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E-BANKERさん
平均点: 6.01点 書評数: 1809件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.1629 6点 もの言えぬ証人- アガサ・クリスティー 2021/01/28 22:39
だいぶ少なくなってきたポワロもの未読作品のひとつがコレ。
著名作の間に埋もれた佳作なのか、はたまた埋もれるべくして埋もれた駄作なのか?
原題は“Dumb Witness”(そのままだね) 1937年の発表。

~ポワロは巨額の財産を持つ老婦人エミリイから、命の危険を訴える手紙を受け取った。だが、それは一介の付添い婦に全財産を残すという問題のある遺言状を残して、彼女が死んだ二か月後のことだった。ポワロとヘイスティングズは、死者からの依頼に応えるとともに、事件に絡む愛すべきテリア犬「ボブ」の濡れ衣も晴らす~

これ、設定だけを取り上げると“いかにもクリスティ”のように見える。
「悪意のある遺言状」や「五指に余る疑わし気な親族=容疑者たち」。「容疑者ひとりひとりの証言の齟齬、心理を読み、真相に迫るポワロ」などなど、数多の彼女の佳作と比べても遜色ない“枠組み”だと思った。
最終的にはミスリードが見事に嵌まり、斜め上から抉るような真相が語られるに違いない・・・
その筈だった。

実際は・・・やや微妙か。
他の方も書かれてますが、特に中盤の展開がモヤモヤしていて、すっきりしない。確かに伏線は張られてるし、ポワロの推理にも一定のキレはある。ただ、どうもね・・・
序盤での不穏な空気間から醸し出される私の期待感からすれば、この真相はちょっと龍頭蛇尾に思えた。そういう意味では、本作が「埋もれてる」のもむべなるかな、ということなんだろう。

でも、日本国内でこの設定(上に書いた「悪意のある遺言状」など)なら横溝正史辺りが思い浮かぶけど、それならおどろおどろしい、血みどろの惨劇なんていう作風になっちゃうんだろうな。
これがクリスティにかかれば、英国の伝統的な田園風景のなかで、牧歌的とさえ言えそうな作風になるんだもんね・・・やっぱり違うよなぁと思った次第。
ちょっと辛口に書いてしまったけど、別に駄作というわけではない。水準給の面白さは十分備えてるし、何より「ボブ」が愛らしい。犬の言葉が理解できたら、こんな感じなのかな?

No.1628 7点 片桐大三郎とXYZの悲劇- 倉知淳 2021/01/28 22:38
~聴覚を失ったことをきっかけに引退した時代劇の大スター・片桐大三郎。古希を過ぎても聴力以外は元気極まりない大三郎は、その知名度を利用して探偵趣味に邁進する。後に続くのは彼の「耳」を務める野々瀬乃枝~
ということで、かのE.クイーンの有名シリーズを翻案(?)した連作短編集。
2015年の発表。

①「ぎゅうぎゅう詰めの殺意」=山手線の満員電車で起こる殺人事件。凶器はニコチン毒・・・。犯人は犯行現場を山手線内に見せかける価値があると考えたとあるけど、わざわざ顔を晒して、凶器も捨てて・・・などというリスクの方がどう考えても大きそうだが?
②「極めて陽気で呑気な凶器」=車椅子の老画家殺し。現場近くにあった数多くの“凶器候補”の中から選ばれたのは、なぜか「ウクレレ」・・・。なぜウクレレ?というのが大きな謎となるわけだが、本作はオマージュ作品とは異なり、大五郎の逆説的な解法が決まる。ただ、このロジックは一直線に首肯し難い気がする。
③「途切れ途切れの誘拐」=まさか序盤のあの光景が伏線になっていたとは・・・。そこはいいんだけど、まさか凶器がアレとは・・・(もちろんウクレレではありません)。
④「片桐大三郎最後の季節」=これが一番ヤラレタ。冒頭~終盤まで、亡き巨匠の遺作シナリオ盗難事件に纏わるヌルい展開が続くのだが、ラストはまさかの真相! そうか、これが最終的にやりたかったのね。

以上4編。
E.クイーンのドルリー・レーン四部作のオマージュは言うまでもない。
全体的にはロジック重視の好短編集という評価で良さそう。
もちろん、「ロジックのためのロジック」というようなものもあるけど、そんなことを今さら持ち出したってねぇ・・・
従来の「猫丸先輩」シリーズに負けず劣らずの主人公キャラだし、さすがに短編は手馴れている。
是非シリーズ化or続編に期待したいところ。

(ベストは③か④で迷うところだが、「騙し」がラストに見事決まった④に軍配かな。①②もまずまずの水準。)

No.1627 7点 犯人に告ぐ2  闇の蜃気楼- 雫井脩介 2021/01/28 22:37
前作となる「犯人に告ぐ」を読了したのが、今を去ること11年半前の2009年9月。満を持して今回続編を手に取ることに(単なる偶然、思い付きですが・・・)
巻島警部は警視に昇進。相変わらずの長髪をなびかせている模様。2015年の発表。

~神奈川県警が劇場型捜査を展開した「バットマン事件」から半年。巻島史彦警視は、誘拐事件の捜査を任された。和菓子メーカーの社長と息子が拉致監禁され、後日社長のみが解放される。社長と協力して捜査態勢を敷く巻島だったが、裏では犯人側の真の計画が進行していた。知恵の回る犯人との緊迫の攻防!~

作品中では前作から僅か半年後の設定になっているけど、実際の刊行は11年後。さすがに忘れてるよなー
でも、前作の設定が割と密に絡んでくる本作。本来は、前作を読み直した方がいいのかもしれない。
で、物語は「オレオレ詐欺グループ」の組織的犯罪を描くところからスタートする。
今回、巻島の好敵手となる謎の男「淡野」と、彼に従う兄弟の3人が手を染めるのはズバリ「誘拐ビジネス」。
そう、「誘拐」という犯罪をビジネスにしてしまおうという実に「ふてぇー」奴らなのだ。

