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クリスティ再読さん
平均点: 6.40点 書評数: 1325件

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No.17 7点 虚栄の女- ウィリアム・P・マッギヴァーン 2018/05/03 11:03
作家コンプ中心に読んでいくと、最後の方ってどうしても入手困難作が多くなるし、入手困難=不人気、ってことが多いから、あまり面白さをアテにできない...のが覚悟の上なんだけども、逆に面白かったりすると「わ、世の中に知られてない儲けモノみっけ!」と気分が高揚するのがご褒美みたいなものだ。
さて、マッギヴァーンも大詰め「虚栄の女」。儲けモノの部類である。好きな作家なればこそ、うれしい。第二次大戦中のシカゴ社交界の花形だった女性、メイ(ま要するにクルチザンヌである)。彼女が戦時中の政財界の裏面暴露の日記を出版しようとしている、という噂がたち、シカゴの政財界に静かなパニックが走った。身に覚えのある実業家ライアダンは、同時に戦時中の不正を暴く上院の委員会の標的となって、調査団を迎えることになった。調査団とメイ、この両面からの脅威を押し戻すため、ライアダンは広告代理店と契約した。主人公はその担当者となって、ライアダンと対策を協議しつつ、主人公旧知のメイとの交渉にあたるのだが....がその最中メイが殺害されて戦時中の日記が消え失せた!
企業などの不祥事、というと謝罪会見で会社幹部が妙に尊大な態度をとって炎上しまくる...というのがこのところ続いていて「危機管理がなってない」とか評されるわけだけど、とくに日本は「アドバタイジング」と「パブリック・リレーションズ」が混同されるきらいがあって、正しい意味での「PR(パブリック・リレーションズ=社会との関係)」が定着していない風土であるから、「なんで広告代理店?」となる読者も多かろうが、本作の広告代理店と主人公の仕事は、まさにこの「PR」である。ライアダンの記者会見を主人公は見事に仕切ってみせる。評者とか真似したいくらいにナイスな設定だと思うのだが、いかがだろうか。
でまあ、この実業家は実のところ絵に描いたような悪党で、仕事とは言いながら主人公は葛藤する。別居中の妻も同僚で、主人公を見守って離婚するかどうかを考慮中だったりする。

きみの忠誠心は、売りに出ていたものなのだ。それをわたしが買ったのだ。粉骨砕身、きみに働いてもらうつもりである。たとえわたしが詐欺師であろうと、正直な人間であろうと、それには何のかかわりもないことなのだ。これだけいえば満足してもらえるかな?

いやあ、マッギヴァーンらしさ全開だね。道徳的トラブルを抱えながら、事件の真相を追いかけて、自らの道徳的葛藤にも決着をつける。犯人もうまく隠せているし、手がかりは会話の中の齟齬みたいなものだから、かなり難度が高いけど、まあフェアかな、くらい...と若干パズラー的興味もある。
父親は粗悪な小銃を政府に納入して儲けるが、その息子は戦争で手柄を立てて「英雄」なんだけども、戦争神経症を患って戦後は無為徒食のまま父親に反抗しつづけるし、主人公の妻は仕事で主人公が成功すればするほど「嫌な奴」になってくるのに耐えれなくて別居→離婚を考えているなど、サブキャラもなかなかうまく書けている。あっけなく殺される影のヒロイン、メイの存在感というか、「なぜ暴露本を出そうとしたか?」はミステリ的な謎というよりも、キャラの性格から説明されるとか、小説的な厚みがあって、これはいい小説である。先行する「囁く死体」「最後の審判」は今一つだったのと比較すると、マッギヴァーンらしさが本作で早々と開花している印象だ。次作はもう「殺人のためのバッジ」だもんなあ。

マッギヴァーンのコンプ記念でベスト5を選ぼうか。「殺人のためのバッジ」「最悪のとき」「明日に賭ける」「ファイル7」「けものの街」...まあこの人の場合ベスト5選びはほぼ定番に落ち着いて全然面白みがない。

