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クリスティ再読さん |
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平均点: 6.40点 | 書評数: 1313件 |
No.793 | 8点 | 夢野久作全集 6- 夢野久作 | 2020/12/29 10:12 |
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ちくま文庫夢Q全集でも日本国外に題材を得た作品を集めた巻。「氷の涯」「死後の恋」あたりが有名作になるのだけど、いやいや夢Q、話題になりづらい作品もやたらと面白いのがある。舞台はそれこそ、シベリア出兵中の哈爾浜「氷の涯」、白露が集まる浦塩「死後の恋」同じく浦塩の娼館の「支那米の袋」、釜山やら半島の爆弾漁を題材にした「爆弾太平記」、セントルイス万博日本館の展示に随行した大工vsギャングの「人間腸詰」、第一次大戦中のヴェルダン要塞攻防戦が舞台の「戦場」...夢野自身がほぼ海外渡航歴がないことが信じられないほどに、インタナショナルというか無国籍なセンスが面白い。そりゃ玄洋社の幹部政治家がオヤジだったこともあって、それこそ大陸浪人やらなんやの話はよく聞いていたんだろうけどもね。しかし、インテリの本から入る海外体験とはまったく別な回路の、身一つの庶民が遭遇する「異国」の奇々怪々な事件の面白さを堪能できる。
いやだからこそ、インテリ崩れの哈爾浜駐屯軍本部の当番兵主人公の「氷の涯」よりも、腕一本の大工の体験記の「人間腸詰」の方が面白いし、半島の沿海で横行するダイナマイトを使った爆弾漁を摘発して失脚する宮仕えの主人公よりも、リンチに遭って爆弾漁の漁師を廃業して主人公に情報を提供する老漁師の復讐の壮烈さがずっと主人公らしい(爆弾太平記)。庶民には余計なアイデンティティがないから、変幻自在に生業を変え国籍を変え融通無碍に、世界を押し渡るのである、これこそ冒険、というものだ。 だから貨物船の機関長とその貨物船の「乗客」として「麻雀を密輸入して学資にする」学生との対話、であるかのように見える「焦点を合せる」は、学生が白露の将軍の秘書から、ゲーペーウーの「遊離細胞」でその女スパイの愛人で幹部、さらにその女スパイ青紅嬢自身、いや実は日本の参謀本部による二重スパイ..機関長自身も日本のスパイ船からゲーペーウーの海上本部へと、そのアイデンティティを変転させていく。「自分が何であるか」なんて、本当にどうでもいいことなのだ。この変身のスピード感は、あたかも野田秀樹の芝居を見ているかのようだ... 夢野久作は決して海外を舞台にして小説を書いたのではないのだろう。夢野にとって、異国とは自ら自身であり、自らを異邦人であり亡命者であり漂泊の民であり、その他ありとあらゆる化外の民へと変身しうる、何でもなれれば、どこにも存在がない「謎の人物」であったことの結果に過ぎないのでは...なんてね。 個人的には「ココナットの実」の残忍な童話らしさが、好き。いや、夢Q、信用だけは、しちゃいけないよ(苦笑) |
No.792 | 7点 | 闇の左手- アーシュラ・K・ル・グィン | 2020/12/27 14:58 |
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ミステリのフェミニズム、とは言っても、ミステリだとフィクションとしての「過激設定」で世界を構築するのは向いてないこともあって、やはり少しSFには譲るか?と思わせる...なんて言いたくなるような、フェミニズムSFの代表作である。
本作の舞台は惑星「冬」。氷河期の中を生き抜く人類の末裔たちの世界だが、大昔に施されたらしい遺伝子改変によって、この惑星の人類は両性具有である。月に一度「ケメル」と呼ばれる繁殖期があり、この間には男女どちらかの性器がランダムに発達して、女になった側が妊娠・出産することになる。ケメルでの変化はランダムなので、以前男として子供を産ませた者が、今度は妊娠して出産する...というのも当たり前。性による区別の概念がない世界なのだ。 生存に厳しい環境にあるこの両性具有者の世界に、外宇宙から外交使節が訪問した。「エクーメン」と呼ばれる再建された星間文明への参加を呼び掛けたが、使節として訪れたアイはこの星の特有の文化に翻弄される.... 以上の前提から構築される、この惑星の社会・文化・宗教のありさまを、文化人類学的なセンスで丹念に構築して、その文明が外部と接触したときの、戸惑いや軋轢さえも、丁寧に描写しているのが醍醐味。話の筋としては、この惑星の国家の一つカルハイド王国の高官エストラーベン卿と、エクーメンからの使節アイ(黒人!)との交流を軸に、エストラーベンの追放と共産主義国家のようなオルゴレインへの亡命、アイのオルゴレインでの矯正施設への収容とエストラーベンによる救出、そして極寒の氷河を抜けての脱出行...という冒険的要素で展開している。 まあ筋立てよりも、宦官的な印象を受ける「シフグレソル」という体面やら儀礼やらを象徴するカルハイド王国の社交文化、殺人はあっても戦争を知らないこと、蜂や蟻の社会性を連想させる共産主義国家オルゴレインなど、両性具有に由来を感じさせる文化の諸相、「ヌスス」という「無知」を重視した老荘風の哲学やら、イヌイットの言語同様に「雪」を表す多種多様な表現など、考えさせられる特異な文化の面白さに目を奪われる。さらに、 友人、友人とはなにか、どんな友人も新月になれば愛人に変わってしまう世界で?私は男性という性にとじこめられているから友人ではない。(略)われわれのあいだに愛は存在しない と脱出行の最中にケメルに入ったエストラーベンに戸惑うアイに、友情と理解と、その限界に対する諦念が立ち上る..... 友情というのは、互いに別な人格である、という前提でしか成立しえないものなのは宇宙共通の法則に違いない。それぞれの文明の固有な特質は、別な文明では完全に理解しきれないものかもしれない。それならば、文明同士の「友情」はありうるのだろうか? 実に重厚なSFである。ピーター・ディキンスンに近い実験的な文化人類学のテイストがあるので、ミステリ読者だとディキンスンが好きな方にはおすすめ。 |
No.791 | 5点 | 偽りの墳墓- 鮎川哲也 | 2020/12/25 08:08 |
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そんなにいいかなあ....
