皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
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クリスティ再読さん |
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平均点: 6.40点 | 書評数: 1379件 |
No.899 | 6点 | かまきり- ユベール・モンテイエ | 2021/11/27 19:14 |
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書簡体ミステリって、短編だと珍しくもないけど、長編は珍しい。
本作は書簡やら日記やら報告書やらだけでできたミステリだから、技巧的と言えばフランスらしい技巧派の上に、書簡体小説の本場だよね、フランス。 で、大学教授の後妻に収まった悪女が、信託財産目当てに前妻の子を殺し、さらには夫も、夫の助手を巻き込んで完全犯罪を企む....そこに割って入ったのが、助手の妻。助手の妻も一枚噛んで、見事完全犯罪達成! ...でも? という話。なので教授の妻の悪女と、それに刺激されてなのか、善良な妻の仮面をかなぐり捨てて、悪女度を高めていく助手の妻の「悪女対決」が読みどころ。で、書簡体や日記だから、いわゆる「信頼できない語り手」になる。実際、オチがオチで信用していいのかよくわからないところもある。しかも「悪女対決」だから、表面上は丁寧だけども底意地悪くエゲツない当てこすりが読みどころ。 女子のケンカって、こう、やるんだよ。 |
No.898 | 6点 | 死体をどうぞ- シャルル・エクスブライヤ | 2021/11/27 08:58 |
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ドタバタだけど、なかなか手際の良さが目立つ佳作。一つの村と闖入者を描くから、かなりの大人数の登場人物なんだけども、キャラの色付けや出し入れが達者なので、メリハリが効いていて読みやすい。で、そのキャラたちが作中でちょっと「意外な面」を見せるのが、「意外にミステリ」という感覚になる。
司祭は意外なくらいに短気だし、昼行燈な憲兵も、実は...があるし、ファシストの警部も任務はどーでもよくなって似合いの女教師と一緒に村に腰をすえよう....で、その昔のガリバルディの赤シャツ隊に参加した老人は歳のせいでボケて....なんだけども、 わしはナポリ軍の話をしておれば、ドイツ軍やファシストどもについての考えを自由に口にできるってわけさ、わかったかい? こんなリアルな庶民の知恵がギラッと光る面白さ。でも「イタリア人たちの怒りをやわらげるには、彼らに愛の話をすればいい」。だからこれは寓話、なんである。エクスブライヤというと「フランス人なのに外国の話が得意」という妙な評判があるけども、おなじみなエスノジョーク調のプロトタイプを利用して組み立てた、普遍な寓話なのだと思うんだ。 イヤな奴らにはキッチリ因果応報。でも善人たちはアオくなりアカくなりしながらも、落ち着くところに落ち着く。イタリア舞台、というのもあって、シェイクスピアの喜劇をミステリに書き換えたようなテイスト。「癒されたい人にお薦め」は同感! |
No.897 | 6点 | 可愛い悪魔- ジョルジュ・シムノン | 2021/11/25 07:14 |
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シムノンで一人称独白体、って結構珍しいと思う。限定三人称は多いんだけどね。
主人公は「有罪ならゴビヨーに相談しろ!」という評判の辣腕弁護士。でもブ男、父もハンサムな有名弁護士だが、主人公は庶子。自分の師匠に当たる大物弁護士から妻を奪って自分のものにする....なんてハナレ技を演じた過去があるが、実はその妻の自己実現が、オトコをプロデュースして出世させること! 主人公の一見「成り上がり」の順風満帆人生も、本人にすればなかなか外見どおりではない屈折の人生だったりする.... いや、たぶんシムノン、自分を重ねたと思うよ。そういうリアリティ。 友達と組んで宝石店強盗を働いた小娘イヴェットが、警察に追われてゴビヨーの元に飛び込んできた。事務所で股を開くイヴェットに、なぜかゴビヨーは執着し始める。強引な弁護でイヴェットを無罪にすると、イヴェットをアパルトマンに囲って、二重生活を始めることになる....妻はゴビヨーのキャリアを支配さえできればいい、と超母性的とでもいうような夫婦関係でもあり、ゴビヨーの浮気には寛容なのだが、イヴェットへの溺れ具合には内心ヤキモキしているようでもある.... つまり、こういう三角関係がすべて。映画に合わせて「可愛い悪魔」なんてイヴェットを呼びたくなる(バルドーだ)のかもしれないのだけど、実のところこのイヴェット、そんなに大した女でもないんだと思う。 人間は時として動物として行動したいという欲求がある というゴビヨーの「自身の成功に反逆したい!堕落したい!」という欲求がイヴェットに投影されて、こんな愛欲にのめり込んでいるのだろう...自分には別な人生もあったのでは?という自分への懐疑が、こんなドラマを引き起こす。 そういう興味の作品だから、「こういう状況から何が起こるのか?」実際、何が起きても全然不思議じゃないのだけども、何かが起きざるを得ない。それを甘んじて待ち受けるのが、この作品の醍醐味。 |
No.896 | 8点 | 水は静かに打ち寄せる- メアリ・インゲイト | 2021/11/21 10:10 |