No.16 5点 囁く死体- ウィリアム・P・マッギヴァーン 2018/04/29 23:32
マッギヴァーンって何故か同じネタで2作書く傾向があるみたいだ。本作と「ゆがんだ罠」がペアになるし、元刑事復讐譚だったら「ビッグヒート」と「最悪のとき」、悪徳警官なら「悪徳警官」と「殺人のためのバッジ」、閉鎖空間でのパワーゲームなら「ファイル7」と「明日に賭ける」..でどうしても比較になるのだが、本作は「ゆがんだ罠」とだと歩が悪い。雑誌編集部内の人間模様の描きっぷりも、パズラーとしてのフェアさも、もう一つ。あ、本作は「ゆがんだ罠」同様に「巻き込まれ型パズラー」といった体裁のもので、ハードボイルドでも警察小説でもなくって、サスペンスと言うほどでもないからきわめて消極的に「本格」枠が適切。
どうみても「ゆがんだ罠」が本作の上位互換なので、そっちを読むことを薦めるが、被害者がイヤなヤツでも、イヤなヤツなりの屈折が描けているあたり、完全な悪人も完全な善人もいないマッギヴァーンらしい世界ではある。
さて残りは本はキープ済の「虚栄の女」になった。さすがに「1944年の戦士」は戦記物だしなあ....いいだろ。

No.15 7点 悪徳警官- ウィリアム・P・マッギヴァーン 2018/03/31 23:07
マッギヴァーンお得意の警官モノ。主人公がギャングに買収された悪徳警官だったのが、弟のトラブルをきっかけにギャングたちに反逆する話である。ただし道徳的に悔い改めるとか、弟の復讐で...とか、そういうウェットな話にしないのが一番いい点。
主人公はギャングに買われる悪徳警官を自任しながらも、それでも有能な刑事であり、ヘミングウェイ風な頑固一徹なコードヒーローである。世の中の仕組みが分かってるからこそシニカルになり、利口に立ち回って職務を売るのも、それが独立独歩で他人を信じないタイプの男だからこそだ。そもそも正義と不正・道徳といった観念で動く柄じゃない..だから本作はマッギヴァーンの中でも一番ハードボイルドのテイストが強い作品になっている。
事件の目撃者となったことでギャングに不利な証言をする弟に対し、死なせないためにその証言を翻させようと主人公は躍起になる。マトモな警官である弟はまったく取り合わないので、主人公と組んでいたギャングに殺される。それでも主人公は自分がギャングたちに騙されメンツを潰されたあたりに怒り狂う(弱みなんぞ見せたくもないしプライド高いんだよ)みたいに描かれて、ウエットさなぞ薬にしたくてもないような煮え切った主人公である。
要するに主人公は自分の周囲の、弟を含む善良な警官たちを、多少小馬鹿にしていたのである。しかし周囲の善良な警官たちが「警官殺し」に対して一致団結してギャング壊滅に向けて頑張る姿に、主人公は逆に考えさせられることになる。こういう道徳主義的ではないダイナミズムの設定がなかなか、いい。あくまでもバッドボーイの物語なのだ。
日本だとどうもハードボイルドの名のもとに情緒的な浪花節が横行するのだけども、本当はこういうシニカルでドライなのが、ハードボイルドの真面目なんだよね。作者が自分の作り出したキャラをうまく客観視できている印象がある。こういうあたりが極めてマッギヴァーンという作家の個性を感じるところ、かな。

No.14 5点 七つの欺瞞- ウィリアム・P・マッギヴァーン 2018/02/10 23:57
マッギヴァーンって「明日に賭ける」のあと、一般小説への転向を表明するわけだが、すぐ次の「けものの街」は地元住民と抗争することになってしまうアメリカ中産階級の罪を描いて「微妙にミステリ」くらいなものだったのだけども、本作というと...アンブラー風の謀略の絡んだ冒険小説、という感じのもので、別に純文学とかそういうものではない。
スペインのリゾートでダラダラ暮らすアメリカ人の主人公に、同じリゾートで暮らす元ナチと噂されるドイツ人実業家からビジネスの誘いが来た。それに何となく応じてしまったのが運の尽きで、元パイロットの主人公は殺人容疑がかかるのと同時に、銃で脅されて貨物機のハイジャックを強制されるハメに陥った!
この貨物機に積載されたドイツ人の悪事の証拠を奪うのが目的なんだが、御用済の主人公と、イギリス人の暴力担当とその愛人の病的な嘘つき女、それに主人公の身を案じて一行にもぐりこんだヒロインらは、当然ドイツ人によって消される塩梅なのだが、辛くも生き残る。しかしサハラ砂漠の真ん中に放り出させて、どうやって戻るのか、戻っても殺人容疑をどうするのか?といったあたりの興味で引っ張るわけで、そりゃ冒険小説、だよ。
まあ筆力のあるマッギヴァーンだから、そつなく書けてはいる。最初主人公を誘惑する嘘つき女とか、ドイツ人に精神的に奴隷化されているヒロインとか、結構キャラに工夫がある...けど、小説としては、ちょっと萌えどころがよくわからないや。なんでこんならしくない小説書いたんだろう?

