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斎藤警部さん
平均点: 6.70点 書評数: 1355件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.1275 6点 死のようにロマンティック- サイモン・ブレット 2024/08/10 23:54
“わたしはマデレーン・セヴァン、その美貌で男を狂わせることもできる女なのだ。”

ポケミスの帯に『危険な三角関係』の煽り文句ありますが、実際には五角関係(男三女二)の恋愛模様が登場します。 但し犯罪レベルで危険な域に達するのは、やはりその中の "歳の差" 三角関係に限られます(?!)。 いやいやいや、これは阪神タイガース優勝年の’80年代ミステリですしね、やたらな事は何も言えません。 さあいったい何があったんでしょうねぇ~~

「そのう、セックスを」 (← これはヤバかったです。電車の中で噴き出すのをこらえました)
「ストレートで」

あっという間に読めちゃうところは長い短篇のようだけど、短くとも長編の長さなればこその欺瞞が本作には埋め込まれているのだと思います。この「ネタ」を50頁ほどで纏められても、ちょっとねえ。 まさかあの人がそこまでやばい奴だったなんて。。思わないですよね、普通。 しかし或る人物の●の病気が、そんな決定的な仕事をする事になるとはな。 これは小技に属するナニだとは思いますが、結果的にこれが有ると無いとでは大違い。なし崩しファンタジーめいた結末の中心に、一条のリアリティ軸を差し込んでいるわけでね。

終盤へ近付くにつれ、その上空を旋回しつつ、ごく短い「第一部」に何度も立ち返ってしまう。「第二部」のドタバタ青春コメディ(?)とは一線を画する、あからさまに殺人ミステリな、その出発点へと。 核心の部分で明らかにおかしい、と物語が突然に自ら暴露して、そこからカタストロフに至るまでの妙に余裕ある持たせ具合、ここがいいんだよな。 あせらなくてええんよ、●●トリックは、って優しく言われてるみたいでね。 まあ、最後はなかなかの人生劇場を晒して終わりますね。

「今、チャイルド・ハロルドが生きていたら、きっとシンナー遊びに夢中になると思うけど?」

日本の某有名作が本作にインスパイアされてると言われる様ですが、たしかに、真似でもパクリでもなく、インスパイアされた原石を上手に磨き直してドラスティックに再構築させたものだと思います。

原題の誤直訳のような「邦題」は内容にまるで合ってませんが、書店で手に取らせるには(帯惹句との合わせ技もあり)勢いでオッケーってなとこだったんでしょう。

No.1274 7点 動脈列島- 清水一行 2024/08/05 20:20
「犯罪者というのは常にクリエーターだからね」

騒音・振動公害問題に立脚し(当時は東海道しかなかった)新幹線の転覆テロを賭けたタイムリミット・サスペンス。 犯人側/体制側(警察・国鉄・政府等)の切っ先鋭いカットバックでしぶきを上げて走り去るストーリー前半は思わせぶりな謎もたっぷりで真夏の生ビール+一品みたいな魅力が満載。 だが、中盤に至り或る事のバレるタイミングが早いというか、犯人が何もかも妙にフェアプレー過ぎ(古畑任三郎のイチロー篇思い出す)というか、て事はまだまだ奥がありそうなんかどうか・・というか・・ちょっと「あれっ?」と思う所あり。 だが、後半はみるみると前半とはまた別のよりストレートなサスペンス感覚で盛り返し、あれとあれよと二人の女まで巻き込んで終結の「X時刻」に向かい激しくもステディな爆走を見せる。

最後の、落とし所と、そのための或るトリック。 このドラマ性は唸りました。 つまり犯人は◯◯で◯◯つもりだった、って事ですよねえ・・・・ いやはや。

大掛かりなもの含むいくつかのアリバイトリックは、トリックそのものに驚きはしませんが、その醸し出す物語性とスリルの加速性から見て、有効度は高かったと思います。 また、グリーン車の事件は、読者と捜査陣それぞれへ向けたベクトル異なる淡いミスディレクションだったのでしょうか。
警察の相談相手でもある大学教授が終盤に至りやたら犯人に肩入れし出すのは可笑しかった。 GSブームも去った折、“沢田研二というテレビタレント” が妙にディスリスペクトの対象になってたのは何だかな。
タイトルですが、意味的にはむしろ『列島動脈』が通じそうな所、ハマり具合でここは『動脈列島』一択でしょうね。 言葉のルッキズムというか、表題のポエティック・ライセンスというか。

No.1273 7点 地球儀のスライス- 森博嗣 2024/08/03 18:36
夢ℚをちょっと思わす 『小鳥の恩返し』 を皮切りに、様々な様相の人生/生活エッセイを爽やかな短篇ミステリの形で次々と披露する納涼流しそうめん大会。 文理両道気取りだったり、ラ◯ってるっぽかったり、いじわるっ娘だったり。  「某シリーズ」に属する二作が、緩いけどハイライトになっている/緩いからアクセントにはなっていない。 「鮎川某短篇」の鉄道写真トリックをロネッツ “ビーマイベイビ” とすると、そのちょっとした複雑化の視点から『マン島の蒸気鉄道』のそれはビーチボーイズ ”ドンウォリベイビ” に喩えられるかも知れない。  先行チラ見せ逆スピンアウト?みたいな作もあったし、手の込んだ自己紹介みたいな作もあった。 作者らしい、作品間の密かな連関もあった。  最後の 『僕は秋子に借りがある』 がいい。 日常のファンタジーかと見せて、きっちり現実世界の軸足を、時を越えて地面に突き刺している。 独特だ。

長い間『天球儀のスライス』だと思っておりました。

No.1272 7点 喪服のランデヴー- コーネル・ウールリッチ 2024/07/31 23:53
恋人を殺された青年は、5人のヒットリストを作った。 それは二つの意味で、普通のリストとは違った。 だが彼はそのリストに基づき、スパンの長い復讐を重ねる。

