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クリスティ再読さん
平均点: 6.42点 書評数: 1255件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.35 6点 ゼロ時間へ- アガサ・クリスティー 2015/09/21 23:24
誰も指摘してないけども、本作は実は隠れたクィン氏ものじゃないかと思う...クィン氏の「海から来た男」からの自作引用風部分もあるし。
まあその引用部分の他にも偶然の絡ませ方とか、トレーヴ老弁護士がサタスウェイト氏ぽいキャラ(殺されたのが意外)の上に、バトル警視が登場しないポアロのことを想いながら捜査するあたり、サタスウェイト=クィン関係を結構彷彿とさせるものがあるわけで、本作を読む上ではぜひぜひクィン氏を事前に読む事をオススメする。
評者はクィン氏大好物なんだが、それでも本作の評価はそれほど高くはないなぁ。その原因は「ゼロ時間」という趣向はわかるんだが、その趣向はあくまで作者と読者との間でのメタなレベルでの趣向でしかなくて、小説的な内容に直接かかわるものではない(まあ関らないわけでもないんだが、極めてありきたりなものなので...)ところにあると思う。
とはいえ、バトル警視の娘から始まる「やってもいない犯罪を認める心理」は納得の内容。冤罪ってこういうことなんだよね。まあそんなところで、評価は「惜しい!」くらいの感じ。ていうか、クリスティってアリバイトリックを考えさせると何かモッサリした垢抜けなさが出るんだけどなんでだろう?
で「なぜバトル警視?」という問題が一連の作品にあるように思うので、ちょっとそれを追求することにしよう。「殺人は容易だ」に続く。

No.34 2点 秘密機関- アガサ・クリスティー 2015/09/06 17:54
トミー&タペンス強化週間その3。
さてトミー&タペンスの長編の評としては最後になるが、第1作..というかクリスティ自身でも第2作という初期作なんだが...
要するにナイーブ。
でしかも、そういうナイーブさが微笑ませる方に働いているか...というと、そこまでも至ってない感じ。似たような展開が続いてはっきりダレるし、「敵」も何かガチ保守的な人が妄想する「サヨク」なイメージだけを膨らませたようなヘンテコな敵で、リアリティは皆無(まあこういう妄想が爆発した晩年の迷作があるなぁ)。解説では「政治音痴」とまで書かれても当たってるから仕方がない。この手のファンタジー政治学を分かってやっている「木曜の男」とは雲泥の差がある。

評者クリスティ・スリラーへの耐性が付いたつもりでいたけど、本作ははっきりダメです。ミステリ的興味もほとんどなし。敵の首領は二人のうちどっちかで、どっちでも大差ないじゃん....という感覚だから、ホントどうでもいい。「茶色の服の男」がいかにナイーブを装った小説としての巧妙さを潜ませているかが今になって分かる...と思うくらい。ふう。

No.33 7点 親指のうずき- アガサ・クリスティー 2015/09/06 17:41
トミー&タペンス強化週間その2。
トミー&タペンスというとスパイ小説...ということになるかもしれないけども、本作は違うよ。これは「第三の女」とか「象は忘れない」とかと同様の「いったい何が謎なのか?」を探すクリスティ晩年の独自形態のミステリである。実際本作、ジャンル分けすればサイコ・スリラーである。

傑作「終りなき夜に生まれつく」でも出た主題の変奏で、タペンスが「夢の家」(まあ作中では偶然相続した絵の中の家だが)を追う中で、どうやらそれが現実の隠れた犯罪と何か関係が...という展開なので、いわゆる本格ミステリ的な「出題」はなくて、曖昧な噂話の中からいろいろな推測が浮かんでは消えていくような構成になる。

サイコスリラーな真相も結構インパクトが強いし、これって「もし●●●が認知症になったら?」というホラーコメディ調の話かもしれない(それは斬新だなぁ)。まあ一筋縄でいくような話ではないので、変化球好きの読者ならば楽しめると思う。主人公カップルの明朗さと事件の暗さが、薄明のような雰囲気を漂わせているあたり評者は好き。考えてみれば「蒼ざめた馬」あたりに近い内容かもしれないね。