No.13 5点 金髪女は若死にする- ウィリアム・P・マッギヴァーン 2018/01/02 18:17
本作の著者はビル・ピータースの名義なのだが..本作がマッギヴァーンの変名で書かれたことは周知で、これ1冊きりの名義、たとえばカート・キャノンみたいに妙に人気のある作品というわけでもないので、マッギヴァーンの中に入れる。本サイトだと別名義の管理ができないから、その方が合理的だと思う。
まあ本作、タイトルからして下世話である。その通りで、スピレインの二匹目のどじょうを狙った企画で書いたもののようで、「通俗ハードボイルド」としか言いようのない内容で展開である。主人公はフィラデルフィアの私立探偵ビル・カナリ。フィラデルフィアで出会った恋人ジェーンの住居であるシカゴに、カナリが休暇をとって突然訪問すると、ジェーンは不在、しかも何やら怪しげな空気が漂う。電話で連絡があり、ジェーンの居場所に向かうと、そこで出会ったのは、ジェーンの拷問された死体だった...
これだよ。要するにスピレインだと友人を殺害された私的な報復として「裁くのは俺だ」しちゃうわけだが、そういう「私」性を本作は取入れている。でまあ、カナリはよく女性にモて、ジェーン以外にも、協力者の女性新聞記者、ジェーンの同僚でヤク中のディーラーとのエッチなシーンがあって、当然ギャングも登場、ガンアクションも数回。殴られ監禁されるのもあり...とサービス満点。
でしかも、結構大技のひっくりかえしをするのだが、これが細かい伏線を引いてたりするし、最後にギャングをハメるため、大掛かりな監視の下で麻薬取引を追いかけるのだが、「ファイル7」あたりで発揮されるマッギヴァーンの状況俯瞰的な良さが光る..と「通俗ハードボイルドの模範解答」を見せられたような気分である。「通俗ハードボイルドってそんなものか?」という疑問が評者はフツフツと湧いてきてしまう。駄菓子のつもりで食べたら、和三盆だったような気分。

あなたはスマートで心臓が強くてガッチリしているわ。それに反して私は、ヘソ曲りの世間知らずよ。あなたはそのちがいをわざと誇張してよろこんでいるのだわ

なんて書かれるとちょっとイヤ味というものだ。やれやれ。

No.12 7点 けものの街- ウィリアム・P・マッギヴァーン 2017/12/10 14:17
海外作品は「社会派」がないので困るんだけど、本作は「社会派」としか言いようのない作品。マッギヴァーンって言うと、頑固なまでにシリーズキャラクターを作らない作家なのだが、それは主人公の「モラル」への関心が強いがためなのだ。毎回マッギヴァーンの主人公たちは、ユニークで厄介な「道徳的なトラブル」に遭遇する。個々に抱えたモラルの問題がそれぞれユニークで、そのため「不変の正義」を主張しうる「ヒーロー」であることを阻む..そういう事情である。
本作の主人公は、郊外の分譲住宅地に住まいを定めた中流ホワイトカラーである。日本でも、分譲住宅の住人と市営団地の住民、あるいは地元の村落の人々との「階級的」な軋轢のようなものに遭遇した経験がある方もおられることと思う。本作だと、スラムのような古い住宅地に前から住んでいる住人と、ホワイトカラー向けの分譲住宅を買った新しい住人たちとの間で、アメリカだからそれこそギャング顔負けの抗争が起きてしまう話である。
発端は主人公たちの側のローティーンの子供たちが、スラムのハイティーンの少年たちに恐喝されて、親の金をくすねることから始まる。子供を守る気持ちの強いミドルクラスの親として、警察に届けはするのだが、警察もあまり有効な手は打ちづらい...で、主人公たちは対策を相談するのだが、地元の運送業者が助太刀しようと申し出る。この運送業者が一本独鈷の自営業者らしく、いかにもアメリカ保守の独立自尊ベースの自警団的な体質の男だった。その影響を受けてホワイトカラーの主人公たちも、子供の交通事故などもあって、ついつい暴力的な対応に出てしまう。
実は子供たちの恐喝トラブルも、分譲地の親が過剰な心配をして、それまでスラムの子供たちが遊んでいた少し危険な池を埋め立てたことの「補償」のようなことから始まっていたようで、全面的にスラムの子供たちが悪いわけではない。しかし「非行少年」のレッテル貼りもあって、ミドルクラスの主人公たちはついつい色眼鏡と誤解から、過剰な暴力的手段に出ることになる....その中で、主人公サイドの方こそがイイ齢のダンナ方であるにもかかわらず、ついつい獣性を発揮することになってしまうのである。
主人公たちは「正義と家族の安全を守る」大義名分のもとに、とんでもないトラブルに自ら飛び込んでいってしまったのだ。まあだから本作は本当は非行少年モノではなくて、そういうアメリカの「ミドルクラスの罪」を描いた作品で、ミステリかどうかはかなり微妙。それでも「主人公のモラル」を巡るマッギヴァーンの作家的一貫性がちゃんと窺われて、評者は本作が好きだ。

