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空さん
平均点: 6.12点 書評数: 1490件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.170 8点 妖魔の森の家- ジョン・ディクスン・カー 2009/06/11 20:58
『ある密室』は、読者には推理のしようがないあまりに専門的な知識を利用したトリックです(というより『連続殺人事件』のカーだけに、本当にそんなことがあるのかいなと疑ってしまいます)が、それ以外は文句なしの表題作をはじめ粒ぞろいの中短編集だと思います。
『第三の銃弾』はクイーンによるダイジェスト版の翻訳だそうですが、初読当時はそんなことは全く知らず、凝りまくった謎とその鮮やかな解決には非常に感心しました。
『軽率だった夜盗』は後に長編化されていますが、この元の短編の方がまとまりよく仕上がっています。

No.169 7点 アルザスの宿- ジョルジュ・シムノン 2009/06/09 21:31
「アルザスの宿」という名前の宿に半年も滞在している謎の紳士セルジュ氏の正体は?
初期10年間に書きまくったらしい通俗小説(すべて未訳)を除くと、シムノンが初めてメグレものから離れた長編ですが、この風光明媚な田舎で繰り広げられる話は、メグレもの以上にサスペンス・ミステリ的と言えるのではないでしょうか。盗まれた大金の謎と推理もありますし、セルジュ氏とパリから出張してきたラベ警視との対決は、ルパン対ガニマールを思わせる感じさえあります。
と言っても、やはりそこはシムノン。最後セルジュ氏に自分の過去と現在を語らせるところは、簡潔な文章で的確にこの主人公の苦い心情を描き出して見事です。

No.168 6点 奇術師のパズル- 釣巻礼公 2009/06/07 16:34
中学校を舞台に、いじめや教育現場の実情などの問題を正面から扱った力作です。若干説教臭くなっているところもありますが、テーマへの真摯な取り組み姿勢が伝わってきます。
プロローグでの過去の2つの事件、それに花壇荒らしや軽い傷害事件などがメインとなる2人の女子生徒の死とどう関わってくるのかという点が、ミステリとしての興味をそそります。ただ、最初の机移動の件が最終的に無視されてしまったのは残念です。テーマや雰囲気は全く異なりますが、意外にロス・マクドナルド(後期)にも近い小説構成アプローチを感じました。
密室トリックについては、正に奇術師である泡坂さんが考案した、似た原理を応用したパズル的奇術道具を持っていることもあり、事件が起こる前からわかってしまいました。実行に際しては誰にも見られず出入りすることの危険性が気になりましたが、まあいいでしょう。

No.167 8点 杉の柩- アガサ・クリスティー 2009/06/05 21:02
本作の最大の見所は何といっても、小説としての構成と人物描写にあります。「文学的」という言葉が文庫の裏表紙の紹介文でも、また様々な批評でも使われていますが、確かにそのとおりだと思います。ただし、文学的であることがミステリとしても読者を惑わすのに一役買っているのがクリスティーらしいところです。
最も重要な手がかりが2つあるのですが、その両方とも気づくためには特殊知識を要する(その一方はポアロは実物を見ているのですが、読者はただそのものの名前を知らされるだけなので、フェアとは言えません)など、「本格派」としては不満があるかもしれません。しかし、裁判のプロローグ、殺人までの第1部、ポアロの捜査が描かれる第2部、そして裁判シーンに戻る第3部と見事な構成で、ヒロインをめぐる人物関係も決してありきたりなパターンに収まらないすぐれた心理ミステリです。

No.166 8点 ケンネル殺人事件- S・S・ヴァン・ダイン 2009/06/03 21:35
ヴァン・ダインの12作中、最も複雑な謎解きのおもしろさが味わえる作品でしょう。事件の状況自体が単なる密室でなく非常に不可解で、読者を混乱させてくれます。『グリーン家殺人事件』に思い入れのない私としては、『グリーン家』より高く評価しています。
密室トリック(このタイプの中ではひとつの頂点だと思います)も、密室の謎が解明されただけでは事件の全体像が見えてこないという点も、『カナリヤ殺人事件』との共通点を感じさせます。作者自身意識していたのではないかとも思えますが、本作の方がミステリとしての意外性でははるかに上です。

