皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
していません。ご注意を!
クリスティ再読さん |
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平均点: 6.41点 | 書評数: 1327件 |
No.807 | 9点 | 危険な童話- 土屋隆夫 | 2021/01/23 14:09 |
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どうも土屋隆夫の作品に辛くなりがちで、評者自分でも忸怩とした思いを抱いてたんだけどね...いや本作は、素晴らしい。
土屋隆夫の弱点、というのは要するに、今となってはその文芸趣味が古臭すぎる、というあたりにもある。が本作では見事にその文芸趣味がミステリが噛み合っている。そりゃ文句つけようないです。トリックがファンタジーに、ファンタジーがトリックに相互に転化するようなスリリングな瞬間がある。これがミステリという文芸の最良の部分なのだと思う。そして、そのただ中で立ち上がるのが、守るべきものの為に世界全てを敵に回すのも辞さない犯人の肖像だ。これが実に、泣ける。 いやだからね、最後の犯人の遺書以上に、最終章の童話の結末が残酷だ。 しずかに おやすみ/おかあさんも ねむります/お月さまは/もう きては下さいません/でも いつか/きっと 新しいお月さまが/お生まれになります/あなたが 大きくなってから/あなたと なかよしになって/しあわせを はこんで下さるお月さま/そのときが/おかあさんには みえるようです 本作にはそういう喪失の痛みが、ある。この残酷は、ファンタジーでしか慰められないために、ファンタジーから透けて見えざるを得ない、リアルの人生の不条理な残酷さなのである。 |
No.806 | 5点 | 新版 大統領に知らせますか?- ジェフリー・アーチャー | 2021/01/20 18:22 |
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そして一人の狂った上院議員が三月十日に議事堂を冒涜しようとしています
「今日、本作」は狙いました。日本では深夜の話ですが、何もないといいですね。 本書の冒頭はまさに、一月二十日、新アメリカ大統領の就任式の日。副大統領から大統領の死によって昇格し、再選された初の女性大統領、フロレンティナ・ケイン。彼女は懸案だった銃砲規制を実現しようとしていた。それに敵対する人々の中で、ケイン大統領を暗殺しようとする陰謀が企まれていた。決行予定は三月十日。FBI捜査官のマークは、その陰謀が偶然耳に入った男の事情聴取に病院に赴いた。半信半疑で支局に戻るのだが、その証人と同室の患者、それに再度聴取に向かった上司と同僚が立て続けに殺された! 背後には上院議員の誰かがいるようだ。マークはFBI長官の秘密の直属捜査官として、黒幕の上院議員の調査を命じられた。しかし容疑者の上院議員の一人の娘と、マークは恋に落ちてしまう。恋人の父が謀主? 「大統領に知らせ」れば、暗殺は回避できても、陰謀の徒党は分からずじまいになる...果たして暗殺計画を阻止し、黒幕を暴くことができるのか? という話。マークの側をメインにたまに犯人側、そしてターゲットの大統領とFBI長官の側も描写するタイプの小説。手に汗握る緊迫したサスペンス...と言いたいところだけど、実は、緩め。ウンチク小ネタが多くて冗長、お約束の連発で、あたかも小洒落たTVドラマを見ている感覚。とくに恋愛描写はのんき。まったり楽しむくらいなら上出来。 とはいえね、本作(新版は1987年出版)の事件設定は1999年らしい。だから現実ではクリントン二期目に相当するそうだ。1987年時点の作者の予想では、21世紀にはとっくに女性大統領もアメリカの銃砲規制も実現している、と思ったからそう設定したのだろうけど、2021年の今に至っても、まだどっちも実現してないのが、本当に不思議なことである。 |
No.805 | 5点 | 狂い壁狂い窓- 竹本健治 | 2021/01/18 21:00 |
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古い、朽ちかけた館。どこまでも薄暗く続く廊下。誰かが蹲っているような物陰。かすかな息づかい。そこはかとなく漂う死臭.....幼い頃から乱歩の小説を貪り読んで育った私には、そういった設定がたまらなく懐かしいものに思える(カバー折り返し著者の言葉)
という狙いの作品。ただね、竹本健治なので、乱歩のエロスはない。読んだ印象は少女怪奇漫画風なホラーに、ミステリの味付けがあるもの。語り手を伏せてぐじゅぐじゅとした描写が続いたりとか、いつの話なのかよく分からない殺人の記憶とか、そういったものの堆積でできているのだが....いちおうミステリとホラーの間を狙った内容になっている。とはいえ、相互に良さを殺し合ってるようにも思える。ミステリとしては躱されたようなヘンな真相だし、ホラーとしては解明されたら興ざめ。客観的にはキッチュだと思うけど、キッチュに徹しきれないところもある。失敗作だと思う。 けどまあ、昔の学生下宿みたいな変な建物だなあ....間取りのヘンさに、妙なリアリティを感じる。なんか懐かしい。 |
No.804 | 7点 | 変調二人羽織- 連城三紀彦 | 2021/01/16 20:18 |
