皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
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クリスティ再読さん |
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平均点: 6.40点 | 書評数: 1312件 |
No.1072 | 5点 | アップルシード- 士郎正宗 | 2022/11/11 21:27 |
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サイバーパンクの話の続き。評者他人に本を借りパクされたり差し上げたりはよくするのだけども、本作は珍しく、逆。映画館で知り合った若い方に布教されて、いただいた本(2巻まで)。確かにアノ時代流行った本なんだが、評者オトコノコじゃないせいか、どうもピンと来なかった。まあだけど今回80年代サイバーパンクをテーマにしたからには、続きも読もうじゃないの。
言ってみればSF仕立てでポリスアクション。でも捜査はしなくてSWAT所属だから、突入とか荒事の専門職。最初の2巻はやや話がつながっていて「長編」という印象もあるけども、3・4巻あたりになると「アクション」はあっても事件の起承転結がはっきりしなくなって、物語の輪郭が読んでいてちゃんと取れない。未完作ではあるけども、「大きな一つの物語」になるというよりも、「そういう日常話」みたいに読むしかないのかな。「日常」とはいえ、過剰なSF考証とミリ知識の蘊蓄で物語が押しつぶされるような印象。でこの人、絵のデテールに凝りすぎる反面、結構絵づらで把握される内容がコマの間で「飛んで」いるような...だから絵で見たときの「話」の繋がりがわかりづらい。 サイバーパンク、で言えば、サイバースペースはなし。パンク要素もなし。ジャパネスクも目立たない。生体工学が発達して、人間をベースにしたバイオロイドとの共存、というのがテーマなんだけども、そうエグい話になっているわけでもない。設定過剰なSFに「サイバーパンク」が乱用された時期だから「サイバーパンク」だったのかな。美少女メカ漫画の典型なんだけども...パトレイバーと並んで、「女の子がフロントで、男がバックアップ」のパターンを作った作品でもあるわけだ。 すまぬ、評者が一番相性が悪いタイプの作品みたいな気がする。本を下さった方には申し訳ない。 |
No.1071 | 7点 | 虹龍異聞- 湊谷夢吉 | 2022/11/10 23:17 |
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80年代和製サイバーパンクの話題の続き。
評者は面識はなかったけど、映像関係で夢吉周辺の方とはお付き合いもあった。まあ、80年代にアングラ系の漫画に関心があった人なら知ってる作家だとは思う。70年代をヒッピーで放浪して過ごし、70年代半ばから映画制作や漫画を書き出して、北冬書房の「夜行」を中心に作品発表していた人である。でも1988年に38歳で夭折。漫画家としての活躍は10年弱ほど。それでも80年代初期には戦時下の満州や上海を舞台にした活劇の「魔都の群盲」が「作り込み」の凄さでサブカル系では評判になっていた。 この本は夢吉没後に追悼の意を込めて「魔都の群盲」以降の作品を収録した作品集。ほぼ戦時下の中国に舞台を設定した活劇作品だけの「魔都の群盲」から、同じ戦時下の中国でも、宇宙から飛来した謎の生物が絡むSFネタの「虹龍異聞」や、やはり満州の活劇でも満映を仕切った甘粕正彦が登場する「無用の天地」と題材が広がってきだだけではない。「挫折した青春」にこだわった「私的」な作品から、よりエンタメ的になってきて「大人感」がでてきたところでの夭折で、大変残念がられた作家でもある。つげ義春と夢野久作とブレードランナーが共存しているような作家... 今回取り上げたのは、夢吉の新しい題材としてサイバーパンクを取り上げた「ライプニッツの罠」が収録されていることが大きい。近未来の京都、京都府警特務課、通称「新撰組」に所属の刑事宮戸は、伝説的な開発者&起業家の尾友克巳(大友克洋のモジリ)の依頼で、研究所から脱走したアンドロイドを回収するアルバイトをする。まあだから、映画の「ブレードランナー」に刺激されて書いたことが明白な作品なんだけども、それでも独自の色付けやリアライズがあって、「夢吉作品」にしっかり、なっている。描いたのが84年(雑誌発表は86年)、反射神経の鋭敏さを誉めるべきだと思っている。 僕はオカルティズムや量子力学の安易な東洋思想化には批判的だったのだが、近頃はそうでもなくなったよ とかね、これは韜晦。「非ノイマン型ホロトロン浮遊メモリ・トレーシングバイオ・シミュレーター・フィードバック・リンケージシステム」とか吹いていてくれている。サイバースペースは特に登場しないが、曼荼羅風のイメージが印象に残る。パンク要素は「ブレードランナー」的な荒廃した「アジア的」な京都。ジャパネスクは言うまでもなし。まあだから、映画「ブレードランナー」が原作には薄いハードボイルド要素を強調したこともあって、「ライプニッツの罠」もSFハードボイルド私立探偵小説、といった格好にはなっている。 