皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
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パメルさん |
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平均点: 6.12点 | 書評数: 707件 |
No.687 | 6点 | ぼくらは回収しない- 真門浩平 | 2025/07/31 19:29 |
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第19回ミステリーズ!新人賞受賞作「ルナティック・レトリーバー」を含む緻密な謎解きと深層心理を描き出した5編からなる短編集。
「街頭インタビュー」人間観察を趣味とする伊達桐人は、クラスメイトの藤原さんにSNSでの炎上を鎮めてほしいと頼まれる。炎上した動画の謎を解く過程で、現代のネット社会や匿名性への批評性が滲み出る。 「カエル殺し」賞レースで初優勝したお笑い芸人の墜落死事件と、蛙化現象を絡めている。芸人たちが日常的に演じるギャグやボケが、事件解明に伏線として機能している点が巧妙。 「追想の家」亡き祖父との生前の思い出を振り返る。書斎に残された手掛かりから過去の事件が再構成され、記憶の曖昧さと真実の相対性が問われる。 「速水士郎を追いかけて」校内で起きた盗難事件の犯人に辿り着いた探偵役の推理を助手役が推理する。探偵小説への憧れと現実の乖離が描かれ、等身大の若者の挫折感や探究心が交錯する。 「ルナティック・レトリーバー」大学の学生寮で寮生の一人が死体となって見つかった。練炭自殺と思われたが、仲間が疑問を持ち真相を突き止めようとする。彼女の孤高性と周囲の無理解を浮き彫りにし、人間の「理解不能性」という普遍的なテーマを提示したビターな味わいを放つ青春ミステリ。 タイトルの「回収しない」が暗示するように、全ての謎や感情を解決に収束させず、余白を残すことで深い余韻を生んでいる。人間の内面に迫る文学として読み応えがある。 |
No.686 | 7点 | 作者不詳 ミステリ作家の読む本- 三津田信三 | 2025/07/28 19:10 |
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飛鳥信一郎が古本屋で購入した「迷宮草子」という同人誌。中身は小説なのか体験談なのか分からない話が収められていた。そしてある古書店主が調べたところによると、かつてこの本を所有していた人物が少なくとも二人、行方不明になっていることが分かる。
「迷宮草子」に収録された7編の短編を作中人物たちが読み、謎を解こうとする入れ子構造のような作品。現実世界で対応する怪異現象が発生するという設定で、各短編の謎を解くことが現実の怪異から逃れる手段となるため、「作中作の謎解き」と「現実のサバイバル」という二重の推理のプロセスに臨場感がある。このホラー的な演出と謎を合理的に解釈しようとする謎解きが巧みに融合しており、その展開は実にスリリング。 本作は「推理小説とは何か?」を読者に迫る実験作で、虚構と現実の境界を意図的に曖昧にし、物語を読む行為そのものが恐怖の源泉となる構成は、従来の本格ミステリの枠を超えている。特に「朱雀の化物」の叙述トリックや「首の館」の閉鎖空間サスペンスは圧巻。ラストのひっくり返し方は過剰と思ったが、ミステリに対する熱量と野心はとても伝わってきた。 |
No.685 | 6点 | ボーンヤードは語らない- 市川憂人 | 2025/07/25 19:15 |
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マリア&蓮シリーズ第4弾で、4編からなる短編集。
「ボンヤードは語らない」飛行機の墓場「ボンヤード」と呼ばれる空軍基地でサソリに刺されて死んでいた兵士の隠された真実を明らかにする。トリックは小粒ながら、社会派テーマが強く打ち出されており、重い余韻を残す。 「赤鉛筆は要らない」蓮が高校生の頃に遭遇した雪密室殺人事件。古典的な密室トリックと、時を経て明かされる悲劇的な真相が印象的。 「レッドデビルは知らない」マリアが高校生の頃に遭遇した同級生の転落死事件。人種差別を背景にした痛ましい事件がテーマで、叙述トリックが使われ読者の先入観を揺さぶる構成が特徴的。 「スケープシープは笑わない」マリアと蓮が初めてコンビを組んだ事件を描いている。虐待疑惑を扱い、二人のキャラクターの掛け合いが光る。虐待事件が思いも寄らぬ構図を見せるところが素晴らしい。 |
