皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
していません。ご注意を!
斎藤警部さん |
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平均点: 6.70点 | 書評数: 1355件 |
No.1235 | 7点 | ソロモンの犬- 道尾秀介 | 2024/03/27 21:34 |
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「人間と動物を区別するなんて、お茶と飲み物を区別するようなものだ。人間に失礼だよ」
序盤より何気な叙述ジャブ心地よし。あざといくらいで丁度よし。またエピローグでも対称形のように、叙述のアレの答え合わせがそこかしこでパチリパチリと心地よく、碁石を打つが如く響く。 回想配置と時系列揺さ振りの妙味・醍醐味ったらない。 この構成の中でうねりまくり、ミステリ興味を引き摺りまくるストーリーの向こうには作者の固い拳が見える。 頑張ったな、道尾秀介さん。 大学生の男子二人(一人は主人公)+ 女子二人(一人は主人公の恋愛対象)= 人間四人の友達サークル。その周辺にて、シンママ助教のご子息でもある「四人が可愛がっていた少年」が交通事故死。連れていた愛犬に、腕に巻き付いたリードを引っ張られ、トラックの前に体が引き摺られる形で、多くの違和感を残しながら。。。。 或る雨の日偶然に、古式ゆかしい喫茶店に同席した四人は事故?事件?の真相を探り出そうと、年季の入ったテーブルを囲み、過去を振り返り、掘り返そうと対話を始める。 普通だったらエピローグになるような「本編最終章」から本当の「エピローグ」の最後の最後まで、魚卵びっしりニシンのように味と謎とミステリ興味が詰まりまくった素晴らしきガッツを見せる入魂の一篇です。 セイスンミステリだからって、いい大人の方も敬遠する事はまるでありません。 犬の習性。ヒトの習性。ふむふむ。。 まあ、或る人物の行く末があまりにも爽やかにうやむやに放置された感は少し気になります。そのため完璧作にはなり損ねていると思いますが、そんな事はいいんです。 メイン事件の真相がちょっと弱いかな、とは思いますけどね。 それでも高得点だね。 |
No.1234 | 8点 | 石の猿- ジェフリー・ディーヴァー | 2024/03/23 14:10 |
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「しかし」ライムが言った。「きみにとっては、事件は集産化されなかった」
蛇頭、中国公安刑事、反体制密航中国人、中国系米国人刑事等こぞって登場し、社会問題孕んだスリルでいくらでも深く抉れそうな所、敢えてソレは気前よく濃いぃダシに使い切り、中国文化へのツンデレ共感帯は盛り立てつつ、JD自家薬籠中の激風サスペンスで平常心の堂々反転勝負を挑んだ、誇り高き一篇! 「だめよ、ライム。このままでいいの。やりすぎなくらいがちょうどいいときもあるのよ」 数十数名の中国人を乗せ、ロシア某港より出航した密航船。ニューヨークに到着する直前、悪天候にも祟られ当局に拿捕されかかったその時、密航を取り仕切る蛇頭「ゴースト」はあろうことか船を爆破させる。更には生き残った密航者たち、即ち自らの大量殺人を告発する証人となり得る者たちの全抹殺に取り掛かる。まずは身内の裏切り者から、古代中国を思わせる惨烈な拷問の末、捜査陣へ見せつけるように葬り去った「ゴースト」。 瞬時の隙も無く読者を揺さぶり続ける本作だが、中でもラス前第四章終わりのヒリヒリする熱さったら無い。 やぱぁ友情・・奇蹟と必然の結晶・・が中心に来るミステリは最高だね。 こ、この泣かせるシーンは、まさか、アレのフラグじゃあるまいな・・と危ぶみつつも、やはり胸熱だ。 しかし、このタイミングでソレをバラすって事は。。などと熱々の先読み、切ない憶測を促す文章力と構成力は本当に強力。 現場(海底)遺留品から数学的に或る疑惑を状況証拠へと具体化して行くくだりも素晴らしい。 最後の、「二人」それぞれの決断。 友情のため、愛のため、それだけではない。 そしてあまりに熱い抱擁。 何より、最高に泣かせる「或る見知らぬ人」への手紙! 今さら言ってネタバレにもならないだろうが(??)、やってくれました、この甘々の、瞬時にしてお花畑の広がる(?)とろける結末・・ だがそこへ行き着くまでのスリルとサスペンスと反転がモ~ァザン盤石であるからこそ、俺は全然好きだ。 それから、これを言うと若干ネタバレかも知れないけれど、ある意味それまでのシリーズ作風が重要な真相隠れ蓑になっているような気配は、いたします。 何しろ、アッチのあの反転はよしんば想定内としても、まさかの大オチがね。。。 そして相変わらず、高級コールガールの様な高級読み捨てマテリアル。 これぞ最高の美点でありましょう。 |
No.1233 | 7点 | 死者は語らず 「宝石」傑作選集Ⅰ 本格推理編- アンソロジー(国内編集者) | 2024/03/20 16:17 |
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五つの時計■■鮎川哲也
