皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
していません。ご注意を!
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クリスティ再読さん |
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| 平均点: 6.38点 | 書評数: 1661件 |
| No.1661 | 6点 | 消されかけた男- ブライアン・フリーマントル | 2026/09/28 17:11 |
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| なぜか一作も読んでなかったフリーマントル。自分でも不思議なんだが、これはもうタイミングとかそういう話でしかないんだがなあ。というわけでチャーリー・マフィン第一作のこれ。
早い話、軽量級ル・カレのわけで、英国秘密諜報部が生え抜きベテランで運営されていたのを、強奪するかたちで軍部が乗っ取ったのち、ベテランたちが粛清されていった状況が舞台。ル・カレでいえば「ティンカー・テイラー・ソルジャー・スパイ」の状況で、「鏡の国の戦争」みたいな軍隊出身者の力任せでアマチュアな作戦がその傲慢さで危機に陥る話である。ル・カレのスマイリーなら中流上層出身で、諜報部ではギリギリの家柄だが妻が名家出身のために出世が許されている、という立場だが、本作のチャーリー・マフィンはどうやら労働者階級の出身者のようだ。だから、戦後のドサクサで実力と実績で情報部内でのベテラン諜報員としての立場を築いていても、体制が変われば上流階級の部員によって搾取されるだけの立場になる...いやそれじゃ済まない。上層部から「消されかけた男」にされてしまう。こんなイギリスの残忍な階級社会の現実を、スマイリー以上にクローズアップして表現したのがチャーリー・マフィンということだ。 まあ冷戦下のスパイの騙しあいの話だけど、なんとなく意図は推測できるんじゃないのかな。そうだよね~という感じで読み進んだ。当然ル・カレほど文章は凝ってないし、描写が陰鬱でもない。英米ソの各陣営の描写をしていて、読者が状況把握をしやすいように描かれている。ル・カレよりずっと親切だが、その分「普及版」といった印象を受けるのも仕方ないか。 まあ確かにこれがシリーズとして続くわけだから、ちょっと気にはなるな。少し続けて読むことにしようか。ひょっとしてピカレスクなんだろうか? |
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| No.1660 | 8点 | ラクロワ姉妹- ジョルジュ・シムノン | 2026/09/27 11:15 |
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| うんこれ面白い。当初は重苦しい家庭悲劇だと思って読むんだ。しかし、ある決定的な事件があって、凍り付いていた人間関係が崩れて、てんでバラバラの方向に走り出してしまう。その中で沈殿していた家族間の「憎悪」さえも相対化されて、喜劇的なものに変貌してしまう。いや、凄いよ。「ホラーに限りなく近い強烈な心理サスペンス小説」という瀬名氏の読みは、意図的なミスリードみたいな気がするな。
確かにシムノンってカトリックの信仰について真摯なところもあるんだけど、本作での信仰心篤い神秘主義に傾倒する17歳の少女ジュヌヴィエーヴだと、その信仰の根底に「歪んだ家族への抗議」があり、その結果としての殉教みたいな復讐という倒錯的な状況になるあたり、宗教さえも相対化するリアルな視線も感じつつ、その矛盾を「面白がっている」ようにも感じるんだ。だから単純な信仰でもない。この少女の死には、ゲーテの「親和力」を連想させるところがあるな。 いや、結構この小説の人間関係、「親和力」かもしれないよ。神秘主義傾向の強いヴェルヌの血統と、フランス的なプチブルなラクロワ家。この血統の掛け合わせで産まれたジャック・ジュヌヴィエーヴ・ソフィーのイトコたち。そのラクロワの血の配合の実験みたいな小説かもしれないよ。そしてあたかも芝居のバックステージをさらけだすかのような事件後の「ラクロワ姉妹」の姿は、その「ラクロワの血」を純化しパロディに仕立てたようなものでもある。晩年の「猫」に近い部分もあるなあ。 そうみると本作の完成感はハンパないのかもしれない。 |
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| No.1659 | 5点 | 痛苦の聖母- ジョン・ブラックバーン | 2026/09/26 17:10 |
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| さて久々に訳されたブラックバーン、ということで期待しすぎたかな(苦笑)
