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クリスティ再読さん |
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平均点: 6.40点 | 書評数: 1378件 |
No.878 | 6点 | セラフィタ- オノレ・ド・バルザック | 2021/10/13 08:23 |
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リアリズムの帝王バルザック。でもこの人、浮世離れした「哲学者」が主人公の作品があったりするわけで、「リアル」とは人間の活動分野全体を平等に観察すること、と言ってもいいのかもしれない。
でもね、本作は強烈に異質。「宗教」とは言っても幻想のうちに、神と人とが媒介なしに結び付く神秘主義の世界を借りて、神人が人間としての生を終えて熾天使として神の元に参じるプロセスを描いた....という奇書の部類である。 ベースになるのはスウェーデンボルグの神秘哲学だから、今みるとキリスト教色が強いけども、20世紀以降の「スピリチュアル」の間接的な先祖にあたる神秘思想と言ってもいいだろう。バルザックなんて自身の母親譲りでスウェーデンボルグにハマっていたらしい。まあだから、主人公が縷々述べる科学哲学と信仰の問題は、事実上カント哲学批判なんだけども、読み流しても大丈夫だ(と評者は断言)。 しかし、セラフィタ、といえば....両性具有テーマ。バルザックだと「サラジーヌ」もあるからねえ。主人公であるセラフィタ・セラフィトゥス男爵令嬢(でいいのかな?)は、遍歴の科学者ウィニフレッドと地元の牧師の娘ミンナの両方に恋されるのだが、男性のウィニフレッドには女性のセラフィタとして、女性のミンナにとっては男性のセラフィトゥスとして顕現して、この二人の愛を退けつつも、その愛を神への愛へと昇華させるべく、自らの死と変容の目撃者にする、というのがおおまかな話の流れ。 だから、「闇の左手」みたいなジェンダーSF的なカラーが今読むとあることになる。なので詳細な宗教科学哲学の議論は横目に眺めて、ノルウェーの荒涼とした冬景色と春の到来を描く自然描写を背景に、セラフィタ/セラフィトゥスの神秘の婚姻をジェンダーSF風に楽しむのが今はいいだろう。 花崗岩よ、さようなら。汝は花となるであろう。花よ、さようなら。汝は鳩になるであろう。 宗教科学哲学のややこしい議論を吹っ飛ばす美が、やはり一番の楽しみである。 |
No.877 | 10点 | 黄色い部屋はいかに改装されたか?- 評論・エッセイ | 2021/10/10 17:37 |
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中学生時代に読んだきり。図書館本だから手元にあったわけではなくて、先日改めてフリースタイルからの増補版を購入して読み直したのだけども....評者個人としては、きわめてショッキング。
もちろん、評者自身がこの評論に強い影響を受けているのは自覚してますよ。「本格ミステリ」って呼ばずに「パズラー」って呼ぶのなんて、モロにこの本の影響。でもね、このサイトでパズラーに絡んでいろいろそれこそ「挑発的」に書いた内容の多くが、実はすでにこの本で都筑が言っていることを繰り返しているだけだった....それこそ、「げ~ここまで影響受けてたか!」というのが、そのショック。もう50年以上前に発表された評論なんだけどね。評者なんていまだにタダの都筑亜流の「改装主義者」ですよ、ほんとに。 しかしね、何で今でも評者が「改装主義者」でありうるのか?というのはまた別な問題。要するに、この本は都筑道夫が推し進めた「ミステリのモダン」の頂点に位置する評論のわけで、そういうモダニズムというのは、「歴史主義」ということと同じ意味なわけだ。ミステリというものをポオから徐々に発展していって、歴史的により巧緻に、かつ自然で小説としての納得のいくものを、目指していった「プロセス」として捉えて、その「プロセス」を参照しながら実作と評論を両立させようというのが、ほかならぬこの本の立ち位置だ。 しかし、この本以降の日本のミステリの進路は、「モダニズム」ではなくて、「ポスト・モダニズム」に屈曲していったわけである。とくに日本の新本格というのは、ノスタルジーとしての「探偵小説の枠組み」を再度取り上げ直して「モダンのプロセス」を意図的に無視するところから始まったわけだ。歴史は好きなように再配置してかまわないし、引用的な身振りさえもまた「マニアらしさ」として、別途評価されてしまう.... つまり、この本の議論が無効になったわけではないのだが、ある意味ミステリ自体が「どう進化すべきか?」という進路が見失われ、それを無意味とする拡散の側にシフトしたために、「野暮」にもなっている、ということのなのである。「今さら、言うなよ」とでも言えばいいのかな。「パズラーだから、かくあるべし」の規範が失われたと捉えるのなら、そもそもこういう大上段のパズラー論自体が不可能になりつつもあるわけだ。 だからこそ、この本は本当に「時代の一つの頂点」を作り出したピーキーなミステリ論である。改めて、ここから「どう始め直すか?」を問い直すのも、必ずしも今無意味ではないと思いたい。 ちなみにこの評論での「トリック否定論」は、実は天城一も「密室犯罪学教程」で同等の議論をしているし、「トリック至上主義」の開祖として乱歩を指している面でも、この論を継承した立場だと考えてます。併読を勧めます。 (あと、フリースタイル刊の造本が、昔のポケミスの造本のコピーなのが、オールドファンにとってはやたらとうれしい) |
No.876 | 8点 | 真夜中に唄う島- 朝山蜻一 | 2021/10/09 19:43 |
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「昭和ミステリ秘宝」って扶桑社のこのシリーズ名がイイんだけども、朝山蜻一くらい「秘宝」度の高い「Theミステリ秘宝」な作家もいないですよ。評者ご贔屓だから、以前「白昼艶夢」取り上げて、「誰か他の方も、する?」なんて期待していたのですが、まだ誰も現れていないのが残念です。人並さん、しませんか?
