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パメルさん
平均点: 6.14点 書評数: 576件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.416 7点 昆虫探偵- 鳥飼否宇 2022/04/08 08:50
目が覚めると、葉古小吉はゴキブリになっていた。小吉は虫に変貌したわが身を見てもとりわけ驚くわけでもなく、むしろ長年の希望がかなった喜びに打ち震えていた。
ゴキブリに変身した人間が、昆虫界で探偵助手になり、事件に巻き込まれる。熊ん蜂が探偵、蟻が刑事である。ある意味突き抜けた設定で異彩を放っている。そして虫たちの様々な習性を手掛かりに遠隔殺虫、三重密室、体液消失、誘拐&立てこもり事件を解き明かし解決する。
異世界ミステリでは、まず奇抜なトリックがあり、そのトリックが成立するのはどんな世界が考え、設定を案出するというのが無理のない発想の順番だろう。それなら世界設定はかなり作り手の思い通りになる。しかし本書の世界は、人間になじみが薄いとはいえ、現実の設定に思える。
虫が人語を話す異世界仕立てでありながら、作り手の自由度が高くない。推理の過程で昆虫の珍しい習性を知り、「人間離れ」した世界の様相に興味をそそられつつ、知らず知らず作者の術中にはまっていく。昆虫の生態に詳しくなくても楽しめる作品となっている。

No.415 6点 その可能性はすでに考えた- 井上真偽 2022/04/04 08:21
人里離れた山奥に村を作って数十人で暮らしていた宗教団体が、首を切り落とす集団自殺を遂げた。唯一生き残った少女は十数年後、事件の謎を解くために上苙丞のもとを訪れる。上苙丞は、不可能状況を「奇蹟」と認定するために、全ての可能性を否定しようとする。
推理対決をテーマとした多重解決もので、全編にわたり真相を推理するシーンが繰り広げられる。それぞれの仮説は、発想が大胆で奇抜。このバカトリックを上苙丞は、それを論理的に否定してみせ、両極端ともいえる推理バトルが楽しむことが出来る。
キャラクター的にはラノベ風で苦手だが、エンタメ要素の強い捻くれた、そして企みに満ちた本格ミステリとして良く出来ているのではないか。ただ、最後に明かされる真相は無難すぎると感じてしまった。仮説が、あまりにもぶっ飛んでいたので、期待しすぎたのかもしれないが。

No.414 6点 濱地健三郎の幽たる事件簿- 有栖川有栖 2022/03/29 08:42
幽霊を視る能力があり、心霊現象を専門に扱う探偵・濱地健三郎とその助手・志摩ユリエが様々な怪異に対していく7編からなる連作短編集。
「ホームに佇む」出張の度に新幹線を利用するサラリーマンが、有楽町駅を通過する際に、赤い野球帽の少年の幽霊を毎回目撃する。理由はおかしみがあり、なるほどと思わせる。
「姉は何処に」郊外の実家に住んでいた姉が行方知れずになり、弟が実家に戻って捜索する中で、同じ場所・同じ時間に姉の幽霊が現れていることに気が付く。最後でゾッとさせられる。
「饒舌な依頼人」濱地探偵事務所に来た依頼人が饒舌におしゃべりする。怪談話なのだが、コミカルでオチが笑える。
「浴槽の花婿」資産家の男が浴室で死亡。事故か事件か。結末は恐ろしくも哀しくて憐れ。
「お家がだんだん遠くなる」毎夜寝る度に、幽体離脱してしまう女性が助けを求める。ミステリ要素はほとんどない。終わり方が苦々しい。
「ミステリー研究会の幽霊」高校のミステリー研究会の部室で起こっていた超常現象が、新しい部員を入れてからエスカレートしていく。ネタとしては学園もののホラーで良く出来ている。
「それは叫ぶ」夜道で得体の知れないモノに触れてから、発作的な自殺衝動に襲われる。ミステリ要素は皆無で完全に怪談。ただただ恐ろしい怪談が描かれている。
ミステリ要素よりも怪談に重きが置かれている話が多いので、謎解きを期待していると肩透かしを食らうでしょう。
濱地先生の役に立ちたいと、いつも思っている志摩ユリエ。助手をするなかで、何度も恐ろしい目に遭っていることを勝手に心配してしまう。今後どのように成長していくのか楽しみ。