本作ではいわゆる「ジャンルミックス」は控えめで、アクション・ホラーというかスリラー要素の強いホラーといったタイプ。ラムレイとかそんな感覚か。高慢で「嫌な」タイプの名女優の狂った野心と怪奇の合体。伏せられている要素はあるからそれがミステリ的な要素かもしれないけど、結構これ推測が付くんじゃないかな。 ノンシリーズ作なのでおなじみカーク将軍もマーカス卿もタニアも出ないから、新聞記者のハリーが主人公。というわけで「ウルトラQ」?激辛上司のフォレストがナイスキャラだけど。 なかなかヤマがかからないかな。盗みに入った三人組の盗賊が三人とも派手に狂死するとか、序盤の事件がショボめというのはあるよ。で意外に女吸血鬼バートリ伯爵夫人といえば、な要素がそれほど前面に出てないのが不満。評者とかエリザベート・バートリのファンみたいなところがあるからね(すまぬ)そういうファン根性で読むとちょっとガッカリ感。でもブラックバーンの通常営業といえばそうだ。まあクライマックスでハリーくんはモンスターから世界のピンチを救っちゃうわけで、「ブラックバーン=B級」という印象が出やすいタイプの作品かも。「それぞれの人にそれぞれの恐怖」という101号室問題、なんてネタをさらっとやってるのが、ちょっと理に落ちている? というわけで、ノンシリーズで初心者読みやすい、スパイ・SF要素希薄、というあたりで入門作にはいいのかも。でも評者はちょっと物足りない。怪奇ではあるけども恐怖はマイルド。正面からエリザベート・バートリを扱ってほしかったな。 |
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| No.1658 | 7点 | 新・幻想と怪奇- アンソロジー(国内編集者) | 2026/09/25 09:39 |
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| ハヤカワで「幻想と怪奇」って何度も使われたアンソロ・タイトルなんだが、ポケミス初期の2巻、ハヤカワ文庫の仁賀氏編の3巻とあり、この本はポケミスでだけどハヤカワ文庫の「新」という意味で仁賀氏の編・訳で編まれたアンソロ。
個人的にはレイ・ラッセル「射手座」がお目当て。S始まりのネオゴシック中編三部作の残りだったしね。これは「ジキル博士とハイド氏」・切り裂きジャック・青ひげジル・ド・レとネタ満載で、ハイド氏の息子をめぐって、老伯爵の思い出話を聞く設定。ベルエポックのグランギニョールまでおまけつき。大ネタを堂々とさばいていく包丁さばきがいい。ネオゴシック三部作でも一番出来がいいと思う。 まあこのアンソロはラッセル以外にもシェクリイ・ボーモント・マシスン・ブロックと「異色作家短篇集」の落穂ひろいみたいなニュアンス(「壜づめの女房」収録のゴア・ヴィダル「こまどり」も収録)というわけで、仁賀氏がお気に入り作品をわがままに集めた、というニュアンスが強いのかな。だから既訳のあるものも結構ある。どうもきっかけは仁賀氏が気に入ったほぼ未紹介の作家ローズマリー・ティンパリーを紹介したくて、こんな豪華協賛陣を用意したみたいだ。確かに浮気夫への復讐というありふれたネタをちょっと違う切り口で見せた「マーサの夕食」、幻想的ゴーストストーリーというべき「レイチェルとサイモン」と、なかなかの味わいを見せている。あっさりしたシャーリー・ジャクスンといった雰囲気か。 あといいのは、長距離ドライバーが無人の街をただ走り抜ける話のリチャード・ウィルスン「ひとけのない道路」が、コズミックな奇譚といった感覚で面白い。大人の鬼ごっこの中で出現する怪異を描いたA.M.バレイジ「暗闇のかくれんぼ」もヒヤッとした感覚が鋭い。今市子「百鬼夜行抄」中の名作「目隠し鬼」と同様の鬼ごっこに妖しいモノが忍び込む話。 そしてロバート・ブロック「スクリーンの陰に(The Movie People)」がハリウッドの古参エキストラをめぐる泣ける話。ブロックというとハリウッド神話を扱った名作が結構ある人で「べッツィーは生きている」とか「最後の演技」とかその路線。いや評者も以前1900年代のサイレント記録映画を見て「ここに写っている人たちはすべて、とうの昔に亡くなった人たちだ...」と感傷的な思いにふけったことがあるが、 座席の後方にあるものを映写機と呼ぶが、それは実はタイムマシンなのだ。 とこの一文が心にしみる。いいなあ。映画に写っている人は有名無名ひっくるめて時間を超えた「Movie People」という存在に変容しているのである。 |
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| No.1657 | 8点 | わたしの愛した悪女- パトリック・クェンティン | 2026/09/18 17:19 |
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| 評判がいいので期待していたな。うん、PQ後期のホイーラー単独作。
主人公と殺された妻、主人公の母とその配偶者、主人公の弟、妻の養父母とその実娘。このきわめて狭い人間関係とその裏で錯綜するたくらみ。主人公は見せかけの人間関係の中で太平楽を決め込んでいたが、妻の浮気疑惑に苦しめられていた。心が通じた?と思った矢先、妻が押し入り強盗によって殺された。発見した主人公は呆然と立ち尽くし、殺人容疑はやがて主人公に... 主人公が殺人容疑で追い詰められるサスペンスよりも、幾重にも重なった人間関係の欺瞞と裏の人間関係が一枚一枚まくれていくのが何よりスリリング。身近な人でもホントは何を考えているかわからない、そんな恐怖感がプロットを引っ張っていく。そんな中では、母のお気に入り、だがロクデナシなくせに人当たりと要領の非常にいい弟がナイス。主人公の弟への微妙なコンプレックスと母への恨みに似た感情が味わい。そしてその根源でもある極楽とんぼの母。しかし、騙され続けともみられるこの母にも、嘘を嘘として生き抜いていく意外な度量がある。まあだから、この家族の誰もが何かしらの負い目もあり、秘密もあり、言葉少なに折り合いつつ過ごしていてもその底にはドロドロとした思惑が...そんな人間関係に犯人が隠されており、二転三転するプロットに翻弄され続ける。 言い換えると「ヒルダよ眠れ」の完璧な上位互換作品。殺された妻は確かに同情の余地のない悪女だけども、周囲も褒められたものではないから比較的にポイントがあるわけではない。「本格」カテでも不自然ではないよ。ただ主人公が間抜けなデクノボーに見えすぎるのが難点かな。鋭い子供とかいたら違ったかな。 |
