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E-BANKERさん |
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平均点: 6.00点 | 書評数: 1845件 |
No.1565 | 5点 | 駅路- 松本清張 | 2020/01/18 14:56 |
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新潮文庫で編まれた清張短編集の第6集。
主に昭和30年代の日本。良く言えばノスタルジック、悪く言えば貧乏で暗い・・・そんな時代背景。 初版発行は1965年。 ①「白い闇」=青森で女をつくり家を出奔したと思われた男。残された妻は甥を頼りにしているうちに・・・。物語はふたりの東北旅行中で思わぬ展開に。そして十和田湖の白い闇から現れたのは! ②「捜査圏外の条件」=ある男を殺すために7年も待った男。清張の作品の中でよく目にする展開なのだが、7年も待った挙句にこの結末とは・・・ご愁傷さまでした。 ③「ある小官僚の抹殺」=「抹殺」である。単なる殺害でなく「抹殺」・・・。話の筋としては昔政界の事件などでよく耳にした疑獄事件。ロッキードなどでもそうだけど、トカゲのしっぽのように切られるのが“小官僚”なのだ。悲しい・・・ ④「巻頭句の女」=胃癌で余命いくばくもない女。俳句の才能を買っていた男が、女の死に疑問を持つ・・・。本作のなかでは珍しくミステリー色が濃い作品。 ⑤「駅路」=刑事が最後に放つセリフ。『まぁ一概には言えないが、家庭というものは、男にとって忍耐のしどうしの場所だからね』(!) そのとおりですな。プロットとしては④と被る印象。 ⑥「誤差」=死亡推定時刻の「誤差」のことなのだが、結局それだけかよ!って思うのは私だけ? ⑦「万葉翡翠」=万葉集に登場する和歌の解釈の話かと思いきや、途中から一転殺人事件が発生。種が芽吹いて事件が表面化するところは島田荘司の「出雲伝説7/8の殺人」を思い出した。 ⑧「薄化粧の男」=中年オヤジのくせに若い女性にモテると勘違いしている男。そいつは太ぇ野郎だなぁ・・・というわけで殺されます。しかしながら死亡推定時刻には本妻と愛人は取っ組み合いのケンカ中だった。女ってやっぱり恐ろしい・・・。気を付けよう! ⑨「偶数」=自分の出世の邪魔になる嫌な上司。そいつを謀略のうえ罪に陥れた男なのだが、清張作品ではこういう輩はたいがい自ら墓穴を掘ることになるのだった・・・。ご愁傷さまです。 ⑩「陸行水行」=“邪馬台国はどこにあったか”という古くからあるテーマ。要は魏志倭人伝の解釈次第ということなのだが、本作はそんな邪馬台国の謎に取り憑かれた男のある種悲しい物語。 以上10編。 清張の短編もかなり読み込んできた。するとどうしても似通ったプロット、テイストが目に付くようになる。 それはまぁ仕方ないのだが、本作収録作にも既視感のあるものが多かった印象。 もちろん手堅い面白さはあるし、特に余韻を引くラストはさすがというものも多い。 というわけで、トータルでは水準級という評価に落ち着く。 (個人的ベストは④or⑧。⑩はどうかな?) |
No.1564 | 5点 | 運命のチェスボード- ルース・レンデル | 2020/01/18 14:54 |
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作者の主要シリーズのひとつ、「ウェックスフォード警部シリーズ」の長編三作目。
原題は“Wolf to the slaughter”(屠殺場への狼?)なのだが、なぜ邦題はこうなったのか? 1967年の発表。 ~アンという女が殺された。犯人の名前は“ジェフ・スミス”だ。そんな匿名の手紙が、ある日キングスマーカム署に届いた。よくあるいたずらだ。屑籠行きになりかけた手紙だが、時を同じくして妹のアンが失踪したと付近に住む画家が申し出るに及んで、事態は一変する。捜査に乗り出したウェックスフォード首席警部たちの前に、次々と明らかになる新事実。しかしそのどれもが、関係者の偽装と中傷を誘い出し、事件は藪の中の様相を呈していくのだった~ うーん、何ていうか、非常にモヤモヤしたストーリーだった。 事件は若く美しい女性の失踪事件。ある場所から大量の血痕が発見されるに及び、殺人事件ではないかという疑念が持ち上がる。しかし、事件の正体がなかなか定まらないままページが進んでいき終盤へ突入してしまう。 もちろん、最終的には解決が付くんだけど、これじゃ最初の謎は何だったんだ!などと思ってしまう。 小さな町で発生した事件だし、関係者もごく狭いコミュニティの中の人物ばっかり。 それなのに、誰もが少しづつ嘘を付いているため、全体像がかなり歪んでしまった・・・ということかな。 目撃者の証言や残された物証も、事件を解決に導くというよりは、誤解を招き事件を混迷させてしまうのだから始末が悪い。 そもそも「スミス」なんていかにも偽名くさいしな・・・ で、もうひとつはドレイトン刑事の災厄。 刑事だって立派な男性なんだし、こういうことになるのも致し方ないって思ってたけど、最後に非常に苦い薬を飲むことになってしまう。かわいそうに・・・ 全体的にはどうかなぁ。確かにプロットは十分練られているのかもしれないけど、どうにも煮え切らない感想になってしまう分、評価は割り引きたい。 (結局、チェスボードはなにも関係なかったような気が・・・) |
No.1563 | 7点 | 暗約領域 新宿鮫XI- 大沢在昌 | 2020/01/05 10:42 |
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2020年、令和2年、皆さま明けましておめでとうございます。