一応時刻表は出てきて「証明」みたいなことに使われるけども、アリバイトリックは別なやり方で、やや肩透かしに感じている。コントロールしきれない部分も大きいからね。しかもこのトリックは一般性のあるもののせいか、評者はあまりロマンを感じなかった。 トリックというものを、「事件固有の特質によるもの」か「汎用性のあるアイデア」と区別してみると、評者は「事件固有の特質」の方のがずっと面白くも感じる。まあだから、こういう汎用トリックの作品には「味付け」がもう少し欲しいとも思うんだ。 前半の話と後半、それに中盤の瀬戸内海行きあたりが、テイストが全然違う話で、相互に関連が薄いのが、ストーリーとしても弱いように感じる。鮎哲さん堅物だから、男女関係のドロドロに妙味がないんだな....本作不倫話が多いんだけど、作者がそれに反発しているタッチが目について、不潔感を感じてしまうのはどうかと思う。 鮎哲でもきっちりロマンが立ち上がる作品がいろいろあるわけで、本作あたりは熟成がやや足りないかな、という印象を受ける。良い点は作りが丁寧、というあたりだから、「職人技」ではあるんだけどもね。 |
No.790 | 7点 | ラヴクラフト全集 (6)- H・P・ラヴクラフト | 2020/12/23 22:04 |
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この6巻でホラーになる作品は「ばかめ、ウォーランは死んだわ」で有名な「ランドルフ・カーターの陳述」とやはりカーターが登場する「名状しがたいもの」の2作だけで、残りの作品はすべてファンタジーになるものばかり。このラヴクラフト全集でも特殊巻になる。しかしね、
(怪異を)全然信じていないからこそ、怪奇なものに心惹かれ、精緻に描写できる と言い放ったHPLだからこそ、そのホラーがあくまで知的な構築物なのに対して、この巻のファンタジーはよりHPLの個人性に密着してもいれば、作品的な「そつ」もあって、逆にHPLという「人物」が理解もできるし、親しみさえ持てるようになる。 だから、あくまでも「ホラーのクトゥルフ神話」に親しんだ後に「外伝」みたいに楽しむべき作品なんだと思っている。あれほど邪悪な外宇宙の邪神たちも、ファンタジーではヨグ=ソトースさえ「門の番人」ではあっても荘厳な神格として顕れる。だから正当な資格をもって門を通りたいカーターを助けてくれれば、ナイアルラトホテップもカーターが対等に騙し合いを演じるし、悍ましい食屍鬼の絵を描いたピックマンも晴れて食屍鬼の一員になり、食屍鬼の軍隊を率いてカーターに同行する...絶対性に翻弄されるホラーの「神格」ではなくて、あくまで対応可能な「性格」としてのキャラになって、まったく違うのがお楽しみ。 でしかも、HPL自身を投影したキャラ、夢見人ランドルフ・カーターのこの「夢」の世界が、 そなたはそなた自身の幼年期のささやかな空想を基に、かつて存在したいかなる幻よりも美しい都をつくりだしたのだ。 と評されるように、幼年期に夢みた空想の世界に基盤を持っていることを自覚的に示している。いや評者も齢をとったせいか、子供の頃のことなど、懐かしく回想することも増えてきたな...「前世の夢」とでも呼びたくなるような普遍的な「懐かしい」感覚が、本書のファンタジー作品だとビビッドに伝わってくる瞬間が、確かにある。 そんな特殊な6巻、HPL三大長編の一つ「未知なるカダスに夢を求めて」を収録。160ページほどの短い長編くらいのボリュームがあるに、一切章分けがないというのが、「夢っぽい」と思ったりする。脈絡がないようであるようで、そのまま繋がっているのが夢の世界なんだろう。 評者も懐かしい夢を見たい。 |
No.789 | 6点 | レイモンド・チャンドラー語る- レイモンド・チャンドラー | 2020/12/21 22:33 |
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この本は名目的には「チャンドラー書簡集」みたいに言われがちな本だけども、書簡自体を断章としてテーマ別に「語りなおした」ようなものだから、「一次資料」ってこういうもんじゃなかろうよ、と言いたくなる。しかも小説「二人の作家」と未完の遺作「プードル・スプリングス物語」を収録し、またチャンドラーによるミステリ論「推理小説についての覚え書」、ハリウッドでの仕事の感想(というか、業界に毒づいた)「ハリウッドのライターたち」、出版エージェントについてシニカルに考察した「あなたの人生の十パーセント」などの雑誌発表済みの雑文、それにD・J・イバースン宛書簡で、チャンドラーが「マーロウについて語った」手紙文(「こんな男は探偵にならない」とかよく引用される)を収録していて、チャンドラー資料集みたいなもの...
だけどね、それでも評者「二人の作家」がお気に入り、しかもこれはハヤカワのチャンドラー短編全集になぜか収録漏れなので、あえて創作側で扱いたいと思う。 「二人の作家」は、いい。夫婦作家が山奥のロッジに引っ込んで各々執筆生活をしているのだけども、男女関係以上に、作家としての創作の行き詰まりもあって、感情の齟齬から衝突してついに妻が出ていく...という話。だからミステリではない。でも描写が大変いい。ハメットで言えば「チューリップ」みたいな作品なんだが、感情描写をほぼ外見動作とセリフに畳み込んだ、ハードボイルドらしいハードボイルド文で、緩みがない。本当に好き。 それに比べると注目度の高い「プードル・スプリングス物語」は、冒頭4章だけ。マーロウがリンダと結婚して、新居を高級住宅地の「プードル・スプリングス」に借りて、新婚生活を始める。それでもマーロウは探偵を続けたくて、街に出て事務所を借りようとするが、街のヤクザと行きがかりがあって...というあたりで終わり。読みどころは1章のリンダとのやりとりで、金持ちの妻をゲットした夫、という自分の新しい役回りにスネて、攻撃的な皮肉ばっかり言っている(警句じゃないよ)。嫌味でヤな奴にマーロウが成り下がっている。 何回も没にしては最初から書き直して...というのが、書簡によるとチャンドラーの執筆スタイルだったらしい。だから今あるこの原稿は、もしチャンドラーが長生きしてたら、絶対に没だったと評者は思うんだ。チャンドラーが亡くなったから、「遺稿」扱いで「未完が惜しまれて...」になってるだけのもののように感じる。 全体に「チャンドラーって厄介な男だな」というのが感想。喧嘩っぱやい。どうやらハリウッドをしくじったのは、この本所収の「ハリウッドのライターたち」で、小説家視点だけの主観的な攻撃をハリウッドにしてしまって、ハリウッド子たちに単に嫌がられたことが原因のようだ。この後に書いている手紙だと、映画が単に小説の映像化ではないのを受け入れたようだから、後の祭りみたいなもののようだ。 自分の仕事に直接関わらない部分だと、さすがに客観的で冷静な評価ができて知性を感じさせるのだが、「自分のしたこと・すること」には、目が晦まされがちにしか見えないなあ。 私がものを書き始めたときにしたかったことは、魅力にあふれた新しい言語をあやつり、その言語を表現の手段として、知的でない考え方のレベルのまま、ふつうの文学的ムードでのみ言い得ることを言いあらわせるかどうかを試してみることだったのです。 だから俗悪でキッチュな素材というものも、チャンドラーの意図的な「やつし」というか、低廻趣味に近いものがあるようにも感じられる。そういう屈折と複雑性がチャンドラーの面白味なんだよね。ハヤカワ文庫だけに所収なので触られなかった「イギリスの夏」が、イギリスで教育を受けたチャンドラーの生来の資質に一番近い世界だったのでは、なんて思う。 |