何より、巻島を中心とする神奈川県警と「淡野」を中心とした犯人グループの知恵比べが本作最大の注目点。
お互いが「裏」、「裏の裏」そして「そのまた裏」をかこうとするまさに化かし合い。
この辺りの盛り上げ方はさすがに作者。心得ている。
山下公園⇔横浜公園を舞台とする身代金を受け渡しは両者痛み分けに終わるのだが、そこまでも見越したうえでの淡野の次の一手!
実に劇場的。裏をかかれたはずの巻島を救ったのは、まさかの人物!
いやいや、なかなかの面白さ。予定調和な箇所もあるにはあるけど、十分に満足できるエンタメ作品に仕上がっていると思う。

そして終章。巻島の前にひれ伏すことになった・・・と思いきや。物語は若干の残尿感を残してパート3へ続くことに。
当然読みますよ。記憶が薄れないうちに。
(途中に描かれている県警内の人事の話がリアルっぽくて「へぇー」って思った。どこもそういうことってあるよね)

No.1626 5点 玉村警部補の巡礼- 海堂尊 2021/01/10 13:29
「玉村警部補の災難」に続く、警察庁一の切れ者・加納警視正と“哀れな部下”玉村警部補のコンビが活躍するシリーズ第二弾。
今回は「巡礼」の言葉どおり、ふたりが四国八十八か所のお参りに出掛けた先で遭う事件を解き明かす・・・展開。
2018年発表。

①「阿波 発心のアリバイ」=まずは一番札所のある阿波からスタート。この「巡礼」は何かしらのウラがあることが序盤からほのめかされるなか、八十八か所セレブツアー(そんなの本当にある?)のメンバーが挙げた100万円の賽銭(!)が盗まれる事件が発生。で、そんなこんなで加納警視正が解決。めでたし、めでたし。
②「土佐 修行のハーフムーン」=政治家が絡むきな臭い自殺事件。政治家と秘書といやぁー、安倍前首相だってねぇ・・・というわけで、お仕えの身はツライということ。メインはアリバイトリックなのだが、まさかこのご時世で写真を使ったトリックにお目にかかれるとは思ってもみなかった。
③「伊予 菩提のヘレシー」=全身の血を抜かれた死体。Why?というわけで、「蚊」=弘法大師の生まれ変わりとして崇めるという風習が伊予の一部地域にあるらしい(ホンマかいな?)。まさか! 蚊に血を全部吸われた? それはないだろう・・・
④「讃岐 涅槃のアクアリウム」=冒頭からほのめかされていた「ウラ」の事情が明らかとなる最終編。舞台は屋島水族館ということで、久々にあの「ボンクラボヤ」も登場する(知ってる人は知っている)。
⑤「高野 結願は遠くはてしなく」=ボーナストラック的なまとめ。

以上4編+1。
まさか四国八十八か所を題材に持ってくるとは・・・。作者の懐の深さというべきか、多趣味というべきか・・・
巻末には八十八か所の地図や全ての寺院名も掲載されていて、全くの素人という方にも配慮がされてます。

まぁ、あんまり真面目に書いた作品ではないのだろうから、肩の力を抜いて読めばいいということかな。一連の「桜宮サーガ」の番外編という位置付けなんだろうけど、今まで読んだことない人でも特段関係なし。
お遍路に興味がある+ミステリー好き、というニッチな方なら是非どうぞ!
でも本当に歩くと大変らしいよ。

No.1625 5点 カエルの小指- 道尾秀介 2021/01/10 13:26
映画化もされた「カラスの親指」の続編となる本作。
前作の読了からはや八年半たつけど、かなり面白かったという印象があるが・・・
2019年の発表。

~詐欺師から足を洗い、口の上手さを武器に実演販売士として真っ当に生きる道を選んだ武沢竹夫。しかし謎めいた中学生・キョウが「とんでもない依頼」とともに現れたことで彼の生活は一変する。シビアな現実に生きるキョウを目の当たりにして、再びペテンの世界に戻ることを決意。そしてかつての仲間らと再集結しキョウを救うために「超人気テレビ番組」を巻き込んだド派手な大仕掛けを計画するが・・・~

最初に断っておくと、本作は前作の内容を知らないまま読むと理解できない(しにくい)箇所が割と多いので、「カラスの親指」を先に読むことをお勧めします。
かく言う私は・・・何しろ読了したのが八年半も前だからなぁー。漠然としか覚えていません。当然!

ただ、“道尾マジック”とでも表現すべき見事な「騙し」が見事に決まった前作に比べると、本作の「騙し」(ペテン?)は少々スケールが小さいように思えた。
序盤から中盤の冗長さも気になるところ。武沢のその後やキョウの周辺情報の話が続いて、なかなか本題に入っていかない展開。
ジャンルでいうなら「コンゲーム」に当たるんだろうから、もう少しテンポよくスピード感のある展開の方が良かった。

なかなか話が進まないねぇ・・・と思った矢先、単行本の312頁に出てくる貫太郎のセリフ。
ここからついに「騙し」のスクランブルに突入。ひとりだけでなく、あらゆる登場人物がそれぞれ「騙し」を行っていたことが明らかになっていく。じゃあ一体なにが真実なのか?
ウーン。最終的にはもう少し大きな爆弾が爆発するもんだと思ってたなぁー
爆発したはいいけど、「エッ! 意外と小ぶりなのね」という印象。もちろんサプライズだけがすべてではないんだけど、前作の鮮やかさを経験した身にとっては、どうしても比較してしまう。

ということで、やっぱり間が空きすぎたんじゃないかな?
もう少し読者の記憶が残っているうちに続編を出すべきだったと思う。(伊坂ならこういうテーマでもう少し気の利いたプロットを用意しそう)