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「変調二人羽織」はデビュー作なんだよね。話が縺れすぎる難はあるんだけど、最初から「やりたい世界」が確固としてある、のが凄いところ。噺家の破鶴の高座を見てみたくなるくらいに、その「破格」の芸の描写が魅力的(芸道小説得意だもんなあ)。その情念とミステリの仕掛けが噛み合って、それを東京の空を飛ぶ丹頂鶴のイメージで総括してみせる。文章が気負い過ぎなのが微笑ましいけど、処女作としてこれ以上のものって難しいと思う。
あとはやはり「六花の印」だと思う。明治の人力車と現代の自動車、男と女、カットバックで語られる2つの話の共通点と、それがどういう仕掛を狙っているのか?が、事件の謎とはべつに興味を引いてくる。そして、止まった銀時計という共通項が、2つの一見自殺に見える事件のトリッキーな真相を暴き出す....それを語る老刑事の思い出と影に隠れた男との因縁。いや短編ってのが信じれないくらいに話が盛りだくさん。 としてみると、「メビウスの環」とか「依子の日記」とかは、「ボアナル風」で評価できてしまうようにも思う。やはり「変調二人羽織」と「六花の印」には、作者がため込んできた「書きたいことの混沌」を窺わせるエネルギーという、このデビューの時期でしか味わえぬ、「時分の花」の面白さがある。これを整理して熟成したのが「戻り川心中」の諸作ということになるのだろう。 |
No.803 | 5点 | サボイ・ホテルの殺人- マイ・シューヴァル&ペール・ヴァールー | 2021/01/13 22:03 |
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マルティン・ベック6作目。今まで上司だったハンマルは退職し、代わって上司になったのが官僚上がりのマルム。現場が判らず政治性が強いために、どうもベックとはウマが合わない....ベックと言えば娘の独立を機にスキマ風が吹いていた妻とは別居。前作でチョンボしたスカッケはマルメに転勤、とシリーズも後半突入でいろいろ身分立場に変化が起きている。
スエーデン第三の都市マルメNo.1の格式を誇るサボイ・ホテル。そのレストランで会食中の男が、突然乱入してきた刺客に射殺された。警視総監直々の命でベックはマルメに出張する。殺された男はいろいろな事業を経営する実業家なのだが、武器密輸を陰で営む死の商人の疑惑がかけられていた。国際的な非合法ビジネスのトラブルに基づく暗殺なのでは?と余計な政治的な思惑がベックには重荷だった。爪楊枝の探し物名人モーンソンと組み、スカッケを配下にベックはアウェイのマルメで捜査を開始する..... 思うのだが、このシリーズの刑事たちが87と違う側面っていうと、刑事たちの個人的な欠点に容赦がない、という点かもしれない。ベックは心気症だし、コルベリは新人をいじめて結果的に因果応報を受けるし、メランデルは変人、ルンはグズ、ラーソンは乱暴者...でスカッケは身にそぐわない野望が滑稽なほど。もちろん長所はあるのだが、短所もすぐに指摘できるくらいに明確に描いている。エンタメらしい「理想化」が薄くて、こんな奴ら身近に居られても困る...なんて思わないわけでもない(苦笑)。その分、ヒーローでもアンチヒーローでもない、リアルな肌触りの警察小説になっているのが一番の特色。 前3回がベックの配下の刑事たちの話が中心になったが、本作では妻と別居し、マルメに出張のベックにフォーカス。独身を楽しむベックに食欲も戻るのがゲンキンなくらいのもので、ちょいとしたロマンスもあり。事件そのものよりも、そっちの方が面白い。 |
No.802 | 7点 | 幕末- 司馬遼太郎 | 2021/01/09 10:49 |
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人並さんが司馬遼太郎「古寺炎上」みたいなレア作を発掘されていて、人並さんらしい着眼点に敬服するのですが、評者は逆に有名作の中から、一応「ミステリ?」となるような作品を見つけてみようと思う。
そうすると、殺人を主題にした小説、と広めに定義した場合には、幕末の暗殺事件を題材にしたこの短編集は、一応「歴史ミステリ」としていいんじゃないか、なんて思う。 「暗殺だけは、きらいだ」で始まる「あとがき」のなかで、 歴史書ではないから、数説ある事柄は、筆者が、このほうがより真実を語りやすいと思う説をとり、それによって書いた。だから、小説である。 と司馬が言うように、実際にはかなり史実から離れた創作性も高いものもある。たとえば「花屋町の襲撃」に土居通夫が参加した、という話は司馬のこの短編以外には見当たらないし、維新後土居が大阪に錦を飾ったときも、「権知事」どころか幹部職員ではあるが「権少参事」である。 いくら幕末攘夷の熱狂の渦中にあるとはいえ、一方的にインネンつけたようなバカげた暗殺話(「冷泉斬り」「死んでも死なぬ」)も多い。こと問題が「殺人」のわけだから、司馬が出典として取材する、明治に生き延びた「元志士」の懐旧談にどこまでの真実味があるか、というと自己弁護やら美化やらで信用ならないようにも感じる。そういう意味でも「ミステリ」なのかもしれないなあ。 評者前に土居については小林一三関連で調べたこともあって妙に親近感がある。坂本龍馬の仇討として、海援隊残党が新選組を襲撃した話の「花屋町の襲撃」は、男ハーレクインとして名作に思う。志を持ちながら人脈がないために市井に隠れた主人公が、自分の真価を認めてくれた有名人の縁で引き立てられて、手柄を立てて立身する....いやこれ「男の夢」、「男シンデレラ」としかいいようがないと思うんだよ。司馬遼太郎だって、大衆小説家としてこんなベタなやり方も使うわけで、「すべて史実に基づいて」とか真に受けると恥をかくこともあるさ。 「花屋町の襲撃」に土居を絡ませたのは司馬の創作だが、要するにこの短編集では、「三流の志士」の目で汚れ仕事主体の幕末事件を眺める、という語り口がなかなか成功しているわけである。その完成形が、明治の顕官になり昭和初めまで生き延びた田中光顕を狂言回しに、吉田東洋暗殺を扱った「土佐の夜雨」、計画倒れの大阪城襲撃「浪華城焼打」、倒幕が成ったあとに敢て「攘夷」として英国公使の行列に斬り込んだ「最後の攘夷志士」の連作になる。 長生きの術をいかにと人問はば 殺されざりしためと答えむ と回想する、凡庸極まりないが「生き延びた」ためだけに栄爵を得た男の目で語るのが、極めて皮肉な話でもある。そういう維新攘夷の熱狂に対する司馬の醒めた視点が評者は面白い。 |