毎年、新年の一発目で何を読もうか考えるわけですが、今回は迷うこと一切なし! “国内ハードボイルドの金字塔”新宿鮫シリーズの最新作で。サブタイトルは『暗約領域』(なせ『暗躍』ではなく『暗約』なのか?) 2019年の発表。 ~信頼する上司・桃井が死に、恋人・晶と別れた新宿署生活安全課の刑事・鮫島は孤独のなか、捜査に没入していた。北新宿のヤミ民泊で男の銃殺死体を発見した鮫島に新上司・阿坂景子は、単独捜査をやめ新人刑事・矢崎と組むことを命じる。一方、国際的犯罪者・陸永昌は、友人の死を知って来日する。友人とはヤミ民泊で殺された男だった・・・。冒頭から一気に引き込む展開、脇役まで魅力的なキャラクター造形、痺れるセリフ、感動的なエピソードを注ぎ込んだ八年ぶりのシリーズ最新作・・・~ 紹介文を読んで初めて気付いた。「八年ぶりだったんだな・・・」と。そんなに経ってたんだ・・・。八年ぶりだよ。八年前って言えば、自分もまだ〇〇歳だったんだよなぁーなどとどうでもいいことを思ったりした。 もはや新宿鮫シリーズに対しては書評すら必要ないと思う。よって終了! というのも新年一発目としては寂しいので雑感だけ。 シリーズ11作目となった本作。一番の注目点はやはり新上司と相棒の登場だろうか。 新上司となる阿坂景子。ノンキャリアそして女性警察官の期待の星という存在。警察官としての原理原則、そしてルールを何よりも大切にする。当然鮫島と衝突すると思ったのだが、実際は・・・。もちろん桃井とは正反対の人物。しかし終盤読者の鼻の奥をツンとさせる。 そして相棒となる矢崎。何となく「相棒シリーズ」のような展開かと想像したのだが、そこはやはり新宿鮫だった・・・ (ただ、正直なところ、この二人、まだまだシリーズに馴染めていない感が強い。今後どうなるのか?) 作者が本作でのプロットの出発点として考えたのが「宝探し」・・・ということがネットの特設サイトに出ていた。 そう。今回、鮫島、田島組、公安、そして外国人犯罪組織の四者がこの「宝」を探し回ることになる。 いったいこの「宝」とはなにか?(〇〇〇〇と分かったときは若干拍子抜けしたけど・・・。ちょっと時代がズレてる) なかなかこの宝の正体が判明せず、いつもの鮫島vs犯罪者たちという濃密な人間ドラマというよりは、捜査・推理の過程が重視されている感がした。 もしかしたら、これまでのシリーズ作品と比べて、この辺りを淡白と捉える読者もいるかもしれない。 実はかくいう私もそう。特に気になったのは最終盤。いつもなら、作品内に溜め込んだエネルギーのすべてを放出するかのような臨界点が描かれるのだが、今回はやや冷えていたように思う。 これは本作が新たな展開への序章だからなのか、それとも経年劣化なのか・・・若干気になるところ。 でも、トータルで評すれば十分に面白い。正月の静かな空間で、少しずつ、味わうように読ませていただきました。 まさに、作者からのクリスマスプレゼント、いやお年玉・・・かな。 (結局『暗約』の意図ははっきり分からず・・・) |
No.1562 | 8点 | 聖女の救済- 東野圭吾 | 2019/12/30 23:46 |
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ガリレオシリーズの長編としては「容疑者Xの献身」に続いて発表された作品。
「オール読物」誌に連載後、2008年に単行本として発表。 ~資産家の男が自宅で毒殺された。毒物混入方法は全く不明。男から一方的に離婚を切り出されていた妻には鉄壁のアリバイがあった。難航する捜査のさなか、草薙刑事が美貌の妻に惹かれていることを察した内海刑事は、独断でガリレオこと湯川学に協力を依頼するが・・・。驚愕のトリックで世界を揺るがせた東野ミステリー屈指の傑作~ うーん。すごい作品だ。やはり並みの作家ではない、東野圭吾は。 そんな思いを強くした作品だった。 まずはこのタイトルに脱帽。てっきり『聖女』が『救済』される話だと思っていたよ・・・ まさか真逆だとは思っていなかった。 そして「虚数解」の話・・・。「理論的には考えられるが、現実的にはありえない」トリック。 個人的に、このトリックが非現実的だとか、無理があるというのはやや筋違いのように思える。 そもそも作者自身が「ありえない」と断じているのだから。 本来なら無理筋であるはずのトリックを成立させるための設定、人物造形、そして何より湯川学という比類なき探偵役。 作者が企図したすべてのプロットがこの「虚数解」を成立させたのだ。 これこそが作者の力量、作品の力と言わずして何というのか? こんな作品、なかなかお目にかかれないと思うのは私だけだろうか。 湯川、草薙、内海、そして聖女こと真柴綾音・・四人の織り成す物語も本作の読みどころ。 もしかしたら本作は読者がどの立ち位置で感情移入できるかで感想が違ってくるのかもしれない。 特に草薙刑事。綾音の魅力に取り憑かれながらも、最後には刑事としての矜持をしっかりと示してくれた。冷静な観察眼と女性特有の鋭い勘をもつ内海刑事とのコンビは地上波ドラマ以上に魅力的だ。 ということで改めて作者のスゴさを認識させられた作品だった。 でもちょっと褒めすぎかも。動機が後出しだとか、フーダニットの面白さが全くないというのは確か。 でもまぁ、年末にいいもの読ませていただきました。 (如雨露は絶対伏線だろうなというのはミエミエだったなー。内海刑事がi-potで福山雅治を聞いてたのは作者のサービスかな?) |
No.1561 | 5点 | もう過去はいらない- ダニエル・フリードマン | 2019/12/30 23:44 |
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前作「もう年はとれない」に続く、伝説の刑事“バック・シャッツ”を主人公にしたシリーズ二作目。
齢88歳でもメンフィスの街中を舞台に大暴れ!(スゴイ・・・) 2014年の発表。 ~88歳のメンフィス署の元殺人課刑事バック・シャッツ。歩行器を手放せない日常にいらだちを募らせる彼の許をアウシュヴィッツの生き残りにして銀行強盗のイライジャが訪ねてくる。何者かに命を狙われていて助けて欲しいという。彼とは現役時代に浅からぬ因縁があった・・・。犯罪計画へ誘われ、強烈に断ったことがあるのだ。イライジャは確実に何か企んでいる。88歳の伝説の刑事VS78歳の史上最強の大泥棒の対決は如何に?~ 仕事がら高齢者と話をする機会が結構多い。 確かに最近は元気なお年寄りも増えてるし、88歳で全くボケもせず毎日元気に暮らしている方も割合目にする。 でも、そんなレベルではない。このバック・シャッツは! 大都会の街中で銃を撃ちまくるわ、歩行器のまま犯人のアジトへ単身潜入するわ・・・普通ならヤレヤレである。 (実際、妻のローズにしこたま怒られます) 超高齢化社会となった昨今、これはお年寄りたちに勇気を与える作品だろう。 是非介護施設や病院のロビーに置いて欲しいものだ。 いやいやそんな感想はどうでもいいんだった・・・ で、本筋なのだが、うーん前作よりはやや落ちるかなという感想。 私にしては珍しく、シリーズものをあまり間を空けず読んだのだが、ラストのオチは前作よりも更に予想しやすいと思う。 別に謎解きミステリーではないから、そんなことは二の次でいいのかもしれないけど、さりとて他に印象的な部分は見当たらない。 ということは、やっぱりバック・シャッツの活躍ぶりを楽しむための作品ということかな。 巻末解説によると続編があるとのことなので、もしかして次作は90歳のバック・シャッツが登場するのかも。 90歳になっても街中で暴れまわるのなら、ある意味それってSFかもしれない・・・違うか? (巻き込まれた刑事がとにかくかわいそうだ・・・) |
