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[ その他 ] 魔性の眼 標題作と『眠れる森にて』の単発二作品を収めた中編集 |
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ボアロー&ナルスジャック | 出版月: 1957年01月 | 平均: 6.00点 | 書評数: 2件 |
早川書房 1957年01月 |
No.2 | 6点 | クリスティ再読 | 2023/10/09 20:11 |
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ボア&ナルの中編2つ抱き合わせ本だが、刊行順でも5番目にあたる本。のちの「島・譫妄」も抱き合わせだから、フランスはそんな出版習慣があるのかな。短編集という感覚ではない。実際「ミニ長編」というくらいの読み心地。
ボア&ナルだから、というか、主人公の視点で不思議な事件を見て、その真相をドラマの中で知っていくことになる話。 「魔性の眼」は長年の下半身麻痺から回復した青年が主人公。突然の回復が巻き起こす一家の動揺と、続いて起きた叔父の事故死。青年は自分の眼が「邪眼」であり、これによって事件が起きている、という妄念を抱く...そして青年の麻痺のきっかけとなった家族の事件とは? こんな話。睨まれると災いを呼ぶ「邪眼」は、ヨーロッパの民俗であるわけだが、やっぱさあ「厨二病」臭い部分はあるんだな(苦笑)で、ボア&ナルのいい部分でもあるし、ある意味がっかりする部分でもある、「本人は謎に翻弄されるのだが、周囲から見ればから騒ぎ」なところが、どうも目立ってしまった作品のようにも思う。謎がはっきり描かれないから、その分、右往左往する青年の「青春の惑い」の側面が強くなってミステリのパンチが弱まったようにも感じるな。 「眠れる森にて」の方がずっとまとまりがいい。フランス革命でイギリスに逃れた伯爵家の後継者が、王政復古で元の領地に戻り、自分の城館を購入した成り上がり者の男爵から城館を買い戻そうとする。しかし、若伯爵はこの男爵令嬢に一目ぼれした....しかし若伯爵はこの男爵一家が死と再生を繰り返している、としか思われない怪奇現象を目撃する。男爵一家は吸血鬼では? 面白そうでしょう?実際、ゴシックな雰囲気がいい小説。王政復古の時代劇を背景にしたのが成功して、ロマンの味が強く出ている。で、この若伯爵はこの謎に飲み込まれて自殺するが、その大甥の現代青年カップルが、この謎をサクサク解明する。強引な部分もあるが、切れ味がいいので好感。偶然でも「自分は見たんだ!」というのが、一人称のいいところ。時代がかっているからこそ、独白の勢いに飲まれて、なんとなく納得してしまう。 というわけで、表題作より「眠れる森にて」の方がずっと面白い。 |
No.1 | 6点 | 人並由真 | 2017/09/18 15:59 |
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(ネタバレなし)
『魔性の眼』 柑橘類の輸入業を営む富豪エチエンヌ・ヴォブレ。その息子のレミは12年もの間、麻痺した体を自宅で療養させていた。だが、辛く長いリハビリを終えて18歳の時にようやく自由に動けるようになる。かたやエチエンヌの仕事は、彼の弟でレミの叔父にあたるロベールが支えていたが、その叔父はレミに、実は父の会社はいまや倒産寸前なのだと語る。外出が可能になったレミは、亡き母「マミ」ことジュヌビエーブの墓参に向かうが、そこで彼が見たのは意外な情景だった…。 『眠れる森にて』 1818年の欧州。少年時代にフランス革命で父を処刑され、母親とともにイギリスに亡命したフランスの貴族、ピエール・オーレリアン・ドウ・ミュジャック・デュ・キイ伯爵。成人した彼は苦渋の人生を送った母の遺言を受け、現在は別人の手に渡っている実家の古城を買い戻すため、故郷の山村に舞い戻る。土地の優秀な公証人メニャンの助力もあり、城の現在の持ち主ルイ・エルボー男爵から物件を譲ってもらう話はスムーズに進んだ。そんななか、伯爵は男爵家の妙齢の美少女クレールに恋をしてしまう。だが夜半に城を訪れた伯爵が目撃したのは、一晩のうちに死と復活をくり返すエルボー男爵家の面々の怪異な姿だった! まったく毛色の違う二本の中編が収録された一冊。原書は1956年に同じ収録内容で刊行され、日本では昭和32年にポケミスの初版が刊行。 『魔性の眼』は、長年にわたる病床の場というある種の非日常から現実に復帰した少年の視点で綴られる心理サスペンス風の作品。アルレーあたりの作風に通じる感触もあり、その意味でいかにも文学派フランスミステリっぽい一篇。ちなみにキイワードの「魔性の眼」についてはたぶん大方の読者を裏切る形で作中で語られて、最後は、まあ、そういうことなんだろうね、という読後感に落ち着く。水準作~佳作。 もう一篇の『眠れる森にて』の方は、本作がまだ未訳のころ、かつて都筑道夫が日本語版EQMM誌上で絶賛した、J・D・カー風の怪奇趣味とそれと裏表の不可能犯罪? 性に満ちた作品。実はこっちが今回の興味の本命であり、それゆえツンドクの一冊を手に取った。 19世紀の伯爵が遺した手記をもとにその不思議な謎を解くのは、現在の伯爵の子孫である青年アランの婚約者エリアーヌで、世の中の怪異など信じない明るい現代っ娘が過去の不思議な事件に論理的・現実的な推理を行う。 解明は、後年にやはり都筑が好きだったE・D・ホックのよくできた短編をなんとなく思わせるような手際で決着。ゾクゾクする御伽話・民話的な怪異がズバズバと明快に真相を暴かれていく感覚は快い。ちょっと強引な部分も無いではないが、こちらは中編パスラーとしての秀作。 |