No.32 7点 NかMか- アガサ・クリスティー 2015/09/06 17:26
クリスティという作家は、今までほぼ30年間途切れなく文庫で全作品が読める..という特別な立場にある作家なんだけど、これはありがたいと同時に恐ろしいことでもあるよね。ありがたいは当たり前だが、恐ろしいというのは、面白い作品が不人気だったら、それはとりもなおさず批評の怠慢だ、ということなのだから...
ちょっとイヤミを書いてしまったが、本作が本当に「注目度が極めて低いにも関わらず、面白い作品」なんだよね。まあクリスティのスパイスリラーはつまらない作品も多いのだが、これは別格。戦時中のノリノリの時期に、ミステリのノウハウをこれでもか、と盛り込んだ作品だから面白くないわけがないんだよ。

スパイ探しが目標になるのけど、これが本格ミステリの犯人探し同様にいろいろと巧妙に煙幕が焚かれている。しかもスリラーの逆転に次ぐ逆転の面白みまであるわけで、ポアロ物のB級作なんかよりずっとオススメである。クリスティ流スパイスリラーのほぼ唯一の成功作だと思う。

現況で評者のコメントが2件目という情けない状況なので、特に本作は推薦するものである。霜月蒼氏も最終的なベスト10に本作を入れている。これは本当に読まないと損である。

No.31 8点 メグレのバカンス- ジョルジュ・シムノン 2015/08/29 22:34
ベストテン選びとかは、メグレ物には極めて縁遠いものなのだが、評者はメグレ物の中で一番好きなのがこの作品だ。

タイトル通りバカンスに出かけたメグレ夫妻。メグレ夫人の旅先での急な入院をきっかけに、半ば巻き込まれるようにメグレが旅先での事件に介入して...という話だが、まあ犯人らしい人物はただ一人で、フーダニット的な色はまったくないが、事件の背景が明らかになるのが最終盤で、そこで話が一気につながっていく快感が○。

また、メグレは自分の推理を語らないので、結果的に(未来の)「被害者を探せ!」になっている箇所があるが、この作品の最大のポイントは、犯人が自分から連続殺人を「降りて」しまうところなのである(そのためメグレが見つけた推定被害者は最大のウラ事情をメグレに話す)。

シムノンの一番イイところというのは、たとえ連続殺人の犯人であっても、鉄の如き非情の神経を持った殺人鬼ではなくて、当たり前の人間の繊細な神経をもち、恐れ惑いながら必死に抗う普通の人間だ、というところなんだよね。どちらか言えば一番非情な犯人の職業として選ばれがちな「医者」で、しかもそれらしいキャラであるにも関わらず、この犯人は殺人が殺人を呼び止められなくなることを理解し、途中で不毛な連続殺人を自ら止める。だからどちらか言えば「小説的でない」結末を迎えるのだが、それでもしっかりと「小説を読んだ」満足感があるのが、シムノン独特の円熟の味だ。類型的ではないオリジナルな良さのある作品。すばらしい。

No.30 6点 - ミッキー・スピレイン 2015/08/23 13:33
スピレインって過小評価されすぎ作家だ、というのが評者の昔からの持論なんだけど、今回再読してその面白みを改めて感じた。

パルプマガジンってのは都会のブルーカラーの娯楽読み物として発達したわけで、そもそも田舎モノはお呼びじゃなかったんだろうね。しかし、第二次大戦で田舎の若者が徴兵→都会定住を通じて、ハードボイルド小説の読者になってきた時に、その「イナカモノ根性」も一緒にハードボイルドに混ぜ込もうとしたために、旧来のシティボーイな読者たちに猛反発を食らった...という風に評者は理解しているんだけど違うかなぁ。

