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クリスティ再読さん
平均点: 6.40点 書評数: 1382件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.962 6点 日曜日- ジョルジュ・シムノン 2022/03/29 08:25
シムノン版「殺意」。
いや結構似ている。コートダジュールの宿屋の経営をがっちり握る妻ベルトが、「お見通し夫人」とでもいうべき「一本筋の通った悪妻」で、その夫でキッチン担当の主人公エミールはだらしない浮気者。エミールがふと思いついた妻殺し計画から、抑圧されて主体性をなくしているエミールにとっての、皮肉な「人間性回復」みたいなものが窺われるのが、面白いあたり。

もちろん、人殺しは悪いことだからね(苦笑)

エミールの愛人というか、セックスフレンドみたいなメイドのアダが、悪女か、というとそんなこともない。知能も若干遅れ気味のようだし、聾唖?が第一印象、

彼女は別の世界、森と獣の世界に属しており、並みの人間の心得ぬ事も知っているのではないかと疑われた。彼女が未来を予言したリ、魔法をかけたりできるとわかっても彼は驚きはしなかった

と「森と獣の世界」、人間の生活からの脱出を示しているかのような幻想に、エミールはとらわれる。まあもちろん、これただの空想に過ぎないとエミールもわかっている。そこらへんにシムノンならではの「リアル」がある。

「シムノンのミステリ」の一番のオリジナリティというのは、殺人という「プロセス」がただのプロセスではなくて、さまざまな願望や空想に満ちた「謎解き」以外の「割り切れない」部分から立ち上がるのを直視していることなんだろう。

No.961 5点 大東京四谷怪談- 高木彬光 2022/03/28 09:07
カーの「火刑法廷」が、初めて翻訳されたとき、この作品の評価について、故江戸川乱歩先生と私とでは完全に評価が分かれた。先生はカーの作品としてはB級の作品といわれたし、私は最高傑作の一つとして頑張ったのである。(著者のあとがき)

という狙いで高木彬光が書いた「本格」でも「変格」でもない「破格探偵小説」。大南北の東海道四谷怪談になぞらえた連続殺人が起きて、犯人も「お岩さん」な作品....こういうと、凄く面白そうな作品。

確かに高木彬光ってハッタリは上手なんだけども、どうもハッタリが実質を越えているときの方が多いようにも感じるのだ。ハッタリ=ミステリとしての仕掛、と評者は捉える方だから、ミステリ作家としてこれは決して悪いことではないのだが、それでも実質と落差が激しすぎると、「何だかな...」となってしまう。墨野隴人の推理に魅力が欠けるんだよなあ。

いや「火刑法廷」の面白さって、ゴーダン・クロスの推理が詭弁に詭弁を重ねたようなインチキ臭いもので、それゆえ乱歩が「B級」と呼んだのかもしれないのだが、このインチキに理由とカーのメタな狙いがあるからこそ、「インチキ」が生きてくる...評者はそう見ている。
本作は墨野隴人が「名探偵」だからこそ、失敗しているんだろう。オカルトには墨野はかかわりがないからね。
(とはいえ「もう一つの真相」はシリーズ伏線の一つだよね)

No.960 8点 死者との結婚- ウィリアム・アイリッシュ 2022/03/27 12:01
マッチの火がそんなにはっきり見えるのに、彼女はびっくりした。予期もしていなかった。小さな光ではあったが、一瞬ひどくあざやかだった。光った黄蝶が、翼をいっぱいにひろげたまま、黒いビロードの背景幕にピンでとめられたかと思うと、またすぐ逃がしてもらったように見えた。

いやこんな文章、書いてみたいです....マジで。サスペンスって「心理」主体な小説になる、のが通り相場だけども、本作だと映画真っ青な視覚的描写に凄みがある。映画にするんなら監督要らないよ、と言いたくなるくらいに、場面場面の視覚イメージが鮮烈で、しかもそれが直接に心理描写にもなっている。

ただ、話の規模は小規模。短編でも良かったかな、というくらいの話。それをシンネリコッテリやって、ヒロインを追い詰めていく。読むのがツラくてツラくて....ヒロインに感情移入しすぎ。完璧に評者もウールリッチの術中にハマってる。
ふう、意外なくらいに読むのに時間がかかった(苦笑)。評者的リーダビリティは強烈に低い(笑)。

....そういえば、本作「真相不明ミステリ」の一つだったんだ...予定調和はガン無視の「心エグられる」劇薬。

No.959 5点 ノストラダムス大予言の秘密- 高木彬光 2022/03/24 17:20
高木彬光には、「その他」ジャンルがいろいろ、ある。その一つが易占関連書のわけだが、評者とか本当にノストラダムスはリアルタイムだったから、なかなか思い出深いこともあって、本作を取り上げる。まあ、高島嘉右衛門の評伝の「大予言者の秘密」も書評はなくてもリストアップはされているしね。小説とは言い難いが、「成吉思汗」「邪馬台国」「古代天皇」な「~の秘密」シリーズだと思って、とりあげよう。

