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パメルさん |
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平均点: 6.13点 | 書評数: 622件 |
No.462 | 7点 | ベーシックインカム- 井上真偽 | 2022/11/28 08:53 |
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現在進行形の先端技術が日常生活にまで浸透した近未来を描いた5編からなる短編集。
テーマはAI、遺伝子工学、VR、身体増強、ベーシックインカムなど、どれも近未来に実現可能とされる、あるいは実用化しつつあるテクノロジーに美しい謎を織り込んで描いている。テーマからして専門用語が飛び交う小難しい物語と思ったがそのようなことない。「存在しないゼロ」では、刑事の父親が娘に話して聞かせる体で、豪雪地帯の一軒家で起きた事件の顛末が語られていく。大雪の中に取り残された三人家族が一ヶ月後に発見されるが、父親は右腕を切断、失血死していた。トラクターのロータリーに巻き込まれたというが、現場には失血死するほどの血痕はなかった。そこから話は二転三転するものの、SFらしさは出てこない。だが真相が明かされる段になってSFネタが飛び出す。切れ味鋭いその決め技には仰天の一言。 妻が失踪した理由を探るため夫が繰り返しVR怪談を見て気づく「もう一度、君と」、視覚障碍者の娘に人工視覚手術を受けさせようとする父の秘密「目に見えない愛情」、全国民に最低限の生活が出来る金を支給する政策を唱える教授が預金通帳を盗まれる表題作と、いずれもSFミステリならではの趣向に凝らされ、先端技術を道具立てにしている。だが、あくまで日常譚をベースに構築されているので馴染みやすいし面白く読める。 |
No.461 | 6点 | ワトソン力- 大山誠一郎 | 2022/11/23 07:29 |
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和戸宋志は、捜査一課第二強行犯捜査第三係に所属しながら、同僚の推理に力を貸し、いまや第三係は検挙率十割に達するまでになった。
自らは推理しない主人公と突如として推理を開陳する関係者たちというおかしな様相は、いわゆるシットコムの面白さに満ちている。もちろん表層的な楽しさだけで終わるはずもなく、その場にいる全員が我先にと喋りだす推理は、結果的に多重解決の趣向に繋がる。ダイイングメッセージ、暗闇の中での殺人、毒殺ものから足跡のない雪密室などの真相解明場面では、多彩なトリックメーカーの才を存分に見せつける。探偵役がなぜ推理力に優れているのかという背景を描く必要がないため、現場に容疑者が揃い簡単なプロフィールがされた途端に事件が起き、間髪入れず推理が始まるという無駄のない構成。 白眉は「探偵台本」。解決場面のない脚本をもとにした出演者たちによる犯人当ては、誰もが花形である犯人になりたいので自分を犯人にしようと推理するさまが、逆説的な愉悦を生み出していく。 トリックや構図の反転、遊び心を十全に発揮した技巧に、連作の枠として機能するフーダニットなど魅力にあふれている作品集。 |
No.460 | 7点 | ノースライト- 横山秀夫 | 2022/11/19 07:42 |
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一級建築士の青瀬稔は、所沢の建築事務所に籍を置き、日々の仕事をこなしていた。そんな彼が情熱を傾けた家がY邸。クライアントのY(吉野)からの依頼は、「あなた自身が住みたい家を建ててください」。青瀬の回答は、北からの光が入る「北向きの家」を建てることだった。なぜその家が彼にとって「住みたい家」なのか。それもまた物語を通じて解き明かされる謎の一つだが、最大の謎は四ケ月前に吉野夫婦に引き渡したY邸に、誰も住んでいないという現実だ。