だからイナカモノのヒーローであるハマーは、女性関係にオクテなほど慎重で、オマワリと仲がよく、ウヨク保守的なんだよね。しかし何やかんや言って文章は実に官能的で素晴らしいし、本作あたりだと「裁くのは俺だ」みたいな冒頭と結末だけが異常によくて中盤のヤッツケな「キセル小説」ではなくて、一応ちゃんと謎もあって、隠れた犯人もいるマトモな「私立探偵捜査小説」になっていて、ドラマチックな幕切れまである。

とはいえスピレインの良さはこういうハッタリのよく効いたカッコイイ文章の佳さだ。
「死人があれば、いつでもそこから始められる。死人とはどんづまりであり、同時に理想的な始まりなのだ。死は明瞭きわまるから多くの解釈を許さない。これを相手にしている限りは、足が地についている。」
大詩人小笠原豊樹氏の名訳に感謝。

No.29 9点 帝国の死角- 高木彬光 2015/08/23 12:59
ある意味本当に「すごい」作品。こんな最適のネタ作品を本サイトがほっておくのはよろしくないな。
誰だったか「ストリック」という造語でこのタイプの作品を分類していたことがあったけど、本作はその究極じゃないかな。叙述トリック、というと少し違う気がするわけで「叙述」自体には仕掛けがなくて、もう少しメタを狙っている(小説/物語ってモノ自体が人類にとって一体なんのためにあるのだろう??)。上下2巻のボリュームとその構成がダテじゃないんだよね。

というか、本当にこの作品では読者は、真相判明後にきっと唖然となり、脱力し、索漠とした虚無感に捉われると思う。馬鹿馬鹿しいっていえばそれまでだけど、こういう虚無感は評者は嫌いではないし、この虚無には必然性もちゃんとある。そして虚無の後にはやはり日常が改めて回帰する...
エヴァンゲリオンの最終回とか、少女革命ウテナのラストとか好きならば意外にハマれると思う(セカイから脱出という意味で)。そういう意味では究極のセカイ系かもしれないね。で評者がこの作品に肩入れするのは、戦後派世代でもっともオタクな作家だった高木彬光の、最終到達点が本作のような気がするからなんだよね。

ま、どうせ読者を選ぶタイプだとは思うけど、一読の価値は少なくともあり、読んでいる最中に退屈するような作品じゃないから、埋もれさせておくのは本当にもったいない。

No.28 5点 満潮に乗って- アガサ・クリスティー 2015/08/16 22:12
この作品ほど「ポアロ、あんた邪魔!」って思えたものはないなぁ...

前半の終戦直後の混乱期を舞台にしたメロドラマが、結構「風と共に去りぬ」調で面白く読めていたのに、第二篇でポアロ登場となると、ありきたりの探偵小説になってしまう....表面を取り繕いながら相互に陰険な闘争をしかける2つの陣営の中で、対立を越えて結ばれる恋愛感情。メロドラマ視点で「どうなるの?」って思っていると、殺人によってメロドラマがストップしてしまうのが評者はすごい不満だ。
戦後のクリスティの小説的な充実に向けての試行錯誤なんだろうけども、探偵小説としての部分と小説の部分の乖離が激しくて、ミステリが大ブレーキとしか思えない失敗作だなあ...

デイヴィッドとローリィの間で揺れるヒロインって構図はそもそも「イノック・アーデン」の前半の関係だから、戦後の帰還兵について「イノック・アーデン」(しかも性別逆で)をしようとして、それに重ねて、あたりが当初の狙いだったのでは。
あ、ミステリとしてはまあまあ。証言は嘘だと対決すればいいのに?というあたりのロジックは素敵。だけど大枠の仕掛けと、殺人などの真相があまり密接に結びついていないので、殺人の真相が「軽く」感じられてしまう。名探偵よりもリン主人公で動くうちにわかってくる、あたりの話で充分だったのでは?

