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クリスティ再読さん
平均点: 6.43点 書評数: 1253件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.193 6点 孤独の島- エラリイ・クイーン 2017/04/17 17:19
本作は周知のように、ダネイとリーがちゃんとコンビで書いたにも関わらず、エラリーも出なければパズラーでもない、人質を巡るスリラーである。それこそマッギヴァーンあたりが得意とするタイプの小説だ(「ジャグラー」のプロットと似てるね)。
で...だけど、意外なことに、本作結構面白い。人質を巡るアイロニカルなプロットが二転三転するし、主人公の警官マローンが、自分の子供を救出するために、犯人たちの隠れ家を推理するとか、金の隠し場所を推理するとか、かなり名探偵。サスペンスは持続するし、リーの文章は丁寧で味があっていいし...とあまり文句をつける理由がないんだよね。主人公マローンは後期クイーンがこだわる、ニューイングランド的なキャラ(独立独歩の男。リバタリアン傾向が強い)で、クイーン的な一貫性もある。邦題の「孤独の島」は、そういう孤独な主人公が、物語の最後で町の人々に「宥される」描写からうまく付けた感じのもの。ここら「ガラスの村」のラストと対比してもいいんじゃないかな。
で、原題は「Cop Out」で今だと「責任逃れをする」とか「逃げを打つ」とか、あまりいいニュアンスのある言葉じゃないようだが、「抜け駆けする」というくらいの意味の俗語でとるべきか。とはいえ、本作を読む人ってのは、クイーンのパズラーが好きでしょうがない人だろうから、ニーズを外してもったいない。クイーンという名前がついてるばっかりに、はっきり損している。

No.192 6点 ベルの死- ジョルジュ・シムノン 2017/04/17 17:00
犯人や真相が不明のまま終わるミステリの例としてよく挙がる作品である。まあアイデアとしては誰でも思いつくようなネタなんだけど、真相不明のままで小説を終わらせて次回作を読んでもらえるか?というとこれが極めて怪しいために、なかなか作例がない。何か仕掛けとか犯人なしで終わらせるための説得力のある説明とか工夫がいる上に、小説的充実によって納得させる筆力も必須である。評者なぜか真相不明系作品をよく当サイトで評している傾向があるようだ...
・「ここにも不幸なものがいる」ジャック・ザ・リッパー物なので、現実の事件が真相不明だから不明でイイ。
・「インターコムの陰謀」国際スパイなので、背後関係が全部わかるわけじゃない。
・「寝ぼけ署長」所収の「中央銀行三十万円紛失事件(短編)」人情解決
で...本作である。ホームステイ中の妻の友人の娘ベルが、家の主人で教師のスペンサーがいたにも関わらず、自室で絞殺されていた...真面目な娘に見えたのだが、陰では派手な交友があったようで、真相が不明のまま、スペンサーへの容疑が完全に晴れるというわけでもなく、重苦しい雰囲気が続いていく、という話。家の中に突然置かれたSEXと死に戸惑う中年男が、徐々「ベルの死」の謎の圧力に憑りつかれて変貌してくのが主眼なので、実は主人公が犯人でした、では話のポイントを外してしまう。主人公の心理を丁寧に追っていく、当然スッキリした解決がない鬱小説なので、面白いが読むのが結構心理的にツラいものがある。犯罪よりもその罪を犯す人間の方に関心が強いシムノンらしい小説だ。なので犯人不明でも小説としてはアリ。

No.191 6点 そして誰もいなくなった(戯曲版)- アガサ・クリスティー 2017/04/09 23:36
ハヤカワのクリスティ文庫だと2冊ばかり未収録戯曲があるわけだけど、本作は新水社という演劇系出版社から出ている、言わずと知れた名作の本人による戯曲版である。というか「そして誰もいなくなった」は映画化が何回もされているにもかかわらず、参照されるのはルネ・クレールの1945年のものばっかりで、これが原作準拠じゃなくて戯曲準拠だというのは有名な話だ。なので映画と一緒に取り上げる。
本作は芝居なので、セットは1杯だけの室内劇である。なので、いくつかの殺人は、本当に観客の目の前で行われる趣向だ。犯人役に「こう動け」というような、目で見る手がかりの指示はないので、たぶん上演しても被害者役の俳優が、犯人が触らなくてもそれっぽく仕込みで演技しちゃうんだろうな...けど「いつの間にか殺されている」というのが2件ともう少しビックリなものが1件あるので、スペクタクルとしてはスリル満点ではないかと思う。ダイアローグは完全に書き直していて、原作よりもいい感じに仕上がってるセリフも多い。妻を殺されてショックを受けた執事ロジャーズが、それでも仕事を機械的に続けているのを「哀れで見てられない」と同情するヴェラとか、将軍が殺される場面で聖書を音読するエミリーとか、見たら効果的だろうな、と思う場面は結構ある。名作の作者自身による戯曲化、という面ではお手本みたいなものだろう。まあ結末改変は舞台だったらそうだろうね、ということ。あまりそれを大きく取り上げて論評すべきではない(けど、ヴァーグナーの思い出話で、若い頃書いた習作がバッタバッタと登場人物が死ぬ芝居で、結末で誰も生きてるキャラがいないから、幽霊たちによる大団円になったって話があるよ。「そして誰もいなくなった」を地で行ったわけだ)。
で、1945年の映画だが、冒頭5分間セリフがない...サイレント期からのキャリアがあるクレールらしく、所作だけでキャラを見せていくうまさが光る。その結果、ダークな不謹慎系コメディって感じの仕上がりになっている。疑われてイジける執事とか、互いに疑いあってギクシャクしあうとか、思わず噴き出すようなシーンが多い。キャラの性格とかエピソードとか、自由に解釈して作っているので、別物としてみた方が楽しめるだろう。結末も大体戯曲版と同じと言えば同じなんだが、ちょっと変えてあるところがあって、これは比較するといいだろう。評者は映画版の改変の方が自然のように感じる。