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| No.1656 | 5点 | 華やかな死体- 佐賀潜 | 2026/09/17 19:57 |
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| 昔読んだ時には実に退屈で困った記憶がある。そりゃ中学生だもん、無理もないなあ。
で今回再読。流石に退屈、というわけではないが、骨組みだけの小説という印象は強い。ソリッドでタイト、といえば褒めていることになるけどね。とはいえ、社会とビジネスのリアルなあたりはしっかりと描けているのは確かなんだ。そしてもちろん元検事で日本推理作家協会の顧問弁護士(苦笑)だから法廷場面のリアリティがあることは、間違いない。 しかしだ、これは小説としては仕方がないことなんだけども、決定的な証拠がないのにかなり無理筋に起訴しているような印象は強いな。もう少し丁寧にやっていれば、足を掬われることもなかったんだろう。「詰めが甘い」って読者が感じるのはどうなんだろうか? 冒頭で触れられる夫婦喧嘩から起きた放火事件が、夫婦が和解してしまいうやむやになるのが、まさに小説全体の縮図でもある。裁判とはいえ、ちゃんとした関係者の対立構図が存在していない時に、おかしな判決をしてしまうというのは、評者自身遭遇して呆れ果てたこともあるんだよ。というわけで色々とモヤモヤした感情を抱えながら読んで、そのモヤモヤ感が全然晴れない。まさに「社会派」というものか(苦笑) (ちなみに乱歩賞選考で本作を第一席に推したのが大蔵官僚の長沼弘毅氏というのもなんか、らしいね。講評の中で色々とデテールにチェック入れているあたり、お仕事モード風だよ) |
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| No.1655 | 6点 | 3、1、2とノックせよ- フレドリック・ブラウン | 2026/09/17 13:27 |
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| 晩年のノンシリーズのミステリ長編。解説によるとアメリカでは「ハイ・アドヴェンチャー」という雑誌に短縮版で掲載された後、単行本化(1959)。ブラウンらしいアイデアストーリー、というわけで本質的には短編なアイデアを、賭博狂いの酒類セールスマンが追い詰められて金策に走る話で連載読者の興味を釣って実現した小説。そこでキーになるのがタイトル「3,1,2とノックせよ」。
街を徘徊する強姦殺人魔〈痴漢〉はすでに二人の女性を毒牙にかけていた。震え上がる町。このために女性たちは警戒手段を講じていた。そのために、その夜〈痴漢〉は二人の女性に近づいたがあわやのところで失敗。この二人の男と、知恵遅れの新聞売子の運命が交錯する... 天国か地獄の一角で、以下のような会話がおこなわれていると想像しよう。 と「素晴らしき哉、人生!」みたいに機械仕掛けの神を持ち出したくなるような話。一種の「ゼロ時間へ」なんだよ。 まあよくできたサスペンス。他の皆さんの評価が低いのは、同情されるようなキャラが少ないためかな。そこそこ悪い奴ばっかりの群像劇(苦笑)しかし内面に踏み込んでいるようで踏み込まない映画的なサスペンスが横溢していると思うがなあ。 (〈痴漢〉は原文では Psycho だそうだ。ヒチコックの「サイコ(1960)」の前からこんな風に呼ばれていたんだな) |
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| No.1654 | 6点 | 優雅な密猟者- フランク・パリッシュ | 2026/09/16 16:55 |
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| 4作品ほどポケミスで紹介された、パリッシュの密猟者ダン・マレットのシリーズ。
この第一作はCWAの最優秀新人賞を獲得...とオビがなっているんだけど、実は違うからあれ?真相は The John Cheever mystery writers' prize for a first published thriller という賞と、1980年度のMWAの長編賞へのノミネートだ。いやそもそもこの著者(ロジャー・ロングリッグ)は1950年代から様々なジャンルの小説を書いているベテラン作家で、本書はパリッシュ名義第一作だけどトータルでは20冊目の小説だそうだ(苦笑)新人賞なんてもっての外である。 確かに達者な小説ではあるよ。銀行員生活に嫌気がさしたマレットは、ドロップアウトして父親がそうであったような田舎住まいを、身動きが難しくなった母の介護を兼ねて始めた...しかし裏の顔は夜の田園を徘徊する密猟者。根っからのアウトドア派が遭遇した、深夜の取引場面と警察の罠。それから逃れたマレットは地元医師の養魚池に毒が撒かれたことを知る。続いて起きる大農園主の麦畑の放火事件。「農業保全会」を名乗る恐喝組織がこの田園に蠢いているらしい...密猟疑惑から犯人と目されたマレットは、警察の追跡を受けながら必死に真相解明のために戦う。 こんな話。日本でも農村地帯での収穫前の桃が大量に盗まれる事件とか耳にするから、狙われたら対策の取りようがないよ。そんなリアルな犯罪を扱ったスリラー。雰囲気はディック・フランシスに近いなあ。こんな履歴の男だから、スーツに着替えれば銀行員で通用するし、ウェセックスの田舎者を意図的に演じることもできる。実は結構好男子で、いい女にもモテる。もちろんナチュラリストとしての経験が豊富で、イングランドの田舎の自然描写はリアル。さらに密猟者という犯罪者といえば犯罪者だけども、比較問題では道徳的な批判というよりも冒険者的なカラーで弁護の余地のある「犯罪者」、さらにはちょいとした義賊風の振る舞いもする。こういう二面性のある主人公を用意してみせたことで、まあ作品はきっちりと成立するわけだ。 フランシス風、といったけど、ヴィランもそう意外ではないし、マレットの反撃がなかなかエグい。フランシス好きな人は面白がると思うよ。一種のハードボイルドとも読めるけど、田舎での夜間単独行動がメインだから、ほんと会話が少ない小説だ。 |