「大切なお客さんが待っているんだし旨い酒があるし、それに可愛い奥さんもいるからな。十分ばかり邪魔をして帰ってきた。」 本格推理不滅の象徴。 完璧の化身。 滋味の麹壺。 いい酒、いい音楽、いいニシンの燻製。 文章の節々に覇気と余裕と緻密な配置。 スリルもサスペンスもスロースターターと見せつ、直ぐ点火。 母娘の情愛に絆される場面など有。 堅牢なロジックと涙が出る程の味わいが不可分に結託し、同席で流しそうめんを啜っているよう。 “甘い疑念”潰しも抜かりなく伴走。 何気にエロい実践の説得力たるや。 しかもその持続の妙たるや。 「いや、それとこれとはある程度関連性もありますが、本来別のものなんです。しかしどうにかアリバイを崩すこともできました。」 アリバイ偽装と暴露の極意を『ナんとカ講義』ナんテ大掛かりな光り物でなく、さり気なくも深い耀きの地の文で披歴。 警察内部の犯罪オン犯罪という構造だが、社会派など眼中の大外刈りで颯爽と。 しかし本作の鬼貫は本当に、腹の底から良いな。 君の魅力に、俺もアタイも落ちそうになったぜ。。 更にはラスボス?蕎麦屋のギラつく魅惑の坩堝よ! 締めも言うこと無し! いっそ全文暗誦したい。 10点 風の便り■■竹村直伸 幻想か、怪奇か、愛なのか。 届く筈のない、精神を病んで入院中の父親から娘への優しい手紙。 その背景には、タイミングの妙が何とももどかしい謎めいた毒死事件。 巨大過ぎる切なさへの、吹雪さえ呑み込む切実な予感。 物語の芯らしきものが罪悪の峡谷へと沁み渡り、うなりを上げる。 ノンキだと・・!? 何故そこで、それを我が子に託す?! 超自然と論駁推理とを結ぶ焦点の在り処には果たして何が。。。 真相はミステリとして特に目新しいものでもないが、そこへ至る道筋のまぁスリリングなこと! 「ハナミズキ」 のエンドレスリピートをバックに読みたくなるのは前半まで。後半はがらっと顔色が変わる。 7点 泥まみれ■■島田一男 家出癖のある、二十も歳の離れた弟が、遠方にて、遠い親戚筋の女と心中を図り、死亡。 因縁蟠る中で兄は或る復讐を心に誓う。 自然と抒情豊かな物語背景に、島一節のちょぃと熱い所が炸裂。 凄まじさと癒しの行き交うエンディングにはどことなく風太郎風の味わいが。 7点 E・Pマシン■■佐野洋 この真犯人/真相意外性は結構なパワー持ってるよ。 アパートでのガス中毒死に続いた予告殺人。 SFチックな犯罪解決ロボット顛末のオチには流石の左翼魂。 ところで真相暴露のヒントなった或るワードの特性、現在ではちょっと微妙ですかね。。 7点強 吸血鬼考■■渡辺啓介 こんな洒落た羊頭狗肉は許せる。 英国カントリーサイドの大邸宅を舞台に、ちょっとした歴史ロマンと現在の淡い恋愛模様、そして秘めた友情物語が交錯。 ゲーム風展開に及ぶシーンも好き。 6点 臨時停留所■■戸板康二 標題が誘う軽いミステリ興味は、ミステリと言うより文学的反転へと帰着。 仄かな旅情を含みつつ、激しい部分もありながらやさしいオチで幕を引く、田舎の人情小品。 6点 消えた家■■日影丈吉 戦中台湾怪奇譚。 軽い数学パズルに絞められる話。 油の軽いフレンチフライ。 5点 おたね■■仁木悦子 「二十二年です」 “日ごろから数えてでもいるのか、おたねはすぐ答えた。” これぞ勝利の歌。。。 とも言い切れない物語の襞の深さや佳し。 人を泣かせるのに機械的物理トリックも使いよう。。 と思えばそこには心理のダメ押しが! こりゃ唸った。。 偶然再会した昔の使用人の重い告白を聞く。 8点 毛唐の死■■佃実夫 旧い事件を歴史学者の様に解き明かさんとする図書館司書。事件の被害者は徳島県在住の著名なポルトガル人。 調査の過程はひたすらに地味だが、解決篇となる最後の酒のシーンでは感動押し寄せる忘れ難き一篇。 7点 付録「宝石」の歴史■■中島河太郎 同誌の飛躍と艱難、光と影の道筋を、具体的作者・作品名やエピソードを愉しく散りばめ綿々と証言。 往時の空気が良く漂う。 嗚呼「抜討座談会」。。 8点弱 |
No.1232 | 7点 | Nのために- 湊かなえ | 2024/03/16 13:50 |
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作者自ら語ったという『立体パズル』そのもの! ズルズルと解(ほど)き出される魅惑のゲーム性、新事実は新世界。これに恋愛心理劇や●●●●に纏わる過去など程よくキツめに絡んで彩り豊か、おかげで味気無さとは無縁の小説型パズル。 叙述ギミックも最高に効いている。(「十年後」の置き場所!) こじらせ王子がドえらいことやらかしよった、ってだけの話じゃなかった。 作中作の使い方。 仄かな暗号興味。 将棋の魔力がなにものかを発揮する。 マンション高層階で謎の複数死から始まる所は宮部みゆき「理由」を髣髴と。 頭文字Nに該当する人物ばかり登場するけど、ひょっとしてNobodyのNかも・・・なんて憶測してみたり。 いやはやタイトル通り(?)文句無しの「エンタメ」長篇そのものでした。 圧巻のリーダビリティに是非、あなたも振り回されたし。
「お外はすばらしいでしょ。この世界はみんな、あなたのものなのよ」 |
No.1231 | 7点 | 君の膵臓をたべたい- 住野よる | 2024/03/09 20:54 |
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「いい天気ー。こんな日に死のうかなー」