No.165 6点 猫は知っていた- 仁木悦子 2009/06/01 20:45
本作が書かれた当時、作者が女性であることもあり日本のクリスティーと言われたのも納得できるスタイルです。ことさらに怪しげな雰囲気を強調していた当時の本格派とも、またそれに対抗するように同じ年に現れた『点と線』の庶民的リアリズムとも異なる明るく理知的なタッチは、海外作品に似たタイプを求めれば確かにクリスティーです。
犯人の正体やトリックにサプライズは少ないですし、猫の扱いが微妙だとは思いますが、さまざまな細かい工夫を組み合わせて論理的に仕上げている点、好感が持てます。また、最後に明かされる動機がなかなか意外でした。

No.164 8点 運命- ロス・マクドナルド 2009/05/30 18:43
ロス・マクが内省的な傾向を深めていく最初の作品と評される本作では、心理小説的な側面が最初から明確に示されます。なにしろ、調査の依頼人からして精神病院を脱走して来た男です。
夜明け前、リュウ・アーチャーがその男に叩き起こされるところから話は始まり、翌日の朝までの出来事だけで小説は完結します。
謎解き面もきっちり構成する作者だけに、論理的に考えれば犯人は明らかですが、結末ではリュウがちょっと水を向けるだけで、絶望的な気持ちになっていた犯人の告白が、延々と始まります。さらに最後の2ページぐらいは、リュウのつらい思い出の独白です。もう暗澹たる気持ちにさせられる傑作です。
ただし、中田氏による翻訳は言葉遣いに不自然な箇所が散見されます。特にこのような文章を味わいたい作品では、気になって仕方ありませんでした。

No.163 7点 スタイルズ荘の怪事件- アガサ・クリスティー 2009/05/28 21:50
ミステリの女王の第1作は、さすがに後年の作品のような豪快なネタ使いとまではいかず、ある特殊知識をトリックに利用した作品になっています。特殊すぎて読者にわかるはずがないのが不満ではありますが。
とはいえ、すでにいかにもこの作家らしい犯人の意外性は感じられます。分析すれば2つの原理を組み合わせたものですが、そのうちの1つについては、クリスティーは後の作品で何度もバリエーションを書いています。
もう1つの原理は、書かれた当時は相当斬新なアイディアだったのでしょう。別の有名作家も数年後に似たような手を使っていますが、本作の方が意外です。ただし、巻半ばでポアロによって犯人の巧みな狙いは阻止されます。

No.162 5点 恐怖の研究- エラリイ・クイーン 2009/05/26 21:29
ドイルの存在を無視し、ホームズとワトソンを実在の人物とした設定の話です。
エラリーがワトソンの未発表原稿を持ち込まれ、読み進んでいく部分は、ホームズ対ジャック・ザ・リパーの冒険部分に比べて、少なくとも翻訳ではかなり軽いタッチで描かれています。エラリー登場部分がホームズ物語の途中に所々はさまれる構成には否定的な意見が多いようですが、このCM挿入的な発想は個人的にはかなり新しい感覚でおもしろいと思います。
ホームズ映画のノヴェライゼーションが元になっているそうですが、その映画を見ていない(日本未公開らしい)ので、ホームズ部分のストーリーがエラリー登場部分とのかねあいでどうアレンジされているかまではわかりません。
ホームズのパスティーシュとしては、それらしい雰囲気もあってなかなか楽しめたのですが、最後のエラリーの推理はこの時期の作品としても、もう少し論理的な厳密さ、鮮やかさが欲しかったな(特に動機の掘り下げについて)という気がします。

No.161 4点 不安な演奏- 松本清張 2009/05/24 14:37
隠し録りしたテープに録音されていた殺人計画の相談から新潟県での溺死体発見、それが大規模な選挙違反事件にからんでくるあたり、松本清張らしい旅情も盛り込んで引き込まれる展開ですが、後半から解決に向けてが、どうにもすっきりしなくなります。
死体発送の理由があいまいなままだったり、溺死者の出身地設定があまりにご都合主義だったりという論理的な不満も含め、犯人・被害者の側から見た全体の筋道がごちゃごちゃしていて明確でないのです。
事件を追う雑誌編集者に協力する巨匠映画監督から途中でバトン・タッチした男の行動もただ不快なだけで、結局その交代のため最後が駆け足になってしまっただけに終わっていると思います。