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| No.1653 | 6点 | 13の暗号- アンソロジー(国内編集者) | 2026/09/14 14:45 |
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| さて70年代の名アンソロ・シリーズだった渡辺剣次13シリーズ第二弾が本アンソロ。今回は暗号小説。
確かに乱歩の「二銭銅貨」が暗号小説で、日本ミステリ史で暗号小説が大きな役割を果たしたといえばその通り。このアンソロには含まれないが小栗虫太郎のように暗号(暗合)に精力を傾けた作家もいるわけで、暗号という「謎」が戦前のミステリでとくに重要な役割を果たしたことは言うもまでもないんだが....いや暗号小説って難しいんだよね。 密室なら解けばミステリとして成立するが、暗号は「こう解きました」で読者が納得するとは限らない。そもそも暗号らしい暗号だったら提示されたとたん「無理!」とアレルギーを発症する読者の方が多いわけだ。というわけで「暗号小説」として成立させるためには、この暗号をめぐってドラマをうまく仕掛けるなどの工夫がないとストレートにミステリとしては成立しづらいという根本的な課題が存在する。 まあだから、このアンソロでも、解読プロセスに重きを置いた本格暗号小説は、乱歩「二銭銅貨」、岩田賛「風車」くらいのもので、暗号解読に絡めて仕掛けがある「広義の本格暗号小説」で火野葦平「詫び証文」と佐野洋「三億円犯人の挑戦」となるが、「詫び証文」は乱歩に対する詫び証文の枠組みをとった小洒落たメタ志向の遊戯文学で面白い。解読に重きを置かずに暗号をめぐる争いを描いたのが甲賀三郎の「アラディンのランプ」、海野十三「獏鸚」、木々の「虫文字」、幾瀬勝彬「紙魚の罠」といったあたりになろう。この中ではモダン小説としての楽しさがある「獏鸚」がいいかな。 そして、ダイイングメッセージを暗号とした捉えた場合に、それを主題とするのが大阪圭吉「闖入者」、仁木悦子「粘土の犬」、鮎川哲也「砂の時計」になってくる。それでもなかなかクイーン流の単純なダイイングメッセージではなく、仕掛けの中で活用する形になる方が一般的だろう。プロファイリング風な扱いに変形した仁木悦子「粘土の犬」がいいなあ。 とはいえ、暗号というよりも宝探しといった趣でロマン性の高い奇譚を構築した九鬼紫郎「暗号海を渡る」がこのアンソロでは評者は一番好き。オチが決まっている。 いやまあさらに暗号小説って難しくなっているとも思う。実社会で普通に暗号が使われるようになったのだけど、DES暗号だAESだBlowfishだ、公開鍵暗号だ量子鍵配送だと言ってもそれを小説に反映するハードルがさらに上がったようにも感じるんだよ。 (ちなみに幾瀬「紙魚の罠」で5次の魔法陣で暗号解読する場面があるけど、実は5次の魔法陣はユニークな数で2億7530万5224通り存在する。作中ではいわゆる「ヒンズーの連続方式」という特定の魔法陣の作り方に依拠した解読法でしかない。数学的に美しくないな) |
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| No.1652 | 6点 | 蝶々殺人事件- 横溝正史 | 2026/09/12 18:43 |
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| 「本陣殺人事件」と並行連載していたことで有名な作品。金田一デビューの「本陣」に対してこっちは由利先生。しかし両者とも設定上昭和12年の事件。こっちは10月の事件で本陣は11月の事件だから、ちょっとだけ「蝶々」の方が発生が早いことになる(苦笑)
で横溝正史といえば「新青年」編集長の頃は「モボの帝王」として君臨していたわけだが、さすがに関東大震災で大打撃をうけた浅草オペラの全盛期は関西在住だ。しかし宝塚歌劇団にも浅草オペラ残党が流れたし、エノケン・ロッパにも流れてそのまま活躍している。評者の子供のころは田谷力三はまだ歌ってたからなあ。本作の土屋恭三氏が帝劇養成所一期生で浅草オペラで有名人だったのに、落ちぶれてマネージャーというのがなかなかリアルな設定。清水金太郎あたりがモデルか?いうまでもなく「蝶々」原さくらのモデルは三浦環とか原信子。事件の背景には横溝の歌劇に関する造詣が窺われる。 で事件は手堅いクロフツ「樽」とか鮎哲「黒いトランク」といったタイプの作品。しかし、まあ有名な話だけど、クリスティの有名な趣向もあり。横溝これ好きなんだよなあ(苦笑)逆に怪しいよ(笑) とはいえ、例の楽譜暗号は、子供だましといえばそうだけど、スラーとかフェルマータの装飾要素がなかなか良くできているよ。適当に休符でつじつまを合わせて、なんか歌えそうなセンスの良さを感じる。さすが息子が音楽評論家になる下地はあるね。 地味だが手堅くできているから、第二の殺人みたいな不可能犯罪っぽいのがやや浮くかな。評者は嫌いじゃない。 今回角川文庫なので、由利&三津木コンビの「蜘蛛と百合」「薔薇と鬱金香」を収録。エロチックなあたり狙い目があるが、風俗ミステリとしてはいいんちゃう?「蜘蛛と百合」にはモガの「僕っ娘」が登場。いいなあ、結構昔からいるもんだ。さすが「モボの帝王」の観察眼。 |