No.684 | 8点 | 禁忌の子- 山口未桜 | 2025/07/22 19:20 |
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第34回鮎川哲也賞受賞作。
救急医の武田航は、溺死体の顔を見て自分とそっくりということに驚いた。武田は自分と死者との関係を知りたいと思い、同僚医師の城崎響介に相談する。 身元不明の遺体の正体や武田との関係を探る過程で、生殖医療や倫理的問題が絡む深い謎が展開される。作者が現役医師であるため、医療現場の描写や専門用語の使用に説得力がある。緊急救命のシーンや医療倫理の問題がリアルに描かれているが、わかりやすく解説されているので、医療知識がなくても理解しやすいのが嬉しい。 主人公の武田と探偵役の城崎が物語を牽引しているが、城崎の冷静な推理と武田の感情的な反応の対比が物語に深みを与えている。事件の鍵が〇〇〇〇にあることはすぐに分かるが、誰がどうやって、なぜという謎は、なかなか明確にならない。それだけに事件の全貌とタイトルの意味が判明した際の衝撃は大きい。本作は単なるエンターテインメントとしてではなく、生命の尊厳や倫理的問題を考えるきっかけを与える作品となっている。医療ミステリとして最後まで驚かせる巧みな構成と、重厚なテーマ性が融合した傑作。 |
No.683 | 6点 | あなたが誰かを殺した- 東野圭吾 | 2025/07/18 19:34 |
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加賀恭一郎シリーズの第12作目で、連続殺人事件の真相を探る「検証会」を舞台に、人間の裏の顔と衝撃の真実が描かれた作品。
避暑地の別荘で恒例のバーベキュー大会が開かれた。参加者は総勢十五人。唯一この地に定住している一人暮らしの未亡人宅の裏庭が会場である。バーベキューをしたその日の深夜、何者かが各別荘を次々に襲い、六人が刺されそのうちの五人が死亡する惨劇が起きた。 犯人はすぐに逮捕され、凶器のナイフを見せ、自分が犯人であると告げる。だが犯人は身勝手な動機は語ったものの、犯行の詳細については一切語ろうとしなかった。数か月後、遺族たちは再び現地に集まり、事件の検証会を開く。検証会では加賀が司会進行役となり、生存者たちが当日に見聞きしたことの証言を集め、事件を再構築していく。その証言からは、犯人が語った動機とは矛盾する行動やそれと同時にその過程で、遺族たちが警察に口外しなかった事実も徐々に明らかになる。表面上では裕福で幸せに見える彼らが、実はそれぞれ深い闇を抱えていることが明らかになる。事件の背景には人間のエゴ、嫉妬、孤独が絡み合い、動機は衝撃的で、社会派ミステリの要素もある。「人はなぜ殺意を抱くのか」という深いテーマを追求しており、最後のどんでん返しが相まって強い印象を残す。 |
No.682 | 6点 | ヨモツイクサ- 知念実希人 | 2025/07/14 19:27 |
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北海道の禁域「黄泉の森」を舞台にアイヌ伝承とバイオホラーを融合した作品。
主人公の佐原茜は、道央大学医学部付属病院に勤務する外科医。七年前、両親と祖母、姉の椿が神隠しのように失踪してしまい、その事件が深い心の傷となっている。ある日、椿の婚約者だった旭川東署の刑事・小此木からリゾート施設開発工事の作業員たちが消えたと知らされる。この二つの事件には関係があるのか。一連の事件を解決する手掛かりは黄泉の森にあると直感した茜は鍛冶とともに山に入るが、そこで意外なものを発見する。人を捕らえて神に捧げるという昔話の怪物・ヨモツイクサが実在するというのか。 物語は三幕構成で展開され、ヒグマの驚異からヨモツイクサの生態解明、最終的に「ベクター」の正体暴きと進み、ストーリー展開も一気に加速し衝撃のラストに突き進む。黄泉の森はまさしく人智を超えたものが彷徨う異界。次々に襲いかかる危機の中、茜、鍛冶、小此木それぞれの想いや人生が交錯する。 終わりのない絶望と恐怖。その先に待っているのは、常識を覆すような恐ろしい真相。さらにここで終わりと思ったら、もう一撃あり驚かされる。この作品は、伝承と科学を織り交ぜたホラーとして読者に生命の本質を問い掛けている。 |
