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人並由真さん
平均点: 6.35点 書評数: 2257件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.237 6点 謎の館へようこそ 白- アンソロジー(出版社編) 2017/10/29 09:50
(ネタバレなし)
 <講談社・新本格30周年記念企画>の一環である、現在形の新世代作家による書下ろしアンソロジー。
 以下に簡単な寸評を。書式はHORNETさんのレビューに倣わせて頂きます。

◇陽奇館(仮)の密室(東川篤哉)
 国産ミステリ史においては三番煎じのトリック! こういうものに「有名な長編と、さらにその先駆の短編に前例があります。もっとひとひねりを」とダメ出ししない担当編集者の了見もよくないのでは?
◇銀とクスノキ~青髭館殺人事件~(一肇)
 初読時は悪くないと思ったが、そのあとに続く濃い作品群の前に霞んでしまった感じ。 
◇文化会館の殺人 ――Dのディスパリシオン(古野まほろ)
 同じ叢書で活躍中の女子大生探偵(真実鑑定士)ユイカの登場編。ゆるい方のまほろ先生ですが、ジュブナイル的なまとめ方は結構スキ。
◇噤ヶ森の硝子屋敷(青崎有吾)
 E・D・ホックの良く出来た短編を思わせる秀作。フィニッシング・ストロークも決まっている。
◇煙突館の実験的殺人(周木 律)
 序盤の掴みから途中のスリル、最後の意外な真相までを含めて、これが本書のなかのベストかな。私的に今まで周木作品はノンシリーズものばかり読んでるので、有名な「堂シリーズ」に先に接していたら、また印象は変わったかもしれない。
◇わたしのミステリーパレス(澤村伊智)
 この作者らしい、トリッキィなミステリ味を具えたコワイ話。読者に想像を委ねる書き方をしている部分も相応にあるが、そこがまた効果的。

 ところで世代人的に「謎の館」といえば、ナショナル乾電池のCMヒーロー・キングパワーUのテーマソングですな。誰か「覚えてます」と言ってくれ(涙)。

No.236 7点 名探偵は嘘をつかない- 阿津川辰海 2017/10/29 01:45
(ネタバレなし)
 死後の世界に在する神様や魂の転生といったスーパーナチュラル要素をミステリのパーツに組み込みながら、作品全体としてはハイレベルなロジックの整合で攻めてくる、かなり剛速球のパズラー。なんというかグロ趣味を抑えながら、トリックよりもロジックにさらに重点を置いた白井智之みたいな作風である。
 <どんなに異常なことであっても、それしか不条理の解法が見つからないもの>として≪作中の現実≫を登場人物たちがやむなく受け入れ、そこから対応策が始まるあたりは、あの『デス・ノート』を想起させる面もあった。

 本作が処女作という作者はまだ二十代前半のミステリマニアだそうで、一部に生硬な部分はあるものの、文章は全体的に達者で構成も練り込まれている(中盤、中規模の山場が続き過ぎる感じもあるので、読むこっちは相応に疲れたが)。
 まちがいなく今年の国産作品の上位に来る力作だとは思うが、一方でネタの盛り込み過ぎが胃にもたれる感触もあり、この作品の大設定である「探偵の弾劾裁判」もあえて無くても良かったんじゃないかなあ。まあそうなると、本作の絢爛的な持ち味は薄れるかもしれないけれど。
 あと過去の殺人事件の人を喰ったような真相は、どこかで見たっぽい感じではあるが、本作の締めには実によく似合っていた。そういう意味ではミステリ作家としての確かなセンスは実感する。
 次作は、良い意味で、もうちょっと軽く短めにお願いします。

No.235 7点 007 逆襲のトリガー- アンソニー・ホロヴィッツ 2017/10/25 10:43
(ネタバレなし)
 米国を揺るがした「ゴールドフィンガー」事件ののち、007号ことジェームズ・ボンドは協力者だった女ギャング、プッシー・ガロアを伴って母国に戻り、休暇を楽しんでいた。だがそこにMから指令が下る。命令の内容は、英国レース界のチャンピオン、ランシ―・スミスの周辺に、ソ連の情報部さらにあのスメルシュの影がちらつくので護衛せよ、というものだった。早速、任務に赴くボンドだが、彼はそこで予想もしなかった巨悪の大陰謀を認めることになる。