かくして物語は、Y邸一家の捜索譚が軸になるかと思いきや、作者はその合間に、父がダム建設に携わり全国各地を転々とした青瀬の生い立ちや、彼の建築家としての仕事ぶり、少数精鋭の岡嶋設計事務所の内情なども描きこんでいき、仕事小説や家族小説としての厚みも増していく。姿を消した吉野の家族、青瀬と別れた妻とその妻のもとにいる娘、青瀬の雇い主とその妻と息子、さらに青瀬と彼の両親、そうした人々の関係が、無人のY邸を糸口に見直されていく。 失踪した依頼人の行方を探る旅は、ナチスの迫害から逃れるために日本に滞在し、日本の建築士に影響を与えたブルーノ・タウトの足跡をたどる旅と重なっていく。その過程で、青瀬は建築への情熱を新たにする。 ありがちな捜索譚に止まらず、青瀬たちの苦闘とタウトの足跡とをシンクロさせた芸術と人生の因縁劇にもなっていて、静かながらも力強い物語に仕上がっている。 |
No.459 | 7点 | 爆弾- 呉勝浩 | 2022/11/14 07:31 |
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個々の登場人物及び集団としての人々を様々に重ね合わせた多視点サスペンス。
酔って暴れた男が野方警察署に連行された。その中年男、自称スズキタゴサクが取り調べの中で秋葉原で何かが起こると告げ、同じ頃に秋葉原の空きビルで爆弾が爆発する。男はさらに複数の続きがあると語る。次は一時間後とのこと。爆弾の在りかを特定すべく、警察は男が提案した「九つの尻尾」というクイズゲームに挑むことになる。ここから犯人と警察の知恵比べの構図が浮かび上がり、警察側もそれに対抗できる能力を有する探偵役が登場する。 取調室の中で迫り来るタイムリミットのもとでの、九問のクイズを通じた心理戦が実にスリリング。それと並行して語られる都内各所での警察の捜査活動も緊迫感に満ちていて読み応えがある。さらに爆発を通じてあぶり出される人々の心理、人の価値の判断や人の命の取捨選択は、自分自身の心理として響く。 そのうえで、終盤で突き止められる事件の構図に震撼する。そこまでに語られてきた情報から必然として導かれながらも意外な構図で、衝撃に打ちのめされる。波乱に満ちたサスペンスを愉しみながら、常に自らの内にあるものと向き合うことになる。 |
No.458 | 6点 | チェインドッグ- 櫛木理宇 | 2022/11/10 08:11 |
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かつて優等生だった雅也は、今はさえない法学部の学生として鬱屈した孤独な日々を送っている。そんな彼に一通の手紙が届く。差出人は榛村大和。二十四件の殺人容疑がかけられている男だ。警察が立件できたのは二十四件のうち九件のみ。大和は九件のうち八件の容疑を認めたが、九件目の事件だけは冤罪だと主張している。大和が雅也に依頼したのは、その九件目の事件を再調査し、無実を証明することだった。
実際にモデルにしているのは、海外のシリアルキラーだと思うが、この題材は近年多く扱われているので物語としては意外性はない。そこに語り手である雅也の生い立ちと劣等意識に苛まれる人となりが合わさることで、雅也の家族や謎の男が絡むことでミステリとして楽しめる。 依頼を引き受けた雅也は、大和の過去を知る人々を訪ね話を聞き、拘置所の大和との面会を重ねるうちに雅也は大和に魅了されていく。選んでいい。選ぶ権利がある。作中、そのような意味の言葉が印象的に繰り返される。自分は選ぶ側の人間であるという自覚、あるいは自分が選ばれた人間であるという自覚、またはそうありたいという願望。多くの人が似たものを抱えているのではないだろうか。 雅也は事件の真相にたどり着けるのか。大和の実像をつかめるのか。それを知るために読み進めると、物語の最後に気づかされることになる。心の闇を暴かれるのは自分自身ということを。 |
No.457 | 6点 | 偽りの春 神倉駅前交番狩野雷太の推理- 降田天 | 2022/11/06 07:30 |
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神倉駅交番に勤務する狩野雷太。彼はかつて「落としの狩野」と呼ばれていた元刑事だった。誘拐、詐欺、泥棒など様々な悪事に手を染めた5人が狩野と対峙する倒叙ミステリ連作短編集。