No.27 8点 皇帝のかぎ煙草入れ- ジョン・ディクスン・カー 2015/08/16 21:15
これはやはりクリスティの「死との約束」のオマージュとして書かれた作品なのではなかろうか。

ネタ以外にもいろいろとトリビアルな共通点が多すぎるので、おそらく間違っていないと思う(精神科医が関係者と結婚END。刑務所とか、情けない夫/婚約者が失敗するとか)。まあ、これだけあれば「わざと」だよね。表現者って「他人の作品に関心のない人」と「他人の作品が大好きな人」と二通りあると思うが、カーって明白に「他人の作品が大好きな」マニアタイプの作家だと思う。だからこそ、気に入ったクリスティの「死との約束」をベースにいろいろオリジナリティを追加して、より純化したかたちでこれを書いたのではなかろうか。でお遊び&クリスティに対する通信としてトリビアルな共通点を盛り込んだわけで、それに対するクリスティの反応はというと、どうも「脱帽」の件は資料的な確認ができないらしいんだが、まあこれ伝説でも「ありえた伝説」だからいいじゃないかと思う。

後発の強みもあってその試みは成功していると思う。みんな触れないけど、この作品のストーリー的に一番うまくできているのは、探偵役とヒロインとの恋愛感情が嫌みなく書けている点(ここらへんクリスティのロマンス志向をうまく取り入れているかもね。どうも他のカーの恋愛描写は取ってつけたみたいで嫌いだ)で、カーの個性(笑)ともいうべき中盤の弱さがカバーできている。

読みやすく、良くできており、シンプル...と良い点ばかりが目につく佳作なのでケナす気は毛頭ないのだが、本作がカーの一番人気とは、ちょっとファン気質も変ったのかな。

No.26 7点 死との約束- アガサ・クリスティー 2015/08/16 21:07
クリスティで一番プライヴェートな作品ではないだろうか。
中期の作品を見ていると、強権的な親に抑圧されていじけた子供たちが頻繁に登場するのに気がつかないだろうか?「ABC殺人事件」「ポアロのクリスマス」「死が最後にやってくる」「ねじれた家」などで繰り返しこのテーマが登場するし、「動く指」でも親とうまくいかない子供がヒロインになるわけで、この傾向の頂点になるのがこの作品だと思う。
この原因は...というと、もちろんクリスティ自身のかかえた問題にあるのだろう。この作品の真相では強権的な親に対するほとんど意趣返しに近い状況が、スポイルされた子供のイノセンスと同時に明らかになる.....これがおそらくクリスティ本人の復讐なのだろう。がこういう「黒さ」がこの作品の妙な魅力と迫力になっているような気もする。ミステリとしては、時間割や箇条書きについてのメタな言及があって、これの裏をかく力技が結構すごい(アクロイドを連想する)。「被害者を呼びに行かせた理由」など良い点がいろいろあって、良くできた作品だと思う。

ABCとか「カーテン」での主題になったように、今でいう「マインドコントロール」にクリスティは強い関心を持っていたようで、この作品では家族に対する被害者のマインドコントロールの他にもう一つのマインドコントロールを持ってくるなど仕掛け充分。今の視点で見ると「尼崎連続変死事件」ってこういう一家なんだろうなぁ...

評者は狙いもあって実は「皇帝のかぎ煙草入れ」と本作を続けて読んだ。やはり「皇帝の~」は本作へのオマージュとしか思えないような共通点が多すぎるが、この点については「皇帝の~」での評ですることにしよう。本サイトで「皇帝の~」の人気がすごいけど、それならもう少しこの作品も注目を集めていいのでは?

No.25 4点 オリエント急行の殺人- アガサ・クリスティー 2015/08/16 21:01
この作品を読み直すのはほぼ40年ぶりである...こんな企画をしようと思わなければ、本作を読みなおそうなんて考えなかっただろう、と思うくらいに本作の再読性は悪いんだよね。で実際に読み直した印象は「長い短編」である。とくに戦後のクリスティは小説的な充実度が高まるけども、本作にそういうものを要求してはいけない。
まあこういう真相だと、中盤の各乗客への尋問もあまり意味のある内容がないし、多すぎる乗客の個性を追及もできないし...と、中盤の興趣がかなり削がれている上に、ポアロも急に真相に気がついてしまったりして、真相へ迫る紆余曲折もないんだよね。「長い短編」ってそういうことだ。