No.190 7点 ある奇妙な死- ジョージ・バクスト 2017/04/09 16:00
さてその筋では「金字塔」と言われる作品。評者読みたいとは思っていたが読みそびれていた作品だ。要するにね、欧米のゲイ・ミステリの古典中の古典(1966)である。ポケミスの解説を太田博(=各務三郎で、この解説は「ミステリ散歩」に収録)が書いているのだが、この中で先行するゲイ・ミステリは50年代からいくつかあることを書いている。がまあさすがに翻訳はなさそうだ。もちろん日本だと乱歩や中井英夫もあれば、横溝正史だってゲイ設定のあるキャラはいくらでも...だけど、アンチ同性愛のキリスト教道徳ベースの欧米はなかなか難しいものはあるよね(点景人物でよければ「マルタの鷹」だって「大いなる眠り」だって...)。
でまあ本作が「金字塔」とまで言われるのは、探偵役と登場人物の恋愛を主軸に描いている、ということが欧米ミステリ初、だったわけだ。探偵役は黒人刑事のファロウ・ラブ。読んでて刑事、って感じは全然しないキャラだ。何か底の知れない不気味感のあるキャラで、狂言回しの作家セスと、腐れ縁っぽい依存関係に陥る。黒人でファラオで顔のない男の幻想をセスが見る...というと、ナイアルラトホテップ?という気もしないわけでもない(笑)。そのくらい腹の底が見えずに人を操るタイプのSで、関係者を男女を問わず「ネコ(というと Catだよね?)」呼ばわりする。セスと恋しても幸福な恋愛になりそうな気配はゼロだが、本作から始まる三部作だそうで、後の作品でファロウも警察を辞めて破滅するんだそうだ。
タイトルで「奇妙」とついているのは、Queer の訳なのだが、イマドキだったら「クィア理論」というものもあるわけで、要するに「クィア」とは「(ジェンダーとかの)カテゴライズから逃れること」だと解釈するのもアリだ。本作は、というと、人間模様を丁寧に多視点で追っていく(イキナリ回想がカットインするとか「意識の流れ」っぽい)のに重点があって、かなり文学性が強いし、らしい意外な真相(しかも二重底)はあるけどもパズラーっぽさはないし、心理主義だからハードボイルドとは対極だし、サスペンスというような興味はないし、探偵役が刑事でも警察小説らしいリアリズムはないし..で、ほんとジャンルというカテゴライズから逃れた作品である。
「人生はひき逃げドライバーだ」とクィアな人生を肯定する本作だから、次作以降ファロウとセスのカップルがどうやって「逃げ延びるか?」が興味あるところだけど、続編の翻訳は残念だけど、ない(セスは2作目で殺される、らしい。あ、あとセスの離婚手続き中の妻ベロニカが、チャーリーブラウンのルーシーっぽいキャラで、何かイイ味)。

No.189 6点 オランダの犯罪- ジョルジュ・シムノン 2017/04/02 21:37
初期のメグレ物。今回のメグレはタイトル通りオランダの田舎町デルフゼイルに出張でアウェイの事件。メグレに港町は似合うなぁ。シムノンが船の中で執筆してた頃だし、Wikipedia によると、最初のメグレ物の「怪盗レトン」はデルフゼイルの沖合で書かれたらしく、町には現在メグレの銅像があるそうだ...デルフゼイルはメグレの街、だね。
まあだけど、シムノンがオランダ、という舞台に何を求めたか?というと、ピューリタン的で小市民的道徳性と、不道徳をも辞さない野性の対立みたいなものだろう。外部の船乗りを犯人にして収めようとする地元刑事とのさや当ても少しある。シムノンって作家はミステリライターでは珍しく、遊民的なインテリが嫌いで武骨な職業人に好意的な描写が多いのが目立つ(アマチュアリズム好きのイギリス人とはバックグラウンドが違い過ぎるからね)。
本作犯行再現をしたりとか、消去法で推理したりとか、妙にパズラー風味。けど犯行再現の様子を「この場の様子には魅力も偉大さもなかった。哀れでおかしいものがあった」とするのが、シムノンらしいし、灯台の光に照らされる恋人たちを凝視するある人物とか、それでもイメージはいつものシムノン。後日譚でのメグレのアタりっぷりが結構ニヤリとさせる。

