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[ パスティーシュ/パロディ/ユーモア ] ドラキュラ紀元 ドラキュラ紀元シリーズ/改題『ドラキュラ紀元一八八八』 |
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キム・ニューマン | 出版月: 1995年06月 | 平均: 6.00点 | 書評数: 1件 |
東京創元社 1995年06月 |
書苑新社 2018年05月 |
No.1 | 6点 | クリスティ再読 | 2022/07/09 10:13 |
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ヴァン・ヘルシングに勝利したヴラド・ツェペッシュ(ドラキュラ)は、ヴィクトリア女王の配偶者として「プリンス・コンソート」と呼ばれイギリスを支配下に置いた....そして吸血鬼と人間(ウォーム)が共存する社会が実現した。その治世のもとで、吸血鬼の娼婦ばかりが惨殺される事件(現実のジャック・ザ・リッパーを踏襲)が起きる。旧体制の隠れた司令塔だったディオゲネス・クラブの腕利き諜報員ボウルガードはジャック・ザ・リッパーの追跡を命じられるが、その中で吸血鬼の少女ジュヌヴィエーヌと知り合う....
最初からバラしているので、一種の倒叙なのだけども、ジャック・ザ・リッパーの正体は、ストーカーの「吸血鬼ドラキュラ」に登場するセワード医師。ドラキュラに歯向かった罪を問われずに、貧民街の福祉施設で勤務している。ルーシーを巡ってゴダルミング卿と張り合うが、そのゴダルミング卿は吸血鬼になって首相のルスヴン卿の秘書をしている。 こんな感じの小説。古今の吸血鬼小説や映画に登場した人物とヴィクトリア朝の有名人、ヴィクトリア朝を舞台とする小説のキャラが総登場の壮大な「二次創作」みたいなもの。マイクロフトはかろうじて公職にいて主人公のボウルガードの上司だが、ホームズは強制収容所。ミステリで言えばモリアーティ教授やらモラン大佐やらフーマンチューやら紳士強盗ラッフルズやら皆々吸血鬼化している。オスカー・ワイルドは吸血鬼化するが同性愛嫌いのドラキュラの忌憚に逢うけど、詩人のスウィンバーンはマゾで人間(ウォーム)のまま。 そんな設定で人間と吸血鬼が共存しているが、ドラキュラが事実上の国王なので「吸血鬼にならないと役人の出世は不可」とか、そういう規則を定めようとしている。十字架やキリスト教に弱い、というのはタダの迷信とされ、悪霊めいた超自然の存在というよりも「生物的な状態の移行」という感覚。ただの出世主義や金儲けのために吸血鬼化するのが変じゃないような世の中。主人公のボウルガードの婚約者ペネロピは、仕事の鬼のボウルガードに愛想をつかして吸血鬼のゴダルミング卿と浮気して自分から積極的に吸血鬼化する。そんなノリ。 だからとても人間臭いし、吸血鬼の血統(ドラキュラの血統か、他の吸血鬼の血統か)、世代(最近吸血鬼になった者と、昔から吸血鬼であった者)の間での差別やら反感やら、いろいろある。ヒロインのジュヌヴィエーヌはドラキュラと別系統でしかもドラキュラより年上、だからドラキュラの政治に強く批判的。 まあだから、本作の吸血鬼、というのがどちらか言えば、イギリスの貴族制度やら国教会主義のパロディに見えるようなところもある。吸血鬼になりたがる人々の傾向は、貴族のような特権階級や闇のヒーローたち、それに娼婦やルンペンと、インテリや性的に放埓な人々...そんなニュアンスがあって、小市民的な価値観とそうでない人々で何となくの線引きがされているのかな。 話の展開や描写や雰囲気よりも、パノラマ的な面白さで引っ張っていく物量主義。ネタ元の知識がないとかなり読みづらいと思う。悪くはないが、1作でお腹いっぱい。まあ、いいか。 |