No.413 7点 兇人邸の殺人- 今村昌弘 2022/03/24 09:21
このミス4位、本ミス3位。本作も含め、毎回特殊設定ミステリで楽しませてくれる。相性の良いこの作家は、しばらく追っていこうと思っている。
テーマパーク内に放置されたアトラクション、通称・兇人邸。創薬会社社長・成島は、班目機関の研究資料を手に入れるため、事件を呼び寄せる体質を持つ剣崎比留子に同行を申し入れる。剣崎やプロの傭兵たちと共に、兇人邸へ潜入した葉村譲を待ち受けていたのは、殺人事件と●●の存在であった。
海外のパニックホラーを彷彿させる雰囲気が漂っており、冒頭からワクワクさせてくれる。●●の存在と殺人犯と気を付けないといけない対象が複数ある。●●の存在に怯えながら、誰もが怪しく思え疑心暗鬼になり、腹の探り合いをしていくところが読みどころ。
兇人邸には本館と別館に分かれていて、本館にも主区画と副区画とある。建物の構造が複雑で、見取り図を見ながら推理するのも、本書の魅力の一つである。●●の存在には大きな弱点があり、それによって行動範囲が制限されるとともに、潜入した人たちの行動範囲が広がるというのが面白さに繋がっている。心理的なクローズド・サークルで、外に助けを呼ぼうとすれば出来るが、それぞれに都合があり仲間内で意見が割れ、そうはしない。
この特殊設定を活かした殺人犯のトリックと動機、終盤の怒涛の展開が熱い。また、助手役の葉村譲が大活躍し、助手としても人間としても成長しているのも嬉しい。人物像もしっかり描かれており、色々な人の想いが最後に詰まっているラストには震えた。次作も期待したい。

No.412 6点 震度0- 横山秀夫 2022/03/19 08:12
阪神大震災が起きた朝、七百キロ離れたN県の県警本部の警務課長の不破が失踪する。直属の上司である冬木は愕然とする。ノンキャリアの立場を踏み越えることなく知恵袋に徹し、的確な助言をあげてきた彼を、人事で抜擢する矢先だったからだ。一体何があった?それと前後してホステス殺し、交通違反のもみ消し、選挙違反事件などが浮上し、警察幹部たちが衝突する。己の保身と野心から内部闘争が激しさを増す。
今回、幹部たちの公害を舞台にして、彼らの夫人たちの瑣末な見栄を風刺して、節々で微苦笑を誘っている。この戯画化の筆法は、作者の新たな挑戦状として歓迎したい。捜査活動のダイナミズムとミステリ的興趣、人物造形の掘り下げと堅牢なドラマが揃っており、作者の魅力が発揮されている。

No.411 7点 invert 城塚翡翠倒叙集- 相沢沙呼 2022/03/14 08:09
このミス6位、本ミス9位、帯には「すべてが反転」(前作では「すべてが伏線」でしたね。)いやが上にも期待が高まります。倒叙型の中編が三編収録されている本作は、前作の結末に触れているので、前作を先に読むことをおすすめします。
自分を虐げてきた幼なじみを、事故に見せかけて殺害したプログラマー・狛木繁人。子供たちを護るため、夜の小学校で元校務員を殺害した女性教諭・末崎絵里。酔っ払いに目撃されながらも、自殺に偽装して部下を殺害した元刑事の探偵・雲野泰典。それぞれの作品の途中で探偵の推理が推理できるかと読者への挑戦状が入るという趣向。倒叙型でも読者は犯人は分かっていても、探偵役は分かっていないものが多いが、読者も探偵役も分かっていて犯罪の証拠を見つけるために探偵役の推理を推理するというところが面白い。
前作同様、霊媒能力を使って犯人を言い当てると周りに知らしめて、心霊的恐怖を与えているのも巧い。狛木繁人、末崎絵里、雲野泰典と一作ごとに犯人のレベルが上がっていくと同時に、翡翠の本当の怖さが分かってくる。自分が犯人目線になって、翡翠に追い詰められる快感が味わえる。