No.801 | 8点 | 半七捕物帳 巻の五- 岡本綺堂 | 2021/01/07 05:59 |
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年越し蕎麦はベビーホタテ代用のあられ蕎麦、初詣は池鯉鮒神社、と半七にちなんだネタで今年のお正月は過ごしました(苦笑)。三河万歳は見てないけどね。
で、光文社文庫の巻の五は引き続き昭和の半七。講談社大衆文芸館の「半七捕物帳」ではこの巻の作を6作収録、とあのアンソロの主力の巻になる。この巻では「幕末の世相」もよく描かれる。 「菊人形の昔」では有名な団子坂の菊人形を見物に訪れた三人連れの外国人が、掏摸被害に遭ってその掏摸を捕まえるのだが、すでに財布は持ってなくて、逆に群集に袋叩きになりかかり...という発端。どさくさで異人が乗ってきた西洋馬が盗まれた話と、管狐使いの老婆殺しの話が微妙に交錯する回で、この取り合わせが幕末の混沌を窺わせる。でこの女掏摸「蟹のお角」は次の話では、異人が伝えた写真技術と異人夫婦殺し、それから西洋犬の虐殺など、陰惨な事件の主役になる。 幕末開国で入ってきたものには西洋の文物だけではなくて、病気もある。幕末の流行病というと、「蟹のお角」には文久の麻疹も取り上げられているが、安政のコレラが歴史小説でもよくネタになり有名だ。このコロリを背景に「津の国屋」みたいな商家の大陰謀事件の「かむろ蛇」。病気と殺人がないまぜになって、よく人が死ぬ作品でもある...かつて、人の命ははかなく、無常なものだった。そんなことも実感する。 幕府の兵制改革の一環で西洋の軍事を取り入れて歩兵が作られたのだが、その歩兵屯所で横行する奇怪な髪切り事件を追ったのが「歩兵の髪切り」。と、半七は「理想化された江戸」の住人ではなくて、幕末の流動する世相を背景に、変わりつつある新しい風俗と、明治の世から見てもすでに廃れた古い風俗との軋轢のはざまで事件を追っていく...これが半七の唯一無二な世界なのである。 しかし、江戸時代なので「仇討」は現実の事件としてある。が、もはや仇討も単純な仇討、ではなくて「その理念をもう誰も信じていない」パロディみたいな仇討でしかない。仇討を利用した殺人事件の「青山の仇討」、そして半七が仇討を助ける「吉良の脇差」はこの巻で連続して語られる。とくに「吉良の脇差」などは仇討としてはかなり変則なものだからこそ半七の援助が要るわけだし、その悪人の開き直りっぷりが、勧善懲悪とはかけ離れた実態を示して面白い。 で、やはり商家の一粒種の誘拐事件を扱った「河豚太鼓」が名編。種痘を巡る喜悲劇の中に...と意外な真相。 と、半七の江戸はまさに幕末の変化真っ只中の江戸であり、その変化の中で起きた数々の事件、という印象の強いこの巻である。半七は捕物帳である以上に、歴史小説なのだ。 |
No.800 | 10点 | 暗黒神話- 諸星大二郎 | 2021/01/04 21:12 |
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評者800点記念は諸星大二郎の初長編「暗黒神話」。評者「生物都市」も「妖怪ハンター」も本作も、リアルタイムな世代だ。「少年ジャンプ」連載なんだけどね、そりゃ諸星大二郎の衝撃ってすさまじいものがあったよ。本作では中学生だったけど、ジャンプ切り抜きをみんなで回覧したりしてた...当時のジャンプ連載作家陣が、この「暗黒神話」の終盤は、著者確認用に発売前に配られたジャンプを、みな自作のチェックそっちのけで「暗黒神話」のページを開いた、なんて伝説もある。
これは、一種のはめ絵遊びです。古代史の材料を片っばしからぶち込み、その一つ一つを関連づけながら事件が展開し、最後に全体を眺めると、ダリの二重像の絵のように全然別の新しい絵が浮かび上がってくる...そういった緻密で壮大なジグゾー・パズルをやってみたかったのです(カバー見返しの著者のことば) 諸星大二郎なんていうと傑作数知れず(個人的には「マッドメン」推し)、だけども本作が一番「ミステリ」の味わいがあるようにも感じる。「緻密なジグゾー・パズル」の快感がそうなんだ。主人公武がたどった道のりとヤマトタケルの東征、邪馬台国の滅亡と親魏倭王金印の行方。弟橘姫と武内宿祢に三種の神器。タイムカプセル。餓鬼と馬頭観音暴悪大笑面、そして五十六億七千万年後に出現するという弥勒。これらキャッチーな古代史&神道&仏教アイテムを力業で全部つなげて、武の宇宙的な運命の結末が訪れる....暗黒神スサノオの正体は? いやいや、これほど奔放な空想で描かれた「騙し絵」というのもないものだ。目にも彩なアイテムが乱舞して、それがラストでピチッと一つの絵になる快感! しかしさらに、次の長編「孔子暗黒伝」が「暗黒神話」とつながる趣向もあって、さらに「大きな隠し絵」もあったりする。まあとはいえ、本作を単独で「伝奇ミステリ」みたいに捉えるのが、本サイトではいいだろう。 「暗黒神話」の個人的なイチオシは、そりゃイケメンのダークヒーローの菊池彦だよ。 冬は...オリオンがきれいだ。美しい... 評者も冬の夜空を仰いで、ついついこれを呟いてしまう(苦笑)実はこれも伏線。 |