本作は五島勉の「ノストラダムスの大予言」の批判書のほぼトップバッターとして出たものである。でも、高木彬光というと、オカルトへの親近感が強すぎる作家...というのは、読んでいる方はそれなりにお気づきのこととも思う。易占関連書もマジメなものだから、「予言なんて全部大ウソ!」という立場ではない。ビリーバーの立場から、五島勉の「ノストラダムスの大予言」をツッコんで、矛盾撞着を指摘して五島の大予言の胡散臭さを指摘することになる....だから、上から目線なネタ消費の「と学会」じゃなくて、土台を共有するオカルト業界での内ゲバ、といえばニュアンスが伝わるかな。

だから、評者がわざわざ「五島のココがおかしくて、高木の反論もヘンテコ!」とか指摘したとしても、全然面白くないのだ。なので、そんなことはしない。高木の論調も五島のハッタリを批判しつつ、ノストラダムスの詩行が何とでも解釈可能で五島の訳が恣意的すぎるのを指摘して...そんなこと。穏当なものが多いし、「一九九九年」説を高木は全面否定の結論。高木のこの本を批判する理由は、まったく、ない。

思うんだが、ミステリ、の持つイカガワしい「駄菓子的要素」というものも、70年代には結構残っていたんだと思う。乱歩正史のエログロもそうだし、子供が読むと叱られるようなカラー、といえばいいのかな。そりゃミステリは人殺しを主題にする小説なんだから、そもそもけして品のいいものではない。本格だから、パズラーだから、清潔で論理的なもので、そういう「駄菓子要素」とは無縁、というわけでもないのである。
で、高木彬光も、たとえば刺青趣味とか典型だが、そういう「駄菓子要素」もふんだんに備えた作家だったわけである。結構アクドい猟奇実話系の著作もあるしね。で言えば、この五島勉だっていくつかスリラーを書いている立派なスリラー作家で、「カバラの呪い」なら本サイトの書評もあるくらい。また、ノストラダムス紹介の草分けがミステリ翻訳も多数な黒沼健、ということもあって、ノストラダムス現象というもの自体が、探偵文壇とも根っこではかなり強いつながりがあるものだ、というのも指摘しておきたいと思うのだ。

まあだから、ノストラダムス現象を「と学会」的に「トンデモ」として消費する、のでなくて、70年代までのアクドく駄菓子な「ミステリ」の問題として見直す....ならば、評者らしいのではないかと思うのだ。

(個人的な思い出。祥伝社ノンブックスの「ノストラダムスの大予言」のカバー絵が怖くて、そっちに怯えてた...小学生なんだもん。書評を見ると高木の批判に「救われた!」とする人が結構、いるんだね)

No.958 7点 怪異雛人形- 角田喜久雄 2022/03/23 09:08
この短編集は、角田喜久雄の「捕物帳」アンソロである...というのを「意外!」と感じるのを、編者の縄田一男氏は想定しているのだろう。角田喜久雄は「時代伝奇」の作家であり、それは画然として「捕物帳」とは区別されるべきだ、という縄田の前提があるわけだ。この「ジャンル感覚」を角田の実作を通じて、相互のジャンルの侵犯と、海外ミステリとの三角関係のなかで捉えてみよう、というなかなかに凝った狙いがこのアンソロに込められている。
実際「捕物帳」というのは「右門捕物帖」が作りあげたフォーマットである。角田自身、そういう「捕物帳の決まった型」に対する不満から、より奔放に幻想と合理性を両立させた伝奇ロマンに向かったという述懐があるようだ。そこであえて「捕物帳」というジャンルを取り上げたことで、やはり「捕物帳」というジャンルに対する角田の「ミステリ作家」の視点が窺われることになる。この兼ね合いが、面白い。

表題作の「怪異雛人形」は、「連続殺人の被害者が全員、首の抜けた雛人形を抱えて死んでいた」というイカニモな猟奇事件なのだけども、実はちゃんとミステリな真相がある。つまり「ミステリとしての捕物帳」。同様に「逆立小僧」は室内すべての品物が裏返しになっている殺人現場の謎。要するに「チャイナ橙」。これにも合理的な理由を見つけ出している。
「鬼面三人組」は派手な集団抗争モノなので、こっちは角田お得意の時代伝奇の要素を捕物帳に落とし込んだ形式になる。しかも、「悪魔凧」だと、この時代伝奇要素がハードボイルドといった方向に突き進んでいっていて、これがなかなか、いい。土着型ハードボイルドというか、「木枯し紋次郎」テイストといえばいいのだろうか。
怪談風の因縁で自殺が続く「自殺屋敷」。エーヴェルスの「蜘蛛」とか「自殺室」とか「目羅博士」とかああいう趣向で、密室殺人を提示してみせる。横溝が「開放的な日本家屋は密室に向かない」で困った話があるわけで、捕物帳では「どうやって、密室」よりも「なぜ、密室」の方がずっと自然でかつ盲点な着眼点になる、という狙いが実は大変面白い。まあ、HOW の方は反則みたいなものだが、「密室」というテーマのこんな独自の捉え方がある、というのが一番のポイント。