No.788 | 6点 | まだらの紐 ドイル傑作集1- アーサー・コナン・ドイル | 2020/12/17 18:11 |
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この項は創元推理文庫のホームズのいわゆる「外典」を収録した本の感想を書く場であって、決して「冒険」収録の短編「まだらの紐」の感想を書く場ではないと思うんだがね....この本に収録されているのは、
「王冠のダイヤモンド」事件簿の「マザリンの宝石」の原型の一幕物の戯曲。事件簿「マザリンの宝石」は本当にこの戯曲を手直しただけのもので、かなり手抜き作業だったのがうかがわれる。戯曲の方は悪役はモラン大佐で、こっちのがまっとうな作品だと思う。この戯曲を「空き家の冒険」に流用したから、変則的なことになったようだ。 「まだらの紐」同題短編を膨らませて戯曲化したもの。三幕あって長めの作品だから、短編にはない場面も追加されている。姉娘の死を巡る検死審問やら、ホームズの部屋に妹娘以外の三人の面会人がいて、そのうち一人は恐喝王ミルヴァートン! だから追加部分もなかなか楽しいし、クライマックスも盛り上がる。ナイスな舞台劇だと思う。 いやだからさ、ドイルは本作を「密室トリック」物だとは、絶対思ってないと思うんだよ。暗闇で待機して、思いもかけないところから侵入してくる殺人者...というあたりのサスペンスをドイルは「面白い!」と思って書いているのが、この戯曲化でも窺われるんだけどなあ.... 「競技場バザー」「ワトソンの推理法修行」この2作はホームズの特徴的な推理法だけを抽出して書いたショートショート。「競技場バザー」はメタな仕掛けになっていて洒落ている。 「消えた臨時急行」「時計だらけの男」の2作は鉄道ミステリだが、ホームズは出ずに、犯人の告白で真相判明。ちょっとした不可能興味みたいなものがある。「消えた臨急」の方は犯行がなかなか大掛かりで、マンガチックな陽気さがあって、場面を想像すると面白い。映像にすると映えると思う。 「田園の恐怖」は田舎村の連続殺人事件の話。意外性が少しある犯人だが、露見は偶然。ホラー味を狙ったか。 「ジェレミー伯父の家」はワトソン博士みたいな経歴の勉強中の医者が友人の招待を受けて伯父一家の元で暮らすが、インド人の家庭教師と、伯父の秘書の奇妙な関係に気づく....インドを巡るロマン味が読みどころ。 「シャーロック・ホームズのプロット」は遺稿から発見された未作品化作品の梗概。出来は良くない。 「シャーロック・ホームズの真相」は、ホームズ復活前に受けたインタビューの内容。ドイルはホームズは気に入ってなくて..というその通りの内容。 というわけで、コレクターズ・アイテムだけど、「まだらの紐」と「競技場バザー」が面白い。一応「消えた臨急」は非ホームズのドイルのミステリでは有名作なので読んでおかないと...もあるし。新潮文庫の「ドイル傑作選」とダブるのは「消えた臨急」「時計だらけの男」だけだから、読む価値はある。 |
No.787 | 7点 | われはロボット- アイザック・アシモフ | 2020/12/15 20:54 |
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いわゆる「ロボット工学三原則」で有名な作品...なんだけども、実のところこの三原則を巡る思考実験みたいな作品集である。ロボットが示す奇妙な振る舞いを、この三原則を使って説明する筋立てが、実にミステリ的だ。原則+具体的な場面の状況で、抽象的な「原則」から実に多彩な局面が導かれる。中には大変奇妙なものもあるわけで、そういう「奇妙なケース」を小説にした短編が続く。
というか「デバッグの面白さ」みたいなものを強く感じるのだ。プログラムがうまく動かないときに、その挙動を観察し、推測に基づいて仕込んだデータを与えて、推測の通りの挙動をするか確認し...というようなプロセスの面白さを、実に体感できる作品集なのである。本作の例題は、というと、 ・セレニウムを取りに行かせたロボットが、貯蔵庫の回りをぐるぐる回るだけで、一向に戻ってこない「堂々めぐり」 ・人間が監視していると正常なのに、目を離すと無意味な行進をしだす「あの兎をつかまえろ」 ・第一原則Ⅱ「人間に危害が加えられるのを座視しない」がオミットされた実験体を、正常なロボットと区別するにはどうしたらいいか「迷子の小さなロボット」 ・完全無欠な理想的な立候補者に、政敵が「ロボットではないか?」という疑惑を投げかけた...「証拠」 というような問題。これらを「三原則だけ」を使って解決するのが、あたかもパズルのようである。そして、この連作を通じて、最初は不細工で能力も低かったのだが、どんどん人間に近づき、さらに人間の知性を超えるようなものへと進化していき...という大きな時代背景が語られるのも、また別の魅力的がある。 本作は「抽象性」が高いせいか、古びない印象がある。「鋼鉄都市」よりいいと思う。 |
No.786 | 6点 | 消えた消防車- マイ・シューヴァル&ペール・ヴァールー | 2020/12/13 15:39 |
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マルティン・ベック第5作。連続少女暴行殺人、銃器による大量虐殺、と派手な事件が続いたのとは一転、今回は地味。でもこの地味さがマルティン・ベックらしくて、いい。今回はベック自身よりも、部下の刑事たちの話が主力。