No.188 7点 大時計- ケネス・フィアリング 2017/03/26 18:37
本作、ちょっと読む人を選ぶタイプの小説だ。
評者のように、奇抜な状況と奇抜なキャラが妙に皮肉で喜劇的な状況になるのをヨロコぶタイプの読者だったら、本作はマンゾクな1冊になるはず。評者は女流画家と主人公のにらみ合いをニヤニヤしながら読んでたよ...でまあ、全体の構図とか本当に皮肉なもので、自分のプロジェクトをそれとなく失敗させるために奮闘する主人公、というのがいい。プロジェクトが絶対に失敗するような人選で困難に挑む、山田正紀の「アグニを盗め」はこれにヒントをえたのかな。狩の指揮官=狩の獲物(まあこれはミステリとしては普通の真相)なのを、本人視点で描いているのが斬新だ。けど皆指摘する設定の弱さがないわけじゃない...ここでノるタイプってつかこうへい的キャラかも。
...でもね、本作は作者が詩人で、しかもひねくれた編集者の世界を描いているために、会話がひねりすぎだとか、描写が凝りすぎだとか、ここらを楽しめるだけの素養が要るようなタイプの小説だ。

ぼくたちは長い部屋を横切り、大いなる政治的動乱の脇を通り、神が明日は助けないであろう初期の移民の一群の間をまっすぐに分け、どうにもならなぬ激怒に顔だけは微笑しているがにわかに黙ってしまった男女の一組を注意深く避けた。

この手の文章がオッケーなら大丈夫(カクテルパーティの状況だよ)。

No.187 8点 星を継ぐもの- ジェイムズ・P・ホーガン 2017/03/26 18:08
本作、あまり評判がイイので読んでみることにした。皆さんもおっしゃるように、科学理論のパズラーみたいな小説だ。なので、ちょっと目先を変えて、SFパズラーとしてちょっと議論してみたいと思う。なので少しバレるかな。
ちなみに評者は前半のルナリアンの出自も後半の月の問題も、矛盾が出た段階で真相に感づいた。まあそれだけ矛盾を解決する手段が、フェアプレーかつ論理的に「これしかないよね」という必然性がある、ということでもあるから、これは積極的にイイことだと思う。
ただ本作は出版が77年で古いために、どうしても科学と技術の観念が70年代風だ(DECは愛社精神かね)。なので、今時点の知識で見ると妙な違和感のある議論をしている部分が目立ってしまうんだが、実はそれらはほぼすべて作者による仕込みだったりする...というわけで、どうも評者は居心地の悪さみたいなものを感じながら読み続けてたな(評者は最後のダンチェッカーのお説教は苦手だ。この人の議論は本サイトではまず扱われないジャンルの早川書房の看板作家だったグールドの議論だなぁ)。
けどやはり本作、ツカミである謎の設定はウマくて読書意欲をそそられる。そこは本当に脱帽。そういえば本作の謎と似たような状況は本作の出版後に現実に起きたんだよ。1991年にアルプスの氷河から発見された死後5000年のアイスマンの件だ。ちょうど1桁違うが、良い小説は現実が模倣する、のかな。
評者はどうも科学技術に依拠したハードSFの読み方がよくわかってないから、居心地が悪いのか...皆さんと比較すると少し辛い点になる。ごめんなさい。力作だと思います。