あとミステリ的には、「蒼ざめた皇女を視たり」が夢野久作「死後の恋」と同じく、ロシア革命の渦中で殺害されたとされる皇女アナスタシアをめぐる話。ラスプーチンまで登場して、呪力で浮上し飛行する空中戦艦で、アナスタシアが亡命しようとする....幻想性が前に出ていて、この人逆にファンタジックにすることで「リアルにこだわるオタク性」が薄まって一般性が出てくる、という特異な面がある。「幻想性」で成功したのが「ブリキの蚕」で、要するにロボット三等兵な話なんだけども、つげ義春タッチで祝祭性が出ていてちょっとした奇作だと思う。 いやいや、もう少し生きていたらどんな作品を描いただろう、と惜しまれる作家だった。 |
No.1070 | 6点 | 凱羅- 板橋しゅうほう | 2022/11/09 15:17 |
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「ブレードランナー」やら「AKIRA」で80年代にサイバーパンクが流行したわけなのだが、日本では漫画が中心だった印象もある。評者ここらへんに引っ掛かりがあるので、懐かしい、というのもあって取り上げよう。
まず本作。いや双葉社「月刊スーパーアクション」読んでたよ。「西遊妖猿伝」「2001夜物語」「護法童子」やらやら、ニューウェーブSF漫画誌だもの。「スーパーアクション」の末期で一番注目していたのが本作。だけども単行本2巻出して「スーパーアクション」が休刊すると、間を開けてアスキーの「ログアウト」に移籍して連載・完結。前半はサイバーパンクの色彩が強いけど、後半はファンタジックなマーベルコミック、と登場人物や絵柄はあまり変わらなくても作品の力点が変わっちゃったので、前半7点、後半5点。なのでこの評も前半を主眼に取り上げる。 舞台は「文化首都京都」。主人公の善鏡は坊主頭の元「機動僧兵」。善鏡は「つつあるき」というデジタルデータをそのまま聴覚を通じてリアルに体験する能力を持っていた。丸木沢製薬が秘密のうちに研究する「凱羅因子」に関わる秘密を善鏡は秘めていたのだが、丸木沢が「凱羅虫」のかたちで管理していた「凱羅因子」の暴走(凱羅虫に刺された男性は怪物化)により、京都に地獄絵図が... という導入。サイバースペース要素は「つつあるき」で、ICE(侵入者対抗電子機器)に引っかかって善鏡が失明するシーンなど完備。ジャパネスクは言うまでもなし。パンク要素も善鏡の仲間になる「凱羅六花撰」のうち十左や敵役のマッドサイエンティスト、カーマインのキャラづけに影響がある。いやマジメにサイバーパンクしているし、善鏡が丸木沢の研究所に潜入して秘密を探るあたりのアクションホラーもよくできている。恐怖を克服して怪物化を「飼い慣らして」しまうカーマインのキャラクターも秀逸。 板橋しゅうほうというと、アメコミの影響が強い漫画家なんだが、70年代後半〜80年代初期というと、たとえば大友克洋へのメビウスの影響やら、風忍のドリュイエ、あるいはアニメなら「ファンタスティック・プラネット」の日本公開といったかたちで、手塚風でも劇画風でもない「ニューウェーブ」の波に乗った作家になる。後半なんて本当にマーベルだしね。サイバーパンクとしては尻切れトンボなのが残念。 「スーパーアクション」の連載で「どうなったのか?」が評者ずっと気になっていた。だから本サイトでサイバーパンクやろうか、で後半も改めて読んで、取り上げることができてうれしい。この作品、ジョジョの第三部とか影響していると思うんだが... |
No.1069 | 8点 | 虐殺器官- 伊藤計劃 | 2022/11/08 22:07 |
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さてこれは一度読んでみたかった作品。でもちょっと期待が大きすぎたかな。それでもウクライナ戦争みたいな「管理された戦争」真っ只中の「今」を描いて秀逸な作品なのだと思う。
平和なニッポンで暮らす私たちはみんな「罪」がある。これは改めて言うまでもないことなのだが、それを「ドミノ・ピザの普遍性」と形象化されてみれば、商業化された「生」以外の生きようもない「わたしたちの生」というものなのだ。商業化、はそのまま「家畜化」でもある。 「自分の見たいものだけを見る」という「(家畜の)自由」によって、わたしたちは自分の目を塞いでいる。皆それぞれの「罪」を背負っているのだが、「罪のクオリア」というものを想定したら、「他人の罪」は「クオリア」としては理解のしようもないものだ。いやだからこそ、「われわれはみんな、他人の不幸を平気で見ていられるほどに強い」のである。わたしたちは皆すでに「戦闘適応感情調整」されているわけだ。 しかし「耳にはまぶたがない」からこそ、「虐殺の文法」は忍び込むことができる...SNSのエコーチェンバーのどこかに「虐殺の文法」が仕込まれていないと、誰が断言できるのだろうか? だからこそ、この小説は「今」の小説だし、「ニッポン」の小説でもあるわけである。力作。 |
No.1068 | 7点 | ルーフォック・オルメスの冒険- カミ | 2022/11/08 18:23 |