肉体派刑事のラーソンが助っ人として監視を命じられた家から、突如炎が燃え上がった! ラーソンの面目躍如の大活躍で家の住人たちを救助して表彰されるのだが、それでも4人の死者を出した。死者には監視のターゲットが含まれていたが、どうやらこの男がガス自殺を図ったのが、何かで引火したという結論で落着しかけた。しかし、鑑識が精巧な放火装置をターゲットのベッドから見つけだす....自殺した後で焼き殺された男、偽通報でわざと到着が遅らせれた消防車、不審な点が浮かび上がり、事態は複雑な様相を示してくる...マルティン・ベックの名前が書かれた紙を残して自殺した男はどうこの事件に関わる? そんな話。今回前半はラーソン大活躍。海軍軍人あがり、というのが87のコットン・ホースと同じで役回りも似ているが、ラーソンは実は名家の出身で独身で富裕、ファッションセンスもなかなか...と本作では意外な面を見せる。いやこういう刑事キャラ設定のちょっと捻ったあたりが、キャラ造形が王道な87と違う、このシリーズの個性だと思う。だし、刑事たちも仕事は仕事、プライベートはプライベートで、しっかり休暇も取って、と「仕事命」で刑事はビンボじゃないと、な日本人とは違うあたりが、なんかマブしい。 殉職したステンストルムに代わって配属された新人のスカッケは、古狸なコルベリにイビられて、ベックがたしなめたりするのも、このシリーズらしさ。本作のオチは、このコルベリ&スカッケのコンビでつけてみせるが、警察小説のリアリティってのは、「物事、きれいには進まないや」と、犯罪者も愚かな振る舞いを重ね、捜査側も失敗だらけの中で、どれだけ人間臭さが立ち上るか、ということなんだろう。 (個人的には、冴えないのに探し物の名手で、ゲスト的に登場するモーンソンがご贔屓。今回、ルン刑事の息子が無くしたオモチャの消防車を見事見つけだす) |
No.785 | 7点 | ワースト- 小室孝太郎 | 2020/12/09 21:00 |
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つい衝動買い。復刊ドットコムで出た2冊本の「ワースト」には、初連載作の「トライライトゾーン」も併載。ただしオマケの「アウターレックお試し版」はもうついていなかった...これは残念。
「ワースト」は「10年に1回くらい復刊される」イメージがあって、今回の復刊ドットコムの復刊がなくても、入手は超難しい、というわけではない。「トワイライトゾーン」や「アウターレック」の方がずっとレア度は高いんだけどね。今回の「ワースト」復刊では、連載時や今までの刊本の異同をチェックした完全版、ということになり、単行本でオミットされた扉絵なども別途収録し、ジャンプ巻末の著者コメントも収録、と徹底している。 で、内容は漫画では珍しいくらいの本格SF。人類文明の崩壊を描いた終末物なんだけど、「ワースト」という脅威に対して、生き残りの人類が「どう戦うか」が話の軸になっている。最初は謎の雨に打たれて死んだ人々がワーストマンとして蘇るゾンビ系ホラーだが、単に「怖い」だけでない。ワーストマンと戦いつつ生き延び、一旦南の島に逃れて態勢を立て直して、対抗手段を編み出していく展開で、本格的にSFでしかも三世代にわたる大河ドラマになっている。主人公も、野性的なカンで終末の到来を予感する不良青年の鋭二から、鋭二に救われた絆創膏の腕白坊主から成長し、冷徹な科学者になって生き残りの人類グループのリーダーになる卓、その孫の虚無的で反抗的な力へと移り変わっていく。最後の力は特にそうだが、必ずしも主人公がヒーローらしいヒーローでもなく、しかも「人類の終末」のなかで倒れていく。この陰鬱さは、少年マンガの域を軽く超えている。人類の進化をなぞってワーストマンも進化し手ごわくなり、さらに別の「ワースト」氷河期も迫りつつある、そんな「最悪の終末」の暗澹とした物語の中で、力はワーストマンを倒す手がかりを得るが.... この70年代初め、という時期は、マンガに一番アウトローな輝きがあった時代でもある。残酷というならジョージ秋山の「アシュラ」、永井豪だって「ハレンチ大戦争」でおなじみの主人公たちの首が飛び散る。マンガにも「売れ線」だとか営業だとか、売る側の都合とは無関係のマンガ家の「野性」があった。「大学生がマンガを読んで」と眉を顰められた時代であり、それゆえの暗い輝きがあった。この時代ならではの「終末」をテーマにし、終末の到来の中で主人公たちが無慈悲にも倒れる「ワースト」「ザ・ムーン」「デビルマン」という流れを、想定できるのでは...なんて思うのだが、いかがだろうか。 個人的な話だと、子供の頃って、風邪をひくと、食事はケーキでマンガを買ってきてもらえた。確か初めて少年ジャンプを親に買ってもらった号に、この「ワースト」が載っていた。いやそれも、一番のトラウマ回な第11話で、死んでワーストマンと化した鋭二の妻が卓を襲う...そして巨大キノコが街を破壊していくエピソード! 鮮明に記憶していた。ほかに「悪魔くん千年王国」が載ってたのを憶えているが「ハレンチ学園」「男一匹ガキ大将」がどんな話だったかは覚えがない...そんな評者8歳の出会いだった(thanks tider-tigerさん)。 |
No.784 | 5点 | 第三の男- グレアム・グリーン | 2020/12/07 21:32 |
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評者がこういうことを言うと何なんだけど、映画「第三の男」って名作と思ったことがないんだよ。いや、スチルは凄くカッコイイんだ。だからスチルのカッコよさに期待して映画を見ると、確かにスチルで見た場面は、ある。けどね、脳内で夢見られた「映画」には程遠い出来のようにいつも思ってしまう...要するに、映画的な面白さというよりも、スチル写真的な面白さでこの作品は出来ているんだ。あと言うと、この作品の「名場面」って、コトバで説明しやすい。まあだから、論評で褒めるのがやたらと易しい映画なんだと思う。
でその原作、というか映画を作るためにグリーンが書いた「小説」。けど意外にヘンテコな小説。キャロウェイ少佐の視点で書いているはずだけど、マーティンズの心理描写になったり、視点が動揺していて??となったりもするし、描写も説明不足でわかりづらい。マーティンズのハリー・ライムへの執着は、映画以上に同性愛的な感情のように見える。映画ではアメリカ人の単純さ・鈍感さという風に流れていくけどね。けどさ、イギリス人(小説)の西部劇作家というのも、フェイクなニセモノのわけだし、西部劇に同性愛のニュアンスを感じる、というのもあるんだよ。 まあ、映画もそうだけど、小説も妙に突き放したクールさがあって、そこがこの作品の場合、「良い」というよりも、「??」という方の印象になっているようにも感じる。ハリー・ライムって何なんだろう。大人コドモの部類なんだろうか。オーソン・ウェルズの個性からみると、そんな風にしか思えないなあ。悪党にしては、単に無責任なだけみたいだし。 というわけで、映画・小説共に「褒めない」のが評者の選択。アリダ・ヴァリは「かくも長き不在」あたりが一番キレイに思う。 |
No.783 | 4点 | マラコット深海- アーサー・コナン・ドイル | 2020/12/06 15:25 |
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ドイルの死の前年に出版された海洋SFで、実質中編くらいの規模だ。本作の中心人物はマラコット博士で、チャレンジャー教授ではない。まあ、いくら俺様気質のチャレンジャー教授でも、「チャレンジャー海溝はオレの名前から命名されたんだ!」とは言えないもんねえ(苦笑)太平洋はマリアナ海溝ではなくて、大西洋のカナリア群島のそばに、マラコット深海(海溝だろう)はあるようだ。