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例の「女子ミステリ―マストリード100」でも、「女子ミステリ―」の魅力は
ミステリーの出来不出来と同じくらい、あるいは時としてそれ以上に、その周辺描写を重視します。(略)ロールモデルなるようなヒロインや、女性心理の描写が卓越しているもの、日常描写が魅力的なものがたくさんあります とね。いやそういう視点だと、インゲイトのこの2作、「女子ミステリ―」として満点クラスの傑作だと思うよ。前作「堰の水音」のヒロイン、アンは年上の考古学者バーナードと結ばれて、「堰の水音」で因縁のミルハウスを売って、バーナードの仕事の発掘のためギリシャに定住する....実際、「堰の水音」のプロローグは本作の予告だから、内容は完全に繋がっている。「堰の水音」からなるべく順番に間をあまりおかずにニコイチで読むのがいいと思う。 ギリシャでの歳の差夫婦の生活デテール、とくにギリシャで買った家でアンが生活を楽しむ描写がなかなかいい。男勝りの友人ミリーと親しくするが、子供がないのをミリーは嘆く。その夫でバーナードの同僚の学者エドワードが、アンの使用人の青年ディミトリオスに秘密に大金を渡すのをアンは目撃する。ディミトリオスは、エドワードのメイドのユーレイリアと結婚するのだが、生まれた子供は、エドワードの「眼」を持っていた....ユーレイリアは断崖から墜落して死んでいるのが発見された。高齢のバーナードも亡くなるが、アンは妻を喪ったディミトリオスと突然、再婚する.... このディミトリオスがなかなか野心的な青年で、もともと家政婦としてアンの家に入り込んだ母のマリアと共に、結婚したアンを食い物にしていくさまなど、それこそクリスティだと「終わりなき夜に生れつく」とかアイルズの「犯行以前」みたいなテイストが強くある。評者こーゆーの大好き。クレッシングの「料理人」とかロージーの「召使」とか、ややマゾヒスティックな「被害者心理」も漂わせる。 でもちろん、ちゃんと逆転は仕込んである。しかも読みようによっては「信用できない語り手」かしら? やんわりと匂わせている穿った読みの方が、「堰の水音」にきっちり繋がっているから、作者の構想なんだと思う.... なかなか芸細な作品。ナイスでしかも好み。「堰の水音」からつながって、一人の女性のサスペンスフルな人生を描きとおすような大河ドラマ風の面白さも出る。「堰の水音」よりも、全体的にさらにグレードアップしている。おすすめ。 |
No.895 | 7点 | ガラ- 赤江瀑 | 2021/11/20 20:29 |
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創元の「赤江瀑アラベスク」も11月末に3が出て完結、その前祝いで本作。どうやら「赤江瀑アラベスク3」でも有名作ガン無視で東雅夫の好きな作品だけのセレクトのよう。目玉は「阿修羅花伝」なんだけども、その前編に当たる有名作「禽獣の門」は収録しない....ホントに光文社の3巻の傑作集と内容がカブらなすぎ。評者はウレシいんだけど、営業的に大丈夫か?
で本作は短めの長編。画家夫婦と探検家の夫を追う妻、それに主人公の画家(妻)のアルターエゴのような謎めいた女性「ガラ」、ほぼこの5人しか登場しない。赤江瀑らしい屈折しまくった人間関係だけで読ませる話だから、どこが「ミステリか?」と言われると困る部分もあるけども、ムリに寄せれば「ウィリアム・ウィルソン」。でもこの作家独特の「人工的な美意識」が微妙に「純文学」になる「シリアスな感じ」から逸脱してしまう... 章立ても「芙蓉の睡り」「迦陵頻伽の巣」とかね~赤江美学優先しすぎ、作り過ぎてキッチュな味わいが出てしまうからなのか? まあそれでも初期の凝りに凝った美文と、後期の語りの面白味と、バランスよく読める作品ではある。 美術教師をしつつ絵を描く夫と、絵に共通点があることで知り合って結婚した妻恭子。しかし、妻が公募展の大賞を受賞したことで、アーチスト同士の対抗心と屈折から夫婦関係がおかしくなり、その修復を兼ねて旅立ったイースター島で、探検家の夫を追いかけて島を訪れた女性藤子と出会う。夫は恭子を捨てて藤子と暮らすようになる...しかしそれは不倫という関係でもなく、探検家の夫の帰りを待ち続ける藤子を支えるための、夫の「優しみ」であることを恭子は理解していた... という人間関係がタダの欲望ではなくて、より抽象化された宿命めいたものとして扱われるのは赤江瀑の通例。リアルじゃなくて思考実験みたいな人間関係に、どこまでノれるか?というのが赤江瀑にハマれるか否かを分けるんじゃないかな。で今回の特色はやはり謎めいたイースター島という背景。 あそこはあなた、淋しみ属の首魁たちが棲んでいる島。でしょ?そうでしょう?モアイ。あの巨大な石像。世の眷属どもがさ、渇仰して、淋しさの魔をまのあたりにできる島。淋しさの魔の虜になって、身を顫わせて感動する島。 すれ違う二組の夫婦に、それぞれモアイのように孤立して天を仰ぐ姿にダブルイメージ。恭子のイメージの世界に棲む「ガラ」は恭子を批判しつつも、「人の優しみ」やら「人と暮らした賑やかな思い出」の化身のような存在として、恭子の「救い」でもあったりする.... まあだから、話の枠組みだけ紹介すると純文学。でも読んだ印象がそうでもなくて、その昔の「中間小説」というあたりのジャンル感で活躍した作家らしさ。今回はとくに女性心理探究なテイストが強いから、「女性小説」とでも呼ぶべきかも。 これが赤江瀑。 |
No.894 | 5点 | 新ナポレオン奇譚- G・K・チェスタトン | 2021/11/16 22:06 |
