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[ 時代・捕物帳/歴史ミステリ ] 菖蒲狂い 若さま侍捕物手帖ミステリ傑作選 末國善己編 |
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城昌幸 | 出版月: 2020年09月 | 平均: 7.00点 | 書評数: 1件 |
東京創元社 2020年09月 |
No.1 | 7点 | クリスティ再読 | 2024/02/29 15:33 |
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創元で出ている有名捕物帳シリーズでミステリ度が高い作品を集めたアンソロの一つ。
いや若さま侍ならこの企画に最適としかいいようがない。そもそもいわゆる五大捕物帳でも佐七と並んでミステリ色が強いシリーズである。もともと半七だってホームズの刺激から生まれたものだし、ワトスン形式を右門が採用し、平次だって物理トリック全盛のホームズライバルへの反発があったり、と捕物帳自体がミステリを横目で意識しつつ並行進化を遂げたジャンルなのである。 その中でも若さまは「隅の老人」を意識した、というのでも異色のシリーズである。ホームズライバルでも「隅の老人」は本当に別格だから、作者城昌幸のセンスが良すぎる。いや、考えてみれば戦前派名探偵というのは、明智由利帆村法水とホームズを意識したとはいえ没個性な推理機械ばかりなのだが、ヒーロー性とミステリをしっかり結びつけたキャラ創造という面では、逆に捕物帳の方に一日の長がある、とも言えないだろうか? 柳橋の船宿に居候して日長一日、床柱にもたれて片膝で行儀悪く酒を飲み続ける、身元不明の若侍、通称「若さま」。伝法な啖呵を切ってみせる江戸っ子だが、町奉行所与力も下には置かぬ身分を感じさせ、岡っ引遠州屋小吉が持ち込む謎を話を聞いただけであっさりと解明する名探偵でもある...いやいや、アクが強すぎる顎十郎や漫才トリオな佐七一家よりも、際立ったヒーロー性とキャラクター性を備えた、理想的な「名探偵」を実現していることが、不当なまでにミステリ史で無視され続けてきたのでは?とか評者は思うのだ。 まあいい機会でもある。今回この本では、25作のとくにミステリ色の強い短編が集合。このシリーズに納められた銭形平次や眠狂四郎だと「ややミス」「準ミス」程度の作品が主体になるけども、若さまなら「どこからどう見てもミステリ」が主体となる。密室ありミッシングリンクありアリバイ工作あり、さらにはロジック主体の「推理」と言っていい着想もいろいろ伺われる。 しかし、フェアに読者にデータを提示するのは、おそらく初出時の紙幅の制約からかできてはいない。それを言い出したらホームズもホームズライバルもあまりちゃんとこれが出来ているわけではないから、笑って許すべきだろう。 うんまあでも、とある書評で「読んだあと明るい気持ちになる」というのを読んで、評者も納得する。平次と違い勧善懲悪をテーマとはしないのだが、そのくらいに若さまの闊達なキャラに好感が持てる名シリーズである。ミステリ読者に捕物帳を薦めるのなら、「半七」「顎十郎」の次は「若さま」で決まり。 |