No.681 | 5点 | チェーン・ポイズン- 本多孝好 | 2025/07/11 19:13 |
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主人公は、生きる意味を失った独身のOL。ある日ふと「もう死にたい」とつぶやくのだった。だがそこに一人の人物が現れ、「本当に死ぬ気なら、一年待ちませんか?」と謎の提案をし、一年後にご褒美をあげると告げ去っていった。また物語は一方で連続する毒物自殺事件を追う週刊誌記者の視点が交錯しながら展開していく。
この作品は生と死という重いテーマを扱いながら、ミステリとしての面白さと人間の本質に迫るテーマ性を兼ね備えている。現代社会の闇を浮き彫りにしながら、どこか優しい光が射し込むような描写は、作者の真骨頂といえるでしょう。巧みな構成ではあるが、ミステリ的な仕掛けは目新しさはなく、違和感を覚えて気付く人も多いのではないでしょうか。 |
No.680 | 6点 | 好きです、死んでください- 中村あき | 2025/07/08 19:15 |
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無人島のコテージで六人の男女が共同生活を送る番組、恋愛リアリティーショー「クローズド・カップル」。この撮影中、人気女優の松浦花火が自室で死体となって発見され、ラブコメ状況は一変する。他殺と思われる状況だったが、部屋は密室だった。
密室殺人のトリックや首なし死体の不可解な状況設定は、古典的な本格ミステリの趣を残しつつ、独自のアレンジが施されている。孤島編と学校編の二重構造のストーリーで、最終章で衝撃的な真相に収束する。特に学校編のサブプロットが本編と密接にリンクする構成は、「SNSでの誹謗中傷」や「集団心理の危うさ」といった現代的なテーマを浮き彫りにしている。出演者同士の駆け引きや視聴者からの批判が殺意へと昇華される過程は、実際にあったテレビ番組事故を連想させ、エンタメの闇を抉っている。 クローズド・サークルという古典的な枠組みに、現代のメディア社会を照射する批評性を融合させている。動機は単なる復讐劇ではなく、作中に散りばめられたサブストーリーが過去と重ねて描かれる点もメディアとSNSが蔓延させる悪意の連鎖を強調する装置となっている。 |
No.679 | 5点 | 豪球復活- 河合莞爾 | 2025/07/05 19:20 |
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プロ野球チーム・東京ティーレックスのエースである矢神大は、肩の故障から運動障害を引き起こし、ロサンゼルスで治療することになった。だがその治療施設から彼は失踪していた。東京ティーレックスのブルペンキャッチャーの沢本拓は、ハワイの地で八神を見つけ出し、帰国することになるが矢神は記憶を失っており、ボールの投げ方も忘れていた。
一人の野球選手の喪失と復活の物語であると同時に、その秘密を巡る物語である。高校時代に彼と甲子園で対決して以来、矢神の才能に魅了されその復活に尽力する沢本。主役となる二人のキャラクターはもちろん、過去の事件を追い続ける刑事など脇役も含め、手堅い人物描写で読ませる。 矢神と沢本で再起を目指す過程の物語だけでも十分魅力を備えているが、そこに殺人事件を巡る秘密が絡んできて、記憶喪失、自己再生、罪の意識といったテーマが重なり合い、深みを生み出している。 ただ個人的には超自然的な設定と、現実的な野球描写のギャップを感じたし、野球の技術解説や登場人物の心理描写が何度も繰り返され、テンポが鈍るところが気になった。 |
No.678 | 6点 | 梅雨物語- 貴志祐介 | 2025/07/02 19:25 |
