられた。21世紀の側のキャラクターシフトがちょっとだけ図式的な印象はあったが、そんな不満を補ってとても気持ち良い後味で本を閉じられる。広義のSFミステリの、そしてユールタイド・ラブストーリーの秀作。 |
No.115 | 6点 | 駆け出し探偵フランシス・ベアードの冒険- レジナルド・ライト・カウフマン | 2017/01/28 09:45 |
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(ネタバレなし)
時は1893年の米国。ニューヨークの探偵事務所に勤務する「私」こと、二十代前半の聡明で可愛い女流探偵フランシス・ベアード。フランシスは相応の経験を積む若手探偵だが、先日のとある失敗から解雇される危機に瀕していた。そんな中、名誉挽回のチャンスとして、事務所所長のジョン・ワトキンス・シニアは最後のチャンスを与える。それは引退した企業家ジェイムズ・J・デニーンが、彼の息子ジェイムズ・デニーン・ジュニアの婚礼の場で、家宝のダイヤモンドを披露するので、その護衛に当たれというものだった。自分に色目を使う同僚のアンブローズ・ケンプを相棒としてデニーン家に赴くフランシスだが、その夜、ダイヤモンドはややこしい経緯の中で盗難に遭い、さらに思わぬ殺人事件までが発生する。事件の関係者のひとりに一目ぼれしてしまったフランシスは、私情も込めて本件の調査を続けるが…。 1906年に原書が刊行されたクラシックだが、相応の知性と行動力を具えながら同時にいわゆる恋愛脳でもある主人公が妙に現代的な快作。事件のなりゆきや捜査の進展に自分の恋愛上の都合をからませ、<もしもあの人物が犯人ならば、なんだかんだで私の恋はうまくいくのに>という理想を推理の一つのたたき台に持ってくるあたりなど、かの『トレント最後の事件』(1913年)以前の作品としてかなり破格の一冊だったのではないか。 関係者のタイムテーブルを整理して事件の真相を探るくだりや、複数の容疑者に疑惑の目を向けて検証していく流れは正当なパズラーだが、終盤で大きな手掛かりをやや後出しにしたのだけはちょっと残念。それでもnukkamさんのおっしゃる通り、刊行された時代を考えればよく出来ている一冊だと思える。 (とまれこの最後の意外性の部分、最近翻訳された後年の海外ミステリでもほぼまったく同様なアイデアなのを読んだね。たぶん偶然の一致だろうけど。) なお翻訳の平山雄一は、作品のモダンな感覚を鑑みて恣意的にラノベ風の軽快な読みやすい文体で翻訳したというが、これは本書の場合良い演出だったと思う。物語そのものの動きの多さと相乗して、全体的に活力にある一冊に仕上がっており、その分リーダビリティも高い。続編は作品の傾向が変わるみたいだけど、キャラクターに魅力はあるから、そっちもできれば読んでみたい気がする。 ちなみに本書は、作者のカウフマンが実在の女性探偵の談話を聞き、その主人公にドキュメントフィクション上の仮名(それがフランシス・ベアード)を与えて小説化した一冊、という体裁をとっている。平山氏は、作者が探偵の事件簿を聞き書きするというこのスタイルを横溝正史やルブランになぞらえており、それでももちろんいいんだけど、むしろ今回はヴァン・ダインの先駆だよね。向こうもファイロ・ヴァンスはあくまで小説内の仮名で、実在人物の本名は別にある、という設定だったし。 |
No.114 | 6点 | その雪と血を- ジョー・ネスボ | 2017/01/23 18:05 |
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(ネタバレなし)
1977年12月のノルウェーのオスロ。「おれ」ことオーラヴ・ヨハンセンは、地元の麻薬売人の大物ダニエル・ホフマンと契約した「始末屋」(殺し屋)として4年目の冬を迎えていた。オーラヴは女に惚れっぽいという自覚があり、最近も、耳と口の不自由な娘マリアが、ジャンキーの彼氏の借金のカタに売春を強要されかける現場を認め、衝動的にその危機を救っていた。そんな近況のオーラヴのもとに、ホフマンから、彼の妻コリナを始末しろという指示がある。オーラヴが下準備としてコリナを見張ると美貌の彼女には若い年下の不倫相手がおり、しかもその男はコリナを虐待、折檻しながら相手を抱く趣味のようだった。コリナに情を抱いたオーラヴは自分の考えで、ホフマンから依頼された今回の件に決着をつけようとするが…。 2016年のポケミス新刊で、原書は2015年の刊行。ネスボ作品は初めてだが、今年度の「このミス」やwebで話題になっていたので読んでみた。それでたまたま実際の翻訳を手に取るまでその事実は知らなかったのだが、なんと本文全体が一段組のポケミス! これまで数百冊ポケミスを読んできたが、イントロ部分や解説は別に本文そのものが一段組というポケミスの事例は皆無のハズでこれは驚いた!