No.1560 | 7点 | Dの殺人事件、まことに恐ろしきは- 歌野晶午 | 2019/12/30 23:42 |
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大作家・江戸川乱歩の著名作を現代の最先端テクノロジーでアップデートしたら・・・
という趣旨で編まれた連作短篇集。 2016年の発表。 ①「椅子?人間?」=もちろん元ネタは『人間椅子』。元ネタはいかにも乱歩という耽美でエロシズムに溢れた作品だったが、アップデート(?)された本作はというと・・・なかなかシニカルでブラック。短編らしいオチも決まっている。 ②「スマホと旅する男」=『押絵と旅する男』が元ネタ。路面電車に乗って長崎の街を旅する男と女・・・。で、問題はこの「女」なのだが、いかにも2019年の話だなーと思ってるうちに、背筋がスーッとさせられる。現代では幽霊もバーチャルなのかも? ③「Dの殺人事件 まことに恐ろしきは」=明智小五郎初登場の『D坂の殺人事件』が元ネタ。やはりこれがベストだろう。殺人事件の真相に驚かされてるうちに、次なるサプライズが襲う! “まことに恐ろしき”は一体誰のことなんですかねぇ・・・という仕掛け。 ④「『お勢登場』を読んだ男」=『お勢登場』。これ、原作は未読なんだよな。でも全然関係ありません。こういう事件、実際に起こりそうで怖い。特に妻に日頃から虐げられている男にとっては・・・。(「バカとスマホは使いよう」ってこと?) ⑤「赤い部屋はいかにリフォームされたか?」=『赤い部屋』。もちろん都筑氏のあの作品も関係している。途中まではよくあるプロットだなぁーと思ってたけど、これを繰り返し仕掛けてくる人がいたとは。何重の仕掛け?って思ってるうちにラストのオチが来る。 ⑥「陰獣幻戲」=『陰獣』(『化人幻戲』も?)。これも旨いと思う。確かにオチというか仕掛けは予想範囲内なんだけど、「なーんだ」という失望より、「やっぱり!」という興奮を覚えた。でもラストの反転までは想定外。気付かねぇーかなぁ? ⑦「人でなしの恋からはじまる物語」=『人でなしの恋』。まさか暗号ミステリーに変遷するなんてね。これは最初の展開で読者も右往左往させられる。 以上7編。 いやいや。これはさすが歌野。質の高い作品集だと思った。 乱歩の名作オマージュということで、乱歩好きの方にとっては食い足りないんだろうなぁーと思うけど、元ネタをうまい具合に取り入れ、そこに歌野らしいスパイスを効かせました!って感じだ。 まさにアップデート! もちろん、元ネタのクオリティの高さあってこそのオマージュなのは間違いないけど、ここまで面白ければ十分に評価できる。 短編はホント安定してる。 (上記のとおり、ベストは③。他もなかなか) |
No.1559 | 5点 | 屋上の道化たち- 島田荘司 | 2019/12/17 20:04 |
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現代を代表する名探偵(?)御手洗潔登場50作目となる本作。
“記念碑的”作品となるはずの本作だが、文庫版の帯には「『暗闇坂』や『龍臥亭』に劣らぬ強烈な謎」という魅力的な惹句。 これは期待せずにはいられない・・・はず。文庫化に当たってなぜか「屋上」というシンプルなタイトルへ変更。 単行本は2016年の発表。 ~自殺する理由がない男女が、つぎつぎと飛び降りる屋上がある。足元には植木鉢の森、周囲には目撃者の窓、頭上には朽ち果てた電飾看板。そして、どんなトリックもない。死んだ盆栽作家と悲劇の大女優の祟りか? 霊界への入口に名探偵・御手洗潔は向かう。人智を超えた謎には「読者への挑戦状」まで仕掛けられている!~ 文庫版417頁にある御手洗のふたつの台詞。 『はっはっはぁ、神のいたずらだぜ石岡君、いったいどうしてこんなことが起こったんだろう・・・』 『たぶんこいつは偶然だぜ石岡君。偶然の寄せ集め、奇跡のような偶然の方程式だ・・・』 これが今回の事件、そして謎のすべてを表現していると言っていい。 そう。“神のいたずら”というレベルの話なのだ。 読者は、神の視点を通じて関係者の動きや頭の中まで詳らかにされているからいいようなものの、実際にこんな事件が起こったら、迷宮入り間違いなしだろう。 「偶然の連続」ということなら、「北の夕鶴」だって「奇想、天を動かす」だって「暗闇坂」だって間違いなく「偶然の連続」だった。 でも、それらの作品には確実にカタストロフィがあった。そんな偶然を引き起こすような登場人物たちのドラマがあった。 翻って、本作にはそんな感覚はない。 確かに、御手洗は御手洗だった。海外へ渡ってしまって、もはや人間・御手洗潔というよりは神の如き頭脳を持つ、スーパーマンのような御手洗に違和感しか感じなかった私にとって、やはり馬車道の御手洗はある種の郷愁を覚えさせてくれた。 ただ、どうにも・・・うまく表現できないのだが、作者の熱量は感じなかったなぁー (巻末解説の乾くるみ氏は、ユーモアミステリの側面をさかんにアピールされてましたが・・・) 「荒唐無稽」でもいい、「有り得ないレベル」でもいい、とにかく読者を「これでもかっ!」とねじ伏せるくらいの熱量を持った作品が読みたいものだ。でもまあ、齢70歳を超えたレジェンドにそれを求めるのは酷なんだろうね。 何となく寂しい気がした。 (因みに、本当にあれだけの現金が銀行からなくなれば、すぐに気付かれるはずです) |
No.1558 | 7点 | 帝王- フレデリック・フォーサイス | 2019/12/17 20:01 |
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~冒険、復讐、コンゲーム・・・短編の名手としても定評のある著者が“男の世界”を描き、小説の醍醐味を満喫させる、魅力の傑作集~