不治の病を膵臓に抱える女子高生は『共病文庫』なる秘密の余命日記を付けている。 現代医療のお蔭で外観は普通に明朗快活な高校生活を送る彼女。 クラスメイトの静謐男子がある日、通院先にて偶然『共病文庫』の存在を知る。 そこから始まる、二人を中心とした、奥深く謎を秘めた青春&人生ストーリー。 「いやぁ、君がまさか私をそこまで必要としてるなんて、思いもよらなかったよ。人間冥利に尽きるね」 殺人事件が起きた。 主人公には名前が無い(最後に明かされる..?)。 ヒロインには将来が無い(だが現在は輝いている)。 この物語にはどうも何かある。 変わりゆく主人公。 この、大馬鹿者・・・・ んもう、じれったいんだか何だか。 “また彼女は韜晦に走るだろうか。そうしたら、僕はどうしよう。更なる追及の勇気が、僕にはあるだろうか。あったとして、何か意味があるのだろうか。” こう見えて本作、親子愛とキレッキレな友情、そして未来と青空の物語であることは確実。 仄暗さと明るさの好配色のような、柔らかいがイテテ率も高いユーモアが遍く浸透。 ぅっぁーたまらない会話の投げ合いとか。「革命に次ぐ革命で国民がいなくなるよ」 心の言葉のすれ違いとか。。 “やっぱり私は弱い。ばれなかったとは、思う。” 何処となく漂う、大◯◯トリックへの予感や、その手掛かりめいたもの。 何気なく挿入される ”クイズ” 的な何か。 一見勘違いのようで・・・そうでないような絶妙なダブルミーニングもどき。 主人公の特性に頼った、素晴らしき逆説の煮詰め具合。 ヒロインの命が掛かっている事を実感させるに足る、言葉の意味深さの沁み渡り。 「家に挨拶したの。私を育ててくれた大切な場所だよ」 ようよう結末へ向かうにつれ、来た来たあぁーーと押し寄せる波しぶきの圧と祝福にやられたし。 “旅行も楽しかったし” ・・・ これ泣けたなあ “一度胸に抱いて” ・・・ このワンフレーズも本当にやばかったですよ 単なる(?)メモの、等比級数的にぶち上げ広がる、心への何か・・・ これほど泣かせる事務的事項の羅列、「(怒)」、「(第一回)」あるかってんですよ。 アレの感動突風のすぐ後に、ミステリ興味のズキズキワクワク展開図を置きに来るってのもねえ、色んな方向から揺さぶられて、こりゃあもうたまらんのですよ。 “仕方なく僕は「考えておく」と答えた。彼女は「お願い」と一言だけ添えた。意味のある一言だった。” 『生きる意味』について、あるいみ最近の理論物理学にも通じるような、ちょいと深い、い~い事が語られるシーンもありました。 最後の方、「えっ!? そっち?!」と展開に嘆き、そこにバランスの悪さを感じもしたけれど、考えたらそれはこちらが勝手に、ある種の静かな常套展開を想定してたに過ぎないのですな。 そんなもの、必要ありませんね。 “世界は、差別をしない。” 本作、可読性こそめっちゃあ高いが、一気に読んじゃああまりに勿体ない。 是非、じっくり行きましょう。 略称は「キミスイ」だそうです。「人間の証明」のアレをチョイ思い出します。 娘の男子クラスメイト推し本を読んでみました。 |
No.1230 | 7点 | 迷走パズル- パトリック・クェンティン | 2024/03/06 22:28 |
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「誰もが己の本分をわきまえるべきです。ぼくは演劇プロデューサーなので、演劇プロデューサーとしてこの問題に取り組みたいと思います。」
信頼できないかも知れない探偵役(候補??)。 意外な被害者と意外な殺人現場。 ドタバタ心理試験。 真犯人かどうかはともかく天才的犯罪者が登場して場を掻き回す。 「台の上のもの!」(笑) そして、高名の指揮者が奏でる美しいピアノよ 。。。。 主人公がアルコール依存症治療のため閉じ込められた精神病院内にて、病理なのか超自然なのか判然としない怪奇現象が続発。 その現象内でまるで予言されたかの様に、やたらパンチとヒネリの効いた連続殺人事件が起こる。 患者の中に佯狂の者はいないのか? 医師や看護師の中に殺人狂は紛れていないのか。。? “子供たちよ、物事は少しばかり悪いほうへ向かっている。だが、心配することはない”” おお、真犯人暴露へ向かう道筋が最高にスリリングじゃないか!! 多方向への憶測振り撒きが半端でないぞ!! おっとぉ、こいつあ全く以っていよいよ。。いんやいや、この端倪すべからざる、抜け目ない逆説駆け巡る結末と、そこへ至る迄のステップの軽やかにして踏み込みの深い、揺さ振りの眩しさ、頼もしさよ!! 真犯人当てちゃってたにも関わらず、こりゃあ参ってしまいした。 声のトリックこそ、ちょいとご都合すっとこピクニックな感じですが、それがメイントリックってわけでもなし、良いでしょう。 シリーズ第一作目がこれ、という構造もいろんな意味で凄いですね。 イザベルより断然アイリスだねえ。 「自分の推理を過小評価することはない。わたしと同じだったのだから」 |
No.1229 | 7点 | アリバイの唄- 笹沢左保 | 2024/02/29 23:30 |
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元刑事の口癖は「ベイビー」(笑)。 彼の苗字は「夜明」。 まさか、その珍姓に引っ掛けた前代未聞の叙述アリバイトリックでも登場するのではアルマイナ、と半笑いで余計な緊張!