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ミステリとホラーが融合した、緻密な論理と理屈を超えた恐怖が渾然一体となった3編からなる中編集。各作品は独立した物語だが、「罪」や「因果応報」をテーマにしているところが共通している。梅雨時に合わせて読んだのですが、今年は梅雨らしい日は、ほとんどありませんでしたね。
「皐月閣」元中学教師の俳人・作田慮男が、自殺した教え子の遺した句集「皐月閣」に秘められた謎を解く。俳句の解釈からロジカルに推理を展開し真相に迫る構成は知的興奮を呼ぶ。後半に入ると、叙述トリックを駆使した鮮やかな逆転があり印象的。 「ぼくとう奇譚」昭和11年の東京が舞台。高等遊民の木下美武が黒い蝶の夢に悩まされる怪異譚。夢の中の遊郭が次第に狂気じみた様相を呈し、因果応報の恐怖が描かれ生理的な不快感を呼び起こす。本作の題名は永井荷風の代表作「濹東奇譚」を想起させるが、なぜ「ぼくとう」となっているのかは終盤に明かされ、そのおぞましさは並大抵のものではない。 「くさびら」工業デザイナーの杉平が、自宅の庭がキノコに埋め尽くされていくことに恐怖を感じるようになる。一見するとキノコを題材にした不気味なホラーなのだが、濃厚な謎解きの要素が含まれている。キノコの増殖が象徴する「家族の喪失」と「罪の償い」がテーマで、不気味さの中に哀愁を感じさせるラストが印象的。精緻な謎解きミステリであり、底なしの怖さを味わえるホラーでもある。 |
No.677 | 5点 | 中途半端な密室- 東川篤哉 | 2025/06/29 19:25 |
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東篤哉名義で投稿された表題作の「中途半端な密室」を含むユーモアと本格ミステリを融合した5編からなる短編集。
「中途半端な密室」高さ4メートルの金網に囲まれているテニスコートで、刺殺死体が発見された。出入り口には内側から鍵が掛かっていた。とはいえ、金網を登れば出入りできる状況という不可能ではないが不可解な事件。一見、無関係な事件を結び付ける鮮やかさがある。 「南の島の殺人」柏原則夫がバカンス中の南の島で遭遇した殺人事件の模様を手紙で送ってきた。被害者は邸宅の庭で全裸の状態で撲殺されていた。地理的特性をトリックに昇華させる巧妙さが光る。 「竹と死体と」古い新聞記事で見つけた竹林での事件。自殺なのか他殺なのかを推理する。歴史的事象と意外性を上手く組み合わせている。 「十年の密室・十分の消失」過去に起きた密室事件と現在に起きた建物の消失事件を描いたもの。トリックのリアリティに疑問が残るものの、大胆な発想とスピーディな展開が楽しめる。 「有馬記念の冒険」競馬の有馬記念レースを軸にしたアリバイトリックが核となっている。当時としては新しいメディア技術をトリックに取り入れている。先進性は認めるが、トリック自体は陳腐。 |
No.676 | 7点 | スクランブル- 若竹七海 | 2025/06/26 19:19 |
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物語は高校時代の友人が再会した結婚披露宴(1995年)と、彼女たちの高校時代(1980年)とが交互に描かれながら展開していく。冒頭で「犯人は金屏風の前にいる」と示されるものの、最後まで誰が犯人か分からない仕掛けに惹きつけられる。消去法により次第に容疑者が絞られていくプロセスとなっており、緊迫感が盛り上がる。各章のタイトルは「スクランブル」、「ボイルド」、「サニーサイド・アップ」など卵料理にちなんでおり、「殻を破って成長する」というメタファーとして、少女たちの思春期の葛藤を象徴している。
シャワールームでの殺人事件を中心に、弁当の盗難や体育祭での毒物混入などの小さな謎が絡み合う。主人公たちの「アウター」(高校から入学した外部生)としての疎外感や、友人との嫉妬、恋愛、家族関係や派閥争いが細かく描かれ、多感な年頃の複雑な心理描写も秀逸。少女たちの推理を通じて事件の真相に近づいていくが、最終的に意外な真犯人とその動機が明らかになる。ただ事件の真相よりも、彼女たちがどのように過去と向き合うかが焦点となっている。 本作は、単なる謎解きではなく、青春の痛みや成長を描いた作品で、作者の繊細な筆致で、少女たちの揺れ動く心情や時間の経過による記憶の変容が丁寧に表現されている。 |