No.186 7点 真昼の翳- エリック・アンブラー 2017/03/26 17:35
本作はスパイ小説の手法によるケイパーもの、という感じ。ただし、そのスパイがアンブラーらしいというのか、一種のマージナル・マン、というあたりにポイントがある。
主人公のアーサー・シンプソンは、ていうといかにもイギリス人っぽい名前なんだが、ミドルネームはイスラム系の「アブデル」だったりする..出自自体がイギリス軍の下士官の現地妻の子供で、イギリスで教育を受けはしたが、実質無国籍でアテネで燻っている小悪党である。冴えない中年男で、手癖も悪いし、口癖は今亡き父親の(結構ショボい)人生訓...話の中で明らかになるさらにカッコわるい弱点もあったりする。およそお話の主人公に向かないキャラである。
で、ある計画を持った悪党に脅されて、車をイスタンブールに回送するのだが、その車には実は武器が隠されていた。税関でそれが見つかり、秘密警察のスパイとなることを強制されるが....で始まる話は、最終的に大掛かりなトプカピ宮殿からの宝物略奪計画に膨らむ(というか、映画は宣伝上これを最初からバラしてるから、隠す意味ないでしょう?)。
けどね、このシンプソン、カッコ悪いなりに読んでいると何となく憎めなく、愛着もわいてくるようなショーモない奴である。まあアンブラーのテーマって、「スパイ業界にマトモな奴は一切いない!」ってことだから、無能だけど悪知恵だけはあるシンプソンは、悪知恵だけでうまくサバイバルしていくわけだ...「かっこいいことはなんてかっこ悪いんだろう」というのは早川義夫の名言だが、シンプソンはそのウラで「かっこワルイことはなんてかっこいいんだろう?」という命題を地で行こうとする。こういうアンブラーのヒネクレ具合を楽しめないと、本作は難しいかもね。
あと少し映画について。本作の映画化「トプカピ」は見る価値あり。監督のジュールス・ダッシンって評者は犯罪映画の巨匠のひとりだと思うよ。でしかも、この人赤狩りにひっかかってヨーロッパに亡命し、最終的にギリシャに落ち着いて「トプカピ」でも主演をするメリナ・メルクーリ(のちに左翼政権の大臣にまでなっちゃう女傑だよ)と結婚する...という、小説の主人公シンプソンと少し重なる経歴を持ってたりする。まあ映画はメルクーリの妙な迫力が面白いし、昔風に言えば「スパイ大作戦」な映画がネタを頂いたのを楽しむのも一興。

No.185 4点 学校の殺人- ジェームズ・ヒルトン 2017/03/23 23:16
メモによると昔読んだはずだが...今回読んでみて、全然思い出せない。まあミステリとしては地味なものだし、戦前の大ベストセラー作家ヒルトンにしても、小説としてキャッチーなところはほとんどない。全体的にはそう悪くはないが凡作、という感じ。後半の恋愛&スリラー風描写とか、冒険小説風のセンスかなぁ。それにしても1930年代にしては、小説的内容が古めかしいようにも感じるな。
たとえばクラシック音楽の歴史とか見ても、ジャンル立ち上がりの時点での大人の事情とか関係者の人間関係が、古典レパートリーのかたちで化石化して定着してる..なんてことに遭遇することがあるが、本作もそういうところがあるように感じる。「鎧なき騎士」「心の旅路」「チップス先生さようなら」の大ベストセラー作家ヒルトンが書いたミステリ!、って戦前ならジャンルの宣伝にもなったわけだしね....

No.184 7点 メグストン計画- アンドリュウ・ガーヴ 2017/03/19 17:14
1950年代ってのは、パズラーは時代遅れだし、ハードボイルドも大衆化しちゃって拡散しているし、スパイ小説のビッグウェーブはまだ少し先..と谷間のちょっと難しい時期(その代わりSFが黄金期。本作の訳者は「SFの鬼」福島正美だ。ポケミスでのガーヴ紹介はどうやら福島正実が力を入れていたようだ)だったわけだけど、いろいろとジャンルミックスとかあって面白い作品は面白かったわけである。そういう50年代ならではの面白作品の定番として、挙げる人が多いのがガーヴの本作と「ギャラウェイ事件」という印象がある。
本作はガーヴお得意の悪女+海洋冒険小説+コンゲームというジャンルミックスで、鉄板の面白さを誇る。久々再読したけど、ツルツルと読めること読めること、あっという間に読了。ストーリーテリングのうまさは天性で、ノンストップで楽しめるタイプの作品。
ガーヴは面白いけど、今は出版に恵まれない(本作もポケミスで出たきり。再版はある)のは、やはり日本のミステリファンの過剰なジャンル意識によるもののような気がする(「ヒルダ」が文庫で何度も出てるのは「ミステリらしい」からね、あれは)。ジャンルミックスでジャンルを決めづらい作品ってどうも不利なんだね。

No.183 1点 最後の女- エラリイ・クイーン 2017/03/19 11:05
ごめん評者は本作はちょっと許せない。
本作の真相は現在書いたらアウトだし、1970年という出版年時点で考えてもアウトだと思う。まあけど、それは偏見ベースの知識の不正確さ、という点なので、今から指摘する点を別にすれば、老大家の時代遅れ...というくらいで寛恕すべきなのかもしれないんだけどね。しかし、本作の問題点はある意味、社会派ネタのパズラーというものの軽薄で軽率な内実に起因するものでもあるので、そこらもちょっと指摘したいと思う。