「鎖された赤」語り手の「僕」は少女を誘拐して神倉市のある場所に監禁していた。幼い頃、赤い着物の少女を大事に世話する男のイメージに憑かれた「僕」は、認知症で施設に入れられた祖父の留守宅の管理を頼まれる。そこで古い土蔵を発見したことから、長年抱えてきた欲望を実現させた。しかし土蔵の鍵を紛失、駅前の交番に届けざるを得なくなる。そこで会ったのは、軽薄な印象の警官・狩野。「僕」の異常心理が丹念に描かれており、それだけでも読み応えがあるが、狩野が実は鋭い観察眼と推理能力を併せ持つ切れ者であることが分かってくるあたりもスリリング。とにかく矢継ぎ早に質問を重ねていくのだ。だが本編のキモは、その後の思いもよらない展開にある。 「偽りの春」語り手は高齢者相手の詐欺グループを率いる水野光代。仲間が収益を持ち逃げし、さらに自分たちの犯行を知る者から1000万円を要求する脅迫状が届いたことからピンチに陥る。彼女は最後の大勝負に出るが。巧緻な罠が仕掛けられている。 「名前のない薔薇」年の離れた泥棒と看護師の恋愛譚から始まる。関係を断ろうとする泥棒に看護師は、ある家から薔薇を一輪盗んでほしいという。それが二人の人生を変えていくことに。 「見知らぬ親友」と「サロメの遺言」は連作仕立てで、美大の女学生同士の複雑な友情がもたらす犯罪劇と、その後日談ともいうべき、芸術家の業をとらえた悲劇の顛末が描かれるが、この二編で注目すべきは、「落としの狩野」と言われた男の過去が明かされることでしょう。 どんな決着の仕方でも、切ない気持ちになる。読後にしみじみと物悲しくなる作品が多い連作集。 |
No.456 | 7点 | 入れ子細工の夜- 阿津川辰海 | 2022/11/02 08:27 |
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コロナ禍を背景に、いずれも趣向を活かした四編からなる短編集。
「危険な賭け~私立探偵・若槻晴海~」殺されたフリー記者の持ち物を探偵の「おれ」が捜し歩く。被害者は立ち寄ったバーでカバンを取り違えたらしい。取り違えたカバンには購入した古本が詰まっていたことから、最寄りの古書店に聞き込みに回る。ハードボイルドのオマージュに、意外な真相が待ち受けている捜索の行方もさることながら、何より古書ミステリ趣向が味わい深い。 「二〇二一年度入試という題の推理小説」ある大学が入試に推理小説の謎解きを採用したことから起きる騒動劇で、問題の犯人当てミステリや様々な関係文書から再構成されている。手記とSNSのみで構成された見事な作話とブラックユーモアが冴えている。 「入れ子細工の夜」アンソニー・シェーファーの舞台劇を映画化した「探偵スルース」にオマージュを捧げた一編で、秘密の暴露合戦の果てに明かされるのは。舞台風の密室劇と知能戦で、凝りに凝ったつくりで読ませる。 「六人の激高するマスクマン」六つの大学のプロレスサークルの代表者会議が、久々に執り行われるが、やがてスター格のマスクマンが殺されたという知らせが入る。設定はマニアックでドタバタ劇だが、謎解きはロジカル。 |
No.455 | 9点 | 方舟- 夕木春央 | 2022/10/29 07:46 |
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越野柊一は、従兄の篠田翔太郎と大学時代に所属していた登山サークルの仲間と一緒に、スマホの電波も届かない山奥にある地下建築へ探検しに行く。地下三階まである貨物船を想起させる建築物は、館内図によると「方舟」と称するらしい。「一番嫌いな死に方って何?」などという会話をしているところ、きのこ狩りに来て道に迷った三人連れの親子がやってくる。そして総勢10名で夜明けを待つことに。すると地震が発生し、鉄扉は大岩で塞がれてしまい、閉じ込められてしまった。さらに徐々に水が流れ込み、水没の危機が迫るなか、仲間の一人が他殺体で発見される。
トロッコ問題(多数の命を救うために、一人の命を犠牲にすることは正しいか)を含めたデスゲーム的趣向もあるクローズド・サークルもの。これは前例がないのではないか?殺人犯を捕まえたい一方で、居残る人を決めなければならないというジレンマに陥るタイムリミットサスペンスをはらんだスリラーで緊張感に満ちている。 フーダニットとしての推理展開は精巧で、ある物証を使った推理の積み重ねで、アクロバティックな論理を堪能できる。このような極限状況下で、なぜ殺人を犯さなければならなかったのかという不可解なホワイダニットは、犯人の頭の良さと狂気に戦慄させられる。そしてラストのどんでん返しに凍りつくとともに唖然とさせられる。本格ミステリとしてもサスペンスとしても一級品の作品である。 |
No.454 | 5点 | 卍の殺人- 今邑彩 | 2022/10/24 07:42 |
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ネタバレあります