で、この本は短めの長編「真夜中に唄う島」と、1976年に「幻影城」に連載された「蜻斎志異」シリーズ全12作を収録。朝山蜻一は旧「宝石」作家だから、名作はほぼ50年代に固まっていて、「真夜中に唄う島」は著者の集大成なスペシャル編的長編。これ書いた後は、沈黙して、幻影城での連載で復活。一応本名名義の短編集を間に出しているけども、ミステリ路線ではないらしい。 「真夜中に唄う島」は要するに「ソドム百二十日」。愚連隊5人がバーの女給を輪姦した後に、その女給が殺されいるのが発見された。追求から逃れるために5人+愛人の初枝は、富士一郎という男が南海の孤島に作り上げた「あらゆる倫理・道徳から解き放たれたユートピア」に逃亡することにした。その船中で初枝の愛人粕谷が毒を盛られて殺された...なんていうと、ミステリっぽいんだけど、ただの枠組み。著者の趣味(SM・ボンテージ・ラバー趣味、あと同性愛とファリック・ガールも?)を全面展開したユートピアとその崩壊を扱った観念小説みたいなもの。「ソドム百二十日」はちゃんとオチが付かないから妙なスケール感が出るのだけど、この小説は足早にオチが付いちゃうのがかなり残念。ユートピアがディストピアになるのって、珍しいわけじゃなしね。集大成でリキが入っちゃったせいか、この人独特の「SMの水木しげる」みたいなユーモア感が出ないのも難。 だけどね、「蜻斎志異」、これは、いい。ガチなミステリ専門誌として伝説的な「幻影城」に連載したクセに、「ミステリ、やる気なし」。実際、オチがあるのかないのかよくわからないような作品もあって、「オチがない」ことによって、不思議と「オチ」ているような、ヘンな感覚。「奇妙な味」と呼ばれるジャンルがあるんだけども、朝山蜻一はニッポンの「奇妙な味」の第一人者じゃないかしら?「風俗小説」の保守性を蹴飛ばした、ジャンル感無視のオリジナルなテイスト。星新一が近いといえば近いけど、さらにフリーダムで予定調和もガン無視。 たとえば、「怪談ホストビアズア」は淀橋浄水場を巡る因縁話があるのに、その三角関係の女性が惨劇を知って新宿西口をストリーキング(分かる?)して駆け付ける奇妙さ....あるいは「与之介一代」がトルコ風呂経営者と女占い師の腐れ縁な生世話物なのに、オチがアカンベエする「かぐや姫」な豪腕。「ブラックホール」がハモニカ横丁のママが抱える「ブラックホール」!ここらへん、読んでいて思わず吹き出すくらいの奇想天外。こんなヘンな話を書ける作者、いないと思う...いや、マジにだって。 しかし、話のヘンさの中にキラリと光る情愛の深さが見えて、ついついほろりとさせられるのも、この著者らしさ。新婚初夜に夫の元を飛び出た新妻の狙いが「最良の妻になるために、100人の男というものを知るため」な「一〇一夜物語」の、あるいは著者自身を投影した「初恋」の純情さに、妙に打たれる... まさに、「秘宝」の名に恥じないです。素晴らしい。評者は朝山蜻一が描く「女性の強さ」が本当に好き。男目線のエロ作家じゃ、絶対ありませんよ。 |
No.875 | 6点 | ド・ブランヴィリエ侯爵夫人- 中田耕治 | 2021/10/04 18:30 |
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本サイトだとハードボイルド小説の翻訳家として親しまれて(まあ、まあ)いる中田耕治氏。いやこの人結構活躍は多彩で、国産ハードボイルドの実作もあるし、演劇人としての活動も重要。しかも70年代くらいからは澁澤龍彦と一緒になって暗黒耽美の方面へ...
で、本作が暗黒耽美な中田耕治の転換を告げた評伝。扱われているのは本サイトだと泣く子も黙る「火刑法廷」の真犯人(苦笑)、ブランヴィリエ侯爵夫人。ルイ14世治下のフランスの毒殺魔として、陰惨な火刑法廷と拷問の末に斬首&火刑で果てた女性である。中田氏は澁澤龍彦の書いた小論に刺激されて本書を書いたのだけども、あたかも中田氏からの澁澤へのラブレターみたいに見えるのが、何と言っても面白い。 ド・ブランヴィリエ侯爵夫人の行為は、女としての行動の一つの極限であって、私には、悪というものに肉体がどこまで耐えられるのかという命題に用に思える。 と中田氏は総括する。ほぼ半世紀前の女性シリアルキラーで、同じく特権的な大貴族というバックで殺人を繰り返したエリザベート・バートリが、冷感症のサディスティックな表現として、領民の女性を徴発して殺したのとは対照的に、ブランヴィリエ侯爵夫人は極端なニンフォマニアとして、協力者であるゴオダン・サント・クロア(カーだとゴーダン・クロス)などを魅了し、ほぼ遺産目当てで自身の親族に毒を盛る。ドメスティックな範囲に完全にブランヴィリエ侯爵夫人の関心が制限されていて、それがまったくエリザベートとは対照的な「悪」のあり方である。一番面白いのは、関係の冷え切った夫に怒って毒を盛るのだけども、思い直して解毒剤を与えるとか、毛嫌いする自分の娘に加減して毒を盛って、病身の娘を熱心に看病する...あたかも、ブランヴィリエ侯爵夫人の毒殺はひねくれた愛情表現であるかのようなのだ。 まあだから、このブランヴィリエ侯爵夫人の内面性というのは、女性性の極みみたいな部分がある。中田氏がのめり込んだのはそういう面ではないのかな。 評者が読んだ本は伝説の薔薇十字社からの刊本。いやね....実に造本が美しい。装丁は宇野亜喜良。漆黒のボール紙で表紙をつくり、赤のインクでタイトルとポイントのイラスト。開くと見返しが赤と青の雲のような文様の鮮やかさがショッキングなほど。装丁で伝説になった薔薇十字社の「美」を堪能できる造本が一番の買い。 |