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寓話っていうものは、作者のA面B面をそれぞれ対立させて作る「作者」の仮面劇だろう。冷笑的な諷刺家もチェスタトンだし、理念に身を捧げる狂信者もチェスタトンに他ならない。狂信者が勝利ののちに殉教するのはお約束なのだが、諷刺家は国王になる....静止した世界ではすべてがお笑い草、アナーキストが王者となりすべての価値を転倒してみせるのだが、それもまたお笑いに即座に回収されてしまう。だから狂信もホントウは何の拠って立つ根拠すら、ない。
そんな話。結構イマの日本の姿を暗示しているような気がしないでもない。新しいものはもう何も生まれず、そんな閉塞感に押しつぶされずに正気を保つためには、まさに愚行を率先するしかないのかもね。 でも処女長編で、前半の余裕が後半はなくなって、話が動く後半の方がつまらない。意外なくらいに殺伐とした話で、そこらへんでチェスタトンらしさを感じないなあ....前半のトーンで後半が描けたら、よかったのに、と惜しまれる。ユーモリストの仮面のすぐ下にキマジメな顔を覗かせては、いけないよ。 |
No.893 | 7点 | メグレの初捜査- ジョルジュ・シムノン | 2021/11/11 22:57 |
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「メグレの回想録」はメグレの結婚で終わるので、本作が扱うのは新婚のメグレが所轄署の署長秘書として関わった事件から、特捜部の刑事に任命されるまでの話。けっしてメグレがただ若くて「刑事くん」な話じゃなくて、シリーズ中でも屈指の変化球だと思う。
要するに「貫禄のないメグレ」なのである。だから、上司の署長やら刑事たちやら、さては事件の関係者に至るまで、「坊や」扱いでナメられること....「コイツ、デカだ!」と気づかれたギャングに、あわや攫われて殺されかける危機一髪なシーンまであり。後年のメグレじゃ、絶対お目にかかれない展開の連続で、ヘンに面白い。 で、こういう苦い思いをして、屈辱も胸に秘めながら、 もしぼくが治安警察局に入るようなことがあったら、ぼくは誓って、所轄署の憐れな連中に対して軽蔑のそぶりなぞ絶対見せないぞ。 と心に誓ったりする。確かに後年のロニョン刑事に対する態度など、メグレという男の人格の一貫性をうまく描写している。「運命の修理人」という比喩が登場するのが、この作品というのもシリーズ構成としてウマくできてるな~と思わせる。 あと没落した伯爵家に生れながらヤクザになった男のイキな生きざまとか、その相棒が憎めないあたりとか、メグレが付き合うことになる暗黒街の住人達のキャラ描写もみょーにカッコいい。 決して「メグレの回想録」みたいな愛読者サービスみたいな内容ではなくて、変化球ながら独立した価値がある。 |
No.892 | 5点 | 火の玉イモジェーヌ- シャルル・エクスブライヤ | 2021/11/08 20:40 |
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女探偵をやったから、女スパイ...でイモジェーヌを選ぶ評者は、はっきりヘンだ(苦笑)。ユーモアというよりも、ドタバタなスパイ小説。身長5フィート10インチ、というからには177cm、赤毛の猛女イモジェーヌが秘密書類を故郷の街に運ぶ任務を命じられたが、その行く手には死体の山が積み重なる...というマンガチックな話。
と紹介するとね、ホントに漫画に思えるんだけど、実は泥臭く、アクが強い話。一筋縄ではいかない。イモジェーヌは狂信的なくらいに愛郷心が強いスコットランド人で、イングランド人やウェールズ人を差別しまくるくらいのキャラ。50歳独身、思い込みも激しく直情径行、しかも女だてらの腕力もあって、ナミのオトコの手におえるような代物じゃない。 スコットランド名物料理でハギスってのがあって、作中にも登場するけど、羊の胃袋に内蔵やらオートミールやら詰めて茹でた料理で、スコットランド人以外には正気とは思えない料理として有名だったりする。この作品の味わいって、まさにハギス。読むなら覚悟した方がいい珍味。 |
No.891 | 7点 | サマータイム・ブルース- サラ・パレツキー | 2021/11/07 10:00 |
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いいじゃん。いや評者前から読みたいと思ってたシリーズなんだけど、未読作家なので後回しにしていた。シリーズ自体全くの初読である。
事件自体は、社会派的な内容で、パズラー好きな読者がそもそも面白いと思うようなものではない。でも労組+損保+信託銀行というこの背景のシブさは、ちょっとデビュー作とは思えないくらいのもの。1982年出版で、当時まだあった学生運動の残り火と、既成労組の腐敗(いわゆるダラカンってやつ)の対比とか、明白に70年代的なネオ・ハードボイルドの流れを受け継いでいるのがわかる。評者ご贔屓なモーゼズ・ワインに近いポップなテイストも感じるんだよ。フェミだってさあ、やはり70年代の空気感からやはり育ってきたものだしね。 ふつうはイニシャルを使っているわ。弁護士として働きはじめんたんだけど、同僚や相手方の男性弁護士というのは、わたしのファースト・ネームを知らないときのほうが、横柄な態度に出ないものってことに気づいたの これが実にV.I.ウォーショースキーのキャラを如実に示していると思う。 女はナメられる、それにムカツきながらも、それをカワす知恵を駆使して、オトコたちとワタりあうヒロイン像。しかも、ヴィクが女性差別にムカついているのを、直接描写ではなくて、チャンドラー風の警句にうまく昇華しているあたりが、「おお!」と膝を打たせるようなうまい「ハードボイルドの使い方」なんだ。フェミの声高さをハードボイルドに昇華したあたりで、リアルというよりも「ポップ」という方向に向かっているのが、この作品の良さなんだと思う。 だからかな....ヴィクのファンタジーの中だと、ピーター・ウィムジー卿が白馬の王子様なのが、微笑ましくも許せる(苦笑)。 |