追記:そういえば本作ってアメリカの真面目版「三丁目が戦争です」だ。

No.11 4点 恐怖の限界- ウィリアム・P・マッギヴァーン 2017/10/20 23:50
マッギヴァーンというとハードボイルド/警官モノがメインなのだが、たぶん長編は一つだけだがスパイ小説があって、それが本作。イタリアに出張していたアメリカ人ビジネスマンが、行きずりの女性の危難を救ったことから、ソビエトのスパイが暗躍する謀略の中に巻き込まれていった...というのがアウトライン。各務三郎が昔アンブラーについて「現代版の恐怖小説になってしまったスパイスリラーに、もう一度冒険のセンスを取り戻そうとした..」なんてことを言っていたのだが、要するに本作、タイトルからして「恐怖の限界」だが、まさにそういう「現代版恐怖小説」としてのスパイ小説だったりするのである。
しかしね、作者がマッギヴァーンだ。主人公はラヴクラフト風の受動的なキャラではなく、行動的で現実的なアメリカンで、一種のモラルからドンキホーテ的なおせっかいをして結果死体がゴロゴロ(いくら冷戦まっ盛りのスパイ活動でも、外国での殺人はなるべく避けるだろうに...)、ということになってしまう。副主人公的ポジションで、左翼系インテリで皮肉屋の友人がいるのだがこの男と、加えて敵方のボスである冷血の職業的スパイと、この3人の内面描写を切り替えて、神視点三人称で多面的に状況をきっちり説明して「見せる」のだが...まあ実際本作の内実は恐怖小説なので、しっかりかっきり説明してしまうと、どうしてもお話がお安くなるというものだ。
というわけで、本作はマッギヴァーンのイイ面が全部裏目に出てると思う。まあこういうのも、ある。

No.10 6点 ビッグ・ヒート- ウィリアム・P・マッギヴァーン 2017/10/09 21:01
評者の見るところ、本作は同じ元刑事復讐譚である「最悪のとき」とネタがカブるようで、「最悪のとき」は本作のやや甘めなところを激ニガに書き直したバージョンみたいに感じる。それでも本作の一番イイところというのは、そのいささか「甘い」ところのかもしれないな。
警官が自殺した。その経緯に不審を抱いたバニオン警部補が捜査を継続すると、証人の死や不可解な圧力が上司からかかるなど、どうも市政の影のボスたちの逆鱗に触れているようだ。バニオンの身代わりとなって愛妻が車に仕掛けられた爆弾によって殺されると、バニオンは腐敗した市警察を辞職し単身謎を暴いて黒幕に復讐することを誓った...
という話だが、実はそれほどハードじゃない。ギャングたちがバニオンの娘を脅かそうとするが、バニオンのために戦友たちが娘のガードを買って出てくれるし、神父や正義派の幹部警官なども陰に日向に助けてくれる。意外にここらのみんなに「支えてもらってる」あたりが、何かイイ感じである。神父なんぞ戦友たちのアリバイ作りに「一緒にポーカーしてた」と証言してくれるくらいだよ(笑)。
しかしね、男は見栄や気取りもあってなかなかハードに徹しきれないものなのだが、女は実に煮え切ってハードボイルドだ。バニオンは諸悪の根源である女を撃てばある意味問題が解決するのだが、それでも撃てない。

とにかく、わたしはタフな人間よ。あなたにもできなかったことをしたんですもの。

...オトコなんぞより、女の方がずっとタフでハードボイルドなんだよ。この小説はホントにそういうオチである(苦笑)

No.9 7点 ファイル7- ウィリアム・P・マッギヴァーン 2017/09/17 09:05
マッギヴァーンという作家のイイところは、アーチスト的というよりも腕利きのデザイナーのような、「情報が整理されている」感覚なんだよね。中編「高速道路の殺人者」と本作、それから「ジャグラー」が、そういうマッギヴァーンの鳥瞰的な視点と、無駄のない語り口で事件の顛末をドキュメンタリ映画でも見るかのように伝えてくれる。