東京創元社が「鮎川哲也と十三の謎」を刊行する際、十三番目の椅子として公募したところ、この作品が選ばれた。なおこの公募は、翌年から「鮎川哲也賞」としてシステム化されている。 萩原亮子は、婚約者の安東匠に連れられて、彼の実家を訪れた。卍型をした屋敷には、双子の娘たちの家族である安東家と布施家の二家族が住んでいた。そして連続殺人事件が発生する。 複雑な家系図や屋敷の見取り図に魅了されるし、密室トリック・暗号トリックと本格ミステリとしてのガジェットは詰め込んであるし、雰囲気もお気に入り。 だが、共犯であればこそ成立するアリバイトリックを、共犯者ではあり得ないと誤認させるといったプロットは使い古されており、新鮮味は感じない。犬猿の仲と思わせての実は共犯という描写が、あまりにもあからさまで、なんとなく想像がついてしまったのが残念。 |
No.453 | 6点 | 死仮面- 折原一 | 2022/10/18 07:47 |
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現実と作中作が同時並行で進む複雑な構成の物語。秋月雅代は、急死した内縁の夫の境遇が、秘密に包まれていたと知る。夫が何者かを調べ始めた雅代は、遺品の小説を読み始める。小説には、同級生が少年連続失踪事件の犯人らしき仮面の男に、拉致されたと考えた中学三年の僕が、男の暮らす洋館に乗り込んでいく物語が書かれていた。
ストーカーになった前夫に追われながら、亡き夫の過去を追う雅代のパートと、洋館に不気味なコレクションを並べた仮面の男と対決するゴシック小説を思わせる僕のパートは、いずれもサスペンスに満ちている。やがて小説の舞台を訪ねた雅代は洋館を発見。さらに僕の父が書いた小説に雅代が登場し、どちらが作中作か分からなくなる。 二つのパートがどのようにリンクするかが最後まで見えてこないだけに、迷宮の中を彷徨っているかのような不安と恐怖を味わることができる。 合理的な謎解きと物語を錯綜させる相反する要素を使い、自分は友人や家族のことを理解できているのか、自分が悪に魅了されることはないのか、などを問いかける本書は、価値観を揺さぶる意味でも優れている。 |
No.452 | 7点 | カマラとアマラの丘- 初野晴 | 2022/10/13 07:44 |
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廃墟となった遊園地に、人目を避けて訪れる人たちがあった。遊園地には愛した動物を埋葬するための秘密の霊園があり、ここに埋葬するためには、月の出た深夜に忍び込み、墓守の青年・森野と交渉して、自分が一番大切にしているものを差し出さねばならない。一番大切なものを差し出してもその霊園を訪れる者がいるのは、そこに埋葬されることで、安らかな眠りがもたらされるからである。
本書に登場する人間の伴侶として認められた動物たちは、人間と意思疎通ができるという点において、人間と同じレベルの知能を持ってしまった。しかし人間ではない姿かたちと、人間と同じ存在として存在しえないということ、その違いに気づいてしまったことにより悲劇が生じる。あるいは、会話ができる人間同士であっても、言葉が通じない、聞こえないふりをして、相手の存在をいないものとして否定することもある。本書に登場する動物たちは、そうした人間関係の暗喩として捉えることができるが、人間に翻弄される動物の姿をとっていることが、より動物自身のやるせなさを感じさせる。 「シネレッタの丘」は密室殺人の謎の上にかぶせられた、もう一つの謎の解明が秀逸。人間同士の意思疎通が、人間と鳥という異種間同士よりも困難だったという、それでも人間でないものの悲哀は大きい。 最初のうちは、ハートウォーミングな物語だと思い読み進めていくと、全く違うことが分かってくる。現代的な社会風刺もあり、期待している方向性が間違っているとガッカリさせられるかもしれない。しかし、動物との関わりを描くドラマ性とミステリが見事に融合されていることは間違いない。 |
No.451 | 5点 | 刀と傘 明治京洛推理帖- 伊吹亜門 | 2022/10/08 08:59 |
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明治政府の初代司法卿・江藤新平と元尾張藩士の鹿野師光が、その日に処刑される予定の囚人が何者かに毒殺された謎に挑む「監獄舎の殺人」(ミステリーズ、新人賞受賞作)を含む連作だが、ありがちなパターンと異なるのは、この受賞作を連作の冒頭に置くのではなく、真ん中の第三作に据えて、そこから先の出来事だけではなく、過去へも拡げている点である。