No.890 | 6点 | ユダの窓- カーター・ディクスン | 2021/11/06 12:52 |
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さて懸案の大名作。低評価失礼...とまず、謝ります。
いや小説としてはわりと面白いんだよ。カーと言うとハッタリがウルサいことも多いけど、法廷場面中心でハッタリを仕掛けてないから、読みやすいしカーの素のストーリーテラーぶりを楽しむことができる、というのはイイ面。「この人誰あれ?」というような人物を証人に呼ぶと結構なクセ者で面白いとかね、そういう楽しさがある。 なので、問題、と思うのは主としてミステリ面。この作品の構成的な狙い、というのは、無実の罪を着せられた被告をHMが弁論で無実を証明して無罪を獲得したあとで、その裁判で顕われた証拠を軸にフーダニットして見せる、という二段構成なんだと感じたんだけど....いや、これが趣向として押しきれてないのが残念。まあだし、HM最初から真相・真犯人大体わかってて弁護しているんだもの。探偵が最初から真相分かっているのって、評者は好きじゃないな...小説が始まる前に決着しているようなものなんだもの。 であと、もちろんこれ指摘する人が多い、真犯人がどうやって矢を入手したのか納得いかないこと。被害者は罠にかける相手のピストルを手にいれているのだから、被害者のプランでわざわざ矢が登場する意味がよく分からない...「ピストルの消失」が謎になる密室トリックでもこれは成立したと思うんだけどねえ。それから、タイムスケジュールがタイトすぎて「できるの?」と心配するくらいだとか、これは都筑道夫氏も指摘しているけども、密室に不可欠なある現象を目撃した被害者の反応を読み切れない面とかね... というわけで、フィージビリティとか言挙げするのは趣味じゃないけども、本作はいまひとつ「おかしい」面が目立ちすぎるし、構成面でも意図が分かるぶん、もう少し工夫もあるかな、とも感じる。もちろんタイトル「ユダの窓」が実にステキなことは称賛したい。偽証を指摘される人物も「窓」で裏切られるから、こっちももう一つの「ユダの窓」かも。 (あと今の創元文庫は、ダグラス・G・グリーンの「序」とか、瀬戸川猛資、鏡明他の座談会がオマケについていて、これが実に読み応えあり。これをプラス1点したい。カーのオカルトはあまりマジメじゃなくて「キャンプ趣味」だというのは同感) |
No.889 | 7点 | ジキル博士とハイド氏- ロバート・ルイス・スティーヴンソン | 2021/11/04 21:22 |
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実家の本棚を漁ってたら、この本を発掘。岩波文庫だけど、ミステリ枠じゃん。で「医師ジーキルが薬の....」の帯からしてネタバレしてるよ~~
というかね、「ネタバレ絶対不可」というミステリマニアモードって、実はかなり狭い範囲でのジョーシキのようにも感じるし、1970年代あたりだとそこまで神経質ではなかった記憶もある。たとえば「アクロイド」だって「オリエント急行」だって、一応真相の噂を聞いていて、それを確認するために評者は読んだようなものだった記憶があるくらいだ。でなきゃ宰太郎本なんて出版できるわけないよ。まあ本作のネタバレなんて、バレないのが難しいレベル。普通に比喩で使うわけだし、ミュージカルだってあるしさあ。 あたらめて本作。中編レベルの短い話だけど、こってりとした満足感があるのが不思議なほど。純粋にミステリみたいに読んでもいいようにも感じるくらいに、叙述が技巧を凝らしていて面白い。狂言回しのアタースン弁護士が中心にはなるんだが、伝聞だったり、客観描写からアタースン側に視点が戻ったり、短いながらいろいろ多面的に叙述を工夫して、最後はラニヨン博士とジーキル博士のそれぞれの手記。ハイド氏の犯罪とジーキル博士の奇行が(もし真相を知らないと)ミスディレクションみたいに働く部分もあって、「手法的には完璧ミステリ、なんだよね」と思えるくらい。 実際、本書の時点だとまだ「ミステリ」ってちゃんと確立したジャンルでも何でもないわけだから、たとえば同テーマとも言っていい「ドリアン・グレイの肖像」とかも併せて、「ミステリを巡る一連の作品」といったくらいの、緩めのジャンル感で評価していくのがいいんじゃないのかな...なんて提案したい。 あ、あとスティーヴンスンっていうと「ロンドンの霧」。霧がもう一人の登場人物みたいな存在感。 (そういえば、で思うんだけど、昔ってミステリのメディア展開が盛んで、しかも映画などのメディア展開側で平気でバレてたから、バレに神経質じゃいられなかった気もする...本が本で完結するようになったのって、実は最近のことみたいにも感じるんだ。どうでしょう?) |
No.888 | 7点 | 密使- グレアム・グリーン | 2021/11/04 12:58 |
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エンタメなグリーン。1939年の作品。アンブラーだと5作目の「ディミトリオスの棺」と同じ年だから、アンブラーはソビエトに対する失望感から立ち直ってきたあたり。要するにそういう危機的なヨーロッパ情勢を背景にしないと、この作品の味わいってかなり薄まるようにも感じる。