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評者のユーモア・シリーズもそろそろ終わりに近づいてきているけど、これやらなきゃ、ダメでしょ!で図書館で探したんだけど....あれ?あるはずだけど、見当たらない。
理由は評者がこれが「戯曲」扱いだと気がつかなかったんだ(苦笑)。図書館で探すときにはちょっと落とし穴。まあでもさ、「戯曲」って言ってもコントの台本の形式で、ト書は最小限。それぞれ翻訳文庫本で8ページくらいのものが全34本。スピード感に乗せて一気に読めちゃう本である。 要するに「考えさせちゃ、ダメ」ということ。奇抜なシチュエーションの上に、さらに「んなアホな!」というオチをオッ被せて読者の度肝を抜く。まさに「速攻」で読者はたまらず土俵を割る、好きな話は「聖ニャンコラン通りの悲劇」(キャッと空中...)「シカゴの怪事件」(復活祭のために鐘がローマと往復する!)「《とんがり塔》の謎」(シーツの出現の謎) いやいや実はロジックがあるんだよ。ただしそのロジックが奇抜なシチュエーションを前提にした「ありえない」ロジックだから、力技で一気に押し切られることになる。だからこれはこれで「本格」なんだと思うんだ.....「あなたがカミか!」 |
No.1067 | 7点 | マイクロチップの魔術師- ヴァーナー・ヴィンジ | 2022/11/07 17:46 |
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GNUの総帥でハッカーの生き神、R.S.Stallman がこの小説を「ハッキング精神をもっともよく表現している」と評したことで有名な、サイバーパンクの先駆と評される中編小説。
サイバーパンクSFを「ジャンル」として見たとき、特徴的な要素として ・サイバースペース(意識拡張・変性意識) ・技術の過剰な発達と頽廃、それに対する反抗(パンク要素) ・ジャパネスク(西洋文明との葛藤) が「ニューロマンサー」を整理したら抜き出せるのだけども、意外なくらいにこの3つが揃った作品って少ないんじゃないかと思う。本作はサイバースペースに特化した作品で、「脳波によるプログラミング」というアイデアでサイバースペースを実現している。サイバースペースをRPGみたいな中世風の衣装を被せて表現することのオリジネーターになるわけだ。 でもそれを「ファンタジーとの融合」というようなありきたりのアイデアにしないあたりで「サイバーパンクの先駆」という評価に繋がっている。「心の社会」のマーヴィン・ミンスキーがこの本の解説で明らかにしているのだが、「ファンタジーの衣装」を「インターフェイスの問題」として捉える視点がある、というのがキモなんだよね。 インターフェイスは「使う人」の都合によってどんなものであっても構わない。同じサイバースペースに居たとしても、それぞれが使うインターフェイスには共通性がないこともある....いや実はこれは、現実社会での「人間同士のコミュニケーション」でも同じことなんだ、というのが一回り回ったサイバーパンクな結論でもあるのだ。 いやでも、この作品結構ミステリ風味がある。サイバースペース経由で世界を征服する陰謀の背後にいる「郵便屋」の正体もさることながら、主人公と一緒に「郵便屋」と戦ったエリスリナの正体もなかなか泣かせる、というかちょいと評者憧れるものがあるなぁ。 (今時だと<真の名前>は「接続元IPアドレスから開示されるプロバイダ契約者情報」ってことになるんだったら興ざめなんだがなあ...多段串の時代じゃないし) |
No.1066 | 4点 | ボートの三人男- ジェローム・K・ジェローム | 2022/11/07 12:29 |
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「三人男」ユーモア小説つながりで本作。だけどちょいと失敗。
ヴィクトリア朝ユーモア小説の代表格。1889年だからホームズのデビューと同じ時期にあたる。ウッドハウスみたいなものを期待したんだが、「クスッ」とは笑えるけども、ストーリー性が薄い。 主人公の「ぼく」が二人の友人と犬と一緒に、ロンドン近郊からオックスフォードへ、テムズ河をボートで遡上する二週間の旅の話。本来旅行案内として書かれたらしい。ボート旅行の奮闘記やら沿岸の名所旧跡の由来話、それに大げさな美文による自然礼賛...でも話はいつもいつも脱線し、ヘンテコなエピソードを次から次へ紹介する「小話」の連続体みたいなものである。 一言でとりとめのない小説。話を追っちゃったりせずに、テキトーに読むのがたぶん正しい。それこそ夜寝る前に5ページくらい読んで、幸せな気分になってぐっすりオヤスミ。そういう小説だろうね。 言うまでもなくミステリ味はなし。失礼しました。 |
No.1065 | 8点 | 雪の中の三人男- エーリヒ・ケストナー | 2022/11/06 09:56 |
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「消え失せた密画」が面白かったからね~ケストナー・ユーモア三部作は全部やろう。主人公は百万長者なんだが...