 いや、これは非常に面白かった。
 私的に、原典であるフレミングの正編007は、一本だけあえて手つかずで取っておいてある長編作品以外、全部読んでいる。
 しかしその一方、すでに多数あるボンド・パスティーシュはピアーソンやジョン・ガードナーの初期作のほかはほとんど未読だった(変化球の007ものでは、カッスラーの『マンハッタン特急を探せ』なんか超・超・大好きだけれど)が、今回はズバリ正編『ゴールドフィンガー』の後日譚、同作のヒロイン、プッシー・ガロアのその後も描かれるという設定に惹かれて手に取った。
 ちなみに本書はフレミングの存命中にアメリカで007のTVシリーズが製作された際、原作者みずからがその映像用に提供したストーリーメモを原案としているとのこと。そんな立ち位置も、あまたある007パスティーシュのなかで本書に別格的な箔をつけている。

 なお作者ホロヴィッツはすでにホームズパスティーシュを何冊か手がけ(筆者はまだ未読だが)、そちらで良い意味のファン向けのニセモノ小説のコツを掴んでるのあろう。
 今回は、ところどころエッチな文体といい、随所に山場を設けるストーリーの組み立て方といい、フレミングらしさが横溢である(ボンドが過去の事件簿に思いを巡らすあたりはちょっとサービス過剰な気もするが)。フレミング007のパターンである<悪役の一大不幸自慢>が始まるあたりは大笑いして、心の中で拍手喝采した。
 そもそもすでに敵陣営(スメルシュほか)に顔も素性も知られたスーパースパイが前線で活躍するなら、まだ世界規模の文明が情報化社会にほど遠い過去設定の方が都合もよいわけで、そのあたりの大設定もうまく作劇に組み込んである(ハイテク的な情報分析や仲間組織へのデジタル通信の類が不可なこととか)。

 一方で良い感じで、当人自身が少年時代から007ファンだった作者のボンドのキャラクターへの踏み込みも感じ取れる。特に<職業的な殺人者ではなく、あくまで人間として闘いたい、そしてそれこそが自分の強みだ>と自認する彼の姿など、実にグッとくる。
 フレミングがTV用に遺した原案はまだあと4編あるらしく、さらにホロヴィッツは次作の執筆も始めてるらしいので、今後にも期待。

 あと翻訳の駒月雅子さん、よく仕事するなあ、今年何冊刊行してるんだ、という感じだが、全体の流麗な翻訳文とは別のところでちょっとだけ苦言。
 101ページ目に<若いレーサーのレースに参加しての生還率は8人に1人>とあるけど、これ死亡率の間違いだよね? 参加レーサーの8人のうち7人が死ぬのが当たり前じゃモータースポーツが成立しないよね? よろしくご確認をお願いします。  

No.234 6点 屋上の名探偵- 市川哲也 2017/10/24 13:08
(ネタバレなし)
 澄雲高校の二年A組に在籍する「おれ」こと中葉悠介は、同校の三年生で生徒会長でもある姉・詩織里を、傍から見れば危険なほどに敬愛している。だがその姉が足を痛めて水泳の授業を見学中、何者かが教室に置いておいた彼女の水着を盗む事件が起きた。悠介は、同学年の転校生でE組に在籍する「名探偵」と噂される少女・蜜柑花子に捜査の協力を求めるが。

 現在のところ長編が三作上梓されている「名探偵の証明」シリーズの主人公・蜜柑花子のイヤーワンというかアーリーデイズを描く、前日譚の連作短編。澄雲高校周辺で起きる日常の謎(殺人はないが、一部、傷害などの強力犯罪はあり)四編を収録してある。
「証明」正編の長編三本は全般的にミステリとしてはもうひとつで、むしろ「シリーズもの名探偵ミステリにおける仮想実験」をいくつか試みているらしいところがポイントなのだが、それで好感をもてるかどうかで読み手の評価が分かれる(個人的には、嫌いではない。だから今回のこの本も手に取った)。
 しかしながらこちらは傑作・優秀作とはいえないまでも、そこそこ佳作レベルで手堅い内容のパズラーが集まった感じで、悪くはない。ホワイダニット的には、まあそういう真相だろうね、という所感の第三話などもある一方、妙な経緯で人間消失が生じる第二話など結構よい感じだった。
 正編の「証明」シリーズは第三作目のラストで一区切りを迎えた感もあるが、それでもその上で継続も可能だと思うので、またその内、蜜柑花子には会ってみたい。

No.233 6点 ベスト本格ミステリ2017- アンソロジー(出版社編) 2017/10/21 20:16
(ネタバレなし)
 ここのところちょっと忙しく、仕事を放って長編読んでてもアレなので、短編集やアンソロジーをちょびちょび楽しんでいる。通院の際のお供にもちょうどいい。
 というわけで昨年分に続いて今回もこの路線のアンソロジーを手にしましたが、なかなか総じてレベルが高くて良かったですな。
(ちなみに本書は、今年が『十角館』を一応の起点として数えて、国内新本格30周年を記念する企画の一冊でもある。)