No.675 | 6点 | 気分は名探偵 犯人当てアンソロジー- アンソロジー(出版社編) | 2025/06/23 19:14 |
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2005年に夕刊フジで連載された犯人当てミステリ短編を6人の作家が執筆したアンソロジー。
「ガラスの檻の殺人」(有栖川有栖)深夜の路上で起きた殺人事件。東西南北に伸びる道には、それぞれ人目があったが逃げる犯人は目撃されていない。驚きの真相のようなカタルシスはないが、解答の納得度は高い。洒落のきいた文章、会話が楽しい作品。 「蝶番の問題」(貫井徳郎)奥多摩にある貸別荘で五人の男女の変死体が発見された。その中の一人が、事件の一部始終を手記に書き残していた。探偵のキャラクターも立っているし、推理の論理も明快。 「二つの凶器」(麻耶雄嵩)京都理科大学で起きた殺人事件で、弟が容疑者とされたので助けてほしいと名探偵・木更津悠也のもとに訪れた。共犯者の裏切りと偽装がテーマ。情報量が多くて難解。 「十五分間の出来事」(霧舎巧)脚本家の大神は、新幹線の洗面室で気を失っている男を発見する。どうやら何者かに後頭部を殴られたらしいと判明する。軽快な会話と章ごとに新たな展開を告げる人物が現れるというテンポよく読ませる楽しい作品。 「漂流者」(我孫子武丸)浜辺で溺れて気を失っていたところを助けられた「私」。頭を打ち記憶喪失になった「私」の手帳には、殺人事件の顛末が記されていた。「私」が何者かが判明すれば殺人事件の犯人がわかるという仕組みが面白い。 「ヒュドラ第十の首」(法月綸太郎)染井霊園で殺害された蟹江のオンライン上に残していたプライベート・ログから浮上した容疑者は、ヒラドノブユキという同姓同名の三人だった。科学的トリックと伏線が光る作品。 |
No.674 | 6点 | 素敵な圧迫- 呉勝浩 | 2025/06/20 19:37 |
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社会の不穏さと人間の深層心理を鋭く描いた6編からなる短編集。
表題作は、狭いところで圧迫された感覚が好きな女性が、どうやら誘拐されている。なぜ誘拐されたのかが、彼女の性癖の来歴とともに丁寧に語られていく。主人公の語りが不穏で、理想の男性との関係が破滅に向かう展開は、ミステリとしての意外性と心理サスペンスが絶妙。 「ミリオンダラー・レイン」では、主人公が三億円事件に触発されて強盗を計画する。教育程度が低く、収入も低く、明日への希望を感じていない若者の、濁った日常意識の奥底からの反発精神が見もの。ラストでどんでん返しが待っている。実に皮肉な結末で、深い虚無感を覚える。 「論リー・チャップリン」は、息子から十万円を強請られた父親が、彼を論破しようと知恵を振り絞る話。現代の「論破文化」を風刺し、親子関係の歪みをコミカルに表現している。 「パノラマ・マシン」並行世界に行けるマシンを拾った男Fと、それに気づいた男Dが、こちらの世界での不満の捌け口として平行世界で好き勝手なことをする。最初から差している不穏の影が素敵。 「ダニエル・≪ハングマン≫・ジャービスの処刑について」は、ボクサーのスリリングな半生を描きながら大胆な仕掛けで幕を下ろす。読み終わってタイトルを見返すと誰しも感じるものがあるだろう。 「Vに捧げる行進」は、コロナ禍で人通りのない商店街のシャッターに落書き事件が続発し、それが多くの人に広まっていく。人々の閉塞感への反発を描いており、共同体の不気味さ、得体の知れなさが感じられる不穏な物語。 |
No.673 | 7点 | ウェディング・ドレス- 黒田研二 | 2025/06/17 19:38 |
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ネタバレしています。