いや実に、ミステリ読者こそ、この角田捕物帳を読むべきである。

No.957 6点 まぼろし姫- 高木彬光 2022/03/21 18:30
角田喜久雄の時代伝奇を先日扱ったわけだが、春陽文庫のカタログを見ると、高木彬光の時代小説が大量に載っているのを見つけた...そういや、そうだね。高木彬光というとかなりの多作家でもあって、Wikipedia でカウントしても200冊を超える著書があり、そのうちミステリはジュブネイルを含めて約6割の120冊あまり。残りは約50冊の時代小説、20冊ほどの占い関連書、そしてSFやら架空戦記やら怪奇実話や邪馬台国や闘病記..
だったら、時代小説も、一応高木彬光の「主力」のジャンルと言っていい。

でも高木彬光の時代小説って、今となるとかなりニッチだ。ググっても書評は少ない。なので、「面白い作品がどれか?」とかまったく情報がないのだが、春陽文庫でわりと最近まで出ていた本作を選んでみた。入手性もいいんじゃないかな。

町火消し「い組」の棟梁喜兵衛は、出くわした辻斬りと自身の娘の誘拐事件が発端となり、「まぼろし姫」という言葉を巡る暗闘に巻き込まれる。菊屋敷に住む将軍家斉の姫、菊姫の「千姫御殿」を思わせる奇怪な噂の真相は? 最後はその菊屋敷が炎上し、喜兵衛と婿で事件の探索に当たった三次が炎の中から救い出したのは...

まあそんな話なんだけど、これが「時代伝奇ならでは」なネタについてのミスディレクションが効いた、ミステリ風味の強いスリラーだったりする。時代伝奇だからアクションは派手。話が二転三転して転がっていく先がなかなか見えなくて、意外な展開をするので面白い。あとこの人独特の刺青趣味も、火消しだから一番自然な世界。

というか、高木彬光という作家の最大の弱点って、キャラ造形が下手で属性をいろいろ盛っても、へんに空々しいあたりだと思っている。これが時代劇だと、町人は町人らしく、侍は侍らしく描けていればそう文句は出ない。うまく弱点を隠すことができるんだよね。だから単純にプロットに専念すればいいわけだ。

なるほど、向いてる。評者の他にも高木彬光の時代小説を読んでみたい方がいらしたら、おすすめします。
(追記:本作が高木彬光時代伝奇の頂点、とする書評があった。やはりイイ作品なんだな)

No.956 6点 一、二、三-死- 高木彬光 2022/03/20 11:11
サクサク人が殺される「ドライブ感」みたいなものって、不謹慎ながら連続殺人モノ、とくに「童謡殺人」とか「見立て」系の一番の魅力のように感じる。本作も終盤畳みかけるようなリズムで殺人~真相暴露と続くので、そういった「連続殺人モノ」の面白さを味わえる作品なのは確か。

まあ、動機がイってる件とか、犯人特定ロジックが蓋然性レベルとか、アラを探せばキリはない作品だけども、駄菓子のおいしさみたいなものがある。いいじゃないの。

で、例の動機だけども、社会派、といえばそうかもよ(これはコト志に反している?)イマドキで言えば「反出生主義」とかそういうバリエーションがあるかもしれないな。高木彬光って「トンデモ」発想がある時があるけども、本作はそれがプラスの方向に働いている作品だと思う。

けど本作の関係者、ガチで全員ロクでもない連中ばっかり。全員氏ね!って言いたくなる...のはひょっとしたらネタバレ、かしら(苦笑)。

No.955 8点 鬼火- 横溝正史 2022/03/19 16:42
「本陣」やら「獄門島」やらと同じくらいに、実は評者は「蔵の中」や「かひやぐら物語」や「貝殻館綺譚」といった横溝耽美ミステリが大好きなんだけどなあ...いやなかなかそういう趣味が分かって頂きづらい世の中なのかしらん。
同じ耽美とはいえ、乱歩の耽美とは肌合いが結構、違う。乱歩のねちっこい語り口で示されるエロスに満ちた怪奇譚と比較すると、横溝の方がずっと「きれい」で「あはれ」な話だ。同じ美少年趣味でも、ゲイ風味の強い乱歩の視線よりも、横溝は女性が美少年に向ける視線に近いように感じたりもする。

するとああ、鏡の中には忽然として一個不可思議な人物が浮び出して来ました。それは男とも女ともつかぬ、世にも妖しく、また美しい面影でありましたが、争えないもので、こうして見ると私の顔は、おそろしい程亡くなった姉の小雪に似ています。しかも尚それよりも数等の美しさなのです。

「蔵の中」で主人公が女装する場面だけども、ナルシスティックなあたりが強く出るのが、乱歩との違いだろう。こんなセピア色にくすんだ「蔵の中」の世界が、評者は大好きだ...(あと、白馬の王子様な「蝋人」もいいな~)

いやこの妖異耽美の世界が、まさに戦前「探偵小説」の懐の広い味わいなんだよ。(「六本木美人」、分かる人いるかしら?)