No.799 | 9点 | 点と線- 松本清張 | 2021/01/04 19:05 |
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時刻表が小説の中に登場する、いわゆる「時刻表ミステリ」というのものが「ミステリの定番」になってしまったことで、どうやら大きな意義が見失われてきているようにも見えて評者は危惧するのだ。こう考えるといい。
もし作者が精緻に組み立てた架空の時刻表を、それっぽく小説に挿入して、アリバイ崩しをしたら、その作品に意義があるのか? 純粋パズル、という立場なら、それでもアリ、と答える人もいるかもしれない。しかしこの時刻表というものを、小説と現実とをつなぐインターフェイスと捉えたら、架空の時刻表によるミステリは本末転倒だと思わないだろうか。 つまりね、とくに本作での交通機関の扱いというものは、そういう「リアル」の問題として捉えなおさなければいけないと思うんだ。「空白の四分間」は、執筆時の国鉄ダイヤの現実の中に存在した。「そこ」に現実の「四分間」として存在したものを、清張が見つけ出して作品に利用したわけである。ここに作家の恣意はなくて、小説以上に「面白い」現実を、作家が紹介したようなものだ。そういう現実が小説の中に乱入してくる瞬間を、面白いと感じないかな? 実際、飛行機だって戦後に民間旅客機が復活したのは、やっと昭和26年のことだったりする。本作の7年前になるが、本作の搭乗者調査でもわかるように、乗客定員は50名ほどで、本格的な「足」に使えるようになるのはジャンボジェットが就航した70年代まで待たないといけない。今の常識で読んで「つっこみどころが多い」と感じるのは傲慢じゃないか?と評者なんかは感じないわけでもないんだよ。 であと共犯があったりするのも、それによって組織ぐるみの話になるわけだから、社会悪の話に広がるわけで、パズラー視点で批判するのはおかしなことである。そして、非常に強い印象を残す女性もいる。 はあい、ここよ 評者この女性の返事に、いつも心が震撼するのだ。この暗闇の情景を描いた清張の文学センスの凄み! |
No.798 | 9点 | 黒いトランク- 鮎川哲也 | 2021/01/03 20:44 |
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いやこれは凄い、のは今更言うまでもないか。
読んだの何回目だっけ、でも青メガネの男と近松の動きの幻惑をなかなか楽しんでしまった...いやアリバイトリックの基本中の基本なんだけども、トリックによってどんな幻影を見せるのか?というスケールの大きさに覇気を強く感じる。これが一番素晴らしいことのように思う。汽車だけでなく、瀬戸内航路や対馬やら、船の航路も含んでそれらを全部ひっくるめて、アリバイの構成要素になってることで、浪漫の奥行きがさらにが広がるというものだ。逆に言うと、この航空機が使えない時代、東京から九州まで丸一日以上かかる時代というのが、「旅の距離感」をあらためて強く感じさせる。この空間的・時間的距離感が、それ自体「浪漫」というものだ。してみると今の「旅」は旅じゃなくて、タダの移動なんだろう。 さらに「樽」に学んだ、手品で言えばカップアンドボールなトランクの入れ替わり問題は、内容以上に「風見鶏が北を向くとき」という最終章のタイトルが、絶妙の象徴になっているのが素晴らしい。いやこれ本当に、比喩の力というものである。この比喩がなければ、本作のトリックの趣の多くの部分が失われるのでは...なんて思うんだよ。 そして鬼貫の学友たちが関係者となった「鬼貫警部自身の事件」というべき人間関係が、さらにロマンの興趣を高めている。鬼貫vs犯人の最終対決なんて、評者ついほろりと... 本作、浪漫の味わいがかなり強い作品でもあるけども、意外に皆さん指摘しないことなんだな。鮎哲さんはシャイだね... |
No.797 | 6点 | 船富家の惨劇- 蒼井雄 | 2021/01/02 22:44 |
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大昔に買った春陽文庫で。直前に読んだ「樽」が意外にスリラー寄りなことに気が付いて面白かったのだが、日本初の「時刻表アリバイ作品」と呼ばれる本作も、意外なくらいにスリラー的要素が強い。いや凡人探偵&リアリズムというのは、実はイギリス伝統のスリラー側から来ているのでは?なんていう気もするんだ。
で本作、内容盛りだくさん。南紀白浜~熊野から山中を吉野に抜けて、さらに下呂、アリバイを確認に松本~浅間温泉。さらに東京。日本中を駆け回る面白さがある。とくに前半の白浜やら熊野が舞台のあたりは、筆の余裕もあって旅情たっぷり。時代がかった美文調で風景を描写。いいな、ここらへんゆっくり訪れたいよ。 ただし、よく「アリバイ物」と言われるし、そりゃアリバイ崩しもあるんだけども、読んだ印象はリアルなものというよりも、ファンタジックな印象。リアルというのは都合よすぎない?「改め」が緩めのようにも思う。それよりも悪魔的な犯人が「赤毛のレドメイン家」をネタに、「操り」をカマしまくる作品というイメージ。 評者関西在住のせいか本作が、その昔の大大阪とモダニズムを舞台にしているあたりに心惹かれる。阪和線はもともと私鉄だったのを国鉄が買収したのか...戦前にはノロノロ南海vs阪和の超特急、だったらしいし、美形さんは阪急沿線に在住。最後の舞台は阪神国道を自動車で駆け抜けて、阪神間モダニズムの香り溢れる甲子園ホテル。 いかに探偵小説が「モダン日本」を縦横に駆け巡る小説であったことか。 |