つまり、内戦下の母国からまだ戦争に巻き込まれていないイギリスに、石炭買い付けの密命を帯びて派遣された主人公D。なので「まだ平和」なイギリスの「平和」があくまで「まだ」なだけの、「危機的な状況」なのは同じなのにそれから目を背けているイギリス社会への批判的なまなざしは、おそらくグリーンの想いそのものなんだろう。Dのライバルとしていく先々に現れては策謀する貴族階級出身のLは、インテリ間の連帯感を通じてDに裏切りを勧めるのだが、Dはすでに薄れつつある収容所で殺された妻の記憶に賭けても裏切るわけにはいかない。 Dのアイデンティティは「死者の記憶」というか細いものだけが頼りなのだ。隠し持つ「信任状」にさえ裏切られたDは、任務の失敗を取り返すために炭鉱地帯へ赴く.... 文芸系スパイ小説の一番のシブ味というのは、あらゆる犠牲を払ってまで、なぜ自分がその任務を果たさなくてはならないのか?という問いにあるのだろう。その犠牲の重さにスパイは押しつぶされそうになる。この自問自答の小説なのだから、陰鬱なのはまあ、仕方ないよ。裏切りが多重に交錯する迷路のような状況は、戦争まじかのイギリスの暗鬱さでもあるわけだし、空襲で埋まった自分が掘り出される「記憶」は、本書出版の後でイギリスが受けた空襲を予告さえもしている。これがDがこだわり続ける原風景なのだ。 スパイはゲームではなくて、スパイが戦うのはそのゲーム盤をひっくり返そうとする暴力なのだろう。 |
No.887 | 7点 | 私刑(リンチ) 大坪砂男全集3- 大坪砂男 | 2021/11/03 12:20 |
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予告通り大坪砂男やります。まずはクラブ賞受賞作の「私刑」を含むこの本から。
大坪砂男と言う作家は一概に作品傾向を言えない人なんだけど、「私刑」とか「花売娘」とかは典型的だし、あるいは「街かどの貞操」や「外套」「現場写真を売ります」あたりまで、この本に収録された作品にはハードボイルドの香りがある。しかし、そのハードボイルドさ、が翻訳小説から来た「ハードボイルド」さ、言い換えるとチャンドラー風の「卑しい街を行く騎士」といったハードボイルド・ヒーロー的なものではないのである。 戦後の混乱した風俗を通じて、価値観がすべてぶっ壊れたその廃墟に立ち、それこそ「堕落しなけばならない!」とアジった安吾風の「戦後精神」を体現して、悪党と娼婦ばかりの世相のヒリヒリするような現実感の中で「土着的なハードボイルド」さを実現しているあたり、かなり重要な作家なのだと思える。 いや「私刑」なんて、ハメットさえも飛び越えて、黙阿弥が描いたような、「江戸の悪党」のハードボイルドさを体現しているかのような、そういう颯爽としたところがある。この人のオリジナリティ、ってそういうあたりだ。日本のマニア評価、というのはどうも「海外のモデルをいかに忠実にホンヤクできたか?」というあたりに重点がありすぎるようで、こういう「土着ハードボイルド」というべき達成には、どうも焦点が当たりづらい気風を感じる。そういうの、拝外主義だと思う。 でも文章、凝ってるなあ....で戦後すぐのスラング多いから、若い人だと読むのが辛そうだ。 |
No.886 | 7点 | 心閉ざされて- リンダ・ハワード | 2021/10/31 18:54 |
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これは、出来がいい。ゴシック・ロマンスのツボを押さえて、意外な犯人のミステリ興味もあれば、ヒロインの成長物語、家族大河小説の味わいまで備えたロマンティック・サスペンスの名品。
南部の名家に生まれた少女ロアンナは交通事故で両親をなくし、同じ境遇の従姉ジェシーと共に本家を取り仕切る女主人の祖母ルシンダに引き取られた。ルシンダは事業の後継者としてロアンナとも幼馴染で兄のようにしたうウェッブを後継者とするが、ジェシーは美人で優雅に成長してウェッブの妻の座を射止める。それに引き換えドジで変わり者のロアンナは、ジェシーに意地悪されつつも、ウェッブを慕っていた。ロアンナにキスをするウェッブをジェシーが見とがめた夜、ジェシーは何者かに殺された。容疑は夫婦喧嘩をしたウェッブにかかるが、証拠もなく事件はうやむやになる。容疑の晴れきれないウェッブは怒って家を出る....十年後、事件の影響で心を閉ざしつつもルシンダの補佐役として事業を切り回すロアンナに、ルシンダはウェッブを連れ戻すように頼み、ウェッブの住む西部をロアンナは訪れる....ウェッブは南部に帰還して事業を継承するが、ウェッブとロアンナに危害を加えようとする怪事件が続けざまに起きる... こんな話。意地悪な従姉ジェシーは死んでもレベッカみたいな影響力を持つし、性格が歪んで帰還するヒーローって嵐が丘だ。遺産を狙う叔父伯母もいてゴシックロマンスのテンプレをうまく使い倒す剛腕がなかなかのもの。それにヒロインの屈折と、屈折の陰に隠れつつも成長していく姿に感情移入しやすい。不遇系ヒロインのロアンナ、キャラに面白味があってナイス。ジェシー殺しには意外な真相もあって、ミステリ興味も外さないし、ヒロインの屈折にもそれなりの「真相」っぽいものがあって、構図が切り替わる面白さもある。 うん、よくできたエンタメ。 |
No.885 | 5点 | メグレの途中下車- ジョルジュ・シムノン | 2021/10/30 11:14 |
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メグレは国際会議の帰途に、学生時代の親友の元を訪れようと、ヴァンデの地方都市フォントネ=ル=コントで途中下車した...その街は連続殺人に揺れており、友人は予審判事としてその渦中にあった。行きがかり上、メグレは事件に巻き込まれていく...