「鬼火」の湖畔アトリエ描写とか、意外に「犬神家」を連想するところが多いのは、そりゃ舞台を戦前に横溝が療養生活を送った諏訪に求めているから、なんだけども、佐清マスクとか入れ替わりとか、題材流用もしていたりする。そういえばいがみ合ういとこ同士、だってそうか(苦笑)金田一だけ読んでいると、横溝正史って作家はわからない、とも思う。

まあこの柏書房「横溝正史ミステリ短編コレクション」は、金田一・由利三津木モノを除外した短編だけで編んだアンソロ、というのもあるけども、事実上角川文庫の「鬼火・蔵の中」と「塙侯爵一家」の2冊の合本に「鬼火」の手稿版を収録した事実上の戦前短編傑作選(「真珠郎」は欲しいが...)になる。とはいえ、中編「塙侯爵」はピカレスク?となるけども腰砕け。「孔雀夫人」はミステリっぽいけども、大した作品ではない。

「横溝ミステリ」の幅の広さを、皆さんにも知ってもらいたい。

No.954 7点 メグレと死体刑事- ジョルジュ・シムノン 2022/03/19 08:40
意外に評者は好みのタイプの作品だった。メグレがうんざりしつづける、重苦しい話なんだけどね。
仕事上の上司みたいな立場にある予審判事に直接頼まれた以上、イヤとは言えないのだが、「特別休暇」扱いで何の権限もなく、ボルドーの田舎町に派遣されたメグレ...判事の義弟の家に滞在し表面上は歓待を受けるのだが、「よそ者」にブルジョア家庭のトラブルをひっかきまわされるのはゴメン、というウラがありありと透けて見える。しかも判事の依頼は労働者階級の青年の不審死をめぐって囁かれる義弟の関与の噂をなんとかしろ、という筋ワルでこの街の階級対立を煽りかねないものだった....しかし、誰が依頼したか分からないが、司法警察を不祥事で辞めた元同僚で今は私立探偵、「死体刑事」カーヴルがこの事件の後始末に暗躍している。「丸くおさめる」のはカンタンでも、メグレの意地がそれを許さない。

この作品は第二期で「奇妙な女中」とか「ピクピュス」と合本で出たという話だから、中編?と思いきやちゃんと長編。合本にはどうやら戦時中の出版統制のような事情があるようだ。本作は「メグレの途中下車」で舞台になるフォントルネ・ル・コントのそばの田舎町。階級対立に巻き込まれ「よそ者」扱いに苦慮するメグレ、旧知の知人(学友)が絡む...と、「メグレの途中下車」の別バージョンみたいな話ではなかろうか。でも「途中下車」よりもこっちのが好き。

「難事件」といえば、このくらい「難事件」なものもないだろう。アウェイ、関係者の隠然たる敵意、正式の権限なし、強力なライバル....でもメグレはメグレ。事件解決後に「死体刑事」にちょいとイヤ味の一つもいいたくなる。

「あらゆる言辞のなかでおれにもっとも忌まわしく思える表現がある。その表現を聞くたびに、私は飛びあがってしまい、歯が浮いてしまう...それが何だかわかるか?」
「いや」
「《万事が丸くおさまる》ってやつさ!」

メグレはただの名探偵ではない。魂をもった男なのである。「空気」に同調しない個我をそなえた人物なのだ。

No.953 6点 妖棋伝- 角田喜久雄 2022/03/17 23:32
横溝正史でも城昌幸でも時代小説の書き手として人気だったわけで、ミステリ作家と時代小説作家の兼業は昔から珍しいことでも何でもない。春陽文庫のカタログを見ると高木彬光の時代小説も大量に載っているくらいのもので、時代小説を一切書かなかった乱歩が例外、と言い切ってもいいとまで思う。
で、兼業作家でもどっちか言えば時代伝奇の作家としての方が主力だったのが角田喜久雄である。それでもこの人、デビューは探偵小説だし、戦後も継続してミステリを書いていたわけで、立派に両立していた作家の最たるものである。
本作は戦前の「伝奇三部作」と呼ばれる代表作の一つ。でもね、いや何というか、かなりドライな作品なのが面白い。時代劇と言うと「人情」とかそういう話になりがちなのだが、そうじゃない。ゲーム性がかなり強い。風太郎の直接の先輩。

宝探しに向けてその手がかりになる将棋の駒を奪い合う争奪戦だが、主なプレイヤーが4組。大岡忠相をバックにする陣馬一令、公家の側室を名乗る妖婦の仙珠院、札差の悪徳商人の下条元亀、鬼与力で評判の赤地源太郎....それに加えて上州からやってきた縄を使う郷士武尊守人と、江戸を騒がす怪人「縄いたち」が、この争奪戦に巻き込まれる。
だから登場人物も多いし、相互の騙し合いや駆け引きがかなり複雑で、勧善懲悪どころじゃなくてそれこそ「血の収穫」ばりのクールな集団抗争劇になっている。結末も予定調和なハッピーエンドでもないし、「宝物」も実は江戸の太平の世ではもう厄介者のような秘密でしかない。