No.796 | 8点 | 樽- F・W・クロフツ | 2021/01/02 10:30 |
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評者クロフツ苦手...と思ってるんだけど、いや処女作の本作、面白く読んでしまった。コイツは春から縁起がええわぇ。
二人はシャトレで乗りかえ、明日の朝会う約束をしてから、警部はコンコルド行きの電車に乗り、ルファルジュはバスティーユ広場に近いわが家に帰るために、反対の方角へ向かった。 はっきり言って、読者はこんな描写はどうでも、いい。しかしね、これがクロフツの本質みたいなものだと思うと、なかなかに趣き深いんだ。冗長といえばそうなんだけどもこういう「ノイズ成分の多さ」が、実のところきわめて警察小説的だと思うんだ。役に立たない情報を掻き分け掻き分け、前半ならロンドン警視庁のバーンリー警部&パリ警視総監ジョーヴェ&パリ警視庁ルファルジュで鳩首談合しながら、情報を総合しいろいろな側面を多角的に考察し、といったあたりのプロセスが、まさに警察小説の面白さになっていると思う。 逆に本作をいわゆる「本格」概念で見てしまうと、いろいろと傷もあると思うんだ。トリックのキモの部分の発見も、それを取り扱った人物を発見して「意外な証言」で最終盤に判明するわけで、「名探偵の推理」でも何でもない。もちろん真犯人はいろいろアリバイ工作したりもするんだが、意図的な工作はごく常識的な工作の範囲内であって、問題を紛糾させた「樽」の動きは、捜査を撹乱しようというパズラー的な意図があったわけではなくて、別な理由があった.... いやだから、これリアルな警察小説の面白さなんだと思う。最後に真相をつかむラ・トゥーシュだって部下を抱えた探偵会社の経営者のわけで、「個人の論理的推理」というよりも、足と注意力と手数と組織力の妙味、である。 しかも妙なロマンス・冒険色もないし、冒頭あたりのスリラー的展開も抑制気味で、本当に外面的な描写だけで押し通したのは、処女作で余裕がないというケガの功名かもしれないのだけども、本作に関してはこの無味乾燥さが絶大な効果を上げている、という風にも思える。 いや、世の中本当に、ムダなことでできているものだ。ムダこそ人生、というものじゃないのかね。 |
No.795 | 8点 | 飢餓海峡- 水上勉 | 2020/12/31 21:27 |
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いつぞやの年の大晦日に映画「飢餓海峡」をTV放送していたのを見たことがあった。それを懐かしんで、今年は大晦日に本作を読んで年納めとしたい。
結局映画は3回くらい見ている。3時間の長丁場をダレない名作であるのはいうまでもなし。しかし狼狽して「犬飼やあらしまへん」と叫びながら左幸子の首を絞めて殺す三国連太郎と比べると、原作の方が冷酷に思えるなあ...で、鷽替えとか爪とか札を扇にして徳利に刺して、といった庶民の風習をうまく使ったデテール部分で、映画の方に工夫がいろいろあるし、ぬめぬめした関西弁でしゃべるのに精悍な三国やら、ちょっとイっちゃった演技を見せる左幸子、シリアスな伴淳といった役者の楽しみも豪華、宗教性を感じさせる荘厳な演出の老巨匠内田吐夢...60年代という戦後復興がカタチになり豊かさを感じさせた時代に、つい先ごろまでの「貧しい日本」の記憶をそのまま封印した名作でもある。 だから逆に、若い人たちが本作を読んでどう感じるのか?とか聞いてみたいようにも思う。評者あたりの世代なら、さすがに戦後の混乱期のことは親の思い出話で聞くなり、70年代までの各種エンタメの素材として親しいものだったから、それなりの(実体験ではなくても想像の上での)リアリティを感じるのだが... でまあ今回読み直しての感想としては、本作「海」の話だ、ということ。評者が本作の転回点と思うシーンは、引退した函館の弓坂を、舞鶴の味村警部補が初訪問して... 「そうです。わたしは十年前に、ちょうど、あなたと同じように、その男のために、足を棒にして、調べて歩いたんです。この海峡も何ど渡ったか知れやしない」 坂道の曲がり角にくると、家々の屋根が急に空を割っていて、紺青の海が鏡を敷いたように光ってみえた。 「あなたは、津軽海峡をごらんになるのは最初ですか」 津軽海峡、雷電海岸から岩幌、下北の仏ヶ浦、そして舞鶴。この日本海を繋ぐ古くからの海の回路を通じて、人間の貧しさと本質が暴き出されていく話なんだ...樽見は悪人であると同時に善人でもある。善意は悪に基盤をもち、最悪の殺人も善意がきっかけである。そういう「日本海のレ・ミゼラブル」として本作を読んでみよう。 (あと、原作でうまいな~と感心したのは、東京時代の八重と恋仲になるがうどん粉の横流しで捕まる小川の話が、後半に微妙につながるあたり。この男も小型の樽見なんだよ) |
No.794 | 9点 | 亜愛一郎の狼狽- 泡坂妻夫 | 2020/12/30 09:00 |
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泡坂妻夫デビュー作である。そういえば評者何回もこの本買ってる(が何回も売ってる)。そういうあたりでも懐かしいし、創元の解説が権田萬治による「泡坂妻夫と雑誌『幻影城』」で、幻影城を作った島崎博氏の思い出話が載っていて、これも懐かしい。幻影城って潰れたせいで一時ゾッキ本によく流れてたなあ...