第16回メフィスト賞受賞作。幸せな結婚生活を目前にした祥子とユウ。しかし結婚式の当日、偽りの電話で呼び出された祥子は、二人の男にレイプされてしまう。さらにユウの事故死の知らせが、彼女に追い打ちをかける。ところが、死んだはずのユウが行方不明になった祥子を探していた。さながらパラレル・ワールドを生きるかのような二人は、再び巡り会うことができるのか。物語は祥子とユウの視点で交互に描かれながら進む。序盤から中盤にかけて、両者の描写に生じる矛盾やズレに強い違和感を覚える。物語の焦点が定まらない中、「僕」が目撃する密室状況での犯人消失の謎も絡み引き込まれる。 猟奇殺人事件や密室トリック、母親の遺したウェディングドレスに隠された秘密など、矛盾と混乱を広げた中盤から、それが一気に収束していく終盤にかけてのスピード感あふれる筆致は小気味よいものがある。特にアダルトビデオ「13番の生贄」との関連性や、過去の事件との因果関係が最終的に収束する展開は素晴らしい。 本作は本格ミステリの技巧を凝らした野心作であり、特に時間軸の操作や視点の欺瞞に特化した「名前」や「視点」を利用した叙述トリック作品として優れている。 |
No.672 | 5点 | 四日間家族- 川瀬七緒 | 2025/06/14 19:25 |
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物語は夏美が自殺を決意し、ネットで知り合った三人とともに車で山へ向かい、山中で練炭自殺を試みようとするところから始まる。四人はそれぞれに複雑な背景を持ち、当初は互いに反発し合う。夏美は「サークルクラッシャー」と呼ばれ、コミュニティを破壊してきた過去を持つ。長谷部は会社を倒産させ、借金に追われた元経営者。千代子はコロナ禍でスナックを営み、クラスターを発生させた責任を負っている。陸斗は謎めいた高校生で、冷静な策略家。
やがて、彼らのいる山中の近くに車が現れ、しばらくして去った後、森の奥から赤ん坊の泣き声が。赤ん坊を発見した四人は、自殺を先送りし小さな命を助けようと考える。ところが母親を名乗る女性が、SNSに赤ん坊を誘拐されたと投稿した動画により、誘拐犯の汚名を着せられる。 本作はSNS社会の危うさや「正義」の暴走を描きながら、人身売買組織の闇にも迫る。四人は単なる被害者ではなく、逆にSNSを利用して反撃するなど、知恵と機転で戦う姿勢が痛快。終盤の組織の正体が明かされる展開は、伏線が巧みに回収されている。 自殺という重いテーマを扱いながら、赤ん坊という「生の象徴」を通じて、人間の再生を描いた作品。本のタイトル通り、短い期間ではあるものの、疑似家族的な絆が生まれ、いくつもの逆転が起きるところに魅力がある。このように読ませはするのだが、後半の展開と結末は意外性がなく予想していた通りで、ミステリ的には物足りなさを感じてしまった。 |
No.671 | 6点 | 北斎殺人事件- 高橋克彦 | 2025/06/11 19:13 |
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日本で最も有名といっていい浮世絵師の葛飾北斎の隠された秘密と、現代の殺人事件を絡めた二重構造の物語。
本作の核心は、「北斎が隠密だったのでは」という大胆な仮説。貧乏だと思われていた北斎が、実は金持ちだったかもしれないという仮説に始まり、引っ越しが多いことや、頻繁に画号を変えて名前を弟子に譲っていたのもアリバイ工作の可能性が高いという仮説が、次から次へと登場する。 物語は、ボストン美術館で起きた日本人画家殺人事件と、日本国内での北斎研究を巡る陰謀が交錯する。未発表の北斎作品を巡る偽画騒動や、美術商の策略など美術界の暗部が描かれる。 北斎の生涯に新たな光を当てる幕末の歴史ミステリと、美術史を掘り下げた知的興奮に満ちた作品。本作は「写楽殺人事件」のネタバレをしているので、読む予定のある人は、「写楽殺人事件」を先に読むことをお勧めします。 |
No.670 | 6点 | 出雲伝説7/8の殺人- 島田荘司 | 2025/06/07 19:39 |
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吉敷竹史シリーズ第二弾で、鉄道を舞台にしたトラベルミステリと神話を絡ませた本格ミステリ。