しかしいま連邦警察が必要とするのは推定ではない。必要とするのは、事実であった

サイレント期の饒舌気味な字幕のような、若干レトロな気取りのある説明的描写がカッコイイ。本作の狙いは誘拐を含め州間をまたぐ大規模な犯罪に対応する連邦検察局FBIを、それ自体として一個の精妙なマシンであるかのように描くことである。この狙いは成功している。人間臭いドラマは犯人サイドの担当だ。
犯人サイドは、まあマッギヴァーンなのでトリッキーな計画でもファンタジックなくらいに精密なものでもなくて、ごくありふれたプランなのだが、やはり「らしく」飛び入り要素が盛りだくさんである。幼児だけでなくその保母も気まぐれに一緒に攫うし、犯人の一人の弟(善玉)のログハウスを潜伏場所にするのだが、その弟が急に戻ってきたためにこれも捕虜にする。でこの弟とカインとアベル風の確執があるが、こういう要素の方がかえって古びるようだ。誘拐というと犯人側だって待機時間が多いのだが、暇になった犯人がもう一人の犯人をマウントしたがったり、と予想外のイベントが盛りだくさんにある。捜査側としては「重大案件だが特別な事件ではない」のだが、犯人側(もちろん被害者側も)にしてみれば「本当に特別なヤマ」になるわけだ。そういう対比が効いている。
本作は比較的長めなので、じっくりと犯人のキャラも書き込まれている。プランナーのグラントが最初は主導するのだが、屈折した問題児タイプのデュークが、微妙な心理戦をグラントに仕掛けて屈服させる(この手で弟のハンクを奴隷化した)とか、あるいは交渉役の第3の犯人もオタクタイプで性格が歪んでるのが印象に残る。
というわけで、本作はマッギヴァーンという作家が、自分のイイ面を目立たせるように、自分でうまく「狙いを絞って」書いた印象を受ける。この人の自己プロデュース力みたいなものを感じるな。

No.8 9点 殺人のためのバッジ- ウィリアム・P・マッギヴァーン 2017/08/30 21:21
評者今までマッギヴァーンってそれほどハードボイルドを感じたことがなかったのだが、久々に再読して、いや、本作ある意味マッギヴァーン流のハードボイルドなんだ、ということを強く感じた。マッギヴァーンって心理描写をツッコむ傾向が強いから、「行動・会話主体」というハードボイルド文体からズレ気味なんだが、本作ではとくに「ささくれたような非情さ」という面が強く感じられて、これがまさにハードボイルド、という感覚なのだ。その「非情さ」というのは、「即物的なほどのリアリズム」という、本作のもう一つのテーマとも強く結びついている。
本作くらい、「シンプル・アート・オブ・マーダー」を極めた作品はないんだな。悪い意図を疑われるような警官の「職務上の殺人」なんて、今どきでもアメリカではかなり起きているわけで、本作の刑事によるノミ屋殺しくらい現実的な話はない。手段はとっても簡単。作品中でも証拠はほぼない上に、事なかれ主義の上司は現実に目をつぶってもみ消す「警察一家」な仲間仁義の世界にいるわけだ...これは小説だから犯人は破滅するが、それが小説の「ご都合」にしか感じられないような「非情の世界」はまさにこの現実である。
あともう一つ見逃せないのは、主人公ノーランの造形。下層の白人でマチズムの権化のようなマウンティング男。ゆがんだルサンチマンを発散させるための殺人、というイヤな感じが漂う...もうすでに何人も粗暴さから殺しているから、殺しは手慣れたものだったのかもしれない。しかし自己の欲のために計画的に「殺人」をしてしまい、妙な達成感から身にそぐわない野心を抱くようになる。そうなったらもうお終いで、人間性がボロボロと崩壊していくさまを、本作は丁寧に描写していく。一番悲しいことは、自身の人間の崩壊を、万能感で舞い上がった本人こそがまったく把握できないことだ。この殺人からくる昂揚と妙な万能感を、マッギヴァーンは見事に突き放して描いている。これが凄い。
「そうねえ、ただそれだけねえ。悲劇的でさえないわねえ」。ノーランの「夢の女」として動機の一部になっているリンダにさえ、ノーランの愚劣さは隠すことはできなかったのだ。それが一番情けないことなのだ...
(原題は「Shield for Murder」だから、「殺人の盾」というタイトルでもおかしくはなかった。警官の徽章は盾のデザインだからね。そのノーランの盾ってのが、警官仲間仁義なんだから、ダブルミーニングのいいタイトルだと思うよ)