国事に奔走していた浪士が、めった斬りにされた事件を扱った「佐賀から来た男」で江藤と鹿野の出会いが描かれる。しかし、この時点で両者の関係が通常のミステリにおけるホームズとワトソンのそれとは大きく異なっているのは明らか。頭脳明晰だが野心家の江藤に対し、鹿野が覚えた違和感は、連作が進むにつれて大きくなり、やがて二人は、それぞれが奉じる正義故に訣別せざるを得ない。さらにラストの「そして佐賀の乱」では、江藤に関した人物が殺され、意外な犯人が明らかになる。 時代の変化と人間の変化。変わる江藤と変わらない鹿野を通じて、それが鮮やかに表現されている。江藤と鹿野の友情物語としても味わい深い。 |
No.450 | 8点 | 卒業タイムリミット- 辻堂ゆめ | 2022/10/03 08:05 |
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卒業式を目前に控えた三月。欅台高校の教師、水口里紗子が誘拐された。監禁されているその姿が動画サイトにアップされ、同校の教師や生徒、あるいは世間一般が事件を知る。誘拐犯はその動画において、七十二時間後に里紗子を始末すると宣言した。動揺する生徒たちのうち、四人だけは更なる衝撃を受けていた。彼らには、誘拐犯らしき人物から個別に手紙が届けられていたのだ。
まずは七十二時間というタイムリミットが作品に緊張感をもたらす。しかも、その七十二時間という設定が、卒業式が始まる時間と一致している点も意味深でワクワクさせてくれる。そしてそのカウントダウンが進む中で、里紗子が弱っていく様子が時折動画としてアップされ、それと並行して学園の秘密が明らかになっていく展開も絶妙。 また、この事件まであまり交流がなかった四人がチームとして結束していく様や、あるいは危機感の中で親や教師との関係に変化が生じていく様は、青春小説としての味わいを愉しませてくれる。ミステリとしては、ちょっとした、しかしながら十分に効果的な仕掛けもあるし、犯人が誰で動機は何かという謎もある。それに加えて、なぜ犯人がこの四人を選んだのかという新鮮な謎もある。それらの謎が鮮やかに解かれ、事件が着地し、そしてそれぞれが未来へと進み始める。そんな結末が青春ミステリとして実に素晴らしい。 |
No.449 | 5点 | 鳩の撃退法- 佐藤正午 | 2022/09/28 08:18 |
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地方都市に暮らす津田伸一は、コンパニオンの女性を車で送迎する仕事についていた。ある時、懇意にしていた古書店主の老人が亡くなり、形見のキャリーバッグを受け取ったところ、中に入っていたのは、古本のピーターパンと絵本、それに三千万円を超える札束だった。老人は、なぜ大金入りの鞄を自分に渡したのだろうか。
だがやがて津田は、働いている店の社長から思いもよらない話を聞かされる。町では偽札事件が巻き起こっており、そのお札の出どころは津田自身ではないかというのだ。しかも、一年前に一家三人が失踪した事件と今回の騒ぎに繋がっているらしい。 本作は、小説家だった津田が、一連の出来事を文章におこしている、というスタイルで出来上がっている。なにか裏社会に関係した犯罪と絡んでいるなとにおわせつつ、話は現在と過去を行き来するため、なかなか事件の全貌が見えない。 一方、ページごとに笑いを誘うくすぐりや、気の利いた言葉遊びが連打されている。そのほか古本のピーターパンの男たちの間で回っていく筋立てをはじめ、主人公の勘違いぶりや再起への道など、ストーリーの要約だけでは紹介しきれない妙味が随所に詰まっている。 そして、人間関係の綾と物語の断片がすべて繋がるラスト。作者ならではの、酒悦で愉快で寓話めいた世界を堪能できる。 |
No.448 | 6点 | 偶然にして最悪の邂逅- 西澤保彦 | 2022/09/23 08:49 |
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作者の故郷である高知市を舞台とした5編からなる短編集。