No.1624 7点 カササギ殺人事件- アンソニー・ホロヴィッツ 2021/01/10 13:22
2021年、かなり遅くなりましたが、皆さま明けましておめでとうございます。未曽有の事態に日々あたふたしてますが、ミステリーを楽しめる環境にまずは感謝して・・・
毎年、新年一発目に何を読もうかと迷うわけですが、今年は前々年度のランキングを席巻した本作をチョイス。
2019年の発表。

~1955年7月、サマセット州にあるパイ屋敷の家政婦の葬儀が、しめやかに執り行われた。鍵のかかった屋敷の階段の下で倒れていた彼女は、掃除機のコードに足を引っかけたのか、或いは・・・。その死は、小さな村の人間関係に少しずつヒビを入れていく。余命僅かな名探偵アティカス・ビュントの推理は・・・~

すでに読了した方ならお分かりでしょうが、これは“あくまで上巻”の紹介文。上巻は、A.クリスティを彷彿させるように、ある田舎の街で起こる連続殺人事件が語られる。
これがなかなかの出来。田舎特有の濃い人間関係、さまざまな悪意や妬み、過去からの因縁etcが複雑に絡み合い、沸点に達した際に殺人事件が発生してしまう。名探偵(?)アティカス・ビュントの捜査が進み、あと一歩で真犯人を指摘!というところで、下巻に突入。

下巻は・・・うーん。ひとことで言うなら、プロットの勝利ということかな。確かに作者の狙いは精緻。「そういうことか・・・」と唸らされることになる。フーダニットについては分かりやすいのが難だが、作中作と現実の事件が有機的にリンクしており、作者のミステリー作家としての腕前を十分に感じることができる。
そして、上巻で語られなかった解決がついに終章で詳らかに。この構成も見事。非常に満足感の高い作品に仕上がっている。

あらゆる本格ミステリーのトリックが出尽くした昨今。とかく特殊設定下のミステリーが増えていくなか、こういう手もあるのか、と読者に示した力作。
ちょっと褒めすぎかもしれない・・・。特に下巻。スーザンの探偵譚が語られるのだが、関係の薄い脇筋を追いかける展開が続き、やや冗長。ちょっと間延びした感は否めない。
でもまぁ、新春から良い作品に巡り合えたことは事実。それは良かった。
(下巻313頁のアナグラムの件。これって、欧米の方ならアッ!って気付く? なかなかやるな・・・ホロヴィッツ)

No.1623 6点 天使と罪の街- マイクル・コナリー 2020/12/21 21:11
ハリー・ボッシュシリーズの記念すべき10作目となった本作。
今回は作者初のノンシリーズ「ザ・ポエット」の続編と言うべき作品でもある。
2004年の発表。原題は“The Narrows”

~元ロス市警刑事の私立探偵ハリー・ボッシュは、仕事仲間だった友の不審死の真相究明のため単独調査を開始する。その頃、ネヴァダ州の砂漠では多数の埋められた他殺体が見つかり、左遷中のFBI捜査官レイチェル・ウオリングが現地に召致された。これは連続猟奇殺人犯、「詩人(ポエット)」の仕業なのか? そしてボッシュが行き着いた先には・・・~

今回の事件も主な舞台はLAでありラスヴェガスであった。
ボッシュ自身が長年ハリウッド署の刑事として勤務していたのだから、当然LAはいつもの舞台。邦題になっている「天使と罪の街」というのもLAに相応しい形容詞だろう。
そしてラスヴェガス。言わずと知れたギャンブルとショーの街。不夜城そして男たちの欲望で造られた街。
ボッシュの妻エレノアは、この街で名うてのギャンブラーとして生計を立てている。何より前作でその存在が明らかになったボッシュとエレノアの娘マデリンが暮らす街。ボッシュにとっては特別な街なのだ。
「詩人」による連続猟奇殺人事件を追う間も、ボッシュは娘の寝顔を見るため、この街にやって来る。ただひたすらに愛おしい娘の存在・・・それが“渇いた”二都市で起こる事件で奮闘する彼に潤いと勇気を与える。

今回、大きな謎はない。
真犯人は最初から明確。「詩人」その人なのだから。そこにサプライズは仕掛けられていない。
読者としては、ボッシュ&レイチェルコンビVS「詩人」の対決を、手に汗握りながら見守るだけだ。
原題となっている“The Narrows”とは、ロスアンゼルス川のことを意味している。終盤、「詩人」を追うふたりの前に立ち塞がるのが災害級の大雨。雨中の川を舞台とした対決は、思わぬ結末を迎えることになる。
さすがに「詩人」は強敵なんだけど、最後やや淡白な終わり方となったのは気になった。折角の大物なんだから、もうちょっと盛り上げ方があったような気が・・・

いつものような複雑なプロットではなく、「詩人」シリーズの決着を付けることを第一に。さらにはテリー・マッケイレブに纏わる物語も本作で結論が得られることとなった。
そういう意味ではシリーズのひとつの転換点となる作品(なのだろう)。ただ、コナリーとしては今一つという見方もできる。

No.1622 5点 リバーサイド・チルドレン- 梓崎優 2020/12/21 21:09
処女作らしからぬ出来栄えと、独特な世界観に衝撃を受けた「叫びと祈り」の読了からはや数年。
今回、やっと次作を手に取ることができた! 期待感はかなり高まったのだが、さて・・・
単行本は2013年の発表。

~カンボジアの地を彷徨う日本人少年は、現地のストリートチルドレンに拾われた。過酷な環境下でもそこには仲間がいて笑いがあり信頼があった。しかし、あまりにもささやかな安息は、ある朝突然破られる。彼らを襲う動機不明の連続殺人。少年が苦難の末に辿り着いた胸を抉る真相とは?~

これは・・・やはり作者独特の世界観と呼ぶべきなのか。
何と舞台はカンボジア。なのに主役は日本人少年。作者としては、当然日本人の目を通してのカンボジアの姿というものを意識したのだろう。
その現実はかなり酷く、臭く、そしてやるせない。
そんな劣悪な環境下で発生した少年たちの連続殺人事件が本作の解かれるべき謎となる。