No.7 5点 最後の審判- ウィリアム・P・マッギヴァーン 2017/07/27 21:05
マッギヴァーンでも初期の作品。悪徳警官でも文学性が高いわけでもない、「郵便配達は二度ベルを鳴らす」調の標準的な犯罪小説。
シカゴのノミ屋ジョニーは、惚れた女アリスの亭主フランクが、戦地から帰還したことで、うまく亭主を片付けてアリスを手に入れる賭けにでざるを得なかった...フランクをハメる罠をジョニーは仕掛けるが、どんどんと想定外のことが起きていって、ジョニーは次第にドツボに嵌まっていく
という感じの小説。ノミ屋に道徳を期待しちゃいけないが、ジョニーはかなりワルい奴。それこそ夜鷹を殺して堀に蹴こんで「こいつぁ春から演技がええわえ」と嘯くお嬢吉三風の、しれっとした悪党。なので、ドツボに嵌まっていくのにあまり同情の余地はないな。犯行計画は他力本願なのがリアルだが、その分面白味は薄い。少しだけ捨て台詞風のうっちゃりもあるが、大したものではない。
スルスルと読めてそこそこ楽しめるが、それだけ。けなす必要はないが、積極的にほめる材料には乏しい。マッギヴァーンで最初から器用だけど、深まるのはもう少し後だしね。

No.6 6点 ゆがんだ罠- ウィリアム・P・マッギヴァーン 2017/05/28 21:30
本作だと「殺人のためのバッジ」の翌年の作品なので、そろそろ脂がのりだした頃のマッギヴァーンである。まだいろいろと試行錯誤している感もあるが、本作だとハードボイルドに入れるのはかなり無理がある(まそもそもこの人の文章はハードボイルド文でもないし)。評者は本作のカテを「本格」にしちゃったけど、許してもらえるのではないかと思う。そういう作品。
本作の舞台は50年代のアメコミの舞台裏である。これだけでも読む気がかなり起きる舞台設定だが、日本の漫画と違って、映画並みの分業体制で、全員組織の歯車として作っているあたりが非常に興味深い。漫画部門の編集長として新たに異動させられた主人公が、所属の人気女性漫画家殺しの濡れ衣を着せられかけて、その真相を探る、とまとめればその通り。でだけど、いろいろとフックが利いている。主人公の編集長は戦争中に「自分が上官をわざと撃ったのでは?」というトラウマとなって重度のアル中で、泥酔から醒めると手が血だらけで....とひょっとして女性漫画家殺しも自分がやったのでは?とかなりかねない。冒頭がこの「醒めてみれば血だらけ」で、話は過去に戻って漫画編集部の人間模様を丁寧に描写していくことになるので、実際に殺人が起きるのはほぼ真ん中あたりになる。
タイトルの「ゆがんだ罠」はやはりそのトラウマを利用して主人公に罪を被せようとする罠と、主人公と真犯人の心理的対決、というあたりから来ているのだが、こういう心理主義が今読むととても古臭くなっているな。そのかわり、本作はパズラーとして結構フェアプレイだ。本作とマクロイの「幽霊の2/3」が結構似てるんだが、「幽霊の2/3」がパズラーファンに人気だったら、本作でもパズラーで問題ないように感じる。本作だと美点も欠点もそれぞれ...なんだが、もう少しするとこの人一枚皮が剥けた感じになるので、そう悪くはない模索中の一品、といった感じである。

No.5 6点 高速道路の殺人者- ウィリアム・P・マッギヴァーン 2017/04/30 12:45
マッギヴァーンと言えばパルプライターからハードカヴァーに出世した作家だから、当然短編なんていくらでもあるはずである。若い頃のSFだって邦訳があるらしいが、ネットで見る限り、評判はよろしくない...が、本短編集だと、名をなした後のものらしく(アメリカでコンパイルした短編集らしいが初出は不明)結構充実している。中編2+短編3だが、捜査側と犯罪者側の駆け引き中心のスリラー、冷戦を背景にした巻き込まれ型スパイ?スリラー、不良少年物、小噺風のもの、一応トリックのある倒叙?なもの...と器用で多才なところを見せていて、評者的には水準的×3、水準以上×2 という感じ。
ベストはやはり表題作の中編(70Pほど)。高速道路に限定した舞台での逃亡劇と、捜査側との人質を巡る攻防が描かれる。マッギヴァーンの状況俯瞰的な視点の良さが光る。短いなりにいろいろとアイデアは詰め込まれていてお買い得な作品。日本未公開のTVドラマのようだが、ロバート・アルトマンがやった映像化もあるようだ。たしかに、映画にしたくなるような映像的な良さがある。マッギヴァーンって雨の設定が得意だ...
次にいいのは短い小話のような「ウィリーおじさん」。シカゴの新聞記者の間での口碑のような設定で語られる、カポネ配下のギャングvs門番のおじいさんの対決! トウェイン流のホラ話の継承者みたいなところがある。
というわけで、マッギヴァーンという人の職人的なうまさを楽しめる作品集。短編集が出るくらいに、日本でも60年代~70年代まではマッギヴァーンもちゃんと人気があったことを示す証拠みたいなもの。ポケミスの裏表紙だと「ハードボイルド派の頂点に立つマッギヴァーンが、複雑な構成にみごとなサスペンスを加えて描き出す問題作!」とまで書いてくれるんだよ。