(それでも、もしすでに先行例があったらスミマセン。) 現状の仕様で全186ページと短めだし、もし普通に二段組みのレイアウトだったら、スピレインの『明日よ、さらば』の薄さを超えたのかな…そんなどうでもいいことを考えながら読み進める(笑)。 本作は解説によると、現代作家のネスボが<70年代の架空の寡作作家の旧作を発掘した>というスタイルで書いた当時の時制と世相を背景にしたノワールもの。要はボワロー&ナルスジャックの<贋作ルパン>みたいな偽発掘の趣向である。 前述のように文字の総量は決して多くないが、主人公オーラヴの内面描写も交えた一人称を基軸に綴られるノワールドラマ(一部、三人称の叙述も混淆する)は独特の情感に富み、最後まで時にスリリングに時に渋く切なく一気に読ませる。ストーリーそのものも一部、先に読める箇所はあるが、無駄のない展開を起伏豊かに披露して、その意味でも出来はいい。 (まあ良い作品とは思うけれど、昔なら確実に、ポケミスではなく、ソフトカバーのハヤカワノベルズの方に回ったろうなという感じの一冊だが。) 重ねて、ネスボ作品は初読の筆者だが、確かに小説はうまい、と実感。特に最後の二章の、ちょっとだけ技巧的なクロージングは心に滲みる。寒いこの冬の間に読んでおきたい秀作。 とまれ評点は7点にしようか迷ったけど、良くも悪くも70年代の過去時制というより、もっと古い禁酒法時代のノワールみたいな気分もあるので、そのふんわかな気分を斟酌して6点。そういうクラシックな雰囲気がまた、ある種の魅力でもあるんだけどね。 なお解説を読むと、同じ世界観の姉妹編的な作品もあるみたいなので、そっちも翻訳してもらいたい。 |
No.113 | 6点 | ブラッド・ブレイン 闇探偵の降臨- 小島正樹 | 2017/01/16 19:56 |
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(ネタバレなし)
隅田川周辺の団地に一人住まいの初老の未亡人・新見久子のもとに繰り返し、別居中の娘・奈南から、不穏な内容の短い電話が掛かってくる。だが奈南当人には該当の電話の覚えがなく、やがて奈南の声色の「悪魔の声」は団地の室内でも響くようになった。怪異は奈南が自宅に戻って母との同居を再開するのと前後して鎮静化したが…。そんな頃、警視庁捜査一課の若手刑事・百成完は、ある場所に赴き、一人の男と出会う。彼の名は月澤凌士。警察上層部がひそかに協力を仰ぐ「闇の探偵」だった。 小島正樹の新シリーズ。短いプロローグで語られた通り魔風の暴行事件、序盤で母娘をおびやかす「悪魔の声」の怪異、百成刑事が遭遇した警官殺し…と三つのエピソードがそれぞれ長短の紙幅で叙述されていき、やがて思わぬ接点を……(ムニャムニャ……)。 新たな探偵ヒーロー・月澤の素性は一応ここでは伏せておくが、ありがちな感じの文芸設定に、作者が<独自のひと筆>を加えた印象。アーチ―・グッドウィン型のワトスン役となる百成との関係の深化もふくめて、続巻を何冊か要求するような今後の展開を予期させるものだ。 ミステリ的な興味では、この作者らしい中規模のトリックの合わせ技が全開。特にアリバイトリックの大きなもののひとつは、良くも悪くも昭和ミステリ風の王道めいた歯応えを感じた。乱歩の類別トリック集成の一例に、しれっと混ざっていそうな感じだ。(個人的にはもうひとつの、一種の不可能トリックの方に惹かれるが。) 長編ミステリとしては好テンポな叙述でリーダビリティも高く、集中して数時間で読了した。ただし後半で真相めいた謎解きが順次行われても残りの紙幅がまだあるために、それがフェイクであることも察せられてしまう。この辺は、名探偵ジャパンさんの『空想探偵と密室メイカー』の書評などにも通じる、一種の構造上の欠陥だ。 とはいえ謎解きミステリとしての真相の露見と同時に、作者は物語のベクトルを、本書の枠組みならではの主題へと転換する。その舵取りはなかなか鮮烈で「ああ今後のシリーズは、そういう方向に行くのか……!?」とも思わせる。そこまでを評価の対象とするのなら、これはそんなに悪くない仕上がりではあろう。 ほかにあえての弱点といえば、犯人側の一部の工作がえら面倒くさく、どう考えても目的の割に手間がかかりすぎだろ、と思わせる部分か。まあ私的には、ややこしいまでのエネルギーの使い方が愉快でもあったが。 全体としては佳作~秀作。 |
No.112 | 7点 | 臨床真実士(ヴェリテイエ)ユイカの論理 文渡家の一族 - 古野まほろ | 2017/01/16 17:08 |
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(ネタバレなし)