こう書くと、なかなかに魅力的な道具立て、筋立てのように見えるかもしれないが、ただ、どうしても「本格ミステリー」という枠をかぶせると、何ともガクガクして居心地の悪さが目に付いてしまう。
主人公の少年「ミサキ」や、前作の読者なら覚えている(かもしれない)あの「旅人」。彼らが真相に迫るために、繰り返す推理。
私の目には、そのロジックも動機も、現実感に乏しい絵空事のようにしか映らなかった。
でも、これが作者の世界なのかもしれない。
この世界を否定して、よりリアリティを追及してしまうと、作者の良さが消えてしまうのかも・・・
そんな危ういバランスに支えられている。それが本作なのかもしれない。

ある意味、本作はひとりの少年の成長を描くストーリー。なぜ少年はカンボジアという厳しい環境で生き抜く決意をしたのか? 厳しい中にも得難い友や明日への希望、そして前を向く勇気・・・そんなことが頭に浮かんできた。
単行本の表紙には川を渡る彼らの「舟」が写されている。もう「舟」っていうか、「木くず」だ・・・。
でも、こんなところから人間のエネルギーやダイナミズムは生まれてくるんだろうな。こんなご時世だからこそ、そんあことを考えさせられた。
でも、評価は辛め。

No.1621 6点 119- 長岡弘樹 2020/12/21 21:08
「教場」シリーズが木村拓哉主演で想像以上のブレークを果たす!
ということで、あちらは「警察学校」が舞台で、こちらは「消防署」を舞台とする連作短編集。
2019年の発表。

①「石を拾う女」=いきなり?なタイトルだが、消防司令の今垣は、女の行動に疑念を抱くが、その結果は・・・。こんなとき人は恋に落ちるのだろうか?
②「白雲の敗北」=本作の主要登場人物となる新人消防士の大杉と土屋。見た目は正反対の二人だがコンビとなり火災の現場に向かう。先輩消防士・栂村のある行動に土屋は疑念を抱くが・・・
③「反省室」=男性社会の消防署に“紅一点”の女性消防士。こういう場合、たいがい男に負けまいと頑張りすぎるのだが、なぜか上司はつらく当たってくる・・・。そこには当然意味がある。
④「灰色の手土産」=新聞記事と大杉が行った講演原稿だけで進んでいくストーリー。でも、何があったか知らんが、こんな場面で意趣返しされるのはなぁー
⑤「山羊の童話」=こんなことでも火事って起こるんだねぇ・・・。気を付けねば。
⑥「命の数字」=ひょんなことから脱出不可能な部屋に閉じ込められた高齢者のふたり。消防士を息子に持つ男が考えた脱出方法は・・・へぇーそれは知らなかった!
⑦「救済の枷」=姉妹都市があるコロンビアの街へ講師として招かれた男・猪俣に訪れる最大のピンチ! しかし、いくら脱出するためとはいえ、こんなことするなんて! ゼッタイ痛いよ!
⑧「フェイス・コントロール」=新人消防士だった大杉と土屋も入署からはや10年・・・という設定。何と、土屋が火災現場に入ると、大杉の姿が!そして土屋の天敵までも。
⑨「逆縁の午後」=「逆縁」とは親より先に子供が死ぬこと。消防士の後輩でもある子供に先立たれた男が自ら「お別れの会」を開催。その「会」は実はこういう意味が・・・あった。

以上9編。
いかにも作者の短編集という読後感。
出来は良いと思う。「教場」シリーズで一皮むけた感のある作者だけに、実に読み応えのある作品に仕上がっている。
火災の現場で起こるちょっとした事件、微かに感じる違和感。それが終盤、用意周到な伏線だったと気付かされる。
このレベルの短編集なら「短編職人」と呼んでも差し支えないかもしれない。
横山秀夫に近づいてきたかな。
(でもこんな事件だらけの消防署。本当にあったら嫌だ!)

No.1620 5点 ホワイトラビット- 伊坂幸太郎 2020/11/29 18:20
”伊坂幸太郎20th”か・・・もう二十年になるんだねぇー
個人的にかなりの伊坂作品を読み込んだつもりだが、今回はどんなマジックか? どんな目くるめく展開なのか?
2017年の発表。

~兎田孝則は焦っていた。新妻が誘拐され、今にも殺されそうで、だから銃を持った。母子は怯えていた。眼前に銃を突き付けられ、自由を奪われ、さらに家族には秘密があった。連鎖は止まらない。ある男は夜空のオリオン座の神秘を語り、警察は特殊部隊SATを突入させる。軽やかに、鮮やかに。「白兎事件」は加速する。誰も知らない結末に向けて。驚きとスリルに満ちた、伊坂マジックの最先端~

今回は「兎」と「オリオン座」と「ジャン・ヴァル・ジャン」である。
そして久しぶりの登場となる、新潮社の伊坂作品にはお馴染みの、愛すべき泥棒キャラ「黒澤」。
つまりは、「黒澤」が「兎」と「オリオン座」と「ジャン・ヴァル・ジャン」をうまいこと使って立てこもり事件、そしてその裏に隠された誘拐事件をうまいこと解決する・・・そんな話。
なんのこっちゃ、って思う?