人間てものが実際どんなもんだったか、もうちっとでおれは忘れっちゃうとこだったからねえ。おれは自分のはいっているガラス室をぶち毀してみたいんだよ。 枢密顧問官でコンツェルンの主、べらんめえが素敵なトーブラーは自分の工場主催のコピーライト懸賞に偽名のシュルツェで応募した。結果は二位入賞。一位は失業中の青年ハーゲドルン。この懸賞の賞品は「アルプスの高級リゾート十日間」。百万長者は貧乏人シュルツェに身をやつすが、トーブラーの下男(というか従僕?)のヨーハンを身代わりの「金持ち」に仕立てて同行させる。失業青年ハーゲドルンは一張羅を着込んでホテルへ....トーブラーの身を案じる娘ヒルデは、滞在先のホテルに「百万長者が身をやつして滞在する」のを知らせたが、ホテルでは失業青年ハーゲドルンが百万長者だと思い込んでしまった! という設定。本当の百万長者シュルツェはホテル側から「そぐわない客」として冷遇されるが、シュルツェの側ではそんな冷遇を「人間観察の好機!」と逆に楽しんでしまう。ハーゲドルンとはヨーハンともども親交を深めるが、ハーゲドルンに思惑から言い寄る貴婦人が、邪魔なシュルツェを排除しようと策謀する。さらに父を案じる娘ヒルデもそのホテルに泊まりに来てしまう。幾重にもこんぐらがった「偽装」の結末は? いや~実に面白い。ユーモアと言ってもそれが設定とシチュエーションから来るものだから、この設定ですでに勝っているようなもの。さらに「三人男」それぞれのキャラが「見かけ通りじゃない」ヒネリが入っていて、これが絶妙の面白さを生んでいる。「三人男」が高級スキーリゾートを堪能する開放感もあるし、最後はみんな幸せになるイイ話。もともとハリウッドから依頼された映画脚本を自分で小説化したものだそうだから、身元偽装が定番の「スクリューボール・コメディ」の典型かつ最上の出来のものじゃないのだろうか(1934年だから「或る夜の出来事」と同じ年!) 「消え失せた密画」よりも面白いけども、ミステリ味は「密画」よりも薄い。でもね、 みんなが見かけどおりの人間じゃなかったんだねえ。ぼくって大馬鹿者はそいつを全部真に受けたんだ。ぼくは探偵にならなくってしあわせだったよ! ひょっとして「反-探偵小説」かしら(苦笑)ミステリファンにこそオススメ。 |
No.1064 | 7点 | 予告された殺人の記録- ガブリエル・ガルシア=マルケス | 2022/11/04 14:34 |
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昔映画を見て、その流れで原作を読んだ記憶がある。映画は当時評者がご贔屓だったフランチェスコ・ロージの監督作。ボリビア・ロケを敢行し、ギラギラ・埃っぽい映画だった記憶がある。
改めて読んでみて、何というのかな、大変「儀式的」な事件だったようにも感じる。「宿命」の流れが街の無意識と化して、祝祭によって解き放たれた...それが演出する、一大ページェントのような事件なのだ。だから誰もがサンチャゴ・ナサールが「殺される」ことを予期し、さらにはそれを止めようとした友人たちも「無意識」に呑まれてしまって、止めることができない...いやいや「犠牲の羊」たるサンチャゴでさえ、例のセリフによってあたかもこの結末を予期していたかのようなのである。こういう事情が事件に関わったそれぞれの人物の視点で何度も何度も繰り返し語られる構成。記述は重複しつつもそれが「ゼロ時間」である殺人の現場へと次第に吸い寄せられていくような複雑な運動感を示している。 「ジュリアス・シーザー」みたいなものなのである。予言されたからには、それに呪縛されて誰もそれが止められない... これほど十分に予告された殺人は、例がなかった。 この「予告」は「予言」やら「神託」と同等のものなのである。「予告された殺人の記録」というタイトルに、この作品の内実がすべて集約されている。 |
No.1063 | 5点 | 死はいった、おそらく......- ボアロー&ナルスジャック | 2022/11/03 13:40 |
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ボア&ナル本サイトに全部あるか?と思ってたら本作まだのようだ。