対面した相手の言葉の真偽を<客観性(それが客観的な事実足りうるかどうか)>と<相手の主観性(当人が本気でそう信じているかどうか)>の両面から即時に判定できる、井の頭大学法学生・本多唯花(ユイカ)。その特殊な判定力は常人にない強力な武器であると同時に、彼女自身の心身を困憊させる病理でもあった。その能力ゆえ警察の上層部からも「臨床真実士(ヴェリテイエ)」として高い評価を得る唯花は「僕」こと学友の鈴木晴彦とともに、晴彦の友人・文渡英佐(ふみわたりえいすけ)の実家である愛媛県の「天空の村」に向かう。そこは日本有数の大富豪・文渡家の広大な私有地だが、15年前の飛行機事故で一族の大半を失った惨事を機に、当主の未亡人・文渡紗江子の意志で外界から完全に途絶され、ヘリコプター以外での出入りは不可能な場だった。醜聞を恐れて警察の介入を望まないという文渡家から、唯花に請われた依頼。それは英佐の弟・慶佐(けいすけ)を殺した内部の者の虚言を、彼女の能力で暴いてほしいというものだった…。 昨年2016年の古野まほろ新刊の一冊で、新シリーズの開幕。特殊能力を持つ探偵ヒロインのキャラクターは、天祢涼の音宮美夜(『キョウカンカク』ほか)みたいだし、特殊設定のなか(現実とSFの境界線上…的な)で基本的に虚言が成立しないという世界像は久住四季の『鷲見ヶ原うぐいすの論証』を想起させる。そういう意味ではやや新鮮味は薄いが、事件の舞台がビジュアル感も鮮烈なクローズドサークル、さらに『犬神家の一族』を思わせる財閥一族内の殺人事件という趣向との喰い合わせはとても良く、ケレン味豊かな全編をワクワクしながら楽しんだ。まあ頭の良いまほろ先生の繰り出すロジック(ユイカが向き合う事象の真偽の検証)のいくつかには、ついていくのがやっとなものもあったけど(汗)。 とまれ暴かれる真実はミステリ的にとてもあっぱれな大技、そして旧来の謎解きミステリの戒律においては反則的な仕掛け技が使われてる。まあ後者の反則技は間違いなく自覚的にやってるんだと思うけど。さらに前者は、う~ん…この数年の間にある国産作品で同じコンセプトのものが先に出ちゃったね。たぶんまほろ先生、そっちは読んでないんだろうな(それでもこっちの方が、ある部分では上手く作中にそのネタを消化したとは思うけど)。 ちなみに作中に登場する数式の暗合にはかなり豪快な誤植が発生しており、Amazonのレビューなどで星ひとつの評点食らってますが、わはははは…個人的にはそんなチェック漏れの失態も、天才作家ながらどっか天然のまほろ先生らしくって愉快だった。だって『その孤島の名は、虚』みたいな唖然茫然とするものを書く一方、しょーもない「必殺シリーズ」パロディ『監殺 警務部警務課SG班』なんか出しちゃうヒトですし。うん、まほろ作品はこれでいいわ。シリーズ次作にも期待。 |
No.111 | 6点 | 図書館の殺人- 青崎有吾 | 2017/01/13 15:01 |
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(ネタバレなし)
犯人に関しては早々に察しがつき、実際にその通りだった。 当方は長編ミステリを楽しむ場合は傍らに白紙を置いて登場人物の一覧表を作り、そこにキャラクターのデータを随時メモ的に書き込んでいく読み方をしている。これはロジカルに手掛かりや伏線を拾うためというより、話を潤滑に読み進めるための備忘だが、本書内の<ある登場人物>に関してはそんな作業をするなかで、どうも叙述のバランス具合が気になる。そこで「この人じゃないかな…」と勘付いてしまった(過去には、P・D・ジェイムズの某作品などで、似た経験があり)。まあ本当はパズラー読者としてもっと緻密に読み込み、考えていかなければならないのだけれど。 全体的には面白かったし、細かい複数のギミックも存分に盛り込まれていると思うが、一方で蟷螂の斧さんなどのおっしゃるいくつかの苦言もよく理解できる。くだんの犯人像も横溝の某作品などに通じる、ちょっとそれはなかなかありえないでしょうね、という印象がある。ただしこの作品の面白さにはその意外性(犯人そのものというより、事件の真相)も大きな意味があるので、一概に否定はできない。また例の最後の劇中では曖昧なダイイングメッセージの本当の意味付けのくだりも、そういう迂路を経て言葉にし合う意味があるのか? という疑問が残る。 あとまったく個人的な話だが、裏染のキャラ付けとしてのアニメ好きは自分のようなおっさんアニメファンからすればいわゆる<嬉し恥かし>の演出で、非常に摩擦感を抱いた。こういう形で天才型探偵の敷居の低さを形成されるのは、勘弁してほしい。ヒロインのぱんつを見るのが伏線になる辺りは、まあいいけれど。 |