No.874 | 6点 | 紺碧海岸のメグレ- ジョルジュ・シムノン | 2021/10/03 16:12 |
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皆さまご無沙汰しております。復活いたします。
復活にメグレ、というのも評者らしいでしょう。初読。「自由酒場」なんて読んでるわけありませんよ(苦笑)。 ヴァカンスだ!緑やオレンジに塗られた船縁に寄りかかって、波紋のゆらめく水底を見つめたり....。傘松の木陰で、大きな蠅のうなりを聞きながら昼寝をしたり...。 知り合いでもない男、たまたま背中をナイフで一突きされた人間のことなど、知るもんか! 第一期メグレは結構アウェイの作品が多いように感じるのだけど、特に本作、メグレらしからぬ陽光のコートダジュール! 相棒の刑事も遊び人風、街は3月というのにヴァカンス気分...とメグレにしてはやりにくいったらありゃしない。気分はノらないまま、しかし被害者がどこかしら自分に似ている、と感じるあたりでメグレはこの事件の真相に自然と肉薄していく... 舞台は華やかなリゾートなんだけども、裏通りの常連さん向けシケた「リバティ・バー」がメインの舞台になるあたりが、いかにもシムノンらしい。「モンマルトルのメグレ」だって観光地の裏にあるストリップ小屋が舞台だし、「ストリップ・ティーズ」でもカンヌの裏通り。しかも被害者はシムノン定番の、社会的成功を収めても、急に成りあがったブルジョア社会が嫌になって、自らドロップアウトしたがる男....シムノンらしさは全開。 なので、シムノンっぽい雰囲気を味わうのはオッケーなんだが、事件や展開はもう一つのところがある。被害者に元スパイの経歴があるとか、プチブル的引退生活とか、この部分があまりちゃんと話として効いていない。当初の構想から、「リバティ・バー」の自堕落だけど居心地のいいあたりに、あとでシムノンの筆がウェイトを移したとか、そういう事情があるのでは。 でも次作が第一期メグレのほぼ最終作「第一号水門」。この作品だと引退が迫って自らの進路に迷うメグレの姿が描かれるわけで、本作の「ヤル気ないメグレ」にも、実はそういう「リタイアを目前にした惑い」みたいなものがあって、それを被害者に投影しているのでは...なんて思う。実は評者もちょっと身に染みる。なので少々甘めに6点。 ちなみに被害者が放蕩の末に流れ着く「飲んべえの最後の頼みの綱」、この「リバティ・バー」の象徴のようなゲンチアナ(リンドウ科の植物の根)って、作中だと苦く「アルコールが入ってない」そうだけども、これを使ったリキュールで「スーズ」という酒がある。苦みがあって爽やか、評者は大好き。メグレも飲んでほしいなあ。 |
No.873 | 8点 | ネロ・ウルフ対FBI- レックス・スタウト | 2021/06/12 15:10 |
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ビル王の女性富豪の依頼をウルフは受けかねていた....FBIを告発する本をタダで配ったことを恨まれて、FBIに自分が監視・嫌がらせされているのを何とかしてほしい、というムチャな依頼なのだ。しかし拘束料10万ドル+成功報酬思いのまま、という超破格の報酬をウルフは断れなかった....当然、ウルフの家もウルフのチームも、FBIの監視下に置かれることになるのは覚悟の上。FBIと取引するにも、何かFBIの弱みを握らないことには話にならない。FBIの不祥事を掘り返すことをアーチ―は命じられるが、匿名の伝言で呼び出されたアーチ―はとある人物(レギュラーの一人だが...)に、ルポライター殺しにFBIが絡んでいる情報を提供された。しかも、この殺人には依頼人の周辺の人間がかかわっているようだ....真相を洞察したウルフは一計を案じて奇抜な罠を張る
という話。どうも評者は「料理長」とか「シーザー」みたいなアウェイの作品を先にやってしまって残念だったが、今回は「平常営業のネロ・ウルフ」。フリッツもシオドアも、ソールもオリーもフレッドも、クレイマー警部も皆登場。いやもう、何というか楽しさ全開! 一応ルポライター殺しの真相をアーチ―が突き止めるが、これはたいして面白いものでも何でもないが、ウルフの交渉材料の役には立つ。そんな具合で、話の興味はFBIとの対決に全振り。ウルフの思惑や駆け引き、アーチ―とのコメディ、それに大掛かりな罠の妙味、そういった「犯人捜し」以外の部分での面白さが際立っている。 ネロ・ウルフというと意図的なホームズ探偵譚の後継者、という側面があるわけだけど、ホームズ探偵譚の「面白さ」というのは、本来こういう探偵が仕掛けるアクティブな罠や、度胸一番の駆け引き、土壇場での機知、といったあたりでも出来ていたわけだ。そういう「ホームズの面白さ」をこれほどしっかり再現できた作品というのも少ないんじゃないかな。 ちなみにホームズでも物語の最後に「さるお方」がお礼に訪れる結末があるけども、本作も「さる人物」が最後にウルフに面会を希望する...でも、ウルフはイケズだからね。 |
No.872 | 6点 | 堰の水音- メアリ・インゲイト | 2021/06/10 11:12 |
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背が高くて薄くて、メタリックな背表紙のあの本って、ヴァン・ダインとかクイーンとかクリスティみたいな、推理小説のシリーズらしい....