と紹介されている作品集。どんな「男の世界」が登場するのか? (いかにも汗臭そうだな・・・) 収録作は1972~1982年までの発表。 ①「よく喋る死体」=強制退去させられた家屋から発見されたミイラ化した死体。家主の老人は完全黙秘。捜査官は状況証拠から真相に迫るが、家主の妻と目された死体は別人と分かり・・・。最後の一行で反転させられるところがミソ。 ②「アイルランドに蛇はいない」=そうなんだ! で?内容はというと、ずばり「因果応報」かと思いきや、割とブラックなラスト一行、っていう感じかな。(想像すると気持ち悪い!) ③「厄日」=こちらはまさに「因果応報」。でも、最初に「厄日だ」と思った人物でなく、違う人物が「厄日だ!」と痛切に思うことになる・・・。ご愁傷さまです。 ④「免責特権」=根拠のない誹謗中傷記事を書いても、大新聞社の特権に守られて素知らぬ顔の新聞記者。そんな奴に強烈なしっぺ返しを食らわせるべく、男は立ち上がった! そして図書館通い・・・。でも本当にギャフン(死語)と言わせる。 ⑤「完全なる死」=よく見るプロットと言ったらそうなんだけど、最後には気分がスゥーッとする。(いわゆる勧善懲悪) 超高齢化が進む昨今、自分で自分の死後の準備をしておきたいものです。 ⑥「悪魔の囁き」=これもなかなか気が利いてる。お堅い「判事さま」が徐々に賭け事に熱くなっていき、最後には・・・ということなんだけど、出来のいいコントのような一編。 ⑦「ダブリンの銃声」=これが中では一番地味。いわゆる“最後の一撃”なんだと思うんだけど、これは欧米人なら分かるのだろうか・・・ ⑧「帝王」=いやぁー、分かるよ! 分かるんだけど、大丈夫か? 銀行の支店長という職を捨てて島の漁師に弟子入りなんて! いくら我が儘で全く愛情のない妻と離れるためとはいえ・・・。それを決断させたのが「帝王」なのだ(何のことやら?)。 以上8編。 うん。面白い。「短編の名手」という言葉は正しい。 どれもプロットが旨いし、ラストの捻りが決まっている作品ばかり。 何より、作者の腕前を感じるのは人物造形。 みんなどこかに傷や弱みを抱えていて、こっちも読んでるうちにシンパシーを感じる仕掛けになっている。 さすがフォーサイスだね。シリアスな長編もいいけど、こんな軽妙な短編も書けるんだ。 これぞ「一流」作家ということでしょう。 (個人的ベストは⑧かな・・・。痛切にシンパシーを感じてしまった) |
No.1557 | 5点 | サブマリン- 伊坂幸太郎 | 2019/12/17 19:59 |
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「チルドレン」(2004年)の続編。前作は連作短編形式だったが、今回は長編。
“変な男”陣内を中心に、今回も伊坂ワールドが展開される・・・のか? 2016年の発表。 ~家庭裁判所調査官の武藤は貧乏くじを引くタイプ。無免許運転事故を起こした十九歳は、近親者がみな、死亡事故に遭っていたと判明。また十五歳のパソコン少年は、「ネット上の犯行予告の真偽を見破れる!」と言い出す。だが一番の問題ははた迷惑な上司・陣内の存在だった。読み終えた瞬間。今よりも世界が輝いて見える大切な物語~ 『サブマリン』とは・・・①耐圧構造の船体を有し、水中で活動可能な船舶(要は潜水艦だな)、②野球における投法のひとつ(要はアンダースローだな)、とある(by ウィキペディア) 本作のタイトルは一体どういう意味なんだろう? これが読後にまず思ったこと。 ネット上にある本作の特設サイトを閲覧しても、タイトルの意味に言及した部分はなかった。 うーん。よく分からん。 本作のテーマはずばり犯罪。もっと言えば少年犯罪。 途中、陣内と武藤の会話の中にも出てくるが、やむにやまれず犯罪を犯してしまった者と悪意満載だけど、たまたま犯罪までに至らなかった者。いったいどちらが責められるべきなのか? テーマの本質は非常に重いもの。 こんなテーマを薬丸岳なんかが書いたら、心の奥までズンと来るような重い物語を書くに違いない。 でも、そこは伊坂。筆致はフワフワしていて軽く感じるし、独特の会話や言い回しでクイクイと読まされてしまう。 特に本シリーズは、はた迷惑な男・陣内のキャラクターが大きい。 伊坂のシリーズものにはアクの強い名物キャラがよく出てくるけど、陣内もその中のひとりに昇格した感じだ。 (でも、こんな奴、本当に職場にいたら邪魔だろうな・・・) 作者が12年の歳月を超えて続編を出したくらいだから、思い入れもあるのだろう。 ただ、他の佳作に比べてどうかというと、そこは・・・あまり・・・っていう評価かな。 ちょっとフワフワし過ぎ。 |
No.1556 | 6点 | 滅びの笛- 西村寿行 | 2019/12/04 21:59 |
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比較的初期の作品。文庫帯には「長編サスペンス小説」とあるが、ウィキペディアでは「パニック小説」に分類されている。
なんと直木賞候補にもなった作品とのこと。 1976年の発表。 ~南アルプス山麓を登山中のハイカーが人間の白骨死体を発見した。死体は鼠に喰われたものと推論された。70年に一度というクマザサの大量開花で、鼠が異常繁殖の兆候を見せているという。関係官庁の対策は後手に回り、犠牲者が続出、事件はただならぬ様相を深めた。数十億の鼠の大群と人間の壮絶な闘いを描く壮大なサスペンス~ とにかく「ネズミ」「ねずみ」「鼠」・・・はたまた「鼠」である。 何と20億匹を超える鼠の大群(!)。甲府市は鼠の大群で壊滅させられます。(甲府市の皆さんご愁傷様です) 鼠にあっという間に骨にされる人間。鼠が民家のガスホースを齧ったために起こる大火災で焼け死ぬ人間。そしてあろうことかペスト=黒死病までもが流行してしまう! 人知を超えた考えられない阿鼻叫喚の世界が描かれる。 鼠の大群は東へ東へ向かう・・・当然行き着く先は「東京」と思われた矢先。 政府、東京都は自衛隊のあらゆる兵器を準備して対抗しようとする。火炎放射器、重装甲車、ナパーム弾を搭載した軍用ヘリまで・・・ それでも鼠の大群は防衛網を突き破るのではないか・・・そんな悲壮感すら漂ってきた終章。 唐突な形で幕切れが訪れる。 いやいや・・・何とも言えないパワーというか熱量のこもった作品。 ありえない設定なのだが、作者の得体の知れない筆力によって、最後まで飽きることなく読まされたという感が強い。 ただ、「有り得ない」「有り得ない」と思っていたけど、よくよく考えてみれば、今年発生した台風19号による大水害も人知を超えた想定外の事件だったよなぁー。もちろん鼠と水では比べようがないけど、自然をコントロールするなんていうことは人間のエゴでしかないということなのだろう。そんなことを何十年も前に予知していたのかもしれない。 そして、寿行ファン(?)の皆さん、ご安心ください。本作、ノン・エロスではありません。 ただ、初期作品なので、あまり期待しすぎるとがっかりするかもしれないのでご留意ください。 |