「神さま、ありがとうございます。彼女は待っててくれましたよ、ぼくを」

主人公が易々と心理を明かさない中、オムニバス形式の様に犯罪物語が進行する。 推理は出来ないがある種のフーダニット趣向がある。 やはり不思議な格調がある。 逆説孕んだ空気感が徐々に迫るサスペンス劇場には、ウールリッチならではの、渋過ぎずちょっと甘い情緒が間歇泉のように溢れる。 キャメロン刑事の独特な存在感、斬れるようで鈍いようでなんだか場違いにユーモラスな立ち位置は不思議と邪魔をしない。 泣かせるシーンにスリリングなシーンがいっぱい。 盲目の娘が晴眼者のふりをするシーンは手に汗握った。 盲目の娘が或る別れの言葉を放つシーン ・・・・・   こう言うとネタバレかも知れないけれど、最後、ミステリになりそこなったよなぁ。 カッチリ嵌ってない。 でもそれが、主人公の心なんだよなぁ。

Tetchyさん仰る通り、本作の主人公は Johnny Marr。 これだけでも充分
> 洋楽ファンなら思わずニヤリ
なのに、実はあろうことか Morrissey なる人物まで登場し、あまつさえ Marr に対してちょっと○○っぽい発言をするシーンまであります。 偶然だよね??

No.1271 7点 巣の絵- 水上勉 2024/07/28 16:12
屍体で見つかったのは、一風変わった「幻燈画」の貧しい商業芸術家。 同じ東京に住む別れた妻は(既に再婚し夫がいながら)時々会いに来るが、親戚に引き取られた一人娘は福井の若狭に離れて暮らす。 街の質屋が戦時に作った防空壕を工房兼住まいとする彼のもとには、近所の小鳥屋の若い純朴な娘が跛を引き摺り時々尋ねて来る。 屍体発見者は彼女。 他に友人と言えば、商業芸術でも下卑た領域に手を染める、それでもどこか純粋らしい風来坊の男が二人。 一人は自殺説を唱え、一人は行方不明で容疑の対象となる。 第一探偵役は被害者と仕事で関わりのある「童謡春秋」編集者。 警察の面々も、第二、第三の探偵役を中心に良いチームプレーを見せる。

“ラクをして金を儲けるのが彼らの話題であった。だから、自然と、片隅の生活を歌い、不具者的な劣等感を大切にしていた。”

こいつぁ良い作品だなぁ。。 謎とスリルの有機的広がりが実に素晴らしい。 新事実が次々発見され、容疑者一番手が次々に上書きされ入れ替わる感覚に翻弄される。 なかなか動機の片鱗さえ見えて来ない。 中盤に入り、唐突な方向転換が攻めて来た。 しかし「週刊人生」なる雑誌名はちょっと笑ったなあ。 被害者の「名前」に微妙な違和感?を感じていたら、そういう仕掛け?でしたか。 

「あんたが、最初の容疑者なンだ」  ← このセリフが響くんだよなあ。。

さて本作、社会派に分類される事が多いようですが、それはどうでしょうか。本作の手堅い?社会派要素は飽くまで副次的なものに思えます。 ロジックで落とす狭義の本格とは違いますが、広い意味での本格推理と、個人的には呼びたい一篇です。 いや寧ろ、本格に始まり社会派に終わるミステリ小説と呼ぶのが良いかも知れません。 (社会派要素をギリギリまで隠蔽するのがミソ、ということなのかも)

“あんたの夢みがちな心が、恐ろしい犯罪に触れたのだ……”

小説として鮎川哲也マナー的なサムシングも感じられ、やや色彩はくすみがちながらも手堅いユーモアが適宜配置される愉しい長篇、時にじんわりと情緒が沁み渡ります。 昭和三十年代中盤東京と近郊の雰囲気が素晴らしく良く描かれており、薄汚れた場所では息を止め、緑の豊かな場所では深呼吸がしたくなります。 人々のふれ合いも生き生きしている。 或るタイミングで「手紙」の登場もたまらんなあ。 何と言っても、寂しくも仄明るさのある映画のようなラストシーンは最高に心に残ります。 

No.1270 6点 使命と魂のリミット- 東野圭吾 2024/07/26 19:48
【心臓血管手術】なるものを巡り、全く性質を異にするサスペンスフルな二つの事象が同時進行。 どちらも過去の「死亡事故」がその根底にある。 女は父親を亡くし、男は◯◯を亡くした。 女は事故そのものに疑念を抱き、男は事故の◯◯◯◯◯◯◯◯◯を怨んだ。。。 爆発的リーダビリティで呆気なく終わってしまうこの長篇、人間ドラマは厚いが、ミステリーは薄い。 これを逆に "ミステリーは薄いが。。" と結果的に褒める言い方には出来かねる無念さが、本作に露呈された何らかの弱さを象徴している。 何より、俺の東野らしい "仕掛けて攻める" スピリットが希薄だったのが悔しい。「話の前提」から既にミスディレクションの暴風が吹き荒れて・・・いたわけではなかったし(それ期待したんだけどなあ)、数々のあからさまなほのめかしはあからさまなだけだった。 きれいごとパラダイスみたいなくだりもあり、しかしこれこそ東野の野心的な仕掛けではないかと期待もしたが・・ 後半少しして東野らしいアレの雫が速やかに沁み渡り始めたかな・・と思ったものだが・・ ガッツは最高、頭の冴えは意外と標準以上程度の某刑事の存在も今一つピリッとしねえし・・ タイトルはこんなに思わせぶりなのに・・ だがそれもこれも厳しい厳しい東野基準内でのこと。6点より下げる事はとても出来ない夏の(?)快作です! ちくしょう、このアクティヴエンディングは泣かせるじゃねえか!!