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| No.1651 | 7点 | 消えた心臓/マグヌス伯爵- M・R・ジェイムズ | 2026/09/11 12:31 |
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| さてマッケンやホジスンやブラックウッドをやってるのに、ジェイムズしていないのは心残りだったので、光文社古典新訳文庫で。この本は最初のオリジナル短篇集ベースということだ。
いや評者ジェイムズって少し古臭いイメージがあったなあ。改めて読み直して、その古臭いあたりにいい面があるのかな、という気持ちにはなった。オリジナル短篇集からして「好古家の怪談集」である。ゴシックという過去を振り返って「お化け」の話を色々集めた、という独自のカラーをそのまま楽しむべきなんだろう。 たとえばブラックウッドが特徴的だけど、オカルト知識が世紀末神智学ベースで、きわめてモダンな色彩が強いわけだ。ジェイムズはそんなことはなくて、本来の仕事である聖書外典研究というクラシックなあたりで攻めてくれる。まあ怪談というのはお化けの正体以上にプロセスの小説であり、そのプロセスにおいてきわめて典雅で正統派なのがジェイムズということでもあるんだ。そして、民話のような趣きがジェイムズの最大の持ち味だから、「秘密の解明」はあまり重要ではない。信仰篤い昔にはこんな妖しいことがあった、と素直に納得できてしまう。 個人的には呪いによって平凡な建物の版画に妖しい人物が出没する「銅版画」、それからステンドグラスに秘められた暗号を解読する宝探しを軸に話が進む「トマス修道院長の宝」がいいかな。 (おっさんさまのご指摘通り、カーは明白に影響受けているよね) |
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| No.1650 | 6点 | オシリスの眼- R・オースティン・フリーマン | 2026/09/08 19:10 |
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| さて昔から有名な作品。乱歩も古典のベスト10に入れていたね。
エジプトのミイラやバラバラ死体が登場するんだけど、怪奇色や猟奇色が薄い、というのが興味深い。そこがフリーマンというのものか。だからエジプト学的なあたりは知識的にはまともでも、あまりロマンの味わいがあるというほどではない。とくにエジプト学に詳しいと楽しめる、というタイプの作品ではない。 でやはり確かに解説が指摘するように、ロジック性というか、一種の合理性があるあたりが興味深い。バラバラ死体の解体方法が解剖学的に「正しい」件とか大変面白い。なんやかんや言って、大技が炸裂する作品だよ。乱歩が気に入るというのがよくわかる気がする。 今回の語り手はポール・バークリー医師。いやジャービスじゃないのは?といえばやはりロマンス要素でジャービス君すでに「赤い拇指紋」で売却済だからね(苦笑)「赤い拇指紋」の女性描写があまりにヒドいので何だったが、長編第二作の本作では大幅改善。ヒロインのルース、ヴィクトリア朝オタク女子、といった属性があって、これがなかなか、いい。大英博物館を根城にし「アルテミドロスのミイラ」という有名な美形ミイラを心の友としている。ナイス。 |
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| No.1649 | 6点 | エソルド座の怪人 アンソロジー/世界篇- アンソロジー(国内編集者) | 2026/09/07 13:09 |
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| さて「異色作家」の世界篇である。こりゃ大変だ。エジプト・チェコ・カナダ・ウルグアイ・フランス・ポーランド(イディッシュ)・イタリア・台湾・ベルギー・スコットランド・キューバ...と国際色豊か過ぎるから、翻訳は大変だろうなあ。すべて本邦初訳、初紹介作家も多数。まあそれでもチェコ語・スペイン語・イタリア語・中国語については専門家の翻訳を労しているが、英語からの重訳(エジプト・イディッシュ)があったり、国籍はそうでも英語やフランス語で書かれている小説もある(苦笑)執筆年代はバラバラで最古のキローガ「オレンジ・ブランデーをつくる男たち」は1923年、「エソルド座の怪人」なら1983年とスパンが広い。やはり「異色作家」というのはアメリカ篇での戦後の高級誌掲載のジャンル色の薄い「中間小説」といった作風がベースに会って、その雰囲気をもった短編をアメリカ以外からセレクトしたアンソロということになるんだろう。