No.1555 | 5点 | 死仮面- 折原一 | 2019/12/04 21:57 |
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作者の趣味嗜好が色濃く出た長編(だと思う)。
文藝春秋社で折原というと、長らく続いている「・・・者」シリーズなのだが、新しい展開なのだろうか? 2016年の発表。 ~突然、死んだ夫は名前も職業もすべてが嘘だった。真実を求めて、妻の雅代は彼の遺した小説を読み進める。そこには奇妙な連続少年失踪事件が描かれていた。ストーカー化した前夫の影に怯えながらも、雅代は一軒の洋館に辿り着く。何が現実で、何が虚構か? 折原ワールド全開の長編小説~ うーん。やっぱりネタ切れなのかな、という思いを強くした作品だった。 今まで散々目にした折原作品の焼き直しと評すればいいのか、何とか面白くなるエッセンスだけは込めましたというのは分かるのだが、如何せん2019年時点では古臭さが目に付いてしまう。 (これも折原を読み過ぎのせいかもしれないが・・・) プロットとしては紹介文のとおりで、「現実」と「虚構」を交互に描きながらも、徐々に両者の境目をボヤかしていき、やがてはどっちがどっちか分からなくさせる手法・・・とでも言えばいいのか。 まぁ、今までも作者が手を変え品を変え取り組んできた趣向ではある。 慣れていない読者だと、作品世界に酔うということもあるのかもしれない。(私は酔いませんでしたが・・・) 一応、ミステリーという体裁をとっている以上、ラストには現実的な解決を付けようとしているのだが、これがまた大変に微妙。 それほど多くない主要登場人物の配役というか、立ち位置が次から次へと変わるため、どうにも混乱してしまうのだ。 混乱させることが狙いなら、作者の企みは成功しているのかもしれないけど、そういう狙いではないだろう。 今回は雰囲気自体安っぽいホラームービーのようだった。 巻末解説では横溝正史の同名作品や「ドグラ・マグラ」などの影響という点に触れてるけど、それもネタギレゆえの苦肉の策かなと思えてしまう。 ・・・どうにも辛口の評価しか出てこないなぁー。たまにはガラリと作風を変えた作品を読んでみたいという気もするけど、これはこれで折原の長所というところもあるから難しいねえ。 |
No.1554 | 6点 | 殺し屋ケラーの帰郷- ローレンス・ブロック | 2019/12/04 21:56 |
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~ルイジアナ州ニューオーリンズ。殺し屋を引退したケラーは結婚し、子供もできてすっかり良き市民になっていた。新しい仕事のリフォーム事業も好景気で順調だった。ところがサブプライムローン問題によってバブルがはじけ、一気に失業状態に。そんなところへ身を潜めていたドットより突然電話があり、殺しの依頼が舞い込んだ・・・~
「殺し屋ケラー」シリーズの第五弾にして(恐らく)本当の最終譚。2013年の発表。 ①「ケラー・イン・ダラス」=ダラスで行われる切手オークションへ参加するケラー。その“ついで”に殺しの仕事を引き受けたのだが、久々の「殺し」はケラーにとっても緊張感ありあり。ターゲットを前にして戸惑うケラーの姿がある意味新鮮。 ②「ケラーの帰郷」=かつて、長年住んでいた街NY。この大都市へ来た目的はやはり殺し。今度のターゲットは大宗教家、というわけで敵の防御体制はかなり堅固。さすがの(?)ケラーもどうやって殺せばいいのか戸惑うことに・・・。そしてやっぱり切手のオークション。 ③「海辺のケラー」=今回の舞台はカリブ海を巡る豪華クルーズ船。ターゲットは絶世の美女と屈強なボディーガードを連れた老人。慣れない船旅と絶世の美女からの誘惑(?)に苦戦するケラーだったが、最終的には・・・。 ④「ケラーの副業」=今回のケラーは殺し屋:切手のディーラー=1:9くらいの割合。もはや切手の話が殆どを占めている。そして、またしても美貌の未亡人からモーションをかけられることに・・・。殺し屋側の話はよく分からなかったな。 ⑤「ケラーの義務」=最後は掌編。ケラーとドットに共通の殺しのルールを破るか破らないか、さあどっち? 以上5編。 前作で終わったはずのシリーズがまさかの復活。しかも、あろうことか殺し屋が結婚し、かわいい子供までいるという境遇。こんな奴にまともな殺しができるのか? ということで、予想通りかなり逡巡するのだ、もどかしいくらいに。最後は一応「お役目」を果たすものの、クール&ドライな殺し屋の姿はそこにはない。これではシリーズファンにとっては裏切られたという感情になるのかもしれない。 しかも本作、巻末解説の杉江松恋氏が「・・・殆ど切手ミステリーであると言ってもいいほどである。」と書かれてあるとおりの内容。 切手ミステリーなんていうジャンル初めて知った! 実はブロック自身がマニアらしいから、これはもう自分の趣味で書いてるとしか思えない。 ということで、本作を一言で表すなら「(シリーズにおける)蛇足」ということ。まぁ終わらすには惜しいキャラクターなのは分かるけど、無理やり引っ張り出されたケラーはちょっと可哀想という気がする。続編は書かないほうがいい。 (中では③がベストかな) |
No.1553 | 4点 | 年上の女- 連城三紀彦 | 2019/11/19 21:30 |
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いかにも連城らしい・・・といえる作品集。