という話。ポイントはメグレの学生時代の親友だったシャボ。学生時代には苦学生のメグレは違い、素封家の息子らしくメグレにとってやや眩しい存在だったようだけが、今ではすっかり地方都市のしがらみに囚われて、責任ある立場を占める代わりに老化の兆候も見せている...というあたり。まさにこの地方都市の、没落した上流階級と、成り上がり者の入り婿、しかし一般市民は成り上がり者をいつまでも嫉妬と猜疑の目で見つづけ、何かきっかけがあったら暴動やリンチがおきかねない....という地方都市らしいややこしい階級対立が背景にある。 「おれはおそろしい(心配だ)」という発言は、このヴァンデ県の街が、フランス革命当時の「ヴァンデの反乱」の中心地、ということもあって、そういう連想がメグレにも働いたんじゃないか、という気もする....悲惨な内戦の舞台なんだよね(深読みかな?)。 で、友人のシャボは、成り上がり者として上流階級からも庶民からも排斥される男の数少ない友人でもあるのだが、この男の息子に殺人の容疑が....という展開。地方都市の人間関係のややこしさと、かつての学友が見るからに平凡な男になっていった失望感のようなものが、この作品の陰鬱さを強めている。 庶民から成りあがってもプルジョアになりきれない男の哀歌みたいなものがシムノンお得意のテーマなんだけども、地方都市を舞台に陰湿な階級対立の層として描いてみせたあたり、一種の「社会派ミステリ」みたいに読むのがいいんじゃないかと思う。 |
No.884 | 6点 | パンドラの眠り- アイリス・ジョハンセン | 2021/10/29 21:54 |
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一応ロマサスのジャンルに入るのだけど、ロマンス色は意外に薄くて、王道のサイコスリラー、という感じのもの。この著者も、結構「ロマサスの女王」と呼ばれることが多いようだ。人気シリーズの第8作にあたるけども、リーダビリティ絶大で途中参入でもあまり問題なし。
ヒロインのイヴ・ダンカンはシングルマザーとして娘ボニーを育てていたのだが、連続殺人鬼によって攫われて行方不明になっている。その捜査で知り合った刑事クインと恋人になり、ともにボニーの行方を捜すのだが、それを通じて、イヴは勉強しなおして、頭蓋骨から生前の顔を蘇らせる「復顔彫刻家」としての才能を開花させた。ある日、イヴのもとに「自分がボニーを殺した」という男からの電話がかかってきた...キスルというその男にはやはり連続殺人鬼の容疑がかかっていた。この電話は、捜査に強い影響を持つ復顔彫刻家であり有名誘拐事件の被害者の母である、イヴを挑発するためにサディストのキスルが仕掛けた罠だった。このキスル、ランボーのようなサバイバルのプロで「ボニーの墓を教える」という口実と、新たに誘拐した少女の安否を賭けて、イヴに挑戦したのだった。イヴはクイン刑事と前作で知り合った傭兵上がりの武器商人モンタルヴォとミゲル、それに霊能者のメガンとともに、キスルの罠にあえて飛び込む... キスルの罠の舞台はジョージア州のオケフェノキー湿原。それに特殊部隊上がりのクイン刑事と、コロンビアのゲリラ上がりのモンタルヴォが挑むことになるわけで、いやロマンスというより劇画調のハードロマンの部類でしょ。男性が読んでもさほど違和感がないんじゃないかな。でもこの二人がイヴを巡るライバルのわけで、恋のさや当て&男の友情もあり。要するに、この作品の「妙」は、誠実で真面目なクイン刑事、ワイルドでちょいワルなモンタルヴォの対比に加えて、どう見てもイヴに惚れてるようにしか見えないくらいにイヴに執着する犯罪者のキスル、とうまいグラデーションでオトコを配置したあたり。 でもね、意外に決着はあっけなし。霊能者のメガンの役回りもやや意外だけど、どうやら著者の別作品から参加したキャラのようだ。ちなみにモンタルヴォの副官みたいなミゲル君、なかなかナイスなキャラ。普通に面白い。 「ロマンス小説」の枠内でも、劇画調のハードなスリラーが書けるんだよね、というのが面白い。恋のさや当てはあっても、官能色はかなり薄いです。 |
No.883 | 8点 | 読み出したら止まらない!女子ミステリーマストリード100- 事典・ガイド | 2021/10/25 19:56 |
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先日、仁賀克雄「新海外ミステリ・ガイド」が、名作・傑作を網羅してやる!という意気込みにも関わらず、「レベッカ」を落としている、というのに気が付いてショックを受けて、「女子ミステリ」という概念で、クリスティからコージーから女性探偵ハードボイルドから日常の謎からコージーからロマサスまで、「女子」をキーワードにして...と思ったらドンピシャの本がすでにありました。残念(苦笑)