確かに中にはお国柄が窺われる作品、共産国家での陰鬱な体制を反映したシュクヴォレツキー「奇妙な考古学」もあれば、南米のワイルドな奇譚キローガ「オレンジ・ブランデーをつくる男たち」も、あるいは東欧ユダヤ人っぽさ全開の聖俗がごっちゃに同居する神秘小説のシンガー「死んだバイオリン弾き」といったものを収録する一方、新しめの作品ならコラージュを方法論としたポストモダン小説というべきデイヴィス「トリニティ・カレッジに逃れた猫」やガブレラ=インファンテ「エソルド座の怪人」もある。結構ごっちゃである。 切れ味系とか意外なオチ系というものは少なく、不条理っぽい面白さを狙ったものが総じて目立つかな。広義のミステリになるマフフーズ「容疑者不明」もシュレヴォレツキー「奇妙な考古学」も、徒労に満ちた捜査の不条理ミステリ。だから長めの作品の方が印象がいい。敬虔なユダヤ人夫婦の娘にヤクザ男と売春婦の死霊が憑依するシンガー「死んだバイオリン弾き」は不条理な民話風の語り口が素晴らしい。 でやはり表題作の「エソルド座の怪人」は、「オペラ座の怪人」を、ルルーの原作からロン・チェイニーのサイレント映画からデ・パルマの「ファントム・オブ・パラダイス」に至るヴァリエーションを飛び移りつつ、ダジャレと下ネタでイメージを散乱させていくポストモダン小説。なかなかの力技で面白い。 いやこうなってくると、一種のインターナショナル・スタイルの問題のようにも思えてくるなあ。文学とポップの間をどう往還するのか、というのが「異色作家」の根幹にあるようにも思えてくる。そうしてみると、クノーの「トロイの馬」なんて先鋭な言語実験がナンセンスに突入する臨界点だったのかもしれないし、キローガのものだってラテンアメリカ文学のマジック・リアリズムのとば口に立っているのかもしれないよ。 |
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| No.1648 | 8点 | 俳優パズル- パトリック・クェンティン | 2026/09/05 15:44 |
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| う~ん、何より小説として面白い。
アル中でキャリアを棒に振った演出家が、療養所で知り合った女性(アイリス)と主治医(レンツ博士)のサポートを得て、ブロードウェイ再起作を準備しているが、それに立ち込める暗雲...いや集まる俳優たちもそれぞれワケアリ。サークルクラッシャーみたいな女優もいるわけで(苦笑)さらには恐喝者疑惑の写真家も代役に?事件続出の中果たして初日を迎えることができるのか?? ミステリ的な興味はあるんだけど、トリックとかそういう方向性じゃないんだよね。もっと人間の謎、といった方向性で、それが作品の格調みたいな方向につながっている。キャラとしてはやはり主演女優のミラベル・ルーに精彩がある。気に入らない箇所を微妙に大げさに演じて削除させるとか策略を使うし、元夫と対決する場面で、 彼女はみずから立ち向かうつもりだ。彼女がそのつもりなら、思い通りにさせるのが一番だ。いつかは乗り越えなければならないのだから。ミラベルは見事にやってのけた。しばらくは動かず、彼に背を向けてわたしをじっと見た。顔がわずかに引きつるのをどうにもできないようだったが、やがて映画のトリック撮影のように表情が変化し、打ちひしがれ悩みに沈んでいた女性は、偉大なミラベル・ルーへと驚くべき変貌を遂げた。 いや女優ってそういうものなんだよなあ。こういうあたりの丁寧な佳さが光るミステリのわけである。まあだから仕掛けの部分に期待する人はがっかりすると思う。パズラー風のタイトルに反して、小説的な充実を狙ったミステリであり、風俗派といえばそうかもしれないし、日本でいえば最良の意味での社会派とも通じるところがある。アメリカン・パズラーが飽きられた後に、ミステリの要素と小説の要素をうまく組み合わせたミステリとして提案されたとみるのがいいのだと思うよ。 (ちなみにカーっぽい、という話があるけど、章の最後でビックリを仕掛けて次章に転換する書法がまさにカー) |
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| No.1647 | 7点 | 幻想と怪奇4 吸血鬼の系譜- 雑誌、年間ベスト、定期刊行物 | 2026/09/03 13:24 |
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| 伝説の方は歳月社「幻想と怪奇 吸血鬼特集」(1973/7)。こっちは牧原勝志企画編集の新紀元社。共通作品はアレクセイ・K・トルストイの「吸血鬼の一家」でこれは元の「魅入られた家族」の新訳。
トルストイの「吸血鬼の一家」は1839年のもので、吸血鬼小説としては大古典。セルビアの寒村に宿をとった主人公のフランス人外交官が、その一家が順に吸血鬼に取り憑かれて一家全滅・さらにはその村全体も破滅させる結果になるのに遭遇する話。ヴルダラク(Yourdalak)と呼ばれ、愛する家族を順に飲み込んでいくクラシックかつ土俗的な吸血鬼譚。ロマンティックな味わいがしっかり。 でこの新しい「幻想と怪奇」は翻訳小説が10本、2つの新作ショートショート(井上雅彦・安土萌)、エッセイなど4本という構成。目玉はトルストイの「吸血鬼の一家」新訳、それに「ぼくは吸血鬼になりたい」という作文を書く少年を主人公としたマシスンの名作「血の末裔」の新訳。それにウールリッチの珍しい吸血鬼小説「破滅を誘う唇」あたりかな。ウールリッチはウールリッチらしく「呪われた結婚」のモチーフで吸血鬼譚を描いているのが、らしい。吸血鬼に魅了されて新妻を捨てた男が、吸血鬼化しつつ元妻を...という愛憎をうまく絡めた佳作。ウールリッチらしさはまさに全開。 とはいえ文学畑だと吸血鬼は血を吸うよりも、相手から精気を抜き取る「吸精鬼」の形の方が心理主義的な妙味があるのは言うまでもない。メアリ・E・ウィルキンズ=フリーマンの「ルエラ・ミラー」やD・H・ロレンスの「妖しい婦人」はそういう周囲の人々から精気を吸い取っていつまでも若々しく生きる(依存的な)女性像を描いて文学とホラーの中間をうまく攻めてみせる。それに対して「死、またの名を吸血鬼」でロバート・ブロックならば、新聞記者を主人公とした軽ハードボイルド風の語り口で吸血鬼事件を語りきってみせる。これもなかなか剛腕。さらに幽霊船という海洋怪奇と合体させたヒュー・B・ケイヴ「ストラゲラ」も印象的。「ノスフェラトウ」の船のシーンを連想するなあ。 というわけでハイレベルな吸血鬼特集号。 |