 収録短編の10本がそれぞれ水準以上に面白く、なかでも個人的なベスト編は葉間中顕のトリッキィな警察小説『交換日記』。これは連作シリーズのその形質までも××××××××に使っていて(それが作者の意図か偶然かは判然としない部分もあるが)、見事にやられた。
 キャラクターに魅力のある『早朝始発の殺風景』(青崎有吾)『鼠でも天才でもなく』(似鳥鶏)、<そっち>でもうひとつ引っ繰り返すか! という仕掛けの『言の葉の子ら』(井上真偽)、正統派パスラーの『琥珀の心臓を盗ったのは』(青柳碧人)『佐賀から来た男』(伊吹亜門)なども良い。
 苛烈な独自の世界を描いた『シヴィル・ライツ』(佐藤究)やこのアンソロジーのシメの位置に配置された連城風の短編『もしかあんにゃのカブトエビ』(倉狩聡)も収録作品の幅を大きく広げて味わい深い。 
 個人的に全部が初読だが、ここで初めて出会うシリーズキャラクターもいたりして、彼ら彼女らをメインに据えた短編集がすでに出ているものは、いずれそっちにも手を伸ばそうと思った。
 21世紀の国内短編ミステリ・シーンは豊潤である。

No.232 7点 Y駅発深夜バス- 青木知己 2017/10/17 15:13
(ネタバレなし)
 虫暮部さんのレビューに興味を惹かれて読んでみた。作風の振り幅の広さは実に楽しかった。ノンシリーズものを集めた短編集なら、こういうバラエティ感のあるものが好みである。
 標題作と、配列で二番目にくる『猫矢来』の二編が、個人的にはミステリとしても小説としても特に好ましいバランスである。前者のN××要素や嫌なラスト、後者の女子主人公の内面のモノローグ「でも、だまされているよりは、変態の方がましな気がする」とかには妙なトキメキを覚えた。なお『ミッシング・リンク』も『九人病』も(後者は虫警部さんの言われるとおり)ラストをひねり過ぎた感もなきにしもあらずだが、それぞれの舞台設定とミステリ的な結晶感はいい。最後の『特急富士』は、倒叙ものの一種の「あるある感」をネタにまとめ上げた好編。
 なんというかスタンリイ・エリンかダールあたりの作風に新本格の骨格を組み込んだ感じで、全体としてはとても楽しめた。それなりに良いノンシリーズ短編を書いていた初期の赤川次郎を、さらにずっとロジカルにした感触もある。

■P124の4行目は「貴之」じゃなく「浩一」だよね? 再版か文庫化の際は直しておいてください。

No.231 6点 浜中刑事の迷走と幸運- 小島正樹 2017/10/17 15:10
(ネタバレなし)
 昭和43年夏の群馬県。苦学生の少年・池澤俊太郎は、陰湿な恐喝者をはずみから傷付けてしまう。池澤の随一の親友である高校生・里遊馬は、母子家庭の家族を養わねばならぬ池澤を庇って身代わりの罪をかぶり、保護観察処分となった。高校を中退した遊馬は、同じ県内にある全寮制のフリー・スクール(卒業しても高校卒業の公認は得られない私塾)の与古谷学園に入園するが、そこは生徒を暴力と虐待で縛る拝金主義の魔窟だった。だがそこで暴力教師・関村広茂が変死。凶器と思われた苅込鋏ははるか遠方の意外な場所で見つかった。

 田舎でのんびり駐在生活を送りたい本人の意図とは別にラッキーかアンラッキーか功績をあげてしまう「ミスター刑事」こと浜中康平ものの第二弾(ただし今回の実質的な名探偵役は、浜中の相棒の夏木大介刑事~前回もそうだったかな? 忘れてしまった)。

 物語は数十年前の<戸塚ヨットスクール事件>を思わせる題材だが、内容はおそらく現実の事件以上にカリカチュアライズされている。
 トリック派の作者としては今回は消えた被害者(の死体)の行方の謎、学園内で起きたなんらかの事件のホワットダニット、さらには周囲に建造物やその時間に飛んだ飛行機やヘリなどなにもない場所で「高空から落下」した凶器の謎などが創意となっている。
 学園内の苛烈な虐待の描写は、今年、すでに古野まほろのあの長編を読んでいたものの、それとは違うベクトルでじわじわ来る。今回はメッセージ的な意味で作者はこっちに重点を置きたかったのかな、と思っていると、終盤でこの描写がある部分のホワイダニットに応えた形になるのはうまい。佳作~秀作。 