いうまでもなく、亜愛一郎初登場。確か当時の推理小説年鑑で本書所収の「曲がった部屋」を読んで、とても印象深かったのが評者の泡坂妻夫初遭遇。いや特にこの「狼狽」の最初の4作くらいは、本当に凄い。 評者のパズラーの判断基準というと、「奇妙な謎」→「奇抜な論理による推理」で終わるんじゃなくて、さらにその真相が「ヘンテコでポエジーやアイロニーが漂ってオモムキ深い」、となればサイコー、と思っているんだ。いや「DL2号機事件」も「右腕山上空」も「曲がった部屋」も「掌上の黄金仮面」も、この最高の基準を満たしている。真相の奇妙さが童話のごときである。いや理に落ちてたら、ツマラないでしょう? そうしてみると後半4作は、やはり落ちる。「G線上の鼬」は「DL2号機事件」のやり直しみたいなものだし、「掘り出された童話」は暗号なのは当然だけど、解読法が複雑になればなるほど、解読内容の真実味が薄れてしまうよ。暗号=暗合、という洒落なんだろうか?「ホロボの神」は犯人推測はムリ筋、「黒い霧」はあれ、ローレル&ハーディの「世紀の戦闘」の日本版だね(苦笑)。ケーキ屋主人がケーキを投げたくてたまらなくて...だったら面白かったんだがww |
No.793 | 8点 | 夢野久作全集 6- 夢野久作 | 2020/12/29 10:12 |
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ちくま文庫夢Q全集でも日本国外に題材を得た作品を集めた巻。「氷の涯」「死後の恋」あたりが有名作になるのだけど、いやいや夢Q、話題になりづらい作品もやたらと面白いのがある。舞台はそれこそ、シベリア出兵中の哈爾浜「氷の涯」、白露が集まる浦塩「死後の恋」同じく浦塩の娼館の「支那米の袋」、釜山やら半島の爆弾漁を題材にした「爆弾太平記」、セントルイス万博日本館の展示に随行した大工vsギャングの「人間腸詰」、第一次大戦中のヴェルダン要塞攻防戦が舞台の「戦場」...夢野自身がほぼ海外渡航歴がないことが信じられないほどに、インタナショナルというか無国籍なセンスが面白い。そりゃ玄洋社の幹部政治家がオヤジだったこともあって、それこそ大陸浪人やらなんやの話はよく聞いていたんだろうけどもね。しかし、インテリの本から入る海外体験とはまったく別な回路の、身一つの庶民が遭遇する「異国」の奇々怪々な事件の面白さを堪能できる。
いやだからこそ、インテリ崩れの哈爾浜駐屯軍本部の当番兵主人公の「氷の涯」よりも、腕一本の大工の体験記の「人間腸詰」の方が面白いし、半島の沿海で横行するダイナマイトを使った爆弾漁を摘発して失脚する宮仕えの主人公よりも、リンチに遭って爆弾漁の漁師を廃業して主人公に情報を提供する老漁師の復讐の壮烈さがずっと主人公らしい(爆弾太平記)。庶民には余計なアイデンティティがないから、変幻自在に生業を変え国籍を変え融通無碍に、世界を押し渡るのである、これこそ冒険、というものだ。 だから貨物船の機関長とその貨物船の「乗客」として「麻雀を密輸入して学資にする」学生との対話、であるかのように見える「焦点を合せる」は、学生が白露の将軍の秘書から、ゲーペーウーの「遊離細胞」でその女スパイの愛人で幹部、さらにその女スパイ青紅嬢自身、いや実は日本の参謀本部による二重スパイ..機関長自身も日本のスパイ船からゲーペーウーの海上本部へと、そのアイデンティティを変転させていく。「自分が何であるか」なんて、本当にどうでもいいことなのだ。この変身のスピード感は、あたかも野田秀樹の芝居を見ているかのようだ... 夢野久作は決して海外を舞台にして小説を書いたのではないのだろう。夢野にとって、異国とは自ら自身であり、自らを異邦人であり亡命者であり漂泊の民であり、その他ありとあらゆる化外の民へと変身しうる、何でもなれれば、どこにも存在がない「謎の人物」であったことの結果に過ぎないのでは...なんてね。 個人的には「ココナットの実」の残忍な童話らしさが、好き。いや、夢Q、信用だけは、しちゃいけないよ(苦笑) |
No.792 | 7点 | 闇の左手- アーシュラ・K・ル・グィン | 2020/12/27 14:58 |
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ミステリのフェミニズム、とは言っても、ミステリだとフィクションとしての「過激設定」で世界を構築するのは向いてないこともあって、やはり少しSFには譲るか?と思わせる...なんて言いたくなるような、フェミニズムSFの代表作である。
本作の舞台は惑星「冬」。氷河期の中を生き抜く人類の末裔たちの世界だが、大昔に施されたらしい遺伝子改変によって、この惑星の人類は両性具有である。月に一度「ケメル」と呼ばれる繁殖期があり、この間には男女どちらかの性器がランダムに発達して、女になった側が妊娠・出産することになる。ケメルでの変化はランダムなので、以前男として子供を産ませた者が、今度は妊娠して出産する...というのも当たり前。性による区別の概念がない世界なのだ。 生存に厳しい環境にあるこの両性具有者の世界に、外宇宙から外交使節が訪問した。「エクーメン」と呼ばれる再建された星間文明への参加を呼び掛けたが、使節として訪れたアイはこの星の特有の文化に翻弄される.... 以上の前提から構築される、この惑星の社会・文化・宗教のありさまを、文化人類学的なセンスで丹念に構築して、その文明が外部と接触したときの、戸惑いや軋轢さえも、丁寧に描写しているのが醍醐味。話の筋としては、この惑星の国家の一つカルハイド王国の高官エストラーベン卿と、エクーメンからの使節アイ(黒人!)との交流を軸に、エストラーベンの追放と共産主義国家のようなオルゴレインへの亡命、アイのオルゴレインでの矯正施設への収容とエストラーベンによる救出、そして極寒の氷河を抜けての脱出行...という冒険的要素で展開している。 まあ筋立てよりも、宦官的な印象を受ける「シフグレソル」という体面やら儀礼やらを象徴するカルハイド王国の社交文化、殺人はあっても戦争を知らないこと、蜂や蟻の社会性を連想させる共産主義国家オルゴレインなど、両性具有に由来を感じさせる文化の諸相、「ヌスス」という「無知」を重視した老荘風の哲学やら、イヌイットの言語同様に「雪」を表す多種多様な表現など、考えさせられる特異な文化の面白さに目を奪われる。さらに、 友人、友人とはなにか、どんな友人も新月になれば愛人に変わってしまう世界で?私は男性という性にとじこめられているから友人ではない。(略)われわれのあいだに愛は存在しない と脱出行の最中にケメルに入ったエストラーベンに戸惑うアイに、友情と理解と、その限界に対する諦念が立ち上る..... 友情というのは、互いに別な人格である、という前提でしか成立しえないものなのは宇宙共通の法則に違いない。それぞれの文明の固有な特質は、別な文明では完全に理解しきれないものかもしれない。それならば、文明同士の「友情」はありうるのだろうか? 実に重厚なSFである。ピーター・ディキンスンに近い実験的な文化人類学のテイストがあるので、ミステリ読者だとディキンスンが好きな方にはおすすめ。 |
No.791 | 5点 | 偽りの墳墓- 鮎川哲也 | 2020/12/25 08:08 |
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そんなにいいかなあ....