No.4 6点 緊急深夜版- ウィリアム・P・マッギヴァーン 2017/02/07 22:38
社会派かハードボイルドかを二択で考えたら、本作とか社会派だろうね。マッギヴァーンって文章はいわゆるハードボイルド文じゃないし...で、当初ありがちな社会派、腐敗した市政と黒幕vs新聞記者という話で読んでいた。まあ社会派とはいってもね、「スミス都へ行く」くらいの感じの汚職+腐敗で、松本清張のリアリズム感には程遠い。
だけどね、実は本作、ラストが非常に盛り上がるのだ。編集長カーシュと主人公の記者ターレルとの関係が、職場の上司と部下という関係を越えて、擬制的な父子っぽい情愛があるにも関わらず....というあたりで、最終的な真相の暴露と編集長の職業倫理によるケジメのつけ方が感動的である。こういう感じでドラマを作るとは思ってなかったな(本作は初読)。

君の心のなかにある人物像を再建しようと思ってな....

自分の悪事を暴かれても、人はそれほど「悪く」なれるものではない。人間の善悪で振れるその振幅の中に、ドラマをうまく組み込むマッギヴァーンの職人技を味わうのがいいだろう。

No.3 8点 明日に賭ける- ウィリアム・P・マッギヴァーン 2016/11/27 21:09
トランプが大統領選に勝っちゃったよ(呆然)。まあアメリカの分断って問題がこのところ表面化してきたわけだけど、いわゆるプアホワイトと呼ばれる階層は、日本からはホント見えない人たちになる。プアホワイトを描いた小説というと例えば「怒りの葡萄」とか「サンクチュアリ」とかあるんだけど、実はクライムノベルが結構扱っているんだよね。
本作の主人公スレイターもそういうプアホワイトで、しかも第二次大戦に従軍して勲章までもらったんだけど、戦後になじめず底辺で暮らしている。だから、黒人差別もテンコ盛りでマチズムの権化みたいな男。まあ50年代でも悪い方のアメリカ白人の典型みたいなものだ。食い詰めて犯罪プランナーのプランに乗るかたちで、地方都市の銀行を襲撃するんだが、犯行の仕掛けに黒人を使うアイデア

黒●●は煙みたいにどこへでも出たり入ったりできるんだ。誰も連中の姿は見やしない。盆を持ったり作業服を着ている黒●●は、どこだっていくことができる(●●は今は差別用語になるので自主規制)

があって、黒人のギャンブラー・イングラムが仲間に加わるが、襲撃は慧眼のシェリフに気づかれて失敗し、ケガをした白人のスレイターが黒人のイングラムに助けられて逃亡するが....という話である。その逃亡生活の中での、スレイターとイングラムの間の確執と交流みたいな内容が主眼となる(アオリにありがちな友情とか感動みたいなワカりやすい要素は薄いよ)。
まあ本作、犯罪小説としては上出来な犯罪プランでもなし、犯罪のプロの凄みとか、そういうエンタメ的な部分の狙いは薄く、ハードボイルドと言われると文体的にも「...違うんちゃう?」となる。その代りきめの細かい心理描写がかなり読ませる。だからミステリっていうよりも一般小説になってると見た方がいい。アメリカっぽくない湿度感(ほぼ舞台も雨・雨・雨)が評者は好き。
たぶん本作くらいがマッギヴァーンの頂点。けどもうほぼミステリからは外れかけてるな。

あと思い出話。この本評者が中学生くらいのときにハヤカワミステリ文庫ができてすぐ(確か創刊第二弾くらい)に買ったものなので、中に編集部宛のアンケートハガキがはいってたよ。「好きなミステリ作家を5人あげてください」って質問があって、中坊の評者が書いているんだ..「チャンドラー、マッギヴァーン、アイリッシュ、ボアロー&ナルスジャック、エリン」。15やそこいらのガキの趣味にしちゃシブすぎて気色がワルい。クイーンとかカーとか書いときゃよかったな。