退官し今はタクシー運転手の「夜明」が東京で乗せた、激しい喧嘩真っ最中のわけあり男女。その女の方が愛知で屍体となり発見される。 一方、数日後に上野から逗子まで運んだ女性の訪問先には、まさかの「夜明の初恋の人」が住んでいた! こりゃ夜明元刑事、自身の事件ってとこか。 さてこの偶然、ミステリ的にサホリンはどう落とし前を付けるつもりか。。 “崩しようもない完璧なアリバイがある。それが、いまの夜明には唯一最大にして、何ともやりきれない希望といえそうであった。” あまりにモノあり気な早朝の電話連絡。 鉄壁のようなチラリズムのような、心惹かれるアリバイ夜話。 大トリック物理的側面の核心を掠る、実に際どい地の文もあった。 ”○○○の○” なる、まるで初恋の帰り道のように儚いようで儚くないミスディレクション兼ちいさな手掛かり(?)もクイッと引っ掛かって来ましたよ。 島田一男ばりの粋な言葉の投げ合い、島田荘司ばりの大規模バカトリックに、ちょいと小粋で(?)おバカな手掛かりまで。。 まるで長い電報文の様な、口頭ダイイングメッセージらしきもの、こいつもなかなかのおバカさん。 第一この表題はある意味バカタイトルと言っても良いのかな? ふむ、本作はまるで「バカ」のタペストリーだ。 しかし、そのタイトルの意味するものが炸裂するラストシーンはどうしたって泣ける。 つか泣き笑い。 結構重い人間ドラマは後付けの装飾だと思う。 それで良い。 この本は面白い。 「正解だぜ、ベイビー」 |
No.1228 | 8点 | 寒い国から帰ってきたスパイ- ジョン・ル・カレ | 2024/02/24 12:48 |
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「一分あれば、壁まで行きつける。では、しっかりやれよ」
「きみはおれたちをなんだと考えている。 スパイだぜ」 本作が忍ばせた連城三紀彦スピリット(?)は後からじわじわ来る。 将棋のように、ゴールに向かい一手一手詰めて行った挙句のどんでん返しではなく、オセロの如く、状況の瞬時転覆が連鎖する形で大反転の真相暴露。 この小説の外貌の醍醐味はそこにある。 主人公の直接相対する相手がステージクリア風に次々切り替わって行くのも小気味良い。 そして、最後には・・・・ 敵味方驚きの構造が明かされてお終いではない。 それは飽くまで組織の枠組。 中で実際に動く者たちの関係は複雑に推移する。 そこにまた意外性を醸すミステリ興味の重要エレメントがある。 統制された心理の暴力が荒れ狂うクライマックスの査問会(裁判)シーンは圧倒的。 だが、それすらも、、、、これ以上は言えません。 “どんなに愛情に富む夫であり、父親であったにしても、つねに愛し、信じている相手から、遠のいたところに身をおかねばならぬ。” “第二、第三の人物として生きることを、おのれ自身に強いたのだった。 バルザックは死の床にあって、かれが創造した人物の健康状態を心配したと聞くが、同様のことがリーマスにもいえた。創造の力を棄てることなく(以下略)” ラストシークエンス、事務的側面含んだ緊張と、それすら裏切る予感。 物語の、そして最終章のタイトルが意味するところ、確かに受け取りました。 怖るべきは、物語内の比重高く大胆不敵な□□トリックさえ実は●●●だった、という物語構造でしょうか。 それは本作主題の痛切なメタファーですらありましょう。 「神とカール・マルクスをおなじように軽蔑する男たちーー」 「しかし、リーマス。 きみも利口な男じゃないな。」 さて、最後の一文ですが・・ |
No.1227 | 6点 | 雪に残した3- 新田次郎 | 2024/02/20 21:41 |
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土樽よいとこ またおいで 皆さんなじみの ヒゲがいる 『ダイイングメッセージ作成をリアルタイムで目撃』 という尊きレアケースから始まる雪山物語。 死に際に遺す「3」なんて言ったら、クイーン某短篇で語り尽くされた(?)様に、文字通り(文字通り)、多方向からの憶測を呼ぶものですが。。 「なるほど、それでどうしたんだ。おれはこの年で推理小説のファンなんだ。昔は女に興味を持ったが、このごろは女よりも読書に興味を持っている。」 舞台は魔の谷川岳。山の仲間が悪天候の中不審な死を遂げ、同じ山の仲間たちを巡って次々に顕れた疑惑につぐ疑惑。 探偵役「星野」は在京山岳会の会長にして零細出版社の社員。 山岳会の仲間たちや取引先社長の力を借りて真相糾明へ向かいジリジリとアプローチ。 やがて迎える容疑者3名揃えての「山の裁判」を前に、晴れやかな出発の勢いと、微かな翳り。 まさか、稀代の “バカ真相” ではアルマイナと少しばかりの危惧も持たせつつ。。 含みを持たせたやらしい結末 ・・・ 「推理小説はいい。最後まではらはらさせながら読ませるあのもたせかたは、なんともいえない味があるぞ。」 山岳推理小説ではおなじみの「山男ならではの純粋さ云々」と「山男だからと言って純粋とは限らない云々」、相反する二つのキーフレーズは五月蠅くならない程度にやはり登場。 俗物としか映らなかった「◯◯」の豪快な問題解決者ぶりに胸のすく熱いシーンもあった。 「金次第だ。金さえあればなんだってできる。その金は俺が出す。」 “星野は何か明るいものを目の前に感じた。問題はやはり金である。” 自然の怖さなどは然程伝わって来ず、山の空気の爽やかさなど割と小ぢんまり描写されるばかりだが、其れも又佳し。 地味ながら不思議なワクワク感、ばらけた様で何処か締まりのある、小味で愉しい小品(長篇)です。 “裁くのはおれだ。しかし、裁かれる者はそれを知っているであろうか” 或る登場人物の◯◯◯○ー○というか○○が後出しに過ぎるのだけは、あきれて物も言えなかったが(でも仕方無いのかな。。)。。。 本当は本格推理とは言い難いのだが。。だが敢えて本格と呼びたくなるのだな。。 繰り返しになりますが、本作の結末、含みのある独特のやらしさは一度味わってみて損は無いでしょう。 ラーメンと、マッチの図案、最高だね! |