No.410 4点 密室殺人ゲーム・マニアックス- 歌野晶午 2022/03/09 08:15
頭狂人・044APD・axe・ザンギャ君・伴道全教授。奇妙なハンドルネームを持つ五人が、ネット上で仕掛ける推理バトル。出題者は実際に密室殺人を行い、トリックを解いてみろとチャットで挑発を繰り返す。謎解きゲームに勝つため、それだけのために人を殺す非情な連中の命運は、いつ尽きる?
「Q1六人目の探偵士」東京で被害者が撲殺された時、犯人のaxeは名古屋で警察官に交通違反の切符を切られていた。密室トリックとアリバイ崩しがテーマ。トリックに思わず唖然。
「Q2本当に見えない男」犯人の頭狂人は、いかにして目撃されることなく犯行を成し得たか。使い古された小道具トリックで脱力系。
「Q3そして誰もいなかった」Q2の頭狂人に対抗した「見えない人」をテーマにしている。オチはしてやられたと思うか、本を投げつけたくなるか賛否両論でしょう。個人的には後者。
第三弾となるこのシリーズも、さすがにネタ切れなのかという感じ。個々の事件に面白味が無いし、真相のインパクトの点でもかなり弱くなっている。

No.409 7点 ジェノサイド- 高野和明 2022/03/04 08:31
二年半の時間を取材と執筆に費やして書き上げた筋金入りのエンターテインメントの力作。
アフリカでは不治の病を抱え余命わずかの息子を持つアメリカ人の特別部隊出身のジョナサン・イエーガーが、高額な治療費を稼ぐために謎と危険の多い任務に参加する。アメリカ大統領とその側近が、国家への脅威および全人類絶滅を招く恐れのある新種の生物が、アフリカで確認されたとの機密情報を仕入れ、そ対策を練り実行する。日本では、創薬科学を専攻している大学院生の古賀研人が、急逝した父親が極秘に遺していた謎の研究を引き継ぐ。これらのストーリーが交錯し、壮大なストーリーへと突入する。
アフリカの地では、アクションシーンが迫力満点で日本の舞台では、逃亡劇的なサスペンスシーンが繰り広げられる。そして、実際に世界各地で行われていた民族的な大虐殺が話に絡み、社会問題が提起される。
研人が周囲の人たちと交わす会話や、薬を作り出す過程で馴染みのない理系的専門用語が、かなり多く使われるので戸惑うこともしばしば。作者もかなり勉強したようで、ゲノム、創薬、ウイルス、社会人類学、医学、政治、進化などの知識量に圧倒される。
「正しい負け方を選ばねばならん」という素敵なセリフがあるが、これに気付いている人間が、ほとんどいないということが不幸の連鎖を引き起こすし、戦争がなくならない一つの理由でもあるのだと感じた。また、そのほかにも心に響くセリフがあった。決して読みやすくはないが、スケールの大きなエンターテインメントとして楽しませるだけではなく、様々なことを考えさせられる作品であった。

No.408 6点 小さな異邦人- 連城三紀彦 2022/02/27 08:28
「オール讀物」に発表された単行本では未収録の八編からなる短編集。
「指飾り」ミステリ的な構図も含むが、基本的には恋愛物語。指輪を道に投げる場面が鮮やかに印象に残る。
「無人駅」新潟・六日町に現れた一人の女の奇妙な行動から、十五年前の殺人事件が浮かび上がる。語りの選択が真相と密接に絡み合い、トリッキーなプロットから捻りのきいた真相が浮かび上がる。
「蘭が枯れるまで」有希子は小学校の同級生だった多江から、互いの夫を殺す計画を持ち掛けられる。作者らしい構図の転換と、交換殺人というアイデアが絡み合い、驚愕の真相を露にする。発想力に脱帽。
「冬薔薇」悠子は電話で呼び出されたファミリーレストランで、浮気相手の男に刺殺される。だが目を覚ますと、またその男からの呼び出しの電話が鳴っている。夢と現実のあわいを彷徨う語り口に油断していると、不意打ちを食らう。幻想ホラー的な異色作。
「風の誤算」「陽だまり課事件簿」や「孤独な関係」を思い出させる会社員もの。噂の真偽を巡って、トリッキーなプロットで魅せる。
「白雨」娘へのいじめと、三十二年前に両親が起こした心中未遂事件の真相。二転三転するプロットが、最後は盲点を突いた驚きの真相に直結。
「さい涯てまで」駅の職員同士の不倫話。作者らしいシチュエーションと奇妙な謎で読ませる。
「小さな異邦人」八人の子供を女手一つで育てる大家族のもとに、子供を人質に三千万円を要求する誘拐犯からの電話が掛かってくる。だが、子供は八人全員揃っていた。魅力的な謎と突飛なアイデアを、そこからしかないという視点から描いている。生涯最後の短編。
抒情性豊かな物語と予想もつかない結末の両方が楽しめる八編。