そんなかなりモダンなテイストの話なのである。たとえばミステリ代表作の「高木家の惨劇」だって、それぞれのプレイヤーが騙し合い裏切りあう、ややこしい抗争が背景にあるのを考えたら、時代伝奇でも同じことをしているようなものだ。

関東大震災で東京に残る江戸の風情が消え去ったことで、「幻想の江戸」が成立する、というのが縄田一男の「捕物帳の系譜」のテーマだったのだが、この「幻想の江戸」は、リアルの過去とは無縁の自由な「ゲーム空間」だったと言ってもいいのだろう。その「いつでもなく/どこでもない江戸」をクールに、ニヒルに、自分自身だけが頼りの都市住民として闊歩するのが、実は戦前の時代小説のヒーローたちだった...そう見る方のが、実は正しいのだろう。

No.952 6点 プレーグ・コートの殺人- カーター・ディクスン 2022/03/15 22:13
有名作ではあるんだけどもねえ...いや評者あまり密室って好きじゃない。推理しようがない密室って多いから、作者の得たり賢しな謎解きを聴いて感心するか、というとそうでもないことも多い。「カッコイイ密室」って実はそうとう難しいんだと思っているよ。
特にそう思うのは、被害者の内緒の狙いと、協力者の思惑、というあたりが、実は本作はあまり噛み合ってないようにも思うんだ。被害者による演出がなくても、この密室って成立するわけだし。怪異譚の合理的な謎解き、という面では心霊家の被害者に演出の狙いがあるのが当然なんだけど、それと密室の謎がごっちゃになっているようにも感じられる。
フーダニットの方は....いや、これ当たらないでしょう。無理筋、という評価の方が自然じゃないかな。

まあ、交霊術のいろいろなトリックをそれとなく教えてくれるとか、そういうあたりが面白いかな。やはりカーはオカルトをキャンプ趣味で面白がるタイプなんだろう。

(思うんだが、カーとディクスンの違いって、「アメリカ人から見たイギリス」なのを意識しているのがカーで、完璧なイギリス人のフリをしているのがディクスン、という気がする。どうだろう?)


追記:どうしても気になるので..(バレ)
これって外したときに、証拠を回収できないから、簡単にバレる。いくら旋盤を使うからって手製だし、ヒビが入っていて爆散とか、バランスが悪くて軌道が安定しないとか、頭蓋骨など表面にある骨に当たって刺さらないとか...モース硬度2だそうだから、そもそもあまり硬いものではないようだ。通常モードなら被害者の協力で何とかなるんだろうけどもね。

No.951 4点 黄金の鍵- 高木彬光 2022/03/13 12:28
評者も人並さんとは世代が近いせいか、墨野隴人シリーズにはほぼ同様の経緯で触れている。本作(1970)と次作「一、二、三――死」(1974)とは間が4年ほど空いていて、墨野初体験が「一、二、三――死」の方。で、その次の「大東京四谷怪談」(1976)がガチのリアルタイムで「高木彬光最新作」。何となく第一作は読まずにすませてしまい、ずいぶん後になってそれでも墨野の正体が気になって「仮面よ、さらば」を読んだ、というのが評者の経歴になっている。
だからね~「一、二、三――死」とか「大東京四谷怪談」が懐かしいから、それなら墨野隴人シリーズ最初から全部読もうか、と思って未読の本作。人並さんも似たようなこと書かれているので、やはりこの第一作は埋もれた印象が評者も強い。

小栗上野介の徳川埋蔵金を巡るロマン...と言えばそうなんだけど、墨野が語るそれなりに納得感のある推理が、ちょっと読者を騙すような妙な内容になっていることもあって、本作はそのロマンに納得がいかないや。まあ、歴史の謎の宝探しだから、小説の中でどう結末をつけるのか、ってやたらと難しい。決定的証拠を見つけちゃったらリアルで大騒動を引き起こす(それも面白いが)。なので本作は題材からしてその「ロマン」で失敗せざるを得ないようにも思うんだ。
で、殺人の真相もつまらないもの。やはりイマイチ評価は避けられない。

ちなみに人並さんも気になされた「黄金虫とデュパン」「クロフツ警部」は、しっかりと光文社文庫(1998)でも生き残ってます。まあ、このシリーズ立役者の「愉快な未亡人」村田和子女史、こういうキャラだからね~(苦笑)伏線と言えばそうかもよ。で墨野とマタハリの娘の悲恋話って、そりゃ面白いけどさ、上松のホラでしょうよ。

まあでも本作の不出来は気にしない。個別作品をまたいだ「シリーズ伏線」を楽しむつもりだし、この後2作が楽しみ。

No.950 7点 メグレ夫人のいない夜- ジョルジュ・シムノン 2022/03/12 10:07
好み。ミステリとしての名作じゃないけども、皆さん同様にシムノンらしさ炸裂の好編だと思う。
原題は「家具のメグレ」くらいの意味で捻りすぎなんだけど、メグレ夫人がアルザスの妹の看病で、メグレに舞い込んだ「突如の(臨時)独身生活」。それをうまく織り込んだナイス邦題だと思う。
だから、メグレは事件の起きたアパートに住み込んで、その住人や気立てのいい家主とも仲良くなる。いやこれが昔風の下宿、といったもので、「めぞん一刻」と言ったらまさにその通り。家主クレマン嬢は響子さんで、メグレは五代くん。だったらラブコメ?かもしれないけど、メグレだからまあそうはならない....はずが、ラブコメもロマンチックも、ある。「男をかばう女の話」というテーマが隠されているのを、メグレは察知する。
ジャンビエが撃たれるなんて物騒な発端だけど、最終的には大岡裁き。甘いって言えば甘いけど、捕物帖テイストといえばそうかしら。ひょっとしたら、女性人気が突出して高い作品かもしれないよ。