No.160 7点 エッジウェア卿の死- アガサ・クリスティー 2009/05/22 22:25
犯人が仕掛けた極めて大胆なトリックが何と言っても印象に残る作品です。大胆すぎて読者にも見当がつきやすいとも言えますが、最初のポアロへの奇妙な依頼から非人間的なエッジウェア男爵の殺害、さらにすぐ続けて起こる第2の殺人へと、効果的な構成で面白く読ませてくれます。
最初のページに「ポアロ一流の考え方からすれば、この事件は彼の失敗のひとつであった」と書かれていますが、本当に本作ではポアロは試行錯誤を繰り返し、あまり名探偵らしくありません。まあ、それもご愛嬌というところでしょうが、彼が真相に気づくきっかけがあまりにあっけないのだけは、いただけません。

No.159 8点 - ジョルジュ・シムノン 2009/05/20 21:05
まあサスペンスがあるといえば言えるのですが、殺されるのは猫とオウムで、しかも主たるサスペンスは動物殺しではありません。創元推理文庫から出ているので、ここに評も書いてますが、やはりミステリとは呼びたくありません。しかし、小説としてなら本当に読んでよかったと思える傑作です。
シムノン64歳の時の作品です。65歳と63歳で再婚した老夫婦の話ですから、作中で言及される老いの自覚は、作者自身感じていたのではないでしょうか。
夫のエミール・ブワンが73歳の時から作品は始まり、その後、再婚当時や猫・オウム殺し、さらに以前の妻との生活など過去の話になってきます。後半になってブワンが家出をするあたり(これも冒頭場面以前の出来事)からは、もう完全に作者の術中にはまってしまい、最終章では感動させられます。

No.158 7点 夜歩く- 横溝正史 2009/05/18 22:15
本作と、他の人も言及している海外某作品とはむしろ違いを強調したいところです(むろんヴァリエーションではあるのですが)。本作の場合には、そのネタを使った理由を工夫しているわけで、そのため某海外作品はとりあえずフェアと言えるのに対して、本作はどうしてもアンフェアな部分が発生せざるを得なくなっているというのが、個人的意見です。実は、横溝正史は以前の長編でもこの手をちょっと試みているので、今回はいわばその拡大版と言ったらいいでしょうか。それに首なし死体パターンをひねって組み合わせていて、なかなか読みどころの多い作品です。
後の『悪魔の手毬唄』とは多少食い違いがある鬼首村が後半の舞台です。

No.157 6点 ポケットにライ麦を- アガサ・クリスティー 2009/05/16 10:34
作中でも「舞台装置は定石どおりにそなわっている」と書かれていますが、被害者を取り巻く人物関係は本当にミステリの定石そのまんまです。
マザーグースの歌にあわせた連続見立て殺人には理由もちゃんと考えられていますし、クリスティーらしい犯人の意外性が満喫できる作品ではあります。謎解き後の最終章も鮮やかです。
ただし、犯人の使ったトリックはちょっと危なっかしすぎる気がします、と言うか、人によっては腹を立てるかもしれません。また、後で重要事項に関するある人物の証言部分を読み直してみると、こんな答をするとは考えられないという点が気になります。
傑作という人がいるのもわかりますが、個人的にはそれほどまでの高評価は付けられないかな、というところです。

No.156 6点 赤後家の殺人- カーター・ディクスン 2009/05/14 21:32
実は、この殺人トリックについては、毒の特性についての説明があったところでなんとなく思いついてしまいました。あと、すり替え用も用意していたという言い訳があるとはいえ、証拠品回収がうまくいかない可能性も充分あったと思われるところが気になりました。第1の殺人の動機が弱いのも不満な点です。
しかし、全体としては部屋の伝説にまつわる雰囲気もいいですし、途中の嘘の解決もそれなりに説得力があって読者を迷わせてくれます。乱歩等が言うほどの傑作とは思えませんが、この時期のディクスン名義作に共通する堅牢な構成を持った、なかなか読みごたえのある作品ではあります。