でまあ背景がリンドバーグ誘拐事件を下敷きにしているのは有名な話だけど、要するにこれ「アメリカ」がテーマ。で「民族のるつぼ」アメリカなので....というあたりで、単なるエスノジョーク風のステロタイプの展覧会に堕しているあたり、評者に言わせるとクリスティの限界なんだよね。趣向を思いついて無理に書いたのだろうか....リンチとか陪審裁判とかアメリカ的なニュアンスは明白だよね。

まあだからこれは有名作だけどただの「長い短編」。長編作家クリスティの本領発揮というわけではまったくない。

(完全ネタバレ)やはり評者の判断は、どうしても真相に納得がいかない...という点にある。雪の中で停車した静かな列車の中を、大人数がウロウロしているのに、隣室の耳さとい老人であるポアロが全然気が付かないのは不自然だ。部外者が乗っており、かつ雪で停車している想定外の危険な状況なのだから、計画は中止するのが大人の判断ってものでしょう?

No.24 9点 そして誰もいなくなった- アガサ・クリスティー 2015/08/16 20:51
みんな大好き大古典をやっつけることにする。まあ、これ「オリエント急行」のペア作品なことは言うまでもない(共通項がすごく多いよ。互いに見知らぬ人々が閉鎖空間に集められるとか、裁判のメタファーとか)のだが、退屈なオリエント急行と違って、生々しい迫力が今でも失せていない。

考えてみれば、これ以外の真相はすべてアンフェアなものしかないんじゃないだろうか。論理的に考えれば真相とかなり高い確率で犯人も指摘できるのでは...と思うが、ほとんどの読者は迫力に呑まれてしまって、犯人推理しようなんて考えるよりも、一刻も早く真相が知りたくてエピローグを読んじゃうと思う。

この迫力の由来を考えてみると、誰もいなくなる不可能興味以上に、サバイバルと謎解きを結び合わせたアイデアにあるのだろう。そういう意味では冒険小説的な興味に近いかもしれない。で、こういうサバイバルと謎解きの結びつき、という面では、実は「そして誰もいなくなった」は「汝は人狼なりや?」に今では転生してしまっているのではと評者は思うのだ。「議論を仕切りたがるキャラの○●は?」とか、経験的な人狼セオリーベースの推論も可能なんだろうね。

というわけで、これは今でも十分生命力のある古典だ。すばらしい。第1章の描写は結構ギリギリで読みようによってはアンフェアかも...

No.23 5点 メソポタミヤの殺人- アガサ・クリスティー 2015/08/02 01:03
中期のクリスティって、強い個性で周囲の人間を操り倒すカリスマ風なキャラを巡る話が多いと思うんだが、これも実はその一つ。
準密室あたりの純ミステリ的興味で語られやすい作品だけど、評者が一番気になったのはそこらへんで、まあこの作品のあとによりエグくこのテーマを扱った(しかも中近東モノもカブる)「死との約束」があったりするので、やはりこれは何となくクリスティも不完全燃焼な作品だったのではなかろうか。

一番興味深いのは最後のエピローグで、手記筆者(看護婦だからクリスティ本人が自分を重ねているよね)が、被害者の印象を自分の叔母に重ねて語る部分があるけども、その叔母のイメージが実はミス・マープルも連想させるところがある...結構トラウマだったんだろうね。

とはいえ、被害者のキャラを理解させるのに読んでいた本を手がかりにするのは悪いアイデア。評者でもさすがに「メセトラに還れ」くらいしか知らないよ(読んでない...)。

Howの部分では実質1ネタでシンプルな構成。ネタがわかれば真相はもうこれしかないような、どっちか言えば短編っぽい内容を被害者キャラ分析で伸ばしたような作品である。犯人に関して説得力がないのは、これはおそらく被害者の恐怖症の描写が中途半端になったせいではなかろうか(ネタバレを恐れたのか?)。恐怖症の内容をうまく設定すれば今風サイコスリラー調の話になったかもね。
いろいろ考えてはいるんだが全体的に「不発」な作品だと思う。中期のいろいろな試行錯誤の作品というあたりの評価でよいのでは?