犯人との対決・取引とか、よく書けている作品だと思う....メグレらしさ、が存分に発揮された作品という意味だったら、名作かも。ラポワントくん、調査は役立たずで残念、お疲れさま、ジャンビエのファーストネームは、アルベールだそうだ。

No.949 6点 びっくり箱殺人事件- 横溝正史 2022/03/09 18:20
最近の読者は「金田一じゃないから」と本作読まないんだろうか。それももったいない話。上機嫌なユーモア・ミステリなんだけどねえ。

というか、横溝正史の戦後の「本格の鬼」のイメージが強くあるせいか、戦前の「新青年」編集長をしていた頃の「モボの教祖」の側面が、どうも見過ごされがちのようにも感じる。横溝編集長期に「新青年」は、「探偵小説雑誌」のカラーが薄れて、ナンセンスとユーモアのお洒落なモダン雑誌の色合いを強めた経緯もあって、そこらから見ると、実は本作みたいなのが横溝正史の「地」なんじゃないかと思うくらい。本作の洒落た戯作調なんて堂に入ったもので、余裕で書いていて、とても楽しい読み物だ。

終戦直後の世相もいろいろシャレのめして取り入れて、安吾か砂男かな名調子で綴られるレビュー殺人事件! でも、ミステリの骨格は結構しっかり。ネタはチェスタートンのあれだったりする。でも小見出しが全部当時の映画タイトルを捻ってつけていて、それを本文中でもセリフに登場させるお遊びもあれば、

ユネスコとはフラスコの一種にして、ペニシリンの製造に用いられる

とかね、そんなギャグが満載で、戦後の世相に詳しいとかなり楽しい。解説によると探偵作家クラブの文士劇に使われたそうだから、ウケただろうな~

角川文庫だったから「蜃気楼島の情熱」を併載。こっちは金田一。でも結構仕掛けが見え見えで、さらにの逆転あり?なんて思ってたら、なし。残念。ちなみに耕助パトロンの久保銀造登場作で、怪しい関係にしか見えない(すまぬ)。

No.948 7点 闇に葬れ- ジョン・ブラックバーン 2022/03/09 09:04
評者は子供の頃、ウルトラマンやウルトラセブンよりも、断然「怪奇大作戦」や「ウルトラQ」の方が好きだった....そんなテイストが横溢していて、論創社のブラックバーン3冊の中では一番面白い。ただしSF色がやや強いので、それほど怖くはないな。

本作はレギュラーのカーク将軍もレヴィン卿夫妻も登場しない。レギュラーなしで多視点でモザイクのように話が組み合わさって、群像劇のような印象になって、これがいい。話の中心の十八世紀の奇人芸術家の墓を開けるプロセスが、さまざまな障害に直面して、難航するさまがなかなかサスペンス。中にあるのはロクでもないものに決まっているのだがね。でもダムによる水没のタイムリミットに向けて、墓を開ける側とそれを阻止する側の暗闘が、ジリジリするような気分を盛り上げる。ここらへん、実に上手。

墓が開いたとなると、それからは爆発的な勢いで世界の終末の危機が訪れ、ラストまで一気に押し切られる。ラヴクラフトの「ダニッチの怪」の構成に倣ったのかな。読者をノセて読ませることについては、確かな技量のある作家であることを、改めて実感。

まあ、ネタがチープとか、前半のホラーから後半のSFへの転換とか、切り札の説得力が?とか、あるんだけどさ。評者は映画だって話の筋立てよりも、演出の切れ味とか映像美とかをずっと評価するタイプだから、そんなの気にしない。ブラックバーンはネタ作家ではなくて、優秀なエンタメ作家である。

(ブラックバーンは翻訳はコンプ。もっと出ないかしら?)

No.947 8点 拳銃売ります- グレアム・グリーン 2022/03/07 17:59
兎唇に生まれ父は絞首刑、母は自殺と世の中の不幸を一身に背負ったようなギャング、レイヴンは依頼を受けてヨーロッパ某国の大臣を暗殺した...ロンドンに戻ったレイヴンはエージェントから報酬を受けるが、そのカネは金庫破りで紙幣にアシがついた金だった。追われるレイヴンは自分をハメた男チャムリーとその黒幕への復讐を誓って、イギリス北部の町ノトウィッチに赴く。その途中でレイヴンと関わり合った娘アンは、レイヴンを追う刑事マザーの婚約者でありながら、次第にレイヴンの復讐に関わっていく...