No.230 7点 代診医の死- ジョン・ロード 2017/10/17 15:08
(ネタバレなし)
 <英国三大退屈派作家>として、クロフツ、ヘンリイ・ウェイドと並んでジュリアン・シモンズに名を挙げられたこのジョン・ロード。
 えー、クロフツ面白いじゃないの! ウェイドはまだそんなに読んでないけれど、と思ってた筆者だったが、なぜかこのロードに関してはそのシモンズの評価が念頭にこびりついて、まったく読まずにいた(例によって邦訳本はそれなりに買ってあるのだが~汗~)。大昔、『プレード街』を読もうとして、森下雨村の訳文に抵抗があったためか。まあ雨村の訳も今ならなんとか付き合えそうだけど。

 というわけでいささか本題前のマクラが長くなりましたが、今年の新刊(商業出版としては)の本作が筆者の<ジョン・ロードデビュー(笑)>なんですが、いや、これが実に面白かったですな! 
 途中までは、地味ながら警察官が足で歩き回る捜査の道筋を正にクロフツっぽいと思いつつそれなりに楽しんでおりましたが、終盤の山場でいっきにケレン味ある大技を披露。頗る最高でした。
 まあすべての真相がわかったあと、真犯人の立場にしてみればあまりにも綱渡りで現実性の低い計画を進めていたというリアリティの希薄さはあるものの、小説内の出来事としてはギリギリ許容できる範囲かと。
 いまのところ今年の翻訳ミステリ新刊のマイベストワン。これが2~3位になるようなさらなる傑作・秀作に出会えればいいのお。

No.229 6点 夜間病棟- ミニオン・G・エバハート 2017/10/17 15:06
(ネタバレなし)
 20世紀の前半。セント・アン病院の看護師(作中の本文では「看護婦」表記)婦長を務める「私」こと、オールドミスのサラ・キートは、病棟の南棟18号室で入院患者のジャクソン氏が殺害されている事実を認めた。被害者はモルヒネを過剰に注入されて殺され、しかもその周囲からは治療用の貴重なラジウムが紛失していた。キートは、地元の警察署長の信認も厚い青年刑事ランス・オリアリーの捜査を見守るが、次第に彼女自身もさらに事件に深く関わっていく。

 エバハートの処女作で1929年の長編。のちにシリーズ探偵となるランス・オリアリーとサラ・キート、コンビもののデビュー編でもある(日本でははるか昔に、稀覯本が多く収録された六興キャンドルミステリの一冊として、シリーズ第四作の『暗い階段』が邦訳されているが筆者は未読。本も持ってない)。
 それで本書の内容に関しては、その周辺に連続して怪事件が起こる「18号室の謎」でちょっと館もの風というかゴシックロマン風というかの薬味を効かせながら、やがて連続殺人となるフーダニットの興味に物語が突き進んでいく。

 仕上がりとしては全体に丁寧で手堅い作りだが、一方でずいぶん地味な筋運びであり、ラジウムの隠し場所もそこしかないでしょう、という感じ(というか当時はガイガーカウンターとか無かったのだろうか。当方は物理学に弱いので、その辺はよく知らないのだけど)。
 あとヒロインと男性主人公(オリアリー)とのロマンスもちょっとだけ期待したが、少なくともこの作品ではムニャムニャ。まあのちのシリーズでどうなってるかは知らないけれど。
 個人的には同じ作者なら、先に同じ論創で出た『嵐の館』の方が、ミステリ的にもストーリー的にもキャラクター的にも面白かった。
 まあ悪い作品ではなくて、現実に入院経験のある筆者には個人的に興味深いところも多かったのですが。

No.228 6点 探偵ファミリーズ- 天祢涼 2017/10/13 15:04
(ネタバレなし)
 この作者、またまた新しいシリーズ探偵を創造してしまったけれど、連作短編集としてはサクサク読めます。
 ただしメルカトルさんのご指摘通り、タイトルはあまりあってないね。「レンタル家族」のほうが良かったんじゃない?(ついでに言えば、ジャケットカバーに描かれた主人公のリオのビジュアルイメージも微妙に違うような~ポイントは吊り目でしょ?)。
 個人的にはトリックや謎解きの伏線・ロジックはおおむね及第点(少し甘いかもしれんが)で、同時にこの設定の枠組みのなかで各話の事件のバラエティ感を出そうとしている、作者の意欲も感じられる。
 まぁ犯罪要素(パズラー興味)がそれなりに盛り込まれた日常の謎系としては水準作~佳作ではないかと。
 キャラクターたちも悪くはないし、もし続刊が刊行されれば読みます。