No.22 4点 ポアロのクリスマス- アガサ・クリスティー 2015/08/02 00:28
いろいろと至らないところの多い失敗作だと思う。
1. さすがにメイントリックは発表当時でも法医学的にギリギリくらいじゃないだろうか(時間がたっても...)。ましてや今の読者だと「何でそんなのわかんないの?」になると思う。
2. 犯人指名(というか他の容疑者の排除)が「心理学的探偵法」。けどこれ思い込みとか偏見の部類じゃないの?と言われたらそれまでだと思う。「心理的」とか付いてるとありがたがるのはもう止めにしたいね。
3. あとこれは評者が気がついたことだが、そもそものどを切り裂かれて悲鳴が上がるものだろうか??
4. クリスマスストーリーとしては、悔い改める息子たちが揃いも揃って小市民的なセコい奴らで、悔い改めてもカタルシスがない....だから「古きよきイングランドのクリスマス」のお国自慢小説みたいなものにしかなってない。

というわけで、実はこれクリスティ本人も心残りが多かったのではなかろうか。ほぼこの作品の人間関係をそのままに採用して、「ねじれた家」が書かれているように思う。そう思うと結構共通点も多い...
で「ねじれた家」は上記の反省が結構入っていて、ほぼ狂人に近いシメオン老人に代えて強い個性で子供たちを抑圧するけども、それでも邪悪ではなく魅力もあるアリスタイド老だし、ひねくれる子供たちも類型的な本作よりずっと陰翳が深い。「ねじれた家」は「その後」の家族の再構築に向けてを強く意識しているあたり、クリスティの作家的(というよりも人間的な)進歩が見えるように思う。

一部でバカミス的な扱いを受けていたりとか、意外な犯人の話だけが話題になりがちな作品だけど、そういう読み方って評者はかなり?である。単なる失敗作で、より改善された作品があるんだから、そっちをちゃんと取り上げるべきだと思う。

No.21 7点 忘られぬ死- アガサ・クリスティー 2015/07/22 22:57
埋もれた佳作だと思うよ。
話の枠組みを短編「黄色いアイリス」から借りているけど、ミステリとしての力点は全然別だよね。だから、短編の長編化...というのとはちょっと違う気がする。不可能状況を新たに持ち込んで、その解明も鮮やかで、犯人の小細工から来ているものではないあたりに好印象。「三幕の悲劇」と同路線の「毒殺についてのヴァリエーション」という感じである。こういうのにクリスティは佳作が多いけど、今ひとつ地味に倒れるんだよね...あと話の流れ自体が叙述トリックすれすれのミスディレクションじゃないかなぁ。そういう面をみんな指摘しないのなんでだろ。

で若干の?だが、これってベタに書くと、死者の霊が帰ってくると信じられる万霊節の夜に、亡き妻の死の真相を探るための再現の会食があって、しまいには幽霊も...という話だから、本当はホラーっぽいネタなんだよね。この手のオカルト趣味はクリスティは苦手なんだろう(カーじゃないし)。

第1篇でのある人間関係が晩年の某作の関係と同じだから「あれ?」と思って見てたらやっぱりそれが本線だったね....うん、これはっきりと評者好み。

No.20 8点 三幕の殺人- アガサ・クリスティー 2015/07/12 19:38
この作品は創元は西脇順三郎訳でずっと評者は親しんできたけど、今回はハヤカワの旧訳:田村隆一訳で読むことにした。大詩人対決である。「三幕の悲劇」(創元:米版)と「三幕の殺人」(ハヤカワ:英版)で若干動機が違う...というお楽しみ付きである。
田村訳は実は初翻訳だったようで、はっきり下手である。西脇訳はミステリ翻訳の少ない人だが、英語で書いた詩をイギリスでいきなり出版して褒められた..という凄い経歴もあるわけで、田村訳と比較してホント上手。テニスンの引用の訳とかちょっと貫禄が違う。