基本、非ミステリー色の強い作品が並んでいますが、そこは「連城」ですから・・・ 1997年の発表。 ①「ひとり夜」=昭和40年代から50年代だなぁーという感想。 ②「年上の女」=「私に結婚を申込んだ男には、私より愛している女がいます。その女は男より五歳年上で、ブランド品を買い与え・・・」見知らぬ女からの身の上相談。自分には何の関係もなかったはずが、いつの間にか・・・連城マジック! ③「夜行列車」=今はなき、上野発上越線回りの青森行きの夜行列車。寝台車でもない。そこに偶然隣り合った男と女。しかも、互いに不倫の関係・・・そんな偶然フィクションでしか有り得ない。 ④「男女の幾何学」=意に沿わないお見合いの席。男と女が虚々実々の駆け引きをしているかに見えて、実は・・・ラストに反転される。 でも、ここまで回りくどいことまでしなくても・・・ ⑤「花裏」=これも互いに不倫している夫婦の話なのだが、読んでるうちに何が事実で何が嘘か分からなくなる。そういうのも連城っぽい。 ⑥「ガラス模様」⑦「時の香り」=ショートショートのような分量。⑦の方がシャレてる。 ⑧「七年の嘘」=またまた互いに不倫している夫婦の話。なのだが、何だか男の方が切ない。そしてまたまた「事実」と「嘘」の境目が分かりにくい。 ⑨「花言葉」=電車の中で痴漢ではなく、ポケットの中に花一輪を忍び込ませる男。しかも毎日。なぜ?という話。 ⑩「砂のあと」=これも・・・実に気だるい夫婦の話。そしてまたも互いに不倫している。最後はもはやどうでもよくなる。 以上10編。 とにかく「不倫」である。一昔前の作品だし、ちょうど某俳優が「不倫は文化だ」的発言をした時期に重なる頃なのかもしれない。 長年連れ添った40代の夫婦が互いを飽きてしまい、違う男、そして違う女に惹かれてしまう。 実によく分かる話だ。そりゃそうだ・・・ いやいや不倫についての感想はどうでもいいんだった・・・ 他のミステリー作品のような捻りや独特の反転の味は薄いので、そこらへんを期待すると失望感を味わう。 よって作者のファンでもスルーでOK。不倫してる方や不倫願望のある方が読めば登場人物の心情にシンクロするかも・・・ 私は・・・シンクロしました! |
No.1552 | 7点 | ギルフォードの犯罪- F・W・クロフツ | 2019/11/19 21:28 |
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フレンチ警部登場作品としては十三作目に当たる本作。
因みにギルフォードとはロンドンの約43km南西、サリー州にある都市のこと。 1935年の発表。 ~ロンドン有数の宝石商ノーンズ商会の役員たちは、会議のためギルフォードに参集した。ところが前夜のうちに経理部長が殺され、さらに続けて会社の金庫から五十万ポンド相当の宝石が紛失していることが発見された。出馬したフレンチ主席警部にも金庫の鍵がなぜ犯人の手に渡ったのか説明のつかない状況であった。経理部長の死と紛失した宝石・・・このふたつの謎の関連はどこに潜んでいるのか? フレンチの執拗な捜査が始まる~ いつものクロフツ、いつものフレンチ警部。まさにその言葉がぴったりの作品だった。 特に今回はいつにもまして、フレンチの捜査は丁寧かつ執拗。靴底の2つや3つが磨り減ったに違いない(?)ような熱の入れよう。 「主席警部」に昇進して手がける始めての大事件ということが、フレンチの心理に大きな影響を与えているようだった。 まぁ、何十年前だろうが、警察だろうが、イギリスだろうが、組織の中で働く男なら相応の出世欲はあるし、一旦得た地位を失いたくないという心情が働くということだろう。(よく分かる話だ・・・) さて、今回の謎は紹介文のとおり、①経理部長の殺人事件と②大量の宝石の紛失事件、の2つ。 もちろんこの2つは有機的に関連していて、フレンチは双方の事件に苦しむことになる。 ②については、途中である装置(!)に気付くことで、謎の解明が一気に進むことに。この装置については、21世紀の現在からすると、ちょっとピンとこないのはやむを得ないところ。実現性には正直疑問符は付くけど、まずは作者らしい常識的な解法とも言える。 ①については終盤までフレンチも手こずるのだが、最終的にはアリバイ崩しの定番とも言えるトリックで解決に導かれる。 これも作者らしく現実的なトリックなのだが、いくら病人とはいえ、至近距離であの人物に近づかれてる訳だからなぁー、相当リスキーだよなぁーというのが弱いところ。 でも総合的に評価すれば“よくできてる”作品だと思う。何より、クロフツそしてフレンチ警部らしい捜査行を読むのが楽しい。 最後はイギリス~フランス~ベルギー、そしてオランダまでも真犯人を追っての追走劇。 ある意味、満喫させていただきました。クロフツ好きにとっての満足度は高いと思う。 |
No.1551 | 6点 | スリジエセンター1991 - 海堂尊 | 2019/11/19 21:26 |
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「ブラックペアン1988」「ブレイズメス1990」に続くシリーズ三作目。
因みに“スリジエ”とはフランス語で「桜」の意。物語のラスト印象的なシーンで登場する。 2012年の発表。 ~世界的天才外科医・天城雪彦。手術を受けたいなら全財産の半分を差し出せと言い放ち、顰蹙も買うが、その手技は敵対する医師をも魅了する。東城大学医学部で部下の医師・世良とともにハートセンターの設立を目指す天城の前に立ちはだかる様々な壁。医療の「革命」をめぐるメディカル・エンターテイメントの最高峰~ かなり面白い。ただし、本シリーズの愛好者にとってはだが・・・ これは「ブラックペアン1988」の書評で書いたフレーズなのだが、今回も全く同じ感想になる。 前二作を読了してしばらく期間が空いてしまったのが失敗だったが、本作も東城大学医学部にまつわるサーガに連なる作品。 中盤までは、主な語り手である世良医師をとおして、天城医師の天才的な手技と破天荒な行動が綴られていく。 このまま行けばスリジえセンターの設立も確実という二人の前に立ちはだかったのが、高階権太・現東城大学理事長という構図。 しかし、物語は中盤以降、思わぬ展開を迎える。嵐のような日々が過ぎ去り、ラストには衝撃の展開が待ち受ける。 ただし、この「衝撃」は湖のさざなみのように静かにやって来るのだ・・・ やはり作者のエンターテイメントを綴る力は只者ではない。 東城大学医学部という閉じられた「箱」をめぐる、さまざまな人間と巻き起こるさまざまな事件。 時間と空間を思いのまま操る作者の筆力と構想力。 読者はまるで生き証人のように、これらの物語を記憶していくことになる。 本作単体で評価するとまぁそれほど高くはならないけど、シリーズとおしての評価であれば決して低くはできない。 つまりは、読者もシリーズを読み継がなければならないということ。 じゃないと、本シリーズの魅力は半減するだろうね。 (大学病院ってやっぱり伏魔殿なのかな・・・) |
No.1550 | 7点 | 返事はいらない- 宮部みゆき | 2019/11/05 22:26 |
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~日々の生活と幻想が交錯する東京。街と人の姿を鮮やかに描き、爽やかでハートウオーミングな読後感を残す・・・~