船から吊り下げた潜水函にマラコット博士、アメリカ人動物学者ヘッドリー(ワトソン)、それにアメリカ人の技術者スキャンランの3人が乗り込み、海溝を探検するが....巨大ザリガニのハサミで命綱を切られて、さらに海溝の最深部に潜水函は落ち込んでいってしまった! しかしそこにあったのは、アトランチス人の海底都市だった。 という話。なんで海底都市がそんなに海溝の中にあるの...とか、水圧とか、あるいはイギリスからのラジオ放送を受信するとか、科学的ツッコミをしたくはなるけど無意味だと思う。このアトランチス人の社会は、思考をそのまま映画にして見せる機械とか、もちろん水中生活を可能にする酸素や動力の供給、元素変換で海中にもかかわらずコーヒー(みたいなもの)を飲ませてもくれたりするくらいに、強烈に科学が発達している一方、フェニキアの人身御供で有名なモーロックの神殿があったり、風俗はエジプト風。しかも、主人公たちの面倒を見てくれるリーダーの名前が...マンダ。 円谷「海底軍艦」!? 評者くらいのトシの人だったら、こっちのツッコミの方が確実。唐沢なをき氏も同じツッコミをしているのを見つけた。ただし、ラスボスは龍じゃなくて、邪神バアル・シーバ、晩年のドイルらしく最後はオカルトのノリ(幸福の科学みたい)で、ハッピーエンド。 というわけで、科学に弱くてオカルトなドイルのSFで、ドイルの最後の小説みたい。 とりあえずドイル年代順に、ホームズ・チャレンジャー・ジェラール関連はコンプ。歴史小説までは手が回らないが、ミステリ系単発短編は別途やろうと思う。 |
No.782 | 5点 | 影の告発- 土屋隆夫 | 2020/12/05 11:05 |
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協会賞受賞作で、昔土屋隆夫の代表作の一つになっていた作品。けどね、今回読み直して一番過大評価、という結論になったのが本作。
不幸な運命の少女の独白が各章の冒頭にあって、その文芸調のロマン味で興味を引いていく構成なんだけど、「危険な童話」でトリックのキモが隠されていたうまい仕掛けの再現か...というと、本作は残念だけど、そういうことはない。この独白が何なのか、最後でわかるけど、実は結構興ざめな話。こうしたらアザトいだけだと思うんだがなあ。 土屋隆夫なので、捜査プロセスは丁寧、かつリアリティあり。しかし、肝心のトリックが....電話のトリックは分かりやすいし、しかも実は重大なリスクがあるのを誰もがツッコむんじゃないかな。ご当地小諸でのアリバイトリックは、小技部分は「うまくいったらラッキー」くらいのノリで仕掛けたリスクの低い仕掛けだから、まあいいとして、写真トリックははっきり、つまらない。 清張「時間の習俗」に刺激されたらしいけど、いやあれは「オリジナルへのアクセスが不可能」という不可能興味があるから面白いんであってね。本作だと気が付かない捜査陣が間抜けに見える。「時間の習俗」は犯人が写真はハイアマチュア、という設定だからトリックがアリと思うけど、本作は完璧素人。いくらモノクロ時代とはいえ、素人がやってバレないほど、あれは易しくない。検証過程を含めて、全体に写真知識が薄いように感じられる。たとえば鮎哲「準急ながら」だと写真トリックの検証をキッチリやっているから、その差も感じてしまう.... 昔読んでいるんだけど、その時も印象はよくなかった。評者は写真トリックを全然内容を忘れてたけど、忘れて当然のトリックだ。 |
No.781 | 7点 | チューリップ : ダシール・ハメット中短篇集- ダシール・ハメット | 2020/12/05 10:44 |
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さて、ハメットの短編集も評者はこれで打ち止め。小鷹信光氏が編纂した一番新しい短編集(というか、21世紀に新しく出た唯一の短編集)になる。メインは最晩年の「未完」の短編「チューリップ」。自伝的な「チューリップ」で言及される初期のスケッチ「休日」、それから雑誌翻訳こそあれ単行本未収録の「暗闇の黒帽子」「拳銃が怖い」「裏切りの迷路」などなど、完璧なハメット全集が日本ではない中で、翻訳漏れの作品を小鷹氏が一生懸命紹介しようとしている、その結晶の一つである。
まあとはいえ、「帰路」「ならず者の妻」「アルバート・バスターの帰郷」は小鷹氏自身の訳で河出文庫の「ブラッド・マネー」とカブる。評者も補追みたいな感覚で読むことにした。なので、未読作のみの論評とする。 「チューリップ」これは非ミステリ。晩年のハメットの自伝みたいな作品で。赤狩りで刑務所に服役したあとで、友人の別荘で静養していた際に、主人公の昔を知る旧友が訪ねてきて、昔話やらする話。その旧友が「チューリップ」という呼び名で呼ばれている。タイトで感傷を排した話だが、単なる日常スケッチで、オチがあるのかないのか微妙。リリアン・ヘルマンは「これで完結している」という理解だけど... 「理髪店の主人とその妻」倦怠期の夫婦の話。マッチョで男尊女卑な夫の仕打ちに、妻が反撃する。ハードボイルドってマッチョな印象があるけども、いやいやハメット、そんなことないです。 「拳銃が怖い」臆病で定評がある男が、勘違いからギャングに脅された...ウェスタン風の話で、その臆病男が意外な面を見せる。 「裏切りの迷路」オプ物。この短編集だとあと「暗闇の黒帽子」「焦げた顔」がオプ物。いや、これが昔「宝石」に載っただけ、というのが信じられない佳作。開業医の突然の自殺に、その妻に謀殺の容疑がかかり、それを晴らすためにオプが調査する。この自殺には意外な背景が...とかなり強烈な仕掛けがある。しかもその犯人に対するオプの裁きが痛烈。短編ベスト5には入れたい。 「最後の一矢」ショートショート。妻の反撃の小話。おまけみたいに収録。 とりあえず評者は「本になってる」範囲でのハメット短編は一応コンプ。それでも「犯罪の値」「厄介な男」「軽はずみ」「死体置場」「緑色の夢」「深夜の天使」「ついている時には」「紳士強盗イッチイ」「ケイタラー氏の打たれた釘」「ダイヤモンドの賭け」「不調和のイメージ」の11作は雑誌に訳が出たのみ。巻末の書誌によると未訳が「Esther Entertains」「On the Way」「This Little Pig」の3作(少なくとも)ある。弾十六さんが雑誌掲載作など頑張ってやってくれるようで、それを応援したい。 とりあえず読んだところで、短編ベスト5を選ぼう。順不同。 「夜の銃声」「裏切りの迷路」「新任保安官」「クッフィニャル島の夜襲」「蠅取り紙」 |