そう。今回も伊坂の腕で何となくうまく丸め込まれた感じ。
本作は、今までにない書き方というか、物語の全体を俯瞰している「神」のような視点が、まるで作品を支配するように、時間軸を行ったり来たりさせる。
コイツが曲者。読者は最初に目にするシーンが、実は裏側はこういうことでした、というのを後で「神」から告げられることになる。
ただ、これが旨く嵌まっているかどうかは正直微妙なところ。ウルサイと感じる読者も結構いそうだ。

個人的には、あくまでこれまでの作者の佳作との比較でいうなら、一枚も二枚も落ちる印象。
作品のテイストでいれば「ゴールデンスランバー」が似ているんだけど、もうひとつ突き抜ける爽快感というか、ヤラレタ感がなかったなぁー。(オリオン座の話もイマイチだし)
前評判は高いと聞いてたので、やや看板倒れに思えた。
まあ良い。次読む作品に期待しよう。

No.1619 5点 疑惑の影- ジョン・ディクスン・カー 2020/11/29 18:19
フェル博士を探偵役とするシリーズで十八番目の作品。
ただし、本作の主人公は若き気鋭の弁護士パトリック・バトラー。
原題は”Below Suspicion”。1949年の発表。

~”偉大なる弁護士”バトラーが弁護を引き受けた娘ジョイスは、テイラー夫人を殺した容疑で捕らわれていた。夫人はジョイスと二人きりの邸内で、薬とすり替えられた毒を飲んで悶死したらしい。不利な状況のなか、バトラーは舌鋒鋭い弁護で無罪評決を勝ち得た。が、その直後夫人の甥が毒殺されたのだ。しかも当地に滞在中のフェル博士によれば、近辺では毒殺事件が多発していた。バトラーとフェル・・・ふたりの名探偵が突き止めた血の香漂う事件の真相は?~

道具立ては実にカーらしい作品。
悪魔崇拝や頻発する毒殺事件、そして毒殺魔などなど・・・
不気味な雰囲気が作品中に漂っていて、佳作をどしどし発表していた頃のカーなら、アッと驚くようなトリックが出てきたのかもしれない。

本作でそれを期待してはいけない。どちらかというと本格ミステリーというよりは、冒険スリラー寄り。
それもこれも本作の主人公バトラーのせい。
力が有り余っているのか知らんが、敵の用心棒的人物の向こうを張って殴り合いするやら、最終的には火事まで引き起こすや、いやもうやり過ぎだろ!
しかも決め台詞は「オレは決して間違わない・・・」って、どっかの地上波ドラマの女医みたいだし・・・

他の方も書かれてるけど、毒殺トリックにしてもアリバイトリックにしても、ちょっと無理矢理というか乱暴。
最終的に判明する真犯人(=悪魔崇拝教団のボス)もサプライズ感はあるけど、かなり既視感が強い。
とここまでかなり辛口の評価なんだけど、全然面白くない!というわけでもない。
カーらしい雰囲気を味わいながら読み進めることができる。それだけで一定の満足感は得られる(多分)。
ということは、やっぱりカー好きなんだろうな。
でも評価はこんなもんだろう。
(ただ今回、フェル博士がどうにも冴えないのがどうもねぇ・・・。最後くらい締めて欲しかったのだが)

No.1618 6点 淋しい狩人- 宮部みゆき 2020/11/29 18:16
~東京下町、荒川土手下にある小さな共同ビルの一階に店を構える田辺書店。店主のイワさんと孫の稔で切り盛りするごくありふれた古書店だ。しかし、この本屋を舞台に様々な事件が繰り広げられる・・・~
という連作短編集。
1993年の発表。

①「六月は名ばかりの月」=今でいうストーカーのような男に付け狙われた女性の姉が死体で発見される。生前妹に告げた言葉が「歯と爪」・・・。当然バリンジャーのあの名作が連想されるんだけど、結末は割とどんでん返し。
②「黙って逝った」=意味深なタイトル。寡黙だった父親が遺したのは、二十数冊の全く同じ本。いったいなぜ?ということなんだけど、その真相はあまり現実的でないと思うが・・・。こんなことするかな?
③「詫びない年月」=かなり地味めな一編。でも作者らしいといえばそうかも。いかにも下町って感じだしな。
④「うそつき喇叭」=タイトルは体を痣だらけにした少年が田辺書店から万引きしようとした児童書のこと。店主は親のDVを疑うが真相は・・・というもの。
⑤「歪んだ鏡」=営業目的で本の中に自分の名刺を忍び込ませる・・・。そんなことしても無駄だと思うけどなぁー。ラストは因果応報。
⑥「淋しい狩人」=本格ミステリー不遇の時代にひとり踏ん張っていた小説家が残した未完の小説が「淋しい狩人」。この未完の小説を完成させたという男が現れ・・・ひと悶着。

以上6編。
古書を巡って起こる事件を店主が解決していく・・・
アレ! まさに「ビブリア古書堂の事件手帖」の先行事例?って思った。(あっちの主人公は巨乳美女で、こっちの主人公は老人だが・・・)
いかにも作者らしいというか、多少の毒はあっても最終的には柔らかでふんわりした読後感に浸れる作品だった。逆に言えば、少々食い足りないということも言えるんだけど、まぁそこは言わぬが花かな。

もう少しプロットを煮詰めた方がいいものの混じってるけど、まずは安心して手に取れる短編集でしょう。
(作者の短編集はあまりハズレがないように思う。)

No.1617 5点 ワトソン力- 大山誠一郎 2020/11/18 15:35
~目立った手柄もないのになぜか警視庁捜査第一課に所属する和戸栄志。行く先々で起きる難事件はいつも居合わせた人々が真相を解き明かす。それは和戸が謎に直面すると、そばにいる人間の推理力を飛躍的に向上させる特殊能力「ワトソン力」のお陰だった!~
ということで連作短編集。2020年発表。

①「赤い十字架」=いわゆるダイイングメッセージものだが、安易な解法なのはやむを得ないかな・・・十字架とアレを間違うかな?
②「暗黒室の殺人」=地面の陥没で停電なんて、最近の事件(調布のやつ)を思い出してしまった。まぁ死んだのは偶然というのはいいとしても、ちょっと強引かな。
③「求婚者と毒殺者」=これも・・・安易な解法なのは間違いない。こんなCCでやらなくても・・・
④「雪の日の魔術」=「雪」といえばいわゆる”雪密室”ということなのだが、これはちょっと現場が分かりにくい。「魔術」というのは明らかに言い過ぎ。
⑤「雲の上の死」=航空機の中で起こる殺人事件といえば、A.クリスティの某名作が思い浮かぶけど、これはかなりブッ飛んだ解法。というか普通やらないだろう、こんなこと。
⑥「探偵台本」=残された焼け跡の残るミステリー劇の台本をめぐり、役者たちが推理合戦を行う・・・どこかで見たようなプロットだな。軽くても面白さはある。
⑦「不運な犯人」=航空機ではなく今度は長距離バスが舞台。しかもバスジャックが起きた車中で起こる殺人事件。で、何が不運かということが鍵。