なので中期の作品。初期ほどには心理的な混乱がないので、読みやすいスリラー。 保険会社の社員ローブは、ニースの自殺防止協会の視察で、自殺予告の電話対応を見ていた...深夜に電話をかけてきた女への懸命の説得も甲斐なく電話を切った女。その通報を受けた警察はホテルで自殺を図った女の命を救う。ローブは自殺を図った女ズィナを見舞い、ズィナの身の振り方の相談に乗って、友人の香水工場に仕事を紹介した。ローブはズィナに恋をするのだが、ズィナは度重なる事故に追い詰められて自殺を図ったらしい。しかし、新しい環境でもズィナを巡ってさまざまな「事故」が起きていく....この「事故」の真相は? という話。「自殺念慮の強い女性」に恋をしてしまう男、というのもまあ厄介なもので、そんな男のややこしい心理を主体にしたサスペンス、ということにはなる。ボア&ナルの通例で登場人物はごく少ない。だから、真相は...といえば何となく見当がついてしまうのが「ミステリ」としては不満だし、それを押し切れるほどの「強烈なサスペンス」というまでのものは立ち上らない。 結論としては標準的なボア&ナルのサスペンス。手の内が分かっているから、ごく普通に楽しめるけど?というくらい。 ただし、タイトルのセンスが素晴らしい。マネしたいくらい。 |
No.1062 | 5点 | カリオストロの復讐- モーリス・ルブラン | 2022/11/01 18:41 |
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「カリオストロ伯爵夫人」をやったからには、その後日譚の本作。
「伯爵夫人」がルパンが「ルパンになる前」のデビュー戦を描いた作品のわけだが、この「復讐」ではもう50歳、老境に入るルパン。「伯爵夫人」では、クラリスの産褥による死と生まれた子供ジャンの誘拐という悲劇が幕切れに用意されているのだが、この誘拐されたルパンの子、ジャンの話が落着しないと、「ルパンの人生」が落着しない....そういう大きな構成で書かれた「ルパン、完結編」のわけである。 実際、ルブランは「虎の牙」で一度ルパンものを止めようと思ってたそうだが、そうもいかずリブートした「八点鐘」に続く長編が「伯爵夫人」(1924)。この時点で本作(1935)の構想が出来ていた、ということになる。とはいえ、本作の後に2作ありそれが時系列で本作より後にはなっているけども、「ルブランの名誉を傷つける」とルブランの息子が封印したという話。だからやはり、本作がルパン・サーガ最終作、と捉えるのが収まりがいい。 なんだけども、やはり71歳のルブランの筆力は衰えている。「伯爵夫人」の熱気と比較したら全然だめ。本作は過去作の登場人物をいろいろ登場させたりとか、大団円を目指した「老境のルパンの心境小説」みたいなもの。だから冒険が盛り上がらない。ルパンの息子、と思われる人物が登場するのだが、その「息子」にカリオストロ伯爵夫人がかけた呪い「息子を泥棒にせよ、できれば殺人者に。そして父親と対決させよ」が効いているのかそうでないのか?を巡って、父親ルパンが悩む話。カリオストロ伯爵夫人の死もそれに立ち会った人物の証言が作中で語られる。 バレだけども、最後まで「親子の名乗り」なんてない。そんなの粋じゃないからね。そういう節度は最後までしっかりある。面白いとまではいかないけども、がっかりまではしない。 |
No.1061 | 6点 | 太鼓叩きはなぜ笑う- 鮎川哲也 | 2022/10/30 15:34 |
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評者今回徳間文庫版で。「竜王氏の不吉な旅」はこの本には収録されていないから要注意(評者は推理小説年鑑'73「殺しの一品料理」で評済み)。言うまでもなく三番館シリーズの第一集。
鮎哲さんらしいアリバイ系トリックを、安楽椅子探偵が話だけで推理して解明する話。だから鮎哲ミステリの骨格部分だけを取り出したような短編、ということになるから、長編に親しんでいるとパターンが読める...という印象がある。この長さだとミスディレクションを仕掛ける余地があまりない。まあだから、鮎哲入門編にはかなりいい作品集かもしれない。 というか、70年代初期って都筑道夫も「退職刑事」をやるし、ケメルマンとかヤッフェとか安楽椅子って言わなくても、ちょっとした「ホームズ・ライバル」風の短編作風というのが流行ったような印象もある。そう見たら吉田茂警部補もそうかも。ユーモラスなキャラクター小説+切れ味系パズラーというあたりが、都筑道夫の落としどころだったような気もしているんだよ。そんな流れで見たらどうかしら。 このシリーズの探偵役は「三番館のバーテン」で定着しているわけで、イチャモン言うのは何だけども、バーでお酒を作ってくれる人を「バーテン」って呼ぶと、嫌な顔をされることが多いから皆さんお気をつけを。今は「バーテンダー」が正しいから。確かにバイオレットフィズが流行った時代だけどね~バイオレットフィズみたいな甘くて香りの強いカクテルを5杯も飲んだら、気持ち悪くならないかしら(それ以前にオッサンが飲む酒?) |
No.1060 | 6点 | ながい眠り- ヒラリー・ウォー | 2022/10/29 09:28 |
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ハヤカワと創元、カラーの違いが頭に刷り込まれている部分があるからか、本作みたいにポケミスで読んだ記憶がしっかりある作品を、改めて新訳の創元で読み直す、となると何となく違和感(苦笑。「ユダの窓」もそうだけど)