No.780 | 8点 | 半七捕物帳 巻の四- 岡本綺堂 | 2020/12/03 20:27 |
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さて半七の四巻目は、最初の4作が大正末年に書かれたもので、綺堂はとりあえず半七はこれで打ち切り、というつもりだったようだ。しかし昭和9年に野間清治に口説き落とされて、「講談倶楽部」に連載するようになった。だからこの巻の内容は、時間的なブランクがあって、5本目の「十五夜御用心」からが昭和の半七である。
やはり後半の昭和の半七は、プロットが複雑化している印象が強い。大正の半七だと、1話に2つの話が入っているケースもあって、語り尽くさずに余韻を残して、あっさり終わる傾向があった。また殺人が絡まないケースも多く上品な後味だったのが、昭和の半七になると、ずっとこってりした味わいになってくる。 大正末の「三つの声」は意外にパズラー風の面白味がある。ちょっとした言葉遣いから、半七が犯人の計略を見破る面白味。いや本作とやはり凝った詐欺を題材にした「仮面」は、「新青年」に掲載されたようだ。読者層を意識してミステリ色を強くしたのだろうか。「むらさき鯉」はお濠での密漁とそれをうまく引っかけようとする悪人との角逐の中で起きた死の話...とかなり込み入った話。 で、昭和は力作「十五夜御用心」で始まる。虚無僧と住持ら4人が井戸から死体で見つかる、派手な事件であり、話の紆余曲折があってページ数も多くなっている。投身者が抱えていた蝋燭の芯が金の延べ棒...という怪死事件を追う「金の蝋燭」、浅草観音の御開帳での縁で嫁に入った女の自殺事件を追う「大阪屋花鳥」、絵馬マニアの暴走とそれを強請る悪人の「正雪の絵馬」などなど、読み応え十分な話が続く。 まあだから、昭和の半七の方がやはり「捕物帳」らしいカラーが強くでてきたようにも感じる。すでに「右門」も「平次」も始まっている時代だからね。それでも後続の捕物帳とは一線を画す格調とリアリティがあるのは、さすが別格、という印象。 評者のように、ホームズ、コンチネンタル・オプと並行して読んでいると、やはり半七はオプと並んで、ホームズの一番まっとうな後継者のようにも感じられてくるのだ。犯罪事件を通じて、社会の表も裏も描いて見せる、そういう鳥瞰的な「社会へのまなざし」を継承したのが、「パズラーの名探偵」たち以上に、半七とオプだったのでは...と思うのである。半七もオプも、ホームズ同様に読むと彼らが「生きた」社会が作りモノではなく立ち上がってくる。この面白味なんだと思うんだ。 (あとどうでもいい話。江戸の粋な食べ物。この本だと半七、「あられ蕎麦」を食べている。いいな~青柳の貝柱が乗っているかけ蕎麦。今はよほどの老舗しか出さないらしい。一度食べたい。) |
No.779 | 6点 | 影男- 江戸川乱歩 | 2020/11/30 23:28 |
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戦後の乱歩というと、何か気の抜けたような小説ばっかりなんだけど、本作と「化人幻戯」「十字路」は乱歩還暦記念と銘打って書かれた、最後の大人向け長編のグループになる。映画シナリオのノベライゼーションの「十字路」は乱歩臭が薄いし、「化人幻戯」は意識してパズラーを書こうとしたし....で「影男」は乱歩通俗長編の総集編みたいなものである。
だから「乱歩らしいね」といえばこの3作のうちで一番「乱歩っぽさ」はある。既出ネタ多数...だけどね、やはり「好きな」ことだから、それなりに筆は乗る。「化人幻戯」だと文章が弛緩して古臭く感じるけども、本作だとそれなりにはテンションを感じるね。 本作の主要人物は、猟奇の冒険者「影男」、犯罪トリックの実践者で殺人請負会社を経営する須原、それに地下パノラマ世界の創造者の3人。でこの3人は言うまでもなく乱歩の分身たち。最後はこの乱歩の欲望を罰するかのように、明智小五郎が一網打尽する。そうするとこの闇のヒーローたちのなんと卑小なことか(泣)ここは最後なんだから、せめて影男くらいは明智の手から逃亡して欲しかったよ。明智自身もこの3人とそう大して違う存在じゃないんだからね... まあそれでも、名場面としては ・底なし沼に沈む女(スカートが花弁のように...) ・ナイフで斬り合う男女(SM) ・密室トリック があるし、パノラマ世界描写もかなり充実。評者「乱歩ランド」がもし出来たら、絶対通いつめると思うよ。 |
No.778 | 6点 | おとなしいアメリカ人- グレアム・グリーン | 2020/11/29 22:01 |
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グリーンというと、たとえば「情事の終り」みたいに探偵小説的技法で「神」を追求するとか、思想小説であってもミステリの側面を持ってたりする作家なんだけども、ベトナム戦争(といってもフランスが正面に立っていた50年代の話)を題材に、一種のスパイスリラーでもあり、倒叙でもあり...というような構成のもとに、複雑な三角関係になぞらえて古きヨーロッパと、若く無邪気なアメリカが対立しつつ、この両者に挟まれる「女」としてのアジアが...という政治小説といってしまえば、まあそう。
イギリスの新聞からのベトナムへの特派員として、ベトナムに滞在する記者ファウラーは、イギリスの妻を捨ててベトナム人のフォンと同棲していた。そこに「おとなしいアメリカ人」の若者、パイルが登場する。表向きはアメリカの経済援助使節団の一員だが、秘密任務を帯びていると噂されていた。パイルは無邪気で、自らの正義と善意に疑いを持たず、直情径行の好青年であるのだが、ヨーク・ハーディングという政治評論家が書いた現実離れした政治分析を盲信して、「共産主義の脅威」から東南アジアを守るための「大義」のために秘密の策動を行っているらしい....この青年が、ファウラーの恋人フォンに一目ぼれした。パイルとファウラーはフォンを巡って三角関係になるのだが、パイルは無邪気に正々堂々とした騎士的な態度をとり続け、ライバルのファウラーの命を救ったりするエピソードもあって、フォンはパイルの元に奔ることになる....果たして、パイルは何者かの襲撃を受けて殺された! と梗概をまとめると、スパイ小説風なのだけども、実際にはファウラーとパイルの恋のライバル、だけど腐れ縁、といった奇妙な関係の面白味で読ませる小説である。パイルの単純さや無邪気さにファウラーは苛立つのだが、このパイルのバックグラウンドにある文化はもともとはファウラー自身が属するヨーロッパのものであることは間違いのないことだ。しかし、アメリカはその「文化」を単純化して、しかも「若さ」によってそれをアジアに押し付けようとするのだが、それはヨーロッパがもはやアジアを押さえつける力を喪失しかかっているからだ...これをファウラーは否定きれない。 あの男は自分が他人に与える苦痛を感知する能力がないように、自分自身に迫る苦痛や危険を想像する能力もないのだ このファウラーの苛立ちは、パイルが山賊まがいの軍閥領袖と組んでこれを「第三勢力」として担ぎ上げ、無差別テロの黒幕となるに至って、押さえきれないものになる....このような感受性の物語として描かれているように、評者は感じる。ファウラーは自己の感じやすさゆえに、あえて自らに目をつぶるのだ。これは一種の叙述トリックなのである。 |