一応時刻表は出てきて「証明」みたいなことに使われるけども、アリバイトリックは別なやり方で、やや肩透かしに感じている。コントロールしきれない部分も大きいからね。しかもこのトリックは一般性のあるもののせいか、評者はあまりロマンを感じなかった。 トリックというものを、「事件固有の特質によるもの」か「汎用性のあるアイデア」と区別してみると、評者は「事件固有の特質」の方のがずっと面白くも感じる。まあだから、こういう汎用トリックの作品には「味付け」がもう少し欲しいとも思うんだ。 前半の話と後半、それに中盤の瀬戸内海行きあたりが、テイストが全然違う話で、相互に関連が薄いのが、ストーリーとしても弱いように感じる。鮎哲さん堅物だから、男女関係のドロドロに妙味がないんだな....本作不倫話が多いんだけど、作者がそれに反発しているタッチが目について、不潔感を感じてしまうのはどうかと思う。 鮎哲でもきっちりロマンが立ち上がる作品がいろいろあるわけで、本作あたりは熟成がやや足りないかな、という印象を受ける。良い点は作りが丁寧、というあたりだから、「職人技」ではあるんだけどもね。 |
No.790 | 7点 | ラヴクラフト全集 (6)- H・P・ラヴクラフト | 2020/12/23 22:04 |
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この6巻でホラーになる作品は「ばかめ、ウォーランは死んだわ」で有名な「ランドルフ・カーターの陳述」とやはりカーターが登場する「名状しがたいもの」の2作だけで、残りの作品はすべてファンタジーになるものばかり。このラヴクラフト全集でも特殊巻になる。しかしね、
(怪異を)全然信じていないからこそ、怪奇なものに心惹かれ、精緻に描写できる と言い放ったHPLだからこそ、そのホラーがあくまで知的な構築物なのに対して、この巻のファンタジーはよりHPLの個人性に密着してもいれば、作品的な「そつ」もあって、逆にHPLという「人物」が理解もできるし、親しみさえ持てるようになる。 だから、あくまでも「ホラーのクトゥルフ神話」に親しんだ後に「外伝」みたいに楽しむべき作品なんだと思っている。あれほど邪悪な外宇宙の邪神たちも、ファンタジーではヨグ=ソトースさえ「門の番人」ではあっても荘厳な神格として顕れる。だから正当な資格をもって門を通りたいカーターを助けてくれれば、ナイアルラトホテップもカーターが対等に騙し合いを演じるし、悍ましい食屍鬼の絵を描いたピックマンも晴れて食屍鬼の一員になり、食屍鬼の軍隊を率いてカーターに同行する...絶対性に翻弄されるホラーの「神格」ではなくて、あくまで対応可能な「性格」としてのキャラになって、まったく違うのがお楽しみ。 でしかも、HPL自身を投影したキャラ、夢見人ランドルフ・カーターのこの「夢」の世界が、 そなたはそなた自身の幼年期のささやかな空想を基に、かつて存在したいかなる幻よりも美しい都をつくりだしたのだ。 と評されるように、幼年期に夢みた空想の世界に基盤を持っていることを自覚的に示している。いや評者も齢をとったせいか、子供の頃のことなど、懐かしく回想することも増えてきたな...「前世の夢」とでも呼びたくなるような普遍的な「懐かしい」感覚が、本書のファンタジー作品だとビビッドに伝わってくる瞬間が、確かにある。 そんな特殊な6巻、HPL三大長編の一つ「未知なるカダスに夢を求めて」を収録。160ページほどの短い長編くらいのボリュームがあるに、一切章分けがないというのが、「夢っぽい」と思ったりする。脈絡がないようであるようで、そのまま繋がっているのが夢の世界なんだろう。 評者も懐かしい夢を見たい。 |
No.789 | 6点 | レイモンド・チャンドラー語る- レイモンド・チャンドラー | 2020/12/21 22:33 |
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この本は名目的には「チャンドラー書簡集」みたいに言われがちな本だけども、書簡自体を断章としてテーマ別に「語りなおした」ようなものだから、「一次資料」ってこういうもんじゃなかろうよ、と言いたくなる。しかも小説「二人の作家」と未完の遺作「プードル・スプリングス物語」を収録し、またチャンドラーによるミステリ論「推理小説についての覚え書」、ハリウッドでの仕事の感想(というか、業界に毒づいた)「ハリウッドのライターたち」、出版エージェントについてシニカルに考察した「あなたの人生の十パーセント」などの雑誌発表済みの雑文、それにD・J・イバースン宛書簡で、チャンドラーが「マーロウについて語った」手紙文(「こんな男は探偵にならない」とかよく引用される)を収録していて、チャンドラー資料集みたいなもの...