「ひとを殺さば穴ふたつ」住宅の床下に穴を掘り、人骨らしきものを掘り当ててしまったかつての教え子の前に、38年の時を経て幽霊となって現れた高校教師がたどり着く自分が殺された真相。殺したのは誰、そしてこの場所は。 「リブート・ゼロ」芸能事務所の女社長が帰宅した際、玄関から押し入ってきた男と思しき何者かに頭を殴打された事件の真相。濃密な人間関係が事件を複雑にしている。 「ひとり相撲」救急車で病院に担ぎ込まれた男が、15年ぶりに再会したかつての教え子の前で告白する。ある女性に操られるがごとく犯してしまった殺人について。 「間女の隠れ処」大みそかの夜に洋風居酒屋へ集まった長年の友人たちが、40年以上前に起きた殺人事件をモチーフにした未発表のミステリ原稿を読んで話し合い導き出した結論と、この原稿に込められた真意。 「偶然にして最悪の邂逅」ミステリ作家を相手に談話室で語られる、1970年代に建築事務所で起きた殺人事件と廃屋になった旧校舎から向かいの家族を覗いていた僕らの行為が交錯する。実は思わぬ事件に巻き込まれていた。 過去に発生していた事件などを、今ある情報をもとに、「実はこうだったのでは?」と推理していくのがメイン。各短編の出来不出来の差はあるものの、作者ならではのアクロバティックな捻りとテクニックが冴える作品集。それに加え、ユーモアやセクシャルな要素を絡ませている。特に表題作は、巧みなロジックとダークなオチが印象深い。 |
No.447 | 5点 | 疑惑- 松本清張 | 2022/09/16 08:25 |
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表題作である「疑惑」と「不運な名前」の中編2編が収録されている。
「疑惑」ある地方都市の秋の情景の中に、二人の主要人物を置いて、それを映像的に見つめていく描写で始まる。新聞記者と弁護士の対話の中から、「鬼塚球磨子」という特異な女性の存在と、彼女が起こしたという疑惑がもたれている事件の全体像が客観的に浮かび上がってくるという構成。そしてラストは、セミ・ドキュメンタリー形式で作られた、大胆不敵なスリルの盛り上げ方で突然終わりを迎える。 「不運な名前―藤田組贋札事件」ある男が、札幌から岩見沢にやってきて、タクシーに乗り月形というい町へ行く。そして樺戸刑務資料館という施設を見学する。そこへもう一人、女が入ってきて、さらにもう一人、男が傍若無人に乱入してくる。展示室にある関係文書や、その昔に囚徒たちが作った作品、あるいは掲げてある観音図などから熊坂長庵という名前の人物がクローズ・アップされ、やがて「藤田組贋札事件」なるものが浮上してくると、といったプロセスもなかなか息をのませる。ラストが、つつましやかな存在だったもう一人の女性の手紙によって締めくくられるという結末も意表をついている。 |
No.446 | 6点 | 完全恋愛- 牧薩次 | 2022/09/10 08:10 |
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他者にその存在さえ知られない罪を完全犯罪と呼ぶのなら、他者にその存在さえ知られない恋は、完全恋愛と呼ばれるべきか。こんな挑発文で始まる本書は、辻真先が初めて牧薩次の名で著した長編である。
主人公の究は、少年時代に画家の娘・朋音と出会い恋心を抱く。終戦後、朋音をかばって犯罪の隠蔽をした究は、富豪のもとへ嫁いだ朋音とその娘を陰から慕い続ける。しかし、やがて朋音は亡くなり、その娘も不可解な密室事件で命を落とす。画壇の巨匠へと上りつめた究は、愛する者を奪われた哀しみから復讐の完全犯罪へと向かっていく。青春ミステリの瑞々しさや敗戦からの日本社会の変動などが、軽妙な文章で描かれ深みのある人間ドラマが繰り広げられる。 ミステリとラブロマンスが見事に密接に絡み合っている。アリバイトリックやバカミス的なトリックなど、一つ一つのトリックは古典的だが、タイトルに隠された真の意味には驚かされた。捻りのあることは覚悟していたが、予想を上回った。読後感も爽やか。 |
No.445 | 6点 | 予言の島- 澤村伊智 | 2022/09/05 09:08 |
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職場でのパワハラで心を病んだ幼なじみを励まそうと天宮淳は、もう一人の幼なじみの手配により、旅行に出ることにした。瀬戸内の小島に巣喰う怨霊と戦いに敗れた霊能者は死の直前、島で再び起きる惨劇を予言したという。その予言が当たるのかどうか、現地で確認しようというのだ。いささか不謹慎な動機で赴いた三人組は、この島で一夜のうちに六人が死ぬという趣旨の予言が的中していく様を体験することになる。