警視庁捜査一課の吉敷竹史は、帰郷も兼ねて山陰地方に旅行に出掛けたが、鳥取駅に到着した時に猟奇殺人事件の発生を知る。山陰を走るローカル線と大阪駅に、七つのパーツに解体された女のバラバラ死体が流れ着いたのだ。首はどこからも発見されず、指紋は硫酸で焼き消され身元を知るための手掛かりは完全に抹消されていた。しかも胴体の入っていた旅行バッグからは、なぜか大豆と麦が十数粒発見された。 本書の主眼はアリバイ崩しであり、犯人が誰であるかは、かなり早い段階で判明する。しかし、バラバラ死体を七つの路線に載せて山陰中に撒き散らすという作者ならではの奇想により地味な印象は受けない。ただこの作品において真の奇想と呼ぶべきは、昔の伝説や歴史が犯罪の形を借りて現代の日本に復活するという「八岐大蛇」と「五穀の起源」の見立てであるというところ。古事記の「ヤマタノオロチ退治」の解釈を巡る学術論が関わっており、神話と現実の犯罪が見事にリンクしている。犯人の動機には、学問的対立や女性同士の激しい確執が絡んでおり、作者らしい「怨念」をテーマにした心理描写が光る。 本書では事件関係者の多くが歴史学者だということもあって、記紀や古代史に関する知識が全編を覆っているが、それは単にペダンティックな彩りにとどまらず、異常な犯人像に深みを添える効果も果たしている。大学講師の波地由紀夫がラストで明かす真意が、この殺伐した犯罪の物語に大きな救いをもたらしている。アリバイトリック自体に無理はあるが、神話や歴史に興味ある人には十分楽しめるのではないか。 |
No.669 | 6点 | ダック・コール- 稲見一良 | 2025/06/03 19:30 |
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自然と人間の関りを深く描いた鳥にまつわる連作短編集で、「6つの夢」という形で展開される。各編独立しているが、野生の鳥や狩猟がキーワードとして繋がっており、プロローグとエピローグで全体がまとめられている構成となっている。
「望遠」三年がかりの記録映画のショットを任された若手カメラマンは、目の前に現れた幻の鳥にレンズを向けてしまう。心理描写を極力抑えた筆致で、主人公の行動を淡々と描いている。最後のシーンは、哀しくも一種の清々しさを感じさせる。 「パッセンジャー」山の中でサムは、大空を駆け抜けるハトの大群に遭遇する。リョコウバトの絶滅のことは聞いたことがあるが、このような強烈なワンシーンとして描かれると事実として実感する。結末は「望遠」と似た手触りがある。 「密猟志願」これまで消極的に生きてきた男は、密猟に愛着を感じ始めていた。そんな時に、一人の少年と出会う。このような経験が出来る人生というのも幸せなのかもしれないと思わされた。 「ホイッパーウィル」保安官のアルらと共に、脱獄囚を追って山中に入ったケンが見たものとは。マンハントをモチーフにした欲望や軋轢、闘争を描いたハードな冒険小説。クライマックスは、美しく深い哀しみを宿した味わい深い作品に仕上がっている。 「波の枕」船の火事で、大海に投げ出された源三は陸を目指す。漂流中の男と亀の交流が幻想的に語られる。とてもファンタジー色が強い作品で、淡い恋を描いたラブストーリーとしても読める。 「デコイとブンタ」鴨猟に使われる模型=デコイが、一人の少年に拾われる。ジョブナイル風のファンタジーで、少年の陥る危機とそこからの脱出劇は、爽やかで美しい。 |
No.668 | 6点 | 夜の道標- 芦沢央 | 2025/05/31 19:39 |
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二年前に評判の良かった塾経営者が、なぜ殺されたのかという謎を中心にして物語は進む。
バスケットボールの才能に恵まれながら、父親から利用されている小学生、その彼に親愛の情を抱く同級生、地下室に正体不明の男を匿う女性、傍流に追いやられながら事件を追う刑事。この四人が視点人物となって群像劇を形づくっていく。 登場人物たちの複雑な心理描写、それぞれが抱える過去や葛藤が丁寧に描かれており、彼らの心情に深く共感させられる。児童虐待、障害者差別、貧困など現代社会が抱える様々な問題が織り込まれており、深い問いを投げかけている。単なるミステリとしてではなく、社会派小説としての側面も持ち合わせている。 予想を裏切る展開の連続で、結末で真実が明かされ各ピースが収まるところに収まり、納得感が得られる。タイトルの「夜の道標」とは、登場人物たちが暗闇の中で見つけようとする希望の光、あるいはそれぞれの人生を導く指針のようなものを象徴しているように感じた。 |