(なので、今から盛大にネタバレます)
ダイイングメッセージが今となってはバレバレなのはご愛敬。現在だと差別的なニュアンスが強くて、好まれない表現ではあるけどね。問題の部分というのは、同性愛・女装趣味・トランスジェンダーの3つのセクシャル・マイノリティの属性は、現在それぞれ独立の問題だ、とされていることである(また親の躾を原因とする見方はほぼ否定されている)。この3カテゴリをごっちゃにした犯人像は、ありそうにもない。また、一番殺人の動機に近い部分の同性愛感情でいえば、被害者に迫るのに女装する必要性はまったくない、というか完全に逆効果だよ...
なので、本作のセクマイ描写は、ちゃんとした取材や知見に基づいたものというよりも、偏見ベースのステロタイプだと結論していい。
なので、このネタをパズラーの真相として使うとなると、「こんなに奇妙な人が世の中にはいるんですね~~」という軽薄なモノシリ自慢にしかならない。真相解明でエラリイが聞き手の父にいろいろ知識披露するけども、向こうは現職のニューヨークのベテラン警官だよ...世の中のウラ側に対する知識を講釈するのは釈迦に説法というものだ。実際、69年のニューヨークで起きたストーンウォール事件では、警官とゲイバーの客が衝突して暴動になったわけで、クイーン警視なんてある意味当事者(!)なんだよ。
社会派ネタはすぐに古びたり陳腐化したり、扱いが結果として差別的になったりいろいろややこしい。パズラーでは真相として最後まで秘密にしておかなければいけないから、ちゃんとした内容の展開もできないわけで、どうしてもネタ扱いの軽薄さでしか扱えないことになる。これはパズラーの宿命みたいなもの、でしかないのかな?
クリスティでも評者は「愛国殺人」が許せなくて1点にしたけど、クイーンも本作を1点とします。まあこういう面でダメになるのは、ある意味クイーンらしいかもしれないね。ちなみにゲイコミュニティ内の殺人を扱ったタッカー・コウ(D.E.ウェストレイクの別名義)「刑事くずれ 牡羊座の凶運」は翌1971年に出ていて、この作品ではちゃんとした取材の跡が見えて差別的な部分もほぼない(ごめん「ある奇妙な死」(1966)は読めてない)。

No.182 6点 - エラリイ・クイーン 2017/03/13 22:28
評者、最近読んでたクイーンは代作物が多かったのだが、今回この作品はリーの復帰作である。特殊な容貌を持つセルマ・ピルターの描写など、リーらしい凝ったもので「あ、リーの文章!」と感じられるあたりが何かいい。まあ「三角形の第四辺」とか読むと「大丈夫かダネイ?」と評者なぞでも思うくらいだから、さぞかしリーは気がもめたことだろう...というわけで、本作は若干持ち直す。小ぶりだけど最終期のクイーンでは結構いい作品だと思う。
ダイイングメッセージもの、と紹介されることが多いけど、中盤でこのメッセージは解読されるので、あまりポイントが大きいという印象はない。とはいえ、オ●●●ヴを考えると「こういうメッセージ」と一義的に決めることができないので、無理筋だと評者は思う。ダイイングメッセージってよく考えると、暗号じゃなくてその本質は「明号」だね。一見わからないけど、見方をちょっと変えれば「誰にでもわかる」ものじゃないといけない...難しいよね(明号的性格は本作とつながる「最後の女」の方が明白)。
本作がイイのは、最終盤で真相が解ったエラリイがウジウジと悩みに悩むあたり。エラリイのある意味誤解した告発が、犯人による心情の告白もあって「告発が正しいのか?」とエラリイも自身を省みて落ち込む...というドラマが最後に待っている。一応これが後期クイーン的問題の、最終的な作家的な決着みたいな内容があるように思う。「偉くない名探偵」という独自な造形になっているんじゃないかな。
7点でもいいか...とも思わなくもなかったけど、ダイイングメッセージが疑問なので1点落として6点、とします。