まあカーなら気にしないけど、ヒラリー・ウォーなんだよね。解説もそれとなく「本格」側に持っていきたがる....いや、それが創元のカラーというものなのかしら。いや警察小説だって「ロジック」なしに逮捕してたら人権侵害、というものでしょうよ(苦笑) だから本書の一番の「警察小説らしさ」ってこういうセリフなんだと思うんだ。 フェローズは肩をすくめた。「知るもんか」 パズラーだったらすべてが合理的に割り切れないといけない。警察小説だったら、理屈で割り切れなくても「う~ん、そういうバカなこと、あるよね」で十分。それが「警察小説のリアル」なんだと思う。いや実際、改めて犯人の行動を真相から省みたら、ヘンなことばっかりしている小説だとも思うんだ。 だから逆に「本格にしたがる傾向」というものが、70年代あたりの「ミステリのモダン」を主導したハヤカワのカラーからの離脱、カッコよく言えば「ポストモダン化」みたいなものを象徴するようで、作品を離れてヘンに興味深い。(作品はもちろんウォーらしく手堅く面白い。ちなみにタイトル「長いお別れ」+「大いなる眠り」に加え、原題「SLEEP LONG, MY LOVE」だと「FAREWELL, MY LOVELY」にも似てる...) |
No.1059 | 7点 | 赤い橋の殺人- シャルル・バルバラ | 2022/10/27 14:13 |
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タイトルに「殺人」とついていて、光文社古典新訳文庫から出ている....え、こんな作品、聞いたことない! ってのが、やはりミステリマニアの普通の反応だと思う。
本屋で見かけてずっと気になっていた作品をやっと、読んだ。 「フランス版罪と罰」ってオビは煽り過ぎ。方向性は「罪と罰」とは真逆の作品だと思うよ。それよりもボードレールの「悪魔主義」との親近性が印象に残る。 というか、ドストエフスキーの場合には、進歩思想をいったん受け入れたうえでの幻滅から、ロシアの大地とやらにひれ伏すことになる(今生きてたらプーチン支持してると思う....)ポピュリズムめいたものを結論にしたがるところがあるのだが、本書のラスコーリニコフ、クレマンは生きながら地獄に落ちつつも、地獄の中で「善行をなしながら生きた」という、極めて矛盾した生を生きる。 いや実際、ラスコーリニコフは言うほど犠牲者を悼んでなくて「自分がナポレオンではありえない」凡人性に打ちのめされるわけだけど、クレマンは「悪の象徴を背負いながら、それでも善をなす」という、矛盾の生を生きる甚だロマン的な生き方なんだよ。評者、ちょっとヤラれる。「さまよえるオランダ人」みたいなものなんだ。 リアリスティックに悪と犯罪を描きながらも、それが最後でつっと「聖」の方向にズレていくあたりが、極めて印象的。キリスト教道徳を誰も信じなくなっても、それでも「奇蹟」が起きていたりするゲーテの「親和力」に近い、矛盾の只中での「罪と罰」を描いた作品だと思うんだ。 読みようによっては、「罪と罰」にも勝る「モデルネ」な部分が出てくる作品だと思うよ。 |
No.1058 | 5点 | メグレ式捜査法- ジョルジュ・シムノン | 2022/10/26 21:43 |
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邦題はスコットランドヤードから派遣されて「メグレ式捜査法」を学ぶ目的で派遣された刑事パイクが、メグレに同道することから来ているんだけども....いや、この仕掛けが全然効いてない。まあ「メグレ式捜査法なんて、ない!」というのがメグレの持論でもあるわけで、だったらうまくいくわけないじゃん...という懸念が残念ながら中る作品。
舞台はコートダジュール沖に浮かぶポルクロール島。「なんらかの理由で人生のレールを脱線した人たちが、みんなここに集まる」吹き溜まりのような保養地。「ポルクロールぼけ」という言葉があるくらいの、時間が止まったようなリゾートである。というとね、舞台柄からして戦前の「紺碧海岸のメグレ」を連想する。そうしてみるとリゾート客たちが集まる宿屋兼バーの「ノアの箱舟」は「リバティ・バー」に相当するし、だとすればパイク刑事も遊び人風の地元刑事に相当するのかしら。いや「紺碧海岸のメグレ」も焦点がはっきりしない作品だったけども、この作品の焦点もはっきりしない。 「メグレは友人だ」とこの「ノアの箱舟」で啖呵を切った元ヤクザが、その晩に殺された....こんな事件なので、研修中のパイク刑事を引き連れてメグレがこの島を訪れる。確かにメグレの「お世話になった」ご縁のある男だが、実際には半グレくらいの小物。一番いいキャラはこの男の愛人で結核を病んでいたジネット。男の逮捕をきっかけにメグレが手配してサナトリウムに入れて、今では元気になって娼家の経営補佐をしている女。ちょっとした再会、同窓会効果みたいなものがある...けどもあまり本筋に絡んでこないや。 ボート生活者とか、確かにシムノンお得意の設定をいろいろ投入した作品なのだけども、それがために逆に散漫になってしまったのかな。こんな失敗のしかたもあるものだ。 |
