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[ 本格 ]
プリンス・ザレスキーの事件簿
M・P・シール 出版月: 1981年01月 平均: 7.67点 書評数: 3件

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東京創元社
1981年01月

No.3 9点 クリスティ再読 2018/07/03 21:13
最近ヴァン・ダインを2冊やったのだが、どうもね、ヴァンスのペダントリの底の浅さみたいなものがヴァン・ダインの学歴詐称にも繋がるハッタリに感じられてモヤモヤしてた....じゃあペダントリ、という面では最強で、小栗虫太郎に唯一対抗可能な本短編集を行こうじゃないの。「翻訳生活三十年の訳者も、シール氏の文章には手応えどころか、遂には嘔吐と憎悪と、時には敵意をすら覚えることがあった」と訳者の中村能三氏が泣き言を言うレベルだよ。

(自殺の流行という)この風潮が瀰漫し--やがては猖獗を極める。呼吸することは流行おくれとなる。経帷子をまとうことは、申し分のない正装(コム・イル・フォー)となり、これは結婚衣装の魅力と華麗さ(エクラー)をもつに至る。

ザレスキーが登場する最初の4作は、どれもポオでも「アッシャー家」風の陰鬱さを備えた「怪奇探偵小説」という印象があるが、単に安楽椅子ではなくて肉体的な冒険も備えた「S・S」は、連続する自殺者の舌下に奇妙な絵が描かれたパピルスが見つかるところから始まる。評者は本作が一番好きだ(他の書評のお二方とはバラけるあたりも面白いな)。
現代に生きるアメリカンのヴァンスには神秘性がまったくないのだけど、ザレスキーには神秘がある。刑事事件を追っていても、つっと形而上に逸れてしまうような、危うい戦慄がある。「S・S」も自殺事件の背後に暗躍する斯巴達(訳文がこうだからね、ネタがバレないが...実は中国語の表記がこれだね)由来の形而上学的秘密結社の存在を、そのパピルスに描かれた「死者の船」の図像学のみからザレスキーは透視する....ミステリは最終的な謎解きで「神秘」のヴェールを剥がざるを得ない小説かもしれないが、ザレスキー探偵譚は解決の後も神秘が損なわれることがない。
ザレスキー探偵譚4作に加え、この短編集ではパズルの骨組みだけみたいな「推理の一問題」と、トリックスターめいた弁証家、といったキャラであるカミングス・キング・モンクの登場する3作を収録。全然ミステリではなくてイギリスのカトリックで枢機卿にまでなったジョン・ヘンリー・ニューマンの思想を批判する「モンク、『精神の偉大さ』を定義する」が、ミステリじゃなくもて「らしい」作品。「S・S」に優生学的発想があったり、『精神の偉大さ』はハクスリー風の単純化されたダーウィニズムに準拠しているあたりは今どきだといろいろ気になるなあ。サイコホラー風の「モンク、木霊を呼び醒す」でもザレスキー風の透視を見せてから、悪人たちの同士討ちを誘うアクションで、なかなか雰囲気が、いい。

われらが太陽について言えば、これほど気狂いじみて紅蓮に燃えたち、これほど凄まじい叫びをあげて空を巡ったことはかつてなかった--すべてなんという騒がしさ、なんというスリルだ! まさしく大きな犯罪だと思うがね。

太陽の運行さえもが「大きな犯罪」となる。ロデリック・アッシャーにも似た論理の果ての超感覚の世界を楽しむことが....どう?できるかな。

No.2 7点 おっさん 2011/10/28 17:22
エドガー・アラン・ポオという天才は、作品の効果を考え、文体を使い分けることで、幅広い傑作をものしました。
「アッシャー家の崩壊」に代表される怪奇幻想系の作には、それにふさわしい(幻想のリアリティを維持するための)ケレン味ある細密な文章を、デュパンもの三部作に代表される謎解き系の作には、基本、平明な文章を採用しています。
ではもし、デュパン譚が、「アッシャー家」のものものしい文体で書かれたらどうなるか? 
プリンス・ザレスキーのシリーズは、筆者にはまるで、そんな文芸上の実験の成果に思えます。率直な感想を云わせてもらえば――読みづらいわあ、勘弁してw
30年ぶりに手に取った本書(創元推理文庫の<シャーロック・ホームズのライヴァルたち>第二期分として1981年に刊行)は、当時の印象をくつがえすことなく、難物でした。
でも。