No.1226 | 7点 | 蒲生邸事件- 宮部みゆき | 2024/02/17 19:07 |
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「坊っちゃまにお伝えくださいまし。◯◯は約束を果たしましたと。よろしいですね、必ずお伝えくださいましよ。」
歴史的事件に絡まるタイムトラベル要素は、SFというよりやさしさファンタジー。 このやさしさが、終局で効いて来るんだなあ。 ただ、時間移動に伴う肉体への負担にリアリティ持たせているあたり、甘々のファンタジーというわけでもない風。 「人殺しをする、そんな勇気が僕にあったなら、最初からこんな羽目にはならなかった。」 本作、ストーリーの盛り上がって行く曲線が緩やかでなかなかにじれったい。 何しろ、ミステリ性の中核であろう事案が、あんな所まで進んで、やっと見え隠れし始めるという構造。 そこまでの筆運びが佳いからこそ許されるわざですね。 “自殺死体の周辺に拳銃が無い” という謎が起点の話の膨らみが微妙にミステリ的興味から外れたと思ったら、SF要素とギリ点でタッチするあたり、こりゃほんとに微妙ですわなあぁ。 動線が 奇妙な作りの 蒲生邸 ・・・ こんな魅力あるフックさえ・・・ 「君は学がない。その割に頭がいい。そのくせ、妙に勘が鈍い。」 目立つのは、やや浮き足立った色恋要素。 恋愛対象が意外と微妙に絞り切れてない(ただ決め打ちはしてある)感じもリアル。 さり気なさに予感を秘めた或る別れのシーン、良かったです。 タイムトラベルに纏わるちょっとした日常の??トリックには良いユーモアが籠っていたな。 楔を撃つ ’チョイ役’ 再登場の証言を経て、ラストモノローグはさり気なく爽やかに、未来を祝福。 ジャンル的には。。 私も、alcheraさん、ごんべさん仰る様にこれはミステリ/SFどちらのスロットにも嵌らず、まして歴史小説ではなく、、 toukoさん同様、青春小説だと感じましたね。 ミステリですけどね。 |
No.1225 | 1点 | 恐怖王- 江戸川乱歩 | 2024/02/10 11:36 |
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あな、スリルもサスペンスもトリックもロジックもありゃしない。 中途半端な猟奇犯罪を半端に繰り返す変な人の話。 冒険も意外性もリアリティも痕跡すら見つからず(ちょっと言い過ぎ?)。 東京市中が恐慌に陥っている空気感はまるで無く、悲劇に見舞われた探偵役「大江蘭堂」の心の動きも直接間接まるでうわのそら。 第一こいつさっぱり頼りにならねえや。 妖婦の何とかさんもまるで魅力匂わず。 作者の物語闖入もヒつこくて鼻につく。 被害者の肉体損壊のされ方にちょっと目を引く所はあったかな。 リーダビリティは異様に高く、読んでいて不快な気分にはならない。 そこで2点ばかり加点して、なお1.5に届かず。
と、思いきや、最後のこの 。。。。思索的オープン反転?! 。。 いやいや、エンディングはちょっとだけ取って付けの趣きがあったけど、とてもとてもこんくらいじゃあ逆転は叶いませんよ。 乱歩さん、心に砂漠を作らないで! 次はいいやつ頼みますよ(象)。 |
No.1224 | 7点 | 八点鐘- モーリス・ルブラン | 2024/02/07 23:34 |
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塔のてっぺんで
単純な計算式に還元の上で隠匿されていた絶望悲劇が暴かれる。 主演二人の始まりの物語。 水瓶 証拠隠滅の物理トリックは陳腐化していようと、真犯人追い詰め心理戦の摩擦熱を発するスリルは不滅。 レニーヌ最後の台詞も共感に溢れる。 テレーズとジェルメーヌ これは熱い。 有名な⚫️⚫️トリックが暴露されてこそ顕在化する、愛人と夫と妻と幼い娘達のドラマに心は釘付け。 最後のオルタンスとレニーヌの会話でノックアウト。 映画の啓示 これまた随分と大胆な犯罪露見の手掛かりだなと思っていたら。。ミステリよりも◯◯よりも姉妹の愛情物語が勝ってしまったかな。 締めのホットな部分が長くなって来ているね。 ジャン=ルイの場合 或る青年の出生に纏わるドタバタ悲喜劇から始まり、滑稽味を残したまま貫徹した心理トリック問題解決は、若干肩透かしだったか。。 締めの台詞もちょっとなあ。 よく言えば落語風。 斧を持つ貴婦人 やにわに風雲の「転」へと導く、黒い光沢の冒険譚。 オルタンス気絶の際の台詞にゃあ最高にじゅんわり溶かされた。。 ミステリ性が薄いようでいて、最後にやっと気付かされる、淡く優しくも胸に迫るツイスト。 先行作とは異質の静謐なエンディングに打たれたし。 雪の上の足跡 人によってはタイトルで噴き出すかも知れないが、一見大時代ドラマの添え物めいた心理的物理トリックが、実は奥深い余韻を残す。 おまけにダメ押しのコミカルな落ちにまで手を伸ばす。 いやはや趣深し、足跡トリック。 レニーヌとオルタンスの関係も愈々もって趣深い。 マーキュリー骨董店 大胆なミスディレクション(?)を経ての激しい頭脳戦から、麗しくも悦ばしい、King & Prince ”シンデレラガール” が流れて来るような白光のエンディングへと雪崩れ込み。 諸々の落とし前もジャスト・イン・タイムに付けられ、連作短篇集としてまず文句なしの終結。 ごさっしたーー。 |