No.1269 5点 昼と夜の巡礼- 黒岩重吾 2024/07/24 19:01
「今夜はわしがえらい役に立ったやろ」

不倫相手の男が、女に大金を託し失踪。女はその資金で「バー」経営に乗り出す。やがて男の妻も別の「バー」を経営し始める。 ← わざと肝腎な点を端折って書きました。本当はかつて女が社長秘書として働いた「世界金属工業」なる会社の面々やら、キーマンとなる株式ブローカーやらその妻やら、女の父母やら登場し、男の「失踪」を中心とする(カネも大いに絡む)謎の暗雲を晴らそうと、女は奔走します。

社会派ミステリを、一人の女性の成長物語が包み込む構造です。 決してミステリ側が包み込むのではありませんが、ミステリ興味の支柱を棄ててはいません。 成長物語の方のサスペンスもなかなかのものです。 騙し合い、疑り合いの火花が鮮やかです。 主人公の一人称かと錯覚する文体にはちょっとグラつきがありますが、許せましょう。 唐突に体操したり歌ったりおなかすいたり、なかなか可愛いところもある主人公です。

“そんな時は酒を飲み、浮気をしてやろう。”

最終盤で明かされる或る事のハウダンまたはホワイダン、物語のそのタイミングでミステリ的にどうという反転でもないけれど、重みはぐっと被さって来ました。 タイトルにはしっかり具体的な意味がこめられていました。 そして深読みできる最後の台詞、渋いねえ。

No.1268 6点 その男 凶暴につき- ハドリー・チェイス 2024/07/21 00:00
“フォーミュラ” なる激ヤバのブツを巡り、巨万の富の実業家とその配下たち、警察、FBI、CIA、夜の街の住民、精神を病んだ天才科学者等々が激突する暴力と頭脳戦の顛末を描く大花火大会。

前半の犯罪小説と後半の警察?小説(そんな簡単に割り切れません)とで主人公群の方向ガラリと切り替わるのが良い。 後半の中の前半と後半とでもやはり何かが切り替わる。 スリルは変わらない。 ふんだんに登場する人物のディテイル描写はリアルにして繊細。 造りの安っぽさはあるが、これほどイカした読み捨て小説を前に何の文句があろう。

「(前略) いまは若いならず者でしかない。十年後――いや、二十年後には―― (後略)」

心温まる、或る ”コーヒー” のシーンが記憶に残る。 結末を知ってみれば尚更だ。 或ることに関する最後の反転は不意を突かれ、ちょっと泣けた。

静かに動き出すラストシーンは程よく眩しい。 個人的にいちばん魅力的な登場人物を照らして終わるのも実に良かった。

No.1267 6点 裂けて海峡- 志水辰夫 2024/07/19 21:54
バカな奴・・ (-。-)y-゜゜゜ (;_;)/~~~

“街行く人がすべて友人に見えてくるのはきっとこんなときだ。”
 
風景描写にまで読ませるスリルと情緒があって良い。これは退屈しない。 鹿児島は大隅海峡にて消息を絶った(?)小型商船の船長は主人公の弟。 ささやかなる海運会社の社長である兄は、やくざ者との愚かなトラブルが元で、件の事故(?)が起きた頃には刑務所の中にいた。 出所後の主人公は遺族弔問の旅に出る。 昔馴染みだが訳ありの女がつきまとう。 もっと訳ありらしき厄介そうな男二人もつきまとう。 もっともっと厄介な事件が起きるのもすぐ先だ。

“死ぬことも許さない。わたしというおまえはもはやおまえでもない。”

しかしだな、渋いタイトルに男臭いストーリー展開の割には、主人公がなんともヒーローっぽくねえ・・・ 彼を中心にスットコでもっさり感ただようドタバタ(と言うかアタフタ)ユーモアが遍在し、微妙な間抜け味がクスクス笑いを誘う。 為すこと思うことが妙に大げさだったりセコかったり。。 アホっぽい楽天性、時に見上げた諦観、時に可笑しなこだわり。 年長者への暖かき共感、妙に余裕ある幸せ発見の技も見せる。 経験値が頼れるんだかどうなんだか。 終盤に至り、ユーモア材料の隠し球まで暴露してくれたのにはあきれたやら笑うやら。 にわかに安らいで、すぐまた絶体絶命って、いったい何度繰り返したら学ぶってんですか、こいつは。 不意にそのうち最後のチャンス/ピンチが来ても知らんぞ・・

「朝風呂に入ってビールというのも悪かないな」
「電話代をけちったんだよ。九時からは深夜料金で安くなるだろうが」

一旦仮想敵、警戒相手、ライヴァル、バカ友、メンター候補、いやいや惚れてまうやろ、そんな助演役の登場、最高ですね。
あれ? 話のど真ん中ちょい前でいきなりドドンと大ネタバラシ??  これはつまり、何かの狼煙が上がってまだまだこれからって事なのか。

“自分が殺せない敵は生かしておくことだ。本当に殺せる力がある者のために殺す機会を残しておいてやれ。”

スルメだのトマトだのハマチだの、いいねえ。 フランダースの犬みたいな台詞のシーンには笑ったな。 マー◯◯の有名箴言をヒネったようでヒネりそこなったヌルいおマヌケ台詞には公共の場で本気で鼻から噴き出した。 まあ無駄に(?)ユーモアまみれなのは少なからずサスペンスを殺ぎスリルを湿らせ、バランスを乱しているとは思う。しかしそんな内なる敵にも結局は斃されない、図太い面白さが本作にはある。 どれだけハッピーエンド寄りになるのか、ならないのか、予測が付かない展開も美点と言える。 思えば「切り捨て」が少数の人間で済んでいる事こそ、なんたる幸せか。