No.407 6点 掏摸[スリ]- 中村文則 2022/02/22 08:27
主人公は掏摸を生業とする若者。彼は木崎という正体不明の男に操られ、母親から万引きを強いられている少年と関わり合う。木崎は、彼にある重要書類をスルように命じる。失敗すれば彼は殺され、逃げれば少年とその母親を殺すという。彼は命令を成し遂げるが、待っていたのは残酷な結末だった。
冷え冷えとした文章に引き込まれる。しかし、その氷上にいるような「死」の冷たさの底には、血がどくどくと噴き出さんばかりにたぎっている「生」があるのが良く分かる。
悪人である木崎が凄く魅力的。何を目的としているのか、大物なのか、それとも木崎自身がもっと大きな悪の支配下にあるのかも分からない。しかし人をまるで玩具のように扱う絶対的な冷酷さに圧倒的な存在感がある。「お前の運命は、俺が握っていたのか、それとも俺に握られることが、お前の運命だったのか。だが、それともそれは同じことだと思わんか?」という木崎の言葉は、組織に生きる、あるいは生きてきた人間には胸をえぐられる傷みを感じる。

No.406 6点 ラプラスの魔女- 東野圭吾 2022/02/18 08:48
気象の分野では科学の発達により、あるレベルまで可能になったものの、全てが確実に判明するわけではない。この先、完璧な予測能力を手に入れることはあるのだろうか。この作品は未来予測をテーマにしている。理系出身の作者ならではの科学知識を活かしつつ、不可解な事件をめぐるSFミステリとしてサスペンス豊かに描いている。
ある温泉村で、宿泊客の一人が硫化水素ガスによる中毒で死亡するという事件が起きた。事故の検証に訪れた地球科学が専門の大学教授・青江は、現場で奇妙な若い娘を目撃した。やがて青江は、その娘・羽原円華の不思議な力を知ることになるとともに、図らずも事件に関わっていく。
フランスの科学者ラプラスは、物質のあらゆる状態を知ることが出来るならば、未来は計算によって予測できるという概念を提唱した。いわゆる「ラプラスの悪魔」だ。本作では、このラプラスの概念を大胆に導入したうえで、悪魔や魔女としか思えない人物の登場とともに、予測を裏切る展開を次々と見せていく。
また円華のボディーガードを依頼された元警察官の武尾、事故死の調査を担当し、後に青江教授と知り合う麻布北警察署の刑事・中岡など、複数の視点から物語は語られていく。最初は、おぼろげで断片的だった事件の全貌や怪しげな人物の秘密が徐々に明らかになっていく構成になっている。
しかも、冒頭から円華の身の回りで起こる不思議な現象、現場に現れる謎の人物、ある映画監督の家族を襲った悲劇とその後を綴ったブログなど、その先を知りたくなるエピソードに満ちている。それまでの緊張感が最高潮に達するラストまで一気読み必至。