No.1223 | 7点 | ある男- 平野啓一郎 | 2024/02/04 09:07 |
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二人目の夫が山中の仕事場で事故死。 夫の兄は実家から駆け付け、一目見るなり「これは弟じゃない!」。 数年前に一人目の夫と離婚の際世話になった弁護士(主人公)が再び呼ばれ、「夫」の正体探しと「弟」の所在捜しに奔走する、サスペンス沸々と蠢く人間史発掘ドラマ。 溢れる言葉で思弁と春情いっぱい。 フレーズの密集が匂わしい割に、リーダビリティは頗る高い。
「それにやっぱり、他人を通して自分と向き合うってことが大事なんじゃないですかね。他者の傷の物語に、これこそ自分だ!って感動することでしか慰められない孤独がありますよ。……」 亡くなった/消えた人物の捜索(キーワードは「●●」。。。。)への興味に留まらず、夫婦や親子、兄弟や男女の愛憎関係へも、濃淡織り交ぜイメージ豊かな主題性が付与されています。 ある組合せの二人の関係に、ある意味エンドマークが下された直後から、二人にとってはアンコールピース、物語にとってはクライマックスが始まる予感でいっぱいの構図、ニクいね。。 と思い込んでいると。。 いやはや、この進行からの流れも最高にじんわり来ました。 「なんか、二百歳まで生きた人間を知ってるとか、メチャクチャ言ってましたよ。」 ○○は、思わず吹き出して、手に持ったコーヒーを零しそうになった。 「僕には三百歳って言ってましたよ。」 回鍋肉カレーとマイケルシェンカー、シメイホワイト。。 終盤の方で、どうしても一呼吸、いや暫くの時間を置いてから読みを再開したくなる章間がありましたね。筆力だねえ。 様々な人間どうしの関係叙述が整理を終える度パタパタと蓋を閉じ、最後にあの一文。 大空のようなスッキリと少しのモヤモヤ、双方含んだまま、素晴らしい終わりを本作は迎えてくれました。 “そして、自分によく似たような男が、もう一人いたんだなと思った。” “その後は、しばらく二人とも黙っていた。” 最後に。 この本は、思わせぶりな「序章」が何とも掴んで来るのですよね。 追記 ・亡くなった「夫」が仮に「X」と呼ばれ、そこに「ツイッター」や「フェイスブック」も登場するため何だか紛らわしいこと! ・チャラついてキャラの濃い「兄」が登場シーンから脳内大泉洋だったお蔭で、嫌な奴というよりコミックリリーフになってくれちゃいました。(ひょっとして映画版でも.. と思ったが、別な俳優さんでしたな) |
No.1222 | 6点 | カッコウの卵は誰のもの- 東野圭吾 | 2024/01/31 18:43 |
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ウィンタースポーツ(板系)周辺に巻き起こる、ビジネスへの野望と親子の苦悩、そして脅迫および傷害事件。 慌ただしい一連の流れの中で、元冬季オリンピアンである主人公の抱える葛藤と謎は大いに膨れ上がる。 期待の若手アルペンスキーヤーであるわが娘が、自分と血が繋がっていないとは ・・ ← この裏事情が全く一筋縄で行かないのが、本作の大きな魅力、というか太い幹。
"もし天罰が下るとしても――。 ( 中 略 ) その時には、自分が命を賭けて阻止するのだ。" 物語の分水嶺らしきものが早い段階から次々に上書き更新され、揺さぶりを掛け続ける、こりゃぁ東野らしい強い展開だ。 終盤もいい所に差し掛かって急展開の圧縮率が尋常でないミステリ期待値を噴出して来る。 そしてこの、黒幕の創意と悲しさたるや・・・・・ 読前の予断を裏切り社会派/科学派要素は薄め。 ちょっと気恥ずかしいが人間派は言えるかも知れない。 だが何より、複数のトリッキーな親子関係の謎で押し通した、プチ数学的とさえ言える論理(?)サスペンス・ミステリでありましょう。 そのくせしっかり感動もさせてくれちゃってよ。 参ったな。 「あるもの/こと」を託された人物の葛藤が、もっと直接的に描写されても良かったという思いは残ります。 ノルディックの未来を託された青年の、スキーそっちのけでエレキギターに傾倒する描写が光っていました。 |
No.1221 | 7点 | その可能性はすでに考えた- 井上真偽 | 2024/01/28 19:09 |
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“端から「偶然にしてはでき過ぎ」という反論は封じられているのだ。何と傍若無人なルールであることか。”
事象の合理的解決が不可能である事を証明せんと命を削る、なんとも革命的な逆行型の探偵役。これを主軸とし、キャラ立ちの良過ぎる脇役たちが荒唐無稽に暴れ回る。 ラノベから派生した深夜アニメから派生したRPGのようなフレイヴァを放つ設定と展開。 ラストシーンは熱かったな。。。 「だから◯◯、◯◯も約束して、これからの毎日を楽しく生きるんだ。一人になったからって寂しがってちゃだめだ。」 偉大なる逆説の泡立ちが眩しい魅惑の推理ファンタジーに宿るは、命と資産と知力の脈打つ遣り取り。 箱庭めいた埓内の前提があれよあれよと拡大されて行く面白さ。 プロージビリティがスッ飛んでいるからこそ却って佳きとなってしまう画期的なゲーム構造。 ご都合に蹂躙された机上の幻も、ここまで執拗に積み上げられたら最早マテリアライズド・・・ 「――そして実際、その行為で◯◯は救われた。もしこれが真相なら、その事実自体はとても尊いものだ」 しかしですな、可能性潰しの着眼がもっともっと徹底して広角だったら、天下の奇書になっていたかもですな。 本作では、相当に深そうなポテンシャルの8分の1も発揮出来ていないでしょう、この作家さん。 「探偵さん」 つうっと、頬を涙が伝った。 「この私を止めて頂き、どうもありがとうございました」 伏線の、隠し方と見付けさせ方のバランスがちょっと取れてないかと感じる案件は幾つか見受けた。が、まあ目くじらは立てぬ。 多重解決の詰将棋ドリルブックみたいな一冊でもあった。 所々、論理の遊戯が高踏過ぎて眩暈を誘う熱砂特別区もあった、それもまた尊し。 「無自覚に叙述トリックを使ってしまったか・・・・・・」 なんと。 |