大いに心を引っ張ったのが、ラス前に大見得を切ったよな『追想独白』。 実際これこそが反転結末の重心だったと言えよう。

「それほどの覚悟ができるなら、もっと早くあきらめるべきだったのだ」

No.1266 8点 三幕の殺意- 中町信 2024/07/15 01:50
「わたしは探偵小説のファンなんですよ。ことに奇抜なトリックのある――つまり本格探偵小説が大好きなんです」

いやいやいや、この「ラスト三行」の突破力は本物よ!!! いかに帯で喧伝されようと、むしろその非道なるネタバレ波動を何周か回って味方に付けちゃってんじゃないの。 いやはや、この残酷味の残響はそうそう消えてくれない。 一見いかにも短篇上等オチのようだが、短編枠に押し込まれていたならこれほどの絶望咆哮は聞こえなかったろう。

観光シーズンを過ぎた初冬の尾瀬の山小屋に、数多の男女が集まった。 呼び寄せたのは山小屋の離れに住む初老の男。 なかなかの才人でありながら堂々恐喝業を営む彼が屍体で発見される。 どいつもこいつも殺意は認めるが、犯行は否定。 著者最初期1968年の中篇を、晩年になって長篇に仕立て直した2008年作品。 とにもかくにも創元の戸川さん、並々ならぬグッジョブでした。 40年越しの虹を掛けてくれてありがとう。

「その点、鮎川哲也氏の作品は気持がいいですな。最初から、脅迫者をばっさりとやってしまうんですから――」

企画性がくっきりはっきり、シンプルな多角形構造が良い意味で複雑に配置されているような、大人受けするパズル玩具のような、叙述トリックではなく叙述ギミックの金字塔とさえ思える作品。 探偵役らしきお方がハナッから容疑者、それも読者目線でかな~り容疑濃厚な中心人物のお一人というエキサイティングな設定。 一方で「謎の男」の動向に気を揉んでいると、いきなり飛び出すその意外な独白に戸惑ったり。 それにしても何なんでしょうかこの、目に入る全てがアリバイ顛末の結晶みたいなサブ章立てのグリグリ来る快速リーダビリティ! わたしゃあもっとゆっくり読みたいんじゃよお。。

「さっそく、これを小説に書いたらどうですか? 傑作ができると思いますよ。 なにしろ、事件の渦中にいたんですからね――」

オラはさっそぐ仮説を立でただ。 被害者は実は●●●でねがったっぺが、、と思わせといて実は他のキーマン(犯人に限らず)こそ●●●だったとか・・ あのストがズヅはアレって線はそこで早くも消されだってが、いんやー本当にそうなんだっぺぇが。。 んま「村長」のアレはダミーィのアレだっぺなー いやいや妄想が膨らむこと膨らむこと。 「石油ストーブ」とか「◯◯隠し」とか。 「想い出はアカシア」と言っても裕次郎のカヴァーじゃないんだよな。。

“このとき相手の正体にうすうす気づき、思わずはっとした。”

さて前述の「三行」がここまで有効って事は、「アレ」が実はぶっとい伏線だったってことでしょう(なのか?! だよな!?)?!  ◯◯間(そして◯◯◯どうし)の愛情と友情に熱く裏打ちされた「アレ」。 元の中篇にはあったのかな? ソレの逸話が。 どちらにしても、元の中篇がどんな原石だったのか興味津々、読んでみたいものですなあ。

“あなたは、今度の事件を小説に書くとしたら、肝心の犯人を誰にするおつもりですか。”

そしてたどり着きました。 いんゃあ、こんな濃いぃぃいぃいぃぃ、トリッキー過ぎる複雑構造のエピローグ。 そいや帯には、たしかに「本作は叙述トリック使ってます」とは書いてないんだな。 つまりこの帯自体がかなりの叙述トリック使い手なわけだな・・

登場人物表見るといっけん平板均一で誰も区別付かなそうなのが、実際読んでみるとどなたもこなたもみなさん生き生きとご自身の差別化をキープされておってからに、実にカラフルで読みやすい小説になっておるわけです。 容疑者もかなり後の方までそうおいそれと絞り込みに掛かれないような巧い仕組みになっておるわけです。 

「容疑のまったくの圏外にいた人物が、実は真犯人だったという手が、探偵小説の常套手段になっていますが、私はあまり感心しませんな」

真犯人のナニに関するとても大事なポイントの念押し繰り返しタイミングも絶妙です。 「新人賞殺人事件(模倣の殺意)」へのセルフオマージュかと思うポイントもありますね。 何気に目を引いたのは「筆跡トリック」の悩ましき新機軸!! 地の文で「ちょっとおもしろい」なんて自画自賛してんのもちょっとおもしろいです。 ほんとうに、ちょっとしたライフハックなんですけどね。 (そう簡単に.. って気もしますが.. でも.. )

二回繰り返されるのではなく、一回で二度美味しい、あるいは苦しい、魅惑の「ダブル」読者への挑戦も素晴らしい。 正直、終盤ある地点で当てやすくなった犯人を当てましたが、その「当たり方」のあまりの意外さと、グッジョブ真犯人への賛美と、さらにはその、あまりに皮肉が燻り薫を留めすぎる結末(巨オチ)とのために、当てたからどうというのではない、中町信さんの晩年宇宙に吸い込まれて今度はこちらの晩年にやっとそこから吐き出される予感のような感覚に覆われて、最早ミステリライフ的にとてもそれどころではなくなってしまっていたのでした。