No.155 7点 フレンチ警部最大の事件- F・W・クロフツ 2009/05/12 21:42
このフレンチ警部登場第1作は、その後の作品での警部の活躍を読むと全然最大ではないのですが…あとがき等にも書かれているように、クロフツはシリーズ化する意図はなかったのでしょう。それでも、オランダ、スイス、スペイン、フランスとフレンチ警部は欧州各国を飛び回るのですから、なかなか大がかりな捜査ではあります。
この作家らしい地道な調査で犯人を少しずつ追い詰めていく構成ですが、その正体は最後逮捕のシーンで顔を合わせるまで不明なままです。フレンチ警部自身、追い詰めた犯人が誰であるか知って驚くのですから、あらかじめ読者に手がかりを与えておくという意味でのフェアプレイはありません。しかし、変装、暗号、それにあるトリック(アリバイではありません)など、謎解きの要素が整然と詰め込まれた好ましい作品です。

No.154 6点 歪んだ複写- 松本清張 2009/05/10 09:14
死体発見の後、最初に描かれる警察の捜査部分ではA刑事、B刑事などと書かれていて、警察官が主役の作品ではないことは明らかですが、そこまでそっけなくしなくても、と思ってしまいました。
内容的には税務署の汚職問題を正面から追及して他の要素を排した、正にがちがちの社会派と言える作品です。ただ、あまりにも真っ正直にそれだけ描きすぎていて、松本清張にしては『ゼロの焦点』や『砂の器』等有名作に見られるような叙情性が感じられないのが少々不満ではあります。
それでも、次々に殺人が起こっていく事件の展開と、その全体のつながりに対するまとめ方は、さすがに飽きさせません。

No.153 7点 パーカー・パイン登場- アガサ・クリスティー 2009/05/09 15:50
本作の前半6編は、パーカー・パインがスタッフを使って様々な依頼人の悩み事を解決していく話で、通常のミステリとはちょっと違った楽しみが味わえます。スタッフというかアイディア提供者としてミステリ作家のオリヴァー夫人も出てきていますが、この短編集が彼女の初登場です。パインがオリヴァー夫人にもっと独創的なものを求めるのに対し、夫人がワン・パターンだからこそいいのだと主張するあたり、クリスティーの独創性とパターン化を巧みに融合する小説観を示しているように思えます。
後半はパインが旅行中に出くわす犯罪事件が書かれた普通のミステリになっていますが、その中では、最後の『デルファイの神託』がアイディア一発ものでやられました。

No.152 5点 悪魔の報酬- エラリイ・クイーン 2009/05/07 21:28
直前の過渡期2作がむしろ渋い味わいのある作品だったのに対し、突然やけに軽い印象があるものを書いてくれたクイーンですが、解決がいまひとつすっきりしないところが不満でした。真相は単純明快なのですが、犯人の計画そのものが、目的を達成するための最適な方法とは思えないのです。エラリー以外の視点から書かれた部分の扱いも『ドラゴンの歯』ほどには成功していないと思います。
犯人が他人に罪を着せようと考えた経緯は納得できますし、論理的に穴があるとかいうほどの欠点はないのですが、特におもしろかったところと言えばエラリーのふざけた変貌ぶりぐらいでしょうか。

No.151 7点 メグレ警部と国境の町- ジョルジュ・シムノン 2009/05/06 15:25
原題(「フランドル人の家で」)とは全く異なるこの創元の邦題はありきたりなようでいて、本書の味をうまく出していると思います。ちなみに「警部」となっているのは、フランス語のCommissaireをどう訳すかという問題です。
メグレはベルギーとの国境の町ジヴェで私人として事件を捜査します。冬の日駅に降り立つとすぐ、氾濫したムーズ河の濁流を目にするところからして、もういかにもシムノンらしい雰囲気です。国境の町でフランドル人とフランス人の間にある反目は、描きこめばいやらしい緊迫感が出るでしょう。しかし民族的な一般論はさらりと流し、むしろ容疑者のフランドル人ペーターズ一家と被害者ジェルメーヌの家族の一人ひとりに焦点をあてていくのは、まさにシムノン流小説作法です。
イプセンの「ソルヴェイグの歌」が引用されていますが、グリーグが作曲した同名の叙情的な曲は、静かなクライマックスでのメグレと犯人との会話部分のBGMとしては最適な気がします。

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空さん
ひとこと
ハンドルネームの読みはとりあえず「くう」です。
好きな作家
E・クイーン、G・シムノン
採点傾向
平均点: 6.12点   採点数: 1490件
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