No.405 6点 人喰いの時代- 山田正紀 2022/02/13 08:27
探偵役の呪師霊太郎とワトソン役の椹秀助のキャラクターがいい味を出している5つの短編と1つの中編が収録されている。
「人喰い船」服を着ていたはずの死体が、いつの間にか下着姿になっていた。トリックは今ひとつだが動機は衝撃的。
「人喰いバス」温泉旅館を出たバスの運転手を含めた5人が姿を消した。バスからどのように人間が焼失したのかと描かれる展開、大胆な伏線がうまく生かされている。
「人喰い谷」誤って谷底に転落したと思われた2人だが谷底に死体はなかった。真相は、ある程度予想ついてしまう。
「人喰い倉」密室で手首を切って自殺したと思われたが現場に刃物はなかった。密室からの凶器消失の謎解きと後味の悪い真相が楽しめる。
「人喰い雪まつり」雪まつりの校庭で喉を切られた少女の父親。死体の周囲には足跡一つ残っていなかった。かなりのイヤミス。
「人喰い博覧会」昭和12年の事件と現代の事件が描かれる。心臓麻痺ですでに死んでいた宮口を放送塔から落としたのはなぜか。プロットは面白いが、真相はそれほどでもない。
特高や思想犯といった昭和初期の時代に避けては通れない人物を登場させ、現代では味わえない良さがある。

No.404 6点 巴里マカロンの謎 - 米澤穂信 2022/02/08 08:41
小市民シリーズの第四弾で、四編からなる連作短編集。
「巴里マカロンの謎」小鳩は、小山内に誘われてパティスリー・コギ・アネックス・ルリコに行き、新作マカロンを食べる。小山内は3つのマカロンを注文したが、出てきたのは4つ。増えたマカロンには指輪が入っていた。どのマカロンが増えたのか、犯人は誰かといった点についての推理の進め方は実に論理的。
「紐育チーズケーキの謎」小鳩は小山内に誘われて礼智中学校の文化祭に行く。そこで小山内がトラブルに巻き込まれ、その騒ぎの中でCDがなくなってしまう。小鳩は、そのCDがどこに消えたのかを推理する。派手さはないが、隠し場所に意外性がある。
「伯林あげぱんの謎」4つの揚げパンのうち、ひとつだけマスタードが入れてある。堂島、門地、真木島、杉の4人はマスタード入りに当たった者が記事を書くことにした。そして一斉に食べたが、誰もが美味しかったと言った。この不思議な現象は思い込みが原因。オチは気付いてしまったが良く出来ている。
「花府シュークリームの謎」古城が無実なのにもかかわらず、飲酒の疑いで停学になった。この事件を小鳩と小山内が誰の犯行かを解き明かす。何気ないやり取りが真相につながる。犯人はわかりやすい。
ほのぼのとした中にブラックな味わいが楽しめるシリーズだが、本作は少し弱めか。全体的に地味な印象はあるが、登場人物たちはそれぞれ魅力的であり、読後感も爽やか。「春季限定」「夏季限定」「秋季限定」ときて、このタイトルというのは番外編という位置づけなのだろうか。「冬季限定」としなかった意図を知りたい。

No.403 6点 静かな炎天- 若竹七海 2022/02/02 09:10
仕事はできるが不運すぎる女探偵葉村晶シリーズ第五弾で六編からなる短編集。
「青い影」暴走ダンプの事故現場に居合わせたことがきっかけで窃盗事件を目撃する。
「静かな炎天」書店のご近所さんが次々に葉村に仕事を依頼してくる。
「熱海ブライトン・ロック」三十五年前に失踪した作家の関係者を探す。
「副島さんは言っている」長谷川探偵調査所の同僚が立てこもり事件に巻き込まれる。
「血の凶作」戸籍が他人に使われていた事件を調べる。
「聖夜プラス1」本を取りに行くというだけの簡単なお使いがなぜか妙な方向に転がっていく。
尾行あり人探しあり、電話だけで謎を解く安楽椅子探偵あり、格闘ありとバラエティーに富んでいる。共通するのは、葉村の鋭い洞察力とへこたれない行動力、ニヤリとするツッコミ、それが関わってくるのかという伏線の妙。
常連のサブキャラや新たな登場人物たちも一癖二癖もあり楽しめる。葉村の初登場は「プレゼント」でその時は二十代のフリーターだった。この作品では四十代となり、書店のアルバイト店員にして正規の探偵である。これまで、住むところも仕事の形態も変わってきたが、二十代から一貫として変わらないのが、仕事熱心で頑固で有能でありながら、トラブルを引き寄せる体質、頼まれると断れない性格、それに軽やかなユーモアと毒。
ミステリはもちろん謎解きも大事だが、ヒロインは魅力的であってほしい。その点、葉村晶はカッコよくて共感出来て笑えるなど魅力たっぷりだ。