本当にこれは「ミステリ史の盲点」にあたる観点でもあるわけで、従来的な本格・ハードボイルドetc,etcといったジャンル分けとは、目の付け所が違う、一種の横断的なカテゴリになる。しかし、この「女子ミステリ」のカテゴリの批評的な使い勝手の良さ、というものは、ちょっとスゴイものがあるようにも感じる....この本は紹介するミステリについてそう突っ込んだ批評というものではなくて、あくまで「ガイド」で冒頭程度のあらすじとコメント、著者紹介くらいしかしていないのだけど、「セレクション」によって「新しい意味」を作り出している。まさにその「選ぶこと」が「批評」の代わりなのだ。 一般に「ミステリ」とはジャンル違いとされがちなロマサスにも、かなりミステリ味のものがあるわけだし、そうなったらかろうじて「ミステリの一部」に認められているコージーと、あるいはロマンス色が強い「終わりなき夜に生れつく」と、クリスティでも伝統的には非ミステリとされてきた「春にして君を離れ」と、これらを一つにの概念の下に包摂することで、新しい「ミステリ観」が立ち現れるのでは....この果敢なチャレンジは成功している。 乱歩が作りあげた「本格史観」ではなくて、もっと多様な「ミステリの歴史」や「ミステリの読み方」があっていい。これはそういうひとつの思考実験なのだと、評者は思うのだ。 実際にはロマサスから選ばれているのは5冊くらい、それより氷室冴子とか新井素子とかジュブネイルのファンタジーも入っているのが面白い。必ずしも女性作家オンリーではなくて、女性視点での「面白さ」を大矢博子氏が書きやすい(まあ、ネタっぽくだが)男性作家の作品もいくつか。「犬神家」とか「天使の傷痕」とか「異邦の騎士」とかも入ってる... 読んで、選ぶ。こういう行為でも、実に批評的であることもできるのだ。 |
No.882 | 5点 | 裏切りの刃- リンダ・ハワード | 2021/10/22 07:15 |
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前回仁賀克雄氏の「新海外ミステリ・ガイド」(2008)をやったわけだが、ここで凄く気になったことがあって、今回はその関連でこれ。
仁賀氏のガイドでは、巻末にMWA/CWA 選のオールタイム・ベストテンが載っているのだけども、両者共通に選ばれている名作が6作あって、「英米も結構共通するんだね...」と思わせるんだけども、この6作のうち1作だけは、この「ガイド」でまったく言及がない作品なんです。皆さん、分かりますか、その作品? 実は「レベッカ」なんですね。ガイドの旧版(1976)の「ミステリの分類」だと「ゴシック・ロマンス」の項目があるにもかかわらず、「レベッカ」に触れていないんです...で2008では「ゴシック・ロマンス」の項目はなし。 いや、ミステリ史の最大の「盲点」って、じゃあ「女子ミステリ」というものではないのかと。 確かに、仁賀氏、コージーという単語を使ってないです。知らないのかなあ...改めて考えてみると、クリスティやセイヤーズの名作のいくつかは「女子ミステリ」だしね。だったら、「レベッカ」「終わりなき夜に生れつく」とコージー、女性探偵ハードボイルド、それにミステリ系出版からは出づらいロマンティック・サスペンスまでをうまく囲むジャンルとして「女子ミステリ」という批評概念があるのでは... なので、手元にあった本書。一応今「ロマサスの女王」でググると、本書のリンダ・ハワード、蟷螂の斧さんが3作やっておられるサンドラ・ブラウン、あとアイリス・ジョハンセンの3人がひっかかる。ハーレクインやら二見文庫やらで大量に出ているから、今一つ全貌がわからない翻訳小説の魔界なんだけど.... で、本作はロサンゼルスのオフィスに経理事務員として勤めるヒロイン、テッサは、本社から派遣されてきた強面のエリート社員ブレットとエレベーターの中で出会い、恋に落ちて一夜を共にする...しかし、テッサは突然「横領の容疑」で逮捕される。「私は無実!」と訴えるのだが、横領の容疑でテッサを告発したのは、実はブレットだった.... という話。ロマンティック、の面だとヒーローがヒロインを傷つけて、敵対する、という珍しいパターン。結構テッサが心理的に追い込まれるけども、芯の強さがなかなかアメリカン!なところ。ちゃんと自分で反撃するし、それを見てヒーローも「誤解していたのでは?」と思うようになって....でアタリマエだけど、ハッピーエンドになる。 横領犯人探しもあるわけだが、これは結構ミエミエな部類。読みどころはヒーローの強面ぶり・俺様っぷり。だから対抗上ヒロインも鼻っ柱が強いオープンなタイプで、「アメリカのエンタメ」感たっぷり。意外に日本人向きじゃない気もする... まあ、こんな感じ。短めのジェットコースター小説。 いやでも「読み出したら止まらない! 女子ミステリー マストリード100 」という本があるようだ。これ読まなきゃ。 |
No.881 | 5点 | 新海外ミステリ・ガイド- 事典・ガイド | 2021/10/19 20:16 |
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この論創社から出た本(2008)は、1987年のソノラマ文庫「海外ミステリ・ガイド」の増補改訂版、ということになっているのだけども、実はその前に 1976年にやはり朝日ソノラマから出た「海外ミステリ入門」が原型だったりする。「海外ミステリ入門」を評者持っていたりするので、それとの比較でいろいろと述べると面白いと思うのだ。