と、晴れて中学生になった評者は勇んで図書館の大人向け書籍を借り出そうと本棚を眺めてました。地方都市だからポケミスって本屋で売ってないんです。ミステリ=文庫、という感覚の新中学生。あ、クリスティある。「終りなき夜に生れつく」か...知らないなあ。クリスティでもいろいろ知らないのがあるんだ。その隣は?「堰の水音」だって。借りてみようか?表紙も抽象画でグッとおしゃれ! 評者ポケミス初遭遇の一幕。クリスティでも「アクロイド」は読んでたからね。「終りなき」は「ポアロも出ないし、クリスティっぽくないんだ...」と頭??のまま。それでも最初から面白く読んで今に至る(苦笑)。 で「堰の水音」。「全然ミステリっぽくない....でも、これがオトナの小説、というものなのかしら?」と、実は評者にとって、とても懐かしい作品。ポケミス初遭遇のショックと共に記憶されているのでした。 なので再読を楽しみにしていた。第一回イギリス女流犯罪小説賞の受賞作。結婚した仲良しの従姉の家に滞在した主人公の少女は、年の離れた夫と娘らしい従姉とのバカンスを楽しんだ。翌年また従姉の家を訪れたのだが、夫婦関係に何か微妙な空気が漂っていた...従姉の秘密を目撃する主人公。バカンスを終えて寄宿学校に戻った少女は、裁判の証人として呼び出される。仲良しの従姉がその夫を殺害した容疑の裁判で、少女の証言は従姉の有罪を決定づけるものになった....数年後、学校を卒業した少女は、今かつての従姉の家に住む考古学者と知り合う。同年配の恋人に捨てられた腹いせに、主人公は考古学者のプロポーズを受け入れて、かつての従姉の家に住むことになった.... 時代背景は1920年代。なかなかレトロな趣味だが、クリスティだって評者が当時読んでた作品はそんな年代である。内容的にはウェストマコット作品をもう少しサスペンス寄りにしたくらいの、小説的興味の方が強い内容。自然描写も丁寧で、今読むとなかなか、いい。主人公が死刑になった従姉の生き方を本当になぞるかのように話が進行する、と仕掛けた作品。蒸発したかつての恋人に遭遇して、主人公自身が年の離れた夫に対して殺意を抱くとか、夫がかつての事件にかかわりがあるのでは?とか、心理的にはなかなか侮れない展開をする。 小粒だけど、そう悪くはない小説。けど本当にレトロな味を狙っていて、斬新さとかはない。渋すぎて、絶対に中学生向きではないな(苦笑)。古典パズラーしか読んでない中学生には、味わうどころか「こんなのもミステリ!」と初遭遇のショック。 ちなみにこの後、「水は静かに打ち寄せる」が訳されていて、これが本作の続編にあたる内容。こっちは読んでない。そのうち読もう。 |
No.871 | 6点 | 朱の絶筆- 鮎川哲也 | 2021/06/06 19:16 |
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35年くらいぶりの再読。最初読んだ当時は体調が悪い頃。頭の中を素通りしたようで、最後に電話で星影龍三が真相をベラベラしゃべることしか憶えてなかった。なので、ほぼ初読と変わりないように感じる。
で、やはりこの作品、皆さんもおっしゃるように「当たる系」パズラー。評者も今回ほぼ正解。としてみると本作が提起するのは、 フェアなパズラーは当たった方が楽しめるか、それとも当たらない方が楽しめるか? ということになるようにも感じる。当たっちゃうと、驚きはどうしても減殺される。キレイに騙される喜びみたいなものは薄い。解けないパズルは神秘的だが、解けたパズルは御用済み。そうしてみると、評者は「当たらない方が楽しめる」ようにも感じるんだ。 「当たらないミステリ」が悪いわけではない。プロレスが「オレが一番強い」という観念を巡るイリュージョンなのと同様に、ミステリも「読者も推理に参加できる真相」という観念を巡って繰り広げられるイリュージョンなのではないのかな... あと、本作は登場人物の口を借りて、ちょろちょろとミステリ論みたいなことをしているのが、とても「新本格」っぽい。いや鮎哲さんは「新本格の元祖」なのかもしれないな。 |
No.870 | 5点 | ヴァチカンへの密使- デニス・ジョーンズ | 2021/06/06 19:02 |
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1990年代に5冊ほど新潮文庫から出ていた著者である。内容は国際謀略スリラーが中心で、評者はあまり関心がないジャンルだ...いろいろ検索してみたが、どういう著者か今一つよくわからない。群小作家のようである。なんでこの本を今回取り上げているか、というと、実は評者が購入した本ではなくて、母が死の床になった入院にこの本を持っていき、病院からの遺品に含まれていた。母を偲んで取り上げる。
評者の母は70歳を越えても頻繁に地域図書館から本を借りてきて読んでいたくらいの読書好きだった。その影響を評者も受けているんだろうな...いや本当に乱読。母が借りてきた本を便乗して読んだことも、頻繁にあった。 本書の原題は奥付には「With Burning Sorrow」となっているが、検索してみるとWith がないのが正しい(か改題版がポピュラーか)ようだ。原題は「Mit Brennender Sorge」という1937年にヴァチカンの教皇ピウス11世の出した回勅を踏まえていて、「深い憂慮に満たされて」という意味。何を「憂慮」し批判しているかといえば、ナチスドイツがその人種理論によって、ユダヤ人をはじめとする非アーリア民族を抑圧することである。この回勅を巡るヴァチカン内部の対立と、さらに踏み込んだ回勅を出させようと運動するユダヤ人団体、さらには批判的な教皇を暗殺すべくナチスが送り込んだ親衛隊将校を巡る政治スリラーである。 この暗殺計画は手が込んでいて、その親衛隊将校をユダヤ人に変装させて、パレスチナ経由でヴァチカンに送り込んで、ユダヤ人を犯人にでっちあげようという謀略も含まれていた。