No.227 6点 月明かりの男- ヘレン・マクロイ 2017/10/12 17:30
(ネタバレなし)
 ウソ発見器やら怪しげな亡命者の密集やらケレン味ある趣向が盛りだくさんのパズラーで、その点は誠に結構。ネタの盛り込みようは、ちょっとC・D・キングを思わせる印象もある。
 弱点をあえて挙げれば中盤の関係者への尋問が続くあたりがややダレることだが、後半になって事件の裏や周辺の真相が続々と浮上してくるあたりはパワフルな面白さだった。
 しかしマクロイ、この作品のなかで話題にしたネタをのちの作品のなかでもっと本格的に使っているあたりは興味深い。その意味、日本ではこの作品が当該のもうひとつの作品より遅れて翻訳されたのはよかったのかな、とも思う(本作を先に読んでいたら、そっちの意外な真相の見当が早々とついた可能性もあるので)。
 ただし「月明かりの男」について三人の証言が食い違うあたりの謎解きはやや腰砕け。いや小説内のできごととしてはリアルだと思うんだけど、そのロジックなら割とあらゆることがアリになっちゃう気もする。

 それにしてもウィリングものの長編もこれであと未訳ひとつ。これからマクロイを読む読者はシリーズを日本語で執筆順に読むことも(ほぼ)可能で、その意味ではうらやましい。と言いつつ、オレもまだ『死の舞踏』読んでないんだけど(汗)。
(しかし鳥飼さんの巻末の解説はかなり奥ゆかしいね。シリーズ上、この作品がどういう位置になるかは、まあ書いちゃってもいい気もするんだけど。この作品でマクロイに初めて接する読者まで想定して、かなり気をつかっている。)

No.226 7点 ブルーローズは眠らない- 市川憂人 2017/10/09 12:47
(ネタバレなし)
 前作以上に怒涛のごとき合わせ技で攻めまくる一冊で、作者のミステリ愛がひしひしと伝わってくる快作。
 中盤の『エリアンダー・Mの犯罪』を想起させる文書の謎は「まあそれ以外ないよね」という解法だが、しかし読者がひとつかふたつネタを見破ったところで総体としては揺るぎもしない正統派&技巧派パズラーの迫力。これはたっぷり堪能した。
 殺人の意外な構図や、「なぜ事件に巻き込まれたと思しき関係者を殺人現場で犯人はギリギリ縛り上げたか」の謎解きにもニヤリ。 
 ただし後半である大ネタがわかってからは、それについての描写で<神(作者)の恣意が入り過ぎた作法>に摩擦感を覚えないでもないが、ここはグレイゾーンか。そんなのは、この作品に限った問題ではないし。
 いずれにしろ次作も楽しみな作家とシリーズではあります。

No.225 5点 NO推理、NO探偵?- 柾木政宗 2017/10/09 12:33
(ネタバレなし)
 第1・2話に関しては、そのイタさが実にざわざわ来る感じだった。なんというか、田舎からアメリカンドリームを夢見て都に出て来た女子の漫才師コンビが、いざステージに立ったら、かねてから仕込んできたネタですべりまくるような…。
 ただ第3話(旅情ミステリ編)の着想(実は…)や、第4話(エロミステリ編)のくだらなさは結構ツボにはまります。最後も書き手の熱量がいまいち面白さやミステリとしてのときめきに繋がらない感じはあるけれど、こういう姿勢は嫌いじゃない。
 
 それにしてもこの作品は、みなさんの評がそれぞれとても面白いですね(笑)。レビューも芸だということを改めて実感します。 

No.224 7点 ドローン探偵と世界の終わりの館- 早坂吝 2017/10/08 10:00
(ネタバレなし)
 物語が殺人の舞台となる場に移ってからは、消化試合で惨劇が続いていく感じ。その意味でやや退屈を覚えた。
 とはいえ最後に明かされる本作の大仕掛けは、かなり強烈。二段構えの意外性とあいまって、綾辻の館シリーズのあの最高傑作をも想起させる××的なショッキングさがある。なるほど横溝の『黒猫亭事件』よろしく、巻頭から作者がトリックを示唆した上で読者に挑戦してくるわけだ。
 まあ真相を見抜けなかった悔しさゆえの憎まれ口を叩くなら「それって、単に◯◯的な知識の問題じゃありませんか?」と言いたくなるような気分もあるが。
 
 あとキャラクタードラマとしての最後のクロージングは凄く好きである。恩を受けた人と自分との本当の立ち位置というか距離感を見出した主人公の健全さが、とても良い。『誰も僕を裁けない』も前向きなラストだが、あっちはちょっと綺麗にまとめすぎたなという感もあったが、こちらでは当該の人物の心根が改めて(以下略)。
 そういう点では作者のこれまでの作品のなかで一番スキだわ。  