以上7編。
単なる短編集ではなく、和戸が①~⑦の事件関係者の誰かに監禁されてしまうという謎も加わる。(こちらは大したことはない添え物のようなものだが)
で、本作もいわゆる特殊設定もの。
よくもまぁ、こんな特殊設定考えるよなぁ・・・ でも割と面白くはあった。
短編の1つ1つは実に大したことはないのだが、読み物としては上手い具合にまとまってはある。(地上波のドラマでやりそうな感じ)
作者が器用なのは分かったので、次はもう少し骨太な本格長編を期待したいところ。
続編もあるかな・・・

No.1616 6点 殺人犯はわが子なり- レックス・スタウト 2020/11/18 15:33
巨漢で美食家の探偵ネロ・ウルフシリーズの十九作目(ウィキペディア調べ)に当たる長編。
このシリーズを読むのも久しぶりなのだが、これまでパッとした印象がないんだよなぁ・・・
ということで、1956年の発表。

~はるばるネブラスカからマンハッタンのウルフの住居を訪ねてきた老資産家の依頼は、11年前に勘当した息子を探してほしいというものだった。ウルフは助手のアーチーに命じ、早速新聞に情報提供を呼び掛ける広告を打つ。ところが応じてきたのは、警察や新聞記者、弁護士といった連中ばかり。どうやら今話題となっている殺人事件の被告がくだんの息子と同じイニシャルらしい。公判に出向いたアーチーは、その被告こそが問題の息子だと確信するのだが・・・~

2020年11月初旬。TVは某アメリカ大統領選一色である。
日本人から見ると、到底信じられない選挙戦が繰り広げられる民主主義の先進国。そして、やはり主役はあの男、そう、トランプ大統領その人。
個人的には、あの方を見てると、「典型的なアメリカ人」というか、「日本人が頭の中で思い描くアメリカ人」に一番近いのではないかといつも思ってしまう(とにかく体がデカくて、大声でまくし立てて、押しが強いetc)。
まぁ、選挙戦の結果はおいおい判明するだろうけど、文化の違いって大きいんだなって思わずにはいられない。

いやいや、大統領選の話はどうでもよかった・・・(ただ、ネロ・ウルフって、どうも私の頭の中でトランプ大統領の姿と被ってしまうんだよねぇ・・)
で、本作なんだけど、まず最初に言ってしまうと、面白いか面白くないかがよく分からない作品、だった。
長きに亘って続くシリーズらしく、ウルフやアーチーをはじめとするシリーズキャラクターは今回も生き生きと動き回ってくれる。ストーリーもテンポよく進んで、ラストは関係者一同を集めてウルフが真犯人を指名するなんて場面まで用意されている。
こう書くと面白いに違いないはず・・・なんだけど、うーん、どうもね。
シリーズを読み込んでいる読者でもないし、ただウルフの経験則に基づいた推理が徐々に開陳されるのを待つのみ、というプロットがどうも合わないのかもしれない。
一編の読み物としては十分に面白さは兼ね備えてる、ということは言えるので、まぁそこそこの評価ということに落ち着くのかな。

No.1615 5点 よろずのことに気をつけよ- 川瀬七緒 2020/11/18 15:31
2011年の第57回江戸川乱歩賞受賞作にして、(当然)作者のデビュー長編。
この年は本作のほか、玖村まゆみ「完盗オンサイト」が同時受賞の栄誉に輝いている。
で、2011年の発表。(2回書かなくても・・・)

~都内に住む老人が自宅で惨殺された。奇妙なことに、遺体は舌を切断され、心臓をズタズタに抉られていた。さらに縁の下からは、「不離懇願、あたご様、五郎子」と記された呪術符が見つかる。なぜ老人はかくも強い怨念を受けたのか? 日本の因習に絡む、恐るべき真相が眼前に広がる! 第57回江戸川乱歩賞受賞作~

確かに龍頭蛇尾なところはある。
出だしの展開、謎は紹介文のとおりで、なかなかに魅力的なのだ。
得体の知れない土着的な風習なのか、宗教めいた話なのか、はたまたまるでアニメの世界のような呪術師が出てくるのかetc

物語の中盤。事件のベクトルが殺された老人の隠された過去に集約されていく。
いったいどんな凄まじい過去、事実が待ち受けているのか? それがどのように現代の事件に繋がっていくのか?
第二の殺人が起きるに及び、読者(=私)の期待はピークへ!

ここからの展開が今ひとつなのは、やはり処女作の所以なのかな。
事件の中心点となる〇〇県の山中へわざわざ飛び込んでいく主人公の男女2人。そこで、動機やら過去の顛末やらが明かされるのだが・・・うーん。ちょっと尻つぼみ。
割と”よくある”過去の過ちではないか!
言葉は悪いが、こんなことで舌を切断され、心臓をズタズタに抉られるなんて!
呪術師こえーよ。
ただ期待値からいうと、真犯人=もっと不穏で得体の知れない感半端ない奴という予想からするとねぇ・・・

でもまぁこの頃の乱歩賞受賞のコードは踏まえてる作品だろう。
巻末の選評を読んでると、総じて本作=まとまりがよい、というような評価だった模様。
まぁそれは首肯する。

No.1614 6点 船から消えた男- F・W・クロフツ 2020/11/02 21:48
フレンチ警部登場作としては、数えて十五作目に当たる本作。
舞台はこれまでも度々登場した北アイルランド(大英帝国の一部だね)。今回もフレンチの地道な捜査行は実を結ぶのか?
1936年の発表。原題は”Man overboard!”(飛び降りた男?)