ユダヤ難民のパレスチナ逃亡を援助するモサドの原型組織に属する主人公と、ユダヤ人弾圧の証拠を入手してヴァチカンへの運動の原動力となった女性ジャーナリストのヒロインとに、たまたまこの暗殺者との縁ができる。暗殺者に利用されて主人公らはパレスチナからローマへと行動を共にするが、ローマに到着したら主人公たちは暗殺計画を察知してそれを阻止する役回りになる。 まあこんな話。緊迫したスリラー、だと良いんだが、本題の教皇暗殺計画にちゃんと入るのが残り150ページくらいからで、それまではパレスチナでのユダヤ難民の話が続き、構成が散漫と言われても仕方のないところ。キャラは類型的。最後になってくると暗殺者の親衛隊将校がなかなか情けない小物っぽくなるあたり、量産型スリラーと言われても仕方がない。 でもね、本のほぼ真ん中のp251に、ページの角を折って栞がわりにしてあるのを見つけた。母はきっとここまで読んだんだろうな...落涙。 |
No.869 | 6点 | 十二夜殺人事件- マイケル・ギルバート | 2021/06/06 18:53 |
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イギリス伝統の...と言いたくなるようなスリラーである。イギリスの業界はパズラーから冒険小説までごっちゃでできているようだが、その中でやはり中心になるのはスリラーのように感じる。だから本作をジャンルミックスと捉えるよりも、「イギリスらしいスリラー」と広く見るのがいいようにも思うんだ。パズラーじゃないし、警察小説じゃないし、猟奇殺人はあってもサイコスリラーじゃないし、ましてや冒険小説やハードボイルドではない。でも細かい伏線をいろいろ敷いて、臭わされただけの謎が画面を切り替えるように明らかになり、イギリスらしい寄宿舎学校に潜む、少年を攫って拷問して殺す猟奇殺人者を、教師に身をやつした捜査官が見つけ出す話である。
一応タイトルどおりに、シェイクスピアの「十二夜」を生徒たちが上演する話はあるんだけど、シェイクスピアのこの作品が示唆する「ジェンダーの混乱」というテーマが、やはりこの猟奇殺人の真相にも潜んでいるし、生徒に同性愛的感情を持つ教師も複数指摘されるわけで、無関係というわけでもないや。で、この生徒たちの中には、イスラエルの駐英大使の息子もいて、この大使を巡るテロの脇筋もあって、なかなか話の転がしかたが一筋縄ではない。登場人物が多く、しかもカットバックを多用してキャラ描写が外面的だから、面白みが発動するまで少しかかるのが難かな。 イギリスらしいウィットと教養を楽しめる作品。プレップスクールだから、8歳から13歳くらいの生徒たちが「国語の授業」で、シェイクスピアの劇を生徒たちで演じる....すごいな。でも楽しそう。 |
No.868 | 4点 | 宇宙の戦士- ロバート・A・ハインライン | 2021/06/03 21:59 |
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評者ミリ趣味ってまったく、ない。宇宙戦艦とか関心ゼロだもの。ホールドマンの「終りなき戦い」だとベトナム後遺症小説の一つとして、怨念をファンタジーに昇華した面白さがあるわけだが、「終りなき戦い」と併称されるミリSFの本作はというと....う~ん、夜郎自大というのではなかろうか。アメリカ人らしいといえば、らしいが、アメリカ人らしい無神経さもいろいろ感じる。
いきなりの戦闘描写で始まるわけだけど、敵に回りかねない中立国に奇襲をかけて、散々に工場など生産施設や都市機能を破壊する、暴力的デモンストレーションを一方的に行うもの。政略的恫喝が目的である。いやこんな破壊活動、軍人としてそもそもカッコイイ手柄なのだろうか?直接の殺人描写こそ控えめだが、きっと民間人が多く犠牲になったことだろう。 こうしてみると、「汝殺すなかれ」のタガを外して市民を戦士に変える教育をするのが「軍隊」だ、と言っているようなものだ。それなりの大義がある第二次大戦ならともかく、普通のアメリカ人にとって大義を見つけられないベトナムで、この「教育」が暴走するさまをキューブリックが「フルメタル・ジャケット」で描いたわけでね...で作者の理想が行きつくところは「戦士の共同体による統治」。いやいや、民主主義が機能するは、被支配者がそれなりに支配に同意するから、という理由のわけで、それが「正しい」わけでも「効率的」なわけでもないのは承知の上の話なんだけね。 なので内容に共感する部分はほぼ、なし。小説としても約半分が訓練で、後半が実戦経験と士官学校に入って士官になる話。それでも前半はいろいろ悩むシーンもあって、ぼちぼち。後半は退屈。後半の方が兵隊としての実戦と見習い士官での戦闘で手柄を上げた話だから、派手な面白さがなきゃいけないのだけども逆。敵宇宙人が蜘蛛型で面白味がないのが原因か。 まあ、SFというよりも、架空世界を借りて冷戦期アメリカ人っぽい自己中心的な帝国主義を垂れ流した「架空戦記」みたいに読むべきなんだろう。SFってミステリ以上に時代時代の風潮やらイデオロギーがダダ漏れするジャンルのようである。 (本サイトでストライクでない作品で、ケナすのはどうか..とホントは評者も思ってます。ごめんなさい。) |
No.867 | 7点 | 憎悪の化石- 鮎川哲也 | 2021/05/31 06:47 |
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本書はこのサイトに書き込みを始める直前くらいに再読していたから、改めての再読(4回目くらい?)になって、トリック犯人手がかりオール記憶完璧状態での再読。鮎哲でも大技で有名な作品である。