グリーンのエンタメテイメントでも、代表的な作品と言えるだろう。実際、この筋立てならば、ホントにノワールらしいギャング小説なんだよね。しかし、グリーンだからこそ、各人物の心理描写が独自であり、それぞれがそれぞれを裏切りる痛みを抱えながら、活劇として結末まで転がっていく小説である。
言い換えると、ギャング小説の中に「罪と許し」といったカトリック的主題が乱入してきているようなもので、実際そういう宗教的要素が逆に「ギャング小説」が備えている「モノガタリの原型」を露呈するような瞬間というのが、確かにある。
だから「ギャング小説」と「宗教的主題」がそれぞれを「裏切り」ながら絡み合って互いに侵食しあう「逆転の小説」とも言える。追う者は追われるものに、裏切りゆえに愛され、ワルモノは聖者に...さらに、そこに社会的なテーマも加わってきて、このレイヴンが依頼された暗殺事件が、戦争をわざと引き起こすためのきっかけに利用されるものだ、というような背景も本書が書かれた第二次大戦直前の緊迫した状況も反映している。

なので、かなり多面的な小説である。筋立てを追うのもよし、悲惨な生い立ちのレイヴンをダークヒーローとして捉えるのもよし、登場人物の相互の裏切りの話として「人間の悪」に思いを寄せるのもよし。それでも、評者は、

彼は自動拳銃を手にして、流しの下にじっと坐ったまま泣きだした。泣き声は立てなかった。涙が蠅のように、自分勝手に、目の隅から流れ落ちるようだった。

こういう表現に打たれる。レイヴンの復讐は意図せず結果として、世界を戦争の瀬戸際から救うのである。
(ひょっとして「蠅」は「縄」の誤植か?まあ、どっちでもナイス)

No.946 5点 シャーロック・ホームズの優雅な生活- マイケル&モリー・ハードウィック 2022/03/06 14:58
ビリー・ワイルダーの1970年の映画「シャーロック・ホームズの冒険」のノベライゼーション。内容は正典にはないオリジナルで、「ホームズの私生活(原題)」に関わる事件なのでワトスン博士没後50年たって初めて公開された手記による...という設定。映画の企画は計4時間の超大作で撮影もされたようだけども、配給の都合で2時間に。編集で生き残ったプロローグ扱いの「ロシア・バレリーナを巡る奇妙な事件」と本編のネス湖の怪物を巡る話のみの映画そのままの内容を、忠実にノベライズしたもの。
ごめん、映画は見てない。ワイルダーらしい洒落たコメディなんだが、駄作、という声も高いみたいだ。

...しかしね、ノベライズ担当のハードウィック夫妻が名うてのシャーロキアンというのもあって、記述などパスティーシュの楽しさがよく出ている。で、原注のかたちでハードウィック夫妻が、映画の設定の考証をして「おかしい!ワトスンの思い違いorわざとの韜晦か?」とツッコミを入れているのが笑える(苦笑)。たとえばプロローグ扱いのロシア・バレエは、ディアギレフまでロンドンを訪れていないし、白鳥の湖は20世紀にならないと流行らない...なんてツッコむ。ホームズ&ワトソンがバレエ団に呼ばれた事件は、プリマがホームズの胤を欲しがった、というお笑いな理由。それをホームズはワトソンとの同性愛関係を持ち出して拒絶する! いいのか、これ(笑)

本編はテムズ川で溺れかけた女性がベーカー街に運び込まれて...でシリアスに始まる話。でも最後はヴィクトリア女王まで登場してハチャメチャになっていく(苦笑)。それでもねパラソルを使った通信とか映画で見たら感動するよね、という評判のいい場面もあるから、ワイルダーらしい洒落た部分もないわけじゃない。
ちなみに、この話で登場するマイクロフト・ホームズは、ダイエットに成功したそうである。演じたのはクリストファー・リー。この人、シャーロックも演じているから、ホームズ兄弟を両方演じた唯一の役者だそうだ。

映画もノベライズも両方珍品の部類。でも「恐怖の研究」がノベライゼーションのヤル気のなさでホームズらしくないのと比較したら、ずっとマシなものだよ。

No.945 5点 時計は三時に止まる- クレイグ・ライス 2022/03/05 20:36
先日やった「家の中の見知らぬ者たち」の主人公ルールサが酔いどれ弁護士だったから..でもないが、酔いどれ弁護士といえばご存知J.J.マローン。そのデビュー作だからもれなくジェイク&ヘレンのコンビもついてくる。「飲んで騒いで~~」の連続でなかなか楽しいし、とくにヘレンがスクリューボールコメディのヒロインっぽくツンデレぶりを発揮して、なかなかよろしい。ジンジャー・ロジャースとかああいった辛辣で行動的なタイプ。会話も洒落ていて、映画にしたら向いてそう。ヘレンが全部おいしいところをかっさらっていくような印象だし、ライスの「理想の自分」みたいなものが投影されているのかな。

なんだけど、ミステリとしては「こんな真相だとイヤだな」と第一感で思うようなのが真相。家の中の時計が全部止まっている理由も、屁理屈を聞いてるみたいな気分。話のデテールは楽しいんだけどねえ...あと意外に話の展開にメリハリがない気もする。デビュー作だからそんなものか。