No.1057 | 6点 | ジーヴズの事件簿 大胆不敵の巻- P・G・ウッドハウス | 2022/10/26 08:40 |
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「才気縦横の巻」に続く、バーティ&ジーヴス物後半。20世紀初頭のイギリスの有閑階級(金利生活者)というものが、いかにノラクラと日常を過ごしていたか....というのが、ユーモラスに語られる名物シリーズ。ホントさあ、ギャンブル・スポーツ・オシャレ・女にしか関心がないんだな(苦笑)。
オトコってヒマがあると、とにかく賭け事したがるわけである。ブックメーカーの本場だもんねえ。この本「トゥイング騒動記」に収められた3作だと、牧師の説教の長さを競馬に見立ててハンデやオッズを設定して...やら、村の小学校での運動会の玉子スプーン競争やらお母さんの袋跳びレースやらに、賭けちゃうわけだ。金がかかっちゃうと裏工作などライヴァルとのウラの掻き合いが...で「ジーヴス、助けて~」になるわけ。 冷静沈着で頭が切れる執事ジーヴス、なんだけども、よくよくその解決策を見てみたらバーティ君のオツムがヘン、というオチを付けているケースが結構、目立つ。おやおや確かにイカレポンチだけどさあ、執事にコケにもされているんだが......まシアワセならば、いいんじゃない? ジーヴス、悪魔的、といえば悪魔的なあたりが「比類ない」名物キャラクター、ということである。 |
No.1056 | 8点 | カリオストロ伯爵夫人- モーリス・ルブラン | 2022/10/25 19:29 |
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皆さんカリ城が好きすぎるんだね....確かに名作だけど、クラリスといえば「ロリコン」という言葉を流行らせたネタ元だし、当時は「へのへのもへじ」という批判も大きかった記憶があるんだがなぁ。
それはともかく、本作は至って大人向き。「黒蜥蜴」で言うなら、エロスに満ちた乱歩原作側よりも、愛の不条理の三島由紀夫の戯曲のテイストが強い。ラウールとジョセフィーヌとのガチの恋愛劇と読むのがいい。ちなみにジョセフィーヌは「カリオストロ伯爵夫人」ではないからね。「夫人」じゃないのだよ。comtesse だけど、設定上「カリオストロ伯爵」の女性継承者だから、しいて言えば「カリオストロ女伯爵」。しかも「ルパンになる前」のラウールの愛人かつ師匠の立場で、修道院の秘宝を巡って、愛人であっても競争相手であることを両者が熟知しつつ、愛しあいながら騙しあい戦いあう、という評者の絶妙の萌えポイントを突いてくれたのだ! わたしの美しさは嘘ではないわ、ラウール。戻ってくれるわよね。だってわたしの美貌は、あなたのものなんだもの いやいや、愛の名セリフというべきでしょうよ。この「地獄の女」ジョセフィーヌが発揮した残忍さに、ラウールは「突然あらわれた肉食獣の顔」を見てしまう....それまでは「勝ち負け」はあっても愛は変わらなかった二人の関係も、ついに決裂。ラウールがジョセフィーヌの愛を断ち切るためには、何としてもこの「勝負」に勝ち、「師匠」を弟子が圧倒的に凌駕しなければならないのだ! そういう小説。このオリジナリティ溢れる愛のかたち。これがあるから、クラリスなんてどっかに吹っ飛んでしまうよ。 |
No.1055 | 7点 | レベル3- ジャック・フィニイ | 2022/10/22 14:45 |
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さてこっちがフィニイの第一短編集。もちろん「ゲイルズバーグの春を愛す」より前の作品になるわけだけど、ほとんどの短編がこの人お得意のタイムトラベル物とその変形。甘口恋愛小説の「雲のなかにいるもの」「青春一滴」と、高所恐怖との闘いで日常冒険系の「死人のポケットの中には」以外の8作すべてにタイムトラベルが関わるのが固執的と言っていいくらい。