客観的に考えると、この大技がファンタジーな雰囲気を作っているようにも思う。ウソつき時計、幻の列車....ね、わざとこう形容してみると、日常の中に隠れたファンタジーの味わいが立ち上るように思うのだ。 けどね、本作って昔は鮎哲三大名作みたいに捉えられていたのだが、最近では「りら荘」人気が高まって、相対的に落ち込んだ印象がある。これがなぜか?の客観的な手がかりが、角川文庫版の小林信彦の解説にあるのが面白い。 「黒いトランク」のあと「リラ荘殺人事件」(昭和三十三年)という、やや通俗的な本格物を書いた鮎川は、昭和三十四年に.... と、「りら荘」を「やや通俗的」と評価しているわけである。派手な連続殺人事件を「通俗的」と捉え、地味なアリバイ崩しを「本格らしい本格」と捉えるミステリ観が、確かにこの時代にあった、という証拠みたいなものだと思う。逆に言うと、今鬼貫モノを読んだときに、評者とかは「リアルで重厚」というよりも、「軽さとファンタジー」を感じることのが多いわけで、そうしてみると、「ミステリというファンタジー」に徹した「りら荘」との差別化がもやは効かなくなっている、という風にも結論できるのでは、と思う。 ネタバレ注意! 本作は実は時刻表の挿入位置がメタなトリックなのかもしれないね。フェアな時刻表トリックの場合には、作中の時刻表登場ページに律義に挿入するけども、本作は巻末である。強引かもしれないが、評者はこれを作者が読者に仕掛けた叙述トリック、と捉えたい(苦笑)としてみると、実はフェアなトリック? |
No.866 | 6点 | キドリントンから消えた娘- コリン・デクスター | 2021/05/30 08:07 |
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表層、裏、裏の裏、裏の裏の裏...と推理をしていけばいくほど迷宮にハマる、というのは誰しも体験することである。名探偵はだから、迷探偵と紙一重、ということにもなるわけだ。仮説を立てては崩れ、立てては崩れの本作のようなタイプの作品の場合には、読者の鼻面をつかんで引き回す探偵の価値、というのもなかなか両義的である。
ヴァーグナーの楽劇に心酔する一方で、ストリップショーの役得に涎をながすモースというキャラは、それこそ詩人警部とドーヴァー警部を兼ね備えている。いやだからこそモースこそがエヴリマン、という普遍性なのかもしれないが、個性があるようで実は曖昧? カチッとしたパズラーが好きな読者には全然、向かない作品。どこで真相に着地させるかは本当に作者のさじ加減しだい。力技が目立ちすぎるのも、やや読んでいて疲れる部分もある....なのでこのくらいの評価にしたい。意外にディキンスンを一般向けにしたような作品なのかも。 ややネタバレ 性病、ってこと?だとするとなかなかオゲレツな。 |
No.865 | 7点 | われらの時代・男だけの世界- アーネスト・ヘミングウェイ | 2021/05/28 09:21 |
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ハードボイルド、というとこの作家外せないです。「男だけの世界」に収録の「殺し屋」はとくに、ミステリ系アンソロへの収録でも定番ですからね....
短編集でも最初に2冊の合本が新潮文庫で。訳者はおなじみ高見浩。内容的には第一次大戦のイタリア・戦後混乱期のパリ・故郷・スペインなどを舞台にした、スケッチ的作品が多くて、ストーリー性は強くない。というか、ちょっとしたスケッチの中に「ストーリーを暗示させる」氷山理論の実験みたいな色彩もある。 それでもヘミングウェイらしい闘争の話は、そこそこの長さ・ストーリーを備えて読み応え短編になる。闘牛士の話の「敗れざる者」、ボクサーの「五万ドル」など、作家まだ若いのに、引退寸前のロートルを主人公に据えて、その「最後の戦い」を描くような趣向が最初から出ているのが面白い(「老人と海」だよ)。 改めて考えるべきなのは、やはりハメットとの関係性なのだと思う。同じ戦争を体験していても、ハメットは結局アメリカからは出ないし、ヘミングウェイは赤十字に加わってイタリアで重傷、一旦アメリカに戻るがすぐにヨーロッパに特派員で...と両雄なかなかカブらない経歴なのが面白い。ヘミングウェイの方はこのヨーロッパ特派員時代に、パリで活躍するアメリカ人の前衛作家たちと交流して、その中で「ハードボイルド文体」を練り上げるわけだが、実際ハメットが「ブラックマスク」に執筆して人気を博す方のが、やや先行していると見た方がいいだろう。そうするとまあ、「時代精神を共有」した結果としての「ハードボイルド」ということになるのかもしれない。 で、面白いと思うことは、「man without women」が高見訳では「男だけの世界」なのだが、高村勝治訳だと「女のいない男たち」になる。で、村上春樹がこの「女のいない男たち」のタイトルを借りて... いやなかなかハードボイルド論として、「女のいない男たち」というのはキーワードになるように思うんだ。ハードボイルドとは「女のいない男たち」のフシアワセを描く小説だから、主人公の探偵を翻弄する女が犯人なのが定番になる。犯人の女はハードボイルド探偵が追及する標的ではあっても、犯人なのだから絶対に探偵のモノにはならないわけだ。 そう考えると、なかなかにヘミングウェイとハードボイルド探偵の関係、面白いんじゃないかな。 |
No.864 | 7点 | 灰夜 新宿鮫VII- 大沢在昌 | 2021/05/23 20:53 |
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鮫の旦那も今回はアウェイ。いきなり拉致されてで始まり、アウェイだから本当に単身で事件に立ち向かう。巻き込まれ型といえばその通りで、普段の事件だと「孤高の刑事新宿鮫」でも意外なくらい周囲と組織に支えられているのを、逆に実感できる。