1895年、いきなり三つの短編を収めた書き下ろし作品集 Prince Zaleski の主人公として登場した、引きこもりの探偵王子ザレスキーは、推理小説史上初の“安楽椅子探偵”のスペシャリストです。そして本書には、その記念すべき三作と、それから五十年後に執筆されたという続編「プリンス・ザレスキー再び」、そしてシールのもう一人のシリーズ・キャラクター、カミングス・キング・モンク譚の三作、そして単発ものの「推理の一問題」、計八篇がまとめられています。
リーダビリティだけとれば、後年の作のほうが上です。
が、良くも悪くも、最初の三つに尽きるんですよねえ・・・

先に筆者は、ポオに関して、幻想のリアルを維持するため、戦略的に細密な文章を選択した旨を指摘しました。
ザレスキー譚の初期三作の場合、名門貴族の変死の夜に人魂(?)が目撃される「オーヴンの一族」にしても、高価な宝石の盗難と返却(?)が繰り返される「エドマンズベリー僧院の宝石」にしても、ヨーロッパ各国での8,000人にのぼる死の連鎖が描かれる「S・S」(清涼院流水かよ!)にしても、その真相は決して超自然ではありませんが・・・常軌を逸しています。イカれた出来事にリアリティを付与するため、イカれた文体で小説世界を塗りつぶす。その方法論は、ポオの応用にほかなりません。
ですから、さながらロデリック・アッシャー(かの「アッシャー家」の当主です)が探偵役を務める感のある、この三篇、年代的にはアーサー・モリスンのマーチン・ヒューイット譚(『事件簿』をレヴュー済み)とほぼ同時期とはいえ、筆者はどうも“シャーロック・ホームズのライヴァルたち”という気がしません。つつしんで、比類なき“オーギュスト・デュパンのライヴァル”に認定したいと思います。
ぶっちゃけ、肌に合わないんですがw 三作のなかからパーソナル・チョイスをおこなえば――挙がるのは、“動機”が耽美で酩酊感をさそう「オーヴンの一族」かなあ。奇妙な状況、奇妙なトリック、奇妙な手掛りも、美しく(?)まとまっています。

「プリンス・ザレスキー再び」や「推理の一問題」、あるいはカミングス・キング・モンク譚も、クレージーな奇想を軸にはしているのですが、一般受けを意識したような平明な(あくまで初期作との対比ですが)文体が、全体に、作品の不自然さをカヴァーしきれていません。
しいて、そちらからも収穫をあげるとすれば、全然ミステリではないw 議論小説「モンク、『精神の偉大さ』を定義す」でしょう。こと論理展開の面白さでは、M・P・シールの白眉です。

にしても、再読でこんなに疲れたのは久しぶり。
栗本薫でも読み飛ばして、寝よ~っとwww

No.1 7点 mini 2009/02/11 09:43
ホームズのライヴァルの一つで創元文庫版
真の安楽椅子探偵と言えば隅の老人ではなくてプリンス・ザレスキーである
ザレスキーは退廃ムードを醸し出す遊民的人物で、事態を収拾させる為に出かけることはあっても、推理部分に関しては事件の概要データだけを聞いて推理するわけだから安楽椅子探偵の条件を満たしている

ザレスキーものの特徴はまさにその過剰な衒学的ぺダントリーだろう
めくるめく披露される知識と特異な超論理はライヴァルたちの中でも異彩を放ち、癖の強い文体が微妙だが最も日本の新本格読者に合いそうな感じではある
残念ながら短篇数は少ないが、中でも特に「エドマンズベリー僧院の宝石」は傑作で、これはザレスキーの超論理無しには解けんわな


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M・P・シール
1981年01月
プリンス・ザレスキーの事件簿
平均:7.67 / 書評数:3