~北アイルランドの小さな町で平穏な毎日を送っていたパミラと婚約者ジャックが、ある化学上の発見の実用化計画に参加することとなった。発見とはガソリンの引火性をなくし、危険性のない燃料にできるというものだった。実用化されれば巨万の富を得るのは間違いない。計画は進み、ロンドンのある化学会社と契約成立も間近というとき、その化学会社の社員が失踪した。ロンドンへ向かう船から姿を消したのだ。数日後彼は死体となって発見された・・・~

紹介文を見る限りは、いつものクロフツ、いつものフレンチ警部だろうと思ってた。
確かにいつものクロフツ、いつものフレンチ警部と言っても過言ではない(クドい!)部分が殆ど。前半は主人公役の素人が犯罪に巻き込まれるまでの顛末が語られ、中盤になってフレンチ警部が登場。靴底をすり減らしながら捜査を進めるものの、なかなか光明が見いだせない。「まだかよー」って思ってるさなか、終盤になって唐突に「光明が!」。そして解決。めでたしめでたし・・・というのがお決まりのパターン。

ただし、本作は若干異なる。
フレンチも捜査は行うものの、フレンチよりはベルファスト署のマクラング部長刑事の捜査の方が主。(マクラングは初期の名作「マギル卿最後の旅」でもフレンチに協力してくれた盟友)
そして、終盤は不幸なことに逮捕されてしまった婚約者ジャックをめぐる法廷シーンが延々と描かれることとなる。
この法廷シーンがかなり念入り。検察側と弁護側のやり取り、応酬がかなり頁を割いて続くことになる。
読者としては、「フレンチはどうした?!」と言いたくなるなか、ラスト近くになってやっと再登場ということになるのだが、これが問題。
中盤最後のフレンチの独白シーンで、この時点でフレンチは凡その真相に気付いたと書かれているのだ。それなのに・・・そこから延々捜査が行われるのを見て見ぬふりをしたというのか! いくら北アイルランドの管轄外の事件とは言え、それはないだろうという気にさせられた。結局、最後はフレンチの見込みどおり、真犯人は逮捕され事件は終結ということになる。
私がマクラングなら、「もっと早く言ってよ!」って思わずにはいられないだろうな。スコットランドヤードも日本の警察と同様、縄張り意識が強いということなのかな。
ただし、作品の出来そのものはまずまず。シリーズらしい安定感のある作品ではある。

No.1613 6点 模像殺人事件- 佐々木俊介 2020/11/02 21:47
「創元クライム・クラブ」として配本された作品。
作者は本作のほか、デビュー作となる「繭の夏」の2作品しか発表していない模様・・・
2004年の発表。

~木乃家の長男・秋人が八年ぶりに帰郷を果たした。大怪我を負ったという顔は一面包帯で覆われている。その二日後、全く同じ外見をした包帯男が到着。我こそは秋人なりと主張する。二人のいずれが本物ならんという騒動の渦中に飛び込んだ大川戸孝平は、車のトラブルで足止めを食い、数日を木乃家で過ごすこととなった。日頃は人跡稀な山中の邸に続発する椿事。ついには死体の処理を手伝いさえした大川戸は一連の出来事を手記に綴る。後日この手記を読んだ進藤啓作は、不可解な要素の組み合わせを説明づける真相を求めてひとり北辺の邸に赴く~

何とも不思議な感覚に陥った。そんな感じ。
作品そのものが纏っている雰囲気が実に曖昧模糊としているのだ。
探偵役となる進藤啓作が物語の中盤、「その屋敷(木乃家)でいったい何が起こったのか?」という疑問を呈するに及び、本作のメインテーマが「What done it」だということが判明する。

確かに。関係者が残した「手記」をもとに推理するという形式からは、単純なWho done itということではなく、読者に隠された“大いなる欺瞞”を暴くことこそがプロットの主軸となることはもはや自明の理だろう。
そして、この“大いなる欺瞞”が問題。
「犬神家」を彷彿させる二人の包帯男を登場させた段階で、もはや人物の入れ〇〇りは想定されてしまう。しかし、本作のスゴ味は、この欺瞞をかなり大きなスケールでやってしまったこと。
もちろんこれには無理が生じる。普通なら気付かれるリスクが半端ない。で、それを現実的にさせる仕掛けが人里離れ、隔離された旧家という舞台なわけだ。
そしてもうひとつが、幻想的ともいえる筆致。(筆致だけなら、綾辻の「霧越邸」を何となく思い出した)
先に「曖昧模糊」と表現したけど、霧の中をさまよいながら読書しているという感覚に陥ってしまった。

なんか、とりとめもない書評になってますが、これまであまり接したことのない作品だったのは事実。横溝や三津田などの作風は想起させるけど、こういう独特な作品が二作だけなんて実にもったいない。作者はその後どうしちゃったんだろうか?

No.1612 5点 合理的にあり得ない- 柚月裕子 2020/11/02 21:45
過去、仕組まれた事件で弁護士資格を剥奪された探偵・上水流涼子。彼女は頭脳明晰な助手・貴山とともに探偵エージェンシーを設立。金と欲にまみれた人たちの難題を知略と美貌を武器に解決に導く・・・
という連作短編集。単行本は2017年の発表。

①「確率的にありえない」=“未来が見える”という男。彼は、目の前ですべての競艇レースの着順を当てるという離れ業を演じて見せる・・・。もちろんトリックがあるのだが、そんなうまくいくかねぇー、面前だし。
②「合理的にありえない」=今度は“未来が予測できる女”が登場するのだが、実はこの女の正体は上水流涼子自身。身勝手な依頼人をギャフン(死語)と言わせて、報酬はしっかり頂く。でも、このトリックは身も蓋もないだろ!
③「戦術的にありえない」=ヤクザ同士の賭け将棋。イカサマがあるんじゃないかという依頼が上水流の元へ。そうか「鬼殺し」か・・・。使ったことないな。でも、このブロックサインは気付かれるんじゃないの?
④「心情的にありえない」=かつて上水流を嵌め、弁護士資格を失わせるきっかけを作った男。その男からの依頼に応じることが=心情的にありえない、ということ。作品のプロットは平板。
⑤「心理的にありえない」=最後の舞台はなぜか大阪。それもミナミのコテコテの大阪・・・。筋金入りの阪神ファンに対して野球賭博で嵌めようとした男が逆に・・・という展開。