というかね、今回は警察小説とか冒険小説の味を外して、ハードボイルドに徹してみたいと作者は感じたのではないのだろうか。地方都市というとやはり「赤い収穫」とかね、あんなテイストを感じる。2つのヤクザ組織に、北朝鮮工作員やら悪徳警官やら入り乱れ、それぞれが思惑で動いて、最終的に誰も収拾をつけれなくなる話。そういえばチャンドラーが「事件も一定の範囲を越えて複雑になると、誰も全貌を把握しきれなくなる」なんてことを言っていたが、この件もそういう複雑怪奇で最後には.....でオチがつく。 関係者でほぼ唯一生き延びた鮫の旦那もキツネにつままれたよう。実際何もなかったことになりそうだ。でもストリップバーの支配人の今泉とかインテリヤクザの石崎、それにヘラヘラした田舎公安刑事の須貝とか、本作はチョイ役に印象的なキャラが多い。そこらもチャンドラー風味。 |
No.863 | 6点 | チェ・ゲバラ伝- 三好徹 | 2021/05/23 13:07 |
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ミステリライターの出身というと、昭和には社会派の流行もあってか、新聞記者上がり、という人も多かった。三好徹氏は今年亡くなられたわけだが、佐野洋やトップ屋で名を馳せた梶山季之と並んで、「らしい」作家と言えるんではなかろうか。
「おれは、さほど小説は上手いとは思わないが、新聞記者としては東京で五本の指に入る」と豪語したそうである。ミステリ・スパイ小説をたくさん書いた作家ではあるが、ジャーナリストの伝記やら歴史小説やら、作品は多彩である。ミステリ以外でよく売れた代表作、というとおそらく本書ではなかろうか。 言うまでもなく、キューバ革命をカストロと共に指導して、革命が成ったあとにもその地位を振り捨てて、新しい戦場としてボリビアに潜入し、ついには殺害された、エルネスト・チェ・ゲバラの伝記である。 いや、意外に小説仕立てではない。実際に作者は南米に取材旅行に訪れて、関係者の話を聞いて回って、ゲバラの実像を浮かび上がらせようというタイプのルポルタージュの印象が強い。が「伝」と銘打つわけで、時系列に沿ってゲバラの人生と特異なキャラクターを浮かび上がらせていく。 澄んだ目をした滅私のロマンティスト、というのが三好氏の捉え方である。本書が出た頃というと、学生運動はまだ華やかな時代であり、ゲバラのロマンティシズムに酔う読者も多かったわけだが、なんやかんや言って、ゲバラはカッコイイ。それ以降もゲバラ・ブームは何度も来ては去り、ラウル・カストロ引退でキューバ革命関係者がすべて退いた今でも、何がしかゲバラの生き方が訴えるものがある。 なので、とくにミステリ、という本でもないのだが、三好徹の「ジャーナリスト魂」がよく発揮された作品であることには違いない。革命後に日本をキューバの通商代表として訪問した件に、かなりのスペースを割いているのが面白いあたりである。会談した池田隼人の冷淡さとかなるほど。作者のあとがきによると、本書は「不十分ながら世界で最初のものであろうと信じている」そうだ。まあ当時から「ゲバラ日記」など本人の著作は結構出てたようではあるが。 |
No.862 | 7点 | 懲役人の告発- 椎名麟三 | 2021/05/22 19:42 |
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この本が本サイトの書評の対象になるとは思ってませんでした....ちょっと虚を突かれた印象を持ってます。いや手元に本があるし、何かのご縁だと思ってやりましょう。実存文学だけど、うまくミステリにひっかけれるかな?
主人公は酔っ払い運転で少女を轢き殺して懲役になり、出獄して保護観察が終わったばかり。この件をきっかけに「死んだように生き」ている。おじが経営する鉄工場で働いているが、その賃金などは父と継母に「身元引受」を名目に搾取されている...なんていうと、リアルでやるせない底辺生活ということになるんだけども、この作家らしいキャラのヘンさが今読むとポップでさえある。ビンボ生活の描写に独特のユーモア感があるのが持ち味でね。だから、ホントはかなり観念的な「実存小説」なんだけども、底辺の人々の情けなくもいじましい人間関係の只中で描かれる。だからのんびりした播州弁丸出しで 「福子、たしかにお前はこの家では何をしてもええんや。そやけどな、お前に未来があると思うたら、とんでもない大まちがいなんやぞ」だが、福子は平気な声でいった。「未来?..ああ、遠い先のことやね」「遠いも近いも、一切そんなものあらへんのや。高校へも進学させへんし、お嫁はんにもならへんな」 今村昌平の「重喜劇」といった形容がピッタリ。で、このおじの養女の福子に託された、観念としての「未来にも束縛されない究極の自由」に憑かれた主人公の父はトンデモない事件を起こす...というわけで、登場人物に一切インテリがいないのに、泥臭く土着的に宗教的な「実存」がテーマになっているあたりの面白さが手柄。 主人公は刑余者だし、殺人・強姦・自殺など起きるから、ぎりぎりミステリ?主人公が傍観者でデクノボーなのが、この場合はナイス。で、デクノボーなりの結論が しかしいくら立っても小便は出てこなかった。ただ、そのかわりに、神様、という言葉が出るばかりだ。しかしおれはそれでも出ない小便をしつづけていた。 だから、シムノンが書いている一般小説に、テイストがかなり近いです。やはり刑余者主人公の「片道切符」なんてまさに、そう。殺す・殺される・罰する・罰せられる、という視点で眺めたら、ミステリは世俗的な宗教小説、なんてね(苦笑)。けど、そのうち評者もハードボイルドという視点で井上光晴やってみたいとは思う。Thanks 蟷螂の斧さん。 |
No.861 | 7点 | テロリスト- マイ・シューヴァル&ペール・ヴァールー | 2021/05/22 19:41 |
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マルティン・ベックも本作でグラン・フィナーレ。