No.777 | 7点 | 狼には気をつけて- 遠藤淑子 | 2020/11/29 09:46 |
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マンガでミステリ。今回はハードボイルドな私立探偵の話。
NYの私立探偵、キース・フォレストは、IT有名企業のA・C・アーヴィング社が出した、ボディガード大募集の新聞広告を見て、選考会場へと。そこで.... はい、マンガですからね、金ダライが降ってきて、タライに当たらなかったキースが「大当たり!」。 上から降るものと言えば金ダライか一斗カンかヒョウタンツギだからよ。能力はどうでもいいのよ。とりあえず運のいい人が雇いたかったの。 と、説明するのは10歳の少女、アレクサンドラ、愛称アレク。キースに依頼された仕事は、この少女アレクのボディガードとして、明日カリフォルニアの祖母の「お見舞」に同行すること。しかし、この「お見舞」に一番に駆け付けた孫には、一族の後継者の座が約束されるのだ。それぞれ非合法の妨害活動も辞さないライバルが3人。「君の仕事は私の盾よ」未成年は同行者が一人許されるために、キースはアレクのボディガードとして雇われたのだった! このアレク、実は6歳でMITに入学して3年で卒業した天才少女。父親が経営している優良企業のA・C・アーヴィング社を、アル中で廃人の父に代わって、陰で実質経営しているのがアレクだった...と、年に似合わない知性と行動力を備えた少女。しかしそれでも女の子で、時にはコドモらしい想いに捉われたりもするのだが、なにせ身体的にはか弱い。このアレクを守る「盾」であり、破天荒なアレクへの「お目付け役」でもある、相方の役目をキースが果たすことになる。 作者は、ハートフルコメディの名手として90年代を中心に白泉社で名を馳せた遠藤淑子。いや遠藤淑子のマンガって、実は「ミステリ」に類別される話がものすごく多いのだ。「エヴァ姫」「マダムとミスター」など、一見ミステリとは無関係に見える話でも、起きる事件はかなりハードにミステリ寄り。「エヴァ姫」でも連載第二話になった話なんて、絵画の身代金を要求される話で、ギャグタッチがなんその、絵の隠し場所などトリッキーなアイデアも含んでたりするわけで、実のところ「少女マンガのオリジナルのミステリ作家」としては、なかなかイイ線を行ってる作家だと評者は思ってる。 初期に「ハネムーンは西海岸へ」で私立探偵主人公のミステリがあるんだけども、満を持してシリーズとして書いたのがこの「狼には気をつけて」になる。アレクorキースが2話に一度は殺されかけるくらいの頻度でハードなアクションがある。産業スパイをあぶりだそうと仕掛ける第2話、警官時代に誤射で死なせた恨みをキースが受ける第3話、環境テロ団体に社長と間違われてキースが誘拐される第7話、ゲイの間での事件を捜査する第12話(キースがルミノール反応を実演して見せる)などなど、ハードな事件をアレクとキースの名コンビで事件を解決していく話になる。でこれがやはり遠藤淑子、ということもあって、実にハートフルなイイ話にになっている打率が極めて高い。遠藤淑子のピークの作劇能力の凄さが味わえる名シリーズである。 ベッドの下にオバケがいないかどうか、見てくれない? OK,すぐ行くよ |
No.776 | 6点 | シャーロック・ホームズの事件簿- アーサー・コナン・ドイル | 2020/11/29 09:28 |
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ホームズ最後の短編集。何か皆さん評判よろしくないな...いや、「這う人」のトンデモ、「三人ガリデブ」「隠居絵具師」の自己模倣とか、ツッコミどころが多いのは先刻ご承知の上なんだけどもね。(「ライオンのたてがみ」は一時実在しない、と言われてたのを信じてたが、間違ってたみたいだ)
こうやって改めてホームズを時系列で通読すると、評者はこう感じるんだ。「冒険」で確立したいわゆる「ホームズのパターン」を、後の本格史観で「聖典」として崇めることになるのだけど、意外にドイルの「やりたいこと」とこれがズレていたんだろう。だから「回想」以降のホームズは、ときおり「冒険」パターンを採用することもあるんだけど、実際には多様な方向に展開していくことになる。個別の作品でうまくいったものもあれば、失敗したものもあるのだけど、総じてのちの本格読者の期待する方向をドイルは決して向いていなかった.... だからね、「ソア橋」だけを褒める(あるいはグロースにある、と批判する)のは、「ホームズを楽しむ」読み方じゃない、と評者は思う。小説的な力量が落ちているのは否めないし、あくまでホームズがヴィクトリア朝の人間で、第一次大戦後の世界に根差すことができない「懐メロ」なキャラになってしまったのも、大きな弱点ではあるんだけどもね。 そういう意味だと、評判が悪い作品だから褒めるのがなんなんだが、「マザリンの宝石」が、舞台劇風の三人称小説で、ハードボイルド風の味わいがあるのが、逆に評者は面白い。いや実はこの作、「帰還」でホームズが復活する前に、オリジナル舞台劇「王冠のダイヤモンド」を書いたのがずっと埋もれていて、この着想を流用して「空家の冒険」を書いてしまった。それをまたこの時期に改めて小説に仕立て直した、という経緯があるらしい。あまり戯曲と変わっていないんじゃないかな。読んでいて舞台効果が目に見えるよう。小説の人の出入りのさせ方など、戯曲のまんま、という印象。 こういう推理もトリックもない、騙しあいに主眼を置いた暗黒街小説としてのホームズが、第一次世界大戦での「世界の崩壊」によって、ハードボイルドに転化した、と改めてコンチネンタル・オプにホームズを直結したいように感じるのだ。 (「三人ガリデブ」で負傷したワトスンを気遣うホームズに、萌える。すまん) |
No.775 | 10点 | 天城一の密室犯罪学教程- 天城一 | 2020/11/29 08:50 |
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以前評者が「ブラウン神父の童心」について、チェスタートンは社会批評の目的から「逆説」を導き出しているのであって、純探偵小説的トリックとして読んでしまったら、チェスタートンの意図を大きく損なうことになる、と書いたのがご不評のようだったんだけど、いや実は天城一、ほぼその通りのこと、書いているよ。「見えない人」の「逆説」というのは、「トリック」なんかじゃなくて(実際犯人は何も仕掛けない)、社会が抱え込んだ大きな逆説・矛盾をそのまま提示しただけなんだ。