No.1220 | 6点 | 影の地帯- 松本清張 | 2024/01/20 20:40 |
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“その目撃者が宿に訪ねてきました。その興奮で、この手紙をあなたに書きました。”
本作の中心にある『屍体隠蔽』については、猟奇的トリック自体もさる事ながら、その二重底構造になっている点を推したい。 「お願いです。これ以上深入りしないでください。」 「あなたは、なんのために、ぼくにそういう注意をするのです。」 写真家である主人公馴染みの ”銀座ママ” が失踪。 前後して与党保守党の領袖が失踪。 事件の周囲に見え隠れする魅力的な若い女性と小太りの中年男は、主人公が以前に航空機内で偶然出遭った二人連れだった・・・ 幾手にも分かれつつ親密なる協調の探偵群は、その構成にちょっとした捻りあり。 決してありきたりでない主要登場人物群の有り様に変容めいた彩りもあったりして、盤石の推進力あるストーリー展開。 後半風情からあまりに痛く怪しい魍魎どもの蠢きと、そこへ被せてまた更なるうねり。 飽くまでも爽やかに。 いやァ愉しいっす。 昭和30年代中盤。 「おれは、もうやめたよ。妻子のあるからだだから、いま死ぬのはいやだからな。」 ごく淡い水彩画からのテイクオフが心地よい恋愛要素、そして、まさかの(?)◯◯物語という熱い側面。 清張らしい冷徹な規律は認められるが、やはり甘々の通俗長篇。 もはや量産期京太郎ぽい旅情サスペンス。 匂わせとご都合の激しさが逆に愛おしい。 だが社会派要素なるものは、果たしてどうかな。。 最後のそれらしき考察も、却って安心しちゃってるみたいで、”もどき” 感が強い。 さて主人公の名前は田代利介(たしろ・りすけ)。 今だったら「ロリスケ」って呼ばれるかも? |
No.1219 | 8点 | 雪は汚れていた- ジョルジュ・シムノン | 2024/01/14 19:27 |
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純白の感動を呼ぶ、痛切極まりない "◯◯式" のシーン。 私はそこに、この物語の中心点を置きました。
「世界じゅうでいちばん大きな罪を犯しましたが、これはあなた方には関係のないことです。」 占領下の街。 小さな娼家に母親と暮らす不良青年は、くぐもった未来像を突き抜け何者かになるべく、もがいては行動を起こし、またもがいては無闇に行動し、やがて引き返せない一本道に迷い込み、なにものかに、、、捕らえられる。 一人称ハードボイルドが似合いそうなムードと筋運びを、神になりきらぬ、時にもどかしい作者視点で包み込むように叙述しきった、重量感溢れる惨酷犯罪心理劇。 "フランクは言葉なんかこわくない。彼は無理にその言葉を大声で口にしてみた。" 「きちがい!」 サスペンスフルなクライムノヴェル風前半から可読性と玩読性が激しく拮抗しつつ、 後半、ある場面転換からやにわに直面する混濁と悟りのキャッチボール。 推理、思索とまどろみの取っ組み合い。 以心伝心と疑心暗鬼。 幻想と混乱のコールドロン。 そこに見い出した或る「◯」。。 読み応えは充分。 心に残る最強の脇役陣に突き上げられ、愚かな主人公の行く末を見守らざるは無い、胸中に深く長く染み渡る逸品です。 |
No.1218 | 7点 | 古墳殺人事件- 島田一男 | 2024/01/06 12:51 |
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“ここでは逆に、地上にいて海上で味わう地上感を味あわそうという、きわめて不自然な努力と苦心が重ねられているのだった。”
いいですねえ、この逆説舞台装置、商船を模した丘中の邸宅。 一方の舞台『古墳』(多摩の塚原古墳群内)との連携も佳き。 探偵役の旧友である考古学者の撲殺屍体が発見されたのは、この古墳の方。 「いけません。円満にして敏速なる調査のためには、婦人の狂騒は、あらかじめ排除しておかねばなりませんーー」 会話、地の文、古代文学ペダントリ披露どれも濃いわぁ濃すぎ。武蔵小杉と新小岩が総武快速・横須賀線で繋がったのはこの作品の為だったのか。。だが意外とスッキリ最短距離で見通せる短篇的真相かと匂わせる展開もあり、どこまで作為的かはともかく、リーダビリティが停滞する作品と言うのでは総じてございません。 「(前略)とうとう最後までひっぱった。…… 案の定(後略)」 呼び出し暗号、擦れ違いの機敏。 機械的物理トリックと、人情心理トリックの重なり合い。 ブロバビリディの細やかな潰しから一気に攻め入るヒロイック推理披瀝の眩しくもある味わい深さ。 ほんの微かな数学趣向。 そしてやはり、ラストシーンの爽やかな明るさは忘れ難い。 さて本作、別の島田さん有名なアレのインスパイア元のような気はやはりしますね。本作の少し前に刊行された「○○殺人事件」や、十数年前に出ている「○の悲劇」に通ずる要素も検知されました。 ところで kanamoriさんご指摘の「犯人は何もしない方が目的達成」って、、ほんまや!! でもまあ、悲しむ人を無闇に増やさないという意味はあったかな? (飽くまで小説として、犯人本位ではなく、ですが) |