というか、実質前作の「警官殺し」で、大河ドラマとしての「マルティン・ベック」は終わっているんだと思うんだ。アメリカ上院議員のスウェーデン訪問の広域警備を、ベックと殺人課の面々が仰せつかり、見事国際テロリストによる襲撃を阻止してみせるこの話、真に受けるというよりも、寓意的なファンタジーみたいに評者は読んでいたよ。ベックもラーソンもルンもメランデルもスカッケも、実に有能というか抜群の分析&指揮能力を見せて、超人的な大活躍を見せる反面、このシリーズのチョイ役・敵役たちも万遍なく姿を見せて、お約束のようにドジを踏んで見せている。勧善懲悪というか、リアリズムってなあに?な印象の話なんだから、これは作者が意図した「グラン・フィナーレ」みたいな顔見世興行だと思うのがいいように感じている。 いやだから逆に、こういう「夢オチ」に近い幸福感でしか、話のフィナーレをつけれない、というこのことに、命の終わりの近づいた作者(の一人)の、スウェーデン社会に対する絶望感が深い、ということを感じ取るべきなんだと、評者は思うんだ。決してフォーサイスまがいの国際謀略小説を書こうとしたわけではない。その枠組みを借りて「テロ対策の名を借りた市民生活への干渉と抑圧」の鼻を明かしてやろうという目的で、わざと仕組んだマンガ的な明朗さでアイロニーをぶちかました作品なんだろう。 このマルティン・ベック・シリーズは、後半になればなるほど、いわゆる「警察小説」の保守性を嘲笑するような話になってくるあたり、奥深いものがあるように感じる。それこそ「消えた消防車」までしか読んでいないと、オーソドックスな「警察小説」を深刻な方面で深めたシリーズ、ということになるんだろうけど、後半の展開は「警察小説」を自らの手でアイロニカルに破壊していくような過激さを秘めている。なので、「穏当なエンタメ警察小説を読みたいなら前半だけが無難、もっとヘンで過激でオリジナリティ溢れる小説を読みたいならぜひ後半も」を、評者のシリーズ全体への評価としたい。 |
No.860 | 8点 | 警官殺し- マイ・シューヴァル&ペール・ヴァールー | 2021/05/19 18:08 |
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マルティン・ベックも最終盤。9作目の本作は、随所に過去作への言及があって、「ロセアンナ」から順にずっと読んできた評者みたいな読者にとっては、ご褒美みたいな作品である。「ロセアンナ」の犯人に再度容疑がかかり、「蒸発した男」の犯人はジャーナリストとして更生して、共通の「人を殺した体験」でコルベリと意気投合、マルメの「サボイホテルの殺人」の舞台のホテルに立ち寄るとウェイターがベックを見知っているし、ベックは「唾棄すべき男」での負傷の結果禁煙、前作「密室」の件で上司マルムにイヤ味を言われる....あれ、意外なことに日本の読者の大多数が読んでる「バルコニー」「笑う警官」「消防車」への言及は見当たらない。このシリーズらしさ、はたぶん日本の読者が思う「らしさ」とはちょっズレていると思うんだ。
で、誰もがツッコむタイトル「警官殺し」。タイトルに偽りあり...なんだけども、考えてみれば本作で「殺される」のは、本作でスエーデン警察の組織体質の変化に絶望して退職の道を選ぶコルベリの「警官の魂」なんだろう。国家警察への統合をきっかけに、警察がより政治的・権威的にかつ暴力的になり、市民に対して抑圧的に出ることが多くなる。それを象徴するのがベックの上司になったマルムの派手な軍事作戦まがいの大捜査網でもあり、その無用で無能な失敗が本作でも繰り返されて、いい加減キレたラーソンはマルムを罵倒する。 社会は結局己に相応しい警察を持つ コルベリの退職届に書かれたこの警句は、出所した「ロセアンナ」の犯人にかけられた不合理な疑惑によっても、証明されてしまう...事件の解決と引き換えに「警官の魂」は死んでいく。そういう絶望感に満ちた小説。 (いやだからこそ、こういう面が新宿鮫に近いと思うんだよ。ヒッピー的な生き方に共感する自由人の警官、というあたりも共通するし。本作で印象的なオーライの生き方、というのがベックの理想みたいなものを提示する役割があるんだと思うんだ。「ヒッピー警官」w) |
No.859 | 6点 | 氷舞 新宿鮫VI- 大沢在昌 | 2021/05/18 14:07 |
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鮫の旦那も後半戦。マルティン・ベックを併読していると、このシリーズ意外にマルティン・ベックの影響強いんだな、なんて思う。10冊区切りとかそうでしょう? で、主人公が警察組織に不信感を持っている「内部批判派」みたいなあたりもそうだしね。ベックの新上司マルムが政治寄りなのをベックは批判的に眺めているわけだが、鮫の旦那の「警察組織内の宿敵」は言うまでもなく公安セクション。で、今回はその公安を事実上の主敵に回しての話。
鮫島の恋人のロックシンガー晶はバンドが売れてきたこともあって、すれ違いも増える。だから気持ちも互いに...となりがちなところで登場するのが本書のヒロインの江見里。鮫島が江見里に恋をする...なんて話もあったりして、晶、どうなる?というのも興味。 のはずなんだけども、いやね、済まない。評者は鮫島と江見里の「直線同士が一瞬の交わる」宿命の恋にあまり萌えないんだ。う~ん、困る。このシリーズ、ヒネった話が多いのだが、今回かなり長いのにストレートな話。脇筋もあまりないし。で、真相がびっくりするようなものか、というとそうでもない。なので、やや期待外れ感が評者はある。ま、公安警察はロクでもない組織、というのは同感なんだが。 なんだけどね...評者の読みどころは、ホント済まない、鮫島×香田である。香田くん、ついにツンデレ化。こっちに萌えます。いやこのシリーズ、腐った視点の方がずっと楽しめると思うんだけどもね。 |