No.223 6点 あなたは嘘を見抜けない - 菅原和也 2017/10/08 09:39
(ネタバレなし)
 若手料理人の「僕」こと高辻裕樹。その高辻は、職場のレストランのバイト娘・花村郁美の紹介を経て、その友人の唐橋美紀と恋人関係になる。美紀には廃墟を探索する趣味があり、複数の同好の士とともに離島の「廃島」に赴くが、そこでもうひとりの人物とともに、不審が残る状況のなかで命を落とした。高辻は事件の真相を探ろうとする。そして明かされる「廃島」での怪死の真相とは?

 この数年、コンスタントに秀作を放っている菅原和也の新作。ある点に関してはこちらが油断していたこともあって見事に騙されたが、気づく人は気づくだろう。 
 廃墟内での<密室>といえる状況での殺人事件は、不可能犯罪的な興味として、普通に面白い。視覚的にちょっと××な? トリックも印象的である。
 なおあんまり内容については書かない方がいい作品だが、最後まで読んでこれがタイガ文庫で出たことが腑に落ちた。タイトルが含む意味の味わいもしみじみ来る。

No.222 5点 ホテル・カリフォルニアの殺人- 村上暢 2017/10/07 10:03
(ネタバレなし)
 気になった新作なんで読んでみたら…むむ…これは。
 なんつーか、とにもかくにも噂になっている飯屋が近所に開店したので行ってみたら、たしかに味付けや調理の仕方に魅力はあるんだけど、一方でよく洗ってもいない、野菜の皮も剥いてない、そんな食材ばっかで作った料理を出された感じ。

 主人公の青年ミュージシャン、トミーが素人探偵役を務めるのだが、殺人現場でどうみても説得力の無い捜査権や発言権をもらったり(事件の現場にいた刑事からすれば、その刑事が数年前に会った小悪党ジミー、さらにトミー自身は、そのジミーとたまたまヒッチハイクでいっしょになっただけの一見のチンピラでしかないはず)、素性のわからぬ人物の身元を追ったら、最初の情報が出たところで関係者へのそれ以上の追及をストップしたり、さらには被害者の部屋の遺留品を警察で管理せず、主人公とその同僚の仲間に片付けさせたり。
 一番あきれたのは作中の後半、何者かによって命は無事、負傷だけした状況の登場人物が出てくるのだが、そこで警察も探偵も「被害者が気が付いたら(または落ち着いたら)誰に襲われたのか訊ねよう」の主旨の一言を言いもしないこと。

 突っ込み所満載で、とても21世紀の新作ミステリとは思えない。これが昭和三十年代にアマチュア作家の作者が生涯で一作だけ書いた長編作品と言うなら、笑って納得もするんだけど。
 要は作者も天然ながら、担当の編集者の方もよっぽど想像力が欠けていたんじゃないかと。じゃなければこの辺のリアリティの補強は、もうちょっとされていたはずでしょ。
(解説の川出正樹さん、ホメるばっかじゃなく、少しはフォロー入れろよ。)
 
 しかしながらふんだんに盛り込まれた大小のトリックとアイデア、随所のロジックはたしかに魅力はあるんだよね。得点的評価だけするなら7点くらいはあげたいくらい、無邪気なほどにネタを用意していて、その辺の豪華さは見過ごせない。いろんな意味で、もし出るなら、次作が気になる新人作家ではある。

No.221 6点 囁く死体- ウィリアム・P・マッギヴァーン 2017/10/06 16:42
(ネタバレなし)
 「私」こと28歳の若手ミステリ作家スティーヴ・ブレイクは、中堅出版社トーン・ベイリーの社長トーンに声をかけられ、今度創刊する新ミステリ誌の編集長に就任した。彼は迫る発刊の日に備えて、トーンが紹介した副編集長格の四十男、バイロン・クロフォードとともに掲載候補の原稿を精読したり、誌面の方向性を研鑽する。そんなスティーヴはある雨の夜、自宅に殺人課のマーチン警部の訪問を受けた…。
 
 私的に久々のマッギヴァーン。本作は彼の処女長編で、後年のような悪徳警官ものやノワール感はほとんどない。ただし主要人物にして、他者との軋轢や女癖の悪さなど種々の問題を起こすクロフォードに対して、単なる愚物とも嫌な奴ともキャラクターを単純化せず、主人公スティーヴの視点で<100%悪い人間やイヤミなヤツではなく、クロフォード自身が自分の弱さを知っているからこそ、つい軽挙をとってしまう>とそういう人間らしさを語るあたりなど、のちのちのマッギヴァーン風の文芸味が窺える。