三幕×三行=九点を文句なく付けられてたら良かったけど、そこまでは惜しくも届かず・・・だが堂々の8点(8.3相当)を献上させていただきます。

野球好きの中町さん。いかにも “新機軸は俺が打つ!” と青空へ宣誓せんばかりの、快音響き渡る最後の傑作だったと思います。

「待ってくれ。話したいことがあるんだ。殺さないでくれ。殺さないで・・・・・・」

No.1265 7点 八日目の蝉- 角田光代 2024/07/12 13:07
“その子は朝ごはんをまだ食べていないの。”

赤ん坊のリアルなプレゼンスがすごい。 逆に、赤ん坊がいるはずなのにそう感じられない所は、主人公がそれほどまで他の事象へ気を取られるサスペンスの描写に自然となっている。 不安感と謎と、同時に膨らませながらの展開は実にスリリング。 こっそり言っちゃうと、途中ちょっとだけ「メグストン計画」を思わすシーンというか要素もあった(別にネタバレではない)。 女が或る人物の娘(赤ん坊)をさらい、育てながら逃亡生活を続けるストーリー、が根幹にあるが決してそれだけではない。 まあ読んでみてください。

タイトルの意味する所は何なのか? それは到底耐えられないような爆発を果たすのか? やさしさチンチロリンなのか? .. ほう「蝉」はそこで初登場するのか。 ◯◯の象徴の一つと言うことか? ・・ちょっと違うのか・・・ とタイトルワードが投射しようとするイメージに少しずつ補正を加えながら読書を進行する(特に後半?)。 話のスタートは1985年。 主人公にとっては阪神タイガースの優勝どころではない。

「あんたがここにおってくれて喜んどった。会いたいって言よったで」

ふと登場する「両親」なる言葉は、刺さったなあ 。。。 ××× 。。。。これはちょっと、流石に辛いよなあ。。
より巨大な謎と、爆発するカタストロフィ、あるいはそれさえ封じ込める更に恐るべき存在への予感。 第1章終わりの、空恐ろしさの圧力。 第1章(ストーリー前半)と第2章(ストーリー後半)の間に在る、強固過ぎる断絶の痛み、これがまた、結末へ向けての予感の加速に油を注ぐのだ。 『裁判』の核心がずっと後から明かされる構成も、ぐっと来る。

「じゃあ、あんたが知っている『あの事件』ってのは、何」

ストーリー後半、時系列やら何やらのカットバックというより最早ぐるぐる回転パッチワークのような展開を見せる。 回想の中の、熱くもあたたかいフラッシュバックなどもある。 何気に時代の社会問題らしきネタをドーンと打ち出して来たのは、ストーリー上の何かから目を逸らさせるためなのか、と思わせる所もあった。

“それくらい私は恐れていた。道が続いていて、それが過去とつながっていると確認することを。”

あの「タクシー運転手さん」の言葉、小説でもさることながら、映画だったら影のハイライトシーンになるよなあ。 何故なら、演じる俳優の・・・・ 実際の映画は観てないので知らんけど。

後半、ミステリの一種としてのサスペンスとは違う着地になりそうな雰囲気も発し始めますが、読ませる興味とエキサイトメントは一向に失いません。

「手放すことは難しいねえ」

『帰り道』のシーン、泣けるのとも微笑みを誘うのとも少し違う、すぅーっと透明な気持ちになるような ・・・ このエンディング、いいと思います。

No.1264 8点 女相続人- 草野唯雄 2024/07/08 19:41
本サイトで以前に評した某著によると「本陣」「刺青」「点と線」に並び日本4大本格ミステリに数えられるという(?!)草野唯雄「女相続人」は、よしんば本格は本格でも「フレンチ本格」なんて呼びたくなるよな独特な薫りが漂う逸品。 腹を震わせるサスペンスは言うまでも無く、また警察小説としても素晴らしい熱量を提供。

「それを聞いて安心した。まあ、しっかり頼むよ」

オーディオ機器メーカーの老社長が、自らあと半年の命である事を知り、若い時分に辛い状況下で棄ててしまった「実の娘」を捜し出そうと、顧問弁護士ら取り巻き達を奔走させる。 やがて「私があなたの娘です」と名乗る女性が現れる。 もしも本物と認められれば、巨額の遺産の行先も変わって来る・・ そこへ来てもう一人の「娘候補」が登場! さあ、このあと殺人事件の被害者になるのはいったい誰だ?!

まず目次に晒してある各章、特に中盤以降の熱いタイトル群が異様に頼もしい。 軽い風俗小説めいた実質プロローグからスリル満タンの疾走オープニング、こりゃあつかみがシュアーで熱い。 音楽と地質学の魂こもった現場披瀝。 山陰沿岸、島根半島の旅情風景もきめ細かく匂うリアリティで迫る心地よさ。

イカす意味で予想の斜め上を疾走するストーリーの面白さ、その意外性は特筆すべき(おおお、あの大事件!!)。 何故かあらかじめ読者の目前に晒された様々なトリックをあっけなく次々と警察が看破する、このギミック(?)のせいで忍び寄る異様な真相奥深さへの予感は振動を止めない。

或る章の最後に、目には見えない ~読者への挑戦~ が亡霊のようにぬんわりと漂っては読者の首を締めにかかる。一方では真犯人の意外性をかなぐり捨てたかの様相を見せつけながら。。 この絶妙の物語バランスはほんとうにニクい。

“捜査官たちの胸中に、そうした感懐とともに一脈の安堵感が動いたのも、無理からぬことといえた。”

動機の重さ。 その思いもよらぬ逆転性。 予想外の重いエンドである。(アレのことを考えオチ的に仄めかしてはイナイわけだよね? いや、イルのか? いやいや、見事に押し切ってるんだよな。はっきりそう書いてある。そこ、さらにもっとはっきりとソコにも!)