No.181 9点 雪は汚れていた- ジョルジュ・シムノン 2017/03/05 23:23
あれ、本作まだ書評がないんだね。たぶん本作がシムノンで一番ヘヴィな作品じゃないかな...でもジッドが絶賛したことで有名な、文学的、という面でのシムノンの代表作になる。
ドイツ占領下の地方都市で、19歳のフランクは占領軍黙認の酒場にドクロを巻く不良青年である。母のロッテは占領軍の軍人も贔屓にする売春宿の主人で、フランクも隣人たちに恐れられ卑しめられるようなものを持っていた...ほとんどマトモな理由もなく、占領軍の下士官を殺害してピストルを奪う。その現場を通りかかった隣人の電車の運転手ホルストに、フランクは自分の行為を知らしめたかった...
本作は言ってみれば、「悪のレジスタンス小説」である。映画「抵抗」だとか「影の軍隊」だとか、フランス映画だと対独レジスタンス活動に題材をとった作品がいろいろあって、本作はそういうレジスタンスの活動にヒントを得ている。しかし本作の主人公フランクの「抵抗」は運命に対するそれである。占領当局に捕まって初めて抵抗するわけではなく、そもそも彼の犯罪(下士官殺しのほか、押し込み強盗殺人など結構凶悪)さえも、運命に対する彼の抵抗としての犯罪なのだ。愛さえもフランクは辱めようとして、彼が愛するホルストの娘シシイを、悪事の仲間に凌辱させようとする...その様は「神を試す」かのようでもある。
評者昔本作を読みたくて、図書館で探したところ「キリスト教文学の世界(主婦の友社)」でこれが収録されていて読んだのが、初読だった。占領軍の「主任」に尋問される様は、たとえばドストエフスキーの「大審問官」やオーウェルの「1984年」、カフカの「審判」などキリスト教ベースの西欧文学の伝統につながり、それを「悪の立場」にアレンジしたものだと見ることができるだろう。シムノンで言えば「男の首」のラディックの犯罪とその「捕まりたい」という衝動を、別な舞台で書き直したものだという見方もできるかな。
シムノンは形而下の問題と同じ手つきで魂を扱う懐の深さを持っているから、メグレ物とロマンの違い、というのも実はささいなアプローチの違いに過ぎないのかもしれない。ヘヴィだけどシムノンが好きなら本作は絶対に外せない。

No.180 6点 ねずみとり- アガサ・クリスティー 2017/03/05 22:40
「愛の探偵たち」に所収の本作の原型の小説「三匹の盲目のねずみ」も一緒に論じる。
まあ皆さん「何でこれが?」というご意見が多いようだ。そう言いたいのはわかるけど、小説「三匹の~」を読んでいてさえ、「これ芝居だよね?」という雰囲気が濃厚なのである。人の出し入れとか実に演劇的なのだ。まあ本当はさらに原型のラジオドラマ版があるようで、順番的には、
ラジオドラマ -> 小説 -> 戯曲
となるわけだ。なのでたぶん小説の構成もラジオドラマから大きく変わっているものではなかろう。
で戯曲は小説にさらにキャラを一人追加しており、小説ではできても舞台ではやりづらいモリーの心理描写を助ける役割がある。本作のポイントは「人物をよくわかっている、と思っている身近なひとでも本当にその人を分かっているの?」という不安なんだよね。クリスティっていうと旅先みたいな「出会う人すべて身元が?」な環境をよくテーマにして、人間関係の逆転劇を仕込むわけだし、このテーマを突き詰めた「春にして君を離れ」みたいな傑作もあるわけで、「見知らぬ身近な人」というのはクリスティの固有テーマの一つである。それをうまくサスペンス劇に仕込んだのがこの「ねずみとり」のわけだ。クライマックスに犯行再現をもってくるとか、サスペンス劇としては実にソツなくできている。舞台効果をクリスティ、よく分かって書いてるから上演したのを見たら面白いだろうね。っていうか、パズラーを芝居でやろうなんて、そういうムリなことをクリスティ考えもしていないだろうよ....
評者に言わせると、クリスティだからって何でもかんでもパズラーで読んでやろう、というのが無理筋だと思うよ。馬は馬なり、人は人なり、っていうじゃない?
(あ、あと口笛を吹く犯人って元ネタはフリッツ・ラングの「M」だな)

No.179 4点 愛の探偵たち- アガサ・クリスティー 2017/03/05 22:16
本作品集は戯曲「ねずみとり」のベースになった「三匹の盲目のねずみ」を別にすると、マープル4作、ポアロ2作、クィン氏1作になるけども、まあどれもこれも大した作品じゃない。どっちか言えば「没トラック集」という雰囲気である。本質が短編作家じゃないクリスティの場合、短編集の作家的位置づけが難しいな...
この中で一番読ませる「三匹の盲目のねずみ」でさえ、ミステリとしては説得力があまりなくて、ミステリ短編としては今一つである(まあ、詳細は「ねずみとり」でツッコむが)。要するに短編だとクリスティの論理性の弱さが目立ってしまって、真相が恣意的に見えるんだよね。これが長編だとキャラの性格に真相をうまく埋め込んで説得力を出すのが、クリスティの得意技なんだけども、短編だとなかなか難しい。
まあ筆者としてもここらは消化試合という感じ。まだもう少しだけクリスティは残っているが...