(評者、マルクス兄弟みたいなのが「ファース」だと思うんだがなあ...カーだと「盲目の理髪師」はファースだけど、「連続殺人事件」はスクリューボールだと思う)

No.944 6点 新・黒魔団- デニス・ホイートリー 2022/03/04 22:51
ナチスが黒魔術を使って世界征服を企むのを阻め!というイカニモな設定の元祖がこの小説。しかしね、本作は1941年の作品で、言うまでもないが第二次大戦はまだ序盤。フランスは降伏し、ロンドンは空襲を受け、アメリカの参戦はまだ、という一番暗い時期に書かれた本。「愛国的」ではあるけども、イギリスのエンタメの懐の深さみたいなものを感じる。評者が書いている今もウクライナで戦争が起きていたりもするのだが、何か勇気がもらえるようにもね。

「黒魔団」の続編なので、ド・リシュロー公爵と3人組にマリー・ルーが引き続き活躍する。大西洋で輸送船がドイツ海軍に待ち伏せされて拿捕・沈没があい続いた。情報漏洩か?相談を受けたド・リシュローはそれが黒魔術を使った諜報活動ではないかと考え、輸送船に霊魂を飛ばして監視。果たして黒人呪術師の霊がスパイをしていた。呪術師の霊と闘争するが、ド・リシュローさえようやく逃れたほどの実力者だった。このナチスに協力する呪術師の本拠がハイチにあることを調べたド・リシュローと友人たちは、ハイチに乗り込む。ヴードゥーの魔術、それにゾンビの脅威が一行を待ち受ける...

こんな話。今見るとコテコテ、といえばその通り。でもホイートリー自身は神智学や魔術結社とも関係があった人物でもあるから、そういう知識を踏まえて書いているし、ヴードゥーの儀式の描写も詳細でリアル。オカルト的手段で戦うんだけども、退魔グッズはただの依り代で「自分の力で戦う」という敢闘精神が強調される。戦争中で戦意高揚の要素はあるが、それって大事なことだなあ...

まあでも肩の凝らない活劇でリーダビリティは抜群。「黒魔団」は平井呈一の最後の訳業だったから、この続編にはかかわっていないけども、ド・リシュローは公爵のクセにべらんめえ。訳者の平井呈一リスペクトがうかがわれる。

(あと言うと、本作007,とくに「死ぬのは奴らだ」の元ネタみたいな小説だよ。この本の解説によると第二次大戦中、フレミングと直接関係があったみたいだし、小説の影響関係もフレミングが認めているようだ)

No.943 7点 家の中の見知らぬ者たち- ジョルジュ・シムノン 2022/03/03 20:57
メグレ物ではないけども、しっかりミステリ。しかも法廷ものだったりする。

それでもシムノン、一筋縄ではいかない。主人公は街の名家の当主で弁護士のルールサ。でも...妻に逃げられたことで18年間引きこもりの生活を続けている。置いてきぼりの娘ニコルがいるが、ルールサは関心を示さずに育ち、二人の関係は冷淡なものだった。しかし、ある晩ルールサは銃声を聞いた気がして、館の中で死体を発見する....ルールサの無関心をいいことに、ニコルは男友達たちと気ままに館の一室で遊び暮らしていたのだった。ニコルと愛し合うその男友達の一人が、逮捕されて裁判になるが、弁護に立ったのはルールサだった。

事件をきっかけに、引きこもり生活から脱出し、娘とも向き合い、18年間無縁だった町の人々や街の景色を改めて見つめるルールサの視点に、魅力がある。引きこもり探偵っていうと、「刑事くずれ」のミッチ・トビンという例もあるけども、ルールサは一日4瓶のワインを平らげるアル中で、ルンペン風の身なりの汚さがあるから、カート・キャノンにも近いか。まあ、アル中探偵は今はけっこう、いるな。
シムノンだから、こそかもしれないけども、このルールサの「復活」の描写が全然押し付けがましくないし、本人もそれほど気負ってないのが、何かいいところ。事件が解決してルールサの街の評判はグッと改善するのだけど、ルールサは「社会復帰」なんて恥ずかしがって(苦笑)自堕落にまた戻る。けども、ちょっとは世の中に肯定的になっているし、周囲とも改善して...

いやなかなかイイ話。でも相当キャラも事件もひねくれている。それをすんなり見せることができるシムノンの剛腕、ということだろうか。シリーズにでもすればよかったのに。

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クリスティ再読さん
ひとこと
大人になってからは、母に「あんたの買ってくる本は難しくて..」となかなか一緒に楽しめる本がなかったのですが、クリスティだけは例外でした。その母も先年亡くなりました。

母の記憶のために...

...
好きな作家
クリスティ、チャンドラー、J=P.マンシェット、ライオネル・デヴィッドスン、小栗虫...
採点傾向
平均点: 6.40点   採点数: 1382件
採点の多い作家(TOP10)
ジョルジュ・シムノン(102)
アガサ・クリスティー(97)
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