“(こうやって見てくると皆一つ一つが死闘の記録だ。いわば満身の創痍というわけだ)”

思えば、物語のごく早い段階で、真犯人の大胆な挑戦的告白が、それとは分からない形で忍ばせてあったのだよな。。

難を言えば、タイトルに ・・・ いや、何でもないぜ・・ 本当に、うねってうねってうねりまくるパワー長篇である。

No.1263 7点 湖中の女- レイモンド・チャンドラー 2024/07/03 19:17
行方不明の妻を捜してくれ、と依頼されたマーロウがぶち当たったのは、湖畔に沈む、全く別の女性の屍体(らしきもの)。

適度に込み入ったプロット。 複雑過ぎないストーリー。 締まった文章。 詰まった内容。 泣かせる比喩。 「おっと!」とつんのめりそうになる意外な真犯人暴露と、「んんーむ。」とあごを撫でてしまう魅力ある立体的真相暴露とへと突き進む推理のダイナミズム。 良い意味で破綻のない、模範的なハードボイルド探偵小説。 多くは語るまい。 人間関係のハブである筈の人物が事件の渦中で希薄な存在となってしまう皮肉は、こんなこと言ったら語弊があるが横浜の菊名駅を思い出させる。川崎の武蔵小杉も昔はそんなんだった。

マーロウがシェリフやポリスと一定の友情を交わすのは良いが、マーロウが彼らに情報を与える際、大事なことを故意に抜かしたり嘘を言ったりする傾向が気になった。 このやり口が最後いい感じにモノを言ったのは良かった。 マーロウとパットンとの友情がいい。そのさりげない描写がいい。

“マーロウ、五百ドルだよ。”

マーロウが私と同じ女性に好意を抱いたらしいのはちょっと嬉しかった。 彼女や、いかにもの「美女たち」とは別に(成年の)「可愛い女の子」がちょっとしたカワイコリリーフみたいに登場するのも良かった。 そんな所だ。

No.1262 6点 54字の物語- 氏田雄介 2024/06/28 21:33
9字×6行=54文字の小さな原稿用紙の中で爆誕し展開し完結する、掌編より儚い指編小説の数々。 強烈に厳しい字数制限を課し、考えオチの光る、ミステリ心に訴えるピースを何十篇も並べた力量は大したもの。 主たる構成要素は、叙述ミステリやら論理ミステリやらナニSFやら感動小説やらを仄かな「なんちゃって」フィーリングで包んだり構築したりで仕立てた奇妙な味のプチケーキ。 中には駄洒落押しで消えるギャフン作も点在、気にするな。 各作の「捲って次ページ」に『解説』が書かれているのも何気に親切。 実際、考えオチの「考え」が深すぎて「求む解説」なピースも少しばかりあっただよ。 基本キッズ向けに出版された様だけど、当然大人も巻き込む前提企画っぽぃアレが良い意味でプンプンです。

続篇何冊も出てますが、まんず代表で第一作を。 尚、第一作の「絵」は佐藤おどりさん。

No.1261 7点 緋色の囁き- 綾辻行人 2024/06/26 13:21
「母に、お別れを・・・・・・本当のお別れを言いたいんです」

都会を離れた全寮制名門女学校へ、女性校長の姪にあたる主人公が転校して来るや、生徒の殺害事件が続発。 疑いの目が主人公に向けられるが、ある年齢以前の記憶を “ほとんど” 失っており精神が安定しない「夢遊病者」の彼女自身、自分が本当に犯人でないのか自信が無い。 自らの近過去に纏わりつく大きな謎と、いま起きている連続殺人事件の謎と、更には学園内で遠い過去に起こった忌まわしい事件の謎と。 これらの謎は一つに繋がっているのか、いつかは一気に解決されるのか。そのとき主人公の心はどうなるのか。。。 ホラー感覚欠如の私でも、謎が牽引するサスペンスで終始ハラハラどきどき。 澱みを許さぬ爆走リーダビリティで持っていかれる膂力発揮の一冊です。

意外と長い解決篇?の中に、急に道筋Y字に分かれたり更に分かれたり合流したりを繰り返す複雑系ミステリ進行がエキサイティング。 同じシーンを別視点からチョイ時間差で叙述する技法はもしかして後進への影響大? ミステリ史に疎い私にはよく分かりませんが。。 そぃやメタ・ミスディレクションぽい四字台詞「あ◯◯◯」が光ってたな。 男女の切実ラブストーリーが流れるのも佳い。(しかしあの最後の数行は。。。。)

◯◯の有無に纏わる◯学的/論理的説明はちょっと曖昧かな。 これを始めに真相吐露シーンと、その後どうやって諸々始末を付けたのか、やや見切り発車というか説明責任を果たしていないようにも見えた。刑事さんも再登場しないし。それで納得出来るわがまま小説の面白さなら構わないけど、本作の場合はもう少し現実に寄り添って欲しかった。 とは言え・・・・第4クォーターあたりからどうしようもなくゲスな結末の予感も漂ったけど・・・・ 思いのほか深層から暴露された過去事象の圧倒的プレゼンスが全てを綺麗に吹き飛ばしてくれたのは良かった! やはり綾辻サスペンスはこの味だ。

No.1260 6点 夜の警視庁- 島田一男 2024/06/24 13:30
日本の夏、昭和の夏に映えるは島田一男。 人気刑事ドラマ「警視庁の夜」で主役の捜査一課主任警部(部長刑事)を演じる俳優の栗林が、ドラマ撮影周辺の現実世界で起きる犯罪(ほとんど殺人)の真相を暴くシリーズ短篇集。 その表題でドラマタイトル通り「警視庁の夜」ってのが別にちゃんとあるのに、前後ひっくり返しただけみたいな「夜の警視庁」ってのが別にあるのはなんだか笑っちゃう。