No.178 7点 刑事くずれ- タッカー・コウ 2017/03/05 22:00
このシリーズはハードボイルドとパズラーをうまく融合するという、できそうでできないことをやってのけて、ウェストレイクの才人ぶりを見せつけたものだが、本作はその第1作。ミッチの屈折した造形(絶賛引きこもり中だよ..ミッチ制作中のレンガの壁はATフィールド!)や、本作の舞台であるマフィアのファミリーがハードボイルド要素だが、パズラー要素も、ミスディレクションがよく利いていて「ストーリーテリングによる見えない人」(話の中でちょっとだけチェスタートン「見えない人」に触れている)だったりするという凝り具合である。クリスティ流の人間関係の偽装とかあって、パズラーとしても相当のものであるが、松本清張の某作も連想するな...
今回面白かったのは、本作結構ユーモアが利いていることだ。まあファミリー内部の殺人を解明するために、元刑事を雇って解明に当たらせる(そりゃファミリーの秘密を警察に明かすわけにはいかない!これ本当にウマい仕掛けだ...)という設定自体アイロニカルなものだが、マフィアに雇われるのをためらう主人公ミッチに対して

びくびくせんでくれ、ミスター・トビン。だれもあんたの童貞を奪おうというんじゃない

と依頼主が声をかけるとか、思わず吹き出すような描写が結構、ある。さすが、ユーモア・ハードボイルドで名を成した作者である(まあ控えめだけどね)。

No.177 9点 インターコムの陰謀- エリック・アンブラー 2017/03/05 21:43
評者の見るところ、本作は「ディミトリオスの棺」を上回る出来である。アンブラーでも代表作級と言っていい。「ディミトリオス」で主人公を務めたチャールズ・ラティマーが再登場するが、あまりキャラの連続性は感じられないわけで、シリーズもの、という感じではない。
本作のテーマは、情報をめぐるアナーキズムである。アンブラーが今生きてたら、絶対ウィキリークスを題材に選んでたろうね...スパイ戦は国家によって厳格に管理された非正規戦だ..というイメージを、スパイ小説とか映画によって刷り込まれているわけだけども、その間隙を縫って小国のスパイ戦担当者によるアナーキーな「私利私欲のためのゲリラ戦」が可能である、というちょっとした逆説が直接的な題材になっている。
ジュネーブで発行される「噂の真相」的なトンデモ系政治情報誌インターコムが、突如NATOや東側の軍事機密をダダ漏れにさせた「正しい」情報を垂れ流すようになったため、CIAもKGBも右往左往。この情報は謎の新社主から流れてくるらしい...その狙いは?という話だが、インターコムの編集者である主人公カーターの反骨っぷりも楽しい。KGB・CIAにイジメられればイジメられるほどファイトを燃やし、問題を紛糾させていく....
叙述はこのカーターと、これを題材としたドキュメンタリ小説を書こうとしたラティマーの間の書簡やラティマーによる関係者のインタビューなどを構成した格好になっており、これの臨場感が半端ない(叙述トリック未満の仕掛けもある...)。まあ本作は「真相の完全解明がないミステリ」の例としてよく引かれる作品なんだが、スパイ小説だったら「真相が闇の奥に消えていく」のは完全にアリだ。最後にカーターはラティマー失踪の真相を、目的を達した黒幕に聞くのだが、なぜラティマーが死ななければいけなかったのか、もどちらか言えば恣意的な理由のようだ。というわけで、本作のリアリズムは「小説のお約束」が嘘にしか見えないようなレベルに達している。
リアルかつアナーキーな視点をスパイ小説に持ち込み、キレイごとではない業の深さを感じさせる傑作である。が...ひょっとして、本作の出版自体が、ラティマーの背後に身を隠した作者アンブラーの仕掛では?というメタな読みも可能かもしれない(ヨミスギww)。

No.176 6点 反乱- エリオット・リード 2017/02/27 23:42
エリオット・リードという名前は、スパイ小説の巨匠、エリック・アンブラーがチャールズ・ロッダという大衆作家と組んで書いているスパイ小説の名義(書かれたのは1950年~1957年の計5作)である。アンブラー本人名義のものって渋苦いアイロニーが味の決め手だけど、リード名義はエンタメ寄り。難解さはなくて読みやすい。まあその分薄味だけど、それでも本作あたり、アンブラーの得意な東欧の社会主義圏の小国のお国柄みたいなテイストはよく出る。
本作はリード名義の4作目。東欧の小国の支局に赴任したアメリカ人の新聞記者バートンは、秘書となったヒロイン・アンナに魅かれるが、アンナとその父マラス教授と、それをとりまくレジスタンス人脈が、現在の大統領をはじめとする政府側と、反政府勢力に分解して不穏な雰囲気が流れていた...バートンはアンナの亡命計画を練るが、亡命したと見せかけて国内に潜伏していた元支局の寄稿記者が、オペラハウスで大統領を暗殺しクーデターが始まる。しかしクーデターは失敗に終わり、警察の追及をかいぐぐり、アンナの亡命計画は実行できるのか? といった派手な話である。
冷戦まっただなかに書かれた作品だが、アンブラーはイデオロギー的にまったく中立に書いている。特にリベラルな反政府側に肩入れするところもなく、クーデターも計画が粗雑で失敗が目に見えるようなものでしかない。主人公たちを監視する警察の長官のセスニクが、コミカルだが食えないキャラ。こういうキャラがアンブラーらしい。
アンブラー本筋のアイロニーはないけども、ウェルメイドなエンタメである。悪くない。