で、ミステリとしての内容だが、例の双子的作品と比較すると、勢いで書いたようなあっちよりも、評者はきめ細かいこっちの方がずっと好きだ。何がイイって、煎じ詰めるとこっちが「全部毒殺」なことである。毒殺ってわざわざ物理的に殺しにいくよりもずっとリスクが低いわけだし、こういうネタは毒殺ならではのものじゃないかな。「三幕」の場合は特に1幕の謎が毒殺という手段と密接に結びついているのがいい。2幕は弱点と取られるかもしれない部分を、洒落で逃げれているあたり豪腕かもしれないが上手なもんだ。で、3幕は本当に毒殺ならでのはの設定で感服する(それでも手紙はないほうがいいな)。どっちか言うとハヤカワの方が動機にムリがないけど、こっちはいくつか伏線を潰しているから、やはり動機のマズさには目をつぶって創元の方がオススメである。

というわけで評者は何で双子作品が代表作扱いされて、こっちがアンフェアとかいわれるのかわかんないや。こっちの方がずっと洗練されて洒落ている。まあ、理由はというとみんなわかりやすいベタが好き、ということに尽きるんだがね。

サタスウェイト氏再登場について。ラストでポアロがサタスウェイト氏が「演劇効果に目を奪われすぎだ...」というような批評をするけど、実は評者はポアロとサタスウェイト氏って同種のキャラのように感じる。特に晩年ポアロの方がどんどんサタスウェイト氏っぽくなっていくし、クリスティの大きな弱点として「メタ推理が通用しすぎる」ことがあるわけだが、これって要するにまさにその「演劇効果重視」の結果だよ。自己宣伝についての言い訳をしているのはそこらのアヤかもよ。まあ今回はこれで「引っ込みを選ぶことに」します。名セリフだと思うけど英版にしかないのが残念。

No.19 8点 高木家の惨劇- 角田喜久雄 2015/07/05 22:04
実は再読したときに非常に気に入って、思わず角田喜久雄のミステリから時代小説までいろいろ読み漁った経歴がある作品。
どこが、というと実は犯人像なんだよね。ミステリの犯人というと、いろいろと策謀し、仕掛け、手数を弄し...というものなんだけど、この犯人はほとんど何もしないんだ。周囲が全部いろいろとやっていることをうまく利用して最小限のアクションで、絶大なる効果を収めているわけだ。...かっこいい、でしょ。今風に言えば決定力抜群、ということか。

それから時計が動き出して、関係者全員がソレを知り、「時が動き出した..」と待ち構えるその時間というのが、実に演劇的だなと感心したわけである。本当に芝居に仕組みたいくらいの詩的な瞬間だと思う。

とはいえ、ミステリだと角田作品の他のものは、高木家の佳さには遠く及ばない。時代小説がやはり、高木家同様に、いくつもの勢力が相互に角逐や協力をしあいながらプロットが錯綜していく...というのがお得意パターンのようで、要するに時代小説でのやり口をミステリに応用した、というのがこの作品のキモの部分のようだ。だから高木家を読んだら「奇蹟のボレロ」を読むよりも、「髑髏銭」とか「妖棋伝」とか「風雲将棋谷」とか読んだほうが楽しめると思うよ。

No.18 6点 ABC殺人事件- アガサ・クリスティー 2015/07/05 19:45
これはやはり「三幕の悲劇」と対比しないわけにはいかない作品なんだろう。ミステリとしてはやはり圧倒的に「三幕」の完成度が高いために、評者的にはこっちのがスピンオフみたいな印象を受けてしまう...

しかし、一般知名度は全然逆だよね。「ABC」は代表作扱いされるにも関わらず「三幕」は...というのは、そりゃ「三幕」が名うての地味作品だから、というのは、ある。とはいえ「ABC」はキャッチーを狙って書いて(初出が雑誌掲載だから、連載だったのか?)ウケた作品だというのが真相だろう。実際読んでいて、時代劇を思わせるベタさだよねこれ。名探偵大活躍な「探偵小説を読みたい」読者に提供された「お望みどおりの商品」という感じのモノだ。ヘイスティングスの今更な再登場も、ホームズ=ワトソン軸を狙った意図的なベタなのかもよ?