凶音の輪舞/歪んだ円舞曲/蒼い葬送曲/悪霊の狂想曲/虚像の鎮魂曲/赤き血の独奏曲  (春陽文庫)

中でも特筆すべきは二篇。

悪霊の狂想曲 
これは深いねえ、悲しいねえ、いいねえ。 一方では深くて長いスパンの人間ドラマと、他方でクソ浅くクソ短小な(当事者の片方はそう思ってない)人間ドラマ、この二つが皮肉な、ミステリ視点ではある種ロジカルな衝突を起こした故に噴出した悲劇。 

赤き血の独奏曲
俳優の不慮の死に応じてストーリー設定や脚本や撮影スケジュールを、工夫を凝らしパズルの様に組み替えて行く様は面白かった。ネタは「アレ」と見せかけて実は更に悪どい裏側が・・と期待したものだが。。 この真相もドラマが深くて悪かない。 最後の、ソナタ【独奏曲】(←この逆ルビはおかしい)に寄せたホワイダニット大演説はちょいと笑わせなくもないが、そのへんの急に大上段になる感じもまたよろし。

同シリーズ別作品の評でも書いたけど、芸能界で有名スター絡みの殺人スキャンダルが頻発し過ぎで笑います。こりゃあつまり、克美しげる事件や◯あ◯子事件(?)みたいな爆弾が年に五、六回のペースで落とされる異常事態って事ですよね。

No.1259 4点 誠実な詐欺師- トーベ・ヤンソン 2024/06/22 16:11
戻って来たら、同じ所じゃなかった。。。 数の煙幕の向こうに鮮やかな景色を見る事の出来る “数字に強い” 若い女性カトリは或る事情から経済的窮地に立たされ、打開策として近所に住む小金持ちの老いた絵本画家アンナの秘書となり、弟で少し頭の弱い、海での冒険に憧れるマッツと共に住み込みの身となる。 財政的にアンナの役に立ち、その余禄でマッツへ “ボート” をプレゼントしようとするカトリは、嫌がるアンナを押し切って連れてきた愛犬と共に、或る企みを成就べく、“その” 仕事に取り掛かる。

私は飛行機でフィンランド上空の独特な景色に差し掛かると「あのへんにムーミン谷があるんじゃなかろうか?」と妄想で萌え萌えしてしまうタチなんですが、この北極圏のお話は大事な何かがすれ違ったみたいで、強くアピールはしてくれませんでした。 書評を見ると好きな人はずいぶん好きみたいで、それこそミステリーやサイコサスペンス、或いは哲学書のような文脈で推す方も多い様です。 個人的には、もしスナフキンが “そこ” に居合わせたら、鼻先でスンと哀しんで立ち去るんじゃなかろうか、って所でしたね。 ラストシーンはちょいとジワるし、”過払い金” の奪還を思わせるアレは確かに面白かったんですけどねえ。

「手紙ねえ・・・・・・」
「一通だけ。ただし書類戸棚にはしまいこまないで。わたしの誤りを証明する手紙だから。自分でいったじゃない、わたしは数字を弾いて証明できるって。わたしの誤りを隅から隅まで納得させてみせる」

最後のムーミンから十年余り経った1982年のトーベ・ヤンソン長篇です。

No.1258 7点 初等ヤクザの犯罪学教室- 評論・エッセイ 2024/06/20 21:39
“こうした趣味の悪いイタズラはともかくといたしまして、一つの解決策としてどうしても相手を拉致しなければならないケースはままあるものです。”

そうめんのようにすいすい読める愉しいミステリ副読本。 どこまで本人が直接経験したことなのか分かりませんが、様々な犯罪の方法論や精神論を語るに当たりやたらと現場感、現実感が高い文章の中に所々「これ、いくらなんでもホラ話じゃね?」と思わせる挿話が闖入して来たり、或いは本作ほとんどフィクションなんじゃ。。と疑わせたり、いやいや冗談めかして実は本当にやってんじゃないの色々、と思わせたり、気が付けば人生とミステリ読書に対して実に有意義な知識や教養を摺り込まれている、そんな素敵な一冊です。

“倒産劇の醍醐味は、これら多彩なキャラクターが入り乱れて「部屋別総当たり」の状態となり、時々刻々思いがけない筋書きが展開されていくという緊張感にあります。そこはあらゆる犯罪の見本市であり、スリルとサスペンスに満ち満ちているのです。”

たっぷりのユーモアとアドヴェンチャーに逆説と箴言、そして少しばかりのペーソス。 『兇悪犯罪のノウハウを講義する』と嘯く浅田さんの講義録は、絶妙な距離感の肉体感覚と心憎いすっ呆け感覚とがごく自然に手を結んでおり、読者を気持ちよくマッサージしてくれる効果、よしまたミステリを読もうと強く思わせてくれる効果を最短距離でもたらします。

“腰紐を引かれて鉄扉から出ていくとき、T氏は私の房に振り向いてもう一度にっこりと笑い、前手錠を掛けられた両拳を力いっぱい胸の前に突き出してみせました。”

No.1257 8点 追憶の夜想曲- 中山七里 2024/06/14 23:16
「わたしとお前のママとの契約は終わった。もう二度とお前に会うことはないだろう」

… こんな胸熱なシットは女房を質に入れても初ガツオにちげえねえ。 女房が亭主を殺した(?)。夫婦の間に娘が二人(?)。発見者は亭主の実父(?)。 カネにもパブリシティにもなりそうにねえ事件を、やる気のない前任弁護人から強引に奪い取り、逆転無罪判決をブチかまそうと奔走する御子柴ベイベー。 判事も検事も、そして被告側にもライヴァルいっぱい、こいつぁやる気出るぜ、なあ御子柴。