No.175 3点 三角形の第四辺- エラリイ・クイーン 2017/02/26 09:47
確か横溝正史だったと思うけど、作家の実力は最高傑作と同様に最低の作品によっても推し量れる...なんてことを言っていた記憶があるが、本作あたりがクイーン正典の中での最低作くらいになるんだろうね。執筆はリーじゃなくて何作かライターをするデイヴィッドスン。
実は本作、小説としてはそう悪くないし、次々と焦点の当たる容疑者が切り替わる構成(まあ裁判モノにしちゃうと捜査当局に軽率感が出るので?だが)も悪いわけじゃない。なのでデイヴィッドスン頑張ってる感はある。問題は、ダネイが担当したはずの謎解き部分である。
被害者が現時点で付き合っていた男の名前がわかれば、それがすなわち犯人だ、というのはいかにも論理が飛躍しすぎているわけで、そりゃ「なぞなぞ」だよ。まあそれだけならともかく、ひっくり返した真相は、被害者視点での犯行描写から推し量られるタイムテーブルと整合性がない(来訪者多すぎで時間的余裕がない。パズラーで神視点3人称はあまり宜しくないように評者は思う...)。さらに悪いのは、エラリーの推理のベースになった証拠が最後に何の伏線もなくひっくり返される(おい!)...というわけで、本作の戦犯は全面的にダネイである。
とはいえ、クリスティの最低作である「ビッグ4」とか「フランクフルトへの乗客」だとホント小説の態をなしてないから、クイーンは「最低作でもまあ読めるからマシ」ということか。

No.174 8点 ディミトリオスの棺- エリック・アンブラー 2017/02/23 22:54
本作を読むと、アンブラ―という作家は、たとえばオーウェルとかマルローの同時代人、という印象を強く受けるのだ。この1900年~1910年くらいまでの生まれの西洋人というのは、ソビエトのプロパガンダの洗礼を、青春の多感な時期に受けた世代なんだよね。コミュニズムへの共感を底流に持ちながらも、それが独ソ不可侵条約やスペイン戦争を通じて裏切られた思いを持ち続ける...そういう世代の作家として、アンブラーはスパイ小説に登場したわけだ。もちろんグレアム・グリーンも(面白いことにイアン・フレミングも)同じ世代に属するのと同時に、キム・フィルビーのようなリアル・スパイさえも同じ世代になる(さらに言えば、アンブラーやグリーンの作品を好んで映画化した監督たちも、赤狩りにひっかかった世代で同世代になる)。というわけで、この1900~1910年生まれの世代は「スパイの世代」なのだ。
本作のアンチヒーローであるディミトリオスは、第一次大戦後の混乱した東欧の中で、交錯する各種政治勢力の合間を縫うかのように、悪のキャリアを積んでいく。非情に利用し、利用されるのがアウトローの世界だとはいえ、その活動のバックにはそういう国際政治が強く絡みついているために、ディミトリオスの営業活動には「スパイ」も含まれる...決して荒唐無稽な悪の秘密結社でも、非政治的なギャングでもなく、リアルな政治も一つの道具であるような「悪」である。この小説のポイントはストーリーでもプロットでも何でもなくて、このディミトリオスの肖像そのものなのだ。「20世紀的な悪」のイメージをこのディミトリオスの姿として結晶できたことが、この作品の価値であろう。
(...じゃあ日本だと?面白いことにアンブラーと松本清張は同い年(1909年)生まれである。本作とかアンブラーの「けものみち」かもね。)

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クリスティ再読さん
ひとこと
大人になってからは、母に「あんたの買ってくる本は難しくて..」となかなか一緒に楽しめる本がなかったのですが、クリスティだけは例外でした。その母も先年亡くなりました。

母の記憶のために...

...
好きな作家
クリスティ、チャンドラー、J=P.マンシェット、ライオネル・デヴィッドスン、小栗虫...
採点傾向
平均点: 6.43点   採点数: 1253件
採点の多い作家(TOP10)
アガサ・クリスティー(97)
ジョルジュ・シムノン(89)
エラリイ・クイーン(45)
ジョン・ディクスン・カー(30)
ロス・マクドナルド(26)
ボアロー&ナルスジャック(18)
エリック・アンブラー(17)
ウィリアム・P・マッギヴァーン(17)
アーサー・コナン・ドイル(16)
イアン・フレミング(15)