 作品の中身としては、先述のようにノワールともハードボイルドまたは社会派ともいえない、巻き込まれ型サスペンス風の導入部で開幕する都会派パズラー。
 物語の構成は時系列を素直に並べないちょっとひねった作りだが、最後までフーダニットの要素は押さえられており、主人公スティーヴも素人探偵役として、クライマックスに関係者一同を集めて推理を披露する。
 ただし大きな手掛かりが解決寸前になって読者の前に用意され、しかもすぐにそこから真犯人の察しがつくので、純粋な推理~謎解きミステリとしてはちょっと弱い。

 とまれ既存のミステリ作家がミステリ誌の編集長業を請け負い、その業務を苦労しながらも楽しんでいくという本作の大設定はとても興味深く、現実世界のクイーンもチャータリスもハリディもマクベインも(一部名義貸しはあったり、編集の実働を別の者に任せたりはしてるのだろうが)こういう風にそれぞれの任に当たったのだろうかと想像を巡らすとなかなか楽しい。サブキャラとして登場する、原稿を売り込みに来る作家連中の叙述も味わい深く、そっちの興味でもたっぷり楽しめた一冊。

No.220 5点 ラスキン・テラスの亡霊- ハリー・カーマイケル 2017/10/06 16:16
(ネタバレなし)
 論創のHPやAmazonの告知でも、刊行前のしばらくの間、作者名が「マーマイケル」と書かれていた不遇の一冊。多くの人が関わって作られる一冊が送り手側にも軽んじられているようで、あんまり楽しくない。

 冒頭、服毒による変死を遂げた人気作家ペインの妻エスター。これは自殺か何者かによる殺人か? 
 うーん……。とにかく地味。
 当然ながらこの設定だから、死んだエスターに自殺の可能性や動機があったのかの検証が為され、それゆえ『ヒルダよ眠れ』(1950年作品~本書の3年前の原書刊行)的な一種の被害者小説の側面も見せていくんだけれど、そちらへの踏み込みも中途半端。最後の真相への経緯まで含めて、もっととんがった人物造形にすればいいのに、と思う(これでも、たぶんネタバレにはなってないハズだ)。
 あと第二の事件の方は、この決着でいいのかね。いやミステリ的に、というよりは、ストーリー的に××××じゃないかと。
 まあラストのまとめ方は悪くなかった。
 評点は4点にかなり近いこの点数。  

No.219 7点 パーフェクト殺人- H・R・F・キーティング 2017/10/03 17:27
(ネタバレなし)
 有名な出落ちタイトルのミステリ(理由はminiさんのレビュー参照)、この趣向を知っただけでケッサクと思えて、読みもしないうちに半ばお腹いっぱい。古書で購入後、そのまましばらくツンドクにしてあった。それでこのたびそろそろ読んでみようと手に取る。ちなみにゴーテ警部もキーティングも長編はこれが初めて(例によってキーティングも、本そのものはそれなりに買ってはあるのだが~汗~)。
 
結論から言うと期待以上に面白かった。大筋の骨格はパズラーティストの警察捜査小説という感じ。特に、警官として家庭人として権力者に睨まれて辞職に追い込まれるような暴走めいた行為はできないが、その一方で世の中の正義に対してはできるかぎり誠実であろうとするゴーテ警部のキャラクターには、デティルが書き込まれた小説ならではのリアリティとそれゆえの魅力がある。
 さらにそれと対照される形で描かれる、事件関係者で建築業界の大物ヴァルデーや、また上にはへつらい下には厳しいゴーテの上司サマント警視補などの主要&サブキャラクターたちも味わい深い。
 なかでは、ユネスコから派遣された犯罪学者でインド警察の見学にきたスウェーデン人スヴェンソンが出色。当初はゴーテ警部のお荷物的な人物の役割かと思いきや、意外に直情的な正義漢で、青臭いながらもなかなか男気のあるところを見せるのもいい。物語の後半、このスヴェンソンが本筋から離れたところで窮地に陥る際、本気で肩入れて心配してしまった。
(一方で家庭を顧みない夫として妻子から警部が批難されるのは、捜査官ものの王道のお約束を守った感じだが。) 

 なお肝心の犯人捜しのミステリとしては変化球の小技を重ねて奇妙な新鮮味を出している手応えだが(××××と思いきや…とか)、ギリギリまで真犯人の正体を引っ張るサスペンスは悪くない。その犯人特定の伏線は短編ネタ…にさえなっていない感じもするが、一応張られており、見ようによってはかなり大胆な手掛かりかもしれない。尻切れトンボのように見えなくもないラストも、個人的には余韻を感じて気に入っている。
 