怨霊、呪い、予言。これらに支配されたような島という舞台と、その島民や島に縁のある登場人物たちを最大限に活用して作られている。作中で言及される霊能者が、冝保愛子と人気を二分した人物だったり、心霊写真といった懐かしいガジェットを駆使したり、あるいは迫り来る怨霊が引き起こすパニック劇を盛り込んだり、と往年のオカルト・心霊ブームを体験した人にはたまらない描写も多い。 これらを通して立ち上がってくるのがやはり、共同体を含む恐怖の源泉としての家(家族)だが、キャラクター描写が設定にとどまり、ドラマ面が型通りになってしまっているのは残念。 |
No.444 | 4点 | 119- 長岡弘樹 | 2022/08/30 09:03 |
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和佐見消防署の消防官たちを主人公に据えた九編からなる連作短編集。消防官は出場以外は、署内で二十四時間待機しなければいけないため、食事は自炊。着用した防火服はデッキブラシと洗剤で人力手洗い。トイレの個室に入ったら、いつ出場の指令が下っても飛び出せるように、いち早くトイレットペーパーを手に巻き付ける。各話三〇ページに満たない短さの中に、消防官というい誰もが知っていながら、内実は知らない特殊な職業にまつわる大変さを知ることができ、興味深く読める。
本書の最大の特殊性は、自殺絡みの案件を多く扱っていること。「石を拾う女」の主人公のモノローグが象徴的かもしれない。作中で何度も記されている通り、消防官は命を救う仕事であると同時に、救えなかった命を目撃する仕事でもある。闇を覗き込む者は、闇に魅入られる可能性が高い。けれど闇に魅入られている者だからこそ「ぎりぎり」の地点にいる人々の心情を理解し、彼らに効く言葉を放つこともできる。 「逆縁の午後」は基本ダークだが、かすかに優しいというバランスが遺憾なく発揮されている。消防官という題材と向き合ったからこそ書けた、作者らしいミステリに仕上がっている。 ただ、「逆縁の午後」以外は、ミステリとしての驚きや意外性はなく、人間ドラマとしても物足りなく感じた。 |
No.443 | 7点 | 骨を弔う- 宇佐美まこと | 2022/08/25 08:26 |
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登場するのは、小学生の少女二人、少年三人。リーダー格の佐藤真実子は、あとの四人をあごで使うようなタイプ。この作品は、清々しく朗らかな成長物語とは違う。少年少女たちは、時を経て中年の男女になっている。かつて真実子が、担任教師を困らせるために理科教室から盗み出した骨格標本を山の中に埋めに行った小さな冒険のことなど、記憶の隅に追いやっている。それぞれが今、立ち向かうべき問題や事情を抱えて手いっぱいなのだ。
故郷の川の増水で堤防が崩れ、バラバラの白骨が発見されたが、正体は理科教材の標本だった。その新聞記事が、本田豊の記憶を刺激する。三十年前の小学校五年の夏休み。四国の田舎町の集落に住む同い年の五人は、骨格標本をそれぞれリュックに隠し、確かにそれを埋めた。だがその場所は山の中だった。では自分たちが埋めたのは、本物の白骨だったのではないか。 今も故郷近くに住む豊は、幼なじみを訪ね歩き、その疑問をぶつけていく。だがグループのリーダー格だった佐藤真実子が、亡くなっていたことを聞く。真実子は理科室から標本を盗み、夏休みになってから皆に埋葬を命じた張本人だった。三十年前のあの時、いったい何が起きていたのか。 豊と語り合ううちに、幼なじみたちは忘れていた記憶を思い出し、子供時代には分からなかった「事情」を忖度していく。優しかった老夫婦の人格の変化、異臭騒ぎ、殺人の告白、失踪。そして輝いていた子供時代と「今」を比べ、それぞれの現況と向き合い始める。同棲相手との将来、夫の暴力と舅夫婦の無神経な言動、大震災による家族の死。そして巡礼者である豊自身も、心の奥に納めていた秘密を見つめ直す。 こうして過ぎ去ったはずの過去の行いが、現在にまで手を伸ばし、意外な真相が導かれるが、その過程のどんでん返しが衝撃的。謎解きの鮮やかさと同時に、登場人物たちの人生の意義も浮かび上がる忘れがたい作品となった。 |