以上5編。
今回、作者の初読みなのだが、こんな作家だったけ?
最近だと「孤狼の血」なんかの影響で、ハードで重めの作風だと思ってたけど、これは・・・軽いね。
それに探偵事務所が舞台で、舞い込んだ奇妙な依頼を紆余曲折の末、解決していくというプロット。最近よくお目にかかるような気がするのは気のせい? 単なる偶然?

まぁそれは置いといても、あまり感心する出来栄えではなかった。
上水流のキャラも最初は神秘的な美女という設定だったのに、徐々に崩れて、むしろ助手の方が目立つことに。(狙いか?)
ひとことで表現するなら「安易」ということになるんだけど、「探偵事務所」なんていう使い古された設定で、何とかして目新しさを出そうとしてうまくいかなかったということかな。
評価としてはまぁこんなものでしょう。
(結局は①が比較的ましかな)

No.1611 5点 善意の殺人- リチャード・ハル 2020/10/13 22:42
今のところ、邦訳されている作者の作品は本作のほか「伯母殺人事件」「他言は無用」の全三作。
普通は一番著名な「伯母殺人事件」から読むよなぁーって思いつつ、たまたま図書館に並んであった本作を手に取ってしまった。
1938年の発表。原題は”Excellent Intentions”

~嫌味な嫌われ者の富豪が、列車の中で、かぎ煙草に仕込まれていた毒で殺された。誰がどのタイミングで疑われずに、毒を仕込めたのか。数々の証言によって「被告」の前で明らかにされていく。果たして「被告」は真犯人なのか。ところが「被告」の名前は最後まで明かされない。関係者の中のひとりであるには間違いないのだが・・・。「伯母殺人事件」をも凌ぐ、奇才ならではの技巧に満ちた傑作~

紹介文を読むと、まるで「被告当て」がメインテーマの本格ミステリーのように見える。でも、前の書評者の方も触れられてるとおり、どうもそれは的外れのようだ。
確かに終盤まで「被告」の名前は隠されてるし、判明する「被告」の正体は関係者の中のひとり・・・ではある。
でも、そこにサプライズが仕掛けられているのかというと、特段そういうわけでもない。
うーん。中途半端。

前半は探偵役(真の探偵役は別にいるのだが)のフェンビー警部の、アリバイを中心とした丹念な捜査行が描かれる。容疑者がひとりひとり俎上に上げられては消えていく・・・そう、実にまだるっこしい展開。
まだるっこしいながらも、徐々に絞り込まれてきたか!という刹那、次の場面ではあっさりと「被告」の名前は読者の前に明らかにされてしまう。
「えっ!」「ここでバラすの!?」と思わずにはいられない。
ただ、作者は更なる仕掛けを用意している。ただし、これもどうもピンとこない。何となく狙いは分かるんだけど、どうも手ごたえがないというか、不完全燃焼とでも表現したい気持ち。

あと、邦題の「善意の殺人」の意味。最初は嫌われ者の富豪を殺すこと自体が「善意」なのかと思っていたけど、それほど短絡的な意味ではなかったんだね。なるほど。良く言えば「深い」のかもしれない。
でも、正直なところ、本来の面白さ(それがあるのなら)の半分も味わえてない気がする。
確かに不思議な感覚の作品だった。

No.1610 5点 ボッコちゃん- 星新一 2020/10/13 22:38
もはや伝説的となった作家・星新一。残念ながらその功績や略歴など詳しくはないのだが、個人的には星新一=SFまたはショート・ショートの大家というイメージが強い。
ということで、一度は読んでみようかということで本作を手に取った次第。
自選短編集として新潮社から1971年に発表された作品。

以下、印象に残ったものをピックアップしてみる。
1.「悪魔」=初っ端の作品がいきなり「悪魔」とは・・・。作者も人が悪い。
2.「ボッコちゃん」=そして表題作。ラストは結構ブラック。だけどどことないユーモア(死語)あり。
4.「殺し屋ですのよ」=これは成程。オチも決まって、ショート・ショートのお手本?
5.「来訪者」=これは皮肉が効いてる。本当にこんなことがあるかも・・・って思わせる(わけないだろ!)
14.「生活維持者」=これは世界観が何とも・・・良い。ブラックだけどね。
20.「鏡」=ここにも「悪魔」が登場。で、ラストは因果応報的
21.「誘拐」=なかなか上手い方法・・・なのか?!
23.「マネー・エイジ」=何でもかんでも金、カネ、かねという架空の世界の話。いやっ、現代世界も似たようなものか・・・
26.「ゆきとどいた生活」=何事も「ゆきとどき過ぎる」とダメってこと。
28.「気前のいい家」=アハハハ・・・。これはいいシステムかもしれない。
47.「白い記憶」=アハハハ・・・。こんなこと本当にあったら笑うなぁ。いや、逆に笑えんかもしれない。
50.「最後の地球人」=ラストの一編は実に訓示的で余韻が残る。アダムとイブかと思ったけど違う?

以上。すべてショート・ショートで50編。
さすがに途中からツラくなってきた。テイストの似通った作品も多いし、作者の考え方や思想も途中からだいだい察してきただけに、「またか・・・」という思いもよぎってくる。

でも、確かにこれは日本のショート・ショート界(そんな界ある?)を代表する作品ではあるだろう。
作品自体はごく短いものだけど、奥には底知れぬ世界が広がっている。そんな気にはさせられた。
さすが星新一。恐れ入りました。

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