 ちなみにゴールデンダガー受賞(さらにエドガー賞の候補)に関しては、インドを舞台にしたエキゾチシズムで大幅に評価の底上げしたことは間違いないが、それでもたしかに、貧富の差が大きく、司法体制が盤石ではない(当時の)同国のお国柄と臨場感はよく描けている。
 先に書いたスウェーデン人スヴェンソンが勝手な思い込みでインドの文化に古来からの神秘性を見出そうとし、その一方でインドの貧民に対して中途半端に小市民的なヒューマニストになるところも心に残る。
 彼は眼前の物乞いの子供にお金をあげたいと思うが、そんなことをすれば数十人・数百人の子供に同じことをしなければならない、とゴーテに止められる(『タイガーマスク』の「全アジアプロレス王座決定戦編」の一場面を思い出す描写だ)。だがそういった、幼い善意と切ない世知をぶつけあう叙述の積み重ねが、スヴェンソンとゴーテの間にある種の友情と信頼感を育んでいくあたりもとても良い。

 たぶん本作は、発表当時の60年代には、大昔の『四つの書名』『月長石』からなんとなく受け継がれていた<英国ミステリ界のインド文化に対する伝奇的なイメージ>を切り崩して新鮮に見えたんだろうね。
 WEBを通じて21世紀のインドの文化レベルが世界中に広範に知られるようになった現代では、また違う読み方をされるんだろうけれど。

No.218 6点 引き潮 - ロバート・ルイス・スティーヴンソン&ロイド・オズボーン 2017/10/02 18:30
(ネタバレなし)
 19世紀の南太平洋タヒチ。その一角では、かつてオクスフォードに在学しながらも社会に出てからは性格的に仕事に身が入らず、愛妻とも別れた青年ロバート・へリックが、流浪の末のその日暮らしを続けていた。そんなヘリックと、貧しい白人同士の連帯感から共同生活を送るのは、深酒が原因で自分の管理する船を失った壮年の元船長「ブラウン」ことジョン・ディビィス、そしてロンドンの下町出身の元店員で小悪党のヒュイッシュだった。やがてある日、近隣の海運会社が管理する商船に天然痘が発生。乗員がいなくなった会社は急遽ディビスを雇用し、さらにその仲間2人をも雇い入れた。不遇な人生を逆転するチャンス到来と見たディビスは、この機を利用した洋上でのシージャックを構想。ヘリックたちを引き込み、積み荷もろとも船を手に入れて金持ちになる算段を始めるが…。

 スティーブンソン(本作の邦訳書ではスティーブンスン標記)が継子のロイド・オズボーンとともに1894年に著した長編海洋冒険小説。解説によると実際の執筆はロイドがほとんど行ったようである。
 設定だけ見るとよくもわるくも古色の漂う王道海洋ロマン(&ピカレスク)という印象もあるのだが、これでもかの『月長石』よりおよそ四半世紀のちの刊行で、比較的近代に近い作品である。

 主人公トリオは大雑把に言って、ヘリック=(まあ)善人、ディビィス=悪人でも善人でもない、ヒュイッシュ=人間臭い面もあるが、基本的に悪人、というキャラクターシフトで配置されている。
(具体的にはビンボーだからといって悪い事していいのか、と葛藤するヘリックに対し、ビンボーだから多少のダーティ行為は仕方がない、と考えるディビィス、さらにビンボー人が悪い事して金を稼いで何が悪い、とうそぶくヒュイッシュだ。)
 だがやがて、そんな彼らの関係性が、洋上のクライシスの連続のなかで、逐次、微妙にバランスを変えていくところが本作の読み所でもある。

 作品の狙いとしては、おもてむき読み手に向けて人間として曲げてはならない道徳意識をつねに啓蒙しながらも、実はところどころで<ちょっとくらい生きるためには道を踏み外してもしかたないよね>と甘く囁く背徳的な部分も感じられ、ああ、これは当時の読者にひそかにウケたであろう、という趣がある。そういった辺りに21世紀の現代にも通じる普遍的な感覚を見出せて、その辺はなかなか楽しい。

 物語的にはラストがややあっけなく(ただしクライマックスの奇妙な緊迫感はなかなか)、全体的にはもっともっと長くても良かった気もするが、その辺の楽しさは、ほかのスティーブンソン(&ロイド)作品で満喫すればいいのであろう。
 ちなみにドイルもチェスタートンもボルヘスも本書を愛読(または評価)してたそうだ。

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人並由真さん
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