No.402 5点 無理- 奥田英朗 2022/01/29 08:28
「最悪」「邪魔」などと同じく、登場人物が徐々に追い詰められ、彼らの日常が崩壊していく様子を描いている。
ストーリーは、複数の登場人物の視点を切り替えながら進行する群像劇の構造をとる。社会福祉事務所に勤務し、要注意人物の対応を行う相原友則、東京で女子大生になるため、塾通いをする高校生の久保史恵、詐欺まがいの戸別訪問セールスを行う元暴走族の加藤裕也、新興宗教にすがるスーパーの私服保安員の堀部妙子、ゆめの市議会員で市民団体の突き上げにあっている山本順一。この五人をメインに、荒涼とした地方都市とそこに住む人々のリアルな姿が描かれている。
絶妙な筆捌きで、それぞれの人間模様を活写すると同時に、格差社会が広がりを見せる日本の現状を浮き彫りにしていく。就職率の低下、犯罪発生率の上昇、外国人労働者の流入、既有コミュニティの崩壊。経済的な格差が、日本が陥っている負のスパイラルの原因であることは明らかだが、状況がさらに悪化し、日本という国の底が抜けた時、どのようなことが起きるのか。エンターテインメントの形をとりながらも、日本の行く末をシュミレーションしているかのようだ。あるアクシデントにより登場人物同士が束ねられる結末まで、類まれなる話法と技法で引き込まれる。

No.401 6点 希望荘- 宮部みゆき 2022/01/22 09:44
今多コンツェルン会長の娘と離婚した杉村三郎は仕事を失い、愛娘とも別れ、東京都北区に私立探偵事務所を開設する。ある日、亡き父が生前に残した「昔、人を殺した」という告白の真偽についての調査依頼が舞い込む。はたして真実は―。
心優しく、控えめながら事件に隠された人の内面を地道な捜査で解き明かしていく杉村三郎。表題作の息子に昔の殺人をにおわした老父の告白「希望荘」、繁盛していた手打ちそば屋店主の突然の失踪「砂男」など、杉村が4つの謎に取り組む。ふとした悪意や欲望が心をむしばみ、日常生活の裂け目から暗部に落ち込む犯罪者の姿が哀しい。
しかし、予測がつかない物語を通して、人の世に心の闇はあるが希望の光もあるという作者の温かなメッセージが伝わってくる。妻と別れ、孤独を抱えた杉村が、人情味豊かな地域の人々に囲まれて暮らす姿にも、作者の作品世界らしい救いを感じる。

No.400 8点 六人の嘘つきな大学生- 浅倉秋成 2022/01/17 08:48
就職活動を経験したことがある人は、当時の自分を思い出しながら読むといっそう楽しめるかと思います。私の場合、面接は大の苦手で、そのために面接対策マニュアル本を買って自分なりに練習したものでした。ただ、その時も思ったのですが、たった数分の面接やグループディスカッションで、その人の本質など見抜けないだろうと思っていた。そのような誰もが感じる疑問や苛立ちをミステリに絡めているところが新鮮。また、日本特有の面接のあり方について本書を通じて、作者は皮肉っているんだろうなとも感じた。
第一章では、登場人物のそれぞれに引っ掛かるポイントを要所要所に散りばめ、事件はいったんの収束を迎える。そして第二章では内定者に視点が移る。「月の裏側」と比喩されるような、人の内面の見えない部分を、その人の表層に現れる何気ない仕草から読み取って、ミステリとしてのどんでん返しとして相乗効果を成している。
現代の就職活動を馬鹿馬鹿しいで物語を終わらせず、それに関わる人間の心を通して、他人との接し方、他人への優しい眼差しを描いている。途中まではイヤミスかと思っていたが、読後感は爽やかで清々しかった。