というわけで1991年に発表された作者の第二短編集。 ①「返事はいらない」=キャッシュカード認証システムの不備を利用した犯罪の片棒を担ぐことになった女性。捨てられた不倫相手への腹いせのつもりが・・・。ラストの刑事とのやり取りもなかなか良い。(因みに現在ではこのような犯罪は成立しません) ②「ドルネシアにようこそ」=ドレスコードのある六本木のクラブ・ドルネシア。同じ六本木の速記事務所で働く地味な男にとって、そこは無縁であり憧れの場所でもあった・・・。巻末解説によると、宮部氏自身が昔速記事務所で働いてたんだねぇー ③「言わずにおいて」=26歳であんなふうに職場で言われるなんて・・・。今だったら絶対セクハラで訴えられるよ! それはともかく、人生にはこんな偶然も起きるんじゃないかと思う。 ④「聞こえてますか」=引っ越した中古住宅に残された古い黒電話。その中から偶然見つけたものは・・・。前の家主は過去に特高を務めていたと聞き・・・。少年が主人公となるのが作者らしいし、生き生きしてる。 ⑤「裏切らないで」=代表作「火車」のプロトタイプのような作品。一昔前の話ではあるけど、こういう女性心理は何か心が苦しくなってしまう。 ⑥「私はついてない」=最後は軽~いタッチの一編。偽物が偽物を呼び、結果息子は知りたくもない両親の秘密を知ることに・・・。 以上6編。 うん。いいです。何ていうか、さすがに一流作家だなという印象。 確かにタッチは軽い。ミステリー的なプロットは希薄だし、サプライズが用意されているわけでもない。 でも、こんな作品をサラリ(ではないかもしれないが)と書く、書けることが力量ってことだろう。 今回、紹介文のとおり、「東京」に住む市井の人々が主人公となる。 ⑤に登場する刑事が東京を指していう言葉、『果たして東京なんて街は実在しているのだろうか。そんなものは、この種の雑誌やテレビで創りあげた幻にすぎないのではなかろうか・・・』が、何だか本作の作品世界に通じるようで印象に残った。 登場人物は市井の人々=生活感の伴った人々のはずなのに、どこかジオラマの世界の住人のような感覚・・・とでも言ったらいいのか。 やっぱりこうやって書いてると、本作は宮部作品なんだなぁーと思う。(当たり前だが) 長編はいつも冗長に感じるんだけど、短編は粒ぞろい。個人的にはいつもそう感じる。 (個人的ベストは①か⑤かな。次点が②) |
No.1549 | 6点 | 屍人荘の殺人- 今村昌弘 | 2019/11/05 22:24 |
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第27回の鮎川哲也賞受賞作であり、その年の「このミステリーがすごい」など三冠を達成した超話題作。
そんな超話題作を文庫化に当たり、ようやく読了。華々しいまでの作品に相応しい出来栄えなのか? 2017年の発表。 ~神紅大学ミステリ愛好会の葉村譲と明智恭介は、曰くつきの映画研究会の夏合宿に参加するため、同じ大学の探偵少女・剣崎比留子とペンション紫湛荘を訪れる。しかし想像だにしなかった事態に見舞われ、一同は籠城を余儀なくされる。緊張と混乱の夜が明け、部員の一人が密室で惨殺死体となって発見される。それは連続殺人の幕開けだった。奇想と謎解きの驚異の融合。衝撃のデビュー作~ “数々の絶賛と多少の不満と疑問”・・・本作に対する世間の評価をひとことで表すならこういう感じか。 確かにデビュー作としてはかなりの高レベル。特に解決パートで示されたロジックには唸らされた。 まず第一の殺人では、『私たち(人間)には密室が突破できるが殺せない。〇〇〇は殺人ができるが密室を突破できない』・・・この欺瞞を一刀両断に解決に導くトリック(というべきか)が見事に嵌っている。 そして第二の殺人では、やはり〇〇〇ー〇ーを使った欺瞞とトリック。そこまでやるか?という動機の問題はあるものの、これも大げさに言うなら「青天の霹靂」のような衝撃を受けた。(ただ、いくら睡眠薬を使ったとはいえ、かける時間が膨大すぎ!) それもこれも、やはり〇〇〇という特殊設定が大きく寄与している。 巻末解説によると、作者はまず〇〇〇ありきの設定からプロットを膨らませたということだから、まさにアイデア勝ちということ。 では褒める一方かというと、どうもそこまでにはならない。 一番気になったのはやはり動機、というか必然性。〇〇〇の襲撃は全くの想像外だったわけで、そんな特殊設定のなかでわざわざ連続殺人を綱渡りで行うなんて・・・通常の人間心理では考えられないことだ。 もちろんパズラー型の本格ミステリーなんだから、そんなリアリティを要求されても・・・ということは分かる。 もはや本格ミステリーの鉱脈は「特殊設定条件下」にしか有り得ないということなのかな。 本作を読んでると、有栖川有栖のデビュー作「月光ゲーム」をどうしても思い浮かべてしまう。 両作とも学生のサークル内での人間関係のもつれが事件の背景にあるし、学生たちが突如思わぬ事態に巻き込まれる点も同様(一方は火山の噴火で一方は〇〇〇の襲撃)、これは作者が意識していたことなのだろうか。 文庫版解説をかの有栖川氏が行っていることも偶然ではないのだろう。 いずれにしても、数多のミステリーファンを唸らせる作品というだけでもスゴイことだ。 さすがに鮎川哲也賞はハズレなし。ますますそういう評価が高まりそうだね。 (確かにAmazonのレビューでは辛口の評価が多いな・・・) |
No.1548 | 5点 | もう年はとれない- ダニエル・フリードマン | 2019/11/05 22:20 |
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齢87歳の元刑事バック・シャッツを主役としたシリーズ第一作。