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| No.1646 | 5点 | 鮫島の貌 新宿鮫短編集 - 大沢在昌 | 2026/09/03 12:42 |
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| う~ん、短編だとやはりファンサービスっぽいところが出てしまいっているようにも感じるなあ。このシリーズ全体にキャラ小説として良い部分があるのだけど、短編だとそのキャラ小説性を「使ってる」感が強く出てしまう。既成キャラのキャラクター性を生かしたスケッチ風作品、ということではあるんだが、やはりそういう「偶々描かれた一断面」に萌える、というファン目線が不可欠なのだろう。
だから、さまざまな人が鮫島を見る視点をテーマにしてみました、というくらいの方が面白かったのかな。そういう見方をすれば、桃井課長視点での「区立花園公園」がいいのかな。個人的には後日譚っぽい「霊園の男」みたいなのは、作者としてのいろいろと考え込んでしまうような「迷い」みたいなものを感じてしまう。こういうのは苦手だなあ。 すまぬ評者は「外伝」は好きじゃないようだ。思い入れが足りないんだな(苦笑) |
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| No.1645 | 6点 | 決定版 鬼平犯科帳 (1) - 池波正太郎 | 2026/09/03 12:37 |
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| ミステリの文脈で触れやすい捕物帳と、そうでない捕物帳があるのは言うまでもないが、触れにくい捕物帳の代表格が「鬼平犯科帳」と「御宿かわせみ」なのは、これはもうどうしようもない話か(苦笑)なので、結構本作やるのも懸案だったんだ。やるからには第一作からやりたいしね。
パイロット版みたいな「浅草・御厩河岸」と連載開始の「唖の十蔵」から始まり「むかしの女」で終わる決定版文庫第一巻である。まあキャラの説明は不要だろうけど、評者何故か今まであまりご縁がなかったな。まあ評者の当時から「オール読物ってお爺さんが読む雑誌」というイメージは昔から強いからねえ(偏見すまん) でだ、シリーズが安定してくると長編もあるが、基本は短編。しかし、登場人物がかぶっていて、前話の盗賊のその後が次の話で描かれる事も頻繁。もちろん主人公は火付盗賊改方の長谷川平蔵。実在の人物であり、江戸中期の寛政の改革期に、天明の飢饉で江戸に流入した無宿人の取締りに辣腕を振るった人物である。それまでの南北町奉行の警察・裁判権とは別建ての、武装強盗に対する純軍事的警察権を振るった組織である。鬼平本人は若い頃は無頼の生活も送ったが、この頃には温厚篤実な性格と描かれている...というかさ、長期連載の主人公らしくあまり強い色の付いていないヒーローだね。だから事実上群像劇であり、その「まとめ役」といった役回りになっている。 だからそれぞれの話に登場する盗賊や密偵たちのキャラの方が立っている。第一巻では平蔵周辺の家族や同心たちはまだあまり個性が出ていない。友人の剣客岸井左馬之助くらいか。とくにこの岸井と平蔵が稽古した道場の家主の娘の転落を描いた「本所・桜屋敷」あたりが、ミステリ的な興味ゼロだが本シリーズらしい作品になるのかな。まあとはいえ、早い話が悪党パーカーやフレンチ・ノワールにも通じる「悪党ワールド」が舞台であり、盗賊たちが権謀術数を尽くして「仕事」をし、散っていくさまを楽しむ作品ということでもある。この本だと個人的には、平蔵が暗殺者につけ狙われる「暗殺白梅香」と、平蔵の無頼時代に縁があった年上の女の老後を描いた「むかしの女」がノワール小説と同じ味わいで面白い。 (でもさ「本格の盗賊」という呼び方が、「ミステリの本格」と変に混線してしまう本サイトでは、なんか居心地の悪いなw) |
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| No.1644 | 8点 | 仲のいい死体- 結城昌治 | 2026/08/29 11:17 |
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| そういえば先日「天狗の面」をやったこともあって、昭和の田舎ユーモア・パズラーの二大名作だったのかな、とか連想したりもしたんだ。「天狗の面」のメタ要素はあまり効いてなくて、クスグリに近いものだったけど、本作のドライなユーモア感覚は、その動機に至って苦いブラックユーモアと化す。これが素晴らしいね。