「あ、そうだ。御子柴センセイも同じこと言ってたよ。ママが何か隠してるって」

心証ロジックの取っ掛かりらしきものが所々、健気にピックアップされるのを待っている。 そのロジック爆解決への予感と、今にもブラストしそうな揮発性の隠し事サスペンスが併走するからこその、ジッとしちゃいられねえスリルの泡立ち。 違和感あちこち、気づけば堆積。 いつの間にか摺り込まれたほのめかし。 ミスディレクションへの熱き警戒信号連打されつつ、 露骨なヒントに気付きもしないファッキンアスホールは俺だ。。

「この事件のどこが花の山だ」
「それを言った瞬間に裏道は人の山だ」

御子柴のツンデレ子供好き具合も、頬に優しいサマーブリーズのよう。 地雷を探り出しに赴く勇者御子柴。 感情?の面では超人のようで、知能の面では決して超人ではない(それでも超秀才クラス)、そして冷静の極致を旨とする御子柴。 彼が開拓せんとする個人史深堀り大河ドラマの拡がる予感に押し切られたい。 … 第三章タイトル、第四章タイトルの意味するところ、そして明かされる両者の立ち位置 。。 一つだけじゃないフーダニット、ナニダニットが交差するナウでブリリアントな法廷ミステリ野心作だ。

「どちらにしても父子間の心温まる話で涙が出そうになる」

隠岐のフェリー裁判の挿話、面白かった。「頭の抽斗」を使いこなす御子柴、キュートだった。 事件の核心発掘を幇助/妨害したものとして “二重の” ◯◯◯◯かぁ・・・ちょっと盲点というか、先入観で、ミステリの要素として考えなかったよな。。

うねりにうねって、あっという間のクライマックス、『ただ一度』の、灼熱の、或るホワイダニット ・・・ 偽善スレスレってが ・・・ これには泣けました。 そして「殺し」の方のホワイ、 こちらは泣ける類とは微妙に違うけれど、その◯◯間の “ワンクッション” が、重過ぎる、辛過ぎる 。。。

「いつか、あんたには本当に護らないかんものができる。それまでその気持ちは大事にしとき」

結末がもたらすダブル真相暴露の位置エネルギー。 どちらが主従と言えないくらい高い地点で拮抗している。 本当に素晴らしい。

「だってあのセンセイ、りんこのこと絶対に子供扱いしないもの。嘘言ってないもの。」

こんなゲスの極みの話なのに。。。。。 (あのピアノの件、、)

No.1256 8点 黒の試走車- 梶山季之 2024/06/12 16:54
「みなさーん、この一台のスポーツ・カーが誕生するまでに、どのような卑劣な敵の妨害や、悪辣なスパイ活動があったかご存じですか・・・・・・」

天上の、光り輝く友情と、地上の、さまざまなレベルとベクトルで複雑怪奇な断面図をいくつも見せる、裏切り合いと情報漏洩の宴。 景気の良いS30年代中盤の企業スパイ小説第一号だから、おそらくマスオさんも読んでいたと思われる。 無駄無くスポーティに展開する凡そ一年に渉る中期戦のストーリー。 登場する魑魅魍魎や良い人候補(?)は数え切れず。 お色気にはリミッターというよりコンプレッサーを掛け、内なるスケベに抑制を効かせミステリ興味を逸らさない意気込みが良い。 ストーリー混み合う中を疾走するリーダビリティには目を見張る覇気が息づく。

『さようなら。みんな、私のことを笑ってくれ。さようなら・・・・・・』

スパイ合戦仕掛け合いも最後の方になるともうグチャグチャのメチャクチャで、ご苦労さんだよ自動車業界ってな気分にズブズブと。。 主人公の造形も格好良いヒーローだったのがいつの間にかズブズブと間の抜けた俗物性に沈んで来たような。。と疑っちゃったりはしたものの、やっぱり分厚い中盤からの迫力と、じりじりと迫り上がる結末に架けてのスリルや佳し! 「真犯人」隠匿のノラリクラリと絶妙な技も、実に酒が進む大した珍味。 「殺し」のトリックそのものは、だいたい想像つく類の生活一口メモ殺人篇だけど、そこはそれがいいんだ。 「黒幕」の悪どさも終盤一気に炎を上げて、こりゃひでえや(笑)。 尺をたっぷり取った、映像と音声と匂いの浮かぶ、切ない意外性を秘めたラストシーン ・・・・ たまらんわぁ ・・・・ ところがその直後、またもや尺を取った、だが無駄のない強烈なエピローグのストマックブロー襲来!! この結末はやはり、社会派を出汁に使ったスペエスリラーならではの味わい。 いや、ひょッとしたらスペエ物の皮を被った社会派小説かもな。。 だとしたら作者も相当のスペエだな。。 全体通して、世の中如何にノラリクラリ戦法が有効かを説いている一篇のような、実はそれすら何かの隠れ蓑のような、訳知りの作者らしいタフネスと繊細さ溢れる名品でした。

「そう本当のことを言うなよ。いろいろと芸の細かいところさ」

各章タイトルに、自動車に因んだ漢字語にカタカナで当て字振り仮名(一つ例外あり)という趣向。これがまた良い。 例:運転手(ドライバー)
それと、たしか昔の映画じゃこんなややこしい(そして深い)ストーリーじゃなかったような。。 相当かいつまんだな。

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斎藤警部さん
ひとこと
昔の創元推理文庫「本格」のマークだった「?おじさん」の横顔ですけど、あれどっちかつうと「本格」より「ハードボイルド」の探偵のイメージでないですか?
好きな作家
鮎川 清張 島荘 東野 クリスチアナ 京太郎 風太郎 連城
採点傾向
平均点: 6.70点   採点数: 1355件
採点の多い作家(TOP10)
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