No.399 5点 マリアビートル- 伊坂幸太郎 2022/01/11 09:44
「グラスホッパー」の続編だが、前作を読まずに読んでしまった。やたらとキャラクターの立った、エキセントリックな殺し屋たちが何人も登場して右往左往するという趣向のユニークさが光る。
舞台となるのは、東京駅発盛岡行きの東北新幹線「はやて」。物語は全編、その車中で展開する。新幹線だから数回しか駅に泊まることがない。まずこの設定が絶妙。幼い息子に瀕死の大怪我を負わせた仇に復讐するべく、「はやて」に乗り込んだアル中の「木村」。闇社会の大物から密命を帯びた、文字通りの「蜜柑」と「機関車トーマス」が大好きな「檸檬」の腕利きコンビ。運の悪さにだけは自信のある、一見気弱な青年の「七尾」、そして悪意のような怜悧さと狡猾さを併せ持つ中学生の「王子」。いかにも作者らしい一癖も二癖もある連中だが、どこにも逃げ場のない移動する空間の中で、丁々発止の渡り合いを演じてゆく。
スピーディーでスリリングでユーモラス。殺し屋たちは文字通り命懸けだし、実際いくつもの死体が出てきたりもするが、どこかとぼけた味わいがある。エンターテインメント小説として読ませるし、いろいろと考えさせられる小説でもある。
余談ですが、ブラッド・ピット主演でハリウッド映画化するらしい。全米公開日は今年、2022年4月だそうです。

No.398 7点 館島- 東川篤哉 2022/01/06 08:44
瀬戸内海の小さな島「横島」に建てられた別荘が舞台。建築会社社長であり建築家の十文字和臣が設計した銀色のステンレスの壁に覆われたその建物は、六角形の四階建てで屋上にドーム型の展望室があり、別荘というには風変わりなものだった。その建物の螺旋階段脇で和臣が墜落死体となって発見される。建物の中心を占める螺旋階段は壁に覆われ、転落事故はあっても墜落はあり得ない。別荘より高い建築物のない島で彼はなぜ墜落死をしたのか。
建築会社の後継者争いをする三兄弟、十文字家の跡取り息子と娘を結婚させようと画策するやり手の県議とその娘。どろどろの争いを展開するには十分な設定。とはいえ作者の持ち味は軽妙なスラップスティックコメディー。大げさな演技と台詞にツッコミを入れるノリでストーリーは展開するが、登場人物のドタバタとした行動の中に事件の鍵が隠されているから油断ならない。
螺旋階段に壁があることで、建物の中にいる人の行動を隠す役割を果たしており、人の動きの把握を階段の上り下りの単純な動きを制限することで、複雑な事件現場を生み出す効果を上げている。なんと言っても舞台とした建築が生み出すトリックが素晴らしい。

No.397 6点 毒 poison- 深谷忠記 2021/12/28 08:14
東京郊外にある病院の脳神経外科病棟で、入院患者が殺された。死因は筋弛緩剤の投与。事件直前、院内で同じ薬のアンプルが盗まれていた。殺されたのは、妻には暴力を振るい、看護師にはわいせつ行為を働き、他の患者には暴言を吐くという問題人物で、周囲の誰にも殺害の動機はあった。事件を調べ始めた看護師の柳麻衣子がたどりついた真実とは。
物語の中に、さまざまなかたちで毒薬が登場し、病院内で起きた殺人事件と直接的、間接的に絡み合う。難解なミステリを解くだけでなく、テーマを持って読者に問いかけるのが作者の魅力の一つでしょう。前作「審判」では、幼女誘拐殺人犯として有罪判決を受けた男を通して、「親子とは何か、罪とは何か」を鋭く読者に問いかけた。本作では「史上最強の毒とは何か」を問う。事件の裏に隠された真相が解明された時、注目すべき答えに辿り着くでしょう。予想を裏切るストーリー展開とロジカルな推理、そして最終局面では大きなサプライズが待っている。

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パメルさん
ひとこと
7点以上をつけた作品は、ほとんど差はありません。再読すればガラリと順位が変わるかもしれません。
好きな作家
岡嶋二人 東野圭吾 
採点傾向
平均点: 6.14点   採点数: 576件
採点の多い作家(TOP10)
東野圭吾(30)
岡嶋二人(20)
有栖川有栖(19)
綾辻行人(18)
米澤穂信(16)
歌野晶午(15)
西澤保彦(15)
松本清張(14)
法月綸太郎(14)
横山秀夫(14)