No.1217 | 7点 | 残像に口紅を- 筒井康隆 | 2023/12/23 23:04 |
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“この調子ではどんな突然の非常識、奇想天外、荒唐無稽が起るかもしれない。それらをすべて、それぞれに対応する考え方で、終結に向けて的確に処理していかねばならないのだ。”
ラストシーン、気持ちは動くのか。 タイトルの意味するところは、何気に早いタイミングで抒情を刻んでくれたが。 “そう考えて●●●●は異様なほどの快感を伴ったおそろしさとスリルに見舞われて思わず(後略)” このストーリー、もしも企画を冒頭で公開せずに最後まで完遂していたとしたら、人はどの辺りで仕掛けに気付くものだろうか。 しかしこれ、図らずも(?)『アレ』のメタファーになってるよねえ。。。。 オールドパーはバーボンじゃないよな、なんていぶかしく思う。 その人、ゴクミ? おっと、戸田奈津子語尾みたいなの出てきた? こっちはゼンジー北京語か(但し「ノンアル」で)? … だんだん語呂合わせというか日本語ラップ初級編みたいな様相を呈し始めるのが何やらおかしくて。。「孤独のグルメ」脳内独り言のような物言いも顔を出し始めた。 歌舞伎だの何だの、巧く纏めるもんだよなあ。 特殊な情交シーン(そっちの意味じゃなく)、最初の方は只々大笑い(!)だったが、やがて独特の味わいの濃密描写に推移。 官能小説から歌詞をインスパイアされるというあいみょん嬢の感想を聞きたいね。 「もしもし。ここは現実ですか」 「そうだよ。何もかも現実なんだよ」 「もしもし。もしもし。そちらは、現実ですか」 最後に残る一文字(乃至二文字)を予想しちゃいますよね。まあ手堅い本命なら「■」だろうけど、さりげなく「◇、◇◇◇」なんてのも有り得るし、ルール抵触かも知らんが「○○○○○」なんてのも、人情でじんわり来ますよ。 本作の企画、ハングルでやってみた人はいるのかな。パーツ(ㄱとかㅏとか)だとすぐ終わっちゃうから、文字(가とか혼とか삶とか)の単位で。 漢字だとちょっと果てしなくて無理ですかね。 敢えて英語に翻訳したら、終盤につれてどんな不可思議な感じになって行くのか、興味あります。 |
No.1216 | 8点 | カササギ殺人事件- アンソニー・ホロヴィッツ | 2023/12/21 20:39 |
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「しかし、感情はきわめて安定していますよ。実のところ、先生には正直にうちあけますが、わたしはいま、とても明るい気分なのです」
某「透きとおった物語」で際どく言及されていた一冊、否、上下巻で二冊。 本作を上巻終りまで読了し、ゆっくり一晩置いて、翌朝から下巻を読み始める読者がいたとしたら何と幸いなる魂か! あまりに衝撃の強い、上巻最後の一行! いやいや、事の企みはそれどころじゃなかったわけで。 目測がズタズタに引き裂かれる快感と、そのタイミングに幻惑される陶酔。 登場人物表がここまで罪深く危険な存在になり得るなんて! 「どうやって?」 「アランがまともな人間に戻るんですよ」 アガサ風イングランド田園地帯の大邸宅にて、家政婦が階段から転落死。謎めいた盗難事件を挟み、準男爵の家主が首を刎ねられ死亡。容疑者多数にして、登場人物の順次深堀りが熱い。 違和感にしたくない違和感が、時を置いて次々登場。 手の内見せたり隠したり。 派生ホヮイダニットのぎらつきも良い。 おお、これぞ「探偵側の動機」というやつか! 動機どころか、探偵役のこの、あまりに切実な実情。それでいて、警察側の探偵役と捜査結果を持ち寄って補完し合ったり。。 あまりに強い文章力がゆえに、先読みよりも目の前の玩読こそ喜ばしく強いられる。ここにこそ何気のメタ叙述トリックが忍ばされてはいなかろうか。。 そこでその、椅子から飛び上がる衝撃の人名登場よ!! “ひょっとしたら、あのオレンジ色のブーツのおかげかもしれない。” 空回りとは無縁の良き「メタ」は良過ぎて笑ってしまう。良きやり過ぎは何につけても良き! 古い時代設定の割には妙に今日的な意識高っぽさが見え隠れするのもまた良き「メタ」の有様か。 特殊免罪符を得た勢いでメタに走る某登場人物(笑)。 メタ構造を良いことに有るコト無いコト「架空のネタバレ」を気持ち良く連射するキラメキっぷりと来たらまるで昔の「水曜どうでしょう」若い頃の大泉洋、即興ホラ話の如し! 敢えて分割すれば・・「作中作」の方がミステリとして分厚い。工夫ある真犯人隠匿も見事! 探偵による真相解きほぐしシーンも最高にスリリング。 そこへ行くと外側の「作」の方、真相と言い動機と言い、若干、ほんの若干ですが、張子の虎だったかな・・・ せめてもう少し間を持たせて、タイミングの意外性も伴って真相暴露してくれたら良かったな。ところどころ軽く取って付けた感あるポイントもあった。惜しい。 とは言え全体で見たら、重厚にして機敏、滑り出しから最後の一文まで掴んで離さない抜群の牽引力。ふんだんな伏線回収も見事。 ビター過ぎず甘過ぎないセミビターエンドも良い。 突っ掛かる箇所ほぼゼロの翻訳も素晴らしい。 ところで本作の一方の肝である「■■」のトリック、「○○」の中ヒントのみならず、実は「□の□□」の大ヒントまで晒してあったなんて! 迂闊だった。。迂闊でよかった。 |