だけどね、それでも評者「二人の作家」がお気に入り、しかもこれはハヤカワのチャンドラー短編全集になぜか収録漏れなので、あえて創作側で扱いたいと思う。 「二人の作家」は、いい。夫婦作家が山奥のロッジに引っ込んで各々執筆生活をしているのだけども、男女関係以上に、作家としての創作の行き詰まりもあって、感情の齟齬から衝突してついに妻が出ていく...という話。だからミステリではない。でも描写が大変いい。ハメットで言えば「チューリップ」みたいな作品なんだが、感情描写をほぼ外見動作とセリフに畳み込んだ、ハードボイルドらしいハードボイルド文で、緩みがない。本当に好き。 それに比べると注目度の高い「プードル・スプリングス物語」は、冒頭4章だけ。マーロウがリンダと結婚して、新居を高級住宅地の「プードル・スプリングス」に借りて、新婚生活を始める。それでもマーロウは探偵を続けたくて、街に出て事務所を借りようとするが、街のヤクザと行きがかりがあって...というあたりで終わり。読みどころは1章のリンダとのやりとりで、金持ちの妻をゲットした夫、という自分の新しい役回りにスネて、攻撃的な皮肉ばっかり言っている(警句じゃないよ)。嫌味でヤな奴にマーロウが成り下がっている。 何回も没にしては最初から書き直して...というのが、書簡によるとチャンドラーの執筆スタイルだったらしい。だから今あるこの原稿は、もしチャンドラーが長生きしてたら、絶対に没だったと評者は思うんだ。チャンドラーが亡くなったから、「遺稿」扱いで「未完が惜しまれて...」になってるだけのもののように感じる。 全体に「チャンドラーって厄介な男だな」というのが感想。喧嘩っぱやい。どうやらハリウッドをしくじったのは、この本所収の「ハリウッドのライターたち」で、小説家視点だけの主観的な攻撃をハリウッドにしてしまって、ハリウッド子たちに単に嫌がられたことが原因のようだ。この後に書いている手紙だと、映画が単に小説の映像化ではないのを受け入れたようだから、後の祭りみたいなもののようだ。 自分の仕事に直接関わらない部分だと、さすがに客観的で冷静な評価ができて知性を感じさせるのだが、「自分のしたこと・すること」には、目が晦まされがちにしか見えないなあ。 私がものを書き始めたときにしたかったことは、魅力にあふれた新しい言語をあやつり、その言語を表現の手段として、知的でない考え方のレベルのまま、ふつうの文学的ムードでのみ言い得ることを言いあらわせるかどうかを試してみることだったのです。 だから俗悪でキッチュな素材というものも、チャンドラーの意図的な「やつし」というか、低廻趣味に近いものがあるようにも感じられる。そういう屈折と複雑性がチャンドラーの面白味なんだよね。ハヤカワ文庫だけに所収なので触られなかった「イギリスの夏」が、イギリスで教育を受けたチャンドラーの生来の資質に一番近い世界だったのでは、なんて思う。 |
No.788 | 6点 | まだらの紐 ドイル傑作集1- アーサー・コナン・ドイル | 2020/12/17 18:11 |
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この項は創元推理文庫のホームズのいわゆる「外典」を収録した本の感想を書く場であって、決して「冒険」収録の短編「まだらの紐」の感想を書く場ではないと思うんだがね....この本に収録されているのは、
「王冠のダイヤモンド」事件簿の「マザリンの宝石」の原型の一幕物の戯曲。事件簿「マザリンの宝石」は本当にこの戯曲を手直しただけのもので、かなり手抜き作業だったのがうかがわれる。戯曲の方は悪役はモラン大佐で、こっちのがまっとうな作品だと思う。この戯曲を「空き家の冒険」に流用したから、変則的なことになったようだ。 「まだらの紐」同題短編を膨らませて戯曲化したもの。三幕あって長めの作品だから、短編にはない場面も追加されている。姉娘の死を巡る検死審問やら、ホームズの部屋に妹娘以外の三人の面会人がいて、そのうち一人は恐喝王ミルヴァートン! だから追加部分もなかなか楽しいし、クライマックスも盛り上がる。ナイスな舞台劇だと思う。 いやだからさ、ドイルは本作を「密室トリック」物だとは、絶対思ってないと思うんだよ。暗闇で待機して、思いもかけないところから侵入してくる殺人者...というあたりのサスペンスをドイルは「面白い!」と思って書いているのが、この戯曲化でも窺われるんだけどなあ.... 「競技場バザー」「ワトソンの推理法修行」この2作はホームズの特徴的な推理法だけを抽出して書いたショートショート。「競技場バザー」はメタな仕掛けになっていて洒落ている。 「消えた臨時急行」「時計だらけの男」の2作は鉄道ミステリだが、ホームズは出ずに、犯人の告白で真相判明。ちょっとした不可能興味みたいなものがある。「消えた臨急」の方は犯行がなかなか大掛かりで、マンガチックな陽気さがあって、場面を想像すると面白い。映像にすると映えると思う。 「田園の恐怖」は田舎村の連続殺人事件の話。意外性が少しある犯人だが、露見は偶然。ホラー味を狙ったか。 「ジェレミー伯父の家」はワトソン博士みたいな経歴の勉強中の医者が友人の招待を受けて伯父一家の元で暮らすが、インド人の家庭教師と、伯父の秘書の奇妙な関係に気づく....インドを巡るロマン味が読みどころ。 「シャーロック・ホームズのプロット」は遺稿から発見された未作品化作品の梗概。出来は良くない。 「シャーロック・ホームズの真相」は、ホームズ復活前に受けたインタビューの内容。ドイルはホームズは気に入ってなくて..というその通りの内容。 というわけで、コレクターズ・アイテムだけど、「まだらの紐」と「競技場バザー」が面白い。一応「消えた臨急」は非ホームズのドイルのミステリでは有名作なので読んでおかないと...もあるし。新潮文庫の「ドイル傑作選」とダブるのは「消えた臨急」「時計だらけの男」だけだから、読む価値はある。 |