「この世に残された最後の男が、一人で部屋に座っていた。するとドアをノックする音がして...」 というのは怪談である。フレドリック・ブラウンもいうように、ノックをしたのが何ものなのか、ということが恐怖の焦点になっている。(1976) というのはホラーである。アメリカ作家フレドリック・ブラウンのショート・ストーリーの冒頭だが、ノックをしたのがいったい何ものなのか、ということが地球最後の男には恐怖の対象になっている。(2008) という具合。まったく新規に追加された章は第3章「名探偵とヒーローの系譜」くらいだが、この章は単なる繰り返しみたいなもので意味ない...2008はシンプルにまとまった 1976 の改悪みたいな面もある。ほぼ 1976 と変わらないのは第1章「海外ミステリの歴史」、第4章「ミステリのトリック」の2つ。それに第5章「ミステリの映画化の歴史」は増補が大量だが、単に作品列挙のレベル。なので、この1976と2008の32年間の間の変化、というものは、ほぼ第2章「ミステリの各派」に反映している、と見るべきだろう。 2008の「本格ミステリ」「警察小説と司法ミステリ」の区分がきわめて恣意的というかね、単に探偵役が警官・弁護士だったら「警察小説と司法ミステリ」に入れてしまっていて、コックリルもダルグリッシュもギデオン警視もモースも87分署もメグレもペリーメイスンも全部ごっちゃ! だから本格ミステリには黄金期延長線上の作家と歴史ミステリ・技巧派・短編パズラーくらいしか入らないことになって、「本格ミステリ」という概念が有名無実になったような強烈にヘンな分類になっている。1976にはそれなりのリアリティを持っていた乱歩的な「ミステリの歴史」というものが、2008には完全に崩壊しつくした??(深読み御免)。 こういう総論を書く場合には、どうしても「史観」は欠かせない。しかし、せいぜい「歴史」という概念で捉えることができたのは1970年くらいまでだ。それ以降は単なるジャンルの拡散以外は何も起きていなくて、「史観の軸」になるような支点は何も見いだせない、という状況があらわになっているかのようだ。「何がミステリなのか?」というミステリの範囲は、そういった「史観」なしには決定できないのだ。 たとえば、2008で廃止になったジャンルは「ゴシック・ロマンス」で、20代りに「サイコ・スリラー」と「モダン・ホラー」が追加されている。「レベッカ」風の女性向け「ゴシック・ロマン」は2008でもちゃんと書かれているにもかかわらず、いわゆる「ミステリ」の視野からは外れてしまい、代わりにスティーヴン・キングや「羊たちの沈黙」を「ミステリ」に包括しよう、というかたちで境界線が揺らいだ...これは時代の変化、というものなのだろうか?それともタダの流行なのだろうか? としてみると、この 2008 から見えてくるもの、というのは「ミステリ史というものの不可能性」というようなことのようにも感じる。つまり、流動化して拡散していく「ジャンル分け」に一番反映している「現代」と、旧態依然な「名探偵とヒーローの系譜」「ミステリとトリック」との乖離の激しさ、というあたりでも、こういうタイプの総論が不可能になりつつある、とも感じさせるのだ。 というわけでこの本は「複雑骨折したような本」である。しかしこの「複雑骨折」の中に、時代の証言を聴く、というのが求められているのかもしれない。 (けど今は映画のスチル載せると別途お金がかかるから...なのかしら。映画がタイトルだけでスチルがないのが、寂しいです。1976はしっかりスチルが載ってます) |
No.880 | 6点 | 港のマリー- ジョルジュ・シムノン | 2021/10/18 21:44 |
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集英社のシムノン選集というと、全12冊のうち半分ほどは文庫になって、メグレじゃないシムノンの本格小説を70~80年代あたりで楽しむにはお手軽なシリーズだったのだけども、実はこのシリーズ、翻訳者が妙に豪華で面白い。「日曜日」は生田耕作だし、「かわいい悪魔」は中村真一郎、「片道切符」は詩人の安東次男で、本作はと言うと....やはり詩人の飯島耕一である。詩とシュルレアリスム以外の翻訳はこの人、珍しい。評者とか学生時代には飯島耕一って愛読したんだよ。シュルレアリスム出身だけども、意外なくらいに平明で「こじらせて」ないあたりが、何か琴線に触れたんだ。
いや、そういうあたりが、実はシムノンに向いている、といえばそうかもしれない。 すべては言うならあっという間に運んだ。というのもマリーは潮の満ちてくる時というものを心得ていたからだし、彼女は海の荒れがしずまって、どのあたりで満ちるはずかも知っていたからだ。そして男たちというものはともづなをとくまえに、気のゆるむ瞬間が、つまり橋をあげる時がある、というのを知っていたからだ。 この小説の最後くらいの描写である。するすると書かれているけども、実にイメージ豊かで「散文詩」と言ってもいいくらいの美がある。 でこの小説、かなりヒネった恋愛小説で、ミステリ色は薄い。ノルマンジー半島の漁師町、ポル・タン・ベッサンで父を亡くした少女マリーは「スールノワーズ(食えない子、何を考えているかわからない子)」と呼ばれていた。気のいい姉オディールが女中奉公から主婦に納まった相手、シャトラールはシェルブールで映画館やカフェを経営するやり手の実業家だが、マリーの父の葬儀で、マリーに目を付けた....芯の強いマリーはシャトラールの誘惑をガンして撥ねつけるのだが、シャトラールはマリーの身辺に付きまとう。マリーを崇拝する青年がシャトラールを襲撃するなど、人間関係がコジれていくのだが...という、一見どう見ても「恋愛劇」に見えないのだが、実はこれ恋愛小説、というシムノンらしいロマンチックがゼロの恋愛小説だったりする。 この話の中で際立つのは、やはり「何を考えているかわからない子」マリーの、独特の芯の強さ、自立を求める個性といったものだ。結果的にはやり手で女遊びも盛んなシャトラールを手玉にとったことになるのだが、「男女の闘争」を真剣に捉えたマリーに、シャトラールはしてやられたようなものだ。でもそのマリーの姿に「爽やかさ」みたいなものを感じるのが、面白い。 シムノンという本当に「女をよく知っている」男性作家ならではの、超変化球の恋愛小説として楽しむといいと思う。 |