No.2 7点 最悪のとき- ウィリアム・P・マッギヴァーン 2016/11/08 20:40
これはハードボイルドというより、ヤクザ映画だよ。
本作は沖仲士の組合が舞台の話なんだが、沖仲士なんてすでに絶滅した職業なわけで、今の人ら何の仕事かわかんないんじゃないかな。だったらイイのは映画で、絶好の参考作品がある。エリア・カザン監督の「波止場」である。マーロン・ブランドが主演だ。見ると雰囲気が伝わる..というか、映画も本作も波止場を支配するギャングとの戦いを描くんだが、1年遅い本作の方が、映画の世界を完全にコピーしてる感じである。ただ、映画は勝利したブランドが新たな波止場のリーダーになる話だが、本作は主人公は復讐に狂う元刑事で、そりゃ最後はギャングたちに勝つのだが...結構心がイタくなる話なんだ。カザンとかドミトリクもそうなんだけど、50年代のトップ監督たちってのは赤狩りの中で仲間を売ってキャリアを継続した裏切り者だったりするわけで、憑かれたように善人も悪人もいない灰色の世界を描いていたわけだが、評者なんかは性格が歪んでるせいか、こういう人らの屈折感がタマらなく好きだったりする。本作の主人公にもヒーローらしいどころかそういう屈折感が強く出ていて、赤狩り後の荒廃して虚脱した時代感を感じるだけでなく、主人公にあるまじき卑怯なトリックを使ってギャングを自滅させる。主人公の「道徳」がテーマな作品なのである(ドミトリクだと「ケイン号の反乱」と似てる)。
なので、三島由紀夫が「ギリシャ悲劇のようだ」と絶賛した東映ヤクザ映画「博打打ち 総長賭博」の最後で、鶴田浩二が吐き捨てるセリフが、本作の主人公にはとても似つかわしい。「俺はただのケチな人殺しなんだ...」ハードボイルドの文脈にありながら、こういうウェットな情緒性が本作の大きなポイントだと思う。

No.1 6点 ジャグラー―ニューヨーク25時- ウィリアム・P・マッギヴァーン 2016/10/29 17:45
70年代にミステリ読んでた評者のような世代だと、懐かしいよねマッギヴァーン。書かれたのは75年だそうだが、80年に映画になって(アタらなかったが)B級アクションでは出来のイイ作品として知ってる人は知ってる。だから評者とか「マッギヴァーンがまだ健在!」って結構喜んだんだよ...
でなんだが、映画は見た記憶があるんだが、原作は初読。映画は誘拐された女の子を父親が追っかけてニューヨーク中を走り回る映画なんだけど、原作は全然印象が違う。ヒッピーみたいなひげ面のお父ちゃん、原作だと実はランボーな元少佐なんだ。だから都市論的なあたりでウケた映画と違って、父親・警察・巻き込まれる一般市民...というあたりでの複数視点でのガチのマンハント物である。ここらへん登場人物が多くてそれぞれの事情を丁寧に描写して..という書き方が、70年代の連続物のTVドラマ(アーサー・ヘイリー原作物とかね)風な印象。もう少し整理してもよかったかな。
まあだから、鳥瞰的に警察部隊を指揮して論理的に誘拐犯を追い詰めようとする警察担当者(なぜか階級が警部補だ。毎年1回犯行が繰り返されていたので、少女の生死よりも犯人を仕留めることが政治的に最優先)と、鍛えられたハンターの嗅覚によって子供を取り返すために追跡する父親の対立がポイントになる。しかし、いろいろと飛び入りの市民たちがいて、コイツらが結構状況をイイ具合に攪乱したり..とハラハラさせられることになる。
で映画だとニューヨーク中を駆け回ったけども、原作はセントラルパークが中心で何が潜むかわからないジャングルのように描いている。80年代には犯罪が多発して魔境みたいなものだったようだね。だから、本作ある意味戦争映画というか、「ランボー」の第1作みたいなニュアンスがあるなぁ。マッギヴァーンってそもそも昔から作品企画力みたいな能力は抜群の作家だったから、そういうあたりは衰えてない。

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クリスティ再読さん
ひとこと
大人になってからは、母に「あんたの買ってくる本は難しくて..」となかなか一緒に楽しめる本がなかったのですが、クリスティだけは例外でした。その母も先年亡くなりました。

母の記憶のために...

...
好きな作家
クリスティ、チャンドラー、J=P.マンシェット、ライオネル・デヴィッドスン、小栗虫...
採点傾向
平均点: 6.40点   採点数: 1325件
採点の多い作家(TOP10)
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