活躍する所は中米の犯罪都市メンフィス。孫のテキーラを味方に付け“昔とった杵柄”を再び・・・となるのか? 2012年の発表。 ~思い返せば戦友の臨終になど立ち会わなければよかったのだ。どうせ葬式でたっぷり会えるのだから。捕虜収容所でユダヤ人の私に親切とはいえなかったナチスの将校が生きているかもしれない・・・そう告白されたところであちこちにガタがきている87歳の元殺人課刑事に何ができるというのだ。だがその将校が金の延べ棒を山ほど持っていたことが知られて周囲が騒がしくなり、ついに私も宿敵と黄金を追うことに・・・。武器は357マグナムと痛烈な皮肉。最高にカッコいいヒーローを生み出した鮮烈デビュー作~ もう上の紹介文どおりです。以上! ・・・という感じなのだが、さすがにそれでは失礼ということで、簡単に感想を記します。 まず最初にラスト(=真相)の場面なのだが、うーん。サプライズといえばサプライズだが、10人中8人くらいはこの解決を予想してたんじゃないかな? 終盤まで来ても、連続殺人事件の方は、真犯人が定まらないまま。気になる伏線もなし。こんな状況なので、主要登場人物を見渡して、もうコイツしかいないよなぁという考えにたどり着いてしまう。 そこはまぁ安易といえば安易かもしれない。 でも本作の良さはそんなところにないのだろう。 とにかくバック・シャッツである。 とても87歳とは思えない行動力。ライフルで狙撃されても死なないなんて、もはや不死身としか考えられない。 GoogleやGPSは分からなくても、そこはメンフィスにこの人ありと恐れられた元鬼刑事。経験のなせる業ということ。 いまや超高齢化社会である。 社会の中心層は70歳以上なのだから、当然こういうヒーローが生まれても全然おかしくない。むしろ遅すぎたくらいだ。 こんなこと書いてると、年寄り好きかと勘違いされそうだけど、別にそういうわけじゃない。 「老害」を地でいく人もいるし、バック・シャッツだって老害と言われてもおかしくない振る舞いは多い。 でも何となくカッコいいと思えてしまうのは、人間としての「軸」「芯」を持っているからなんだろう。 評価は・・・こんなもんかな。続編も読むと思います。 |
No.1547 | 5点 | 二壜の調味料- ロード・ダンセイニ | 2019/10/23 21:57 |
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E.クイーンと江戸川乱歩が絶賛した(!)表題作をはじめ、探偵リンリーが活躍するシリーズ短編9編を含む全26編を収録。忘れがたい印象を残す傑作ミステリ短編集・・・とのことです。
1952年の発表。 ①「二壜の調味料」=紹介文のとおり絶賛かというと?なのだが、忘れがたい味わいは確かにある。この結末って、〇〇を食べたということ? ②「スラッガー巡査の射殺」=最後の最後で肩透かし・・・ドリフのコントみたい ③「スコットランド・ヤードの敵」=3人の警官を宣言のうえ殺していく殺人鬼。小男スメザーズは勇躍犯人の潜伏するアジトに向かうのだが・・・。最後はなぜああなった? ④「第二戦線」=時代が少し進んで第二次大戦中。兵役に服することとなったふたりがドイツからのスパイ探しに奔走。 ⑤「二人の暗殺者」=大勢の候補から二人の暗殺者を特定する・・・のだが。 ⑥「クリーク・ブルートの変装」=変装の名人のスパイが見つからないとリンリーに助け舟を求める警察。リンリーが指摘したスパイの隠れ方は・・・これって「森は森に」「スパイはスパイに」ということ? ⑦「賭博場のカモ」=うーん。こんなことで民間人に助けを求めるスコットランドヤードって・・・ ⑧「手がかり」=犯人が残した解きかけのクロスワードパズルから犯人像をズバズバ指摘。まるでホームズ。それであっさりと真犯人を捕獲! 簡単! ⑨「一度でたくさん」=駅にやって来るまで待つ! それがリンリーの出した答え。本当に待つことに・・・ ここまでがリンリー探偵の事件簿。最初に書いたとおり、何とも言えない味わいはある。ただし、いわゆるミステリー的な捻りや逆説を期待すると肩透かしを食うので注意してください。以下はノンシリーズで、印象に残ったものを抜粋。 ・「ラウンドポンドの海賊」=で、オチは?と期待するのは罪でしょうか? ・「新しい名人」=今で言うAIを先取りしてる? 最後は結構皮肉が効いてる。 ・「新しい殺人法」=新しいか? ・「死番虫」=死番虫とは家の中の木材などを食い荒らす虫のこと。死を予言し恐喝しようとした男がこの虫を見て・・・ ・「ネザビー・ガーデンズの殺人」=このオチって・・・それを言ったらおしまいでしょう! 全26編。なかなかのボリュームで堪能(?)させていただきました。 巻末解説では本作をユーモア・ミステリーと評してますが、まぁ確かに。田園風景の似合うほのぼのしたミステリーっていう感じです。 かのE.クイーンが激賞したとのことですが、どのあたりをもって激賞したのかはよく分かりません。 でも、奇妙かほのぼのか、はたまた甘口かは別にして「味わい」深いことは確か・・・かな。 |
No.1546 | 5点 | Fの悲劇- 岸田るり子 | 2019/10/23 21:56 |
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京都を舞台にしたノンシリーズ長編。
久々に作者の作品を手に取ったが・・・ 2010年の発表。 ~絵を描くことが好きな少女さくらは、ある日、月光に照らされて池に浮かぶ美しい女性の姿を描く。その胸にはナイフが突き刺さっていた。大人になった彼女は、祖母に聞かされた話に愕然とする。絵を描いた二十年前、女優だった叔母のゆう子が、京都の広沢の池で刺殺されたというのだ。あの絵は空想ではなく、実際に起きた事件だったのか? さくらは叔母の死の謎を探ろうとするが・・・~ 物語は過去(1988年)と現在(2008年)を交互に描くことで進んでいく。 主人公さくらは、二十年前の密室殺人事件の謎を探ろうとし、読者は二十年前の事件の顛末を同時に追うことになる。 こういうプロットでは、概ね過去から現在のどこかに齟齬や歪みがあって、それが現在まで謎として残っている・・・というパターンだ。 では、本作の場合、どこに齟齬や歪みがあるのだろうか? そういう目線で読み進めたわけだが、うーん・・・期待したような鮮やかなものではなかった。 ①ゆう子の子供の正体や②密室殺人、③後追い自殺の真相のどれもが腰砕けという印象。 ①は最初から自明だろう。途中で目眩しのような引っ掛けはあるものの、「あーやっぱり」という感想になる。 ②は他の方も書かれてますが、「そんなこと!」っていうトリック。っていうか、トリックというほどでもない。 ③は・・・「気をつけろよ!」って言いたくなるような真相。 という感じで、パズラー的本格ミステリーを期待すると失望を味わうことになる。 かといってサスペンスやファンタジック感が強いわけでもない。 要は中途半端ということかな。或いは狙いすぎ。 いかにも作者らしい雰囲気は醸し出しているだけに、勿体無いという思いは残った。 ところで、「F」はなんの「F」なんだろ? female? (全く関係ないけど、京都はミステリーの似合う街だね・・・) |