まあそこらがクリスティという一筋縄でいかない大衆作家のフトコロ深さでもあるわけで、一概にベタさを否定するわけにもいかないだろう。「ABCパターン」という言葉があるだけでも大勝利というものだ。

そういやCの殺人の舞台であるチャールストンとかトーキーってあたり、クリスティ本人の出身地だ... あまり感傷みたいなものはないようだね。

No.17 1点 ブラウン神父の童心- G・K・チェスタトン 2015/06/28 21:42
これは「厄介な古典」である。
何度読んだかわからないくらいに読んでいるのだが、この作品が時評的と言っていいくらいに社会批評の成分が多いことに今回気がついている。たとえば「見えない人」で家事ロボットが登場するあたり、チャペックのロボット(R.U.R)を先取りするのと同時に、労働問題という主題を共有する。だからこそ「心理的に見えない人」は「見えない階級」でありとある職業人だ、ということになるのである...「正統とは何か」の簡潔な要約にして自然神学のパロディ「青い十字架」、スーツという服装を巡る階級闘争(主人の流行が召使にお下がりのかたちで波及し、主人は召使と差別化するために新しい流行を作り出す..)「奇妙な足音」、真正面からのイギリス帝国主義批判「折れた剣」などなど、20世紀初頭のイギリスの社会・世相・思想をあらゆるジャンルを横断して、この短編集はチェスタトン一流の逆説によって「斬って」いるわけだ。

しかし、このような内容は現在では読んでいてもほとんど理解されないだろう。それは読者の時代とチェスタトンのそれとが、もはや大きく隔たり、世相も違えば社会問題にも共通性がなくなり、さらに「教養」すらも末代のワレワレは共有できなくなってきているのだ。「形而上学がどうの」は、そのような問題がもはや共有できない(日本とイギリスの違いもあるし)ための韜晦以外の何者でもない。
だからこそこの作品の「誇り」とは「奇妙な庭」の終幕で見せる一つのデスマスクだ。「自殺者の顔には、カルタゴ必滅をさけんだ勇将カトーの誇りがにじみ出ていた」。このチェスタトンの誇りに対し、評者は愛と敬意と評者なりの逆説を込めて、最低点をつける。これは末代無智なワレワレに対する罰点である。

No.16 10点 木曜の男- G・K・チェスタトン 2015/06/21 17:22
神様と会ってしまった人々の話。
こういうのどうやってこういうサイトで採点しろと言うのだろう?

チェスタトンはブラウン神父も含め、著作を開始する支点としてミステリの形式を借りているだけで、黒死館とかドグラマグラと同様に、ミステリでない彼方へジャンプしてしまっている....

しかし改めて読むと実は結構これ中二病な解釈ができる(まあセカイ系だよね)。アニメ化希望。要するに「serial experiments lain」こそが「木曜の男」の真っ当な後継者である。ここらへんがこの作品の真の生命力であり、古くなる要素がいろいろあるブラウン神父よりも長生きするかもしれない....そういうあたりを含めてこれは普遍的(カソリックってそういう意味だ)。
月並みでない小説を求める読者ならば必読。

あと個人的にはチェスタトンの描写の「絵心」が素晴らしい。男性作家には珍しいことだが服装描写も具体的。本当に視覚的な人間だと思う....

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クリスティ再読さん
ひとこと
大人になってからは、母に「あんたの買ってくる本は難しくて..」となかなか一緒に楽しめる本がなかったのですが、クリスティだけは例外でした。その母も先年亡くなりました。

母の記憶のために...

...
好きな作家
クリスティ、チャンドラー、J=P.マンシェット、ライオネル・デヴィッドスン、小栗虫...
採点傾向
平均点: 6.42点   採点数: 1255件
採点の多い作家(TOP10)
アガサ・クリスティー(97)
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