まあだから全体の印象としては「ゲイルズバーグ」と比較すると「多彩さ」には欠けるかな。でも、ギスギスした現代からタイムトラベルでどんどんと過去に人間が逃げ出して現代文明が崩壊する「おかしな隣人」の奇想は長編化したらいいんじゃないか....と思うのだけど、フィニイだとそういう感覚とも思えないか。要するにタイムトラベルというアイデアを介して、実存的な「選択」を省みるというのがフィニイの狙いかつ、らしくて魅かれるあたり。mini さんもご指摘だけど、SFとしての扱いじゃないんだよね。 それでもちょっとパラドックス的なオチがつく「潮時」とか「第二のチャンス」といったあたりに、「選択したこと」「選択できなかったこと」がもつれあって、後悔しつづけたことが不思議にも実現されてしまい、それによる「満足感」みたいなものが漂うのが、一番のフィニイらしさであり、泣かせどころ。センチメンタルにイイところがあるし、そんな甘さが女性ファンのココロを鷲掴み? まあだけど、とりあえずこんなところでフィニイも打ち止めにしようか。ミステリ系・異色短編はすべて済、ファンタジーに傾いた作品は、また別の機会に。 |
No.1054 | 7点 | ケニルワースの城- ウォルター・スコット | 2022/10/21 11:47 |
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今年はエリザベス二世が亡くなったわけで、それにちなむわけでもないのだが、エリザベス女王(一世)の御代を舞台にしたクラシックはいかが。
ロマン主義の代表選手でデュマやらユーゴーの先輩にあたる作家...文学とエンタメの境界がまだはっきりしない時代。ミステリ的な筋立てではないけども、秘密にしなければならない人間関係の綾と、それを自身の出世に絡んで利用したり陰謀を企む奴がいたり、とミステリ的興趣が漂う作品である。 女王の寵臣レスター伯ダドリーは、秘密のうちに結婚した妻エミリーがいるのだが、女王が寄せる愛情と専制君主に対する恐怖、目の前にぶら下がる王配の地位への野心との間で引き裂かれ、エミリーを謀臣ヴァ―二―の手で軟禁せざるを得なくなった。エミリーに想いを寄せる騎士トレシリアンは、ヴァ―二―の手からエミリーを解放しようとするのだが、エミリーのレスター伯への愛は変わらない...レスター伯に直接訴えたいエミリーは脱出して、女王の御幸をレスターの居城ケニルワースに迎える祝典のさ中に、城に忍び込んだ... という話。祝典の華麗はしっかり描くが、チャンバラなど活劇要素は少ない。エミリーにしてみれば、自身の愛を貫くと夫の野心の妨げ以上に、二股かけた夫の命も危ない。トレシリアンがいくら助けてくれてもトレシリアンは圏外で、それでもレスター伯一筋なのが厄介。これを利用するのが悪知恵の働く家臣ヴァーニー。自身の野心からも主君レスター伯をエリザベスの夫にせずにいられるものか、と策謀するわけだ。このヴァ―二―の悪辣さが状況を掻きまわし、善意のトレシリアンの優柔不断やら、レスター伯の板挟みを利用して状況が錯綜していく....ここらへんの三竦み的な状況の面白味がミステリ的と言っていい。でも「真犯人」のヴァ―二―、レスター伯への忠誠だけは一貫していて、イアゴー風の極悪人でもないキャラの面白さがある。 まあとはいえ「ロマン主義」らしく華麗な祝典の描写は詩的に念入りで、展開だけを追うのだとまどろっこしい。さらにヴァ―二―の手先になる悪党のラムボンが、フォルスタッフみたいな悪党なりのコメディ・リリーフの役割を果たすなど、シェイクスピアに似た味わいがある。作中でも同時代人としてのシェイクスピアへの言及も多いし、またウォルター・ローリー卿が自分のマントを水たまりに敷いて、女王の足を汚さずに渡らせたエピソードも作中で再現。 いやいや、クラシックながらしっかりエンタメしてる。 |
No.1053 | 5点 | ベティー- ジョルジュ・シムノン | 2022/10/16 19:57 |
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シムノンでも本作はミステリ的興味はほぼない作品。しかも、女性主人公、というのはかなり珍しい。強いていえばシムノンなら「ペペ・ドンジュの真相」、あるいは「テレーズ・デスケールー」に近い話。要するにフランス伝統の人妻心理小説。SEXと「罪」が主題で自分から破滅を求めていく女性が主人公だから、神父とか登場しないけども一応純文学のカトリシズム小説の部類だろうか。
≪穴≫は終着駅だ。奇人、変人たちの終着駅! 精神病院や死体置場にいく前の最後の停留所。 このバー≪穴≫で酔い潰れた女、ベティー。偶然のことながらベティーを放っておけずに、医師未亡人のロールは、ベティーを自分のホテルに連れ帰り介抱する。ベティーは自身が抱えるトラウマと夫に対する不満から、不倫にふけった報いで、家を追い出されたところだった... というような話。いや実に話はシンプルで、女性のSEXと罪をテーマにした小説なんだけども、結末もやや釈然としない。シャブロルが映画化したこともあって、訳されたようだが、どうやら日本未公開。 う〜ん、こんなのもシムノン、描くのね。 |