まあ評者は、70年代のアンソロやら幻影城やらで天城氏の短編って結構親しんではいたから、図書館でこの単行本を見かけたときに「読まなきゃね...」とは思っていたんだけど、文庫になってるじゃん。驚き。こんなに商業性の薄い本が、ねえ。逃がせないので即購入。いやいやどこを切っても天城氏の想いが炸裂した、ある意味「アマチュア」な視点が卓越した本で、評者は極めて共感した。「アマチュア」というのはね、いわゆる「本格史観」、日本のミステリ受容史に由来して、日本固有の「マニア根性」で歪んでいるので、海外ミステリでの受容とは大きく乖離したミステリ観に染まらない、という意味でだね。だから本書に収められた乱歩に対する「献詞」、おそらく日本で書かれた最高の乱歩批判、なんて全ミステリ読者に強制的にでも読ませたいくらいである。 「トリックというものは、探偵小説にとってそれほど尊いものか?」 釈迦に説法で恐縮でございますが、トリックということばは日本語で、しかも先生の御造語でした。英米の探偵小説社会ではトリックなどという英語はないことを、先生はよくご承知のはずでした。 探偵小説は読者に参加の夢を与えると称しながら、実際には読者を操作するにすぎませんでした。 いやこの乱歩が作り上げた「本格史観」が、もちろんこの「本格史観」を批判して「トリックよりロジック」を主唱した都筑道夫もいれば、ミステリ自体の多様な展開、近年の「日本ミステリ受容史に縛られない」古典紹介の流れもあるのだけども、今に至るまでとくに「マニア」を自称する人の多くに牢固として生き続けているのが、本当に不思議なことでもある。 だからこういう「ミステリの哲学」の上に書かれた、天城一のミステリが一種の「メタ・ミステリ」な色合いを持つのは当然のことである。それ自身、過去の作品・日本社会・ミステリ観に対する痛烈な批判であるような「ミステリを超えたミステリ」でなければならない。少なくともこの野心を「高天原の犯罪」と「盗まれた手紙」を満たしている...というのが、単に眼高手低な理論家だ、と言えない強烈な意義を持っている。 「盗まれた手紙」はもちろんポーのそれに対する挑戦である。本作を「トリックの話」と読めば、そう読めるのだけども、もちろんこれは天城の罠だ。いや「犯人が捜査を撹乱するために仕掛けるトリック」ではなくて、これは「反トリック」の話なのだ。 ポーが、天才の心と卑俗な心とを併せ持った偉大なポーが、我々の《心理的盲点》を指摘して以来、捜すものが見当たらぬのは心理的盲点のためだと信ずる。 そういう「盲点の盲点」を天城は指摘する。「楽観的だから《真実》ではない」。 「見えない人」に対する天城の挑戦である「高天原の犯罪」は 発想は明白なものは見えないという護教的な主張 とチェスタートンの本質をえぐって見せた分析の上に構築されている。だからこれはトリックではなくて、「社会の逆説」だと。この作品が新興宗教団体を舞台に書かれてはいるのだけど、実のところ天城が戦前に遭遇した天皇の行幸の体験に根差した話なのである。現人神は見てはならないのだから、日本の「見えない人」というのは天皇のことである。 今年は三島事件50年というのもあって、この秋には三島関連本もいろいろ出たりして、評者もいろいろ考えることもあった。「などてすめろぎは人間となりたまひし」と三島が第二次大戦の死者になりかわり天皇を恨んだトラウマを、終戦直後をほぼすべて舞台とする摩耶モノで、天城も共有するのだ。この「高天原の犯罪」の「犯罪」は「天皇の戦争責任」を暗に諷しているのだろう。現人神は殺されることで「人間」となり、ひれ伏して天皇を「目にしない」臣民が、人間天皇を見てもあえて目を背けるのはその「戦争責任」なのだ。実のところ象徴天皇制は臣民が自らの戦争責任に目を背けるための「道具」だ。かくして「見えないものは存在しない」と戦後社会は「見えない人」を本当に「見えな」くしてしまう....いや三島の主張って、こういうことだろう? 評者にとってはたまたまの天城と三島の遭遇なのだが、何か図ったようなものを感じなくもない。「高天原の犯罪」は日本戦後短編ミステリの最高峰である。 |
No.774 | 3点 | 大富豪殺人事件- エラリイ・クイーン | 2020/11/25 09:20 |
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中編2作を収録なんだけど、最初の「大富豪殺人事件(殺された百万長者の冒険)」は、クイーンの名前をミステリファン以外にも有名にしたラジオドラマ・シリーズ「エラリー・クイーンの冒険」の初回放送に当たる台本を、ノベライゼーションしたものである。ラジオ台本はダネイ&リーで書かれたものだけど、ノベライゼーションは別人の手になるもののようだ。「推理の芸術」によると「匿名のライターによって、読むのがつらくなるような子供向きの散文小説に書き換えられ」と文章が酷評されている。まあ訳文だとらしくなく薄口の印象。この60分のラジオドラマでは「視聴者への挑戦」があって、ドラマを止めて当初は有名人(リリアン・ヘルマンとか写真家のバーク・ホワイトとか)をスタジオに読んで推理させていたそうだ...けど、このノベライゼーションでは「読者への挑戦」は入っていない。エラリーの推理(正解)も大したものじゃないしね....ラジオドラマでも駄作の方だろうけども、第1作、というのがあってのノベライゼーションなんだろうか。
で「ペントハウスの謎」はこのラジオシリーズが成功したことで、映画にクイーンが再進出したコロンビア映画のシリーズの第2作を、やはりノベライゼーションしたもの。第1作が「ニッポン樫鳥」が一応原作だったが、これはとくに原作なし。オリジナルのスパイ小説風スリラーのシナリオに、最後にラジオドラマの「三つの掻き傷」(ノベライゼーション・録音ともにないそうだ)をエラリイの推理として加えたものだそうだ。まあ確かに、小粒だけど推理自体はクイーンらしさはないわけでもないか。でも、日中戦争での国民政府を応援するアメリカの立場を背景にしたスリラーの筋立てには、クイーンはまったく関係していないようだし、ノベライゼーションにも無関係のようだ。 ヒロインのニッキー・ポーターが不愉快なバカ娘。エラリイの足を引っ張ってばかりのような印象。ダネイが回想して「どの一作をとっても、残りのどの作よりもおぞましい」と評した映画シリーズだったようだ。 まあだから、一応ダネイとリーが両方とも関与はしているけども「クイーンの基準」を満たしているとも言い難いようにも思う。「恐怖の研究」レベルと見た方がいいだろうね。 興味本位だがこのシリーズの映画題名を列挙しておこう。「名探偵EQ」「EQのペントハウスの謎」「EQと完全犯罪」「EQと殺人の輪」「EQ危機一髪」「EQ絶体絶命」「EQ対スパイ組織」の7作作られた。 |