突然ブドウ畑の真ん中に温泉が湧きだした田舎町。その泉源の所有者になった色っぽい後家が、なんと心中死体として見つかった。相手は...堅物既婚者の田舎巡査。心機一転、都会の四谷署から望んで移動した「ひげの部長刑事」郷原は、頼りにならない上司や同僚を叱咤激励しつつ、この不思議な「心中事件」に挑む...田舎寺の住職と小僧、田舎医師、旅館経営者の町議、出荷組合の理事、それに加えて温泉開発を当て込んで滞在中の華族のドラ息子、それに惚れたフリして東京に出たがる後家の娘、こんな色と欲と地縁が絡み合った事件を、郷原はどう捌く? この一癖も二癖もあるキャラたちがそれぞれの思惑で勝手なことをする。しかしその背景は、突如として湧いた露天温泉で、都会っ子の郷原部長刑事はその不潔さに辟易しながら、仕方なくその湯船に浸かる(苦笑)まさにこの田舎の「乱れたフーゾク」というべきものが、絶妙の脱力ポイントとしかいいようがない。しかしその脱力のウラにある田舎の計算高さとリアルが覗くのが、作者ならではの人間観察眼というべきなのだろうか。 その人間関係のウラに一転のスジで見いだされるフーダニットと、その動機。いやこの動機は実は今の日本にもいまだに蔓延している宿痾みたいなものだな。そういうあたり、なにげな社会派かもしれないよ。昭和の名作だと思う。 |
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| No.1643 | 7点 | 悪党パーカー/殺人遊園地- リチャード・スターク | 2026/08/28 14:27 |
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| さて悪党パーカーの中でも名作、というイメージを持っていた作品なので、ずっと読みたく思っていた。うん、確かに冬季閉園中の遊園地に追われて逃げ込んだパーカーが、地元ヤクザの組織的マンハント作戦をかい潜りつつ反撃し、逃亡する小説だから、遊園地施設のギミック満載で面白いに決まっているよ。映画化しないかな...でも、実在の遊園地を舞台にすると、営業上のメリット・デメリットいろいろ考えちゃうだろうね(苦笑)
キーはいったん逃げ込んでから、ヤクザ側が汚職警官たちとの関係で6時間ほど無駄に費やして、パーカーに迎撃準備をさせる余裕を与えたこと。しかし、そのパーカーの抵抗が、ヤクザ組織との全面戦争に発展する...どうするパーカー、体力にも武器にも限界があり、一人で大人数を相手にするのも限界がある... という話。「ランボー」とか「パイナップルARMY」みたいなものだな。サバイバル的な興味が大きい。 まあ、大量殺戮をしてしまったら逆に逃亡が難しくなるから、ストイックなまで「効果的な襲撃」を厳選していくのと、自分の手持ちリソースの制限との間でのトレードオフを考え考え戦うパーカーの姿が興味深い。 まあだから、面白さのわりに地味な駆け引きが目立つな。そういうあたりをリアリティとして好意的にみるべきだろう。 本作の「名作イメージ」だけど、ちょっと調べると、「悪党パーカー」シリーズは1960年代後半に初期5冊がポケミスで紹介されて人気が出たけど、角川に新作を持っていかれて紹介が中断し、ミステリ文庫創刊で創刊当時から採用されて人気が再燃し、中間の作品紹介を飛ばして、本作が改めてポケミスで紹介されなおしたという経緯があるようだ。それで印象が強いんだな。異色作ではある。 |
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| No.1642 | 8点 | アンチクリストの誕生- レオ・ペルッツ | 2026/08/27 15:26 |
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| 図書館の棚で見て衝動的に読むことにした。
いや最初は宗教学的な論考か、と思ったんだ(苦笑)でも短編小説集w皆川博子が解説書いている、というのでジャンルは、わかる。 でこのペルッツ、1882年プラハ生まれ1957年没、ユダヤ系。というわけで、ほぼ「裏カフカ」と呼んでいいくらいに共通点の多い作家。でもペルッツは戦前の大人気作家で戦後は忘れられ、最近また復活。 いやだけど「アンチクリストの誕生」だよ、タイトルでまずヤられる。でも話はシチリアのパレルモに流れ着いた靴職人と、その近郊の山村の司祭の家政婦が結婚して子供ができる話。しかし二人の過去、靴職人が見た「瀝青と硫黄とタール」を三人の「金の冠に金の靴、深紅のマント」の外国人がささげる夢、額に十字架を描くと泣き叫ぶ乳児...とこの迷信深い靴職人はこの子がアンチクリストではないかと疑い始める。いやこんな話。すごいなあ。まさに「オーメン」(苦笑) でもでも、があるのがペルッツ。これでも奇妙に牧歌的であり、それでも確かにアンチクリスト。困ったなあ....うん、大変に困る。そういう小説。 だから、まさに「異色作家短篇集」に収録したくなる作家。強烈な技巧派であり、読者の期待を空振りさせて、それでも満足させる手腕には強烈なものがあるな。 あるいは巻頭の「主よ、われを憐れみたまえ」では、ロシア革命の秘密警察チェーカーの創設者ジェルジンスキーが事実上の主人公。ジェルジンスキーに捕らわれた白軍暗号将校が、一目妻子を見てから死にたい、といったことで、ジェルジンスキーはその願いをかなえる。しかしこの暗号将校は律儀にモスクワに戻り、ジェルジンスキーは解読に難渋している暗号の解読を命じる...いや一目妻子に会ってから戦場に戻る「誓いの休暇」かいな。でもでも、その暗号解読と秋霜烈日なジェルジンスキー、そして「主よ、われを憐れみたまえ(キリエ)」の主題。辻褄があってないようで、深いところで合っている話。 だからオチがオチているのかオチていないのか、微妙なところを攻めた作家である。しかし、明白にオチていてびっくりが「ボタンを押すだけで」。交霊術の最中に、生きている人の魂を呼びしたらどうなるか?という謎(苦笑) いやはや、こんな「ヘンな作家」は世界にまだいたのだな。「カフカとクリスティの不義の子」という評言があるそうだ。 |
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